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髪を切りたくなったことと、雨がちょうど止んだことが重なって、美容院へ行った。電話番号を調べるために財布の中からスタンプカードを取りだした。いつも担当してくれている女のコの名前を忘れていて、スタンプに書かれた名前を確認してから電話をしようと思った。ふと日付の履歴を見た。この美容院に通うようになってから、もうかれこれ2年が経過していた。2年の間に、オレは引越ししたりいくつかの仕事をこなしたり、多くの出会いを経験したりして、変わっていったつもりだった。担当の女のコもきっと、カットの技術を磨いたり、いくつかの恋をしたり、他の客にいいよられたりして、彼女をとりまく状況は、絶えず変化していただろう。予約を入れて、2年前とほぼ同じ服を着て、自転車で美容院へ向かった。待たされることなく鏡の前に座って、「お久しぶりです、今日はどのぐらい切りますか?」といわれて、「イタリア男みたいにしてもらえますか」というと、彼女はケタケタと笑い出した。いつもと同じ笑い方をされて、つい嬉しくなって、鏡ごしに彼女の目を見た。大きくて丸い、全体を包み込むような意志の力を持つ目だ。「イタリアって、どんなイタリアですか」鏡ごしにオレの顔を見ながら彼女は笑った顔で言った。「なんだっけ、トルシエの付き人いるじゃない、通訳だったっけ?あんな感じ?」「あの人たちイタリアでしたっけ?なんかフランス語しゃべってましたよ、どうせなら付き人じゃなくて、トルシエみたいにしますか!久しぶりにカラーリングしましょうよう」サッカーの話や映画の話、近所に新しく出来たドラッグストアなどの話をしながら、カットやシャンプーやマッサージをしてもらい、やがてセットが完了した。「後ろのところ、ちょっとクセっ毛になってるじゃないですか、これ伸ばしましょうよ、そしたらイタリア、でしたっけ?いけますよ、ばっちり」ああそう、じゃあ伸ばしてみるよ。ということを言いながら会計を済ませた。店の外へ出て2階にある店舗から階段で下りるところまでいつも彼女は見送ってくれる。以前そのことについて、キャバクラみたいで照れくさいからいいよ、とけん制したときも、「えーキャバクラとか行くですか、へー」としげしげとした嬉しそうな顔を向けてくれただけで、最後まで見送るというサービスは以降も続いた。今はもう照れくささは無くなっていて、どちらかというとこのタイミングで、彼女をデートに誘うべきかどうか、ということを考えるようになっている。2年間、毎回同じ調子で迎えられ、話をし、髪を切ってもらい、見送られる。そろそろこの2人の関係に、変化を加えてもいい頃合じゃないかとオレは今日思った。髪が伸びて、次に切りたくなるのは何ヶ月後ぐらいだろうか。
2003.11.30
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この1年、オレの生活の基盤はこの楽天日記だったといっていい。今日の日記には何を書いたらいいだろうかということを考えながら生活し、書くネタがないときは無理矢理映画を見たり、興味のないニュースを掘り下げて考えてみたりしていた。生活のことを書きとめるのが日記の本質であって、日記を書くために生活するのが本末転倒であることは重々承知していたが、それでもここに日記を書きつづけるために、オレの生活は動いていたといっていい。それだけ刺激的だったということだし、その刺激にオレは囚われ続けてきた。11/30をもってオレは日記を書くことを辞めるが、まるみちゃんが言っていた通り、辞めることにそれほどたいした理由があるわけではない。彼女は意外と、他人をよく観察していて、その観察眼は非常に鋭い。理由はなんだろうか。「潮時」とかそんなことだと思うが、自分でもはっきりとは言葉にできない。深く考えていない証拠だ。この一年、楽天日記に囚われながら生きてきたみたいで一見苦しそうだが、実のところ居心地はまるでよかったし、だから結論としてとても楽しかった、というような印象しか残っていない。それはきっとここに、多くの「出会いの可能性」と、ほんのわずかではあるけれども、「痛みの共有」という要素があったからだ。楽天日記にかかわらず、インターネットのこういったシステムの多くは、意識を率直に交換できるという特性を持っている。その特性の有利なところは、普段実際に会って話したりするときにはわからないポテンシャルを感じられることだ。そういった意味では、まるみちゃんや、つなみ嬢との出会いはとても衝撃的だった。うれしいことにつなみ嬢はオレの影響を受けたといってくれたが、多分相乗効果でオレもだいぶ彼女の影響を受けている。つなみのもっと率直にというか、内臓とか血液とかのレベルで誰かに浸入し、侵略されたいと思った。でもまだ皮膚にも触れていないような気がする。オレの手のひらの温度とか感触ぐらいは、誰かに伝わっているだろうか。ここを拠点としてオレは、いくつかの現実的な出会いに立会い、いくつかの非現実的な出会いを傍観した。傍観したつなみ嬢の出会いは非現実的だ。かたや顔を知っているオレの友人につなみ嬢は会った。かたやオレは彼女の顔も知らない。この状況はあまりにも残酷で、非現実的だ。でもいつか彼女には会えるような気がしている。その「可能性」だけでも収穫だと思っている。そしてmimiと現実的な出会いをした。初めて会ったその日に、2人で東京から京都へ旅行に行った。これは初めて会ったその日にセックスすることよりもむしろ衝撃的じゃないかと思うことがある。彼女もオレと同様、京都あたりに住む友人つまり、フランスやこすりつけやカラコやコビックやとんぼりやPCBやジャージといった魅力的な人間に会いたいと切実に願っていた。オレ自身の意思とは全く無関係のところでmimiは、「出会いへの欲求」を膨らませていた。強い欲求が放つmimiのパワーにオレはやられた。ペッパー警部が今度のオフに来るが、それは彼が非常に好奇心旺盛でチャレンジャー的な体質であるということ以前に、mimiが彼を引き込んだ、という要素がものすごく大きいような気がする。オレも確かにmimiを京都に誘ったが、実はそうなるように巧妙に、mimiの欲求によって仕向けられていただけかもしれない。水鳥のように優雅に泳ぐイザビちゃんに憧れた。彼女のこの楽天における立ちまわり方は「高貴」といってもいい。オレのめちゃめちゃな日記に、一番多くレスを返してくれたのは多分彼女ではないかと思っているが、それでもどことなく距離的には、離れていたと思う。オレが丘に立っていて、川面の水鳥を眺めているようなそんな距離感だ。なんとかくい下がろうとしてオレも、多分一番多くレスを返したと思う。50回ぐらいのうち、多分2回ぐらい目が合ったろうと、勝手に思っている。最初はオレも水鳥のようになりたかったが、途中でどうあがいても無理だということを知った。そもそも血が、違うような気がする。楽天日記を書き始めた当初、オレの日記を誰に読んでもらいたかったというと、2ちゃん自転車板で知り合って仲間から友人になった、フランスやこすりつけやコビックやカラコだった。とりわけ女性が好きなオレは主にカラコに読んでもらいたいために日記を書き続けた。カラコは「コラボ日記」という概念だけオレに残し、九州から大阪へと旅立ってしまった。東京からの距離は幾分近くなったはずだが、オレにはどうしても彼女が遠くへ行ってしまったような気がしてならない。まきも練りからしも、自転車で関連して、仲間から「友人」になった。彼女のおかげで椅子G3が日記を書き始め、そのことが関連しているかどうかはわからないけれども、2ちゃん自転車板の仲間が、続々とこの楽天日記に投入され続けていて「日記ブーム」が巻き起こっているようだ。彼らのおかげで、仲間内だけで通じる隠語が飛び交う閉塞した「2ちゃんねる」的な粒子が次々と外へ拡散する契機が作られたということになる。いまだ匿名でうじうじと文句だけたれているだけの連中はやがて近い将来、楽天あたりに来て実名で好きなことを言うようになるだろう。bflatがちょうど、2ちゃんねると楽天の中間か、どちらかというと2ちゃんよりの立場だと思うが、彼の成功のタイミングがおそらく、楽天が2ちゃん的なものを受け入れられるようになった時の合図だろう。そのときに我々は、実名で堂々と他人を批判できるようになっているだろうか。あるいは徹底的に無関心でいるのだろうか。この1年で日記リンクさせていただくに至った愛すべき人たちのことについてここまで書いたが、1人だけ忘れていた。楽天ではなくジオシティーでごくたまに日記を書き、そして忘れたころにやってきては無責任な暴言を吐いては去り吐いては去る暴君、おおフランスのことだ。ロッカーを自称する彼は「荒し」としても有名だが、実際に会ってみるととても気さくで温厚で、ハナを鳴らして笑う癖だけが印象的な会社役員、というような実像を持っている。それはミッキーマウスの着ぐるみの中が実はオヤジダンサーズだったという話がありえなくはないのと同じレベルかもしれない。この楽天日記サイト「リバース」を東京ディズニーランドに見たてたときのミッキーマウスはまぎれもなくおおフランスで、ミッキーつまりフランス見たさによってくる客が、minaでありつなみでありともすれば他の多くのフランスファンだったかもしれない。とりわけminaに関しては、テーマパークの経営陣を批判し「ミッキー出せ(フランス出せ)!」というほど熱狂的たったわけだが、オレは経営方針として何よりも、バランスのとれた中村不思議のブランドイメージを前面に打ち出そうとしていたから、その要求に応えられたかどうかはあまり自信がない。この直近の1年に限らず最近、1年という単位が非常に短いような気がしていてならない。昨日何食ったかとかそういうことはあまり覚えてないけれども、1年や2年ぐらい前の出来事は、1週間ぐらい前に起こったことのように鮮明に思い出せる。パソコンの画面で、読んだり書いたりして「文字」としてアタマの中にインプットされているからだろうか。とりわけ楽天のこの1年は、とても刺激的で快楽的だったから、何年経っても忘れない。リンクさせていただいた方々や、この「リバース」に関与した全ての人に心から感謝する。どうもありがとう。
2003.11.29
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今君がこの手紙を読んでいるころには僕はもう君の前から完全に姿を消していることになるね。後のことは全て弁護士である佐藤くんに任せているから安心してくれ。今朝夢を見たんだ。僕はこの部屋で君の得意なカレーを食べているのだけれど、君と暮らしているのは僕ではなく誰か知らない男で、そこになぜか僕が客として招かれていた。僕はカレーがあまり好きじゃなかったけど、君ら2人の為にそのことは黙っていたんだ。そんな夢を見たんだ。この手紙を開封したちょうど2時間後に、君に2通の電子メールが届くだろう。報告書と、銀行のパスワード。口座に入っている電子マネーは、今回の報酬と思ってくれればいい。身の危険を感じたら、警察庁警備局第二公安課の溝口くんを頼るんだ。今僕がどこにいるかは聞かないで欲しい。この手紙を書いている時点では、まだ自分がどこへ向かうべきなのか、自分でもわかっていない。なお、この手紙は自動的に消滅する、成功を祈る。探偵小説やスパイ小説を読みすぎていたオレはだいぶ長く付き合っていた女と別れるとき、そんな内容の置手紙を書いてアパートを出た。パソコンもケータイも、オンラインバンクも電子メールも、あまり普及してなかった頃のことだ。正確にはこのときが2度目の別れで、1度目に、一緒に暮らし始めて1ヶ月も経たない時期に浮気をしてばれて、叩き出されて以来の別れだった。かばん一つで追い出されて、3ヶ月ぐらい経って寄りを戻した。お互い経済的にも精神的にも自立してない頃で、1人ずつ不安定な暮らしをしているよりは、一緒に生活したほうが社会へ立ち向かう上で有利だからという理由だけで、元に戻った。いくつかの時が流れ、2人は次第に完全に自立できるほどの経済力を精神力を身につけた。愛情があったのかといわれるとよくわからない。セックスはしたし、相手のために気を使ったし、なによりも多くの時間を費やした。カタチとしてはまるで恋人同士だったが、恋人同士としてのカタチに囚われすぎていたのかもしれない。結局別れてしまったけれども、別れたということは、結果的に愛情なんてものは最初から無かったということに違いない。この女と別れるためにオレは、友人に頼んで合コンをセッティングしてもらい、その打ち合わせという名目で家に電話をしてもらうように仕組んだ。弁護士の卵でもある友人の佐藤は裕福な家庭に育ち、学生の分際でソアラを乗り廻し、深夜の首都高を200㌔以上のスピードで走ってカーブを曲がりきれず、壁に激突した。クルマを大破し病院に担ぎ込まれが、入院先の看護婦と仲良くなりった。そういった矢先、看護婦との合コン企画が浮上していた。女と2人で部屋にいるとき、電話が鳴った。「元気か?オレは元気さ、新しいクルマ買ったんだよ、なんだと思う?」なんでもいいよ、退院したばかりなのによく金あるな。「あ?なに聞こえない。今首都高なんだけどさ、恐くて安全運転してますよ、でなんだっけ、看護婦との合コンの件な。」まだ契約に何万もかかっていたこの頃、この男は携帯電話を持っていて、用も無いのに電話をしてくるから少し迷惑だとも思っていたが、この男の携帯電話は、たまにオレにとっても便利なものとして機能していた。「サトミが言うにはのミキちゃんとクミちゃんの2人は完璧に抑えていて、あとは篠原さんと佐々木さんにOKもらえばばっちり、あと男だけどさ、ウッチーは誘うとしても、」クミちゃんいいね、目がこう、きりっとキツくて。「おまえ人の話きいてるか?」「誰?クミちゃんて」電話を切ったあと、そばで話を聞いていた女がいった。そういわせることが目的で佐藤に電話をさせたのだったが、オレは女を直視せずになんとなくはぐらかした。