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昨日 朝早くから用事のあったワタシは家族を次々と見送ったあと玄関ポーチの花たちに水をやりさてと 自転車にまたがった。出掛ける前に洗濯物も済ませたし ゴミも出せた。ガスも消したし 鍵もかけた。 よーし 出発! グンと右足にチカラをこめてペダルを踏みおろした。ハズだった。ガクンと軽い衝撃がして踏み込んだ右足が ペダルから外れるのを感じた 瞬間的に自分の足元に目をやると右足が地面に落ちていた。足の甲が下に向いたまま。 ひゃあ~~;;;;そして そのままスローモーションのように自転車もろとも 地面に急接近かろうじて前に出した両手は衝撃を和らげるのが精一杯で頬骨が地面とチークダンスキーン金属音が頭の中で鳴った。 はずみで顔が数センチ跳ね返ったくらいしたたか打ちつけてしまった;;;痛ぁあああ~~~い;;;ありえない格好で すっ転んだにもかかわらずまわりを見渡しても誰もいなく笑ってももらえないこの虚しさ( ̄◇ ̄) ビバ芸人魂どうやら足首は捻挫しちゃった感がありすぐにでも家に戻って足首と頬を氷で冷やしたかったがなんせワタシには もう時間が無い 仕方なく そのままジンジンする足をかばいながら目的地に向かって自転車を走らせた。 「あ、ケセラセラさんおはようございます。」 「オハヨございまぁす~;;;たった今 コケましたぁ~」 そうよ ワタシは整形外科勤務 転倒後10分以内でドクターヘリ顔負けの超緊急処置 シップと鎮痛剤のおかげで足首は午前のうちに痛みが取れ腫れあがるかと思った頬はほんのりピンク色になっただけけっこう頑丈 そして強運頬にアザができたと思ったらシミだった。な~んだ。あははは。・・・・・涙 ←足元注意。クリックは確実に。
2009年10月30日
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幼少期 高知の自然に育てられた次男ポチに対して小学校に入学する直前まで大阪の団地で育った長男チロ。同じ団地に住むコドモは年上のオンナのコばかりで幼稚園に入るまでのチロはままごと遊びの中に混ざり「犬」役をさせられていた。 幼稚園で行動範囲が広がり同い年のオトコのコたちと外で遊ぶようになるまでは家の中で黙々とブロック遊びをすることを好んだ。オトコのコ = スポーツ万能が理想だったワタシがそんな息子に満足するハズもなくチロを3歳ごろからスイミングスクールに通わせた。ところがこれがあんまり パッとしない。一緒に入会した同い年のオンナのコはどんどん進級していくというのに楽しそうにはしているが欲が無いというか泳ぐ順番を抜かされても平気潜って取ったボールを横取りされても平気いつまでたっても進級しない。それでも本人はまったく気にしない。ああ じれったい 幼稚園に入ってからは 園のサッカーチームにも入れてみたが ボールが飛んでくるとひょいと足をあげて 避けるドッチボールかっ イライラしながらわが子を見ているワタシに「あんたさぁ 他のことではチロ君をのびのび育ててるけどスポーツとなったらなんかスパルタママになってしもてるよ。」親しい友人が忠告してくれた。「本人は 嫌がってるんとちゃう?」それでも運動が苦手なオトコのコもいるのだとあきらめるまでにそれから何年もかかった;;;高知に引っ越してからはずいぶんたくましくなりあたりが真っ暗になるまで外遊びをするようになったというのにまだ物足りなく感じていた。小学3年生の頃にひょんなコトから入会した「こどもサイエンス教室」でチロは毎回 目を輝かせていたのになんだか 認めたくなかった。勉強より大事なコトもあるとふたりの息子たちに対して勉強しろと言わなかったというと理想的な親のように聞こえるが健全な精神を鍛えようと思うあまり子どもの適性を無視してスポーツを無理強いしたワタシは決していい母親ではなかった。息子よ 許しておくれ そういえば オカンも球技オンチでカナヅチやったDNAぢゃん チロはその後高校で吹奏楽に出逢い厳しい練習や人間関係の中で精神的にも体力的にも運動部に匹敵するほど鍛えられた。何がヒトを成長させるかわからない。←無理強いしないがよければクリック
2009年10月28日
