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最近は・・・以前ハードカバーで読んだ本を文庫で読み直したり、ハードカバーで読んでいなかった続編を文庫で読んだり、今まで自分や自分が所属するグループがやってきたことを総まとめする役割を得たり・・・そんな毎日です。
2006年07月30日
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今日移動中に読む本を忘れて、堪え難いほどの手持ちぶさた感が襲ってきて、気付いた。 本がないと間がもたない。 きっとたばこを吸う人はこんな気分なんだろうな。 つれがいても、話しかけられれば返事はするけど、自分から話しかけることはほとんどない。 ついつい、本を読むか、ケータイを見るか、してしまう。 そういえば、移動中に限らず、話すということには、非常に気合いがいる。 ちょっと用件をいうのでも、前もって心の中で準備しておかないとしゃべりがしどろもどろになるし、自己紹介程度でも周りがこちらに注目している状態だとどうしようもなくあがる。 すべてのしゃべりを予習できるわけもないから、たいていは思っていることの半分も言えない。 いや、考えるスピードが世の中のスピードに追い付かないので、考え足りず、いつも準備不足感でいっぱいだ。 質問に対する反射神経が悪く、たいてい私が返事するより先に誰かが流暢に答えている。 かといって自分が答えるのを待ってもらっても、きっとその人のようにきれいには答えられないと思う。 大事なところを外して、余計なことばかり言いそうで。 同時に方々に気を遣うのにも向いていない。 目の前のひとつのことを言われた通りにやることでいっぱいいっぱいだ。 したがって、だんどりがよろしくない。 創造性もイマイチかな。 マルチメディアを扱いながら、自分は文字ばかりに固執するタイプ。 ひとりで本とだけ会話をしていた。 すでに保育園の頃から、絵を描きながら鼻歌ばかり歌っていて、友達と話さない変な子だと、保母さんに言われていたらしいし。 小学生の頃は、いじめられても、言い返す言葉をもたず、ずーっと背中を蹴られても蹴られたままでいた。 自分のランドセルを傷つけられても、クレヨンをまいている紙を「そのほうがきれいだから」と言われて剥がされても、だまっていた。 子供時代からの知り合いで今でも友達なんて人は皆無だし、友達を作りたいという気持ちはあっても関係を継続するのが苦手で、「何かで一緒」を越えてつながることもない。 続かない要因は「最近どう?」みたいな普通のあいさつや世間話が苦手なことにある気がしている。 会話は、用件か、知っている情報を交換するためくらいで…。 と思い返すと、コミュニケーションになんらかの障害があるのかも…とも思う。 自分に対する怒りと悲しみばかりがふくらみ、病気にさえなった。 でも、本はいつでもそばにあった。言葉を本に教わったから、ゆっくり考えれば、思いを書くこともできる。 そんな自分だから、おそらく本がなければ、もっと生きるのがつらかっただろうなぁ。 おそらく「本と情報のアクセシビリティ」というテーマは、苦手をたくさん克服しなければならないとしても、ライフテーマだと思うのだ。
2006年07月25日
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この本は、マルゴー92さんの7月10日の日記を読んで購入したものだ。副題の「私とあなたが成り立つまで」という表現に惹かれたのもあるし、「どうして・・・なのか」にこだわって章を立てているところが気に入ったというのもある。さらに表紙にはサブサブタイトル(?)も書いてあって、それがまた、この本の内容をワンセンテンスにまとめたものになっている。「自閉症の子の発達のみちすじを三項関係の視点で捉えなおす!」「私」と「あなた」の関係を、視点の方向(空間)だけでなく、過去から未来への流れ(時間)も合わせて図示し、発達の段階をモデル化したところが、この本が提示した「どうして」の答えである。