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・・青空を見ながら、ふと・・子犬を出産したばかりの雌犬のシロちゃんを思い出した・・・当時5歳の私は「隣の家のシロちゃんが子犬を生んで、おっぱいがパンパンに大きくなったことが不思議で・・シロちゃんにお座りをさせ、おままごとの器にシロちゃんのオッパイを搾っていたところを母に見つかり、叱られるのかと思ったら「牛乳買ってらっしゃい」と15円渡されたことが懐かしい。。。 シロちゃんは温厚なとても細い雑種のワンちゃんで、今も顔を覚えていますこの時から「私は経験しなければ、納得できないタイプに」・・なぜ?やら、「危ない」という事も自分が経験して納得し、な~るほどと感じる。カラーセラピーで言うと、過去のボトルはレッドとバイオレット(レッド+ブルー)・・・・私は4人兄弟の末っ子・・・親は男尊女卑の考えで子供たちを教育した。だから、長男の兄が一番の権利を持っていた・・・テレビのチャンネル権・自己主張権・・・続いて、長女の権利・・・次女の権利・・しかし納豆を買走りの権利だけは、私に回ってきた。。成績だって、長男が一番の被害者・・続いて長女と・・次女・・私へとあきらめムードは続く。だから、4人目の私は何をしようが、どうなろうが、どこを受験しようが、親はさほど期待しなくなった・・・5歳くらいから、父の男物の自転車を小さな私が乗り回していた・・乗り回すといっても、自転車の下敷きになって、泣いていた。 三角乗りを覚えなければ、到底5歳の私には、足は届かなかったから、そこでバランス感覚を養った・・。それでも、親の口からは、「危ないから乗らないのよ」というコトバは聞かれなかった・・。当時ダッコちゃんが流行った・・みんな腕にダッコちゃんをぶら下げているころ、私は木の枝にぶら下がり、親に買ってほしいと、おねだりしていたが、親は買ってくれずに、私のストライキは親には通じないのだ、、と悲しかったけれども、ここで、諦めを覚えた。またオモチャらしきものよりも、長靴に水に入れては、キュッキュッの音が楽しくて、いつまでも飽きるまで遊んでいた。・・・ここでも親からは叱られたことがなかった。・・兄・姉たちからは、・・・一番下だから、随分放任され甘やかされ育った! と、いつも言われそのたびに・・・私は、いつもお下がりだった!新しいものを着たことがない!・・とくにスキーなんか残酷なもので、8歳年上の長男のスキーを7歳の私が乗っていて、とても板が長くて苦労したこと。 スキージャンパーは6才年上の姉のお下がりを着て、ファスナーが足元までとどくような長い着丈のものだった・・・・不自由しながら我慢を覚えた しかし、どれもこれも考えるに、親からあまりアアダ、コウダ、と、口うるさく言われなかったおかげで、一番下の私だけが自由な人生を楽しんで送っている。何とかなるのよ、人生は~ 経験して失敗して初めて反省して・・自分の人生は自分でしか作れないもの・・たとえ配偶者や子供や親がなんといっても、人間は自分の意思で動くのですから。親からのホドホドの干渉で育つという事は、楽しい事を見つけることも上手になるものですね。青空を見ながら、フンフンと思ったことです。
2015年05月31日
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ガターン」とホワイト・ボードが落ちた、あの瞬間から2週間経過。それから色々とあり続け、今日は壁の貼り紙がヒラり~と落ちた。偶然、偶然、何事も偶然が重なるものです。と言いながらも、現セラピストさんの応援依頼をし、無事終了しました。某・・信仰心が強いセラピストさんと、霊感の強い方との「試合」のような空間の中で、私の声だけが響き、いつもよりもパワーが出た私と、「今日は・・どうなるのかなぁ・・」と小っちゃな私がいた。ですから・・・張り紙が落ちただけでは・・・可愛いものです。筆箱の中と机上には、半紙に包んだ清め塩が。「亡くなった人よりも、生きている人間の方が・・ずっと怖い」母が励ましてくれる それに・・私には強い霊が憑りついているらしい・・とのことで、、、一番怖いのは、私かもしれません~~よ今日も 疲れ(憑かれ?)ましたです。
2015年05月30日
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「2時間だけれど、ランチに付き合って~~」と、教室友達からの電話。札幌は本日快晴で、暑く、風はホドホド・・・気持ちも爽やに、を走らせて、某・・隠れレストランへ。このお花は食することができます。盛り付け皿にお花を飾ると、美味しさが2倍になりますね。勿論、おしゃべりも2時間という制限があると、無駄な会話がなく、早口言葉になりながらも、美味しく楽しく過ごせました。それではまたね~手を振り振り、またね~
2015年05月29日
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「木曜日は、夫はコンパで不在だから、どうせなら夕食はお母さんと二人で外食しましょう!」と母と約束を交わしていた私。実家に到着すると庭師さんが入り、庭の木を伐採してくれていたので、休憩時間にお茶とお饅頭をだし、強風のために切った枝がお隣の敷地に飛んでいたの片付け、やっと家に入ると・・・・「ピンポーン」・・・?「弁当やです!」・・・? 「まあ・・月曜日に電話して、今日の配達お断りいたしましたでしょう・・」私が玄関を開けて配達の方と話をすると・・・・「火曜日にご長男さんより再配達の依頼がありましたので・・」と言う。母に確認を取ると「私は知らない・・・長男が火曜日に来てカレンダーに貼ってある弁当マークの×を見て、電話していたようだ・・」と言うのです。実家のカレンダーには、「手作り夕食」と「宅配弁当」のマークがついているのです。兄姉で協議をした結果、このようになったわけですが・・・・母と私の本意ではありません。なので、昨日は母の夕食が「宅配弁当の日」でしたが、夫も不在だったので、母と一緒に夕食でも・・と月曜から母に約束をし、宅配弁当やさんにお断りをし、カレンダーのマークを×にしてしまった私でした。