異能者特務機関:TMI 第 36 話「杉田幻赫」
アリナ、フローレンス、哿の三人は白で統一された清潔な廊下を進む。監視カメラがいくつも取り付けられてはいるものの扉のロックは解除されている。人影は無く作業用のロボットが動いているだけであった。
「この空母は病院船というのは間違いないですね……」
フローレンスは廊下のガラスから看護ロボしかいないナースステーションの様子を見て言った。
「ほぼ全自動化されているのでしょうね」
「扉のロックが解放されているのは私達を招き入れてるのでしょうか?」
「……」
中央エレベーターの前にたどり着く三人。後ろを振り向くと歩いてきた廊下は消え壁に変わっていた。
「これは……魔法ですか?」
「いえ、壁の向こうには廊下が見えます。テレポートの座標確認できましたフローレンスさん」
「この仕掛けは戻らずに来いと言ってるのでしょうね」
アリナは不思議と自分自身が落ち着いているのを感じていた。
「魔法を目にしたせいですぐにそうだと思ってしまうようになってしまって……」
「無理もありませんよ、僕だって未だに半信半疑です」
「通信機の電波が途絶えました、ここからは苗木來美のテレパスだけが頼りになります」
「そうですね、この先は定期的に苗木來美さんのテレパスを通じて報告する必要があります。 TMI 本部でも私達の位置は把握していると思いますが映像などは届かないので……」
「それにしてもこの空母にいるはずの沢山の一般人を見ないのですが」
「哿さんの言う通り一人も姿を見ませんね……アリナ?」
「気配はありますよ、ただ動いていないです」
「動いてない?」
「とても多くの気配を感じます数百あるいは千人程度の。それらは殆ど動いていません」
「ブラックヴァリーと異能兵士の他はみんなベッドに寝ているとか?」
「強制的に寝かされているのかもしれませんね」
三人が話しているとエレベータの扉が開いた。
「……」「誰も乗っていない……」「乗れという事ですかね?」
ベヤリング弾、銃を構えたアリナ達は警戒する。
『乗りたまえよ TMI の諸君』
声がした。
「……杉田幻赫」
『儂の声を聞いて暴走しないか終夜アリナ。このアイスクラーピウスは大事な病院船空母、世界各国の要人なども乗り合わせている。言ってる意味は分かるな?』
「お前はもう逃げられませんよ」
『逃げる?そんな必要などない、もはや何者が相手であってもな。だからこうやってわざわざ招いてやってる。今更毒ガスなど小賢しい真似はせん。毒ガスを感じた瞬間お前なら壁をぶち抜くくらいするだろう』
「お前はわたしの目の前に立った瞬間粉砕される」
『さてそれはどうかな?……おっとこれ以上挑発してアイスクラーピウスを破壊しながら儂の所に来られても困る。何を言いたいかだが、お前と 1 対 1 の決闘を望む』
「……」
『わざわざお前がたどり着くように設定したのだぞ?他の者に邪魔されず儂にたどり着ける。これがお前の望みだろう?』
「アリナ……罠よきっと」
「アリナさん……」
止められないと思っていてもフローレンスと哿は言わざるを得なかった。
『罠?ある意味そうだともいえる、これ以上被害を出さず最適な解決方法はこれなのだからな。儂は最強の存在であると自負している。だから儂の持つ戦力をつぎ込んで消費するよりも決闘でお前を破ることが最適だと考えた。アイスクラーピウスも無事でいられる。そして貴様はこの申し出を断ることはできない』
「……」
『エレベーターに乗るがいい。気が進まないか?それならこの船の誰かを人質にしようか?』
アリナ達は警戒しながらエレベーターに乗る。扉が閉まると静かに下に降りていく。
『人質を取り無抵抗の貴様らを爆散するのは簡単だ。だがそれはしない、なぜだかわかるか?過去に失敗をした、先の大戦で思い知っているいるからだ。あの時は泥沼の様相を極めたのでな。同じ失敗はしない』
「……」
『終夜アリナ、貴様を始末すれば長官のジェームズ・スチュワートを引きずり出すことが出来る。そして奴を潰せば TMI は終わりだ、儂に逆らうものなど現れまい』
「……」
アリナは言葉を発しない。静かに半目になり自分自身を俯瞰するように意識を集中している。
『この世界にとって儂こそが最大の正義である事を証明して見せる。世界の為に人類の半分以上を生かし半分以下を犠牲にする。世界に秩序をもたらす』
「……」
『秩序と言えば自らを世界の警察と謳う合衆国は今、最大の危機を迎えている。変異バクテリアの爆発的感染から感染者の進化、モンスター化は拡大し続け一つの州は既に機能を失っている。日本の事件で使用されたバクテリアワクチンは既に効果は無くワクチン開発よりもバクテリアの進化の速度が勝っている。食い止められるのは儂とアイスクラーピウスのみだ』