一度獲得したはずの言葉が消えていく現象(折れ線現象)の理由についても、三項関係(ここでは「子供」、「大人」、「物」の関係)の形成が不完全なうちに、歩行をはじめて世界が広がって、母子交流が少なくなったために、三項関係が二項関係に後退するためと説明している。そして、実は、言葉の停滞期は、自閉症児だけではなく、健常児にも存在し、発達曲線はどの子供も同じという結果も興味深かった。言葉が消えたというエピソードはちょうど、スティーブン・ショア氏の著書『壁のむこうへ』で読み、講演でも聞いていて、気になっていた。その理由を理解するヒントを示してくれ、しかも、「言葉とは?」、「コミュニケーションとは?」、「関係とは?」を考えさせてくれる1冊だった。
2006年07月18日
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「珍味ありますやまねこ軒」の元になったということでルーツに帰るつもりで読み返してみた。注文の多い料理店には、本当にこんな看板が出てくるのだ。RESTAURANT 西洋料理店 WILDCAT HOUSE 山猫軒宮沢賢治ワールドは、周りの自然すべてが言葉をもっているのだと確信させてくれる。ところで、『筋トレ』によると来週は、「何度も扉がノックされます」・・・というのだけど。扉の外にいるのは、オオカミか白ヤギかわからないそうな。。。もしかすると、山猫からのハガキが届くのかもね!?
2006年07月14日
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私の職場の最寄り駅は2つある。といえば聞こえはいいが、単に職場がどっちつかずの距離にあるだけだったりする。最近よく利用するのは、S駅の方で、K駅にはあまり寄らない。が、たまに何かの拍子でK駅周りで帰ることもある。K駅の1つ目の階段と2つ目の階段の間のちょうど踊り場のところに小さなスペースがある。そこは本屋さんがあってつぶれて、そのあとは服屋になったり催し物スペースになったりしていたけれど、どれも長続きしないような、そんな場所だった。そこに新しい本屋が入ったのはいつだったか。その本屋は続いているようだ。といっても、新しい、というほど新しくなくなっていた本屋に偶然立ち寄ったのは、ちょうど2週間程前だったか。そこは、A4の紙いっぱいに本の感想を書いて、本を紹介しているコーナーをもっていた。大々的に売られていたのが、『クローズド・ノート』と先日レビューした『さくら』で、私は、その2冊とも一気に買ってしまったのだった。その感想にとても手作り感を感じたからだった。その書き手の本屋さんが、本好きの、同じ目線の人に思えたからだ。さて、『クローズド・ノート』であるが、実は、プロローグを読んで伏線となっていることのひとつに気づいてしまった。1章でさらにひとつに気づいた。そして、「彼の名前がわかったところ」でふたつめの答えが核心に変わった。謎が途中でわかったら、一気に興ざめする場合とそれでも醒めない場合がある。この作品は後者だった。答えはわかっていたけれど、それでも最後まで読みたい作品だった。そして、どんでん返しを期待する作品と定番でも許せる作品があるのだけど、この作品はやはり後者だった。帯に使われているこの言葉。「一瞬でも構わない。これが一瞬でも、私は生きてきてよかったと言える」のセリフは、長セリフである。その長セリフがクライマックスだ。そういうところが『さくら』に似ている。『クローズド・ノート』と『さくら』はなんとなく同じ雰囲気を持っていた。それは、その本屋さんの好みなのかもしれない。そして、その好みは、私に近いようである。紹介の棚が変わったら、今度は新たに紹介されている本を手にとって見ようと思う。大きくて便利な本屋とはちがうが、小さなマイ本屋に出会えて私は嬉しい。
2006年07月13日
