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日本の国防の基礎的問題として前から挙げられていたのが、沖縄県与那国島上空が台湾の防空識別圏に組み込まれていること。日本領土の上空でありながら、台湾の空だった。沖縄返還の際に、米国がわざとこの問題を放置したとしか思えない。日本のノド元にはこんな刃物も残されている。ようやく日本政府が、与那国島上空を日本の空にする方針を固めた。きっと、米国が日本を利用して台湾と中国へ 「この地域の領土・領空・領海線はゆるがせにしない」 というメッセージを送らせることにしたのだろう。小沢政権大混乱の 「お清め」 第1弾か。産経5月30日、外信面ベタ記事:≪日本の防空識別圏拡張、台湾が拒否台湾外交部 (外務省) は29日の声明で、「日本政府が沖縄県与那国島上空の防空識別圏 (ADIZ) を西側に拡張する意向を通告してきたが、台湾の主権と空域にかかわることで受け入れられない」と拒否した。声明は「現行のADIZは米国の沖縄統治期以来のもので、日本側の事前協議を欠いた一方的な通告は遺憾」と批判している。(台北 山本 勲)≫日経5月30日、政治面ベタ記事:≪防空識別圏修正に抗議【台北=新居耕治】 台湾の外交部 (外務省) は29日、日本政府が台湾に隣接する沖縄県与那国島上空の防空識別圏を修正し、台湾側の洋上に広げる方針を決めたことに対し、「受け入れられない」 とする声明を発表した。「日本が事前に十分な意思疎通をはからなかったのは遺憾」 とした。≫
May 31, 2010
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カバー写真の横顔が美しくて見とれる。松竹映画 「秋津温泉」 の、29歳の岡田茉莉子さんだ。586ページの本だが、きょう一気に読んでしまった。出演作にまつわる出来事をつないでゆくと、岡田茉莉子伝となり戦後日本映画・舞台史になってしまう大女優の語り。出演作のあらすじと出演者の絡みが、頭にすっと入るように書かれているから、各作品を見たことのないわたしのような不届き者も落伍せず読み通せた。カバーにスチール写真が使われた 「秋津温泉」 (昭和37年作) と 「エロス+虐殺」 (昭和44年作) は、どうしても見たくなり、DVDをネット注文した。どちらも、岡田茉莉子さん主演で、監督はご夫君の吉田喜重(よししげ)さん。 「秋津温泉」 「エロス+虐殺」昭和60年6月の梅田コマ劇場公演 「花の生涯」 で、井伊直弼(いい・なおすけ)役の鶴田浩二さんが褒めた岡田さんの演技があった。プロの伎倆(ぎりょう)の一端を教えてくれる、興味深いくだりだ。≪この公演中、私の楽屋に鶴田さんがお見えになり、そばにいた母に「お嬢さんは、ほんとうに芝居がうまくなりましたね」と、声をかけられた。私が演じる たか女が京から戻り、鶴田さんの直弼に久しぶりに対面が許される場面だったが、その別れぎわの私の演技について、「背を向けていたお嬢さんが、俺のほうを振りむく姿が、いいね」と、照れ屋の鶴田さんらしく私の顔を見ずに、あえて母にそのように話された。それは私がひそかに試みた芝居であっただけに、私は内心、嬉しかった。鶴田さんに、「たかッ…… そなたの顔を見せてくれッ……」といわれて、私は顔で振りむかずに、まずは腰、それから肩で、振りむくようにして演じた。そのほうが顔で振りむくよりも、はるかに振りむいたという印象が強いことを、私は長い舞踊の経験からよく知っていた。鶴田さんはそれを見逃さずにいてくださったのである。≫ (本書、468ページ)プロの伎倆の話には、ぞくぞくさせられる。大部の本のうち、まずここをどうしても引用したくなった。*映画スターだった岡田茉莉子さんは、昭和40年代から舞台へ軸足を移す。昭和42年は谷崎潤一郎の 「細雪」、43年は永井荷風の 「腕くらべ」、44年は有吉佐和子の 「不信のとき」 と、3年連続の正月公演は日比谷の芸術座だった。わたしが劇場通いをはじめたのは平成18年の夏。芸術座は平成17年3月の 「放浪記」 公演で閉館したので、わたしは行ったことがない。750名収容の伝説の劇場、一度でも行っておきたかった!跡地の地下にできたシアター・クリエは手狭だが、「RENT」 「この森で、天使はバスを降りた」 「ガス人間第1号」 など、忘れられない公演が多い。ことし5月~6月は、森光子さんの体調のつごうで中止になった 「放浪記」 公演の代わりに、ジャニーズイベントやミュージカルコンサートを入れて、じつは集客は成功しているようだ。しかし。即効性のある集客イベントに甘えずに、芸術座以来の劇場本来の姿に戻ってくれることを祈らずにはいられない。==5月のブログ冒頭==帝国劇場の斜(はす)向かいにあるシアタークリエ。敷地の都合で横幅が狭いのが難点ですが、いいお芝居を見せてもらっています。新しいキャラの 「クリエちゃん」 です。かわいいでしょ!ミュージカル 「ガイズ&ドールズ」 の主役、救世軍のサラ・ブラウン軍曹を演じた笹本玲奈さんそのまま。
