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6/26(木)午後ランの館に行き、先ずは屋外庭園でサルスベリが開花していたので、そちらを掲載させて頂きました。 とはいえ、やはりアトリウム(観賞用温室)がメインなので、今日からはそちらをレポート致します。アトリウムの中に、円形の浅い池が出来ている。お正月には、お琴の演奏の観覧席になっていた所である。池に円筒の台座があり、その上ではっとするような、朱色の綺麗なランが咲いていた。ディサ・フォーム ’サンフランシスコ’ 南アフリカ原産のランである。 朱色の大輪の花を 咲かせている。 う~ん、なんとも素晴らしいランで ある。 南アフリカの高原湿地で自生しているとか。 リップ(唇)が上側に付いているのが面白い。西洋 では、枢機卿の緋帽子と呼ばれている。 花径は 約15cmある。その近くで、白い清楚な中型のランが咲いていた。サマーナイトドリーム ’サチ’ デンドロビウムのフォーミディブル系で、最近の 交配種である。 白色で中心部がクリーム色の 清楚な中輪の花を咲かせている。 名前から 考えて、日本作出のものであろう。アトリウムを入って右手(西側)に大きなランが展示されている。 グラマトフィラム ’タイガー’ グラマトフィラム属は大型の着生ランで、東南アジ アからニューギニアにかけて10数種あまりが分 布している。 シンビジウムと近縁種である。 花は中型で、色合いは黄緑色や褐色など、やや 地味であるが、一本の花茎に100輪以上の花 をつけるものもあり、見応えがある。ファレノプシス・ギガンディア 原産地はボルネオ。 ギガンティアはラテン語で 「巨大な」を意味する。 ファレノプシスの中では 最大種である。 花は40cm位下垂した花径に 20~40個くらい付ける。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 サマーナイトドリーム・ランの館(3)へジャンプ
2003年06月30日
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昨日に引き続き、ランの館・屋外よりお送りいたします。屋外の池のそばで、ギボウシが花を咲かせていた。ギボウシ・デュードロップ ユリ科、原産地は日本、中国で、耐寒性多年草。 初夏から秋にかけて、白、ピンク、薄紫などの花 を咲かせる。 花の寿命は短く、一日でしぼんで しまうため、英名は「デイリリー」である。 花だけでなく、葉も綺麗で、白や黄色の斑が入り、 鑑賞価値が高いのも魅力である。 ギボウシは日本古来の園芸品であるが、欧米で 広く普及し、ガーデニング・ブームで再認識された 感がある。池の中には、スイレンが浮かんでいるが、花はまだ蕾である。 品種によって花期は随分違うようだ。スイレンとハスの違いは、スイレンは浮き葉のみで、花も水面咲き、ハスは浮き葉と立ち葉(水面より高く上がる)で、花は水面より高く上がり咲く。フクシアが咲いていたが、通常の踊り子タイプではなく、筒型である。フクシア・トリフィラタイプ(シングル) アカバナ科、原種は中南米からニュージーランド にかけて分布する。 トリフィラタイプ(細い筒状の花をつけるもの)で、 花はひとかたまりに下垂して咲く。 朱色の細い チューブ(萼筒)は下太で、枝先に沢山の花をつ ける。 萼はチューブと同色で短い。 ドイツの医学者で植物学者のレオンハルト・フッ クス(1501~1565)に因んで名付けられた。そのすぐそばで、可愛い白い花が咲いていた。ツルハナナス ナス科、原産地はブラジルで、常緑蔓性低木。 蔓状の枝の先端付近に、白色又はやや青み を帯びた白色の星形の花を房状に多数付ける。 なんとも、可愛い花である。 ナス属植物によく 見かけるトゲはない。 50~200cm程度に伸びる低木である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 ギボウシ・ランの館(2)へジャンプ
2003年06月29日
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水道みちでムクゲを撮影したあと、地下鉄を利用して矢場町駅に行く。 外に出ようとすると、雨が激しく降っているので驚く。 6/26(木)14:30頃である。一旦再び地下に降りて、ベンチで休憩する。 20分後に外に出る。 幸い雨はもう止んでいた。今年の正月以来半年ぶりにランの館に入る。 メインのランの温室は大幅に模様替えされている。 正月には、お琴の演奏会場だったところが、大きな池になっていた。 正月は寒くて、温室内の撮影のみであったが、今日は屋外庭園の花達も撮影したので、そちらの方を先に紹介しましょう。屋外にも大きな池があるが、庭園の奥の方で、なんとサルスベリが咲いているではないか。 一瞬目を疑うが、間違いはない。 昨年水道みちのサルスベリの開花を7/10に撮影しているので、2週間くらい早い。 今年は各花達とも、昨年に比べ開花が大幅に遅れているので、サルスベリは例外だろうか。もっとも、水道みちのものはまだ開花していない。早速、シャッターを押しまくる。 なにごとも、最初というのは気分がいい。 サルスベリ ミソハギ科、原産地は中国南部で、落葉小高木。 日本には江戸時代に到来した。 夏を代表する 花木の一つである。 雌雄同株。 高さは3~10 mくらい。 樹皮がはげやすく、幹はすべすべして いる。 別名百日紅(ひゃくにちこう)は、長い期間、花が 咲き続けるので付いたもの。 花色は紅、紫紅、 ピンク、白など。 鉢植えに向く、矮性品種もある。岩で作った小庭園で、キキョウが咲いていた。キキョウ キキョウ科、原産地は日本、中国で、多年草(耐 寒性)。 秋の七草にはいるので、秋の花と思わ れ勝ちだが、6月中旬ころから咲き始める。 万葉集にも「あさがお」の名で出てくる、古くから の鑑賞植物である。 花色は濃青紫を基本色に、 淡紫、白、淡桃紫なとがある。 鉢花用の矮性品 種もある。池のそばで、パンパスグラスが風に揺られていて、涼しさを醸しだしている。パンパスグラス イネ科、原産地は南アメリカで、耐寒性多年草。 アルゼンチンのパンパスに大群落を作って生育 している。 ススキに似ているが、花穂は30cm ~1m近くあり、ドライフラワーの材料として使わ れている。 別名はシロガネヨシ。そのそばで、濃黄色の目立つ花が咲いている。ルドベキア キク科、原産地は北アメリカで、一年草。 高さ 約90cm、1本につく花数は3輪前後、花の径 は10cmくらい。 和名はオオハンゴンソウ(大反魂草)で、帰化 植物として知られている。 とても強健なので、 各地で野生化して見られる。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 サルスベリ開花!・ランの館(1)へジャンプ
2003年06月28日
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昨日は梅雨の晴れ間とかで、快晴で30度を超す真夏日であった。 久しぶりに水道みちを散歩する。 途中で、ムクゲが咲いているのを見つける。 もっとも、昨年はバス道路沿いで、6/19に撮影しているので、今年は可成り遅れているようだ。水道みち 浄水場から給水管を市街地に向かって敷設する時、 普通は幹線道路の下に埋設するが、名古屋市の場 合本管(直径1.1mの鋳鉄管)を埋めた上を、散歩 道として、市民に開放している。 総延長10km位 あろうか。 途中に小公園や休憩所もあり、市民の 憩いの場となっている。ムクゲ(木槿) アオイ科、原産地はインド、中国で、落葉低木。乾燥 に強く、荒れ地にも耐えるので、庭木の他道路路側 帯などにも植栽されている。 種子もよく稔り、自然 に若木が発生する。 初夏から秋まで花期は長く、一つの花は一日しか開 花しないが、次から次へと咲くので、花が絶えること はない。 淡い紅紫色のものが多いが、白色や八重咲きなど の品種が作出されている。 ムクゲは中国名の木槿の音読み、モッキンが訛った との説と、韓国名の無窮花の音読み、ムキュウゲに 由来するとの説がある。ムクゲのすぐそばに、ブッドレアが咲いていた。ブッドレア フジウツギ科、原産地は中国~日本で、常緑低木で ある。 細い枝を広げて、先端に穂状の花を多数付ける。花 は良い香りがする。 花色は紫、青紫、桃、白など、 多数の品種がある。 英名は butterfly bush で、香りに惹かれてか、蝶が よく群がる。 水道みち <完> 画像は下記をクリックして下さい。 ムクゲ開花!・水道みち(名古屋)へジャンプ
