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昨日に引き続いて、鶴舞公園からおおくりいたします。奏楽堂 明治43年(1910)3月に、鶴舞公園で第10回関西 府県連合共進会が開催され、噴水塔と奏楽堂が建 設された。 美しいドームを持つ奏楽堂は老朽化と昭和9年 (1934)の室戸台風により崩壊し、昭和12年に復 旧された。 その二代目奏楽堂も平成7年(1995) には再度老朽化のため解体撤去され、平成9年に 創設当時の姿に復元された。 天井部分は平らで、 銅板葺きのドームはただの飾りになっている。創設 当時はドーム部分も奏楽堂としての役割を担ってい たと思われる。奏楽堂を中心として、チューリップ畑が点在しているが、開花状況はパラパラ程度である。 ただメイワンダーのみが開ききっている。 名札で確認したので、名前は間違いないと思うが、メイワンダーには早咲きと遅咲きがあり、普通は八重咲きのようだ。1634~1637年が第一次チューリップ狂時代、そして、その100年後に第二次チューリップ狂時代と、その歴史は面白そうだが、おりを見て調べておきたい。 現在約2000品種あるという。今日はソメイヨシノが満開ということもあって、当然のことながら、大部分の人達はサクラの樹の下に集中している。 公園の南側のグリーンハウス付近は人もまばらである。 その近くに、花紀行100号記念で撮影したスイフヨウ(酔芙蓉)が切り株になっている。 夏までに昨年同様枝がしっかり張るのかと心配になる。そのすぐそばで、ユキヤナギが小さな花をびっしり咲かせている。ユキヤナギ バラ科、シモツケ属の落葉低木。 四国・九州など 西日本の川沿いの岩場に自生している。 地際から枝を伸ばして弓状にしなり、花は小さな真 っ白い花を枝一杯に穂状に付ける。 日本では古く から庭木、生け花に利用されている。 性質は強健 で、日本原産ということもあって、育てやすい植物で ある。 花言葉 : 愛らしさ、懸命、静かな思いその近くに、鶴々亭がひっそりと建っている。 人通りは殆どなく、閑静な感じである。鶴々亭 昭和3年(1928)9月の御大典奉祝名古屋博覧会 に、茶席の参考館として、名古屋材木商組合が建 築し、同10月名古屋市に寄附したもので、木曽檜 材の最高級品をもって建築された、木造瓦葺き平 屋建である。 現在茶室として、一般の利用に供し ている。 鶴舞公園 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 ユキヤナギが満開・鶴舞公園(2)ヘジャンプ※ 明日は名古屋城のサクラをお送りいたします。
2003年03月31日
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花紀行300号を記念するように、タイミング良く鶴舞公園のソメイヨシノが満開となった。100号記念のスイフヨウ(酔芙蓉)も鶴舞公園であった。地下鉄を利用して、12:20鶴舞公園に着く。好天気に恵まれ、凄い人出である。 見渡す限りサクラが満開である。 鶴舞公園 明治42年(1909)、名古屋市設置の最初の 公園として誕生した。 東京の日比谷公園と 同じ設計者による和洋折衷の公園である。 西半分は噴水塔(1910年建立)を中心に、 花壇、バラ園などからなるフランス風庭園で、 東半分は胡蝶が池や菖蒲園のある日本庭園 である。ソメイヨシノは全園で約1200本植栽されている。一斉に満開で、なんとも壮観である。 早朝から場所取り合戦が熾烈を極めたらしい。 満開のサクラの下での宴会は、なんとも気分が良さそうだ。 日本独特の風景であろうか。 屋台が並び、大道芸人も張り切って演技をしている。 黒山の人だかりで、撮影に一苦労する。昨年はチューリップとソメイヨシノの満開が見事に一致したが、今年のチューリップは数輪咲いているだけである。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 サクラが満開!・鶴舞公園(1)へジャンプ※ ザ・サクラ(我が家の前の桜)も満開である。 06:40起床後、直ちに撮影する。朝日を をうけて、なんとも美しい。
2003年03月30日
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3月22日14:00過ぎ、小石川植物園を後にする。 地下鉄白山駅に行くつもりが、どう間違ったのか、千石駅まで行ってしまう。 都営地下鉄三田線で日比谷に向かう。 乗車すれば、約15分で到着する。 日比谷公園はすぐそばにある。 この公園には特別の思い出がある。 昭和19年(1944)以来実に58年ぶりである。 当時軍隊にいたが、日曜毎の外出時に、この公園によく来たものである。 20年(1945)に入り、時々空襲警報が鳴り響き、あわてて兵舎へ帰ったことを思いだす。 日比谷公園 明治36年(1903)に開園された。 園内には 昭和36年(1961)完成の大噴水をはじめ、花 壇も整備され、大小の野外音楽堂・公園資料館・ 日比谷画廊などもあって、都心部の貴重な憩い の場所となっている。 16万㎡以上の敷地に、日本初の「ドイツ式洋風 近代式公園」が誕生して、今年で丁度100年で ある。 各種記念行事が行われている。一番最初に目に付くのは「心字池」であろうか。洋式の公園に、和式の池であるが、違和感はない。噴水、花壇を眺めて、公会堂よりの方に歩いていくと、右手に彫像が立っている。ルーパロマーナ(ローマのメスオオカミ) 昭和13年(1938)にイタリアから東京に寄贈さ れ、ローマ建国の大業を成し遂げたロムルス、メ ルス兄弟の有名な伝説に基づいた像である。 ロムルス、メルスの幼い兄弟は、祖父を殺し王位 を奪ったアムリウスによってチベル河に流されて しまったが、こつぜんと現れた一匹の雌オオカミ に助けられ、その乳を飲んで成長し、成人した兄 弟は祖父のあだを討ち、ローマを統一したといわ れている。彫像のそばで、緋寒桜が満開であった。 真紅の可愛い花を沢山ぶら下げている。 22日現在ソメイヨシノはまだ開花していないので、ひときわ目立つ存在である。 近くに、小さい黄色の花を咲かせている木があった。 サンシュユである。 花が少ない時期だけに、やはり目立ち、ヒヨドリだろうか鳥も枝に止まっていた。 公園のベンチに座って、のんびりしたかったが、名古屋へ帰る、新幹線の時間の都合もあり、16:00近くに公園を後にする。 東京 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 日比谷公園・東京(6)ヘジャンプ※ ザ・サクラ(我が家の前の桜)は今日の午後 満開寸前となりました。
2003年03月29日