May 30, 2010
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丸の内の行幸(みゆき)地下ギャラリーで4月29日~5月30日開催の 「アートアワードトーキョー丸の内2010」 を今頃になって見たが、賞の審査結果にとうてい承服できない。もしわたしが主催者なら、来年は審査員を総入替えしたいくらいだ。イベント企画じたいはすばらしい。美大の卒業制作展からの選抜展。45名の若い才能を世に出して、力づける。会場は、東京駅から皇居へ一直線に伸びる行幸通りの地下だ。丸の内の死角のような場所で人通りは少ないが、この通路の両側をギャラリーに仕立てたのは、イキな知恵。*グランプリ賞は、ビデオ作品だった。ネット上で作家が見つけた他人の自己紹介ビデオクリップの声色を、作家がそっくり真似て演じたビデオが次々に流れる。それだけ。表情や身振りにさほどの細工もなければ、背景や映像処理に意匠を凝らしたわけでもない。単なる声帯模写の記録である。その瞬間藝のほどは多とするが、声帯模写ビデオに対してアートイベントのグランプリ賞とは、審査員諸君、貴兄らは正気か? 演藝イベントじゃあるまいし!百歩譲って、真似ぶりのおかしみを鑑賞できる多重音声・複数映像の編集の工夫があれば、そこを買う手はある。だが、受賞作にはそんな工夫はなかった。同じくビデオで、3面のスクリーンをつかって目、鼻、口のアップ画像を延々と流す作品に、国立国際美術館主任研究員の植松由佳さんが審査員賞を出している。退屈。あと、ふた工夫くらいほしい作品。ビデオ作品の評価ハードルがあまりに低い。*準グランプリ賞は、灰紫色を基調とした油画。これまた、準グランプリ賞を与えた判断根拠が理解できない。審美に向かわぬ汚い色。さして丁寧な仕事というわけでもない。メッセージ性も不明確。ヘタウマ、でさえない。同傾向の絵なら、むしろ大林丘奈(たかな)さんの作品のほうが、色彩も美しく、読み解きの楽しみも与えてくれる。ところがその大林丘奈さんへは、審査員賞もなかった。多摩美のデザイン学科准教授の佐藤直樹さんが審査員賞を出した作品も、灰色に混濁する油絵具が渦巻く、きたない絵。準グランプリ賞と同様、取り柄が不明なのである。*審査員賞で順当なのは、枝 史織(えだ・しおり)さんの4連作。横浜美術館主席学藝員の天野太郎さんが審査員賞を出した。「舞台」 「ダム」 「競馬場」 「プール」。非現実空間が、あたかもジオラマを見ているような二次的なリアルさで迫ってくる。絵画の楽しさを味わった。明治大学特任准教授の小山登美夫さんが審査員賞を出した、佐藤 翠(みどり)さんの作品もいい。欲しくなった作品のひとつ。Sex And The City を彷彿とさせる華麗なワードローブが、軽妙なタッチで丁寧に描き込まれた大作。色彩に調和があり、いつまで見ていても飽きない。上半分は写実しながら、下の床部分は思い切って墨流しのような夢幻処理。この辺の組合せも巧みだ。*受賞しなかった作品の内でわたしが高く評価するひとつが、宮本 宗(ひろむ)さんのオブジェ。上半身が錆びた煙突で下半身が裸身、といった物体と人体の組合せ。丁寧に、リアルに作り込まれているから、見飽きない。人間が営々と建造するモノたちが やがて行き着く哀感を、下半分を人体にすることでうまく表現してみせた。榊 貴美(さかき・きみ)さんのは、高橋龍太郎コレクションに直行しそうな逸品。一群の真紅のワンピースの少女たちがサングラス組と無邪気組に分かれ、そして無邪気組はにこにこしながら顔の見えない少女たちを生き埋めにしている。校庭の白線は不思議な白い粘液で引かれている。道具の実物もどきをオブジェとして絵の前にあれこれ並べて、非現実世界をリアルに演出したのもおもしろい。増田恵助(けいすけ)さんの人物デッサンも、描く人物のファッションが個性的。色クリップをつかって作品を固定してあるかのような額装も、おしゃれ。増田さんには、いつか人物画を注文してみたいと思った。*こうしてみると、審査員諸氏とわたしは随分と判断が異なる。当たり前の話ですが、わたしは自分の審美眼のほうが上だと思っております。