2003年06月27日
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スイレン、ウツギを撮影し終わり、正面入り口の方に戻る。 正門のすぐそばに、モリアオガエルが樹上に産卵しているのを見つけた。モリアオガエル 山地に住む、アオガエル科のカエルで、日本固有種。 体長は雌6~9cm、雄5~7cm。 緑色で暗褐色斑 がある。 指先に吸盤が発達し、木登りが巧みである。 5~6月に、水辺の木の枝に、泡状の卵塊を生む。 本州、四国、九州に分布している。 木の上の泡状の卵からかえったオタマジャクシは、下 の水辺に落下し、はじめて水生生活に入る。 日本本 土では、産卵を樹上で行う唯一のカエルである。すでに、12:30を過ぎているので、昼食をとるべくレストランに向かう。 簡単なメニューしかないが、アジサイそばを注文する。 なんと、シチダンカの花びらが1枚浮いている。 早速つまんで食べてみたが、ただ、苦いだけである。 まあ、ムードがあるので、良しとしよう。のんびりと食事をすませ、送迎バスの時刻表を見ると、次のバスまで40分位待たなければならない。 幸いレストランの隣が森林展示館である。 そこに立ち寄ることにする。 展示館の前に、面白い黄色の花が咲いていた。オグラコウホネ スイレン科の水生植物。 京都の巨椋(おぐら)池で 発見されたので、この名が付いた。 夏季に小振り で、鮮黄色の花を付ける。 自生地はまれで、絶滅危惧種である。展示館に入って、真っ先に目に付くのが、巨木の輪切りである。 何分巨大なので、開館前、天井を作る前にクレーンで運び入れたらしい。ジャイアント・セコイア 世界で一番大きな木である。 アメリカ合衆国カリフ ォルニアのシェラネバダ山脈に生息している。最も 大きな木はジェネラル・シャーマン・トゥリーと名付け られている。 樹齢およそ2,300~2,700年で、高 さは83.8mもある。 下記をクリックして下さい。 (ジャイアント・セコイア)ヘジャンプ結局一日中雨であったが、雨の中のアジサイも風情があり、スイレンその他、珍しいものを楽しむことが出来、満足しながら帰途につく。 神戸 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 モリアオガエルの産卵・森林植物園・神戸(6)へジャンプ
2003年06月26日
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昨日に引き続いて、神戸市立森林植物園よりお送りいたします。アジサイ園で、まだ撮り残しているヤマアジサイがあったが、雨が降り続いているので、アジサイの撮影を一旦うち切る。 正面入り口の方に戻る積もりであったが、奥(南側)の方に長谷池があるのを思い出す。 スイレンが咲いている筈と、そちらの方に歩を進める。 やはり、予想通り咲いてはいたが、まだ2~3分咲きといった感じである。 雨に打たれるスイレンも風情があっていい。スイレン スイレン科、水生多年草。 スイレンには東洋的な イメージがあるが、実際には世界各地に原種が存 在し(熱帯性種と合わせると約40種)、昔から広く 世界中に栽培されていた。 日本にはヒツジグサという原種が1種しかなく、現 在多く見られる温帯性スイレンは1880年ころ、フ ランスの園芸家ラトゥール・マーリャックによって品 種改良され、明治時代に入って来た園芸種である。 あの、フランスの印象派の画家モネの作品にも、 マーリャックの作った品種が数多く登場していると いう。 温帯性スイレンはすべて昼咲きで、花色に青、紫 はない。 熱帯性は昼咲きと夜咲きとがある。長谷池のそばで、ウツギ(ウノハナ)が小さい花を咲かせている。サラサウツギ アジサイ科、原産地は日本で、落葉低木。 ウツ ギの八重咲き種で、花弁の外側が紅紫色になる 変異種をサラサウツギという。 性質は強健であ る。ハコネウツギ スイカズラ科、本州中部太平洋側に自生する落 葉小高木である。 花は5月中旬頃からで、咲き 始めは白く、だんだん紅色に変化するので、一本 の木に白から桃色、そして紅色と賑やかになる。 名に箱根とついているが、箱根では見かけないと いう。 花期が非常に長く、次々と開花する。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 スイレン・長谷池・神戸(5)へジャンプ
2003年06月25日
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あじさい園・神戸市立森林植物園の主品種はシチダンカであるが、その他ヤマアジサイに力を入れている。 入り口の近くに、エゾアジサイが咲いている。エゾアジサイ 主に日本海側や北海道の山地の、やや薄暗い沢沿い に自生している。 高さ1~1.5mになり、花序の直径 は15cm以上ある。 よく似ているヤマアジサイは関東 地方以西に生え、花序の直径は約10cm、葉も10~ 12cm位とエゾアジサイより小さい。 縁が紫、中心部がブルーの花(萼片)を咲かせる。シチダンカの近くで、白い花を咲かせているのは、アマギアマチャである。アマギアマチャ 名が示すとおり、伊豆半島・天城地方に自生している。 生葉に多少甘みがあり、甘木と呼ばれている。 普通 のアマチャより葉が細長く、甘味はアマチャには及ば ない。 5/22付け花紀行(344)で紹介した、キヨスミサワアジサイが咲いていた。 樹高は1.5mを超え、こんな大きな株をみるのは初めてである。キヨスミサワアジサイ 房総半島の清澄山の沢で発見された。 ヤマアジサ イの変種である。 装飾花は紅色で縁取りされ、何と も美しいアジサイである。ロッコウヤエデマリ 六甲山特有の八重テマリである。 樹高は低いが、 薄い紫色の可愛い八重の花を咲かせる。周囲は殆ど、ヤマアジサイであるが、西洋アジサイも散見される。 その中にアナベルの群を見つけた。まだ、グリーンで白くなるのはこれからである。アナベル 直立した繊細な茎に、大きなテマリ状の装飾花を 付ける。 グリーンから真っ白な花を咲かせる、 「白い貴婦人」の名にふさわしいアジサイである。 ハイドランジア(西洋アジサイ)の中でも、耐寒性の 強い品種である。 原産地はアメリカ。真っ白なアナベルが群をなしているところを見たかったが、少し早すぎたようだ。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 エゾアジサイ・神戸(4)へジャンプ
2003年06月24日
