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アナス・トマス・イェンセン「さよなら、僕の英雄」シネリーブル神戸 今日は、なんだか不思議というか、変な映画を見ました。「これ、駅のコインロッカーの鍵や。飲み込め。ほとぼりが冷めるまで出てきたら洗ってまた飲み込め。ほとぼりが冷めたらそこにある金を隠してくれ。」 まあ、そんなふうに言って頼んだのは強盗をした弟で、頷いて鍵を飲み込んだのは生真面目そうな兄貴でした。 で、十数年後だったと思いますが、刑務所から帰ってきた弟が兄貴を訪ねますが、兄貴はジョン・レノンになっていました! ね、変でしょ(笑)。 見たのはアナス・トマス・イェンセンというデンマークの監督の「さよなら、僕の英雄」です。 兄貴のマンフレルを、ボクでも知っているマッツ・ミケルセンが、弟アンカーを何となく顔に覚えがあるニコライ・リー・コスという俳優が演じる兄弟の「愛」の物語でした。 マンフレルさんは、自閉症ということでお医者さんに罹っているというという設定ですが、その奇妙な行動を演じるマッツ・ミケルセンがスゴイですね。 走っている自動車から、いきなりドアを開けて飛び降りたり、二階の窓から飛び降りたり、まあ、映画ですから怪我しないように撮っているんだと思いますが、三度目だったかにフルスピードの自動車から飛び降りたときは、近くの席でご覧になっていた女性が「えーっ!」とか、お声をあげていらっしゃって、まあ、ボクも、そのシーンにドキッ!とはしていたんですが、笑いそうになりました。 もっとも、乱暴者はもう一人出てきます。出所したアンカーに分け前をせびるフレミングという大男ですね。ニコラス・ブロという役者さんが演じていたのですが、こっちがホンマの狂気の人でした。 他にも、偽医者とか、全く似てないリンゴ・スターとか出て来て、結局のところ死体がゴロゴロして、シッチャカ・メッッチャカな展開なのですが、それなりにホッとする結末で面白かったですね。拍手! まあ、自閉症でジョン・レノンの兄と銀行強盗の弟の絆をバイキングの英雄へのあこがれという、いかにも北欧的な子供の夢をイメージさせて描きながら、二人の少年の記憶の底に、何とも哀しい兄弟の秘密を据えているところがこの映画の肝なんでしょうね。まあ、そのあたり、謎が気になる方はご覧くださいね。 それにしても、独特な展開で、面白かったですね。拍手! 監督・脚本 アナス・トマス・イェンセン製作 シーセ・グラウム・ヨルゲンセン シーゼル・ヒブシュマン撮影 セバスチャン・ブレンコー美術 ニコライ・ダニエルセン衣装 リッケ・シモンセン編集 ニコライ・モンベウ アナス・エスビャウ・クレステンスン音楽 イエッペ・コースキャストマッツ・ミケルセン(マンフレル 兄)ニコライ・リー・コス(アンカー 弟)ソフィー・グロベル(マグレーデ)ソーレン・マリン(ヴェアナ)ボディル・ヨルゲンセン(フレイヤ 姉)ニコラス・ブロ(フレミング)ローターラーシュ・ブリグマンカルド・ラザーディピーター・デュリング2025年・116分・PG12・デンマーク・スウェーデン合作原題「Den sidste viking」2026・06・23・no121・シネリーブル神戸no390追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.30
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ロベール・ブレッソン「スリ」元町映画館 元町映画館が「ロベール・ブレッソン傑作選」という特集をやっています。昨年、同じ元町映画館で「白夜」をやってくれて、何年か前に、当時まだ映画をやっていたKAVCで特集があって「バルタザールどこへ行く」とか、何本か見た記憶があります。その時と、去年、そして今年と表紙が同じチラシだった気がしますが、違うんですかね(笑)。 とりあえず見た記憶のない作品を見てみようということで、最初に見たのが、上のチラシの作品「スリ」、1959年の映画です。 ブレッソンといえば、ロバの顏しか思い浮かばないのですが、これもスゴイ映画でしたね。 ドストエフスキーの「罪と罰」ネタなんだそうですが、ラスコリニコフがスリだったわけじゃありませんよね。この映画のミッシェルとジャンヌという、主人公二人の男女の関係が、ラスコリニコフとソーニャなのかなとか思いながら見ましたが、そのあたりにピンとくることができたかというと、ちょっと怪しいですね。 実は。ボクが面白かったのはスリのシーンでした。映像に映る手というか、指というか、スリをしている人物の動きというか、「ボクにもできるかなあ…」と、まあ、不埒なことを思い浮かべて見とれてしまう見事さでした。いや、ホントに、拍手! カッサジとかいう、その道のプロの演技指導というかでできたシーンらしいですが、惚れ惚れしますよ。それに加えて、ブレッソンという人はプロの俳優を使わなかったらしいのですが、登場人物たちのリアルさはどうやったらこんなふうにできるんですかね? まあ、ロバにさえリアルな表情を印象させる人ですからねえ・・・・。 ただ、困ったことが一つあって、特に男性の、同じ年ごろの登場人物たちの顏が途中から見分けられないんですよね。こっちの年のせいですかね(笑)。 今回の特集、全部見られるかどうかですが、まだ見ていない「ラルジャン」はやっぱり見たいですね。監督・脚本 ロベール・ブレッソン製作 アニエス・ドラエ撮影 レオンス=アンリ・ビュレル美術 ピエール・シャルボニエ音楽 ジャン・バディスト・リュリスリ技術監修 カッサジキャストマルタン・ラサール(ミッシェル)マリカ・グリーン(ジャンヌ)カッサジピエール・エテックスジャン・ペレグリ1959年・76分・フランス英題「Pickpoket」2026・06・21・no119・元町映画館no381追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.29
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深沢潮「翡翠色の海へうたう」(角川書店) 「海を抱いて月に眠る」(文春文庫)という、父親を書いた作品をなんとなく読んで以来、深沢潮という、この女性作家の小説とかエッセイを飽きずに読み続けています。 今回は「翡翠色の海へうたう」(角川書店)という、多分、角川文庫で読むことができる小説の案内です。私はどこにいるのだろう。 なにも見えない。 墨で塗りつぶされたかのような視界は、まぶたを閉じても開けても変わらない。 閉じ込められてしまったような心もとなさがある。自分の居場所を見失いそうになる。そのうちに、私という人間が、いる、という実感までもが持てなくなってきた。まるで肉体が消滅し、意識だけが残っているかのようだ。 こんなところに長くいたら、生と死の区別がつかなくなるかもしれない。(P3) こんな書き出しです。書き手は小説家になりたいという夢を追っている三十代の会社勤めの女性です。名前は河合葉奈だったと思います。 で、彼女は作文好きが高じて、新人賞に応募しているらしいのですが、何度か最終選考まで残り始めたことに励まされ、今回は覚悟新たに従軍慰安婦を主人公に書くつもりで、沖縄に来ています。場所は沖縄戦で兵士や地元の人が隠れていた「ガマ」と呼ばれる洞窟で、その暗闇を実感している描写です。もちろん、スマホのある、今のお話です。 で、作中の彼女が書きはじめた小説の書き出しが、第2章の冒頭です。わたしは、ただただ、穴にされる。(P20) この作中小説の語り手である「わたし」は「コハル」という名で慰安婦として働いている朝鮮人の女性です。もちろん時代は1940年代から敗戦、戦後にかけての10数年間、稼げる仕事と南の島を連れまわされて、からだを奪われ、名前を奪われ、故郷を奪われた女性の、その時、その時の、独白体です。 小説を書きたい「河合葉奈」という女性が取材中の葛藤を語り、「コハル」という自らを語る女性をなんとか描き終えることで「翡翠色の海へうたう」というこの作品は構成されています。作品は、現代を生きる河合葉奈という女性の発見と覚悟を描いていているともいえます。もちろん書き手は深沢潮です。わたしは、ただただ、穴にされる。作中のコハルがつぶやくこのことばの重さが、おそらく、今でも美しい琉球の翡翠色の海にこだまします。 戦後80年、今、この世相の中で、書くということに対する作家の誠実な覚悟がにじみ出ている作品でした。2026-no057-1272 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.28
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ノウシーン・ハーン「わたしの聖なるインド」元町映画館 インドのことなんて、何にも知りませんでした。 で、このところ、元町映画館が「インドのモダニズム」という、ル・コルビジュエとドーシという二人の建築家に焦点を当てて、都市計画とか建築とかを紹介している二つの映画「ユートピアの力」と「誓い 建築家B・V・ドーシ」を見て、ちょっと興味が湧いたこともあってこれも見よう! で、見たのがノウシーン・ハーンという若い女性の監督のドキュメンタリィー、「わたしの聖なるインド」でした。 こちらは建築の話ではなくて、今、インドで盛り上がっているらしい民主化運動の実況中継でした。とても面白かったですよ。 インド全土に広がったムスリムの女性たちによる歴史的ムーブメント インドいえば、ヒンズー教ですよね。ボクにはその程度の知識しかありませんでした。ところが、まあ、人口の多さが、現時点で、14億を超えるという世界一の国ですから想像が及ばないのですが、80%のヒンズー教徒に対して14%(約2億人)のイスラム教徒が暮らす国なのだそうです。 で、その国で「ヒンズー至上主義」を売りにするナレンドラ・モディという人が政権を取っていて、イスラム教徒排除の政策を施行し始めたのが2019年だそうです。 で、立ち上がったのがムスリムの女性たちなんですね。もちろん、学生や市民も立ち上がっているのですが、一番、政治からは遠いと、多分、なめられていた女たちが動き出したところが実に凄いんです。 今、闘いの最中なんですが、自ら、学生上がりの素人監督を自認している様子のノウシーン・ハーン監督が自分自身で撮影、編集している映像に映し出される、そこに生きている人間の素顔の生き生きしたムードが素晴らしい作品でした。 「女をナメンナヨ!」 まあ、そういう、率直な叫びがスクリーンから響いてくるムードの映像なわけです。「なんで、闘うの?」「インド人だから!」 彼女たちが素直に口にする「愛国」は、実は、ヒンズー至上主義者たちも口にしているんですね。 映像の中で、あの、トランプと握手する国家主義の政治家が口にする「愛国」と、小麦粉を捏ねながら座り込みする、生活者のおばちゃんたちの「愛国」が、見事にぶつかり合っていました。 もちろん、ボクはおばちゃんたちの「愛国」に拍手!ですね。まあ、「愛国」ということが、そもそも嫌いですが、どこの国でも、いつの時代でも、少なくとも政治家が口にする「愛国」だけは信用しませんね。 しかし、インドも大変なんですね。 監督・撮影・編集 ノウシーン・ハーン音楽 クシュ・アシェール2023年・74分・G・インド英題「Land of My Dreams」2026・06・20-no117・元町映画館no380追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.28