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ワタシの働く診療所には正社員の事務スタッフがふたりいる。そのうちのひとりKちゃんは開院当初からのスタッフで診療所のコトは知り尽くしておりセンセイからの信頼も絶大である。医療事務のシゴトはもちろんスタッフの勤務シフト管理新人スタッフの研修・教育業者さんとの取り引きその他もろもろの雑用までひとりで何役もこなす。 複雑なルールがある医療事務はどんなに慎重にシゴトをしていても小さなミスをすることがありうっかりや思い込みで多かれ少なかれ誰もがやらかすのだが<ケセラセラさん! σ( ̄∇ ̄) ←多かれなヒトKちゃんだけは神がかり的なほどミスをしない それはもう 完璧といっても過言ではない。ポコポコとつまらないミスをしてはいらん手間をかけてしまうワタシなどひとまわり以上年下のKちゃんに頭があがらないどころか足向けて眠れませんて 真面目でしっかり者でシゴトも完璧そんなKちゃんが 先日初めての患者さんを担当し新しいカルテを作成していた。 ひょいと横からのぞき込んで生年月日を見てみるとんん?明治44年生まれ?ということは・・・98歳ってか?ちょっと長生き過ぎない?パソコンの入力間違いじゃないやろうねいやいやいやKちゃんに限ってそんなミス あるハズがない。もう一度 保険証を確認するとやっぱし明治44年 御年98歳「ひゃあ~ Kちゃん!この患者さん98歳だって!」思わず声をあげるワタシにKちゃんは落ち着いてうなずいた。「ほんと 大往生ですよね。」死んどるがな オチも完璧 お葬式での「大往生だったね」は「長生きだったね」という意味なんだと思っていたらしい。 《大往生》=安らかに死ぬこと(大辞林より)←クリックは完璧に。
2009年10月26日
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高校2年生の次男ポチが最近になって やっとこさ第一志望の大学を決めた。 高校に入学してからというもの部活に夢中で仲間といるのが楽しくてなかなか進路について気持ちが向かなかったのもあるが化学や物理が好きでたまらなくて教科書をマンガのように楽しそうに読み将来は化学系の研究をしたいという明確な目標を持つ長男チロと違って特にこれといった得意科目がないポチは将来どういう道に進めばいいのかわからなかったようだ。この「得意科目」というのは実は受験において想像以上に重要な役割を果たす。参考例:長男チロのバアイチロは高校の3年間吹奏楽の部活動に夢中になり学業成績のクラス順位は下から数えた方が早かった 課題や追試があると部活に響くからとあまり得意でない教科は赤点を取らない程度にしか勉強しない。国公立大学を目指す生徒のための特進クラスに入学したというのに何やってんだか でご存知のように案の定 部活に夢中になりすぎて現役時代は圧倒的に受験勉強が足りず浪人することとなった。それだけに一年間で飛躍的に成績を伸ばし第一志望は叶わなかったもののなんとか国立大学に合格したときは奇跡だ快挙だと まわりは大喜び ところが本人の言うことにゃ実は現役時代からどれだけ部活が忙しくて勉強をする時間が無いときでも得意の化学だけは常に上位を目指していたそうだ。「これだけは誰にも負けない」という得意科目を持っていないと受験で戦うときになってモチベーションが上がらないそう思い続けていたのだと。そういえば ブービー賞のような科目もある中化学だけは学年2番だったりした。他の科目が あまりにもチカラ不足だったゆえ現役合格には間に合わなかったが部活を引退してからセンター試験までの約4ヶ月間でドン底だった彼の成績は標準レベルにまで息を吹き返した。浪人することが決定して予備校の入塾テストを受けると化学だけはハイレベルコースそのおかげでモチベーションの高い東大志望の予備校生たちと仲良くなり他の教科も彼らが学んでいるハイレベルコースを目指して頑張ることができたそうだ。(「塾ではレベルの高い奴らとツルめよ。」と来春入塾予定の弟にアドバイスしている。)受験本番でも得意の化学は武器となりセンター試験は満点を獲得レベルを上げた物理と数学も手伝って一日目の文系科目の不足を挽回した。私立大学入試も 国立二次試験も化学・物理で点数を稼いだらしい。将来も化学の道を目指しているチロは根っから化学が好きでそればかり勉強してたというのもあるが得意科目を手放さないという彼の考えは正解だった。ヘリクツ王も たまには正論得意科目という武器を持たずひとつ間違えば丸腰同然の次男ポチ。せめて基礎力を固めて防弾チョッキくらいは身につけておくれ←バキューンとクリック。
2009年10月24日
