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たぶん、ぼくの精神が低迷しているというか、下劣だからなのか、期待していた映画『不撓不屈』にはまったく自己移入できなくて、リアリティーが欠如して見えた。一観客であるぼくが、この映画を見るべき分際でなかったのかもしれないけれど。昭和38年に実際に起こった、栃木県の税理士と国税庁のせめぎあいを描いたもので、税理士・飯塚毅は並みの人間なら屈してしまうであろう税務署側の悪どいいやがらせに屈せず、信念を貫きとおす。じつは、ストーリーのかなりはじめの部分で、「あ、俺なら悩むことなく、ここで妥協して実をとるな」とパッと思ってしまったのである。「官庁の<理不尽>リスク」というのは、商社の仕事をしていると、ままあることで、まあ、最近 日本では体験していないけど、まさにフィリピンの税務署とか、まことに困った存在である。もちろん理不尽と戦わないわけではないが、理不尽をする側に権力と重大な決意があると見たら、社内やメーカーに対していかにこの事態を受け入れさせるかの説得文書を書く方向に頭を切り替えるのが「お仕事」というものである……とおもって、やってきている。しょせん、「仕事」でしょ、personal な部分とは別だ。「Business 上の妥協は personal な恥辱ではない」という整理でもって生きているわけです。ところが、この『不撓不屈』の飯塚毅は、仕事のなかに自分の信念を貫く。周囲の数多くの人々を騒動に巻き込みつつ。これを、誠実のかたまりのような滝田栄が演じていて、すべてが満点のスーパーマンになってしまっている。飯塚さんという人が実際そうだったのかな。これだけの執念でもって官の圧力に屈しないというのは、性格にエキセントリックなところがないとエネルギーがとうてい続かないと思うのだが、滝田栄の飯塚毅は終始温厚なのである。一方の国税庁側の悪役役人は、これはもう絵にかいたような下卑かただ。いまどき、名探偵コナンでさえ、悪人にも悪人の事情があったというところでホロリとさせるものだが、この『不撓不屈』に出てくる悪役連中はただひたすら下卑ている。100%善玉と100%悪玉という、およそリアリティー欠如(としかおもえない)構図なのである。プロレタリア労働運動のプロパガンダ映画みたいに思えた。じっさいそうだったのかもしれないが、もしそうなら、事実は小説より奇なり、か。飯塚毅がひたすら耐えるところに描写の力点が置かれていて、最後に悪役どもが負けるところは、まるで大河ドラマの総集編みたいにあらすじだけ追っておわる。カタルシスのない映画だ。俳句評論的にいえば、「たんなる報告の俳句」。家族愛がふきだしているいくつかの場面は、人の心をうつ。そこだけがこの映画の救いだ。原作の小説も読んでみるべきかもしれないが。『不撓不屈』サイトはこちら↓http://futo-fukutsu.cocolog-nifty.com/blog/
Jun 30, 2006
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千穐楽(せんしゅうらく)を迎えてしまったミュージカルなのに、やっぱり書いておきたい。『ミー&マイガール』来年になるか、再来年か、ぜひまたやってほしい。世界のどこかの国でいつも『ミー&マイガール』をやっていて、それを追いかけて旅する、なんてのもいいな。唐突だけど、『ミー&マイガール』の魅力は漫画の『めぞん一刻』に似たところがある。ストーリーは全然ちがうし、誰それが誰それに当たる、みたいな対照を言い立てることもできないけど、ちょっと満たされなくて一層かきたてられる恋の感じとか、わっとみんなで盛り上がるときの感じ、ちょっと世間を離れた空間で話が進行するスタイルとか、上品と卑俗の巧みな(アン)バランスとか、道具立てがけっこう似てないか。もちろん、真似をしたとかそういうことではなくて、ひとが惹かれるものって、似たようなものかな、という意味で。千穐楽になったから、いつまで維持されるか分からないけど、ここのところ楽しんだサイトの数々:ずばり、「ミー&マイガール」のブログhttp://mam.toho-stage.com/東宝の旗艦サイト「ミー&マイガール」http://www.toho.co.jp/stage/meandmygirl/top.htmlたのしい The Lambeth Walk のビデオが楽しめる↓http://exercise.cocolog-nifty.com/blog/files/ccall0606.mov主演のサリー役、笹本玲奈(ささもと・れな)の21歳誕生日の日カーテンコールの挨拶。ほんとに幸せそう。いきいきしてます↓http://exercise.cocolog-nifty.com/blog/files/0615ccallstrmg.mov
