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数年前に僕独りで泊まったアユタヤの宿が良かったのでその路地裏の宿に行ったら移転して新しくなっていた。移転前の宿はコテージスタイルでエアコンなしの宿だったが移転後の宿は小奇麗なエアコン・バスルーム付きの宿になっていた。アジアの田舎で安宿に泊まる時、夜はトッケー(トカゲの仲間)があの独特の声で鳴くのを聞きながら異国を感じたり朝は村の鶏の声で起こされるのがとても気に入っている。今回は遺跡群に最も近いということを最優先してその新しくなった宿にチェックインした。(3人で¥2100)もちろんネパール同様、親子3人で1部屋である。そもそも結婚25周年記念ということで旅に出たのだが夫婦2人で1室+次男1人で別の1室になることはなくいつも親子3人で1室というかたちになったので夫婦の愛の再確認は全く出来なかったのである。(笑)これが部屋の写真。TVも冷蔵庫もクローゼットもある。ホットシャワーも出る、洗面台もある、石鹸も備えてある、バスタオルもある、部屋の天井や壁にヤモリがいない。それはもう場違いなほどにきれいな部屋だった。ちなみにワタクシが寝たのはベッドではなくベッドの横(写真奥)に敷いてもらったマットレスな。ネパールの宿でもそんな感じだったわ。繰り返すが結婚25周年記念の旅である。夫婦で1室が叶わなくともですな、スジとしては次男が「父上母上、私が硬い床にマットレスを敷いてそこで寝ましょう」と親にふんわかベッドを譲るべきとも思うのだが。(笑)宿のオープンテラスでミックスジュースとバナナジュースを飲む。ネパールではフルーツなんてお目にかからず飲み物は全てチャイだったので南国のカラフルなフルーツジュースを飲んだだけでいやあ、南の国に来たなあ、天国だなあ、って印象を受けた。
2014年05月31日
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太宰治の作品で有名なのは「人間失格」「斜陽」「ヴィヨンの妻」とかだ。(しかし1番の代表作として「走れメロス」が挙げられるのは納得できん! まるで夏目漱石の代表作が「坊っちゃん」と紹介されるのと同じである。)太宰作品には有名な作品よりも、数段優れた珠玉の作品というものもある。例えていうなら「異邦人」が代表作といわれる久保田早紀にはアルバム収録曲の中に素晴らしい曲があるのに全然紹介されない、だとか誰それの大ヒット作のB面(死語!)、今でいうところのカップリング曲がメチャクチャ良いとか、それと同じことが小説の世界にもあるということだ。太宰作品の中で全然有名ではないが、僕が好きな作品に「浦島さん」がある。そもそも「浦島さん」なんてタイトルじゃあ有名にはなれない。「ああ、浦島太郎のことかな」程度に思われるぐらいだろう。ところがその作品、すんげえ深いのである。「究極の自由とは」みたいなものがテーマである。これを読んでからの僕は、泊まる宿の基準が明確になったというか「頭の中で描いた究極の宿にいかに近いか」を考えるようになった。太宰の「浦島さん」は竜宮城を究極の宿に見立て「究極の宿」という理想をテーマにしているようなのだ。このブログではネパールの丘の上にある安宿「ニルヴァーナ」のことを数週間前に紹介したのだが、今月20日に発売された雑誌「リバ」にもその宿がいかに自分の理想そのものの宿だったかというエッセイを書いた。今月のエッセイ ⇒【涅槃】なんでもかんでも音楽に例えて申し訳ないけどビートルズの代表作が「イエスタディ」や「レット・イット・ビー」などと世間でいわれているけど「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」というホワイトアルバムに入っている曲が僕は好きなわけで、太宰の「浦島さん」も「え?これって太宰治が書いたの?」みたいに全く別の顔を見せてくれるオススメの作品である。(「お伽草紙」に収録されてます)【送料無料】お伽草紙/新釈諸国噺 [ 太宰治 ]価格:864円(税込、送料込)