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大田ステファニー歓人「みどりいせき」(集英社) 初めて読む作家です。読み始めて驚きました。新しい作家の新しい文章です。70歳前後で、小説とかお好き方が、これを読んで「面白い!」にたどりつくためにはかなり苦労されると思います。作家の名前は大田ステファニー歓人、作品は「みどりいせき」(集英社)です。みどりいせきって? さあ、なんでしょう。お読みになればわかりますとか、確約できません。とりあえず、書き出しです。 あれは春のべそ。まぁ、そんなわけないし、もしそうなら、みんないつか死ぬ、ってことくらい意味わかんないし、わかんないものはすこし寝かせたい。けど今は眠っている場合じゃないし、ってなると、目が赤いのも鼻すすったのもたぶん春の方に吹いてった風のせいで、だって強い気流が砂ぼこりを巻きあげたんなら普通に目に入ったんだろうし、その汚れを落とすための涙が鼻へまわったんなら自然にすするし、流れた雲が太陽を隠して、ふと顔に影が落っこちたんなら表情だって見づらくなんだろうし。それはきっとそう、こじつけなし。とぼしい状況判断からのがちな名推理に理解あるにょーぼ役のつとめのひとつなのです。(P3) 語りては桃瀬くん、高校生の男の子です。春は季節のことじゃなくて、女の子(だと思う)の名前です。 200ページほど後にこんな記述があります。顔の前の左手がふるえてる。春がぼくを見ている。 両腕をあげて春が振りかぶった。軸足は怪我してないから根を張ったような体幹で右足を持ちあげる。ぼくは唾を飲み込む。上体がひねられ、腕が振られた。球はぼくの左手へ吸い込まれるようにグンと迫り、次の瞬間、人差し指と親指の付け根の水かきを弾いて鼻っぱしらに直撃した。(P209) おわかりですね。ああ、野球小説か・・・ そうなんです(ちがいますけど)。最初のシーンはピッチャーの春を見ているにょーぼ役の桃瀬くんのこころというか内面の様子で、200ページかけて、ようやくボールが投げ込まれ、キャッチャーの桃瀬くんが弾くんです。 えらい長い間合いですが、200ページかけて語られている内容も、語り方も、ああ、それから文体も、半端ではありません。結構、読みごたえありますが、70歳を越えた方には、少々大変だと思います。 作家は30歳くらいで、関川夏央の門下だそうです。まあ、そのあたりだけが頼りで読みましたけど、実は、すばる文学賞、三島由紀夫賞作品なんですよね。今、評判だそうですよ。 まあ、ボクなりの読後感でいうと、結構、ピュアな青春小説ですね。ただ、これからの「文学」とやらが、どんな方に向かうのかとても暗示的な印象でした。 ああ、それから、もちろん、野球小説ではありませんので、あしからず(笑)。 2026-no062-1277 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.27
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NTLiveアーサー・ミラー「みんな我が子ALL MY SONS」大阪ステーションシネマ 今日は大阪ステーションシネマでナショナル・シアター・ライブでした。演劇通の友人入口君のお誘いでした。 見たのはイヴォ・ヴァン・ホーヴェという人が演出したアーサー・ミラーの戯曲、「みんな我が子」です。 20年ほどむかしですが、ハヤカワ演劇文庫だったかが出始めて、その文庫で戯曲を読むことを教えてくれたのも入口君でしたが、その時、アメリカの戯曲なんて、まったく知らなかったボクがかぶれた劇作家がアーサー・ミラーです。 有名なのは「セールスマンの死」とか「るつぼ」とかですが、「みんな我が子」という作品名にも覚えがあります。「セールスマンの死」は、その昔、舞台だったか、映画化だったかを見た記憶がありますがあやしいです。「るつぼ」はナショナル・シアター・ライブで見ましたね。これは確かです。 で、今回は「みんな我が子」でした。2026年オリヴィエ賞受賞の傑作舞台。 人間の業と偽りの幸福を暴き出すアーサー・ミラーの不朽の名作 第2次世界大戦直後のアメリカの戦後社会が舞台でした。 軍需産業で儲けた父親ジョー、出征し、指揮官として従軍した戦争で、戦死した部下たちの死に苦しむ長男クリス、舞台には登場しませんが、戦場で行方不明の弟ラリー、息子の生存を信じる母ケイト、久しぶりに訪ねてきたラリーの恋人アニー。 昨夜の大風で倒れた庭の大木を背景に、この場にいないラリーの生死を巡って繰り広げられる会話劇でした。 入口君はこの戯曲を舞台でも何度か見ているそうですがボクは初めてでした。「途中、どこにたどり着くのか不安になったけど、最後の銃声で「みんな我が子」という題名にも納得したな。アーサー・ミラー、やっぱりスゴイね。」「うん、戦後戯曲の古典やね。母親役の女優さんが素晴らしい。普通、父と子の物語になってしまうんやけど、そこに揺さぶりをかける演技やった。今まで見た中では一番よかった。」「責任を回避して戦後を生きる父親、戦場での経験を忘れられないにもかかわらず、弟の恋人を愛してしまっていることに苦しむ息子、典型的な戦後文学やろ。」「うん、そこに、ラリーの遺書。」「うん、そこから、一気に展開するよな。」「真実を伝える神の言葉やな。ギリシア悲劇の骨法やね。この芝居、いろんな意味で古典的やねん。」「それにしても、役者が上手いねえ。特に、お母さん役の存在感。」「うん、日本の劇団のも見たことあるけど、ちょっと比べられんな。彼女の演技で、一気に立体化していくもんね。」「このライブやけど、ボクはカメラの位置を動かさない、今日の映像が、なんというか、かえって映画的な印象で面白かった。」「多分、映像化について、かなり意識的な演出やろうね。たしかにうまいね。」「役柄に肌の色を気にせんのもスゴイなあ。」「うん、それが演劇いうことやね。」 大阪駅の地下2階の、ここに、こんな場所があると初めて知った繁華街の居酒屋での会話です。 いつもことですが、入口君との見たあと会話は楽しいですね。 それにしても「みんな我が子」というこの戯曲、戦場で死んでいった、あるいは、これからも死んでいくであろう兵士たちが、みんな誰かの子どもたちであることの意味を、もう一度思い出させてくれる作品でした。 いつまでも古びないアーサー・ミラーの戦争批判、素晴らしい傑作ですね。演出のイヴォ・ヴァン・ホーヴェも素晴らしい。拍手!作 アーサー・ミラー演出 イヴォ・ヴァン・ホーヴェキャストブライアン・クランストン(ジョー・ケラー)マリアンヌ・ジャン=バプティスト(ケイト・ケラー)パーパ・エッシードゥ(クリス・ケラー)トム・グリン=カーニー(ジョージ・ディーヴァー)ヘイリー・スクワイアズ(アニー・ディーヴァー)2026・06・20・no118・大阪ステーションシネマno003追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.26
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フランキー・シン「日泰食堂」元町映画館 チラシを見て考え込みました。香港映画?台湾映画? まあ、そういう興味で見ましたが素晴らしいドキュメンタリーでした。生粋の香港映画でした! 見たのはフランキー・シンという、台湾の大学を出た若い才能が、監督自身の故郷でもある香港の長州(チュンチャウ)島という漁村にある「日泰食堂」という食堂の日常を撮ったドキュメンタリー、「日泰食堂」です。 チラシのイラストをご覧になれば、舞台の食堂に三人の登場人物、おばちゃん、おっちゃん、それから黒縁メガネをかけてスマホを覗いているオネーチャンがいます。 おっちゃんがたしか丈(ジョン)さん、おばちゃんが萍(ピン)さん、多分、お二人の娘のオネーチャンが肥美(フェイメイ)さんだったと思います。香港の長州島で暮らす普通の家族です。 映画は、この三人の2014年以後の10年を描いています。食堂には常連客がたむろし、麻雀とかトランプとか博打遊びに興じる日々です。フェイメイさんは本島の学校に通っていて、いつも店にいるわけではありません。 で、映画はこの小さな食堂に集まる村の人たちの日常と、香港島で繰り広げられている民主化運動の大騒ぎを重ねて映し出します。デモに参加しながら、のんびりした食堂の人たちの生活に戻ってくるフェイメイさんに焦点を当てていくところに、この若い監督の「歴史センス」が光っていました。 フェイメイさんが、いつもスマホを覗いているのには、刻々と伝えられる情報を知り、運動と弾圧の状況把握という目的があります。おばちゃんは娘の身の上を案じ、おっちゃんはデモの騒ぎぶりに顔しかめながら小言を口にしているだけです。 スクリーンの映像が時の移り変わりと、それに連動した情勢の緊迫をリアルに伝えます。 で、呆気なく敗北がやってきます。コロナです! コロナのパンデミックを、民主化を求める雨傘運動、時代革命の弾圧の正当化の切り札にした国家権力の姿が浮き彫りにされる中、何となく国家を信用していたおっちゃんの中にようやく疑いの気配が生まれますが、すでに遅しです。 敗北に気付いたファイメイさんが口にする「自由が失われつつある気がする・・・」という言葉の重さは、「乱世備忘」以来、10年、関心を持ち続けてきた香港民主化闘争がとどのつまりを迎えたことを実感させるに十分でしたが、フェイメイさんの、その絶望的な呟きにこそ、世界中の人に、一縷の希望を伝えんとする監督の気持ちが込められているという印象を受けた作品でした。拍手! 香港に限らず、民主的な社会を希求する世界中の普通の人たちの今をを静かに描きながら、そっと励ます、言い方が大そうかもしれませんが、歴史的傑作ドキュメンタリーだと思いました。拍手!監督・撮影 フランキー・シン冼澔楊製作 ステファニー・チェンティーニ チュウ・ピンユー ピーター・ヤム グザビエ・ロシェ撮影 マイケル・タン ジェイソン・M ヘンリー・レオン編集 リン・イーチュー音楽 スン・グオドン2024年・83分・G・台湾・香港・フランス合作原題「日泰小食」英題「Another Home」2026・06・16・no114・元町映画館no378追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.25
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伊勢真一「遠来 トモベのコトバ」元町映画館 チラシを見かけて、即、鑑賞決定です。だって、友部正人の映画ですよ! 見たのは伊勢真一監督の「遠来 トモベのコトバ」です。 かつて、「誰も僕の絵は描けないだろう」と歌っていた友部正人の66歳の肖像でした。 はい、文句ありません(笑)。 友部正人も、今年、76歳。この映画は10年ほど昔、彼がニューヨークで暮らしていた頃の生活を撮ったものです。 「遠来」という、80年代の歌が歌われて、豊田雄造という懐かしい名前が聞こえて来て、高田渡のお骨の話があって、最後に聴こえてくる「一本道」まで、唄と朗読がずっと響いてきて、彼の声が、もう、それだけでボクにはこたえられない90分でした。拍手! 20代だった頃、繰り返し聞いていた歌が響いてきました。「ふと、後ろを振りかえると、そこには、夕焼けがありました。」 70歳を過ぎて、このことばが、あの頃からの50年の年月を「夕焼け」のように振りかえらせる力を持っているなんて、20代のボクには想像もつきませんでした。 あの頃、出会った君が今、ニューヨークにいようが、東京にいようが、はたまた、あの世にいようが、ボクは、50年、変わらず、神戸にいて、今では、毎日のように映画館に通って、時には、懐かしい歌声を、ふと、気づいた夕焼けのように聞いたりしているわけで、友部正人、やっぱり好きですね(笑)。監督 伊勢真一撮影 伊勢朋矢録音 世良隆浩整音・効果 永峯康弘編集 尾尻弘一題字 細谷亮太挿入曲 友部正人キャスト友部正人小野由美子2026年・90分・日本2026・06・22・no120・元町映画館no382追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.24