「そういうの、あまり面白くないんだけど。」そのときのやりとりが原因で、まもなく2人は別れることになった。別れることが決まっても、今度はすぐに家を追い出されるというようなことはなかった。別れることを前提に、1ヶ月ほど共同生活をしたが、内容的には、別れると決める前とあまり変わらなかった。一緒に食事もしたし、テレビを見たし、同じベッドで寝た。別れることが決まっている、ということを除いて、平凡な恋人同士となんら変わらない生活をしていた。ただその非常に不安定で不思議な期間に、最低な気持ちになったことが1回だけある。どういうわけか夜、セックスをしてしまったときのことだ。多分酔っぱらっていたのだろう。射精したいという生理を処理するために、別れることが決まっていた女を抱いた。腰を振っている最中に間違いに気づいたがもう遅かった。精液をティッシュでぬぐう間も、服を着る間も2人は無言だった。女が壁の方に向いて寝入った後にオレはベッドの横のじべたでウイスキーを2杯ぐらい飲んで、泥酔してそのまま寝た。オレが置手紙を書いて出ていったのは、その日の翌日だった。何年かぶりに、そのときの女と偶然、再会した。仕事が終わって、駅のホームで電車が来るのを待っていた。間もなく電車がホームへ入ってきて、やがて停車した。乗りこもうとして顔をあげると、電車の中に本を読む彼女の姿を見つけた。鼓動が速まった。なぜか違う扉から乗りこもうとして移動しかけた。彼女はオレには気づいていない。本に集中している。気づかれないうちに、彼女に一番近い扉から乗り込んだ。近づけば、声をかけたくなるかもしれないから近づいた。つり革を気にしながら本を読んでいる彼女の後ろにオレが立っている図が窓にうつった。これじゃストーカーだ。鼓動はますます高くなってゆく。自動的に、手が動いた。彼女の腕にちょっと触れた。彼女は少し迷惑そうに後ろを振り向いた。いぶかしげにオレの顔をのぞきこむ。誰?あんた誰?そんな顔をしていたが次第に崩れて笑顔になった。「おー、久しぶり!なに?太った?えー!」彼女は極めて陽気に、底抜けに明るくオレと話した。オレは虚勢をはっていたが内心臆していた。今はなにをしているだとかどこに住んでるだとか、友人は誰と結婚しただとか、そんなような話をしたが、お互いに恋人はいるのかどうかということはきかなかった。ああそう、メシでもどう?「うーん、いいや、今日は帰ってカレー作んないと」それからしばらく、電車の中で彼女の姿を探す日が続いた。
2003.11.28
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11/28、楽天テーマにおいて「コラボ日記プロジェクト」というイベントが開催されます。コンセプトは、同じ日に同じ日記を書いて、テーマにまつわる思い出や考えを共有したり、作文の腕を競ったりもしますが、要は「お祭り」です。まずは、自分のサイトの「おすすめ新着」を同じタイトルに染めることにチャレンジしてみましょう。そして、呼びかけによって連鎖して増え続けたリングの遠く果てしないその先には、新しい「出会い」が待っているかもしれません。ときに、今回のテーマは「出会い」です。人との出会いでなくてもかまわなくて、動物や好きなアイテムとの出会いについて語るのもいいでしょう。出会いが衝撃的である必要もないし、ささいなことでも全然かまわないと思います。文章のボリュームも中身も、誰も問わないですが、ただ、これはイベントです。自分ひとりで「出会い」というテーマの日記を書くときよりも当然注目されるでしょうし、負けたくない、といったような対抗意識や、あるいはプレッシャーを感じる人もいるかもしれません。それがこのプロジェクトの、難しいところでもありそして、楽しいところでもあるのです。重圧をはねのけて苦労して書いた日記をアップすると、達成感や開放感が複雑に入り混じって、最高のカタルシスを演出してくれるでしょう。11/28の午前0時に「祭り」は開かれますが、あるいはもう開かれた後かもしれませんが、翌朝でも、無理なら翌日でも、間に合うかもしれません。さて気が向いたらあなたも、この日、「出会い」について語ってみませんか。タイトルは、■出会い■~コラボ日記プロジェクト↑こちらに統一することをお忘れなく。コラボ日記プロジェクトは11/28、楽天広場をジャックします。
2003.11.27
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寒いから明日仕事に自転車で行くかどうするか迷っている。昨日は雨だった。あれ一昨日も雨だったっけか。一昨日雨だったら昨日は晴れていたはずだ。そういえば月曜は休みだった。今週はまだ2日しか働いていないが、月曜から3日働いたような気持ちになっている。それだけ密度が濃かった2日間だったといえなくもないが、今週が残り2日じゃ足りないような気にもなっている。客先の八重洲で仕事をしている。客先の銀行にはいくつもの会社が参入している。建設業でいうところの企業共同体「JV」のようなものかもしれない。それぞれ別の仕事をしていて、お互いが何をしているのかわからない。上のいうことだけを聞いて、ミスをせずにいればよい。極端なピラミッド体系だ。何百ものプロジェクトがそれぞれ独自に方針通り動いてさえいればそれだけでいい。プロジェクト員は何をしているのかわからないのに、全体を俯瞰してみると、大きな流れになっているらしい。考える必要はない。指示にただ、従っていればいい。組織には、野球型とサッカー型がある。監督の長嶋はプレイヤーに指示を与えるとき、ジェスチャーを交えて「バントしろ」という。このときプレイヤーは、なぜバントをしなければならないかわからない。でもそれでいいのだ。選手は与えられた指示を忠実にこなしているだけでいい。全体図は、長嶋のアタマの中にしかないが、全体としてはなんとなくうまくゆく。それが「野球型」。かたやトルシエは、いちいち「パス送れ」「いまだ、シュートだ」というような野次馬のような指示をプレイヤーには与えないかわりに、概念を与える。「MFは下がり気味でいけ」とかそういうことしかいわない。選手は、監督の指示通り組織が動くように、自分がどういうパスを出せばいいか、どんなタイミングでシュートを放てばいいか、考えなければならない。それが「サッカー型」。日本人はどちらかというと、サッカーより野球のほうが好きらしい。
2003.11.26
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中村不思議はオレであることには変わりはないけれども、非日常的だ。日常を中村不思議というフィルターで透過させ、非日常的にしてしまいたいときの道具であり、言い訳であるともいえる。睡眠や食事や仕事やセックスのときにオレが中村不思議であることはありえない。人ごみの中で孤独を感じたり、酔って感傷的になったり、想像の中に浸りたいときなどに発動する危機回避装置が「中村不思議」であるといっていい。つまり普段の生活や仕事に対して、中村不思議は非日常だ。その非日常を、日常だけで接点のある友人に伝えてみることにした。わかりやすくいうと、仕事仲間に、このサイトを見せてみることにしたのだった。中村不思議としてのオレをいわゆる外部の人間に知らせることについてはだいぶ迷った。迷ったが、知らせることのリスクよりも、新鮮で正直な評価をしてもらうことをオレは選んだ。彼女は、オレの仕事仲間で知っている限り、最も説明の必要がないと思われた。それでもかなり長い時間と言葉を使って前置きをして、彼女が密かに書いたという旅行記を読む権利と引き換えに、このサイトのURLを交換したのだった。酔っ払っていたから正確なことは覚えていないが、「思想的にはかなり偏っているけど、まあOK」という評価をもらった。偏っているというか、オレのデタラメなところを、言葉を選んで評価した挙句のことだろう。なんとなく次の日会社へ行っても、拒絶されていないみたいだから安心した。その女を、12/4の宴会に呼んでみた。フランスとか、自転車板の仲間とか、mimiとかが来る宴会に、仕事の同僚を誘った。このデタラメで全くまとまりのない集団の中に投入しても、きっとハマってくれるだろう、という打算のもとに誘ったとはいえ、どうなるか、果てしなくわからない。爆弾かもしれないし、養鶏かもしれない。全く未知数だが、異物であることには変わりはない。純度の高いところに異物を投入する仕事は、嫌いではない。
2003.11.25
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用もないのに池袋へ出かけた。3連休で、身体がなまっているような感覚がしていた。昨日は映画を観に出かけたが、ほとんどの時間が座ったままだったから、運動不足を解消するには至らなかった。中途半端にたまった乳酸やストレスを発散するため、自転車でなんとなく池袋へ向かった。財布がまるで空だったから、銀行で金を下ろした。他になにもすることがない。びっくりガードをくぐって東急ハンズにでも言ってみることにした。山手線の高架をくぐる南池袋のガード下はすでに渋滞していて車が何台も並んでいて全く進まなかった。車同士の間を自転車ですり抜けて先頭へ出た。先頭へ出たところの5叉路になっている交差点のラーメン屋の前に行列が出来ていた。3軒ほどあるラーメン屋の全ての店の前に行列が出来ていた。あまり混雑していない平日の昼間とかにそれらのラーメン屋全てにオレも入って食ったことがあるが、たいしておいしいとも思わなかった。池袋では、それほどおいしくないラーメン屋にも行列ができてしまう。たとえ行列が行列を呼ぶような集客効果があって店が繁盛していたとしても、味はたいしたことはない。オレが保障する。ジュンク堂の裏の、予備校のある一方通行をを逆走して東急ハンズへ向かったが、特になにも欲しいものはなかった。欲しいものはないこともなかったが、特別今日買う必要もなかった。その一方通行の途中にもラーメン屋があった。また行列が出来ていた。ラーメンは並んで食うものだと信じて疑わない、呆けた顔した貧乏そうな顔が10人ほど並んでいた。午後3時過ぎだ。昼飯時でもない。池袋では、ラーメンは必ず並んでから食うのがマナーらしい。千円のラーメンを食うためだけに街へ出てきて、ユニクロで申し訳程度に千円のシャツを買って帰るだけの客に行列を作らせるために店はわざと客席を少なくした設計で、池袋のラーメン屋は建設される。養鶏場の鶏のように客はすわり心地の悪い椅子に座り餌を待つ。ベルトコンベアと同じスピードでラーメンは運ばれてきて、店員の監視のもと食事中の私語は禁止された状態で客は麺状の餌を喰らう。豚の骨の味が染みた汁にまみれた炭水化物を、一列に並んだブロイラーがありがたそうにすすり込む。餌がなくなったら即座に交替を要求される。雑誌やテレビがおいしいと言っていた店のラーメンだからまずいはずはないから、客はうまいかまずいか選択しない。満足したような顔をした養鶏が得意そうに店から出てくる、池袋ラーメン激戦区。
2003.11.24
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キルビルを観てきた。結論からいうと、面白かった。公開からだいぶ時間が経っているとはいえ、休日で混雑している池袋の映画館にぽっと行って、座って観られるのか全く想像がつかない。あまり映画を観にいく文化がないからだ。開演30分前に行って、映画館の外まで行列が出来ていたら吐き気がするから、いくら楽しみにして観にいった映画でもやめてしまう。開演30分前、キルビルのチケットを並んで買った。この街の人間は並ぶということが本当に好きなようだ。地下2階の2番館に下っていく階段の途中で前がつかえた。開演を待つ次の客が10数名すでに並んでいた。客席は200以上ある。並ばなくても絶対に座れる。しかし次の客は行列をつくって、開演までの時間を並ぶことしかせずただ待っているだけだ。最初に並んだやつは後から来た人間に、同じように並べ、ということを強いている。行列が出来ている以上、それに従うことが最も合理的だ。最後尾になりたてのころは、前列が恨めしい。しかし次第に後ろに列が出来てきて、何メートルも後ろに並んでいるアホどもを見てオレは優越感に浸る。この時点でオレはもう行列の奴隷になっている。これじゃあ魂安売り男というレッテルを欲しいままにしている人みたいだ。キーホルダーにしているビクトルノックスの万能ナイフをポケットから取り出して、一番長い刃を爪でつまんだ。行列の先頭に行き、映画通そうな顔をしてコーデュロイのジャケットを着ているような貧乏人の頬に頬にナイフの先端を突き刺し口腔まで貫通させたままで、声を出させないように左手で喉を押さえながら、「何並んでんだよ」と静かに台詞を吐くオレの姿を想像してたりしていると、行列が前に進み始めた。ようやく入場時間になったようだった。スピーディーな映像とミスマッチな音楽でストーリーはテンポよく進んだ。バカバカしいノリは前評判通りだったし、派手なアクションは宣伝フィルムのテンションを失わなず品質は非常に良かったと思う。最も衝撃的だったのは、これは他に映画を見に行った誰もオレに言ってくれなかったことだから、オレがここで言っていいことかどうかわからないけれども、この映画は最初から続きものとして作られていたということだ。つまり最後の敵であろう「ビル」は、今編には出てこなかったのだ。確かに、最初に出てきたタイトルには、「Vol1」と書かれていたが何のことか判らなかった。仕事の客の一人とランチの時に、「キルビル観にいきましたよ、賛否両論分かれるみたいですけどね、中村さんなら絶対にハマりますよ」と言われていて、そういわれていたことも今回観に行くことに決めた理由の一つではあるけれども、確かに、マトリックス2の5倍ぐらいは面白かった。次は、上映前の宣伝で流れていた「ラストサムライ」を観に行くかもしれない。並ばなくてもいい映画館に。