Jun 28, 2006
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日本記者クラブで2月17日に桃山学院大学の厳善平教授が「中国における農業、農村、農民および農民工」と題して講演していて、その速記録を読んだ。じつに興味深い。ご一読をすすめます。(アドレスは末尾でご紹介します)前からの疑問にある解答をもらった。一昨年あたりから、中国の沿海部(広東省など)で単純労働者の労働力が足りなくなっているという報道があって、その理由として新聞記事では「内陸部でも産業がそれなりに興ってきたからだ」という説明があり、「ほんとかいな?」と思っていたのだが、厳教授によれば、じつはホントの(より深刻な)理由は、1.農民というのは、「身分制度上の身分」のようなもので、 農民戸籍をもったものは 都市民とはまったく別の身分の者として差別される。2.都市に出てきて働いても、 賃金は都市民の6割ていどしかもらえない。 子供も、公立学校には入れない。3.その他もろもろの非常にみじめな差別があって、 それに耐え切れなくて、 あるいはそれに対する抗議の意味をこめて 農村へ帰ってしまうのだ。というのである。農民差別のことは、わたしの『中国人に会う前に読もう』でも冒頭で取り上げた。現代中国の諸問題の根幹だと思っている。厳教授の講演は、基礎常識を補強するためにも必読です。農村から農民戸籍をもって都市に出てきている人口は1億8千万人から1億5千万人。そのうち2千万人が、学校に入る前の子供たちなのだという。厳教授のことばを引こう:≪2千万人の子供たちが、都市部で差別され続ける親を毎日見ている。自分らも学校には行けない。しかし、農村に帰る気もない。このままにしておくと、この子たちの将来はどうなるのかというと、それこそ怖いものがあります。≫≪あの華やかな上海の中で差別を受け、成長してきた子たちが将来どういう行動をとるかというのは、非常に怖いのです。そのことについて、中国の中でも非常に議論がふえていまして、何とかしないといけない、そういうようなことになっています。≫さて、社会風土として他人を無視することが習い性となっている国だから、この問題の解決はものすごくむずかしい。だから、中国問題のキモなのだ。講演はこちらで読めます↓http://www.jnpc.or.jp/cgi-bin/pb/pdf/php?id=196それにしても、さいごに質疑応答のコーナーがあるのだけど、時事通信、朝日新聞、東京新聞のOBが、それぞれじつにズレた質問をしている。NHKと毎日新聞のOBの質問は、いちおう まとも。
Jun 27, 2006
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台北の勤務先の近くに、なぜかフランス語の本屋さんがあって、Le Petit Prince をフランス語で朗読したCDを買った。解説を読んで、『星の王子さま』企画の由来を知った。おそらくちょっとした本には書いてあることなのだろうけど、ぼくは知らなかったので、ブログに書いておく。サンテグジュペリは、落書き風にふと思い浮かんだ人物を手紙の便箋やホテルの紙ナプキン、ビラなどに描く癖があったのだそうだ。そのかわいさに惹かれて、米国人の編集者がサンテグジュペリに「この人物たちを主人公にして、子供向けの話を書きませんか」と持ちかけた。そして昭和17年の夏から翌年はじめにかけて絵を描きストーリーを書いたのが『星の王子さま』ということなのだそうだ。なるほど、あの独特の夢のなかの浮遊感は、「まず絵がありき」の誕生に由来していたのか。『星の王子さま』に出てくる1輪のバラの花は、きっと恋し、恋して、かなわなかった女性のことだろうと思うのだ。小惑星と砂漠の、きわめてドライな喪失感。いつまでもモダンなのは、そのせいだ。
