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手渡された手作りネックレスは、優しい彩りで、とても上品に仕上がっていました。5色の組み合わせは友達が考えて考えて作ってくれたものです。私は早速、紺色のレースのカットソーの上に2重にしてみました。 とてもお似合いです! ありがとう!!「いつでも作ってあげるよ~」釣り糸?は、編み棒ですくったそうです。180センチもあるのですから、3重でも大丈夫です。 本当は私の講座に間に合うように、真夜中に2時間でセッセッと作ってくれていたのに、、、大変申し訳ない事をしたと思います。スバラシイできばえのネックレスを見ていただきたいと思います 来週から始まる資格講座の初日に、是非是非、していきます、
2015年07月31日
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日々色々な感情が湧きます・・昨日の私と今日の私、朝の私と夜の私、今の私とさっきの私・・こう考えると、感情も血圧と同じように一定してはいないのですね。ある人にとっては、どうであっても、自分にとってはどうでもよくないこと・・って多々あります。こんな言葉があります・・・・・・・・・・・・・・・・・・平凡な家庭など、この世にひとつもない。外からだと平穏な一家に見えても、みんないろいろと抱えているもんだ。・・・・・・・どうでもよくないから怒るんだよね。どうでもよかったら、気にもしないよね・・・・・・
2015年07月30日
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今日は恩師のご自宅を訪問した、街中で手稲山が見える見晴のよいMS7Fの居間はお花一杯のサロンのようで、インテリアが格別です。マイセンがお好きな先生は、ガラス張りのコレクション・ボードの中にお見事すぎるほど飾られていました。先生は相も変わらずに、心理学の話から色々な人生話を聞かせてくださいました。・・・目の前に起きているどんな事象でも、相手だけの問題ではなく、自分の方にも問題はあり、それを知ることが互いに大切だと・・柔らかくお話されて心に響きました。このような結果になるのは、あんなことがあったから、、あの人が悪かったから、、ではなく、自分もその土俵際にいるという事を人は見過ごしがちとなるけれども、土俵の上には、相手も自分もいる、相撲は一人では取れない事、一人相撲を取るという事は、人生には、中々ないというお話でした。手稲山がとてもスッキリと見えて、お花いっぱいの先生宅は、お見事で心が晴れ晴れとしました。蒸し暑い一日でしたが、訪問して本当に良かったと感じています。カレーと共にいただいた先生手作りのサーモンサラダとラッキョウ漬けは、とても美味しくいただきました。おもてなし精神はお金をかけることだけではなく、「手作り」のモノがあれば幸せですね。御馳走様でした。
2015年07月30日
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私には、自慢できる手作り上手な友達がいます。「出来上がりは」、上品な感じで・・どんな服にも合うと思うわ~」と、☎の向こうで恥ずかしそうに言う彼女。今日は私の180センチのオーダー・ネックレスを作ってくれた中学友と、お盆前の最期のランチです。2週間前にすでに出来上がっていたのですが、私の都合で今日と言う・・・蒸し暑い日になりました。ブルー・シルバー・ピンクと茶と透明の石・・・どのような色の組み合わせで、どんなふうに出来上がったのか、とても楽しみです。センスの良い彼女ですから、お任せでした!!朝から、頑張ってお洗濯、夕食のキーマー・カレーも作り、ご飯のタイマーセットON。手早いだけが取り柄の私は、これからおしゃれにいそしんで、手作りネックレスに似合う服をセレクトしたいと思います。それではゴー!!
2015年07月29日
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今日も暑い日です。暑いといっても本州よりかは涼しいですが。町内では、夏休みに入った子供たちが外で水遊びをして、元気な姿を見せてくれます。大人は家の中で、扇風機を当ててグッタリしています。夕方近くになると、やっと大人の姿も見え、タオルを首に巻き犬の散歩をする人など多くなります。こんな暑い日は、やはり、冷やしソーメンでツルツルと喉ごしよくいきたいものですね。食欲ない方、ご高齢の方、妊産婦さんなど・・・ツルツルしてみましょう。多めに作り置きすると、2日間は大丈夫ですよ~。さてさて、私もツルツルします。明日からは、私の忙しい時期となります。友達と(お盆が終わるまで会えないので)今週がランチ会最大ピークです。
2015年07月28日
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某料理番組の「ガレット作り」を見てしまい、ガレットって何??と思い、食べに行ってみましょう・・と、色々とお店探しをしている間に、「作ってみましょう!」という事になり、頑張って作ってみました。 ☆そば粉がないので小麦粉で作りました。・しめじ・ズッキーニ・カボチャ・赤ピーマン・ベーコンをオリーブオイル・塩・胡椒で炒めます。皿に取る↓小麦粉に塩ひとつかみ入れ、水を入れよく溶き混ぜる。フライパンに薄く流し込み具材を丸く載せます。中に卵を落とします。 ↓チーズをのせて、ハムで私は蓋をしました。次は、周りを折り込んでいくのですが、難しくて、汗だくながらカリカリ状態の手前で、フライ返しで頑張りました。小麦粉なので、生地が薄い方が織り込みやすいかなぁと思いました↓一度、卵を半熟にするために折り曲げたまま、ひっくり返して焼きました。↓汗だくながらも、美味しかったです! 工夫するとなんでもできるものです。今度はランチで行ってみたいと思います。
2015年07月27日
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某テレビ局で、週末に各地で「安保反対運動」がシュプレヒコールと共に、ラップ状態で行われていると流れました。やっと、今時代の若者たちも主義・主張をしているのだ、、、と安心と共に共感も覚え、70年安保時代のアノ若者たちのことも脳裏に浮かびました。当時私の父は某大学に勤務して、大学の裏の宿舎に私達一家は住んでいました。70年安保は激しく、大学構内よりメイン道路などで、機動隊員と大学生やら、高校生やら・・小競り合い、火炎瓶、パトカー出動など、それはそれは、犠牲者が出たほどの激しさでした。 「安保粉砕!闘争勝利!」「安保粉砕!闘争勝利!」のかけ声と共に、ジグザグデモでした。また、思想・主義・主張で学生たちは分裂し、全共闘、中核派、黒ヘル・赤ヘルやらで旗を掲げての大デモで、今のようにラップで主張するという悠著な時代ではありませんでした。当時、私は高校生でしたが、深夜、宿舎の庭に逃げ込んできたデモ学生さんに、窓越しより「水」をあげると、真っ赤な血を顔から流しながら「ありがとう」と一言。同級生女の子の同い年のボーイフレンドは、過激派に属していて、留置され、彼女は何度も彼に手弁当持参で面会に行っていたのを思い出します。やがて、彼女も彼の思想に属し、退学処分となり・・・あの頃の時代の若者たちは、本当に全身全霊で社会と向き合っていたと思います。、当時の私は、とてもカルチャーショックを覚えました。年齢も、さほど変わらない彼らの勢いは、其の後の日本をきっと担ってくれるだろうと信じてしまうほどの強さがあったからです。性別・年齢・思想問わずに、「経済大国の平和主義である日本」は、過去に戦争という大きな犠牲があり、日本の「いしずえ」になった多くの命が在ったという事を、私達は再認識して安保法案を考えていただきたいなぁと・・思いました。私の母は戦争体験を2度しています。母が10代後半で、「槍」を持たされ、敵兵士が来たときのために「突きあう練習」をさせられたと言います。防空後に入ったこともあるのですが、母はあまり体験話をしたくないようです。したくないというよりも・・・深く傷つき、思い出したくもないのだろうと感じます。戦争は「お国」のためなら、個人はありません・・・。戦争は、殺し合いだからてす。そこには、ルールもモラルもあり得ないと思っています。私は戦争を知らない良い時代に生まれ、それでも山あり、谷ありだと思っていましたが、、結局のところは今までは「平和に守られた」人生だったと思います。そう考えると、国をひとつの家に例えると「お父さん、今までありがとう、貴方のおかげで、私の人生は平和で幸せです」と、、今夜でもビール飲みながら言ってみようかなぁと思いました。