2003.11.23
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年末のビッグイベント 「おおフランスがやってくる おら!!おら!!おら!1」の詳細が決まりましたので発表いたします。--------------------日付: 2003年12月4日(木)集合: 18:30 新宿東口交番前会場: 日常を忘れられる不思議な異次元空間 ■~ザ・ロックアップ 新宿店~■ 監獄アトラクションと創作和食の刺激的空間!! 店内に入るとミニスカポリスに連行されちゃいます!1 (新宿区新宿5-17-13 オリエンタルウェーブ5F)http://gourmet.yahoo.co.jp/gourmet/restaurant/Kanto/Tokyo/guide/0401/P055300.html --------------------※ 開場: 19:00、フランス登場予定時刻:20:00 時間無制限、席だけの予約です。 予約名は、「イノウエキョウヘイ」。■参加予定者■:おおフランス、飯尾副主将、むっしゅがまかつ、Pたん、猫さん、リンボウ、まろ、スケベ椅子、mimi、はね、ねりわさび、ねりからしペッパー警部、素人女、中村不思議 (総勢15名)遅れてくる方は、誰かにその時刻を連絡しておいてください。誰とも連絡つかない方はこちらへ。inoue_kyohei@yahoo.co.jp当日は、18:20~18:40ぐらいまで新宿東口交番前で待ち合わせます。そこで一斉に店へ移動します。遅れてくる方は店に直接向かってください。フランス先生ご登場は去年と同様、20:00ぐらいになるそうです。精々場をもりあげておけ、とのことですので、盛り上がっておきましょう。尚、若干名の追加には対応できそうですので、参加したい方は引き続き、手をあげてみてください。では12.4、大いに盛り上がり一年を締めくくりましょう!1■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 今年も残り少なくなってまいりました。「おおフランスがやってくる おら!!おら!!おら!1」実行委員会は去年に続き今年も、おおフランス氏東京招へいに成功しました!!つきましては氏を囲み、年末恒例の宴会を催したいと存じます。さまざまな思いの一年を回顧し、大いに飲み語り合いましょう。ご多忙中恐縮ですが万障お繰り合わせの上、ご出席くださいますよう、よろしくお願いします。 記日時 12月4日(木)場所 東京新宿なお、準備の都合上、11月25日までに以下のURLへのレスとして、出欠をお知らせください。http://tools.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/8669/@geoboard/159.html
2003.11.22
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この頃なにかと忙しくしているが、それは主に仕事のことだから、夜家に帰ってきてパソコンに向かって日記を書こうと思ったときに、どんな内容で書こうかということについてだいぶ悩むがそれでも出てこないのは、仕事のことしか書くことがないからであって、それは書いてもそして多分読んでいるほうもあまり面白くないだろうから書きたくはない。仕事のことを書かないとなると、なにもイベントが無い日は本当になにもかけない。それでもパソコンの前に座って必死でねばってみて、今日あったささいな出来事を装飾して書き始めることが多い。そうやって書き出してみて指が暖まってくると、大抵なにかテーマにたどり着いて徐々に移行してゆくのがいつものパターンなんだけれども、最近の日記を読み返してみると、当初の方針からかなり脱線していることに気付く。「デフレスパイラル~」では、電車を乗り違えたのはつまり疲れているかだ、という冒頭にして、疲れを取り除くために酒を飲み、翌朝は飲み疲れて顔とかがむくみ、どんどん疲れは溜まっていく一方だ、ということを経済的悪循環にかけて「肉体のデフレスパイラル」などと古館伊知郎のようなことをいって悦に入りたかったのだけれども、結局まとまらずに終わってしまった。今日の午前中に書いた「ボジョレヌーボー」だって、大衆消費の象徴であるボジョレヌーボーを軽蔑しているつもりのオレが不本意ながらも解禁当日に飲んでしまった自嘲をもっとコンパクトに説明できたはずだった。のべつまくなく書き連ね、書かれた日記は読み返すことなくアップロードする。UPされた後に読み返してみると、誤字脱字があるのはいつものことだが、書いていたとき方針が示す映像とは全く無関係な作文になっていたり、だいぶ盛り上がって書いたはずなのにしょぼかったりして驚いたりすることがよくある。それもまた新鮮だという見方もないわけではないが、伝えたいことを正確に誰かに伝えたくて、そのスキルを伸ばそうと思って日記を書き始めたあのときの新鮮な気持ちは失われているようだ。つなみ嬢の日記を読んでいたときふいにオレの名前が出てきて嬉しくなった。やっぱり誰かの日記に自分のことが書かれていると嬉しくなる。脳に流れる信号をストレートに交換して、お互いにプラスの感情を引き出してゆけるという特性がネットにはあって、それは連帯感を高めるために非常に重要な工程だということを再認識した。日記がなかなか日付に追いついてくれず、書くことで手一杯になってしまってなかなか日記リンクしてる人にレスを書けずにいるけれども、昨日で客先の作業も終わり今日は自社に戻ってきて、だいぶ弛緩しながら溜まった日記の処理をしてなんとか追いつきそうで、夜は宴会も予定されていないので、今夜あたりゆっくりと、読む側としても楽しみたい。今日もまたどうにも纏まらない作文になってしまった。日記が更新されると、どこか一覧のようなところの上のほうに載るのだろうか、それとも、無作為抽出にヒットしやすくなるのだろうか、結構な数の楽天ユーザーが見にきては去り、見に来ては去る。見たんならなにかコメントを書いてから去れとかいうような、精神的に貧しいと思われそうなことは言わないけれども、彼らはめったに感情を表に出さないから、彼らにオレの日記が、あるいはこんな日記を書くオレ自身が、どう思われているかということは少し気になる。テレビが視聴率や苦情の電話を気にするように、やはり書き手としては、気にしていないように見えても、評判や評価が気になるところではある。結構ツッコミどころ満載なことも書いているにもかかわらず、これだけ反応がないとなるとこう、書いてることが誰にも伝わっていないんじゃないか、という恐怖が自分の中に芽生えてくる。オレが緑だと思って見ている色は実は、他のみんなには、オレが赤だと思っている色に見えているかもしれないと思ったときの恐怖と、タイプ的には似ているかもしれない。「反感」の占める割合が圧倒的に多いと勝手に予測してみたりしているが、ここ楽天は、あまり他人を非難したりする文化がないようだ。反感を真っ向から表現する客はminaで、彼女はとても勇気ある女だと思うが、批判者がたった1人では、それを標本として分析するのは非常に困難だ。物乞いのように「レスくれ」というのはみっともないけれども、でもやっぱり他者への評価は連帯を培うためにも、スキルを高めるためにも、重要な工程で、それがプラスに作用しようがマイナスだろうが、リスクを省みずお互いぶつかりあうべきで、これはオレにとって今後の重要な課題であるともいえる。まとまっているようでまったくデタラメな感じで終わってしまった。結論としては、今日はだいぶアタマが弛緩しまくっている。
2003.11.21
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朝仕事に出かけるときの池袋駅の乗り換え通路に面した西武デパートのワインコーナーの店員が、「今年のボジョレーは大変飲み易くなっておりまーす」とかなんとか騒いでいたことで初めて、この日がボジョレヌーボーの解禁日であることを知った。夕方仕事から帰るときも、客先のビルのオフィスの前の、メルシャンとか明治屋とかでも、おっさんの店員がダミ声を張り上げ必死になって、今年取れたブドウで出来たフランスワインの新酒つまり2003年のボジョレーを売るために呼びこみをしていた。「解禁」といわれたり「期間限定」とかかれていたり「超お買い得」などとうたわれていてもあまりそわそわしなくなった。もともとそういった購買意欲を掻き立てる言葉を軽蔑していたし、そういった言葉を使って消費者を操作しようとする当局の傲慢さにも腹が立つ。そして宣伝文句に踊らされて行列を形成し、支配者階級の支配欲求を満たすだけのために生まれてきたような、愚鈍で楽天的な末端の大衆は、まとめて燃えてしまうべきだ。ボジョレヌーボーの解禁にあやかって街全体が少し騒がしくなっていたが虚しく空回りしているようにしか見えなかった。普段からフランスワインを飲む習慣の無い人間も今日だけは「今年のボジョレーは豊作だったんだって」というような会話をしながら透明なワインボトルが置かれたちゃぶ台でチーズなぞ喰らってきっとささやかな幸福を享受したような気になって大喜びするに違いない。想像しただけで胸焼けがしてくる。四畳半の書斎兼物置で本を読んでいたると嫁が帰ってくる音がした。扉を開けた嫁の手には西武デパートの袋がぶら下がっていたから嫌な予感がした。「ボジョレヌーボー買ってきちゃった」やがて我が家の食卓にはフランスパンやブルーチーズや、マリネとかサラダとかいった惣菜が並べられてまるでフェイクのブルジョアだ。誰かの結婚式の引き出物として貰ったワインオープナーでコルクを開けて、年に3回ぐらいしか使わないワイングラスに赤い液体をなみなみと注ぎ一口やって、「ヌーボーはあまりおいしくないんだけど、今年のボジョレーはだいぶ飲みやすいね、50年に一度ぐらい当たり年があるんだよね、2003年のワインはこれから高値がつくかもね」とかなんとか言ってしまいます。本日の魂は、だいぶお買い得になっています。
2003.11.20
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西武池袋線池袋駅から一駅の椎名町という駅が家の最寄で、急行でも快速でも準急でもない普通列車に乗らないとその駅では降りられない。池袋駅で改札の中に入り階段を上ったところのいつものホームに停まっていた電車に飛び乗った。いつもよりも混雑しているような気がしたが本を読んでいたからあまり気にならなかった。読んでいたのは誕生日プレゼントとしてカラコから贈られてきたキングの「刑務所の中のリタヘイワース」という本で、映画「ショーシャンクの空に」の原作であり、恐怖の春夏秋冬という連作の「春」に位置付けられている。ショーシャンクの空にという映画は何度も見たし、読み進むうちに映画のシーンが浮かび上がってきて、映画をなぞっているような不思議な感じに襲われながら読んでいる。元銀行員の囚人アンディの顔はティムロビンスで、調達屋レッドはモーガンフリーマンのイメージで固定されているということも、さくさく読めている原因の一つかもしれない。次の駅で降りなければならないのに、かなり長い間電車に揺られているような気になってきて、ふと本から目を外した。扉の上の電光掲示板に「次の停車駅は、練馬」という文字が流れるのを見てようやく、乗る電車を間違えてしまっていたことに気づいた。乗ってしまったものは仕方がなく、練馬へ着いたら3駅ぐらい引き返さなければならないと思った。なれない準急は予想以上に揺れて、その揺れに耐えきれなくなり、よろけそうになるカラダをひきとめるため、わずかに足をずらした。そのときとなりにいたおねいちゃんのつま先を革靴のかかとで踏んでしまったようで、おねいちゃんは「あ」とかいうような声にならない声を出してしまった。オレも誰かの足を踏んづけてしまった感触が革靴を通して神経から脳へ伝わり、とっさに「すみません、ごめんなさい」といったが彼女はまだ痛がっていて、「いえ大丈夫ですから」のような、オレが期待していた言葉は遂に聞かれなかった。練馬で降りて、引き返すためのホームへ昇りなおしたとき、次の電車が来るまでの時間があと10分以上あると知ったときには絶望的な気持ちになったのだけれども、悔やんでもどうにもならない。普通と準急とを間違えて乗ってしまったオレのミスが原因のこととはいえ、普段普通列車が停まっているはずのホームに準急がいることや、折り返すために10分もの間隔が空いてしまう時刻設定にしている鉄道会社に憤りを感じないこともない。しかし鉄道会社を呪い否定するということは、オレが住んでいる地域への否定にもつながる。おねいちゃんの足を踏んづけてしまった自己嫌悪からくるストレスは、謝ったにもかかわらず許してくれなかったおねいちゃんへを呪う気持ちで発散させようとしている。なにもかも悪循環だ。やっぱり考えることを一切止めることにして、本を読み始めた。高架にかかる駅のホームは11月の冷たい風にさらされていた。工場の屋上にタールを塗るってビールを獲得するシーンになっていて、少しだけ寒さがまぎれた。レッドがアンディとの出会いについて語っているような調子でオレも、早く家に帰って誰かとの出会いを綴る今日の楽天日記を書きたくなった。
2003.11.19
