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高柳聡子「ロシア 女たちの反体制運動」(集英社新書) 市民図書館の新着の棚で見つけました。高柳聡子「ロシア 女たちの反体制運動」(集英社新書)です。 10代の終わりにロシア革命に興味を持ったのが始まりですが、E・H・カーとか、アイザック・ドイッチャーを夢中になって読んだのですが、並んでいた本書の書名を見ながらロシアの女性の名は「エカテリーナ」と「クルプスカヤ」、「テレシコワ」、そして「スヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチ」しか浮かばないことに、ちょっと驚きました。 まあ、他の国を考えても女性の名前って浮かびませんから、要するにそういうことにすぎないのですが、興味を惹かれて借り出してきて読みました。 ロシア革命が1917年ですから、ロシア帝国末期、ソビエト連邦、そして、現代のロシア連邦とたどると本書が対象にしている「ロシア」の「女たち」についての記述は、ゆうに100年を越えます。その間、男性優位に何の疑問もなかった帝政時代はもちろんですが、「男女平等」をお題目にした革命政権、そして、戦争を始めたプーチンの現代にいたるロシア社会で「反体制」を闘い続けてきた女性総覧です。 30人をこえる女性と、その時代その時代の反体制活動と、その弾圧の歴史が紹介され、論じられています。 プーチンの、ボクから見れば、異様な圧政の実態の報告が第五章「プーチン政権と戦う女性たち」の内容ですが、その最後、こんな印象的な引用と発言で締めくくられます。 戦争の足音が聞こえたのか、ウクライナへの軍事侵攻直前の二〇二二年二月十八日、ウクライナの詩人リュドミーラ・ヘルソンスカヤ(一九六四―)がFacebookに叫びのような詩を投稿した。「何も起きていないふりをするな」と題されたその詩は戦争が近づいてきている 黙るな 叫べ悪党ども 叫べ 畜生ども 叫べ 死刑執行人ども何も起きていないふりをするな皆を不安にさせることを恐れるな揺さぶれ 起こせ―戦時に起こすことは罪ではない国じゅうに向かって叫べ 他の国々に向かって叫べ窓を広めに開けろ 戦争を飲みこむな 黙るな と極めて強い口調で呼びかけた。「黙ってはいけない 戦争について黙っていてはいけない」というヘルソンスカヤの声は。ロシアの反体制運動の面々にも届いている。だから彼、彼女たちは決して黙らないのである。(P223) ボクに響いてきたのは、著作の最後にこの詩を引用していらっしゃる高柳さんの気合でした。この気合、ボクは好きです。 著者の高柳聡子さんは現代ロシア文学、フェミニズム史を研究していらっしゃる方のようですが、プーチンが始めた戦争に対する危機感から、本書を執筆されたようです。興味深く読みました。引き続き、彼女の翻訳、著作を追いかけようと思います。 ちょっと追記ですが、ボクが思い浮かべた名前ですが、エカテリーナはロマノフ朝の女帝、クルプスカヤはレーニンの配偶者、テレシコワは「ヤ―チャイカ」の宇宙飛行士、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチはノーベル文学賞の女性で、この本に登場するのはクルプスカヤさんとスヴェトラーナさんのお二人でした。2026-no007-1222 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.31
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ネリー・カプラン「パパ・プティ・バトー」元町映画館 元町映画館の「ネリーに気をつけろ!」という特集チラシを見て、「ネリー・カプランってだれ?」 まあ、そういう興味で見て、びっくり仰天でした。見たのは「パパ・プティ・バトー」です。 1933年にアルゼンチンで生まれて、ブエノスアイレス大学を出てフランスに渡り、なんと1954年(僕が生まれた年)にアベル・ガンスという、サイレント時代から名の知られた監督と出会って映画の世界に入ったんだそうです。 で、1969年に「海賊のフィアンセ」という作品で長編デビューしてピカソ!とかに評価され、その後、映画とか、小説とかで活躍されて、2020年の11月にコロナでお亡くなりになったらしいのですが、ボクはまったく知りませんでした。 で、見たのは「パパ・プティ・バトー」です。上の写真のお嬢ちゃんが被害者?いや、加害者?のクッキーちゃんです。ぶっ飛んでましたよ(笑)。 展開というか、筋の運びは少々古めかしいのですが、ナルホド!でしたね。「この人は、続けてみるしかないな!」 まあ、そう思わせる、いかにも、「映画!」でした。 1970年代の後半ころ、ほぼ、10年間、映画狂いの20代を送ったつもりだったのですが、この監督のことを全く知らなかったのが不思議ですね。 だいたい、出だしから意味不明なんですよね。オープン・カーの座席でヌード・ショーを繰り広げて警察に捕まる、やたら可愛らしいお嬢さんって、何なんですかね。その頃、パリには、そんな女性がいたんですかね?まあ、いるはずありませんよね。 で、そのお嬢さんを誘拐しようというのですから、ホントは覚悟がいったはずなんですけど、誘拐犯のマルクさんご一統、甘かったですね(笑)。あまりの結末に、笑うのが可哀そうな気さえする悪党たちでしたが、笑えました(笑)。 いや、ホント、ぶっ飛んでましたよ。拍手!するしかないですね。 クッキーちゃんのシーラ・ホワイトさん始め、可哀そうな目にあう皆さんに拍手!。もちろん、監督のネリー・カプランさんにも拍手!でした。 題名の「パパ・プティ・バトー」は、「ママ・プティ・バトー(ママ、小さなお船は)」という童謡があって、それのモジリらしいのですが、赤ちゃんのおもちゃのお話のようですね。「お嬢ちゃん、そのピストルね、ホンモノなんだからね!」 まあ、そういう感じで、なんとなく、ナルホドですね(笑)。監督・製作・脚本 ネリー・カプラン製作 クロード・マコフスキー脚本 クロード・マコフスキー ルネ・ギョネ原作 ジャン・ラボルド撮影 リカルド・アロノビッチ音楽 アンドレ・ポップキャストシーラ・ホワイト(ヴィーナス・デ・パルマ/クッキー)ミシェル・ブーケ(マルク 誘拐犯のボス)ジュディット・マーレ(マリレーヌ 誘拐犯 女占い師)ミシェル・ロンズデール(ポリット 誘拐犯)ピエール・モンディ(ジャノ 誘拐犯)シドニー・チャップリン(デ・パルマ氏 パパ)1971年・102分・G・フランス原題「Papa les petits bateaux...」2026・01・24・no018・元町映画館no339追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.30
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ダー・ポン「長安のライチ」キノシネマ神戸国際 今日は金曜日でリハビリの日です。朝から病院に出かけて帰って来て「やっぱり、昼からキノシネマに行くね。」「なに見るの。」「ライチって知ってる?」「楊貴妃が好きやった果物やん。」「楊貴妃?」「そうよ、皮硬いけど、中、ジューシーやねんか。」「ボク、食べたことある?」「あると思うけど。それがどうしたん?」「ほら、ピーチ姫の英語の先生やったMさんな、彼が見て、思いのほか面白かったっていうから、長安のライチいうのに行くわ。」。 というわけで、ダー・ポンというが監督で主演という中国映画「長安のライチ」です。 なんと、ホントに、楊貴妃に献上するライチをめぐって、その時代に、えらい苦労する算用士とかの李善徳(ダー・ポン)さんのお話でした。ボクも面白かったです(笑)。 楊貴妃の時代ですから玄宗皇帝の唐です。楊貴妃が有名ですが、玄宗皇帝には30人を超える側室がいらっしゃって、楊貴妃はその中のお一人です。もちろん、正室は別にいらっしゃいます。白楽天が「長恨歌」という詩でお二人の「比翼・連理」のご関係を描いた、あの時代の出来事です。「新鮮なライチが食べたいわ。」 まあ、実際にそうおっしゃたかどうかはともかく、そういう楊貴妃のわがままの御機嫌をとるために、当時の嶺南地方ですから、今の香港からベトナム国境あたりの特産品であったライチを、黄河の源流あたり、今の陝西省西安市である長安まで鮮度を保ったまま運搬するという、考えてみれば、唯々可哀そうなだけの任務!に、なぜ、そろばんが得意で帳簿を付けが専門のはずの下級官吏、李善徳(ダー・ポン)さんが、勅命ということらしいですから、命がけで携わらなければならいないのか、まあ、そのあたりから悲劇的なニュアンス一杯ですが、実はドタバタ、アクション、風光明媚、コメディなのですね。 楊貴妃さんが出ていらっしゃるかと期待して見ていたのですが、「手」だけで、美しいのは李善徳さんの奥さんで、可愛らしいのはお嬢さんでした。それから、バイクーさん演じる、いかにも、今ふうな、だから資本主義な国際感覚の商人、蘇諒とか、テレンス・ラウさん演じる、奴隷の林邑奴、ジュアン・ダーフェイのライチ農家の女主人阿僮とか、痛快なキャラクター連!で盛り上げてました。あの杜甫が主人公の親友の下級役人として顔を出すところもフムフムでした。拍手!でしたね。 安禄山の乱で瓦解する玄宗の時代をラストに持ってきて、政治家たちの民衆軽視を批判する李善徳さんを描いて終わっているところに、及び腰というか、遠回しではあるのですが、外目には皇帝化している中央政府にたする、」いかにも現代的な批判が感じられるところも興味深かったですね。拍手!監督・出演 ダー・ポン原作 マー・ボーヨンキャストダー・ポン(李善徳)バイクー(蘇諒)ジュアン・ダーフェイ(阿僮)テレンス・ラウ(林邑奴)アンディ・ラウ(楊国忠)ヤン・ミー(鄭玉婷)チャン・ユエン2025年・122分・G・中国原題「長安的荔枝」・英題「The Lychee Road」2026・01・23・no017・キノシネマ神戸国際no56※参考のために杜甫ではなくて白楽天・白居易が玄宗と楊貴妃の姿を描いた『長恨歌』という詩を貼っておきますね。 長恨歌 白楽天・白居易漢皇重色思傾国 漢皇、色を重んじて傾国を思ふ御宇多年求不得 御宇多年求むれども得ず 楊家有女初長成 楊家に女有り、初めて長成し養在深閨人未識 養はれて深閨に在り、人未だ識しらず 天生麗質難自棄 天生の麗質自ら棄て難く一朝選在君王側 一朝選ばれて君王の側らに在り迴眸一笑百媚生 眸を迴らして一笑すれば百媚生じ六宮粉黛無顔色 六宮の粉黛顔色無し春寒賜浴華清池 春寒うして浴を賜ふ華清の池温泉水滑洗凝脂 温泉水滑らかにして凝脂を洗ふ侍児扶起嬌無力 侍児扶け起こせば嬌として力無し始是新承恩沢時 始めて是れ新たに恩沢を承くる時 雲鬢花顔金歩揺 雲鬢花顔金歩揺芙蓉帳暖度春宵 芙蓉の帳暖かにして春宵を度る 春宵苦短日高起 春宵苦(はなはだ)短く、日高うして起く従此君王不早朝 此れ従(よ)り君王早朝せず承歓侍宴無閑暇 歓を承け宴に侍して閑暇無く 春従春遊夜専夜 春は春遊に従い、夜は夜を専らにす後宮佳麗三千人 後宮の佳麗三千人 三千寵愛在一身 三千の寵愛一身に在り 金屋粧成嬌侍夜 金屋粧おい成って嬌として夜に侍し 玉楼宴罷酔和春 玉楼宴罷んで酔て春に和す 姉妹弟兄皆列土 姉妹弟兄皆土を列ね 可憐光彩生門戸 憐む可し、光彩門戸に生ずるを 遂令天下父母心 遂に天下の父母の心をして 不重生男重生女 男を男を生むを重んぜず女を生むを重んぜしむ 驪宮高処入青雲 驪宮高き青雲に入り 仙楽風飄処処聞 仙楽風に飄えりて処々に聞こゆ 緩歌慢舞凝糸竹 緩歌慢舞糸竹を凝こらし尽日君王看不足 尽日君王看れども足らず 漁陽鞞鼓動地来 漁陽の鞞鼓、地を動かして来たり 驚破霓裳羽衣曲 驚破す、霓裳羽衣の曲 九重城闕煙塵生 九重の城闕、煙塵生じ 千乗万騎西南行 千乗万騎、西南に行く 翠華揺揺行復止 翠華、揺々として行きて復た止まり西出都門百余里 西のかた都門を出ずること百余里 六軍不発無奈何 六軍発せず、奈何ともする無く 宛転蛾眉馬前死 宛転たる蛾眉、馬前に死す 花鈿委地無人収 花鈿(かでん)地に委して人の収むる無し翠翹金雀玉搔頭 翠翹、金雀、玉搔頭(ぎょくそうとう)君王掩面救不得 君王面を掩ひて救ひ得ず 迴看血涙相和流 迴り看て血涙相和して流る黄埃散漫風蕭索 黄埃、散漫、風は蕭索雲桟縈紆登剣閣 雲桟縈紆(うんさんえいう)剣閣に登る峨眉山下少人行 峨眉山下、人の行くこと少(まれ)に旌旗無光日色薄 旌旗、光無く日色薄し蜀江水碧蜀山青 蜀江の水は碧にして蜀山は青く聖主朝朝暮暮情 聖主、朝々暮々の情 行宮見月傷心色 行宮(あんぐう)に月を見れば傷心の色夜雨聞鈴腸断声 夜雨に鈴を聞けば腸断の声 天旋日転迴竜馭 天旋り日転じて竜馭を迴らし 到此躊躇不能去 此に到りて躊躇して去る能はず 馬嵬坡下泥土中 馬嵬(ばかい)坡下、泥土の中うち不見玉顔空死処 玉顔を見ず空しく死せる処君臣相顧尽霑衣 君臣、相顧て尽く衣を霑(うる)ほす 東望都門信馬帰 東のかた都門を望み馬に信(まか)せて帰る帰来池苑皆依旧 帰り来たれば池苑、皆、旧に依る 太液芙蓉未央柳 太液の芙蓉、未央(びおう)の柳芙蓉如面柳如眉 芙蓉は面の如く、柳は眉の如し対此如何不涙垂 此に対して如何ぞ涙の垂れざらん春風桃李花開夜 春風、桃李花開く夜 秋雨梧桐葉落時 秋雨梧桐葉落つる時 西宮南苑多秋草 西宮南苑、秋草多く宮葉満階紅不掃 宮葉階に満ちて、紅掃はず 梨園弟子白髪新 梨園の弟子白髪新たに椒房阿監青娥老 椒房(しょうぼう)の阿監、青娥老いたり夕殿蛍飛思悄然 夕殿、蛍飛んで思ひ悄然孤灯挑尽未成眠 孤灯挑(かか)げ尽くすも未だ眠りを成さず遅遅鐘鼓初長夜 遅々たる鐘鼓初めて長き夜 耿耿星河欲曙天 耿々たる星河、曙(あ)けんと欲するの天 鴛鴦瓦冷霜華重 鴛鴦の瓦冷ややかにして霜華重く 翡翠衾寒誰与共 翡翠の衾(ふすま)寒くして誰と共にせん悠悠生死別経年 悠々たる生死別れて年を経たり魂魄不曾来入夢 魂魄、曽(かつ)て来たりて夢にも入らず 臨邛道士鴻都客 臨邛(りんきょう)の道士、鴻都(こうと)の客能以精誠致魂魄 能く精誠を以て魂魄を致す為感君王展転思 君王展転の思ひに感ずるが為に遂教方士殷勤覓 遂に方士をして殷勤に覓(もと)めしむ 排空馭気奔如電 空を排し気を馭して奔ること電の如く昇天入地求之遍 天に昇り地に入りて之を求むること遍(あまね)し上窮碧落下黄泉 上は碧落を窮め、下は黄泉両処茫茫皆不見 両処茫々として皆見へず忽聞海上有仙山 忽ち聞く海上に仙山有りと山在虚無縹緲間 山は虚無縹緲の間に在り 楼閣玲瓏五雲起 楼閣玲瓏として五雲起こり 其中綽約多仙子 其の中うち綽約として仙子多し 中有一人字太真 中に一人有り、字は太真雪膚花貌参差是 雪膚花貌、参差(しんし)として是れなり金闕西廂叩玉扃 金闕の西廂に玉扃(ぎょくけい)を叩き転教小玉報双成 転じて小玉をして双成に報ぜ教しむ聞道漢家天子使 聞く道(なら)く漢家天子の使ひなりと九華帳裏夢魂驚 九華の帳裏、夢魂驚く攬衣推枕起徘徊 衣を攬り枕を推して起ちて徘徊す 珠箔銀屏邐迤開 珠箔、銀屏、邐迤(りい)として開く雲鬢半偏新睡覚 雲鬢半ば偏りて新たに睡りより覚め 花冠不整下堂来 花冠整へず堂を下り来たる 風吹仙袂飄颻挙 風は仙袂(せんべい)を吹ひて飄颻として挙がり猶似霓裳羽衣舞 猶ほ霓裳羽衣の舞に似たり 玉容寂寞涙闌干 玉容、寂寞として涙、闌干梨花一枝春帯雨 梨花一枝、春雨を帯ぶ 含情凝睇謝君王 情を含み睇(ひとみ)を凝らして君王に謝す 一別音容両渺茫 一別、音容両(ふたつ)ながら渺茫たり 昭陽殿裏恩愛絶 昭陽殿裏、恩愛絶え 蓬萊宮中日月長 蓬萊宮中、日月長し 迴頭下望人寰処 頭を迴らして下、人寰(じんかん)の処を望めば不見長安見塵霧 長安を見ずして塵霧を見る 唯将旧物表深情 唯だ旧物を将って深情を表さんと 鈿合金釵寄将去 鈿合金釵(でんごうきんさい)寄せ将ち去らしむ釵留一股合一扇 釵(さい)は一股を留どめ合は一扇釵擘黄金合分鈿 釵は黄金を擘(さ)き合は鈿を分かつ但令心似金鈿堅 但だ心をして金鈿の堅きに似せ令めば 天上人間会相見 天上人間、会(かならず)相見まみえんと 臨別殷勤重寄詞 別れに臨んで殷勤に重ねて詞を寄す詞中有誓両心知 詞中に誓ひ有り両心のみ知る七月七日長生殿 七月七日長生殿夜半無人私語時 夜半人無く私語の時 在天願作比翼鳥 天に在りては、願はくは比翼の鳥と作なり 在地願為連理枝 地に在りては、願はくは連理の枝と為ならんと 天長地久有時尽 天は長く地は久しきも、時有りて尽くとも此恨綿綿無絶期 此の恨み綿々として絶ゆるの期、無からん追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.29