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3月22日の小石川植物園の様子を昨日に引き続いてお送りいたします。園のほぼ中央部に旧養生所の井戸が残っている。 小石川養生所は貧困者のための施療所で、町医者小川笙船の意見により、享保7年(1722)につくられ、明治維新の時に廃止されるまで続いた。 この井戸は水質が良く、水量も豊富で、大正12年(1923)の関東大震災の時には、避難者の飲料水として、大いに役だった。その近くに、イチョウの精子発見の記念碑(1956年に60周年)があり、そのイチョウの樹が立っている。 もうすぐ、100周年ということである。まだ、若い木であるが、早春桜が可愛い花を咲かせていた。 文字通り早春に咲くサクラである。 鮮やかな緋色である。その隣に、古木のカンザキオオシマが白い花を咲かせている。 オオシマザクラのうち、極端に早咲きのものをいう。 旧養生所の井戸を北に進むと、梅林がある。 途中にサトザクラが咲いていた。 名札を見ると、安行寒緋桜とある。 オオシマザクラを母体としたと考えられる栽培品種の系統である。 この系統の歴史は古く、鎌倉時代まで遡ることが出来るようだ。 八重咲きのものが多い。梅林は盛りは過ぎたようだが、結構見応えがある。面白いのは、サクラバイ(桜梅)で、その名が示すように、サクラに良く似ている。 八重の可愛い花を咲かせている。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 サクラとウメ・東京(5)へジャンプ※ ザ・サクラ(我が家の前のサクラ)は今日の午前 中は3分咲き、午後4時頃4分咲きとなりました。
2003年03月28日
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3月22日(土)曇り昨夜は遅くまで、浅草の居酒屋で飲んでいたので、今朝の寝覚めは爽快というわけにはいかない。08:30ホテル内のレストランで朝食をすませる。09:30ホテルを出る。 昨日はノーコートであったが、今朝は小寒い。 あわてて、コートを取り出す。目的地は「小石川植物園」である。 手帳に東京の地下鉄の略図があるので、浅草から白山まで近いことは分かったが、途中の乗換駅で切符を手にしたまま、地上に一旦出て、また地下に入るのは初めての経験であった。 都営三田線の白山駅で下車する。 駅を出たところに標識があったので、行き先を迷うことはない。10数分歩いたところで、やっと着いたが、そこは裏門で、「更に坂を下って右折」するよう掲示があった。 重い荷物を持っているので、帰りが大変だと思いながら下って行く。 御殿坂というらしい。 右折した、すぐの所に正門があった。小石川植物園 正式名称は、東京大学大学院理学系研究科 附属植物園である。 この植物園は日本で最も古い植物園であるだ けでなく、世界でも有数の歴史をもつ植物園の 一つである。 約320年前の貞享元年(1684)に、将軍職に つく前の徳川綱吉の白山御殿の跡地に、徳川 幕府が作った「小石川御薬園」がこの植物園の 前身である。 園内には長い歴史を物語る数多 くの由緒ある植物や遺構が今も残されている。 その中には8代将軍吉宗の時代に設けられた 「養生所」の井戸も残っている。 明治10年(1877)に東京大学が設立されると 共に、附属植物園となり、一般に公開されるよう になった。 面積は5万坪(161,588㎡)で、台地、傾斜地、 低地、泉水地などの地形の変化に富み、それ を利用して様々な植物が配置されている。正門のすぐ近くに、「精子発見のソテツ」がある。ソテツはイチョウと共に、精子で受精する珍しい植物であり、日本の池野成一郎氏が明治29年(1896)に発見した。 イチョウの精子は、これより少し早く、世界に先駆けて平瀬作五郎氏が発見している。そのそばに、ソメイヨシノの古木があるが、22日現在まだ開花していない。 ということで、花は殆ど咲いていないと、半ば諦めていた。5分位進んだところに、赤い花を見つけた。 なんとツツジが満開である。 サクラを飛び越えてツツジが咲いていると唖然とする。ハヤトミツバツツジ 隼人三葉ツツジで、名が示すとおり鹿児島県 が原産地である。 開花期が早いのが特徴である。 この時期 高温でないため、花もちが良く、花色の退色 の程度も小さい。すぐそばに、普通のツツジがあったが、この方もすでに蕾がついており、しかも2~3輪開花寸前のものがあり驚いた。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 ツツジが満開!・東京(4)へジャンプ※ 家の前の桜(ザ・サクラ)も1~2分咲きとな りました。
2003年03月27日
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今日は浅草寺(せんそうじ)よりお送りいたします。荷物を一旦ホテルに預け、浅草寺に向かう。東京下町の顔、浅草。 先ずは、雷門を通って、外国人客に混じって仲見世通りを抜けると、浅草寺に到着である。 お彼岸ということもあって、大変な混みようである。浅草寺 かって江戸と呼ばれた東京は、16世紀に入国 した、徳川氏が江戸幕府を開いてから急速に 発展し、19世紀終わりにはすでに、人口100 万人を越す、世界一の大都会であった。 この浅草寺は、推古天皇の時代(628)に、隅田 川で網に掛かった観世音菩薩を安置したのが始 まりである。 金竜山浅草寺といい、境内は東京 の寺院にしては珍しく、伽藍が点在しており、五重 塔もある。 また、浅草寺の創建をみると、いわゆる高僧が 開いた寺でもなく、将軍や氏族の菩提寺でもない。 珍しく大変庶民的、素朴な信仰から発展した寺で ある。 ご本尊は秘仏なので、見た人はいないが、 5~6cmの小さなものだそうだ。 太平洋戦争の東京大空襲で、堂塔伽藍(がらん) の殆どが焼け落ちたが、戦後昭和33年(1958) 先ず本堂(観音堂)が再建された。 内部は外陣 と内陣に分かれ、大扉が開いているときは、誰で も外陣に入ってお参り出来る。雷門を入ってすぐが、仲見世通りで宝蔵門まで、数多くの土産物品店が軒を連ねている。 有名な人形焼き、雷おこし、きびだんご、浅草海苔から、番傘、江戸木箸、舞台衣装まで販売している。本来は、お参りを済ませてからの買い物であろうが、お参りの後二天門から、また西参道から帰る人もあるので、店の前は行く人、帰る人でごったがえしている。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 浅草寺門前市・東京(3)ヘジャンプ
2003年03月26日
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名古屋地方気象台は、桜(ソメイヨシノ)の開花を、昨日宣言した。 今朝、新聞を読んで知ったわけだが、残念ながら雨が降っており、我が家の前のソメイヨシノ(ザ・サクラ)はチラホラならぬ、「チッ」程度の半開きが数輪である。気象台は千種区にあり、その敷地内の「標本木」が数輪花を昨日咲かせたので、開花宣言となったらしい。取りあえず、撮影を開始したいが、雨ではどうしようもない。 ところが、幸い10:20頃雨は止んだ。早速、ザ・サクラの撮影を開始する。 雨に濡れてピンクに膨らんだ蕾も風情がある。 よく見ると、半開きの花が数輪咲いている。 過去8年間、毎年3月20日前後に上野に行っているが、常に上野のソメイヨシノの方が、名古屋より早く開花していた。 今回は珍しく名古屋の方が早かったようだ。 午後になって、なんと日が射して来た。 気をよくして、昼食後鶴舞公園に出かけることにする。13:30出かけるとき、ザ・サクラを見ると、鳥が折角半開きの花びらをつついているではないか。 くやしい、といった感じである。14:30鶴舞公園に着く。 予想通り、ちらほらと咲き始めている。 名古屋市公会堂をバックに撮影する。 この調子なら、花紀行300号記念は満開寸前のソメイヨシノが撮影できると、胸算用する。グリーンハウスうらに行くと、緋寒桜が満開である。しかもなんと、またまた、鳥が花びらをつついている。 どうやら、鳥はサクラの花びらが好きのようだ。 一応目的を達して、地下鉄を利用して、我が家に16:30頃帰る。 僅か3時間の間に、ザ・サクラは、ちらほら寸前となっていた。 やった! と気分は最高で、夜桜を眺めながらの乾杯となった。 画像は下記をクリックして下さい。 サクラ開花・鶴舞公園・名古屋ヘジャンプ※ 花紀行(296)-浅草門前市・東京(3)-は 明日お送りいたします。