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「やっぱり脱いだほうがいいんじゃないかな。」やっぱり脱いだほうがいいいよな、マフラーを外して椅子の上に置いて上着を脱ぎにかかると彼女はオレの後ろに回って背広を脱ぐ動作を手伝ってくれた。君は脱がないの?「うん脱ぐ」脱がしちゃってよい?「えー」上着はそのままにして中のブラウスのボタンを上から2つか3つぐらい外したままでその中に右手を入れて女の胸を探った。信じられないほど柔らかい感触に驚いて手を離せなくなってしまった。この柔らかすぎる女の胸にローションかなにか潤滑剤を塗って、立ったままの攻撃的なスタイルで今すぐに射精したいと思ったが、彼女は自分で全部脱いでしまった。そしたらなんだか急に萎えてしまった。服を着たままプレイしたかったがゆるされなかった。女をベッドに座らせ、立ったままの姿勢でフェラチオさせた。フェラチオに飽きた女が途中で咥えるのをやめたからオレは女を立たせて後ろから愛撫した。「ちょっと倒れそうなんだけど」それでも女には座ったり寝たりすることを許さず立ったままでいることを命じた。ベッドのフレームに手をつくことだけ黙認し、後ろから犯した。延々と長い時間腰を振り続けていたが、酒を飲んでいたためなかなか射精したくはならず、バカみたいに腰を振り続けるオレの姿が天井一面に張られた鏡に映っているのをふと見てしまって、腰を振り続けようかそれともやめるかどうするか、かなり迷った。
2003.11.18
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楽天で日記を書き始めたのが去年の年末だから、もうそろそろ1年書き続けていることになる。1年ぐらい続けられればいいなと思って書き始めて、1年続けばなにか得るものがあると思ったし、実際1年近く書いてみて、割と予定通り得られるもは得たつもりになっている。11月末日をもってこの楽天をオレは辞めるが、やり尽くしたという達成感みたいなのもあまりないので、やめた後もたまに日記を更新してしまうかもしれないが、もう日記を書く必要がない状況を想像すると、たまらなく解放的な感じがする。日記を書き始めたとき、ネットで知り合った何人かの友人、たとえばフランスとかカラコとかいった今やここでもメジャーになった名前の友人にだけ、このサイトの存在を知らせていた。当初から掲示板の書き込みは多かったが、そのほとんどが彼らによるものだった。楽天でもともと日記を書いている側の人間で、一番最初にここに書き込みをしてくれたのがmimiだった。年末、有馬記念を外した、という話題の日記を書いたときに、「わたしも外した」というようなコメントを書いてもらったのが確か最初だったと記憶している。初めての「客」にオレはうれしくなってしまい、mimiのサイトを断りもなしに日記リンクさせてもらった。オススメ新着に初めて載せたのが、mimiということになった。オレが日記リンクに登録しても、mimiはしばらくオレのところを相互リンクという形でリンクしてはくれなかった。電波気味なオレの日記を警戒してか敬遠してかはよくわからなかった。「日記が面白い」というようなことをいってようやく相互リンクの状態になったのは、開設から1ヶ月位経ったころだった。昨日、mimiと会った。彼女と会うのはこれで3度目で、1回目は9月に京都へ行ったとき、2回目はその1ヶ月後の10月だった。3回目の昨日は11月で、ちょうど1ヶ月に1度のペースで会っていることになる。熱のこもった恋人同士なら、1ヶ月会わない状況というのは信じられないほど長い期間なのかもしれないけれども、いつもの場所、いつもの時間きっかりに現れた3度目のmimiを見たとき、1ヶ月も会っていなかったようにはまるで感じられなかったし、これまで2度しか会っていないような感じはまったくしなかった。2回目に会ったときに、また会おうということを誓い、それを実現させるために3回目が設けられた。何日か前には久しぶりに会うmimiの顔を想像したし、デート当日には約束の待ち合わせ時間に間に合わせるため定時で仕事が終わるように猛スピードで働いた。mimiに会うのが楽しみになってきていた。中年のおっさんがキャバクラで知り合った若いコに熱をあげる気持ちがわかるぐらいの境地に達したかもしれないが、オレはおっさんではないので例えとしては的確ではない。「もうねわたしもね、いつ辞めてもいいと思ってるの」オレが11月をもって日記を書くことを辞めるといったことを受けてmimiは、実は辞めたいと思ってたんだ、ということを9月に初めて会った段階で言っていた。辞めるとかいってたじゃない、いつ辞めるの、そうだ一緒にやめようか、心中みたいでかっこよくない?「えーそう、それもいいんだけどね、問題はさ、辞め方だよね、不思議に便乗する、みたいなのもあんまかっこよくないしさ、で、コラボもあるわけじゃん、今日なんかわたし、何書こうか考えててさ、気づくと口にだしていっちゃってるわけ?これじゃヤバい人みたいじゃない?ねー」喫煙室で1人になったときオレも外の景色を見ながら、今日の日記はどんなことを書くかよく考えたりするよ、どんなに仕事詰まってるときでもさ。ふと考えると、日記に縛られてるんだなって、つくづく思うよね。「ああ、わたしはその状態からもう脱却したね。前はそういうこともあったけど、がーパソコン立ち上げるじゃん?でみんなの読んでさ、さあ書こうとかいうともう12時とかなの。あどうしよう、みたいなねー、そこでもう書くのやーめた、みたいなさ、でもほら、つなみが大阪行ったとかいう話?ああいうのを読むとね、やっぱり続けてみようっていうかさ、仲間が何してるか、っていうのはやっぱり気になるわけでね」サンシャイン通りを見下ろす5階の窓にはしっかりとブラインドが下ろされていて、下界を見下す優越感を味わえない中途半端なカウンター席で、極端に量の少ない料理をつまみながらmimiを左側に置いてそういった話をしていた。オレは右側にいるほうが落ち着くからこの配置にしたし、前にカウンター席に座ったときも、オレが右で彼女は左だった。ところが店を出たとき、並んで歩くmimiはどちらかというと右側に傾むこうとしていた。オレもどちらかというと左側を空けて歩いていて、空けた場所に彼女が来ることを無言のまま促していたのだけれども、その状態だと彼女はオレの後ろに付き従ったままになっていて、空けた左側にはなかなか移行してはくれなかった。もしかしてさ、右側のほうがいいわけ?「あそうかも!なんかさっきもね、なんとなく落ち着かなかったんだよねー」不本意ながらもオレは歩きながら左に逸れ、右側を空けmimiのために空間を作った。するとごく自然なスピードでmimiがすっとオレの隣に入って歩きはじめた。右が好きならそういやいいじゃん。「いや今まで気づかなかった。なんかへんだとは思ってたんだけどね」右手がふさがれてしまうことを嫌ってすこしためらったが、mimiの左手を握った。「寒いね」とかいうことを言いながら手を繋いで歩いて、サンシャイン通りを西へ向かった。
2003.11.17
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窪塚くん主演の「魔界転生」をレンタルビデオ屋で借りてきて観たが最低だった。この映画はもともと1982年とかそれぐらいに深作欣二監督により沢田研二(ジュリー)主演で映画化されていて、今回の窪塚版はそれのリメイクである。島原の乱で死んだ天草四郎が怨念かなにかで復活し、死者を甦らせる魔力を身に付けて国家転覆を企むわけだけれども、武蔵とかインシュンとかタジマノカミだとかを復活させてはそれを柳生十兵衛がことごとく打ち破ってしまう。そういった展開からもわかるように本来これは、痛快SFアクション時代劇で、深作版の魔界転生はダイナミックで荒唐無稽で、鑑賞者が期待しているシーンしかないから非常にスピーディーで、そういった意味でもエンターテイメントに徹していたと思う。山田風太郎原作の「魔界転生」をオレは読んだ事はないけれども、リメイクされた新しい窪塚版は、どちらかというと造り手が原作のスケールを伝えたくて出来た作品ではないかと思う。そのため説明が多くなってしまい、説明するため登場人物も多くなり、なんだか今回は家康も復活してしまったのだけれども、派手に復活した割には、かなりあっけなく死んでしまって、なんのために出てきたのかよくわからなかった。タジマと十兵衛の親子対決が最大の見せ場なのにもかかわらず、なぜ対立しなきゃいけないかという説明が希薄だったし、宮本武蔵にいたってはただ出てきただけで、出てこなくてもなんら問題はなかったように思うし、CGもいかにもCG使ってます、みたいだった。作り手としては、こんなこともできますよ、ぐらいに技術を誇示したいのかもしれないけれども、CGがいかにもCGだとわかるととても悲しくなる。我々は美しいCGを観たいわけではなく物語を観たいと思っているわけで、「あ、これCGだ」と思わせるのは、ミニチュアだ、とか、チャック見える、とかよりもともすればタチが悪い。窪塚主演ならハズレはないと思ったが、面白くないことを通り越してマジでむかつく映画だった。映画を観てこれほど腹が立ったのは、金城主演の「リターナー」以来だった。子供だましならパッケージにちゃんと「子供向け」とかなんとか書いておけ。あまりにもむかつくから最後の十兵衛と天草四郎の対決の顛末を書くけれども、十兵衛劣勢になり窪塚の剣で左肩刺され、十兵衛苦悶の表情、窪塚「は!」、雷鳴轟いた瞬間、十兵衛新陰流の極意だかなんだか発動せしめ危機一髪。両者翻り、十兵衛がすかさず窪塚へ接近、その懐へ背中を合わせ、肩に突き刺さったままの剣をぬぷぬぷと自分の肩へ押し込み貫通、背中の窪塚に貫通して、窪塚を死に至らしめた。鉄拳の吉光が得意とする、「不憂(ウレイナシ)」という技のパクりだ。
2003.11.16
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この頃休日になにかしたいという意欲とか、どこかへ出かけて充実した気分になりないという欲求などが全くなくなった。体内時計は膝の裏にあるらしく、夏と違ってジャージ上下で寝ているから膝の裏は隠されたままで、朝になっても日光を浴びることはなくなった。そのためかどうか知らないが休日に目が覚めるのは決まって昼頃である。夏だった頃は9時とか10時とかそういった時間に起きていたから、ゆったりとブランチを食べ、コーヒーを飲みながらサンデープロジェクトなぞを見てから出かけても十分な時間があったのだけれども、此の頃は出かけるとすぐに暗くなってしまう。別に損をしたような気分にはならないし、そもそも出かける目的というのが、夕方になってビールを飲み始めるまでの腹ごなしと、喉の渇きを演出するためのものだから、無理に出かける必要はなかった。本を読み始めると止まらなくなったり、レンタルビデオ屋に通いつめたりして連続的にビデオを見出したりするのと同じように、消費にも中毒性があって、ひところオレは、休日になるとビックカメラや東急ハンズに通いつめていた時期があった。それは何か欲しいものがあったからということでも、何か欲しいものなないかどうか探すためでもなく、まず今日出かけるための理由を朝食の後考えてみたときに、家電が足りないことに気づいたり、生活をもっと充実させたいと思って新しい文化を取り入れてみようということを思いついたりして昼下がり、ちゃんと目的を持って、その目的に沿う店へ向かった果てに辿り着くのが、東急ハンズだったりビックカメラだったりすると、そういうことだ。この頃欲しくて買いにいったものいえば、ゲーム機としては全く使わなくなってDVDの再生機として活躍しているプレステ2のDVDリモコンだ。今まではゲーム用のコントローラーでちまちまと一時停止やメニュー選択の操作をしていたが遂に面倒くささが頂点に達してしまって買うことに決めたのだった。プレステの周辺機器は池袋のビックカメラまで行かなくても、近所のツタヤで買えるからあまり食後の運動には適していないし、自転車を3分も漕げば着く位置にツタヤはあるから、あまり喉も渇かない。ツタヤへ入るなりフロントへ向かい、ぼさぼさのアタマにジャージという格好で眠たそうに、「プレステのリモコンあります?」と店員にきいた。「えー少々お待ち下さい」といって棚を探し始めた若い男の店員が、「色はどれになさいますか?」と聞いてきた。「は、黒で」とは言ったものの、リサーチして得ていた情報の中のリモコンのカラーは黒の一色しかないはずで、色を選べるとは思ってもいなかった。不審そうに店員の動作をながめているとさらに、「スケルトンタイプなどございますが」といいはじめ、探し出して取り出した箱の中身は、リモコンではなくコントローラーだった。「いやコントローラーじゃなくて、DVD用のリモコンなんだけど欲しいのは」「あ、失礼しました」といって店員が持ってきたのは確かに黒いプレステ用のリモコンだったが、惜しいかなオレの機種では使えない、受信機が付いていないタイプのリモコンをその店員は持ってきてしまった。「いやこれじゃなくてね、受信機付きのやつ、ないの?」このころになるとオレもだいぶ苛立ってきていて口調で横柄さを演出し苛立ちを表現したいと思う悪い癖が出てきている。店員は慌てたように棚に引き返し、別のスタッフも巻き込んでオレが所望している受信機付きのリモコンを探しにかかった。新たに加わったスタッフは、メガネをかけた小太りの女で、学生ならふけすぎているし、30過ぎだとしたら知的障害者かもしれないと思わせるような年齢の不詳さだった。形の悪いジーンズの腰のあたりをもっこりと膨らませていてこの女のヌードを想像したくなかった。女はいくつかあるプレステ用のリモコンの箱を眺めながらしきりに首をかしげていた。オレを待たせている男の店員も、客として待っているオレのことも眼中にないといった面持ちで数分間、左右の手にとった2つのリモコンを延々とながめつづけたまま、だた首をかしげているだけだった。レジに立つオレの後ろには他の客が並びかけたが、長丁場になるとふんでかすぐに隣のレジに並びなおしていた。オレはなかばあきらめて、いやないんなら他探すから、というようなことを言おうとしたが、小太りの女が持っているほうのリモコンのパッケージの内容をちらっと見たとき、どうもオレの手元にあるものと違うものが入っているような気がして様子を見た。小太りの女が最終的に下した結論は、「違うのは、ちょっとないみたいですね」だったが、オレはこの時点でツタヤの店員に対する信頼を全く失っていたので、「ちょっとそれ、今持ってるやつ、持ってきてみて」と少し強い口調でいったのだった。「これ、受信機入ってんジャン」並べられた2つのリモコンのパッケージの、その中に入っている部品の個数はあきらかに違っていて、かたや黒い受信機入りで、先に渡されたもう一方はあきらかに受信機がついてない商品だった。「あのね、これが受信機。じゃあこれ、ください」アホな店員のために無駄に費やされたオレの時間への対価や、不愉快な思いをしたことに対するペナルティーなど一切オレは問わず会計を済ませ、2階へ上がった。このリモコンの動作確認をするためになにか、DVDを借りなければならなかったからだ。邦画と洋画の新作コーナーを探した結果、見たいと思う映画のタイトルが一つだけ見つかった。「魔界転生」借りたのはいいが、DVDではなく、ビデオしかなかった。これではせっかく買ったDVDリモコンが台無しだ。なんとなく、うまくかみあわない。
