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国民の意識と国会議員のそれとがこれだけ乖離したのは初めてだろう。国民は必至で災害から立ち直ろうとしているのに、国民の税金で食べてる国会議員が菅降ろしで内閣不信任案を出そうとしている。二度と自民党には登場して欲しくなく民主党を選んだが、その民主党も無能ぶりを露見させ、しかも仲間割れ、お粗末この上ない。この経済情勢や被災復興を考えれば権力闘争をやってる暇はないはずだ、もういい加減にして欲しい。日本以外の各国経済はすべてリーマンショック以前の水準を超えているが、日本のみはカヤの外。最近の経済誌は円が暴落するだろうと予測している。短期的にはともかく、長期的には間違いなく円が暴落すると書かれている。よって円で持っていては危険で、他の通貨で持つべきと警告を発している。38兆円の税収で92兆円の支出、絶対に0にはならない。消費税1%で2,4兆円とすると22.5%アップが必要、不景気になり税収は更に減収になるので税率30%が必要になる。税金の73%を占める2公務員人件費28兆円をドラスティックに減らさなくてはいけないが、公約の2割カットも出来ない政治家に何の期待も出来ない。税金で食ってる人たちが多すぎるから、いつまで経っても借金が減らない。良い指導者は嫌われる勇気を持たないと改革など出来るはずがない。先ず隗より始めよ、国会議員数を大幅に減らせ、橋元知事が言うように地方議員は人口5~10万人に一人の議員でいい、5万人の人口で議員が20人も25人もいるのは税金の無駄使いの権化。非常時に権力闘争などしている国会議員には退場してもらおう、国民の血税で支払われている彼らの報酬は支払い停止するのがいい。
2011.05.31
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昨日の新聞にリコーが1万人の削減を発表。やっと人の無駄に手を付けたかの感がある。私は常々リコーの人の無駄に経営者の無能を感じてた。特に山形リコー、宮城リコーにいた時にそれを痛感した。リコーはメーカーだが販売本部もある、その配下に支店があった。仙台支店には5、60人くらいいたから、全国の支店には約1千人いた、彼らの全てが間接部門。販社には支店は全く不要であり邪魔だけの存在だったので、本部のトップに何度か無くすように提案したことがあったが、それを実行できるトップがいなかった。唯一人、副社長が販売本部長になった時に英断して、ある支店を廃止した。順次支店を廃止する計画だったが、その副社長が実力があり過ぎて飛ばされてしまった。鬼が居なくなったので、情けないことにその支店が復活してしまった。私が退職後、更に悪いことに間接部門の各支店が統括販社になり、宮城リコーも他の販社も統合され無くなってしまった。間接部門が直接部門の販社を吸収するから、業績意識は薄れて闘う集団とは程遠い会社になるのは火を見るより明らか。私は宮城リコーを卒業し定年まで数カ月あり、リコー東北に籍を置いた。リコー東北は東北を統合したので、間接部門も200人に膨れ上がった。余りにもやってることが宮城リコーとギャップがあり、私はそれを深刻にとらえ当時の社長に20項目の問題提起した、でもほっといてくれと言われた。彼は100円を稼ぐのに平気で1万円を投入する攻め一方の人物、無駄など屁とも思ってなかった。私の手柄話のようで恐縮だが、就任時に330人の社員がいて売り上げが90億円、7年後の退任時には社員245名、売上130億円だった。その代わりパートが50人、契約社員15人を採用した。徹底的に間接部門のスリム化を計ったが、直接部門のセールスは増員を計った。よく社員や管理職の仕事を見ると、彼らの業務の7,8割はパートでやれることが分かった。パートは一生懸命やる人達だ。就任時、パートを2,30人採用したら、親会社のリコーから文句を言われた、何をするつもりかと。それが3,4年後にはリコーからパート化率を高めよう運動が始まった、タイミングが早すぎると良いことも文句を言われる。リコーは間接部門が今でも過剰だと思う、業績が悪くなったから削減ではなく、戦略としての削減(最少間接人数)を経営者には期待したいものだ。
2011.05.27
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昨日、始めてボランティアをしてきた。今まで2度行ったが、時間が遅かったり人数が多かったりして断られた。メディアでの報道で悲惨な状況を知らされているが、地元の私は何かしないと申し訳ないとの思いがあったのでやっと実現出来た。行ったのは若林区、東部道路で助かった地域と、助からなかった東部道路の東側とでは被害の格差が物凄い。多くの人が東部道路の名取川橋に逃げて助かったが、その橋に結ぶ名取川の堤防道路にいた車や人は流されたそうだ。つまり数十センチの差で助かった、文字通り生死の分岐点だった。私のグループは20名で大阪から来ている青年もいた、殆どは地元の方々。海岸近くの建設業を営む家で、家具はすでに片付けてあったので、家の掃除と津波で運ばれた泥とごみの清掃。35分やって10分の休憩、結構大変な作業だった。スコップで泥を除くのだが、私には泥と元々の土壌との区別がつきにくく、ベテランの人に聞きながら作業をした。植木に引かかっている泥やごみを取り除くのも手間のかかる作業だった。10時から3時までみっちり作業したので疲れたが充実感はあった。特に自転車で10km以上離れてるボランティアセンターまで往復したのでかなり疲れた。次はいつ行こうかな?