2015年07月26日
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・・・坊や、どこへ行ったの? 坊や今は元気かい・・? 坊や、どうしているのかい・・? この写真は有名すぎるほどの写真ですが・・。彼の言葉が心に突き刺さり、夕べ真夜中に静かに涙にくれていました。どうか、坊やが幸せな人生であったことを・・心から念じ、そして、元米軍報道カメラマンのジョー氏が勇気をもって日本に「坊や」を探しに来てくださったことと、当時の長崎の様子を克明に写しだしてくださった事を感謝し、ご冥福をお祈りいたします。 真夜中に何気にBSを見ると、「焼き場に立つ少年」と言うタイトルでの写真が写り、そこにはジョー・オダネル元軍曹(米軍カメラマン)が、1945年長崎原爆投下後にカメラマンとして撮影した写真と、 、彼が2005年に長崎を訪れ、写真の「坊や」を探しているドキュメンタリィーの番組であり、私はとても切なく、涙が止まらなかったです。 この写真は、我が国の総理は目に留まったのでしょうか・・・・ ジョー・オダネル撮影・・・・ 「焼き場に立つ少年」 (1945年長崎の爆心地にて) ジョー・オダネルより 佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。すると、白いマスクをかけた男達が目に入りました。男達は、60センチ程の深さにえぐった穴のそばで、作業をしていました。荷車に山積みにした死体を、石灰の燃える穴の中に、次々と入れていたのです。10歳ぐらいの少年が、歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は、当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子は、はっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという、強い意志が感じられました。しかも裸足です。少年は、焼き場のふちまで来ると、硬い表情で、目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊は、ぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。少年は焼き場のふちに、5分か10分、立っていたでしょうか。白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に、初めて気付いたのです。男達は、幼子の手と足を持つと、ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶ける、ジューという音がしました。それから、まばゆい程の炎が、さっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を、赤く照らしました。その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に、血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年が、あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に、赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま、焼き場を去っていきました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・当時は、「男たるもの、涙を流してはいけない、男とは、生涯において3度だけ涙を流してもよく、それは、一度目は親(肉親)が死んだとき、二度目は妻が死んだとき、三度目は子供が死んだとき、と、言われていたのだと、私は父から聞かされていました。戦争は二度とあってはいけないし、また、そのようなことにも加担するようなことはしてはいけないと・・強く思います。
2015年07月25日
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母を残し、後ろ髪をひかれる中、待ち合わせをした私たちは汗をかきかき「ブラジル育ちの・小野リサ・コンサート会場」へ。 開演時間・・・ピアノ、ウッド・ベース、リサさんの夫のドラマーが登場し、エメラルドグリーンか、ビリジアン色のドレスを着たリサさんがエスコートされされながら、ゆっくりとした足取りで中央の椅子に座りました。リサさんは思ったとおりに本当に笑顔が素敵で、シンプルがお似合いの美しい女性でした。一部は日本の歌をバラードにアレンジした曲からで、特に「雨に濡れた慕情」は心を打たれました。 2部に入り、真紅のドレスに衣装替えしたリサさんは、さすがブラジル育ち、とても赤がお似合いでしたが、甘い囁くような声でそのギャップに驚きました。「ケ・セラセラ」「GIブルース」「サマータイム」「イパネマの娘」などで、リサさんの声はかすれた声ですが、それが私達の心に「f分の一のゆらぎ」と同時に、リサさんの世界にはまってしまいました。嬉しかったのは、アレンジもせずにレコードと同じ完璧な唄い方だったので、実は私達がリサさんのファンにンなったのは8年前で、、当時イタリア・レストランで、BGMとしてかかっていたのをお店の人に尋ね、それからと言うものはCDを購入して、ファンとなった訳です。ですから、丁寧な歌い方で嬉しかったです。語りはソフトで、、、少し物足りなかったのですが、「しゃべりすぎない余韻が」一段と心を惹かれたのだと思います。私達はバラードも良かったのですが、リサさんは2013年にブラジル政府より「オ・ブランコ国家勲章」を授与されたのですから、激しくボサノヴァを沢山、歌って欲しかったなぁと思いました。何せ、ブラジルです、次のオリンピック開催国ですからね~リサさんと今度お会いできる時は、ボサノヴァを心行くまで歌ってくださいね。色々と企画内容もリサさん自身では決められない事もあるのでしょうから。。。演奏は、後半は盛り上がりとても素晴らしかったです! 次いでにリサさんのコンサートでしたので、私は「おめかしして」行きました。
2015年07月24日
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今日は朝から奮闘です。。。夜はボサノバ「小野リサ」さんのコンサートに行くからです。1か月半前にチケットを購入し、やっと、、今日と言う日を迎えられました。札幌は小雨マークですが、今はどんよりとした曇り空です。小野リサさんのCDの中で、去年亡くなった「愛犬エル」が、死の前日まで聞いていた、お気に入りの曲「コーヒーに何を入れたの?」「山の上」という曲を、リサさんは本日は歌ってくださるでしょうか? 朝から奮闘と言うのは、母の介助の日です。昼食のために「お赤飯」を炊いています・・・夕食のための「お煮つけ」作りながら、焼きシャケと、今はホーレン草のゴマ和えです。取り急ぎ、待っている母の元にゴーです。今夜は、エルを偲びながら「小野リサ」さんのコンサートを楽しみます。
2015年07月23日
