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診療所の同僚パート Hサンはいつも手作り弁当持ち。お料理上手な彼女の 先日のお弁当のおかずは明太子を巻いた卵焼きマーボー茄子(夕食の残りと言ってたが)煮物などのお惣菜も入っていて栄養バランスもよさそう♪「娘がね、煮物入ってないと嫌がるのよ。」たまにつまみ食いさせてもらったりして彼女の煮物の味を知るワタシは大いに納得。Hサンのお子さんたちは 毎日のお弁当が楽しみだろうなぁ。それにくらべ毎朝 キッチンでチーン ピピピッ電子音を鳴らして作る我家の弁当。「一品くらいは 冷凍食品使うけどね」というHサンに対して「一品くらいは 手作りおかずもあるよ」という手抜き三昧。「なんでもいいから とにかく量!」という息子の言葉に甘えて今日も冷凍食品たちが出番を待つ。唐揚げ・ひとくちカツ・あらびきハンバーグ春巻き・エビ焼売・ミートボールミニスパゲティにプチグラタンetc・・・毎朝 これらの中から何品か選出されあとは奇跡的に残った夕食のおかずか卵焼きや ウィンナーorベーコン炒めにプチトマトを添えるだけ。ゴメンよ息子。 こんなぐうたら母で。とひとりの看護師サンが「ケセラセラさん。 だいじょうぶ。おかずが入っているだけいいですよ。」えどゆこと?「私が学生のときなんてね。ある日弁当箱がやけに軽いなぁと思って開いてみたら・・・」あははは! わかった!弁当箱が カラだったんでしょー?「いえいえ。ちゃんと 入ってました。500円玉。」カランカランという音がやけに悲しかったそうだ。今度息子とケンカした翌朝はコノ手でいこうと秘かにメモメモ。←ほら、メモしてんとクリック。
2009年05月30日
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今月から診療所に新人さんが入ってきた。ワタシよりも5歳若いAさんは小柄で細っこい体型といい髪の長さといい「ケセラセラさんかと思ったぁ~」とスタッフに言われるくらい後ろ姿がワタシとそっくり。パッチリした瞳とかわいい口元の彼女と似ていると言われると後ろ姿とはいえ 光栄である。 さてさて新人さんは覚えなきゃいけないコトがたくさんあるのでとってもタイヘン。トレーナー係のKちゃんが毎日つきっきりで教えているのだが慣れない医療関係のシゴトに緊張しているせいもあってAさんは まだまだ失敗も多い。しかし「あっ間違えました!スミマセン!」「ハイ!わかりました!ありがとうございます!」とってもマジメで素直な姿勢と愛くるしい笑顔に少々の失敗も 許せてしまう。ちょっと自信なさげで患者さんにかける声が遠慮がちだがそんなのも すぐに慣れてくるさ。頑張ろうね、Aさん。 先日の夕方 診療所に 備品が届いたとき受付にはAさんが ひとりで立っていた。ドッカリとダンボールを降ろし、受領印を待つ宅配業者のおニイさん。Aさんは 先輩スタッフに荷物が来たコトを知らせるべく事務所の奥に向かって「S川急便さんデース!」大きな声をあげた。おっ やるやんAさん。大きないい声が出せたねぇ。その調子で 患者さんにも元気に話しかけてあげてね。 ただしその宅配業者クロネコ ○マトやでナイスボケなAさん。末永くお付き合いとネタをよろしくね。←Aさん歓迎クリック。
2009年05月28日
