全23件 (23件中 1-23件目)
1
私のような立場の人間としては、ある意味永遠のテーマでも、一つだけ鉄則があると思うそれは、「自らが学び続けること」子どもたちを操ってはいけないんだと思う。思うようにしようとしてはいけないんだと思う。たとえ小手先を労してそうしたとしても、たぶんすぐに元の木阿弥。(教育雑誌に紹介されるような方法を試しても、そうそう思ったようにはいかない経験は、誰にでもお持ちのはず)どんなに小さな子でも同じである。他人は変えられないのである。ならば自分が変わることで、影響を与えるしかない。だから、自分の子どもを勉強させたいという親御さんは、まず自分が学べば良いという事になる。学べとはいっても、何も学生時代のような勉強をしなさいと言うわけではない。資格を取りなさい というわけでもない。(それは一つの方法としてはありだけど)一番簡単なのは、今自分が置かれた立場で一生懸命やること。たとえば家庭の主婦ならば、少しでもおいしいご飯を作るために工夫してみること働いているなら、少しでも気持ちよく働けるように工夫をしてみることなどなど・・・とにかく、自分に自信を持って、できることを一生懸命やってみること。たぶんその姿が、最良の教育になるんだと思う私は、子どもたちに勉強をしてもらうことが生業生徒達に学びを「起動」してもらうには、自らが学ぶ姿を見てもらうことが一番大事な気がしてきた。では、自らが学びを起動するためには何が必要か?またのちほど
2009.03.30
手前味噌の話ですみませんうちは、生徒がいやがらずに来ます。これは何人ものお母様から言われていることです。授業時間よりも早く来て、終わった後も残っていることは珍しくないです。それどころか、休みの日でも来たがります。開けろ!と言われたこともしばしばです(笑)まあ、その間すべてビッチリ勉強しているかというと・・・ あ、これは子ども達の名誉のために内緒です(苦笑)でも、基本的に塾に来ると言うことは、勉強しようと言う意志があるということです。うちは寺子屋みたいな雰囲気を持つ塾ですシステムが完備されているわけではありません立派な自習室などがあるわけではありません授業料が格安(平均的)なわけではありません華々しい合格実績があるわけではありません(とはいえ、基本的に皆さん第一志望の学校に入ってますが)たぶん、普通の個人塾です教育の問題はいろいろ言われていますいろいろ改革されています学校現場も相当努力されていますでもやはり肝心要は、実際に通う子どもたち。子どもたちの実際はどうなのか?子ども達は、学ぶことについてどう考えているのか?子どもは明確に説明することはできませんが、それは態度になって表れます。私は何かここに、現状打開の一つのヒントがあると思っています。私自身、とてもえらそうなことをいえるだけの能力も実績もありませんでも、教育業界の末席で、子ども達と向き合いながら見つけていきたいと思っております。まあ、何時ものように、粛々と進んでいくだけです。
2009.03.28
21日に、東京も開花宣言が出たのだが、その後の寒さですっかり開花も足踏みうちの近所のサクラも、ようやく数輪咲き始めたばかり今週末が満開かと思っていたのだが、このまま来週にずれ込みそう入学式の頃、満開のサクラが楽しめるかも知れないその方がイメージ的には良いけど。
2009.03.26
WBCが終わり、その余韻もそろそろ終わり。でも、今回の優勝で思うのは、やはり日本は良い国だなと。何か目標を持ったときの結束力というのは、やはりずば抜けているなと100年に一度の不況だとか、政治が悪いとか、何かにつけてマスコミは日本を悪く言いがちだが、そんなことは話半分に聞いておいて、自分の持ち場で一生懸命、できることをしていけばいいのではないのか?確かにつらいことも、大変なことも多いが、たとえカラ元気でも良いから元気を出して、自分の仕事を一生懸命やっていけば良いのではないのか?特に私は日常子どもと接する仕事私が暗い雰囲気では、子どもに良いわけがない。大人ががんばる姿は、きっと子どもにも伝わるそう信じて、毎日少しでも良いからがんばろう、そう思った。
2009.03.25
見事優勝!祭りは終わったさあ、落ち着いて働こう
2009.03.24
土壇場で追いつかれ、延長でイチローのタイムリー落ち着きませんなあでもこの回で終わるかな?がんばれダルビッシュ!