2014年05月28日
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アユタヤは運河に囲まれた世界遺産の小さな町なのでレンタサイクルを借りて色んな遺跡を回るのが楽しい。異国で自転車に乗るのは楽しいものだ。レンタサイクル等の費用は過去ブログの明細を見ていただきたい。アユタヤを回るのならこれぐらいの費用が必要なのである。というわけで借りた自転車はコイツだ! 玉村南中の卒業生の皆さ~ん、通学自転車お借りしました。廃棄したのか盗まれたのかわかんないけどちゃんとアユタヤで活躍してましたよ~。(玉村南中は群馬県佐波郡玉村町にあるみたい。バレーやバスケ強いな)このブログを検索で見つけた玉村南中の先生、生徒さんがいたらお気軽にコメントくださいね。 遺跡の駐輪場にはこんな看板が。ま、意味は分かるけどね。(笑)
2014年05月27日
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断っておくがこれは2014年3月11日のバンコク市内の画像だ。当日はタイ版NHKで大々的に東日本大震災の追悼番組をやっており日本国内では放送されないような映像も流れていた。そう、日本人は原発について無知であり続けなければならないのだ。原発に関わった政治屋どもが私腹を肥やすため、国益のため、「日本の原発はもう安全です」とマスコミと共犯して風評被害をなんとか消し去り、アジアに原発を売り込まねばならない。日本人は自分の国の現状を「知ってはならない」のだ。毎日毎日くだらねえお笑い番組を見させておけば済むのだ。朝っぱらからTVでどうでもいい芸能人の話題を与えておけばいいのだ。ひいてはそれが国益とやらにつながるのである。おっと、話が逸れた。いつもは片側5車線が大渋滞のバンコクの大通り。反政府指導者ステープ氏支持のデモ集会所の中を歩きカオサンロードに歩いて向かう夜、異様な光景を目の当たりにした。大通りは車が通れないようにバリケードで封鎖されていた。 その中を報道カメラマン気取りで歩く。合わせて10車線の道路をこんなふうに歩けてしまうとは。僕達3人の他には誰一人その場にいない。横倒しにされた車のガラスは割れ、銃弾の痕がいくつも残りボディーにはタイの国旗をあしらったペイントがされていた。よりによって民主記念塔の横である。あえてその場所を選んだのかとも思うが僕には不条理そのもののように思えた。アイロニカルというのかシニカルというのか分かんないけどまるでオブジェのようでもありアートのような錯覚を受ける。ここからすぐのカオサンロードでは誰もがそんなことに無関心で旅行者は暑い異国の夜をいかに騒いで過ごすかに全力を傾け現地の人達は旅行者からカネを搾り取るために誰もが懸命である。自国のことは自国民が一番知らないのかも知れない。いや、知っている。しかし知ってどうするのだ。憂いていてもカネなんて転がって来やしないじゃないか。誰かが解決してくれるだろ?そんなことより働かなくっちゃ。日本もタイも、他の国の人も俺も、頭の中でそう思っている。タイ人の国王への尊敬はすごいものがある。しかし国王の大きなパネルの前で車を横転させても平気なのか。タイ人としての誇りは大丈夫なのか、こんなんでいいのか。この写真から2ヶ月、タイでは軍によるクーデターが起きた。おそらくこの写真の横倒しの車は軍によって撤去されただろう。タイ在住の竹亭さんブログでは最新情報をいつもアップしておられる。タイに渡航予定の方は外務省なんかよりそちらを読まれることを勧める。
2014年05月25日
