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副主将と飲みに行った。彼女とは1年半前、ネットのオフ会で知り合った。1年半前という正確な時間を彼女は覚えていて、飲んでいるときに「もう1年半になりますね」とう話になって、そういえばそうだったと思い出したのだった。本当は、「飯尾副主将」というのが正式名称で、もちろんニックネームだけれどもその由来はたしか、「キャプテンEO」からきている。キャプテンEO、飯尾副主将。このくだらないネーミングをしたのは、おおフランス。仕事の話や仲間の話をして、昔の彼氏の話をきいた。オレは何を話したのか憶えられないぐらいいろんなことを話した。副主将も酔っていたと思うが、きっとオレが話したことは、オレより正確に彼女は憶えていると思う。飯尾副主将はこのサイト「リバース」も読んでくれていて、オレが書いた作文の一節を口にしてオレをからかったりした。毎日オレは書いた端から自分が何を書いたか忘れていて、副主将にリピートされて、ああそんなことも書いてたっけ、と思い出して苦笑いをしたり、その記憶力のパワーに感心したりするのだった。副主将とは、とてもにリラックスして話せる。たとえば1年、何の音沙汰がなくて久しぶりに会ったとしても、あまり久しぶりというような感じはしないだろう。ネットで知り合ったし気軽に繋がりみたいなものを感じられる環境にいるということもその原因のひとつだ。オレは日記で日常の出来事や、あるいは書くことがない日は昔の記憶や夢の話をだらだらと書いたりしていて、彼女はそれを読んでくれているから、つまり共通の話題はいくらでもあり、話題に困らない。「あんなこと書いて、平気と?」九州から東京へ旅をしにきていることになっていて、そろそろ帰りたいとも思っている副主将がオレに敬語ではない言葉で話すときはいつも九州弁だ。博多弁というのだろうか。なにしよっとたい?何を書いても平気といえば平気だし、むしろ楽しいと思っている。そして誰かの反応も見た目以上に期待して気にしているんだけれども、あまり反応がなくて実は寂しいなどというようなことを答えたりした。アタマの中で思ったことをよりストレートにより正直に伝えられるというのがネットというか文字の最大の特徴でもあって、でも反面ネットには個人情報の流出を必要以上に恐れたりする風潮もある。それは180km/h出せるクルマで中央道の自然渋滞にハマってるようなジレンマだ。100人にプライベートを晒すリスクと、一人の女性とリラックスした楽しい時間を過ごせる利益を較べたら、利益の方が圧倒的に勝つ。副主将ありがとう。ともあれ、もっと個人情報を垂れ流すべきだ。スピードを出せるやつは、300km/hで疾走するべきだ。ネットワークに制限速度はない。
2003.07.31
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以前に較べて、電車の乗り換え回数が増えたのと、駅から歩く時間が延長されて通勤に時間がかかるようになった。並んだり待ったり混雑の中にいたりすることが昔から嫌いで、仕事へ行くために毎日のように並んで電車を待ってぎゅうぎゅうに押し込められていても全く慣れるといったことはない。もっとも嫌いなことには理由や説明は必要がなくて、慣れたいとも思っておらずきっとこのまま一生電車の待ち時間や混雑を嫌ったまま生きていかなければならない。電車を乗り継いで朝なら1時間かかるところを、自転車だと40分で行けることに気付いた。待ちや整列や徒歩や混雑を回避しつつ渋滞に巻き込まれることなく風や心臓の鼓動を感じながら、大幅に時間を短縮できる自転車という乗り物は、非常に合理的だ。ちなみに自転車は「じてんしゃ」ではなく「じでんしゃ」と発音する。東京の雨はまだあがらない。涼しくて過ごしやすいが、雨の日は自転車に乗れない。梅雨があけるとやがて猛暑がやってくる。雨も大敵だが、この場合汗も困る。会社に着いて30分は仕事にならないからだ。自転車通勤はとてもデリケートだ。飯田橋から九段へ。九段から竹橋を経て内堀通り。皇居をかすめて大手門、大手町1丁目1番1号、永代通り、銀行の本社ビル、呉服橋、中央通り、八重洲交差点、ブリジストン美術館。というようなコースを、自転車でたどることになる。いってきます。でも今日は雨が降っていたから自転車じゃなくて電車。
2003.07.30
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「てめふざけんなよ関係ねえだろうよなんだよまったくおめーはよ」午前1時過ぎ、ベッドに入った。仕事で疲れていたし、酔っぱらっていたから、いつもよりも早く眠りに就けるはずだった。意識が遠のいていった。意識が遠のいていくことを自覚したわけでなく、「てめふざけんなよ関係ねえだろうよなんだよまったくおめーはよ」このセリフが家の外から聞こえてきて、眠りから引き戻された時に、ものすごくいい気持ちで眠れそうになってたのに、という気持ちが芽生えて始めて気づいたのだった。家の外ではこの深夜に、夫婦喧嘩が繰り広げられているようだった。窓を開けたところからその様子は見られなかったが、男の方が酔って錯乱して激高して、怒鳴り散らしてフェンスを蹴ったり家具を放り投げている様子が音でわかった。眠れない夜にベッドで横になっている状態で、睡眠と覚醒との間を行ったり来たりしているとき、覚醒側になった瞬間に心臓が不整脈のような不安定なリズムでものすごく大きく動くことがある。まだ睡眠状態ではなかったように思う。「てめふざけんなよ関係ねえだろうよなんだよまったくおめーはよ」この呪いの言葉を聞いた瞬間、安静状態だった身体は一気に危機回避モードへと切り替わった。どういうことかというと、脈拍が上がったり、脳がクリアーになって、神経が研ぎ澄まされるような感覚に満ちたりしたということだ。身体がそういうふうに、一種の緊張状態になったのは、「恐怖」からだろうか。そうかもしれない。危険を察知し、察知した危険に身体がアレルギーを起こして、不安になったり怒りを憶えたりする、それが「恐怖」を感じる、ということかもしれない。実際オレは、酔っ払いの夫婦喧嘩の怒鳴り声を聞いて、「恐怖」というよりは「不愉快」だとまず率直に思った。急に身体が覚醒させられて、呪いの言葉に対して反感を持ち、そして苛立ち怒りを覚えた。オレにこの不愉快な感情を与える悪魔をまずこの目で見たいと思ったし、苛立ちを攻撃というカタチで昇華したいとも思った。家から出て怒りを表現するシーンを想定した。相手がものすごくでかいやつで、太刀打ちできなかったらいやだなとも思った。包丁を持っていったらどうだろうか。相手がナイフを持っていたらやばいから、毛布とかそういう防具も必要かもしれない。考えているうちに、警察がやってきたらしかった。あれほど暴れていた男は「迷惑かけてすみません」という言葉を、警察官ではなく、近隣の住民へ向けて言っているように大きい声で何度も言った。やがて警官が去り、周囲は静かになった。オレはまだ眠れずにいた。また男が暴れ出すかもしれないという想像が働いてしまったからだ。おかげで今日は寝不足だ。でもみんな無事でよかった。
2003.07.29
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落ち着かない。引っ越しの準備をして、引っ越しをして、引っ越しの後片付けをして、各部屋のインフラを整備した。落ち着ける空間を作るために休日の貴重な時間を割いて、配線や配置換えや新規家具導入などの作業に労働力を投入した。その結果、ほとんどなにもしなくてもいいような状態に新しい家はなったが、どういうわけかまったく落ち着かない。もっとなにかするべきことがあるんじゃないか、もっとこうすればよくなるんじゃないか、とかそういうことを考える癖がついてしまっているのかもしれない。ハサミがどこにあるかわからない。するとハサミのありそうな2,3箇所を思い出して探しに行く。なかなか見つからない。玄関のところで使ってそのままになっていて、下駄箱の上にぽつんと置かれていたりする。こんなところにあったんだ。ここにハサミが置かれたままになっているということは、近くにしまう場所がないからかもしれない。まてよ、家の中でハサミを頻繁に使う場所はどこだ。ハサミを頻繁に使う場所に、ハサミをしまっておけばハサミがなくなるということを極力避けられるかもしれない。配置を見なおす必要があるかもしれない。ガムテープがない。のりやアロンアルファがない。ガムテープは包装や補強につかう。のりは手紙に使う。アロンアルファは主に、両面テープを補強するときに使うが、常備しておくほど必要ではない。同じ粘着させるための道具でも、用途ははっきりとわかれている。今までは、粘着系はすべて文具とみなしていて、同じ場所に置いていた。それは間違いだったということに気づいた。道具は、使うところのすぐ近くに無ければだめだ。道具の場所を思い出す時間も、道具を探す時間も、道具のある場所まで取りに行く時間も、短縮させるべきだ。構造改革が必要だ。落ち着かない。
2003.07.28
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暗いカラオケ屋から出ると渋谷は薄明るくなっていて朝日が直接目に射し込んできて顔をしかめた。いけないどうしよう朝になっちゃった。慌てたようにわかりきったことをケイコはいったが、後悔している様子でもなかった。渋谷から電車を乗り継いで東京と埼玉の境目のオレの住む狭い部屋がある駅でオレとケイコは電車を降りた。ケイコは電車の中でずっとしゃべりっぱなしだった。何を言ってるかよくわからなかったのは酔って意識が朦朧としていたからではなく、ケイコの話を聞いている振りをして実はスルーさせているという技術をこのころのオレはすでに身に付けていたからだった。ケイコは普段、この駅で別の電車に乗り換えて一駅先の自分の家に帰る。ところがこの日ケイコは駅の改札を出たときねえねえといってオレを呼び止めた。今から重大な告白をするときのような躊躇した目つきになりがらケイコは、眠いからちょっとだけ眠ってから帰っていい?といった。ああ、いっすよ、でもめちゃくちゃ狭いですよオレの部屋。このころオレはまだケイコに対して敬語を使っていた。本当に眠くて寝たいだけなのか、オレの部屋でセックスをしたいための口実なのかはまだこの時点ではよくわからなかった。ただ、近いうちにケイコに対して敬語で話さなくてもよくなるかもしれないという予感はなんとなく感じた。部屋に入ったケイコは、花や草に蝶がいる絵が描いてあるエレガントなワンピースを着たままベッドに横になり、ちょっとだけ寝かせて、と何度か繰り返しオレに背を向けて寝てしまった。オレは何も言わずスーツやネクタイやワイシャツを脱いで部屋着になった。本当はシャワーを浴びたかったが止めた。シャワーを浴びている5分の間でケイコが深い眠りに就いたら困ると思ったのかもしれない。ケイコはセミダブルの端に寄って寝息をたてずに寝ていた。オレは空いているスペースに音や振動をたてないように静かに入り込んだ。ケイコは全く静かで、寝ているのか寝ている振りをしているだけなのかよくわからなかった。ケイコとセックスする場面を想像して少し緊張したがしばらくじっとしていた。このまま目をつぶったら眠れるような気もしていて、どっちにするか果てしなく迷った。ふとケイコが動いた。人差し指で自分の頬のあたりを軽く掻くような仕草をしたのだった。ケイコのそのなんでもないような動作が契機となりオレに目の前で寝ているこの女を抱きたい欲求が芽生えた。オレの右腕はオレの意志とは無関係にワンピースの中を探ろうとした。