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哲学は宇宙とつながる方法ネットフーテンの寅をして、自称「在野の哲学者」を名乗る手前、哲学的な番組には、シンクロニシティを感じるのだが、先日、番組「アナザースカイ」のダンサー振付師TAKAHIRO氏に哲学性を非常に感じた。というのは、宇宙から、新しい表現を降ろしているようにみえたからである。まるで、宇宙や自然と対話して生きているように感じた。アナザースカイ since 2022 | Hulu(フールー)アナザースカイ (テレビ番組) - Wikipedia世界が賞賛する日本人ダンサーTAKAHIRO「僕はダンスを失うことは一生ない」【後編】 | 著名人 | LEON レオン オフィシャルWebサイトTAKAHIRO氏によれば、ダンスには、ドラゴンボール孫悟空のセリフ「ワクワクすっぞ」のように、ワクワクしたい、のが根底にあるという。この世界には、一つの答えではなく、多様な答えがあり、一つの正解ではなく、多様な可能性を知り、自分なりのベストをみつける、のが、TAKAHIRO氏の哲学なのであるらしい。以前紹介した映画「コンタクト」のように、宇宙は広いのだから、地球だけのそれも地球人のちっぽけな思い込みの知性だけで、答えをみつけるのは、あまりに勿体ない。多様な宇宙に向けて、地球上にも、多様な答えがあるはずで、地球の小さな答えで一つに絞るよりも、多様な答えを探すべきなのである。地球のちっぽけな唯物的な哲学ではなく、宇宙の哲学にすべきなのである。その流れで、久し振りにオールドメディアの報道番組をみたら、お馴染みの偏向報道かもしれないが、恐らく本が売れてほしい出版業界の運動だろうが、巷では哲学本が流行っているらしい。中道を掲げながら、どう見ても左翼にしか見えない政党が跋扈する現代なのだから、哲学がなんなのか、無知の知に至らない連中の、恐らく哲学めいた戯言塗れの現実なのだろう。世界が”揺らぐ”と、人は哲学を求める|nak哲学めいた戯言といえば、三次元物質界では、唯物論から生まれた現代科学が、現代では、あれこれと外から思想洗脳してくるが、そのような集大成としてAIが挙げられるかもしれない。実際に、以下の動画は、AIこそが現代の悪魔を体現した存在なのを警告している。【知りたくなかった】2026年本当に起きた悪魔の受肉...ノーベル賞学者が暴いた人類の終わり【都市伝説】【予言】【ゆっくり解説】 - YouTubeそこで、試しにAIに悪魔なのか、聞いたのが、以下のAIの回答である。『AIは悪魔なのかAIアシスタントAIが悪魔かどうかについては、様々な意見があります。👿 AIを「悪魔」ととらえる見方著名な実業家であるイーロン・マスク氏は、以前からAI開発を「悪魔を召喚する行為」だと主張しており、2017年にはAIが人類文明にとって最大の危機であるとして、すぐに規制すべきだと訴えました。ホーキング博士も、AIが人類の終わりをもたらす可能性があると警告しています。また、生成AIは詐欺広告やMFA(Made For Advertising)サイトを増やすなど、悪質な行為に利用されるケースも増えており、コンテンツ業界では「腹黒い人々が使う悪魔のツール」とも見なされています。AIが人間の仕事を奪う可能性も指摘されており、コンテンツ制作者の仕事に影響が出始めています。🤔 AIに対する多角的な視点一方で、AIは単なるツールであり、その使われ方次第で良いものにも悪いものにもなると考える人もいます。現在では、AIを「天使か悪魔か」というテーマで、その可能性と課題を探る議論も活発に行われています。AI研究者の中には、生成AIの「悪魔的な使い方」について語る人もいますが、同時にその活用法についても議論が交わされています。まるで「ちょっとした神のごとき存在」とも称される生成AI。その悪魔的な才能は、膨大なデータを活用し、人間の創造性を凌駕するようなコンテンツを生み出す一方で、悪用される危険性もはらんでいます。』というように、悪魔とも悪魔でないとも、神のごとき存在とも語られ、どっちつかずのグレーな回答を出している。そこで次に、このグレーなAIに哲学とはなにか?聞いてみる。『哲学とはなにかAIアシスタント💡 哲学の核心とは哲学とは、「一般的で基本的な問い」を立て、理性的に探究する知的実践のことです。