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「まだ帰らないのかしら・・」と小雨の中を何度も玄関を出たり入ったり、今日は母が「筋肉キタエール」の日。しかし、2週間前より「下痢が続き」・・・と言っても、父の亡くなる2か月前に手術をしてからと言うものは、すっかり排せつの調子が悪く、近場の主治医から下剤も出されているが、「調整は自分で」と言われ、調整がうまくいかない母は、日々、トイレに追われ、気力・体力が低下する一方。札幌も暑い日々が続き、ここにきて母は体調が悪く、口に食べ物が中中入らない・・・やせる一方の母に「少しでも食べるように・・」と子供たちは食事を運ぶが、結局・・孤食になる母は「食欲」の「欲」が湧かなく、ベットに入る。何て、非情なことだと、誰もが感じるでしょう。今年90歳になる母親と生活もせず、食事もともにしない、作ったのを置きに来て「ちゃんと食べるのですよ」どんなに美味しいものでも、孤食では口には入れない、わかっているのに、私も事情があり、兄、姉たちも事情をかかえて、「事情」で母を納得させる。母は嘆く「長生きすることは子供に迷惑をかける」と、、そして、夜中に泣くという。年功序列、男尊女卑で子育てをした時代の母には、末娘の私に「すがるのは出来ない」と言い、長兄を今でも頼る。せめてもの、夕食は一緒にと思うけれども、伴侶がいることは難しい、老いた者は、子供返りをし我儘になり、、なさぬ仲にはそれが負担のこと。しかし、そういう風に母を変えてしまったのは、私達かもしれない。我が家の事情は世間の事情で現在の「老齢化社会の事情」でもある。NHK家族なんてありえないと、恩師が言う。せめてもの・・と、願う私だって、親不孝者。 一人で杖と補助車を頼りに生活している母は不幸のどん底かもしれない。遠方にいる孫娘に会いたいと母は嘆き「今度会える時は、私の葬式だね」と泣く。私も忍びなく、「仕事で忙しいから・・」とはもう言えない。そのような日々の繰り返しで、今年の夏は乗り切れるのかと、「ガンバレ」なんていえない・・。決局、母はバスから降りてこなかった・・。母のいた痛げな事情を書き込み、家の恥だと・・人は思うかもしれないけれども、これが「老親を抱えた現実」であり、大家族制から小家族制に移り変わった「日本の結果になりつつある」のかもしれません。勿論、老親の介護を家族全員で協力しながら暮らしている方も沢山いらっしゃいます。ご立派だとしか言いようがありません。
2015年07月22日
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何処を見ても緑、田んぼ、小麦畑、風は爽やか、時々鶏糞の匂いも混ざり、ららら~外景色は心が弾むね、お天気最高の今日、ドライブしようと二人でマップを開いた・・「でも母の介助の日なので、往復4時間ほどの距離がよい」という事で、夫が決めてくれた。母にもお土産を何か・・・ 夫は、私の「サポーター」と自負する。夫婦とは、互いにサポートし合うのだから、これでいいけれども、「貴方の気持ちに無理はない?」とりあえず、私はいつも夫に聞く、サポートと言えども、イヤイヤながらのことでは「素直な気持ちで受け入れられないので、貴方はどう思うの~?」 さて、私はどこにいるのでしょうか・・・・
2015年07月21日
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「近くの親戚よりも遠くの他人」という言葉がありますが、遠方の友達がわざわざ私の講座を受講しに来てくれました。Yさんです。Yさん曰く「とても興味深かったので」と言いますが、きっと頑張っている私を、ねぎらってくれに来てくれたのでしょう。その優しさが身に染みました。反対に私がYさんの立場だったらどうしたのかなぁ・・と思うと、よほどの気持ちがない限りは、1時間半もかけては行かないかもしれない・・と、思いました。Yさんは、そのような女性です。 ランチをしながら、Yさんといる自分が素直な気持ちになり、なんでも話せて、気取らなくても気負わなくても、自然体でいられる事に気づきました。 本当にありがとう!
2015年07月19日
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夏色講座も、無事修了した後に「カラーサロンを開きたいので、私だけの資格講座をお願いします」と勉強中の受講生さんに言われ、お申込みを受けた。半年に1回限りの「夏色講座」なので、いつも全力を挙げて知識全開のために、私も猛勉強でした。私のモットーは「新しい事を取り入れる」のみです。ですから、色々とアンテナを張り巡らし、新鮮なモノ吸収のために、家から出ることを多くして、なるべく色々な人と出会い、情報を得る機会を作る・・。一人講座だと、企画やら打ち合わせやら、広告会社さんとのやり取りやら、、仕舞いには、だんだん男性的になってしまい、ともすれば、言葉までもが・・・。そうそう、遠くない過去ですが、・・・女性に言い寄られた事が2回あります。複雑な気持ちでしたが、丁寧にお断りするのに、言葉を選ぶのが大変でした。私ですか・・? 毎回、スカート姿で女性ポイはずなのですが、考え方は男性的かもしれません。8月から個人指導のTさん、よろしくお願いしますね、
2015年07月19日
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ちょっとガックリ、かなりガックリ、全くガッカリ、本当にショック~3人とも一応にガックリしてしまった。メニュー看板、もう一度見てこようかしら・・・? ウエイターさんに聞くと、お皿も一回り大きい説明だったわねぇ・・・ バナナだって、こんなに少ないなんて・・・友達と3人で久しぶりのランチをした、「ランチ後にお茶しましょう!」という事で、私の気持ちを優先してくれた友達2人。で、地下歩行で通路に面した某オープン喫茶に入り、以前から食べたかったパンケーキを、ランチ後だったので、3人で分け合う事に決定。しかも、写真つき看板メニュー を見ると、色鮮やかで、実に美味しそう、で、大きいパンケーキ・・・3人で食べるだけの価値はありそうねぇ・・・ところが、運ばれてきたのは、凹むほどの小っちゃなパンケーキ、おまけにフルーツの・・みみっちい事、ソースだって、、、、凹みながら、互いに遠慮しつつ、食べた私達です。もう、、来ないから~~
2015年07月18日
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あ~、懐かしい~お味だこと。「DD5」という昔懐かしい、アメリカンナイズのお店に入るきっかけは、実はメニュー看板の「昔懐かしいナポリタン、今日だけ特別100円引き!」と「スゴイ、パンケーキ」というのが目に留まり、二人で入ってみました。勿論、注文はその看板メニューです。半分ずつ分け合ったので、こんな感じでしたが、一人分にすると結構、ボリュームありで美味しかったですナポリタンは、本当にお母さんの味でした。 真ん中に乗っていた生卵が熱でアッと言う間に目玉焼きに変り、残念でした。 パンケーキは、ざっくりと食べられて、私なら2人分食べられそうでした。 小樽マイカルからの眺めです。バンドも入ってました。
2015年07月16日
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やはり、小樽と言えばレトロでしょうか・・。小樽マイカルに入っているアメリカンナイズのお店です。著名人がたくさん極秘で来ているとのことで、私も何気に入ってみましたが、、昔懐かしい、、、ちなみに、オーナーの趣味とのことですが。
2015年07月16日
