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やはり総合力の差が、思いっきり出てしまいましたね。予想以上の大敗でした。でも、都立高校の中では最高位の成績本当によく頑張ったと思います。雪谷高校は強い学校であることをアピールできたと思います。来年は、少し入学希望者が増えて、倍率が上がるのかな?
2009.07.30
都立高校の星 雪谷高校が、夏の甲子園東東京大会、決勝戦に駒を進めた。相手は、強豪 帝京高校最後の一戦、思い切りがんばって、是非甲子園切符を手にしてほしい。地元民として、密かに応援したい。
2009.07.29
夏期講習のため、時間がなかなかとれないですねあとで書きます
2009.07.28
今日9729さん いつもお読みいただき、ありがとうございます。賛同いただき、心強いですhamu-hamuさん こちらこそ、いつもお世話になっております自分の子供が持っている個性や特徴を伸ばすためにこそ、無駄が必要なのです。高く伸ばすには、広い裾野が必要だと思うのです。富士山は、あの雄大な裾野があってこそ美しいんですよね頂上だけあって、あとは円筒形みたいな山を美しいとは思いませんから。ヨシダクラフトさんそうなんですね。学校と社会というのは明確な一線を引いておいた方が良いのです。ある意味学校はファンタジーで良いとすら思います。うまく表現できませんが、そういうものなんだと思いますと思っていたら、またまた珍妙な(あえてこういう)制度を提案しているそうです毎日新聞の社説から引用します-----------------------職業教育改革を検討している中央教育審議会は中間報告で、実践的な職業教育に特化した新たな学校制度案を提起した。今後各界の意見を踏まえて答申にまとめる。 こんな案だ。大学、短大、専門学校など既存制度の枠外の高等教育機関で、入学者は高校卒業者。修業年限は2~3年、もしくは4年以上。実験、実習など演習型授業が4~5割を占め、関連企業へのインターンシップ(就業体験)を義務づける。設置基準は大学、短大のそれを基本にするが、教員配置では専門職の実務経験者を重視する。 どんな分野か。ソフトウエア設計・開発、デジタルコンテンツの開発、バイオテクノロジーなどといくつかを例に挙げたが、もっと多岐にわたることを想定している。(中略)今回の新学校案の背景には、現在の高校、大学などの教育では将来の職業やキャリア設計の意識が十分育たず、卒業後の職選択がマッチしていないという考え方がある。(中略)職業教育特化の課程は従来の大学の設置趣旨や理念にもとり、国際的に通用するか心配、というのも当たるまい。専門実務者、つまり実社会のプロたちが大学教育に吹き込む新風をむしろ期待したい。----------------------あくまでも予測だが、LEC大と同じ轍を踏む可能性は相当高いと思う。これらを考えた人に一つ聞いてみたいのだが、「専門実務者、つまり実社会のプロたちが大学教育に吹き込む新風」によってできた株式会社立大学の無残な結果は、こういう人たちによる新風ではなかったのか?その反省はどこに行ったのか?そもそもにおいて、「自分は高校を出たら、職業意識を身につけたいからこういう学校に行く!」と積極的な思考を持った生徒がどのくらいいると思っているのだろう?そもそもこれだけ前向きなら、早慶とか東大などに行く確率の方が高いに決まっている。大半の子は、卒業しても、自分の適性とか向き不向きなどはわからないのが実情だ。だから、進学する子は進学して、さらに広い世界で自分を見つめ直すのであるそんなところにいきなり、こんな授業をされたら前向きになる方が不思議である。現にこども達の学習意欲があがっているという話はほとんど聞かないではないか「現在の高校、大学などの教育では将来の職業やキャリア設計の意識が十分育た」ないほうが当たり前であって、それが学校というものである。何度も言うけど、明確にゴールが決まっているものは、厳密な意味で教育ではないのである。そもそも、いくら専門知識もあって、多少の実習経験があったとしても、大学出たての若者にいきなり専門知識を発揮できる場が与えられないことはわかりきっているはずである。(もし発揮できたら、それはそれで問題だと思うのだが・・・)学校で得た知識というのは、基本的に否定されて当たり前なのであるそこから現場で経験した知識とすりあわせて、はじめて職業意識が育ってくるはずなのである。そのすりあわせにおいて役に立つのが、実は、全然専門知識でも何でもない部分だと私は思う。山というのは、雄大な裾野を伴って美しく見えるものだと思う裾野を切り取った、頂上部分しかない円筒形の山がもしあったとしたら、それはたぶん美しくない。もしこの学校ができて、自分が行くことになったら、たぶん新しい環境への期待というよりは、ため息の方が多くなると思う。こども達はそのことを感覚的にわかっているから、学習意欲があがらないのであるもっとこども達に真摯に向き合うべきだと思うが、たいがいこう言う提言は現場ではない人があげるのでやっかいなのである。