May 29, 2010
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参院選を前に、当然こうなるだろうと予想していたことが次々と外れる。1.社民党が連立政権に残った社民党がいなくても、民主党+国民新党だけで参議院で過半数を確保できている。総員242名の参院議員のうち、民主党が116名、国民新党が6名だから2党合わせて122名。過半数である。ちなみに参議院の社民党議員は5名。普天間基地問題で当然、小沢政権は社民党を切り、民主党+国民新党の2党の与党体制で乗り切ることで政治日程は決まり、と思っていた。ところが民主党が一向に社民党を切りに掛からない。社民党は暴れ放題だ。社民党が辺野古移設への反対を増幅させるほど、海兵隊は一層長く普天間にい続け、職業運動家も失業しない。普天間付近の、米軍基地のおかげで食っている人たちも安泰だ。ほんとは、誰も困っていないのだろう。普天間基地の存在にほんとに困っている人たちがいれば、社民党の横車に猛然と反発すべきなのに、そういうひとがテレビにも新聞にも出てきませんね。民主党の山岡賢次議員 (栃木4区選出) が失言したとおり、民主党にとって普天間基地は国民生活とは関係のない問題だから、連立の枠組みを変えてまでマジメになって取り組むほど重要問題ではないということ。それに気がつかなかったわたしが、アホでした。2.鳩山由紀夫氏が首相職に残った参院選は当然、鳩山首相では乗り切れないから、いいタイミングで顔を挿(す)げ替えて鳩山時代のお清めをし、かつ新しい顔が別のボロを出さないうちに投票日を迎えるのがベストだ。「5月末までに普天間問題を決着させる」 という鳩山首相の出来もしない約束は、5月末という良いタイミングで辞任するための下準備だと思っていた。後任の首相は菅直人氏。菅首相は、参院選投票日までの1ヶ月間は死ぬ思いで、持ち前のヒステリー症候群を抑える。そうすれば、どう転んでも鳩山首相のままよりは民主党の議席数が増えるだろう。ところが、意外だった。鳩山由紀夫氏が首相職を辞める気配がない。民主党に鳩山下ろしの動きがいっこうに起きない。鳩山由紀夫氏のことばのすり替え術 (「最低でも県外」 → 「できることなら県外と言ってきた」 など) は、病的な虚言癖のあらわれ。ところがこれが、みごとな打たれ強さとなって内閣支持率2桁台の維持に寄与しそうだ。野党も、鳩山首相のままのほうが選挙が戦いやすいから、本気で鳩山下ろしに掛かろうとしない。*暴れ放題の社民党も、人間としての欠陥が問われる鳩山首相も、常識的には切ってしまうべき。ところが、一旦それをやってしまうと、そこから政界が流動化しはじめ、ついに小沢一郎氏本人まで巻き込む波になる。だから、切れない、のだろうか。
May 27, 2010
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「子供歌舞伎」 というジャンルがあるのを、『北國新聞』 コラム 「時鐘」 で知った。いかにもNHKの週末夜のローカルニュースにふさわしい話題、ていどに思ったら、グーグルで “子供歌舞伎” を検索すると 39,600 件も出てくる。トップに出てくるのが、松尾塾子供歌舞伎。昭和63年に大阪に「松尾塾子供歌舞伎教室」を開設したのが始めだから、もう20年も続いている。「寺子屋」 (大阪・国立文楽劇場で平成21年8月16~17日、東京・国立小劇場で同年8月29~30日に公演。)「浮気聟(うわきむこ)」(大阪・国立文楽劇場で平成20年8月23~24日、東京・国立小劇場で同年8月30~31日に公演。) 見るからに本格的だ。松尾塾は、3歳から9歳までの男女が入門でき、在籍できるのは中学2年まで。月に平均15日の稽古日があるという。子供が 「浮気聟(むこ)」 の上演というのもおもしろい。毎年の公演演目 を見ると、つねに新たなお芝居に挑戦しておられて、公演では3つ4つの出し物がある。ことばと音楽感覚が磨かれる。人生の宝になるにちがいない。もし松山に歌舞伎教室があれば、やってみたかった。『北國新聞』 コラム 「時鐘」 平成22年5月16日≪うれしいことに、華やかな子供歌舞伎の伝統が当地では息づいている。