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先日の午後7時前 我が家の電話が鳴った。 液晶のディスプレーを見ると大阪の市外局番ひとり暮らしをしている義父の住む街のものである。いやな予感は的中声の主は義父の名前を口にしご家族の方でしょうかと問う。心拍数が急激に上昇するのを感じながら 一瞬のうちに大阪行きの新幹線の最終は何時だったっけ 明日ワタシの勤務は休みだよなと頭をめぐらせた。電話の相手は 介護サービスの配食センターの方だった。義父に食事を届けたのだが家の中から何も返事がなく電話にも出ないという。東京からではどうしようもないとは思いながらも緊急連絡先に記してあったウチに連絡してきたそうだ。 いったん電話を切り義父の携帯を鳴らしながら これから どう行動するべきか冷静になろうとすればするほど義父が部屋の中で倒れている姿や病院に運ばれる様子が頭に浮かびウロウロと家の中を歩き回った。義父は携帯にも出ない。最後に電話をしたのはいつだったっけ。最近は食欲が戻ってきたと元気そうに話していたのに。週2回は家事ヘルパーさんが来てくれ残りの日はたいてい「特養」に入所している義母の面会と自身のデイサービスやリハビリにも通い日曜日は自治会の集まりや以前講師をつとめていた詩吟の会に呼ばれたりして義父は 毎日のように常に誰かと顔を合わせている。体調に異変があればすぐに気がついてもらえるハズと安易に考えてしまっていた;;;グズグズと後悔するのは後にしてとにかく まずは義父の行きそうな場所をすべて確認するしかないと義母が入所している施設の電話番号を探しているとふたたび電話が鳴り 液晶画面がさっきの番号を表示した。慌てて受話器に飛びつき最悪の事態ではありませんようにと祈る思いで耳にあてた。「すみません。連絡ミスでしたお父様は本日結婚式に出席されているそうです。」めでたし そういえば大阪に住む遠い親戚の結婚式に呼ばれて祝いの詩吟を吟じて欲しいと頼まれてるんだと喜んでたっけ。←連絡はしっかり。クリックはきっちり。
2009年10月23日
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先週 長男チロがオトモダチから20歳の誕生日の前にプレゼントをもらって帰ってきた。 流行に敏感な若者らしく今話題の新型インフルエンザどーもありがとね 発症したチロはもちろんしばらく大学を休むことになり彼を病院に連れて行くときに車の中という密室で かなりの時間を過ごしたワタシも感染濃厚者というわけでいつ発症するかもしれない。職場に迷惑をかけることになるので仕事を一週間休むことに。ついこの前勤務を交代してもらったとこなのにまた迷惑をかけちまった;;;(↑迷惑かけたときの記事)ほんでも 今回ワタシが感染してなくてももしも他の家族が時期をずらして次々と感染していったらワタシゃ ずーっと働きに行けない。それは家計的にも非常に困る。 えーい こうなったらさっさと感染しちまってしっかり治癒して職場復帰だ。覚悟を決めたワタシは他の家族たちと隔離した部屋にゴホゴホと咳をするチロを寝かせその隣で大きく深呼吸をした。念には念を入れて同じコップで水を飲み食べ残したおかずもたいらげありとあらゆる感染経路をおっぴろげ体調が悪くなるとわかっていてあえてウィルスを受け入れるのはなんとも複雑な心境だったがこれが一番いい方法なのだと自分に言い聞かせそして ついにあれうんともすんともいつまでたっても微熱さえ出る気配がない。どんだけ丈夫やねん この一週間の間にはずっと前から申し込んであって楽しみにしていたバスツアーがあった。万が一 観光バスの中で発症したらそれこそ密室の中で大惨事と泣く泣くキャンセルの電話を入れた。食料品の買い出しもしっかりとマスクを着けてタイムサービスをあきらめできるだけお客さんの少ない時間帯に必要最小限の時間で済ませた。気晴らしをしたくても映画館に行くことも美容院に行くこともできず家の中でじっとするほかなかった。なのに ピンピンってどーゆーことよっ! お隣の奥さんが その答えを教えてくれた。「私も息子から感染しなかったわ。40代以上ってめったに罹らないらしいわよ」新型インフルエンザは 若者がお好きだそうで おかげさまでチロは全快。次男とダンナも感染の気配なし。ウィルス取り込んだワタシはもうこれでワクチン接種済みだな。v( ̄― ̄)←クリックしても感染しないってば。※不顕性感染者(感染しても発症しない人)も菌を撒き散らすらしい。一週間の休みもツアーキャンセルも無駄ではなかったってことで。
2009年10月21日
