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俵万智「かぜのてのひら」(河出文庫) 1991年に単行本で発表され、1994年に河出文庫になっていた「歌集」ですが、2026年の6月に新装版として、再出版された結果、市民図書館の新着図書の棚に登場していた俵万智の第二歌集、「かぜのてのひら」(河出文庫)を、新作歌集だと思って借りてきました(笑)。 さすがに、読み始めて、すぐに読んだことのある歌集だと気づきましたが、今のボクがどんな歌に反応するのかという興味で読み終えました。 で、拾いだした十首余りを記します。まずは書名になっているこの歌です。四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら で、ご家族とのやり取り、ぎこちない父との会話 茶柱が立てばしばらく茶柱のこと珍しく饒舌になる父がいて「鴨居玲」とはいかなる絵描き「よくバスの通るところね」排気ガス濃き町に住むあなたの娘 で、当然、あの、橋本高校との別れの歌、「退職の理由の例」のいずれにもあたらず「定年、転居、結婚」はなむけの言葉を生徒に求められ「出会い」と書けり別れてぞゆく四回の春夏秋冬くぐりくぐりぬけてさよなら橋本高校差出人不明の葉書の丸文字にMという名の生徒を思う定期券を持たぬ暮らしを始めれば持たぬ人また多しと気づく 最後に、もう一つは、宮沢賢治。黒板の文字なつかしき昼下がり「下ノ畑ニ居リマス 賢治」 1994年の文庫版の解説での荒川洋二の結びの言葉。みんな、このような宙を持っている。そうあることで生きている。俵さんの歌は、そこらを歌う。つづる。時のなかで、個人のなかで、さまざまな意識的な情熱や努力は重ねられるものだ。歌がそこから一段と深められることがあっても、彼女の歌がぼくらのてのひらと重なる思いがするのはそのためだろう。荒川洋二「宙の歌」(P223) 2026年版のくどうれいんという歌人の結び。二十代後半は仕事に恋に人生に忙しい。溌溂とするには疲れていて、けれど大人になったと思うにはあまりに若い。俵さんはこの歌集で、やはり自分の人生に短歌が必要であるとたしかめていたのではないだろうか。「たしかめている」くどうれいん(P230) なるほどなあ、と、納得する解説ですね。ボクより十歳ほどお若い俵万智さん、2026年の今年、63歳。今、どんな歌をお詠みになっているのかな。ちょっと図書館で探してみようかな。 まあ、というのが、ボクの感想です。そのうちまた、今度は、今の歌集を案内したいと思っています。 2026-no070-1285 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.27
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長嶋有「七、八月のストローク」(講談社) 今日の案内は長嶋有です。 たしか「猛スピードで母は」(文春文庫)という作品で芥川賞をとったのが2002年、まだ、二十代だったか、三十代になったばかりだった新鋭作家も53歳だそうです。 「夕子ちゃんの近道」(講談社文庫)とか「三の隣は五号室」(中央公論新社)とか、ぽつぽつ読み継いでいた、結構、好きな作家ですが、久しぶりに彼の最新作「七、八月のストローク」(講談社)を読みました。 面白かったですね。「長嶋さん、お上手になりましたね(笑)」 小説の感想として「お上手」がホメ言葉になるのかどうかですが、ホメているつもりです。 単行本に目次のページはありませんが、下に目次を書き出して貼りました。題名にある「ストローク」というのは、水泳をするときの、あの、ストロークです。ストローク・・・水泳で、腕で水をかいて前進するための一動作のこと 最初のページに記されている言葉です。 で、取りあえず、書き出しです。久しぶりに入った市民プールで、込山楠子(こみやまくすこ)は駅を思い出した。Gare du Nord、パリの北駅を。(ギャル・デュ・ノウ)ネイティブなフランス語が浮かびさえする。大きくとられた屋根が似ているだけなのだが。水場で空気の反響が常と異なることもまた、異国の気配に似た気持ちを抱かせるのだろうか。 ざらざらした滑りにくい材質の床を裸足でひたひた歩く。 大きなへの字型屋根の中央部分だけがガラス(強化プラスチックかもしれない)で、明かりが入るようになっている。 普段、人工のどんな施設にいっても、このように高い屋根の建造物はあまりない。倉庫にでも勤務していれば身近なのだろうが。 高速道路を使って都心を離れるとき、郊外の空いた土地に遠慮なく建てたような巨大な倉庫をみかけるが、窓のないあの倉庫群は、上まで吹き抜けだろうか、それとも細かく階が分けられているのだろうか。 吹き抜けならいいな、とみるたびに楠子は思う。自分は用もないし、入ることもないのに。 吹き抜けでかつ屋根の高い建物をみるようになったものの、完全な吹き抜けではなくてフロアは設けられており、店舗やなにかで有効に利用してしまっている。 パリの北駅だって厳密にいえば同じで、実は二階もあるのだが、印象としてはホームの上は遠くまで広く「空中」で、あとはただもう屋根だ。この市民プールは、北駅よりも規模は小さいだろうが、比率が似ていると感じられる。 また、日本の駅の多くはホームからホームへ移るときに階段を使うが、北駅も含む外国のターミナル駅は線路がずらっと並んでいる。入口から線路がいくつも並び、まっすぐに伸びていくのも、到着したばかりの、あるいは出発を待つ車両が幾台も並行に並ぶさまも、四角いプールで区切られたコースと相似している。 高速鉄道のタリスに乗ってブリュッセル、それからアムステルダムまで北上した十五年前の欧州旅行を思い出しながら楠子は腕を伸ばし、硬い膝を曲げ、首を動かす。残りのユーロがまだスーツケースに入っているが、スーツケース自体は車輪が一つバカになってしまって捨てなければならないのに、まだ押し入れだ。 もう外国にいくこともないだろう。 ずっと途絶えている創作活動を再開するにしても、世界を舞台にすることはない。さっさと粗大ごみに出すべきだ。 いや、億劫で先延ばししていることは他にも山ほどある。 今日はプールなんかに来て泳ごうとしている。それだけでも進歩だと楠子は思いなおす。(P2~P5) 長々と書き写しましたが、ついでなので、第2章のさわりも写してみます。プールに浮かんで月を見る。静まり返った真夜中の中庭。起きているのは私一人。長谷川季乃(きの)はうっとりした気持ちで月を見上げた。実際には、起きているのは季乃だけではない。樹(いつき)がいる。が、遠くに死体のように浮かんでいる樹のことは「範囲指定」して写真上から除去したつもちで、いないことにする。 いつかドラマや映画の中でみたような、絵になるシチュエーションだ。 プールに浮かぶ自分を俯瞰してみることはできないから「絵にな」っているかどうかは客観的に評価できないところだが、この豆形のプール自体は、外国の映画に出てくるようなゴージャスなものにみえなくもないはず。 季乃たちが暮らすプリーズマンションはA棟からH棟まで七階建てが全八棟、世帯数四百五十、築五十年の巨大マンション群だ。 縦二列、AB、CD、EF、GHと並ぶうち、CDとEFの真ん中、敷地全体のおよそ臍のあたりに子供向けプールがある。(P8~P9) 第1章で語られている人物が込山楠子(こみやまくすこ)というマンガ家です。場所は東京のN市にある市民プール。 第2章で語られているのが長谷川季乃(きの)という女子高生。樹君という同級生と二人ですが恋の話ではありません。場所は、多分、東京のN市にあるN市プリーズマンションの子供プールです。 実は、第1章、第2章の引用に登場する二人の女性が、この小説のどこかで出会うのかと思いながら読みすすめましたが出会いません。もちろん、それぞれの人物たちの周辺で起こる出来事や、他の人物たちとの出会いは描かれていきます。モンタージュという手法がありますが、あんな感じですね。 それぞれ、ストロークの言葉通り、プールとか海辺とかが、一応、舞台です。一応と断っているのは、この小説が、必ずしも水泳の話というわけではないからです。 それぞれの登場人物たちのある夏の物語 とまあ、そういっていいかもですが、もう一つ断っておくと、1年で終わるわけではありません。たとえば、最後の19章、ロンドンでは高校を出た季乃ちゃんが、かの地で暮らしていたりします。 下に貼ったのが目次です。小説の舞台がどう動いたのか気になって書き出してみました。プリーズマンションという老朽マンションとそこの住民たちの世界、市民プールで泳ぐ、それぞれ通りすがりの人々、ちょっと面白いのは与那国島、結局、何も起こりません。でも、それぞれの人たちのストローク、なかなか面白いですよ。繰り返しになりますが、50歳を過ぎた長嶋有、腕をあげたな・・・。そんなふうに感心しました。描き出されていく何でもない日常、読んでいて飽きないんですね。1・東京都N市民プール2・N市プリーズマンション子供プール3・プリーズマンションE棟5階4・東京都N市民プール5・A市総合体育館6・プリーズマンション子供プール7・与那国島8・N市民プール9・プリーズマンション子供プール10・東京体育館11・N市民プール12・プリーズマンション子供プール13・R大学教員室(与邦国島)14・N市民プール15・プリーズマンション集会室16・プリーズマンション子供プール17・岩手県トロピカルリゾート18・プリーズマンションE棟7階19・ロンドン2026-no065-1280 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.26
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かわじろう「あたらしいともだち」(マガジンハウス) 2026年の6月のマンガ便で届きました。かわじろうというマンガ家の「あたらしいともだち」(マガジンハウス)という短編マンガ集です。2026年手塚治虫文化賞短編賞の作品のようです。 表紙の絵柄のまんまの絵で、のんびりした話なんですけど、妙に心に残るんですね。出来のいい短編小説というと、ちょっと、大げさですけど、それぞれ、人との出会い描いていて、素直な肯定性とでもいえばいいのでしょうか、ホッとしたり、うなづいたり、あたたかい短編マンガ集です。 好みで1作あげるとすると、やっぱり、「半魚人の頃」でしょうか。自分のことを気持ちの悪い半魚人だと思い込んでいる思春期の高校生の少年が描かれているのですが、あの頃の自分のことが描かれている印象で、ホッと笑いながら涙がこぼれそうでした。 全部で10作です。下に目次を貼っておきますね。目次♯1「ミニチュアとベンチ」♯2「下戸のソウルフード」♯3「フォトグラファー」♯4「正三と九太郎」♯5「キツネとターキー」♯6「下校」♯7「吉野山の話」♯8「よりみち」♯9「半魚人の頃」♯10「かえちゃんの新しい友達」ついでにかわじろうのプロフィールですが、あとがきのページがこれです。 要するに、河童のマンガ家というわけです。絵柄は、大体みんなこんな感じですね。かわじろう 1992年、熊本生まれ。29歳でマンガを描き始め、現在は会社員と兼業でマンガ家として活動中。「第5回ゲンロン ひらめき☆マンガ大賞」、「小学館 第93回 新人コミック大賞〈青年部門〉大賞」を受賞。2026-no071-1286 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.25