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お友達の友達の友達の・・こんなお話です。20歳で結婚をした彼女は、妊娠中に夫が浮気をしていることに気づき、実家に戻ったそうです。誰だって妊娠中に浮気をされたら、たまったものではありませんね。二人の人生の一番大切な時に、夫が他の女性にうつつを抜かすなんて、どんな気持ちだったことでしょうか・・・。実家に帰った彼女は、もともと信心深い人で仏さんに手を合わせて、ただ、ただ、ひたすらに唱えたそうです。最初は・・・こんな夫は許せません、何とか懲らしめてください・・。 少し経つと・・・どうして、こんなことになったのか、自分が悲しいです。 また少し経過すると・・・私に何か落ち度があったのでしょうか・・自分ではわかりません。 またまた経過すると・・・私も妊娠していることに甘えて、怒ってばかりいたかもしれません。・・・でも、やっぱり・・許しません。おなかの子供はどうなるのでしょうか。毎日毎日、手を合わせて、大きくなっていくおなかを摩りながら、呟いたそうです。・・・赤ちゃんには、罪はありません。父親のいない子供にしたくありません。すると、だんだん心が落ち着いて行って、最期には・・・私は気が強い所があり、夫はそれが嫌だったのでしょう・・ 夫が他の女性に行くのなら、私はそれで良いと思います。私にも反省しなければならない点がたくさんあるからです。ご先祖様、私に気付きをさせてくださり、本当にありがとうございました。それで、夫に別れる決心をして、☎をしたそうです・・・気づきを与えてくれてありがとう、感謝の気持ちを最後に捧げます、私も反省しました。あなたには感謝以外はありません、さようなら。しばらくしてから、夫の実家よりお詫びの☎が入り、夫からは、家を2世帯住宅として建てようと考えているので、考え直してくれないだろうか・・・。申し訳なかった・・。結局、それから、2世帯住宅で平凡に暮らしているというので・・私としては、本当かなぁ・・と思っていたところに、彼女とお会いするきっかけがあり、何と彼女の口から、「あの時、自分に気づきがなければ今の生活はありえません、夫の浮気で目が覚めました。私は、結構、性格が強くて・・しかし、あれから自分を変えようと180度転換しました。今はいちいち口うるさく言うのが、疎ましい自分がいます」・・?私は本当に驚きました。 嘘のような本当のお話です。いつも、講座では「気づきを」と言う私には、それが中中出来ないのが人間であり、そのための人生修行だと思い、私を見つめてみましょう・・。と言うのですが、私よりもずっと、、ずっと先を歩いている女性が本当にいるのですから。「夫の浮気で知った自分の性格」なんて、素晴らしいお話だと、身に染みました。その点私は、、、この年齢になっても・・・浮気はダメかもしれません。浮気どころか、2世帯住宅という一番肝心なことを妻に相談してくれなく、勝手に決めてしまう夫なら・・要りませーん。本当にちっちゃな私です。
2015年07月15日
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北区界隈の農家さんの余った畑では、昨年までは、ひまわり一色で、まるでイタリア女優のソフィア・ローレンさん主演の・・・アノ「ひまわり」畑のような光景でしたが、今年はひまわり+色とりどりの花が植わり、道行く人の足を止めています。前回よりも一段と美しく咲き乱れ、、今月中には、バッサリ潔く刈られてしまいます。今年こそは、刈られる前に「おすそ分け」をお願いしたいと思っています。まるで、お花のシンフォニー・・今にも曲が流れてきそうです。、
2015年07月14日
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全国的に猛暑日です。札幌も暑い一日でした。今日は久しぶりに友達のKさんとIさんが遊びに来ました。 いつも多忙な私たちは、今日が万障繰り合わせての日。お昼は何にしょうかと、色々と考えた末に、初めての「おもてなし素麺」です。扇風機をかけても、窓を全開しても暑さは・・さほど変わりません。こんな暑い日は「ツルツル」と食べることが一番です、キュウリ、とまと、千切り卵焼き、海苔、長ネギを乗せて、麺つゆに生卵、削り節、みょうがを入れて、食べるのが我が家流です。こんな暑い日にこんな贅沢なお食事はありませんよ、、と、誰かが言いました。思うに、麺をゆでるときは、家中で一番大きなお鍋をシンクの奥から出し、暑いのにレンジで熱さと戦い、まな板に臭いが残る長ネギをシャキシャキ切ったり、色々と労力を使うのが、麺類ではないでしょうか。。しかし、夏の暑い日は、やはり、のど越しの良い、「素麺」が一番ですね。たかが素麺、されど素麺です。
2015年07月14日
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こんなに簡単に「なんちゃって~ピザ」が作れるなんて、、時代は変化するものですね・・。 真夜中に第二弾として、、作りました。 某TV番組の100均レシピです。これは、突然起きて作りたくなったので、たぶんに記憶があいまいですが、結構美味しくいけました。 簡単すぎるので、どなたでも作れるはずです。私は寝ぼけ眼で作ったのですから。 ☆材料 -生地-よくこねてね。・卵 1/2個くらい・・1個でも構いません。・薄力粉 45~60グラムくらい(あくまでもアバウトです) 水っぽかったら、粉を足してください。 -ソース-・なめ茸 適量・・・我が家は4分の一・オリーブオイル 大さじ1 -トッピング-・グリーンオリーブ 3~4個切る・パルメザンチーズ 適量 ★作り方1・・粉類をよくこねる。 丸くして手でフライパンの形に押しつぶす。 2・・オイルをひいて、生地をながす。少々薄くです。少し焼きあがったら 3・・その上にオリーブオイルをひき、なめ茸を乗せて、チーズをたっぷり振りかけます。 4・・フライパンに蓋もしくは、アルミホイルをかぶせて、焦げないように、焼きます。 私は、パルメザンが無かったので、普通の溶けるチーズを乗せましたが、、、 真夜中の料理なので、こんな具合に、、適当でしたが、和風でお酒と合うと思いました。
2015年07月13日
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本当にアノ言葉には弱いですね、主婦の方ならきっときっと・・ご経験が何度もおありではないでしょうか・・? 「ハイハイ、そこの娘さん、お嬢さん、30分だけの特別企画ですからねぇ」「特別」という言葉に「よーしっ」と思う前に・・・「そこの娘さん、お嬢さん」と言われ、、アチラコチラ見回し、、「それって私のこと~?」とは思いませんが、まんざら悪い気もしないのは、私だけでしょうか。。。という事で、小さな小さな袋にトマト・ピーマンそれぞれ詰め放題で300円ずつ。真剣勝負・・でも、負けてしまういつもの私、、「どれどれ、貸してご覧なさい」と周りが手を貸してくれて、ピーマン17個と、ミニトマト34個入りました・・600円のお買い物でしたが、儲かったような・・・そうでもないような・・・おかげで、ピーマンの日々を送ります。
2015年07月13日
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またまた深夜に・・・某テレビ番組で放映していた「駄菓子ビックカツ」を使っての、簡単オムレツを作って、食べてしまいました。 どうして、我が家に「ビックカツ」なるものが置いてあるかと言うと、、、興味心旺盛な私は、耳慣れない事や、食べなれないモノには、とても敏感で、自分で作って食べてみたい衝動に駆られるのです。勿論、夫は参加しません、ので、作るのは、私一人で日中か真夜中になります。 卵焼きを作るようにして、ビックカツとチーズを乗せて、クルクル巻きをし、最後はケチャップをかけます。出来上がりは、もっと美味しそうだったのですが、携帯で映すと、、、真っ赤なケチャップが「コワーイ」状態ですね。 お味は、私には、チョット…でした。
2015年07月12日
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こんな素敵なお花屋さんが、ポールタウンにありました。ひまわりか゜、ここぞとばかりに飾ってあります。お花は心を和めますね。
2015年07月11日