2003.11.15
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金曜なのに飲みにもいかずしていた仕事は、11時過ぎまでかかっても終わらず結局あきらめて月曜に持ち越されることになった。この日は池袋東口にある西武百貨店の五大陸でスーツを買ったときについてきたマフラーを下ろしていたがまだコートを着るのは早そうな季節だったから、スーツにマフラーという格好で深夜に自転車で帰らなければならなくてものすごく寒かった。もしマフラーが無かったら居酒屋でカラダを暖めてから帰らなければならないほどその寒さは深刻だったが、スーツもおろしたてだったので、もしまかり間違って酔っぱらって転倒したりして汚れたりすりむいたりしたら最低な気持ちになっていただろう。家に着いてテレビのスイッチをひねると、近頃はひねるスイッチのテレビはあまりないが、とにかくテレビを点けると、W杯女子バレーの再放送をやっていて見入ってしまった。試合の結果はヤフーのニュースを見て知っていたから、応援するため真剣になって観戦する必要は全く無かったのだが、相手チームであるキューバのユニフォームの美しさに目を奪われてしまっていた。黒人特有のしなやかな体つきにぴったりとフィットしたブルーのワンピースから、鋭い形をした尻が半分ぐらいはみ出ていて、それがエロティックでもストイックでもどちらでもなく、どちらかというと彫刻に似た芸術的な美しさの印象をオレに与えていた。キューバチームの選手は軒並み不細工な顔をしていたが、それを差し引いても見とれてしまうほどスタイルは完璧だった。この試合、結局日本がキューバに勝ち、対戦成績を7勝3敗とするわけだが、マスコミは揃って「五輪への望みつながる」というような報道をしている。このW杯大会で与えられる五輪への出場資格はリーグ戦の上位3チームのみだ。首位の中国と2位のブラジルはすでに資格を取得していて、同じ7勝3敗でならぶアメリカとイタリアと日本が残るたった一つの権利を巡って最終戦で雌雄を決するわけだけれども、その条件は絶望的としかいいようがない。日本が中国に勝ち、イタリアとアメリカがともに負ければ、日本は3位になり出場権を獲得するが、そんなことは誰が見ても無理と思うに決まっている。ところがマスコミは「望みをつないだ」などと大衆の期待を煽るようなことしかいっていない。全勝街道驀進中の中国に日本が勝てるはずもなく、もしまかり間違って買ったとしても、アメリカとイタリアが揃って負けることはありえない。おそらく国民のほとんどがもうこの大会での五輪出場は無理だとして冷めた目で観戦している中で、テレビや新聞だけが本当のことを言わずただ大喜びしているだけだ。まだ真剣に五輪出場権が獲得できると思ってるバカどもに「もう限りなく望みはありません」ぐらいいってやることが、本当の優しさだと思うぜオレは。バカにはおまえバカだってちゃんといってあげないとさ、そいつは一生バカのまま暮らすことになるんだぜ、かわいそうジャン?W杯女子バレーの日本チームの中でオレは特に注目している選手が1人だけいる。それは現役女子高生でも、恐い顔をしたキャプテンでもなく、華やかがエースアタッカーでも、美しい弧を描くトスを上げるセッターでもない。1人だけ違う色の服を着た、レシーブ専門の「リベロ」と呼ばれるポジションにいる、貧相な感じの小さい女のコだ。中途半端に伸ばした髪の毛をゴムヒモで2つに結んでいる小さいコが、他の大きな選手にまぎれてコートの中を小動物のように駆け回っている映像はなんとなくほほえましいが、ほほえましいから注目しているというわけではない。バレーボールという競技の中でもっとも奇跡的なプレーは「レシーブ」だ。相手コートでレシーブが上がる。上がったボールの下にセッターがもぐりこむ。右か左か、高いか低いか、後ろか前か、レシーブの次の2番目のボールコンタクトにはそれしきの選択肢しかない。アタッカーもブロッカーもその選択肢の中から、トスを上げるセッターの体勢や、プレイヤーの配置などを見て作戦を推測し、攻撃地点を絞り込んで動き始める。相手のスパイクが1人で行われるのに対して味方のブロックは、スパイクの照射角を狭めるために2乃至は3人必要であり、つまり攻撃側は圧倒的有利を保持している。最終ラインのレシーバーはもっと絶望的だ。ブロックのために前衛3人が狩り出されているということは、残り3人でコートを守らなければならない。ブロックを抜けたスパイクをレシーブされることをあまり期待されていないということだ。それでも味方ブロックにより遮断されるであろうアタックコースの合間に、後衛の3人が配置される。申し訳程度だ。ブロックの間を抜けて放たれた時速150㌔ものスピードと破壊力を持つ強烈で鋭角なスパイクは決定的だ。味方にしてみれば絶望的だ。相手アタッカーが放った猛スピードのボールが地面に接地するまで時間は0コンマ的な超ミクロの時間軸の中の出来事だ。脅威的なスパイクをレシーブするためには、反応し初動しボールを捕獲するための体勢を作るまでの時間が、スパイクと同じ速度でなければならない。放たれたスパイクは絶対的だ。アタッカは打った瞬間に決定のイメージを思い浮かべている。捕獲するのはもはや不可能に近い。レシーブして次の攻撃に移ることなど奇跡に近い。ところがこのリベロの貧相な女のコは、キューバチームから繰り出される決定的で絶望的なスパイクを再三にわたって拾いあげていた。決定的であるはずの相手スパイクにコンタクトするだけにとどまらず、美しい弧でネットラインぎりぎりにボールを運び、絶望的な環境からチャンスを作り出していた。起死回生といっていい。さらに、超人的な体勢で奇跡的なレシーブをしたにもかかわらず、スパイクが決定した後にチーム全体が喜びまわるようなセレモニーも当然ないまま、ただ彼女は淡々と、次の仕事に移るためすばやく体を翻し何事も無かったように、ブロックのフォローや相手チームの次の攻撃に備えていた。クールだった。圧倒的決定的だったはずのアタックを、いとも容易く破られたキューバの勝ちに対する意欲がだんだん薄れていったようにもオレには見えたが、リベロの彼女は勝ち誇ったような顔をひとつもせず、その後もあまりカメラに写されることもなく地味にプレーを続けていて、ヒーローインタビューにも出てこなかったような気がする。あるいは小さくてよくみえなかっただけかもしれない。
2003.11.14
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総選挙が終わった。なんとなく巨人ファンで嫁の父親も右翼だから自民党に投票してもよかったし、昔世話になった上司から前の選挙以来電話を貰っていて彼は創価学会だから公明党に入れてあげてもよかったが、結局選挙には行かなかった。半年前にあった選挙が参議院選だったか区議会選だったか忘れたが、有象無象の候補者たちがぼうふらのようにあふれ出てきてスピーカーホンで怒鳴りたてていたから破壊衝動や殺人衝動が芽生えたりしたが、今回はそれほどうるさくもなく、休日も昼までよく寝ていられたから比較的快適な選挙だったのではないかと総評する。今朝のワイドショーではコメンテーターが「せっかくの選挙権を放棄するなんて許せない」という意味のコメントを言っていたが余計なお世話で、オレはどちらかというとこのコメンテーターがテレビに出て喋っていることのほうが許せない。野球に興味のない人間が野球観戦にいかないように、政治に興味のない人間がわざわざ投票所に行く必要はないはずだ。政党の政策はよくわからないし家の近くの選挙区の候補者はなんだか冴えないおっさんばかりだからどうしても投票する気になれない。石橋凌のようにクールなおっさんとか永ちゃんでもいいし、あとは例えば歌がうまいとかサックスが得意だとかなにか芸を持ってるとだいぶわかりやすい。おねいちゃんなら投票してもいいけれども、クルマの上に立って演説されるとなんだか萎える。タバコの増税に反対する議員がいたらそいつに投票してやってもいいけれど、日本人の喫煙率は30%ぐらいらしいのでオレが投票したところできっと落選する。日本人の50%ぐらいは救いようのないボンクラだから、もしかしたらボンクラが選ぶ候補者とオレが選ぶ候補者がかぶってしまうということにもなりかねないし、投票箱が象徴する大衆消費社会を軽蔑する意味でも、オレの名前が刻まれた投票用紙を箱の中に埋没させることはできない、というのがオレのセオリーだいやポリシーだったけかどっちでもいい。というようなことをちょっと前にも書いたような気がするこれはデジャヴュだ。だからとにかく今まで選挙には一度も行ったことはないし、投票してもたぶん充実した気持ちにはなれないことがわかっているから、これからもよっぽどのことつまりタバコを減税してくれるとか欲しいチケットを優先的に手に入れられるルートをくれるとか、そういった権益をくれないと絶対に選挙にはいかないぞ。絶対にだ。「太陽を盗んだ男」という古い映画のDVDを友人から借りて見た。ミッシェルガンエレファントが同名の曲を演奏していることなどからその元ネタになった映画の話になり、友人が偶然「わたしそのDVD持ってる」といって借りることになった。理科を教えている中学教師が東海村の原発からプルトニウムを盗み原爆を作って日本政府を強迫するというヤバそうな内容の話だが、「わたしそのDVD持ってる」という言い方からもわかるようにオレにその「太陽を盗んだ男」を貸してくれた友人の性別は女だ。もっともその女の友人は、ヤバい内容の話を楽しみたいというよりもどちらかというと主演のジュリー(沢田研二)がめちゃくちゃカッコいいからという理由でDVDを買ったらしい。確かにジュリーはカッコよかったがそれよりも映画がめちゃめちゃカッコよかった。リアルでシュールな原爆製造工程や、バスジャックバスが皇居に突入するシーン、それから女装したジュリーが国会議事堂へ(無許可撮影で)侵入するところなどは非常に痛快だった。渋谷で札束がばらまかれたり、菅原文太が不死身だったりして見所満載のこの「太陽を盗んだ男」、20年以上も前の作品だが全く色褪せておらず、むしろ2003年の今になってカリスマ映画としての地位が確立されはじめた、ということなどからも、当時あまりにも先へ行き過ぎていたであろうこの映画の普遍性やハイテンションさが伝わるであろう。機会があったら、ぜひご覧下さい。
2003.11.13
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インターネットの自転車仲間が多く集まる宴会が、去年だったか一昨年だったか忘れたが「忘年会」という名目で都内某所で開かれていて、古くからの仲間の一人に呼ばれていたから行くかどうするかだいぶ迷ったが、結局参加することにした。そこで初めて出会った女が「練りからし」なわけだが、この時点ではまだ彼女には名前がなく、「ねりわさび」というハンドルネームを持つ男の彼女、という属性しかこの女にはなかった。「ねりわさび」に対して「ねりからし」という安直な名前を強要したのはオレだというふうに本人は記憶しているらしいが、そんなダサい名前を付けた覚えはオレにはない。酔っぱらっていたということも自身の記憶を曖昧にしている要因の一つだとは思うが、そもそも誰が名づけたかということはあまり重要ではなく、つまり彼女は「ねりわさび」の彼女として、その属性も同時に表現している「ねりからし」という固有名詞をこのとき初めて持ったということだ。このときオレはすでに自転車に関する情報をあまり必要としておらず、自転車仲間と自転車の話をするためにやってきた他の仲間とは話をしにくい立場にいた。ねりわさびの彼女としてこの場にいた練りからしも同じような境遇だったに違いなく、自転車の話や2ちゃんの話で派手に盛り上がっている両サイドにはさまれて、大人しく鍋なぞをつついたりしていた。男女合わせて20名近くいる集団の中にあって、女性2人が隣同士横並びでいるという非常に不健全な位置取りの丁度真ん中にオレは割って入るようにして座り込んだ。わかりやすくいうと、両サイドがおねいちゃんのその中央にオレが座したのだった。そのとき隣に座っていたのが、「練りからし」ということになる。練りからしの彼氏にあたるねりわさびはこのとき黒いトックリ、今風にいうとタートルネックを着ていて、確か上着は黒い革のコートだったように思う。インテリ風な話し方や黒淵のめがねなどがオレに与える印象とそのファッションがクロスして一つの職業カテゴリが浮かび上がった。「クリエイター」である。建築デザイナー、ライター、イベントプロデューサー、エディター等々、そういったタイプの人間かもしれないという「ねりわさび」の印象がオレの中にセットされた。このとき「ねりわさび」とも「練りからし」ともオレは初対面だった。