2011.05.25
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リコーOBの竹下さんの招きで甲府の自宅までお邪魔した。自宅は500坪くらいの敷地にバラが一杯咲き誇っていた、まるで東根のバラ園を彷彿させる立派な庭園。その庭でバイオリン、フルート、ビオラの合奏を生で聴き、その後でワインを愛飲させてもらった。下戸の私でも最初に飲んだドイツ製のリースリングは美味しかった。100名くらいの招待客が来られていたが、個人で主催するパーティとは思えないし、すべて自腹で招待されている。遠くは大阪や名古屋からも来てた人がいたが、値打ちのあるパーティだった。無粋な私にはとても真似の出来ないことだが、もっと文化に親しむような粋な生き方に変えないとね。一銭も受け取らないで自腹でされたが、恐らく数十万円はかかったと思われる。自動車事故で40万円も取られるなら、皆さんに喜ばれるような使い方をすべきだと猛反省。
2011.05.23
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免許証を取ってから53年余(当時は16歳で取れた)、運転には自信を持っていたが、昨日不覚にも事故を起こしてしまった。生協を出たT字路で、交差点の中央でお互いが右折するため止まっていた。相手の車が動いたので左方面を確認し始動したら、何と相手車両は止まっていた。右方面も確認したが、1台通り過ぎた後はこちらに向かう車はいなかったので、まさか止まるとは想定外。相手の右後方に我が右ドアあたりをぶつけてしまった。左を確認した後、前方や右方向を確認してからスタートすべきだった。「だろう」との思い込みで何度失敗したことか!おっちょくちょいな性格は70歳になっても直らない。高校時代にかばんを二つ持ってバスの網棚にに載せて、肝心の教科書の入ったかばんを棚に忘れて学校に行ったことがあった。また、三鷹で住んでた時、海外旅行から帰った時に荷物を中央線車両に忘れて、高尾まで取りに行ったことがあったが、そそつかしいのは死ぬまで直らないのかな?車両保険に入っていなかったので、相手の修繕費は保険で賄えるが、私の車の修繕費は自己負担、何十万掛るのか心配。免許を取って初めて保険を使った。丈夫な車で有名だったので買ったのだが、相手の小さな車より凹みが大きかった、噂は余り当てにならない。故障も多く、やはりトヨタ、日産、ホンダが一番だと思う。
2011.05.16
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今日のニュースで世界卓球で福原愛ちゃんが銅メダル以上を確定、34年ぶり。34年前は田阪・横田組とのこと。今日初めて知ったのだが、何と我が母校の監督をやってる田阪君ではないか。私も卓球部出身、私と同期の弟が田阪監督で早稲田時代に日本代表になった。同期の田阪の家族は卓球一家で、京都で卓球場も経営している。彼が小学生の時に練習をしたことがある、そんなに大選手になるとは予想外。ただ我が母校の監督になってからは大きな成果を上げてない、理由は高校の有力選手を採れないからだ。高校卓球の有力選手はことごとく大学に進学するから、大学間の競争が激しく、授業料免除とか優遇措置が取られるが、残念ながら我が母校は優遇が極僅かなので、有力選手は避けてしまう。以前、高校卓球の超名門の監督にいい選手に入学してもらおうと電話したが、大学名を言っただけで断られた。理由は優遇策が乏しいことと推薦入学の決定時期が遅すぎるとのことだった。慶応や立教なども優遇策が少ないからスポーツでの入学は難しいが、早稲田や明治、立命館はスポーツ選手には入りやすい大学だ。特に立命館は余りにも甘く有力選手を採り漁ってるので、他の大学から非難が出てると聞いた。母校には強くなってほしいのだが、有力選手なら誰でもいいかとなるとそれも問題だ。40年前の京都では結婚するなら京大生、恋人にするなら同大生、用心棒にするなら立命生と揶揄されたが、今では立命館はトップクラスの大学に躍進した。すばらしい戦略があったのだろう、スポーツ選手入学の大幅緩和も大学価値創造戦略の一つだったのだろう。