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ハサン・ハーディ「大統領のケーキ」キノシネマ神戸国際 予告編を見ていて、主人公の女の子の可愛らしさにとびつきました(笑)。 ハサン・ハーディという、イラクの方らしいですが、アメリカで監督をしていらっしゃる方の「大統領のケーキ」です。面白かった!! ですね。 なんといっても、主人公の少女ラミアちゃんとサイード少年の二人組。そして雄鶏のヒンディくん。この取り合わせがサイコーでした(笑)。拍手! 1990年代のイラクが舞台です。大統領というのはサダム・フセインですね。アメリカのブッシュに「世界一の悪者」扱いされて、最後は軍事法廷で死刑にされた人の、やりたい放題の独裁者時代を描いていました。アメリカの自己正当化の宣伝もあった気がする悪者扱いに、ちょっと首をかしげていたんですけど、宗教絡みの軍事独裁社会って、ホント、終わってますね。「大統領の誕生日、お祝いにケーキをプレゼントする!」とか騒ぎ立てながら自分で味見して威張っているセンセーって、「なんやねん、あんた!」でした(笑)。 でもね、今の二ホンの目から見てると「異様」でしかありませんが、二ホンだって、かつて、似たような社会だったことは忘れない方がいいですね。どんな社会だって、ああなれば、きっと、ああなるんでしょうね。 で、そういう、クソな社会について批判したり、批評したりする以前の年齢、9歳のラミアちゃんとサイード―くん、にらめっこをするシーンがとても印象的です。 お父さんもお母さんもいないラミアちゃん。お父さんが明らかに傷痍軍人であるサイード君。オばーちゃんの言いつけを素直に守り、お手伝いするラミアちゃん。お父さんの行乞稼業に付き添うサイード君。貧しさの果てのような境遇で、泣いたらまけよ!ですね。活き活きと生きている少女と少年のにらめっこに、やっぱり、胸うたれましたね。 それからもう一つ、イラクって、チグリス・ユーフラテスという川の名前で覚えた古代文明の聖地というイメージだったんですけど、初めて見ました水辺の風景。なんだか懐かしくて美しいですねえ。小学生のラミアちゃんが自家用の小舟を操って通学するんですよ。 でも、こんな地域なのに、なんで、水の配給が話の始めに来るのかが、最後まで分からなかったんですよね。まあ、飲み水と、あたり一帯の湿地帯の水は違うということですかね。 郵便配達のオジサンの親切とか、オばーちゃんの哀しい最後とか、フセインもブッシュもええ加減にせ―!そんなふうに、怒鳴り付けたくなる映画なんですけど、あんなふうにバスに乗れるラミアちゃんを描いてくれただけで拍手!拍手!でした。 で、この主人公のラミアちゃんなんですけど、ボクのお孫さんの一人にそっくりなんですよね。外国の映画を見ていて、主人公が、かわいいお孫さんとそっくりの顔立ち、眼差しで、この役柄でしょ。コーフンしました(笑)。 やっぱり、拍手!拍手!ですね。監督・脚本 ハサン・ハーディ製作 リア・チェン・ベイカー製作総指揮 エリック・ロス マリエル・ヘラー撮影 トゥードル・ブラディミール・パンドゥル美術 アナマリエ・テク編集 アンドゥ・ラドゥキャストバニーン・アハマド・ナーイフ(ラミア 少女)サッジャード・モハンマド・カーセム(サイード 少年)ヒーダ・サーベト(ビビワ おばあちゃん)ラヒーム・アルハジ(ジャシム 郵便配達)2025年・105分・PG12・イラク・アメリカ・カタール合作英題「The President's Cake」2026・07・16・no136・キノシネマ神戸国際no66追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.24
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エドワード・ヤン「海辺の一日」シネリーブル神戸 1980年代半ばころから2010年代くらいの間に評判になった映画は見ようというのが、徘徊老人の目論見です。今でも、若い人たちにとってはそうだと思いますが、30代、40代、働いていた財布には映画は高くて見る余裕がありませんでした。60代を過ぎて、シニアとかいうんですけど、老人割引になって他の娯楽に全く興味がないこともあって、映画館徘徊が生活化しているのですが、まあ、そんな老人には「台湾の名匠」とか呼ばれている監督の1983年デビュー作というチラシを見ると「ヨシ!出かけよう!」ですね。 今年の始めに、2007年に亡くなった監督エドワード・ヤンの遺作であるらしい「ヤンヤン夏の思い出」という作品に感心したこともあってとび付きました。 見たのはエドワード・ヤン監督の「海辺の一日」です。疲れました(笑)。 愛し合い、勇気を奮って一緒になったはずの二人が、どうしても一つになれないという結末を女性の視点から描いた作品といえばいいのでしょうか。 夫の行方を失ってしまった「海辺の一日」の記憶を、かつて、兄の恋人であり、憧れていたピアニスト、ウェイチン(フー・インモン)との十数年ぶりの再会を機に語るジャーリィ―(シルビア・チャン)の哀切極まりない表情の変化から目が離せない150分余りでしたが、正直、疲れました。 40年前、だから、主人公の女性と、ほぼ、同世代だったボクがこの作品を見ていたとすれば、どう感じたのだろう。浮かんできたのはそんな問いかけでした。おそらく、一人の女性の記憶に沿って徹底的に問いただされていく、同世代の男女の「夫婦」とか「家庭」とかいう制度に対する鋭い批評的作品として、恐らく、躊躇なく拍手!していたと思うのです。 で、なぜ、今、ボクはこの作品に疲れてしまうのだろうかというのが、見終えた心にわだかまった感じで残ったことでした。 なんか、寂しい言い訳なんですけど、年齢のせいでしょうか。この作品の中で、20代後半らしい主人公の女性が問いかけ続ける「愛」とか「しあわせ」とかいう問いが40年後のボクの中で空転する印象なのです。主人公のリアリティを受け止めきれないんですよね。 恋人だった男性の妹と十数年ぶりに再会したピアニストである女性が、主人公の語りの聴き手であるという構成であることもあって、映画はベートーベンのピアノコンチェルトで始まります。ボクは、映画を彼女の演奏で終わらせてほしいと願いながら見ていましたが、途中、多分、交響曲「田園」が聞こえてくるシーンはあったのですが、彼女がもう一度ピアノを弾くシーンがなかったのは残念でした。 それから、主人公ジャーリィ―とピアニストの恋人で会った兄ジャーセンの妹兄の実家である住居が縁側風廊下と障子で仕切られた日本式家屋であったことも、興味深く見ました。1980年代の台湾に色濃く残る「日本」を映している映画なのですね。 あれこれ興味深く見たのですが、1983年、当時、30代だったはずのエドワード・ヤン監督が、「美しい海と繰り返し打ち寄せる波」で映像化しているのが「失われていく時間」の記憶であることが辛いんですよね。 エドワード・ヤンという監督には拍手!を惜しみません。いい作品だと思います。ただ、生きていれば、今頃同じような年齢になっている主人公は「しあわせ」になれたのだろうか?そんなことを思う映画でした。拍手! 監督・脚本 エドワード・ヤン楊徳昌脚本 ウー・ニェンツェン撮影 クリストファー・ドイル チャン・ホイゴン編集 リャオ・チンソンキャストシルビア・チャン(林佳莉 ジャーリィ)フー・インモン(譚蔚菁 ウェイチン 兄の恋人)メイ・ファン(母)リー・リエ(欣欣 友人)デビッド・マオ(徳偉 ドゥウェイ 恋人・夫)ミンシ・アン・ツォー(佳森 ジャーセン 兄)1983年・167分・G・台湾原題「海灘的一天」英題「That Day, on the Beach」2026・07・20・no138・シネリーブル神戸no398追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.23
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バリー・レビンソン「ナチュラル」パルシネマ新公園 久しぶりにロバート・レッドフォードの顏が見たくてやって来たパルシネマです。見たのはバリー・レビンソン監督の1985年の作品、「ナチュラル」です。 多分、40代後半だったはずのロバート・レッドフォードが、現役大リーガーを演じるという、まあ、考えてみればマンガでしかない設定なのですが、面白かったですね。 野球好きの少年がお父さんとキャッチボールをしているシーンで始まって、お父さんがレッドフォードで、少年が、多分、ロイ二世にかわって、キャッチボールをしているシーンで終わります。あれこれ、あったんですけど、いいじゃないですか。なんか、文句あります! まあ、そういう作品です。ボク、こういうの好きです(笑)。楽しく見終えました。拍手! テレビとかでも、何度も放映されている作品のようですが、ボクは初めてでした。わからなかったのは、若きロイ君(ロバート・レッドフォード)が、なんだか、やたら美しい女性にピストルで撃たれるという、ロイ君の苦闘の始まりまりの唐突さでした。「なんで、こうなるの?」 見終えてから調べてわかったのですが、この映画が描いている時代だったかに、実際にあった出来事らしいことが描き込まれているんですね。そんなこと、知るわけないやん!でした。 ついでに、もう一つ。題名の「ナチュラル」なんですけど、アメリカの人は生まれながらに才能のあるスポーツ選手のことを「The Natural」と呼ぶんだそうで、これまた、見終えてから知って、「ああ、そういうことか!」でした。 ああ、もう一つ見終えて知ったことですが、ロバート・レッドフォードって野球の推薦とかでコロラド大学とかに進学したらしいのですが、未成年飲酒がバレて退学しちゃった人らしいですね。だから、この映画で天才スラッガー役をやっていても、本人としては、そう、変な役だとは思わなかったのかもですね。ナルホド!でした(笑)。 何はともあれ、後味は悪くない作品でしたよ。拍手! 監督 バリー・レビンソン原作 バーナード・マラマッド脚本 ロジャー・タウン フィル・ダッセンベリー撮影 キャレブ・デシャネル音楽 ランディ・ニューマンキャストロバート・レッドフォード(ロイ・ホッブス ナチュラル)キム・ベイシンガー(メモ・パリス 監督の姪)バーバラ・ハーシー(ハリエット・バード)リチャード・ファーンズワース(レッド・ブロウ ナイツのコーチ)マイケル・マドセン(バンプ・ベイリー外野手)グレン・クローズ(アイリス・ゲインズ・ロイの幼なじみ)ウィルフォード・ブリムリー(ポップ・フィッシャー・ナイツの監督)ロバート・プロスキー(ナイツのオーナー)ジョー・ドン・ベイカージョン・フィネガンマイク・スターアラン・ファッジ1984年・138分・アメリカ原題「The Natural」2026・07・21・no139・パルシネマ新公園no52追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.22