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ロン・ワイズナー他「チャック・ベリー Brown-Eyed Handsome Man」シネリーブル神戸 特にロック・ミュージックに入れ込んだとか、ストーンズとか、ビートルズは絶対とかいう体験はありませんが、「チャック・ベリー?一度は見とこうか。」というくらいの興味はあります。 で、「Chuck Berry Brown-Eyed Handsome Man」を見ました。生誕100年を記念して作られた作品のようです。55分のドキュメンタリィーですが、要するにミュージックビデオ劇場版ですね(笑)。 でも、よかったですよ。「ああ、これがあの時代の音楽やんな!」 まあ、そういう感慨ですが、ボクは彼の時代の次の次くらいの世代ですね。クラプトンとか、ジミヘンとか、ストーンズとか出てきましたけど、彼らが口をそろえて、すでに伝説となっているチャック・ベリーを讃えているわけで、そういっている彼らが、超一流になったあたりからやっと、そういう音楽と出会ったボクには、言ってしまえば、出てきた人たち全部が伝説!ですからね。だって、ジミー・ヘンドリックスなんてもういなかったんですから。 ミック・ジャガーに狂喜している女の子のシーンとか、多分、野球場だと思いますが、会場を埋め尽くした観客が「ジョニー・B・グッド」を大合唱しているシーンとか、まあ、サイコー!でしたね(笑)。 他にも、懐かしい顔がたくさん出てきましたが、やっぱりリンダ・ロンシュタットが出てきた時はうれしかったですね。いや、ほんと、声も顔も(笑)懐かしかったですね(笑)。 55分という短さがちょっと…だったんですけど、120分にしようとすると間延びしちゃうんでしょうね。音源にしろ、映像フィルムにしろ、50年以上昔の人なんですからね。 何はともあれ、あの時代を思い出させてくれた音と映像に拍手!でした。監督・製作 ロン・ワイズナー チャック・サイモン リチャード・フース製作・編集 キース・ロビンソンナレーション ダニー・グローバーキャストチャック・ベリーキース・リチャーズロバート・クレイエリック・クラプトンキース・リチャーズジミ・ヘンドリックスリンダ・ロンシュタットビリー・キングズレーブルース・スプリングスティーントム・ペティポール・マッカートニー2020年・55分・アメリカ原題「Chuck Berry Brown-Eyed Handsome Man」2026・01・27・no019・シネリーブル神戸no354追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.28
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佐々木幹郎「旅に溺れる」(岩波書店) ここの所、読み継いでいる佐々木幹郎のエッセイ集「旅に溺れる」(岩波書店)です。2010年に岩波書店から出た本です。佐々木さんは「アジア海道紀行」(みすず書房)で読売文学賞をおとりになっていらっしゃいますが、紀行エッセイでした。 で、今日ご案内する「旅に溺れる」も、題名通り旅の話がメインです。下に目次を貼りましたので、ご覧になってください。Ⅰ章の列島の旅は各地の祭りに始まって、Ⅱ章はネパール、チベット、中国への旅。Ⅲ章で「家族」について語られている、いわば、こころの旅です。双子の弟さんの話、高等学校で美術の教員だったお父様の話。 こんな話です。 オトンとオヤジと 父親に対して「オトン」と呼ぶ、そんな言い方がいつ頃からか、日本中に流行するようになった。辞書によれば、「オトン」は福岡や豊後の方言であるという。わたしは大阪で少年時代を過ごした。周囲に「オトン」と呼ぶ子どもはいなかった。「オトン」は英語の「Dad」のニュアンスに似ていて、親しみを込めて言う場合、可愛らしく響く。家長としての威厳がなく、家にいても邪魔にならない、好ましい存在としての父親というイメージがある。「オトン」という呼び方は、呼ぶほうも呼ばれるほうも、年齢に関係がないようだ。六十歳の息子が九十歳の父親を「オトン」と呼んでもいいだろう。 しかし「お父ちゃん」には、年齢制限がある。中年の息子が父親をそう呼んでいるのを聞いたら、幼児性が抜け切れていないようで、情けない。 幼少期に「お父ちゃん」と呼び、中学一年生の夏休みを期して、「オヤジ」と呼ぶようになってしまったわたしは、今年九十歳になる父親をいまも「オヤジ」と呼ぶ。中学一年生の夏休み。林間学校に参加したとき、同級生たちが背伸びするように、父親のことを「オヤジ」といっていたのに感化されたのだ。「お父ちゃん」と呼ぶのが恥ずかしくなった。林間学校が終わったとき、これからは家でも「オヤジ」と呼ぼうと心に決めた。玄関に着いたとたん、迎えに出た母親に「オヤジはいる?」と聞いた。父親に何の用事もなかったのにそう言ったのだ。母親は目を丸くして、何も言わずに「いるわよ」と答えた。これで、以後、私の父親は「オヤジ」と呼ばれることになった。たぶん、母親も父親も息子のこの突然の変貌を秘かに笑っていたに違いない。ところが、母親については「お母ちゃん」のままだったのだから、なんともはや、おかしな変貌と成長であった。 ある時、家族全員で墓参りをした。その日は暑かった。わたしの父は墓地に着くなり、暑いなあ、と言いながら背広を脱いで畳み、祖父の墓石の上に置いた。これからお祈りをする対象なのに、そんなところに置いたらダメじゃないか、と言うと、「いいんだ。俺には何もしてくれなかったオヤジだから、背広うらい持ってくれたらええ」と彼は言った。ふーん、そういう考え方があるのか。 祖父はわたしの父親が生まれて六ケ月後に亡くなっていた。父は、父親というのがどんな存在なのか、よくわからずに育ったらしい。だから大人になってからのわたしに、「おまえに父親としてどうふるまったらいいのか、ようわからんかったな」と言ったことがある。そんなことなかったのに。オヤジではなく、もっと親しみを込めて「オトン」。オトンはオトンらしかったよ。(P173~174) 「日本一短い父への手紙・父からの手紙」(サンマーク出版)という本に載せられた「手紙」のようですが、いいでしょ。 ボク自身、もう、「オトン」とか、「オヤジ」と呼ぶ存在はこの世にいません。ゆかいな仲間たちは、両方を使い分けていますが、最近では「ジージ」という呼び名も混じり始めて複雑な気分です。 ただ、この引用で読んでほしいのは、文章のうまさもさることながら、響いてくる、素直なトーンですね。 それが、ここの所、気に入って読み続けている佐々木幹郎の響きなんです。少しづつ読んでいるのですが、やめられませんね(笑)。 下に目次を貼っておきます。 目次Ⅰ祝う詞について雪の夜に、うち噺して—山形県鶴岡市「黒川能・王祇祭」ある日、一日、狐になって—新潟県阿賀町「狐の嫁入り行列」飛沫論女性がしきる赤岡、絵金の町—高知県赤岡町「絵金祭りと絵金歌舞伎」伝統と創作と情熱と活力と—沖縄県「琉球國祭り太鼓」旅に溺れる町の人みんなが芸術家—富山県福岡町「つくりもん祭」雪球を当てる楽しみ、当てられる悔しさ—北海道壮瞥町「昭和新山国際雪合戦」ツリーハウスという迷路葛城の神々の幻―「葛城のみち」を歩く黄から緑までの変化―わつぃと薩摩焼Ⅱ東シナ海カステラ異聞破れかぶれと憂愁と―竹久夢二「青山河」観音菩薩偏愛大嵐の日、カトマンズで―山本真弓「牡牛と信号―物語としてのネパール」について生者と死者をめぐる対話―墓を作る文化と無墓文化と地の果ての都ローマンタンの手触り死が降りてくるとき―チベットの「死者の書」をめぐって風の国、砂の国、川の国わたしの好きな世界の美術館上海と悟空震災という文化―いかにやわらかく、壊れるか不滅あるいは囲むということ―モンゴルの草原で詩の国への旅Ⅲうどんの作り方から学ぶ文章の「引き算」17㏄の血この世の夢お寺にもっとも近い人々オトンとオヤジと夕まけて耳にどよめく一本の桜の木―あとがきにかえて2025-no142-1215 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.27
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コージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2(第11巻)(第12巻)」(集英社) いよいよ、2026年の元旦から始めたコージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2」(集英社)の案内、11巻、12巻、最終回です。 谷口君の率いる都立墨谷高校、準決勝進出で、相手は選抜出場校の谷原高校です。なんと、またしても初回に3点先制です。でもね、先発の松川君が5回につかまって1点返されます。イガラシ君にリレーです。8回まで頑張りますがつかまります。1点取られて、谷口君にリレーですが、しかし、谷原打線は止められません。5対3と逆転されます。墨谷の選手たち、みんな、肩で息しています。谷口君も例外ではありません。暗雲立ち込める中、井口君にリレーです。1点追加されて6対3です。ここで、ふたたび松川君。7対3になってイガラシくんです。「あきらめたくないんだ!最後までできることは何でもする!」サードで守る谷口君のこころの叫びです。 イガラシ君も打たれて8対3です。で、もう一度、谷口君です。 で、12巻です。9対3で墨谷最後の攻撃です。で、どうなったか。試合は延長18回、谷原のサヨナラ勝ちです。延長18回ですよ。「あきらめない墨谷」そこで力尽きます。 で、話は引退後の谷口君の進路ですね。彼は都立高校の3年生です。さて、どうするのでしょうね。 実は、コージィ城倉さん、次の「キャプテン2」(集英社)の伏線を振って「プレイボール2」は完結です。谷口君の進路がどうなるのか、それは「キャプテン2」(集英社)第1巻でわかります。というわけで、マンガ便は「キャプテン2」へつづきます。また覗いてくださいね。2026-no010-1225 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.26
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エリザベス・レナード「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」 109シネマズ・ハット 昨年ですが、2025年の暮れ、坂本龍一70歳のポートレイト、大森健生「Ryuichi Sakamoto Diaries」を見ました。 で、40年前のこの映画です。監督はエリザベス・レナードというフランスの方らしくて、テレビ番組用に作られた作品のようですが、題名は「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」です。1984年、坂本龍一32歳のポートレイトでした。 坂本龍一というミュージシャンはボクより少しだけ年上で、同時代の人ですが、敬して遠ざけていたというべき人で、時々耳にする音楽は、ずっと印象に残っていたのですが、この映画を見て、まあ、ボクなりの素人理解ですが彼の音楽の良さの理由がわかった!気がしました。チョー納得!(笑)のドキュメンタリィーでした。 YMOのコンサート・シーンを初めて見ました。今さら、こんなことを言うのもなんですが、カッコいいですね(笑)。食わず嫌いを通していた自分が、ちょっと残念でした。 矢野顕子さんとの連弾も聞かせます。お家で弾いていらっしゃるシーンなので、お二人ともスッピンです(笑)。ボクは、坂本龍一と一緒にピアノに向かっている女性が矢野顕子さんだと気付かないまま見入っていて、「えっ?この人、矢野顕子やん!」と気付いた、瞬間、なんだか、ドキドキしました。 1時間という短いフィルムなのですが、見ごたえありました。 上の写真のラストシーンでヘッドフォンを付けてピアノに向かっている坂本龍一が少年に見えて、涙がこぼれました。 坂本龍一にも、矢野顕子にも、YMOのお二人にも拍手なのですが、このフィルムを取って残してくれたエリザベス・レナードという監督に拍手!でした。 坂本龍一の音楽に「Tokyo melody」という答えを付けてくれたセンスに唸りました。文句なし!絶品ドキュメンタリィ―でした。拍手! まあ、最後に、どうでもいいようなことですが、影響を受けた音楽家とかについて聞いているインタビューに答えながら「ああ、それから、ヨシモトリュウメイ」と彼が答えるのを聞いて、「えー?ほんと?そうなの。」 彼は、ヤッパリというか、文字通りというか、同じ時代を生きた人だったんですね。気分はウヒウヒでした(笑)。 監督 エリザベス・レナード製作 ミュリエル・ローズ撮影 ジャック・パメール録音 ジャン・クロード・ブリッソン編集 鈴木マキコ音楽 坂本龍一キャスト坂本龍一矢野顕子細野晴臣高橋幸宏1985年・62分・G・フランス・日本合作原題「Tokyo melody un film sur Ryuichi Sakamoto」2026・01・22・no016・109シネマズ・ハットno74追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.25