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バンコクでの買い付けの仕事は後回しにしてのんびりとした時間を過ごすためにアユタヤに向かう。まずは市バスに乗る。バンコク市内のバス路線は非常に分かりにくいので初めて乗る人は戸惑うだろう。アユタヤは町全体が世界遺産で遺跡がめちゃくちゃ多い。バンコクから電車で北に1時間半ほど(料金約50円)の場所にある。走行中の電車のドア(開けっ放し)からパシャリ。ものすご~く身を乗り出してるので良い子は真似しないでね。 ⇒もうちょっと危ない画像はコチラアユタヤ駅を降りると案内ガイドの運ちゃんがいっぱい。無視して道路を渡って3分歩くと突き当たりに渡し舟乗り場がある。アユタヤは運河に囲まれた町だ。対岸まで4バーツ。(約12円)随分ベラボーに値上がったもんである。一番手前が僕の次男。アユタヤのトゥクトゥク。日本のミゼットを改造したものだ。ポンポンポンとかわいい排気音。メインストリートにはこんなトゥクトゥクも。こちらバンコク市内のトゥクトゥク。アユタヤのトゥクトゥクとは違う進化を遂げているのである。後輪の泥よけに注目。あの~、4WDじゃないんですけど。3輪だし...。
2014年05月21日
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ネパールからタイに戻って来た。タイには50回ほど行っているので「戻って来た」感覚なのだ。スワナントカ空港に到着後、無料シャトルバスに延々20分ほど乗る。行き着く先はローカルバス・ステーションである。そこからバンコク市内行きのロットゥーに乗る。TOYOTAハイエースのワイドボディーの乗り合いバスだ。安宿の多いカオサンロード近くで降りたのは夜遅くなってからだった。歩行者天国の原宿並みに混雑しているバーンランプーロードを抜け、これまたすごい人混みのカオサンロードを通って歩く。相変わらず無国籍地帯のような凄い賑やかな通りだ。この辺りにはツアー客は来ない。個人旅行者ばかりだ。ツアーを利用する人達はこの通りの存在すら知らないだろうが間違いなくバンコクで1、2を競うホットスポットである。大音響の音楽がひしめくオープンバーから溢れそのお祭り騒ぎは毎朝4時近くまで続く。通りの近くに泊まったら眠れたもんじゃない。そんな通りから1本裏通りに入った所に僕のお気に入りの宿がある。カオサンエリアにありながら喧騒から離れられる宿である。猫3匹が並んで歩くといっぱいのような路地の突き当たりに「BARN THAI GUEST HOUSE」がある。ユーロ圏の旅行者達が多い宿である。幸いにも大声で話しまくる中国人グループは知らないだろうし「地球の歩き方」しか読まない日本人も知らない宿だろう。日本人は、他の日本人が泊まってる宿に集う習性があるので通りの向こう側にあるグリーンハウスあたりに溜まってるんだろう。タイも物価上昇中で、この宿も少々高くなっている。3人で700バーツ(約2200円弱)、1人あたり約700円という高さで3人部屋はこんな感じ。エアコンなし、ファン付き、トイレ・シャワー別。実は昨日、悲しい別れがあった。まだ若かったが、苦しむこともなく眠るように息を引き取ったのが残された僕らのせめてもの救いだ。自分が死ぬ時にはアジアの風景を思いながら死にたい。その風景を想う時、漂っていた花の匂いも想いたい。甘く切ないプルメリアの花の匂い。そう、その安宿の中庭にはプルメリアの花が咲いているのだ。
2014年05月20日
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ネパールのトリブヴァン空港をタイに向けて離陸した飛行機はカトマンズ上空で大きく機体を旋回させて南東へと飛ぶ。眼下には赤茶けた町並み、郊外の農村部は緑色の田園風景、そして彼方には万年雪を被ったヒマラヤ山脈が見える。 ネパールに行く時は右側の窓側の席、帰る時は左側の窓側の席が良い。ヒマラヤ山脈を見ながら素晴らしいマウンテン・フライトができるのだ。あいにくフライト当日は雲が多い日だったがチラリとエベレストが見えた。画像中央やや上の黒い山がエベレスト。今回の機内では遅ればせながら【ゼロ・グラビティ】を観た。これは物凄く良かった。もう1度観たい。登場人物が3人だけっていうか、1人はすぐ死んじゃうから実質2人だけ。しかも...(以下ネタバレになるので書かない。