「それも貴方が世界を支配するために仕組んだものなのですか?」
哿が言った。
『さてどうかな?そうであってもなくても儂のやることは変わってない。日本を拠点とした後は合衆国に向かうつもりであったからな。知っていたか?日本は異能者数世界一だと』
「カテゴリー1を含めば……そういうデータもあるという事は知っています」
『0でなければ可能性は大いにある。異能兵士のな』
「そんな理由で……」
『ここまで話したのは儂はお前たちを帰すつもりなど無いという事だ。優秀な母体と種としてアイスクラーピウスの一部となってもらう。特に終夜アリナ、貴様は女王アリの如く産む機械として働いてもらうぞ』
「……」
『ゾーンに入ったのか?聞こえてないようだな』
「……」
エレベーターが到達する。扉が開くと薄暗いフロアーに男が一人立っていた。真ん中にある装置の他には何も見当たらない。
「儂を見た瞬間飛び掛かって来ると思っていたが」
「わたしは冷静ですよ」
「ふはは……そうか、それなら手間が省けて良い」
幻赫は黒い道着に黒い袴を着けていた。懐からリモコンを取り出しモニターを表示させる。初めて肉眼で見る幻赫を前にアリナは自分でも驚くほど冷静でいた。
「アイスクラーピウスから 2 ㎞離れた地点に無人島がある。そこに儂と終夜アリナ貴様を転送する。なぁに心配するな宇宙空間などに放り出しはしまいよ。だがフローレンス・フランシスと哿希世美はここに残ってもらう」
「このフロアーは……」
「気付いたかね?異能を抑える合金をフロアー全体に敷き詰めてある。 TMI が拘束用に使用しているワイヤーや手錠と同じ物。もっとも終夜アリナ貴様ほどの異能者は多少抑えた程度でといったところだが。フローレンスと哿の二人は発動もままなるまい」
「ここは異能者を閉じ込めておく部屋……」
「ああ、そうだ。行儀の悪い異能兵士を躾ける為のな。甲板に取りついた邪魔者を排除する様子をこの部屋で見ているがいい」
アイスクラーピウスの甲板の様子をモニターが映す。セレスティア、ルキナ、アナスタシア、マイケルが見える。
「ブラックヴァリー最強の男【不動了痲】と異能兵士最強の男【ヘーラクレース】を向かわせた。安心したまえ、二人には殺すなとは命令しておいた。最悪でも脳だけは無事に回収されるだろうよ」
「セレスティア博士は貴方と同じ神名一族でしょうに!」
フローレンスが叫ぶ。
「奴の利用価値はもはや無い。ここで脳を回収するまでだ、人質を取るだけで儂の掌に踊らされてる哀れな小娘よ。神名一族の中にはあの程度の者はいくらでもいる」
「なるほど」
セレスティア目の奥に燃える怒りの炎はそれが原因だとアリナは察した。
「……ブラックヴァリーは首狩りをして脳を集めて貴方に渡していた。その武器やスーツはセレスティア博士が作った物。博士は利用されていたのですね」
哿が言った。
「そうだ。首狩りは始末して良い人間を再利用して世の中に役立てているという訳だ。更生や極刑など儂に言わせれば無駄だ。セレスティアはスパイとして TMI に近づけさせたはずが、儂を討つ手助けをするなど小賢しく動きおったがそれもここまでだ」
「首狩り斬鬼事件、バクテリア事件に、合衆国のテロも全て貴方が仕組んだものだと!?」
「想像にまかせるよ。儂はこの前まで念爆者としての異能は否認の術で隠れているため使えず、海外に移動することもできなかったが他にやれることは徹底的にやった。そう徹底的にだ。長い時間をかけて色々と準備をしていたのだよ」
幻赫は中央の装置に触れる。宙にホロパネルが現れた。パスワードを入力して画面を開く。そこには無人島が映し出される。
「もっと話していたいがそうもいかなくてな。そろそろ始めようか終夜アリナ」
「いつでも」
***
囁きの魔女はハッチを通り抜け甲板に出る。
「風が緩やか……甲板に出ても快適なのね」
風は穏やかで地上と変わりない甲板の様子に感心する。目の前にはセレスティアとアナスタシア。
「う……頭痛と吐き気が……」
前頭部に刺激を感じた後、膝をつく囁きの魔女。ゆっくりと近づくセレスティア。
「始めまして囁きの魔女」
「お……まえ……これは……この頭痛はお前が?」
「ふふ……」
掌を囁きの魔女の頭に乗せるセレスティア。
「バ、バンダースナッチ!!」
コートの影から飛び出す毛むくじゃらの獣。かなりの手負いであったが使い魔であるバンダースナッチは素直に応じた。目の前にいる金髪翠眼の女に牙をむく。
だが次の瞬間、超高速で伸びてきた氷杭によって串刺しにされた。セレスティアの斜め後ろに居たアナスタシアが放ったものであった。
「異能を馬鹿にするものではなくてよ。魔女、お前の様子はモニターで見ていたわ」