2009.03.24
個別指導で、狭い空間でやっていると言うこともあり、生徒との距離が近くなるこれはこれで大変利点でもあるのだが、時としてわがままもでやすくなる。勉強は楽しいときばかりではない難しくて、理解できなくて、投げ出したくなるときもある。そんな様子を見ていると、適当に流しておけばいいと思うこともあるのだが、ついつい面倒見たくなる。ついつい余計なことまで言いたくなる。それが事態をこじらせてしまうこともある。学ぶと言うことは、先生→生徒と言う関係で、基本的にそれを生徒が受け入れる面がなければ成り立たないと思うが、現代の風潮か、お金払っているんだから・・・という対等な消費者の面が強く出過ぎてしまうことがたまにある。わかるように教えてくれない という、自分の努力をおいといて、甘えなんだか本当なのかわからない言葉が飛び出す。もちろん、わからせるのが仕事なのであることは間違いない。しかしやはり、円満に学習を進めていくためには、どこか踏み越えてはならない一線はあると思う。その一線が踏みにじられたらもう教育は成り立たなくなる。消費者という感覚で教育を受けようとするのは、根本的にはどこか違う気がする。しかしそれを立場的に強く主張するつもりはない。でもそれが当たり前という感覚は、結局の所お互いに何も幸福にならない気がする。私の場合、各生徒毎の綱引きで対処している気がする。何もそこまでと思うこともあるのだが、性格的に手間暇かけるように出来ているらしい
2009.03.23
久々の更新20.21と名古屋に行っておりました目的は城巡り塾生を連れてのミニ旅行犬山城、岐阜城、名古屋城、岡崎城と巡ってきた。天気がよかったので、ゆっくりと見られました。また企画したいですねなお、今回は急な企画でしたので、行ける人だけになってしまいました次回夏休みにしっかりと予定立てていきますので、そのときは皆さんよろしく。
2009.03.22
政府管理下で再建中のアメリカ大手保険会社AIGが、幹部社員に巨額のボーナスを支払っていることに、さすがのアメリカ人からも、批判の声が高いというなにせ、一番高い人は6億円超!だそうで、すでに政府管理下に入る前からの契約であり、もし不履行だと裁判おこされる可能性があるので払っているという。ここで善悪を論じてしまうとアメリカと同じ思考回路になるので避けるが、会社がどうなろうと、契約だからと当然と受け取る。もらえなければ訴えてやる! たぶんその道徳倫理は、神の思し召しなのだろう。はっきり言って私にはわからない理屈である。日本人のメンタリティとはかけ離れていると思う山一証券がつぶれたときに、社長が涙ながらに社員をかばったあの姿などみじんもない。ここ10年以上、グローバリズムが世界を席巻したが、結局正体などこんなもの。自己利益をとことん肥大化させてきただけ。強欲資本主義である。アメリカ一辺倒が実に危険であるのか、リーマンショック以降あらわになってきた。時代は多様化それぞれの文化、風土に合わせたやり方があり、それを大事にしていくことが、今後の課題なのではなかろうか?少なくとも日本は日本のやり方で。そういう自信を持っても良いはず。
2009.03.16
関西では知らぬ人がいない関東では知っている人が少ないそんな番組「探偵ナイトスクープ」今夜だけのゴールデン特番楽しみ
2009.03.15
みたいと思っていたこの映画。昨夜見てきました。昔の人気アニメの実写版。さぞかし作りにくかったとは思いますが、CGがすこしうるさいかなあと思う以外は、あまり原作の雰囲気を損なわずに、新たな世界観が作れていたのがよかったですね。2時間があっという間でした。フカキョンのドロンジョ様は賛否あると思いますが、ちょっと悪女っぽさは薄れましたが、私はこれはこれでありだと思います。何より配役のあたりは、ボヤッキー。こういう癖の強い役をやらせると、生瀬勝久はうまい。いつぞやラジオで、本人がこれは自分がやらねば!と思った役(3つ)のうちの1つだそうで、相当に力はいってました。(ちなみに後の2つは、西遊記の沙悟浄と、ゲゲゲの鬼太郎のねずみ男だそうです。)あとは、ヤッターワンが少し怖いのがちょっと・・・(笑)で、一番うれしかったのが、山本正之のヤッターマンの歌が聴けたこと。再度歌い直しております。やはり彼の強制的に元気にしてくれる歌声がなければ、この作品は語れません。続いてヤッターキングの歌も流れましたが、これは別の人。今のアニメを見ている人に配慮したのかも。ちなみに、ドクロベー様の声はオリジナルのままでした。余談ですが、太田秀明、水谷加奈両アナウンサーも出ています。 って、文化放送を聞いてないとわからないですね(笑)