このときの忘年会の出会いが契機となり、わさびの方とは1シーズンに2度も一緒にスキーに行くという縁が生まれたし、彼らが集うネットサイトはすでにオレの主戦場ではなくなっていたが、2人と一緒に凧揚げをする機会にも恵まれたことなどから、オレの日記サイト「リバース」にも、適宜書き込んでもらっているという関係になって定着した。こすりつけとカラコの誘いで入ったチャットに「練りからし」がいたことから、メッセンジャーでの通信が始まり、強く勧めたこともあって先般、彼女もついにネット上で日記を書き始めることになったのは周知の通り。そして現在に至る。1ヶ月ほど前、オレがコーヒー豆を挽く文化を身につけたという日記を受けた「練りからし」が、オレにコーヒー豆を贈りたいといってくれた。スタバあたりの豆買って大喜びしてるぐらいじゃまだまだ甘いわよ、あたしはもっと最高においしい豆を知っているんだからね、とは言わなかったが、コーヒーショップチェーンの味に感動していたオレを見るに見かねてのことだったに違いないと予測している。時を同じくして、ねりわさびからもメールが届いていた。八重洲地下街に関する日記を書いたとき、「とんかつ和幸」という店にも触れていたことから、仲間内で食事したときに貰った今後使う予定のない食事券を、オレにくれるのだといってきた。大方、ランチの席で「ナカムラが八重地下によく行くって日記に書いてたよな」という話にでもなったのだろう、せっかくの好意をありがたく頂戴つかまつらない手はなかったが、返事は後回しにしておいて、まず今日の日記を書く作業に没頭していた。「練りからし」のほうからメッセージが届いたのは、ちょうどその日の日記を書き終えたあたりの時間だった。そしてそこで彼女から、コーヒー豆を贈りたい旨の話があり、オレは住所を伝えた。そういえば「ねりからし」からも住所を聞かれていたことをこの時思い出し、じゃあ彼にも伝えといてくれる?という意味のことをオレは言ったのだった。彼女は同時に彼氏である「ねりわさび」とも接続していて、オレの住所はからし経由でわさびにも、ほぼ同時通訳的なタイミングで伝わっていた。ところがこの練りからしを中継地点とした情報伝達経路は混乱した。文字だけで伝わる言葉が誤解を生んだ。両翼に位置していたオレとねりわさびは対外的に見て一触即発の状態になった。「そんなもん捨てる!」からしを経由して伝送される情報の一端をオレが受信した。「捨てるもん送ろうとするな!」飛び交うそうした呪いの言葉を管制室は制御しきれずパニックに陥った。からしは、慌てた。そういった些細なトラブルを経て、今日の昼休み、練りからしに会った。本当はゆっくり酒でも飲みたかったが、バイトもあり彼氏もいるから、酒場へたどり着くにはかなりの障害を乗り越えなければならないだろう。もはやトラブルは概ね解消されたといっていい。飯田橋のペデストリアンデッキを降りて改札のほうに近づくと、不安そうにたたずんでいる練りからしを見つけた。スタイルのいいジーンズに茶色のジャケットを重ねてタイトにまとまっていた。凧揚げした依頼会う彼女ホの髪の毛は肩より下のあたりまで伸びていて、シルエットや全体の印象がだいぶ大人びた感じに変わっていた。ただ感情を読み取り難い表情はあいかわらずだったし、くりっとした目はまるで犬のようだったが、誰かに媚びたりすることを絶対にしないような強い光を湛えた目でもあった。オレは媚びるような笑みを浮かべながら近づいた。あれ髪のびた?はいこれ本。「うん、伸ばしてる。この豆、すっごいおいしいと思うから。」和幸のチケットが10枚ほど入ったアラビカ珈琲店の袋を受け取った。どうもありがとう。*さて11月28日に、第4回目のコラボ日記プロジェクトが行われます。浮気、セックス、恋愛謳歌と続いてきて今回のテーマは、「出会い」。反対側からたどり来た挙句のゼロ点復帰の意味も込められています。どしどしご参加ください。
2003.11.12
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何ヘクタールもの昭和記念公園の広大な敷地面積からしてみればほんのわずかなスペース、およそ50メートル四方のこじんまりとした一角にバーベキュー広場があり、そこでしか火を使ってはならないという「きまり」になっていた。園内のほかの敷地、例えば芝生や舗装路やイベント広場や売店のテラスなどといったところには、まばらにしか人がいなかったが、このバーベキュー広場の人口は過密を極めていていて、オフィスの狭い喫煙室に大勢が閉じ込められているみたいだった。今回はなるべく手ぶらで行こうというコンセプトがあって、そのためコンロや椅子やテーブルは全てレンタルで借りることになった。コンロは炭を燃やす原始的なタイプではなく、ガソリンが燃料のバーナータイプだった。そのため着火から火が落ち着くまでの時間が短縮され、鉄板の上には野菜や肉や魚介が次から次へと並べられていった。仕事仲間がわざわざ休日に集まり、焼肉を食うだけなら別にバーベキューである必要は全くなくて、それこそ安楽亭でも牛角でもどこでもよかったはずだった。屋内のほうが清潔だし、スーパーで肉を買うよりも少し割高になるがそれはサービス料だと思えばいい。なにも寒空の下、壊れかけた椅子に座って、貧弱な味付けの肉を、美味しそうな顔をして食べなくてもいいはずだ。ところがこれの前回に行われたバーベキューのときに「外で焼肉を食べるのはじめて!」といって大喜びしていた女性が6人中3人もいたため、第2弾を行うことはもはやその時点で決定してしまっていた。そのバーベキューを始めてやったというおねいちゃんたちの嬉しそうにしていた顔を頼りに、オレやキュートな銀行員は第2弾開催のために奔走した。ところがそのときのおねいちゃんは今回、一人もやってこなかった。もはやバーベキューの意味は完全になくなっていたが唯一、銀行員が連れてきた同期のコがいることが救いといえば救いだった。秋も深まってきた11月の気温なのにもかかわらず、周囲は多くの客で埋め尽くされていて、そしてどの客も大喜びで肉を喰らい酒を飲んでいる。こいつらは奴隷だ。休日にバーベキューすることが楽しいことだと刷り込まれているだけのただの奴隷だ。バーベキューをしに専用の施設に来て一見楽しそうにしているオレは、そういったアタマの悪そうな顔をした他の客を心から軽蔑している。決定的で絶望的なパラドックスを孕んでいる。バーベキューの受付をしたときに、何かの記念として、おかっぱ頭で絶対にスカートを穿かない女がフリスビーをもらっていた。今は絶対にズボンしかはかないが、女子高生の頃は制服を『超』短くしさらに当時はルーズソックス全盛のでもあり、毎日のように渋谷に繰り出しては、いかがわしいオヤジたちに太腿を見せびらかしていたらしい。今となっては女子高生的な面影はまるでなく、そのかわりとても女のコらしからぬ合理的なファッションセンスを持っていて、それが独特のスタイルというよりも、ファッションには全く無頓着そうな印象もしないこともない。かといって男に興味がないかというとそうでもなく、色男には目がないというなんとも不思議な女ではある。中央通りと八重洲通りの巨大な交差点の横断歩道の、白い部分だけを選んで歩いてみたり、ランチへ向かう通路で鼻歌を口ずさんでみたり、歩いているときも止まっていても、とにかく落ち着きがない。しかし仕事は出来る。寝てばかりいる40男の中途半端な仕事を引き継いで、一人でこつこつと精度を高めたことで客からも絶大なる信頼を寄せられている。肉や魚や酒に飽きたオレは、おかっぱ頭となかば真剣に、フリスビーに興じた。彼女が投げる円盤のスピードはともすればオレよりも速かった。円盤を投げる。おかっぱから放たれた円盤を受ける。また投げる。円盤がおかっぱの手元に正確に届くと上達したような気がして嬉しいし、絶対にとれなさそうな位置に投げられた円盤をうまくキャッチすると快感だ。テニスや卓球におけるあの永遠に続くかのようなラリーの最中、たまにアタマの中が射精するときのように真っ白になることがある。このときのフリスビーにも同じように恍惚感が備わっていた。円盤は2度と同じ軌道で飛ばない。投げる、追う、受ける、構える、投げる、それが延々と繰り返される。円盤以外のことをあまり考える必要がない。恍惚としている。円盤に魅入られている。円盤の奴隷だ。支配されている。支配されるのは楽だ。何も考えなくていい。
2003.11.11
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妙な夢を見た。7時の目覚ましで目が覚めて、目覚し時計を手にとって時刻を確認したら7時だった。もう少し寝ようと思い2回目の目覚ましを30分後にセットして寝ていたら電話が鳴った。枕元にある電話機から受話器を探り取って電話に出た。「不思議?私今大阪にいるの、うふふふ」つなみ嬢だった。この日つなみ嬢はカラコたちに会うため大阪へ旅行しに行くことになっていた。オレも誘われていたがバーベキューの予定が先に決まっていたためやむなく断っていた。このバーベキュー企画は、間近になって参加辞退者が相次いだ。大阪行きを断ってまでバーベキュー大会参加にこだわっていることが、今となってはもはやバカバカしくなってきてもいた。当初の参加予定者は15名ほどだったにも関わらず、前日の人数確認では7~8名にまで減っていた。半分もの人が、他の予定を選んだり、理由はわからないが辞めたりしたわけだ。こうなったら辞退者にうらやましがらせるために、意地でも楽しいイベントにしなければならなかった。「ごめん、寝てるのね、昨日は楽しかった、また電話するね」そう言って電話が切れた。時計を見たら針はまた7時を指していた。さっきは時間を間違えたのだろうか、時計が止まっているのかも知れないとも思い、3つある目覚まし全てを確認したがどれも7時を指していた。不思議な気持ちになったが、きっと寝ぼけているのだと思ってまたすぐ寝た。かなりの時間、2時間とかそれぐらいの時間寝てしまったという感覚に襲われて、慌てて目が覚めた。目覚ましはちゃんと30分後にセットしたはずだった。時計を見た。奇妙なことに、時計の針は午前7時ちょうどを指したままだった。30分後にも、2回目のアラームはセットされていなかった。全て、3回目に起きて時計を確認するまでに起こった全てのことが、夢だったということに気付いた。ただし、今こうして起きてまた午前7時を指している目覚まし時計を寝ぼけた顔で眺めていることも、夢ではないという保証はどこにもない。黒い帽子と黒いウインドブレイカーという犯罪者のようなファッションをして8時半に出かけたオレは、狭小な住宅が密集して立ち並ぶ細い路地を抜けて古ぼけた私鉄の駅、西武池袋線東長崎駅の目の前のコンビニで、朝飯としてシャケのおにぎりだけを買い、ホームに降りて食い始めた。おにぎりを食っているときに電車が来てしまい、あわてて頬張ったがうまく噛めず、お茶がなかったため喉に詰まらせてしまった。これが夢であるかどうかということは、あまり気にならなくなっていた。ルノーに似た赤い国産車の運転席にキュートな銀行員がいた。「おはようございます、よく眠れました?なんかまだ眠そうな顔ですよ?」携帯灰皿でタバコを消して助手席の扉を開け乗り込むと彼女はオレの顔色を見てそういった。休日で髭をあたっていないオレの顔は、眠たげな印象を誘うのかもしれなかった。おかげさまで、コンノさんは?「あまり寝てないんです、昨日はめろめろによっぱらっちゃいました」彼女がふらふらになるまで酔うことはめったにない。「前に一緒に仕事をしていた人が、大阪に転勤になるんですよ、なので最後なので、『じゃあ飲もうか!』ということになって、その人お酒好きなんけすけど、まず最初にビール頼んで、わたしあまりビール飲めないじゃないですか?飲めない、っていってると今度は日本酒が出てきちゃって、大丈夫かな、と思ってたんですけど、結構フラフラでした」キュートな銀行員の彼氏は前に一緒に仕事をしていた会社の課長か誰かという話を聞いたことがあった。彼女は話の中の人物を「彼氏」とはオレに言わなかったがきっとそうだろう。彼氏が大阪へ転勤するのに、バーベキューなんかしている場合じゃないんじゃないの、とも思ったがそのことは口にしなかった。小平で1人、立川で1人ピックアップし、昭和記念公園の駐車場に入った。立川でピックアップした女はキュートな銀行員の同期で、最初小柄だと思ったが、よくみると顔がものすごく小さいだけで、身長はそれほど低くはなかった。透明な表情をしていて、つかみどころがなく、打ち解けるまで時間がかかるかもしれないと懸念したが、時折明るい笑顔を惜しげもなく見せる一面もあった。この時点でクルマの中には女3人、男はオレ1人だった。それだけ聞くと非常に「オイシイ」シチュエーションだが、実際にはそうでもない。重くてかさばる荷物を手分けして持って、バーベキュー広場へ向かった。わずかに小雨がぱらついたり、止んだりしていた。駐車場でほとんどの参加者と合流したが、楽しそうな顔をしているのは誰もいないようにも思えた。
2003.11.10