アナスタシアはバンダースナッチをそのまま凍結させる。
「く……」
「ありがとうアナスタシア、そのまま拘束してて。さぁリラックスするのです囁きの魔女、幻赫の元に居てもいい事はありませんよ。貴女の居場所は私が用意します。だから私の為に囁いてくれません?」
セレスティアは囁きの魔女の目を覗き込んで言う。
「何を……囁かせる」
囁きの魔女は体に力が入らない。セレスティアから目を反らせない。
「 TMI のエージェントに敗れ、あそこに倒れて放心しているフランス大統領の息子を立たせてあそこのテントに行かせて」
「……わかった『ジャン・グロージャン立ちなさい。テントに入りなさい』」
よだれを垂らしうつろな目をしていたジャン・グロージャン(ポルックス)はゆっくりと立ち上がりふらつきながらテントへと入っていった。
「ふふ……ありがとう囁きの魔女。アプロディーテーでは無く本当の名前を教えて?」
「ウィスペレー……」
「ウィスペレー、私達は敵じゃない。ここにいる者は貴女を傷つけたりしない」
「なに……を……」
直接頭に響くセレスティアの声はウィスペレーから思考力を奪っていく。
「私達は友人、そうでしょうウィスペレー」
「……」
「アナスタシアもそう思うでしょ?」
「ええ、魔女の知り合いなんていないもの。仲良くしたいですわね」
「……」
体内に流れる魔力を操作して筋肉の代わりに無理やり体を動かそうとする囁きの魔女、だがすぐに気づく。抵抗するよりも委ねた方が楽で心地よいと。
「(何だこれは異能……か?洗脳?テレパスの類??私の魔法に似て……るのか?)」
「さぁ大人しく私の言う事を聞きなさいウィスペレー、逃げて空母から飛び立ってもグレイストームをたやすく破ったあの【ミカエル・パウマン】が待ち受けています。彼からは逃げれません。聞いたところによると彼は対魔法使いに特化してるとの事」
「……魔女を舐めない方がいいわよ」
「もちろん。でも貴女は TMI とミカエル・パウマン所属の組織も同様に舐めない方が良いかと。魔女は群れないのでしょう?それならば余計にです、私が保護してあげますよ」
「……偉そうに……いい気にならない事ね。いつか寝首をかく事になるかも、いえ今すぐ囁いてお前たちを皆殺しに……」
「仲良くしましょうウィスペレー。私は貴女を攻撃したくないお互いの為に」
「お前の考えてる事がわからないわ。でもまぁとりあえず話に乗りましょう(体勢を整えるまではコイツのそばにいるか)」
囁きの魔女ウィスペレーの頭に置いた手を放すセレスティア。手を差し伸べて立ち上がらせる。後ろのアナスタシアは氷を消しバンダースナッチを解放する。
「『 Adele 、囁きの魔女ウィスペレーの解析は出来そう?打ち込んだナノマシンの定着は?』」
『ナノマシンの定着完了を確認しました。解析は 99.925 %可能です。解析に必要な時間はおよそ 2 時間 24 分』
「『スーツを装着させて拘束するからナノマシンでの治療と同時に解析を始めて』」
『はいマスター』
セレスティアは治療の為と囁きの魔女に戦闘スーツを装着させる。
「安心してウィスペレー、そのスーツは特別機でナノマテリアル搭載型なのですよ。着ているだけで治療が出来るのです。欠損した部分もナノマシンによるナノマテリアル治療で短時間で跡も無く回復できます」
「科学はよくわからない……なんだかフワフワしてきた眠いわ」
「おやすみなさいウィスペレー起きた頃には治療は終わってますよ」
その様子をみたバンダースナッチは彼女の影に入り姿を消した。
セレスティアは注射器をとりだし横に寝ているフランス大統領の息子ジャン・グロージャンに銀色の液体を注入する。
「ガガガガガガッ!アガガガガガガッ!!」
全身を痙攣させるジャン。やがて穏やかな表情に代わり寝息を立てる。
「(そろそろ幻赫は私達を始末するために兵を送り込んでくるはず。ジャン、貴方にはこちらについてもらいますよ)」
『マスター、ジャン・グロージャンに試作型ナノマテリアルスーツの定着を確認』
Adele が報告する。セレスティアは眼鏡に映るデータを確認しながらナノマテリアルスーツの調整を行う。
「現状まだリスクの大きいナノマテリアルスーツだけど異能兵士ならある程度耐えれるはず、 Adele 予測稼働時間は?」
『約 5 分です』
「量子チップを埋め込んだ場合は?」
『連続 48 時間の稼働が可能です。その場合の人体への影響はデータ不足で申し上げることはできません』
「そう、アイスクラーピウスが手に入ればそれも……」
続く
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