2003年03月25日
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昨日は上野の大寒桜と小彼岸桜をお送りしましたが、今日は東京都美術館から先ずお送りします。東京都美術館 大正15年(1926)開館、昭和50年(1975)現在 の建物に改築する。 日展、二科展、院展等の公募 展会場として長い歴史をもつ。現在特別展として、「ヴェルサイユ展」を開催中である。観たかったが、長い列が出来ているので、敬遠して、大調和展に直行する。大調和展 昭和2年(1927)、武者小路実篤、岸田劉生等に よって創立された。 戦争中は中断されたが、戦後 昭和37年(1962)4月、「大調和展」の復活第1回 展を上野・都美術館で開催した。 今回は復活後第 42回である。会場は1号室から12号室まであり、丁寧に観ていると半日はかかってしまう。 やむなく、足早に観ていくことになるが、姪の作品は最後の12号室にあった。作風は知っているので、聞かなくてもすぐ分かった。絵画に関しては全くの素人なので、本当の良さは分からないが、権威ある絵画展なので、出品できただけでも良しとしなければならない。 本人の承諾を得ていないので、作品をお目にかけることが出来ないのは残念だが、会場の雰囲気だけでも、お送りしましょう。今日は「春分の日」ということもあって、上野の山は大変混雑している。 早い目に昼食をとるべく、東照宮の方に向かう。 石灯籠の下に可愛い花が咲いている。 なんと、大根の花らしい。 花が咲くということは、大根には「す」が入って食用にはならない。多分種でもとるのだろうか。 すぐそばに、鰻で有名な「伊豆栄・梅川亭」がある。創業は徳川8代将軍吉宗の頃という、鰻の老舗中の老舗である。 11:30と早いこともあって、予約していなかったが、すんなりと入ることが出来た。花より「だんご」で、鰻とお酒が極めて美味しかったことはいうまでもない。1時間後に外に出てみると、長い行列が出来ていたのには驚いた。 一応、ここで解散ということで、妹の方は再び会場に戻って行く。 姉はJRへ、私は地下鉄銀座線へと向かう。 再会は一年後である。 今回は、いつも宿泊する新宿御苑の厚生年金○館は部屋がとれず、やむなく、WEB検索して、浅草のホテルを確保した。 浅草は55年ぶりである。 地下鉄を出ても、当然のことながら、外の様子は、まるっきり変わっている。 幸い、隅田川はすぐ分かったので、方向を間違えることは無い。川沿いの隅田公園でサクラが咲いていた。やはり、ソメイヨシノではなくて、大寒桜だろうか。言問橋を目標にして、ホテルに向かう。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 隅田公園・東京(2)へジャンプ
2003年03月24日
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3月21日(金) 早朝起床、06:20家を出て名古屋駅に向かう。 新幹線にて、07:20発東京駅到着は09:16。 JR上野駅公園口で、姪達と10:00集合となっているが、25分早く到着した。 動物園前のソメイヨシノが気になるので、早速見に行く。丁度一年前の日記を見ると、「上野の桜はほぼ満開」とある。 期待しながら、動物園前に行くが、残念ながらまだ開花していない。蕾が膨らみ、樹全体がピンクになっているのに、どうして今年は遅いのだろう。 その上、悪いことは重なるもので、パンダまでメキシコに出かけており不在とか、がっかりする。といっても、今回上京の主たる目的は、姪が出品している「東京都美術館・大調和展」を見ることなので、気を取り直して、集合場所の公園口に戻る。 5分前であったが、姪達姉妹は既に待っていた。 早速、やあやあと年一回の挨拶である。 考えて見れば、姪のK(妹の方)が大調和展に初入選したのは8年前の事である。 3月20日に上京し、サリン事件に遭遇した。運良く難はまぬかれたが、本当に悲惨な事件で、二度とあってはならない。さて、姪達と都美術館に向かう。 動物園入り口に向かって右手に美術館はあるが、途中でサクラらしきものがあるのに気が付いた。すこし、遠回りになるが、そちらを通ってもらう。 国立博物館に向かって左手にピンクの樹が2本あった。 手前の樹には木札がかかっており、サクラではなくてベニスモモとあった。ベニスモモ バラ科、サクラ属で、原産地は西南アジア、 コーサカスで、高さ7~8mの落葉小低木。 ミロバランススモモと野生スモモの雑種と 考えられている。 果肉は黄色で酸味があ り、生食出来る。 花も美しく、葉も紅紫色 で鑑賞価値があり、庭木や切り枝にも利用 出来る花木である。そのすぐそばに、満開のサクラがあった。ソメイヨシノで無いことだけは確かであるが、品種名は分からない。 多分大寒ザクラであろうか。 とにかく、サクラに出会えたことで満足である。遠回りになったが、このサクラを撮影して、美術館に向かうわけだが、タイトルを上野のサクラとしたので、先を急ぎ昼食後に見た小彼岸ザクラを紹介しましょう。上野動物園から桜並木を下って行くと、出口付近の左手前に小彼岸ザクラが咲いていた。豆桜と江戸彼岸桜との種間雑種と考えられている。 満開寸前で、気分良くサクラをバックに写真を撮ってもらう。ちなみに、上野のソメイヨシノの開花予想は3月26日から29日に変更になった。 なお、昨年の3月16日開花は、サクラの観測史上上野としては初めてらしい。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 上野のサクラ・東京(1)へジャンプ
2003年03月23日
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お 知 ら せ21日(金)~22日(土)まで東京に行ってきます。 従いまして、花紀行(293)は23日夜に掲載いたします。お越しの節は、掲示板に足跡を残しておいて下さい。 23日にそちらにお伺いいたします。
2003年03月21日