2011.05.12
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数十年前にセコム(日本警備保障)の中枢部に行った時に、ここはあらゆる災害に対応できる様に設計されてる、震度10にも耐えられると聞いた。想定される以上の災害を想定しての設計だから絶対的に安心なのだ。福島原発事故の外部電源が確保されておれば、今回の様な世界を恐怖に陥れる事故には発展しなかった。肝心のディーゼル外部電源がいとも簡単に津波に流されているが、想定外の津波ではなく、津波は想定もしてなかったと思われることがある。TVで見ていると、被害地の鉄筋コンクリートの建物が流されたのは極く少数(損壊はあるが)、鉄筋コンクリート並み以上の強度に設計しておれば、ディーゼル外部電源は安泰だったと思われる。震度10は千年か万年に一度と思うが、如何なる災害にも対応するセコムと津波も想定してなかく人命を軽視する東電のこの大きな差は一体どこから来るのか?浜岡原発の中止もなかっただろうし、世界的な反原発の運動も起こらなかったと思う。原発の安全のために想定外の対応を期待する、少なくとも震度8は想定して欲しい。独占企業が様々な弊害を生むのか?
2011.05.09
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ユッケがこれほど危ない食品だとは知らなかった。それにしても焼き肉店の社長のお詫び会見は開き直りとしか思えない態度に腹が立った。大声で叫びながらの言葉の中身は確かに詫びているが、態度はお詫びとは程遠く記者団を威嚇してるようだった。しかも全国どこの焼き肉店も同じことをやってる、行政は法律で禁止すべきだと訴えてたが、この場でお前が言うことではない。以前にホリエモンや村上ファンドの社長がそうだったように、若手経営者が起こしやすい間違いで、違法すれすれでも自分の正当性を訴えようとする、この場面では兎に角平謝りをするのが当たり前のお詫びの仕方だ。未熟さが如実に出ている、行け行けどんどんの若手経営者だから、周りは怯えて諫言出来ないのだろう。耳障りの悪いことを言ってくれる部下を大事にすれば、この様な事件は起こらなかったと思う。周りにイエスマンを置きたがるのが99%の経営者、だから経営が上手く行かない。それにしても厚生労働省のお粗末さに驚かされる、生の牛肉の5%~10%にO110や157が含まれる危険な食品なのに「店が自らの責任で肉を出している」と言ってる。これほどの危険性が高ければ、今までにも中毒者が出ていたのではないか?厚労省のいい加減さに腹が立つと同時に、何故放置していたのか不思議だ。
2011.05.04
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小佐古内閣官房参与が涙を流しての辞任、政府のその場限りの対応を批判し、決定的だったのは子供の放射線量受容を年間1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)を主張したが、政府は20ミリシーベルトを許容範囲と決定したことに抗議しての辞任。国際的には1ミリから20ミリまで認めてるらしい。1ミリシーベルトを主張すれば、例えばニューヨークに往復すると200マイクロシーベルト、年間5回行けば1ミリシーベルトになり、それに通常受容する放射線量が加わることになる。海外旅行の回数制限などはどうなってるのだろうか?X線や放射線治療の線量の影響はどうなってるのだろうか?1ミリを固執するならば、海外旅行も制限すべきと思うのだが?余りにも過剰反応し過ぎるのではないのかと思う。過去に年間200ミリシーベルトで治療した実績はないそうだし、世界の自然界年間放射線量は2.4ミリシーベルトとのこと、子供は地球には住めないことになる、何かおかしい。正確な情報が欲しい。でも辞任の原因でもある政府のその場限り対応は終始一貫してる、素人集団が権力を持つとなりやすい現象でもある。
2011.05.02
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