この時点でケイコはまだ寝たままになっていた。男の手がストッキングの上から太ももの上を這っているのに寝ていられるわけがないと思った。寝ている振りをしているケイコを弄びたいというサディスティックな気持ちになった。ケイコが寝ている振りはなく本当に寝ているということにして、静かにストッキングやパンツを脱がしはじめてひとつづず丸めて床に放り投げた。ちょっとまって、洋服シワになっちゃうから。ケイコは横になったまま言って器用にワンピースを脱ぎはじめた。寝た振りをしてオレにストッキングやパンツを剥かれて弄ばれるままになっていたことについて彼女は触れなかった。下から白いつるつるした素材の下着と肌が現れて朝の明るい光に照らされた。高級そうな下着だった。サテンだかシルクだかそういった光沢をふくんだ素材でデザインも非常にキュートだった。これはシルクかもしれないと思った。こんな高級そうな下着をオレは始めて見たかもしれなかった。かわいい下着だね。思わず下着を誉めてしまった。女を誉めるべきかもしれなかったとも思った。かわいいでしょ通販で買ったの。事務的にいいがらケイコは横になったまま、脱いだワンピースを器用に畳んで丁寧に床の上に置いた。最初ケイコは十分に濡れておらずそのためセックスができなかった。愛撫をして何度かケイコに入れようと試みたが完全にシャットアウトされていて無理だった。残念、といってため息をつきながらケイコから離れてあお向けになった。ケイコはオレの胸のあたりに身体ごと顔を押し付けたまま、ごめんね、と悪びれる風でもなく言った。オレはまだ未練がましくケイコの首や肩のあたりを弄んでいたが目をつむるとすぐにでも眠れそうな気もしていた。キスしていい?ケイコは悪戯そうにオレを顔を覗きこみながらいった。何度もキスをしたはずだったがわざわざキスしていい?と聞いてくるその意味がわからないままオレは曖昧な返事をした。するとケイコはオレの口ではなく下腹部の方に顔を移動させてフェラチオを始めた。確かにキスには違いがなかった。さらにフェラチオをしたまま指でケイコはオナニーを始めた。オレの下腹部周辺で繰り広げられているその光景をただぼんやりと眺めていて、気持ちいいのかどうなのかはっきりとは判らなかったが、非常にエロティックな映像だったため、いくら頭が冷静でも、体内の興奮を押さえきるほどではなかった。ふとケイコがフェラチオとオナニーを同時にやめてオレの上にまたがるようにして乗った。ケイコの左手で誘導されて入った彼女の体内は十分すぎるほど潤っていてその潤いを感じたと同時にケイコは、吐息とも嘆きとも言えないような震えた声を出した。しばらく動かなかったかと思うと徐々にローリングし始めやがて強く縦に揺れた。揺れのスピードが速くなったり遅くなったりしている間、オレには全くすることがなかった。ケイコは勝手にセックスの速度をコントロールして、痙攣しながらおそらく絶頂を迎えると急にオレから離れて、胸のあたりに伏して荒い呼吸を整えていた。この日オレが射精したのは最後に1度だけだったが、ケイコは何度も痙攣した。そして呼吸を整えてから少しだけ休んで、フェラチオしてオナニーしてセックスするといった工程を繰り返した。オレの射精が終わるとようやくケイコは服を着た。髪もメイクもワンピースも昨日のままになっていて、疲れているようにも、体液で汚れているようにも見えなかった。オレの身体はケイコのオナニーのために使われたのかもしれないとも思ったが、どういうわけか屈辱的な気持ちにはならなかった。服を着て彼女を見送ろうとするとケイコは、いいのいいの、疲れてるでしょ?と言ってオレを制し、笑顔の横で小さく手を振って帰っていった。アパートの下から、アスファルトを駆け足で過ぎ去る女の靴の音が聞こえてきてきっとケイコだと思った。この日以降、オレはケイコと何度もセックスをした。セックスの前に食事をしたり酒を飲んだりしたが、どこへ行って何を食ったかということはあまり覚えていない。ケイコの話をオレは自動的にスルーさせていたし、オレは射精を遅らせるため酔っ払っていて、どうでもいいようなことだけしか話さなかった。セックスをするために酒を飲んで食事をしているということはわかりきっていたが、お互いにそのことを口に出して言ったことはなかった。全てケイコが書いたシナリオ通りだったような気がする。セックスを楽しむためのケイコのシナリオに書いてあるセリフや動作をオレは忠実に再現できたかどうかはわからない。オレはケイコに支配されコントロールされていた。自分が奴隷のようになって行くことをこのときはっきりと自覚した。しかしその感じは悪くはないかもしれないとも思っていた。オレをとりまく社会や環境やそういったものが、どうでもいいことのように思えてきたからだった。奴隷の感じは、けして悪くはなかった。
2003.07.27
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23、とか4とかそれぐらいの頃オレは自分のことを完全で熟成したな大人だと思っていたが、思うように金を稼げなかったり、稼いだ金の使い道がわからなかったり、周囲にはあまり大人として認められていないような被害妄想に陥っていたり、イメージ通りに立ち振る舞えない苛立ちの原因は全て周囲にあるのだと思っていたりした。オレの存在や言動や思想は世の中で一番真理をついていると思っていたし、そのオレがこの社会でうまく立ち振る舞えないということはオレが悪いのではなく周囲が悪いのだと心の底から決め付けていた。オレは常にこの社会における被害者だと思っていてはばからなかった。被害者意識旺盛だった23の春から夏にかけて、オレは一人の女と知り合った。周りの大人たちを睨むような態度で仕事をし生活していた。なぜオレがこんな苛立たしい大人たちの命令を聞いて働かなければならないのか全く理解していなかったが、生活する金を得るために仕事はしなければならなかった。オレはそんな不遇な人生を送るオレ自身ではなく、オレに苛立ちやストレスを与え続けている周囲の大人たちを呪っていた。そのことが顔つきや態度にも多分現れていたと思うが、どういうわけか人間関係のトラブルでもめたりたしなめられたり、クビになったりするようなことは一度もなかった。仕事においてオレが自分の唯一のよりどころとしていたのは「技術」であり、若かったが自分でも仕事の技術において最高のレベルであることを確信していた。オレの生産スピードは他の人間の2倍を超えていたが、オレの半分のスピードしか出せない奴はオレと同等かそれ以上のギャラを貰っていたりして、そのこともオレが苛立つ原因の一つになっていた。とにかくオレは技術だけは人に負けないように努力をしてきたし、実践の場において立証された後に自身がついても、日々研鑚することは怠らなかった。そういった技術に対する欲求や実践的な裏付けが自信となり、周囲を呪っているようなオレの態度を増長させていた。ケイコと同じ仕事をすることになったのはその頃だった。お互いが所属している会社は違っていたが、同じ仕事を担当していて顔はたまにだが見かけていた。ある日同じ工程を担当することになり、数値の読み上げや技術的なことに関する専門的な話をよくするようになった。ケイコは仕事にエルメス的なブラウスを着てきたりベージュや黒のスーツを着てきてみたしていたから、23ぐらいだったオレはだいぶ大人の女だという印象をケイコに対して持っていた。年齢的にオレはもう大人だったが、社会的にいうところの「大人」とは違うところにいると思っていたし、ケイコの対外的な印象からは、大人のラインのずっと上にいるような人種だという雰囲気を感じ取っていた。ケイコに出会った当初オレはケイコをケイコと呼んでいたわけではなかった。キタジマさんと呼んでいた。ケイコは結婚していて会社でも旦那の苗字を名乗っていた。オレがケイコのことを「キタジマさん」と呼ぶのをやめて最終的に「ケイ」と呼ぶようになったがそれはもう少し後の話だ。狭い部屋のセミダブルでケイコのことを「ケイ」と呼んでいても、仕事ではちゃんと「キタジマさん」と旦那の名前で呼んでいて、呼ぶたびに微弱な緊張感を伴っていたのも、それももう少しあとの話になる。ケイコとオレの家は隣駅の距離でしか離れておらず、仕事も一緒だったため、よく同じ電車に乗って帰ったりしていた。ケイコは話し好きだった。ある日ケイコは電車の中で、昨日見た映画のあらすじではなく、全編を克明に話し出した。電車に乗っている25分でオレはメルギブソン主演の「ブレイブハート」のストーリーを全て把握することになってしまった。ケイコは仕事の話もしたが、前向きな話は一切しなかった。環境が悪いとかあの客がうるさいとか、そういったいわゆる文句的な意見をケイコは、責任者や客に向ってではなくオレに向って話したてた。オレは被害者意識的な部分でケイコに共通項を見出した反面、仕事にたいして呪いの言葉を吐きつづけるケイコを見て、鏡に醜い自分の顔を写しているような気持ちにも同時になった。あまり見なかったハリウッド映画もケイコに促されたりなかば強制的に命令されたりして見るようになったし、プラスの面でもマイナスの面でも、23とかだったオレは、彼女から大きく影響を受けていたということは確かだ。最寄駅が隣だったこともあり、よく2人で飲みに行った。東京と埼玉の境に位置するベッドタウンだったため、駅周辺には安い居酒屋しかなかった。安い居酒屋のカウンターで水槽で泳いでるアジをみつめながら冷凍のマグロの刺身を食った。早く帰って夕食の仕度とかしなくていいんですか、というようなことを言うと、いいのよ彼どうせ今日も帰ってこないんだから、とケイコはいった。亭主のことを「彼」と呼ぶケイコになんとなく新鮮さを感じた。ケイコとオレが飲みに行く店はいつも安い近所の居酒屋だった。ある日ケイコはオレを中目黒のフレンチレストランに誘った。花見の季節だった。河に咲くしだれ桜を、フレンチレストランで食事をしながら眺めようということだった。オレを誘うときにケイコは、「恭兵くん、安い居酒屋しか知らないと女のコにもてないわよ?お洒落なお店、連れてってあげるわよ」といったのだった。中目黒のそのレストランをかわきりにオレはケイコにいろいろな店に連れていかれることになった。ケイコに連れていってもらった店で共通していたのは、照明が暗く、従業員が気取っていて、他の客の話し声がやかましくないということだった。オレはそういったタイプの店に行くにつけ、今まで無かった感情が芽生えてきたのだった。「優越感」だ。しかしどんなタイプの店へ行ってもオレはビールしかたのまなかった。ワインも飲んだことはあったが、あまりおいしいとは思わなかったし、主にワインを好んでいたのはケイコのほうだったから、ボトルを空にしなければならないということはなかったから、飲みなれているビールを、いつも選んでいた。渋谷のセンター街を進んだ奥に、カールスバーグの看板がかかった店があるとケイコがオレに教えてくれた。その店のフロアはスタジアム形式というか、議会形式というか、階段状に横並びの席が連なって積み重なっているような作りになっているらしかった。「一番上の席予約したから。すてきよ?」といってケイコはオレを誘った。半分になったすり鉢状のフロアの底、つまりステージでは、ピアノとギターとウッドベースによる演奏が行われていた。オレとケイコはふかふかのソファーに横並びになって、ステージの演奏をきくともなく、仕事や生活や趣味や、経済や恋愛などのことについて話をした。ラストオーダーが告げられて11時過ぎに店を出た。次の店を探している途中に雨が降った。雨宿りのためにバーへ入った。バーの照明は暗く、オレとケイコはビールを飲みすぎて酔っ払っていた。ケイコはオレの将来がどうあるべきか語った。彼女は話すときにオレの肩や腕に触れた。バーには窓が無かったから、雨が止んだかどうかわからなかった。店員が急にやってきて、閉店の時間ですが、といった。午前2時だった。オレとケイコは店を出た。青山通りに面した渋谷の街はすっかり暗くなっていた。カラオケ屋のネオンサインを見つけた。そこで始発まで、過ごすことに決めた。階段を上り暗い個室に案内された。どうぞごゆっくりおたのしみください。オレはカラオケ用のリモコンと伝票を挟んだプラスティックの板を持ったまま、後ろからケイコを抱いた。「え?ちょ、ちょっと」といってオレの腕を振りほどうこうとした彼女の細い手にはあまり力がはいっていかなった。ケイコはバランスを失いそうになりながらかばんを椅子に置いた。カラオケ用のリモコンと伝票を持ちながらオレはケイコを振り向かせてキスをした。ケイコは全身の力が抜けていくような声でオレの口を受け入れて、そしてしばらくオレに全身をあずけるように形になった。そのためオレは壁を使って2人分の負荷をささえなければならなくなった。しばらくしてケイコはオレの口から離れてこういった。「ちょっとなにしてんのよ、そんなことしてる場合じゃないわよ、早く歌わなきゃ」