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ナゴヤドームからの最終回です。 今回はラン以外のものを、主に送りましょう。バコバ・スノーフレーク ゴマノハグサ科、原産地はアフリカで多年草。 控えめな、白い小花が可愛い。 ハンギングや寄せ 植えに適している。 開花期が春から晩秋までと長い。 高温多湿にや や弱い。 梅雨から夏は、風通しの良い状態が望 ましい。 花言葉 : 小さな強さカーネション・ミュール & ハピネス ナデシコ科、原産地はスペインで、半耐寒性の多 年草。 原種の花色は肉色(ピンク)で、イギリスで 16世紀初め頃には赤、白の花色が現れ、17世紀 中頃までにさらに、黄、紫が加わり、絞りや覆輪の 花も生じ、大型化し八重花も見られるようになった。 現在のカーネーションは紫から赤まで、殆どすべ ての色をもっている。 日本に渡来したのは、17 世紀の中頃であるが、本格的な栽培は20世紀に なってからである。 花言葉 : 女性的な愛、情熱、魅惑カーネションのピンクも素晴らしいが、やはり最高はバラではなかろうか。バラ・ブライダルピンク FL、1968年、作出国はアメリカ。 淡いピンクの 半剣弁高芯咲き。 花茎約7~11cm位で、フロ リバンダ系では大型の花を咲かせる。 樹高は約 80cm。 切り花用としても有名である。 まさに、 文字通り、花嫁をイメージした美しいピンク色であ る。カーネーションとバラの間に、陶器の植木鉢で作った、お人形のコーナーがあり、目を楽しませてくれた。さて、最後はやはりランで飾りましょう。パフィオペディルム・デレナティー 前回のリカステと同じ様な色合いであるが、蝶の 群を思わせる感じで咲いている。 羽が淡いピン ク、胴体がピンク、口先がうすい黄で、なんとも 可愛い。 ナゴヤドーム <完> 画像は下記をクリックして下さい。 バラ・ブライダルピンク・ナゴヤドーム(6)へジャンプ※ お知らせ 明21日(金)~22日(土)まで、東京に行って きます。 従いまして、花紀行(293)は23日 に掲載の予定です。
2003年03月20日
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引き続き、ナゴヤドームからお送りいたします。岩肌に一輪だけ咲いているランを見つけた。 中輪だが、鮮やかな朱赤色なので結構目立つ。フラグミペディウム・ベッセ ラン科、原産地はペルー北部。 パフィオペディ ルムに近縁である。 個性的な種類が多く、マニアが熱中するランとか。 原産地では、草むらに覆われた、崖の水の滴り 落ちる場所に自生する。 一輪づつ、順番に咲き 続ける。すぐそばに、ミヤケイの文字が目に飛び込む。ミヤとあれば、気になるので、早速撮影する。デンドロビウム・ミヤケイ 台湾~フィリピンに原生する着生種で、不定期に 年2~3回開花する。 幅約3cm、赤紫の花を、 落葉したバルブの節に10輪内外つける。 ミヤケイという名前は後から付けられたもので、 正式にはゴールドシュミッティアナムで、別名 タイワンベニバナセッコクという。 あまり格好良く咲いていないが、一輪づつ花を 見ると、結構可愛い。優秀作品を展示するコーナーから次の3点を選んで見ました。パディオフィルム・エブリンルールケ パディオフィルムとはラテン語の「女神のスリッ パ」と訳され、日本には明治の中頃イギリスから 入ってきた。 原産地は東南アジアで、薄日の あたる地面に生えている。 褐色の斑点の入った、素晴らしい花を咲かせて いる。リカステ・ショールヘイブン ’スキンパール’ 大きな萼片(がくへん)が3方向に開いて、正面 から見ると、正三角形に見える独特な雰囲気を もつランである。 3枚の淡いピンクの萼片と中央部のピンクの花 弁との組み合わせが、豪華な中にも可愛い雰囲 気をもたらしている。ファレノプシス(胡蝶蘭・レモンイエロー) 胡蝶蘭は白が圧倒的に人気があるが、最近出て きたレモンイエローも素敵だ。 今後が期待出来 る。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。リカステ・ラン・ナゴヤドーム(5)ヘジャンプ
2003年03月19日
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今日も引き続き、ナゴヤドームよりお送りいたします。目立たない場所だが、変わったランを見つけた。マスデバリア ラン科、原産地は中央アメリカから南アメリカ。鮮 やかな花色で、なんとも変わった形の花を咲かせ ている。 もともと、高山に自生しているものなので、 暑さには極端に弱い。 気温が25度C以上になる と、それだけで、葉がしおれたり、生育が著しく衰 えたりする。 全体に小振りなものが多い。 寒さには比較的強 く、7度C以上の気温があれば冬を越す。 暑さと 乾燥にめっぽう弱いランである。デンドロビウム・ルテオラム ラン科、マレー半島原生の着生種。 白色の花 で、中央部がうすい黄色。 花の幅は約4.5cm。 珍しい原種である。 冬~春咲き。レリオカトレア・ブルーパシフィック ミディカトレアの部類に入る小型の洋蘭である。 レリオカトレア・マリナーとカトレア・ラビアタとの 交配種である(1973)。 薄紫の綺麗な花を咲かせる。 派手さが無いと ころも、好感がもてる。牧歌の里・ひるがの高原(岐阜県)のPRコーナー なんとも可愛い人形が演奏をしている。 その下 は、ムスカリの花の群の中で、円板が回転してい る。 円板の上に、万博のマスコットのモリゾー (森のおじいさん)とキッコロ(森のこども)が乗っ ている。 子供達に人気のコーナーである。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 マスデバリア・ラン・ナゴヤドーム(4)へジャンプ
2003年03月18日
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今日も引き続いて、ナゴヤドームからお送りいたします。最初にブライダルドレスを撮影したが、実はそのすぐそばにブライダルブーケが展示してあった。ドレス同様、女性にはブーケも魅力があるらしく、熱心に眺めている。 若い女性は当然としても、ご年輩のご婦人方も食い入るように見ている。娘や孫の結婚式をイメージしているのだろうか。使用している花は、バラかランが圧倒的に多い。しかも、どうやら主流は白を基調としているようだ。 純白のドレスに白のブーケだろうか。 しかし、濃いオレンジ色のブーケもあった。 披露宴の時は、この方が華やかで良さそうだ。見学者の動きが遅いので、どうも撮影しにくい。じいちゃんがなんでブーケを、といった視線を感じながら、撮り続ける。何分ドームでの花展へは、今回が初めてなので何処に、どんな花が展示してあるのか、さっぱり分からない。 兎に角、行き当たりばったりである。目立たないが、可愛いランを見つけた。ダイアレリア・スノーフレーク ’フロスティー’ デンドロビウム属である。 東インド、ビルマ 原産の多年草で、ノビル系の交配種。 矮性 で、花は中小輪花、花色は白色系が多い。 花の縁が、淡いピンクなのが、なんとも可愛 い。その隣に、黄色いランの鉢植えがあった。ポチナラ・ホーライ その名のとおり、ポチナラ属である。 この属 は、カトレア、ブラサボラ、レリア、ソフロニティ スの4属の交配により作出された園芸品種 (多年草)である。 日本には第二次世界大戦 前に渡来した。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 ブライダルブーケ・ナゴヤドーム(3)へジャンプ