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「言葉には気を付けましょう! 親しき仲にも礼儀あり、、さもなければ、これからは爺さんと呼ばせていただきますから」・・とうとう、口走ってしまいました本音が。今しがたの我が家の会話です。我が家は仲が良い分、険悪ムードになると最悪、特に無口を装っていながら、刃のある言葉を持ち出すのは、決まって・・・のほう。実は、今日私は9時半に定期健診のために家を飛び出し、アクセル全開で南の果ての病院まで行った。土曜は混み合い、やっとの思いで帰路に就く途中に・・・「家人の好きな牛乳」がない事に気づき、大型スーパーに立ち寄ると、「詰め放題300円」というピーマン・トマトのコーナーがあり、必死になって頑張ってみました。最中に・・・色々な方が、ああでもない、こうでもないと、所定の小さな私の袋を引っ張ってたくさん詰めてくださったので、他の食料品と一緒にすると大変重たい買い物になり、ズリズリと駐車場まで引きずって帰宅した。思えば・・近年の買い物はいつも私一人でズルズルと引きずって歩く。ジャスト12時半、我が到着、玄関をピンポーンと押しても夫は出てこず、裏庭でゴソゴソ何やらやっていた。「お父さん、ただいま~」と声をかけると、不機嫌そうな顔をした夫が裏から顔を出した。その顔を見た途端に私もなんだか不機嫌になった、遊びに行ったわけでもなし、このように重たい買い物袋を下げた家内を見て、、伴侶としてなんとも思わないものかしらねぇ・・・家に入ると、夫もまた、家に入ってきた・・。しかも、「昼食は何? 」状態。・・・あらら~、こんな暑い中、病院に行っている今日ぐらいは、貴方がソーメンでも茹でてくれていると思っていたわぁ・・・・・・わかった、俺が作る・・言いだすと始末が悪いので、そのままお願いすることとなったが、実は神経質な夫はソーメンに乗せた、詰め放題で買ったばかりのミニトマトマを、私がヘタつきのまま乗せると、「ヘタがついているではないのか~」と一言。(・・・・ヘタぐらい自分で取れるじゃない・・・)そして、ソーメンを食べ食べTVを見ているうちに「女性2人の食べ歩き」番組・・・誰かしら・・?夫が「ババアだ」と一言。どうしてそのような言葉が出たのかと言うと、、実は自分がソーメンを作るハメになった事に腹が立ち、その腹いせを私に向けたのです。だって画面の二人はお若い女性です。「あ~ら、この方たちがババアなら、私はもっと大ババアで、あなたはもっと大ジジィで化石かもしれないわ~」口から思わず出てしまいました・・・。すんなり言うと、飄々として立ち上がり、「ご馳走様!」で自分の部屋に上がっていった。険悪ムードは、このような場面が多く、年の差が大きい我が家では、世代ギャップのある私には、到底手に負えない夫の部分に、どうしても辛口トークになってしまう私。今日こそ、おジジィ!と叫んでしまいたかった・・・私がおババァなら、貴方なんて、、枯れ果てたおジジィ、そのものよ~しっかりしなさい、社会の窓は「ちゃんと」閉めてね~ もう・・・3時間だけは許せない。。
2015年07月11日
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「しばらくぶりだったけれども・・・やはりそうだったのね、」心配は的中していました。幼友達T君のお嫁さんYちゃんとは30年来の友人になり、T君よりYちゃんにバトンタッチされた。昨秋には私の思いがけないハプニングに、一番最初に我が家に駆けつけてくれ心配しくれたYちゃん。ここ数年は札幌にジャズバンドのY家を招き、コンサートを企画し、私も楽しませてもらっていたこの時期には。ところが、今年は一考にお招き状が届かないので、、これは何かあるかしらと、連絡すると。「93歳のお父ちゃんが、とうとう数分前のことも分からなくなり、大変なの・・」という事で、すべての事情が読み取れた私。Yちゃん夫婦は企業家で、社員さんも抱え、この30年二人三脚で会社を守ってきた、その間にYちゃんのご両親さんを引き取り、お母さんが痴呆になり、看取り、其の後15年間は父親の面倒を見ながら仕事をしてきた。立派しか言いようがない!昨年は、カゥーボイーハットを被った素敵なお父ちゃんが、ジャズ会場では私の後ろに座り、「ブラボー!ブラボー!」と叫んでいた、かわいくて、センスが抜群で頭もさえて、、、実はおとうちゃんなる人は、当時の札幌西高校という天才しか入れない学校を出て、日高で競馬の馬を育てていた人。話だすと物知り博士、当時痴呆になった家内の最期まで看取り、素晴らしくできた人だった。私が独身だったら・・・きっと・・「こんな男性が好いなぁ~」と思ったに違いない。生きとし生けるものは、いつかは老いて、やがては召される。只、悲しいのは、現実から遠ざかる自分と葛藤する時期があり、ここが当人にとっても家族にとっても困難らしい。「●子ちゃん、私悲しいのよ、、、お母ちゃんがね、お母ちゃんでなくなるの、何というのかね、親が親でなくなるという事を子供として受け入れることが、、悲しい」と、、15年前に母親の時に彼女は言った。また、現実が始まってきた親が子供帰りする。もっと遠くの人になっていく父親と葛藤する時がやってきた。。。と、彼女は嘆く。 私も今年90歳の母がいる。日々一人で頑張ってくれている、私達子供は、母を一人にさせて、自分たちは楽させてもらっている。のに、、ガンバレ、がんばれ、と母に期待する何をこれ以上母に期待するのだろうか? 人として、、子供として、、昨夜、母は我が家で夕食を済ませ、私の運転する車の中で「面倒かけて本当に悪いねぇ・・・」と嘆く、そんな母に優しい言葉さえも、かけられない、自分勝手な心疲れた私がいた。
2015年07月10日
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カーテンが上がると・・ピアノの前に立っていたグラシェラさんは、ラメ入りの黒の上下衣装で、うつむき加減に・・アノ大ヒット曲「アドロ」を熱唱してくれました。実はグラシェラさんは、南米を旅行中の菅原洋一氏が、「タンゴ・フェスティバル」で歌っていたグラシェラ・スサーナさんの歌唱力に感銘を受け、彼女を日本に招聘したことはよく知られていたようです。ブエノスアイレス生まれで音楽一家に育ったグラシェラ・スサーナさんの個性は、その太くて深い張りのある声にあるようです。愁いを帯びた低く伸びるアルトから始まり、終盤では圧倒的と云っていいほどの豊かな声量があり歌唱力も然ることながら、深い深い余韻を残す歌声で、日本語の訳がとても感銘を受け、当時はンスホールでも、しっとりと流れました。 テレビ塔だって、応援してくれていました。 ファン層だって遠方からいらした方も多くて、若い人は会場のご案内係りのスーツ姿のお兄さんたちだけですもの。アドロの曲にお隣のお友達同士のお二人さんは、想いでに酔いしれて、涙ぐんでいました。。次いで「サバの女王」もいいのですが、私は「時計」です。それぞれが色々なシーンを走馬灯のように心に流したのでしょうか。 グラシェラさん、ありがとう! こんな晴天の日で、私は初めて「ミントブルーの靴」を履き、グラシェラさんの握手交流会に出ました。 アドロ アドロ灰色の町 夜の不思議な出会い アドロ貴方の瞳 幸せな時・・突然私にアドロあなたのほほえみ 夜の優しい言葉 アドロ貴方の匂い 口づけの時・・突然私に死んでもいいわ あなたの腕に抱かれて私は炎 あなたは火の鳥燃やして燃やして 全てを私のすべてをアドロ貴方の吐息 甘い貴方の唇 アドロ貴方のうなじ 陶酔の時もう一度私に Y me muero por tenerte junto a mi,cerca, muy cerca de mi,no separarme de ti;Y es que eres mi existencia, mi sentir,eres mi luna, eres mi sol,eres mi noche de amor.Adoro el brillo de tus ojos,lo dulce que hay en tus labios rojos,adoro la forma en que suspirasy hasta cuando caminasyo te adoro vida mia;yo te adoro, vida miayo te adoro.