2003.07.26
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客のオフィスが浜松町から京橋に移転する。今日がその業者による引越しの日で、社員は昼過ぎからあわただしく、引き出しの中の荷物を段ボールに詰めたり、パソコンの線を抜いて場所を示すシールを貼ったりする作業に追われていた。引越しに関係の無い我々は、午前中から通常通りの業務をしていたが、業者投入の時刻がいよいよさし迫った午後2時、業務を途中で止めて少しだけ片付けを手伝ったのち、自社へ戻ることになった。今の客を相手にして足掛け2年ほど仕事しているが、この客先の会社は知ってるだけでも3度ぐらい引越しをしている。銀行系だから、廃店や統合などで物理的に建物が使えなくなったり、人が増えすぎたりして、わりと頻繁に入れ替えが行われている。引っ越して環境がよくなるかというとそうでもなく、つまりなんのために引っ越すのかよくわからない。オレは23か4かそれぐらいの頃、狭い部屋に住んでいて9歳年上の人妻と付き合っていて、部屋ではセックスした記憶しか残っていない。セックスの相手は人妻だけではなく、ホステスや看護婦や販売員や会社の同僚もいたはずだが、人妻としたセックスの記憶しか残っていない。その狭い部屋で暮らし始めたきっかけは、一緒に暮らしていた女と別れたためだが、それまでにオレはやはり3回ぐらい引っ越しを繰り返していたことを思い出した。1度目は親元を離れて女と暮らし始めるとき、2度目は浮気がばれてその女から部屋を追い出されたときだ。そのときは、ボストンバッグに少ない服だけ詰め込まれて叩きだされるようにして追い出されたのだった。オレの所有物だったはずのテレビもステレオも自転車もCDもカセットテープも全て女のものになった。オレはこの時点でわずかな衣類しか持たずに人生を再スタートさせたのだ。浮気相手の女の家に転がり込んだが、女はまだ16歳だったから家族と一緒に住んでいた。父親はチンピラあがりで母親は昔のホステスだった。母親はヒステリー持ちだったからオレはあまり近くにいたくなかった。母親が発するわけのわからない不快な波長がオレのリズムと合わなかった。3度目はこの16歳の女の実家から、アパートを借りて引っ越すときだった。家賃5万円の古いアパートには、女とテレビと布団が一緒についてきた。16歳の女はモデルのような顔をしていて実際雑誌のモデルを経験したこともあるほど整った美しい顔立ちをしていたが、非常に頭が悪くしかも情緒不安定だった。少女は16だったが高校にはいっておらず、手の甲にはタバコによる火傷の跡がいくつもあった。中学のときにシンナーとタバコを同時にやったら火事になり、体育館を焼いてしまったというようなことを、まるで今日の夕食を何にするかということを話すときと同じ淡々とした調子で話した。オレは3ヶ月もたたないうちに少女と別れたくなってしまった。荷物を全て捨ててそのアパートを出た。逃げたといっていい。友人の部屋を転々としていたかもしれない。その頃の記憶をよく思い出せない。そのときの荷物も、ボストンバッグひとつだけだったような気もする。4度目か5度目の引っ越しでようやく狭い部屋で住み始められるようになった。どの引っ越しも荷物は極端に少なかったから楽だった。やはり引っ越すたびに環境や状況がよくなるということはなかった。
2003.07.25
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月末になると忙しくなる。どの会社も決まって月末が忙しい。できれば忙しくない状態がいい。つまり早く退社して買い物へいったり酒を飲んだり食事をしたり家に帰ってテレビを見たりパソコンをインターネットに繋げたりしながら酒を飲んだりしてのんびりすごし、そして十分な睡眠をとってまた同じような日々を繰り返すという状態になりたいという欲求がある。でも忙しいとそれほど睡眠をとる必要はないし、十分な睡眠をとっていないかもしれないがなんとなく首の後ろあたりが熱を持っているような感覚になってくる。それでも神経が研ぎ澄まされていて、4つぐらい同時に違うことを考えられる処理速度を保っていたりする。本当に4つの違うことを並行して考えられるわけがないから、実はタスクを小刻みに入れ替えて処理している。その小刻みさの単位はパソコンで言うところのクロック周波数にあたる。最近のパソコンは2ギガヘルツとかいうわけのわからない数値になっている。1ギガ1億だったっけ10億だったっけ。オレの場合は2ヘルツぐらいかもしれない。1秒間に2回振動するのが確か2ヘルツだ。これならイメージは簡単だ。0.5秒単位で4つの映像が切り替わってゆく。これでも分単位でみると、4つのことを同時に考えているということになる。
2003.07.24
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狭い部屋ではセックスかオナニーしかしていなかったような気がする。満たされたかったのかもしれない。あるいは満たしたという充実感のようなものが欲しかったのかもしれない。大きすぎるセミダブルも、汗や体液が染み付いたシーツの匂いや湿った感じも、部屋をセックスとかそういったぬるぬるした粘質の溶液で満たしてみたかったことの象徴だったかもしれない。ユニットバスでシャワーを浴びるのは女を抱くときにさらっとした肌触りを提供したり享受したかったからだともいえるし、コンビニで買って来たビールを飲むのは、感覚を麻痺させて射精を遅らせて快感を持続させたかったからかもしれない。ベッドに限らず、部屋のあらゆる場所がセックスのために使われていた。流しの淵の部分とか出窓のへりの部分とかユニットバスの鏡の前とか玄関とかベランダとかだ。週末オレの狭い部屋は体液の香りとタバコの煙と酒気で満たされていた。充実はしていたが女を愛してるかどうかはわからなかった。好きな女を抱いていて気持ちいいから嬉しい、というような感覚は確かにあったが、それが「愛してる」ということだという実感はたぶん、全くなかったと思う。オレは「愛してる」という言葉を何度も女に言った。でも本当に愛してるから言っているのではなく、どちらかというと、この女を愛さなければいけないから、愛してると何度も言うことで、女を愛しているという感じをオレの中に刷り込もうとしていた、といったほうがより正確だったかもしれない。いまだに「好き」とか「愛してる」という言葉の使い方がわからない。例えば「嫌い」なものははっきりわかる。生理とか精神が拒絶してオレにストレスや苛立ちを与えるから、嫌いなものはシグナルとして嫌いだと明確に判る。例えば「好き」は曖昧だ。嫌いではないものは全て「好き」であるともいえるし、対女性に関しての「好き」の最大公倍数が「愛してる」なのかもしれないけれどもかなり漠然としてるし天文学的だ。ますますよくわからなくなってきた。とにかく狭い部屋を、何かで満たそうとしていた。音楽でも本でもガンダムのフィギアでも、なんでもよかったのかもしれない。オレはセックスで満たそうとしていたが、完全に満たされたと思ったことは一度も無かった。満たしたい、という強い欲望に対して、スキルが伴っていなかった。もっと狭い部屋が、必要だった。
2003.07.23
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ビール以外の酒は身体に合わないようだ。昨日はワインのボトルを1本あけた。ワインを飲む前から、休日だったこともあって午後3時ぐらいからビールは飲み続けていて、散々酔った挙句にワインを空けた。朝は普通に起きられたが、会社に着いてすぐに頭がボーっとして何も考えられなくなった。昼休みに昼寝して午後、復活すると思ったが頭が今度は痛くなってきてしまった。ワインを飲みつづけて、ワインに身体が慣れてしまったらそんなことは無くなるのかもしれないが、やはりワインよりもビールのほうが慣れているから、ワインを飲みつづける習慣は、身につかないだろう。23か4かそれぐらいのとき、オレはものすごく狭い部屋に住んでいて人妻と付き合っていた。ケイコという名前だった。ケイコには、最初に必ずどのワインにするかたずねられるようなレストランもよく教えられ連れて行かれたりしていた。そういった気取った店に入っても必ずオレはビールを注文した。まるでワインを飲まなきゃいけない規則でもあるかのような押し付けがましい雰囲気に反発したかったのかもしれないし、ただ単にビールを飲みたかっただけかもしれない。とにかくどんな店へ行っても、最初に注文する飲み物はビールと決めていた。ワインを飲ませるようなタイプの店でもオレが、ビールしか頼まないことを知ったケイコは、やがてそういったイタリアンレストランやフレンチレストランにオレを誘うことを止めた。その替わりに、今度は地ビールを飲ませてくれる店に連れて行かれるようになった。ケイコの家は隣の駅近くだった。とはいえ、歩いたことはないが歩いたら1時間以上かかるような距離の隣駅だ。たとえばイタリアンやフレンチで豪華な食事をした後や、地ビールハウスで散々おいしいかどうかわからないような味のビールを飲んだ後も、必ずオレが住んでいた街の駅で2人とも降りて、安い居酒屋で飲み直したり、気分によってはショットバーへいったりして、飲みたくなくなるぐらいまで飲んで、酔っ払っていた。そして深夜0時を過ぎたあたりの時刻に、オレがあの狭い部屋へケイコを誘い、「いやダメ、今日は帰らなきゃ」といったような面倒でスリリングなやりとりの後、セックスをした。帰りたがっていた割に、ケイコとのセックスは午前3時過ぎまで続いたし、疲れた彼女は寝息も立てずに寝入ってしまうのだった。眠って起きるのは翌朝の10時とかで、そのままシャワーも浴びずに簡単に服を羽織って、狭い部屋から歩いて2分のジョリーパスタで、ピザとビールのヘビーな朝食を食った。そしてまた狭い部屋へ戻ってセックスをした。最終的にケイコが帰ってゆくのは正午過ぎ、午後1時近くだった。
2003.07.22