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佐藤信介「キングダム 魂の決戦」109シネマズ・ハットno85 原泰久の人気マンガの「キングダム」を読み続けています。ボクとしては当然なのですが、実写であろうとアニメであろうと映画も見ます! というわけで、佐藤信介監督の「キングダム」シリーズ、第5作「キングダム 魂の決戦」見ちゃいました。 中国に春秋・戦国と呼ばれている歴史時代がありますが、その戦国時代の終わりごろを舞台に、強国「秦」の中華統一の夢を、のちの始皇帝、秦王嬴政と、後の大将軍李信との、若き日の友情の物語をメイン・ストーリィーとして原泰久が描いている「キングダム」が原作のシリーズです。 今のところ79巻まで書き続けられている原作マンガに基づいた、実写版の映画化で、脚本も原泰久が担当しているところが原作ファンには堪えられないのですが、今回も、ニコニコでした(笑)。 「キングダム」というマンガが描いている時代というのは、紀元前200年以上昔ですが、戦国の七雄と呼ばれる、所謂、群雄割拠の時代ですね。 で、その時代に生れた「合従連衡」という言葉があります。 「合従」というのは強国秦に対抗しようとする韓・魏・趙・燕・楚・斉の六国が連合する外交政策を指し、「連衡」とは、六国の連合政策を切り崩しにかかった「秦」による、各国との個別外交のことを指しますが、今回の魂の決戦は、合従連合軍と秦が、あの、函谷関で戦うというお話です。原作の何巻頃だったか、もう、忘れていました。 しかし、まあ、なんといっても、あの函谷関の戦いですからね。 それだけで嬉しかったんですが、戦場シーンとか、大将同士の一騎討ちも面白く見ました。ああ、それから、今回1000人将に昇格した飛信隊の信なんですが、彼の軍を指揮する麃公(ひょうこう)将軍を演じる豊川悦司さん、いい味出していらっしゃいましたね。 ただ、今回は、大将軍王騎亡き後の出来事で、スクリーンから大沢たかおさんがいなくなってしまっていたり、楊端和の長澤まさみさんとか、羌瘣の清野菜名さんが出てこなかったのが、ちょっと残念でした。 まあ、しかし、楽しさは相変わらずで拍手!でした。 で、この「函谷関の戦い」ですけど。戦いが始まったばかりで、映画は終わっちゃたんですよね。このテンポだと、あと二作ぐらいかかりそうなんですけど、続編は、もう、撮っているんですかね。 登場人物は増えるばかりで、誰が誰なんだか全くわからないんですけど、好きなものは好きなわけで、期待しますね。監督 佐藤信介原作・脚本 原泰久脚本 黒岩勉撮影監督 佐光朗撮影 三代郁也編集 今井剛音楽 やまだ豊主題歌 米津玄師キャスト山﨑賢人(信 飛信隊)吉沢亮(嬴政 秦王)橋本環奈(河了貂 飛信隊)清野菜名(羌瘣 飛信隊)小栗旬(李牧 趙)山田裕貴(万極 趙)坂口憲二(桓騎 秦)豊川悦司(麃公 秦)笹野高史(蔡沢 秦)満島真之介(壁)佐藤浩市(呂不韋 秦)髙嶋政宏(昌文君 秦)岡山天音(尾平 飛信隊)志尊淳(蒙恬)神尾楓珠(王賁 秦)宍戸開(オルド 燕)山下美月(陽 秦王宮)蒔田彩珠(向 秦王宮)結木滉星(項翼)三吉彩(花媧燐)三山凌輝(白麗)要潤(騰)加藤雅也(肆氏)高橋光臣(干央)平山祐介(蒙武)一ノ瀬ワタル(臨武君)佐久間由衣(カイネ)勝矢(汗明)坂東彌十郎(蒙驁)橋本さとし(張唐)谷田歩(王翦)中村蒼(慶舎)田中圭(呉鳳明)斎藤工(春申君 楚)玉木宏(昌平君)渋谷謙人(成恢)2026年・134分・G・日本・東宝・ソニー2026・07・17・no137・109シネマズ・ハットno85追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.21
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うすくらふみ「絶滅動物物語(1)」(小学館) 2026年4月のマンガ便に入っていました。うすくらふみという方のマンガです。「絶滅動物物語」(小学館)の第1巻です。で、まずは第1巻です。 こんな副題がついています。「地上より永久に消え去った者へのレクイエム」 ページを開くと目次があって「なんと700種―!」 次のページには西暦1600年以降に絶滅した動物は―実に七〇〇種にのぼる。現在は、6回目の「大絶滅」の時代と言われている。以前の5回の大絶滅は、氷河期の到来、隕石の衝突、気候変動による・・・ で、目次はこんな感じです。第1話「ステラーカイギュウ」…………3第2話「モーリシャス・ドードー」………27第3話「アメリカバイソン」……………47第4話「オオウミガラス」………………67第5話「ピレネーアイベックス」………87第6話「リョコウバト」…………………107第7話「キタシロサイ」………………131第8話「ニホンオオカミ」………………151 第1話のステラーカイギュウというのはこれです。 このマンガで絶滅が描かれている動物たちは、名前を知っているものも、名前さえ知らないものもありますが、絶滅の原因は、実に、哀しいことですが、すべて、その時代、時代に生きた人間たちでした。 地球が「生きものの星」になって、人間という生きものがその星に登場して、さて、どれくらいの時間がたったのか。人間が登場したことで、どれくらいの生きものたちが絶滅してしまったのか。しみじみと振り返るマンガです。 今、人間たちは地球という自分たちの住処さえも壊してしまいそうになっているを、毎日の猛烈な暑さの中で実感しています。 このマンガに登場する動物たちはもう戻ってきません。自分が「生きものの星」に偶然生まれた「生きもの」であることを忘れたかの人間は、やがて、このマンガに登場する動物たちのように「絶滅」するのでしょうか。 何をやっても大丈夫だとたかをくくってでしょうか・・・ 地球という、生きものたちを育んできた大きな星を壊してきた自らの姿にそろそろ気づいてもいい時がやって来ているのですね。人間が生きものと一緒に生きている生きもの星の仲間であること! 多分、そこから考えることが大切なのでしょうね。そんなことを思い出させてくれるマンガでした。 2026-no047-1262 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.20
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濱口竜介「急に具合が悪くなる」シネリーブル神戸 映画の製作が伝えられて以来、ずっと待っていました。ところが、カンヌで主演女優賞をとったとか、話題が盛り上がってしまって先週の封切り以来、神戸でも満員御礼状態で、席が空くのを待っていました。 で、遂に、見ました。濱口竜介監督の「急に具合が悪くなる」。196分の大作でした。 はい、文句ありません!(笑) エンド・ロールを眺めていて現代資本主義講座やんな、これ! あっという間の3時間でした。集中講義でした(笑)。茶化しているのではありません。 濱口監督のお手柄はフランスの人と日本の人をフランスという舞台で出合わせたことでしょうね。映画が描いている、国境、性別、年齢、価値観、これを、それぞれ個別の社会の現実として描いていたら、ボクはこんなに胸うたれたでしょうか?「そうはいっても、やっぱりむずかしいよ。」 見終えて劇場を出るときに、ほぼ、同世代の男性が、ご一緒に見ていらっしゃったパートナーらしき女性に、そうおっしゃっている声が聞こえてきて、思わず振り返りました。たしかに、むずかしいですね。 しかし、路面電車の車中から走っている少年、智樹君を見かけたマリーが電車を降りて彼の後を追い、じっと彼の顔を覗き込むように近づいていく最初の出会いのシーンの驚きは「むずかしい」でまとめたくないなというのがまあ、感想その1でした。 あのシーンでマリーは何をしたのでしょう。ボクには、あのシーンのマリーの姿に、人と人を「個」として切り離すことで成り立っている「現代社会」に対するこの監督のアンチ・テーゼ、「人と人が出会うこと」が率直に、且つ、美しく描かれていると感じられました。 で、感想その2は、劇中劇、シアターライブに対する拍手!です。これまでも、繰り返し演劇的場面を映像化してきた濱口監督だからできた手法ですね。 ボクは長塚京三という俳優のスクリーンに映る演技が嫌いでしたが、今回、この作品では舞台を演じる役者の姿も、孫と暮らす、よろつきながら歩く老人としての姿も、心うつ演技で納得させてくれていますね。 演劇そのものの舞台と観客との距離を、映像化という手法以前に演出的にも引き寄せようとする意図はあきらかで、マリーと少年との出会いを反復するかのように「演じる人」と「見ている人」とを同じ劇的空間に招来しようという劇中劇に、ちょっと興奮しました。拍手! その3は、やっぱり主演のお二人とか、智樹君を演じた黒崎煌代くん、ベテラン看護師役のマリー・ビュネルさんですね。拍手! この映画は、何だか理屈っぽい展開を、ジーちゃんバーちゃんをはじめ、登場する俳優さんたちの姿を人間が猫とか犬とかと同じ生きものであるという自然な存在として映像化しているところがスゴイですね。 お互いの足の裏をいじり合い、気持ちよさそうにゴロゴロしている老人の姿によって未来に対する希望を描くことができるという確信が濱口監督にあるんですね。拍手!拍手!でした。 久しぶりにキャピタリズム=資本論という言葉と出会って、しみじみしてしまいました。そんな言葉を口にすると、今でサヨクとかいう、罵倒の標的ですからね。 必要性が叫ばれ続けているにもかからず劣悪な給与体系のせいで人手不足に悩む介護や看護の現場。病者や障碍者に対する美しいいたわりのきまり言葉がネット上で上滑りする健常者優先社会。スマホを覗けば世界の現実は手に取るように見ることができて、わからないことは何でもポケットの中のAIが教えてくれるという錯覚の中で、「自己肯定」とか「自己責任」とかいう、他者不在の世界認識が蔓延している、一見、平和な世の中。どこか、おかしい・・・ それが、我々の世代が、今、高齢者と呼ばれるようになってたどり着いた現実です。そういう、「どこか、おかしい」時代の中で、こんな作品を差し出してくる濱口竜介監督に、もう一度、拍手! ようやく、濱口竜介はいいよ!にたどり着きました(笑)。 監督・脚本 濱口竜介原作 宮野真生子 磯野真穂脚本 ルディムナ玲亜撮影 アラン・ギシャウア美術 ミラ・プレリ衣装 カロリーヌ・シュピート編集 山崎梓音楽 サミュエル・アンドレイエフキャストビルジニー・エフィラ(マリー=ルー・フォンテーヌ 高齢者介護施設介護士)岡本多緒(森崎真理 劇作家)長塚京三(清宮吾朗 俳優)黒崎煌代(窪寺智樹 清宮の孫)ジャン=シャルル・クリシェ(オリヴィエ)マリー・ビュネル(ソフィ 看護師)ロマン・コタール(ダミアン 介護士)マリー・ドゥナルノー(ロランス)ガブリエル・ダマニ(ジブリル)エロイーズ・ジャンジョー(ヴァネッサ)セフォラ・ポンディ(アディジャ)ハイディ・ベッカー=バベル(マリオン)2026年・196分・G・フランス・日本・ドイツ・ベルギー合作2026・06・26・no123・シネリーブル神戸no391追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.19