それを兄が「当番の日である火曜日」に実家に来て、カレンダーの×を見てしまい、また再度「宅配弁当を依頼」したようです。呆れました・・仕方のがない事・・抜け駆けは通用しないとのことですから、どんな事情があっても決められたことは守らなければなりません。母を孤食にさせたくない思いの私ですが、「兄妹平等」を言い張る姿勢には・・・敵いません。宅配弁当を受け取り、庭師さんにねぎらいのためにおあげいたしました。其の後、母を連れて「麦の里」という、和風レストランに行き、嬉しそうに食べる母を見て、私も嬉しくなりました。孤食という事は、字のごとく孤独でさびしく、どんな豪華な料理でも美味しさを感じることはできません。しかし、家族と食べるという事はどんな些細なモノでも「美味しい」に決まっています。大人も子供も同じです。第一、老親の食欲がどの程度に落ちたのか、箸を持つ手の震えがどうなのか、生活面での話など・・他愛のない事柄が・・一緒の食事から発見できるものです。年老いた親と、一緒に食べたこともない人には、親のことは何もわからないという事が現況であると思いました。愚痴になりましたが、これは現日本の抱えている、これからも多くなる家庭の実問題です。私は、母をテーマに、どこにでも起きている事を時々は書きたいと思います。少しでも、何かのお役に立てればと思っております。
2015年05月29日
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実家に到着すると、塀の前に当時の父が帽子を被り杖を突いて立っている光景が見えます・・・。 「電話くれたのは~●子かい・・・?」母からのお決まり言葉の電話です。母はさびしくなると、このような合言葉を使います。10時半には、一人お散歩・・・一人ですから、補助車を抱えて4段階段を降ります。誰もが・・・ヒドイ情景と思い、親不孝な子供たちだと母を憐れみます。年老いた母は朝が早く、ラジオ体操をラジオを聞いて不自由な足で頑張り、それから朝食を食べます。 その後の時間は父の仏壇に向かって30分間手を合わせ・・・お散歩になります。別居している子供の私は、炊事・洗濯をし、10時勤務の夫を送り出し、掃除をしてドッコイショとなれば、今の時間、要は10時半を過ぎるわけです。さらに「待っていてね」と言っても、年老いた母は、容赦なくそのスケジュールで動きます。思い起こすと・・生前父を病院に連れて行くときも、たとえ信号で5分遅くなっても、父は帽子を被り、自宅前で杖をつきつき立って待っています。約束時間は厳守で、間に合わない時間を考えて行動しなければならなく、つくづく「本当に・・」と思う事もありましたが、昔の人は時間でキッチリ動いていたのだと思いました。実家に到着すると、塀の前に当時の父が帽子を被り杖を突いて立っている光景が見えます。今は、母が私が帰るときには、小さな子供のように不自由な足で後追いをし、玄関のドアから顔を出して、私にバイバイします。私は母の顔を見るのがつらく・・・悲しい顔の母ですから・・。だから、実家に行くときはとても辛く後ろ髪をひかれるのです。今日はお天気最高! 勉強をしてから、母をヨーカドーに連れ出します。今の母はたぶん歩きだし、今夜は夫は飲み会なので、私は夜遅くまで母と過ごす事が出来ます。
2015年05月28日
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ついに完成しました! 「双眼ヘッドールーペ」かけながらの悪戦苦闘で、「昔懐かしい、駄菓子屋さんシリーズ・1です」夫が半月前より・・頑張って帰宅して寝るまでの間にピンセットで作ってくれていたものです。実は某大型書店に、このシリーズが発売され、見本は作ったものより倍以上の大きさでした。ですから私も作ろうと購入しましたが、、見本と違いあまりの小さすぎに・・・手が付けられませんでした。なので、夫が庭仕事しながら、気分を発散させては・・・・素晴らしい才能に、尊敬しています。おかげで、さっきまでのプンプン霊は、どこかへ 飛んでいきました・・・。板塀には、奴さんや当時のポスターが貼りついています。手前には、ベンチと三輪車ですが、三輪車の後輪が取れてしまいました。 お店の中の、駄菓子缶には、ちいさなお菓子、飴玉、アイスクーラーにはアイスが7個、奥の居間には、テーブルと座布団2枚、やかん、湯呑みがあります。お見せできないのがとても残念です、、、。左には、ガラガラ戸がかけたててあります。ちなみにこのシリーズは、「ラーメン屋」「たこ焼き」「おでん屋」「オモチャや」など色々ありますが、根性との戦いですので、頑張れる方はどうぞお作りください。これは、1980円だったと・・・・思います。
2015年05月27日
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「どうして、いつも・・こうなのですか!」と、コピー機と戦っていた私は、おもむろにサンダルを履き、庭いじりをしていた夫に言いに行った。このコピー機は「EPSON」さんので、昨年暮れに購入し、とても私には手に負えないほどの機能付きです。購入するときも「一番簡単で、縮小・ハガキができればOK」の私に、「スキャン・写真・コピー・・・あらゆる機能付き」が良いと夫は言う・・お値段だって頑張って高かったのを購入した。考えると・・いつもこうだ・・新しいモノ好きな夫は、なんでも最新型を買いたがる。それでいて、説明書を読むことが嫌いな夫は本能に任せて、ボタンを押しまくる、以前、購入してすぐに壊したこともある。だから・・使う事もほとんどできない・・・正月にCDラジオも私のために購入してくれた、その時も「最低のでいいよ~」と言う私に、店員さんの前で「大丈夫、誰にでもわかる・・」と言いながら、機能が多すぎるのを購入。いまだ私には選曲さえも難しい。勿論、当の夫さえも?????聞くと・・「僕が使うものではないから、覚えていないし、近頃のモノは機能が多すぎて、難しすぎる」と言う。ハアーッ????私は、最低機能が付いていればOK、、、なので、さっぱり理解ができていない買った本人に腹が立った。今まで、この気持ちを抑えていたけれど、たかがA4紙を25パーセントに縮小し、それを何枚も作成することだけなのに・・・用紙を取り出してはいちいち機能を入れなおす作業に疲れた・・・40分はかかっている こんな時間がもったいないです! いつもこうなのですから、タマッタモノではありません。本当に何に対しても「断るという言葉」を置き忘れしてしまった人です・・。 いささか、プンプン・・ こんなに怒りが収まらないのは、ああ~ きっと私に例の怨霊が降りてきたのかもしれない~プンプン、プンプン、この心は収まらない やっぱり、霊なのねぇ~~~~
