LOKI :その4 「準備と始動」
紅茶と菓子を取り心鷺が片付けを終え戻って来ると、昊菜は ID の持ち主である江藤紅子の姿に変わり黄金のハンドバッグを持ってゲストルームを出る。後に続く心鷺。
「おはようございます江藤紅子様」
玄関ホールで顔立ちの整った中年執事が声をかけてきた。名前は丹羽宇留志。秋馬家の所持である館の左側西館、執事と男性客が滞在するエリアの最高責任者。
「昨晩はよく眠れましたか?」
「はい、とても」
「神名燐火様と旧知の仲と伺っております。何かあればメイド長である丹羽聖羅だけでなく、この執事長である丹羽宇留志(うるし)にも何なりとお申し付けください」
「そちらの女性は江藤紅子様お付きのメイドと伺っております」
「……矢満田ナオです」
ID の持ち主である名前を名乗る心鷺。
「裏にある修練場を使わせてもらいますね。聖羅『さん』には許可を取ってあります」
「どうぞごゆっくり」
片手を曲げて一礼する宇留志。整えられた頭髪は少しも乱れなかった。
玄関を出て石畳の細い道を進んでいく昊菜と心鷺。
「屋敷の者にはいずれ話すべきですわね。鷹光を成敗した後にでも」
「そうですね……」
「浮かない顔ですわね心鷺」
「え、いや…… 50 年も経つともう知ってるのが聖羅しかいないんだなと……」
「仕方ないですわ聖羅だけでも残ってくれていて助かりました」
植え込みの間を縫って舗装された道を進んで出た先には分厚いコンクリートで囲まれたサッカーグランドほどの大きさの修練場。中は射撃施設にパルクール訓練所、模擬戦を行う廃墟や建物のオブジェクトが配置されている。
「誰も居ませんね」「聖羅が人払いをしてくれてたようです」
昊菜は自分の姿に戻り抱えていた黄金のハンドバッグを杖剣に変形させる。
「まずは……」
射撃や打撃の的になる人体を模した人形を運んで一番開けた場所に置く。
「ハッ!」
掌底を叩き込む昊菜。次の瞬間人形が燃え上がる。
「瞬間発動は問題無し……それでは……」
消火器で火を消す心鷺。人形を起こしてセットする。
「ヤッ!!」
昊菜は杖剣で人形を突き刺した。人形は内部から爆炎を上げ上半身が吹き飛んだ。
「アゾット剣による増幅も確認……次は……」
別の人形を心鷺が用意する。昊菜は数メートル離れて杖剣を構えて投げつけた。
爆発する人形。空中で回転する杖剣を昊菜は来夢の腕を伸ばしてキャッチする。
「次は……こう!」
心鷺の用意した別の人形に伸びた杖剣の切っ先が突き刺さり爆発する。
「お見事です昊菜様」
「火に関しては対価となる素材を用意しないで前以上に錬金術を扱えるのは爽快ですわね。前までは常に秘薬を持ち歩かなくてはならなくて、周囲の人間にはサプリだと誤魔化してましたが。来夢のおかげでアゾット剣も手に吸い付いて持ちやすい。それでは次は心鷺、貴女の力を見せてくれますか?」
「はい!」
メイド服を脱ぎ捨てる心鷺。全身が黒く変色し骨格が変わっていく。あっという間に鯱の姿に変わった。
「キュイイイイイイイイイッ!」
大きく跳ねて地面に飛び込む心鷺。まるで地面が海に変わったかのように滑らかに地中を泳ぐ。
「キュイイイ!」
尾ヒレで人形を高く打ち上げる。そして落下して所を鋭い牙で噛みつき人形を真っ二つに食い千切った。
「キュイイイイイ!」
地中から飛び出す心鷺。コンクリートの的に突進、粉々に粉砕した。
「キュウ!!」
空中で半人半鯱に変身し両腕にサブマシンガンを持った状態で地中に潜る。人形の足を体当たりで払い、倒れた所を地中から出したサブマシンガンで蜂の巣に。大きく飛び上がると空中で人型に変身、サブマシンガンを二つ合わせて斧に変えコンクリートの上に立っている人形を両断した。再び鯱に変身そのままコンクリート片に潜り背ビレを出しながら泳いで昊菜の前で上がり人型に戻る。
「今の所はこの程度ですが」
「良かったわ心鷺!貴女と鯱の可愛さ美しさ力強さこれまで積み上げた戦闘技術、それらが合わさっていてとても感動しました!」
心鷺の頭を撫でる昊菜。
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
「わたくしの特性は火、心鷺は土のようですわね」