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次男ポチととある駅で 待ち合わせをしていた。先日 右足を痛めたときはワタシが勤める診療所へ連れて行ったが今日は 左腕の経過観察で手術を受けた病院へ診察に行く。ああ いそがしい病院へ行くには 家から数駅離れた この駅からまたバスに乗ること約15分。 ポチの通う高校の沿線でもあるので彼の下校途中に待ち合わせた。午後の診察の受付締切りまであまり時間がなかったのでポチが駅に来たらすぐバスに乗れるようワタシは早めに待ち合わせ駅に着いて駅前ビルの本屋で時間をつぶし ポチからのメールを待っていた。がもうすぐ待ち合わせの時間というのに『もうすぐ着く』の知らせどころか『いま電車 乗った』と来るはずの連絡さえもない。もしも学校で予定が変わって間に合いそうもなかったら今日の約束はキャンセルすると打ち合わせていたので 『来られそう?』と確認メールを送る。やがてポチから 『今 ○○駅』あと15分かぁ 微妙やなぁ:::このぶんだと受付時間に間に合わせるには バス停までダッシュしなければならない。しかしながらヤツはまだ 片足サンダルだし あぁもう ややこしい;;;改札口でピコピコと返信する。 『ギリギリならタクシーでもいいし。』慌てて電車から降りてきて階段で転げ落ちられても困るのでこの際 散財はいた仕方ない。 15分後 電車が到着した音に続き 乗客が雪崩れるように降りてくる。改札口で首を伸ばして人波の中に 見覚えのある姿を探す。あれおれへんがななんでやねんっ ワナワナと握り締めていた携帯にメールの着信音が鳴った。 『駅 寝過ごした。今折り返す。タクシー頼む』オカンの乗るタクシーの横全速力で走らせたろか ほんの15分前にメールのやり取りしてたのに寝るか?え?幸い時間には間に合い経過も順調。N先生は今日も素敵だった←起きてぇ~!押してぇ~!
2009年05月26日
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次男ポチが腕の骨を折ってもうすぐ一年になる。(↑一年前のデキゴトにワープ)日常生活は何の問題もなくテニス部にも復活し元気いっぱいのポチではあるがまだ腕には2本のプレートが埋まっているので体育の授業で柔道のある日は技をかけ合う練習の「乱取り」は見学させてもらっていたそうだ。ところが 先日体育の教師が「受身の練習だけでもしてみろ」とプレートが埋まっている左側が下にならないように投げるよう柔道部のクラスメイトに命じたそうだ。「ゆっくりだぞ。 そおっとな」あの~ せんせい健全な高校生にそんな前フリをしたら あなた期待を裏切らない行動をするに決まっているじゃないというわけで「転ぶなよ」と言われたとたん派手に転ぶお笑い芸人のごとくウケを狙った柔道部員に思いっきり技をかけられて床に叩きつけられたポチは右足の小指を捻ったらしく靭帯損傷 やってもたか;;;普通に歩いたり筋トレをするのは問題ないがテニスはどうしても 足を踏ん張るので 全力でゲームをするまでは4~5週間かかるってさ どうなる ランキング戦 (¬з¬)σ 去年もランキング戦の前に骨折とりあえず 数日は安静にとぐるぐると包帯を巻かれた右足は革靴はもちろん 運動靴も履けないのでサンダルで登校しなけらばならない。がポチの高校の規則ではジャージ登校が認められていないので学生服に サンダルこれでは「朝慌てて間違って履いちゃった」とでもいうようなイデタチであるしゃあない 左は運動靴 右足だけサンダルでヒョコタン ヒョコタンと登校していきましたとさ。あははは。あーおもしろい。笑えるかぁーっ 体育の教師はポチの去年の担任で柔道部の顧問でもある。お願いだから今度からは部員の性格を考えて命じてね。←何度目だ。お見舞いクリック。
2009年05月24日