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オリベル・ラシェ「シラート」シネリーブル神戸 今日の感想ですが、なかなか書けませんでした。見たのはオリベル・ラシェという、スペインの若い監督の「シラート」です。 予告編の頃から評判でした。でも、妙に秘密めかしていることに「何を、大げさな!」という気分でしたし、だいたいレイブというのが音楽のジャンルだということもわかっていなくて、「レイプパーティーって何?」という勘違いもはなだしい調子で、映画が始まっても「この砂漠どこ?」と、まあ、もの知らずもはなだしいトンチンカンでしたからね。 で、映画が始まってすぐですね、このシーンで仰け反りそうになって、そこから全編圧倒されました。 風景、音楽、そこに登場する人物たち、一人一人の描き方に唸りました。 シラートというのが「人が死後に渡る橋」とかいう意味のイスラムの宗教用語だということは確認していましたが、西サハラ紛争の渦中の砂漠でレイブの独特のリズムに瞑想するかのように踊る人たち、銃を突きつける軍人、トラックに機材を積みこんでより危険な聖地を目指す異形の人物たち、そこに紛れ込んだ娘を探す父親と無邪気のかたまりのような少年。 軍隊と砂漠、まあ、それだけでも目を離せないのですが、安全も安心もかけらも感じない、圧倒的な自然。遠くまで何もないとしか思えない風景の中、あるのかないのかだんだん疑わしくなっていく聖地を目指す異形の人物たちの旅。イノセントな少年と犬。意地だけで自らを支えているかの情けない、だから、とてもリアルな父親。 で、予告編で、見たことをしゃべってはいけない!と禁じられていた出来事が・・・。 だから、まあ、これ以上は書きませんが、シラートがあっちに行くための橋だとして、あっちが神の国である天国とかであるなら、こっちは何なんですかね。ただでさえ苛酷な自然との付き合いを生きている人間がやっていることって何なんですかね。 昨年見たテレンス・マリックという監督の「天国の日々」という映画のチラシが浮かんでくるラストでした。あの映画でもうそうでしたが、このシラートのラストで貨物列車に乗り込めた人たちは天国へ行くのでしょうか、現世の地獄に戻るのでしょうか? まあ、何はともあれすごかったですね。映像センスといい、ドラマ展開の容赦なさといい、このオリベル・ラシェ監督は名前を覚えそうです。拍手!監督・脚本 オリベル・ラシェ製作 ドミンゴ・コラル ペドロ・アルモドバル製作総指揮 エステル・ガルシア脚本 サンティアゴ・フィロル撮影 マウロ・エルセ美術 ライア・アテカ衣装 ナディア・アシミ編集 クリストバル・フェルナンデス音楽 カンディング・レイキャストルイスセルジ・ロペス(ルイス 娘をさがす父親)ブルーノ・ヌニェス・アルホナ(エステバン 息子・姉をさがす弟)ステファニア・ガッダ(ステフ)ジョシュア・リアム・ヘンダーソン(ジョシュ)トニン・ジャンビエ(トナン)ジャド・オウキッド(ジャド)リチャード・ベラミー(ビギ)2025年・115分・PG12・スペイン・フランス合作原題「Sirāt」2026・06・15・no113・シネリーブル神戸no389追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.23
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黒沢清「黒牢城」109シネマズ・ハット なんだか評判なので「混む前に!」 まあ、そういう目論見で初日に見ました。黒沢清監督の「黒牢城」です。 予告とか見ていて、題名の「黒牢城」に、ちょっと引いて、見るつもりがなくて、チラシがありません。109シネマズハットでは上映中のチラシ配布なくて、・・・。 原作の米澤穂信の小説は、同じ題名で山田風太郎賞とか取った人気作らしいですが、和物も洋物も、ミステリーとかエンタメに興味を失ってしまって10年、まったく知らない作品でした。 で、監督の黒沢清という人は、一般的評価も高いし、知人の映画好きの方も「この監督好き!」という方がいらっしゃるのですが、ボク自身は、数年前、「旅のおわり世界のはじまり」とか、「スパイの妻」とかを見たことがあるだけなのですが、あんまりピンと来なくて、それ以前の作品も、以後の作品も、ほとんど見たことのない監督です。 で、見ました。 時代劇で、結構、歴史事実をなぞっていて、登場する荒木村重という人も黒田官兵衛という人も独特なキャラクターで歴史に名を残した人ですし、有岡城というのは、今では伊丹城址になっている場所ですよね。摂津、丹波、播磨という地名も興味津々。 で、見終えました。なんで、評判になっているんでしょうね?ボクにはつまらない作品でした。 まあ、ボクの勝手な印象なのかもなのですけど、最初の方で、子どもとか女性とかが出てくる村のシーンがあるのですが、そこに出てくる名もなき登場人物たちが現代人に見えちゃったんですよね。 それがすべてでしたね。 本木雅弘くんも菅田将暉くんも、居並ぶ武士たちも、寺男も、何だかみなさん、喋り方とか振る舞いとか現代人の印象で、とどのつまり、一人だけ千代保といかいう名のある女性として登場する吉高由里子さんの「極楽論」が、ボクの中では上滑りしていくんですね。 中世の一向一揆の門徒衆の極楽論を描くなら、まあ、論旨も雑なんですけど、せめて、登場人物たちその時代の民衆として描く演出なり、カメラワークなりを感じさせていただきたいですね。 あんまり、悪口をいうのは控えているのですけど、ちょっと腹立ちまぎれの気分ですね。一応、最後まで見ましたけど、なんだかアホらしくて見ていられない印象でした。もちろん黒沢清って!という期待の裏返しです。またしても、ハズレでした。拍手はありません(笑)。 ちなみに、黒牢城って、黒田官兵衛が牢屋に入っている城の駄洒落ですかね。アホらしくて言葉を失いますね。まあ、そっちの罪は原作者にあるんですけど・・・。 監督・脚本 黒沢清原作 米澤穂信撮影 佐々木靖之編集 高橋幸一音楽 半野喜弘殺陣 清家三彦キャスト本木雅弘(荒木村重)菅田将暉(黒田官兵衛)吉高由里子(千代保)青木崇高宮舘涼太柄本佑ユースケ・サンタマリア吉原光夫坂東龍汰近藤芳正矢柴俊博木原勝利河内大和吉岡睦雄上川周作前田旺志郎坂東新悟荒川良々渋川清彦渡辺いっけいオダギリジョー2026年・147分・G・日本・松竹2026・06・20・no116・109シネマズ・ハットno83追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.22
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深沢潮「はざまのわたし」(集英社インターナショナル) 「三食ご飯」という、韓国のテレビ番組が好きです。どこかの島とか山里で、多分あちらでは知らない人がいない人気タレント、俳優さんたちが、庭先に作ったかまどを使って、近所の畑や海岸で手に入る材料を料理する自炊田舎暮らし番組です。キムチはもちろんですが、何とかチゲとか、多分、韓国ではふつうの家庭料理の作り方とか、食べ方が出て来て面白んですね。 で、図書館の棚でこの本を見つけて借りました。「食べ物エッセイ」かな? まあ、そういう予想です。 で、この本、一般的に言えば「食べ物エッセイ」ですが、本人も、第16話でおっしゃっている通り、食べ物をネタに、作家自身の来し方が綴られているエッセイ集でした。 深沢潮という作家の子供時代、娘時代から、今、現在に至るまで、祖父母、ご両親、お子さんたち、ご家族との思い出、お友達や会社との付き合い。それぞれが、「食べ物」と絡んで語られていて読みであります。 元はホーム・ページか何かに「李東愛が食べること」というタイトルで連載されていたようですが、本書の書名は「はざまのわたし」です。作家が、本にするにあたってこの題名を選んだところにこのエッセイ集の肝がありそうですね。「わたし」がいるのが、何と何のはざまなのか? あれとこれとか、過去と現在とかいうふうに、単純な二つではありませんね。 格別、お上手な文章とか、独特な文体とかいう売りがあるわけではありません、しかし、書き手のすなおな誠実さは響いてきますね。ちょっと遠回しのホメ言葉ですが、ボクはこのかたの文章作法が、案外好きです。一度、お試しください。 目次、貼っておきますね。第一話 愛しのキムチ第二話 珈琲を飲むとき第三話 寿司におもう第四話 カップ麺を食べ続ける第五話 酒とともにうたう第六話 嗚呼(ああ)、フライドチキン第七話 肉をともに食べるひと第八話 ゆで豚(ポッサム)を前に第九話 ベーグルにクリームチーズたっぷりで第十話 手作り、のチョコレート第十一話 ダイエットとの長い付き合い(前編)第十二話 ダイエットとの長い付き合い(後編)第十三話 ホテルでアフタヌーンティー(前編)第十四話 ホテルでアフタヌーンティー(後編)第十五話 サンドウィッチを片手で 第十六話 しめは、ヌルンジかお茶づけか 2026-no056-1271 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.21
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有賀未来「あなたが走ったことのないような坂道」(新潮社) 同居人のチッチキ夫人が「これ、借りられたら借りてきて。」 毎週、図書館に通っているボクにそういうので、予約すると借りられました。 香港生まれ、日本語暮らしらしい19歳の作家有賀未来の「あなたが走ったことのないような坂道」(新潮社)です。 高校3年生、18歳で新潮社の新人文学賞をとったということが朝日新聞の読書欄で話題になっていたようでのリクエストだったようです。彼女もすぐ読み終えたようで、ボクも読みました。 で、どうだったか、ですね。とりあえず書き出しです。 世の中って結構残酷っぽくて、でもそれを受け入れるにはちょっと早っぽくて、で、あたしどうすればいいかわかんないし、だから、今はとりあえずこーやって爪を齧ることしかできなくて、右手も、左手も、全部の指先がぼろぼろになって、真っ赤になって、爪と肉の境から血が滲んで、それを舐め取って、冷たい酸素に触れると焼けたように痛くて、それでも、あたしは生きてるんだって、生きていくしかないんっていうか、それ以外のやり方知らない、だけ?(P3) 語りては黄星瑤(ウォンシンユー)、香港生まれ、香港から日本に移り住んでいる養父母に育てられている日本育ちの高校生です。日本語しか話せないし書けない女の子です。 で、彼女が自分を見つめて感じているのがこんなふうに語られます。「はじめまして、黄星瑤です」と言ったときの、あの感じ。弛んでいた空気がピンと張り詰めるあの感じ。あー、このひと外国人なんだ。というフィルターがかかるのがすぐにわかるあの感じ。それでも別に私気にしないですよ、っていう、あの、感じ、に、いつまで経っても慣れなくて、多分一生、慣れない。(P6~P7) で、作品の最後のフレーズがこうでした。背中から抱きしめられて、その細い指で口を押えられて、あたしの涙が、血が、熱くて、さらさらと、流れて、なおに吸い込まれていく。やめて、やめてよ。そんな簡単に、あたしを解決しないでよ。かすり傷が酸素にふれて、焼けたように痛い。(P93) 読んでいて、で、この最後のフレーズを読み終えて浮かんできたのは、もしも、教室で出会う高校生が、この作文を夏の課題とかで出して来たらボクはどうするんだろう。という問いかけでした。 まあ、書き手が17歳、こっちが元高校教員というせいで浮かんできたのかもしれませんが、腰抜けちゃうでしょうね(笑)。 「台湾生まれ日本語育ち」の温又柔さんとかに共通する、有賀未来さんは香港ですけど、なんというか、ボクたちが忘れている世界性というかを期待させて楽しみな書き手の登場です。 上に貼った表紙の写真で、ミニスカートの彼女が坐っている場所のイメージに、ちょっとワクワクしますね。ここから跳んだらどうなるか? ボクが、この作家に期待するのはそういう感じです。 2026-no063-1278 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.20