「この力は昊菜様の為にあります」
「さぁ戻りましょう、夕方には燐火が迎えに来ますので準備しておかなくては」
「はい!」
***
――日没後。
神名燐火の車が館に到着。トランクケースをひきながら昊菜のいるゲストルームへと向かう。
「準備は出来てるかー?」
「問題ありませんわ」「完了しています燐火様」
「じゃあすぐに出発するよ」
昊菜は燐火の持ってきた巨大なトランクケースに錬金素材を入れる。横に控えている心鷺の荷物はボストンバッグ一つだけであった。
「とりあえず今日は私のマンションに行くよ」
荷物をまとめ玄関に向かう昊菜と心鷺。聖羅と愛羅が出迎えた。
「またいつでもいらして下さい」「お待ちしてまーす!」
車の後部座席で振り返り手を振る昊菜。
「あまり長い事はあの館には居れませんからね、残念ですけど」
「他の秋馬家の連中と出くわすこともあるだろうしな」
燐火は車を半自動に切り替えミント吸入器を取り出してスパイシートロピカル味のカードリッジを取り付けて蒸気を吸う。
「電子タバコですの?」
「いいや?……医療用の吸入器に近いもんだよ。カードリッジ次第だけどね」
「燐火病気なのですか?」
「まさか、このカードリッジは栄養ドリンク程度のものだよ。仕事でちょっと疲れたから一服しただけの事気にするな」
「ならいいですが」
「違法カードリッジは山ほど出回ってるからね。街中で吸ってる奴が皆健全なの使用してるって訳じゃあないよ。メーカーの出してる商品はあくまで『ミント』。処方箋が必要なのもあるけど ID が必要だし……まぁお察しだろ?」
「これは取り締まりが大変ですわね」
「その通り。吸入器の購入履歴で追ったりしてるけどそれも違法の出てたりするしイタチごっこだよ。サイバネは症状抑えるのに必要だし余計にね」
「へぇ~……」
昊菜は燐火のカードリッジを眺めて考え込む。
「 50 年前は無かったからね」
「……これは使えそうですわね」
「え?」
第四区から北に進み第一区に入る車。
第一区はオータムホース最大の駅があり地上は世界最長の橋がかかり、海中トンネルで地下鉄が東京と繋がっている。
「もうすぐ着くよ」
「 50 年前の東京よりも派手ですわね」
「アンタが居なくなった後すぐにこの国は経済成長凄くなったからね」
「らしいですわね、昨日色々調べました。だからこの【島】もオータムホースシティに変わっていったのですね」
「そうだよ。 70 年前に出現したこの【島】の開拓の指揮を取っていたのは秋馬家だから名前に因んで最初は秋馬原島なんて呼ばれてたね。あっという間に開発され名称もオータムホースシティになった」
「気になることがありまして……燐火は記憶力良い方ですわね?」
「ああ、なんだ?」
「この島の中心には山がありませんでした?今の地図ですと第五地区になっています」
「確かに 50 年前は山があった。院瀬見があっという間に工場地帯に変えちまったのさ。まるで何かを隠すかのようにね。当時は色んな噂が立ったよ。レアメタルだの新資源だの」
「真相は?」
「誰もたどり着けないね。探る者はみんな行方不明か何も話さなくなるかだし」
「神名は黙っているのですか?」
「そんな訳はないね。敢えて院瀬見に管理させてると私は思うが」
「……気になりますわね」
「気を付けなよ第五地区の地下に関することを調べるだけで人が消えるんだからね」
『昊菜様を発見した場所は 50 年前に山が存在した場所の直下となります』
来夢が言った。
「そうなんですの!?」
『調査に向かわせている分身の座標から判明しました』
「オイオイオイ……早速始めてるじゃねえか」
「気になったので少し……でもしばらくは止めておきますわ」
『了解。調査を終了し合流させます』
マンションの駐車場に到着する。盗難防止の個別シャッターが下りる。昊菜たちはそのまま後部の壁面ドアからバックヤードに入ってエレベーターを目指す。
「随分と厳重ですのね」
「 10 年くらい前は強盗も多かったからね。民間の警備員も配置されてたけどそいつらも結局強盗と組んだりして信用できないからこの形になったのさ」
「物騒な街ですわね」
「マシになった方だよ。ここ数年で訳の分からないギャングだの半グレだの一気に減ったからね代わりにカルト集団が増えたけど」