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23とか4とかそれぐらいのころは、6畳のワンルームに住んでいた。畳み敷きではなくフローリングだったから正確に6畳かどうかはわからないが、だいたいそれぐらいだった。しかも6畳は総面積であり、その中に流しとユニットバスが備え付けてあったから、実際の床面積は4畳半ぐらいだったろう。その4畳半部分にテレビ台とセミダブルと小さなちゃぶ台を置いていたから、他の荷物が置けるスペースはもうなかった。洋服をどうやって収納していたのか、今でも思い出せない。たぶんカーテンレールに吊るしたり、その辺に散乱させていたのだろう。とにかくものすごく狭い部屋だった。狭い部屋だったが、狭さを不便と感じたり、もっと広い部屋に住み替えたりしたいとは思わなかった。逆に部屋を借りるときにオレは、「なるべく狭い部屋」を選ぼうとしていた。まず余計な荷物を持ちたくなかった。だから必要のないものは、まだ使えそうでもよく捨てたりしていた。それから無駄を一切省略したいとも思っていた。無駄な空間、無駄な贅沢、無駄な動き、無駄のつく全てのことを省略したいと思っていた。余計なモノを置けなくしたり、ベッドからバスルームへの移動距離などを短縮させ無駄を排除するために、狭い部屋が必要だった。その当時オレは9歳年上の人妻とつきあっていた。亭主は仕事で帰りが遅く、週末しか帰ってこないこともよくあったらしい。だから彼女も早く家に帰る必要がなくて、飲みに誘っても断られなかった。今知っている渋谷や新宿の洒落た飲み屋は、その時に彼女から連れて行ってもらって知った店が多い。2人で朝までカラオケをして、酔った勢いでキスした。暗いカラオケ屋から出たときの朝日のまぶしさが目に突き刺さった。「ちょっとだけ眠ってから帰っていい?」彼女はそういって、オレの狭い部屋へ来た。ワンピースを着たまま彼女は、この部屋には大きすぎるセミダブルのベッドで横になり寝ようとした。オレがワンピースの中から下着だけ脱がそうとしても逆らわれなかった。彼女は自分で器用にワンピースを脱いで、「ちょっと明るいね」といった。出窓がすりガラスだったため、カーテンをつけていなかった。明るすぎる朝から昼にかけて、何度かセックスをした。土曜の昼の正午過ぎ、彼女は少しも眠らずに、帰っていった。
2003.07.21
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19、20、21と、わたしの人生、連休だった。恋は夜開く。ところでこの3連休、何をしていたかあまり思い出せない。最初の1日は無線LANに費やした。二日目を今思い出そうとしているところである。そういえばキーボードを買った。以前使っていたキーボードが、ヤニでネカネカしてるし、タイプのときの音もうるさいので、新しいの替えることにした。コンパクトサイズの、黒いキーボードを買った。メチャクチャ打ちづらい。メチャクチャ打ちづらい理由は多分、エンターキーの上に、バックスペースキーがないからだ。シフトキーの下に、FnキーではなくCtrlキーがないからだ。不満はその2点である。多分そのうち慣れるだろう。20日、連休なかびの話である。キーボードを買ったオレは次にどこへ向ったかというと、美容院だ。引っ越す前に行きつけていた、要町の美容院だ。カットしてくれるおねいちゃんと話すのが楽しい。酔っ払っていなくても、リラックスして話せる。最初からそうだった。そのおねいちゃんはなんというか、どう表現したらいいかわからない。目がはっきりしていて、やせていて、二ヶ月に1度行くたびに髪型がかわっている。笑い方がとても印象的で、いつもその声が店内に響いている。知的そうに見えるが、話すとあまり、物を知ってる風でもない。オレが彼女の知らなそうな話をしても、真剣に、あるいは楽しそうに聞いてくれる。オレと話してるから楽しそうなのか、誰に対してもそうなのかはよくわからない。多分誰に対してもそうなんだろうなとは思うが、あまり思いたくない。カットが出来たらしく、話の途中で急に「どうですか?」というようなことを言われた。オレが「夏らしくしてくれ」といった通り、オレの髪の毛はものすごく短くなっていた。オレは彼女の名前も年もメールも電話も知らない。だから髪の毛が伸びないと彼女には会えない。そういえばこの日は結婚記念日だった。7月20日だ。7月20日は「海の日」だから、海の日が結婚記念日なら忘れないだろうと思ってそう決めたのだった。ところが今年から海の日が変わった。7月の第3月曜になったらしい。ということは、海の日が結婚記念日なのか、7月20日が海の日なのか、つまり結婚記念日が海の日なのか7月20日なのか全然わからない。とはいえ、2人とも忘れていて話題にもならなかったから、どちらでもいいということかもしれない。でもあわてて、ワインとチーズを買いにいった。
2003.07.20
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新しいノートパソコンを、嫁に買い与えた。というと聞こえがいいかもしれないが、古いパソコン2台をオレが引き受けたため、嫁のパソコンが無くなったから、やむをえず1台追加したというだけのことだ。1台を共有したら、ポルノサイトや出会い系サイトへのリンクや、ダウンロード画像が見つかったりしてヤバイことになる。一番安い、東芝特製のオールインワンノートを買いに、ビックカメラへ出かけた。ノートをもう一台買うと、家には3台ものパソコンが存在することになる。パソコンはほとんど、ネットやメールでしか使わないから、どれもインターネットに繋がっていないと無意味だ。犬小屋ながらも戸建に住み始めた。とりあえず長いLANケーブルを買ってきて接続してみたが、リビングの床や廊下に線がはりめぐらされているという状態には耐え切れなかった。無線LANを導入することに決めた。ブロードバンドやCATVなどの高速通信が普及したのはついこの2,3年のことだ。街やオフィスでは角のような2本のアンテナを生やした無線LANのアクセスポイントをよく見かけるようになった。しかしまさかオレんちに、そのアンテナ2本の機械が導入されようとは、夢にも思わなかった。そもそも電波で通信すること自体、その安定性においてオレはあまり信用していないところがある。たとえばクレジットカードもそうだけれども、目に見えないところでキャッシュフローが発生していることもあまり信用していないし、インターネットで買い物をするときなど、ものすごくどきどきする。ホントに金が支払われているのだろうか、本当に商品は指定の日に届くのだろうか、といったような不安や不信感がいつもつきまとっている。メールを送ってそのメールがちゃんと届いてるのかどうか電話で確認したいようになる気持ちと一緒かもしれない。有線であったものが無線になることがなぜそれほど怖いと思うのかということを考えてみるとおそらく、技術がイメージできないからだ。有線によるLANの仕組みならなんとなくわかるけれども、無線となると全くイメージがわかない。年齢を重ねるにしたがって、そういった新しいものに対するイメージというか関心が薄れてゆくのだろうか。うまくパソコンをつかえないおじさんは、こうして出来あがってゆくのだろうか。無線LANは全く信用していなかったが、床に線が這うことに耐え切れず、しかも今比較的簡単に無線ルーターを手に入れられるという情報も把握していたから、いやいやながらではあるが、導入の意志を固めていったのだった。鈍色の空の休日の午前。自転車で、ビックP館池袋本店へ行った。あらかじめ決めておいたノートパソコンを、クレジットカードでなく現金で買った。ノートパソコンを買った時のポイントで、無線LANのルーターを買った。家に帰ってきて、2時間で設定するつもりが、10時間もかかってやっと設定し終えた。途中何度もキレた。なんども暴れそうになったが、新しい家だったからやめた。3台のうち2台が、無線で通信できるようになった。そしてオレはおそらく、今日1日で無線LAN博士になった。取説に書いてないテクニックを見つけたからだ。無線のことならオレに聞け。いや聞かれても困るけれども。とにかくこの設定にかかった努力を称え、今日7月19日を、「無線記念日」とする。
2003.07.19
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集中から解き放たれてもなお緊張を残したままの脳細胞をビールで弛緩させようとしたとき、パソコンを操作しこの「リバース」の管理画面を開いた。この日(17日)のオレの楽天の日記サイト「リバース」のアクセス数が、なんと500もの数値を計上していた。コラボ日記のときに立てたアクセス数の最高記録がたしか241だから、ダブルスコアによる新記録樹立である。何かの間違いかとも思ったが、すぐに原因がわかった。「長崎チェーンメール」というタイトルの日記だ。オレはこの日記を書いたとき、この事件に関するテーマがあるんじゃないかということを思いついた。普段、新規の人による書き込みが少ないから、多くの人の目につく場所に載せることで、少しでも新規の書き込みが増えてくれればいいな、という思惑がよぎったのかもしれない。とにかくテーマ日記としてUPしたが、しかしこれほどアクセス数が伸びることは予測できなかった。これほど伸びたのは、あの長崎4歳事件にたいする市民の関心の高さからでも、オレの日記が面白いからでもないだろう。爆発的な伸びの原因はおそらく「長崎チェーンメール」というタイトルだ。「長崎チェーンメール」というタイトルには、中を覗けば本物のチェーンメールが現われるかもしれないという期待感を煽る効果が含まれていることは認識していた。犯罪を犯した少年の顔写真が出回ることは、社会的にいえばタブーだ。見る側はそのことを判っているから、背徳感をともなって見ることが多い。つまり、こっそり見るとか、チェーンメールが回ってきたことを他人に言わないだとか興味のないふりをするだとかして、見たいという欲求を対外的に隠して見ることになる。禁止されているものを見るという行為は背徳的だが、背徳には、スリルや興奮などの「快楽」がいつもつきまとっている。子どもがエロ本を見る場合もそうだろうし、有名女優の裏ビデオや児童ポルノなども、タブーで背徳的であるがゆえ、快楽的だから多くの関心を集める。予想以上にアクセスが多かったのは、そういったタブーを享受したい人の潜在的な数を計算に入れていなかったからだ。タブーに対する欲求は通常、表には現われない。なぜならパソコンの箱の中だけ完結していて、その姿や行為は一切隠されている。パソコンの中身は、スカートの中身にもよく似ている。そしてネットでは、比較的容易にタブー画像が手に入る。あなたがお宝画像をゲットするためには、スカートの中のパンツを脱がせなければならない。脱がせるためには、接近戦の技術やスマートな身のこなしが必要だ。それと同じように、あなたがお宝画像をゲットするためには、あなた自身が、どれだけの情報とネットワークを持っているかということが問われる。ぬあんて。そういえばこの「リバース」のアクセス数が1万を超えた。日記を書き始めたのは去年の年末。日記数は200をわずかに超えたところ。約半年で1万が多いのか少ないのかよくわからない。あまりアクセスカウントにはこだわっていないといいたいところではあるが、やはりいつもより多いと少し嬉しい気持ちになる。開設当初から見守ったり貶したり放置したり支えたりしてくれた友人たちにはとても感謝している。どうもありがとう。mimiやつなみ嬢やまるみちゃんに知り合えてとても嬉しい。あと今はちょっと休んでいるけれども、友人であり日記仲間でもあるカラコもラブリーなライバルだ。アクセスカウントの一つ一つが、オレ自身の経験値になっていくような感じだ。レベルアップしてるかどうかはよくわからないけれども、日々駄文を排泄することで、オレの中にまたなにか新しいものが蓄積していくような感触がある。これはきっといいことに違いない。「リバース」に関与した全ての人に感謝する。どうもありがとう、これからもよろしく。