2009.03.14
旬なネタなので、ちょこっとだけ復活今夜の運行を持って、東京駅からブルートレインが廃止される。富士・はやぶさの廃止だ。ラストランと言うことで今夜は大変なことだろう。さて、このブルートレイン、10年以上前から事実上の放置状態。ここ数年、ブルトレの話題と言えば、列車の統合とか、廃止ばかり。結局乗車率の減少を食い止められず、それに対する措置を執ることなく、車両の寿命が尽きるのを待つという安楽死に近い状態での廃止。確かに構造上の問題もあるが、事実上放置状態で今日の事態を招いた印象が強い。何せ車両は30年くらい前のもの。一人用B個室が出来たのも15年以上前。そこからはほぼ現状維持現状維持が衰退を招いた良い例やはり残るためには、何らかの部分で、ほんの一ミリでも良いから変わり続けることがあるなあと、改めて感じた次第
2009.03.13
都合により、書き換え
2009.03.10
トラブルって、起きてからの対処方法を学ぶことも大事だけど、それ以上に大事なことがあるだろうそれは、いかにトラブルを起こさないか ってこと不思議なもので、トラブルって起きやすい人とそうでない人がいる。トラブルにおいて、自分に責任が100%ないということは滅多にない。何らかの責任はつきもの。となると、これ以上やったらトラブルになると言う一線はどこかにあり、それを意識できるか、もしくは意識していても踏み越えてしまうか否か? ここが大きな境目。大事なのは「寸止めの妙」というやつこれを心得ているかどうかで、後の展開はずいぶん違ってくる気がする。まあ、どう考えてもトラブルは起こさない方が良い。起きてしまうんだからしょうがないと思うのか、どこかに原因があり、どこかで回避できると考えるか?トラブルの対処法云々の前に、考えることは多い気がする。個人的にはトラブルの何がイヤかというと、自分のリズムが乱されることだなあ。
2009.03.09
「バカに見つかるって言うこと」元猿岩石の片割れ、最近ではあだ名つけ芸人で有名な、有吉弘行さんの言葉。うーーん、おもしろい!言葉尻だけ捕らえるととんでもないが、実はとても本質的。この「バカ」というのは、芸人においては、ここに目を奪われてしまうとあっという間にダメになってしまう事をたとえていったのではないだろうか?そういえば島田紳助がブレイクしたときも、目の前でキャーキャー言ってくれているお客を本当のお客ととらえておらず、常に自分の想定したお客を意識していたという話を思い出す「ブレイクしないっていうのは目利きの利くちょうどいい加減の人に面白がられている時期なんです。」ブレイク直前、沸騰寸前のところがある意味理想的な状態なのだと思う。頂点を作らないと言う意味でも理想だ。ただ、この段階で止めておくには一つの条件がある二乗作用に巻き込まれないことだ。自分だけの市場を作り上げることが必須だろう。二乗作用って、逆風になることが多いが、時として必要以上の追い風になることもあるだろう。何かの弾みでうまくいってしまうこともあるが、それはたいがいマグレ。その後が続かなくなる。この有吉さんの場合、ブレイクはやはり二乗作用であることは間違いないだろう。そもそものきっかけがカウンターつまり、売れっ子の芸人に牙を剥いたところから始まっているたぶんその牙のむき方がおもしろかったのだろう、有吉さんの再スタートがここから始まる。そしてあだ名つけ芸人としてのポジションを獲得していく。ここは私の予想だが、あだ名つけ芸人は後から得たものであったのだろう。最初からあだ名つけで市場を作り上げたのもではないと思われる。それはその後の経過を見ると明らかだ。カウンターパンチからスタートだから、要は存在の大きい相手からの反作用でのし上がってきたことになる。必然的に二乗作用で、現在のブレイクは副次的に生じたものに違いないそれは本人が、「大きな流れにのみこまれてしまったわけですから。