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前回の記事の続きです。当然 保護者であるワタシも長男チロと共に校長室に呼び出された。10人近くの教師に取り囲まれビニール袋の中の証拠品を突きつけられまるで取調べ室の犯人のようだった。チロが同級生の行為を隠したことで証言に矛盾点が出てきたそうでそれを頭ごなしに「虚言癖」だとされ「おたくのお子さんは精神的に・・・」と生活指導の教師に罵られた。誰かをかばっているのではないか脅かされて言えないのではないかという考えはまったくなかったようだ。家に帰って初めてチロに真実を聞かされおおかた そんなことだろうと思っていたワタシは学校へ事情を説明に行かなかった。事のはじまりはマッチを持ち出すというチロの悪ふざけ。同級生をかばう為かもしれんが嘘を重ねたというコトは事実。決して正しいことだとは思えない。誤解されたまんまが嫌なら本当のことを言えばいいし男気を出して誰かをかばうならそれだけの覚悟をせなあかん。自分のケツは自分で拭け あのときチロが何も言わないのをいいことにすべてをチロひとりに押し付けて罪を逃れた同級生たちだが小学生の頃からの幼馴染みで心底悪いヤツではないことは知っている。先生に叱られるのが怖かっただけだろう。それだけにチロがこっぴどく叱られたことに胸の痛い想いをしたと思う。 それでじゅうぶんである。それよりも 生活指導の教師に「他にもおたくのお子さんはですね!問題ばかり起こしてるんですよ!これまでも モップをへし折ったり消火器を撒き散らしたりしたんです!」と聞かされたのでものすごい非行を繰り返してるのかと思いきや本人とまわりの同級生によく聞くとモップの柄が折れそうだったのであとどれくらいの力まで耐えられるだろう と試してみたらポキっと折れてしまってみんなが「チロが折った」と騒ぎ出しただとか授業開始の鐘が鳴りはじめたとき同級生たちが悪ふざけをして教室の扉の鍵をしめてチロが入れないようにしたのでそうだ と思いつき上の小さな窓からなら入れるかもと壁に掛かってた消火器を足場にしたら安全ピンが抜けていてレバーを踏み抜いてしまったらしく消化剤が廊下に噴射されただとか非行少年でも エジソンでもなくただのお間抜け野郎やった 理科の実験が発端で中学時代は問題児扱いのチロだったが大学の成績表で実験の評価は『秀』。どうやらマッチは返したようだ。←がっかりなエジソンにクリック。※過去に関連記事を書いたことがある。(←あのときのオカンの気持ち)
2009年10月19日
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長男チロは幼い頃から好奇心旺盛で幼稚園の頃絵の具を使ったお絵かきの時間水道で絵筆を洗うと水の色が変わるのが面白くてお絵かきをせずにひらすら筆を洗い続けていたというエピソードがある。小学校にあがった頃の彼の愛読書は漫画偉人伝「エジソン」で表紙がボロボロになるまでそれはそれは何度も読み返し「ボクはエジソンみたいになる」と宣言していた。がそんなチロの好奇心はエジソンの伝記よろしく様々な問題を起こすことにもなる。中学2年生のある日 チロは理科の実験の際に使ったマッチ箱を興味本位で理科室から持ち出した。一緒に授業を受けた同級生たちも同じように持ち出したそうでその日の休み時間に同級生たちがマッチを取り出し教室のベランダに出て紙に火をつけようとしていたらしい。現代っ子ってさ火の扱い方を知らないらしくマッチを擦ったはいいが炎のついた先を真下に持ってしまい指が熱くなってアッチッチと手を離すのでなかなか紙に火をつけられずとうとうマッチ箱の中はカラに。それを見ていたチロがしょうがないなぁとベランダに出て行き自分が持っていたマッチを取り出して「ホラ、こうすればいいんだよ」と炎が上になるようにマッチを持ち紙に火をつけてみせたそうだ。「おお~」と感心する同級生の声とメラメラと燃える炎はチロの好奇心にまで火をつけた。 何度も何度もマッチを擦っては紙が燃える様子を眺めていたらしい。でそのことが教師に知られることとなり学校は大騒ぎになったそうだ。紙の燃えカスは証拠の品となり「誰がコレを燃やしたんだ!」となったとき、チロは正直に「ボクが燃やしました」と名乗り火遊びのキッカケとなった同級生たちはこれ幸いと「火をつけたのはチロ君です。ボクたちはチロ君が火をつけた紙を渡されただけです。」と『事実』を述べたそうだ。確かにそうやけどさ;;;なんで本当のことを言わなかったの「そんなこと言ったら先生らがまたアイツらを呼び出して話を聞くやろう?そんなんメンドクサイし。僕が火をつけたことには変わりないし。」というわけで 面倒くさがりの我が家のエジソンはめでたく主犯格となった。 次回へつづく本物のエジソンは藁を燃やして自宅の納屋を全焼させている。学校を全焼させなくてホントによかった;;;←そんな主犯格も一昨日20歳に。実名載るぞ。
2009年10月18日