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緑がまぶしい季節 つい先日 剪定された木々からもう吹き出している新しい芽が強い生命力を感じさせてくれる。というわけで我家の専用庭の芝生にも次から次へと雑草が吹き出している。 シゴトが休みの日には庭に出て抜くようにはしているのだが雨が降るとできないので シゴト・外出・雨・シゴト・・・などという日が続くとトトロが踊ったのかと思うくらいあっという間に ジャングル化 そないに見せんでも 生命力そんな雑草の中でもひときわ元気に伸びてくれるのが カタバミ クローバーのような葉だが彼らの仲間ではないそうだ。たいがいの雑草は芝刈り機で短く刈ってしまうと芝生と同じように見えるのでさほど気にならないのだがこのカタバミだけは 地を這い 根を広げて 花咲かせ繁殖の勢いが尋常でなく除草の手を抜いていると芝を覆い尽くしてしまう;;;時間ができると庭に出てチマチマとこのカタバミを抜いているのだが根を中心に四方八方に茎を伸ばしているので葉っぱだけを摘んでもすぐに他の茎から芽を出すしどこが根元かわかりにくいしなんともやっかいなヤツである。 がたまに ごくまれに指先に くくっと 這っている茎の一部が引っかかりそれこそ芋づる式という感じで地表に出ている葉っぱごと根元までイッキにズルズルっと抜けてくれることがある。いや これがね ちょっとした 快感 魚が釣れたときう~ん 違うな日焼けし過ぎた背中の皮を剥くような大きな耳アカが取れたときのようななんともいえない手ごたえ(¬з¬)σ 確かに 何とも言えん今日も 朝から ひとり 庭にしゃがみこみ「あった あった」 と カタバミの茎を探し当て ズルズルっと引き抜いては 「ああ~ 気持ちええ~♪」 奇妙なタメ息を漏らすなんともあやしいヤツ 雑草の処理が終わった後は庭を眺めながらお茶を飲む。なんだか庭師の気分で腰痛いし足痺れるけどヤメられない。←上がらなくてもヤメられない。
2009年05月22日
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ウワサには聞いていたがやはり大学というところは文系に比べ 理系は忙しいようだ。特にチロの大学の学部はとにかく忙しくてキツイと有名で授業が毎日 朝から夕方まで中高生のように ビッシリ これに実験・レポートが入ると徹夜はあたりまえの世界らしい。これだけシゴいてもらって文系の学生さんたちと同じ授業料って ありがたや 国立大学 ところで 先日 予備校から電話があった。 「あのー 先生は・・・」せんせい?誰? それ? 「チロ先生はご在宅でしょうか?」あー そうやった。研修期間を終えてチロは講師のアルバイトを始めたのだ。(↑クリックで過去記事読めます。)高校受験のための理科を個別指導で教えているらしい。 スーツ着用を義務づけられているので入学式用に誂えたスーツが思わぬところで大活躍している。 え?そんなに忙しい毎日なのにアルバイトができるのかって?それがねまだ 生徒さんは たったひとり。高校受験において理科・社会は夏以降に仕上げていくことが多い。ましてや個別指導を春から始めようという学生さんはなかなかいないらしい。時給はええが週に一度しか シゴトがない。なんて 非効率的なアルバイトチロ先生 お気の毒 なーんて思う やさしい母ではない。ざまぁみろ 世の中そんなに甘ないねん電話は「授業のコマ数を少し増やして欲しい」との仕事依頼だった。生徒さんの評判がよければ時給も上がるらしい。ふーん。がんばれば←チロ先生応援クリック
2009年05月20日
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去年の夏 父が他界したとき ワタシは一週間 東京の家をあけた。 当時 高校1年生・浪人生・55歳のオヤジ野郎ども3人だけで主婦のいない一週間を過ごしたわけだが食事はコンビニや外食で済ませたりときどき次男ポチがチャーハンを作っていたそうで掃除も洗濯も適当にやっていたらしく一週間ぶりに家に帰ってもそれほど散らかってはいなかった。ただ玄関ポーチのガーデニングは みごとに 全滅 冬に苗を買ってもらってから毎日手入れをして春先には満開にさせていた花たちがカラカラの土の上で朽ち果てていた。