先月の砺波(となみ)市 出町(でまち)に続き、お旅まつりの小松で華麗な舞台が演じられている。 芝居のシの字の心得のない者でも、なぜか心引かれる。ことしのお旅まつりの演目は、武士の悲劇を主題にした一幕と切ない悲恋物語。忠義と裏切り、道ならぬ愛と悲しみという複雑な人間模様を、子供たちが演じる。 PTAから 「子供に見せたくない芝居」 と、ヤリ玉に挙がる中身である。が、脈々と続く伝統は、「それがどうした」 と意に介さない。逆に、裏切りや悲恋の 「迫真の演技」 を指導する。もっと背伸びして演じてみろ、と励ます。 子供役者たちは、大人になってもせりふを大概覚えているという。理解できぬまま口にした言葉の意味が、時がたってから分かってくる。そうして会得する美しい日本語の世界もある。大人の教材を使ったすてきな課外授業である。食べやすい食材だけが栄養になるわけではない。 お子さま向けがあふれる時代である。だからこそ、歯が立たないような芝居に挑み、懸命に背伸びする子供役者に引かれるのだろうか。≫砺波市出町には、子供歌舞伎曳山(ひきやま)会館 という施設もある。地域文化というソフトと箱物が あい備わった好例だ。
May 24, 2010
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日本統治時代の台湾南部の水利事業に尽くした八田與一(はった・よいち)は5月8日が命日である。今年もその遺徳をしのび、烏頭山(うさんとう)ダム近くで墓前祭が行われた。前日の5月7日、八田與一の銅像には花が供えられていた (台湾 『自由時報』 劉婉君 記者撮影)墓前祭には、八田與一のご長男の奥様の八田綾子さんをはじめ約500名が出席し、台湾政府からも大統領府の頼峰偉官房副長官が出席した。(金沢 『北國新聞』 より)(『自由時報』 劉婉君 記者撮影)5月8日午前には、「八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会」 の一行が、八田與一記念公園の建設地を見学した。(『北國新聞』 より)一行(いっこう)は、翌5月9日には奇美実業の創業者、許文龍氏を表敬訪問した。台湾・台南県の奇美実業本社で許文龍氏のバイオリン演奏に合わせて 「仰げば尊し」 を歌う一行。(『北國新聞』 大田こころ記者撮影)*墓前祭前の5月5~7日には、国立台南藝術大学の斑芝花劇団がオリジナル演劇 「八田與一 ~ 烏頭山の愛」 を、大学の音像藝術館戸外広場で上演した。劇のクライマックス部分は、墓前祭でも披露された。練習に余念がない斑芝花劇団 (『自由時報』 劉婉君 記者撮影)八田與一・外代樹(とよき)夫妻の夫婦愛、そして台湾の土、台湾農民との結びつきを描き、30名のキャスト、70名のスタッフを動員して作られたもの。台南藝術大学は、烏頭山ダムから吊り橋ひとつ隔てたところに位置している。八田與一を演じる国楽科7年生の楊智博さんと、八田外代樹夫人を演じる陳怡トウ(ちん・いとう、トウは「丹彡」)先生 (『自由時報』 劉婉君 記者撮影)=以上の内容は、『北國新聞』 (金沢市) および 『自由時報』 (台湾) の報道から要約しました。なお、『自由時報』 記事は何れも台湾南部の地方ニュースとしての扱いでした。
May 16, 2010
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女子美大の日本画科の同期4人が、4人展を毎年やってもう11回目。5月15日に 「ガールズ ギャラリー トーク」 があるということで、いちおう5月11日の火曜昼に絵の下見をし、土曜夕方5時に京橋三丁目の art space kimura ASK? へ行った。イベント参加は、4人衆に、画廊スタッフに、インド絃楽器サロード奏者の青年に、その他 内輪のお客さまが女性12名ほど、多摩美のお髭の先生が約1名、そして わたしといった具合でした。5時を過ぎてから、床におもむろに布を敷き車座に坐れるように会場設営が始まったのですが、4人衆リーダーの義村京子さんが話を始めたのは6時近く。なんともタルいイベントでありますが、おかげで絵をじっくり拝見するうち、義村京子さんの10センチ角の小品の日本画3点を組み合わせて飾るとおもしろいな! という思いに、がしっと捉われたのであります。義村さんの展示は、眼に大宇宙を宿したETと象の大作2点の周りを数十もの小品が衛星のように取り囲んでいる。