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次男ポチは 中学生の頃いつも一緒にいた仲間たちと高校受験が終わったら自転車で富士山に行きたいと (↑壮大な計画を見てみる)計画を立てていたことがあった。 が しかし中学時代の仲間が卒業後それぞれの高校に進むとテストの時期の違いや土日は部活の試合があったりもちろん高校の仲間との付き合いもあるのでなかなか予定が合わない。あの計画はいつしか幻にところが自転車で遠乗りの計画は彼の中でホカホカと保温されていてあの頃の仲間の一員でもあり同じ高校に進学した野球部のG君や剣道部のS君とで今まで何度か実行している。 自転車で湘南茅ケ崎の海までラララ~ラララと勝手なシンドバッドの冒険をしたはいいが帰りに迷って あたりが真っ暗になり「いま何時?!」という頃にヘトヘトになって帰ってきたり自転車で20km先の某有名公園まで行って遊んで帰って来るはずが途中でひとりの自転車がパンクしてしまいそれからは ひたすら自転車屋探しの旅になったりつい最近など「東京都青少年の健全な育成に関する条例」により深夜(午後11時から午前4時まで)18歳未満は外出できないとわかると『午前4時に家を出発してひたすら北に向かって行けるところまで自転車で走り帰路にかかる時間を計算して折り返し午後11時までには家に帰りつく』という目的があるのか無いのかようわからん計画を立て帰り道は迷わなかったからと予定より2時間以上早く帰ってきたが埼玉県のどこやらまで行って地元の看板を撮ってきたという写メールを得意気に見せてくれた。 「もう ホンマにあんたらはアホなことばっかりして・・・」「受験が始まったらしばらくは こんなコト でけへんからね。」高校2年も後半になっていよいよ第一志望の大学を決めたポチ。これから 相当の覚悟を持って挑まなければならない山を彼は自ら選択し 準備を始めた。まだまだ足元が不安ではあるが「困難なときほど燃える」という特殊エンジンを搭載している彼のスタミナと根性に期待して最後まで見守ろうと思う。くれぐれも冒険だけで終わらんようにね 進路について迷うことがあれば学校の担当教師に相談に行ったりまだ通ってもいない予備校を訪ねて行ったりとさすがの行動力。←ポチの 「変わらぬ行動力」にクリック。 (↑あの頃からコレだもん)
2009年10月16日
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先日 友人4人でセレブでお洒落な街で有名な『自由が丘』に遊びに行ってきた。自由が丘の駅前に 一度だけ遊びに来たというYちゃん乗り換えで降りたコトがあるTちゃんそして「電車で通過したことある!」 というワタシほとんどおのぼりさん状態の3人がワクワクと降り立った。そんなワタシたちを駅の改札まで迎えに来てくれ街を案内してくれたのはマイちゃん。(本名じゃないのでそのまま書いちゃう)彼女も以前はワタシたちの街に住んでいたのだが3年前に引っ越すことになり 今は世田谷のマンションに住んでいる。「片付けが落ち着いたらランチしようね」と引越しの時に約束しながら集まる計画を立てると 毎回直前になってマイちゃん自身の都合が悪くなりいつも彼女抜きで集まっていたのでマイちゃんとこうして逢うのは実に3年ぶりである。(¬з¬)σ 長いこと片付けとったなぁ「おひさしぶり~~」 もともとセレブな奥様ではあったがすっかり都会に溶け込んでいるマイちゃん。なんでも 同じマンションに名前を書くとビックリするような超有名な女優さんが住んでいるだとかお子さんが通う学校の運動会には有名芸能人が勢ぞろいするだとかすげー さすがー やっぱり都会やなぁ。お洒落なレストランでセレブなランチに舌鼓を打ちながら ワタシの耳は 興味シンシン 街並みもモチロン道を歩くヒトたちが これまたお洒落で公園でコドモを遊ばせているお母さん犬を散歩させているおばあちゃま普段のなにげない日常のようなのになんだかとても垢抜けていて気合いを入れてお化粧して 一張羅のロングスカートをもてあましながら歩いていたワタシはちと恥ずかしくなった 人気の雑貨店をめぐり 有名なケーキ屋さんで別腹を満たし 何より3年ぶりに再会したというのについ先週も逢っていたかのようにオシャベリに花が咲きとっても楽しい時間を過ごした。やっぱりトモダチっていいなぁ。 マイちゃんが再会を記念してワタシたちに贈り物を用意してくれていた。手作りのお菓子と それから「マザーリーフ」別名ハカラメといいお皿に張った水に浸しておくとこの葉っぱの端からたくさんの芽が出て大きくなりそれを土に植え変えて育てるとやがて木になるのだという。(葉から芽でハカラメ。まんまの命名)ありがとうマイちゃん 頑張って育ててみるね。いつまでも大切にしようこのマザーリーフそして ワタシたちの 変わらぬ友情 本当は次男の小学校時代のPTA役員仲間で6人組のワタシたち。コドモの学年もバラバラだがもう7年の付合いになる大切な仲間である。←トモダチは宝物。
