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塩田玲子さんの自閉症.comの紹介文を書きました。掲載は11月頃になるそうですが、この日記でもその紹介文を掲載したいと思います。****私が玲子さんに実際にお会いしたのは、2回。共通の知り合いであるブランディング・コーチの高畠真由美さんの紹介でした。http://plaza.rakuten.co.jp/takahata/私は本と情報のアクセシビリティをテーマとしている研究職で自閉症スペクトラムのことにも興味を持っていたので、そのあたりの共通性から2人をつなげてくれたのでした。彼女が日本に帰ってくるのは長期休暇の間だけなので、もっぱらメールで話すことが多いのだけど、2回会っただけで、今度は私がいつかボストンの彼女に会いにいこうと心に決めるまでになりました。今の生活のことや専門のことだけでなくて、今後どうやって生きていくのかといったビジョンのことも自然と話せる友人であると思っています。さて、自閉症.comを一読した印象ですが、とにかく渾身の力作だなという感想をまず持ちました。彼女がセラピストになった背景について、通常すると思われる自己紹介よりもさらに奥まで書いているので、彼女の仕事への思いの根底の部分が見えて、深みと説得力を感じます。学生の頃のボランティアで出会った自閉症の女の子とのコミュニケーションがなかなかうまく行かず、それでも話しかけ続けていたら、通じたという素直な喜び。彼女は、それを「魔法にかかりました」と書いています。ライフワークに出会う瞬間は、こんな気持ちになるのでしょうか。そして、語りはさらに過去にさかのぼり、かつては自身がコミュニケーションに課題を抱えていて、その課題に向き合って生きてきたことまで書いています。このエピソードは、このサイトの文章を読んではじめて知りました。ここまでの自己開示をしたことに勇気と決意を感じました。このサイトの文章を読んで、「ライフワークを決めるのは、強みだけではなくて、その周辺にある弱みなんじゃないか」という言葉が浮かびました。その仕事が自分の中で他のどれとも違うものになるにはただ無邪気に好きなだけじゃなく、その底に、つらさや悲しさを経験してもやめないで続けさせる強力な何かがあるんだと思ったのです。それがあるからこそ、他の仕事ではなく今の仕事を選んだというような取り替えのきかないものがあるんだと思いました。彼女は、そういった心意気でセラピーをしている方なので、今まで得た知識や経験を最大限に生かしたサポートで自閉症児の言葉を伸ばすことに尽力するにちがいありません。ブログ「本と情報のアクセシビリティを目指して」管理人DAISY☆やまねこhttp://plaza.rakuten.co.jp/yamanekopenguin/
2006年10月26日
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NLP体験セミナーに行って来ました。 すでに本を読んでいたり、コーチングセミナーを 受けていたりしたので、やったことは 完全に未知ではなくて、あ、似てるな、 というものも多かったのだけど、 思い切り楽しい2時間でした。 まったくはじめてその場にやってきた初心者を リラックスさせ、楽しませ、 言葉を引き出すような場の力を持った場所でした。 体験の中で一番おもしろかったのは、 自分が付き合いにくいなぁと思っている 相手を想定し、立ち位置を変えていきながら、 自分の視点、相手の視点、ニュートラルの視点に 立って感じたことを語っていくこと。 何回も繰り返して、やっと相手の立場に なりきれるものらしいけれど、 始点が広がる感覚は感じました。 相手の人から見ると自分はこう見える、ちょっと離れた場所から見るとこう見える、と立場を変えて考えることができます。セミナー講師や代表が女性で、参加者は男女ほぼ半々だったかな。初心者だけでなく、すでにNLP研究所のセミナーを何年か受講している人も参加していて、初心者と経験者が組んでセッションを進めていき、また経験者の体験を聞ける雰囲気も良かったです。初対面でも、すぐに話しやすい雰囲気が作れたし、場の空気が本当に良かったです。本格的にセミナーを受けようとすると ちょっと金銭的に勇気がいるんだけど・・・ でも、興味があるんだよなぁ。 特に自分の代表システムが どれなのか気になります。視覚? 聴覚? 体感? う~ん、気になる。
2006年10月25日
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ワールド・トレード・センターを観てきました。描かれていたのは、現実離れしたヒーローではなく、等身大の仕事に生きる2人の男だった。タワー2のエレベーター・シャフトが崩壊したときに巻き込まれて瓦礫の山に埋まってしまった2人の港湾警察官、ジョン・マクローリンとウィル・ヒメノ。(彼らは実在する人物で、救出された20名のうちの2人。彼らは18番目、19番目に救出された人たちだという。)救出を待つ2人とその2人を待つ家族、2人を救出しようとする人たちが物語の中心。特にジョンとウィルの内面をたっぷりと描いていた。ウィルの妻は妊娠しているが、娘の名前をどっちにするか2人で違う意見だった。でも、今は妻の言うとおりにしてくれていいと思っている。ジョンは妻が4人目の子供を妊娠したときのことを思い出す。予定外だったけれど、本当に嬉しかったと。それから、息子に日用大工を教えていたこと。日用大工で台所を作っていたけれど、まだ途中だったこと。薄れていく意識の中で、ウィルはイエス・キリストを見た。宗教観の違いはあるけれど、きっと日本人でも極限状態ではやはり家族のこと思うんだろうなと。そんなときに、自分が何者なのか、何をして生きてきたのかを思い知らされる。最後にぎりぎりの状態で彼らが生きていられたのはやはり家族への想いだった。そういったことを静かに静かに描いていた作品だった。