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6/18(水)07:30起床。 08:30チックアウト。 残念ながら雨が降っている。 梅雨中とあっては、やむを得ない。 タクシーで元町駅へ。 コーヒーショップで簡単に朝食を済ませる。 駅のロッカーに荷物を預ける。 傘とカメラを持って、阪神元町のホームに降りていく。新開地経由で神鉄・北鈴蘭台へ向かう。09:30に到着する。 たしか、送迎バスがある筈と、改札口で場所を聞く。 どうやら、始発は10:00のようである。神戸市立森林植物園 「六甲の山並みと自然を背景に、端正な 樹形をした針葉樹を林として植栽し、四季 を彩る落葉樹や花木をそえる」という構想 のもとに、昭和15年(1940)に創設され た、総面積143haの樹林を有する植物 園である。 風景を楽しみながら、日本や世界の森め ぐりをし、早春の花々や新緑、梅雨のアジ サイ、晩秋の紅葉、冬の木立と、四季折々 の自然を楽しむことが出来る。送迎バスは定刻に発車し、西六甲ドライブウエイを走り、約10分で到着する。 65歳以上の神戸市民は無料であるが、他府県人は入場料300円を払わねばならない。雨は依然として降り続いている。 アジサイは雨が似合うので良しとする。 正門を入って50mも歩かないうちに、道の左右にアジサイの群が迫ってくる。 迫力充分である。傘をさしての撮影は困難が伴うが、そんなことは言っておられない。 夢中でシャッターを押しまくる。さあ、お目当てのシチダンカが植栽されている、アジサイ園へと急ぐ。 この雨の中を意外に大勢の人達が見学に来ているのには驚く。 殆ど、シチダンカを見るためのようだ。シチダンカ この花は、シーボルトが『日本植物誌』で 紹介して以来、日本人の誰もが、その実 物を見たことがなく、「幻のアジサイ」とい われていた。 たまたま、六甲ケーブル西 側で昭和34年(1959)に見つかった。そ れは、シーボルトが紹介して以来130年 ぶりのことである。 シチダンカはヤマアジサイが八重化した ものと言われている。森林公園では、シチダンカ約3,000株を増殖栽培しており、これは、多分日本一であろう。 山の斜面一面に咲いている姿はまさに迫力満点で、ここでしか、見られない風景である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 シチダンカ(幻のアジサイ)・神戸(3)へジャンプ
2003年06月23日
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メリケンパークの一隅に変わった船が展示されている。超電導推進船ヤマト1 電磁力を利用した、全く新しい推進方法による、未来 の船として建造された。 平成4年(1992)に神戸港 で海上航行実験に成功した、世界最初の超電導推進 船で、スクリューや燃料を必要としないで航行出来る。 全長約30m、幅10.4mで、スクリューの代わりに排 水口がある。 磁石の磁界により、導電性流体を非接 触で駆動する電磁ポンプの原理を利用している。今の ところ、スピードは8ノットくらいである。 スピードアップ が課題で、更に研究を重ねている。神戸海洋博物館 すぐそばに、博物館があったが、残念ながら入場は 16:30までで、入館出来なかった。 帆船をイメージした白い外観(パイプ構造)が印象的 な、海と船の博物館である。 館内は海洋開発、神戸 港の歴史、船の科学、航海技術など7ゾーンに分か れている。 次回神戸に来たときには、是非見学したいものだ。さて、早朝5時に起床して、12時間以上経過し、流石に疲れてきた。 メリケンパークのそばのホテルに入る。10Fの部屋で暫く休憩する。 このホテルの35Fからの夜景は素晴らしいと聞いていたので、期待しているが、当然のことながら最上階のレストランは高すぎるので敬遠し、ロビー階のレストランに行く。お値打ちコースで、しかも、食後35Fラウンジで2時間飲み放題というのを、躊躇なく選ぶ。 食事をしながら、徐々に暗くなっていくというのも悪くない。 目の前を、明かりを点けた観光船が通り過ぎて行く。18:30完全に暗くなったので、食事をうち切り、35Fへと上がっていく。 ラウンジには、どうやら一番乗りらしい。 早速、グラスワインの赤を楽しむ。う~ん、素晴らしい夜景である。 海側から元町方面を望む感じで、六甲山の中腹に、神戸市のシンボルマークが夜空に浮かんでいる。 左側が錨で、右側が市のマークである。 神戸市のマーク 神戸市のマークへジャンプ 「兵庫」と「神戸」の二つの港が扇を並べた形をして いるという理由で、神戸の旧かな遣い「カウベ」のカ の字を図案化したものである。 明治40年(1907) に制定された。神戸ポートタワー、海洋博物館、観覧車もライトアップされており、素晴らしい夜景に満足である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 35Fからの夜景・神戸(2)へジャンプ
2003年06月22日
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15:00前に金剛峯寺を後にして、高野山駅よりケーブル経由で大阪に向かう。 帰りは急行を利用し、約1時間半くらいかかった。 難波到着は16:00頃である。 ここで、2ヶ月後の再会を約して解散する。地下鉄を利用して梅田にでる。 行き先は元町・神戸である。 阪急にするか阪神にするか迷ったが、乗り換えが便利な阪神を選ぶ。 乗車して気が付いたのだが、今日(6/17)は甲子園で野球がある日らしい。 超満員であったが、幸いに座ることが出来た。 三の宮止まりなので、普通に乗り換える。 すぐ次ぎの駅が元町である。 目的地はメリケン波止場で、荷物はあるし、タクシーを利用したかったが、雨はやんでいるので、徒歩で行くことにした。 六甲山の反対側に行けば海に出るわけだから、間違えようはない。 ただし、神戸港へは、なんと45年ぶりである。 懐かしい思いで歩くが、当然のことながら、昔の面影はほとんどない。 6~7分歩いたところで、神戸ポートタワーが見えて来た。 TVで何回か見たことはあるが、肉眼で見るのは初めてである。神戸ポートタワー 神戸開港90周年を記念して、昭和38年(1963) 11月に建造された。 真紅のつづみ型の構造 美を誇り、ミナト神戸のシンボルとして親しまれ ている。 高さ108mあり、展望台から眼下に 広がる360°の大パノラマが魅力である。メリケン波止場は阪神・淡路大震災時に災害を蒙り、その後、メリケンパークとして整備された。現在はミナト神戸が誇る、ウオーター緑地として蘇り、水際の遊歩道や、広場にはミナトの情緒があふれている。神戸は様々なものの、発祥の地であるが、日本で最初といわれるものに、ラムネ(明治17年)、ゴルフ場(明治34年)そして、ジャズバンド(大正12年)などがあるが、実は映画が最初に上陸したのも神戸であった。メリケンシアター 日本で最初の「活動写真」は、今から約107年 前の明治29年(1896)に公開された。 これ は、エジソンが発明した「キネトスコープ」と呼 ばれる箱の中に映写した画面をのぞき込んで 見るもので、花隈の神港倶楽部で上映された。 スクリーンに映写する方法の登場はその翌年 のことである。 メリケンーパークのほぼ中央に、四角い穴が あいた奇妙な石が置かれている。 その四角 い穴はスクリーンをイメージしたもので、顔を 寄せると、その中に移りゆく海の風景が望め、 世界に一つしかない自分だけの映画を見る ことが出来る。希望の船出 1908年に南米移民の第一船・笠戸丸が神戸 を出港した記念碑が建っている。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 メリケン波止場・神戸(1)へジャンプ
2003年06月21日