2003年03月17日
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引き続き、ナゴヤドームからお送りいたします。今回のイベントの正式な名称は「あいち花フェスタ・名古屋国際蘭展」である。 生産額全国一を誇る花王国・愛知をPRする花フェスタと国際蘭展が一堂に会したということである。会場の中央近くで、桜が咲いていた。 品種名はよく分からないが、彼岸桜だろうか。 おもいがけず、一足早いお花見を楽しむことが出来た。 今回の展示物のグランプリ賞「大自然の息吹」はスケールの大きなもので、蘭の花を中心に、流木を用い、迫力があった。チューリップも、鉢植えのものを沢山ならべ、華やかな色彩が、人々の目を惹きつけていた。「花咲龍神」と名付けて、大きな龍が展示されていた。龍のウロコには多数の蘭(シンビジューム・フォァゴットン・フルーツ)が用いられていた。 このコーナーも人気があって、龍をバックに記念撮影する人が後を絶たない。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 ドームで桜が咲きました・ナゴヤドーム(2)へジャンプ
2003年03月16日
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昨日から始まった、名古屋国際蘭展に行って来た。久しぶりにガイドウエイ・バスを利用する。 JR又は名鉄大曽根(おおぞね)駅から徒歩15分程度であるが、地下鉄かガイドウエイ・バス又は普通のバスを利用すれば、当然、もっと早く行ける。ガイドウエイ・バスは高架部分を走っている。いわば、モノレールのバス版である。 大曽根-高蔵寺間の約半分が高架で、後半分は地上のバスレーンとなる。 高架部分では、運転手はハンドルを持つ必要はない。 アクセルとブレーキ操作だけである。ナゴヤドーム前矢田駅で下車し、2F部分のプロムナードを通ってドームに向かう。 野球の時ほどではないが、結構な人出である。ドーム内に入ると、流石にかすかに匂って来る。何分会場が広過ぎて、香りも散ってしまうのだろうか。 野球の観覧席を下の方に降りて行く。 降りきったところが入り口である。入ったすぐの所に、「高円宮憲仁親王殿下に捧げる」コーナーがあった。 殿下は久子妃殿下と共に、1990年にはじまった、名古屋国際蘭展に毎回お越しになり、花卉(き)生産とその発展に深いご理解を頂いていた。ファレノプシス プリンス・タカマド ’サッポロ’ 高円宮殿下のお名前に因んで、1992年に名古 屋国際蘭展組織委員会により、英国王立園芸 協会へ正式に登録された、胡蝶蘭である。このコーナーには、その他カトレアをはじめ、愛知県の花卉生産業者が心を込めて栽培した、数多くの素晴らしいランが展示されている。 因みに、花卉生産額に関しては、愛知県が日本一との事である。 電照菊が日本一とは知っていたが。すぐ裏側にある、ウェディング・ドレスの大きさには驚いた。 ご婦人方達に人気があり、次から次へとその前で撮影している。 男性は撮す係りである。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 名古屋国際蘭展・ナゴヤドーム(1)ヘジャンプ
2003年03月14日
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今日もベゴニア温室からお送りいたします。 温室のほぼ中央部分に、球根ベゴニアのコーナーがある。 花が大きく、一段と華やかである。球根ベゴニア・赤 アンデス山脈原産の球根性ベゴニアから改良さ れたものを総称して、球根ベゴニアと呼ぶ。大き く分けて、茎が太く直立するスタンダードタイプと 茎が細く垂れ下がるハンギングタイプがある。 花が直径10cmを越す、八重咲きのものもある。 色は、赤、黄、ピンク、白と豊富である。ルーシーロケット・四季咲き(センパフローレンス) ブラジル原産の野生種をもとに、交配によって 作り出された。 八重咲きの、濃いピンクのミニ バラに似た可愛い花を咲かせる。黄鈴(おうれい)・根茎性ベゴニア 根茎性ベゴニアの原種は熱帯や亜熱帯の、日 当たりの悪い森林に自生するので、直射日光を 嫌う。 根茎性ベゴニアが初めて記録に表れた のは、1783年西インド諸島でラマルクによって 発見された。 花を観賞するより、葉の美しい種が多く、葉の大 きさや形、色や模様の変化がこの仲間を特徴づ けている。エメラルド・レースウィング・根茎性ベゴニア 淡いピンクの、小さな花を沢山咲かせる。 なん とも、可愛い花である。コラリーナ・ド・ルツェルナ・木立性ベゴニア 4つの型のうち、矢竹型であろうか。 すっと伸び た茎と、シャンデリアのように咲き誇る花が特徴 である。 木立性といっても、茎の内部が木質化することは なく、年々肥大化して太くなっていくこともない。 名古屋農業センター <完> 画像は下記をクリックして下さい。 ベゴニアB・名古屋農業センター(5)ヘジャンプ※ 次回は、ナゴヤドームより、名古屋国際蘭展 をお送りいたします。
2003年03月13日
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ベゴニア温室に入って行く。 外はまだ、小寒い感じであったので、温室内は暖かくて、ほっとする。 香りが出るものもあるとみえて、ほのかにいい匂いがする。ベゴニア その姿、性質により、次の8種類に分類される。 1)木立性ベゴニア 節があり、直立性の茎をもつグループで、 矢竹型、叢生型、多肉茎型、つる性型があ る。 2)根茎性ベゴニア 地面に接した部分から根を伸ばす「根茎」 という茎をもつ。 3)レックスベゴニア 根茎性の一種で、葉に美しい模様と色を もつ交雑種である。 4)四季咲きベゴニア(センパフローレンス) ブラジル原産の野生種のセンパフローレ ンスをもとにして、交配によって作り出され た園芸品種の総称。 5)球根性ベゴニア 地中の球根を作るタイプのベゴニアで、豪 華な大輪の花を咲かせる球根ベゴニアの もとになった品種。 6)球根ベゴニア とても豪華な花を咲かせる球根ベゴニアは ベゴニアガーデンの主役として有名な品種。 7)冬咲きベゴニア その名の通り、冬に咲くベゴニア。 球根性 ベゴニアの交配で作られた。 クリスマスベ ゴニアとも呼ばれている。 8)エラチオールベゴニア リーガスベゴニアとも呼ばれている。 鉢花 として、ほぼ一年中開花を楽しめる。先ずは、入り口に近い花から撮影する。冬咲きベゴニア・ピーターソン シュウカイドウ科、多年草。 アメリカで改良され た品種。 高温多湿を好む。 最低越冬温度は 5度C前後。 紅色の可愛い花を咲かせる。木立性ベゴニア・スプリング・ストー? 同上 ・セローヴァ 上記2点の詳細ははっきりしないが、前者はピン クの、後者は白い、小さな花を咲かせる。 花言葉 : ベゴニア全般は、愛の告白、片想い、 親切 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 ベゴニアA・名古屋農業センター(4)へジャンプ