2003.07.18
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この日のオレはいつもの5倍は集中していた。一つでも数値が間違っていたならすぐにその原因を探らなければならなかったし、ロジックについて誰かに質問されたら資料を見ずに即時に回答しなければならなかった。障害とも戦っていたが同時に、時間とも戦っていたからだ。だから集中力を極限まで高める必要があった。危機に直面すると自動的に人間の集中力は高まるが、持続させるのはなかなか容易ではない。そのため砂糖のたっぷり入ったコーヒーを何倍も飲んだし、行き詰まったら気分転換のためタバコを吸いにいったりした。午後6時過ぎには人海戦術のためのスタッフが続々と集まってきていた。おじさんはうれしそうに、「ものすごくいっぱいいるよね」と他人事のようにいった。相変わらず何をしているのかわからなかったし、すぐにどこかへ消えてしまった。会議室では大掛かりな検証作業が始まった。1人に与えられた帳票は10枚から20枚。個人の処理能力により枚数が異なる。このときおじさんは会議室にいなかった。おじさんに用があるスタッフのひとりが、「おじさんは?」といった。そこで改めてみんなは、おじさんがいないことに気付いた。オレはケータイを取り出しておじさんを呼び出した。5回目のコールで出たおじさんの声は寝起きの声だった。オレはわざと怒気をこめた声色で「どこにいるんすか?」といった。するとおじさんは「1階。」とだけ答えた。1階にはラウンジがある。おじさんはいつもそこで昼夜問わず昼寝をしている。おじさんは30人からなる人海戦術にも加わらず、ラウンジで寝ていたのだ。全く持って信じられなかった。殺意が芽生えてもおかしくなかったが、そこまで暇ではなかった。オレは顔も見たくなかったが、仕方なくおじさんを呼んで検証に加わらせた。こいつには前にも一度、「寝すぎじゃないっすか?」といって注意したことがある。全くもって不愉快なやつだが、彼に怒りを放出する時間も余力も、もうオレには残っていなかった。責任者の承認を得て検証が終了し全ての帳票が出揃ったのが23時。32万もの数値が全て正確だということが確認されプロジェクトは終了した。この間オレはマシーンのように機械的に働いた。とても充実した。やがて全てコンプリートになった23時、オレは電池が切れたように動けなくなっていき、そして全ての思考が完全にストップした。口をあけたままボーっと電車に乗って自宅へ向かい着いたのが0時すぎ。ビールとから揚げを用意していつものようにパソコンを立ち上げたとき、オレは目を疑った。
2003.07.17
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顧客に納品した情報システムに不具合があることが16日にわかった。不具合を発見したエンジニアはシャツの胸ポケットにタバコを入れて歩く男性的な豪快さを兼ね備えた女性だった。彼女は41歳のおじさんプログラマーの仕事を引き継いだが、口臭のきつい他人が作ったバグだらけのプログラムを修正しなければならない理不尽さにめげることなく、女性らしい繊細さと機転でもって、で膨大な量の中のプログラムに対し地道な修正を一つ一つ加えていったのだった。「どうかんがえても間違ってるとしかいいようがないんですけどね」全てのプログラムをチェックした彼女はいった。「やばい」リーダーは、あわてた。これまで、間違った情報を顧客に提供していたことになる。おじさんプログラマーのプログラムは、デタラメだった。緊急事態だった。わずかな時間で完璧な情報を提供しなおすため、新たな特別プロジェクトチームが結成された。リーダーはマネージャーを巻き込み、マネージャーは統括部の責任者を巻き込んだ。やがて経営者サイドの人間も出席するような、大掛かりな緊急対策会議が行われることになった。対策会議では、デタラメなプログラムを書いたおじさんの責任については言及しなかった。ただやみくもに時間を浪費するだけの愚かしい行為だったからだ。責任を問われないから処分されたりすることも当然ないが、トラブルの原因であるミスを犯したこのおじさんの評価は必ず下がる。会議ではまず全ての情報に間違いのないことを証明するにはどうしたらいいかということと、一両日中に問題を解決するためにはどういった手順で何を行ったらいいかということが話し合われた。プログラムのミスを修正して、再度データを作り直すという工程はあまりにも時間がかかり過ぎる。洋服がほつれた原因がミシンの故障だった場合、ミシンを修理して最初から縫製しなおす作業が大変であることと較べたらよくわかる。プログラムではなく、データに直接手作業で修正すればいいいう案が浮上した。いわゆる、破れた生地にパッチワークをあてるような方法だ。システムは月に1度、収集した多くの情報の中から、200通りの数値を吐き出している。各拠点に配信するための帳票枚数400、運用開始から4ヶ月分として単純計算でも実に32万個の数値が顧客に提出された。我々が全てのミスを機械的に洗い出した結果、間違っていたのは32万のうちたったの30件。0.0001パーセント。量的にはごくごく微量に見える。しかしコンピューターシステムに、「誤差」という言葉は存在してはならない。オレに割り振られた仕事は「パッチ」の製造と縫製。この緊急プロジェクトの一番コアの部分だ。これはいかに多く見積もっても製造に1時間、実施に15分程度もあれば十分だった。手渡された修正資料をもとに、パッチを製造したのが前日。そして当日朝、予定通り現地へ行った。現場のぴりぴりしたムードとは対照的に、トラブルの原因を作った41歳のおじさんが端の方で大きな身体を小さくさせていた。スタッフはなにかしら作業を与えられていてあわただしく働いていたが、このおじさんは何もしておらずただ紙を見たりパソコンの画面を見たりしているだけだった。数少ないパソコンのある席を占有しているだけでなにもしていないというのも無神経だしなんとなく腹立たしかったが、何かさせても面倒なことになるだけなのでオレは徹底的にこのおじさんには関与しないということに決めた。今日のスケジュールに関する打ち合わせが行われた。「予定が大幅に変更になった。」打ち合わせの冒頭で、リーダーがオレにそう告げた。キュートな銀行員の隣には山積みになった400枚の帳票が置かれていた。オレは嫌な予感がした。「もしかしたら、全チェックすか。」「うん、そう。。」32件の修正をしたことで残りの319968件に影響が及ばはないということを証明するということだった。32万件、全チェックである。「見積もってみたけど、1人でやったら100時間ぐらいかかりそうだから、 他のチームのメンバー20人ぐらい呼んで、全員で一斉にやろうと思う」30人集めてチェックしてもらうための資料を用意するリミットは午後2時。午後2時から深夜0時まで、ぶち抜きの会議室を2室用意した。我々は一斉に作業を開始した。しかしおじさんは、ふらふらとどこかへ消えてしまった。
2003.07.16
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長崎の4歳を殺した少年の写真のチェーンメールが送られてきた。オレへの送り主は会社の同僚だった。写真と一緒に名前や住所や両親の職業から学校の成績まで、結構詳細に書かれていた。どこにでもいそうなごく普通の少年だった。「はあ、このこがねえ」というような、ごくありふれた感想しか浮かんでこなかった。喫煙室で、そのオレにチェーンメールを送ってくれた同僚と話をした。「でもこうやってネットでこそこそ写真が出回るのはどうなのかね」と同僚はいったが、「いいんじゃないですかね。人の噂は娯楽だし、あれだけ話題になってるのに顔出ないってのは不自然ですよ」とオレは返した。朝のワイドショーでは連日、長崎の少年の生い立ちや性格分析が行われているが、名前や顔などは全て隠されている。標的が少年だからだ。一方では、こういったチェーンメールで少年の顔写真が広まっているという事実があって、ワイドショーはそのことも問題視していてなんだからデタラメだ。ワイドショー自ら噂の関心を煽っておいて、でも顔も名前を見せられません、少年だから見せられません、という報道の形は非常にアンバランスだと思う。なぜ14歳未満の子どもが人を殺しても罪に問われないのか、なぜ名前や顔が公表されないのか、よくわかならい。人権とかなんとかいってるけれども、殺人者がそんなに簡単に守られていいのだろうか。そんなに簡単に更正のチャンスを与えていいのだろうか。この少年の遺伝子を持つ親は野放しにしておいて果たして大丈夫なのだろうか。少年が二十歳を過ぎて施設から出たとしてまた幼い子どもを狙ったりしないだろうか。犯罪や犯罪者にたいして周囲はおそらくこういった不安や恐怖を抱く。その不安や恐怖を解消するために、犯罪や犯罪者に関してより多くの情報が欲しいという心理は当然生まれてくる。犯罪者の情報を得ることには、例えば少年と同じような生い立ちや素行の少年が近くにいないかどうか、いたとしたらあのこも危険かも知れない、といったように、危機管理対策の判断材料にもなる。だから人は噂話をする。自分の身に危険が及ばないように、情報を収集し分析し判断する。「少年法」がどんな法律かは知らないが、少年だからといって必要以上に保護されるのは間違いだ。そしてこのチェーンメールは間違いではない。正常な情報伝達手段だ。
2003.07.15
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金・土・日・月。実に4日もの時間を引越しの後始末にかけただけあって、山積みになった段ボールや散乱していた荷物がだいぶ片付いたような気がする。とはいえ、本棚の本は作家順に並んでいないし、CDも音楽家順になっていない。パソコンは電源とLANケーブル以外の配線はされていない状態だし、どの棚にどういったモノを置いておくかまだ決めかねているところでもある。少し大掛かりな引越しを経験してみて、収納や整理整頓や新規レイアウトといったような仕事は結構オレにとって楽しいものかもしれないと思った。例えばカラーボックスの1区画をどう使うか、計画から始まり設計し実装していゆく。機能美やデザイン性も考慮しながら30センチ四方の空間を埋めてゆく。極力無駄なスペースを省き、なおかつ必要なときに取り出しやすい、そんな配置を考えながら荷物を片付けてゆくこの仕事は非常にクリエイティブだ。新しいカリモクの椅子の座りごこちは最高だ。しかしまだ座っていても落ち着かない。前の作業の反省と、次に行う作業の計画のために頭を働かせているからだ。この椅子に座って、本当に落ち着いたと思った瞬間が、後始末という仕事の終わりだ。その日を今週の金曜に予定した。いつまでもダラダラと片付けばかりに気を取られているわけにはいかない。やがて夏が来るからだ。夏といえば海水浴だが、夏が来て海にいけるから嬉しいとか忙しくなるぞとかいうわけではない。どちらかというと海は嫌いだ。そもそも海水浴の意味がわからない。本来海水浴とは海水や潮風を浴びて涼しみ夏の暑さを紛らわしたり緩和するためのものだったと思うが、空調設備が発達した昨今わざわざ遠い海水浴場まで渋滞の中クルマをのろのろ走らせて行くその意味がわからない。ただし無料で水着のおねいちゃんが見られるという観点においてはさすがにその価値を認めざるを得ない。花火大会もあまり好きではないということを前にも触れた。花火も、海水浴も嫌いなオレは主に夏に何をするかということだけれども、要するに、「暑がる」のである。炎天下に3時間とかいて干からびそうになってみたり、空調の効かないスカッシュコートで延々とスカッシュしてみたり、ヒートアイランドと化した丸の内のオフィス街を意味もなく自転車で走り抜けてみたりしてとにかく汗をかき「あー暑い」を連発する。やがて家にたどりついてまずシャワーを浴びる。このときエアコンは全開にして室内をギンギンに冷やしておく。シャワーを出た瞬間室内の冷気に驚き肌が泡立つ。髪も乾かぬうちに冷蔵庫へ向かう。昨夜からチルド室でキンキンに冷やしておいたキリンラガーを取り出す。立ったまま1本イッキに飲む。カラカラに渇いた喉や胃の粘膜にビールは瞬間的に浸透する。不足がちな水分とアルコールが体中に急速に伝送されてゆく。あまねく血管や細胞に行き渡るまで6秒。頭の中を覆った霧や膜が全て取り払われるような感覚に襲われ、視界がこれ以上ないというほどクリアーになる。体温は上昇の兆しをみせるもののエアコンの冷気とビールの冷たさで相殺される。疲労は麻痺し、体力がみなぎっているような錯覚を起こす。充実感や開放感や高揚感などのアッパー系の精神状態になる。おぼつかない足取りで椅子に座る。最高に満たされている。口を開けたまま視線を宙にさまよわせる。ぽけーっとなる。しばらくぽけーっとなっている。ひっきりなしにビールを飲む。飲んだ先から出す。飲んで出すという動物的なことしかせずにあとはぽけーっとする。たまらない。だから夏が好き。