それはもう僕の責任だから。それは覚悟してつけるんですよ。」と言ったところからもいえるだろう。余計なお世話だろうが、ここをどう乗り越えるかが、芸人有吉の今後を決めるんだろうな。これを自分の商売に置き換えるカウンターパンチで大きくなろうとすると、主導権はどこまで行っても相手相手次第で大きく状況が変わってしまう。カウンター狙いではなくて、自分にしかできない価値を作り出し、小さいながらも土俵を作ってそこで商売をする。その方が、沸騰寸前で止めておける。ブレイク直前で止めておけるたぶんその方が、私にとってはしっくり来る。ブレイク直前、でもそれ以上は沸騰させない。そんば醍醐味を味わってみたいものだ
2009.03.08
今日は面談の一日でしたこうやってお母様といろいろ話をしていると、あらためて自分が大事にしなければならないお客様の姿が見えてくる自分のポジションを考える意味で、非常に参考になるのだ。で、ここが自分のビジネスの前提であり、要諦。貴重な日でしたさて、これとは別件なのだが、自分の方向性を考える意味でも貴重だったこれについては、思うところをいずれの機会にまとめてみたい。
2009.03.07
東京都立高校の前期入試は終わり、だいたいの生徒が今後の進路は確定したしかし、都立はまだ、分割後期入試が残されている。全部の学校ではないが、一部の学校において、あらかじめ定員の一部を分割後期入試に振り分けることができる。通常、前期試験よりも倍率も難易度も高くなる。上位校受験で落ちてしまった子がまわってくるからだ。この入試にチャレンジする子は本当に大変だと思う。何せ、周りの大半は受験が終わったのだ。どことなくのんびりムードの中で、モチベーションを高めて勉強するのは本当に大変人間は環境に左右されやすい入試の大変さもあるが、自分の弱さと向き合う大変さもあるしかし、乗りこえた子はすごい。逆境は人を強くすると言うが、このつらさを乗り越えた子は半端ではない。やはり神様は見ているつらさの先に、良いものを用意してくれている。とにかくそれを信じて、受験する子は最後まであきらめないで頑張ってほしい。春はもうすぐだ。
2009.03.06
相変わらずえらそうなことを書いてしまったが(笑)、結局これって、自分にもいえるというか、自分に言い聞かせている部分が大きい。やるだけの仕事はやって、ああ終わった と終わらせるのか?本当に生徒は理解してくれたのか?さらに工夫の余地はないのか?探求し続けることが「4」以上の塾長なのだと。組織は自分の器以上にはならない生徒に一生懸命勉強させたいのなら、まず自分が一生懸命にならないと。今回の学年末テストは、かなり平均点が上がってきた。過去最高の点数をとった子もいる。さらにやるべき事は何か?あらためておもったのである。
2009.03.06
テストが終わったそこでふと思ったこと内申が「3」と「4」との間にはやはり溝があるんだろうなあとつくづく思った。この違いが後々いろいろ影響を及ぼす最初に断っておくが、私はこども達を成績で差別することは一切ない「4」だからえらいとか言う気持ちはみじんもない勉強はこども達の能力を測る、尺度の一つでしかないもちろん、通っている学校によっての差別も当然無い。あくまでも客観的に見て、自分が感じることである。その違いは何かというと・・・ 執念の違い。成績として考えると、この「3」と「4」の間には断層がある。そこを乗り越えるのが執念の差だと思うあることを教わる言われたとおりに課題をこなす時間になったので終わるあ~勉強した、ヤレヤレ・・・とここでそのままにしてしまうのが「3」である。教わって、それでできたつもりになってしまうのである。そのあともう一度、自分で本当に理解しているかどうかやり直す子が「4」以上の成績を取る。本当にわかっているかシビアにチェックするのだ。それが執念の差である。何度も言うが、勉強ができるかできないかは大きな問題ではないしかしこの態度こそが実は問題になるのだ。子どもは勉強することが環境として与えられている。その与えられた環境に対して、義務だけは果たそうと受け身で取り組むのか、それともその中でさらに自分の力を伸ばそうとしていくのか?その態度の違いは、大人になっても続いていくに違いない。勉強という、ある意味面倒で、できてもできなくても、当座の自分の生活にそれほど影響を受けない(だろう)と思われるものに対しての態度は、大人になってからの生き方の基礎になる。私は結果についてとやかく言わないが、態度についてうるさく言うのはそのためである。したたかにやりなさい。