2009年10月14日
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K君は 幼い頃から親の言うことを良くいい子で素直でおだやかな性格ゆえ反抗期などもなかったそうだ。偏差値の高い中高一貫校のその中でも常にトップクラスの成績で都心の有名大学に現役合格そして今年の春 この不況の中誰もが知る一流企業に就職した。 K君のママは何事にも真面目で一生懸命な性格でもちろん子育てにも一生懸命時々逢うK君を見れば愛情いっぱいに育てられているのが手に取るようにわかった。長男チロが中学生で反抗期で手を焼いていた頃も当時高校生のK君が母親の隣に座って笑っているのをいつも羨ましいと思っていた。が最近 そのK君ママの元気がない。K君は東京で採用されたが入社後は地方にある支店に配属になり今は社員寮で暮らしている。あれだけカワイイ自慢の息子が遠く離れてしまうのはやっぱり淋しいんやろうなぁ。「それがねぇ・・・」K君はちょっとした人間関係に悩んでいるらしい。職場そのものというより寮の先輩たちとの関わりの中でプライベートも何もないような無茶な付き合いをさせられるその体育会系なノリにとてもストレスを感じているそうだ。K君は 人当たりがよくお酒も強いそうなので 配属どおり 営業向きで可愛がられるタイプなのだと思う。しかし マジメで気持ちが優しいだけに先輩たちの誘いをうまく断り切れないのだろう。今まであまりに優等生で 大事に大切に育てられてきたゆえ先輩社員たちが新人に浴びせる荒っぽい洗礼に耐えられないようだ。決して甘やかされるだけでなくコンビニバイトで学費を稼ぐしっかり者。大学時代のサークルは文化系のいわゆる草食系男子でバカ騒ぎが苦手だという生真面目な性格でもあるK君。今まで まっすぐに育ってきた彼はきっと誰からもそんな風に扱われたことが無かったに違いない。あれだけ一生懸命 愛情たっぷりに子育てをして清く正しく立派に成長したとしても社会に出て 荒波に揉まれたとき免疫ができていないととたんに心が潰されてしまうなんてなんともやりきれない思いである。 学生の頃に部活やサークルで先輩後輩の厳しい上下関係を経験しアルバイトで世間の裏側や汚い世界を垣間見て理不尽なことで叱られたり なじられたり人間関係で悩んだり 傷ついたり 落ち込んだりコドモたちの健やかな心の成長には一見 不必要とも思える この「ストレス」というワクチンの必要性をつくづく感じされられた。わが家の息子たちはオカンにより接種済みこういうとき親として「無理するな」と心の逃げ場を作ってやるべきか「弱音を吐くな」と叱咤激励する方がいいのか悩むところである。←K君とママが元気になりますように。
2009年10月12日
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先日 【お知らせ】したとおりマイパソコンの調子が悪くこの次ダウンしたときにはもはや修理という段階ではなく新しいモノを買った方がよさそうな感じなのだがなんせ我が家には先立つものがナイ。 長男チロも次男ポチも親孝行なことに授業料の安い学校に通ってくれているのだが それでも この秋チロの大学の後期授業料6ヶ月定期×ふたり分チロの二十歳の誕生日にはそれなりのお祝いをしてやりたいし年が明ければ次男ポチの再手術の費用が必要だし(去年の骨折時のボルトを摘出する)あっ 修学旅行費もやった;;;ああ 次から次へと出費の予定 とても 自分の趣味にかける 余分なお金は残っていない。 こんな生活あと何年続くんやろうかふと 指折り数えてみた。大学1年のチロは学部を卒業した後も大学院まで進むつもりらしく高2のポチが大学を現役合格してくれて学部卒で就職するとしたら・・・あと5年半秋に最後の授業料を納めると考えるとあと5年の辛抱である。逆に言えば この5年間が一番キツイのだが5年間さえガマンすれば息子たちにかかるお金は激減する(仮)そう考えるとなんだか楽しみにさえなってきた。 まだあと5年ではなくたった5年ってことで調子の悪くなったパソコンと同じく経済的には 息も絶え絶えな毎日ではあるが笑ってごまかし 生きてゆこう 「妊婦さんが幼稚園児ママになるまでね。」だとか思わない。「小5が高校生になるまでだわ」とか考えないの!気が遠くなるから(泣)←5年後にカウントダウン開始!