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ユリア・フォン・ハインツ「旅の終わりのたからもの」キノシネマ神戸国際 予告編を見ていて、見るからにデカい娘と駄目なオヤジのはなしらしいので「これはいけるんじゃないか!」と見当をつけて見ました。「いけました!」(笑) デカい娘がレナ・ダナムさん演じるルーシーさん。オヤジはパンプキンちゃんとか呼んでますが、36歳でジャーナリストです。スティーブン・フライさん演じるオヤジ、エデクさんはアウシュビッツの生存者で、映画の時が1990年過ぎということですから、70歳前後です。ポーランドからアメリカに移住して、一緒に移住したらしい妻、だから、ルーシーのお母さんを最近、亡くした老人です。 彼の50年前の記憶からすると、ポーランドみたいな信用のおけないところに若い娘一人旅行させるわけにはいかないと、いい年の娘の保護者の気分で同行してきたのですが、チグハグで頓珍漢な行動と発言ぶりで、バツイチではあるのですが、まあ、常識的な社会人である娘の顰蹙を買いまくり、とどのつまりは同行を拒否されるという、ちょっと、コメディー仕立てのロード・ムービーでした。 いや、ホント、実をいえば、我が家の父・ムスメ関係を、30代の半ばを過ぎた娘と70過ぎたオヤジという年齢構成もピタリなのですが、娘の性格といい、話し方といい、ついでに言えば、体型までが他人ごととは思えない父・ムスメぶりで、筋立てとは関係ないのですが、オロオロ、ドキドキ、フムフム、ニヤニヤしながら見ました(笑)。 で、映画のストーリーにもどりますが、何がいけたのか?一言でいえば「父」と「娘」の世界の捉え方のずれの描き方ですね。 30代の子供と70代の親のあいだには40年のギャップがありますよね。この映画の場合は、アウシュビッツという「歴史的事件」との距離が、見ている人間に対する、まあ、説得力の働きをしていて、それはそれでこの作品の価値だと思うのですが、ボクが実感したのは、両親の真実を知ろうと努力する娘と、あのワルシャワへ出かけていく娘を心配して同行しながらも、思わず、まあ、亡くなってはいるのですが、娘の母のことを忘れて別の女性に気を取られてしまう父親とが、それぞれ「別の世界」に生きていること、あるいは生きてきたことを、そこはかとなく描き出しているところが、この作品の「たからもの」だと思いました。 親子であったり家族であったりすることを支え合う労わりあいや、やさしさが大切なことは言うまでもありません。しかし、たとえ家族であっても、それぞれが、それぞれの世界を生きていることを認めることによって、それぞれのあいだが少し近づくことこそが大切なことなのではないでしょうか。そういう意味で、高齢化社会と呼ばれている社会なのですが、若い人と老人とのギャップにこそが、互いが歩み寄る大切な「あいだ」があることをしみじみと感じさせてくれる作品でした。 心の奥にある悲しみや苦しみを、何気なくユーモラスに描いたユリア・フォン・ハインツという監督に拍手!でした。 もちろん主役のお二人をはじめ、タクシー運転手のステファンさんを演じたズビグニエフ・ザマホフスキさんとか、行きずりの女性陣、オヤジさんの旧居に暮らすウリチ家の皆さん、通訳をしてくれた青年、皆さんに拍手!でした。 監督・製作・脚本 ユリア・フォン・ハインツ製作 レナ・ダナム ファビアン・ガスミア原作 リリー・ブレット脚本 ジョン・クエスター撮影 ダニエラ・クナップ美術 カタジーナ・ソバンスカ マルセル・スラビンスキ衣装 マウゴザータ・カルピウク編集 サンディ・ボンパール音楽 アントニー・コマサ=ラザルキービッツ メリー・コマサキャストレナ・ダナム(ルーシー 娘)スティーブン・フライ(エデク 父)ズビグニエフ・ザマホフスキ(ステファン タクシー運転手)イボナ・ビェルスカ(ゾフィア)マリア・マモナ(カロリーナ)ベナンティ・ノスル(アントニ・ウリチ)クララ・ビエラフカ(イレーナ・ウリチ)マグダレナ・ツェルフナ(ズザンナ・ウリチ)トマシュ・ブウォソク(タデウス)サンドラ・ドルジマルスカ(アナ)2024年・112分・G・ドイツ・フランス合作原題「Treasure」2026・01・21・no015・キノシネマ神戸国際no56追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.24
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深澤慎也「小屋番 八ヶ岳に生きる」シネリーブル神戸 まあ、ボクなんて八ヶ岳ってどこだっけ?という程度の知識しかないのですが、「やま」の風景って好きなんですよね。10代の終わりころから、新田次郎とかの小説で「山」に憧れたことはあったんですが、今では六甲山に自力で登る事すらできないわけですが、チラシもかっこいいい、映画なら歩かんでも大丈夫やんなとやって来たのが深澤慎也という監督の「小屋番 八ヶ岳に生きる」というドキュメンタリィーでした。 出て来る方は皆さんいい人ばかりで、映像も息をのむほど美しいのですが、映画としてはどうなんでしょうね。なんだか、テレビのニュース番組を見せられている印象でした。映画っぽく作ろうという努力は感じますが、何かが足りないのでしょうね。 ザンネンながら、それ以上いうことはありません(笑)。 ただ、もう、あの山に行くことはできないんだなあという感慨というか、あの夜明けの風景は自分の目で見ることはかなわない諦めというか、懐かしさというか、寂しさというかはひとしおで、妙にしみじみした帰り道でした。監督・撮影 深澤慎也ナレーション 東野幸治 一双⿇希キャスト 菊池哲男(写真家)2026年・85分・G・日本2026・01・20・no014深澤慎也・シネリーブル神戸no353追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.23
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コージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2(第9巻)(第10巻)」(集英社) 第8巻の案内の続きです。対大島工業戦、11対10の死闘を制したのは、ヘトヘトの谷口君の「まだ、あきらめない!」でした。今さらながらですが、ホント、読んでいて涙がこぼれそうになる谷口君です。 というわけで、コージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2」(集英社)第9巻は準々決勝進出です。 相手は、これまた、まあ、ここまで来ちゃえば当然ですが、強豪川北商業です。 初回、なんと谷口君の満塁ホームランが飛び出します。実はパワーに目覚めた谷口君、試合マタギですが、2打席連続のホームランです。 で、試合は楽勝かというと、そこはプレイボールの常ですね、大会中の激しい練習が裏目に出て、谷口君はじめ松川君、イガラシ君のピッチャー陣も疲労困憊です。相手は息の合った連係プレイの川北です。8回ついに追いつかれて4対4です。どうなるんでしょうね(笑)。 で、第10巻です。9回の攻防の行方やいかにです。 先頭バッターは投げて、守ってヘロヘロのイガラシ君です。チーム一の意地っ張り、勝つことしか考えていない野球小僧イガラシ君の意地のポテンヒットから試合が動きます。 都立墨谷、準決勝に駒を進めることはできるのでしょうか。 というわけで、お後は本書をお探しくださいね。2026-no009-1224 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.22
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「オッ!さんぽ 出ました!」 徘徊日記 2026年1月20日(火) 三宮ジュンク堂書店あたり 「幕末 旅役者 歩兵隊」(法蔵館)、2026年1月20日初版です。三宮のジュンク堂書店の歴史小説新刊の棚に並んでいるのをこっそり撮ってきました。著者は2024年6月9日に亡くなった野口武彦先生です。 遺著です。あの野口武彦の最後の本です。 原稿が出来上がり、内容は小説なのですが、本来、仏教系の書物の出版社である法蔵館が出版を引き受けてくださり、校正が終わったのが、2年前、2024年の春でした。先生は、校了と軌を一にするかのように体調を崩され、病院通いが始まり、時々車椅子を押すだけの付き添いでお出会いしていたボクにとっては、まあ、あっという間に帰らぬ人となられました。 著者が亡くなってしまった新刊の出版というのは、出版に尽力されたお弟子さんたちや、法蔵館の編集の方たちのご努力がなければとても難しいということを、この2年間、思い知りました。 でも、先生は本屋の棚にこの本が並ぶのを楽しみになさっていたに違いないと思うんですね。というわけで、発売日にジュンク堂を徘徊しました。棚に並んでいるのを見つけて、本当にうれしかったです。 幕末、歩兵隊、歌舞伎、先生の得意文句が表紙に踊っている製本です。まだ読んでいませんが、面白いに決まっています(笑)。皆さん、是非、お買い求めください。(笑) ちなみに2800円です。 にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで
2026.01.21
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スヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチ原作・熊谷雄太「チェルノブィリの祈り(3)」(白泉社) 2026年1月のマンガ便、第2弾でやってきたのはスヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチ原作・熊谷雄太「チェルノブィリの祈り」(白泉社)の第3巻と第4巻でした。 で、まずは第3巻のご案内です。 第3巻の最初のお話の題は「サマショール」です。 立ち入り禁止地域にはさまざまな理由から外の地になじめず孤立した故郷に戻る人々がいる。このような人々はサマショール(自主帰還者)と呼ばれ放射線の影響下にありながらも自給自足の暮らしを続けている。 体験を語る主人公はアンナ・ペトロ―ヴナ・バダーエワさんというおばさんです。こんなふうに語り始められます。遠くで暮らす息子さんからの電話です。息子さんの電話はお母さんの境遇の危機を告げています。かあさん、これって、死ぬっていうことらしいんだよ。 立ち尽くすしかない言葉です。 たしかに、ミミズがいなくなり、モグラが地中で死に始めます。でもね、神さまの教えを信じて、その土地で暮らしてきた彼女は、その土地でライ麦を育て続けるんです。 第13話を語るのはロケット燃料の技師だったアレクサンドル・クドリャギンです。彼は線量計がふり切れる原子炉の中で働き、表彰状を2枚もらい、2級障碍者として、その時から11年間、夢見ることを奪われて生き続けている男性です。 第14話、第15話を語るのはゾーヤ・ダニーロヴナ・ブルークという自然観察官として働いていた政府の職員だった女性です。権力の走狗のように働かされる彼女が体験するのは「知っている人」と「知らない人」の裂け目です。「現実では恐ろしいことは静かにさりげなく起きる」という呟きが彼女の結論です。 第16話、第17話を語るのはワシーリイ・ボリソヴィッチ・ネステレンコ、ベラルーシ科学アカデミー核エネルギー研究所の元所長です。チェルノブイリの責任はいつかとることになるでしょう・・・・彼らは責任をとるのです。犯罪者なのですから。 事実を明らかにしようとした彼を待っていたのは、彼らによる犯罪者としての告発の脅しによる口封じでした。「わが国にはいかなる大惨事もありえない」彼らの、この脅し文句と10年にわたる戦いの末、彼が発する言葉がこれです。わたしは歴史を信じている・・・ 歴史の裁きを・・・チェルノブイリは終わっていない はじまったばかりなのです・・・ チェルノブイリ事故は1986年です。東京電力の福島原発でも同じような惨事が発生したのが2011年です。ボクは、サマショールというロシア語の意味が自主帰還者だと知って、ハッとしました。 歴史は裁いているのでしょうか。目次第12話 サマショール第13話 自由のこと そして、ふつうの死を夢見ること第14話 現実では恐ろしいことは 静かにさりげなく起きる(前篇)第15話 現実では恐ろしいことは 静かにさりげなく起きる(後編)第16話 他者に対する一人の人間の法外な権力(前篇)第17話 他者に対する一人の人間の法外な権力(後編) 2026-no011-1226 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.21
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ジョニー・デップ「モディリアーニ!」キノシネマ神戸国際 寒いですね。出かけるの億劫です(笑)。ジョニー・デップの映画や! ということでガンバって見に行きました。でも、ジョニー・デップさんは監督をしてはるだけらしくて、画面には名前しか出てませんでした。というわけで、見たのはジョニー・デップ監督の作品「モディリアーニ!」です。 1916年の3日間ですから、今から110年前の画家モディリアーニの、まあ、チラシによればですが、「創造か死か」を描いたということですが、ピン!とはきませんでした(笑)。 おそらく、当時の画家たちの伝記的史実を背景にして描かれているに違いないのですが、ボクには、画面に登場する画家たちが、なんだかとても現代人にしか見えなくて、100年前のパリで格闘しているような実感は、ちょっと、湧いてきませんでしたね。 実は、モディリアーニって好きな画家というか、彫刻家なんですね。でも、この映画を見ていて、「なんで、この不思議な絵なの?」という、ボクの中にあるモディリアーニに対する、かなり大事な疑問に、ちっとも答えてくれなくて、ありがちな苦悩というか、デカダンスというかのクローズアップばかりが仰々しく描かれて、ちょっと納得できませんでしたね。 でもね、いいシーンというのはあるんです。先日、「殺人のプロット」という映画でしたが、ナカナカな役どころで出ていたアル・パチーノが、この映画でも美術品のコレクター、芸術の目利きですね、といういい役で出てましたね。主人公を演じるリッカルド・スカマルチョとのにらみ合いのシーンは見せ場というか、いいシーンで面白かったです。ただ、その後の展開は、ちょっと「共鳴」するところまで描き切れていない印象でしたね。 もう一度言いますけど、モディリアーニの絵とか彫刻とかって、好きなんですけど、どうしてでしょうね(笑)。監督・製作 ジョニー・デップ製作 バリー・ナビディ モニカ・バカルディ アンドレア・イェルボリーノ原作 デニス・マッキンタイア脚本 ジャージー・クロモロウスキ メアリー・オルソン=クロモロウスキ撮影 ダリウス・ウォルスキー ニコラ・ペコリーニ美術 デビッド・ウォーレン衣装 ペニー・ローズ編集 マーク・デイビース音楽 サッシャ・パットナムキャストリッカルド・スカマルチョ(アメデオ・モディリアーニ 画家)アントニア・デスプラ(ベアトリス・ヘイスティングス 恋人)ブリュノ・グエリ(モーリス・ユトリロ 画家)ライアン・マクパーランド(シャイム・スーティン 画家)スティーブン・グレアム(レオポルド・ズボロフスキー 画商)ルイーザ・ラニエリアル・パチーノ(モーリス・ガンナット コレクター)2024年・108分・PG12・イギリス・ハンガリー合作原題「Modi Three Days on the Wing of Madness」2026・01・19・no013・キノシネマ神戸国際no55追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.21