2015年05月27日
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午前中なのに・・こんな話です。・・・・ジイちゃんの車がある~! ウアーン、、、、!! ジイちゃんがイヤダー!! ウアーン、、ワーンワーン!!3歳のお孫ちゃんが、左にはおなかの大きいママ、右には若いおばあちゃんと手をつないで、近場のお買い物から帰ってきて、玄関前のおじいちゃんの車を見つけた。そこのお宅は・・・数年前よりご主人が体調を崩して、休業中らしい。それでも、ご主人は雨の日も風の日も決まった時間になると出かけ、どこへ行くというアテもなく車で出かけ、今日先ほど帰宅したようです奥様いわく・・自分で起きて自分でオニギリ握ってい行くから、別に聞きもしないし、興味もないわぁ要するに家庭内別居しているという事です。これから昼食の時間になります。帰宅した途端に・・・・お昼は外食ね。何を食べようかしら? 楽しそうに会話が弾んでいるなのに・・庭にいるご主人には、声かけもなし。そのような中、お孫ちゃんが泣き出した。それもジィちゃんの車を見ただけでも大泣きしだしたのであるジィちゃんが嫌いだ! ジィちゃんが外にいる!小さいながらも、迫力ある声で大泣き ママどころか、バアちゃんまでもが、・・・ジィちゃん、イヤだもんねぇ!! と、大笑いする。どういう事?何か間違ってはいないのかなぁ?・・・ジィちゃんがその家を建てたのではないのかなぁ? ジイちゃんのおかげで食べていけているのではないのかなぁ? そして、娘に当たる妊娠中のママよ、ジィちゃんのおかげで学歴をつけられたのではないでしょうか? 自分ひとりで大人になったと感じていたら、それは、大人ではない。。親になったのなら親の苦労が少しは身についているはずです。。子供がおじいちゃん!と、可愛く叫んで胸に飛び込んでいけるような、そんな子育てできるママになってほしいなぁ バアちゃんに一言・・・自分の夫、、つまり、子供の父親と孫のじいちゃんである人をそんなに嫌がらせることはない・・・・ 貴女の采配ひとつだけなのに。
2015年05月26日
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藻岩下までドライブに行きました。久しぶりの「ルー・スロー」です。 イタリアンのお店です。 私達の窓からはタンポポと勿忘草が、頼りなげに咲いていました。今日のランチは「エビとイカのトマトスパケ゜ッティーです。 おみ物は「サクラコーセー」と「」あんず黒梅酢」 遠いけれども、ドライブしながら、おいしいお食事時ができました
2015年05月25日
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「ボサボサしていられないよ~ お天気に身を任せて冒険して、あ・そ・ぼ・う」お天気最高! こんな日はお出かけするに決まっている。 しかも、89歳の母を連れて「100均」へ 今日も母は窓からお隣の芝生のお庭を眺めているとのことです。 こんな日々では「頭がボケる、さあ、たまには刺激をもらってこようね!」という事で、これから出かけてきます。100均なんて・・・・きっと驚くことでしょう 疲れたら、近辺のカフェでも連れて行って休憩です。ボケボケしていられませんよ~
2015年05月25日
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お天気最高、札幌は運動会シーズンです。 今日はおでかけしました。すると、「スリに気を付けなければ・・」と、通りすがりの女の子同士の声が聞こえ、ハッとした私です。「死んだ人間よりも、生きている人間の方がずっと怖い」と昔から話す・・母の声がどこからともなく聞こえた~~「そうよ、そうよ、昨日のような出来事はぜーん全、気にしていな~い、気にしな~い、霊が憑りついているなんて、失礼と言うものです」本当に、この世の中、生きている人間の方がずっと怖いはずですねぇ。
2015年05月24日
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今日、生まれてはじめ口にした「菊御残月」・・・「高貴すぎて・・一生に一度、自ら・・口にできるかどうか・・ 」と言いながら、宮内庁ご用達の「菊御残月」をいただきました。この春、年齢の離れた父方の従妹が「春の勲章・・旭日単光賞」を受賞された。私たちは、心から喜びを分かち合うとともに、灌漑深げな気持ちになった。従妹は、青年期まで田舎で農家を手伝いながら、札幌の夜学に通い、そして結婚を機会に、親ともども札幌に出て銭湯経営をした。やがて私の叔父が亡くなり、従妹は銭湯から「不動さん」会社経営をし、今では息子の代へと引き継がれました。その間、町内・区内では長年にわたり多大に尽力し、功績を残し、その陰では家内なる従妹の奥さんが、ヨメ家業・妻家業・社会人として、見事なまでの良妻賢母を発揮され、今日に至っています。 最高品質のお味は・・甘さは控えめで、とてもお上品なお味でした。
2015年05月24日