2009年10月10日
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あまり好き嫌いというものが無くなんでも食べちゃうワタシ。特にウニ・サザエやカキなどの海の幸は大好物である。 しかしもったいないことに他の家族たちが食べないのであまりこれらを買う機会は無い。(次男ポチは生意気にもアワビは食べるが違う理由で買う機会がない。) なので安く手に入ったときに限ってひとりだけで楽しむ。 いつも皿の肉が一番少ない分 たまにはええやんね6日の夜も 生食用の牡蠣を手に入れたのでビール片手に おひとりさま いただきまぁす♪「あんたら こんな美味しいものなんで食べへんの~」 がしかしちょっと後味にクセがありニオイもきついような気がして3個ほど食べたところでヤメた。そして 7日の夜明け前午前4時すぎそれは始まった。 トイレの中では どっちに向こうか迷うほどのおおいそがし ※お食事中の方ごめんなさい。水分補給をせねばと白湯を飲むと頼みもせんのに胃の洗浄をしてトンボがえり。年末ジャンボ買う前に大当たり「シゴトどうしよう;;;」当日は朝から夕方までのフルタイム勤務の日。腹痛やだるさなどの重篤感は無くトイレから出ると気分もスッキリするのだが水分まで受けつけないとなると今日一日何も食べずにシゴトをするコトに。貧血起こすかもしれんし勤務中に吐き気や便意をもよおして万が一にも トイレに間に合わなかったりしたらどれだけ迷惑かけるか;;; 決断は早い方がいいと思い午前6時半すぎ 同僚スタッフ宅に電話をして午前の勤務を交代してもらった。勤務時間になりワタシのおマヌケな体調不良を知ったスタッフたちは とても心配してくれ午後も皆でフォローするから大丈夫だとそれよりゆっくり休んだ方がいい「お礼はバッチリ期待してるからさ♪」受話器の向こうで 皆の笑い声がした。ワタシに無理をさせない思いやり ありがたい仲間である。 結局その日は一日休みをもらった。ネットで調べると 牡蠣中毒はコワイらしく激しい腹痛、発熱も伴い回復に3日ほどかかると書いてあったが3個で食べるのをやめたからかダノンビオのおかげで胃腸が丈夫になってたからかはたまた白湯での胃の洗浄がよかったのか午前中のうちにどちらの症状も改善し昼すぎには すっかり回復。 大事をとって昼も夜もお腹にやさしいものを少しだけ食べたが まったくもって大丈夫だった。百貨店勤務時代から 体調不良を理由にシゴトを休むことはほとんど無かったワタシ。ちょっとした自慢でもあった。この診療所でも9年間働いていて確かこれがまだ 二度目だし。しかし今回 その原因が 世間で大騒ぎの新型インフルエンザでなくひとり占めして食べた牡蠣の大当たりだったとはほんまええネタになった とりあえず今年も年末ジャンボを買うことにする。←今朝の午前勤務で完全復活。
2009年10月08日
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大型台風が近づいてきている。 今回の勢力はかなりのモノらしい;;;ネットで台風情報を検索すると 台風が上陸するかもしれない日はワタシのパートの勤務日である。 きゃあ コワイ;;;ちょっと不安だが平気を装いほんでも 夫には心配してもらいたいという 妻のオンナ心果たして ダンナは気づくことができるであろうか「大丈夫。いよいよとなったら当日タクシー呼んで出勤するし。」(気をつけて行きやと言ってほしい)「う~ん。 それよりもボクはその日は休診にした方がええと思うな。」・・・・・。 そう来たか。「それは先生が決めるコトやん。それに台風でも杖ついてやって来るおじいちゃんおばあちゃんがおるし。」(ここでワタシ すでにちょっとイラつく)「通勤途中に怪我したらちゃんと保障してくれるのか先生に確認しといた方がええで。」そんなコト直接聞けるわけないやろう「それは通勤災害の対象になるしだいいちウチの先生はスタッフのコトはお金取らないで診てくれるから大丈夫。」「でも台風での怪我っていうたらちょっとやそっとのコトやない。生命に関わるような状態になるで。」そんなにビビらせてどうよ。 ハイハイわかりました。もしも怪我したら労災扱いで治療してもらうから安心してね。なんか知らんが ワタシが大怪我するコトを前提に話が進んでいることにちょっと気分が悪かったので少し話題を変えようと思った。「もしも診療所が停電になったらあの自家発電機使わなあかんやろうなぁ」がこのひと言がいけなかった。うっかりしていたが実はダンナは電気関係の専門家。その自家発電機とはどういうもので 何のために どう使うのか次々とワタシを質問攻めにしはじめた。ワタシ自身 自家発電機というモノを何年か前に一度だけ倉庫で見ただけで何の為に使うのか知らんし実際に動かしているところを見たわけでもない。 え~っと たぶん「何かの原因で停電になったときにパソコンを動かすために使うんとちゃう?」(この時点でもう夫と目を合わせない妻)すると ダンナそれはナントカっていう機器で対応できるハズだと胸を張って否定する。あんたは オードリーの春日か「じゃあ 夜に院内の明かりを確保するためちゃうんかなぁ。」苦し紛れにそう言うと「院内の明かり? それは無い!」 と自信に満ちた声で否定しまるで鬼の首を取ったような勢いでではそれは何に繋ぐのか言ってみろとそんなコト 素人のワタシが答えられないに決まっている専門的な質問をしはじめたダンナ。あ~ららやっちまった。読者の皆さんのおおかたの予想通り台風の進路は「知らんがなぁーっ!!」 ケセラセラ家直撃 中心気圧および最大風速は測定不能。ダンナは書斎へ避難。←懲りないダンナにダメ出しクリック