ホントお勧め)もう1本観たのは【キャプテン・フィリップス】、これも良かった。トム・ハンクス主演なのだがそれはどうでもよい。ストーリーはアメリカの貨物船がソマリア海賊に乗っ取られる、って話だが最後の方になると「フィリップス船長、助かってくれ」と思ってたはずなのにいつの間にか「ソマリア海賊、助かってくれ」ってな感じに逆転する。他に観てたのは、車好きにはたまらない【Top Gear】Top gearはイギリスBBC制作の番組で飛行機に乗る度に観ているのだが、今回はエアロスミスのスティーブン・タイラーがサーキットを走るってやつで放送禁止用語連発で音声はピー!ピー!ばっかなのであった。Top gearはDVDも発売されてるんで揃えたいなあ。でもyoutubeで「トップギア」で検索するとたくさん観れるしな。
2014年05月18日
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カトマンズの路地裏で撮った看板。誰かに似てる気がする。 パタンの路地裏で撮った看板。ウンコは左手で拭きましょう。その左手はバケツの水で洗いましょう。その水を飲んだりご飯を炊いたりすれば家族は和気あいあい。ウンコはニンジンの肥料にしましょう。そんな衛生看板でした。
2014年05月13日
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ヨメが足を挫いたのでバクタプルから山間部に行くバス停付近で薬局を探して痛み止めの塗り薬を買った。商品名は「NINJA GEL」というのだが、なぜ忍者なのかは不明だ。おまけに効果はほとんどない。(笑) バクタプルのあちこちに「これでもか!」と貼られていたポスター。中世の建築物の景観が台無しである。ここはもうネパールではないのか?中国に政権乗っ取られました感満点である。だからネパール人の対中感情あんなに悪いのかな?「ネワ自治区(ネパール人自治区)」かあ、なんか寂しい。パタンのゴールデン・テンプルの注意書き。なかなかがんばって書いてるじゃない。パタンのアイスクリーム屋さんの宣伝看板。数字の4はforの意味ね。外国人とメールしてると 4はfor、youはu、yourはurって略するんだよね。若い子ばかりが使うってわけでもなく年配者も結構使ってる。もちろんkathmandu も ktm って打つだけ。
2014年05月12日
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カトマンズのダルバール広場に入ると派手な神様がいる。一枚岩を削って作られたといわれるカーラ・バイラブ像だ。その周りでは女達が普通に野菜を売っていたりする。ダルバール広場はカオスという言葉が似合う。パタンの路地裏の安食堂でチャイとサモサの食事をした時、剥き出しのコンクリの壁に貼られていたシヴァのポスター。僕がちょうど20年前、アジア色の濃い雑貨屋をやっていた時にこのポスターも¥500ぐらいで売ってたなあ。 パタンにあったシヴァ神の像。多分コンクリ製だけどなんかハリボテっぽい感じがしたなあ。バックに写ってるのが僕達家族が泊まったyala guest house。受付のお兄ちゃんにyalaってどういう意味?って訊いたらパタンは昔、yalaと呼ばれていたそう。最後のこの石碑もパタンに建っていたもの。なんか子供が書いたみたいで下手っていうか身近に感じる。この神様はシヴァなのか何なのか不明。お供えあげてる人やお参りしてる人0人。まだ建てられて新しい感じだった。
2014年05月11日
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ネパールではいたる所に神様がいる。朝夕、人々はその像にお供えをしたり朱印を塗ったりとにかく生活の中に信仰が息づいているのだ。まずガネーシャ。商売の神・学問の神。僕の仕事場にも小さな像が置いてある。次にサラスヴァティ。日本でいう弁財天で芸術の女神。次は夫婦の神様彫刻。寺院の木の柱に彫刻されている。奥さんの方の表情がなんかいいね。最後に壁画。これは民家の玄関先に書いてあったもの。 寺院の周りに灯される無数の蝋燭はまるで日本の精霊流しのようにどこか切ない。