ありえへ~ん;;; これに懲りたワタシは今年の4月納骨式のために数日大阪へ帰ったときに 『お花にお水あげてね』というメールをしつこく毎日ダンナに送った。すると根がマジメなダンナは毎回『任務完了。』という返信をしてくれワタシが家に帰ると 満開の花たちが出迎えてくれた。でそれがきっかけとなりその後も ダンナは毎朝ポストに新聞を取りに行ったついでに花に水をあげてくれるようになった。こりゃあ いいや 毎日の水やりが助かるだけでなく花に興味を持ってくれるようになると夫婦一緒にガーデニングを楽しむことができる。これまで ワタシだけの趣味ゆえ遠慮がちに安い花の苗を揃えていたがダンナがガーデニングに凝りだすといろんな種類の花を欲しがるに違いない。一緒に手入れもしてくれ 花の種類も増えるこれはもう バンザイものである。それと 実はもうひとつ密かにもくろんでいることが。ゆくゆくは ダンナにマンション内で活動している「植栽ボランティア」に参加させようと。年配の方々が中心になって草花の手入れをしてくださっているのだがメンバーの皆さん とてもお元気で 楽しそうに活動されている。このメンバーに真面目で几帳面なダンナが参加すれば何かとお役に立てそうである。そして なにより定年後の居場所ができる。 だってね定年後に家の中でゴロゴロされるなんて花を全滅させられるよりもありえへんから 「定年後は自治会長になってくれないか」と役員さんに頼まれるダンナ。アンタはできるかわからんが「会長夫人」が器ではない。ありえへん。←お花にお水をあげるようにクリック。
2009年05月17日
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先日の大阪の実家での母とのオシャベリは孫たちの想い出話だけでなくもうセピア色になってしまったワタシの幼い頃の想い出にまでさかのぼっていった。小学校の頃から同級生より ひとまわり背がちっちゃかったワタシ コドモなんて 今も昔も 残酷なもんで外見なんかが自分たちとちょっとでも違うとそれが罪であるかのようにズケズケと指摘し傷つける。太ったコがいれば「○○ブタ」とあだ名をつけ 背の低いコを見れば「おまえ チビやの~!」とからかった。だから何やねん 背がちっちゃいコトくらいあんたらに言われんでも自分で わかっとるわ と 気の強かったワタシ。が「あのなぁ お母さん。タクワンまで ワタシのコトをチビチビって言うねんで」ある日 小学校から帰ったワタシは 母にそう愚痴を漏らしたそうだ。「えっ? あのタクワン君まで?でも あのコかって・・・。」母は言葉につまった。タクワンは 当時 「障害」と呼ばれるものを抱えていた。現在は医療も進歩し 手術で治る方もいるようだが当時のそれは 子ども心にも深刻なものであると感じられた。小学校の6年間で すっかり悪ガキになったタクワンだが(↑悪ガキぶりを読んでみる)そうなるまでに心無い言葉に傷ついたことがなかったとは思えない。「自分も言われて嫌なことがあるやろうになぁ・・・。」大事な娘がヘコんでいるのを見てそれなら あんたも言い返してやればいいのに!と思わず腹を立てたそうだ。ところが ワタシは「でもな お母さん。 ええねん。ワタシは 今はチビやけどいつかは大きくなるねんもん。そしたら言われへんようになる。でも タクワンはオトナになってもずっと治れへんかもしれへんやろ?それやのに言うたったらアカンと思う。ワタシは 今だけやねんからチビって言われてもガマンできる。」「あのときは ハッとしたわ。このコは まだこんな歳やのにそんな風に考えられるんやと。『あぁ我が子に教えられた』と思った。」母が遠くを見た。自分では まったく記憶が無いがケセラセラ少女はそんな風に考えるコだったらしい。へぇ~ そうやったんか やるやん ワタシ できることならあの頃のワタシに言ってあげたい。オトナになってもちっちゃいまんまやでー 残念な将来が待っていたワタシと成長して手術で完治したかもしれんタクワン。やっぱり回し蹴りお見舞いしといたらよかった。←ランキングはまだ伸びる。