2003.07.14
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アリさんたちが家の中に運び込んだ段ボール箱は大中小あわせて50。1階の4畳半を物置にした。ここに本棚やパソコンやおもちゃや工具やとにかく雑多なものを全て収納することがオレにあたえられた当面の仕事だった。手始めに本や雑誌や漫画の入った箱をまず開け全てを取り出して積み重ねた。本棚に入っていない状態の本の容量は予想外に膨大で床を埋め尽くすほどで辟易とした。ビデオテープやCDもひとまず取り出した。段ボールは空になった端から折り畳んでゆく。パソコンの付属品と本や漫画とCDやカセットテープが散乱した状態で一息ついた。この悪夢のような状態を目の当たりにして半狂乱状態に陥りそうな精神を引き止め、まずこれにかかる時間と労働力を見積もり次に作業をタスクごとに区切りスケジュールを立てた。ここでいうタスクとはハードカバー・文庫・雑誌・漫画・CD・ビデオといったような媒体の材質やサイズごとの分類である。タスクごとに収納スペースを設計し製造し収納し、また次のタスクに取り掛かるといったサイクルの作業を機械的にこなさなければ一生かかっても片付くとは思われなかった。ここで問題になってくるのはタスクとしての分類に当てはまらないいわばイレギュラーな荷物が登場した場合だ。この4畳半の部屋はパソコンや書籍や音楽・映像ソフトやおもちゃといったいわばクリエイティブな製品を置くスペースとして位置付けられている。そこに例えば洗剤やらタオルやらクマのプーさんのぬいぐるみ等が現われてもらってはこまるのだ。通販で買ったようなスチームクリーナーやバス釣りが流行ったときのルアーが出てきたときには苦笑いが浮かんだ。どこだかわからない神社の札が出てきたときにはパニックになりそうだった。こっそり持っていたエッチな本が出てきたときには少し嬉しくなってしまった。というように、片付けの作業は遅々として進まなかった。7月11日金曜の夜は、すでに午前3時を示していた。この日は床で寝た。明けて土曜12日の午前、旧居の掃除へ出かけた。「発つ鳥跡を濁さず」とはよく聞くがそういう心境でもなかった。ケーブルテレビの配線撤去工事がこの日旧宅で行われることになっていてそれに立ち会わなければならなかった。工事スタッフを待つ間、ついでに掃除でもしておこうという気になっただけであり、それが無ければ前日にさっと拭くだけですませていたはずだろう。取り外し工事は10分もかからず終わってしまった。そのころには部屋の掃除も終わっていたから、工事スタッフが今度は取り付け工事のため新居へ向かったのとほぼ同時にオレ自身も向かった。自転車でである。背中のリュックには掃除のために使ったモップが2本くくりつけてあってまるで小次郎みたいでオレって少しカッコいいかも、と思った。ケーブルテレビ設置工事スタッフは2人とも目つきが鋭く、1人は大柄な体格だったもう1人は頬が削げ落ちていてナイフや注射器がよく似合いそうな顔立ちだった。きっと昔は相当なワルだったに違いない。というよりも「相当なワル」という言葉を使ってみたかった。ケーブルテレビの取り付け工事中に家のチャイムが6回鳴った。1人目は電気の検針、2人目はクロネコヤマト、3人目は読売新聞、4人目は佐川急便、5人目は西武百貨店、6人目は近所の金物屋。7人目として、ムーヴィングがくるはずだったが大幅に遅れるという連絡が入っていた。7月12日土曜、工事の立会いと新規購入家具の搬入で、既存の荷物整理は全くはかどらず。当日の予定を明日以降に繰り越すことになった。床にはヒモやガムテープの切れ端が散乱していた。
2003.07.13
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見積もりのときに、荷物の容量は4トン車1台分といわれていたが、4トン車を駐車するスペースがないため、やってきたのは2トン車と3トン車の2台だった。搬出を終えたアリさんたちを見送り、軽く部屋の掃除をして自転車で新居へ向かった。向かう途中、雨は小降りになり、やがて止んだ。オレが到着したときに、引越しのトラックはいなかった。搬出後、だいぶ時間が経っていたから、トラックは道に迷ったというよりも、少し休憩を挟んでいたのかもしれなかった。しばらくして2台の引越しトラックがやってきた。家の前の道路は4メーター程度の1方通行だったため、分散したとはいえ、それでも大きいトラックを駐車すると他の車が通れないのだった。一通の入り口に、引越し作業中と書かれたコーンを置いて他の車を進入禁止にした。思ったより大掛かりな作業になりそうだった。搬入前に床やクロスや柱にクッション素材のシートが張られた。アリさんたちはリレー形式で、次々に荷物を運び入れていった。「お客さま、こちらは、何階ですか?」「2階リビングお願いします」オレは玄関に立ち、いちいち配置先を指示した。階段を通らない幅のタンスがロープで3階へつるし上げられたことと、LPレコードが100枚以上入ったままのラックの重さが不評だったこと以外はほぼ問題なかったといえる。彼らがプロであることを改めて認識したのは、階段の上り下りだった。ダンボール箱を抱えたままだと階段の高さや幅が全く見えず、ともすれば足を踏み外してしまいそうになるところをアリさんたちは、素人の2倍の量の箱を持ってなおかつ走りながら目的の部屋まで運ぶのだった。そして誰一人として、息を切らせたり、辛い表情をしている者はいなかった。この引越社のプロ意識を見たときオレは、感動さえ覚えたのだった。午後7時00分、搬入を完了したアリさんたちが退散していった。各部屋にはダンボールが山積みにされていた。コンビニの弁当で夕食を済ませ、これから荷解きに取りかからなければならなかった。
2003.07.12
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7月11日金曜日晴れ。この日は引越のため会社を休んだ。全ての荷物を梱包し、荷解きも自分で行う経済パックで見積ってもらった。アリさんマークの引越社は午後2時に来る予定になっていた。1時の時点で全く部屋が片付いておらず、あせった。2時15分前にアリさんたちはやってきた。5人のアリさんがやってきた。アリさんたちが部屋の中をのぞき込んでいる。荷物量から、作業量を測るためだろう。ひとしきり作業の説明をして、彼らは仕事にかかった。手伝おうと思ってやる気まんまんでいたのだけれども、手伝うと彼らの邪魔になるようだったからサポートや部屋の掃除に徹した。アリさんは、家具や家電をひとつずつ毛布やマットに包んだりして丁寧に運んでいた。手際もよかった。いやな顔もしなかった。部屋にあった家財道具が徐々に目減りしていった。積み重ねられていた段ボールはあっというまに無くなった。作業開始から2時間もしないうちに、2DKのマンションの1室は空になった。クロスはヤニで茶色に染まっていて、運び出された家具でふさがれていた白い部分とのコントラストがやけに目立った。埃まみれの床を軽く拭いて、引越先へ自転車で向かった。急に雨が降ってきた。大安吉日。
2003.07.11
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生まれて初めて松屋に入った。ビックカメラで浄水器のフィルターを買った帰りだった。引越しのための片付けをしなければならなかったから、手っ取り早く夕食を済ませる必要があった。通りにはラーメン屋とカレー屋とファミレスと松屋がある。そういえば松屋には、一度も入ったことがないなと思った。店の前に掲げられている大きなメニュー表の中から、まずビールを探した。ビールの無い夕食は考えられないからだ。今まで松屋に入らなかった理由は特にない。1人で食事するのが嫌というわけではなく、例えば焼鳥屋で本を読みながら酒を飲んで平気で2時間程経つこともあるから、どちらかといえば1人は好きなほうといえる。そういった意味では、料理がそれほど美味しそうではないこと以外に、楽しくゆっくりと食事が出来なさそうと思ったことが、今まで松屋に入ったことがない理由として挙げられるかもしれない。券売機で豚の生姜焼き定食とビールの食券を買った。豚は薄くて焼かれすぎていて、タマネギは焼き方が足りなかった。最低な生姜焼きだったから、納豆を注文した。最低だったが、あまり期待していたわけではなかったから、味に関してはそれほど悲しい気持ちにはならなかった。とりあえず空腹は解消された。松屋には、空腹を解消させる機能しかない。オレは松屋をそう位置付けた。松屋にはもう2度と行かないだろう。食事に関してオレのニーズを満たす要素が松屋には何一つ無かった。
2003.07.10
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今日は寝すぎた。日々の疲労が蓄積していると感じた昨夜は12時にベッドへ入り、12時15分にはおそらく眠りに就いた。夢を見た。女の夢だ。何年か前に仲の良かったグループにいた女だ。その女とはセックスをしていない。だから友だちと呼んでもいいだろう。午前8時に起きたが、どんな夢かは忘れた。たぶんエッチな夢でない。エッチな夢なら、2日は憶えていられる。ヤフーで毎日、占いをチェックしている。「71点。夢見がちで、現実との境が曖昧になりそうな日です。」ヤフーは、天気も占いも、よくデタラメだ。実は先週だったか偶然、夢に出てきたそのコとばったり会っていた。セックスしていないから、昔と同じようにリラックスして話せた。「ヤマモトなにしてるかなあいつ?」とか、「イトウくん結婚したって知ってた?」とか、「カメラ付きケータイ買ったんだ」「ああオレも」というような話をして、お互いに用事があったから、すぐに別れた。そのコは昔よりもスリムでキレイになっていたけれども、次に偶然ばったり出会うまで、電話したりメールしたりして、話をするようなことはきっとないだろうなと思った。きっと、親密になるために話を聞いたり、話を聞いてもらったりする必要がないほどもう親密だから、改めて話すことはないと思った。きっと、情熱的に口説きたいと思ったり、口説くためにデートに誘ったりしたいと思わなかった。見たことのない女の裸にはものすごく興味があるが、よしんば裸にさせたとしても、1度きりで終わることや、その後2度と会わなくなるということが予測できてしまった。抱いた感じがものすごくよくて、例えばリピートしたいと思ったとしても、おそらく叶わない。そしたらオレは寂しさに打ちひしがれると思った。そういったイメージが浮かんできて、アタマの中で完結した。だからもう、次に偶然ばったり会うまで、話さなくていいと判断した。男女の友情は、セックスしてもしていなくても、ありえないのかもしれないと、このとき思った。