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ギデンズ・コー「ギデンズ・コーの功夫(カンフー)」元町映画館 「赤い糸」というシッチャカ・メッチャカ映画を、なぜか二度見て、こうなったら、こっちも見ないわけにはと意気込んで見ました。 台湾の奇才(まあ、ボクがそう思うだけですけど)ギデンズ・コー監督の「ギデンズ・コーの功夫(カンフー)」です。 落ちこぼれ高校生の淵仔(ユエンザイ)と親友の阿義(アイー)は、500年の眠りから目覚め、カンフーの達人だと自称する謎の流れ者黄駿(ホアン・ジュン)と出会う。圧倒的な武術を目の当たりにした淵仔と阿義は黄駿に弟子入りし、淵仔が密かに想いを寄せる同級生の乙晶(イージン)までそれに加わって、シッチャカメチャカ。 イヤァー、なんといっていいのかわかりませんが、あえて言うなら「ようやるわ!(笑)」ですね。 出てくる少年も少女はとてもかわいくて「ガンバレ!負けるな!」 なんですけど・・・。 アホらしくてやってられないお話なんですけど、この監督、名前を見かけたら、やっぱり見ちゃうんでしょうね。拍手!監督・原作・脚本 ギデンズ・コー九把刀キャストダイ・リーレン戴立忍(黄駿ホアン・ジュン)クー・チェンドン柯震東(淵仔ユエンザイ)ベラント・チュウ朱軒洋(阿義アイ―)ワン・ジン王淨(乙晶イージン)リウ・グアンティン劉冠廷(藍金ラン・ジン)ツェン・ワンティンイエン・イーウェンガオ・インシェン2026年・127分・台湾原題「功夫」・英題「Kung Fu」2026・06・16・no115・元町映画館no379追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.19
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ギデンズ・コー「赤い糸」元町映画館 元町映画館がギデンズ・コーという台湾の監督さんの特集というか、2本立てをやっていて、「なんか、見たことある気がすけど・・・」 で、見ました。ギデンズ・コー監督の「赤い糸 輪廻の秘密」です。 始まってすぐわかりました。見たことあります。多分、半年ほど前で、そんなに古い話ではありません。その時、感想も書いてました。 しっちゃか、めっちゃかでポカーンとした記憶が蘇ってくるのを感じながら見ました。 今回は面白かったです(笑)。 筋立てがメンドクサイんですよね、この監督。それが、まあ、二度目ですからね。「ふーん、それで、そうなるか(笑)。」というわけで、ご機嫌な再鑑賞でした。拍手 こうなると、「ギデンズ・コーのカンフー」とやらも見ないわけにはいきませんね。監督・原作・脚本 ギデンズ・コーキャストクー・チェンドン(孝綸シャオルン)ビビアン・ソン(小咪シャオミー)ワン・ジン(ピンキー)マー・ジーシアン(鬼頭成グイトゥチェン)2021年・128分・G・台湾原題「月老」・英題「Till We Meet Again」2026・06・14・no112・元町映画館no377追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.18
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スカーレット・ヨハンソン「エレノアってグレイト。」シネリーブル神戸 予告を見ていて気付きました。「このオバーチャン、テルマさんちゃうの?」 で、見たら、「テルマがゆく」のジューン・スキップさんで、今回はエレノアさんでした。イヤァー、お元気そうで何よりでした。 見たのは、スカヨハこと、女優であるスカーレット・ヨハンソンさんが、初めて長編の監督に挑んだという「エレノアってグレイト。」です。 実は、スカーレット・ヨハンソンという方が、ロバート・レッドフォードの「モンタナの風」という、以前に見たことのある映画の少女だったとか、その他にも、いろんな作品でお出会いしていたスター俳優さんだということなんて全く知りませんでした。「エレノアってグレイトっていうの見たよ。」「ああ、スカヨハね。」 映画を見た後、偶然、やり取りしたゆかいな仲間のピーチ姫とのライン会話ですが、まあ、それでようやく…というわけでしたが、このかた、監督としても、なかなかいいですね。 映画は90歳を越えるオばーちゃんであるエレノアさんが、ズーッと一緒に暮らしていた親友ベッシーさんが、亡くなる前に「誰かに語らないままでは、死んでも死にきれない。」まあ、そういう思いでエレノアさんに語ってくれたおニーさんの死についての、80年も昔の、あの頃のポーランドでの哀しい思い出噺を、エレノアさん自身の体験として語った結果繰り広げられる大騒動のお話でした。 まずは、1945年から80年、アメリカのユダヤ人社会で、ホロコーストの記憶が、今、消えていきつつあること。歴史の事実が体験者の方たちの超高齢化、あるいは死によっての風化、消滅していく様子がまず印象的でした。 で、その、否応なしの時の流れの中を、それぞれ生きてきた、そして、今、生きている人であれば、年をとっていようが、いなかろうが、自らの体験はもちろんですが、たとえそれが聞いた話であっても、どうしても忘れられない、出来れば誰かに聞いてほしい、そういう、切実な経験を若い女子大生とオばーちゃんの出会いを通してコメディ・タッチで描き残そうとしているスカーレット・ヨハンソン監督に拍手! 孤独な老後を支え合ったベッシーとエレノア。おしゃべりで陽気なエレノアと一人立ちしたいのに自信がない女子大生ニナ。母の死に苦しみ続けるニナと妻の死に向かい合えない父親ロジャー。それぞれの人と人の出会いの姿を、境遇の淋しさ、哀しさを乗り越えていく姿としてあたたかく描いていて、やっぱり泣いてしまいました(笑)。 まあ、なんといっても、エレノアを演じているジューン・スキッブさんとベッシー役のリタ・ゾーハーさんの90歳の老婆コンビが素晴らしい!いつまでもお元気でいてほしいですね。拍手! それから女子大生ニナを演じたエリン・ケリーマンさん、娘役のジェシカ・ヘクトさん、女優さんたちが印象的でしたね。拍手! まあ、見ているこっちも、いつの間にかいい年になっているから思うのかもしれませんが、今、80歳、90歳の方たちは、当然ですが、80年、90年の経験と、その記憶を生きていらっしゃるわけで、さっきのことをすぐ忘れることを笑うのもいいのですが、時には繰り言のように口になさる「思い出話」にも耳をかたむけてほしいですね。 そこには、案外、大切な、忘れてはいけないことがあるかもですよ(笑)。 監督・製作 スカーレット・ヨハンソン製作 ジョナサン・リア キーナン・フリン トルーディ・スタイラー セリーヌ・ラトレイ ジェサミン・バーガム カラ・ダーレット脚本 トリー・ケイメン撮影 エレーヌ・ルバール編集 ハリー・ジャージアン音楽 ダスティン・オハローランキャストジューン・スキッブ(エレノア おしゃべりなお婆さん)エリン・ケリーマン(ニナ 女子大生)ジェシカ・ヘクト(リサ エレノアの娘)リタ・ゾーハー(ベッシー エレノアの親友)キウェテル・イジョフォー(ロジャー ニナの父・人気キャスター)2025年・98分・G・アメリカ原題「Eleanor the Great」2026・06・13・no111・シネリーブル神戸no388追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.17
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小関隆他「第二次世界大戦再考」(人文書院) 市民図書館の新刊の棚で見つけました。 日々、映画館を徘徊してるわけですが、例えばナチスとか、戦後の台湾とか、それぞれのお話の歴史的背景が気になる作品と、結構、出くわします。 で、目次にあるナチス「飢餓計画」をめぐる人びとという論文名と、藤原辰史という著者名に引き寄せられました。 藤原辰史さんはナチスの農業政策に焦点を当てて、ボクのような素人にも、実に刺激的な論考、「ナチスのキッチン」(水声社)とか「トラクターの世界史」(中公新書)を発表している気鋭の研究者の方です。 で、目次のその下には台湾人にとっての戦争経験と戦後経験という駒込武という人の論文名もあります。最近、「霧のごとく」という台湾映画を見ました。1950年代の台湾の人たちを描いた作品ですが、映画の背景にある歴史性について、ボク自身、よくわかっていないことが如実に感じられた作品でした。というわけで、読みました。実は、この本、次の方のリクエストがあって返してしまったので引用ができません。しかし、面白かったですね。京都大学人文科学研究所の共同研究班「人物で見る第二次世界大戦」(班長林田敏子)が二〇二四年六月に開催したセミナー「第二次世界大戦再考」(全四回)を書籍のかたちに編んだものである。 京大の先生方の市民向けのレクチャーということですから、論文形式ではあるのですが、読みやすいです。 あやふやな思い出し記事で申し訳ないのですが、面白く読んだのはこんなところです。 一つは、ナチスがポーランド、ウクライナあたり、あるいはドイツ本国でも「食糧政策」の名のもとに、ユダヤ人に限らない絶滅対象者、敵国の民衆に対して何をしたかが論じられていて、印象に残ったのは、ホロコーストの責任者、例えばアイヒマンとかヒムラーとかいう名前はボクでも知っていますが、表紙に写真がありますが、食糧政策の名のもとにホロコーストを上回る数の人間を飢餓死させたリヒャルト・ヴァルター・ダレなんていう人の名前は初めて知りました。 ナチスはアーリア人以外に対して、爆弾とか戦車ではなくて、計画的な飢餓計画で何をしたかが実に興味深く論じられていました。 藤原辰史さんは、例えば「農業」について見直すときに「トラクター」に焦点を当てるというふうに、今までには気づかなかった視点から歴史の見直しをなさっている歴史家ですが、青酸ガスではない視点によってニュールンベルグ裁判によって定式化された第二次大戦史の見直しが実に刺激的ですね。 駒込武さんの台湾戦後史の中では、戦後、台湾にやってきた国民党軍と、大日本帝国支配下で「日本人」出会った台湾の人との軋轢が活写されています。国民党軍は中華民国軍、台湾の人たちは日本軍だったんですね。我々は、台湾の戦後の軍事政権を「白色テロ」とか、他人事のように思い込んで、わかった気になっていますが他人ごとではないのですよ。林田敏子さんのイギリスの戦時の主婦、ボクには懐かしい岡田暁生さんのナチスとリヒャルト・シュトラウスをめぐる話、それぞれも面白かったですよ。 目次を貼っておきます。序論 第二次世界大戦はどんな戦争だったのか? 小関 隆第1章 ナチス「飢餓計画」をめぐる人びと 藤原辰史第2章 台湾人にとっての戦争経験と戦後経験-----植民地支配に翻弄された生と死 駒込 武第3章 キッチン戦線---第二次世界大戦期イギリスにおける主婦の戦い 林田敏子第4章 リヒャルト・シュトラウスってまだ生きていたの? 岡田暁生あとがき(林田敏子) 2026-no060-1275 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.16