2009年05月14日
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2月の健康診断の聴覚検査で耳鳴りはしませんかと聞かれ(↑そのときのコトを思い出してみる)耳をすませてみると そういえば 頭の奥の方でキーンと 高い金属音がする これは耳鳴りなんだろうかとネットで調べたりしているうちに なんだかだんだん金属音が大きくなってきてこれは完全に耳鳴りだと確信したときには何をしていても頭の中で キーーーーーーン うるさくて 気になってどうにもガマンできなくなり2ヶ月ほど経ったある日耳鼻科をたずね 耳鳴り検査をした結果やっぱり スッパリ高音の耳鳴りと診断がくだった。ある程度の年齢になると高音域が難聴になりそのかわり その高音域でまるでカラオケマイクをスピーカーに近づけて起こるハウリングのようなことが起きるらしい。結論から言うと年のせい そんなバッサリ;;; それとストレス・睡眠不足 だそうだ。睡眠不足は 昼寝で解消できているしストレスの方は確かに最近 職場で ちと 悩まされるコトがあるのだがそう感じているのはワタシひとりではないと知ってずいぶん 気持ちが軽くなった。「あまりストレスだと感じないほうです。あってもすぐに自分で解消できます。」 と言うと「そう言うヒトに限って実は溜まってたりするんだよね」と先生に笑われた。そして 根本的な治療法はというとない。ないんかい なので 「耳鳴りを気にしないこと」それしか ないらしい。気にすればするほど脳が反応して神経に刺激を与えどんどん音が大きくなってしまうそうだ。先生がやさしく丁寧に説明してくださるには脳の病気かどうか気になるならMRI検査をする方法もあり夜寝られないなら睡眠導入剤を処方することもできそれでも気分が落ち込むほど辛いなら精神科でカウンセリングを受けることもできると。なんか おおごとになってきた。 「しばらく様子を見て3週間後にまた来てください。そのときにまた これからの方法を考えましょう。」そう言われてワタシの脳ミソがメンドクサイと思ったらしく『この際 耳鳴りは無かったことに。』とでも作動したのかなんと その日から耳鳴りの大きさが少しずつ収まっていった。そういえば 思い出した。もともと この耳 都合の悪いコトは 聞こえないおかげさまで音が鳴り止むことはないが気にならなくなった。秋の虫の鳴き声のようにも聞こえるのでこの際楽しむことにする。←「おだいじにクリック」はこちら。元気になります。
2009年05月12日
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今日は 母の日 しかしオチンチンつきの赤ちゃんをふたりも産んでしまったワタシはカワイイお手紙や ましてカーネーションなどよく気のつく次男ポチにさえも買ってもらうことはない。が「こんにちは♪ はい、どうぞ。今日は母の日なので。」カーネーションと手作りクッキー長男チロのカノジョ N子ちゃんがいま 遊びに来てくれている。 きゃあ~ ありがとう N子ちゃんを迎えに行ったチロも「なんかー 流されてしもたー」と照れながら 駅前でケーキを買ってきてくれた。 ありがとう 嬉しいわ 小学校5~6年生のときに塾の帰りに 屋台のギョウザを一人前買ってきてくれて以来である。今夜は夕食を食べて帰ってくれるので我家のお好み焼きを 伝授する予定。嬉しすぎて 速報今ふたり仲良くリビングでDVDを観ている。一緒に観ないのかって?だってホラー映画だもん。ウフフ。←母の日バンザーイ!