Jun 26, 2006
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帝国劇場へミュージカル『ミー&マイガール』を家族で見にいった。6月8日に1度わたしだけで見に行って、そのときの感激と、ちょっぴり感じた違和感のことは6月9日のブログに書いた。前回1度見て慣れてしまったからか、今回は、すーーっと入っていけた。翻訳劇のお約束に慣れてしまったのだろうか。役者さんたちもみなそれぞれに、公演が続くうちに練(ね)れてきたのだと思う。「弁護士におまかせ The Family Solicitor」というコミカルなナンバーなど前回みたときは、何となく役者さんがぎこちなくて、こちらまで気恥ずかしくなったのだけど、今回は安心して見ていられた。生演奏の音楽のテンポを速く調整したのではないかと思う。サリー役の笹本玲奈が舞台登場してすぐ葡萄酒を一気飲みするところの演出も、今回のほうがゴクゴク呑みほす音まではいって堂にいっていた。「スマイル! スマイル! Take It On The Chin」を歌うときの身振りも、前回は「スマイル! スマイル!」と言うところがちょっと子供子供していたのだが、その身振りも変わって、よくなっていた。今回は2階席から見たので、見る方向が違ったせいかもしれないけど。井上芳雄の演技も、前回はすこし浮わつきを感じたのだけど、今回は躍動感がぴたっとからだじゅうに満ちている感じ。家内が絶賛して「歌もすばらしいし演技の幅がひろい。これからテレビのドラマにいっぱい出てくるわよ」と言ったが、いやいや、テレビドラマなどに出させてはもったいない。今回の役者さんたちではないけれど、うちの家内の親しい人が、舞台のあと楽屋に行くらしい。俳優さんと親しければ、楽屋におめでとうを言いにゆくこともできるのか。やっぱり、あるていど生活のレベルを確保して、いろんなところへ行ってみるいろんなものを食べてみる体験をしたら、次に望むのは、そういう華やぎのあるご縁というものだ。今日の昼の部は、開演20分前に行ったらすでに「満員御礼」の札があった。公演は明日の昼の部が最後。このミュージカルは第1幕、第2幕とさいごが「ランベス・ウォーク The Lambeth Walk」でものすごく盛り上がるのだけど、明日26日の最後の公演など、それこそどんなに盛り上がることだろう。昼13:30開演では、とても行けないけど。ちなみに、現状もちろん全席売切れ。次の公演は何年後だろう。いまから楽しみにしています。
Jun 25, 2006
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6月12日のウォールストリート・ジャーナルにMichael Kurtz 氏の Fuel for Thought という評論があって、ここに引かれた石油依存度の国際比較が興味深かった。GDP(国内総生産)に対する石油消費コストの比率を比較したもの(平成16年の数字)。タイは8.4%だそうだ。昨年まで石油価格が政府の補助で安く抑えられていたことを理由に挙げている。わたしが思うに、中進国の上クラスまで来ていながら、鉄道建設にろくな投資をせず、自動車交通に頼りきっていることも理由ではなかろうか。インドネシアは6.7%だ。昨年はOPEC加盟国のなかで唯一の石油輸入国となった。中国は5.2%台湾は4.3%米国は2.6%そして日本は1.7%だった。Kurtz 氏は言う。≪日本の1.7%は、中国の5.2%の3分の1にも満たない。1人あたりの自動車数は、日本のほうが中国より28倍も多いのに。≫国民のたゆまぬ努力あっての、惑星地球への貢献だ。大いに誇るべきことだと思う。小・中学校の社会科教科書に書いて、国民常識にしてよいと思った。
Jun 19, 2006