2003年03月12日
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現在はたまたま、しだれ梅まつり開催中であるが、当センターは農業公園の性格を持っている。野菜を栽培しているし、野菜用温室、花卉温室、そして牧場まである。 どちらかというと、半分くらいは、研究的な感じである。しだれ梅まつりに協賛する形で、青空市を開催し、青果物を中心に陶器なども販売している。食事が出来るコーナーもあり、おでん、みたらしだんご、石焼きいも、アイスクリーム、牛乳なども売っている。 既に3時を過ぎているのに、長い行列の出来ている所もある。 どうやら、石焼きいもとアイスクリームが一番人気のようだ。農場では、ブロッコリーを収穫中である。 何時も、スーパーで見かけるものより、小振りであるが、輸入品でなく、まさしく正真正銘日本産で、柔らかそうである。花卉(かき)温室は、現在ベゴニアを展示している。 (花の様子は、明日お送り致します) -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 ブロッコリー・名古屋農業センター(3)へジャンプ
2003年03月11日
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梅園のスロープを登って行くと、立派なクスノキが立っている。 多分開園以前からの樹木であろうか。高台からの梅園も、なかなかいい眺めである。降りていく途中で、変わったしだれ梅をみつけた。緑萼(りょくがく)しだれ 普通の白梅は萼が赤いが、この品種の萼は黄緑 色である。 そのため、遠くから見ると黄緑色の 花が咲いているように見える。 淡黄白色、中輪、八重咲き。 花弁の先はあらく、 波打つ。 樹勢は普通。しだれ梅の木の下に、クロッカスが可愛い花を咲かせていた。クロッカス アヤメ科、原産地は地中海沿岸で、多年草。 和 名はハナサフラン。 春咲きの「クロッカス」と秋咲 きの「サフラン」は同じ仲間である。 花色は紫、黄、白と絞りなど多彩。 群生すると綺 麗である。 花言葉 : あなたを待っています 青春の喜び(黄色) -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 しだれ梅(続)・名古屋農業センター(2)へジャンプ※ おしらせ 義弟の死去に伴い、葬儀に出席するため、 花紀行(284)は11日(火)夜の掲載とな ります。
2003年03月09日
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今日の午後、しだれ梅の撮影に行って来た。 地下鉄平針駅下車、センターまで徒歩20分位かかる。 センターに近づくと街路樹がしだれ梅である。 駐車場が満杯と見えて、車が長い行列を作っている。 名古屋市農業センター 都市農業の振興をはかるため、昭和40年(1965)に開設 された。 8ha の園内には、野菜畑、花の温室、牛の牧場、 鶏舎などがあり、野菜・花の栽培や、牛・鶏の飼育の様子 など農業を間近に見ることが出来る。 植え付け本数日本一の「しだれ梅」がある。 紅白の梅、 合わせて700本が、春の訪れと共に、一斉に咲き乱れる 様子はまことに見事である。ちょうど今、しだれ梅まつりを開催中である。 土曜日とあって、人出も多い。 梅園内に入ると、あっと息をのむ感じで見とれる。 紅白入り乱れて、咲き誇る姿は、誠に絢爛豪華である。 気を取り直し、デジカメを取り出して、撮影を開始する。呉服(くれは)しだれ 桃色、中輪、八重咲き。 わずかに紫を帯びる花弁は、 満開になると、先がほんのり覆輪に見える。満月しだれ 白色、中輪、一重咲き。 この名は、咲き始めの花の形 が、満月のように丸いため。 樹勢は極めて良い。移動中に小鳥を見つけた。 はじめは鶯かと心が躍ったが、よく見るとメジロであった。 しかし、梅に鶯ならぬ、梅にメジロを撮影出来たのはラッキーだった。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 しだれ梅700本・名古屋市農業センター(1)へジャンプ
2003年03月08日
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須磨離宮公園は兎に角広大である。 一通り廻るには半日は必要である。 次の会合の予定があるので、欧風庭園を後にする。 最初裏口から入った感じなので、今度は正門から出る。受付で道順を教えて貰い、山陽電鉄・月見山駅に向かう。 道路の両側が低い松並木となっているのも、なかなか風情がある。次の目的地は舞子である。 すぐ来た電車は、須磨浦公園行きであった。 姫路行きが来るまで、ホームから公園を眺めていたが、懐かしい。 57年前に来た事がある。 昔は松林だけだったような気がするが、はっきりとは覚えていない。舞子はすっかり変わっていた。 明石海峡大橋の工事があったから、当然の事だろう。 舞子公園は人工の公園として、辛うじて残っている。 公園の上は大橋である。 孫中山記念館が工事後移築された。明石海峡大橋 橋長3,911m、中央支間長1,991m、主塔高さ は海面上約297mで世界最長の吊り橋である。 不幸な事に、建設工事中の1995.1.17に起き た阪神・淡路大震災の影響で、淡路側の主塔の基 礎が地盤ごと1.1mずれたという。 工事は続けら れ1998.4.5供用開始にこぎつけた。孫中山記念館(移情閣) 八角形三階建ての洋館である移情閣は、神戸で 活躍した中国の革命家・政治家・思想家である孫文 (1866-1925)を顕彰する博物館で、神戸で活 躍していた中国人実業家呉錦堂(ごきんどう)の別 荘(松海荘)を前身として、1915年東側に接して 八角形三階建ての「移情閣」を建設した。 孫文が来日した際には歓迎会が行われるなど、神 戸の華僑、財界人らの交流の舞台となった。 日本国内最古級の木骨コンクリートブロック建築で ある。今日の会合が行われた舞子ビ○は、すぐ近くにある。そこの庭園から撮影した、明石海峡大橋の風情は又格別であった。 いい環境での懇親会は、料理、お酒ともに最高に素晴らしかった。 神戸 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 明石海峡大橋・神戸(5)ヘジャンプ
2003年03月07日