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その人は血相を変えて怒鳴った~ 「私は霊媒師なのよ、あなたに強い霊が憑りついているわ~」・・・? ・・・終了20分前にいきなり豹変したその人は・・・・・「私よりも強い霊気を感じるわ、何か貴女に憑りついているよう、何かあるのではないの~ さっきから、スゴく具合が悪くなってきたのよ! あなたに悪い霊が憑りついているわ! 」・・・・驚いてしまった私は・・「そうですか・・・私自身はさして悪い事は起こっていないのですがね・・」・・・・「怖いです・・・! 悪いものが憑りついています・・・」「これで、もうやめましょうね・・・少しお疲れのご様子ですから。」と私は言って、その人をなだめて一緒に某場所から出た。1週間前にも思わぬ・・・ハプニングで・・めげた私ですが、「いまどき800年前の霊に負けない」と力強い精神で出かけた私が・・・どうも勝ったようらしいです。なんだか、怖いと言うよりは、妙な事だと思っています。今日の昼までのお話です。宗教とは・・決して脅かすことに使ってはいけません・・と思いました。
2015年05月23日
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「明日の仕事の準備で、今日は行けないよ~」と・・朝から電話を切った私は、準備と言いながらも、アッと言う間に終えて、お天気の陽気さに誘われて・・気になりつつも「ラララ~♪」と、メガ●●●に行った。帰宅した今も「お母さん、これから夕食なの~? 今日はお姉ちゃんが来てくれているのぉ?」「忙しかったのかい・・・?」母が私に聞く。「ウンウン、準備に追われてね・・」ついつい、本当であり、そうでもない事を言ってしまった。母は毎日待っている、私と姉が来るのを一人で家に閉じこもったまま待っている。・・お散歩だって・・・誰も行けない日は、一か八かの賭けのように、歩行困難な足で補助車を押し押し、やっと歩いて行っているようなものだ。昨日は私が「母をお散歩に連れ出す時間」を前もって知らせていたにもかかわらず、聞き違いをして、一人で補助車を4段ある玄関階段から降ろし・・・「●子は遅い・・・」とサッサと歩いてしまった。そのことを知らない私は、フーッフーッ息せきながら実家に到着するも・・時はすでに遅し。という事が度々起こり、危なくて危なくて心配極まりない。お風呂だって大変なモノ。 声掛けすると「今日は入りたくない・・」と言い、誰もいないときに限って入浴する。兄は「心配かけなさんな」と母を叱る・・しかし、母は「どうせ一人で生きているみたいなものだから、どこででも死ぬときは死ぬ」と言い張る。私だって「仕事・・仕事」と都合よく言う。そんな時は母は悲しそうな・・しかし、嘘を見抜いているような・・親なので、全部話が見えている。「仕事」と言えば通用する・・しかし、よく、年老いた親に、こんなに偉そうに言えるものだと自分にあきれた。随分と「あなたは 偉くなったものね! 本当にあなたは!」と、自分にいいながら自分に腹が立つ。母のさびしそうな顔は・・いつだって忘れていないはずなのに・・・「もう、どのくらい生きてくれるかわからない。」判っているのに・・・。私は、もう一度人生勉強が必要だと痛感した。・・・あっ、そう言えば・・娘も「仕事、仕事」と帰札しない理由づけを「仕事」に持ち出す。
2015年05月22日
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本日はお天気良好! 春ウララ~~ 「キレイ!」の一言に尽きます 我が家の庭が「お花」満開で、素晴らしい眺めとなりました。手前は芝桜・ポピー・カーネーション・勿忘草です チョウチョもカップルで飛んできました。 次いでに実家の庭から見えるお隣のお庭ですが、、カメラアングルがわるかったのでキレイに映せませんでしたが、見事なお庭なのです。札幌はライラック祭りも開催されて、週末はたくさんの人でにぎわうはずです。私は明日は仕事です。
2015年05月21日
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「本当に・・面倒くさいねぇ」と思う日もあった。老犬エルのお散歩で雨・風・雪・であろうが、家人と毎日、お散歩に出かけた。 そのエルも死に・・・しばらくは「散歩」という言葉から離れていた私ですが、今春から、実家の母の「散歩」に付き添うようになり・・・ともすれば・・心と格闘する日を迎えるようになった。母は杖なしで歩行できずに、補助車を市からレンタルした。 以前ブログに掲載したように、実家の玄関から補助車を抱えて4段の階段を下らなければ地面にたどりつかない。兄がスロープを付けてくれたが、私とて、とても恐ろしくて4輪の補助車を押して上り下りはできない。なので、時間を決めて母の「お散歩」に出かける。たかが週3回ほどなのに、母は午前中と午後の2回を希望する。 子供たちは話し合いで、「散歩」に関しては手助けできる人が行く・・となった。車を持っている私が一番の身軽な子供・・。そして、また別に曜日違いで当番制で母の介助に行く。1週間を換算すると、私が日々走り回ることとなった。母をつれてお散歩する、母は小さな子供のような歩行しか出来ない。 帽子を被り、私を玄関で待っている姿を見ると、「大変だけれども、来てよかった」と思う。20分のお散歩で終わるとお茶・食事をともにする。母の笑顔は得意げになり、90歳になっても頑張っている姿は私は誇らしい。主人が「親が子供を頼る時代はもうすぐ終息期に入り、団塊の世代は、自らホームに入るようになるのだから、親を看れる最後の世代と思い楽しみなさい・・」と中々良い事を言ってくれる。楽しい、楽しい、心に言い聞かせるけれども・・・今日は曇り、体は曇り・・。「●子、待っているよ~」電話向こうで母の声が弾む。庭の花を摘んで、朝から作った夕食をこれから持参します。
2015年05月21日
