2003.10.23
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ちりめんじゃことほうれん草のサラダかさっぱり大根サラダか選ぶときにmimiは迷いに迷っていた。mimiがメニューを考えている間にオレは生ビール1杯目空にしていて、結局ちりめんじゃこが選ばれたと同時に2杯目のビールが運ばれてきた。

昨年京都で盛大に開かれた自転車板のオフの模様をオレは2ちゃんねるに連載したが、後にそのログを読んでmimiは、フランスやカラコやこすりつけやコビックといった連中に興味を持ち、やがて、東京から京都までわざわざ行って実物の彼らに会うことになった。おはなしの中の人に会いに行くような気持ちだと語っていたmimiは、実際に彼らと会ったときの印象と、おはなしを読んで抱いたイメージとのギャップに戸惑ったという。イメージと現実の間に最も隔たりがあった人物は「こすりつけ」だったと彼女は言った。
確かに京都嵐山における狂気をはらんだこすりつけと、さる四条河原での平穏な態度や落ち着きぶりとを較べると、同一人物とは思えないほどの差があるようにも見える。しかし意外に思慮深いかもしれないこすりつけの一面をオレは知っていたから、挑発の意味も込めて「普段と違う」というようなことも言ったかもしれないが、その落ち着きからくる沈黙は、不穏の兆候というわけではなく、別段恐怖の対象にはならなかった。
初対面であるmimiは、ネット上での彼の立ち振る舞いや「おはなし」と、実物とのギャップに戸惑い不安を抱いた。我々に積み残された課題としては、客の不安を解消するための説明不足を補完することと、客の要求通りの人物像をいかにして演じきるかということかもしれない。
余談だが、mimiにとって最もイメージ通りだった人物はコビックだったという。彼が客の期待を裏切らないということが、mimiの証言によって裏付けられたわけだった。

「思ったことをあんなに素直に書けない、絶対無理。」
つなみ嬢の日記を評してmimiはそう感想を漏らした。好きな人への想いに耽ったときのつなみ嬢の日記は非常にストレートで、例えば「会いたい」とか「会えなくて辛い」といったような感情が隠されることなく切々と書き綴られている。
「読んでてすごいな、と思う。あんなに素直に自分の気持ちが書けるなんてすごくない?わたし?わたしは絶対無理。好きだと思った人がいても絶対誰にも言わないかもしれない」

左隣に座っているこの女が最もストレートで直情的になったらどうなるのか興味が湧いてきて、そのときの姿や表情を見てみたいという欲求を抑えられなくなってきていた。足を組み替えるときにあと3センチだけ距離を縮めてグラスを飲み干して急速に酔いを充填させた。この座のスピードをコントロールしハイペースの要求を刷り込んで、mimiの無意識に働きかけて迅速なドリンクオーダーを促した。

「不思議さ、11月でもう楽天やめるって言ってたじゃない?つなみじゃないけれども、生活の中にあったものが無くなるわけでしょ、日記を読むことでいつも身近に感じられてたものが急になくなるっていうのはちょっと考えられないし、やっぱり少し寂しい気がする」
楽天日記をやめるのは、書き始める前から決めていた。刺激はやがて刺激でなくなる。そうなったら続けることの意味が完全になくなる。この期間をオレは1年とみていた。刺激だったものが刺激としてオレの中に作用しなくなったら、もっと強い刺激が必要になる。本当は11月末で辞めるということを宣言した9月あたりで既に刺激ではなくなっていた。今は次への期待を高めるためだけに使われている。飢えや喉の渇きをわざと自分に課している。苦痛を伴わない刺激は刺激ではない。膨大なストレスや果てしない不安を抱え、一つ一つ取り除いて全てがなくなった瞬間のカタルシスはきっと最高なはずだ。
もうすぐ1年経つしね、もういいかなって。それにmimiが言った通り、いなくなることで存在感を生む、みたいな逆説を演出しているというのもあって、そのためにオレの作文は広くいろんな人にじゃなく、狭くてもいいから深く浸透させる必要があるんだ。ちょっと姑息だけどね、でもそれぐらいの作為を潜ませておいてもいいと思うんだ。
「ふうん、わたしはもう1年経ったよ、そうだ10月でちょうど1年だったんだ、よく書いたよ、最初はメールマガジンも書いててね、並行するようなカタチでやってたんだけど、最近はもっぱら楽天だけだね。それも今サボりがちだけどね、あそうそう、わたしが今ハマってるのはチャットなんだけど、誰かがお題出して、30秒とか時間が決められててその中でみんなでボケてくの、一人ごっつみたいに。誰かと被らないようにしなきゃいけないとか、色々考えるし、結構緊張感あって楽しいんだ、今はそんなことをやってる」
彼女もまた、日記に刺激を見出せなくなり、新しくて強い刺激を探していた一人だったのだ。

新しい飲み物を注文しようとしてメニューを広げたmimiを制した。今日の酒はもう充分に我々の中に浸透していて刺激として効率的に作用してくれた。このまま閉店か終電までこの店に居続けたところでこれ以上酒による刺激は期待できそうにもなかった。アタマや身体が完全に麻痺してしまう前に、次いつ会えるのかわからないこの女と、新しい刺激を共有しておきたかった。時計は21時を少し回っていた。この時点で2人は酒よりももっと強い刺激を必要としていた。
メーンストリートから路地裏へ入り込んだときmimiとオレとの距離はほとんどゼロで、腕や肘が彼女の腕や胸のあたりに何度も触れたが、2人とも間を空けようとはしなかった。闇の中に水色の派手な看板が浮いていた。看板が示す建物の中に入ろうとしたとき、彼女は少し躊躇したように速度を緩めてやがて止まってしまった。かまわずフロントで手続きをしていると、うつむきながらゆっくりと近づいてきた。緊張の色を隠し切れずにいた。エレベータが閉じると真っ暗になって、ブラックライトで照らされた内部の壁から深海の模様が白く鮮やかに浮かび上がった。
ロマンチックだね。
「うん、きれいかも」
ちゅ。





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最終更新日  2003.10.23 17:37:01
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