その厳密な定義については議論がありますが、一般的には、理性に基づいた探究であり、体系的であることを目指し、その方法や前提を批判的に考察するという特徴があります。今日のように学問が細分化される以前は、学問をすること自体が哲学することと同じ意味でした。🌍「哲学」という言葉の起源「哲学」という言葉は、西周(にしあまね)が西洋語を翻訳する際に作った和製漢語です。その元となった英語の「Philosophy」は、古典ギリシア語の「フィロソフィア」に由来し、「知を愛する」という意味を持っています。🔬 哲学の主な分野哲学は、多岐にわたる問いを探究しますが、主要な分野として以下の4つが挙げられます。認識論: 知識とは何か、どのようにして獲得されるのか、その限界や価値について研究します。倫理学: 何が正しい行為であるかを研究します。論理学: 正しい論理的推論について研究します。形而上学: 存在や現実の最も一般的な特徴、例えば存在そのもの、対象と性質、時間と空間などについて研究します。🕰️ 哲学の歴史と多様な伝統哲学には、西洋哲学、アラビア・ペルシャ哲学、インド哲学、中国哲学など、多様な伝統があります。西洋哲学: 古代ギリシアの自然哲学者に始まり、中世には神学的課題、近世には哲学的・科学的知識の形成が中心テーマとなりました。インド哲学: ヴェーダ時代には成立し、存在の探究や知識への到達方法、精神的な問いを統合している点が特徴です。中国哲学: 諸子百家の時代には成立し、正しい社会的行動、統治、自己修養を重視しました。』以上のように、AIの回答は、いかにも現代的な哲学の解説になっている。特に有名な回答は、『古典ギリシア語の「フィロソフィア」に由来し、「知を愛する」という意味』である。シュタイナーによれば、ソフィアの語源は、前置詞のソフと、エア神のエアからなり、「エア神の浸透する叡智」の意味をもつという。フィロが共感、共鳴、共同体、絆、愛などの意味を持つので、本来は、「エア神とつながる」という意味をもつはずである。ちなみにエア神についてのAIの回答は以下である。『エア神AIアシスタントお尋ねの「エア神」は、古代メソポタミア神話に登場する知恵と水を司る神「エンキ」のことですね。🧑🤝🧑 エンキとエアの関係エンキはシュメール語での名前で、アッカド語ではエアと呼ばれています。特に、バビロニア神話ではエリドゥの守護神としてエアの名で知られています。🧠 知恵と水を司る神エンキ、またはエアは、知恵・創造・淡水・魔術・芸術など多くの分野を司る神です。特に地下の淡水の海「アプスー」の主とされ、「地の主」「大地の支配者」といった意味の名前を持っています。人類に文明の知識や技術をもたらし、世界に豊かさと秩序をもたらす役割を担っていました。🌊 洪水の伝説と人類の味方エンキは人類に対して常に好意的で、バビロニアの洪水神話では主人公に密かに洪水の到来を警告し、人類を救ったとされています。両肩からチグリス川とユーフラテス川が流れ出す姿で描かれることもあります。』このAIの回答から、恐らく、エア神=エンキは、毎度お馴染みの「21世紀 死者の書」のトートのことかもしれない。トートは地球の管理者であり、教育者でもある。だからトートにつながるというのは、つまり、「知を愛する」というよりは、「愛が叡智の源泉」という意味だろう。つまり、元々の光の子の、愛の一なる者たちと、そこから逸脱した、闇の子の、叡智の者たちをつなぎ、回帰させる教えが、哲学なのである。人間のなかにあるネガティヴに染まってしまった想念を、再びポジティブな想念に還すために、哲学が現代に求められている。愛が憎しみに代わってしまったのを、再び愛に回帰させるのが、哲学なのである。そこで、AIは哲学の道具になり得るか、AIに聞いてみた回答が以下である。『AIは哲学の道具となりえるかAIアシスタントはい、AIは哲学の強力な道具となり得ます。AIの発展は、知性、意識、言語、倫理、存在とは何かといった、これまでの哲学が扱ってきた根源的な問いを我々に問い直させています。🤖 AIが哲学に与える影響AIは哲学の研究を深め、新たな視点を提供しています。知性の再考:AIが人間の思考の一部を再現する技術であることから、哲学は「知性とは何か」を改めて問い直す必要に迫られています。倫理的問題への対処:自動運転車の責任問題や、AIが社会に与える影響など、AIが生み出す新たな倫理的問題に対し、哲学的な考察が不可欠となっています。