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「先生、今、私、札幌です。突然ですが、お会いできませんか・・・」夕べ連絡が入った・・Sさんから。 Sさんは講座の1期生で、ご主人は転勤族。道北、道東、道南と転々とし、当時、岩見沢から札幌の講座までわざわざ通ってくださった人。それ以来、手紙での交流があり、声の便りは年数回。 近場の友人たちよりもある意味では、深い関係かもしれない。生憎、実家の当番日と重なったので、13時までなら時間をとれそう・・。という事で、私はこれから家を出発します。最後にお会いしてから7年ぶり。函館でフォーク・ダンスとスクウェア・ダンスに夢中だという彼女は、スリムになって明るい表情で゜・・きっと手を振ってくれるに違いない。出会いと言うものは、本当に素晴らしく、その関係を続けるのは難しいけれども、なるべく途切れることなく関係を保つということが大切ではないかしら・・と思いました。しかも、その関係は、当たり前のことですが・・・・一方だけの努力ではなく、双方あっての事だと痛感しています。
2015年05月19日
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今日はエルの1周忌です。 出勤前にお父さんがエルに、庭で満開の「勿忘草」を飾り、お水も取り替えていきました。エルは十七歳と三か月で、明け方・・・私達に身看取られずに・・・悲しませないとしてくれてか・・一人で旅立っていきました。二年前に亡くなった父の命日と同じ日です。
2015年05月18日
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こんな感じで昨日は、「渡辺淳一」さんと腕組みしました。 かなりのモテモテ気味で彼を独占できた私は、夕べは興奮しっぱなしで「かりそめの恋」に浸りました。同伴したお友達ですか・・・? 彼女はどのようにとらえたのかは・・・人の心はわかりませんが、私ほどではなかったと思います。「追悼朗読会」も「記念文学館」で行なわれ・・・ 若かりし頃の淳一さんを偲びました。
2015年05月18日
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人生とは「かりそめ」なのかもしれない。相手の知らない自分がいて、自分の知らない相手がいる。私達は仮面の人生なのかもしれない・・。 淳一今日、 友達と一緒に・・・淳一さんの世界に浸ってきました。 雨あがりの中島公園は美しく緑一色の景色に彩られていました・・。心がせわしない日々の私には、待望の今日・・渡辺淳一先生を偲んでの一周忌 「追悼朗読会」でした。当時の「渡辺淳一先生」は「男女の愛」をひたむきに美し、時に鋭き描き、センセーショナルを起こしたものです。阿寒に果つ・・ひとひらの雪・冬の花火・流氷への旅・まひるの・愛のごとく・別れぬ理由・パリ行き最終便・解剖学的女性論~~読みました~読みました ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「かりそめ」 朗読(連読) 五島由、原佐代、樋口ゆかり、水谷恵美子 背徳の世界に身をゆだねる52歳の作家・久我と45歳の主婦・梓。十数年ぶりに再会し、狂おしいまでに互いを求めるふたりだったが、ある日、変調は訪れ た。眼の異常を訴える梓。どうなろうとも愛を貫くと宣言する久我。しかし、その顔にメスを入れることになった梓が選んだ行動は…。死の気配におののきつつ も、宿命に殉じようとする男と女。著者が30年間、心に秘めた「哀切の物語」。 「ダブル・ハート」 朗読 穴水重 心臓移植の話。1968年の札幌医大の日本初の心臓移植を題材に小説化したものという。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・札幌にいながらも・・せめて人生の一度だけでも、先生とカクテルをご一緒させていただきたかったです。 つぶやきです・・
2015年05月16日
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笑えないお話とはこういうことでしょうか・・・。 「先生、パンに手光を当てておきましたよ・・・」と、二人っきりのEV内で、静かに言われた私は・・ドキッと心が痛くなった今日はその方に、連続5時間の特別講座でした。何と言っても連続5時間ですから、昼食は持参ので簡単に済ませようとしましたが、会場の駐車料金が重なるので、いったん車を移動させるために、その方にロビーで私の荷物・パンなどをお願いしました。「駐車場が混雑していましたので、ごめんなさいね~」と戻ると、移動合間に「時間があったので、じっくりとパンに光のパワー」を与えてくれたとのことです。「私の手の光は強力ですよ~」・・・別部屋で20分の休憩中に「私の体には800年前に殺された霊が憑りついて、時々降りてきて・・悪さをするらしいのです。原因不明の病の人は・・・ほとんどが霊に憑りつかれているのですよ・・・」何とか話を変えようと、色々と会話を変えてみたものの・・・私には、力不足のようだった。「もう、ダメダメ」「なんとなく、予感がしたもの・・」「私に向かってきても・・相手違いですよ」「ケセラセラの私だから、無駄骨折るだけ損ですからねぇ」見えない何かに向かって心の中で叫んでいた私は、本当にちっちゃな人。思想も宗教も信仰もそれぞれの想いなので批判はしません。でもね・・知らない時に「光パワー」をあてられては、笑っていても心は複雑です。パンですか・・・? 勿論、食べました・・美味しかったかどうかは・・わかりませんが・・・きっとおなかの中で パワー全開になれたかとなぁ思っています。
2015年05月16日