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エドワード・ラブレース「ぼくの名前はラワン」シネリーブル神戸 チラシの写真に惹かれて見ました。先日、耳の聞こえない父親を助ける少女のはなし「愛がきこえる」という作品を見たこともあって、今度は、聞こえない少年自身の物語らしいという興味もありました。 エドワード・ラブレースという、たぶんイギリスの監督の「ぼくの名前はラワン」です。 物語だとばかり思いこんで見たのですがドキュメンタリーでした。中東のイラクから難民としてイギリスに渡ってきたクルド人の一家の次男、ラワンくんがイギリスの王立の聾学校で「英語の手話」を会得していく過程と、「手話」という「ことば」を得ることで「こころ」を開いていく姿を描いた作品でした。 どこか、遠くの星に逃げていきたかったラワンくんという少年が「この地球で生きる!」という結論に達する、初めての友達や、彼を支え続ける先生との出会い、そして家族との出会い直しの姿は胸打つストリーでした。 ただ、見ていてわからないことが山盛りですね。まずはラワン君一家が難民としてイラクを出国する理由です。映画では聾者であるラワンくんに対する差別から逃れるための出国のよう描かれていますが、サダム・フセインの時代のクルド人迫害くらいしか知らないボクには、この映画がいつ頃のイラクのことなのかが、まずよくわかりません。 もう一つは、手話という話法は、それぞれの国によって違うということでした。だから、イラクからやって来た少年が英語の手話を理解する話者になるということが、そんなことも知らないのかと𠮟られそうですが、恥ずかしながら驚きでした。「愛がきこえる」のムームーちゃんとラワンくんは違う言葉を話しているということなのでしょうか? そして、何よりもわかっていないことは、聾啞者の現実ですね。ラワンくんが風船に頬を当てて、先生の叩くドラムの音を「聴く」シーンがあります。ボクには、そこで、なにが起こっているのかわかっていないのですね。だからこそなのでしょうね、そのシーンは、少なくともボクにとっては「ドキッとする」体験でした。 実は、この秋、小学2年生になっているゆかいな仲間のユナちゃん姫から「手話の本が買ってほしい。」と頼まれて送りました。その時、大人向けの入門書を一緒に購入したのですが、ページを開くことさえしていないのですね。この作品を見て、とりあえず、あの本を開いてみようと思わせてくれたのが、ボクにとっては、この作品を見た価値だったように思います。知らないこと、わかっていないこと、いくつになっても何とかしたいじゃありませんか(笑)。監督・脚本・製作 エドワード・ラブレース製作 フルール・ニエッドゥ サム・アーノルド ベヤン・タヘル ニール・アンドリュース マリサ・クリフォード撮影 ベン・フォーデスマン音楽 トム・ホッジキャストラワン・ハマダミン2022年・90分・G・イギリス原題または英題:Name Me Lawand2026・01・16・no012・シネリーブル神戸no352追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.20
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中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー2 109シネマズ・ハット 2026年、初の109シネマズは中島みゆき ライヴ・ヒストリー2でした。「銀の龍の背に乗って」で始まって「誕生」まで、全部で15曲でした。「永遠の嘘をついてくれ」をやるのかなと、ちょっと期待してたんですけどありませんでした。 途中「命の別名」のあと、「ふるさーとにむかうさいーしゅうーに・・・♪」と歌い出された「ホームにて」で泣きました。 1975年にヤマハのポプコンで「時代」を歌って登場した時から聴いています。ボクは、当時、20歳くらいでした。まあ、そういう世代なんです。 ライブ・ヒストリー1も、以前、見ました。要するに好きなんですね(笑)。 スクリーンに、ド・アップで登場なさっている中島さん、愛嬌たっぷりの演技力ですばらしいのですが、老けましたね(笑)。 お元気で、いつまでも歌い続けていただきたいものです。ファイト!歌姫!ですね。2022年・90分・G・日本2026・01・15・no011・109シネマズ・ハットno73追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.19
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コージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2(第7巻)(第8巻)」(集英社) 2026年の1月1日から案内し始めたコージィ城倉(原案 ちばあきお)の「プレイボール2」(集英社)ですが、ようやく7巻、8巻のご案内です。 第6巻でショショボ目の半田君の活躍で聖陵高校をサヨナラで下した都立墨谷高校、ベスト16です。 今回の第7巻では打撃戦を制してベスト16に進出した大島工業と、必死の守備力で、接戦を勝ち上がってきた都立墨谷高校の対戦です。 バスター打法で、金属バットの芯に充てることに目覚めた半田君の打撃が注目です。大会中にもかかわらず猛練習の半田君、バティングピッチャーをかって出て300球を越える投球でへとへとの先発谷口君、マウンドでのピッチングでも、監督としての選手起用でも試練が待っていました。表紙にあるのは。悩みに悩む谷口君の姿です。 10対3という大差でリードの展開の8回です。リードの立役者半田君にかえてライトに片瀬君、ピッチャーには1年生の左腕、井口君、監督谷口君の狙いはコールド勝ちです。で、結果は? へへへ、まあ、ここからは本書を探してください。 まあ、余談ですが、このマンガの面白さは「やっぱり、無理なんちゃう?」とか思いながら谷口君はじめ、都立墨谷高校のメンバーたちに「ひょっとしたら勝てるかもやなあ…」と、思いれしてしまうことなんですよね。主人公たちに思いれして、できそうもないことが「マンガの世界」で起こることがうれしいのはマンガの常識なんでしょうけど、下町の少年たちが心でつながって、ひたむきに努力する、「なんとかしてやりたい!」 一昔前の世界なのかもしれませんが、読まされちゃうんですよね。ちばあきおの世界を、もう一歩前に進めている、多分、あの頃少年だったコージィ城倉さん、ホントに、よく健闘してると思いますよ(笑)。2026-no008-1223 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.18
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コージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2(第5巻~第6巻)」(集英社) 今日のマンガ便は、ここの所ハマりまくりのコージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2」(集英社)の第5巻と第6巻です。 第4巻では、大接戦ながら、井口、松川、五十嵐、谷口という勇気ある継投策で完封勝ちした都立墨谷高校です。 実は、初戦とか言いながら1回戦・2回戦シード枠のくじを引いていたので、実は3回戦突破です。というわけで、第5巻では、4回戦です。 で、相手ですが、これまた強豪、聖陵高校です。モウちゃんという、けた外れの強打者がいて、その上、彼はパワフルな剛速球投手でもあります。対する墨谷はご覧の表紙の継投策です。東実戦とは順番が違います。1年生、負けん気の塊、五十嵐君、遂に、公式戦初先発ですね。 で、やっぱり大接戦です。第6巻では2対2の同点で迎えた9回裏、ツーアウト、ランナー2塁、サヨナラのチャンスです。バッターはショボショボ目の半田君というところが最大の見せ場でした。谷口君、ここで半田君に賭けます。 バントしかできないはずの半田君に、いったい何をさせるのか。相手のピッチャーは抑えの切り札として登場した剛速球のモーちゃんです。 というわけで、この後は本書をお読みくださいね(笑)。 ネタバラシをいうと、谷口君の、キャプテン、監督、エースで4番の夏の大会はまだ続きます。面白いですよ、案内しようと読み出すと、またまた最後まで読みなおしでした(笑)。2026-no005-1214 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.17
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ジャン=リュック・ゴダール「新ドイツ0年」元町映画館 先日、ロベルト・ロッセリーニの「ドイツ0年」を見ました。成り行き上、こっちも見ないわけにはいかないというわけで、見たのがジャン=リュック・ゴダール「新ドイツ0年」です。 はい、ゴダール映画でした。お手上げです(笑)。 久々ですね、ここまで何が何だかわからない映画に出会うのは。だから感想の言いようがありません。原題が「Allemagne année 90 neuf zéro」というフランス語で、訳すとneufという単語に「9」と「新」が掛けられていて「ドイツ 90 九・新 零年」となるそうです。で、日本版のビデオの題は「ゴダールの新ドイツ零年/レミー・コーション最後の冒険」となるそうで、チラシの写真のレミー・コーションという、東独で潜っていたナチの元スパイだった男の帰還の物語ということになるらしいのですが、映画を見ているボクには、この男の素性も行動の意味も分かりませんでした。 ただ一つだけわかったのは、この男が居るところも行くところも失ったらしいということだけでしたね。 それが、1990年のドイツ再統一の意味だということでしょうか。見直して、考える元気はとてもありませんから、負け惜しみはそれくらいにしますが、参りましたね(笑)。 負け惜しみついでに付け加えますが、主人公がナチのスパイということですね。1945年に、じゃないんです。1990年に、ですよ。それって、どういうことなんでしょう。ゴダールの「現実認識のキモ」が、どうも、そこにあるんじゃないかということですよね。なんとなくなんですけど、1990年に行き場を失ったナチのスパイ、 ゴダールは、なにを見せようとしていたんでしょうね。やっぱり、ちょっと意味深なんですよね。まあ、シランケド(笑)。監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール撮影 クリストフ・ポロック ステファン・ベンダ アンドレアス・エルバン美術 ロマン・グーピル ハンス・ジシュラーキャストエディ・コンスタンティーヌ(レミー・コーション 東独にいたスパイ)ハンス・ジシュラー(ツェルテン伯爵)クラウディア・ミヒェルゼン(シャルロッテ・ケストナー / ドラ)アンドレ・ラバルト(語り手)ロベルト・ヴィットマース (ドン・キホーテ)キム・カシュカシャン (音楽家)1991年・62分・フランス原題「Allemagne année 90 neuf zéro」2026・01・14・no010・元町映画館no338追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.17
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ロベルト・ロッセリーニ「ドイツ0年」元町映画館 元町映画館の新春企画、ロッセリーニ×ゴダール「2つのゼロ年」の1本目、ロベルト・ロッセリーニ監督の「ドイツ0年」を見ました。 ロッセリーニといえばイタリアン・リアリズムの巨匠ですが、その彼が1948年に、敗戦直後のベルリンを舞台に撮った作品です。正直、へこたれました!(笑) 廃墟のベルリンの街で、病気の父、ナチ党崩れの兄、進駐軍相手のキャバレー勤めの姉という家族の中に暮らしながら、学校にもいかず廃墟の街をさまよう少年エドモンくんの「真実の愛のかたち」の行く末を、酷薄なまでに、だから、情け容赦なく描いた、文字通りの悲劇でした。 こうい手法をリアリズムというのでしょうね。最近見たケン・ローチには、一抹の安心が漂っていましたが、この映画には、のんびり涙なんてとても流してはいられない現実凝視の厳しさしかありませんでした。 これが、1940年代の現実の描写なのかと恐れ入りましたが、ロッセリーニという監督の、社会の歪みに一歩も引かないリアリズム思想の厳しさを実感しました。大したものですね。 へこたれましたけど、やっぱり、拍手!でした。 この作品が描いている、インチキな大人たちに対する厳しさを見失って、儲かればいい、自分さえ豊かであればいいというのが現代の風潮ですが、結局、社会的弱者、老人、病人、そして、子供たちが苦しむ社会がやってくるのでしょうね。 ロッセリーニなんて、とっくの昔に亡くなってしまっているんですけど、映像としてロッセリーニが描いている出来事の本質は古びていません。 というよりも、今こそ、へこたれていないで見直すべき「本当の事」なのだと思います。本当の事を見失った社会に未来はありませんね。ボクはそう思います。まあ、へこたれましたけど(笑)。 元町映画館、今年もいい企画をやってくれますね(笑) 拍手!監督・製作・脚本 ロベルト・ロッセリーニ脚本 マックス・コルペット カルロ・リッツァーニ撮影 ロベール・ジュイヤール音楽 レンツォ・ロッセリーニキャストエドモンド・メシュケ(エドモンド 少年)エルンスト・ピットシャウ(父)インゲトラウト・ヒンツェフランツ・クリューガーエーリッヒ・ギューネアレクサンドラ・マニス1948年・74分・イタリア原題「Germania anno zero」2026・01・12・no008・元町映画館no338追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.16