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きのう、台湾式の北京語へのシフトを宣言したけれど、じつはそれが並大抵のことでないことをさっそく発見してしまった。日本語の「と」、英語の and にあたる中国語の“和”。たとえば“日本和台湾”で「日本と台湾」。この“和” ですがね、わたし、35年前に中国語を習いはじめて以来、ずーーーーーーっと「ハー↑」と発音してきました。これをなんと台湾の言語規範では「ハン↓」と読むのだということに10分ほど前に気がついたのですね。小学生用の教材を見ていて、ふと気がつき、「誤植にちがいない!」と思って辞書を引いたら、「ハン↓」と書いてある。ま、まさか! と思って周囲の台湾人スタッフに聞くと、「この意味では ハン↓ とよむ。ハー↑ なんて読まないよ」と言われ、これはもう大ショック。使用頻度の少ないことばとか、名詞・形容詞の読み方がちがうのなら、まだ納得できるけど、「と」や and にあたる機能語の漢字の読み方がちがうなんて!う~ん、これはやはり、大陸式と台湾式とを器用に使い分けるしかない!期間の「期」。これ、ほんとに頻繁につかう漢字ですけど、大陸では チー →台湾では チー ↑だから、「月曜日」という意味の基本単語「星期一」が、大陸の北京語では シン→ チー → イー →台湾の北京語では シン→ チー ↑ イー →繰り返し言いますけど、台湾方言の話をしてるのじゃありませんよ。中華民国における漢字の北京語発音の規範と、中華人民共和国における漢字の北京語発音の規範とがここまで異なっているのだ!というのを、中国語を習いはじめて35年経ってはじめて認識した!ということのショックなのでありますね。それがどうした、と言われるかもしれませんが……<7月26日追記:誤記の訂正をしました>
Jun 16, 2006
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自分のなかで中国語(北京語)の標準が変わりはじめている。大陸の標準から台湾の標準へと、じつに急速に。大陸では簡体字(いわゆる過激な略字)を使い、台湾では繁体字(正字体)を使っているのは、みなさまご存知でしょう。タクシーのことを大陸では「出租汽車」といい、台湾では「計程車」ということくらいも、さすがに10年以上前から知っていました。「(~の)ところ」という意味の “地方” を、大陸では “ティー↓ファン_” と 「方」 を軽く読むけど、台湾では 国語(北京語)をしゃべるとき1字1字 “ティー↓ファン→” と 「方」 を高くあげて読む、ってなことに気がついたのが、入りびたりだしてすぐのころで、このころは実は、「自分の教科書どおりの北京語が台湾の国語なまりになっちゃうと困るなぁ。中国語だけは、北京標準を死守しないと!」と思ったのですね。「フランス語」 のことを 「法語」といいますが、北京の標準音は 「ファー↑ユー~」。日本で出ているあらゆる中国語辞書には、そう書いてあります。ところが台湾の国語では 「ファー↓ユー~」 という。これを聞いたときには、大陸で通訳するとき ド田舎から出てきた人の方言に悩まされたころを思い出し、「ファー↓ユー~ なんて発音したら、大陸では<どこの田舎ものだ?>と思われちゃうよ」と 発言してしまい、さっそく台湾人スタッフたちの顰蹙をかったのでした。その後、台湾で出ている国語字典で 「法」 をひいたら、「フランスの意味の “法” は ファー↓法則の意味の “法” は ファー ~と 発音しわける」 と書いてあってビックリ。“法語” は、≪ファー↓ ユー~ なら 「フランス語」ファー↑ ユー↓ なら 「論語で <正しい道をひとに説くこと>」ファー↑ ユー ~ なら 「佛法のことば」というように読み分ける≫ と、台湾の辞書には書いてある。これはほんとにビックリした。“危険”は、大陸では ウェイ → シエン ~と発音するけど (だから日本のすべての中国語辞典にはそういう発音表示が書いてあるけど)、台湾の標準音は ウェイ ↑ シエン ~というふうに、大陸とは違うのですね。“蝸牛”(かたつむり) にいたっては、大陸では 標準音が ウォー → ニウ ↑だけど、台湾の標準音は クワ → ニウ ↑だ。念おししておきますが、わたしはいわゆる 「台湾語 (閔南語)」のことを語っているのではありません。台湾における“国語”、いわゆる北京官話の発音の標準が、北京政府が整理した発音標準とところどころで異なっていることへの驚きを言っているわけです。日本の中国語教材でも、中国語辞書でも、こういうことは はなから無視されています。日本の中国語教材は、大陸一辺倒なのです。これはよろしくない。さあ、反骨のムシがむらむらと、うごめきだしました。