2014年05月10日
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パタンのダルバール広場ではまだ暗いうちからヒンドゥー教徒によるバジャン(神に捧げる歌・演奏)が始まり僕は至福のまどろみの中で目を覚まして窓辺に立った。紫色の空の下、神々の寺院のシルエットが浮かび上がっていて部屋の窓からその風景を撮った。妻子と一緒に早朝のパタンを散歩。レンガと石畳の路地にも太陽の光が射し込んできてひんやりとした異国の朝の気配が心地良かった。 路地裏の祠にも朝の光が届く。 路上には人々が捧げた花やお米やお香が散らばっていてBALI島の路上のお供えと共通点があり、ヒンドゥーの素晴らしい教義を再確認したのだった。ネパールの乗り合いバス「テンプー」
2014年05月08日
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バクタプルと同じくパタンも入村料が必要だ。2001年、謎の乱射事件によって王室が絶えたネパール王国はすぐに中国寄りのマオイスト(毛沢東主義)に政権を奪われた。マオイストは早速ネパールの全土に9自治区を設置する構想を発表、カトマンズ盆地を領域とするネワール族のための「ネワ自治区」や「人民政府」を発足させている。そのためか旅行者は、観光地では入場料や入村料が必要となった。貧民国であるネパールにとっては外貨獲得のために良い方法と思う。ディズニーランドや富士山でも入場料が必要だし、僕は賛成だ。そしてネパール人は親日であって、中国に対しては悪感情を抱いている。バスの料金を払った後にお釣りをくれないので催促すると「チーニー(中国人)?」「マ・ジャパニ(日本人だよ)」と言うと「日本人か、すまん」とお釣りをちゃんとくれるのである。他にも中国人が蔑まれる事例も多くあったがここでは割愛する。さて、パタンにも共同水汲み場があり、女達が並んでいる。 パタンでの宿は贅沢をした。世界遺産の寺院が立ち並ぶ広場の中に建つホテルにチェックインした。お値段は驚愕の、3人で2500ルピー(2500円・食事なし)である。1人あたり800円程度という目も眩む高級ホテルなのだが1泊ぐらい贅沢しようや、と広場が見渡せる部屋に入った。そのホテルの窓から見たクリシュナ寺院。 昼はゴールデンテンプルやマハボーダ寺院(マハは偉大、ボーダは仏陀)など見事な彫刻や仏像などを見て回り、裏通りの仏像工房なども歩いてパタンは余すことなく見尽くしましたって感じになった。陽の沈む頃、レストランの屋上で食事。遠く西の空に太陽が沈んでいく。神々しいとしか言いようのない景色。凄い映画が終わった後のエンディング・ロールを見ている気分。言葉もなく、席も立てない。そんな感じだ。 夜は次男と2人でダルバール広場の寺院の前に座ってライトアップされた寺院を見ていたら突然の消灯。寺院のシルエットの彼方にバーンとオリオン座が見えた。全ての出来事が完成されたアトラクションのようだった。暗闇の中、バイクが石畳を照らして通り過ぎる。その後はまた真っ暗な闇。妻はグレーのパシュミナスカーフを買って巻いていた。エキゾチックな雰囲気だったので記念撮影。彼女の目は変わらないな、昔から。
2014年05月07日