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行定勲「GO」シネリーブル神戸 ボーっとシネ・リーブル神戸の予定表を見ていて、「えっ?GO?」 というわけで、やっぱり見ちゃいますよね。【公開25周年記念!】主演・窪塚洋介、脚本・宮藤官九郎、監督・行定勲による青春映画の傑作だそうです(笑)。 見たのは行定勲監督の「GO」です。 ザンネンだったのは、今回のチラシがなかったことですね。というわけで、平成13年、2001年、三宮東映! はい、25年前、三宮の阪急の高架下に、そういう映画館があったんです。その時のチラシです。 実は、このチラシ、当時、9歳、小学校3年だったはずのピーチ姫が部屋に貼っていたものです。確かめてみると、ホントに、小学生だった彼女が貼ったようです。懐かしいことかぎりなしです。 で、そのチラシの表紙から引用します。「今回も家裁に行かなくて済んだぞ、感謝しろありがとうは?」「・・・いつか殺す」 アホやって、警察のつかまっていた杉原くん(窪塚洋介)を引き取りに行って、警官の前で息子を殴り殴り倒した父親、秀吉(山崎努)さんと窪塚君の名セリフの掛け合いです。 ついでですから、下に貼ったチラシの裏面にあるママ(大竹しのぶ)の顏の落書き。「分かったような口聞いてんじゃないよ!ガキなんだよガキ!」 ああ、ボクは一人で見ました。数年前にも見直しました。好きなんですよね、この映画。 で、今回の感想? 繰り返し見たはずなのですが、新しい作品を見ているように見られることが老人の特権ですかね。暗闇の中、夜の小学校の校庭の朝礼台に立っている桜井さん(柴咲コウ)の姿を見て、やっぱり涙がこぼれました。 まあ、窪塚君の絶叫もよかったんですけど(笑)。拍手! 帰って来て、あの頃、小学生の娘を連れて映画館に通っていたチッチキ夫人と喋りました。「今日はGO見てん。」「えーっ!私も行こ。」「チラシないねん。」「あっちの部屋にあるやん。ピーチちゃんまだ小学生やったけど、一緒に見たわ。そん時のが貼ってあるやろ。」「カードくれたよ。」「あっ、これちょうだい。」「ええよ(笑)。」「大竹しのぶよかったやろ。」「えっ?そこか?」 で、大竹しのぶさんのプロフィールを確認してビックリ。1958年生まれ、チッチキ夫人と同い年でした。 ちなみに、ピーチ姫は小学校時代の愛読書が金城一紀だったそうです。映画が先か?小説が先か? 暴力的読書に浸る、ナカナカ興味深い小学生ですね。一応、彼女は女の子でした。監督 行定勲原作 金城一紀脚本 宮藤官九郎撮影 柳島克己編集 今井剛音楽 めいなCo.キャスト窪塚洋介柴咲コウ大竹しのぶ山崎努山本太郎新井浩文村田充細山田隆人キム・ミンミョン・ケナム大杉漣塩見三省萩原聖人2001年・122分・日本 東映2026・06・12・no110・シネリーブル神戸no387追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.15
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ヤン・シュミット=ガレ「誓い 建築家B・V・ドーシ」元町映画館 元町映画館がやっている「ル・コルビュジュエとドーシ インドのモダニズム」という2本立ての特集の2本目です。 ヤン・シュミット=ガレというドイツの監督が撮った「誓い 建築家B・V・ドーシ」というドキュメンタリー作品です。 ル・コルビュジュエという人は1965年に77歳で亡くなったフランスの建築家ですが、この映画に登場するバルクリシュナ・ドーシという方は、1927年にインドで生まれ、生前のル・コルビュジュエの弟子、助手として建築家になられた方だそうです。 2018年にプリツカー賞という、まあ、よくわかりませんが、その方面ではもの凄い賞をお受けになったあたりからの姿、発言を記録しようという意図で作られた映画のようでした。 バルクリシュナ・ドーシという希代の建築家の人柄と思想を見事に描き出している見ごたえのある作品でした。 建築家は、このフィルムの完成後2年、2025年に95歳で他界されたということらしいですが、そういう意味でも貴重な映画ではないでしょうか。 表題に「誓い」という言葉がありますが、ドーシという方が建築家として師であるル・コルビュジュエに誓った思想、ボクなりの理解では「人間のための建築」ということだと思いましたが、それを指していると思いました。 作品の中にも出てくるのですが、彼の仕事場の壁にこんな言葉あるそうです。 Remember, without dark night there can never be sunrise, don't just think of only sunrise and smile or think of only the darkest night and imagine death. They are both a part of you. Accept nature and find the positive and think of it as a journey.Balkrishna Doshi(忘れるな、暗い夜がなければ日の出はない、日の出だけのことを考えて笑ったり、暗い夜だけのことを考えて死を想像したりするな。どちらもおまえの一部なのだ。自然を受け入れ、ポジティブなものを見つけ、それを旅だと考えるんだ。) 人としての生を生きている人が、生きている人のために作るということのなかに自然性を発見し、それをの肯定する。深いですね。 映画が映し出す建築の面白さはもちろんですが、学校で学ぶ人をはじめ、町で暮らす人たちの生き生きとした姿を映し出している作品であったことも、ボクにはよかったですね。拍手! この日、映画館で神戸の地震があった頃、高校生だったご夫婦と、偶然、お出会いしました。かつてヤンチャな野球少年だったN君は、今ではインテリア関係のお仕事で、お隣にお立ちなっている、奥様でいらっしゃるYちゃんは、あの頃のまんまの美少女で、思わず抱きつきそうになりましたが、嬉しかったですね。ハヤリの作品ではなくて、こういう渋い作品をご夫婦でご覧になっているということもうれしかった。また出会えたらなあ、でした。監督 ヤン・シュミット=ガレ撮影 ディートハルト・プレンゲル編集 サラ・J・レビン音楽 バルトーク・ベーラキャストバルクリシュナ・ドーシスリッド・サラバイスーリヤ・カカニ2023年・90分・ドイツ英題「The Promise - Architect BV Doshi」2026・06・10・no109・元町映画館no376追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.14
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島田陽磨「父と家族とわたしのこと」元町映画館 2年ほど前にこの監督の「生きて、生きて、生きろ」というドキュメンタリーを見て感心した記憶があります。震災後の福島県相馬市の診療所に焦点を当てながら、災後を生きる人々を実に丁寧に描いていらっしゃったことが印象に残っていて、チラシを見て即決でした。 見たのは島田陽磨監督の「父と家族とわたしのこと」というドキュメンタリーでした。戦後80年。トラウマが、静かにほどけ始める。 見終えたボクの実感では、ついに、というか、やっと、この国の「戦後」の「本当は」が姿を見せ始めたなという感慨が印象的な作品がでした。 映像が追いかけている3人の方、復員兵だった父の姿をたどりなおす藤岡美千代さん、市原和彦さん、日本兵だった祖父、母と続く暴力の系譜の中で育った佐藤ゆなさん、それぞれの方の語りが、敗戦を終戦と言い換え、「平和と繁栄」という、考えてみれば、かなり出鱈目なキャッチ・コピーで50年隠し続けて来た戦後史の実相を、あるいは戦争の悪を、穏やかに、しかし、鋭くあざやかに描き出す、歴史的傑作!だと思いました。 島田陽磨監督の視線の温かさ、問題意識の鋭さにも唸りました。拍手! PTSDの日本兵 家族会という団体の活動があることを初めて知り、胸うたれました。 子供に、旧大日本帝国陸軍の制服を着せて、はしゃぎながら靖国神社に参詣する人がいる「今」があることを映し出したシーンに、とんでもない時代が始まっていることを感じて心底驚きました。 戦後なんて言う言葉は、今の若い人たちには何の感慨も呼ばない死語化している時代です。兵士として戦争に行った青年たちで、もし、御存命であったとして、一番若い人でも100歳ですよ。大岡昇平であれ、武田泰淳であれ、戦争を体験した作家たちの書き残した、いわゆる「戦後文学」を読む20代がどれくらいいらっしゃるか。夏目漱石も森鴎外も忘れられているのが現状ですが、大岡や武田の戦場文学なんて誰もお読みになっていないのではないでしょうか。中国に 兵なりし日の 5カ年を しみじみと思う 戦争は悪だ 宮柊二 映画を見終えて帰り道を歩きながらボクの頭に浮かんできたのは、ボク自身が20代に読み心に刻んだ、宮柊二という歌人のこの歌でした。 もう一つ思い出したのは、師範学校を繰り上げ卒業して応召したはずのボク自身の父親の哀しい思い出でした。 父は、戦後、田舎の中学校の教員をしていたのですが、職場でも家庭でも、キレると止まらない人だったことでした。ひょっとしたら、彼の中に刻み込まれた戦争の傷だったのかもしれませんね。 戦後は遠くなったということが流行り言葉になったのは80年代の高度成長時代だったでしょうか。それから40数年たった今、軍国化の風が吹いている異様な世相ですが、この国が戦争の悪にまみれたことはきちんと振り返ることの大切さを思い出させてくれたこの作品に、もう一度、拍手!です。 監督・制作・撮影 島田陽磨撮影 井上耀介 熊谷裕達編集 鈴木響音楽 渡邊崇協力 PTSDの日本兵家族会2026年・127分・G・日本 日本電波ニュース社2026・06・09・no108・元町映画館no375追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.13