よぉし、台湾標準の中国語にシフトしてみようじゃないか、と思い始めたのですね。台北の大きな書店に行ってみて、大陸の書店が とうぶん追いつけそうもない文化の香り高さに触れて、「よっしゃ、台湾標準でイッたるか!」と決めたのでした。……念のため付け加えておきますと、「台湾標準」 といっても、それは「中華民国の学者がきめた標準にもとづく北京語」 にシフトする、ということでして、いわゆる「台湾語(閔南語)」 を習うところまで手をひろげようというのではないのです。台湾語を習う時間があれば、北京語の成句を覚えるのにつかったほうがよい、というのがわたしのポリシーでして。
Jun 15, 2006
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『世界日報』のコラムで、マンゴスチンのことを書いていたのだが、この表現には打ちのめされた。≪異名「果物の女王」にふさわしい「深窓の令嬢」ならぬ「ジャングルの令嬢」のような芸術的果物だ。≫「ジャングルの令嬢」ですか。お仕えしてみたいものです。コラムのブログ版はこちら↓ http://blog.worldtimes.co.jp/archives/50522954.html
Jun 13, 2006
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きのう、成田から台北へ飛ぶ全日空便(エアーニッポン便)のチェックインでとんだ目にあった。問題は公共にかかわるので、配信コラムにした。(朝5時に配信されます)ご感想等は、こちらへお書き込みを。全日空のお知り合いがおられたら、どうかわたしの配信コラムを転送してさしあげてください。
Jun 12, 2006
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帝劇で、6月26日までミュージカル 『ミー&マイガール』 をやっている。これはもう最高に楽しめるので、ぜひお奨めしたい。昨晩わたしも見てきた。じつはいまから18年前にロンドンに行ったとき家内といっしょに見たのである。とても気に入って、帰国後も CDを何十回かけたことか。この作品、英語のロンドン下町なまりがネタになっている。ことば遊びも多い。ロンドンで見たときには、ああ、この作品って、日本にはもってこれないよな、と思っていた。それが日本語になるといったいどうなるのやら。(日本では3年前にも上演されたらしい。)和訳は総じてなかなか頑張っていたけど、歌の訳は、どうにもいただけないのが4~5曲あった。ああ、わたしにも手をいれさせてもらえれば!例を挙げると、Noblesse oblige, noblesse oblige, noblesse oblige...と、貴族のご先祖さまたちが高らかに歌う場面があるのだが、ここがなんと「貴族の、貴族の、責任、責任、責任」と訳されていた。これを、舞台の役者さんたちは「せー・きー・にーーー・んーーー」のように歌わされていたのだが、「ん」を長くのばす音声の聞き苦しさと、「責任」という何ら情緒のない漢語が歌のキーワードになってしまったブザマさに、ちょっと参ってしまった。わたしなら、こう訳す。「われらは、もののふ、もののふなれば」「もののふ」は、もともと文・武をとわず王室につかえる高貴な家柄を指していて、古語としてはまさに「貴族」のこと。そもそも英国貴族は武家に近いから、「もののふ」のニュアンスが合う。「もののふ」の意味が分からぬ観客もいるだろうが、英語原文の noblesse oblige もフランス語の外来語だから、言語レベルも原文の色合いを生かした訳になっていると思う。訳詞の一部に、そういう不出来なものもあったけど、出演者総出でノリにノッておどる 「ランベスウォーク」 は文句なしの五重丸。ほんとに、心がキラキラになった。ああ、ミュージカルは最高だ。主演の笹本玲奈はもう、はじけていて、彼女を見ているだけで、しあわせになれる。ベテランの涼風真世の声の伸びと演技の幅広さ (ヒョウキン技もみごとにこなしていた)には脱帽。純名りさ も、セクシー。ミュージカルのサイトはこちらです↓http://www.toho.co.jp/stage/meandmygirl/welcome-j.htmlきのうは仕事がたまたま早く終わったので、ひとりでふらっと行って切符を買って見たのだが、(この週末に家族で行こうといったら、忙しいと拒否されていた)、やっぱりどうしても家族に見せたくて、きょうまた今月下旬の公演のチケットを4枚買った。
