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2026/08/08/日曜日/長崎原爆投下から81年目出版社 論創社著者 斎藤たま2011年3月10日 初版第1刷印刷2011年3月20日 初版第1刷発行〈私的読書メーター〉本書の白眉は始めの章、わら布団。1936年生まれの著者はわら草履、冬はわらの深沓履いて子ども時代をすごしたという。その深沓はとても暖かかった。↑遠野ふるさと村にて藁を用いて靴を作ろうとする意志を強く感じさせる造形だ。トラクターを用い始めてから藁は農家の人でも手に入らない現実。↑南部曲がり家、藁葺き屋根のうつくしさその少し前、お産も産褥期も赤ん坊も、みな藁に囲まれ日々を送った、文字通りの民草。藁に塗れてよぉ、育てた栗毛〜馬も人も。↑和駒の血も少し入っているらしい白雪人間の言葉を解する。と思った!殊に藁布団の暖かさは格別で寒い国では好まれた。藁は発熱し人肌の温度になるのに1分も掛からず、春ともなると蒸されて入っていられなくなるほどだったとか。老夫婦も裸で寝られる暖かさ!ナフサ原料断熱材よりも藁圧縮断熱材でええじゃないかと素人考えしました藁↑これは流石に洗練されている。日本橋高島屋で。細工されたのは代々高千穂神社のしめ縄を作成している一家の方↑諏訪大社下社秋宮のしめ縄↑2年前訪れた北海道本別町の家屋土台下の藁の断熱。作製は米国人の藁ビルダー?の方足元に頭上に、または私たちを包んで温めて、そのタネは主食に稲魂
2026.08.08
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2026/08/07/金曜日/観たのは先週土曜日◼️銀座四丁目からのアプローチGOアプリは出始めの頃にインストールしたのにこの度初めて利用した。銀座四丁目バス停から晴海方面バスに乗ろうとして、結局このアプリを使うハメに。そもそも!EXシアターでイベントのある土曜午後、05-2バスを待ってはいけない(T-T)これを学習した。ともかくバスは来ない。ようやく来ても既に満席で、長蛇の列の前の数組しか乗れない。有楽町でなら乗れるかも親切にも前に並ぶ人が、急ぐならタクシーの方が安全とのアドバイス。車内が混みすぎないように乗客を打切り何台か待つことがままあるらしい。ところがタクシーを待っているうちにバス列で私と娘の後ろの人たちが次バスに乗っているではないか。タクシーは捕まらない!再びバス停の列後ろに並ぶ。バスは来ない。17時開演、もう16時半!意を決してGOアプリで配車を乞う。2.3分で到着、ってもう5分過ぎたよ、と焦っているとカラタクシーが!ふらふら手をあげそうになるのを堪えて待ってます_:(´ཀ`」 ∠):シアターまで15分のところを13分くらいで到着。あーあと3分、急げ急げ着席後、瞬く間にステージには柿澤勇人くん!が(/ _ ; )◼️ストーリー[家でも学校でも居場所のない高校生エヴァン・ハンセンは、ある日自分宛てに書いた手紙を同級生のコナーに持ち去られる。その後コナーは自殺し、手紙を見つけた彼の両親は、文面から息子とエヴァンが友人だったと勘違いする。彼の家族をこれ以上悲しませたくない一心で、思わずエヴァンはコナーと親友だったとうそをつく。彼らに聞かれるままに語ったありもしないコナーとの思い出は、人々を感動させSNSを通じて世界中に広がっていく。]ネットから◼️幻想と幻滅、つなぐウソエヴァンは自分に向けて手紙を書いている。親愛なるエヴァン、出だしはこうだ。今日は好い1日だった。そしてよかった事を探すけれども現実はやりきれぬ難儀なことばかりただゾーイだけは違うロックバンドグループのゾーイの事を考えるとたちまち気分は高揚し幸福になる。