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妻子がまだ寝ていたので独りで夜明けのバクタプルを歩いた。早朝の時間帯は素顔の町の顔を見せてくれるものである。村の女達はもう起きていて市場で野菜を買ったり井戸水を汲んだり蝋燭やお香を持って路端の仏像に祈りを捧げていたりガネーシャやシヴァの仏像に赤い朱肉を塗っていたり寺院の鐘を鳴らしながらその周りを何周も回っていたりする。オムマニペメフムの念仏は低い波動となって寺院を包む。妻と息子が起きたので路地裏の食堂で朝食を食べた。濃厚なチャイは一杯10ルピー(10円)、揚げパンのようなものは大きいのは10ルピー、小さいのは5ルピー。3人で腹いっぱい食べて200ルピー払えばお釣りがくる。 ネパールの雑貨屋はこんな感じ。日本でいうコンビニだ。 肉屋さんは路上で生き物の肉を売る。僕達人間をはじめ全ての生き物の生き方を突き詰めれば食べる、排泄、食べる、排泄の繰り返しだ。生命維持のために野菜や肉を喰らう。喰らうために屠る。他の生き物の命と引き換えに自分の命を維持するのだ。全ての食べ物にはとことん感謝して食わねばならない。次の町、パタンへのバス停を探しながら歩く。もう20年以上も前、「私をパタンから連れ出して」と笑って言った、あの可愛いシャンティが暮らしていた町だ。異邦人の僕は醜いことは一切しなかった。そしてパタンは、僕が初めて仕入れをした思い出深い町なのだ。
2014年05月06日
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カトマンズの東に位置する古都バクタプルは静かな町だ。石畳の路地が迷路のように入り組んでおり迷うのも楽しい。知らず知らずのうちに民家の庭先に入ってしまうこともある。メインストリート(といってもこれも細い石畳なのだが)にはこの古都を訪れる観光客のための土産物屋も多い。トルコ石やラピスラズリの細工を施した鮮やかな仏具が多いがその一つを手に取るとたちまち輝きを失うように見える。土産物というものは陳列の相乗効果を生み出しているのだ。タンカ(仏画)のギャラリーも多い。宿の窓から路地を見下ろすとゆったりとした気分になる。バクタプルはまだまだ標高の高い町なのだ。町外れの店で食べたダヒ(ヨーグルト)は絶品で異国の味がした。宿の窓辺で一服するワタクシ。一服といってもネパールで簡単に手に入るアレではなく普通のタバコだよ。
2014年05月05日
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ナガルコット最果ての宿「ニルヴァーナ」にはオープンカフェがある。オープンカフェといっても手作りのテーブルが置いてあるだけだ。こんな朝は室内の食堂で朝食を食べるなんて野暮である。うららかな日差しの下、外での朝食は気分が良い。各自が注文した食事が出されたのは30分以上経ってから。日本での感覚なら「遅い!」と思うだろうがネパールでは普通である。全く苦にならないどころか、その時間は宿の子供と遊んだ。ネパールで子供達と遊ぶこともあるだろうと思って100均でプラスチックの竹とんぼとビー玉を買ってきてあったのだ。サラダやモモ、オムレツや天然ジュースをのんびりと食べる。テーブルの周りでは放し飼いの鶏の親子が歩き回っている。昨夜のロウソクの下での晩餐も良かったが今日の朝食も良かった。さて、チェックアウトしよう。食堂の壁に過去の宿泊者の顔写真が貼ってあった。(画像をクリックしてフォト蔵の元画像サイズでお楽しみください)バザール近くにあるナガルコットのバス停。バスの中ではインドポップスが流れているのだがこれがまた異国情緒たっぷりでたまらないのである。バスの移動はこれまた至福の時間なのだ。
2014年05月04日
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夜中の3時頃に安宿のドアを開けて外に出てみた。空の一部に雲がかかっているものの満天の星空。いや、あれは雲じゃない。天の川だ!ヨメと息子に声を掛け、外のテラスで寝ようと提案する。2人は寝袋と枕を持って外に出ると「うわあ!」と声を出した。あんな星空はなかなか見れない。何しろ街の光害(公害じゃないよ)の影響を受けてないのだ。夜が明けてきて3人は早速冒険に出かけた。薄暗い草原を歩き、道なき道を歩くとヒマラヤ山脈の大展望!やがて朝陽がヒマラヤの遥か向こうから昇ってきた。ヒマラヤの頂に朝陽が当たる。何ていう山か分からないが圧巻の景色。僕のデジカメでは解像度が悪いので一眼デジカメ欲しいな、と思う。berryくんから貰った簡易三脚はこんなふうに使ってます。膝までの潅木を掻き分けて宿に戻った。ズボンや手袋にはひっつき植物がびっしりくっついていた。「俺と結婚したからこんな体験できたんだぜ」「その代わりに他の人と結婚してたらエーゲ海あたりに行ってたかも」「でもこんな感じの旅の方がいいんじゃねえ?」「まあね」