2009年10月06日
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先月の ある日 職場の先輩スタッフたちがダノンビオというヨーグルトがお通じにいいと話しているのを小耳に挟んだワタシ。 なんでも 14日間チャレンジすると効果が現れるらしい。オモシロそうである。ひどい便秘をするコトはあまりないがかといって毎日快調というワケでもなく好奇心も手伝って胃腸の調子が良くなるのであればと早速 試してみることにした。シゴト帰りにスーパーに寄ってみるとなんと ちょうどセール中コレはきっと チャレンジしろってことやんな4個パックになっているモノを買い物カゴに入れた。 ワタシのカラダはいたって単純なのでたぶん14日食べ続けるまでもなく効果が現れるに違いない。だってね このあいだなんて月末の大事なシゴトがあるというのに前日 夜遅くまで起きていたので勤務中に眠くなってはタイヘンと出勤前にコンビニで眠気覚ましドリンクを買ったのだがこれがまた よく効いた。 パソコンの前に座ったまんまの単調な作業にもかかわらずまったく眠くならない。あまりの効果に感動さえ覚えた。その日のシゴトを順調に終えロッカーで帰り支度をしながらワタシは カバンの中にあるドリンク剤のビンを手に取った。まだ飲んでないしほんま 感動するわ 予想どおりダノンビオを家の冷蔵庫に入れたとたんトイレに直行。実際に食べ続けてるとなんだかお肌の調子まで良くなってきた。←ランキングに直行。
2009年10月04日
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【おしらせ】いつも「笑うが勝ち」をお読みいただきありがとうございます。実は 以前故障したとき大金はたいて修理したにもかからわずまた最近になって ワタシ専用のノートパソコンの調子が悪く突然電源が落ちたり立ち上がりが悪かったりするのをごまかしながら使っています。いつ完全アウトになるかわからん状態;;;ダンナの書斎にあるパソコンを借りることもできるんですが時間が限られているためこれから先 しばらくは日記の更新やコメントのお返事などが遅くなることもあるかと思います。「新しいパソコンは買えないのね」と同情しもってなにとぞご了承くださいませ。ケセラセラより
2009年10月03日
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先日 次男ポチの高校で他校とのテニスの親善試合があり ポチがダブルスで出場するという。珍しくワタシに 試合を観に来てもいいと言うので保護者仲間と応援に行ってきた。小学校の頃に通っていたテニスクラブ内の試合以来なのでもう 5~6年ぶりかポチはワタシがギャラリーでいるとたとえ練習でも調子を崩してしまうので中学時代は観戦したことがない。ポチは第二試合に出場予定。校内ランキングに基づいて相手校の同格の選手と勝負をする。親善試合とはいえああ ドキドキしてきた。 と第一試合のまっ最中に顧問のセンセイが隣で待機中の部員に声をかけた。「オイ、○井。 お前が行って・・・あイヤ やっぱりポチがいい。おーいポチ。ちょっと来い」 試合前に突然呼ばれたポチは顧問から何やら指示を受けてバッグからラケットを取り出しコート場に走って行った。え? なになに? 試合中に選手交代?代打 次男ポチ んなワケはなく取材に来ていたPTA広報部のママさんが写真撮影をするのに付き添えとのこと。プレー中の選手にカメラを向ける広報ママのすぐそばに立ちボールが近くに飛んで来るとサッとラケットを構えるポチ。「私のために ありがとう~;;;」と感激しながら 広報ママは安心してシャッターを押していた。 あら たのもしいや~んさて いよいよポチの番である。どうやら ここからでは見えにくい一番奥のコート(面)での試合らしい。もっとよく見える所へと思いほんでも気が散るといけないのでポチからは視界に入りにくそうな草の生い茂っている場所に入った。あら しまった見つからないようにとコッソリ立っていたつもりなのにコート場に入ってきたポチとバッチリ目が合ってしまった;;;集中力を途切れさせないようにプレッシャーを与えないようにフェンス越しに握り拳を見せて 小さく「ガンバレ」の合図を送った。するとポチは 手を振りながら大声で「そこにおったらアカン!戻って!」えっ? アカン?ゴメン;;; やっぱり気が散るのか。それともここって 立ち入り禁止区域だとか?「そこは虫がおるから!」そんな気遣いええから 集中せえ 後で顧問に聞くとそこには本当にタチの悪い虫がいるらしかった。保護者仲間たちに大笑いされながらもポチ株はまたも上昇。で、試合は結局タイブレークまで持ち込みながら惜しくも負け。←気遣いポチに慰めクリック
2009年10月02日
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