全6件 (6件中 1-6件目)
1

琵琶首丁(びわくびちょう)仙台の旧町名「琵琶首丁」は、仙台城から広瀬川を渡ってすぐの所、城下町の中でもお城にかなり近い場所にあった。今は、昭和45年2月の住居表示によって青葉区大手町、花壇、片平一丁目のそれぞれ一部になっている。訪れてみると、市街地から広瀬川に向かって一段低くなった場所に旧琵琶首丁はあった。(かつての琵琶首丁から市街地に向かう上り坂。藤ヶ坂または藤ヶ崎と呼ばれ、仙台七坂のひとつと言われる。坂の上はかつての片平丁(今の五ツ橋通)。坂の左側には藤坂神社が建っている。)藤ヶ坂の上に建つ辻標23番「片平丁/琵琶首丁」は、琵琶首丁を次のように説明している。・琵琶の形に広瀬川で三方が囲まれた地形の北端を琵琶首という。・片平丁から段丘下に下る所が藤ヶ崎である。・琵琶首丁はこの段丘の下を弓なりに大橋東袂に至る。・昔は卸小人と卸職人の町、今は東部が商店街となった。・町の南に藩の花壇があった。(赤い線が琵琶首丁。広瀬川を下に向かって大橋を渡ると仙台城に入る。)道筋で示すと琵琶首丁は赤い線のところだけ。だけど住居表示の旧新対照表をみると、評定河原球場や東北大学の陸上競技場のあたりも琵琶首丁だったとされている。区画が大きかったのか、道がなかったのか、家屋がなかったのか…(評定河原球場。球場北側は一段高くなっていて仙台の市街地が広がる。広瀬川と青葉山が一望できる段丘上にはマンションが立ち並んでいる)(東北大学の陸上競技場はのどかな雰囲気。古木の並木もあって閑静な住宅街となっていた)辻標に書かれている御職人(おしょくにん)とは、仙台市のウェブサイトによれば、藩に召し抱えられた職人とのこと。琵琶首丁には挽き物(ひきもの・ろくろを使って作られる木製品)の職人がいたらしい。藤ヶ崎(藤ヶ坂)の脇に建つ藤坂神社。東北六魂祭というお祭りのウェブサイトが藤坂神社を紹介していた。・青葉区大手町にある『藤坂神社』。・「仙台七坂」の一つに数えられる藤ヶ坂にひっそり佇む藤坂神社は、かつてこの近くにあった絹織物「仙台平(せんだいひら)」の織物工場が織姫を祀っていた神社。・仙台大空襲の戦火を奇跡的に免れた強運の神社でもある。辻標「片平丁/琵琶首丁」。琵琶首丁は左側の藤ヶ坂を下っていく。
April 27, 2026
コメント(0)

1878年(または1879年)に生まれ、1953年に死去したスターリンについて書かれた本。本書のカバーには次のように書かれている。・ロシア帝国の支配下にあったグルジアで靴職人の子に生まれ、社会主義ソ連の最高指導者となったスターリン。・彼はソ連国家をアメリカ合衆国と並ぶ超大国へと導いたが、それは反対者を容赦なく弾圧し国民に多大な犠牲を強いた長い道のりであった。・独ソ戦に勝利した偉大な指導者か、大量抑圧を推進した冷酷非道な独裁者か、スターリンに対する評価は今日も揺れ動く。・本書は、ソ連国家の確立と拡大に重ね合わせて彼の生涯を描き出す。読みながら、かなり不快な気分になった。国家のため、そして自分のために国民があると考える権力者に嫌悪感を覚えた。だけど、これが今の地球上にも存在していることに暗澹たる気持ちになった。自分だけのことを考えれば、共産主義の国に生まれなかったことを幸せと思わなければいけないと痛切に思った。思うに、思想を柱として成立した国家は、最初に理想を掲げてしまっているために、理想が実現できないことを覆い隠すための作業に追われながら道を踏み外していくことが常。革命運動家と自認する人たちが繰り広げる現体制への辛辣な批判は、他者を批判している間は正論に聞こえても、革命や政権交代を成し遂げた後に、言ってきたことを実現できた事例は見当たらない。革命や政権交代達成時には、熱狂的に団結していたとしても、共通の敵が消えた途端、思想の解釈、あるいは当初に掲げた理想と現実のギャップを巡って対立や責任の押し付け合いが起き、内部分裂へと突き進んでしまう。それでも、今も理想の実現に向かっているかのように大衆をだますため、反対派の口を封じ、排斥し、抹殺し、情報を厳しく統制していく。本書によればスターリンも、自分の地位を守るために、ライバルと怖れる人物に対し捏造した批判を展開し、自分の晩年まで逮捕と処刑を繰り返した。大規模な飢饉にあっても、農民が怠けていると筋違いな主張を曲げすに農作物の取り立てを続け、数百万の餓死者を出した。第二次世界大戦では2,700万人の国民が犠牲になった。それでもスターリンを偉大な政治家だと崇める向きもあることが不思議でならない。
April 22, 2026
コメント(0)