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温室から外へでる。 四角いプール状の水槽があり、その周囲に鉢植えが並べてある。 エリカ・ダーリエンシス ツツジ科、原産地はヨーロッパで、常緑低木。 エリカ・カルネアと暖かい南欧の原種エリカ・エリゲ ナとの交雑種である。 性質は強健である。 エリカの英名はヒースで、E.ブロンテの「嵐が丘」の 舞台になったヒースランドが有名である。リナニア ゴマノハグサ科、原産地は北アフリカ、スペインで、 半耐寒性一年草である。 日本名は姫金魚草で、キンギョソウを小さくした感 じの、小さな花を沢山つける。 ヒメキンギョソウを ベースにした、種間交配による園芸種が沢山あり、 花色は紅、桃、紫紅、黄、白など多彩である。ヘリクリサム・ペーパーカスケード キク科、原産地はオーストラリア(園芸種)で、半 耐寒性多年草である。 外側の総苞(ほう)が赤味を帯びているので、長 円錐形の小さなつぼみは赤褐色で美しい。 内 側の総苞は発達して花弁状になる。 これは紙 のように薄く、色は白で、先端のみ少し赤味を残 す。 キク科の花では、普通に見られる舌状花 が無く、芯(筒状花)の黄色と白の総苞との対比 が、なんとも美しく可憐である。まだ、撮影したい花が沢山あったが、時間の都合で、本園へと移動する。 植物園と本園との連絡橋のすぐそばに、面白いブロンズの作品があった。「ロシナンテは転んだ」である。 ロシナンテはご存じのように、ドンキホーテの年老いた愛馬である。本園のメイン施設である、噴水広場が見えて来た。水をモチーフにした、美しい欧風庭園である。宮殿を模したレストハウスから湧き出た水は、カスケード(段々滝)を下り、芝生、花壇を配した水路に流れ、最後はダイナミックに大噴水となる。 なんとも、スケールの大きい風景である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 エリカ・須磨離宮公園・神戸(4)へジャンプ
2003年03月06日
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桜の撮影を終わったところで、本園へ行くのを、一時やめて、再び温室に戻る。 というのは、まだ、撮り残したものがあるからである。温室を入った、すぐの所に離宮牧場と名付けた、可愛い展示物がある。 ランが彩りを添えている。ギンギアナム ラン科、原産地はオーストラリアで、デンドロビウム の一種である。 デンドロビウムは「樹上のラン」と いわれて、多湿を好み、風通しのよいところが好き である。 可愛い小さな花を咲かせる。 色は白と 赤である。 冬には強いが、夏の暑さには弱い面 がある。再び、滝のある部屋に行く。 レンギョウが黄色い花を沢山咲かせている。レンギョウ モクセイ科、原産地は中国で、落葉低木。 早春 に咲く樹木としてよく目立ち、公園や庭園などに 植栽されている。 春一番、葉が出るに先立って 濃い黄色の花をいっせいに咲かせる光景は、鮮 やかなものがある。 繁殖力が旺盛で、枝の先が垂れて地面につくと、 根を出し、やがて独立した木になりよく繁る。 日本には、かなり古く、江戸時代かそれ以前に 渡来したようである。 挿し木で簡単に殖やせる。滝の上の方に登っていくと、朝顔に似た花を見つけた。ツンベルギア キツネノマゴ科、原産地は熱帯西アフリカで、 蔓性の多年草。 朝顔に似ているが、花筒の 内部が黄色である。 原産地では一年中咲いているらしい。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。レンギョウ・須磨離宮公園・神戸(3)へジャンプ
2003年03月05日
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梅の撮影を終わり、梅園を登ったところにある鑑賞温室に入る。 天井が高く、思ったより広い。 滝まであるのには、驚いた。 先ずは、ハクモクレンが目に入った。 花は開ききっている感じだが、温室なら不思議はない。ハクモクレン(白木蓮) モクレン科、原産地は中国で、落葉高木。 中国 では、高さ15mほどの高木になるという。 普通は3月中旬頃、直径15cm位の芳香のある 白い花を咲かせる。 梅より遅く、桜より早く咲く。 花言葉 : 自然な愛情、高潔な心ハクモクレンのすぐ近くに、サトザクラが咲いていた。 既に、緑色の葉っぱが出ているので、どうやら盛りは過ぎているらしい。サトザクラ(里桜) ヤマザクラやカスミザクラのように山に咲く野生 の桜にたいして、里に咲く園芸品種の桜といって いい。 一般には八重咲きのものが多いが、一 重のものもある。 200枚を越す花弁を持つも のもあるという。 因みに、今をときめく「ソメイヨシノ」は、幕末の 頃、江戸駒込の染井村で植木屋が造りだした 品種といわれ、200年も経たぬ間に、都市と近 郊のサクラ地図を塗り替えてしまった。 オオシ マザクラとエドヒガンを両親とする美人桜で、里 桜とは一線を引いた別格扱いとなっている。温室の桜を撮影し終わったところで、屋外の桜の様子が気にかかる。 梅見に来たはずが、桜探しとなった。 桜は園内一円に植えられているが、梅のように集中していない。ということで、三段の滝前の広場を更に下へと降りて行く。 本園への連絡橋の近くでやっと見つけた。ただ、漠然と歩いていると、梅と見間違えて通り過ぎるところであった。ヒカンザクラ(緋寒桜) 彼岸桜との混同をさけるため、寒緋桜とも呼ばれ る。 バラ科、分布は中国南部・台湾・沖縄では半 野生化している。 大島桜との間に多くの交雑種 「寒桜」があると考えられている。 濃緋紅色、淡紅紫色、白色で、花弁が半開きのま ま釣り鐘状に垂れて咲き、散る際には萼(がく)ご と落ちる。 同時期に咲く、彼岸桜は小さな葉も同時に開くの で、簡単に区別できる。ヒカンザクラはまだ、2分咲き程度であったが、そのすぐちかくに、淡いピンクの桜が咲いていた。4分咲きで、木は若木で、花も小さいが目立つ存在である。品種名は分からないが、里桜の一種であろうか。今回は梅の撮影に来たわけだが、桜まで写せたのはラッキーとしか、いいようがない。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 サトザクラ・須磨離宮公園・神戸(2)へジャンプ
2003年03月04日
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2月26日(水)早朝家を出る。 新幹線で新神戸へ。08:14到着する。 地下鉄を利用して、一旦三宮に出る。 聞いてみると、JR須磨駅からでは徒歩では無理らしい。 山陽電鉄に乗る方がいいとの事。 山陽電鉄は懐かしい。 昭和20年(1945)8月以来、なんと57年ぶりである。月見山駅で下車する。 地下鉄で三宮で下車せず、そのまま乗車して、板宿で山陽電鉄に乗り換えれば、うんと早く着いたらしい。 といって、早く着き過ぎても困る。 というのは9時開園だからである。駅から徒歩約10分とあったが、15分はかかる積もりで、のんびりと歩いていく。 幸い公園方向に案内板がある。 線路の海側には高級マンションが、山側には一戸建ての高級住宅が並んでいる。09:10難なく、須磨離宮公園に到着する。 ただし、植物園(東口)の方から入っていく。須磨離宮公園 大正 3年(1914) 元大谷家別邸を買収し武庫 離宮として完成。 昭和20年(1945) 戦災により離宮御殿は全焼 昭和42年(1967) 今上天皇(当時皇太子)御 成婚記念事業として、須磨 離宮公園が完成。 昭和54年(1979) 須磨離宮植物園を増設。 本園 : 77.4ha メイン施設・噴水広場は、水 をモチーフにした美しい欧風 庭園。 植物園: 5.2ha 約300種、8万株の草花や 花木が植えられている。