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デビッド・リンチ「ザ・ストレイト・ストーリー」シネリーブル神戸 ボクの中では「エレファントマン」の人ですが、昨年亡くなったデビッド・リンチ監督の「ザ・ストレイト・ストーリー」を見ました。1999年に公開された名作だそうです。 傑作でした!(笑) チラシを見ていて、「まっすぐな物語」だと思い込んでいましたが、アルヴィン・ストレイトという73歳のオジーさんのお話でした。ストレイトさんを演じるリチャード・ファーンズワースさん始め、出て来る役者さんたちの風情が、そろいもそろってすばらしいですね。とどのつまりには「ラッキー」とか「パリ・テキサス」とかで出会って忘れられないハリー・スタントンさんが出ていらっしゃるのですから答えられません。いや、ホント、拍手喝采!の気分でした。 映画はアメリカ、アイオワ州のローレンスという町からウィスコンシン州のマウント・ザイオンという、五大湖の近くの町まで、寝床用の荷車を芝刈り機に引かせるという、きっと、歩く方が早いだろうという乗りもので旅するお話でした。500キロを超える道のりを時速8キロだかでの旅です。典型的な「ロード・ムービー!」です。 旅のお話の要諦は出来事、いや、人との出会いにあると思いますが、ストレイトさんが行く先々で出会う、1990年代のオネーちゃん、オニーちゃん、オッさん、オバさん、オジーさん、オバーさんが、皆さん、実にいいんですね。その上、彼の目の前に広がる広大なトウモロコシ畑、地平線、青空、湧き上がる雲と稲光、夜になれば焚火に手をかざしながら見上げる一面の星空、アメリカ!ですね。 自転車レースの若者たちがキャンプで火にあたりながら尋ねます。「年を取って一番つらいことは?」「若かった時のことが忘れられないことさ。」 1990年代に70代ということは、1920年代に生まれた人です。ボクにとっては父親たちの世代ですが、今や、ボク自身の年齢でもあります。いい答えですね(笑)。 で、しばらくして、そのストレイトさんが酒を断った理由を、途中で会った同年配のオジーさんと語りあいます。第二次大戦での従軍体験ですね。今ではPTSDとか、わかったように言われてますが、オジーさん二人の話は、見ているこっちが哀しくなる話です。ここにもアメリカ!でした。 監督のデビッド・リンチさんが亡くなったのは昨年の1月です。78歳でした。この作品は、彼の50代、いわば脂の乗り切ったころの仕事です。20世紀を生きた一人の、平凡なアメリカ人の人生という旅の姿を、「喧嘩別れした兄と一緒に星空が見たい!」という、時速8キロのトラクターで500キロという、なんとも、一途な旅として描き切った作品でした。監督にも、出てきた俳優さんたちにも拍手!拍手!でした。 さすがですね、デビッド・リンチですね。20世紀末ののアメリカをハラハラ、ドキドキ、笑わせながら、見事に描いていていました。まあ、監督はじめ、出てきた方たちの多くが、今ではこの世の人ではないことがさみしいのですが、致し方ありませんね。こういう古い作品も、1本でも多く記憶のどこかに焼き付けられたら!というのが映画館の徘徊を続ける老人の目論見です。まだまだ、たくさんありそうで、先は長そうです(笑)。今年もガンバリマス!(笑)。監督 デビッド・リンチ製作 メアリー・スウィーニー ニール・エデルスタイン製作総指揮 ピエール・エデルマン マイケル・ポレール脚本 ジョン・ローチ メアリー・スウィーニー撮影 フレディ・フランシス美術 ジャック・フィスク衣装 パトリシア・ノリス編集 メアリー・スウィーニー音楽 アンジェロ・バダラメンティキャストリチャード・ファーンズワース(アルヴィン・ストレイト 老人73歳)シシー・スペイセク(ローズ 娘)ハリー・ディーン・スタントン(ライル 兄)エベレット・マッギルジョン・ファーレイケビン・ファーレイ1999年・111分・G・アメリカ原題「The Straight Story」2026・01・13・no009・シネリーブル神戸no351追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.15
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「オッ!さんぽ グリムやん!」 徘徊日記 2026年1月10日(土) 元町あたり 今日は2026年1月10日土曜日です。世間では3連休の初日です。徘徊老人は元町映画館でケン・ローチでした。ザンネンながら、いや、まあ、ボクはそれが好きなのですが、50年前のイギリス映画をやっている映画館に人はあんまりでしたが、元町商店街は人だらけです。 というわけで、道をかえました。JR沿いの歩道です。で、5丁目を通過するあたりで、この看板です。グリムです!おひさしぶりです! マフィンが美味しい雑貨屋さんカフェです。お店の中はこんな感じです。 おしゃれな手作りアクセサリーとか小物入れとか、コーヒーとかも飲むことができるお店です。なんで、そういうことと一番縁のない徘徊老人が?なのですが、写真のマフィンと、お店にいらっしゃるママさんとかお嬢さんとかの笑顔です。 下を歩いていて、マフィンが美味しそうなので立ち寄ると、なんだかとても居心地がよかったんです。 というわけで、新年になって初めてのグリムでした。相変わらずの、ヤサシイ応対でホッとしました。しばらく話し相手をしていただいて、マフィンを買いました。マフィンはチッチキ夫人に手土産です。下の道の看板のイラストも素敵です。窓から手を振っていただきました。いやホント、今年もヨロシク!でした(笑)。追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.14
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レバン・アキン「CROSSING 心の交差点」シネリーブル神戸 ジョージアとトルコが舞台だというので飛びつきました。黒海とかカスピ海とかが思い浮かぶだけで、まったく知りませんが、イオセリアーニという監督に惹かれていることもあって、ジョージアというと見ることにしています(笑)。 レバン・アキンという監督はジョージア系のスウェーデン人だそうです。それって、どういうことなのか、実はよくわからないのですが、確かに映画の製作にスウェーデンもジョージアも入っています。 で、見たのは「CROSSING 心の交差点」です。 結末が、夢なのか現実なのかよくわからなかったのですが、よくわからなかったところが、かえって印象に残る、ナカナカ分厚いロード・ムービーでした。そうか、旅は終わらへんねんな! ◎!やな(笑)。でした。 ジョージアの、なんという地名だったか、確か出て来るのですが覚えられませんでした。その海辺の村からリアという、学校の先生だったというオバサンと、アチという、なんだか頼りなさそうなオニーチャンが連れ立ってトルコのイスタンブールに出かけます。人探しです。 探しているのはリアさんの姪のテクラという、姪なわけで、当然、女性なのですが、この方がトランス・ジェンダーだというのがこのロード・ムービーのキモでした。 リアさんの、見掛けはごっついんですけど、実は哀しい存在感が光っている映画なのですが、相方のアチ君の哀しさも負けていません。二人がやって来たイスタンブールの繁華街で、旅行者にたかって小遣い稼ぎをしている少年と少女の孤児カップルもやってくれます。 で、ナルホド、これがトランスという存在か!というエヴリムという女性のド迫力は、LGBTQなんて、何の略語かも知らない老人をうならせます。 みんな「旅の途中」なのでした。リナさんにも、アチ君にも、子供たちにも、そしてエヴリムさんにも拍手!です。 ジョージアの、黒海でしょうか、海辺の風景も、イスタンブールの怪しげな繁華街や、石畳の街並みも見ていて飽きません。「トランス」というとこばを聞いても、現代社会における問題の所在がピン!とくるわけではない老人なのですが、映像に登場するそれぞれの人間たちが、人生という旅を真摯に歩んでいることはわかります。 で、その姿を、実に温かくとらえようとしている監督の人間観に心から拍手!でした。監督・脚本・編集 レバン・アキン撮影 リーサビ・フリーデル美術 ロジャー・ローゼンバーグ衣装 リン・エークルンド編集 エンマ・ラグレリウスキャストリアムジア・アラブリアチルーカス・カンカバエヴリムデニズ・ドゥマンリ2024年・106分・PG12・スウェーデン・デンマーク・フランス・トルコ・ジョージア合作原題「Crossing」2026・01・12・no007・シネリーブル神戸no350追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.14
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佐々木幹郎「雨過ぎて雲破れるところ」(みすず書房) 2025年に出会った本というふうに考えると、まず、この人の名前が浮かびます。佐々木幹郎です。1947年生まれだそうですから、今、団塊のと呼ぶのがいいのでしょうか、70代の後半の世代ですね。ボクより少しだけ年上の感じです。詩人だそうです。中原中也についての岩波新書があることは知っていましたが、著書も詩を読んだことはありませんでした。 最初に読んだのは「アジア海道紀行」(みすず書房)という、あの鑑真の渡来地を訪ねる出だしで書かれたエッセイ集でした。同居人が市民図書館から借りてきていた本で、入院から帰ってくるとあったので読みました。一読、「うーん!」と唸った!のが始まりで止まらなくなりました。 で、こんな詩を書く詩人です。 月夜の蟹 佐々木幹郎晩秋の新月の日に樫の木を切る百年経っても 虫がつかないんです家具職人のオサムさんは言ったそういえば満月の日の沢蟹を食べると腹くだしするってね村一番の色男 トクさんが言った蛾はね 昼間寝ていて 夜 飛ぶんです枯葉を踏み分けながら大きな網を振り回していた 蛾類学会のコイケさんは酔いながら 月の光のなかで黒い影になっているスコットランドの海をただよう海草が波にもまれ 風に吹き飛ばされ蒸留所の白壁に 叩きつけられる頃日本の火山の麓の斜面で男たちがボトルを傾ける焚き火とともに始まる山小屋バーは月が西の木の梢にかかりだすまで開店グラスの底の一滴まで脱皮を繰り返す満月の蟹みたいに身体をやわらかくして水が吸い込んだ泥炭の香りを嗅ぐあ 初雪! 「初老の階段」(P94)という文章の中に出てきます。本書の副題に「週末の山小屋暮らし」とあるのですが、群馬県の嬬恋村にある山小屋生活の焚火のシーンです。 詩の中にオサムさんとか、トクさんとか、コイケさんとか、山小屋の仲間の名前が出てきますが、本文を読んでいると床屋のナカザワさんとか、農協のタモツさんとか、セキさんとか、小学生のユリカちゃんとか、有名な方では小室等さんとか、高田渡さん、ナターシャセブンの坂庭省吾さんなんていう懐かしい名前も出てきます。 それぞれの人がどこの何をしている人で、嬬恋とかの山小屋の話に何故、登場するのか、まあ、そのあたりは読んでいただく他ないわけですが、読んでいるとそれぞれの人たちの顔とか、性分とか、だんだん知っている人みたいになってきて、神戸の西の端の方で、山小屋なんて贅沢なものとは縁もゆかりもない暮らしをしていることを忘れるんです。 折角ですから、書名の「雨過ぎて雲破れるところ」になっている「雨過天晴雲破処」という章から少し引用しますね。 冬の透明なツララが、山小屋の旧舘の軒先から垂れ下がっている。旧舘より低い斜面に建っている書斎のベランダから、そのツララを見上げる。ツララの垂れた屋根の向こうに大きなクリの木の枝が伸び、繊細な梢が美しい。空は「雨過天晴雲破処(うかてんせいくもやぶれるところ)」ともいうべき、淡いつややかな青色を雲の間にのぞかせている。。 わたしはこの色が一番好きなのだ。「雨過天晴雲破処」というのは、雨が過ぎ去ったあと、雲の破れ目に最初に現れる新鮮な青色のこと。陶磁器の世界では「雨過天晴」と呼んで、中国の青磁の理想的な色を形容している。 十世紀半ばの五代・後周の時代に皇帝世宗柴栄が、この色の青磁の器を作るよう命じたという伝説があり、実際に作られたのは北宋の時代。これに近い潤いのある済んだ青色の青磁が、皇帝専用の窯であった汝窯(じょよう)で完成されている。わたしは大阪市立東洋磁器美術館でこの色の青磁に出会って以来、大好きな色になった。どのような製法でこの色が出せるのか、陶芸家たちはいまも挑んでいるが、再現できずに謎となっているらしい。 そういう逸話はともかく、わたしは「雨過天晴雲破処」という漢字の並び方も気に入ってしまって、しかのそれが色の名前だとというのも面白くて、以前、峠の旅館のミッチーが蕎麦屋を新しく開くにあたって、屋号を考えてほしい、と言ってきたとき:「雨過山坊」という名前を付けたのだった。(P200~P201) と、まあ、こういう調子です。ここから蕎麦屋の話へ転じて、最後は中原中也のある朝 僕は 空の 中に黒い 旗が はためくを 見た。 で始まる「曇天」という詩まで登場しますが、雲の破れ目の宇宙の青い色が、「旗」のようにひるがえっているのだった。と締めくくられます。こう纏めるといかにも文学エッセイのようですが、実は、家具士のオサムさんとかジュンジくんの看板描きの話が綴られる山小屋暮らしのお話なんですね。で、また一人、また一人と名前を憶えていくというわけです。不思議な面白さです。いかがですか? 2025-no128-1201 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.13
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100days 100bookcovers Challenge備忘録 (91日目~100日目) コロナが蔓延し始めた2020年の5月に友達と始めた「ブックカヴァーチャレンジ」の備忘録です。当時、フェイスブック上とかで「7デイズ・7ブックカヴァーズ」というのが流行だったのですが、お調子者のわれわれは「100デイズ、100ブックカヴァーズ」に挑戦したのですが、コロナの流行が、何となく忘れられて、戦争とか、神戸や東北の震災とかと同じように、教科書の片隅に記載される歴史事象の一つであったかのような「空気」が蔓延し始めていて、その上、お正月早々、能登半島を大きな地震が襲い大勢の人が苦しんでいらっしゃる2024年の年末、12月になって100冊目にたどり着いて、無事ゴールしました。6年がかりのゴールでしたが、それなりの旧友交歓の機会だったわけで愉しい経験でした。 今日は2026年の1月12日です。これで、まとめも終わりです。91日目2022・12・17・K・SODEOKA茅辺かのう「アイヌの世界に生きる」(ちくま文庫)92日目2023年2月6日 T・KOBAYASI 小田嶋隆 その1『超・反知性主義』(日経BP)小田嶋隆 その2『『災間の唄』小田嶋隆=著 武田砂鉄=撰 出版 (サイゾー CYZO)93日目E・DEGUTI・2023・04・07関川夏央・谷口ジロー「坊ちゃんの時代-凛冽たり近代 なお生彩あり明治人」(双葉社・全5冊) 94日目SIMAKUMA・2023・04・23 大江健三郎「晩年様式集イン・レイト・スタイル」(講談社文庫)95日目YAMAMOTO 2023・07・23 100days100bookcovers原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」(文藝春秋) 96日目K・SODEOKA2023・11・24 100days100bookcovers 保坂和志「ハレルヤ」(新潮社)97日目T・KOBAYASI・2024・02・18サラ・ピンスカー『いずれ すべては 海に中に』(市田泉訳・竹書房文庫)97日目その2内田樹「ためらいの倫理学」(角川文庫)98日目E・DEGUTI2024・05・20アガサ・クリスティー『検察側の証人』・ビリー・ワイルダー映画『情婦』99日目N・YAMAMOTO 2024年10月11日内田百閒「阿房列車・サラサーテの盤」 100日目 2024年12月11日 夏目漱石「文鳥・夢十夜」(新潮文庫) 紹介してきた書物のライン・アップに、格別の意味があるわけではありませんが、ほぼ、6年にわたるコロナ社会の生活を映してきた鏡であったかもしれません。少なくとも、紹介に参加した5人のメンバーは確かに6年の歳月を生きてきたわけですし、できれば、その時間を忘れないための備忘録でもあるわけです。 それぞれの書名か表紙写真をクリックしていただければリンク先の記事にたどりつけると思います。追記2026・01・11 投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目)(51日目~60日目)(61日目~70日目)(71日目~80日目)(81日目~90日目)というかたちまとめています。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.12