Jun 9, 2006
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べつに「感心」などしているわけではないが、(このていどのことで「感心」したら、それこそ失礼だろう!)「こういうごく フツー のことを言ってもそれを言ったのが韓国人だとずいぶん新鮮に思えるものだ」という意味でご紹介する。ウォールストリート・ジャーナル紙の6月7日号でAhn Byong-Jick 氏が (泉が推測するに “安炳直” 氏か?)South Korea's "New Right"と題して論評を書いている。(Ahn 氏は、ソウル大学名誉教授で New Right Foundation の代表理事という。)>≪今日の視点からみると、このような近代史観は時代遅れで、異様でさえある。≫きわめて当たり前のことを言っているのだが、韓国人が日本の朝鮮統治を 「遠い過去」 と呼んでいるのが新鮮だった。そうなのである。もちろん遠い、遠い過去なのである。日本人にとって、安保闘争がすでに遠い過去である以上に。韓国人にとって、朝鮮戦争も李承晩もすでに遠い過去である以上に。人間というのは、けっこうその時代その時代でそっと落とし前をつけているものなのだが、後の世になると、そっとつけたはずの落とし前が忘れ去られ、声高で無知な者らが騒ぐのだ。記事はここで読める:http://online.wsj.com/article_print/SB114962716222173009.html
Jun 9, 2006
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The Christian Science Monitor の6月7日号にわたしの投書が、はれて掲載されました。↓ こちらをご覧ください。http://www.csmonitor.com/2006/0607/p08s01-cole.htmまたまた、これについて配信コラムを書きます。配信コラム(無料)のお申込みはこちらへ↓http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/mailmag.htm
Jun 8, 2006
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6月6日の朝、またまたコラムを配信します。ご感想はこちらへお書き込みください。コラムを読まれたい方、ぜひこちらからお申込みを!(無料配信です)http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/mailmag.htm
Jun 5, 2006
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6月4日の『北國(ほっこく)新聞』(金沢市)が、社説でまたまた道州制への反対論陣を張っていた。記録のため、転載させていただく。≪知事会と道州制 富山などの反論は道理 全国知事会道州制特別委員会で、石井隆一富山県知事らが、道州制導入を必要とする同特別委の最終報告書案に反論し、結論を事実上棚上げさせたのは、賢明でありもっとなことである。私たちは道州制について、非現実的、非効率的な「夢のまた夢」の構想と指摘してきたが、ポスト小泉政権がどう対処するかも判然としない中で、全国知事会が結論を急ぐ必要性は何らない。委員長の木村良樹和歌山県知事が提示した最終報告書案に反論したのは、富山、福島、茨城、静岡、滋賀、奈良の六知事で、道州制について▽国の形はどうあるべきかの議論が必要▽導入の課題、デメリットを十分検証すべきなどと指摘し、六知事を代表して発言した石井知事は、道州庁を「住民から遠いミニ霞が関」として、道州制のメリットとされる職員や行政経費の大幅削減についても疑問を呈した。まさにその通りである。第二十八次地方制度調査会が小泉首相に答申した道州制は、明治二十一年以来の現行都道府県の枠組みを廃して全国を九~十三のブロックに分け、国省庁を解体するに等しい改革を伴う構想だ。