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「お散歩できる~?」慌てて玄関のドアを開け、母に呼びかける。母はすでにチヨッコリと帽子を被り 「これから行こうと思っていたんだよ・・一人でも平気、平気」と言って、嬉しそうな顔をして玄関まで出てきた。母、今年で90歳・・3年前までは、「35年間習い続けた踊りの会」に夢中になり、私達以上に早足で歩き、走り、私達はそんな母と歩くのが大変だった。その母が3年前に「腸の手術をして以来」歩行困難となり、今は杖なしではヨッチヨッチ状態。要支援と認定されていますが、生活はそれぞれの子供の事情が重なり・・・一人です。お散歩用「歩行補助車」を借りて2週間経過、自宅の玄関まで階段を4段登り、そして20センチ高の「玄関上がり」を上がらなければ家には入れない。兄が母が「いつでもお散歩できるよう」に補助車を階段下に鎖で取り付けたが(母は盗難にあったら大変という事で)、先週末に・・・補助車を玄関内に入れるためにと、4段の階段に板でスロープをつけてくれた。しかし、母は危なすぎてスロープを降りられないし、登れない。左手に手すり、右手に杖で上り下がりするので、散歩に出るときは、補助車をスロープからずり落とし、自分は手すりにつかまって反対階段から降りるらしい・・・しかし、お散歩を終えた後が大変なことに・・、両手に補助車を抱えなければ階段を登れず、一人でオイッチニ、オイッチニ、と、上ると言う。たまたま、お隣の旦那様が見ていてくれて「危ないから、俺が入れてあげるよ~」と手を貸してくれるらしい。 本当に本当に、ありがとうございます。「子供たちが来ている時にお散歩するのよ!」と、私達子供に言われるが、体調との状態で一人で散歩に出てしまう母。頑張りやの母は、子供に迷惑かけたくないと・・・思う気持ちが痛いほどわかる私には。なので、お天気の様子を見て私は実家に走る。しかし、母の期待通りの時間に合わせることは、私も中々できない。今日はチャンス! 車を飛ばして、10時到着。母は喜び、安心して、町内を2周した。。補助車を押す母は、4回休憩し、ハンドルを持つ手がしびれ、仕切りに手をぶらぶらさせる。「大丈夫、大丈夫・・」と小さく自分に言い聞かせるようにブツブツ言う母と、花咲く彩の良いの景色を眺めながら・・・遠かりし昔・・母に手を引っ張られて、散歩をした小さな自分に出会った。今の母は小さすぎて、もはや頼りは私達子供だけ。 こんな老いた母に・・今になって・・・足手まとい・・とは、思えない。来るべき時まで、母の散歩に付き合おうと、心した午前10時半でした。
2015年05月15日
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携帯充電器も・・化粧水も・・・ヘアースプレーも・・家の登記簿謄本だって入っています~心配ですもの! 貴方のバックは膨らみすぎていませんか・・・・・・・・・・・・考えると持ちはじめの頃のバックは小さなものでした。私これで充分でしたのに・・。ところが、これもいつの間にか大きなバックになり、、もう、小さめのバックには戻れません。買う時なんか、最初から大きめバックを買います。仕事で使う訳ではありませんのに・・・。いつの日か、プライベートまでも大きいバックに手が伸びて、気づくと、いらないものまで「あれもこれも」と、いれてしまいます。ああいう時にはこれが必要で、こういう時こそ、アレを持っていなければ・・と用意周到の考えです。気が気でありません。でも、昨日買ったモノがバックにそのまま入っている時もあります。取り忘れたのかしら・・・お口治しに・・飴玉とか食べ物もあります。色々なケースを考えているうちに・・・バックに詰め込みすぎてバックの形が原型をとどめていません。大きいのだから、色々なモノが入って当たり前でしょう・・・?パンパンにしても誰にも迷惑かけていないでしょう・・・。膨らみすぎたバックは、おなか同様に一緒に膨らんでしまいます。バックは6分目までしか入りません。形を保ちカッコよく見せます。必要なモノだけ入れて、中身が点検できるように毎日の習慣にしてほしいものです。・・・・・こういう私は、肩こり症なので必要最小限のものしか入れていません、先日化粧室で友人に笑われました。ファンデーションは試供品、は家を出るときから、紅筆に塗っていきますので、口紅は持ちません。あとは眉ペンシルのみです。重たくなるのは「勘弁」してください。。。。すると彼女は、化粧品一式、スマートフォンの充電器まで持参しているのには、ビックリしました。以前・・盗難にあうと困るから・・と、の登記簿謄本まで持ち歩いている友人がいて、「却って危ない」と思いました。
2015年05月14日
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勉強の合間に読んだ本で、少し辛口ですが・・・ギヨッとしながら・・はあ~と思いました。電車の中で10歳以上老けて見える女性とは・・・あなたは大丈夫ですか・・・。1・・空いた席に突進する若い女性、若いうちからそんなに疲れやすくてどうするの?2・・大股開きで座る女性・・・気が緩むのか、ひざをキチンと揃えていない女性。男性はいくらエッチだからと言っても生活に疲れたように見えます。3・・お化粧する女性・・電車の中をまるで自分の部屋みたいに思っているのでしょうか。人前で裸になるようなものです。4・・何かを食べている女性・・意地汚い感じがして男性はそのような人を彼女にはしたくない5・・腰をずらして座る女性・・大股開きと同様に、だらしない見本で、体力が落ちるのも早いよう。このぐらいは・・・と、思っている女性、実は「おばさん化」のスタートですよ。・・・・・・・・以上です・・・★私はオバサンですが・・・そんなことは・・しません。「オバサン」の私も悲しいです。それではおやすみなさい
2015年05月13日
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「グワーン・グワーン・グ・グ・グワーーーン」その音を聞くたびに、途中でOFFにしてしまいたい気持ち。 血圧計のお話です。 毎朝、ベットの中から血圧測定が始まり就寝までに5回ほど計測します。へ持参するためです。その測定時の血圧計の音が近頃・・・なんといっていいのか、恐怖の音で、まず3段階に音の強さが変わり、3段階目は、「ここまで貴方の血圧はあがっていますよ~!」的に音が強すぎて心臓に悪く、腕は最終的には、ちぎれるのではないかと思うほど締め付けられます。勿論、計測前は深呼吸して気を落ち着かせ、腕巻きは指が2本入る状態に緩めて、目を閉じて測りますが・・・きっと、「血圧計」と言うだけで、心根の弱い私は感じるのでしょうか・・・。モーニング・サージと言って、早朝より血圧は誰もが高くなるとのことです。ですから、脳溢血やら心筋梗塞やらが多いのは、朝だと言われていますね。こんな私は、毎朝が恐怖の血圧測定で・・・す。血圧は一日中変動するものですが・・わかっているけれども・・空気のピーンと張った朝が、一番の恐怖です。