2003.07.09
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コラボ日記プロジェクトおつかれさん。振り返ってみて例えばこのイベントが競争だとすれば多くの参加者を導入せしめ注目度的にもアクセス数においてもトップを独走したまるみちゃんの1人勝ちといった観は否めない。昨夜は楽天自体が渋滞していたこともあり閲覧も書き込みもままならずテーマ全員の日記を見て回ることも、訪問者にたいしてアクセスすることも全て中途半端になってしまった。そういえばフランスが「浮気」ではなく「浮輪」というパロディーでこのコラボ日記に参加してくれたみたいだ。読んで欲しい光線を放っているようだから、興味のある人は上のバナーをクリックしてみてはどうだろうか。ともあれ、祭は終わった。さて話は変わるが、7月から会社では夏期ノーネクタイが実施されている。原発稼動停止に伴う電力不足懸念のための節電対策の一環としてだ。ネクタイをしなければならないという規則が無くなるのは非常にありがたい。ありがたいが、ワイシャツにネクタイをしないとなんとなくスカスカしていてだらしなく見える。だから前はノーネクタイが実施されても、いくら暑くても、見た目や格好を重視して頑なにネクタイをしつづけていた。ところが去年ぐらいからいよいよネクタイの不合理さと夏の暑さに耐えきれなくなり、外すようになってしまった。長袖のワイシャツにノーネクタイだとサラリーマンとしては本格的にだらしがなく見えるということで、半そでのワイシャツも10枚近く購入してしまった。同じくスタイル重視の観点から、何年か前までは半そでのワイシャツなど一生着るまいと思っていたのだが一つ妥協し出すと連鎖するようで、もはや夏の半そでシャツはオレに定着しつつある。おまけにズボンは、ウールのスラックスではなくストレッチ素材の白い綿パンである。全てスタイル重視から機能重視へと切り替わっていった結果、全体的におっさんチックな印象のファッションになってしまった。こういったことが、若者からおっさんへ転換する瞬間の要素なのだろう。黄昏時にも似た寂しさも感じているが、逆戻りはできないし、出来るとしてもしなくないと、強く思っているということも自覚している。余談だが、キュートな銀行員が昨日、大胆なスリット入りのスカートを穿いてきていて、オレが彼女の隣の席に座る直前などに何度か足を組み替えた。はからずもオレの視界には彼女の太腿部のだいぶ尻に近い位置の薄い肌色に近い白さが飛び込んできた。オレへの挑発と受け止めて間違いないのだろうか。若者なら「ドキドキ」してしまうところだろうが、オレは不覚にも「ムラムラ」きてしまった。「ドキドキ」と「ムラムラ」の差も、若者とおっさんの狭間だともいえるだろうか。
2003.07.08
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狭いワンルームマンションに、女と2人で暮らしていた。金が無かったから、家賃の3分の2は女ほうが出していた。ある日、彼女の友だちが遊びに来ることになった。そのコが来るのは初めてではなく、オレも含めて何度か一緒に飲んだことがある。一緒に暮らしていた女も、一人暮らしのそのコの家に泊まりに行っていたようで、2人は「親友」と呼び合ってもいい関係だった。オレと、一緒に暮らしてる女つまり彼女と、彼女の友人と3人で、居酒屋とカラオケ屋に行った。最終的にカラオケ屋を出たのはかなり遅い時刻だったから、彼女は友人に、泊まっていけと誘った。ビールと焼酎とスナック菓子と歯ブラシを買って、ワンルームの、オレと彼女が暮らしている部屋へ、3人が向かった。例えば女と出会って、その女を抱けるかもしれないというざわざわした予感のようなものが発生するときは必ず、女から何か信号をキャッチしている。オレはその信号や信号を送り出すシステムのことを、「エルク」と呼んでいる。エルクは、視線が交わる瞬間に少しだけ姿を現すこともあれば、手や肩が触れたときに気配だけ感じる場合もある。エルクが送り出す信号は、最初は非常に微弱で気付かないこともある。わずかな気配をたよりに勘を働かせて探し歩いてみる。そして足跡などから、近くにエルクがいるとわかった瞬間、エルクは信号ではなく、システムとして全体のイメージをオレにもたらす。部屋に着いてすぐ、カラオケで汗をかいたといって一緒に暮らしていたほうの彼女が下着を持ってバスルームへ行った。やがてシャワーの流れる音が聞こえてきて、居間に2人きりにされた状態のオレは、喉の渇きを覚えた。何を話していいのか困るというより、女と2人きりになったことで急に欲情が湧いてきたからだった。倫理的にはおさえるべきところだろうが、酒を飲んでいたから、モラルたいする気持ちは麻痺して薄らいでいた。友人は顔を紅潮させ酒を飲みながらテレビを見て無防備にケタケタと笑っていて、たまにオレの肩を叩いたり触れたりしながら相槌を求めたりしていた。オレはこの女の体型にフィットしたTシャツの胸のラインや、スカートの中から生えている足の白さなどが気になって気になって仕方なかったが、むしろそういった色艶には全く興味がないといったふうに、求められるまま相槌をうったり笑ったりする振りをしていたりした。「ちょっとバッグどこいったっけ?あったあった」といってその女が身を乗り出したとき、オレの目の前に、女の首筋や胸元やわき腹のあたりが通過した。白いTシャツがぴんと伸びきったとき、中のブラが透けて浮き彫りのようになった。触ってみたいという、ものすごく絶えがたい欲求にオレは駆られた。一緒に暮らしてるほうの彼女がシャワーを浴びている。つまりここにはいない。オレは衝動的に女を抱き寄せてしまった。そして女の唇を目指した。友人は少し驚いたようだったがすぐに察してオレの口を受け入れて、次第に積極的になっていった。彼女の友人も酔っていて、ちょっとしたスリルや悪戯を楽しんでいるようにも見えた。ところがオレがTシャツの中へ手を入れようとしたとき、友人はオレとのキスをやめて離れてこういった。「世の中そんなに甘くない」エルクのロジックは複雑で難解だ。しかし難しいパズルを解いたときの快感を我々が知っているように、エルクが非常に快楽的であることも知っている。だからエルクに関与したいと思っていて、そのためにはエルクを捕捉しなければなならない。一緒に暮らしてる女は、バスルームから出てくると「眠い」を連発しだした。まだ髪が十分に乾いていないままベッドに横になって、呂律がまわらない口でオレや友人がそれぞれ寝る場所を指図した。オレは床で寝ることになった。オレと彼女がいつも寝ているセミダブルには彼女と彼女の友人が寝ることになった。灯りが消されるとすぐに彼女ら2人の寝息が聞こえたが、オレはなかなか寝付かれなかった。さっきの唇の感触がまだ鮮明に残っていて、その唇は、手を伸ばせばたやすく届く位置のベッドで寝ているからだった。流動的なエルクを捕捉するために、まず地図をイメージする。雪山でも草原でも、新宿でも見知らぬ街でもいいし、あるいはどこかの店の中でもいい。自分が地図上のどこにいて、どっちを向いているか、というイメージだ。エルクを誘導する。地図上にエルクが存在するということがわかったら、自分から探しに行くのではなく、誘導しながら範囲を狭めてゆく。そしてじっと待つ。どれぐらい待てばいいのかはわからない。しかしどんなことがあっても捉えたい。エルクへの衝動は生理的だ。寝付かれないまま暗がりの中で目を閉じてじっとしていると衣擦れの音がした。目を開けてみてると、ベッドから一人だけ這い出てくる気配があった。友人のほうの気配だ。気配はオレを通り越してそのままトイレのほうへ向かっていった。オレは急に動悸に襲われ、喉がカラカラに乾いてきた。トイレの水を流す音が聞こえ、扉が開いた。オレは暗がりで薄く目を開けている。今へ差し込むトイレの灯りが少しまぶしい。女のシルエットが灯りの中央に浮かび上がっている。女は音を立てないように足音に気を使いながらベッドへと戻ろうとしてした。そのとき、オレはカラダを起こして、無言のまま女の腕を引っ張った。驚いたように立ち止まった女は、オレの方を見て、声にならない声で、「ちょ、ちょっとなに?」という態度を示した。しかし強く引き寄せてバランスを失いそうになったときも、この女がまだ足音を立てないように気を使っていたことをオレは見逃さなかったし、一言も声を発することなく抱き寄せられるままになっていたから、手ごたえは感じていた。唇で口を塞ぎ、女の服を脱がせにかかった。2,3度抵抗に遭ったが、やがて受け入れられた。無音のままTシャツをたくし上げて美しい形をした胸を愛撫した。床の上に寝かせた女スカートの中からパンツだけ取り出して、犯した。音を立てずに腰を振った。女も無音だったが、体内は小刻みに震えていた。そのことはかすかに聞こえる呼吸音で伝わってきた。そのとき、ぐわっという大きな音と、激しい気配を感じた。心臓が、大きく波うった。
2003.07.07
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プロジェクト前日にオレは何をしているかというと、あわただしく引越の準備をしている。今のところから新しい家まで歩いて20分、自転車だと10分もかからないだろうか。土曜は新居の床を磨きワックスをかけた。旧居にはすでにダンボールが山積みになっているが、部屋は一向に片付く気配をみせない。実感もわかない。休日にはだらだらしたい。でもそういうわけにもいかない。引越は今週の金曜だ。大安吉日。とはいえ日を選んだというわけでもない。大丈夫なのだろうか、というような不安やあわただしさを抱えたままオレは、コラボ日記プロジェクトの前日を過ごしている。世間的にはあまり盛り上がっていないように見えるが、少なくともオレ自身は少し緊張している。いつもの日記を書くときよりも集中して書きたいと思っているし、このプロジェクトは、mimiやつなみ嬢や、まるみちゃんやうのはなと連動して行われるわけだけれども、他の4人にたいして負けたくはないというのもあるし、4人がそれぞれどんなカードを出してくるのか非常に楽しみにしている部分もあって、なんというかその、とてもそわそわした感じだ。テーマは「浮気」。オレを含めたこの5人以外にも参加者がいてくれたら嬉しいが、今のところそういった雰囲気はない。もっと多くの人に参加してもらえるような進行をすればよかったのだが、出来なかった。反省している。それでも、この日記へのレスとして、例えば多くの人がこのプロジェクトに関わってくれたら嬉しいと、未練がましく思っている。レスは、誰かへのレス、というカタチでももちろんかまわないけれども、テーマに対するレス、のほうが、よりこのプロジェクトのポリシーに沿っているようにも思える。もしここで、この5人以外の新しい誰かが、このプロジェクトに参加し、例えば派生して新しいコミニュケーションが発生するようなことがあればそれは非常に意義のあることだと思うし、また第2弾第3弾への足がかりにもなってゆくはずだと信じている。もしよければ、7月7日の七夕に、「浮気」というテーマの文章を、書いてみてはどうだろうか。よろしくおねがいします。オレは7月6日、今日の午前中に、実はこの作文を書いてしまった。あとは上げるだけだ。7月7日、午前0時をまわったところ、つまり今日の24時に上げようと思う。一番ノリを目指す。楽天会員でない人の投稿もむしろ大歓迎していて、その場合、誰かの日記のレスとしての投稿になるかもしれない。前述したように、誰かへのレスは、誰かへのレスでもいいし、テーマについて書いたものでもいい。とにかくより多くの人がこれに関与し、より多くの人に注目してもらえることを、心から願っている。なんだかドキドキしてきました。