「へぇ……」
「この街は仕事についてさえいりゃあ普通に食っていける生活は可能なんだ。倍率も凄いけどね」
「あぶれた者達に居場所はない?」
「職業紹介所はあるよ。ただこの街じゃなくて東京での仕事を紹介される事も少なくないらしいね。夢を諦めて大人しくしたがって再就職すれば問題ないけどしがみついて居座ろうとしたり仕事を失った後もこの街に住もうとすれば……ホームレスになるか第六地区に流れるしかない」
「第六地区……詳しい情報は何一つ出て来ませんが」
「通称見捨てられた地区。第一区から五区をキレイにして汚いものは第六区に押し付けてるのさ。警察も介入しなければ公共の施設も無い無法地区さ」
「第六区はなぜそのような場所に? 50 年前あそこは場所的に……工事関係者の待機場や車両、資材置き場になっていたはず」
エレベーターに乗り燐火住む4 LDK の部屋に向かう。
「昔の第六区には警察も公共施設も学校もあった、普通に労働者の集落として発達していったんだが……第一区から五区までの工事が終わると一気に様子が変わったのさ」
「あ、先ほど燐火が言っていた急激な経済成長……」
「そうだ、富裕層が街になだれ込み街の建設に関わった日雇い、派遣労働者などの非正規雇用者は全て職を失い放置された。『いやなら出ていけ』ってやつさ」
「それでどうなりましたの?」
「大規模なデモや闘争が何度もあって遂に圧倒的武力で院瀬見が制圧した。事故に見せかけ百人以上が殺害され逮捕者も数えきれない程多かった。院瀬見は第六地区と呼び開発予定地として放置、ライフラインも切断、一気に荒れ果て今に至るって訳さ」
「酷い話ですが……このままで終わるとは思えませんね」
「そろそろ世代が変わる頃だしね、院瀬見も第六区も動くだろうね」
燐火に案内された部屋に荷物を置く昊菜と心鷺。
「落ち着く場所が決まるまでこのマンションに居ていいよ。アンタたちの ID は院瀬見社員の物だし怪しまれないだろうからね」
「お言葉に甘えさせていただきます」「感謝します燐火様」
「一応 ID 元の家(江藤紅子と矢満田ナオ)にも行っておいた方がいいかもね」
「たしかにそうですわね……明日この街の探索ついでに心鷺と行ってきますわ」
***
――翌日。
昊菜は江藤紅子の姿でビジネススーツ、心鷺は動きやすいトレーニングウェアにパーカー姿でマンションを出る。
「順番に第一区から回って行こうかしら」
「そうですね……第一第二と回って第三区にある江藤紅子と矢満田ナオの家に寄るのはどうでしょう?」
「そうしましょ」
舗装された清潔な歩道を歩く昊菜と心鷺。
「気が付きました?驚くほど空気が綺麗な事に」
「はい!」
「 50 年前はまだ排気ガスの匂いで充満していましたけど……今は全然ですのね」
「音も静かですね……電動ではないようですが」
「車は宙を浮いてませんね……そろそろ浮いてもいいかと思ってましたが」
「見てください昊菜様、昨晩は気が付きませんでしたがドローン型の乗り物が見えます……パトロール中の警官ですね」
「あれが今の白バイですねのね」
せわしなく行きかう車と人々、 50 年前と変わってないと感じながら歩く二人。
「第一区はこの街の心臓部ですわね」
「この街最大の駅、警察署、総合病院、大学……飲食店がちらほらあるくらいで目立った者は特にないですね」
タクシーを拾い第二区へ。一番人が集まるとされる第二区中央通りで降りた。
「さっきまでとは全然違った様子ですわね」
「看板だらけで増築改築やりたい放題ですね……夜だとネオンでギラギラなんでしょう」
「繁華街……娯楽施設飲食店風俗店で溢れかえってますわね」
「昊菜様、第二区は通りによって特色が違うようです」
心鷺は燐火から借りた携帯端末を見ながら言った。
「ホビーショップなどが集まる通り、ファッション通り、今いる娯楽通り、電子機器などを扱う店が多い通り……裏通りにはまた色々ありそうですわね」
話しながら歩いている昊菜と心鷺。
「よさそうなのがいるじゃないか」
二人に近づく人影があった。
続く
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