2009.07.25
LEC大学が来年度の募集を停止した。事実上の閉校である。この学校以外にも株式会社立はいくつかあるようだが、どこも経営的に苦戦しているようだ。HPをみると、教育方針はいかにも立派である。最短コースで最大の効率を上げられるそんな気がする。役に立つスキルを効率よく提供するのだから、実に合理的である。しかし皮肉にも、生徒集めは合理的には行かなかったようだ。あくまでも私の直感にすぎないが、失敗は当然のような気がする。既存の他の大学との差別化ができなかったことも原因だろうが、根本はもっと違うところにあると思う。うまく表現できないが、教育にビジネスの感覚を持ち込むのは、根元的に無理があるのだと言うことだ。人を育てるというのは、実は不経済なことばかりなのだと思う。合理性だけでははかれない何かがあるのだ。教育は決して、一般的なサービス業と同義ではない。合理的な判断は、自分がわかっている対象者がはっきり存在してこそである。しかしそもそも、自分をわかること自体が大変難しい。結局、合理的判断をするというのは、かなりの部分で理論に過ぎないことがわかる明確にゴールがわかっている教育は、教育としての本質ではないんだと思う。もしそれが教育だとしたら、予備校とか資格の学校に通っている生徒は、すべて生き生きとしているはずだが、現実はどうだろう?やはり成長の過程における化学変化を楽しむ、そういう部分がないと、教育は成り立たないのかもしれない。とにかく、教育はビジネスの感覚だけで成り立つのではない。市場は合理的な判断をするとは限らないのだ。教育とは、壮大な「(合理的思考における)無駄」の中で育まれるもの。そのあたりの感覚がわからない限り、たぶん失敗は続くのではないだろうか?
2009.07.23
今日、解散これは、生きた公民の勉強なので、授業の時間を少し削って、みんなでワンセグで中継を見た。肝心なのは、あくまでも儀式なので、実にあっさりしたもの議長が開会を宣言し、そのあとすぐに内閣総理大臣から詔書(天皇の国事行為)が入り、「日本国憲法第7条により、衆議院を解散する」と宣言して終了。議員の万歳とともに終わる。その間数分のできごと。で、これを見ていた生徒、「なんで万歳するの?」確かにそうだなこの人達が次に国会に戻ってくる保証はどこにもないわけだし。まあ、慣習としか言いようがないと答えておいたけど・・・あとで理由を調べてみようっと!ともかく、総選挙、そのあとの特別国会召集、首相指名 これらの一連の流れは、公民の良い勉強になる。議院内閣制の意味もよくわかると思う今後のニュースに注目だ
2009.07.21
デフレと言われて久しい百均はもはや当たり前。100円コンビニも珍しくない。私が学生の頃と比べると、全体的に物価は安くなったと思う。特に日用品や毎日の食料品、そしてなんと言っても衣料品は、質とかこだわりがなければ、ありがたいくらいの値段で手に入る。それによる弊害もあろうが、まあそこは今は触れない。さて、夏休みこども達は外に出かけることも多くなるとなると、ついついコンビニにでも寄って何かを買う・・・なんて機会も多くなる最近はジュースにしろ、カップ麺にしろ、お菓子にしろ、100円コンビニが増えてきたため、それらが実に安く手に入る。1リットルの紙パックジュースが100円以下で買えたりするから驚き。こども達はお小遣いが限られるため、勢いそちらに行くことも多いだろうジュースにお菓子、数百円くらいで一応おなかを満たせるが、栄養のバランスを考えると、あまり感心しない。また、この手のお菓子やジュースは満足させるために基本的に味付けが濃い。刺激が強いので、ついついまた買いたくなる。値段も手頃なだけに余計だ。また安いだけに、品質面でも決して優良とは言い難いものもある。この手のものに手を出すなとは言わない。ある程度は良いと思う。でも、自制は必要。子どもだけでは無理な場合、大人の監視が必要。安く手軽に、いつでも手に入るだけに。安くて便利は、痛し痒しである。
2009.07.17