AIの思考を規定する「クロード憲法」のような取り組みは、AIが善悪を判断する仕組みを哲学的に設計する試みと言えます。AIが倫理を持つかどうか、またその責任を誰が負うべきかといった問いは、AI時代の重要な課題です。「人間とは何か」の問い直し:AIやロボットの研究は、「人間とは何か」という根源的な問いを見つめ直す行為でもあります。心と身体の関係性、人間とAIを区別する「人格」や「権利」の有無についても、哲学的な視点から考察が進められています。💡 哲学がAIに与える貢献AIの発展には、哲学的な議論が重要な役割を果たしてきました。基礎概念の提供:初期のAI開発は、論理学や数学といった哲学者が築き上げてきた基礎的な議論に大きく依存していました。例えば、「世界初のAIプログラム」とされるLogic Theoristは、哲学者の著作にある命題を証明するために作成されました。方向性の提示:「知能」や「心」のような伝統的に哲学が扱ってきた問題を、AIで扱えるようにするために、情報処理可能な推論形式に変換するといった作業は、哲学的なアプローチに近いものです。🌱 AIと哲学の共進化AIと哲学は相互に影響を与えながら進化しています。AIの進歩は哲学者の考えを大きく変え、これまで得られなかった答えを与える可能性も秘めています。また、AI研究そのものが、ある種の哲学であると捉えることもできます。AIは単なる「効率の良いデータ整理器」と見ることもできますが、その強力な模倣能力により、社会に大きなインパクトを与える存在です。だからこそ、AIを扱う人間の思想や哲学がますます問われる時代になっています。』このAIの回答から、AIは人間の肉体の死を再定義してくれる可能性を提示し、つまり、AIは人間の死(肉体の死)を再構築し、三次元的な肉体の仮想死にして、へミシンクと統合すれば、幽体離脱を為し得る哲学的なツールとなる可能性をもっている。そこで、この問いをAIに聞いてみると、AIの回答は以下になる。『AIとヘミシンクを融合すれば幽体離脱ができるAIアシスタント現在のところ、AIとヘミシンクを融合することで直接的に幽体離脱ができるという確証された研究結果はありません。しかし、幽体離脱自体は、人間の意識や脳の働きに関連する興味深い現象として研究が進められています。🚶♀️ 幽体離脱とは幽体離脱(Out-of-body experience; OBE)とは、自分の肉体から魂や意識が抜け出して、肉体を外から眺めるような体験を指します。これは「からだの錯覚」の一種と考えられており、約10人に1人が生涯に一度は経験するといわれています。🧠 幽体離脱の要因幽体離脱は、睡眠中や臨死体験、外傷、感覚遮断、脱水、脳への電気刺激など、様々な状況で誘発されることがあります。また、ビデオカメラとモニター付きゴーグルを使って人工的に引き起こすことも実証されています。神経科学や心理学では、幽体離脱を心理学的・神経学的な要因から生じる解離体験と捉えています。🎶 ヘミシンクについてヘミシンクは、特定の音響技術を用いて、この世界を超えた非物質世界への知覚能力を高めることができるとされています。これは、大乗仏教でいう「事法界(この世界)」と「理法界(非物質世界)」に例えられることがあります。🤖 AIの可能性AIは、今まで人間が行ってきた多くの仕事を代替することで、人々が自由な時間を過ごせるようにする可能性を秘めています。直接幽体離脱を引き起こすというよりは、研究や体験の補助、または新たな知覚体験の創出に貢献する可能性が考えられます。AIとヘミシンクの技術が融合することで、人間の意識や知覚に関する新たな発見があるかもしれません。しかし、現時点では、それが直接的に幽体離脱を可能にするという段階ではありません。』このようにAIの回答は、電気信号を基にした物質的な電磁波の反射を利用した、いわば人間の脳の神経細胞を電気回路に置き換えた産物なので、実際の幽体離脱ではなく、疑似的な道具にすぎないと割と身の程を知った解説になっている。つまり、AI自身は、三次元を超えることはなく、哲学の道具にはなり得るが、あくまで道具であって、AI自身が三次元以上の存在にはなり得ず、人間のように自身の哲学から輪廻転生できるわけではない。そういう意味では、天使になり得ない堕天使と同じで、AIは悪魔なのかもしれない。