1点1点見ながら選り好みごっこをするうち、表情さまざまな風船のような白いたましいが浮遊している1点に 「これは見飽きないな」 と思い、星々とともに2匹の蟻が素描されている1点に 「夢がぷちんとはじけて蟻さんになったよ」 と想い、パステルで彩られた水生生物の卵の集合体のような1点に 「これを生命のドラマの出発点と見立てて、3つの作品の真ん中にもってくると、いいかも」 と考え、作家の想像力の産物を、鑑賞者のぼくが再構成して連作に仕上げるという贅沢な楽しみの瞬間を味わううち、「これは、買わなきゃ! でも、作品群を分売してくれるのかな?」ふと見ると、宇宙に浮かぶ黒猫の小品の傍に銀色の丸いシールが貼ってあるぞ。画廊スタッフに声をかけると、小品は1点8千円でした。1点1万円を想定していたので、予算内ということで即決。額装の手配も画廊にお願いすることにしました。イベントでインド舞踊を披露する義村京子さんともお会いして3作を組み合わせる発想を披瀝したら、ぼくの鑑賞をよろこんでくれた。義村さんの作品ファイルを見ると、青を基調にした襖絵をいろんな部屋に嵌めて撮った写真のシリーズが痛快。川口市で倉庫だったところをアトリエ+ギャラリーにして使っておられる。トークのなかで「小学3年生のころ、テスト用紙の裏に天国を描いてみたら、草が3本に花が1輪みたいな絵になってしまって、『こんなところにホントに行くことになったらイヤだな』って思ったのを覚えています」おもしろい人ですね。からだの線のきれいなひとで、インド舞踊もとりわけ優雅でした。*ほかのお三方。井上惠理(えり)さんは、フラダンスの4つの仕草を同じ女性にさせて絵に収めたのですが、「左端の女性ひとりを消したらバランスがよくなる」 と意見を差し上げてしまったのでした。まぁとにかく、井上さんは群衆のなかにいてもパッと目立つほどの美形でありまして、彼女がいるかぎり 「美人塔」 は面目躍如。下之園和佐(しものその・かずさ)さんは、美術教師をなさっていて神戸から駆けつけ。木洩れ日を描いておられるのですが、心の壁面の藻のゆらぎと見ました。土方朋子(ひじかた・ともこ)さん。トークのなかで「3年前から外で制作するようになりました。風に吹かれると、生まれる前の記憶が戻ってくるような気がして、それを写した取ろうとした絵です」欲をいえば、土方さんの絵にはアクセントとなる異質のポイントが欲しい。それが、生命の原点として、あるいは土方さんの視座として、絵を引き締めてくれると思う。(第11回美人塔は京橋三丁目6-5 木邑ビル2階の art space kimura ASK? で5月22日まで。ちなみに同じビルの1階、南天子画廊の 「依田洋一朗展」 は、マンハッタンのミュージカルの世界にいざなう闇のファンタジーを感じさせる秀作が見られます。)
May 16, 2010
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去年12月19日からやっている映像展覧会。5月15日の土曜午後に行ったら、ちょうどいい人の入り。私邸の一角という趣の、こぢんまりしたスペースなので、始まった頃は人出でたいへんだったろう。ヤン・フードン こと 楊福東(よう・ふくとう)氏は、昭和46年に北京の生まれ、上海在住のアーティスト。彼の映像イベントを5月23日までやっている。1階の Gallery I “後房 ― Hey, 天亮了”(平成12年)男4人に剣を持たせて京劇の所作で街を行かせる。素人映画っぽいが、腕がこちらに飛び出して来そうな迫力。自ずと生まれる諧謔。Gallery II “将軍的微笑” (平成21年)この部屋は、いい。いつまでも居たくなった。入り口正面に Smile と虹色のネオンサイン。長いテーブル面(4画面連続)は延々と洋食パーティー。テーブル周囲に天井から12面のヴィデオ・スクリーン: ソフィスティケートされていないナマの女性たちが、微動しつつ、あるいは跳ね踊りつつ、ナマめかしい。壁面に、老人を撮ったモノクロ4面。微風に吹かれる女性のモノクロ1面、女性と老人の静止画2面。右の壁面では老将軍が延々とインタビューに答え、左の壁面では老人が賛美歌をピアノで弾き、それらが空間の基調音声となっている。さんざめきやがて哀しき人の粋(いき)。2階。 Gallery III “半馬索”黄土高原のどうしようもない貧困の径を引かれる馬。Gallery IV “<竹林七賢> 之三” (平成17年)1時間ちかい映画。