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木曜の宴会で飲んだ焼酎により金曜は二日酔いで一日中胃がむかむかしていたし、土曜もその後遺症であまりおいしくビールを飲めなかった。飲み慣れていない酒は飲むべきではない、とオレはこの日を含めて何度誓ったことかわからず、またこうして日記に書いたことも、一度や二度ではないはずだと記憶している。宴会で飲んだ酒が2日も残ることはめったにないが、それでも年に数回ある。このとき酒量はほとんど関係ない。一晩中違う酒を飲み続けても、一晩寝たら復活することもあるし、今回のようにたかだか2,3時間程度の宴会で大きくダメージを負ってしまうことともある。では二日酔いになるかならないかの差は何かというと、いかにストレスを発散できるかどうかという点だ。大笑いしたり大暴れしたりあるいは女といい感じになったりして気持ちよくなることで作動する精神の浄化装置は、身体に溜まった膿や老廃物をきれいに押し流してくれる効果がある。逆に誰かに気を使ったり、沈黙を解消するために神経をすり減らしたりしなければならない席での酒は、なんとなく沈殿物で澱んでいて、毒としてしか作用しなくなる。どっちの宴会が好きかといわれたらそれはストレスを溜め込まないほうの宴会が好きに決まっている。ただ宴会にはストレスを発散するタイプと蓄積するタイプの2通りがあって、一つのケースに2つのタイプが混在することもある。たとえばある宴会で誰かが大喜びしていても、端のほうで小さくなってる人はちっとも面白くないと思っているかもしれない場合もある。この頃一人で酒を飲みに行くことが多い。誰かを誘うことが面倒になってきたということもあるかもしれない。あるいは、酒場で話す内容をあらかじめイメージしてしまい、それをなぞるだけの作業が無駄でバカバカしいと思うようになってきたからかもしれない。または誰にも干渉されず誰の影響も受けず、感情の振幅が大きくなった状態で本を読み没頭し、なんとなく浄化されたような気分になって気持ちよくなりたいだけかもしれない。こうして仲間をひとりづつ遠ざけてゆき孤立し、やがて存在さえも忘れられて、典型的な友だちのいないタイプの人間が出来上がってゆくのだろうか。いや本当はこんなことを書きたいわけじゃなかった。土曜金曜と体調が悪かった原因を長々と説明してしまったが、日曜までに胃腸を完全復活させておかなれけばならない理由があって、そのことを書こうと思っていたのだった。国立昭和記念公園で、バーベキューを行う予定があったということだ。大正漢方胃腸薬と睡眠のおかげで何とか体調も復活し、ほどよく無精ひげも生えてきている日曜。午後から雨が降るという予報を受けて黒い帽子を被り黒いウインドブレイカーを重ねたオレの姿はまるで犯罪者だった。キュートな銀行員が、先月新しく買ったというクルマで現地までオレを乗せていってくれるという。彼女の赤いクルマが待つ待ち合わせ場所に、オレは犯罪者のようなファッションで朝早く、出かけた。
2003.11.09
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仲間うちだけにしか通じないキーワードやこの場にいない人の噂をし従来の宴会となにも変わらない話を仲間内だけでして大盛り上がりしている一角を完全にオレは無視して、新人3人のうちとりわけ近くにいた2人にだけ集中して話をし続けた。10人で形成されている座に新人は比較的分散して配置されていた。仲間うちだけ話をしようとする人間にとって点在する新人は異物であり、新人は孤立した存在だ。歓迎する側は本当は誰も新人を歓迎したいとは心から思っていない。しかし歓迎される側の新人は我々に何か芸でも期待しているような物欲しそうな顔をしていた。進んで自分のことを話そうとはしないからオレは仕方なく質問をする。当たり障りのないことを聞いても面白くないから、少しこみいった話を振ってみる。それはたとえば得意とする技術は何で今までどんな仕事に携わってきたのかとか、今度の選挙はどの政党に投票するのかとか、ヘルスとイメクラどっちが好きかとか、実はあまりこみいってない話なのだけれども彼らはまださらし者にはなりたくないらしく、あるいは気の利いたことを言うスキルがないからなのか、しどろもどろになりながら視点を宙にさまよわせたり、テーブルの木目を数えていたりしてなかなかステージに上がろうとはしなかった。彼らは、平凡な顔をしていた。いつもなら閉店が告げられる23時頃まで同じところに居座り、それから帰るか帰らないか決めるというパターンが多かったのだが、この日は不安定な雰囲気に座が支配されたままついに最後まで解かれることはなかかった。そしてオレが最後だと判断して「じゃあ」と声をかけたのが21時30分。潮時だった。会計が終わった後に、残った飲み物を飲み干すための時間になる前にオレのジョッキはすでに空になっていたから、ミネラルウォーターでジョッキを洗い、焼酎を注ぎストレートで飲むことにした。「中村さん中村さん、それ、焼酎ですよ?」ああ、うん、喉渇いちゃったから。少し酔いも足りないような気がしていた。店を出た。「チャリンコ、どこに停めたんですか?」おねいちゃんの1人が声をかけてきた。今は酒で鼻が効かなくなっているからわからないが、いつもバニラとか、生クリームのような匂いのする香水をつけている女だった。その香水の臭いを嗅ぐたびにオレはオフィスでこの女の胸元から中へ手を入れたい衝動に駆られるのだった。みぞおちの位置と肩のラインから正確に「乳首」を当てる技術があっていつかの宴会で試したとき彼女はブラのカップ数を「D」だということを我々に打ち明けてくれた。毎日フェミニンなファッションをしてくるこの女は酒を一滴も飲めない。しらふで挑んだ宴会でカップ数を告白したということはオフィスでも「Dです」と恥じらいながら言わせることは理屈的には可能だということだ。彼女は将来の夢を語ってくれた。婦人警官になりたくて毎年試験を受けているのだという。Dカップの婦警のハイヒールに踏みにじられているオレの姿を想像して悪くないなと思った。「酒気帯び運転じゃないですか」逮捕しちゃうぞ、っていいたいんでしょ?言ってもいいよ。「っていうか言わせたいんでしょ?ダメですー」言ってくれよ、オプション料金払うからさ。「気をつけて帰ってくださいね、自転車、倒れてたりしたらショックですね」ショックだね、あ、倒れてるよ。「あらら、じゃおつかれさま」ハンドルも少し曲がっていて、ブレーキパッドが車輪に当たっている状態になっていた。前輪がブレーキに引っかかったまま、ひょこひょこする自転車に乗って帰った。夜風が目にしみた。3日分ぐらい消耗した。
2003.11.08
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オレの右隣に座った細い男の歳は27だった。どこに住んでいるのか聞いたときに男は答え辛そうにくねくねしながら笑いの混ざった声で「それなんですけどね、ちょっと言いにくい所に住んでるんです」と言った。広尾とか青山などの家賃の高い部屋に住んでるのかと思い訊ねると「ある意味いい線いってますよ」とまだ正解を言わない。地名を並べ立てた果てにたどり着いた場所は「飯田橋」でつまり会社から歩いて10分程度の場所だったことがようやくわかった。5本の電車が乗り入れている飯田橋はある意味東京の中心といっていいし家賃は信じられないほど高いだろう。なぜそんないいところに住めるのかという話題になり座の全員がオレの右隣の細い男に注目した。「会社から借りてもらってるんですよ」男はあっさりと種を明かした。会社がウィークリーマンションを借りてそこに住まわせているのだという。ワンルームとはいえ月の家賃は20万はするだろう。なおかつ水道光熱費も全て会社持ちだという。個人に支払う賃金や税金保険料の類を全て差し引いた場合の会社の利益が果たしてあるのかどうか心配だ。男は大阪の会社に就職したが東京勤務になってしまいそのことは本意ではないということを笑いながら話した。大阪出身だと聞いてオレは知っている大阪弁の中で最も好きな言葉をその細い男に向かって言った。「なにいちびっとんねん」「なにいちびっとんねん」、これはこすりつけがオレに対してよく使っていた言葉で、なんとなくけなされてそうだということ以外その意味がさっぱりわからなかった。ある日意味を説明してもらったが忘れてしまったということは、「なにいちびっとんねん」という言葉がオレの文化に馴染まず生活に根付かなかったということだろう。しかし「なにいちびっとんねん」はなんとなく大阪を象徴している言葉のような気がしていて気に入っている。外国人が日本を象徴する言葉として使う「スシゲイシャ」のような感覚に近いかもしれない。まるで関西弁を使わない細い男ともう一人の大阪出身の男は、オレが言った「なにいちびっとんねん」に対して笑いで返してくれた。「アリガト、コニチワ」を連発するホームステイの外国人を受け入れる家庭の暖かさを蓄えたまなざしで見守られているような気分になった。
2003.11.07
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「男の顔は生き方で決まる」というケンシロウだか誰かの言葉は間違っていない。必ず男は、生きかたや性格や信条のようなものを、顔で象徴しているとオレは思っている。初めて会った日に顔だけ見て、あるいは少しだけ話してみて抱いたオレのいわゆる第一印象は概ね正解する。その証拠にオレがこれまで築いてきたほとんどの人間関係は、「こいつとは仲良くやっていけるかもしれない」と最初に思ったことがきっかけで発展し、逆に第一印象にたいして興味がわかなかった人間と長く付き合っているというケースはない。話していくうちに最初の印象と違っていたことに気付いたとしても、関心の度合いが変わったり、関係が改善または崩壊することもないといっていい。顔だけ見て、あるいはちょっとだけ話しただけで、相手の全てがわかってたまるか、という向きもあるだろう。確かにその通りだ。そんなものわかるわけがない。しかし「顔」はそいつのなにか概要を象徴している。その概要からいくつかの標本を採取し、標本から全体像を推測することは可能だ。勝手に抱いたイメージの中の像が、相手の本質がかけ離れていることもあるかもしれない。しかしそれはあまり問題ではない。相手の本質を知り、人間性の良し悪しを判断する必要性は全くない。それは非常にあいまいで傲慢で危険だし、それこそ良し悪しなど、わかるわけがない。主観だけで判断出来るのは、良いか悪いかではなく、好きか嫌いか、あるいは、関心があるかないか、ということだけだ。そしてその最も有効な判断材料が「顔」だ。ビールが運ばれてきて、喉の渇きが軒並み潤されてようやくオレや誰かが口を開き始めた。新しく来た人と会話をするときの雛型はだいたい決まっている。「どこに住んでるんですか」とか「年はいくつですか」といった内容だ。住んでいる場所が重要なわけでも、正確な年齢が知りたいわけでもない。ただ当り障りのない話を相手から引き出して、沈黙から解放し、リラックスさせる効果を期待しているだけだ。ある程度の信頼関係が構築されまとまったグループの中に途中から参入してきた新人は最初あまり自分のことを話したがらない。信用できるかどうか、自分をさらけ出していいものかどうかを判断する材料をまだ持っていないからだ。だから受け入れる側は、比較的話しやすい話題を振り、新人らに話すチャンスを与え、また自らも情報を公開しながらより多くの材料をテーブルの上に並べてゆかなければならない。オレは顔を見ただけで、汎用な顔をしたこの3人の男の、生活スタイルや趣味嗜好までイメージできてしまっていたし、それらの趣味はオレの価値観とまるでかけ離れていてひとつも興味がわかなかった。オレ自身が知りたいというよりも、この場にいる全員の判断材料としての情報を正規化してテーブルの上に並べるという義務的な工程の中の定跡として、あえて趣味や好きな映画を聞き出したりしてはみたものの、それはオレが彼らの「顔」から抱いたイメージとそれほど乖離しておらず、オレにとっては単に第一印象をなぞるだけの結果になった。
2003.11.06
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宴会があった。新人3人の歓迎会だった。新人といってもぺーぺーの新人ではなく、このプロジェクトへ配属される新しい人という意味の新しく来た人という意味の新人であり、スキルも経験も持ち合わせている、百戦錬磨かもしれない人材の歓迎会だった。新人くんが選んだ居酒屋は、「土風炉」。我々は10人入りの個室に案内された。最初の酒が出てくるまでの5分か10分の間、個室は沈黙に支配された。歓迎したいというよりは、受け入れる側が最初に宴会の席を設けようとするのはただの儀式だ。性格も人格も思想もフィーリングもわからない奴を、歓迎したいかどうかはこの時点でまだわからない。わからないからこそ、わかりあう場として、歓迎会という名目で酒を飲む。ビールやあんずロックが運ばれてきても沈黙は解かれなかった。盛り上げたいモチベーションがないのだから仕方がない。盛り上がらぬまま「ま、こんなもんだろうな」とか思って帰って行くのがおねいちゃんではなく、男だからだろう。我々は平凡な顔立ちの男3人を、どう扱っていいかわからなくて戸惑っていた。
2003.11.05