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小林まこと「JJM女子柔道部物語 社会人編03」(EVENING KC 講談社) 今日のマンガ便は小林まこと「JJM女子柔道部物語 社会人編03」(EVENING KC 講談社)です。 前回、第4巻を先に読んでいて、あれ?第3巻、読んでないかも。 マンガ便を届けてくれるトラキチ君に伝えると届けてくれました。 1991年、バルセロナの世界柔道選手権で平成の三四郎と異名をとった古賀稔彦選手が大活躍した、あのころが舞台です。 もちろん、このマンガの主人公エモちゃんは音羽海上という実業団に入社し、社会人になったばかりで、寮母さんに心配かけまくりのトンチンカンな寮生活、生れて始め経験する東京の夜の町に目を丸くする田舎者の20歳のトッポイ女の子の時代です。 これが裏表紙です。 寮母さんに心配をかけて、先輩に叱られているエモちゃん(笑)です。 お話のメイン、本筋の柔道もやる気はあるのですがぶつかりまくる壁に焦って大怪我をしてしまう結末で、ハラハラしながら笑って終わったのが本巻でした。マンガの面白さは相変わらずでした。 ケガをして、帰省し、彼女の生い立ち、妹弟との再会が描かれる4巻を先に読み終えていたので、何となく、次の山場への橋渡しの巻という読み方をしたのですが、初々しい社会人エモちゃんを笑いで描いていて、楽しい1巻でした。 余談ですけど、当時の柔道についてネットをチコチコしていて、平成の三四郎、古賀稔彦さんが2021年に53歳の若さで亡くなっていることを知ってショックでした。このマンガの主人公のモデルである恵本裕子さんは現在53歳で、お元気なようでホッとしました。 2026-no069-1284 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.19
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まの瀬 みはる「島ロック1」(集英社) トラキチ君の7月のマンガ便で届いた新しいマンガです。著者がまの瀬さんとみはるさんというお二人で、題名は「島ロック」です。「少年ジャンプってまだあるんだ!」と60年前の少年が驚いている週刊少年ジャンプに連載されているマンガのようです。 高校受験で、定員割れだけを理由に選んで合格した学校が離島にあって、かえって喜んで島にやって来た小津隼人くんが、新入生が4人しかいない高校生活を始めるという出だしで、マンガは始まりました。 藤堂みなぎちゃん、江本ユキちゃん、木宮太郎君が同級生です。学校は有久高校。九州の長崎県にある五島列島に、実在する宇久島という島にある宇久高校がモデルのようです。 なんというか、ボクには、もう、それだけで面白いですね。「やさしい島で、不器用な青春が、また鳴り始める!」 腰巻の宣伝文句です。 この第1巻では、島の人たちがぽつぽつと紹介され、同級生たちのキャラが少しずつ描かれていますが、島にやって来たばかりの隼人君はオタオタするばかりで、鳴り響く青春には、まだちょっと時間がかかりそうですが、藤堂みなぎちゃんと江本ユキちゃんという、二人の女の子は、かなり個性的でパワフルですね。 絵柄も軽くて好みです。次号が楽しみですね。2026-no067-1282 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.18
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石塚真一「Blue Giant Momentum 8」(小学館) トラキチ君の7月のマンガ便で届きました。 石塚真一「Blue Giant Momentum 8」(小学館)です。7月5日の新刊でニューヨーク編の第8巻です。いいなあ、やめられへんなあ・・・ 第7巻から始まっていた初レコーディングですが、出来上がりました。アルバムの名前は「DAI MIYAMOTO MOMENTUM SLUGGER」らしいです。 「SLUGGER」は「スラッガー」、強打者ですね。そのあたりが石塚さん、お上手ですよね(笑)。 今回も、マンガそのものは、全編、ほぼ、演奏シーンです。なんか、不思議なんですけど、マンガは、やっぱりマンガでしかなくて、音は聞こえないわけなんですけど、このマンガって音を聞いているような気分にしてくれるんですよね。 まあ、そのうち、音入りアニメ映画とかになるかもですから、その時が楽しみなんですけど、ついでに言うと、大ちゃんに限らず、吹き出しの言葉は二ホン語なんですけど、彼らは、多分、英語で喋っているはずなんですよね。まあ、そのあたりはアニメ化しても変わらないんでしょうけど、マンガって不思議ですね。 まあ、そういうわけで大ちゃんたちはツァーです。いろんな人と出会う旅ですね。石塚真一の得意技炸裂です。 ああ、それから事件も起こります。大ちゃんの、あの楽器が・・・・・。 まあ読んでみてください。 次号も楽しみですね。 2026-no068-1283 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.17
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菊地啓「Returnees(リターニーズ)元こども兵 それぞれの再起」元町映画館 なんの予備知識もないまま、「リターニーズって何?」で見ました。 菊地啓という方が監督の「Returnees(リターニーズ)元こども兵 それぞれの再起」というドキュメンタリィ―でした。11歳で誘拐され、人殺しをさせられた まず、そういう現実が世界のどこかにあることに言葉を失いました。少年たちは「こども兵」と呼ばれているそうです。 反政府武装組織LRA(神の抵抗軍)と政府軍が20年以上内戦を続けているアフリカのウガンダという国の出来事です。 LRAが国内だけではなく、近隣諸国の村を襲い、子どもたちを誘拐・拉致し、男の子は兵士にさせられ、女の子は兵士たちと強制的に結婚させられるという現実です。誘拐された子どもの数は3万人を超えるそうです。 スクリーンに映し出されるのは、「ブッシュ」と呼ばれるLRAの軍から、命がけで逃げてきた人たちです。彼らはリターニーズと呼ばれて、故郷の人たちから差別されています。子ども兵だった僕に帰れる場所はありますか? 映画は、彼らに「帰れる場所」を作る活動を続けてきた「テラ・ルネッサンス」というNPO活動を続ける小川真吾という方の活動と、そこで裁縫や大工仕事を学んでいる「元こども兵」の姿を映し出していました。支える人と、新しい人生、自分の人生を生きようとしている、それぞれの姿、眼差しが胸を打ちました。拍手!ですね。 誘拐され、人殺しや、慰安婦の役目を強制され、故郷からは見捨てられてきた20代、30代の男性や女性たちが「自分自身の人生」を求めて楽しそうにミシンを踏んでいる姿に、「こんな人がいるんだ!」という、最初の驚きを忘れて、やっぱり、涙がこぼれました。 小川真吾という方の活動もスゴイですね。拍手!で、この記録を映画にしてくれた菊池監督やスタッフの皆さんにも拍手!でした。監督・撮影・編集 菊地啓プロデューサー 上田未生効果・整音 高木創カラーグレーディング 石原史香音楽 ライアン・トーバート通訳・コーディネーター オチョラ・ドミニク助監督 大久保雪花2026年・102分・G・日本2026・07・14・no135菊地啓・元町映画館no386追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.16
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フリーヌル・パルマソン「きれっぱしの愛」シネリーブル神戸 アイスランドとかフィンランドとかの映画って好きなんですよね。そんなに見たことがあるわけじゃありませんが、どこか、ぶっ飛んでるんですね(笑)。 まあ、そこが好きなんですけど(笑)。 今回、見たのは、2年ほど前に「ゴッド・ランド」という作品で名前を覚えたフリーヌル・パルマソンという監督の「きれっぱしの愛」です。 「ゴッド・ランド」は、なぜかカメラを担いだ宣教師が主人公だったのですが、今回はホーム・ドラマ仕立てでした。 夫と別れてオネーチャンのイダちゃん、双子の兄弟のグリム―ル君とソルギス君、そして愛犬パンダという三人と一匹と暮らすアンナさんの四人家族のお話でした。 で、彼女は、所謂、前衛芸術家、絵描きです。この映画の面白さの一つは、彼女の作品の制作過程が、結構、丁寧になぞられていて、その面白さですね。 まあ、こう書くとシングル・マザーと家族の日々となるはずなのですが、なぜかそうはなりません。というのは、ここからがぶっ飛んでいるのですが、家から追い出されたはずの元夫で、子どもたちのお父さんのマグヌスさん、大きな漁船に乗っている漁師さんなのですが、その男性が、ほとんど、お父さんで夫のままとしか思えない風情でアンナさんたちの家に出入りし、「愛」をまき散らすんですね。「どうなってんの、これ?」 ガチョウの卵を盗んで帰るインチキ画廊オーナーのセスナの墜落。子供たちが海の見える草原に作った射的の鎧兜の人形。その人形が動き出し、兜を取ってみたら女だったりする不思議。家族の会話やテレビから流れる不穏な話題。スカートでマグヌスの顔をまたぐアンナ。スカートの中を見上げてパンツに見入るマグヌス。「雄鶏はセックスするだけ」とか語り合う子供たち。その雄鶏を撲殺し、結果、巨大な雄鶏に襲われるマグヌス。弓矢遊びで怪我をした息子の元へ行こうと漁船から海に飛び降り、そのまま、海面に浮かび続けるマグヌス。虚なのか、実なのか。 普通なのに不思議な日常、背景に広がるアイスランドの美しい風景、そんなスクリーンに飛び散るように見えるそれぞれの「愛」のきれっぱし! まあ、よくわかんないシーンが繰り広げられて、わかった!とは言わせないと作っているとしか思えないフリーヌル・パルマソン監督に不思議な面白さを感じてしまって、拍手!でした(笑)。はい、結局、説明できませんけど(笑)。 あのね、これがチラシの裏なんですけどね。クレーンだかの先端に座っているのがアンナなんですけどね、こういうシーンが、ボクにとってはいかにもアイスランドなんですよね。好きなんです。 で、映画のラスト、アイスランドあたりの、多分、かなり冷たいに違いない海に浮かんでいたマグヌスさん、あれからどうなったんですかね。そんなに、悪いやつじゃないと思うんですけど。とか、気にかかっちゃうんですよね(笑)。 この映画に出てくる子どもたちって、監督の実のお子さんたちらしいんですけど、かわいかったですね。拍手!監督・製作総指揮・脚本・撮影 フリーヌル・パルマソン製作 アントン・マウニ・スバンソン カトリン・ポルス美術 フロスティ・フリズリクソン衣装 ニーナ・グロンルンド編集 ユリウス・クレブス・ダムスボ音楽 ハリー・ハントキャストサーガ・ガルザルスドッティル(アンナ 芸術家)スベリル・グドナソン(マグヌス 元夫)イダイダ・メッキン・フリンスドッティルグリムールグリムール・フリンソンソルギスソルギス・フリンソンパルミイングバール・シーグルズソンマルティンアンデシュ・モッスリング2025年・109分・G・アイスランド・デンマーク・スウェーデン・フランス合作原題「Ástin Sem Eftir Er」2026・07・08・no131・シネリーブル神戸no395追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.15