2026年4月。今年初めてのプロ野球観戦。低気圧の通過後に流れ込んできた冷気と、鉄道が止まるほどの強風で、この夜の体感気温はほぼ氷点下。じっと座っていたら両膝の関節がガチガチに固まった。一塁側のスタンドに向かって高く上がったボイトの打球は、風に押し戻されてファウルグラウンドで一塁手清宮のミットに収まった。名手であるはずのレフト水谷とセンター五十幡は打球の目測を誤った。前田健太がベンチ裏で治療している間、レフトの中島が風を避けようと外野フェンスにくっついてしゃがみ込んでいたのが可愛らしかった。そんなグラウンド上のあれやこれやを三塁側のテーブルシートから見下ろしていた。寒さに耐えながら。楽天の先発は前田健太。寒さと風の中、彼は半袖だった。昨シーズンまでちょっと広すぎた外野。今年はフェンスが少し前に出ていた。そのうちここも観客席になりそうな気がした。ただ、もともと頑丈なフェンスで視界が遮られていた既存の外野席前列が、さらに見えにくいシートになっているのでは…と気になった。夕方の空を眺めていると、ドーム球場が羨ましいと思う気持ちがしばし紛れる。三塁側のカウンターシートの上に、テーブルシートのゾーンが広がっている。簡易なテーブルと両脇のひじ掛けがありがたい。芝生の緑は今年も変わらずに鮮やかだった。それにしても…寒かった。
April 17, 2026
コメント(0)

著者は1989年にエクアドルで生まれ、4歳から不法移民としてアメリカで暮らしてきた。2011年にハーバード大学を卒業。2016年に不法移民排除を叫ぶトランプが大統領になったことをきっかけに本書の執筆を決意。たくさんの不法移民たちへの聴き取りを重ねた。【感想】「不法」という言葉から、不法移民には犯罪者のイメージがつきまとう。理屈では、不法に入国しているのだから犯罪者には違いない。だけど、中南米からの不法移民たちの多くは、地方から上京する多くの日本人たちと、さして違わない感覚でアメリカに向かっているように思えた。田舎にはろくな仕事がないから仕方なくアメリカへ。家族を養うために泣く泣く出稼ぎに。大都会で夢を追いたい。名を馳せたい。大金持ちになりたい。その他諸々…生命の危険から逃れるために国境を越える人も少なくないのだろうが、本書を読む限り「俺も行く、私も行く」みたいな流れで既にアメリカにいる家族や知人を頼って国境を越えている感覚が伝わってくる。しかし、アメリカに来た後の彼らはどうか。彼らの多くは身分証明書も持たず、移民当局に見つかる恐れを常に抱きながら、日雇い、あるいは日雇いに近い立場で安い労働力となり、都合良く使い捨てられている。読みながら、「不法移民の問題の根本はいったいどこにあるのだろうか…」とあれこれあれこれ考えてしまった。・手続きを経ずにアメリカに勝手に入った不法移民を取り締まるだけで事は解決するのか。国内ではまともに稼げないような中南米諸国の現状が課題なのではないのか。強制的に戻されてもまた危険を覚悟でアメリカに戻って来ざるを得ないのではないのか。・中南米諸国が貧しいのはその国の政権能力だけの問題なのか。アメリカなど大国が搾取し続けた結果としての貧しさなのではないか。・一部の国がある時から反米に転じた理由は何なのか。反米政権を武力で潰せばその国と国民は豊かになるのか。おそらく…「貧しい国や有色人種がどうなろうと知ったことではない。欲しいものは力ずくで取り上げる。いらないもの、気にくわないものは徹底的に潰す。」これが今のトランプ政権の答だと思う。「盛者必衰」という言葉も彼らの辞書にはないに違いない。ただ、かつてのアメリカの市井には「今、たまたま豊かな国に生きている自分たちが、たまたまそうではない国の人たちに手を差し伸べるのは当たり前のこと」と話す人たちがたくさんいた。何かの有名な決まり文句なのか?と思うくらい何度も聞いた。この言葉が今もアメリカ社会で聞かれていることを願う。
April 12, 2026
コメント(0)