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昨日に引き続いて、高野山よりお送りいたします。御供所(ごくしょ)のすぐ奥に、玉川と呼ばれる清流が流れている。 水向地蔵(みずむけじぞう) 玉川に沿って、地蔵菩薩、不動明王や観音菩薩 などが安置されている。 これらを総称して、水向 地蔵と呼んでいる。 参拝客は経木を水向地蔵 に手向けて水を注ぎ、亡き人々の冥福を祈る。玉川に小さな橋、御廟橋が架かっている。 この橋の奥は聖域で、残念ながら撮影禁止である。橋を渡る。 少し行った所に石段があり、登り切ると燈籠堂がある。燈籠堂(とうろうどう) 堂の中では、舎利塔(しゃりとう)を中心に、2万以 上の献灯が常についている。 千年の間、消えずに燃え続けている「貧女の一燈」 と、白川上皇が参詣の際自ら灯された「白川燈」、 昭和天皇が平和を祈念して献じられた「昭和燈」の 三灯は常明灯と呼ばれ、永遠に生き続ける弘法 大師の生命のシンボルである。弘法大師御廟(ごびょう) 燈籠堂の後方、奥の院の最奥に弘法大師の定 身(じょうしん:ご遺体)が眠る御廟がある。 高野 山中、最も清浄な聖地である。 御廟の周囲にそびえる千年杉や、絶え間なく立ち こめる香煙が、厳かな雰囲気をかもしだしている。 ちなみに、弘法大師の死を入定(にゅうじょう)とい う。 即身成仏、つまり、人間が仏の力によって生 きたまま仏になることをいう。聖域の外に出ると、なぜか、ほっとする。 悟りには無縁な、ただの人間であることを痛感する。 既に、正午を過ぎて、急に腹が減ってきた。 中の橋のバス停からバスに乗る。 千手院橋で下車し、精進料理で会食するため一乗院に行く。一乗院(いちじょういん) 弘仁年間(840~ )に善化上人によって開かれ て以来、約1000年以上の長きにわたり、法灯を 守り続けてきた。 霊元天皇をはじめ、九条家、戦国・江戸期の諸大 名の帰依により支えられてきた。 今日では、参詣客の宿坊としても利用されている。 宝物収蔵庫に「なまこ壁」が用いられているのが 目についた。 壁の保全のため、表面に平らな 瓦を斜めに並べて貼り付け、継ぎ目を漆喰(しっ くい)で固めたものである。 その盛り上がった 形が海鼠(なまこ)に似ているので、その名が付 いた。さて、精進料理であるが、食べるのは久しぶりである。 高野豆腐、ゴマ豆腐や野菜のてんぷらが主である。 さすが高野山で、魚気がないのは残念だがやむをえない。 昼間ということもあり、お酒もほどほどにしておく。食後、近くの金剛峯寺へ行く。金剛峯寺(こんごうぶじ) 高野山真言宗3,600ヶ寺の総本山で、山上の ほぼ中央に位置する。 高野山一山の総称で あったが、豊臣秀吉が亡母の菩提供養のため に建立した青巌寺の寺号を明治元年に金剛峯 寺と改めた。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 金剛峯寺・高野山(2)へジャンプ
2003年06月20日
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6月17日(火)05:00起床。小雨の中を05:45家を出る。 地下鉄を利用し名古屋駅へ。 新幹線で新大阪へ。 なんば駅・南海へ09:00集合に、楽に間に合う。 仲間は既に殆ど集まっていた。09:15高野山行き特急に乗車する。 高野山に行くのは初めてで、期待は高まる。 約一時間後に終点極楽橋に着く。 ケーブルカーに乗り換え、高野山駅へ。 山の上は小雨が降っていた。早速バスに乗車する。 本来なら、一の橋で下車して、奥の院へ約2kmの参道を歩く予定であったが、雨のため、予定を変更して終点の奥の院前まで行くことにする。高野山について 高野山は紀の川の南方、海抜約1,000m、周 囲を山々に囲まれた、東西5.5km、南北2.3 kmの山上盆地である。 弘法大師・空海は20才で出家し、31才の延歴 23年(804)、唐に渡り、都・長安で恵果和尚よ り正統密教をきわめ、8人目の阿闍梨遍照金剛 の称号を得て、大同元年(806)に帰国し、真言 密教を各地に広めた。 当時の帝、嵯峨天皇より高野山を賜り、弘仁7 年(816)開創、これが高野山金剛峰寺のはじ めといわれている。 それから20年後、大師は 62才の承和2年(835)3月21日入定し即身成 仏をとげられた。 現在は伽藍と奥の院の両檀を中核に総本山の 他、117寺があり、神秘な霊場を形成している。 高野山は密教文化の宝庫であり、国指定文化財 200、県指定40、計240件で、点数にして4万 点を数えている。 世界遺産に登録を申請中で ある。さて、バスの終点から奥の院まで1.2km歩かなければならない。 奥の院は大きく分けて2つのエリアに分かれている。 手前が大霊園や大名の墓が並ぶ墓地エリア、そして奥が弘法大師入定の地である御廟を中心とした聖域エリアである。 この二つを総称して、一般的には奥の院と呼んでいるらしい。霊場だけあって、お遍路さんの姿を多く見かける。本来は出口であるが、中の橋側から参道を奥へと進んでいく。 林立する杉の古木の間を縫うようにして、墓地が延々と続いている。歩いて少しの所にロケットの慰霊碑があったのには驚いた。 新明和○業(株)の墓地である。ロスのリトルトーキョウに鬼塚宇宙飛行士のロケット形の慰霊碑があるが、同じ発想だろうか。近くに在日韓国人の墓碑もあった。 お国柄か土饅頭の形である。墓地の左手(北側)は鬱蒼とした森で、ウツギが可愛い白い花を咲かせていた。大きなコーヒーカップが人目を惹いている。 コーヒー・メーカーのものである。墓地のイタズラ書きに心を痛めた人達が、自由に楽書き出来るように、ラクガキ専用の板碑・楽書塚がある。 発起人の一人、花菱アチャコの句碑が隣にある。更に、奥に進んでいくと、古色蒼然とした、大名家の墓所が並んでいる。 九州の黒田家をはじめ、おなじみの名前ばかりで、なにか歴史の勉強をしている感じである。浅野内匠頭の墓所があり、当然のように四十七士の碑もたっている。やがて、お堂が見えてきた。 御供所(ごくしょ)である。 現在でも、御廟に住む大師に毎日進上される生身供(しょうじんく)と呼ばれる食事の支度をしている。 御供所はまた、納経所を兼ねている。 四国88ヶ所巡りや西国33ヶ所巡りなどを完了したお遍路は、最後のゴールとして高野山に登り、納経帳・納経軸(掛け軸)・白衣に総本山の朱印や揮毫を受ける。 元気のある人は、生涯遍路を繰り返し、納経帳は朱印で真っ赤になるという。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 奥の院・高野山(1)へジャンプ
2003年06月19日
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<お 知 ら せ>6/17(火)~18(水)まで、高野山、神戸に行って来ます。 お越しの節は、足跡を残しておいて下さい。 帰り次第(19日)そちらに、お伺いいたします。
2003年06月17日
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6月13日(金)午後、小雨が降ったり止んだりの合間を縫って千種公園のユリの様子を見に行って来た。一週間前に行ったとき、スカシユリ系は咲き乱れていたが、テッポウユリはまだ蕾で、その後が気になっていた。さて、ユリ園に行き、真っ先にテッポウユリの所に足を運ぶ。 おー、満開だ。 雨に濡れて、花粉が流れている感じで可哀想である。 横向きの花が、思い思いの方向を向いているのが面白い。 雨に流されたのか、香りがあまりしないのは残念である。テッポウユリ 九州屋久島、沖縄に自生する多年草である。 茎 の高さは1m位で、葉は多数つき、表面に艶がある。 花はラッパ形で長さ15cm内外で、この長い花の 形を昔の鉄砲にたとえて、鉄砲百合の和名がある。 花びらは計6枚あるが、よく見ると、少し形や大き さが違うものが3枚づつある。 外側の3枚は実は 萼(がく)片で、内側3枚が本当の花びらである。テッポウユリの近くに、非常に似通ったユリがまだ蕾のままである。ホワイトエレガンス 球根を大量に輸入しているとかなので、多分ヨー ロッパで、テッポウユリを品種改良した園芸品種 であろうか。 テッポウユリより気持ち小型の、文字通りエレガン トなユリである。マジェント スカシユリ系。 花径は12cm位と中輪。 ピンク の、なんとも美しい花を咲かせる。ロイヤルファンタジー スカシユリ系。 今を盛りと咲き誇っている。 クリ ーム色の花を咲かせる。 まさに、ファンタジックな 世界に誘ってくれる。ショパン スカシユリ系。 マジェントと同じピンクであるが、 花径は一回り大きい。 花に音楽家の名が付く 時は、何故かピンクが多い。 華やかなピンク色の中にも、少し憂いがあり、 ショパンの曲が響いてくる感じである。ショパンを撮影中に、またまた雨が降り始めた。梅雨中だから、別に不思議はないが、撮影をうち切り帰路につく。 千種公園 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 テッポウユリが満開・千種公園(名古屋)ヘジャンプ※ お知らせ 6/17(火)~18(水)まで、高野山および神戸に行って きます。 従って、次回花紀行(368)は19(木)にお送 りする予定です。