2015年05月13日
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「ズッテでも、這ってでも、決まった曜日は実家に行くこと」と長兄より宣言されて早10日目。3日前より血圧が上昇し、早朝から160・・続いて168・・昼前は170に達した。頭がフラフラ、新しい降圧剤を飲んでみたものの・・・どうしても下がらない。昼前にベットから母へ電話をする「血圧が高くて、起き上がれないので、様子みてから行くから、心配しないでね」母は、「寝てなさい・・・お母さんは大丈夫だよ、お母さんも具合悪くて横になっているから・・」と言う。しかし、年老いた「母の支援会議」を兄姉私と4人でバトルしながら決めたことなので、そこには、「絶対に」と言う言葉が入る・・・。要は決められた日は、その子が何が何でも行くこと・・・らしい。バッカじゃないの、、、と思いつつ反論しながら反論されて私が負けた。という事で、私の曜日だから自分たち一世帯で頑張るしかない。夫がわざわざ2時過ぎに仕事を中断し、帰宅して「病院に行くかい? それとも義理母さんのところにお弁当でも買って届けるかい?」と・・・・「あなたには、これ以上迷惑かけられないので、気持ちだけでもうれしい。私は降圧剤の頓服を服用するので大丈夫だから・・ごめんね」と言い、夫を再度仕事に送り出した。巻き添えを食らった夫に申し訳なく、可哀想すぎる・・頓服を服用すると血圧150に下がったので「今がチャンス」と、大急ぎてハヤシライスとサラダを作ってアクセル全開で母の元へ。横になっていた母を見ると忍びなさすぎて・・自分の体調をいう訳にもいかず・・・結局は掃除と洗濯と夕飯セットをし、夫が帰宅スレスレまで私もゴロゴロとしながら、母の元にいた。 薬はおかげで利いてくれて・・・でも今朝も朝から160です。気にしな~い 気にしな~い
2015年05月12日
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5日に定山渓温泉ミリオーネさんの部屋金庫に忘れてきた「大事な商品券」が本日、自宅に郵送されてきました。オオーッ、嬉しいですミリオーネさんの12階のお掃除の係りの方からのご好意です。・・・実は昨日夫から「温泉帰りにデパートに立ち寄り・・私のバースディ・プレゼントを買おうとホテルに商品券を持っていき・・・部屋の金庫に忘れてきたかもしれない」と言われ・・・驚いたのは私です。お部屋を出るときは、あんなに忘れ物はないかと確認していたので「そんなことはないはず・・・たとえ忘れたとしても、今更・・・金券があるわけがない」と言いつつ・・二人でがっかりしていた私達です。今更ながら・・・この世知辛い世の中に・・・しかも、ホテルではないかもしれないし、どこか置き忘れしていないかと、あらゆる場所を探しまくった。最後の頼みで諦めかけつつも、ミリオーネさんに電話をすると「忘れ物の確認をいたします」との返答で3分もしないうちに折り返しの電話が。「●●さま、お預かりいたしておりますので、ご郵送いたします」とのお言葉に、嬉し涙が出そうになった。本当にありがとうございます! 世知辛い世の中・・と思った自分を恥じました。 しかし、5日も経過しているのに、戻ってきたなんて・・・今日は母の日です。私にとっては、最高のプレゼントとなりました。定山渓ミリオーネの皆様! ありがとうございます! 近々ご宿泊させていただきまーす
2015年05月10日
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「もういいよ~」と、階下で夫の呼び出しの声。昨日のわたしのバースディ、自分で「バンバンしよう」と勉強の合間に、ケーキ買いと料理を作った私だけれど、結局夕方には血圧が上がり、ベットで横になり勉強してしまった。夫が帰宅後、「僕がテーブルセッテングするよ、呼ぶまで寝ていなさい」と、言われ・・・ついついお言葉に甘えてしまった私ですが。ささやかながらの我が家での恒例バースディ。テーブルにはバラの花とカスミソウ・・「ケーキも買う予定だったけれども、すでに買ったというので・・」手渡ししてくれたカードは、本当になんといっていいのか。。。買う時に恥ずかしかったという・・・花屋では「母の日のお花ですか?」「いいえ、誕生日です」本やでは「どのようなカードをお探しですか?」「・・かわいいカードが・・・」という事で、、皆さんにも観ていただきたく思いました (笑) ちなみに夫は団塊の世代゛です・・・ 手にしながら恥ずかしかったと思います。
2015年05月09日
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今日は私のお誕生日です。 長年、生きてきたから今更、お誕生日なんて・・・とは言いません。やはり、「私って頑張ってきたなぁ・・アッと言う間にこの年齢に。随分、大人になりすぎてしまいました・・・」半月前より家人から「プレゼントは何がほしいか」と聞かれていたけれども、「贅沢させていただき、これ以上ほしいものはありません、しいて言うならば、生年月日がほしいです。人生再度、挑戦したいことがあるし、次いでに若くもなりたいです」「アホ・・」と言うような顔をして、家人は私をみた。今朝も「プレゼントは何がいい・・レストランで食事をしよう」と言ってくれたけれども、明日は突然の仕事が入り、それどころではなく、勉強中になるので。。。しかし、そう言ったものの、ケーキを買いに走り、先ほどは自分で自分の誕生日料理を作った私。やはり、美味しいもの食べなければセレモニーにならないものね・・世の中のお母さんたちもきっと自分のバースディは自分でバンバンしなければならないのでしようか・・。ピンポーン・・・「突然ですが、私は●●業者で奥様のお誕生日とのことで細やかながらのプレゼントを・・」と、ドアを開けると昨年外壁を工事をした●●建業さんの方です。手には、小さなプレゼントが。私は喜んでしまい、ついついその方の手から、プレゼントを取ってしまった・・・どんなに小さくても、なんでもいいわ、私の誕生日を覚えていてくれたなんて・・・感謝感激、雨アラレとは、こういう事です。