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オム・ハヌル「君と僕の5分」シネリーブル神戸 韓国映画で、エンタメ、どうも、ボーイズ・ラブ絡みらしいのがめんどくさいけど・・・、 でも、見ますよね。 で、見たのはオム・ハヌル監督の「君と僕の5分」です。泣きました(笑)。ドンぴしゃりでした。ボク、こういうの大好きです(笑)。 2001年の韓国が舞台です。転校生のギョンファン君は、世間で禁止されているJポップとか日本製のマンガとかが大好きなオタクです。隣の席のジョミン君はクラス委員で優等生ですが、ギョファン君に、何だかわからないけど通じるものを感じてちょっかいを出します。もう、これで、十分、納得!でした(笑)。 50年ほど昔のことです。隣のクラスに転校してきたI君とやっている通信添削が同じだというだけの理由で親友になった経験が記憶から消えないシマクマ老人は、スクリーンで繰り広げられるギョファン君とジョミン君の最初から最後まで、その年ごろ、ボクもそうだった、少年たちのリアルに涙がとまらなくて困りました。 涙に加勢したのは音楽でした。どこまでも限りなく♪ 降りつもる♪雪とあなたへの想い少しでも伝えたくて♪ 届けたくて♪そばにいてほしくて 2000年当時、世間では、もちろん、我が家でも繰り返しかかっていて、ボクでさえ、鼻歌で歌えるグローブという、ほら、あの、小室さんのグループですが、そのデパーチャーという曲ですね。そのサビの部分が、日本語の歌詞で、まあ、おとなしいギョファン君が好きな曲という設定なんですけど、ドラマの山場、山場で聞こえてくるんです。やっぱり、泣きますよね(笑)。 ちなみに、我が家の愉快な仲間たちはギョフン君とたちとほぼ同学年で、音楽やマンガも、そうそうだった、そうだった、というのが、次々と出てくるわけですが、ボクが泣いたのは、その当時を思い出してではなくて、ボク自身の17歳を重ねて見たからですね。 いやホント、うまいもんです、拍手! 映画は、ラストあたりでギョフン君の、あれから20年後あたりの今を描いて、彼の同性愛を肯定的なラストとして描きますが、蛇足ですね(笑)。 少年たちの愛を否定する気は毛頭ありません。でも、少年というものはこういうものなんだと思うんです。ボクだって、当時、親友だった、あるいは大好きだったIくんとも、Oくんとも、もう20年以上音信不通なんですから(笑)。監督・脚本 オム・ハヌル製作 アン・ビョンレ イ・エデン撮影 キム・ヒムチャン美術 キム・ジニョン編集 ウ・ヒジョン音楽 イ・ミョンロ挿入歌 globeキャストシム・ヒョンソ(イ・ギョンファン 転校生)ヒョン・ウソク(ソン・ジェミン クラスの人気者)コン・ミンジョン(ユン・ギョンスク ギョンファン君の母)イ・ドンフィ(チェ・ヨンチョル 多分マッチョな先生)2025年・104分・PG12・韓国英題「404 Still Remain」2026・06・08・no106・シネリーブル神戸no386追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.12
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チャールズ・バーネット「キラー・オブ・シープ」元町映画館「Charles Burnett Everyday Blues」という2本立ての特集の2本目。UCLA映画学科で学んだらしい監督の卒業制作らしいですね。 見たのはチャールズ・バーネット監督の「キラー・オブ・シープ」、1977年の映画でした。 なんか、題名が過激ですが、食肉工場で働く男性スタンと妻、男の子二人の家族をストーリーの軸にしながら、1970年代のアメリカ、ロサンゼルス、ワッツ地区で暮らす人たちの日常を描いた作品でした。 事件らしい事件が起こるわけではありません。印象に残ったのは子どもたちの姿でした。見ているこっちを、妙にハラハラさせる遊びの風景なのですが、恐らく、貧困と差別のど真ん中で生きているにちがいない彼らの姿を、正真正銘の無邪気さとしてフィルムに刻み付けているチャールズ・バーネットという人の世界の見方にうたれたんでしょうね。 1970年代、この作品がとられていた頃ボクは20代でした。もしも、当時、この映像を見ていたらどう感じたのだろうという感慨を呼び起こす映像でした。 上映後、会場でトークがありました。 川村りらさん(脚本家・俳優)、野原位さん(映画監督)、野崎敦子さん(本特集協力)、土井理代さん(After School Cinema Club)という、この作品の上映に努力されている方や、野原位さんといえば、今、話題の濱口竜介さんの監督作品「ハッピィ―アワー」の脚本を書いた人ですし、川村リラさんといえば、その作品に出ていた女優さんですが、そういう方のトークでした。 楽しいチャールズ・バーネットの紹介という趣のトークショーでした。いつもは、こういうイベントには参加しないのですが、なんとなく、聞いていて壇上の人たちが40代~50代の方で、映画が描いている「70年代のアメリカ」、あるいは、それは「日本」でもいいのですが、映画が映し出しているその時代の実感がないのだなあということを強く感じました。 まあ、当たり前のことなんですけど、新しい映画を作っていらっしゃるこういう若い方たちとの、経験の「壁」のようなものついて、どう考えていくべきなのか、面白い問題提起の時間でした。 監督・製作・脚本・撮影・編集 チャールズ・バーネットキャストヘンリー・ゲイル・サンダースケイシー・ムーアチャールズ・ブレイシーアンジェラ・バーネットユージーン・チェリージャック・ドラモンド1977年・81分・アメリカ原題「Killer of Sheep」2026・06・06・no105・元町映画館no374追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.11
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養老孟司「なるようになる。」(中央公論新社) 2023年11月25日発行の本です。 腰巻にあるお写真、養老先生1937年のお生まれだそうですから、85歳くらいのお姿かと思われます。なんか、ご機嫌なおじいさんという雰囲気でイイですね。 鵜飼哲夫さんが編集されて2024年に出された「わからないので面白い」(中央公論新社)を読んで、同じ鵜飼さんがインタビューされた自伝があると紹介されていたので手に入れたのがこの本です。 養老孟司「なるようになる。」(中央公論新社)。 「なるようになる。本当に、そう思っています。人生、なるようにしかならない。そうもいえますが、それでは、なんか諦めたような感じになってしまう。なるようになる、はゆるいかんじですね。」(P12) まあ、こういう語り始めです。子供の頃の戦争時代の回想から、愛猫まるの話までのんびり読ませていただいて楽しい本です。 養老先生がおっしゃることについて、あれこれ紹介し始めるときりがないのですが、一つ選んでということであれば、やっぱり「バカの壁」絡みですね。 僕自身、理系なのに物理学は難しいと思っていた。それはなぜか。聞くほうに知りたいモチベーションがないと、専門外の話はなかなかわからないからです。これを脳内の入出力の計算式にして示しました。視覚、聴覚など五感から脳に入力される情報などをx、これへの反応、うなずいたり、無視したりする出力をyとしたい一次方程式です。 y=ax 係数aは好き嫌い、興味関心などのバイアス(偏り)で、係数が0、つまり無関心だと何を入力しても出力はない。無反応です。一方で、相手への好意や関心が高いとaの数値が大きくなり共感、理解が進むけれど、aが無限大になると、ある情報だけを絶対視する狂信的原理主義になりかねず、とても危ない。(P131) で、このあと、 情報は日々刻々変化し続け、それを受け止める人間の方は変化しない、と思われがちです。実はあべこべの話です。 かつて「バカの壁」で話された話に戻って、人間の側の変化が話題になります。情報は、もちろん多様ですが、それを受け取る主体の係数aの変化への着目ですね。「アッ!」って思いました。 壁を作るのは、人それぞれの係数aですね。養老さんが提示した方程式においては定数なのですが実は、これって、変数なんですね。人って変わるんです! かつて、「バカの壁」を読んで、20年です。「壁」の存在について「わかったつもり」のaの定数化、固定化、あるいは、極大・極小化の日々です。 年齢と経験の絶対化ですね。振り返ればトホホです。 でもね、変えることが可能なんですね。目から鱗です。大事なのは、きっと、定数aに揺さぶりをかけることなんですね。入力と出力を繰り返す辛抱、座り込まないで、キョロキョロしながら徘徊する元気かな? まあ、そういう感想です。久しぶりの養老先生、面白かったですよ。 2026-no061-1276 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.10
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ダミアーノ・ミキエレット「ヴィヴァルディと私」シネリーブル神戸 先日「コラール」というイギリスの教会の合唱団を描いた作品を見て、今日はヴィヴァルディです。こういう音楽ネタ映画が好きです。映画のいいところはスクリーンから流れてくる音楽の音色も大きさも、見ているこっちに聴こえがいいように作られていることですね。聞いていて、ウットリという体験は自宅ではできません。 まあ、そういう目論見で見たのはダミアーノ・ミキエレットという監督の「ヴィヴァルディと私」でした。 アントニオ・ヴィヴァルディ、17世紀から18世紀、日本でいえば江戸時代にイタリアのベニスで生きた作曲家ですから、映画は歴史映画、時代劇ですね。 ボクのような門外漢でも「ヴィヴァルディ?四季か?」と思い浮かぶ人ですが、彼がピエタ慈善音楽院とかの先生であったなんてことは、まったく知りませんでした。親から捨てられたり、育てることができないから預けられたりした女の子たちを集めて音楽を教えるという、まあ、そう言えるかどうか、なかなか難しいのですが福祉施設です。女の子だけというところが、当時の修道院の事情も反映しているのでしょうね。 で、映画は、そのピエタ院の孤児たちと、司祭であり指揮者であるヴィヴァルディとの出会いと別れの物語でした。 監督のダミアーノ・ミキエレットという人は、実はオペラの演出では名だたるイタリアの方らしくて、ヴィヴァルディがチェチリアという母も父も知らない少女の音楽的天才を発見し、育てていく過程を、人と人の出会いの奇跡!として描いていて、スクリーンから流れ続ける音色に堪能しながら拍手!でした。 もっとも、映画はそれでは終わりません。18世紀のイタリア、ヨーロッパ社会の慈善の実相を名もなき天才ヴァイオリニスト、チェチリアの悲劇として容赦なく描くドラマ構成は大したものですね。拍手! ヴィヴァルディといえば「四季」ですよね。「Primavera」という原題、イタリア語では「春」、あるいは「はじまり」を意味するようですが、見ているこっちは、はじめから「春」を待ち続けていたにもかかわらず聴こえてきたのは・・・。 エンド・ロールととも聴こえてくるその音色に涙を抑えることができないラストでした。「春」であり、「はじまり」であるラスト・シーンが描こうとしていることが希望であることは、ベネチアの美しい運河をゴンドラにゆられるチェチリアの決意に充ちた横顔のアップによって理解はできるのですが、あまりにも哀しいはじまりでした。 映画がたどった日記を書き残して、母を探す旅に旅立ったチェチリアを演じたテクラ・インソリアさん、表情が素晴らしかったですね。拍手! いやぁ―、さすがオペラの手練れ、それにしてもうまいものですね。拍手!監督・脚本 ダミアーノ・ミキエレット製作ニコラ・ジュリアーノ フランチェスカ・シーマ カルロッタ・カローリ ビオラ・プレスティエリ原作 ティツィアーノ・スカルパ脚本 ルドビカ・ランポルディ 撮影 ダリア・ダントニオ美術 ガスパーレ・デ・パスカーリ衣装 マリア・リータ・バルベラ編集 バルテル・ファサーノ音楽 ファビオ・マッシモ・カポグロッソキャストテクラ・インソリア(チェチリア)ディミケーレ・リオンディーノ(アントニオ・ヴィヴァル)アンドレア・ペンナッキ(監事)ファブリツィア・サッキ(院長)イルデガルド・デ・ステーファノ(ラウラ)コジマ・チェントゥリオーニ(マリエッタ)アニェーゼフェデリーカ・ジラルデッロカテリーナレベッカ・アントナーチマッダレーナキアラ・サッコデンマーク国王ミコ・ハーリーエリザベッタ・パロリンバレンティーナ・ベッレサンフェルモステファノ・アコルシ2025年・110分・G・イタリア・フランス合作原題「Primavera」2026・06・03・no102・シネリーブル神戸no384追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.09