2003年06月16日
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今日も昨日に引き続き、あじさいの里・形原よりお送りいたします。珍しいアジサイを見つけた。 軸(茎)が黒く、背丈も1.2m位と高い。黒軸アジサイ テマリ形。 薄紫で中心部がクリーム色の美しい花 を咲かせている。 軸(茎)が黒いのが特徴である。紅(クレナイ)ヤマアジサイ 一重咲きヤマアジサイ。 花色が見事な紅色である (中心部は白色)。 花付きが良い小型種。 咲き始 めは純白で、次第に紅が差してくる。 花弁は丸みが あり、可愛い。 最近の人気品種である。みえブルー 小型テマリアジサイ。 素晴らしいブルーの花を咲か せる(少しピンクを含む)。 三重県の作出であろう か。姫ガクアジサイ ガクアジサイらしく、木性が強く2m以上に伸びるこ ともある。 強健で育てやすいが、日当たりが悪いと 紅ののりが悪くなる。 現在はまだ、紅がうっすらと差している程度であるが、 更に紅色が進んでいくと、上記の紅ヤマアジサイとの 区別がつきにくくなる。 姫ガクアジサイは花弁にギザ ギザがついているので、見分けがつく。 花自体も紅 ヤマアジサイより小さい。アップル姫 テマリ形。 上品なピンクで、中心部はクリーム色の、 なんとも可愛い花を咲かせる。以上で「日本のアジサイ展」への出品作の一部を紹介したが、補陀池から山の斜面を下って帰途に着く時、右側に横幅約20mにわたり、私の大好きな「墨田の花火」が群をなして咲いていた。 最初でも紹介したが、最後にもう一度見て頂きましょう。墨田の花火 清楚な白色(淡いブルーを含む)が人気の、半八重咲 きガクアジサイ。 下枝が長くのびて、名前の通り、花 火のような美しさがある。 樹勢は強健で育てやすい。 あじさいの里・形原 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 黒ジクアジサイ・あじさいの里・形原(7)ヘジャンプ
2003年06月15日
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昨日に引き続いて、あじさいの里・形原よりおおくりいたします。今日紹介する品種は、横文字の名前のものばかりであるが、作出国がすべて外国とは限らない。ヨーロッパ、アメリカなどから里帰りした品種同士を日本で交配したものもあるからである。なお、今回は総て矮小種の園芸品種である。カステリン 西洋アジサイ。 作出国は北アメリカ。 素敵な濃 いめのピンクの花を咲かせる。 素晴らしいアジサ イである。ハワイアンブルー 西洋アジサイ。 ブルーにかすかにピンクのぼかし が入っている。 明らかに、ハワイのブルーの海を イメージして名付けられたと思う。ピンクシャワー ガクアジサイ。 ピンクに紫のぼかしが入った花を 咲かせる。 4枚の花弁(萼片)は大きく、花姿は 美しい。 この名もハワイの街路樹をイメージした ものであろう。ホワイトシュガー 西洋アジサイ。 名が示すとおり、クリームがかっ た白色のアジサイである。 アナベルより、花弁 (萼片)は大きい。 普通のテマリアジサイの白と いった感じである。ロイヤル ガクアジサイ。 紫がかったピンクの美しい花を 咲かせる。 この品種をもとにできたロイヤルピ ンク、ピンクキャンディーをはじめ素晴らしい品 種を輩出している。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 カステリン・あじさいの里・形原(6)へジャンプ
2003年06月14日
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昨日に引き続いて、あじさいの里・形原からお送りいたします。アジサイには、やはり梅雨空が良く似合う。 シーボルトがこの花の学名を、自分の愛人の名前からつけ、牧野博士が「我が国の誇りであるアジサイに、妾の名を付けるとは何事」と立腹したとか伝えられているが、アジサイの学名に日本人女性の名前が付いているのは、とても嬉しい。学名は「Hydrangea Otaksa」で、シーボルトの愛人・楠本滝の愛称である「お滝さん」が「オタクサ」となったらしい。墨田の花火に似ているアジサイを見つけた。伊豆の華 ガクアジサイの八重咲き種で、可憐な紫色の花弁 が美しい。 伊豆のガクアジサイを代表する存在である。 花 に比し、葉っぱが非常に大きいのが特徴である。サンルージュ ガクアジサイ。 濃いピンクの花弁を華やかに咲か せている。 なんとも、素晴らしいアジサイである。エゾダルマノリウツギ ウツギもアジサイの仲間である。 平たい花序に なるガクアジサイと異なり、円錐形にぐっと伸びて いるのが特徴である。 樹皮を剥ぐと、粘った液が出てくるが、その液は 和紙を漉くための糊として使われることで知られ ている。 また、樹皮は冬のエゾシカの好物らし い。 白い丸い花弁が、とても可愛いらしい。十二単(じゅうにひとえ) 正式の名前は、石化八重アジサイである。 茎に 石化が見られることから、この名がついたらしい。 薄紫色の花弁が幾重にも重なっている事から、 十二単と呼ばれるようになった。 てまり形の八重 咲き種である。 江戸時代から園芸品種として有 名である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 伊豆の華・あじさいの里・形原(5)へジャンプ
2003年06月13日
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昨日に引き続いて、あじさいの里・形原からお送りいたします。面白い花を咲かせているアジサイが出品されていた。おたふく 正式名称はウズアジサイである。 花弁が丸く、お たふくを連想させるのであろうか。 名前のように、 色彩が渦のようになっている。 外側が薄紫で内側 はクリーム色である。 ガクアジサイ系のアジサイが突然変異して、装飾花 が器型に巻いた梅花型になったといわれ、ときに昔 帰りをして、普通の装飾花に戻ってしまうこともある とか。 古くは江戸時代から栽培されている。ユングフラウ・ピコティ ガクアジサイ。 ドイツ語の名前がついているが、作 出国は日本である。 花弁の縁がピンクで、なんとも 美しい花を咲かせる。 今までのアジサイになかった、美しいコントラストの 品種である。 オランダで開催の国際園芸博覧会「フロリアート 2002」で金賞を受賞した。富士の滝 ヤマアジサイ。 シチダンカを白くしたようなアジサ イである。 この花を眺めていると、涼しく感ずるか ら不思議である。 滝のイメージにぴったりである。ハッピー・フレンド ガクアジサイ。 作出国は日本のような気がするが、 詳細はよく分からない。 濃いピンクの美しい花を 咲かせる。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 おたふく・あじさいの里・形原(4)へジャンプ
2003年06月12日
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昨日に引き続いて、あじさいの里よりお送りいたします。昨年六甲高山植物園以来、一年ぶりで幻のアジサイシチダンカに会うことが出来た。シチダンカ シーボルトが「日本植物誌」で紹介して以来、日本人 の誰もが、その実物を見たことがなく、幻のアジサイ と呼ばれて、長い間探し続けられて来た。 ところが、たまたま、六甲ケーブル西側で昭和34年 (1959)に見つかった。 シーボルトが紹介して以来 実に130年ぶりのことである。 シチダンカはヤマアジサイの八重化したものといわれ ている。白いテマリアジサイ、アナベルにも久しぶりに会うことが出来た。アナベル 直立した繊細な茎に、大きな手鞠状の真っ白な細かい 花が美しいアジサイである。 花色は咲き進むにつれ、 淡いグリーンから白色に変わって行く。 昨年群馬県渋川で、国道の中央分離帯で、5000株、 5万本のアナベルを撮影した時を思い出した。レディ-・サチコ ピンクの、なんとも可愛いガクアジサイである。 作出 者の恋人がサチコさんであろうか。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 シチダンカ・あじさいの里・形原(3)へジャンプ