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ケン・ローチ「石炭の値打ち」元町映画館 イギリスの監督ケン・ローチの1977年の作品、「石炭の値打ち」、第1部「炭鉱の人々」(77分)と第2部「現実との直面」(91分)を元町映画館が同時に上映すると知って初日に駆け付けました。 1936年生まれのケン・ローチは現在89歳ですが、その彼が1977年、BBCでのテレビ放映用に作ったドラマが、この「The Price of Coal」、和訳すれば「石炭の値打ち」だそうです。1本でも多く彼の作品を見たいと思っているのですが、唸りました。「涙を要求しない!」 全ては、その一言に尽きます。ここの所、映画を見るという経験の中で、笑いにしろ、怒りにしろ、驚きにしろ、見ていて自然に沸きあがってくる感情の動きに翻弄されながら、まあ、年齢のせいもあると思いますが、一番、記憶に刻み付けられるのは、結局、「涙」であるというのが、パターンになっているのですが、すぐれた作品は安易に涙を要求しないことを、改めて実感しました。「泣いてないで映画を見ろ!」 先日見たエドワード・ヤンの作品もそうでしたが、この作品も、1部、2部を通じて、登場する人物たちについて、しっかり目を瞠って、見つめ続けることを要求するシーンが、最後の最後まで続きます。 現実には伏線回収とか、起承転結なんてものはない、ただ、現実があるだけ! ということをケン・ローチは、あくまでも、冷静に映像として差し出しているのです。すごい映画でした。ただ、拍手!があるだけですね。 この作品を見て、泣かなかったようなことを言っていますが、実は、泣きました(笑)。 高校を出たばかりの長男が、父親と同じ職場で働いていて、同じ、落盤事故にあいます。偶然、働いていた現場が離れていたことで、息子たちの班は、仲間とともに無事地上に戻りますが、救助活動が始まると、無事地上に戻っていた鉱夫たちが、もちろん、息子も、決意のみなぎる顔つきで、なにが起きたのかわからない、だから、何が起きるか予想もつかない地下に降りていきます。泣かずにいられますか? 息子にとっては父親の安否ですが、残りの人たちにとっては同じ職場で働く仲間の安否です。命懸けです。映画が、この命懸けの人間のつながりをこそ、炭鉱の坑道という現場で働く人たちの行動の前提として描いていることはあきらかです。だから「泣いていないで、映画を見ろ!」なのですが、これが泣かずにいられるでしょうか? この映画が思い出させてくれたのは、そういう人間同士の繋がりがあるということです。チャットなんちゃらの聞こえてくるAIだかの声に慰めれられることが流行している現代社会を生きる人間の「孤独」の異様さに首をかしげる人が。もしも、いらっしゃるのなら、そういう人たちに見てほしい作品です。 監督 ケン・ローチ脚本 バリー・ハインズキャストボビー・ナットリタ・メイ1977年・168分・G・イギリス原題「The Price of Coal Part 1 - Meet the People / Part 2 - Back to Reality」2026・01・10・no006・元町映画館no337追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.12
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100days100bookcovers no95 NORIKO/YAMAMOTO 95日目 原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」(文藝春秋) Simadaさんが94日目の作品として大江健三郎『晩年様式集イン・レイト・スタイル』(講談社文庫)を投稿されたのが4月23日で、そこに私がコメントしたのが12週間前。「次は私の番ですが、しばらくお時間をくださいませ。」と遅延予告をしたのは、まとまって読書に向かう時間を作れない状態が続いていたからなのですが、ここまで遅れるとは思っていませんでした。多忙というわけではないのですが、ちょっと気合を入れて取り掛からないといけないことをいくつか抱えていて、気持ちの余裕がなかったんです。本当にすみません。今日が7月23日で、丸々3か月かかってしまいました。(汗) Simadaさんが大江健三郎を選ばれたのが偶然ではなく、必然だったのだとbookcoversを読んで思いました。偶然手に取った彼の自選短編で40年ぶりの大江ブーム、彼の死、ご実家への帰省と…。また『晩年様式集イン・レイト・スタイル』を読まずにおられないと思わせる紹介とコメント。目次の紹介も作品全体を理解するのに役立ち、大変興味を持ちましたが、特に以下の箇所が印象に残りました。 「私は生き直すことができない。しかし私らは生き直すことができる。」 「最後の仕事」のテーマが「生き直し」だという驚きもさることながら、「私」ではなくて「私たち」という主語で語って見せる、まさに、戦後民主主義者の祈りを輝かせようとする、時代にあらがう力技、これは読みたい!と思い、少しして図書館に借りに行った時は貸出中でした。それから小説を手に取ることがない日々を経て(宿題を抱えていて…)、ようやく借りたのが6月の下旬でした。 その時にあと2冊借りたのが原田マハの『美しき愚かものたちのタブロー』と『地球の歩き方 韓国』でした。そして、さあBookcoversに取り掛かろうと『晩年様式集イン・レイト・スタイル』を開くのですが、なかなか簡単には読み進みません。若い大学生時代、そして教員になってからは現代文の授業に関連して、少なからず親しんでいたつもりの大江作品なのですが、体力と同様に読む力が衰えてしまったのでしょうか。焦る気持ちをなだめようと、原田マハ『美しき愚かものたちのタブロー』を手に取りました。 作者原田マハの名前は知っているけれど、今まで著書は読んでいません。調べるとその経歴はユニークで、美術館のキュレーター(美術館や博物館の研究・収集・展示などを行う専門職で、いわゆる学芸員とは少し異なる)など興味をそそられます。兄は原田宗典です。この作品は2019年に直木賞候補になっています。ドラマや映画になった作品も意外と多いのにびっくりしました。たまたまテレビドラマ「旅屋おかえり」のタイトルが気になって少し前に読んでみたのです。大江健三郎の目的の本が借りられず、図書館の本棚で見つけたか、あるいは検索したか、それさえあまり覚えていないままでしたが。 ドラマを見ていないのがよかったのかも?小説の中で旅の代行業を務める売れない崖っぷちアラサータレント“おかえり”こと丘えりかが、満開の桜を求めて秋田県角館へ。その次は愛媛県内子町!愛媛編では依頼人とおかえりの事務所の社長との確執がすさまじいのだけれど、最悪の人生や人間関係が、おかえりの代行旅で180度の結末に至る。その予想できない展開にひきこまれました。その上舞台が内子です!町並みや、内子座など、長い間憧れていたので、4年前に電車旅で訪れ、ゆっくりと泊まった歴史ある町。そこで繰り広げられる人情劇にどっぷり浸ってしまいました。そこで、もう少し原田マハの他の作品を読みたくなって、『晩年様式集』のついでに借りたのが『美しき愚かものたちのタブロー』。 これは史実に基づくフィクションであり、川崎造船所(川崎重工業の前身)社長を務めた実業家の松方幸次郎が収集した美術コレクション(松方コレクション)と関わる人々の数奇で壮大、かつ過酷な運命を描いた小説です。 第一次大戦により造船で得た多大な利益で、松方は、1916(大正5)年から約10年間、たびたびヨーロッパを訪れて、絵画(タブロー)などの膨大な美術品を買い集めました。浮世絵コレクション約8千点を含め、彼が手に入れた作品の総数は1万点におよぶと言われます。松方は自分の手で日本に美術館をつくり、若い画家たちに本物の西洋美術を見せてやろうという並々ならぬ気概をもって、作品の収集にあたったのです。 しかしその美術館(共楽美術館と構想された)は、実現しませんでした。世界恐慌で川崎造船も経営危機に陥り、日本に運ばれていた美術品は売り立てられ、散逸してしまいます。ロンドンの倉庫にあった作品は火災に遭います。パリに残された約400点の作品は、サンフランシスコ講和条約によってフランスの国有財産となるのですが、1959年にフランス政府から日仏友好のために日本に寄贈返還され、それらを受入れるために、誕生したのが上野の国立西洋美術館です。そうだったんだ! 小説は、1921年からパリで収集の助言に当たった西洋美術史の研究家を目指す田代雄一の視点で語られます。32年を経て田代はコレクション返還のために、パリに赴き、日仏の国家間交渉を担います。それも見どころですが、戦意高揚しつつあった日本に西洋美術を持ち帰ることができず、パリのロダン美術館に保管されていた松方コレクションが、第二次世界大戦下、敵国の日本人が管理するという緊迫した状況に加え、ナチス・ドイツのフランス侵攻などの危機の中、日置釭三郎の尽力によりパリ近郊のアボンダンに疎開させられ、戦禍を逃れたことを知るのです。 そもそも当時のヨーロッパでは、モネやドガなどの印象派、後期印象派と呼ばれる近代美術、前衛美術は酷評され、見向きもされなかった。アメリカやロシアの収集家、そして同人誌『白樺』で紹介されたこともあり、松方など日本人収集家がその価値を見出します。当時の日本では写真や複製画でしか西洋美術を学ぶことができないため、若者たちの向学のために実物を展示する美術館創立を、松方は志します。 近代化に遅れる日本の明治時代は、文学、美術などすべての分野で自由主義を掲げていく。松方がアメリカに留学し、ヨーロッパでタブローを買い求めたのは、もちろん戦争で得た莫大な資産があるからだが、それは自己満足や投資目的ではなく、純粋に絵の力、タブローに衝き動かされたからだった。 また、田代もタブローに夢中になる「幸福な愚かもの」という点で共通しています。『美しき愚かものたちのタブロー』というタイトルは、タブローに魅入られた松方、田代、そして作品を後世につないだ日置たちの、タブローへの揺るぎない情熱と、収集し守ることを貫徹する意志を表しています。 また、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』で提示された敗戦国の屈辱も、作品の中で書かれており、歴史の光と陰をバランスよく描いています。 原田マハは、単なる美術史でも、松方の成功や賞賛の物語でもない、松方など「愚かもの」たちの類稀な実人生を多くの資料をもとに描き上げています。もちろん、「愚かもの」というのは、最大限の賞賛と敬意であると私は思います。 川崎造船があった神戸、そして花の都パリを舞台に、多くの美術作品や作家も登場します。特にモネの連作〈睡蓮〉、ゴッホの〈アルルの寝室〉、ルノワールの〈アルジェリア風のパリの女たち〉など、魅力が存分に語られています。また鑑賞なさってください。 戦争のキナ臭い世界と日本ですが、経済力、政治力、軍事力を手に入れようとする輩(やから)たちには、タブローの美しさは理解できないのかもしれません。でも人間の今まで築いてきた文化、精神性はまだまだタブローに感動する余地があるのだと信じたい、そしてそれらは同時に平和を願う心であるとも思うのです。 最後に、大江健三郎から原田マハへのバトンは、大江健三郎の故郷「谷間の村」が愛媛県内子町大瀬村で、「旅屋おかえり」で読んだ内子つながり、ということでご容赦ください。 長い時間を要したのに拙いご紹介ですみません。また、本格的な暑さの毎日、みなさまお身体ご自愛くださいませ。 では、SODEOKAさん、どうぞよろしくお願いします。 2023・07・23 N・Y 100days100bookcovers 95日目 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.11
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シャー・モー「愛がきこえる」シネリーブル神戸 題名を見て、あんまりベタな印象なので、ちょっと躊躇しました。でも、まあ、先日見たエドワード・ヤンの「ヤン・ヤン」で子役の少年に惚れこんだこともあって、「こっちは、女の子らしいし…」と思い直してやってきたシネ・リーブルでしたが、大正解!でした(笑)。 見たのはシャー・モー監督の「愛がきこえる」です。 始まりの舞台は警察署の取調室です。耳が聴こえなくて、手話でしかしゃべることができない容疑者の手話通訳係の女性が、「最後まで、あなたを支える。」と宣言し、訝しく思った容疑者の女性が「なぜ、あなたに私のことがわかるのか?」と問いただした結果、手話通訳の女性が自らの体験を語り始めます。まあ、そういう物語です。 語られていく物語の主人公は木木(ムームー)ちゃん、耳が聞こえないお父さん小馬(シャオマー)さんと二人で暮らしています。お母さんが離婚して出ていったことを、まだ、小さいムームーちゃんはよくわかっていません。 でも、彼女はお父さんが大好きで、お父さんの耳として、口として大活躍です。 お父さんと暮らす、ムームーちゃんの八面六臂の大活躍を見るだけでも、この映画は満足ですね。手と表情でここまで深い「愛の形」を描いた映画をボクは見たことがありません。 耳の聞こえないお父さんとの世界を支えているのが手話であり、表情であることはもちろんですが、手話の形を表現する手ということに加えて、二人で壁にうつす影絵を作り出す手の動きで親子を描いた演出には涙が止まりませんでしたよ。 まあ、それにしても、スゴイ子役がいるもんですね! ムームーちゃんを演じたリー・ルオアンちゃんに拍手!拍手!でした。もちろん、朴訥で、正直者の小馬さんを演じたチャン・イーシンさんもよかったですね。拍手!。 映画には、実際の障碍者の人たちがたくさん出演していらっしゃって、みなささんの生き生きとした演技が印象的でした、そういう意味でも、作り事でないリアリティー!に満ちた作品でしたが、物語の語り手である、手話通訳者として働いている、成長したムー・ムーちゃんが同僚の捜査官に「どうして耳が聞こえないと分かったのか」と問われて答えた言葉がこうでした。「耳の聞こえない人は最初に微笑むんです。」 唸りました。記憶に残る作品になりそうです。監督 シャー・モー製作 チェン・クォフー脚本 フー・ダンディキャストチャン・イーシン(シャオマー 小馬 父)リー・ルオアン(ムームー 木木 娘)ホアン・ヤオ(シャオジン 母)ビビアン・ティエンチャン・ルオナン2025年・111分・G・中国原題「不説話的愛」英題「Mumu」2026・01・09・no005・シネリーブル神戸no349追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.10
