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2026年の年明け早々、ベネズエラは米軍に急襲され、大統領夫妻が捕捉された。トランプ政権はベネズエラの石油利権奪還を今回の成果として強調している。本書には2019年頃にコロンビアからベネズエラ国内に入った著者の見聞が綴られている。豊かな石油資源の発見が、度々国内の混乱を引き起こしてきたベネズエラの歴史的な経緯はさておき、ベネズエラでは今、国民の多くが貧困に喘ぎ、経済状況と社会情勢の悪化から、国民の3分の1が国外に流出していると言われている。マスコミが報道するほどベネズエラ国内の様子は酷くはない、と著者は書いているが、報道されているベネズエラとこの本が伝えるベネズエラに大きな乖離はないように感じた。そして、この本にもある通り、たくさんの人たちが国外に脱出し、その多くがアメリカに渡り、そしてその一握りが経済的自立を果たし、その姿を追いかけるようにさらに多くの人たちがアメリカを目指してきた。アメリカを目指す目的は、生きるため。独裁政権の横暴から逃れるため。そしてベネズエラに残る家族に送金するため。だけど今、アメリカは従来の政策から一転、移民を厳しく排除する政策に転じている。流入される側としては「国家が必要としない外国人の入国は認めない。国内にいる不法在留外国人は追い払う」で済むのだろうが、世界規模で考えると、それは解決策になっていない。たまたま豊かな国に暮らしている人々が、たまたまそうではない国に産まれた人たちの苦難に様々なレベルで手を差し伸べる。それが世界中にルーツを持つ移民国家アメリカの基本的な立ち位置だとずっと思っていたけど今のアメリカ政府の考え方は違う。「蜘蛛の糸」の物語のように、後に続く人たちを叩き落として自分の繁栄だけを守ることが現政権の方針になっている。ベネズエラの人たちに限らず、生まれ育った国に住み続けられること、アメリカに行かなくても普通に生きられるような国になることが一番だとは思う。慣れない土地で暮らすことはどんな事情であれ不自由だから。中南米で貧困に苦しむ人たちは、生き延びるために次にどんな方法を見つけるのだろう。
January 27, 2026
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仙台藩の城下町の町名、舟丁(ふなちょう)は戦後の住居表示の影響を受けることなく、今も若林区舟丁が住所になっている。だけど現地に行ってみると、舟丁のかなりの部分は近頃完成した広い都市計画道路の下に沈んでいた。辻標64番「堰場(どうば)/舟丁」は、舟丁を次の通り紹介している。・御舟衆(船乗)が居住したことにその名が由来する。・城下外であった頃から水運を利した交通の要地で、広瀬川・名取川を通じて河口の閖上(ゆりあげ)から米・材木などが当地まで運ばれていた。・また対岸長町方面への連絡は、河原町の長町渡ができる以前は、当町南と根岸村を結ぶ宮沢渡が利用され、城下に入る玄関口でもあった。(堰場/舟丁の辻標)辻標の近くにはかつての舟丁と思われる細い通りがあった。正面奥に都市計画道路が見えた。(細い道の先に都市計画道路が見えた)そして辻標の南側には広瀬川が流れていて、このあたりに舟丁と対岸の根岸村をつなぐ「宮沢渡」があったのだと思う。江戸から来た人が皆ここで川を渡り、仙台城下に入っていく様子をしばし想像してみた。(宮沢橋と広瀬川)仙台市HP「町名に見る城下町」は舟丁を次の通り紹介している。・東は南材木町、西は石名坂と堰場に接する町。・水運の仕事をした足軽の舟衆が住んだことからこの名がつけられた。・仙台開府の頃は、宮沢渡戸で広瀬川を渡り舟丁に出るのが奥州街道の道筋で、城下への玄関口だった。・この道筋は、河原町が栄え長町渡戸ができるまで利用された。・また、当時は名取川河口から広瀬川をさかのぼって船で城下へ米や材木などが運ばれた。・舟丁は船着場としての役割をにない物流の要衝の町として栄えた。・昭和9年、南北に長い舟丁を仙台市電の軌道が走る都市計画路線が貫いた。・この大道にさえぎられかつての舟丁の姿を実感するのは難しいが、南はしの高柳病院の前から北を見ると、長い道筋が見えてくる。・北には静かな住宅地が連なる。国道となったこの大道の地下には、地下鉄河原町駅がつくられたこの赤い線が、舟丁の通りだったと思われる。
January 22, 2026
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2016年のアメリカ大統領選挙を民主党の大統領候補として戦ったヒラリー・クリントン。この選挙で何があったのか、彼女は何を思っていたのかをヒラリー自身の言葉で綴った本。当時、選挙期間中のどの場面を切り取ってもヒラリー候補の方がまともに見えた。さらに言えば、共和党の大統領候補がドナルド・トランプであることが余りにも謎で、これほどまでに品性も品格も知性も感じられない人間が大統領選挙の場にいることが不思議でならなかった。どうしちゃったの?アメリカ、という思いだった。そしてこの選挙以降、日本の選挙でも有権者の投票行動が思慮に欠ける、無責任なものになってきたように思う。練り上げられた政策や、世の中全体に最適な政策を訴えても「優等生」とか「意識高い系」と嘲笑われ選挙には勝てない風潮が強まっている。国民に尽くす気持ちがなくても、そして鼻先にニンジンをぶら下げるような国民を舐めきった公約を掲げても、資金があり、エンターテイメント性に長けていれば票が集まる空気感も強い。この本は、当時のロシアの動きにも少なからず紙幅を割いている。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が3年にも及んでいる今、そして戦争終結への仲介でノーベル平和賞獲りを目論むトランプ大統領が奇妙にロシア寄りの姿勢を見せている今、この本を読むと腑に落ちることも多い。絶望と不安の中に、微かな光を探す思いでこの本を読んだ。