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11月4日、つまり11月になって最初の営業日に正規の始業時刻より30分遅れて会社に着いた。IDカードをかざしてオートロックの扉を開いたすぐのところがオレの所定の席なのだが入った瞬間、慌てた。オレの席になにやら見慣れない男が座っていて、その隣にも知らない男がいた。階を間違えたのかもしれないと思い、辺りを見渡した。すると見知った顔を発見し、彼らはいつもの席に座っていたから、どうやらフロアを間違えたというわけではないようだった。本来オレが座るべきはずの席に近づいていって、見知らぬ男にどいてもらうよう声をかけようとしたがどうもおかしい。パソコンの配置も違っていたし、机の上の小物も、パーティションに張った資料もなにもかも、様子が違う。そもそもオレはデスクの上に何も置かない。ところが知らない男が座っているオレの席だったデスクの上には、分厚い本や資料が整然と並んでいた。言葉を失って立ち尽くしていると、オレに気づいた誰かが、にやつきながら、あごで2つ向こうのシマを指した。そこに見知った顔を発見してようやく合点がいった。11月から新しく来た人を受け入れるために、早朝から席替えが行われたらしい。マネージャーが金曜にそのことを伝えるのを忘れたため、受け入れ日当日の朝、新人くんなどが借り出されて移動したというわけだった。いきなりクビになったというわけではないということを知ったオレはひとまず安堵し、新しい席に着いた。向きが180度変わり、景色が一点した。ただ席替えによって気持ちまで新鮮になるかというとそういうわけではなく、いまいちやる気が起こらないままでいる精神状態は先週から変わっていない。10月までの仕事が一段落し、今は新しい仕事への切り替わりの時期だ。積み残された問題はいくつかあるし、これから新規に構築しなければならないシステムの納期まで余裕があるというわけでもない。しかしなんだか気分がのらない。オレだけではなく、チーム全員がなんとなくふやけた感じになっている。去年の年末に発足し、当初3人でスタートしたこのプロジェクトチームも徐々に拡大してゆき、11月から新しい人員を受け入れたことで今や10人を超える大所帯になった。300枚の紙を出力するためと、その中に書かれた数万もの数値の正当性を証明するためには、もっと多くの人間が必要だということを、客や我々のチームは学んでいった。一つだけだった体制は3つに別れ、客の要求を直接受け入れるルートがつくられた。オレはこのプロジェクトのオリジナルメンバーの1人だが、創世期つまり当初の設計段階におけるオレの役割は、「技術的ポリシーの確立」だった。建築に例えると、デザイナーが起こした図面を見て、これを建売住宅として量産するために最もコストがかからず、効率よく造れる手法を編み出し、堅牢かつ保守しやすく、傷みにくい構造を策定する、という役割だった。オレが編み出した斬新なアーキテクチャーは社長賞に匹敵するほど画期的で、現在多岐にわたって流用されているほどだし、これがハードウェアだったら特許を取得してもいいぐらいに新しいが、うちの会社には社長賞はないし、残念ながらオレが造っているものには実体がない。明日、新しく来た仲間への技術説明会が開かれる。人が増えていくたびにオレは最初の頃に作った資料をもとにして、ホワイトボードの前に立ち、同じ事をいちいち説明していた。いい加減面倒になってきた。自分のアタマの中にあったものが具現化されて、目には見えないが、イメージとして確立し出したころ、プロジェクトの最初のころは仕事が楽しくて楽しくて仕方がなかった。今やもう同じことを説明するだけだし、これからはただ同じ事だけが繰り返されるだけだ。なんの刺激もない。繰り返す効率を考えてオレはシステムのポリシーを設計したが、繰り返される段階になると、どうしようもなくつまらない、というジレンマが発生してしまったのだ。そういったことも最近仕事がつまらなくなっている原因の一つではあるが、きっと本質ではない。本質はきっともっと短絡的だ。新しく来た人の中に、おねいちゃんが1人もいない、とかそういうことだきっと。
2003.11.04
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夕食時になんとなくテレビを点けると、IQを測定してくれるという番組が流れていた。バレーボール韓国戦とどっちを見るか迷ったが、次々と出題される測定問題を解いていくうちにのめり込んでしまい、シーザーサラダと豚カツを食べながら、紙とペンを取り出して問題に取り組むことになった。休日だったため昼からビールを飲んでいたにもかかわらず、図形や記憶のジャンルはまずまずの成績かもしれないことを実感しながら紙にはつらつらと、番号と回答の記号を書いていった。やがて全ての出題が終了した。最悪だったジャンルは「論理」と「数」で、論理は、「冬子は春子と秋子より背が高い。夏子は秋子と春子よりも背が低い。では冬子は?」というような内容で、まず問題が全くアタマに入ってこず、なにをいってるのかさっぱりわからなくなってパニックになってしまい、結局全問放棄してしまった。数の問題はというと、「0 32 16 20 22 □」など数の列挙から法則性を見出し、四角の部分の数を当てるという内容で、これも全問放棄した。考えてわからないというよりも、全くイメージできなかった。答え合わせが始まった。正解率は6割から7割。逆に得意だったのは、図形や仲間はずれ探しなど、右脳系を使いそうなジャンルだった。サッカーの中田がすば抜けて高い成績を示したという「回転」では、なんとオレも全問正解を記録した。完全に放棄したセクションがいくつかあり、最終的な正解率は70問中、42問。点数と年齢のマトリックスからIQの数値を割り出せるという。31歳、42点が示すIQは、92。お、結構いんじゃねえの?100点にかなり近い数値が出て気分をよくしていると、母集団の平均が100なのだという。どの都道府県の平均よりも、どの職業の平均値よりも、オレの知能指数のほうが低かった。これはショックだった。そうだ酔っていたし、真剣にやってなかったところもある。あと一問正解したことにすればなんとか平均を上回るし、採点ミスってこともある。最初から言ってよ、もう一回やらせてくれれば完璧なのに、、というような言い訳を慌てて考えたが、今のところ誰とも昨日見た番組の話にはなっていない。
2003.11.03
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7月に今の家に引越して4ヶ月ぐらい経つが、はじめて客を招待することになった。招待客は、嫁の両親である。ひととおり家具が揃い、荷物だったモノがあるべきところに収まった。それまで3ヶ月を擁し、客を迎え入れるための段取りだけで1ヶ月かかった。先日ミル機を買ったのも、ちゃんと豆を挽いたコーヒーで客をもてなしたいからだったのかもしれない。客を受け入れるための精神的なゆとりもできたころ、見計らったように嫁の母親から電話がかかってきた。そうして11月3日、3連休の最終日に、嫁の両親が家にやってくることになった。。嫁の母親は気さくな方で、よく話すし割とどんなことでも受け入れてくれる。あまりにも気さくすぎて、何十分も立ったままで、ノンストップトークを聞かされることもあるが、それ以外は何も問題の無い。それに較べると父親のほうには多少クセがある。なんというか、思想的にまるで右翼だ。街宣車に乗るほどではないが、ある意味「極右」といってもいいほど、右に偏っている人だ。かつては神社の総代を務め、今なお地元工業会議所の代表を歴任し、神道に関する歴史に精通していて、おまけに巨人ファン。冠婚葬祭などのセレモニーの手順や段取りにはうるさくスピーチが得意で、いかなるミスや不手際も見逃さない。伝統的な日本のしきたりを愛し、徹底した合理主義者なのに、礼儀を重んじる。我々の連休は、そんな特徴のある客を招き入れるためだけに使われた。嫁は掃除道具やスリッパを買いに行き、オレはコーヒーの味を追求すべくグラインドに明け暮れる。全てのチリや埃が取り払われ、あらゆる雑多なものは、棚や押入れに隠された。まるで生活感のないリビングが出来あがり、ぴかぴかに磨いたガラス製の灰皿だけがテーブルの中央にある状態にようやくなったとき、チャイムが鳴った。「ああこんにちはおひさしぶり、この辺の人は親切だねえ、おのぼりさんのように地図を持って歩いてたら、いろんな人に声に心配されてね、いやー、参った参った。」お義父さんの右手には古いタイプのビデオカメラが握られていた。嫁はお母さんと車庫の狭さについて語っている。お義父さんを先導してリビングに案内した。慣れない電車で来たせいだろうか、いつもより不機嫌そうに見える。「産経は読むところがないし、朝日は思想がかたよっているからねえ」契約上のトラブルになって、取っていた読売新聞を止めてしまった、という話をしていて、次はどの新聞を取るんだという話題になった。他の新聞を評してお義父さんはそういった。オレはインターネットがあるから特に新聞は必要なかったが、そのことを言うと話が長くなりそうだったからいわずにいた。「でもなんだっけ、朝日が偏ってるっていうけど、テレ朝なんかは石原の過激な演説とか、平気で放送しちゃうよね?」と嫁はいいながら、親にではなくオレに同意を求めた。また面倒くさい話を振られたと思ったが親の手前苦い顔をすることもできず、「ああ、朝鮮は植民地じゃないっていってたやつ?石原は朝日チックじゃないよね確かに」 とわかったような顔で言ってしまった。「いやあれはだな、石原さんの言ってることは正しい」そこでお義父さんがそういってしまった。オレが石原慎太郎のことを「石原」と呼び捨てにしたことも、朝鮮発言に対して軽蔑したスタンスの言い方をしたことも、全て強く否定されることになってしまったのだった。「あれはだな、朝鮮のほうから合併を申し入れてきたんだよ、今で言うところの、企業同士の買収や吸収とかわらん。軍隊の上官にも朝鮮人はいたというしだな、一般人が奴隷のように働かされたといってもだな、我々日本人だって、強制的に池田の鉄鋼所行って、働かされてたんだ。いわば我々も奴隷みたいなものだったんだ。日本人と朝鮮人同じ扱いをされてきたわけだよ、それを植民地植民地ってだな、言う奴がバカなんだよ、なそうだろキョウヘイくん?」いやおっしゃるとおりです。こういった政治思想に関わる話を、嫁の父親からされたらもう、従うしかないのである。お義父さんのトークは鳴り止まず、朝鮮における李王朝かなにかの話までさかのぼってしまった。上座から申し訳なさそうにビールをつぎながら、さも興味深そうな面持ちで真剣な顔をしながら、朝鮮の歴史や民族についてまで発展したお義父さんの話を聞くという役割は、オレの3番目の人格にまかせることにしたのだった。ちなみに右翼とは、どちらかというと神道や天皇や国家や支配を崇拝している側を指し、反対に左翼は、自由や平等や平和や博愛を掲げ、体制に楯突く側をいうことが多い。この場合オレはどうでもよくなってるし、社会主義が崩壊したことなどからみても時代的に左翼的な考えは古いし、こんなことを語っていること事体恥ずかしくてたまらない。体制に向かってモノを言うためには権威や発言力が必要だ。「作家というのだね、国家を批判してなんぼなんだよ」という石原都知事は国粋主義者だけれども、なんとなく体制を批判している。右か左かを重ね合わせて考えるということも、石原に言わせてみれば「バカげた話」だ。日本史が好きだという点でお義父さんとはよく話が合う。京都御所や皇居にもオレは憧れたりしているがそれは今、天皇を崇拝しているからではない。ただ日本の歴史は全て天皇を中心にまわってきた。かつての戦国部将は天皇に憧れたが、オレはその歴史的拠点に憧れている。あの小さいだけがとりえの天皇や、不細工なだけの皇太子を尊敬する気にはなれないが、お義父さんには口がさけてもいえない。ただ、かつてお義父さんが左翼ゲリラだったとしてもオレはうまい具合に話を合わせて大喜びさせられるだろう。バカげた話は嫌いじゃない。
2003.11.02
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11月になった。約10ヶ月続けてきた日記もあと残すところ1ヶ月だ。今午後6時を少しまわった時刻だが、缶ビールは4杯目である。飲み出すと止まらないから、今日は寝るまでに軽く10本はいくだろう。今朝、妙な夢を見た。昨日の夜中0時にちょっとだけ寝ようと思ったら深く眠ってしまったようだった。インターネットで買った新しい椅子が届く予定だった。電話が鳴って出た。佐川急便ですすみません、予定より少し遅れそうなんですが8時15分にはお届けできるかと。やってきた佐川急便は女で、名札には「村井ラム」。あ、ラムちゃんだ。しかも上から読んでも下から読んでもムライラム。気に入った。ラムちゃんね、いい名前だ。「ああ男の人って、いくつも愛を持っているのね、あちこちにばら撒いて、わたしを悩ませるわ」ラムちゃんは言った。服を脱ぎ下着姿になって家の中に入ってきた。ラムちゃんが飛ぶときの効果音で目が覚めた。電話の音だった。もう少し寝ていようと思ったが9時間ぐらい寝ているからこれ以上眠れなかった。朝起きてまずコーヒー豆を挽くのが、休日の日課となっっている。飲む直前に挽いた豆で淹れたコーヒーはやはりおいしい。まだ挽き方とか水量の加減がわからず、コーヒーショップの味にはたどりついてはおらず、極端に薄かったり濃かったりするコーヒーが出来あがる。しかし香りが断然違うということだけは実感できている。もう少し、トレーニングの期間が必要かもしれない。今「マリリンマンソン」というグループの「ザゴールデンエイジオブグロテスク」というCDを聞きながらこれを書いているが、CDを聞きながら日記を書くという作業は非常に困難だ。キュートな銀行員が「チーズはどこに消えた」というようなタイトルの本を同僚から借りて今読んでいるという話から派生して、「話を聞かない男、地図が読めない女」という本の話になったときに、「そういえば男の人って、テレビ見ながら電話するとか、CD聴きながら本読むとか、調べものしながら会話するとか、同時に2つ以上のことってできませんよね?」といった。そういえばCD聴きながら読む本の内容はアタマに入ってこないし、パソコンでニュースを読んだりチャットなどをしているときに流れているテレビの内容は全くわからないから、結果として見ていないのと同じだ。確かに2つのことを同時にできない。「話を聞かない男、地図が読めない女」という本は主に男女の性差について語っていて、男が話を聞かないのは広範囲に視野を張り巡らせているから目先のことがわからなくて、女が地図を読めないのは、局所的な狭い範囲を見る能力に長けているからそのかわり広いところをイメージできない、というようなことが書いてあったと思う。女が一人の男しか愛せず、逆に男はいくつもの愛を持っていてそれが男女間のトラブルの原因にもなったりするが、男は2つのことを一緒にできないかわりに、2人の女を同時に愛せる。女は2つのことを一緒にできるかわりに、1人の男しか愛せない。なんとなく差し引きゼロで、イーブンだ。
2003.11.01
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