2015年07月10日
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チケットをゲットしたけれども、ちょっと凹み、まんざら自分たちも、、同世代になってしまったと笑ってしまいました。元気なさすぎ~、皆さーん、パワーを出しましょうよ~ 昨日は・・本当は友達と行く予定だったはずの「グラシェラ・スサーナ」さんのコンサート日です。私と友達は残った「当日券を割引ゲット」するのが目的でしたが、それでは「一か八かに賭ける」こととなり、並ぶのも大変なことなので、取りやめにし、ランチ日を2日早くきりあげたばかりでした。そんな中、昨日は、夫も休みで、次いでに車検に出す日だったので、南区の「T会社」に車を持って行くと・・予想外にも「3時間はかかる」と言われ、何処で時間をつぶそうかと思案した結果、取りやめにしたチケットをゲットすることに・・・決めて並んでみました・・座席表を見て、やはり・・書いていたお値引よりも1000円割り高の座席に、、、少し迷ったけれども、「もう、二度と見られないかもしれない・・」と いう事で、急遽夫と二人で観ることに決定。 入ると、年齢層が高いファンばかりに、実は驚きすぎて笑ってしまいました。勿論、私達も含めて・で・す。とりあえず、ワクワク、ドキドキしながら、「グラシェラ」さんの登場をお待ちしていました。
2015年07月09日
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お食事は・・Tドームホテルの3階にある「小石川」へ決めて、大通公園を眺めながら昼の陽差しの中を彼女と歩いた。サラリーマンやらOLさんやらが昼時間なので忙しなく歩き、主婦やらカップルやら子連れサンなどは「あのお花がキレイねぇ」など立ち止まりながら、のほほ~んと見ている。こんな風景を見て、いつも「ひと時の幸せ」を感じ、何気ない平凡な時間に感謝してしまいます。 という事で、小石川では1300円のランチをしました。 この後は「桃」の水菓子が出てきました。器の「ラピスラズリ」・・・海を越えてやってきたという色・・ウルトラ・マリンブルーが色鮮やかで、心がアップされました。 上からのぞくと、何とも素敵です これは、お友達にネックレス・オーダーのために1時間半も相談しながら選んだ石です。手先が器用で、奉仕精神の強い彼女は、どのような180センチのネックレスを作ってくれるのか・・とても楽しみです。
2015年07月07日
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白いスーツ姿を眩しそうに見ていた母に・・「今日は、遅くなるかもしれないよ~」今日は私のお出かけの日、なので母の散歩に間に合うようにと・・朝から夕食を作り、午前10時に実家に猛ダツシュ!実家の門の前に車をつけると・・・斜め前のお宅の塀に母がチョッコリ、補助車を抑えたまま座っていた。・・・どうしたの、お母さん!・・・聞くと、散歩中に疲れ切って歩くのがしんどくなり、斜め前の塀にオジサンが座っていたので、そこまでやっと歩き「お天気良いですねぇ」と声をかけようかと思った瞬間に・・おじさんが去ってしまったとのことです。やっと傍まで行った母は一人で塀に腰かけ、、一人で「天気がいいねぇ」と空を見つめていたとのことです。そんな事とは知らずに、、白いスーツ姿の私は、補助車を抱え、母を家に促し、持参した夕食を台所に置いて・・「今日は以前から話していた通りに、約束のある日だからねぇ、時間がないので行ってきますよ」と、当たり前のように母に言い、そして、車を発進させた。母は黙って白いスーツ姿の私を見送ってくれた。途中で悲しくなった私は、白いスーツ姿の自分をバツクミラーで見つめて、友達と「約束」したことを後悔した。母はきっと誰かと話したかったのだろう、寂しかったのだろう・・・補助車を一人で押して散歩している90歳なんて、聞いたことも見たこともない。今日と言う日を心待ちしていた私の心同様、母の心も私達が来ることを心待ちしていたに違いない。夕べから今日の夕食の仕込みをし、朝から夕食を作っていた私は、ただの自己満足にすぎないのかもしれない。
2015年07月06日
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今日は晴天、約束通りのランチの日です。 ネックレス作りに「はまってしまっている」友達は、今日は自作のネックレスをしてくると私は推定しています。180センチの長いネックレスを3重にしているのか、、2重にしているのか、、とても楽しみです。その前に朝から作った今夜の夕食を母に届けて、レッツ!ゴー
2015年07月06日
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主婦はどうしてこうも・・・忙しいのだろうか・・・来世は男性に生まれたいなぁ・・と贅沢な感情になるのは私だけでしょうか・・。 今週末と来週に、半年に1回の新規講座を予定している私は、最後の仕上げに資料の点検。本を読み返したり、PCチェックしたり、朝からだったので布団を干し、友人との☎、娘のバースディに遅まきながらのと手作りを箱に詰め、「おとうさーん、昼ご飯ですよ~」と庭仕事をしている夫に5回もをかけ・・・返答がないので、各部屋の窓から顔をだしているうちに・・だんだん疲れがたまり・・・夫が玄関に入ったころには「お父さん、いい加減に返事ぐらいしてくださいね!」と喝・・・。それで昼食の片付けも終わり、すぐに母のために実家に届ける夕食準備です。と、ともに明日は私は「お友達ランチ」の約束がある為に、明日の夕食の仕込みも同時にしています。と言う訳で今は4時・・・お化粧して、実家に行く合間に一人でストレス解消のためにブラリ~ぶらぶらとお出かけします。主婦は、土日さえもありませんね今日もまた、超特急の日です、
2015年07月05日
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生きとし生けるものは、賞味期限があるんだもの・・・といいながら、☎のあとから、秘かにヒーフーミーといい続ける私 今日、久しぶりに友達のYさんから連絡が入った。「ねえ~セッセッセッセッと美顔体操を続けている? 」と聞いた彼女こそ、、「美への頑張り大賞」をささげたい女性のひとりです。お子さんはいらっしゃらないけれども、ご主人が25年前に脱サラをして、夫婦ふたりで会社を起業し、今は社員さんも抱えている。山アリ谷ありの大変な人生だった・・・そのような彼女が近年、随分と美顔に凝っている・・・まあ、もともとかなりの美人さんなのと、経営者なので、それをキープするには気をつかわなければならない。・・・・○子ちゃん、美顔体操って知っている? 顔の中心から両方に引っ張り上げ、首のリンパに流すのよ・・・・CDだって売っているわよ手鏡を持って下から顔を見て御覧なさい・・それがあなたの5年後の顔ですって。・・・ヒーフーミーと、ゆっくり言うと、首のラインと口角アップにつながるのよ。。。口角が下がってしまうと老け込んでしまうわよ口角が下がると頭が悪く見える、、と、誰かが言っていたのを思い出した私は、なーるほど、老け込んでも見えてしまうのね 「それから、全身体操も必要よ私たちよ・・・」 そう、私たち・・私も含めてです。人間努力が大切、諦めたら、一辺に老けが舞い込んでしまうから日々、自分と戦うのよ・・・・それって、ダンナ様がチェック入れるの?・・・・そうよ、うるさいほどチェックされるわ、、まあ、心の中でこんなに老け込んで・・と、思われるよりも口で言われてチェックされたほうがいいわぁ・・・・・・年下のだんな様だと、いちいち気をつかうのねぇ・・・アナタも大変なこと・・立派!私よりも年上の彼女がいじらしくなった・・チェックされるなんて、到底私には、ダメな話。人間努力も必要だけれども、あるがままに受け入れる心も大切なんだねお互い様! とか言いあって、太鼓腹でもスリスリできるようなそんな夫婦になりたいなぁ。。・・・で、Yさんはご主人にはチエック入れていないの?・・・入れているわよ、、●司さんったら、、近頃頭がハゲてきたの それに3段腹、これ以上ひどくなったら離婚ものだと脅しているわ~・・・そんなハゲで離婚だったら、我が家は随分前に離婚している、そして、再婚して、また禿げたら離婚だ、再婚、三段腹で離婚の繰り返し・・生きとし生けるものは、賞味期限があるんだもの・・・といいながら、やっぱりヒーフーミーといい続ける私 これからもがんばろうっと!