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フランコ・ガルシア・ベセラ「雲と大地のはざまで」元町映画館 南米の田舎の村の映画、きっと、そうだろうと思って見ました。そうでした!(笑)。 フランコ・ガルシア・ベセラという、多分、ペルーの監督の「雲と大地のはざまで」という作品です。 ペルーの山の中の小さな村で忠犬ランボーとアルパカの子供のロナウドが友達で、毎日、二十数頭のアルパカの放牧を仕事にしている、多分、小学校4年生くらいの少年フェリシアーノ君が主人公でした。 で、少年がアルパカを追って歩き回っている高原の向こうにそびえるアンデスの山々と青空を流れる雲という、文字通り神々しい風景が、まず、素晴らしかったですね。 あたかも主人公の少年を天国で遊ぶ天使であるかのように思わせる風景がスクリーンに広がります。でもね、実は、彼は、小学校も廃校になってしまった村に、ひとりぼっちで残された孤独な少年なのですね。 一緒にサッカーボールを蹴り合ったり、取っ組み合いをしたりしていたはずの友達の家族は、おそらく、金をばらまいて住民を追い出しにかかる鉱山業者に土地を売り、アルパカを手放して町へ降りてしまったんでしょうね。村には、少年の両親と近所のジーちゃんバーちゃんたちだけが「土地」と「アルパカ」のいる暮らしにとどまり続け、開発業者と争っています。 今や、この神々しい山並みのアンデスの山奥も現代社会なのですね。中国の最奥の土地からスマホをかける青年を映した映画を見たことを思い出しました。アンデスのこの映画では、フェリシアーノ君が持っているのはラジオで、大好きなサッカーの実況中継を見るためには町まで下りなければならないというわけでしたから、あれより、もっと奥地というわけです。 で、開発業者によるのであろう襲撃があって、数頭のラマの首がはねられ、一人ぼっちの少年の友だちであるランボーとロナウドが行方不明になってしまうという、ハラハラする展開で、二匹の友だちを探す少年の姿に「なんとかしてやりたいなあ。」と思っていると、一人のおばーちゃんが少年に言うのです。「あの、いつもは恐ろしい山の神に祈りなさい!」 神さまの名前も聞いたのですが、残念ながら忘れちゃいました(笑)。で、少年はおばーちゃんの言葉に従い、山に入り、山の神に捧げものをします。すると、大きな黒い雲が押し寄せてきます。 翌朝、目をさました少年は友だち二匹と再会し、捧げものがいつの間にかなくなっているシーンが映し出されます。なにはともあれ、よかった、よかった!(笑)でした。拍手! この映画、原題が「Raíz」なんですね。スペイン語で「根っこ」のことらしいのですが、この作品が描こうとしている「根っこ」ってなんでしょうね。 アンデスの美しい風景を堪能させながら、サッカーに夢中な少年に人里離れた山の暮らしの奥に潜む「根っこ」の存在をそっと教えるかの作品を撮ったフランコ・ガルシア・ベセラ監督に拍手!でした。 それから、少年を演じたアルベルト・メルマ君、ラマのロナウド君、ワンちゃんのランボー君、よかったですねえ(笑)。拍手! 監督 フランコ・ガルシア・ベセラ脚本 アンヌマリー・グンケル アリシア・キスペ撮影ジョン・カラスコ編集 フランコ・ガルシア・ベセラ フアン・フランシスコ・ゴンザレスキャストアルベルト・メルマ(フェリシアーノ 少年)ネリー・ウアイタリチャード・タイペ2024年・83分・G・ペルー・チリ合作原題「Raíz」2026・07・11・no134・元町映画館no385追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.14
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斎藤陽道「よっちぼっち 家族四人の四つの人生」(暮しの手帖社) 2020年ですから、6年前ですね。河合宏樹という監督が撮ったドキュメンタリィー作品「うたのはじまり」という、なんというか、ものすごい作品を見て、その映画に登場していた斎藤陽道という人の名前を覚えました。 で、市民図書館の棚にその名前を見つけて「アッ、あの人や!」 お風呂で赤ん坊を抱いて歌を歌っていた人です。 ろう者の写真家、斎藤陽道(はるみち)さんが、パートナーのまなみさんと、コーダである二人のお子さんと暮してこられたに4年間の記録?、日記?、エッセイ?、どう言っていいか分かりませんが、まなみさんやお子さんに、あるいは、自分自身に語りかける文章の1冊でした。 というわけで、今日の案内は、斎藤陽道「よっちぼっち 家族四人の四つの人生」(暮しの手帖社)です。 こんな文章が最初にあります。 はじめに ことばの光る道を築く ろう者の、ぼく、まなみ。 聞こえる子どもの樹(いつき)さん、畔(ほとり)さん。 身体が違えば、見えている世界も違う。 ぼくは聞こえる世界のことをしらない。 結局のところ、暮らしに答なんてなかったし、励ましになるような文章などと、おこがましいことであった。ただ、ひとりぼっちのぼくが、もっとも近くにいるひとりぼっちに向けて交わしたことばを、どうにか残そうとしゃかりきいなった痕跡だけが残った。 長くも短い四年のうちに、自然と定まってきた行為がある。ほほえみも、体温も、ことばとして響くようにと、見つめながら抱きしめる。相手のアゴを使って、手話で「好きだよ」と伝える。続けて、お互いに頬を合わせながら、デフボイスで「たからもの」とささやく。毎夜、このように子どもへ伝えている。 そうか、手話をことばとしていると、こうやって生きて、愛して、関わっていくこともできるのだなあと、自分で自分の暮らしに驚くことがしばしばある。 ぼくたちは暮らしながら、ことばの光る道を築いているのだ。 ひとりぼっちが四人で、よっちぼっちというのが書名の由来です。「暮しの手帖」に連載なさっていた文章ですね。 「音」があることが、「耳が聴こえること」が、当たり前であると思い込んで生きてきたボクには、驚くべきことばの姿が語られていました。 「声」という音の痕跡によって人が繋がっていくと考えるのであれば、それぞれがひとりぼっちである外はないろう者である両親、コーダである子供たち、光を放つことばの道を歩むことでよっちぼっちになっていく暮らしです。 なにを言いたのか意味不明なことを口走っていますが、本書をお読みになればわかっていただけるだろうと思っています。 で、最後の引用されていた神谷美恵子さんの詩が気に入ったので載せておきます。うつわの歌 神谷美恵子私はうつわよ、愛をうけるための。うつわはまるで腐れ木よ、いつこわれるかわからない。でも愛はいのちの水よ、みくにの泉なのだから。あとからあとから湧き出でて、つきることもない。うつわはじっとしてるの、うごいたら逸れちゃうもの。ただ口を天に向けてれば、流れ込まない筈はない。愛は降りつづけるのよ、時には春雨のように、時には夕立のようにどの日も止むことはない。とても痛い時もあるのよ、あんまり勢いがいいと。でもいつも同じ水よ、まざりものなんかない。うつわはじきに溢れるのよ、そしてまわりにこぼれるの。こぼれて何処へ行くのでしょう、― そんなこと、私知らない。私はうつわよ、愛をうけるための。私はただのうつわ、いつもうけとるだけ。 「うつわのうた」 で、「よっちぼっち」の斎藤さんちに五人目のひとりぼっちが加わったそうです。「ごっちぼっち」というわけです。 二〇二三年の夏、もうひとつの器がやってきた。沖永良部島で眺めた、どこまでも広がる満点の星空が命名のきっかけとなった天彌(あまみ)さん。「よっちぼっち」から、「ごっちぼっち」となろうとは、連載を始めたころは想像だにしていなかった。人間、どうなっていっくかなんて本当にわかりゃしない。 まなみも、樹さんも、畔さんも、天彌さんを慈しみ深く抱きしめながら、いのちの水をそそいでいる。天彌さんに向けるみんなの表情は、きらめくことばの結晶だ。天彌さんの肌に触れながら語りかける手話は、すずやかに染みわたっていることだろう。 また、ここから始まっていく。二〇二三年十月一日 斎藤陽道(P141) 2026-no064-1279 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.13
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ロビン・リー「フォー・トレイルズ限界を超えてゆけ」シネリーブル神戸 今日は2026年の7月10日ですが、一昨日だったか、梅雨が明けた神戸の町は文字通り「青空」で、真夏が始まりました。(笑) 徘徊老人、汗だくでやって来たシネ・リーブル神戸でしたが、見たのはロビン・リーという監督のドキュメンタリィー、「フォー・トレイルズ」でした。 予告編を見ていて、ゴールにたどり着いた選手たちが、みなさん号泣している様子に惹かれてやってきました。 見終えて、もらい泣きしながら思わず拍手! ナルホド!そりゃあ、泣くよね。 トレイルというのは、そもそも山道とかいう言葉らしいのですが、「トレイル」という耐久競技があることも、その内容も全く知らずに見ました。総距離298キロ、獲得標高14500メートル チラシにある、この数字がどういう意味を持っているのか、一日何歩とか、スマホかなんかで測ることすらイヤな老人には、もちろん理解できません。でも、60時間でこの数字をクリアしようと、淡々と歩く人たちの姿は感動的でした。 このレースは道を歩くだけじゃなくて、コンビニで買い物したり、電車やフェリーに乗ったりもするんですが、一人一人の選手の皆さんの、その場、その場の、一挙手、一投足から目が離せないんですよね。 で、この映画で唸るもうひとつは風景ですね。「香港四徑大歩走」 これが映画の原題らしいですが、選手たちが歩くコースと香港の街のコントラストというか、くねくねと線を引いたように山中に見えるコースをアリンコのような様子で選手が歩いていて、その向こうに恐ろしいほど密集し聳えているビル群が見えるのですが、ことばにならない凄さがスリーンに広がりますね。 選手の皆さんにはもちろん拍手!ですが、この映像の組み合わせで、現代を生きる人間の儚さのようなものを感じさせてくれたロビン・リー監督にも拍手!でした。 先日、「ロングウォーク」という映画を見ました。作り話的設定だと思い込んでいたんですけど、この「フォートレイル」を見て、実際にある競技だと知りました。驚きました。もちろん、実際の競技では歩くのをやめたからといってあの映画のように撃ち殺されたりはしません。むしろ、棄権するに至る選手について、棄権は棄権として讃える視線で貫かれている映画でした。レースじゃない。人生そのもの。 チラシにある言葉です。その通りでした。もう一度、拍手! 監督・編集 ロビン・リー製作 ベン・リー製作総指揮 アリソン・フリードマン日本語字幕監修 鏑木毅プロトレイルランナーキャストアンドレ(主催者)ストーン(香港の若いランナー)ポン(大怪我をしながら参加したベテラン)サラ(感想に挑戦する若い女性ランナー)サロモン(頭脳派エンジニア・ランナー)ウィル(心理学者ランナー)ニッキ(女性で唯一完走ランナー)チャン(ムードメーカー・ランナー)2024年・106分・G・香港原題「香港四徑大歩走」英題「Four Trails」2026・07・10・no133・シネリーブル神戸no397追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.11