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チャールズ・バーネット「マイ・ブラザーズ・ウェディング」元町映画館 「Charles Burnett Everyday Blues」という2本立ての特集を元町映画館が組んでいたので、音楽映画かな?と思ってみました。監督がアメリカの自主製作映画の方のようですが、まったく知りませんでした。 見たのはチャールズ・バーネット監督「マイ・ブラザーズ・ウェディング」です。 出来のいいオニーチャンの結婚式に出るべきか、悪友スパイダー君の葬式に出るべきか、人のいいピアース君の肖像を描いた作品でした。 1987年にチャールズ・バーネットという監督が作った映画を2007年に再編集して公開した作品のようです。 舞台はアメリカ、ロサンゼルスのワッツ地区というアフリカ系の人たちの集住地区、主人公のピアース君は、もちろん、アフリカ系、黒人のアメリカ人で30歳、独身です。仕事を首になったらしく、親の仕事であるクリーニング屋の店員として働いています。 映画は、まあ、題名はわからないのですがブルースの歌声を背景に流しながら30歳の青年の友達付き合いと家族との付き合いを映し出していきます。80年代のアメリカの黒人社会が、実に、楽しく、哀しく、リアルです。 80年代に30代の青年、そのまま生き延びていれば、今、70代の老人です。 そう、ピアース君はボク自身なのですね。 うんざりすることしか起きない日常を何とか乗り切って、筋だけは通したいという、何だかやりきれない日々を送る大人になり切れないピアース君の姿は、同時代の記憶の空気感を彷彿とさせてリアルでした。楽しいという感想の所以です。 50年経って、こういう作品と出会うこともあるんですよね。妙に共感する展開を見ていて、それが、アメリカの黒人社会を生きる青年を描いた作品だというのが不思議でした。拍手! 「Charles Burnett Everyday Blues」特集、もう1本、必ず見ます(笑)。監督・製作・脚本・撮影・編集 チャールズ・バーネット製作 ゲイ・シャノン・バーネット編集 トーマス・M・ペニック エド・サンティアゴキャストエバレット・サイラスジェシー・ホルムスゲイ・シャノン・バーネットロナルド・E・ベル2008年・82分・アメリカ原題「My Brother's Wedding」2026・06・06・no104・元町映画館no373追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.08
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ローラ・ワンデル「アダムの原罪」シネリーブル神戸 製作者に、あのダルデンヌ兄弟の名を見つけて、封切り早々映画館に駆け付けました。さすが!でした(笑)。 見たのはローラ・ワンデル監督の「アダムの原罪」です。 ルシー(レア・ドリュッケール)という小児病棟のベテラン看護師と、患者のアダム君、4歳。彼をシングル・マザーとして育てている女性レベッカ(アナマリア・バルトロメイ)との葛藤を描いた79分でした。時間を忘れて見入りました。 女性二人の、特に看護師を演じるレア・ドリュッケールという女優さんの演技が素晴らしかったですね。 邦題になっているアダムの原罪というのは、キリスト教の説話ですよね。イヴにすすめられて、神にそれを食べることを禁じられている知恵の実を食べてしまったアダムの罪のことだというのが、ボクの浅はかな予備知識でしたが、この作品のどのあたりと、その逸話が結びつくのかボクにはよくわかりませんでした。 たしかに、小児入院病棟に入院させられたアダム君は、母親の与える食事しか口にしようとしない結果、栄養不良で重度の骨粗しょう症的症状に苦しんでいて、病院では、母親との隔離による食事療法が指示されているのですが、母親レベッカはアダム君を抱え込んで離そうとせず、アダム君はアダム君で、レベッカ以外の人の言葉は聞こうとしません。ママ以外はすべて危険である! 何で、この母と子がそう思い込んで治療を拒否するのか、看護師のルシーさんにはわかりません。わからないまま医師やセラピストによる判断があって、命令があって、治療が進められます。アダム君はルシーの差し出すスプーンを拒否し、ようやく飲みこん画と思うと嘔吐を繰り返します。もちろん、見ているこっちも、その、わからなさに困惑するばかりです。で、ルシーさんはどうしたのか。 映画はルシーさんの、廊下を歩く後ろ姿、セキュリティカードでドアを開け閉めするいらだった表情、手を洗い、顔を洗い鏡を見つめる姿を次々と映し出すのですが、そのショットの重ね合わせが素晴らしかったですね。理解を絶した母子に対して、病院という制度の中で生きる自分に何ができるか? それを問い、その答えに至る姿が後ろ姿として映し続けられているのです。いや、スゴイですね。 原題の「L'Intérêt d'Adam」は聖書では「アダムの原罪」なのでしょう。でも、直訳すれば「アダムの利益」くらいかなと思うのですが、そっちの方がわかる気がする瞬間がやってきました。「ママといたい。でも、しぬのはヤダ」 アダム君が、ママであるレベッカと引き離される時、ルシーの説得に応えて発する言葉です。 ことばを耳にした瞬間です。この母と子がまわりの社会から追いつめられている実相が浮かび上がってきて、ルシーさんの苛立ちと焦りの姿に秘められた決意が胸を貫く気がしたのです。アダムの命を守る、そして、レベッカの命も守る。 それがルシーさんの決意だと。 制度化する善意が決して救うことができない人が、この世にはたくさんいらっしゃるのです。「知恵の実」を食べ続けている現代社会を救うのは神ではありません。ルシーさんの決意について、見ているあなたはどうお考えになりますが? 映画が問いかけてくるその問いにボーっと空を見上げる帰り道でした。拍手! ダルデンヌ兄弟製作に目をとめて正解でしたね。ローラ・ワンデルという監督の名前も忘れないでしょう。しかし、なんといっても忘れられない印象として残ったのはレア・ドリュッケールという、多分、何度か見たことがあるはずの女優さんの横顔と後姿ですね。拍手!拍手!です。監督・脚本 ローラ・ワンデル製作 ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ撮影 フレデリック・ノワロム編集 ニコラ・ランプルキャストレア・ドリュッケール(ルシー 看護師)アナマリア・バルトロメイ(レベッカ シングルマザー)ジュール・デルサール(アダム 少年)アレックス・デスカス(ナイーム 病棟管理官)2025年・79分・G・ベルギー・フランス合作原題「L'Intérêt d'Adam」2026・06・05・no103・シネリーブル神戸no385追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.07
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鈴ノ木ユウ「竜馬がゆく 16 」(文藝春秋社) 2026年5月のマンガ便です。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を鈴ノ木ユウさんがマンガ化している「竜馬がゆく」(文芸春秋社)の第16巻です。 坂本龍馬は、いわゆる、幕末動乱の時代の人ですが、16巻では歴史の教科書で「文久3年8月18日の政変」と呼ばれている、まあ、クーデター後の土佐藩が舞台です。 尊王攘夷に傾いていた土佐藩で、公武合体派の山之内容堂が復権し、武市半平太率いる土佐勤皇党弾圧が始まります。 まあ、今ふうにいえばテロリズムの応酬の時代ですし、登場するのは、今となっては歴史上の人物たちなのですから、一つ一つに胸痛めてもしようがないのですが、例えばこの表紙、鈴ノ木ユウの絵柄としては、あまり見かけない暗さに充ちていて、この人物が、人切り以蔵の名を歴史に残した、土佐藩の剣客岡田以蔵だと知ると、やっぱり哀れを感じますね。 司馬遼太郎の原作が、主人公の竜馬だけでなく岡田以蔵とか、武市半平太という途上で倒れていった人たちに対してやさしかった記憶がありますが、鈴ノ木ユウさんの絵柄はそれを引き継いでいますね。 で、彼らを拷問するのが、若き日の板垣退助であり、後藤象二郎であること書き落とさない所に司馬歴史観の本領を感じます。 まあ、何はともあれ、竜馬だってあと数年の命なわけで、ここからが大変ですね(笑)。2026-no059-1274 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.06
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「お誕生日デース!」 ベランダだより 2026年6月5日(金)ベランダあたり 今日は2026年の6月5日、金曜日。徘徊老人シマクマくん、還暦通過後、12年、午年のお誕生日デース(笑)。 ベランダでは、今年もアゲハくんが大空に旅立ちです。美しいですね。 玄関先にはお隣さんから丹精のサボテン開花でお祝いです。我が家の団子丸くんの一族、こっちが親の株です。ピンク色がいいですねえ。 我が家のベランダではガウラ、ちょっとすごい名前ですが、別名がハクチョウソウ(白蝶草)だと聞くとうれしい花が満開です。 そのお隣で黄色いカラーが咲き始めています。 数年前にゆかいな仲間、松山のサカナクンのかよちゃん女将から、母の日プレゼントで贈っていただいた鉢植えです。毎年咲いてくれます。今年も咲きました。 ベランダだよりとかと調子に乗ってますが、ベランダの蝶や花、まあ、洗濯物も、お布団干しも同居人、チッチキ夫人のガンバリです。 一年に一度くらいはお礼の言葉をいわないと罰が当たりそうなわがまま生活のシマクマ君です。ありがとう!これからもヨロシク! というわけで、アホな徘徊生活は続きます(笑)。みなさま、これからもよろしくね。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで(笑)
2026.06.05