2014年05月03日
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山の上の物価というものは輸送費が加算されているので高い。だから1泊1人あたり200円という宿泊代に対し食べ物の値段は下記メニューのようになる。(表記はネパール・ルピー。1ルピー=1円)たとえばフレンチ・トーストは120ルピー=¥120といった具合。昨日のブログで風任さんがコメントしてたマジックケーキは¥350。妻子がいなかったら間違いなく確実にオーダーしてます。(笑)吸引と違って飲食は効果が持続する(らしい)そんなの食って星空見たら宇宙に落ちて行っちゃうだろうなあ。キャンドルだけが唯一の灯りの暗い食堂に行って晩飯を注文。ローリング・ストーンズの「beggars banquet(ベガーズ・バンケット)」の見開き内ジャケを彷彿させる雰囲気なのであった。(分かる人にしか分からん説明だな...)スチームモモを頼んだり、ビリヤーニを頼んだり。飲み物はマサラチャイやレモングラス・ティー。グラスに映ったキャンドルの灯りが揺れて幻想的だった。(注:もんたよしのりのダンシン・オ~ナイとは関係ありません)どんな高級レストランの雰囲気もココには敵わないだろう。
2014年05月02日
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カトマンズの公園からローカルバスに揺られて東へ向かう。バクタプルで乗り換えて山道をのろのろ登って行った終点にヒマラヤの眺望が素晴らしいナガルコットという村がある。バスを降りてバザールを抜けて砂利道のメインロードを歩く。ホテルの客引きに呼ばれて部屋を見せてもらうが「きれいな部屋、TV、ホットシャワー、wifi設備」が付いて3人で700ルピー(700円)という文句ナシのホテルがあった。安い・綺麗・ロケーション良し。他の旅行者なら大喜びで泊まるだろう。しかし僕達の求めている宿ではない。僕達は設備など求めない。「最果て、崖っぷち、電気のない部屋、ヒッピーが泊まるような宿」それが僕達の求めているキーワードなのだった。ホテルや安宿や民家が途切れ、もうこの先には何もないような場所。地図にも載ってない「ホテル ニルヴァーナ」はそこにあった。ニルヴァーナ=涅槃か。名前もロケーションも最高だ。「ナマステ。部屋は空いてるかい?」と訊くまでもなかった。ギターを弾いていた宿の少年は突然の訪問者に驚いた様子だ。こんな最果ての安宿に来るやつなんてそんなにいないだろう。宿は全3室、当然他の宿泊者などいない。料金は3人で600ルピー(600円)と、まあそんなもんでしょう。部屋の中はダブルベッドとシングルベッドが各1つ。意外に広い。机もあればトイレもある。なんと水洗トイレだ。(紐引っ張るだけ)「達ちゃん、お湯が出るよ!」とヨメが狂喜して早速髪を洗った。彼女はこの旅のために髪を肩までの長さに切ったのだった。僕と息子は2階のテラスに出た。遠くに段々畑が広がっている。 風が強い。小屋全体が揺れている。ただ蝋を垂らしてロウソクを窓辺に立てるだけでは風情がない。ヒマラヤ桜の咲く周囲を散策して平たい石を拾った。雲母が露出した地層からそれらを数個、それから落ちた花を1つ。立派なキャンドル・スタンドを準備した。ヒマラヤの丘に陽が落ちて、あたりは紫色になった。部屋の中のロウソクの火が揺れている。見事なヒッピー・スタイルの夜ではないか。頭の中で描いていた究極の宿はナガルコットの丘にあった。
2014年05月01日
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