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真壁幸紀「シンシン・アンド・ザ・マウス」シネリーブル神戸 吉本ばななの原作の映画化、ただそれだけに興味を惹かれて見ました。 真壁幸紀という、やっぱり知らない監督の「シンシン・アンド・ザ・マウス」です。 吉本ばななという作家が「キッチン」(新潮文庫)という作品で海燕新人賞を取ってデビューしたのが1987年ですね。 彼女が、あの吉本隆明の次女だということは、すぐに知れ渡って、ボクも、その話題に乗って読んだ記憶があります。彼女の作品にただよう独特な空気感が面白くて読み続けていましたが、お父さんが亡くなったころから読まなくなって、10年くらい経ちました。 で、なぜ、今、吉本ばななに?なんですが、つい、先日、「シマクマさん、バナナお好きでしょう。こんな話、知ってます?」といって文学好きのお友達教えてくれたネット上の情報なんですが、それが、この作家にとっての高名な父親ということばかりに気を取られていた吉本家の、娘たちと母との話だったんですね。詳しいことは、吉本ばなながネットで公開しているらしいノートだかをさがしていただきたいのですが、母と娘、姉と妹の、ちょっと想像を絶した話でした。 で、「シンシン・アンド・ザ・マウス」という、この映画です。 原作は、「ミトンとふびん」(新潮社)という、2022年谷崎潤一郎賞を取ったらしい、まあ、ボクは読んでいない短編集に収めらている作品のようです。母をうしなって傷心の娘、光岡ちづみという女性が旅先の台湾での、新しい出会いをする話でした。「立ち直りを描いた美しい映画だった。」 チラシに載っている吉本ばなな自身の感想の結びの言葉です。はい、その通りでした。 なにが、どう、ということを振りかえると、要するに、偶然の出会いに始まり、愛し合うという結論に至る、二人の男女が母について語り合う物語だったと思うのですが、最初から最後まで作り話にしか思えなくて、ちょっと疲れた気分で見終えました。 主人公のちづみを演じる岸井ゆきのさんも、シンシンを演じるツェン・ジンホアくんも悪くないんです。二人に間で交わされる会話も悪くないです。シンシンの日本語に引っかかる人はいるかと思いますが、ボクには自然でした。ただ、二人の間で語り合われ、映像としても映し出される、記憶の中での、それぞれの母との関係、そして、今のありさま、その二人の成り行きに、ちょっと、ついていけなかったんでしょうね。 まあ、美しいラブ・ストーリィーというよりも、心理ドラマとして見てしまっていたわけですが、こういうのって、リアルなんでしょうかね? 映画を見て面白ければ、久しぶりにばななを読んでみようかとか思っていたんですが、ちょっと、すぐにとび付きたいとは思いませんでしたね。まあ、ヒマですから、また、読んだら案内しますね(笑)。監督・脚本・編集 真壁幸紀原作 吉本ばなな脚本 加藤法子主題歌 藤原季節 asマサミチキャスト岸井ゆきの(光岡ちづみ)ツェン・ジンホア(シンシン 田口真吾)藤原季節(マサミチ)中田青渚(サチ)柄本時生(ライブハウスの店長)伊勢佳世(クリーニング店の店員)飯田基祐(蓮沼弘喜)リン・チェンシーエンジェル・リーリン・メイジェン余貴美子(光岡沙都子 母)2026年・108分・G・日本2026・07・08・no132・シネリーブル神戸no396追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.10
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フランシス・ローレンス「ロングウォーク」シネリーブル神戸 スティーブン・キングが、どっちかというと苦手なんですが、彼のデビュー作の映画化ということで興味が湧いて見ました。 フランシス・ローレンスという監督の「ロングウォーク」です。「歩くか即死」 チラシに踊っている宣伝文句です。50人の出場者が「時速4.8キロをキープすること」「速度が下回ると警告開始」「3つの警告で即死」「最後の1人になるまで歩き続けること」というルールで「歩く」話でした。 現実には、まあ、ありえない、実に殺伐とした設定のお話なのですが、妙に納得して見終えました。要するに、人が生きているっていうのはこういうことなんだな・・・ そういう、納得です。あんまり読んでいないので、具体例が浮かびませんが、いかにもスティーブン・キングでした。 最後まで生き残るのは一人だけというレースのルール上、どっちかが先に死んでしまう、という役柄を演じているレイ(クーパー・ホフマン)とピーター(デビッド・ジョンソン)という二人の青年がよかったですね。彼らを中心に、青年たちのありさまというか、死に曝されて歩きながら、ただ、お喋りし続けるシーンが続きます。 女性は、レイの母親(ジュディ・グリア)以外、一人も出てこない所が原作の時代を感じさせる面もあります。 まあ、スピードを維持できなくなっている年齢を自覚せざるを得ない眼には、少々しんどかったのですが、青年たちの歩き方に見入りました。ラストは「そうでなきゃ!」という、なんかホッとする結末で、特に主人公のお二人と監督に拍手!でした。 帰って来て調べてみるとスティーブン・キングさん、78歳だそうで、まだ歩き続けていらっしゃるようで拍手!でした。監督・製作 フランシス・ローレンス製作 ロイ・リー スティーブン・シュナイダー キャメロン・マコノミー原作 スティーブン・キング脚本 J・T・モルナー撮影 ジョー・ウィリアムズ編集 マーク・ヨシカワ音楽 ジェレマイア・フレイツキャストクーパー・ホフマン(レイ・ギャラティ 歩く人)ジュディ・グリア(ミセス・ギャラティ レイのお母さん)デビッド・ジョンソン(ピーター・マクヴリーズ 歩く人)ギャレット・ウエアリング(ビリー・ステビンズ 歩く人)トゥット・ニュオット(アート・ベイカー 歩く人)チャーリー・プラマー(ゲイリー・バーコヴィッチ 歩く人)ベン・ウォン(ハンク・オルソン 歩く人)ローマン・グリフィン・デイビス(アダム・カーリー・ホワイト 歩く人)ジョーダン・ゴンザレス(リチャード・ハークネス 歩く人)ジョシュア・オジック(コリー・パーカー 歩く人)ジョシュ・ハミルトンマーク・ハミル(少佐 歩かせる人)2025年・108分・R15+・アメリカ原題「The Long Walk」2026・07・07・no130・シネリーブル神戸no394追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.09
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アンドレイ・タルコフスキー「ストーカー」元町映画館 元町映画館で没後40年 タルコフスキー特集 超域の映像 2026 という特集が始まりました。で、でかけました。 特集の初日で土曜日です。なんと、まあ、60席しかないミニシアターではあるのですが、大学生らしき若い方たちで、ほぼ満席の盛況で驚きました。 見たのはアンドレイ・タルコフスキー監督の1979年の作品、「ストーカー」です。 タルコフスキーとか、ボクにとっては20代の頃の「惑星ソラリス」あたりの記憶しか残っていない、まあ、ホントは何にも残っていませんが、そういう映画監督です。 ロシア映画の研究者というか紹介者で、最近、ネーヤ・ゾールスカヤという方の「時代に永らえる映画」(未知谷)というソビエトの映画評論・エッセイの本を翻訳、出版されたOさんという、なぜかお知り合いの方がいらっしゃいます。 で、その彼女から「元町でタルコフスキーの特集やるらしいから、1本でもいいから見てね。」 で、やって来たわけですが、題名の「ストーカー」は、今どきでは他人の行動や生活を覗き見する犯罪の意味で流通している言葉です。ボク自身、そうなのかなと思って見始めましたが、違いました。 「密猟者」くらいが、多分、普通の訳で、この映画では「ゾーン」と名付けられ、一般市民立ち入り禁止の地域にあるといわれる、謎の「願掛けの部屋」への「案内人」を名指す言葉でした。 映画はストーカーの案内で、物理学の教授と小説家が出かけて行き、帰ってくるお話で、願いがかなう部屋の存在、だから人間の欲望を巡って、科学者と文学者と一般市民との三つ巴の議論の山した。 70年代のソビエトロシアを描いた作品らしいなあというのが率直な感想でしたが、チラシの写真に写っている少女の読書のシーンで、唸りました。 ここまで、欲望充足の目的地を目指す大人の男3人の、いかにもタルコフスキー! まあ、そういいたくなる摩訶不思議な映像体験でしたが、生まれながらに足が不自由なこの少女が、多分、誰かの詩集を抱えて声に出して読むのです。すると、彼女の目の前の机の上のコップが滑るように動くんですね。 ザンネンなことに、彼女の朗読していた詩のことばは忘れてしまいました。「これは、なんなんだ?!」 はい、これこそ、確かに、タルコフスキー体験!でした。拍手!監督・美術 アンドレイ・タルコフスキー原作・脚本アルカージー・ストルガツキー ボリス・ストルガツキー撮影 アレクサンドル・クニャジンスキー音楽 エドゥアルド・アルテミエフキャストアレクサンドル・カイダノフスキー(ストーカー密猟者)アリーサ・フレインドリフ(ストーカーの妻)アナトリー・ソロニーツィン(作家)ニコライ・グリニコ(物理学の教授)1979年・163分・ソ連原題「Stalker」2026・07・04・no128・元町映画館no384追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.08