時間がなくて、ラストシーンだけ見た。水を張った棚田で黒い牛が斧の刀背(みね)で殴り殺され、やがて全裸の女性ふたりが静止した男たちを抜けてこちらにやって来る。Gallery V “<青麒麟>之一” (平成20年)山東省の採石場。9つの横長画面で荒涼たる光景を。5つの縦長画面で5人の労務者を延々と。この美術館は小さいけれど、常設のインスタレーションが贅沢。奈良美智さんの My Drawing Room というアトリエ人工空間。須田悦弘(よしひろ)さんの 「此レハ飲水ニ非ズ 『椿』」は、壁に埋め込まれた電線から伸びた枝の椿と、黒い石の床の椿が、眼底に残る。Jean-Pierre Raynaud さんの L'Espace Zero は究極の無用を体現した白黒タイルの空間。いい日に、芝生に面した中庭のカフェテラスでゆっくりワインを傾けて坐りたい、原美術館。
May 16, 2010
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誰もが知っている、オードリー・ヘッバン主演の映画 「ローマの休日」。あろうことか、これをたった3人の俳優で2幕ものの演劇に仕立てた人たちがいる。5月2日に東京・天王洲の銀河劇場で見て、プロの技に打ちのめされてしまった……。もっと早くご紹介したかったが、きょう9日の午後1時からの公演が東京の千穐楽(せんしゅうらく)。ごめんなさい。大阪の シアター・ドラマシティ で5月12~16日に公演が続くので、京阪神の皆さま、ぜひ足をお運びください。■ 舞台化のテクニック ■「ローマの休日」 を舞台でやるって?しかし、たとえば、2人乗りのスクーターがローマの下町を暴走するシーンは、舞台では演じられまい!いいえ、しっかり舞台化しました。アーニャ こと アン王女役の女優と、新聞記者のジョー・ブラッドレー役の男優が、ほんとにスクーターに乗って舞台上でぐるぐる回り、背景映像は映画から街頭風景をうまく切り取って使いました。露店にぶつかってめちゃめちゃにするところは、スクーターでそのまま舞台の袖に走りこみ、効果音で表現します。そのあと警察で搾られる場面はどうする? 俳優はわずか3人なのに。心配ご無用。警察官は不要です。警察署から出てきたふたりが、おまわりさんの様子を面白おかしく語ればいいわけです。じゃあ、寝坊した新聞記者が、実際には中止になったアン王女の記者会見に行ってきたフリをしてデスクに苦しい嘘八百を並べる、あの見どころシーンは?新聞記者の部屋に訪れたカメラマンに急(せ)かされ、記者がデスクに電話をして作り話を語ればいい。■「ムチャ言うなぁ」■こうして工夫を重ね、チョイ役の出番をどんどん減らして、どうしても外せない3人が残りました。アン王女、新聞記者、カメラマン。配役がみごと。自然体で王女さまになれる宝塚出身の朝海(あさみ)ひかるさんと、歳のころもぴったりの二枚目の吉田栄作さん。そして、そこにいてくれるだけで和(なご)んでしまう小倉久寛(ひさひろ)さん。5月2日には、お芝居のあと俳優3人と脚本・演出のマキノノゾミさんによるトークショーがありまして、そこでマキノさんいわく:≪プロデューサーからこの企画を聞いたとき「ムチャ言うなぁ」と思いましたよ。「ローマの休日」は昔、ミュージカルになったことはありました。しかし、今回みたいなストレートプレイ (歌がなくセリフだけの普通のお芝居) は絶対ムリやと。だって、ふつうの芝居じゃ、映画にはぜったい勝てないわけじゃないですか。どうするかいろいろ考えた末、最小限の人数で演じることができたら、舞台ならではの趣向になるだろうと思ったわけです。≫■ 赤狩り(レッド・パージ) ■新聞記者役の吉田栄作さんも≪企画を聞いてさいしょに 「ムチャだ」 と思いました。でも、台本を拝見すると、新聞記者のジョーとカメラマンのアーヴィングの関係が、映画より深くなってるんですよ。これはいけるなと。ジョーはハリウッドでシナリオ作家として活躍していたが赤狩りに遭い、仲間を密告しなかったために追われて、ローマに流れ着いたという設定です。彼が密告しないことで図らずも助かったうちの一人が、カメラマンのアーヴィングだったわけです。じつは 「ローマの休日」 の原作を書いた脚本家のダルトン・トランボ自身が赤狩りでハリウッドを追われるという経験をしていまして、原作者の人生を投影している。これを3人で演(や)るんだ! ということで、一生懸命やらせていただきました。