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原泰久「キングダム 79」(集英社) 2026年5月のマンガ便の1冊です。 原泰久の「キングダム 79」(集英社)です。 2026年5月24日発売の新刊ですから出たばかりです。人のことはいえませんが、マンガ便を届けてくれるトラキチ君、すっかりはまっているようですね(笑)。 78巻で始まった秦・韓決戦ですが、79巻を読み終えて、表紙カバーに描かれている群像たちを見ていてようやく気づきました。ここに居並んでいるの韓の将軍たちなのですね。ちなみに78巻の表紙がこれでした。 ここでは秦の将軍たちが国境の向こうの韓を睨んでいて、79巻では李牧を総大将として、秦を迎え撃つ韓の将軍たちでした。 ついでに載せると、79巻の裏表紙がこれです。 中央に立っているのが青華雲、中華十弓の随一、韓軍の弓の名手、箱に囲まれている二人が蒼仁、蒼淡の兄弟、李信隊の弓の名手の兄弟です。細目で気の弱そうなのが弟の蒼淡、目が、くっきりと大きいい方が兄の蒼仁です。 78巻で秦軍の楊端和を一撃で倒した青華雲ですが、本巻での狙いはもちろん信です。 で、信の配下、蒼兄弟がどう戦うのか。近代の戦争であればスナイパーはライフルですが、2000年前の中華の戦場では弓です。弓術の奥義をめぐる神話的エピソードも描き込まれ読ませましたよ。 2026-no058-1273 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.04
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カリン・ブッハー トーマス・カラー「ユートピアの力」元町映画館 建築とか都市計画となんて何にも知りませんが、「ル・コルビジュエ」というこのチラシにある有名な名前に惹かれて見に行きました。 で、「ル・コルビジュエとドーシ インドのモダニズム」というこのチラシは2本立ての特集の名前のチラシだったようで、見たのはカリン・ブッハーという人とトーマス・カラーという人が共同で監督された「ユートピアの力」というこちらの写真のドキュメンタリィ―でした。 1940年代の後半、インドがパキスタンと別れて独立したころ、初代の首相だったネルーに頼まれた。スイスのモダニスト建築家ル・コルビジュエが設計した、いわば、理想の人工都市チャンディガールという町の、その後60年の歴史を振り返るドキュメンタリィーでしたが、興味深く、面白く見ました。 ル・コルビジュエが、自らの理想を、インドの田舎に都市として実現できたことにまず驚きましたが、恐らく全世界的な動向である、人工の都市集中現象が進行するなか、理想を維持できなくなっている現状に、なんだか寂しいものを感じました。 現地の有識者たちの努力とは裏腹に、理想が維持できなくなっている現状に「いずこも同じ」現代社会の絶望的現実!を見せつけられる思いでしたが、このチャンディガールでは、最初に計画植樹された樹木の伐採が禁じられているということで、街路樹として、ボクなんかの目には異様なる威容と映る大木!が残されていることが夢のようでした。素晴らしいですね。 現代の資本主義社会、あるいは、例えば養老孟司が警告しつづけてきた脳化社会が、これからどうなるのかボクの知ったことではないわけですが、80年前のモダニストの理想が、今、押しつぶされていきつつあることは明らかなわけで、それを目の当たりにするのは、ナカナカでした。拍手! この作品は、多分、スイスの映画製作者の手によるものだと思いますが、被写体がインドということになると、やっぱり、踊るシーンが出て来て、それも面白かったですね。拍手!監督・撮影 カリン・ブッハー トーマス・カラー編集 トーマス・カラー ミリアム・クラーケンベルガー ファビアン・カイザー音楽アトゥール・シャルマキャストグルチャラン・シン・チャンニディーピカー・カンディーシッダールタ・ウィグディワーン・マーンナー2023年・85分・スイス原題「Kraft der Utopie - Leben mit Corbusier in Chandigarh」2026・06・01・no101・元町映画館no372追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.03
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小山帥人 西村秀樹「絞首台からの生還」元町映画館 題名を見て、ちょっと躊躇しましたが、「やはり、これは見ておかないわけにはいかないな。」そう思いなおして見ました。 小山帥人と西村秀樹というお二人の共同監督のドキュメンタリィー「絞首台からの生還」です。見てよかったです。 映画が始まって、スクリーンには50年前の記録映像が映り始めます。 1975年11月22日 映し出されていく当時の抗議運動の立看や横断幕、集会に参加している学生たちのゼッケンに記されている、その日付を見ていて、50年前の記憶がワラワラと湧いてきました。 当時、21歳でした。集会に参加する勇気がなくて遠くから見ているだけの大学生でした。こんな事件が実際に起こってることに、ただ、ただ、驚いている傍観者だったのです。映画を見ることに躊躇した理由が、そのあたりにあることはあきらかです。今になって振りかえっても「ボクはなんにもしなかったなあ。」 まあ、そういうさみしい感慨が湧いてくる記憶ですが、ボク自身は、そういう、自分のふがいなさにおびえるような気持ちで見た映画でしたが、本当に見てよかったと思いました。 多くの人が逮捕拘束され、死刑判決を受け、十数年の死刑囚としての刑務所暮らし強いられたという、筆舌に尽くしがたい事件だったんですよね。冤罪であったことはもちろんですが、人格を根本的に破壊することを目的としたかの暴力に耐え抜き、無事、50年の歳月を生きのびられたことが伝えられている作品で、何ともいいようのない安堵というか、ホッとした気持ちになる映画でした。拍手! 映画は李哲さん、康宗憲さんという二人の在日留学生、在日の社会人として逮捕された孫裕炯さんへの、現時点でのインタビューで構成されています。彼らが語る体験のすさまじさは、国家による個人に対する暴力の許しがたい本質を明らかにしていますが、最後の証言者として詩人の金時鐘さんが登場されたときに息をのみました。 彼は5・4事件で逮捕され、その後、日本に渡られ、在日朝鮮人として半世紀以上の年月を闘い続けてきた方ですが、その、1929年生まれの金時鐘さんがこの映画のインタビューに元気に登場されたことに涙をこらえることができませんでした。 小山帥人 西村秀樹という二人の監督はじめ、おそらく多くの映画製作者たちの協力によって、今や、後世に残すべき歴史の証言ともいえるこの映画が出来上がったことに拍手!です。 朝鮮をはじめ、アジア諸国の現代史について、他人事として語る風潮が広がっていますが、果たしてそうなのでしょうか?我々の現代史を振り返るときに、目を背けることができない関係があった事実について、きちんと振り返る必要を感じる今日この頃だということを思い起こさせてくれた映画でもありました。拍手! 監督・取材・撮影 小山帥人 西村秀樹編集 黒瀬政男ナレーション 水野晶子題字 李哲キャスト李哲康宗憲孫裕炯金時鐘2025年・82分・日本2026・05・26・no097・元町映画館no369追記 2026・06・02本文に名前を出した金時鐘さんの「猪飼野詩集」については読書案内で「猪飼野詩集」・「見えない町」と題して紹介の途上です。クリックしていただければ紹介文に行けると思います。追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.02
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ニコラス・ハイトナー「ザ・コラール 希望を紡ぐ歌」シネリーブル神戸 チラシの男性に見覚えがありました。「あれっ?この人教皇選挙のローレンス枢機卿やったんちがう?」 で、見ました。やっぱりそうでした(笑)。 見たのは、演出家のニコラス・ハイトナーが監督の「ザ・コラール 希望を紡ぐ歌」でした。 よかったですね。 1916年、第1次世界大戦下のイギリスです。 田舎町の教会の合唱団、団員の多くが出征して、指揮を務めていた男もいなくなります。で、そこに敵国ドイツ帰りの偏屈男が指揮者として探し出されてくるのです。 夫や息子、友人たちの戦死の通知に悲しみが広がっているところに、この、「ドイツ野郎!」の指揮で、これまたドイツ野郎のバッハの受難曲を歌うということが皆さん気に入りません。やる気ゼロ! で、どうするのか?どうなるのか? そこで、登場するのが、ローレンス枢機卿ならぬ、レイフ・ファインズ演じる、偏屈ドイツ野郎ガスリー博士です。 というわけで、ここからは、まず、音楽映画として展開が面白かったですね。静かに聞こえてくる伴奏のピアノの響きが印象的で、ラストにやってくる大合唱のすばらしさまで、聴こえてくる音というか、育っていく音楽に惹きつけられました。 ガスリー博士が、バッハではなくて、ボクなんて、「威風堂々」しか知らなかったエルガーの「ゲロンティアスの夢」とかいうミサ曲を選んだところに驚きました。 でも、この映画は、合唱が完成していくプロセスで描かれる、やたらに好戦的なご婦人や、戦場が他人ごとであるかの老人たちの発言や振る舞いに始まり、作曲者エルガーとガスリー博士のぶつかり合い、徴兵忌避者として告発されるピアニストの勇気、戦地から片腕を失って帰ってきたソリストの青年の苦悩、今日か、明日か、に迫ってきた徴兵通知に脅える少年たちの明るい絶望の姿、その一つ一つのエピソードが、実によかったですね。 戦地から傷病兵として帰国したソリストの青年が、曲の詩にある「煉獄」という表現に対して「煉獄はある!」と、戦場体験を語るあたりは圧巻で、やがて、下手くそな合唱団の声の響きが、文字どおり「祈り」へと昇華していく演出には拍手!でした。 レイフ・ファインズさんのお芝居も、ゆるぎない渋さで納得、拍手!でしたが、少年たち、ソプラノの少女、片腕の青年、みなさんよかったですね。拍手! この作品の監督のニコラス・ハイトナーですが、彼は、ナショナル・シアター・ライブで「アレルヤ」とか見た記憶もあって、どっちかというと舞台の方だと思っていましたが、さすがの作劇術ですね。堪能しました。拍手!監督・製作 ニコラス・ハイトナー製作 ケビン・ローダー ダミアン・ジョーンズ脚本 アラン・ベネット撮影 マイク・エリー美術 ピーター・フランシス衣装 ジェニー・ビーバン編集 タリク・アンウォー音楽 ジョージ・フェントンキャストレイフ・ファインズ(ヘンリー・ガスリー博士)ロジャー・アラム(バーナード・ダックスベリー市会議員)マーク・アディ(ジョー・フィットン)アラン・アームストロング(ハーバート・トリケット)ロバート・エムズ(ロバート・ホーナー)サイモン・ラッセル・ビール(サー・エドワード・エルガー)リンゼイ・マーシャル(ビショップ夫人)ロン・クック(ウッドヘッド牧師)ウッドアマラ・オケレケ(メアリー・ロック)エミリー・フェアン(ベラ・ホームズ)ショーン・トーマス(ミッチ)ジェイコブ・ダドマン(クライド)オリバー・ブリスコム(ロフティ)テイラー・アトリー(エリス)2025年・113分・イギリス・アメリカ合作原題「The Choral」2026・05・29・no099・シネリーブル神戸no383追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.01
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