そんな内容の手紙が、あろうことか過激な問題児 コナーの手に渡る。彼はゾーイの兄 なのだ。コナーは妹へ綴られた想いを読み、自分への謀略だと思い込み逆上する。そして、自死した。手紙を見つけたコナーの両親はあの息子にエヴァンという親友がいたと思い込む。孤立し、薬と暴力に塗れ家庭をめちゃくちゃにしたあの息子にも人間らしい明るい一時が…親ならそれを信じたいではないかそれによってどれだけ心が救われるか。彼らの意向に沿って創作されたエヴァンのウソが、お金はあっても愛の冷えたこの家族を温かい春の光で包んだ。一方エヴァンの環境母子家庭でお母さんは働きながら大学に通い、自分のキャリアアップを目指している。人生に前向きで息子を愛しているけれど生活がいっぱいいっぱいで、多忙。エヴァンは幼い時から積もった寂しさを囲つ。消極的な優しさと諦念、人間関係において困難を覚える発達障害気味?の孤独なエヴァンはコナーと鏡合わせな男の子なのだ。そしてそんなコナーやエヴァンはネット上にたくさんいる。◼️生きる、又は家族、大人に生まれる難しさ登場人物らしき影のダンスの演出。彼らは無垢ゆえの苦しみを持っているかのように踊る。影の世界でこそ、エヴァンとコナーは友情を育み思いを分ち、踊る。これはウソの世界の演出でもあるのか。お金と時間、愛と無関心私たちはいつもそのバランスを欠いて、それでも何とかやりくりして、ささやかな幸せを求めている。◼️役者ってアーティストエヴァンに奨学金を提供する申し入れをきっぱりと断る安蘭けいの母親役が見事だ。これを脆弱に表現されたら、全てをぶち壊すと言っても過言ではない。彼女がソファから立ち上がる線の美しさ意志的な立ち姿は当に板に着く。板に乗るのではない。エヴァンのパーソナリティを柿澤くんは身体ごと見事に表現している。腰掛けている時の脚の内向き加減、背中の丸まったシルエット、歩き方、喋り方、歌い声の強弱、ゆるみ、実に自在で聞かせる。舞台では、このウソがSNSに乗って壮大な展開を見る。2人の聖地を取り戻すためのクラウドファンディングへと世界中に拡散する。施しを拒絶した母とエヴァンが、父が去って行った後の記憶を遡る深いやり取り。その後のエヴァンの勇気ある行動へと導くこのシーンは忘れられない。男はつらいよ、女はもっとつらいよ。大きいおうち、小さなわたし♫◼️ウソからマコト、瓢箪から駒CFは結局、ウソながら、あの聖地を地上に再びもたらした。影のエヴァンとコナーが戯れた、2人が大好きだった秘密の林檎畠をなんて明るく美しいのだろう。人生は、世の中はたまに奇妙な回転をする。まるで林檎畠に意志があって、自身の蘇生のためにエヴァンとコナーを使役したかのように。エヴァンとゾーイはその場所で再会する。彼女の両親も毎週訪れるという。人に必要なのはこんなサンクチュアリなのだ。思い出だろうが物語だろうが、最後に残るそれの中に、私たちは生きる糧を得る。◼️アフタートーク喜ばしいことに、柿澤くんと安蘭けいさん、それに演出家によるアフタートークイベントがあった柿澤くんは自分は憑依型の役者ではないという。いやいやいや、絶対憑依型です。大河ドラマ出演の彼は役に入りながら、俯瞰する自分がいたと。その時の演出家とのやり取りでは役者は場数を踏むとそうなっていく、みたいなやり取りがあったと。しかし、シーン別に撮影し編集加工するTVと舞台はまるで違う。舞台は生きている生きてなければ舞台ではないメリー・ポピンズのバート役の彼はエヴァンよりずっと背も高く、まるで英国人のように見えた。エヴァンで、彼は実年齢の半分以下の、アメリカのちょっとギークな男の子に変身していた。何だか細胞レベルで?板の上では全てが顕になる彼はそう言った。
2026.08.07
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