2015年05月08日
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早めにホテルに到着し、12階のお部屋から景色を眺めると・・・強風のために渓谷に渡している「鯉のぼり」が、口いっぱいに風を受け、吹き流し状態で、なんだか可哀想に思いました。「彼らも頑張っているのねぇ・・・」と、温泉饅頭を食べ食べ夫と二人で見つめてしまいました。今日は、我が家恒例の温泉です。 ロビーでは「駄菓子まつり」が開催され、あまりにも楽しくて「籠」を手に、アレコレとたくさんの「駄菓子」を買いました。 早めの到着でしたが、チェックインするときは、長蛇の列ができたほどです。まず、お招き「苺タルト」付きのコースです。 ウキウキしっぱなしだったので、お味の方が・・・・よく覚えていません・・・。 飴玉コーナーに立ち寄った夫は、色のキレイさについついシャッターをを。 まあ、色々な事が重なり合ったけれど、現実逃避ができる絶好な一日になると・・・私はこの時は、そう感じていましたが・・・。さてさて・・・・
2015年05月06日
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子供たちで母を巡っての熾烈なバトルがあった・・・とも知らない母を、次女夫婦と姪っ子が「温泉」に連れて行きました。母は午前中はトイレ通いに走り回るので、とても気にして悩んでいたのですが、「そんな楽しい事はないので、是非、連れていってもらうのよ~」と背中を押してあげ、当日は母は姉と姪に手をひかれながら「入湯」したとのことです。姉たちの宿泊先は「定山渓温泉のハイクラス宿」で、相田みつを師の書道などが置かれております。母と一緒の温泉は、とても大変ではなかったかと思います。廊下を歩くにも2人がかり、大欲場に入るには、3人ともすっぽんぽん状態で、裸を隠すこともできずに、転ばせないように、手をとり、しずしずと歩いたそうです。湯船につかると、小さな母がコテンと風呂の中で一回転しそうだと、姪っ子ちゃんが、優しく見守っていたようで、その間は私の姉が慌てて自分の体を洗っていたようで、協力なしでは風呂にも入れられません。母は娘と女孫に甘えて、充分に楽しみ、感謝し、朝風呂まで「連れて行って~」と叫んだそうです。母は大ニコニコ・・・姉と姪は達成感でもグッタリ疲れ、義理兄はずっと寝ころびながら飲んでいたようです。親孝行してくれた姉夫婦に、お疲れ様でした。
2015年05月06日
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「母親と同居できるか、できないか、一人ずつ答えてもらう」話の冒頭から乱暴な質問が出た。父の3回忌を終え、年老いた母親を一人生活させるには、要支援を要する日々となり、兄姉の全員集合で母親を巡っての会議になりました。・・切ない話に私はうろたえましたが、これが今の日本の団塊世代の現状かもしれません。きっと多くの家族は、私達のように悩み、子供間での話し合いが重ねられているのだろうと思います。「できない」「できない」「できない」・・・「私はできる・・」末っ子の私の答えはこれです。しかし、子育ての段階で年功序列、男尊女卑の我が家は、一番下の私の将来を按じてくれてと、長男長女の立場を考えてと・・・3人一致で「末の●子に母親を任せられない」と言われ、それからと言うもののバトルが勃発し、私の心は疲弊した。歩くこともままならなくなった母は日ごとに心も病み、同居できない歯がゆさに子供たちに我儘放題となり、確かに兄、姉が心配するように「日々母親の言葉に一喜一憂し、振り回されている状態」になりました。父が他界してから、我が家も母を巡り、色々なハプニングも起こったけれど、自分を育ててくれた親が年老い、生活支援を受けなければならない状態になったとき・・・ホームに入居させるのは楽であるけれども、忍びなさすぎる、1人では無理でも4倍の力があれば、交代でなら、たった一人の親の面倒は見られるはず。出来ない事はないし、出来ないと言うならば、出来る子供にお願いすれば良いと言うのが私の持論です・・・母は自宅でホームには入居したくないと強く希望している、しかし、現実は一人では生活できず、この3年間、近場の姉と交代で母を支えてきたけれども、姉にも諸事情があり、これが限界と話す。私達は一つひとつ自分のことを言いだすとキリがなく、母は母で・・生活も小さなことから始まる。紙パンツ類の生活面でのゴミ捨て、入浴、食事、洗濯、掃除、病院、買い物、電気ポットのお湯切れ、お散歩、実家通いよりも、同居の方がずっと楽なことも多々あるけれども、自分たちも一人住まいではなく、それには伴侶という血のつながらない他人が存在し・・同意を得ても現実の生活に、色々な支障をきたす。何と言っても、それぞれ「我が家」という家を持ち、実家で暮らすには、「我が家」をどうするのか・・・「空き」または「貸す」・・家財道具はどうするのか・・などの現実的な問題も生ずる。バトルをしながら、空虚な心、やはり「母の会議」をするのは愛がある私達なのです。言葉は辛辣ながらも、心は涙、理想と現実の狭間に苦しむのは4人とも一致。3時間半の会議はホテルの一室で終え、最後は当分は4人で平等に母親を見るという事となりました、しかしながら、実家に行く決められた曜日は、具合が悪かろうが、這ってでも、ずってでも行くこと、持参した食材のお金は必ず母親からもらう事、一人抜け駆けはダメ・・が条件となりました。厳粛な子育てをしすぎると、決局は年老いてから自分に戻ってくるものだと、痛感した次第です。でも、私にとっても、母にとっても大きな収穫だったと思います。今の日本の大きな課題ではないかと思い・・・このような内容を書いてしまいました。
2015年05月03日
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