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「オッ!さんぽ 霜がおりました!」 徘徊日記 2026年1月8日 団地あたり 徘徊日記2026年始まりです。もう、元旦から1週間たちました。今日は1月8日です。リハビリ初めです。お出かけは朝の9時前です。久しぶりに朝の団地です。「霜です!」 明け方は零下なのですね。信州・松本の愉快な仲間からはマイナス7度の田んぼの写真が届いていました。あちらは、夜が明けて、お日様が出て、お出かけ時間の気温です。「冷凍庫とおんなじ?」「知らんし。」 なにしろ、信州も神戸も冬なんですね。 でもまあ、神戸ではこんな花も咲いていました。 名前はわかりません。この寒いのに健気ですね(笑)。 山茶花は今が盛りです。 赤も白も、わんさか咲いています。霜焼け(?)していない花を探すのが大変です。 イチョウは、堂々と箒になっています。いいお天気です。風は冷たいですが、青空はくっきりです。 今日のリハビリはいつもの療法士さんがお休みらしくて、新しい方でした。でも、楽しかったですよ。肩も少しづつですが上がるようになってきたし、今年も元気を出して通います。 それじゃあ、またね。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで
2026.01.09
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コージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2(第4巻)」(集英社) コージィ城倉(原案 ちばあきお)の「プレイボール2」(集英社)の第4巻です。表紙にいるのは1年生の五十嵐君と2年生の丸井君です。なつかしい顔です。 3年生の谷口君がキャプテンで、監督をしている都立墨谷高校野球部の日々ですが、いよいよ、夏の高校選手権の1回戦が始まりました。高校球児にとって3年間最後の公式戦です。谷口君はじめ、墨谷高校の3年生諸君も負ければ「高校野球生活」が終わります。 「プレイボール2」は谷口君の高校野球生活を描いています。12巻まであります。まだ、4巻です。だから、なかなか負けません(笑)。 1回戦は、実業高校の名門、強豪「東実」です。一回戦シードだった墨谷は初戦です。 で、先発は1年生の井口君です。谷口監督の勇気ある采配です。左の本格派を東実高校の監督が嫌がっているという展開です。井口君の守備の弱さを狙って、徹底したバント攻撃です。守りに、守る墨谷は二人目が右の松川君、三人目が、やっぱり1年生の五十嵐君です。中学校で全国大会を制した五十嵐君、高校硬式野球、公式戦初登板です。みんなで勝つ! 谷口君、試合展開に惑わされることのない、頑固な采配です。東実のエース佐野君も頑張ってます。大接戦です。 で、結果は?ですが、そこは、お読みください。夏の都予選、第5巻へ続きます。2026-no001-1216 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.09
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スヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチ原作・熊谷雄太「チェルノブィリの祈り(2)」(白泉社) 2026年の最初のマンガ便で届いた「チェルノブィリの祈り」(白泉社)第2巻です。最初の見開きに目次があります。第6話 土になるのはとても簡単だ第7話 「歩く屍」と「ものいう大地」第8話 子どもたちの合唱第9話 さけび第10話 チェーホフやトルストイなしでは生きられない(前篇)第11話 チェーホフやトルストイなしでは生きられない(後編) 第2巻の最初の第6話はイワン・ニコラエヴィッチ・ジュイムィホフという化学技師が、軍に緊急召集され、現場で体験したことをこっそり日記に書き記してきたことの報告です。 このページです。彼の語り始めたセリフがバルーンにあります。三〇年も昔の原爆演習の時に情報を与えられていたんです―放射線とはいったいなにかだれも聞いたことがなかった―引率した職業軍人たちもあまりわかっていなかった「もっとも被害を与える要因が土地の放射線汚染だ」ということについては― で、こちらの裏表紙をご覧ください。上から二つ目の絵は避難を拒んで、その村で暮らし続けている年老いた農民の姿です。 老人のセリフは「毒があっても放射能があってもここはわしらの故郷だ」です。 で、章の終わり、ニコラエヴィッチの結論はこうでした。ぼくは理解したんです土になるのはとても簡単だと・・・・ 汚染にさらされ、汚染にさらされた土になるのは、老人だけではありません。スコップを担いで汚染土の除去作業に従事した化学技術者である彼も同じでした。 これから、いったいどれほどの年月になるのか、その土地で育つあらゆる作物が、彼や農民たちと同じように「土になる」ほかないことを彼は語っています。 7話、8話と胸うつ証言は続きます。マンガは3巻、4巻と続いているようです。待ち遠しいことです。2026-no004-1219追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.08
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スヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチ原作・熊谷雄太「チェルノブィリの祈り(1)」(白泉社) トラキチ君の2026年の1月元日のマンガ便に入っていました。原作者のスヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチは1948年、当時はソビエトの、今ではウクライナあたりで生まれた人だと思いますが、「戦争は女の顔をしていない」という、インタビューを構成した証言集のようなドキュメンタリィー作品が群像社という本屋さんから出たのが2008年で、まず、評判になりました。その後、2011年の福島の原発事故の後、今度は岩波現代文庫で「チェルノブィリの祈り」が出版され、大評判になりました。 で、彼女が2015年にノーベル文学賞を受賞したこともあってでしょうね、「戦争は女の顔をしていない」も、岩波現代文庫から再刊されて出ました。 そのほかの作品も、何作か出版されていますが「戦争は女の顔をしていない」は小梅けいとという、女性漫画家だとばかり思っていましたが、実は、多分、男性マンガ家(ちがうかな?)によって、マンガ化されていて、KADOKAWA出版から1巻から5巻まで出ていて、トラキチ君のマンガ便で読みました。 で、今回は「チェルノブィリの祈り(1)」(白泉社)です。最初の見開きに目次があります。第1話 孤独な人間の声第2話 プリピチャからの移住者第3話 兵士たちの合唱第4話 ドアに記された人生まるごと第5話 古い預言 5人の人物の物語です。ボクは岩波現代文庫版を読んだことがありますが、マンガの絵による衝撃は、まあ、好き嫌いとかはあると思いますが、黙って文字だけを読んでいるよりしんどいです。 目次の隣のページがこれです。 やはり、スピーチ・バルーンに記された文字に目が行きますね。 置き忘れられた人形なのでしょうか、命を落として、ほったらかされた赤ん坊に見えます。鳥が羽を落としながら飛んでいます。「誰も彼らの話を真剣に聞いた人はいない」「わたしたちが経験したことや・・・見たことについて・・・」「死について・・・人びとは耳を傾けるのいやがる・・・」「おそろしいことについて・・・」 インタビューしたアレクシェーヴィッチの耳になった気がします。彼女がこの作品のために多くの人と会ったことの迫力をマンガ家は絵で再現しようとしています。 ウクライナ北部のプリピャチという町の人たちです。 たのしい漫画とはとても言えませんが、マンガにしようと覚悟した、熊谷雄太という人の覚悟のようなのものを感じます。気合の入った、いい作品だと思いますよ。2026-no003-1218 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.07
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デヴィッド・エアー「ワーキングマン」キノシネマ神戸国際 二日連続のキノシネマです。昨日、見たかったのがこっちです。デヴィッド・エアー監督の、というよりジェイソン・ステイサムの、というべきでしょうか、最新作「ワーキングマン」です。 はい、文句ありませんでした(笑)。 ヴァイオレンスな暴力現場から足を洗って、平和な工事現場の現場監督稼業を地道にお勤めのレヴォン・ケイド役が、実によく似合うジェイソン・ステイサム君なのですが、事件がほっておいてくれません(笑)。「現場をなめるな。」 チラシの言葉通り、まじめに働く人たちの前に、金がすべての悪党は登場し、恩人のお嬢ちゃんが誘拐されたりして大変なのですが、やっぱり、悪党はぶっ壊す! ジェイソン・ステイサム君なのでした(笑)。 誘拐されたジェニーちゃんと、オジーちゃんのところに預けられているメリーちゃん(ケイドくんの実の娘)の可愛らしさにホッとしながらも、徹底的なぶっ壊しアクションに「異議なし!」でした。 もうそれ以上いうことはないのですが、あのシルベスター・スタローンが脚本とか製作にも参加しているということで、平和な現場監督稼業なんて、とても続けていられそうもありませんね。 昨日のジャッキー・チェンも70歳を越えていらっしゃって、かなりなお年なのですが、ジェイソン・ステイサムさんも1967年生まれだそうで、そろそろ還暦なのですが、実にお元気ですね(笑)。当分、シリーズは続きそうです。 まあ、世界中、なにが正義で、誰が悪党なのか、よくわからない時代ではありますが、ジェイソン・ステイサム君は必ず正義で、悪はぶっ壊されるんです(笑)。それでいいのだ!ですね(笑)。 我ながら、ホント、こういうのってスッキリしていいよなという、何本かに1本は見ないと気が済まないぶっ壊し映画でした。ガンバレ!ジェイソン・ステイサム!拍手!でした。監督・脚本・製作 デビッド・エアー原作 チャック・ディクソン脚本・製作 シルベスター・スタローン 撮影 ショーン・ホワイト美術 ナイジェル・エバンズ衣装 ティツィアーナ・コルビシエリ編集 フレッド・ラスキン音楽 ジェレッド・マイケル・フライキャストジェイソン・ステイサム(レヴォン・ケイド 現場監督)アイラ・ジー(メリー・ケイド 娘)デビッド・ハーバー(ガニー・レファティ 旧友)アリアンナ・リバス(ジェニー・ガルシア さらわれた娘)マイケル・ペーニャ(ジョー・ガルシア 娘の父)ノエミ・ゴンザレス(カーラ・ガルシア 娘の母)ジェイソン・フレミング(ウォロ・コリスニク)メラーブ・ニニッゼ(ユーリ)マクシミリアン・オシンスキー(ディミ・コリスニク)エメット・J・スキャンラン(ヴァイパー)イブ・マウロ(アルテミス)2025年・116分・PG12・アメリカ原題「A Working Man」2026・01・06・no004・キノシネマ神戸国際no54追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.07
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ラリー・ヤン「シャドウズ・エッジ」キノシネマ神戸国際 あのー、ですね、2026年、キノシネマ1本目ということで、ホントは別の作品を狙ってたんです。でもね、朝起きたラ、ちょっと寝過ごしで間に合わなくて、選びなおしたのがこの映画です。年末からやってたんですけど、「なんだかなあ、今さらジャッキー・チェンかよ!」 まあ、ソンなふうに、パスしかけてたんですけど、見ちゃいました。ラリー・ヤン監督の「シャドウズ・エッジ」です。 大満足でした!(笑) ジャッキー・チェンの大活躍もさることながら、「影」と呼ばれて正体不明の敵役、傅隆生(フー・ロンション)を演じたレオン・カーフェイ、サイコ―さん、サイコー!でしたよ。 ああ、それから、男性捜査官諸君に鼻で笑われながら現場で生きたい!とこだわる女性刑事、何秋果(ホー・チウグオ)を演じるチャン・ツィフォンさん、めちゃめちゃ可愛らしくて、けなげで、可憐で、逞しくて、いや、もう、いい役もらいましたね(笑)。 実はね、ボク、この作品がジャッキー・チェン映画だと知らずに見たんですよね。 で、紛糾する現場に現れたお爺さんのジャッキー・チェンを見てのけぞりそうになったんですが、でもね、年相応の、味のある、いいお芝居と、その年とは思えないモーレツなアクション、大立ち回りの連続に、いやホント、目が離せなかったですね。 ジャッキー・チェン、レオン・カーフェイ、そして、やたら可愛らしいチャン・ツィフォンちゃんに拍手!でした。 でもね、この映画はアクションの面白さだけじゃないですね、世の中全部がコンピューターで、完全に監視されているかの現代社会ですが、その裏側をいくことの可能性を犯罪ドラマ化しているセンスが新しいミステリィーを実感させてくれて、実にスリリングなんですよね。そこが、まず、拍手!でした。 で、ついていけないコンピューター・スマホ社会の中で悪戦苦闘の大活躍のジャッキー・チェンのことを家に帰って調べてびっくり。なんと、まあ、ボクと同い年なんですね。いやはや、ご苦労様ですね。改めて拍手!(笑)でした。 いやー、中国映画、やるもんですね。とことん、エンタメの王道を突き進んでいましたよ「中国、大熱狂!」 チラシに、そう書いてありましたが、そりゃそうでしょう、納得!でした(笑)。監督・脚本 ラリー・ヤン音楽 ニコラス・エレラ撮影 チェン・ティエンティエン編集 チャン・イーボーアクション指導 スー・ハン美術 リウ・リーナキャストジャッキー・チェン(黄徳忠ホワン・ダージョン 元捜査官)チャン・ツィフォン(何秋果ホー・チウグオ 果果グオグオ 女性捜査官)レオン・カーフェイ(傅隆生フー・ロンション 影)ツーシャー(熙旺シーワン/熙蒙シーモン 双子 影の一族)JUN(胡楓フーフォン 影の一族)チェイニー・リン(小辛シャオシン 影の一族)ジョウ・ジェンジエ(劉錦肖リウ・ジンシャオ 若手刑事 アルパカ)2025年・141分・G・香港・中国合作原題「捕風追影」「The Shadow's Edge」2026・01・05・no003・キノシネマ神戸国際no53追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.06