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ジェレミー・マー「Count Basieカウント・ベイシー」シネリーブル神戸 先日「マイケル」を見た勢いで今日はジェレミー・マーという監督の「カウント・ベイシー」でした。2018年に製作されたドキュメンタリィー映画でした。 たしか、1984年だったかに亡くなったカウント・ベイシーの思い出を楽団のメンバーの方、たとえば、クインシー・ジョーンズとか、家族のお友達の方が、それぞれベイシーの人柄を懐かしく語っているあたたかい作品でした。 今秋、カウント・ベイシー楽団が来日するらしい企画に合わせての上映のようですが、カウント・ベイシー楽団って、まだあるんですね! ちょっと、驚きました。 映画はしみじしちゃうエピソード満載でよかったですよ。 なにしろ、1904年生まれで、多分、無声映画の伴奏とかでピアノをマスターして、スウィングジャズの時代の代名詞のような人ですからね。考えてみれば、ジャズという音楽の100年の歴史の始まりのお勉強でしたが、退屈しませんね。 家族のこと、公民権運動の時代のアメリカのこと、ビッグバンドの旅の話、みんな、面白いんですけど、やっぱり聴こえてくる音楽がいいですね。 ピアノを弾くベイシーの姿が音色と一緒に映し出されてサイコー!でした。 映画の中でカウント・ベイシーのカウントって「伯爵」とかの意味で、デューク・エリントンのデュークが「男爵」の意味だから、それを越えようと名乗ったというエピソードをベイシー自身の映像が語っているシーンがあって、「ああ、そうだったよな。」と思い出して、面白かったですね。 ついでですが、見ていて、思い出したことがもう一つありました。彼の音楽を初めて聴いたのは1970年代の半ば、大学1年生だった時に、当時、仙台の大学にいたI君という、まあ、ロックにしろジャズにしろ、高校時代から音楽の師匠のような友達の下宿でした。「折角、神戸から来てるんやから、日本で一番音のええジャズ喫茶行ってみるか?」 とか、何とか誘われて、仙台から、多分、列車に乗って一関のベイシーという有名なジャズ喫茶に行ったことですね。 で、今日、映画を見終えて帰って来て「ベイシー」と検索すると今でもあるそうです。スゴイですね。 まあ、それだけの話ですが、ボク自身の記憶の奥を掘り返してくれる、なんだか懐かしい作品でした。拍手!監督 ジェレミー・マーキャスト カウント・ベイシー2018年・75分・G・イギリス原題「Count Basie Through His Own Eyes」2026・07・06・no129・シネリーブル神戸no393追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.07
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坂西未郁「メモリィズ」キノシネマ神戸国際 チラシが出始めたときから、まあ、数少ない贔屓の男優さん(笑)である柄本佑君が主役らしいということで気になっていたのですが、微妙な時間帯の上映で見落としそうになりながら無事見ることができました(笑)。 坂西未郁という、名前に覚えのない監督の「メモリィズ」です。 坂西未郁という方は「みいく」と読む名前らしくて、女性かな?と思っていましたが、石井裕也監督の「愛にイナズマ」という映画の助監督だった方らしくて、1992年生まれだそうですから35歳くらいの男性でした。監督初挑戦!の作品のようです。 で、映画ですが、とてもよかったですね。 一枚目のチラシの裏に、いろいろ書いてあります。映像について考え抜いた繊細さとでもいえばいいのでしょうか。大好きな人を明日も忘れないために。この気持ちをいつか思い出すために。とめどなく続く、家族の記憶と記録の物語。 チラシの言葉です。 スクリーン自体も、普段見ている映画よりも少し小さいのが印象的ですし、主人公の雄太さんが一人暮らしで骨折するという難儀に陥った義理のお父さんの世話を引き受けて、フェリーに乗って大分にやってくるという始まりです。で、その義理の父親である誠さんが、写真館の御主人で、写真屋さんなんですね。で、上のチラシにある写真もそうですけど、スクリーンに写真が出てくるんですね。 この写真は写真機で撮ったものですが、映画は、それで終わりじゃなくて、このボクでも時は撮るスマホでの写真や、スマホでの交信の映像も出てきます。 そのあたりの組み合わせの妙というか、「メモリィズ」と題して、記憶のはじまる瞬間にいどむ!そういう、印象がとても心地が良くて、いかにも新人監督らしい初々しい意欲に静かに感動しながら、興味深く見終えました。拍手! で、お目当てだった雄太役の柄本佑君ですが、存在感としては誠さん役のイッセー尾形さんの安定感(もちろん役を演じる)とか、毎朝、散歩に連れて行く誠さんちのワンちゃんの方があるようなもんですが、大体、義理とはいえ父親の生活の世話に大分くんだりの知らない田舎までやって来ていて、どうも、宿は別に取っていての通い介護らしくて、親しんだか、遠慮しているんだかよくわからない頼りなさで、その、彼の中に漂い続けるよそ者的なふわふわ感が実にいいんですよね。 たとえば、買い物して誠さんの家に来ると、台所の冷蔵庫の前で叫ぶんです。「冷蔵庫あけます!」 最初、その声を聞いた時には「義理の親の家っていうとそういうもんかな?」と思ったんですが、だんだん、それがこの男の、この映画でのキャラなんだと気づいて、笑いました。 柄本君、尾形さん、ああ、ワンちゃんも、牧場のお馬さんも、よかったですね。拍手! で、この映画の映像で忘れられないのが山焼きのシーンでした。もう一枚のこのチラシにも貼られていますが、事故とか火災とかじゃなくて、そのあたりの山の暮らしのその時期に、毎年、毎年、何年も続けられてきた光景を、久しぶりに再会した家族4人がそれぞれの思いで見ているシーンでしたが、たしかに記憶に残る映像でした。「メモリィズ」、納得です。拍手!監督・脚本 坂西未郁企画 孫家邦撮影 鎌苅洋一写真 江森康之音響 黄永昌編集 普嶋信一音楽 小島央大タイトルデザイン 葛西薫キャスト柄本佑(雄太)穂志もえか(ゆき)イッセー尾形(誠)梅沢昌代伊佐山ひろ子成田裕介占部房子香椎由宇2026年・97分・G・日本 リトルモア2026・06・29・no126・キノシネマ神戸国際no65追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.06
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ペトラ・フォルペ「ナース・コール」シネマ神戸 久しぶりに神戸シネマの2本立てに出かけました。もっとも、2本見る根性はなくて、1本目で納得して席を立ってしまったのですが(笑)。 見たのはペトラ・フォルペというスイスの女性監督による「ナース・コール」でした。封切館で見落として、何となく気になっていたら神戸シネマがやってくれていたので飛びつきました。イヤァー、疲れました!(笑) 通勤バスのスタートから、多分、8時間だか、9時間後の帰宅バスで隣に座った女性の肩に頭を預けてウトウトする後姿に、見ているこちらがホッとするシーンまで、カメラはレオニー・ベネシュさん演じる、公立病院の病棟看護師フロリアさんを追い続けます。 もちろん、舞台が病院ですから医者も出てきますし、インターン実習のアメリアさんとか、同僚看護師のベアさん、十数人いる入院患者さんたち、そしてその家族、という登場人物たちがいます。特に、フロリアさんが出会う、その患者さんたちも、まあ、入院病棟ですから当たり前ではあるのでしょうが、それぞれ命懸けで、それゆえに個性的です。 しかし、映画の主人公は、その現場で動き続けるフロリアさんでした。血圧や体温の測定はもちろん、痛み止めの投薬、点滴の取り換え、おむつの世話、食事や飲み物の世話、話し相手、とどのつまりは退院患者の忘れ物確認、亡くなってしまった患者さんの死体の世話、次々と起こる出来事の、あまりの多忙さに、目を瞠る展開です。頼むから失敗しないで! まあ、そう祈りながら見ていましたが、演じているレオニー・ベネシュという女優さんの表情が、ホント、いいんですよね。 見ているこっちが疲れ果てるのを救う美しさというか、やさしさが表情からにじみ出ているかのようすで心を打たれました。拍手!ですね。 映画は、彼女の境遇についても描いていますし、同じ忙しさで働く同僚とのぶつかり合いと信頼、患者さんとのやり取りの軋轢と和解も、ある種ユーモラスに、無理なく描いていてホッとする結末でした。 フロリアさん、本当に、今日もご苦労さまでした。 そんなふうに終わってくれた監督ペトラ・フォルペさんにも拍手!ですね。 それにしても、この映画が描いている看護職とか、先日見た「急に具合が悪くなる」の介護職とかについて、そういう現場で働く人たちの、仕事の上での人との出会いを、しんどいけれど、肯定的に描いてくれるこういう作品はうれしいですね。拍手!監督・脚本ペトラ・フォルペ製作 レト・シャールリ ルーカス・ホビ撮影 ユーディット・カウフマン美術ベアトリス・シュルツ衣装リンダ・ハーパー編集 ハンスエルク・バイスブリッヒ音楽 エミリー・レビネイズ=ファルーシュキャストレオニー・ベネシュ(フロリア 病棟看護師)ソニア・リーゼン(ベア 同僚)アリレザ・バイラム(ジャン 同僚)セルマ・ジャマール・アルディーン(アメリー)ウルス・ビーラー(ロイ)マルゲリータ・ショッホ(クーン)アルバーナ・アガイ(オスマニ夫人)リドバン・ムラッティ(オスマニ氏)ユルバン・ギゲムデ(ナナ)エリザベス・ロッリ(ラウバー)ドリス・シェーファー(シュナイダー氏の娘)ユルク・プリュス(セヴェリン)エレミヤ・チュン(ソン)エバ・フレドホルム(ビルギン)アンドレアス・ボイトラー(フンガービューラー)ラーレ・ヤバシュ(モリーナ)ドミニク・レンディ(フライ)アンナ=カタリーナ・ミュラー(病棟医レオニー)2025年・92分・G・スイス・ドイツ合作原題「Late Shift」2026・07・03・no127・シネマ神戸no030追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.05