梅見会の案内に従って進んでいく。 入園料は400円で、100円コインを4枚投入すればOKである。可成り広い植物園であるが、矢印に従って行けば、梅園はすぐ分かる。 6分咲きの木が多く、見頃である。 各木に名札が付いているのがありがたい。開園早々ということもあってか、人影はまばらである。 おかげで、のんびりと撮影することが出来た。八重寒紅(やえかんこう) 花は紅色で、花弁は内側の弁に波が多い。 しべ は短く太く、中輪ながら花形は良く、樹勢は強健。 寒中に咲く紅梅はこの品種が多い。柳川絞り(やながわしぼり) 一見白色であるが、ややピンクがかっている。 花弁は他の品種より少な目で、三重である。錦光(きんこう) 濃い紅色の派手な花を咲かせる。 しべが極めて 長い。 鶯宿(おうしゅく) 鶯宿梅(おうしゅくばい)とは、なんと素敵な名前 だろう。 梅に鶯はつきものであるが、鶯が特別 好きな木なのだろうか。 写真は白色に見えるが、かすかにピンクがかっ ている。 中輪で、優しい雰囲気の可愛い花を 咲かせる。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 須磨離宮公園梅見会・神戸(1)へジャンプ
2003年03月03日
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昼食を終わったところで、後2時間何処に行くか話し合う。 家内は先ほど通ってきた、小町通りでショッピングをしたいという。 私は鶴岡八幡宮の牡丹園に行くことにする。 一旦、JR鎌倉駅の方に戻り、二の鳥居から段葛(だんかずら)を通って、三の鳥居に向かう。段葛 嘉永元年(1180)10月6日、鎌倉入りした源 頼朝は都市つくりに着手する。 嘉永2年 (1182)、京の朱雀大路に習って作られた若 宮大路は、由比ヶ浜の一の鳥居まで1.8km にわたって続いている。 段葛は頼朝の夫人・ 北条政子が、二代将軍・源頼家を懐妊した時、 安産を祈って築いた。 段葛は置石(おきいし)ともいい、この参道を 築くとき、その土や石を北条時政をはじめ、 源氏家の多くの武将達が運んだという。明治 のはじめに、二の鳥居から南の方の道が無く なった。段葛を通って三の鳥居に向かう。 道の両側に桜やつつじの木が植えられており、後一月もすれば、素晴らしい桜のトンネルができる事だろう。 三の鳥居をくぐると、太鼓橋を挟んで、東西(右左)に池がある。 源平池である。源平池 吾妻鏡(あずまかがみ)によると、「1182年4 月に、源頼朝が専光坊(せんこうぼう)や大庭 景義(おおばかげよし)らに八幡宮内に池を 掘らせた」と書いてある。 また、ある説では、頼朝の妻政子が源氏が 栄える事を願って、この池を造らせ、東の池 には白い蓮(はす)を、西の池には赤い蓮を 植えさせて、源平の旗の色を表しているとい う。 また、東側の源氏池に3つ、西側の平家池に 4つ築いた島は、江戸時代に三は産、四は死 を意味し、源氏の繁栄と平家の滅亡を意味し たという。ぼたん庭園 源平池周辺にある庭園。 創建建物は室町 時代中期の和様造りで、鎌倉に残る神社の 中で最古のもの。 この場所に八幡宮800 年記念として造園。 約2000株のボタン が植えられている。 冬ボタンは1月中旬~ 2月中旬頃、春ボタンは4月上旬~5月中 旬が見頃である。牡丹を冬に見られるとは、贅沢な話しである。江戸時代から続いている栽培法らしく、藁つと(藁の帽子)に中で咲いているボタンはなんとも、可愛らしい。 色も紅、桃、白、白桃と多彩である。 鎌倉の観光を半日一寸で済ませるなんて、とても無理な話で、超有名な場所を回っただけで、いささか心残りであるが、時間の都合で15:30鎌倉を後にする。 東京・鎌倉 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 冬ボタン・鎌倉(6)へジャンプ※ 次回は須磨離宮公園からお送りいたし ます。
2003年03月02日
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鶴岡八幡宮はとにかく広大である。 境内の樹木は森林を形作っている。 裏門から入ったので、三の鳥居はくぐっていない。 その近くの源平池のそばで、「寒ボタン」の展示があるとか聞いていたが、団体行動中とあっては勝手に行くわけにもいかない。ということで、主な所だけ見終わって、いよいよ最終地の建長寺に向かう。 八幡宮から北に向かってすぐの所にある。建長寺 建長5年(1253)、5代執権北条時頼が創建した 臨済宗建長寺派の大本山で、鎌倉五山の第一位。 開山は宋の高僧蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)で、 日本最初の本格的な禅宗道場である。 たびたび 火災にあったため、現在ある建物は江戸時代から のちに再建されたものが多いが、総門から三門、 仏殿、法堂と一直線に並ぶ宋朝禅寺様式の伽藍 配置は、ほぼ創建当時のままである。総門 京都の般舟三昧院(はんしゅうさんまいいん)から 移したもの。 山号、「巨福山」(こふくさん)の額の 巨の字に点が入っているが、これは文字を引き締 めるためで百貫に値するので、これを「百貫点」と 称している。 因みに、巨福は寺のすぐ前の坂で ある、巨福呂坂の名前に由来している。三門 三解脱門の略である。 唐破風入母屋造り、銅板 葺きの壮大な楼門で、安永4年(1775)の再建で ある。 楼上には、鋳造の五百羅漢があるが、現 在は残念ながら非公開。鐘楼 三門右手の鐘楼の中の梵鐘は、建長寺創建当時 の数少ない遺品の一つ。 慶長7年(1255)、北条 時頼が物部重光に鋳造させたものといわれ、大覚 禅師による銘文が浮き彫りにされている名鐘で、 国宝に指定されている。三門と仏殿の間に、見事な枝振りのビャクシンの樹が並んでいる。 樹齢800年を越す古木で、寺の歴史を感じさせる。以上で、バスによる半日観光は終わりである。 なにか慌ただしかったが、時間の都合でやむを得ない。バスはJR鎌倉駅前に戻り、そこで解散である。正午をすこし過ぎていた。さて、家内の妹の友人がこの近くでレストランをやっているらしいので、電話をしてみる。 幸い営業しているとか、しかも、歩いて10分もかからないという。八幡宮への近道である、「小町通り」を歩く。 なかなか立派な商店街である。 しゃれた店が多い。5分くらい歩いたところで、左折(西の方へ)する。普通の住宅が続いているが、一軒一軒が個性的で素晴らしい家並みである。 素敵な彫刻が置いてあったり、ベランダに綺麗なヒアシンスが咲いていたりと、流石古都鎌倉といった感じである。湘南ク○ブという、小さなレストランであったが、洋風料理といい、赤ワインといい、素晴らしく美味しかった。 ママさんに支払いを終わったところで、妹がお世話になっている旨申し出たら、最初に言って貰いたかったと叱られた。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 建長寺・鎌倉(5)ヘジャンプ
2003年03月01日
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