January 17, 2026
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警察署の取調室での心理戦が延々と続く映画「爆弾」。固唾を飲んで、そして食い入るようにスクリーン上の言葉の応酬を見つめ続けた。この映画を観たのは2025年の暮れ。2025年は、日本で暮らすアジア人を見下そうと躍起になる、かつての日本に蔓延していた悪癖が一部の政治団体や活動家、そして収益目的と思われるSNS投稿者たちの扇動によってぶり返した1年だった。島国に暮らしている僕たちはどうしても井の中の蛙になりがち。それはわかっていても、日本人が優生種であるかのように思い込み、世直しを気取って人間を勝手に分類し蔑み傷つける様は、恥ずかしく、情けなくてがっかりする。彼らが真似しているであろうアメリカファーストに限らず、ロシア、中国、イスラエルなど世界中で為政者の偏狭な振る舞いが目に付き、人間という生き物に愛想を尽かす場面が多い一年でもあった。それがあってか、僕にはこの映画が人間の醜さを残酷なまでに暴き出そうとしているものに思えた。「自分は善良だと思っているお前。お前が考えていることは本当に正しいのか」と問われ続けているような、心の深いところを露わにされるような、そんな映画だった。
January 12, 2026
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近鉄〜楽天〜シアトル・マリナーズで活躍し、しなやかな投球フォームから糸を引くようなストレートを投げていた印象のある岩隈久志投手が、彼自身のピッチングについて書いた本をみつけた。少ない球数で、ストライクゾーンにどんどん投げ込みながら、凡打の山を築いていく。そんなイメージが岩隈投手にはあった。投球フォームには威圧感はなく、感情を露わに投げるタイプでもないのになぜかバッターたちは次々と凡退していく。なぜだろう…ずっと不思議に感じていたことを、この本を通じて知りたいと思った。読み終えた時、技術的なことよりも先に「野球はこういうスポーツであってほしい」とまず思った。根性とか猛練習とか気迫とか、僕の知っているアマチュア野球にはそれが前面に出てくるところがあって、指導者には自分の知識のなさを怒鳴り声でカバーしているような人が少なくなかったと思う。そして選手サイドにしても、若い時分に散々しごかれた経験を自慢話にしているような元球児たちがゴマンといる。岩隈投手はおそらくそういうタイプの人ではない。かと言って優しいだけではなく、かつて近鉄バッファローズがオリックスに吸収された時、選手を軽視する球界再編に納得できない岩隈投手は球団の意向に逆らい、オリックスがいらないと言った選手たちと一緒に新設球団(楽天イーグルス)に移籍した。彼の芯の強さには人並み外れたものがあると思う。そんな彼だから、根性論が大手を振るう野球部にいたとしても、彼の信ずるスタイルを貫けたのかもしれない。自分の筆力ではとても書き尽くせないが、僕自身の経験に照らしても合点のいく技術論、つまり、素人に毛が生えた程度の野球人にも理解できるレベルまで咀嚼された野球上達の秘訣がたくさん書かれていた。この本に感謝しつつ、備忘録的にいくつか残しておく。・腕を振るポイントは…トップからリリースまでずっとではなく…ヒジが出て「顔の横あたりから腕を振る」感覚。腕を振るのはここだけ。・カーブを投げる時に…「捻る」イメージはない。…「指パッチン」のように親指と人差し指を鳴らす感覚。このパーンと鳴るところでリリースするようなイメージ。・どんな変化球を投げる時も…手首は立てなくてはいけない。そして最後に、・自分でコントロールできないことは深く考えてもしょうがない。
January 7, 2026
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11月。長い長い夏、そして暑い暑い夏がようやく終わったと思ったら、秋は瞬く間に過ぎ去ろうとしている。取りあえず、今年も忘れずに温泉に行きたくなる気候になってくれたことに感謝しつつ、土湯温泉に行った。東北自動車道を福島西ICで下りて、国道115号線を猪苗代方面に向かうと、20分もかからないくらいで迷うことなく土湯温泉に着いた。温泉の標高は500mくらい。吾妻山に向かって結構な高さまで登るけど、11月下旬、土湯温泉にはまだ雪はなく、クマも見かけなかった。宿泊は「ホテル山水荘」。この宿、今回が2回目。チェックインの後、しばしロビーで庭を眺めた。セルフサービスの珈琲、美味しかった。夕食は和食のフルコース。福島の5つの日本酒を飲み比べながら、天ぷらとか和牛のステーキとか、ゆっくりと味わった。夕食会場は広くてライティングが寛いだ雰囲気を出していた。館内には何か所かお風呂があって、今回は2カ所の大浴場に5回か6回入った。美味しいものを食べて、温泉であったまって、それ以外は何もしない時間をのんびり過ごした。贅沢な時間。楽しかった。
January 2, 2026
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