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レオス・カラックス「ポンヌフの恋人」元町映画館 2026年の2本目は、鬼才と評判のレオス・カラックス監督です。作品はアレックス三部作とかの完結編だそうで、「ポンヌフの恋人」でした。 レオス・カラックスという監督の作品は、2025年の春に見た「IT’S NOT ME」とかに続けて2本目です。 パリのポンヌフという有名な橋の下じゃなくて、橋の上で暮らす火吹き男アレックス(ドニ・ラバン)と失明を恐れるミシェル(ジュリエット・ビノシュ)という名の女性画学生の、まあ、なんというか、ホームレスの二人による、超絶! 純愛話!(笑)でした。ちょっと、あっけにとられ続けでしたが、面白かったですね。 いきなり、真夜中の路上で寝込んでしまった、まあ、明らかに目が飛んでる感じので、風体の貧しい酔っ払い男が自動車にはねられて、いったい、なのが、どうなるのか???と思っていると、大きなスケッチブックを抱えた女性が路上のハネラレタ男をのぞき込み、死んでいないことがわかってドラマが始まりました。 そこから、火は吹くわ、とてつもない花火が次々と上がるわ、まあ、デカい石橋ではありますが、その欄干で踊るわ、覗き穴から相手の目をめがけてぶっ放すわ、地下道一面火の海にするわ、で、とどのつまりが「タイタニック」のあのシーンなんですね。そこに聞こえてくるのが「眠れパリ!」なんです。うーん、マイッタ!ですね。なにはともあれ、これはひょっとすると・・・・という予感を裏切って、ハッピィー・エンディングだったので、よかった、よかった。でした(笑)。 ところで、問題のラストシーンですが、こちらは豪華客船ではなくてセーヌ川で土砂を運ぶ運搬船ですが、見終えて映画館のW君に尋ねると「タイタニックは97年の映画で、こっちが91年ですから、こっちが先なんですよね(笑)。」「タイタニックが、これをパクったの?」「いや、もう1本、同じシーンの映画があるんです、これの前に。」だそうで、先行映画の題名を聞き忘れてしまいましたが、まあ、いろいろやってくれますね!でした。拍手!(笑) どうも、今年の一月は元町でレオス・カラックス作品連発のようです。今一、ポカーンなんですけど、見るほかなさそうですね(笑)。監督・脚本 レオス・カラックス撮影 ジャン=イブ・エスコフィエ美術 ミシェル・バンデシュタイン衣装 ロベール・ナルドーヌ編集 ネリー・ケティエ音楽 ベンジャミン・ブリテンキャストジュリエット・ビノシュ(ミシェル・スタランス 失明を恐れる失恋家出娘・画学生)ドニ・ラバン(アレックス・ヴォーガン ホームレスの大道芸人)クラウス=ミヒャエル・グリューバー(ハンス ポンヌフを仕切っているオヤジ)ダニエル・ビュアン(友人の浮浪者)マリオン・スタレンス(マリオン)クリシャン・ラルソン(ジュリアン チェリスト)1991年・125分・PG12・フランス2026・01・04・no002・元町映画館no336追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.05
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エドワード・ヤン「ヤンヤン 夏の思い出」シネリーブル神戸 2026年が始まって3日目です。自称ゴジラ老人、シマクマ君ですが、今日から2026年の映画館徘徊が始まりまりました。 最初の1本目は、日頃、お世話になっているシネ・リーブル神戸と決めていました。見たのは、2007年に亡くなってしまった台湾の監督、エドワード・ヤン、楊徳昌の遺作「ヤンヤン 夏の思い出」です。 徘徊の初日、第1作目に、2026年のベスト!?といってしまいそうな作品でした。 いろんなことを口走りたくなる作品でしたが、出だしの、まだセリフも聞こえてこない結婚式の記念写真のシーンでヤンヤンくんが、まわりに並んでいる女の子たちにいじられる、ほんの短いショットがあるのですが、そのシーンを見ながら涙がこみあげてきて、この映画の評価が決まりました。 そこから、ヤンヤンくんがオバーちゃんの遺影に向かって語り掛ける最後のシーンまで、あらゆるシーンが、見ている、72歳を迎える今年、年男らしい老人には「なつかしい!」という不思議な映画でした。 ヤンヤンくんの教室での振舞いや、プールに飛び込むシーン、オネーチャンのティンティンの初恋を描いた一連のシーンは言うまでもありませんが、寝たきりのオバーちゃんの手、お父さんのNJさんやお母さんのミンミンさんの振る舞いや発言、お金の亡者のようなおじさんのアホぶり、大人たちが繰り広げる、いかにも、現代社会の断片を描くドラマの展開も、東京の国電の風景、台湾の青空、どのシーンもみんな「なつかしい・・・・」のです。「なぜ私たちは初めてを恐れるのか」 チラシは、そう謳っていいますが、初めて見る映画の、ボクとは縁もゆかりもない表情や風景を初めて見ながら「驚き」ではなく、どこかで見たことがあるシーンとして描いて見せている監督の天才に、心から拍手!でした。 登場する台湾の俳優さんたちについてはよく知りませんが、あのイッセー尾形さんが、彼らしい味わいのある演技で光っていましたね。彼に「月光」を弾かせる演出には唸りましたね(笑)。俳優さんたちの日常を演じる、抑制のきいた演技にも拍手!でした。 結婚式に始まり、いじめ、介護、浮気、倒産、殺人事件、新興宗教に至るまで全部描いて葬式で終わるって、ふつうは落ち着かないんですけど、見事なもんですね。もう一度、拍手!です。 ここ、7,8年、こうやって映画を見てきて、そろそろ、通算で1000本を越えそうなのですが、この作品の「なつかしさ」はただ事ではない気がします。文字を追いかける読書という行為ではこの感覚は、ちょっと考えられません。音楽の場合はあるかも知れませんが、やはり、映像の力でしょうね。もちろん、映画全般について考えれば、他にもいろいろな見方はあるわけですが、「このなつかしさは、なんだ?」と気づいてしまったわけで、今年、一年、この感覚について考えながら映画を見ることになりそうですが、そのあたりが、「ひょっとしたらベストじゃないか?」 と、まあ、考えてしまう所以ですね。 さあ、2026年も、映画の時間が始まりました。楽しみですね(笑)。監督・脚本 エドワード・ヤン(楊徳昌)製作 河井真也 附田斉子撮影 ヤン・ウェイハン美術 ペン・カイリー編集 チェン・ポーウェン音楽 ペン・カイリーキャストウー・ニェンツェンエイレン・チンイッセー尾形ジョナサン・チャンケリー・リー2000年・173分・G・台湾・日本合作原題「Yi yi (A One and a Two)」2026・01・03・no001・シネリーブル神戸no348追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.04
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ハロルド作石「THE BAND 3」(講談社) トラキチ君一家が元日にやって来てくれて、一緒に届いた2026年最初のマンガ便に入っていたのがこれでした。 ハロルド作石の「THE BAND 3」(講談社)です。2025年12月17日の新刊です。 ギター初心者にて、バンド初心者の友平君、この第3巻では、初作曲で初ボーカル、舞台はGD=ギミーデンジャーとかいう名うてのライブハウスです。 ハロルドさん、名作「BECK」の人なので面白くなることは間違いないと思っているんですけど、この3巻の展開はちょっとだるかったですね(笑)。 友平君の歌のキメ・フレーズが「ディス・イズ・マイ・ホーム‼」なんですけど、音というか、歌としては、ちょっと聞こえてこなかったですね。まあ、何はともあれ「ドラカリス」のメンバー採用試験にはパスできたようで、4巻以降が楽しみですね(笑)。2026-no002-1217 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.03
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極私的アーカイブ「元町映画館」2025年 1月・2月・3月 2025年を振り返っています。1月・2月・3月に神戸の元町映画館で見た映画の感想です。2025年は8月けがをしたこともあり、8月には一度も元町映画館に行きませんでした。※ 題名・チラシをクリックすると感想に行けます。2025・01・06・no003 大島新「シアトリカル」元町映画館no2762025・01・13・no006 福永壮志「AINU PURI アイヌプリ」元町映画館no2772025・01・15・no008 酒井耕・濱口竜介「なみのこえ 気仙沼」元町映画館no2782025・01・24-no013 藤野知明「どうすればよかったか?」元町映画館no2792025・02・05・no016 イム・オジョン「地獄でも大丈夫」元町映画館no2802025・02・10・no020 モフセン・マフマルバフ「子どもたちはもう遊ばない」元町映画館no2812025・02・09・no019 エレネ・ナベリアニ「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」元町映画館no2812025・02・15・no021 ハナ・マフマルバフ「苦悩のリスト」元町映画館no2822025・02・22・no026 ベリコ・ヴィダク「キノ・ライカ 小さな町の映画館」元町映画館no2832025・03・02・no029 カレル・ゼマン「水玉の幻想」元町映画館no2842025・03・02・no030 カレル・ゼマン「狂気のクロニクル」元町映画館no2852025・03・06・no033 カレル・ゼマン「王様の耳はロバの耳」元町映画館no2862025・03・06・no034 カレル・ゼマン「鳥の島の財宝」元町映画館no2872025・03・10・no037 佐藤そのみ「春をかさねて」元町映画館no2882025・03・10・no038 佐藤そのみ「あなたの瞳に話せたら」元町映画館no2892025・03・14・no041 アニエス・バルダ「冬の旅」元町映画館no2902025・03・15・no042 弘理子「鹿の國」元町映画館no2912025・03・18・no043 デビッド・リンチ「マルホランド・ドライブ」元町映画館no2922025・03・24・no047 デイモン・ガモー「2040 地球再生のビジョン」元町映画館no2932025・03・31・no050 パウル・ネゴエスク「おんどりが鳴く前に」元町映画館no294※通算281がダブってますね。どうやって直そうか、思案中です。追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.02
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極私的アーカイブ「元町映画館」2025年 4月・5月・6月・7月2025年を振り返っています。4月・5月・6月・7月に神戸の元町映画館で見た映画の感想です。2025年は8月けがをしたこともあり、8月には一度も元町映画館に行きませんでした。※ 題名・チラシをクリックすると感想に行けます。2025・04・01・no051 パオラ・コルテッレージ「ドマーニ」元町映画館no2952025・04・19・no064 ロベール・ブレッソン「白夜」元町映画館no2962025・04・27・no068 アラン・ギロディ「ミゼルコルディア」元町映画館no2972025・04・28・no069 リウ・ジアイン「来し方 行く末」元町映画館no2982025・04・28・no070 レオス・カラックス「IT’S NOT MEイッツ・ノット・ミー」元町映画館no2992025・04・30・no071 アラン・ギロディ「湖の見知らぬ男」元町映画館no3002025・05・11-no073 小田香「Underground アンダーグラウンド」元町映画館no3012025・05・20・no077 佐古忠彦「太陽(ティダ)の運命」元町映画館no3022025・05・26・no079 ワン・ビン「青春 — 帰 —」元町映画館no3032025・05・27・no080 ワン・ビン「青春 — 苦 —」元町映画館no3042025・06・15・no089 福原野乃花「悠優の君へ」元町映画館no3052025・06・17・no091 グラハム・フォイ「メイデン」元町映画館no3062025・07・01・no099 五百旗頭幸男「能登デモクラシー」元町映画館no3072025・07・07・no102 高橋伴明「桐島です」元町映画館no308 2025・07・12・no104 F・W・ムルナウ「最後の人」元町映画館no3092025・07・21・no110 ザラ・ドビンガー「KIDOO」元町映画館no3102025・07・24・no112 長塚洋「それでも私は Though I'm His Daughter」元町映画館no3112025・07・28-no114 松原文枝「黒川の女たち」元町映画館no312追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.02
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コージィ城倉(原案 ちばあきお)「プレイボール2(第2巻・第3巻)」(集英社) この記事を書いている今日は、実は年が明けて2026年の元日です。とりあえず、あけましておめでとうございます! 2026年も「週刊マンガ便」よろしくお願いしますね(笑)。 というわけで、新春向けの新しい漫画、といいたいとこらなのですが、2025年の秋、日頃トラキチ君が届けてくれるマンガについての紹介は、なんとか、かんとか、続けてマンガ便に載せることができていますが、自分で見つけて買い込んだコージィ城倉さんが描いている「プレイボール2」(全12巻・集英社)と「キャプテン2」(今のところ全16巻・集英社)については、それぞれ気に入って全巻読み終えているのですが、感想というか紹介が書けていません。 で、年が明けて最初に書いているのが「プレイボール2」の「芯で捉えろ!の巻」の2巻と「井口成長の巻」の3巻です。 谷口君がプレイングマネージャーというか、エースでキャプテンで監督という都立墨谷高校硬式野球部の春から夏にかけての猛練習の日々です。 読んでいて思い出したことですが、ボクは、教員になったばかりのころ、「若い」というだけの理由で硬式野球部の顧問をしていたことがあります。谷口君の都立高校と同じで、グランドが狭くて、練習試合のために、いろんな高校に付き添って、あの頃はまだ土曜が半休でしたから、その午後とか、日曜は日曜で、3チームとか、一校に集まって、総当たりのトリプル・ヘッダーとかやった記憶が懐かしいですが、ときどき、ボクの勤めていた県立の弱小チーム相手に甲子園に行くような強豪校が声を掛けてくれたりすることもありました。 たとえば、今年からヤクルトスワローズの監督をする池山選手がいた、もちろん、その年の夏の甲子園に行った市立尼崎とかとやっったこともあって、三塁手だった池山選手がバッターボックスのすぐ前で守っていて「さアー、打ってこいや―!」と雄たけびを上げていて、うちのバッターたちは、その声が気になってバットを振るどころじゃなかったことをよく覚えています。プロ野球では「ブンブン丸」といいう呼び名で活躍した名選手ですけど、高校時代は「ギャンギャン丸」でしたよ(笑)。 で、「プレイボール2」ですが、2巻と3巻は、大阪の名門校「浪国高校」との練習試合です。土日の東京遠征の数合わせで呼ばれた墨谷高校ですが、大健闘ですね。エピソードは「竹バット」! 谷口君は金属バットではなくて竹バットを部員に使わせているんです。高校野球とかでは、普通、素振り用にしか使わないバットだと思いますが、選手に「芯でとらえる」ということを徹底させたい谷口君らしいアイデアですね。 で、強豪との勝負の行く方ですが、まあ、読んでもらうほかありませんね。丸井君とか、いい味出してて面白いですよ。 2025-no136-1209 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.01.01
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