2006年10月22日
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出版のユニバーサルデザインフォーラム2006に参加してきました。DAISYブースの店番をしてました。発表者の話の中に、DAISYは再三登場していたので、それで興味を持ってくださる方も多く、ブースを空けていたのは、開会前1時間と休憩中20分、20分だったのですが、休憩時間の方がたくさんの方が見に来てくださいました。全体としては、長丁場で盛りだくさんでした。パネルディスカッションでの成松さんのコーディネートはとても聞きやすいものでした。長く「出版」と「出版のユニバーサルデザイン」に携わってきた方らしく、穏やかに方々に心を配って進行していたと思いました。基本的に各スピーカーが話していたことは、今までのフォーラムの内容に最新情報を加えたものでした。*今までのフォーラムの内容は、『出版のユニバーサルデザインを考える』(テキストデータ版CD付)として、書籍されています。パネルディスカッションでは、武田徹氏の話していた「本の厚み」の話が印象に残りました。本には「必要な情報」だけではなくて、「必要な情報と思われていない部分の情報性」もあるのだという内容でした。本はただテキストデータが持っている以上の情報を持っているし、録音図書だって誰の声で読まれているかなど、情報以上の情報を持っている。本ってなんだろうなぁ、そのあたりのことをもう一度考えさせてくれるお話でした。日本の電子図書の最新の流れのひとつとしては、ボイジャーのT-Timeがあります。今年の2月には文字の拡大ができるようになり、10月には自動音声読み上げができるようになりました。ボイジャーの萩野氏によると、文字が拡大できたり、音声が出たりするのを「本の当たり前の機能にする」というコンセプトによって開発を行っているそうです。読み上げは、スピーチエンジンの能力に左右されますが、買った本がすぐにしゃべってくれると読めるという人は多いので、意義あることだと思います。関連記事:萩野正昭.音読する電子書籍:拡張するT-Time「電子かたりべ」.出版ニュース.2006.10下,2006,p.6-p.10.DAISYは国際標準だけれども日本の出版の世界とはまだ遠く離れている。一方、T-Timeは日本の出版の世界の中にいるけれど、国際標準ではない。このあたりはどうにかならないものかと思いました。読書工房が2007年度から「教科書のワンソースマルチユース」を目指して、教科書会社、研究者、障害当事者、支援者と連携した実証的な研究プロジェクトを立ち上げるそうです。そのプロジェクトの中で、今後の方向が見えてくると良いと思います。
2006年10月21日
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舞台はドイツ。ろうの両親のもとで両親のために通訳をしながら育ったララの成長物語。同時に、ララの父の物語でもある。ララは、クラリネット奏者の叔母、クラリッサにあこがれ、彼女自身もクラリネットへの才能を開いていく。音楽という、聞こえない自分には想像もできない世界に飛び立とうとする娘を、父はなかなか理解できずに反対する。音楽に対する頑なな気持ちは、幼い頃に妹の演奏する楽器の音が聴こえず、みんなが聴いているときに、ひとりで大きな声を出してしまって以来、妹との仲がなんとなくうまくいっていなかったから、というのもある。この映画は、監督が手話の世界に魅せられて作っただけあり、ろうの両親の役は、本物のろうの役者が演じている。しかも、父親役の俳優は母語がアメリカ手話、母親役の俳優は母語がフランス手話を話す。(反対だったかも? とにかく同じ手話を話す人といっても違う国の手話を話すのです。ちがう国の手話でも、音声語よりもお互いにわかりやすいんだとか。)で、監督の母語はドイツ語で、主演女優はフランス語。とてもヨーロッパらしいエピソードだ。ストーリーに無駄な派手さはなく、少女が少しずつ少しずつ大人になっていくのだ。
2006年10月12日
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メイさんとは、「近く」にいることが多い。といっても、「接点がある」というよりも、「同じ頃、同じあたりにいたけれど、お互いに近くにいたことに最近まで気づいていなかった」という「近さ」。誕生日も近いので、読む星読みも同じ星座。今も違う環境に身をおいているのだけど、「耕運期」の只中に、同じような気持ちで、いたようで、彼女と、とても「近くにいること」を感じた。ゆかりさんのメッセージは、ハマると、まっすぐ射抜いてくる。今回の月間占いは、まさにそんな感じだった。確かに、自分が何を得たのか、まだ見えてきていない。この1年を振り返れと言われると、「膨大に得た」ものはなんだかわからず、どちらかというと「徹底的に失った」もののことを思い出す。3年スパンにしても、つらかった方のことを先に思い出す。でも、それだからこそ、3年前に持っていなかったものを確かにつかんでいる自分も知っている。失って、ボロボロになって、それでも残っていたものは、パンドラの箱の中にただひとつ残る希望のように価値あるものだ。価値あるものの価値を、教えてもらった1年だったのかな。それは、健康だったり、家族だったり、ずっと続けていくライフワークの芽だったり、角度を変えると様々に見えるけれど、たったひとつの私の核なのだ。
2006年10月11日
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