2003年06月11日
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昨日に引き続き、あじさいの里・形原からお送りいたします。あじさいの里を語る場合、このお寺を抜きにしては考えられない。補陀寺(ほだじ) 結構古い寺である。 神亀3年(726)に建立され、 行基作の馬頭観音菩薩を祀ると伝えられている。 応仁の大乱に遭い、諸堂の殆どを焼失するが観世 音の霊像はその難をまぬかれた。 元和12年(1617)宋慧禅師を開山に奉じて、曹洞 宗圓通山補陀寺と号する。 形原温泉は約500年前、当時の住職が温泉の湧き 出ているのを発見したと伝えられている。 今でも温 泉の守護寺として、信仰と尊敬を集めている。 その昔、人に見つからずに他人の家からアジサイを 取ってきて玄関につるすと、お金がたまり、厄除けに なるという民間信仰があった。 ところが、お互いに 他人のアジサイを盗みあったため、それを見かねた 補陀寺の住職が「それなら寺にアジサイを」と植えて 置いたとのこと。 それが、「あじさいの里」の起源ら しい。 さて、山の斜面を登ると補陀池がある。 登り切った所から下への眺めも素晴らしい。 池の周囲にも、アジサイが咲き乱れており、なんともいえない、絵になる風景である。池の周りの一部を利用して、「日本のアジサイ展」を開催している。 出品作を紹介しましょう。未来 花(萼片)の縁が濃いピンクで彩られていて、なんと も美しいアジサイである。 これからが、楽しみな新 品種である。 花の世界一の国オランダで、10年に一度開催され る国際園芸博覧会で、2002年度金賞第2席を受賞 した。渥美しぼり 萼片が青紫の絞りのような色合いで、葉がヒイラギの ようなギザギザが特徴である。 素晴らしいガクアジサ イである。 名前から考えると、愛知県の作出であろう か。ピンクキャンディー この品種は平成3年に「ロイヤルピンク」に「ピンクパン サー」を交配して育成されたものである。 平成9年に その特性が安定していることを確認して育成が完了し た。 作出国は日本である。 人気品種であることは 言うまでもない。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 未来・あじさいの里・形原(2)へジャンプ
2003年06月10日
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今朝8:40家を出て、地下鉄とJR在来線を利用して蒲郡着10:00過ぎ。 暫く待って、バスで形原温泉、「あじさいの里」に行く。 ゲートを入って、朱塗りの橋を渡ると、山の斜面が一面に色とりどりのアジサイで覆われている。あっ!と息を呑む美しさに、暫く見とれる。 いや~凄い。 「咲き競う、五万株のアジサイ」と宣伝しているが、誇張ではなさそうだ。 久しぶりにエキサイトしながら、撮影をする。 ウイークデーというのに、結構人出がある。 斜面に、3本細い道があり、大勢の人達が上り下りしている。 上の方には、補陀池(ほだいけ)があり、池の周囲にもアジサイが咲いている。殆どがテマリアジサイかガクアジサイである。おなじみの「墨田の花火」(八重ガクアジサイ)を見つけ嬉しくなる。会場周辺の様子や、品種別アジサイの詳細は明日掲載します。 今日は取りあえず、雰囲気だけでもお伝え出来ればと思っています。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 全山アジサイ!・あじさいの里・形原(1)へジャンプ
2003年06月09日
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昨日に引き続いて、千種公園からユリ達をお送りいたします。千種公園は1970年の開園で、広さは6haと中規模。ユリを12,000球植栽している。明るいオレンジ色の花を、今を盛りと咲かせているユリがあった。 今日紹介するユリはすべてスカシユリ系である。ベアトリックス 花径は12cm位と中輪。 早咲きでしかも、花期の長 いユリである。 中国原産種と交配されたものらしい。その近くで、白い花を咲かせているグループがあった。ナボナ 1994年作出国オランダ。 江戸時代にイワトユリや エゾスカシユリなどが交配して出来た交雑種を、さらに オランダで品種改良して出来たらしい。 花径は13cm位、花は白色だが、内側に薄黄色のぼ かしが入っている。 斑点はない。公園内南東部のユリ園で、相当部分の場所を占めているが、まだ、殆ど赤っぽい蕾だけのグループがあった。よく見ると、チラホラと開花し始めている。ネロネ 花径は12cm位、花色は赤紫である。 濃い赤系の 品種は生産量が少なくて、人気品種である。 花姿も 一寸洒落ていて、花もちが良く、ステム(茎)もしっかり している。 そのそばで、ピンクの花を沢山つけているグループがあった。ビバルディ 『四季』で有名な作曲家・ビバルディ(1678-1741)をイ メージして付けられた名前だろう。 ピンクのバラにも 同名のものがある。 花径は12cm位。 花色は外側がピンクで内側は薄 いピンクのツートンカラーである。 なんとも、美しい 花である。 多少斑点がある。他品種も沢山あるが、まだ、咲き始めのため、再度折を見て撮影にいく積もりである。 テッポウユリは一週間位先の開花と予想している。 千種公園 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 ビバルディ・ユリ園・千種公園(2)ヘジャンプ
2003年06月08日
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6月6日(金)11:30頃千種公園に行って来た。前日のA新聞の夕刊で「ユリが開花・千種公園」という記事を読んだからである。団地と病院に囲まれた小公園で、近くにイチローの母校、愛工大名電高校がある。 名古屋の小公園は、特定の花に力を入れている。 千種公園はユリ、茶屋が坂公園はアジサイというように。さて、この公園のユリは北西角と南東部分の2ヶ所に植えられている。 まづは、バス停に近い、北西角から撮影開始である。 いつも、感じる事であるが、花は咲き始めは勢いがある。 このコーナーはスカシユリ系の早咲き品種が中心のようだ。ブルネロ 色鮮やかなオレンジ色である。 花径は12cm 位の中輪で、残念ながら香りはあまりしない。最 近登録された新品種である。 例年真っ先に咲い てくれるのが嬉しい。アマロネ 紅色の美しい花を咲かせる。 花径は19cmと 大輪。 花型は平咲き。モナ なんとも美しい黄色で、中心部にいくに従って 色が濃くなり、中心は緑である。 花色の表現は むつかしいが、明緑黄色といった感じである。 花径は約15cm位で中輪である。 スカシユリ 系の特徴であろうか、花首は短い。ユリ雑学 世界ではもっとも早く、ユリはバラと並んで、紀 元前から人間と深く関わってきた花で、古代ロ ーマでは、ユリは希望の象徴であった。万葉集、 源氏物語にもユリは登場してくる。 日本名『百合』の語源としては、球根のりん片 が重なり合っているところや、花がよく風に揺 れるので、「ユレ」から「ユリ」に変化したと言わ れている。 同属は約100種類あり、15種が日本に自生 し、7種が日本特産種である。 原種は形によ り4つの系統に大別される。 1) テッポウユリ系 2) ヤマユリ系 3) スカシユリ系 花が開くと、花の根本が離れて透かし て見えるからそういう。 芳香はあまり ないが、花色がとても豊富である。 アジアティック・ハイブリッド品種である。 4) カノコユリ系 長いユリのシーズンの最後を締めくくる のがこの花弁が反り返る独特の姿の 鹿の子ユリである。 カノコユリ系の交配種をオリエンタル・ ハイブリッド系といい、有名なカサブラ ンカなどもこの品種である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 ユリ開花!・千種公園(1)へジャンプ