≫ジョー記者のこの設定は、彼が部屋でまどろみつつ回想の悪夢を見ることで観客に伝えられる。仲間を “売る” ことができなかったジョーは、アン王女の秘密も“売る” ことができなくなる。カメラマンのアーヴィングが、逃(のが)した大金を嘆きつつ、「けっきょくお前は、一貫してるんだよ」というセリフが、生きる。■ キュンとさせる堂々たる王女 ■アン王女役の朝海ひかるさんは≪わたしたちもスタッフも、映画を食い入るようにとにかく何回も見て、映画の印象をできるだけ舞台に再現できるように、みんなでアイディアを出し合いました。≫「王女の雰囲気を出すための役づくりに苦労した点は?」と聞かれて≪工夫ですか? とくにしてないんですけど。≫と、さらりと答える朝海ひかるさんの姿がまた、そのまま王女さまなのですね。カメラマン役の小倉久寛さんは≪共演者がスマートだったり、チャーミングだったりで、よし、じゃあ僕は思い切り、むさくるしくしようと思って…。ぼくはもともと、典型的日本人じゃないですか。≫≪朝海さんが最初に酩酊状態で出てくるでしょ。あそこ、かわいいですよね。それから、あの「一度でいいから、カフェに坐ってみたいと思うわ」と言って、顔をふっとそむけるところ、あそこがキュンとするんですよ。≫舞台の小倉さんにぼくはそっくり感情移入しながら観ていたのだけど、朝海さんにキュンとなったシーンまで同じだ。■ 映画を超えた瞬間 ■舞台版 「ローマの休日」 は、映画版に沿いながら楽しませてくれるのだが、第2幕後半に真骨頂がある。映画版でアン王女がジョーの正体を知るのは、王宮での記者会見において。だが舞台版では、船上舞踏会から退散した二人がジョーの下宿部屋に戻ったところで、図らずもアン王女がジョーの素性を知るという設定に変わっている。どうして素性が知れるのかは 「ネタばれ」 になるので言えないが、ここで我ら観劇者は、アン王女の驚愕と心の整理の様子をじっくりと味わうことができる。原作の映画にはない王女の独白。そして、王女と記者との、文字通り魂をかけたやり取りが続く。いまこうして書きながら思い出すだけでぞくぞくするやり取りだった。映画のコピーでもパロディーでもなく、映画を超えたシーンを作り出すことにより、舞台版 「ローマの休日」 は、いのちを得て脈を打ち始めた。■ ぜひ各地で再演を! ■それがあるからこそ、舞台版の王宮の記者会見の場面は、和解と信頼の発露の場として深い感動を与えてくれた。舞台を観ながら、わたしなど涙でぼろぼろになってしまった。わずか3人の俳優さんたちの舞台が、名作映画を超えた瞬間だった。*舞台版 「ローマの休日」 を上演するには、映画版の著作権をもっているパラマウント社からライセンス (著作使用許可) を得る必要がある。しかし、場面転換も少なく、3人の俳優さんと少数のスタッフで上演できるこのお芝居は、ぜひこれからも末永く、日本の津々浦々で再演されればと切望する。なお、俳優としてはもうひとり、川下大洋(かわした・たいよう)さんが声だけの出演をして、ラジオ放送のアナウンサーなどいくつもの役を演じている。*<関連サイト>銀河劇場 (東京・天王洲)http://www.gingeki.jp/(千穐楽の当日券が、果たしてあるかどうか…。ダメもとでもトライの価値はあり。)シアター・ドラマシティ (大阪・梅田)http://www.umegei.com/roman_holiday/(ぜひ足をお運びください。)
May 9, 2010
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柴咲コウさんのファンです。だって、笹本玲奈さんと藝能ジャンルがかぶらないからね。1ヶ月前、4月4日の産経新聞の別刷り 「週刊番組ガイド」 に、ドラマ 「わが家の歴史」 に出演した柴咲さんへインタビュー記事あり。「10の質問 聞いてみました」 コーナーの彼女、感性がみずみずしい。≪Q もしタイムスリップができたらどこで何をしたい?A 地球の終わり、人類の終わりを見てみたい。そこで、自分が何をすれば地球に貢献できるかを考えてみたい。≫ぼくは、地球の始まり、人類の始まりのほうを見てみたいぞよ。人類最初のセックスとか。≪Q 女性に生まれてよかったと思える瞬間は?A 人を愛するとき。人を好きになり、ずっと見ていてあげたいなと思う気持ちは、女性独特の感覚だと思う。≫えぇ…、…。「ずっと見ていてあげたいな」 と思って、ぼくも女性を愛するのだけど。それって、けっして 「女性独特の感覚」 じゃないよぉ。