2009.03.05
テストが終わったそこでふと思ったこと内申が「3」と「4」との間にはやはり溝があるんだろうなあとつくづく思った。この違いが後々いろいろ影響を及ぼす最初に断っておくが、私はこども達を成績で差別することは一切ない「4」だからえらいとか言う気持ちはみじんもない勉強はこども達の能力を測る、尺度の一つでしかないもちろん、通っている学校によって差別も当然無い。あくまでも客観的に見て、自分が感じることである。その違いは何かというと・・・ 執念の違い。後は時間がないので後ほど
2009.03.04
学年末テストの結果が戻ってきている社会科で100点を目指しているH君今回の点数は・・・99点!!間違えたのは、記号問題だけその記号問題も、終了1分前までは正解を書いていた!同じ記号が続くのは不自然だと思って、思わず直してしまったそうだ・・・う~~ん 惜しい!!九回表、ツーアウト、ツーストライクワンボールから甘く入った球を逆転ホームランされる・・・そんな気分だ・・・手の中に一回はつかみかけていただけに・・・学年一位であることは確かなのだが、本人はうれしくないそうだ。100点を取りたかったと、真剣に悔しがっていた。私はその姿に、成長したなあと感じた。100点を取る勉強がどういうものであり、それをつかむのはどれほど大変なのか?身をもってわかったと思う。良い経験をしたと思う。やはり予想通り、社会科100点を目指す過程で、他の科目もあがってきた。特に苦手にしていた理科がよくなった。自信がついたんだろうねさらにさらに、彼のその態度に、他の生徒も社会科の点数が今回は全体的によかった。学年も学校も違うのだけどね。良い意味で刺激になっているんだろう。おもしろい空間になってきたぞ
2009.03.03
もう昨日から3月。受験が終わったと思ったらもう3月。毎年春先は塾のかき入れ時なのだが、それにしても年明け以来あっという間。1月から数えてみて、完全に休んだ日は、正月休みも入れて5日しかない事に気がついた。先月は1日だけだ。こんなこと自慢にも何にもならないのだが、すべては生徒がいてこそ。やりたいことをやって、支持してくれる生徒がいて、ありがたいことだ。
2009.03.02
郁文館高校の英検問題、事前に教えちゃいました事件。一応、10年以上前から恒常的に行われていたとされている。まあ、この事実だけを見たらとんでもないことだし、あってはならないことだが、これについてはあれこれ思うことはないしかしこの学校、ワタミの社長が理事長を務めることで有名だが、どうもまだまだ試行錯誤の感じだ。私は思うのだが、学校の経営と会社の経営は根本的に異なるので、その違いを本質的に理解していないとなかなかうまくいかないのではないかと思う。一般的なビジネス手法、特に何でもかんでも数値化して、優劣をはかるというやり方をそのまま持ち込むのは無理なのではないか。そもそも、学校はビジネス社会でイメージするサービス業とは違うものなのだ。さらに教育というのは、なにか明確なゴールを描いて、そこに向かって一直線に進むものばかりではない。多様な変化球に、ほんの少し直球が混ざる感覚だ。この変化球は、いつどのような軌跡を描くかも不明だし、さらにはキャッチャーに届くかどうかも不明というおまけもつく。しかし、この変化球こそが教育の醍醐味であるはずなのだこども達が、受けた教育を彼ら自身の中でどう化学変化をさせるのかが醍醐味なはずなのだが、実践には必ず想定した期間内に結果がともなう(これは当然、ゼロもしくはマイナスという結論も存在する)というビジネスの感覚においては、水と油なのかもしれない。結局、ビジネスの感覚だけで学校を見ると、どこか狂ってくると思う。その認識がない限り、あらゆる面で学校の改革というのはうまくいかない気がしてならない極論かもしれないが、学校は一種のファンタジーでも良いと思うのだが・・・
2009.03.01
全23件 (23件中 1-23件目)
1