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ブラント・アンダーセン「アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」シネリーブル神戸 予告編の壮絶なシーンを見て興味を惹かれて見ました。所謂、中東情勢というか、パレスチナ、イスラエルからレバノン、シリア、トルコ、イラン、イラク、アフガニスタン、地理も歴史もあやふやで、せいぜい、映画館で見る映画で「ああ、そうなのか、そうだったのか・・・」 そんなふうな発見の積み重ねですが、やっぱり見ておこうとは思う今日この頃です。 見たのはブラント・アンダーセンという、多分、アメリカの監督の「アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」でした。 いきなりニューヨークの摩天楼のシーンが画面に広がり呆気に取られていると、アメリカの病院で医師として働いているらしい女性の表情がクローズアップされ、彼女のスマホに「お誕生日おめでとう」のメッセージが入り、直後に、恐らくシリアであろう病院のシーンへと変わります。「I Was a Stranger」、過去形なのですね。 映画は、アミラというこの女性の記憶をたどるように展開し、最後に、最初のシーンのニューヨークの病院で、胸部レントゲン写真が写っているPC画面に見入っているこの女性が、実は、掃除婦であることを映し出して終わります。 そういうラストですから、最初のシーンに映し出されたアミラが、たどりついたニューヨークでも医師として働いているシーンだったのか、実は掃除婦だったのか、見終えてあやふやなのですが、この映画をみていての、何だか、自分でもよくわからないわだかまりというか、困惑というかはそれだけではありませんでした。 映画は内戦中のシリアで、小児科の医師として働き、自家でのささやかな誕生日パーティーの食卓を空爆によって家族ごと吹き飛ばされ、瓦礫の中からようやく助け出した娘と二人、難民として逃げだしたアミラ親子をはじめ、難民輸送業者のマルワン親子、政府軍の軍人でありながら、反体制派に対するあまりに残虐な状況に耐えきれなくなったムスタファと反体制派の父、難民たちの救助に当たるギリシアの沿岸警備隊の船長スタヴァロスと家族というふうに、四人の登場人物とその家族に焦点を当て、その生活、人となりを描く、所謂、ヒューマン・ドラマでした。 一家団欒が突如爆破されるシーンとか、海上救助での溺れ死んでいく人たちとか、ナカナカなシーンの連続で、目が離せないのですが、夢中になって見ている見ているボクの中には、どこか、現実との乖離感が漂い続ける映画なのですね。たしかに、面白く見終えたのですが・・・・ 見終えて、ボンヤリ座りこみました。妙に納得がいきません。ワルクはないんですけどねえ・・・ で、始まりのシーンのスーパー・インポーズで「I Was a Stranger」という題名の言葉がシェイクスピアの戯曲の文言であるらしいことが告知されていたことが浮かびました。これって、お芝居なのですね・・・。 まあ、そこが面白さなのですが、映画であれ、小説であれ、もちろん、演劇であれですが、リアルっていうことはどこから生まれてくるのか? そんなことを思い浮かべながら映画を振りかえって思ったんです。この映画って、アメリカの人が向こうで起こっていることを「物語」として劇的に作っているんじゃないか。だから、信じられないほどの過酷な出来事が、何だか、よく出来すぎた作り話に見えちゃうんじゃないか。 まあ、そんな感想でした。それぞれの人物が演じる展開が面白すぎるんですね。で、何となくですけど予想できるんです。 難しいもんですね。この監督がかなりな人だということはわかるんですけど。俳優さんたちの迫真の演技と、映し出される情景のリアルには、確かに拍手!です。でも、疑問が残ったことも覚えておきたい映画でした(笑)。監督・製作・脚本 ブラント・アンダーセン製作 オサマ・バワルディ ライアン・ブッセ チャーリー・エンディーン製作総指揮 テレサ・プレストン・ワーナー ジャレッド・ギーシー ブランドン・プード デビッド・フィッシャー撮影 ジョナサン・セラ美術 ジュリー・バーゴフ編集 ジェフ・セイベニック音楽 ニック・チューバキャストオマール・シー(密輸業者マルワン)ヤスミン・アル・マスリー(医師アミラ)ジアド・バクリ(詩人ファティ)ヤヤ・マヘイニ(シリア軍兵士ムスタファ)コンスタンティン・マルクーラキス(沿岸警備隊スタヴロス)マッサ・ダウド2024年・104分・G・アメリカ・ヨルダン・パレスチナ合作英題「I Was a Stranger」2026・06・27・no124・シネリーブル神戸no392追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.04
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ロベール・ブレッソン「ラルジャン」元町映画館 元町映画館でやっているロベール・ブレッソン傑作選という特集で、これは見たいと思って見たのがこの作品です。1983年に発表されていて、制作当時80歳を越えていたロベール・ブレッソン監督の最後の作品だそうです。 見たのは上のプログラムの最初に載っている「ラルジャン」でした。 フランス語での作品名は「L'argent」、お札のことだそうです。トルストイの、邦訳では「偽札」と題されているらしい小説が原作なのだそうですが、映画はとんでもなく悲劇的な物語でした。 おバカな高校生の、遊び半分の「偽札」使いに端を発して、何の罪もない燃料配達のトラック運転手イヴァンの破滅へと展開し決着する、ことばを失うしかない凄絶な結末の物語といえばいいんでしょうか。「ロベール・ブレッソン、遺作にして最高傑作!」 まあ、そういう作品だそうですが、刑務所を出て、すでに新たな罪を犯したイヴァンをかくまってくれたお婆さんの洗濯を手伝いながら、彼女に、何の実なのか分かりませんでしたが、木の実を差し出したシーンと、ラスト・シーンでのイヴァンの表情が記憶に残りそうですね。それにしても、最後の作品がこれですからね。すごい監督ですね。拍手!監督・脚本 ロベール・ブレッソン製作 ジャン=マルク・アンショ ダニエル・トスカン・デュ・プランティエ製作総指揮 アントワーヌ・ガナージュ原作 L・N・トルストイ撮影 パスカリーノ・デ・サンティス エマニュエル・マシュエル音楽 J・S・バッハキャストクリスチャン・パティ(イヴァン)カロリーヌ・ラングマルク=エルネスト・フルノーバンサン・リステルッチシルビー・バン・デン・エルセンミシェル・ブリゲ1983・85分・フランス・スイス合作原題「L'argent」 ユーロスペース2026・06・28・no125・元町映画館no383追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.03
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「やっぱり、プレゼントはうれしい!」 ベランダだより 2026年6月30日(火)ベランダあたり 2026年の6月が去っていきます。玄関先に咲いたユリの花です。なんだかなーだったダメトラ・タイガースも最後は連勝でホッとしました。 で、なんといっても徘徊老人シマクマくんにはお誕生日の6月だったわけで、ゆかいな仲間たちからプレゼントが続々と届けられて大喜びです。 まずは、オリオンビール。いつも「マンガ便」を届けてくれるトラキチ君からです。ここの所この飲み方が気に入っているビールのオン・ザ・ロックで、出始めた枝豆がおつまみです。サイコー!ですね(笑)。 で続けて四国、松山のさかなクンから、こんな素敵な包装で届きました。 包装を開けると四国の新居浜の近藤酒造という日本酒の酒屋さんがお造りになっておられる「クラフトジン PACHI PACHI(パチパチ)」というミカンの香りのジンでした。 封を開けると、とてもいい香りがして、その香りにつられたチッチキ夫人が「ちょっと味見ね・・・ウェー、お酒や!」 はい、48度のジンでした。 で、誕生日の朝テーブルに出てきたのがこれです。 新しい、徘徊シューズです。 チッチキ夫人からのプレゼントです。彼女は、毎日のようにお出かけする徘徊老人のためにサンドイッチとコーヒーを欠かさず用意してくれています。 で、72歳のお誕生日には、このシューズでした。ありがとう! 引きこもらないで出かけますね。また新しい1年の始まりです。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで(笑)
2026.07.02
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アントワン・フークア「マイケル」109シネマズ・ハット 音楽映画というか、実在のミュージシャンが描かれる映画というのは好きです。この映画も、マイケル・ジャクソンという、文字通り希代のミュージシャンでダンサーを描いているわけですが、同時代のスーパースターであった彼に、ボク自身はあんまり興味がなかったんですね。「どうしようかなぁ・・・」 で、偶然、田舎からやって来た姉夫婦が驚くべき要望です。「おーい、せっかく神戸に行くからね、今やっているマイケルという映画見たいんやけど。」「自動車?じゃあ、109シネマがいいよ。駐車場あるからね。」 見たがったのは義兄です。年齢はボクより上の後期高齢者です。「ヤルナ!(笑)」でした。 で、道案内がてら、一緒に見ました。 アントワン・フークア監督の話題作「マイケル」です。 カッコいいですねえ(笑)。「伝説が始まる」 ボクはマイケル・ジャクソンが、すでにこの世の人ではないことすら忘れていましたが、義兄のMさんは、演じているジャファー・ジャクソンという人がマイケルの甥っ子で、とか、アントワン・フークア監督が「ボヘミアン・ラプソディー」の人で、とか、いろいろ教えていただいての鑑賞でした。面白かったですね。 スキャンダラスなニュースが、あれこれ聞こえてくる中、突如、亡くなってしまったのが2009年だそうですから、1970年代だったと思いますが、世界中の人が知っているという感じで一世を風靡したマイケル・ジャクソンとか、ジャクソン5とか、20代、10代の若い人たちはご存じない時代になってしまっている今、新たな伝説を!という作品ですね。 ダンスと、恐るべき大観衆のコンサートの臨場感に目を瞠るというか、酔いしれるというか、マイケルの甥っ子らしいジャファー・ジャクソンのダンスも、チビ時代のマイケルを演じたジュリアーノ・バルディも可愛らしいを越えていて、最初から最後まで目が離せない映画でした。拍手! 上のチラシに踊っている、少々大げさな謳い文句に納得して見終えました。 義兄のMさんも満足そうで、「よかったなあ。映画館で見るのはやっぱり違うなあ。エルビス・プレスリーも観たいんやけどなあ…。」 最後は、昔はあった映画館がみんな無くなった田舎の現実を寂しくかこち合う老人会話になってしまいましたが、マイケル・ジャクソンもですが、プレスリーやクイーンを愛し続けている後期高齢者ご夫婦にも拍手!でした。 監督 アントワン・フークア製作 グレアム・キング ジョン・ブランカ ジョン・マクレイン製作総指揮 リディア・シルバーマン脚本 ジョン・ローガン撮影 ディオン・ビーブ美術 バーバラ・リング衣装 マーシ・ロジャーズ編集 ジョン・オットマン ハリー・ユーン コンラッド・バフ音楽監修 ジョン・ウォーハースト振付 リッチ・タラウエガ トーン・タラウエガキャストジャファー・ジャクソン(マイケル・ジャクソン)ジュリアーノ・バルディ(若き日のマイケル)ニア・ロング(キャサリン・ジャクソン 母)コールマン・ドミンゴ(ジョセフ・ジャクソン 父)ローラ・ハリアー(スザンヌ・ド・パッシー)マイルズ・テラー(ジョン・ブランカ)ケンドリック・サンプソン(クインシー・ジョーンズ)ケイリン・ダレル・ジョーンズ(ビル・ブレイ)ラレンツ・テイト(ベリー・ゴーディ)ジェシカ・スーラ(ラトーヤ・ジャクソン)ジャマル・ヘンダーソン(ジャーメイン・ジャクソン)ライアン・ヒル(ティト・ジャクソン)トレ・ホートン(マーロン・ジャクソン)2026年・127分・G・アメリカ原題「Michael」2026・06・24・no122・109シネマズ・ハットno84追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.01
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