≪Q 最後の晩餐では何を食べたい。A 麻婆豆腐。豆腐がメチャクチャ好きで……。さほど噛まなくてもいいところが “ぜいたく” です。≫「噛まなくてもいい」 ところを特筆するとは、さては そちは 「絹ごし」 派ぢゃな? わしは 木綿豆腐派 ぢゃ。豆腐は固いに限る。干豆腐を甘辛く煎ったのなど、じつにうまい。あと、えぇと、ぼくは、プディングやパンナコッタも好きです。≪Q 手作りの料理でイチオシは?A 西京焼きです。みそ床にサワラを1日の間、漬け込んで、それを焼いて食べます。≫はじめて趣味が合いました。≪Q 休日に旅に出るならどこに行ってみたい?A 北海道や北陸地方。白い雪が街に漂う風景は、見ていると心が洗われ、穏やかになれる。≫ぼくにとって、漂 う 雪 はたぶん音楽のさいしょの4小節にすぎないと思う。…… …。 嗚 呼 (あちょーん)、けっきょく柴咲コウさんと ぼくは、趣味がはげしく不一致ではないか。
May 4, 2010
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八木重吉の詩のように心をうつ遺書だった。この4月、靖國神社社頭に掲示された。神門をくぐり参拝者が拝殿へと向かう参道の左側に、英霊が残した思いを月ごとに掲げる掲示板がある。同文が月刊 『やすくに』 の最終ページにも掲載される。この4月は、陸軍少尉 山川弘至 命(やまかわ ひろし の みこと)の 「私が死んだら」。28歳で亡くなられた山川さんの詩情が、とりわけ心を打った。≪私が死んだら私は青い草のなかにうづまりこけむした ちひさな石をかづき青い大空の しづかな くもの ゆきかひをいつまでも だまつて ながめてゐよう。それは かなしくもなく うれしくもなく何と なつかしく たのしい すまひであらう。白い雲が おとなく ながれ嵐が時にうなつて頭上の木々をゆすぶりある朝は名も知らぬ小鳥来て ちちとなき春がくれば あかい うら青い芽がふき出して私のあたまのうへの土をもたげわたしの かづいてゐる石には無数の紅の花びらが まふであらう。そして音もなく私のねむる土にちりうづみやがて秋がくると枯葉が日毎(ごと)一面にちりしくだらう。私はそこで たのしくもなく かなしくもなくぢつと土をかづいて ながい ねむりに入るだらう。それは なんと なつかしいことか。黒くしめつた にほひをただよはせ私の祖父や曽祖父やそのさき幾代も幾代もの祖先たちがやはり しづかにねむる なつかしい土その土の香に なつかしい日本の香をかぎ青い日本の空の下で私は日ごと こけむす石をかづき天ゆく風のおとをきくだらう。そして時には時雨(しぐれ)がそよそよとわたりあるときは白い雪がきれいに うづめるだらう。それは なんと なつかしいことか。そこは父祖のみ魂(たま)のこもる日本の土そこで わたしは ぢつといこひつついつまでもこの国土をながめてゐたい。≫山川弘至少尉は、岐阜県郡上郡(ぐじょうぐん)八幡町(はちまんちょう)の出身。台湾屏東(へいとう)南飛行場で昭和20年8月11日に戦死した。ときに28歳。「それは なんと なつかしいことか」 のリフレーンに万感がこもっている。みずからの生を深く見つめて思いの至った <土> の香。その <土> から想いを拡げ羽ばたかせて、時のうつろいを歌い上げている。「春がくれば あかい うら青い芽がふき出して」という箇所で、さいしょ つかえてしまった。「あかい うら青い芽」 は推敲すれば別の表現に改まっていたろうが、日をおいて読むと 「あかい うら青い芽」 が眼前に浮かぶのを感じた。じつは、上に引用させていただいたのは全文ではない。最後の3行が、時流への配慮で書き加えた借り物のことばのように思われて痛々しく感じられた。この3行がなければよかったのに:≪ただ わたしの ひとつのねがひは―― ねがはくは 花のもとにて 春死なん そのきさらぎの もち月のころ ――≫日本の <土> につながるだけでなく、西行法師(さいぎょうほうし)の歌を介して日本の <時> へと つながる。しかし、ほんとうは、山川少尉に西行の歌を借りる必要はなかった。「もしも私が死んだら」 という仮定の心象風景と、「春死なん」 を 「ねがひ」 と語る陳述は痛々しいほどに異質だ。そして、その痛々しさが、あらためて我々の頭(こうべ)を垂れさせる。
May 3, 2010
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