夏本番。冷房は実にありがたい存在である。でも、最近はどうも苦手になりつつある年取ってきて、体質が変わったのかもしれない。以前は、ギンギンに冷えた室内はありがたかったのだが、最近はそこに長くいると、体がだるくなってくるようになった。私は自宅にいるときはほとんどつけない。暑くて仕方ないときに、少しつける程度。ただ、教室ではそうはいかない。子どもは暑がりだし、勉強する環境なので、当然冷房はつける。(それによる費用はもらっていない。まれにもらっているところはあるようだけど)冷房温度控えめにして扇風機を回すことで対処してはいるが、それでも長時間つけているとどうしてもだるくなってくる。そのときはいったん外に出る。まあ、そんなこんなで乗り切ろうとしているそろそろ厄年。体質が変わりつつあるんだろうなあ。
2009.07.16
我が母校である、東京都立三田高校の硬式野球部が、昨日初戦を突破した初戦の相手である赤羽商業に延長11回、5-4で粘り勝ちした。おめでとう本当におめでとうOBの1人として、心から祝福したいそもそも私が在籍していた20年ほど前は、野球部は存在しなかった。三田高校はグランドが狭く、野球ができるスペースがないため、甲子園に全く縁がなかった。「うちが名をはせるとしたら、高校生クイズくらいしかないよね」 って冗談半分で言っていたほどだ(笑)硬式野球部ができたのは、5年ほど前当然、練習場所はどこかで借りてやることになる。ハンデは大きいだから、ここまで春の大会で1勝したことはあるが、夏は全敗だった。今回は粘った末に1勝。波に乗ると案外行けるのが高校野球のおもしろさだと思うので、もう1回くらい勝ってくれないかな。とにかく、一日でも長く夏の大会をがんばってほしい陰ながら、密かに応援しています。
2009.07.14
すっかり暑くなり、もうすぐ梅雨明けかなあと思う今日、母と一緒に午前中父の墓参りに。東京は新盆なので、今日から数日がお盆期間。春秋のお彼岸と、夏の盆の墓参りは、私が物心ついたときから欠かしたことがない。私が名古屋に住んでいたときも、この日は帰京して行っていたほどだ。体に染みついていることなので、別にそれが当たり前の感覚。三つ子の魂百まで である。蝉の声も聞こえてきた今週末からこどもたちは夏休みである。夏本番だな。
2009.07.13
気がつくと、もうすぐ夏休みですね。私は先月半ばから、期末テストが断続的に続いているために、すっかり教室の備品と化しております。ふつうのサラリーマンよりは出勤は遅いですが、5月の連休明けからは、たぶん丸々休んだ日が数日ほどしかなくここまで続いてます。なにより家と教室が近いので、通勤時間がほとんどゼロというのはありがたいですね。だからこそやっていられるのかもしれません。その分、行動半径は徒歩圏内になるので、小学生以下の移動範囲にしかなりませんが(笑)期末テストも昨日までには全部終わっている予定だったのですが、ある学校が突発的なことがありまして、一週間延期(^_^;)。従って今年は、期末対策が終わるとすぐ夏期講習です。準備と平行してますので、ちょっと大変です。今やりたいことは、旅行かなあ・・・他の方がいろいろなところに行かれているのを見ると、ちとうらやまし(^^;)まあ、来月塾生を連れて旅行に行くので、そのときまで我慢かもしれません。
2009.07.11
前回から、少し間隔が開いてしまったので、続きの部分も含めて一括して掲載しました-----------------------------以前書いた、18歳になった生徒への手紙あれは、与えられた環境を柔軟に受け入れながら、したたかに生きなさいというメッセージのつもりで書いた。なぜそれが大事かというと、たぶんその方が、人生が遙かに楽しいからであると思う。就活とか婚活(これ、根底は全く一緒です)になぜ違和感を感じるかというと、はじめに結論ありきだから、そんな気がしてならないからなのだ。就活とか婚活は基本的にマッチング作業だ。この、自分の条件と相手の条件をすりあわせるとマッチングというのは、はじめに自分ありきなのである。実は自分というのが何者で、夢とか目標は何か? どんな性格で、自分は何ができるのか、逆に何ができないのか? そんなことをハッキリさせることがまず必要になる。そのためのツールとして、チェックシートとか、心理テストとかいろいろなモノが存在し、これらの作業を通して、とりあえず就活用(婚活用)の「自分」というモノを人為的に半ば強制的に作り上げる。しかしこれって、若い人ほど実にストレスフルな作業ではないだろうか?