2003.07.06
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カリモク60を買う。都内でカリモク60を売ってる店は1店しかなく、あるいは他に知らないだけかもしれないが、最寄駅は東急大井町線の九品仏といってちょっとなじみの薄い地名だったため、乗換え案内を調べても覚えきれなくてプリントアウトしてみたり、入念に地図を眺めてみたりした。目的の店は環八通り沿いの「D&Department」。古い倉庫をリフォームしたビルの1Fはカフェになっていて、カリモクの家具がインテリアとして機能的に使われている。2階へ上がって一番先に目につくのは、黒い合皮の、あの一人がけの椅子。シンプルなディスプレイはシンボリックなデザインを際立たせていて、店のこだわりとインテリジェンスが伺える。さっそく見つけたお目当ての黒い3人がけソファー。座ってみる。悪くない。髪をツンツンに立てた若いコ洒落たおにいちゃんはスタッフだろうか。こちらを気にする風でもない。オレはここへ来る前からこのソファーを買うことに決めていたから、この来店はいわば儀式のようなもので、別に座りごこちを確かめているわけではない。座りごこちは、いいに決まっている。店員を呼び止め「あれとこれとこれを欲しいんだが」といった。実際はそれほどえらそうでもない。在庫はあるらしい。ちょっとまけてくれないか交渉した。先日、引越屋に値段の交渉をしたら、簡単に安くしてくれた。その記憶が残っていて、言えば安くなるという考え方がオレの中に根付いてしまっている。「ちょっと安くしてくれるとかなんとかその・・・」と照れくさそうにオレ。「いやそれはできないことになってるんですよ」とあっさりタイプの店員。ともあれ、買った。長椅子は、http://www.karimoku60.com/products/detail/lobby3.html これの黒。ちなみに1階にあるカフェの料理は、とてもおいしかった。遠いから、2度と行かないと思うけども。おっといい忘れてた。ガラスの灰皿も買った。中古で、「住友生命」のロゴ入り。
2003.07.05
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子どもの頃、「応接間」に憧れていた。同級生に床屋の息子がいて、床屋の店舗部分を通っていつもそいつの家に入って遊んでいた。人生ゲームやトミカの町などがあるような裕福な家だった。居間からトイレへ向かう廊下に一見扉だとわからないような扉があって、1度だけこっそり、その扉を開けて中をのぞいた。応接間だった。赤い絨毯が敷き詰められて、中央には革張りの黒いソファーとガラステーブルがあった。ガラステーブルの上には、重たそうなガラスの灰皿と、チェスの駒のようなライターが置かれていた。書棚には百科事典だか誰かの全集だかが並べられていて、その片隅に、王選手のサイン入りのボールがあった。ミニチュアの3本のバットで支柱をなした台座に置かれていたボールを盗みたくなったがやめて、そっと応接間の扉を閉めた。いい匂いがした。あれは本の匂いだったかもしれない。そういった記憶が作用しているのか、今でも応接間に少し憧れている。でも家は応接間を作るほど広くはないから、完成された空間としての応接間にオレがありつけることはない。それでも、黒い革のソファーは欲しいと思っている。家具のカタログを見ると、本皮は信じられないほど高価な金額がついている。合皮にするしかない。ふと、カリモク60というブランドが目にとまった。カリモクという家具メーカーが、60年代に作っていたものの復刻版だという。見ると、昔の病院や事務所にあったような、黒いソファーだ。しばらく見るうちに、だんだんドキドキしてきた。このカタチや、おそらく想像どおりのすわり心地や肌触りに、オレは恋してしまったのだ。ちょっと今から買いにいってくる。http://www.karimoku60.com/
2003.07.04
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昨日は宴会だった。男5人と女5人。一見ちょうど合コンのような色のバランスだが、概ね仕事仲間。前に会ったとき、ジーパンとTシャツの隙間から20センチも背中を露出させていた女が、昨日は黒いワンピースに赤いカーディガンかなにかを重ねてきていて、ちょっとエレガントだった。最初黒いワンピの女は、4人がけのテーブルで3人の男に囲まれて楽しそうに話していた。目鼻立ちがくっきりしていて、舌足らずな甘いトーンの声で話す。男好きするタイプの典型ともいえる女だ。「あたし?あたしのこと?」が口癖なそのコは、遠くから見ても目をキラキラと輝かせていた。つまり何度も瞬きをし、目を大きく見開いて上目遣いで話をしていた。彼女と話した男は、このコ俺のこと好きなんじゃないか?と勘違いしそうだった。宴もたけなわになったころオレも、そのコのいるテーブルに近づいていって話をした。オレに対してもその女は、妖しくまとわりつくように話した。よくよく聞いてみると、男にふられた直後だという。どうりでフェロモンを撒きちらしているわけだ。女は「早く結婚してくれる人見つけなきゃ」を連発していた。その理屈はというと、今回男と別れて嫌な思いをするのはもうコリゴリだから、結婚すれば男だってそう簡単には別れるわけにはいかないかららしい。確かにそうかもしれない。そしてオレに対してはこうも言った。「ここでいうのもなんなんですけどぉ、奥さんいるのにこういう所にきて他の女の子と遊んだりとかされたら、わたし怒っちゃうかも」はい、すみません。女の多くは、付き合ってる男や亭主がキャバクラへ行ったり女の子のいる宴会に行ったりするのは快く思わないらしい。「なんで?」と聞くと、「だってわたしより他のコのほうがいいってことじゃないそれってー」という。いや、そういうわけじゃないんだが。確かに男はいつもモテタイと思っていて複数の女を同時に好きになることは可能だ。ところが、最近わかったことなのだが、女はどうやら常に1人の男しか愛せないらしいのだ。この性質の違いはもはや、動物的な性の違いとしかいいようがない。女の考え方でいくと、「わたしより他のコのほうがいい」となるかもしれないが、男の考え方を適用すればどちらかというと、「わたしもいいけど、他のコも悪くない」の間違いだ。両者の違いから生ずる溝や誤解は、なかなか埋まらない。黒いワンピの女は、「近くに焼酎の美味い店があるんだけどどう?」と一番先に誘った男に、サクっと持ち帰られた。女が、複数の男に愛情を注げる期間がある。男と別れ、次の男と付き合い出すまでのごく限られた期間だ。そして男が捕捉しやすいのは、そういった期間の女かもしれない。捕捉されているのは、男のほうかもしれないが。
2003.07.03
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次の企画は何がいいだろうかということを考えている。「凧+BBQ」のメンバーはあの日の企画をだいぶ気に入ってくれていて、例えばキュートな銀行員に会うたびに、次ははまだかと催促される。夏の遊びの定番は、海水浴・キャンプ・花火見物などが挙げられるが、まず「海水浴」はあまり好きではない。なぜなら海は広すぎる。(意味不明)プライベートビーチでのんびりと寝るとかいうコースならまだしも、海水浴場の混雑と、そこに至るまでの渋滞に耐え切れない。「キャンプ」はバーベキューとかぶる。凧ほどインパクトのある遊びも思いつかない。「花火」は最低だ。まず冷えたビールが飲めない。ビールを飲んでも、トイレに困る。仮設のトイレはいつも長蛇の列になる。花火を見に来たのか、トイレを待ちにきたのか、よくわからない。そこで、「富士登山」を思いついた。7月・8月はちょうど夏山シーズンだ。混雑するが、感動も大きい。日本人なら一度は登るべきだという考え方もあるし、企画としても面白いから一度打診してみた。すると「体力的に不安」とか「山登りのどこが楽しいの?」とかいうあまりよろしくない反応しか返ってこなかった。非日常的な体験や達成感などから発生する快感が軽んじられている。オレは妥協して、「じゃあ高尾山ぐらいでどう?」と言ったが、そもそも山登りにも、あまり興味を示してもらえなかった。高尾山は、新宿から京王線特急39分で行ける東京都民にとって最も身近な低山として知られている。白いワンピースを来て犬を散歩させながら登れる山でもある。頂上で飲むビールも、運動した後に飲むビールも格別だ。電車のみの移動だからこころおきなく飲める。そうやって考えてみると、思ったほど遊びに関しての引き出しがないことに気が付いた。あとは、野球観戦か、ライブコンサートぐらいだろうか。そういえば遊覧船は船酔いが嫌われて却下されたと以前言った。今日は「凧+BBQ」の時の反省会が行われる。男どもは心なしかそわそわしている。オレは「富士登山」実現に向けて、楽しさや感動を力説してくるつもりだ。
2003.07.02
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7月7日、日記リンクさせていただいてる選りすぐりのコラムニストと4名と連動し、「コラボ日記プロジェクト」を実施します。つまり同じテーマで異なる内容の作文を一斉に発表してその個性を競おうというイベントです。コラボ日記のテーマは、「浮気」。浮気体験、浮気に関する考察など、浮気に関する話ならなんでもオッケイ。7月7日七夕の夜、浮気を語る夕べ、どうぞお楽しみに。さて七夕。織姫と彦星が年に1度天の川で会う、ぐらいの知識しかオレは持っておらず、なぜ笹の葉に願い事を書いた短冊を吊るするのかもよくわからないから少し調べてみたら、なんでも七夕の起源は中国にらしい。織姫は、仕事に夢中で恋などする暇もなかった。可愛そうに思ったミカドは、川向こうにある町の彦星という男を紹介した。すると今度織姫は、男に夢中になってしまい全く仕事をしなくなった。ミカドは怒って、織姫を連れ戻した。そして条件付きで交際を認めた。「年に1度だけ、川を渡って男に会いにいってもいい。ただし晴れたらだ。」ミカドのなんと身勝手で意地悪なことよ。笹に短冊を吊るす風習は江戸時代からだそうで、本来は短冊にちゃんと和歌や詩をしたためて星空を眺めながら七夕の節句を祝っていた。「和歌」から「願いごと」に変わったのはおそらく、七夕祭りとして有名な平塚や仙台における巨大な竹飾り製作に、商業主義という概念が導入された明治以降であるに違いない。つまり商店や事業主が「商売繁盛」、「開運」などと記したのが始まりで、いつしか七夕には願い事を短冊に書いて笹に吊るすと成就されるという伝説が生まれたのだろう。地下鉄の駅の改札口に竹飾りがある。願い事なんていつからしていないだろう。「将来、スマップのメンバーになれますように」
2003.07.01
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