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Book Magicは、特定非営利法人ジェンが行なっている活動の1つです。詳しくはジェンのページをご覧ください。mixiで友人の友人が紹介しているのを読み、こちらのブログでも紹介させていただくことにしました。自分も参加してみようと思っています。***Book Magic ー眠っている本が学校に!ー「読み終わった本」、「聴かないCD」,「見ない・見終わったDVD/ビデオ」をみかん箱くらいのダンボール箱に入れるだけ。日本全国どこでもペリカン便が送料無料で引き取りにくる。お部屋がすっきり片付いて、本もCDもリサイクル。その買取額がJENの教育支援事業「スクールサポートプログラム」に役立てられます。参加方法:必要なもの→ 梱包用のダンボール箱(みかん箱くらい)、ひとつが30キロを越えそうであれば、2つにわける。1、JEN東京本部事務所にFAXまたはメールで申し込む。2、指定先住所にブックオフ宅本便センターから必要書類(着払い伝票、買取・寄付依頼書、説明書)が届く。3、商品を詰める時に、買取。寄付依頼書を同封する。4、着払い伝票を貼って、ペリカン便に電話で引き取り依頼をする。5、ペリカン便が指定先に荷物をとりに来る(送料無料)。6、ブックオフ宅本便センターから葉書で買取り金額の通知が手元に届く。 ↓ この金額がJENにみんなの名前で寄付される注意: 本は以下の内容のもののみ受け付けられる。※ コミック単行本(各種コミックスの単行本)※ 文庫(はがきサイズ、ハウツー本も含む)※ 新書(17×11センチのサイズ。ハーレクイーン含む)※ 単行本(新書サイズより大きい、ハードカバーのもの)※ 発行後3年以内の参考書、辞書※ 児童書、写真集、豪華本(美術書等)、ゲーム攻略本※ CDアルバム(シングル不可)、DVD,VHSビデオ※ 全部で50点から取引可能***
2006年07月12日
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先日、『神との対話』3部作を文庫で読み終わりました。その中で特に気に入った言葉を、長いけれどそのまま引用することにします。この言葉は、著者のニール・ドナルド・ウォルシュが結婚するときに奥様と一緒に誓った言葉です。***結婚する理由は、安定を求めるからではない。また、心の安定が得られるのは、相手を自分のものとして所有したり、支配したり、また所有されたり、支配されたりするからではない。人生で必要な物を相手に要求したり、期待したり、希望するからですらない。心の安定が得られるのは、人生で必要なもののすべて-すなわち愛と知恵と洞察と、力と知識と理解と、慈しみと共感と強さのすべてが自分自身のなかに存在することを知っているからだ。それを相手から得るためにではなく、お互いに贈りたいから、それによって相手をもっと豊かにしたいから、わたしたちは結婚する。自分のなかの最高にして最善のものを正直に表現することをお互いに制約したり、コントロールしたり、妨げたり、お互いを束縛するために結婚するのではない。義務を生み出すためではなく、機会を提供するために、成長する機会、お互いの魂を結びあわせることを通じて神との究極の一体化を実現する機会を与えあるために、わたしたちは結婚する。わたしたちは対等なパートナーとして愛する人と人生を旅し、すべてのパートナーシップにつきものの権威と責任を平等に分かち合い、平等に負担を引き受け、平等に栄光に浴する。わたしたちは、赤いバラを交換する。結婚という物質的な仕組みのなかで、生身の人間としてどう暮らしていくかを知って同意するしるしに。わたしたちは、白いバラを交換する。二人の上にいつまでの輝く神の愛の純粋さのしるしに。わたしたちは指輪を交換する。はじまりも終わりもない、太陽と地球と宇宙のシンボルである丸い輪を、支配でなく合体、制約でなく協力、束縛でなく手を繋ぎあるシンボルとして。この結婚の秘蹟を執り行えるのは当人たちだけであり、それを神聖なものとできるのも当人たちだけである。わたしたちはすでに心に刻まれた真実をここに表明し、集まった友人と精霊の前で証言する。アーメン(ニール・ドナルド・ウォルシュ『神との対話3』p.371-p.372)***自分がもし、結婚するのなら。こういう風に思える相手と結婚したいですね。この言葉に惹かれ、一生懸命書き写しているうちに、ふと思い出したものがあります。それは、なぜか「森は生きている」の呪文なんです。「ころがれ、ころがれ、指輪よ。