国の形を根本的に変えることの必要性に加え、地域特性と無関係なブロック分けや道州庁の位置など問題点は多岐にわたる。道州庁が中二階的で非効率な行政組織になる可能性も大きく、地方分権の流れにむしろ逆行する側面もある。積極論が先行していたきらいのある全国知事会で、石井知事らが待ったをかけた見識を大いに評価したい。七月に開かれる全国知事会も、数の論理で決着させるようなことがあってはならないであろう。今国会に提出された北海道道州制特区推進法案の中身も、地制調の答申がうたう道州制とはほど遠く、底が知れた感じである。もっと言うなら、道州制が、国と地方の三位一体改革の“目くらまし”ではなかったのかという疑念すらある。過去何度も浮上しては消える歴史を繰り返した道州制は、今回も小泉政権の幕引きと共に尻すぼみとなる可能性がある。知事会も現実的な問題に立ち返り、地方交付税見直しなど差し迫った地方の問題に全知全能を傾注してもらいたい。≫「道州制」には今のところ中央官庁が反対しているけれど、もし風向きがかわって中央官庁が賛成にまわってみろ、中央官庁の出先機関を道州庁の母体にしようというのがいまの道州制案だから、つまるところこれまで地方自治の最前線にあった都道府県庁が解体されて中央官庁の出先機関を軸に再編成されるということになるのだ。これがいったい地方自治の推進か?むしろ中央官庁による地方自治侵略の完了形ではないのか。
Jun 4, 2006
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今年にはいってわたしの配信コラムに朝日新聞からの引用が何度か登場した。じつは1月はじめから、ほぼ16年ぶりに朝日新聞も購読することにした。勧誘に来るたびにいびり倒していた販売店のおやじが喜んだ。ある出版社から、年のはじめに「朝日新聞のパロディー文体で中国について本を書かないか」と言われて、望むところとお受けしたのである。というわけで、さっそく「朝日新聞の言語空間」というタイトルのスクラップ帳をつくり、記事のスクラップをはじめた。朝日らしいところに色鉛筆で線を引き引き。むかしは、朝日新聞の愚劣な社説や掲載投書を読むと怒りでむしゃくしゃして勤務先の仕事にさしつかえた。まあ、それが16年前に購読をやめた理由だけれど、さすがに今では一丁前に歳をとって、おおかたの愚論も鼻でわらってあしらえるようになっていた。娘2人が朝日新聞にはまるのだけが心配だったが、産経・日経・朝日の3紙のなかで娘たちが読むのはあいかわらず産経と、日経の土曜別刷りだけだ。で、そうやって5ヶ月近く経ってみて、企画をいただいた出版社にはお断りを入れた。いかにも朝日らしい文章のパロディーを満載した本というのは、ゲロのかたまりみたいなもので読んでも不愉快なだけだ。商品として成立しないと確信したからだ。朝日新聞そのものは、じつは朝日なりの長年のバランス感覚でもって愚論と正論をたくみに按配しているのである。お断りしたら、また別の企画をいただいた。2年くらいかかりますよ、と言ってお受けした。
Jun 4, 2006
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きのう東京への機上で、ある台湾人作家の短編集を読んでいた。本業が医者だけあってか、文体が知的である。作家名はふせておこう。ぼくと同年代の男たちのちょっと屈折した愛と性を粋(いき)に描いていて、あ、日本語訳してみたいなと思った。自分も思いあたる40代おとこの感情の起伏をさらっと書いてあって、いつになく読み進んでしまった。セックスの描写はなにもないのだけど、なかなかエロチックなのだ。さあ、この手の短編は日本にもありそうだが、どうなのだろう。翻訳にとりかかる前に日本に類似の作品がたんとあるのかどうかマーケット調査をしないといけないが…。…と、相変わらずすぐ、あたらしい夢を思い描いてしまう。それに取り掛かる前に、執筆をお約束した件がすでに目の前にごろごろしているのに。とにかく、人生がもっとヒマになったら、台湾の文学小品の紹介も手掛けよう、と、まあそんなことを考えることもできた今回の出張でした。
Jun 1, 2006
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