3月に札幌に行くことになり、路面の雪の様子が気になった。大きなスーツケースで行っても大丈夫なものだろうか、と。そして3月半ば、現地からは「キャリーケースはお勧めしない」と言われつつも、荷物の量的にやむを得ず、雪道で小さな車輪が回らなくなることも多少覚悟しながら、そうは言っても、道路から雪が消えていることを強く願い、札幌に向かった。幸い、道路の雪はほぼ消えていた。重いスーツケースを持ち上げて歩くことはなく、ホッとした。住宅地は雪で道幅が狭くなってはいたが、交通量が少ないので問題なく歩けた。幹線道路は車道も歩道も除雪されていてどちらも問題なかった。一部、ビル陰の歩道にはビチャビチャの雪がのこっていた。夜も滑ることなく歩けた。街なかの通りにはほぼ雪はなく、それでも大通公園には雪がまだ残っていた。冬の間はベンチが撤去されていて、人通りも少なかった。2026年の3月はこんな感じだった。
April 7, 2026
コメント(0)

ナワリヌイは2020年に航空機内で毒殺されかかり、治療のため移送されたドイツで奇跡的に回復。その後、仲間の反対を押し切ってロシアに帰国したところを逮捕、収監された。この本はその頃に執筆され、2021年に出版されている。ナワリヌイ氏は2024年にロシアの刑務所で死亡した。出版から5年。ほんの少し前まで民主主義国家のリーダー的存在だったアメリカが、大統領の誤選によって音を立てて崩壊し、その惨状を世界は目の当たりにしている。今のアメリカ政権が目指しているであろう独裁政権の大先輩、ロシアについて、ナワリヌイを論じる視点から見てみようと思った。3人の共著によるこの本は、クレムリンの政治を100%の悪とは決めつけず、比較的冷静にプーチンとその政権を評価していた。プーチンは国民を力だけで押さえつけているわけではない、とも書いている。多くの国民にとって、ロシア=プーチンであり、プーチンへの国民の信頼は厚い、と。もしかするとロシアは、時代劇で描かれる江戸時代の日本に似てるのかもしれない、と感じた。城に暮らす殿様と庶民の間には比較にならないくらいの貧富の差がある。そして殿様に忠誠を尽くす役人たちは常に刀を携え、しばしば問答無用で庶民を引っ立て、あるいは斬り殺す。さらに、殿様の庇護のもと特権的な商売で大儲けしている商人もいる。それでも、それ以外の世の中の情報を見聞きしていない庶民は、そういうものだと思って日々を生きている。食い扶持以外は年貢として吸い上げられながらも、来る日も来る日も空模様を気にしながら今年の豊作を願い、農作業に勤しんでいる。ロシアは昔も今もそういう国なのかもしれないと、この本を読んで感じた。政府にとって都合の良い情報しか民には与えず、かつ、少なくとも最低限の暮らしはできるようにしておけば、大半の国民はそれが楽だと感じて飼いならされてしまうのかもしれない。だけどアメリカはそういう国にはきっとならないとも思った。なぜならアメリカの民衆の成り立ちがロシアのそれとは大きく違っているように思えるから。そうであることを願っている。
April 2, 2026
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