春の門を通り抜け夏の軒端へ秋のたかどのへそして、冬のじゅうたんの上を新しい時の焚き火を指して」なぜか、いまだに覚えています。これ、子供の頃に主人公の少女になりきって覚えようとしたので・・・。これは本が先ではなく、アニメが先でした。本はリンクにしているものではなく、世界名作全集の分厚い本の中に入っている作品を読んだ記憶があります。が、劇の脚本風になっていて、子どもには読みづらかった記憶が。その後、大人になってから市民劇団が演じているのを観ましたね。魔法といい、誓いの言葉と言い、言葉が力を持って、何かが動くというシーンが子供の頃から、圧倒的に、好きなようですね。いろいろな作品を読んでいる中で、クライマックスの主人公の長セリフが好きなのも同じことかも。
2006年07月11日
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昨日は、「小さな「エムズサロン」」に行ってきました。私は、風邪が治りかけだったせいで、控えめな自己紹介を鼻声でする状態で、まるで元気がなかったんですが、皆さんは、濃かったですよ~。10分スピーチも、30分スピーチも、自己紹介も、その人にしかできない内容でした。自分はこの年齢で、一度もまともに就職したことがないことが悩みといえば悩みだったのですが、このメンバーの自己紹介を聞いていると「まともな就職」にこだわるよりも、「自分の生き方」にこだわるほうが大事だと素直に思えます。そうですねぇ。昨日の話をおおざっぱにまとめると自分は「誰に」「何を」する人になるのかを考えるのが大事ということですね。さて、昨日のエムズサロンは、いつもと違う場所で行われました。来月も違う場所でやるそうです。サロンというと「ある決まった場所」をイメージしますが、エムズサロンのサロンは「決まった場所」ではなくて「毎回おもしろい人が集まる場」なんだと思います。場所は変わっても、毎回、期待値以上の質の集まりになるところが魅力です。私は3回とも出ているのですが、「やまねこ」というより「シャイねこ」をやっているせいでまだお話していない人が多かったりします。ですが、その日にみんなと名刺交換しなきゃというあせりはなく、話すときに自然と話すんだろうなとも思っています。この雰囲気を作り上げている人たちだからいつか少しずつ仲良くなるんだろうなと。私にとってはレギュラーメンバーと少しずつ知り合っていくのが楽しみな集まりです。
2006年07月10日
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七月第一週は風邪でぼーっとしたまま終わった気がします。週の真ん中二日間は寝込みましたしね。 ここ数日は少しずつ体ならししているところ。 あとあと予定が詰まることを考えると今しか寝込めないときに寝込んだ気はしています。
2006年07月09日
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ちょっとはサッカーを見てみようという気持ちだけはある。あるのだけど、結局、サッカーをBGMに爆睡しているだけだったりする。出張先で外を歩き回っているためか、ご飯も睡眠もおいしいという健康的な状態なのだ。というわけで、結局、サッカーの結果はニュースで見ているのだけど。見ている人は結果をいろいろと分析するけれど、スポーツがよくわからない自分でも、その分析の仕方の好き嫌いはわかる。それで自分がどういう性格なのか気づいたりする。何事も自己啓発と結び付けてしまうらしい。日本についての分析は、そもそも「体力」や「決定力」はもとから国民性としてあまり持ってないのだから、根本からたたきなおさないと勝てないという意見よりも、日本人の持っている特性(小柄な体など)を生かして勝てるチームにしていこうという意見のほうが好きだな。どちらも納得できる意見ではあるのだけど、表現というか言い方の違いだね。欠点をたたきなおさなければというよりもいいところを伸ばそう生かそうという論調のことが好きだということ。サッカーのニュースを眺めながらそんなことを思っていた。
2006年07月01日
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