現にうちの生徒に、将来の目標とかをきいてもまずイメージできない人がほとんどである。それでも何とかいちおう、とりあえず、自分というモノを作り出すまではこぎつける。次は相手の条件をチェックだこれもまた非常に多岐にわたる。資料だけではなく、実際に説明会や体験会などに行ってみたりして、チェックをしていく。しかし、実際のところは、入ってみないとわからないことも多い。大体、説明会や体験会はよそ行きの顔だし。仮の自分と、よそ行きの相手のマッチング。う~~ん、考えただけで気が遠くなりそうだ。長くなりそうなので次回続きこの手の、マッチングのしんどさは、たぶん仮にせよ「自分を決める」ことではないだろうか?自分をある程度固定しないと、相手の条件など選べるわけがないのだから。一見買い物と似ている感じがするが、根本的には違う。買い物は、お金という絶対的な尺度があり、判断は簡単である。しかしマッチング過程において、絶対的な尺度は存在しないだろう。結局は、どこかで決めざるを得ない。ただ、この「決める」というのが曲者で、葛藤を招く。結局これが、せっかく就職したとしても3年でやめてしまう原因の一つになってしまう・・・だから私は思うのだ。自分というのをむやみに固定しない方がいいと。特に若いうちはそう思う。自分の適性とか向き不向きとかに、必要以上にこだわらなくていいような気がする。基本は受け身。あとは与えられた環境の中で、少しでも自分の居心地がよくなるように工夫して生きる。たぶんその方が、ストレスが少なくなるのではないか?そもそも教育は足し算が本質ではないと思う。不完全な子供たちが、いろいろなことを学んで体験することで、思いがけない変質を見せる。それが教育の醍醐味なんだと思う。イメージとしては、かけ算に近い。これを学ぶとこうなる、という道筋が決まっているのは、本質的に教育ではないんだと思う。ゴールが明確で効率よく進めるのは本質的な教育ではない(株式会社立大学が閉鎖されるが、それなど良い例だろう)今子供たちが学んでいる勉強それ自体が、大人になって直接役に立つものなどあまりない。でも学ぶのだ。学ぶことでしか、自分を変容させていくことなどできないはず。ある意味自分は「空」の存在学ぶことで起きる化学変化を楽しむ。決して、同世代の子と競争して相対的有利に立つことが教育の本質ではない。「良い」先生、「良い」授業がドンドン行われているはずなのに、子供たちの学習時間、学習意欲は下げどまっていない。やはりまだまだどこかが違うのだろう。もう少し教育に関する混迷は続く。そんな気がしてならない。
2009.07.08
ちょっと小耳にしたこと中3生は三者面談のシーズン今日ある子が、学校でとんでもないことを言われてきたらしい「この成績だと、就職か定時制しかないです!」・・・オイオイ、いくら何でもそれは言い過ぎだろう。良く解釈すれば、ハッパをかけていることになるが、何も夢ばかり見させる訳ではないが、基本はそういう子に対して、意欲を持たせて、行ける高校を模索してあげるのが先生というものだろう。ただ単に成績を表面的に見て振り分けるだけなら、誰にだって出来るのだ。教育者として何か考え違いをしてないだろうか?さらにその先生、「O高校に行くには、内申の平均がオール3必要です」とのたもうたそうな・・・・・・O高校は、このあたりの学区では一番下のランクと見られているところである。オイオイ、オール3ある子は、そもそもそんなところ行きませんから。確かに表向きのデータにおいては、これくらいないと行けないことにはなっているが、実際そんなことはまずあり得ない。だいたい、卒業生の内申を見れば、そんなことくらい簡単にわかること。基本的に学校の先生に対して悪口は言いたくないが、子どもの意欲を意識的に奪うことと、あまりにも非現実的な進路指導には憤りを覚える。
2009.07.07
名古屋人にはおなじみのコメダコーヒー東京23区に唯一出店の下丸子店で、昨日モーニングコーヒーを楽しんできた日曜の朝とはいえ、店内はほぼ満員。雰囲気も内装もカップも、もちろんメニューも名古屋と一緒。少し名古屋より値段が高いようだが。もちろん回数券もあるようだ。ないのは中日新聞だけか?(笑)当然のことながら、コーヒーの値段だけで、朝はモーニング(トーストと卵)がつく。コーヒーは名古屋より少し高めであっても400円くらいなので、スタバとかよりもお得感がある。なによりも熱々のコーヒーを熱々のカップに入れてくれるのがうれしいたまにぬるいコーヒーを出すところがあるが、あれは論外である。しかし名古屋での雰囲気と明らかに違うのは、お客が注文時に、モーニングと言っていること名古屋では、モーニングはついていて当たり前。いらないときだけ申し出る感じだったので。名古屋の雰囲気でありながら、東京は東京のコメダ。地域性が違っていておもしろい。売れ線とかも違うんだろうな。