2009年05月10日
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大阪滞在中 実家の母とワタシは毎日 時間が経つのも忘れて楽しくおしゃべりをしていた。でひょんなことから幼い頃の次男ポチの話になった。「あのコは昔からヒトのことを気にかけるコやったわ。今も忘れられないことがあるのよ。」と微笑む母。ポチが小学校低学年の頃ワタシの実家の親戚が集まる行事があり、その帰りにみんなでボウリングをすることになった。 長男チロやイトコたちも一緒にレーンの前でヨッコラショと楽しくボールを投げていた。とイトコのひとりオレンジちゃんが(↑オレンジちゃんの記事を読む)溝に落ちてばかりでうまくピンが倒せないとベソをかきはじめた。すると それを見ていたポチはベンチで孫たちを見守っているワタシの父のところへオレンジちゃんを連れて「ねぇねぇおじいちゃん お願い、オレンジに投げ方をアドバイスしてあげて。」と頼みにきたそうだ。そこでジイちゃんは オレンジちゃんに「おまえのボールは あっちに曲がるからもうちょっとこっちから投げたらどうや?」とひと言アドバイス。すると 次の番で素直なオレンジちゃんのボールは吸い込まれるように 真ん中に向かい何本かのピンをパタパタと倒した。パッと笑顔になるオレンジちゃん。ポチは「やったぁ! オレンジすご~いっ!」と場を盛り上げながらそっと おじいちゃんの方を振り返り『やったね!』 指でサインを送ったそうだ。「あの姿が忘れられない。」と母。負けん気が強くて 一番が大好きで目立ちたがりのポチだが調子の悪い相手がいるのに自分だけが勝つことに 満足するタイプではないのは昔からの性分のようだ。「それにしてもねぇ。」噴出すように母が笑い出した。ホントに。ポチよあんたさオレンジちゃんよりひとつ年下なんですが めっちゃ 態度デカイし ワタシたちもうっかりするとポチの方が年上と勘違いしてしまう。オレンジちゃんはただいま大学受験生。みんなで応援している。←母の日バナーでクリックよろしく。
2009年05月08日
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皆様 ゴールデンウィークはいかがお過ごしだったでしょうか。ワタシはGW関係なくシゴトのダンナと部活や合宿の息子たちを残しひとりで大阪に帰ってきた。 いくら高速道路が1000円とはいえさすがの ゴールデンウィーク行きも帰りも 新幹線は自由席 空いてるし おそるべし ETC割引制度ダンナの実家に一泊して施設にいる義母を見舞い自分の実家に2泊して久しぶりに友人とランチもできた。4年間半身麻痺の生活だった父が末期がん宣告をされてから 半年間壮絶とも言える 自宅介護をした母。仕事が忙しい時期にも関わらず週に一度は兄が実家に顔を見せてくれ月に一度 ワタシが東京から夜中の介護を交代に行ってはいたがそれでも 毎日の介護は 母がたったひとりでしていた。父が息を引き取る2日前 たまたま手伝いに行ったワタシがふた晩 母に代わって徹夜の看病をしていた。 そして夕方仮眠しようとした矢先に容態が急変しそのまま父は息絶えた。あまりにも急だったので最後の夜、絡んだ痰を取り除いたり嘔吐する父の背中をさすったり 一緒にひと晩中看病してくれた兄は自分の家族を迎えに一旦帰宅していたため残念なことに間に合わなかった。父が息を引き取った夜は線香に火を見守るためにワタシが父の亡骸に付き添ったので結局3日間ほどんど寝ないまま通夜に突入することになったのであるがこれが母ひとりのときだったらと思うと・・・「あのとき あんた達がいなかったらきっと私は葬儀の最中に倒れていたと思う」いまでも 何度も 母がそうつぶやく。介護疲れで自殺という事件を見るたび母にもギリギリの思いをさせてしまっていたのだろうと離れて住んでいる親不孝に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。あれから10ヶ月が経ち自分の生活を取り戻しつつあるがやはり ひとりで食事をするのは淋しいらしく手土産を持って遊びに来てくれた兄嫁と姪っ子とワタシとでワイワイ言いながら夕食を作り 「じゃあ いただきましょうか♪」とみんなで手を合わせたとき「今日はひとりじゃない!バンザーイ!」と満面の笑みで両手を挙げた母。おもわず 泣きそうになった。また行くからね。 お母さん 待っててね。 ちょっとは親孝行できたかな。いつまでも元気でいてね、お母さん。←久々の更新にお帰りクリック。
2009年05月06日
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