2003年06月07日
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昨日に引き続いて、鶴舞公園より花菖蒲をお送りいたします。花菖蒲の育て方は、色々あるようだが、鶴舞公園の場合は、蕾が出来る少し前に水を落とし、畑の状態にする。 他の花菖蒲園では、カキツバタと同じく、水田の状態の所も多い。 いづれが、良いのかはよく分からない。 全体としては、満開寸前であるが、品種別の方はまだ、3分咲き程度である。江戸の誉(ほまれ) 白花であるが、うっすらと紫がかっている。 名前か らして江戸系と思うが詳細は不明である。 花姿は なんとも、素晴らしい。日本海 肥後系。 紫色に白い線が入った中輪の花を咲か せる。 発色が不安定な品種で、白と紫が不安定に 現れる。長生殿(ちょうせいでん) 江戸系。 白地にやや薄い紅紫の大覆輪。 平咲き で、花径は約13cm程度。 草丈は120cmを越え て高く、性質は丈夫で繁殖も良い。 江戸花菖蒲の古花の一つである。ピンクフロスト 米国種。 明るい藤色をすこし含む薄ピンクの平咲き 六英。 花径は約16cm前後の大輪の花を咲かせる。 草丈は高く120cmを越す。 外国種のなかでは、普及している一般品種である。 群をなして咲いている姿は迫力があり、また、美しい。品種別の花菖蒲はまだこれからであるが、今回は一旦これで打ち切り、また、別の機会にレポートしましょう。 鶴舞公園 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 花菖蒲B・鶴舞公園(2)へジャンプ
2003年06月06日
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6月2日(月)午後、鶴舞公園に行ってきた。 京都へ2日間滞在している間も、花菖蒲のことが気になっていた。 14:00過ぎまで、雑用の処理に追われていたので、鶴舞公園に着いたのは16:00頃であった。 早速花菖蒲園に直行する。 よかった! 満開寸前である。 白、紫、ピンクと色とりどりに咲き乱れている。 黄色の花菖蒲まで咲いているので、嬉しくなる。 取りあえず、全体像、中景、近景、アップと、手当たり次第、撮影し始める。 やはり、パラパラより、沢山咲いている方が、力がはいる。 一通り撮影したところで、品種別の池の方に移動する。今回は2点紹介しましょう。山路錦(やまじにしき) 肥後系、紅紫に底白の6英花。 花径は約15cm の中輪。 草丈は70cm前後、性質は丈夫で、繁 殖は良い。 加茂花菖蒲園で1963~78年頃作出された品種 である。 全国的に普及している品種である。信濃路 薄紫に白のぼかしが入った感じの、小輪の美しい花 を咲かせる。 3英花である。 詳細ははっきりしな い。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 花菖蒲A・鶴舞公園(1)へジャンプ
2003年06月05日
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龍安寺を後にして、高台寺に向かう。 京都の中心街を西から東に横切る感じである。 高台寺(こうだいじ) 東山霊山の山麓、円山公園のすぐ南側にある。祇園 の近くにあるというのに、実に閑静な環境である。 正しくは、高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉没後、その 菩提を弔うために、秀吉夫人の北政所(ねね、出家し て、高台院湖月尼と号す)が、慶長11年(1606)開 創した寺である。 寛永元年(1624)7月、建仁寺の三江和尚を開山と して迎え、高台寺と号した。 その2ヶ月後、北政所 は死去し、この寺に葬られた。 造営に際して、徳川 家康は、当時の政治的配慮から多大な財政的援助 を行ったので、寺観は壮麗をきわめたという。 寛政元年(1789)以来、しばしば火災で建物を焼失 するが、表門、開山堂、霊屋、傘亭、時雨亭は創建 時のままで、重要文化財に指定されている。他に有名な寺が沢山あるので、修学旅行生も、ここまではやってこない。 ということで、ゆっくりと見て回ることが出来た。先ずは、小さな茅葺きの茶室の前を通る。遺芳庵(いほうあん) 江戸前期の豪商・灰屋紹益(はいやじょうえき)が 妻・吉野太夫を偲んで建てたと言われている。 優しい大きな丸窓(吉野窓)が人目を惹く茶室で ある。 現在でも、茶室として用いられている。奥に進んで行くと、庭園と開山堂がある。 庭園は小堀遠州の作で、国の史跡・名勝に指定されている。開山堂は、第一世の住持、三江和尚(1572~1650)を祀っている。開山堂と霊屋(おたまや)を結ぶ階段を「臥龍廊」といい、屋根が龍の背に似ているところから、この名が付けられた。霊屋 床下6尺に北政所の墓所がある。 建物内には 秀吉と北政所の木像が安置され、須弥壇や厨子 には、華麗な蒔絵が施され、世に高台寺蒔絵と 称され、桃山時代の漆工芸美術の粋を集めてい る。 見ることはできるが、残念ながら建物内は 撮影禁止である。霊屋から更に登っていくと、有名な茶室がある。傘亭(かさてい)・時雨亭(しぐれてい) 千利休の意匠による茶席であり、伏見から移築 したものである。 傘亭は竹が放射状に組まれ、 カラカサを明けたように見えることから、その名 があり、正式には安閑窟とよばれる。 東山を背に、一寸小高い位置にあり、眺望も楽し めるという、野趣豊かな茶室である。 隣にある のが、これまた味わい深い茶室・時雨亭で、二つ の茶室は杉皮葺きの廊下で結ばれている。ここから下って、方丈に行く。 龍安寺の石庭と似た庭があるが、ここの方が、石庭より簡素であり、円錐形の白砂の山が2つあるだけである。 禅寺には、この方がふさわしい気がする。 勅使門があるが、何度開かれたかは、はっきりしない。現在は開かずの門となっている。以上で、午前中の観光コースは終わりである。半日足らずで、駆け足であったが、良い見学が出来満足である。 京都 <完> 画像は下記をクリックして下さい。 高台寺・京都(7)へジャンプ
2003年06月04日
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昨日に引き続いて、先ずは金閣寺の続きからお送りいたします。金閣寺の裏を少し登ると、小さな池がある。安民沢(あんみんたく) 西園寺家の北山第の遺跡と伝えられる池で、水源は 左大文字山に発し、日照りが続いても枯れないので、 雨乞いの場ともされたとか。 中の島には「白蛇の塚」 がある。 白蛇は弁財天の化身と呼ばれ、代々正妻 をめとらず、家に祀る弁財天を妻としていたと言われ る西園寺家の鎮守とされている。この後、夕佳亭に向かうが、その手前が嘗ては金閣寺を見渡す最高の場所といわれ、特に夕方見渡す金閣は、まさに絶景と呼ばれ、夕佳亭の名の由来とされている。 しかし、今は木が生い茂り、屋根の部分しか見えない。 後は坂を下って行くので、この場所が金閣を見る最後の場所とあって、金閣をバックに撮影する人で混雑している。夕佳亭(せっかてい) 後水尾法皇の臨幸にあたり、金森宗和(1584~ 1656、江戸時代初期の茶人で宗和流の祖)がそ の好みで造った、公家好みの茅葺きの茶室である。 茶室内部に見える南天の床柱(南無阿弥陀仏の掛け 軸の左側、室内の中央の柱)が特に有名である。南 天の木は通常、大人の親指ほどの太さにしかならな いが、この床柱に使われている南天の木は、それを はるかに上回る太さの木で、大変珍しいものである。 また、南天は「難をてんじて福となす」と言われ、大変 おめでたいものの一つとされている。坂を下って、出口に向かう。 さて、次の観光地は石庭で有名な「龍安寺」である。到着してみると、ここも修学旅行生で、入り口は長蛇の列である。 勿論、お目当ては石庭である。龍安寺(りょうあんじ) 徳大寺家の別荘だったものを、宝徳2年(1450)管領 細川勝元が譲り受けて寺地とし、妙心寺の義天玄承を 開山として創建されたものである。 石庭は特別名勝で、方丈の南側に位置し、15世紀中期 に造られたものと考えられている。 自然を狭い空間に 圧縮し、抽象化して表現する枯山水庭園の極限的姿で ある。 方丈のどの位置から眺めても、同時に総てを見ることは 出来ない。 「1、2個欠けても足るを知る」という禅の教 えとか。 「虎の子渡しの庭」とも呼ばれている。裏庭に、銭形のつくばいがある。 中心の四角の周りに五、矢など4文字あるが、中心の口を共用すれば、「吾唯足知」(われただたるをしる)と成り、禅の格言を謎解き風に図案化された無言の悟道である。 徳川光圀の寄進であると伝えられている。帰途、鏡容池(きょうようち)に咲くスイレンを眺めることが出来たのは、望外の幸いであった。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 龍安寺・京都(6)へジャンプ