2009.07.06
私は、ここ数年伸してきた教育雑誌に載っている、いわゆる教育テクニックに懐疑的である。あれは根底には、大人の都合の良いように子どもを仕向けよう というのがあるのではないかとおもう。テクニックに走りすぎるあまり、子どもを正面から見ることがなくなるというのは、大いなる弊害だと思うのである。子どもも一個の人格であるそして何より、間違いなく自分たちよりも長生きして、この日本の将来を担う人材なのである。いろいろな性格の子がいる。成長の早い子、遅い子がいる。飲み込みの早い子、遅い子がいる。そういうのを真っ正面からしっかり受け止めてあげることが、まずは大人の責務だと思うその上でテクニックを使うなら問題ないが、往々にして、まずはテクニック。これがどれだけ子どもの本質をゆがめてしまうのか?こだわらずとらわれずかたよらずの空のこころで、こども達のありのままを見つめ、受け止める覚悟。それがないと、何も始まらないし、そもそもこども達は簡単に見透かす毎日こども達と濃密な時間をいただけている自分にとって、常に思っていることである。
2009.07.05
恥ずかしいことなのだが、ここ半年くらい、意図的に教室の机に傷をつけたり、落書きをする行為が散見されていた。やった子は大体わかっているので、その都度注意をしていたのだが、現場を押さえていないことが多いので、どうしてもいたちごっこの観はあったしかし今日、絶対に消せないところに落書きをされているのを見つけて、態度を決めた。きちんとけじめをつけさようと思う。別に当人は、困らせてやろうとかいたずらをしてやろうとかいう訳ではないようだ。よく言えば、手癖が悪いレベル。それがわかっているので、大目に見てきてはいたのだが、このままズルズルとのさばらせるのは、私の精神面にも影響してくる。こういう行為が、いつか取り返しのつかないことに発展しかねないので。以前ありましたよね?どっか外国の有名観光地に落書きをして、結果わざわざ謝りに行った学生が。下手をすると、器物損壊罪にもなりかねないので、彼の将来を考えてもけじめをつけさせた方がいいようだ。責任の一端をとらせる、ま、そんなところです。弁償させるまでには至りません。あ~あ 恥ずかしい(^^;)
2009.07.03
今日で、私の楽天のブログが開設2000日になった。2004年1月12日からスタート。約5年半である。まだあの頃は、ブログというのはあまりメジャーではなかった。一般に知れるのはその翌年くらいになる楽天ブログではなくて、まだ楽天日記と言われていたときだ。私がやり始めたとき、塾の先生で、ブログをやっていた人はまだ少なかったと思う。今は個人で経営されている方は、ほとんどすべて、何らかの形で書いているのではないだろうか?私が書き始めたときは、大阪に住んでいた。私が書き始めたきっかけは独立を模索していたためだ。私が書き始めて程なくして、会社を辞めた会社を辞めて半年ほど名古屋で働き、東京に戻ってきて数ヶ月後、今の塾を始めた。ここまで書きためたブログが1,808。今改めて読み返してみると、そのまま塾の記録にもなる。自分の30代後半の記録でもある。ブログを通じて、いろいろな人と知り合いになれた。今も続いている人もいるし、疎遠になってしまった人もいるすべては歴史だ。別に日々それほど大きな事があるわけではないでも、自分の考え方、物事に対する見方は確実に変わった。そんなことが、この1800あまりの記事には変遷として残っている。地味に積み重ねることのおもしろさを、この場で学んだ。これからも続けられる限り、淡々とやっていく。
2009.07.03
先週くらいから始まった期末テスト結果がぼちぼち返ってきている。おおむねみんな、前回よりもあがってきている一応私が目標としている点数は、越えて当たり前という雰囲気になってきたのが、今回の収穫まあ、学年トップを争うような、堂々と人様に公表できるような数字ではないが、みんながそれぞれがんばって、しっかり目標をクリアしている様子が、一番うれしいこれからも一勝よりも一生 粛々とやっていこうっとまだ終わっていない人、続いてくださいな
2009.07.01
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