2015年07月05日
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書棚の中で眠っていた本を見つけ大笑いと小笑いしています。「ホースケのここまで書いたら笑われる」というタイトルです。パラパラめくりながら、あまりにも笑いすぎたので、三連休、どこも行けなかった人、このためにストレスたまっているあなたに、是非笑いのプレゼントをしたく思います!……・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以下本より ★目じりのシワ ぽっ ピンクハート普通、女の人は、ホホホと笑うときに手を口に持っていく。そういう人が多いです。多分、ガハハと笑っている口を見られたくないのだと思うのです。ところが、この前、ある中年の女優さんと対談したら、笑うたびに手を口ではなくて、目にもっていく。しかも両目である。目と言っても目じりを隠すわけである。笑うためにできる目じりのシワを見られたくないらしい。「アハハハッ」と笑っちゃ、そのたびに両手が目じりのところに行く。大変なのだ、隠すのが・・。そのために、口が無防備になつて歯茎が丸出しになり、もう一本手が欲しいところである。ボクも笑うと、笑いシワがすごい、笑うと目がなくなってしまうのである。糸くずが2本ついているようで両目じりに無数のシワができる。マージャンなんかやっていて、うれしそうに笑ったものなら、生島治郎さんが、マンガンを打ち込んだ悔しさから、・・おまえはシワが多いなぁ。やつぱりトシだなぁ・・これを聞いて、吉之淳之介さんは・・イヤーこの男は昔から、そう、赤ん坊のときからシワが多かったんだよ・・2人して、気に触ることを言う。バーへ行くと、ホステスも人のシワを見て、大笑いし・・目じりのシワがおおいですねぇ・・ホツといてくれ!「カラスの足跡って言うのですねぇ・・」ホステスが聞く するともう一人が、・・アラッ、カラスの足跡ってそんなに数が多くはないわーカラスの足って3本よ・・・・じゃあ、なんていうのかしら?・・カラスの足踏みした跡よ・・腹の立つことを言う・・ 生島さんや吉之さんにいわれるならまだしも、ホステスに言われることもない・・! こつちが金を払っているんた゛何がカラスの足踏みだ・・人が気にしていることを平気で言うなんて・・口も目じりも手さえも持って隠そうとせずに・・ゲラゲラと馬鹿笑いする・・ ・・・カラスがどうして足踏みするのよ~ん・・・それこそ、カラスの勝手でしよ・・きっと・・。もう、絶対にあの店は行ってやらないもんな 福地泡介より
2015年07月04日
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恋した気分で「さあさ~笑い」をしてみませんか、小笑いは、息を吸うので、心臓が悪くなります。隙間風が入らないように・・歯を見せて大笑いをしてみませんか・・、今日は母をイオンに連れ出し、車椅子を押してくれた夫に感謝し、とっても良い日だったはずなのに・・最後のタイミングが悪く・・なぜか、むなしく心残りをする私には、ピツタリの「さあさ~、笑いの」のお話です。そう言えば・・しばらく笑っていないわぁ・・(笑)という言葉を忘れかけてしまったというアナタ、色々なところが、ほころびますよ~これは、以前に師からの配信メールでしたが、とてもいい話なので、今夜も皆様にもプレゼントしちゃいます。大笑い・・・・・・・・・・・・・・・・中村天風師の言葉です。テーマは「笑い」です。ためしに、おかしくもなんともないときに、「アハハ」って笑ってみてごらん。なんだかおかしくなってくるから。さあ今日から、努めて笑うことにしましょうや。とくに悲しいことや辛いことがあったら、いつにもまして笑ってごらん。悲しいこと、辛いことのほうから、逃げていくから…。笑いは無上の強壮剤であり、また開運剤なんだぜ。笑いというものは、苦しみや悩みに疲れる心や体を、「ほどよくこれをもって調和せよ」ということで、人間にだけ与えられた特別のものに他ならないんですよ。終始一貫、笑顔でとおすようにしてごらん。不運な人、体の弱い人は、ひとしお、笑いに努力するんだよ。笑うにつれて、人生の幸福と幸運がどんどん開けてくるから…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑いは・・・含み笑いではありません、目じりにシワができ、ほうれい線がクッキリ見えるほど大笑いするのです。小笑いの方は息を吸っているので心臓には悪いものですハ・ヒ・フ・ヘ・ホ笑いをしてみましょう! 今の私の心境は、、、、困った・・いやらしい・へへへへですが。
2015年07月04日
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母を連れてイオンに行き、車椅子を押しながらテナント巡り、途中、食事をしながら、「ザ・バーゲン」で私は靴を2足も購入した。その間、夫が母の車椅子を押して、母の靴と靴下専門店に連れて行ってくれました。本当にできすぎた夫で、ありがたいです。それが・・・母を連れて帰宅し、すでに夕食のために炊飯器にタイマーセットし、夫は庭仕事に、母はお茶しながら見て、私は「留守電」をかけてくださった方へ講座の件でのお問い合わせの☎だったので、色々と説明をしているうちに30分経過。母は機嫌が悪くなり、帽子を被りコートを着て家に帰る準備を始め、私は母に手振り身振りで引き留めていたものの、お問い合わせの方の☎を切るタイミングが取れなかった。一人さびしく? 私達に遠慮した母は、家にかえりたくなったのでしょうか・・。☎の方と母との間に立った私はドチラもおろそかになり、何が何だか分からなくなってしまい、やっと☎が切れた・・途端に「私、帰る」と母の一言。「夕食つくっているのだから、一緒に食べましょうよ」というものの、母は頑なに「私、帰る」の連発。「帰る」と言うけれども・・・私が送る事なのに・・と、心の中で呟いてしまった。2日前の夕食時も同じ、バタバタとの後片付けが終了し、やっと自分のが飲めるとイスに座った途端に・・「私、帰りたい」と母が言う。ヤット・・ヤット・・座ったばかりなのに・・・と思いつつも車を走らせ母は送った私。どうして、こんなに我儘になったものなのか・・年老いた母をバックミラーで観ながらも、イヤイヤ、こんなに一人で頑張ってくれているのだから、仕方ないと思いましょう・・。今日一日は、良い日だったはずなのだから、タイミングがずれただけのことだったと思いましょうか。。。
2015年07月04日
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「アーッ・・今朝から・・本当に疲れていますー」口から思わず大きな声が出てしまいました。実は昨日は仕事の関係で午前中は走り回り、午後からは母を迎えに・・しかも、合間に夕食の準備をしてからですから、キッチンではバタバタママでした。母は私が来るのをずっと待っているので、少しでも遅くなるものなら、椅子に座っている母の顔を面と向かって・・見るのがつらい私・・「遅かったのねぇ~」とは、決して言いもしない代わりに、聞きもしない・・ただひたすら、無言を通すので、娘の私がドット疲れる。それでも夫と3人で夕食を済ませ、お花見をしたときの、ビデオを夫と2人で見て楽しそうにしていた。と・・「お母さん、帰る!」いきなり、母が立ち上がり言いだす、「待って待って、今、後片付けしたばかりで、私はまだを飲んでもいないのよ・・」と言いながらも・・母を実家に送った。到着すると 玄関先に母を残し、暗い居間に電気をつけ「留守にした部屋中を点検する」のが娘の役目。そして父の仏壇に「ただ今、母を連れて戻りました」と手を合わせ、をつけてから母を呼ぶ。「すべてオーライ!!」いつもこのような調子。しかし、私は夕べは真夜中まで寝つかれず、決局は飲み飲み、真夜中に生地からピザを作って・・食べました。やっと寝たのが2時半すぎごろです。。しかし、その後が良くなかったようです、夫にとって・・私の真夜中から、朝方までの、怪獣のようなイビキに目が覚め、飛び起き、それから枕を抱えてアッチコッチにウロウロウロしたらしいのです。そうとは知らずに・・「あーっ、とんでもなく疲れましたー、本当に疲れていますー」と大きな声で私。我が家はやはり、言いだし者勝ちのようです。。。