2003年06月03日
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5月28日(水) 京都昨日は、京都府立植物園でバラと温室の花達を撮影し、14:00一旦撮影をうち切る。 14:40五条のTホテルにチェックインし、待望の祇園で17:00~21:00まで過ごす。 素晴らしい時を過ごしたことはいうまでもない。さて、今朝は06:30起床する。 どうも、二日酔い気味である。 昨夜は気分が良すぎて、飲み過ぎたらしい。といって、午前中の観光ツアーを予約してあるので、寝ているわけにはいかない。07:30 B1Fのレストランで、コンチネンタル風の簡単な朝食をとる。 08:40チェックアウト。 08:45ジャンボタクシーがホテルに迎えにきてくれる。 マイクロバスで8人は乗れるが、私が最初である。 ついで、JR京都駅にある新しいホテルに向かう。 そこで、2名乗車、計3名で半日観光に出発である。 3名では採算はとれないだろうと気の毒になる。 まづは、二条城へ行く。 09:00過ぎに駐車場に入るが、なんと、修学旅行生ですでに混雑している。 入場券売場には長い列が出来ている。 とにかく、3名は末尾につく。幸い、マイクロバスの運転手(女性)がガイドも兼ねてくれるので、指示に従えば良い。 5分後にやっと、入場することが出来た。二条城 1603年(慶長8年)徳川初代将軍家康が、京都御所の 守護と、将軍上洛のときの宿泊所として造営し、3代将軍 家光により、伏見城の遺構を移すなどして、1626年(寛 永3年)に完成した。 したがって、豊臣秀吉の残した、文 禄年間の遺構と、家康がたてた慶長年間の建築と、家光 が作らせた絵画・彫刻などが綜合されて、いわゆる、桃山 時代様式の全貌をこの城に見ることが出来る。 1867年15代将軍慶喜の大政奉還により、二条城は朝 廷のものとなり、ついで、1884年(明治17年)離宮とな り、1939年(昭和14年)京都市に下賜され、今日に至っ ている。二の丸庭園が特に素晴らしい。 古来からの造庭術にしたがい、池の中央に蓬莱島、その左右に鶴亀の島を配した池泉回遊式庭園で、小堀遠州の作と伝えられている。二の丸御殿も観覧したが、修学旅行生の混雑に巻き込まれる感じで、うぐいす張りの廊下が、人の重みで壊れないかと心配する始末で、ゆっくり見ることが出来なかったのは残念至極である。二条城をあとにして、マイクロバスは金閣寺にむかう。京都観光の目玉といった感じで、超混雑している。入場券をゲットするのに15分かかった。 修学旅行生は団体入場すればいいのに、なぜか、一般客のところに並んでいる。憧れの金閣寺には、なんと、1945年以来58年ぶりの訪問である。 金閣寺 お釈迦様のお骨をまつった舎利殿「金閣」が特に有名な ため、金閣寺と呼ばれているが、正式には「鹿苑寺(ろくお んじ)」と言い、臨済宗・相国寺派の禅寺である。 1994 年世界文化遺産に登録された。 この地は、鎌倉時代に西園寺公経の別荘北山第があった が、足利3代将軍義満が大変気に入り、1397年(応永4 年)に西園寺家から譲り受け、山荘北山殿を造った。 金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世に現し たといわれ、後小松天皇(一休禅師の父)をお招きしたり、 また、中国(明国)との貿易を盛んにして文化の発展に貢 献した所で、この時代の文化を特に北山文化という。2層と3層は、漆の上から純金の箔が張ってあり、屋根は薄い板を何枚も重ねたこけら葺きで、上には中国でめでたい鳥といわれる鳳凰が輝いている。金閣寺の後を進むと、義満がお茶の水に使ったと伝えられる「銀河泉」があり、その次の「龍門の滝」は、鯉が滝を登ると龍になると言われる中国の故事「登龍門(とうりゅうもん)」に因んだ「鯉魚石(りぎょせき)」が置かれている。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 金閣寺・京都(5)ヘジャンプ
2003年06月02日
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昨日に引き続いて、京都府立植物園よりお送りいたします。一時間くらいバラの花達を撮影したろうか。 正午過ぎとなり、腹が減ってきた。 バラ園の隣にレストランがある。 ウイークデーということもあって、そんなに混んではいない。 庭園を眺めながらのランチも悪くない。のんびりと食事をとる。 13:30レストランを出て、さて、次は何処にしようかと迷ったが、温室に行くことにする。 温室側から眺める比叡山は、誠に素晴らしい。 京都は山に囲まれた盆地であることを実感する。温室内に入るには、別途入場券が必要である。ここは65歳以上も有料である。 たしか、200円だったと思うが、自動販売機で購入して、温室内に入る。入って暫く歩いていくと、右手に面白い花が咲いていた。ウシノシタ 正式名称は、ストレプトカーパス・ウエンドランディーで ある。 イワタバコ科、原産地は南アフリカで、多年草。 葉は単葉で、長さが45cm以上にもなる。 葉の裏側 は深みのある赤色である。 その葉の形から、和名で ウシノシタ(牛の舌)とも呼ばれる。 長い花茎を伸ばし、内側が白い、青紫色の花を咲かせ る。 この種は、一回結実性とのことである。面白い、見慣れない花が色々と咲いているが、先を急ぐので、熱帯林のルームへと向かう。 入ってすぐのところに、白い蝋細工のような花が咲いていた。カラテア・ブルレーマルクシー ’アイス・ブルー’ クズウコン科、原産地はブラジルで、観葉植物として、 栽培される多年草。 高さ1m位になり、卵円形の葉 の表面は光沢があり、長さ50~70cm。 円柱形の 花穂に、蝋細工のような苞(ほう)が沢山つく。 ’アイ ス・ブルー’は青みがかった白い苞で、白いものは ’スノー・コーン’という品種である。部屋の奥の方に、パパイアが実をならせていた。 パパイアには懐かしい想い出がある。 4年前、旧友たちと、ハワイ・マウイ島に行ったとき、島内の空き別荘の庭にパパイアの完熟の実がなっており、バスガイド(男性)が木に登ってとってくれて、すぐその場で食べた美味しさは忘れがたい。パパイア パパイア科、原産地は熱帯アメリカで、草本状の常緑 小高木。 熱帯果樹の代表である。 葉は大きく掌状 複葉。 パパイアは成長が非常に早く、種をまいて1年 もすれば、実がなる。 実はタンパク質の分解を助け る酵素パパインを多量に含んでおり、青い実は料理に 利用するなど、健康食品として注目を集めている。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。 パパイア・府立植物園・京都(4)へジャンプ
2003年06月01日
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