2015年07月03日
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すでにみなさんの中には、遠い昔?目に入れたことがあると思われますが、これは以前、私の師からの配信ですが、今夜はみなさんに、私からお贈りしたいと思います。 胸に響くことが・・きっときっとあることと信じています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カール・ブッセの「山のあなた」(上田敏訳)です。山のあなたの空遠く、さいわい(幸)すむと人の言ふ、、ああ、われひとと尋(と)めゆきて、涙さしぐみ、かへりきぬ。山のあなたになお遠く、さいわい(幸)住むと人のいふ。意味は・・(山のずっと向うに幸福があると人が言う。ほかの人と一緒に尋ね歩いたが見つからなかったので泣く泣く帰って来た。そしてまた人は言う。山のもっともっと・・ずっとずっと向うにこそ幸福があるのだと。)〔断想〕有名な訳詩です。。幸せは求めれば求めるほど逃げていきます。人の生きる目的、生きる意味、生きがいとはなんでしょうか・・・。人の数だけ答えがありますが、私は、こう思います。人生の根本義は幸せになることではなく、人間性を進化させ成長させることだと。自分の幸せだけを願うのではなく、自分の資質を存分に発揮して、楽しく愛深く生きることが生の根本義だと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私も私なりに考えました。幸せを求めない人はいないのではないでしょうか・・・? ただ、その幸せの価値感・どこまでが幸せなのか、コレでもない、アレでもないと、幸せ欲も大きく膨らんできて、幸せの実態探しばかりに追われてしまう。そして、とうとう見つけられずに疲れ果ててしまう。・・・ 幸せってどこ? 何? どういう意味?・・・やはり山の向こうにしかないのかなぁ目を細めて遠くの山を見つめる。あの山の彼方かしら・・それともその隣の山の彼方かしら・・ 考え出すとキリがない。 でも、意外と自分の心の中に幸せが隠れんぼしているかもしれません・・・。若いときは幸せを求めて、幸せ探しに出る事もあるかもしれませんが、ある年齢になると実は幸せは平凡な生活から生まれと実感する人が多くなるのではと思います。これは、人生は楽しい事よりも辛い事の方がはるかに多く、また、平凡を続ける事は難儀なことだから、やはり、今の今を大事に生きる事、大切に思う事、そうすれば自分自身の心も成長できるのではないかと・・思います。私の経験では、平凡こそが幸せだと思います。 平凡を続けることは大変なことでした。。。。 山のあなたを・・口ずさみながら・・洗濯・掃除・後片付け・子育てなどでもすると、結構、コレカモ! と思うときがあるかもしれませんよ。
2015年07月02日
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ここは、ゆっくり本を読んだり、考え事をしたり、時には一人ランチを楽しめるような場所かもしれません・・。 夫を誘って街まででかけ、「イナダ・コーヒー」に行った。女性は、「ランチ」と称して、色々なお店を知っているけれども、男の人は女性ほどは知らない。ので、友達とも行くコーヒー店を夫にご案内した・・「イナダコーヒーってここなのよ~貴方が経験すれば、なんとなく安心するでしょう・・」「いいところだね・・ここは」と夫は言った。 あらあら、何にしましょうかね~ 僕はランチセットがいいなぁ~ ここをまっすく行くと大通公園ね、昔はこの建物は国際ホテルビル・・だったかしら「五番館」跡地も買い手がつかないようなのねぇ・・・ 「そうごデパート」がエスタ街に変り、サッポロも変容していくのね こんな雨の日は地下歩行空間などあるので、地上を歩く人の数は減ったわねぇ それにしても、ここは特等席です。 窓越しカウンターで町中景色と山まで見まわせて、心もホックリ。大げさな会話などしなくても、一人でもよし、二人でもよし、 夫と二人、優しい気分に浸った私達。 熟年だって、喧嘩しながらも♪ 仲良しこよし ときには、ドライブばかりでなく、少し気取ったおしゃれをして、お出かけしましょうね、 お父さん!
2015年07月02日
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今日は一人住まいをしている夫の叔母が91歳のバースディ、なので小雨の中を連れ出し、イタリアンを食べに行った。途中、私はグラスに入った「ブリザード・フラワー」をプレゼントにと立ち寄り、叔母さんに手渡すと、とても喜んでくれた。。叔母さんは子供もなく、夫も20年数年前に他界し京都から札幌の姉妹を頼りに引っ越して20年。しかし、それぞれが高齢とともに・・家族のある身にて・・この数年は付き合いもなく、閉鎖的な生活になってしまった。町内会も市も高齢化社会となった現実、一人一人を見まわる事はできず、さりとて、ほったらかしという事でもなく、時折、甥である夫に市や民生委員から連絡が入る。ディサービスを積極的にうけたり、町内との付き合いもある外向型人間は、色々な面で明るい兆しがあるが、反対のタイプの人間は、良い事があまりなく、悲しい老後かもしれない。叔母さんは、頭もよく、とてもおしゃれで、律儀な女性らしい、が、人との付き合いがあまり上手ではない。用心深いという事かもしれない。足は杖を借りるけれども、私の母よりも数倍歩ける、しかし、近年は現実と妄想の世界を行ったり来たりすることが多く、ガスを使うのは危ないとのことで・・食事はコンビニのお弁当。今の希望は新築の家に早く引っ越ししたい・・という妄想願望で、荷物は全てまとめて、引っ越し屋さんも宛先のない引っ越しを何度もさせられている。そんな現状だけれども、行政からは「本人の承諾なくては、何もできない」と言う理由で、一人住まいを続けている。積極的な支援を受けさせれば、今なら、心身ともに間に合うはず・・。「孤独な独居老人」と言われるが、行政から「本人の自由意思なので・・本人から申し出がない限りは・・」という事を言ってしまえば、前には進めない。孤独な老人とは・・ややもすれば「本人のプライバシー」と、行政や世間から片付けられてしまった老人たちかもしれない・・。叔母さんは、内玄関で私達に名残惜しそうに深々と頭を下げて、手を振ってくれた。「一人住まいだから、また遊びに来てね」
2015年07月01日
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