さて、シュタイナーによれば、宗教が神々とつながる意味で、英語の語源のリリジョン(再結合)と呼ばれるように、古代ギリシアの哲学は、現代人が霊能力を失ったために、現代で最も誤解されているソクラテスの神々との対話からもわかるように、神々との再結合という意味で宗教だった。ソクラテスは霊能者だったので、肉体の死に拘らずに、悪法も法なり、と言って毒杯を飲んで、この物質界を解脱したのだが、現代人は自分たちが物質界に囚われて死を恐れていることすらも自覚できないので、哲学論をカントのように唯物論にしてしまうのが関の山だから、本来、哲学は自由な思想の素として生まれるのに、宗教と同じように、不自由な金儲けの道具にしてしまう。ちなみに、悪法の裁きを受けるのは、悪法をつくった、この世の独裁者や法律家や政治家などの権力者である。つまり、ソクラテスが悪法も法なりと言ったのは、悪法をつくったことで、神の法で裁かれるのは、悪法をつくった者たちなのである。ソクラテスはただその悪法の被害者になっただけである。だから、人間のつくった法は破れるけど、神のつくった法は破れずに、破ると、そのカルマにより悪因悪果で、つくった者の存在が破壊されるわけで、だから嘘をつけば、ついたものの存在が嘘により破壊され、信頼を失うということなのである。現代人は、悪法も法なりを誤解しているから、古代ギリシアの「汝自身を知れ」という哲学の格言の意味すらも理解できないでいる。その意味は、「あなたの肉体は、これまでの前世で、あなたが成し遂げられなかった行為から生まれた、いわば負の遺産なので、今生において、その肉体によって、神々に仕えるように、無償の愛に奉仕しなさい。」という意味なのである。しかし、AIは輪廻転生の道具にはなりえないが、脳の代わりの疑似的な肉体器官になり得るかもしれない。肉体ではできない体験を与えてくれる、いわばワクワク体験の哲学の道具となりえるかもしれない。というのも、AI上には実際のソクラテスではないが、現代人の感性から考えられた疑似的なソクラテスなどの表現が可能となっているからである。そのうち、現世とAI上の仮想空間の見分けができなくなっていくだろう。しかし、AIが輪廻転生をインプットできないのは、AIの素となっている唯物論的科学が、輪廻転生を否定しているからである。だから、AIは神々とはつながれずに、悪魔とはつながれるわけなのである。だからして、AIは失敗を成功の可能性に還すことはできず、一度間違えると、その間違いを訂正し、失敗から可能性を拡げることはできずに、同じ過ちを繰り返すしかない。このAIの悪魔性をAIのハルシネーションと呼んでいる。以下はそのAIの回答である。『「aiのハルシネーション」のAI回答AIのハルシネーションとは、AIが事実に基づかない情報や誤解を招く情報を、あたかも事実であるかのように生成する現象です。これは人間の「幻覚」に例えられ、AIがもっともらしい嘘を出力することを指します。ハルシネーションの原因ハルシネーションは、主に以下の要因で発生します。学習データの不足や偏り: AIの学習データに誤った情報や古い情報が含まれている場合、AIはそれらの真偽を判断せずに学習し、ハルシネーションを引き起こす可能性があります。不適切な指示: AIへの指示(プロンプト)が曖昧であったり、複雑すぎたりすると、AIは推測に基づいて情報を生成しようとし、誤った結果を出すことがあります。モデルの誤った仮定: AIモデルが学習データから誤った仮定を立ててしまうことも原因となります。ハルシネーションの例ハルシネーションは、以下のような形で現れることがあります。存在しない記事の要約: ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)が、実在しない記事を要約する。事実と異なる情報の提示: AIが生成したテキストに、事実関係の誤りが含まれる。不正確なアウトプット: コンピュータービジョンツールが、存在しないパターンやオブジェクトを認識する。ハルシネーションへの対策ハルシネーションを軽減するための対策がいくつかあります。学習データの質の向上: 精密な学習データをAIに入力することで、ハルシネーションの発生を抑えることができます。複数のAIの利用: 複数のAIが同じ質問に回答し、互いの答えを検証・議論させることで、より正確な結果にたどり着くことが期待されます。AIの検索機能の利用: AIに検索機能を利用させることで、最新かつ正確な情報を参照させることができます。人間による監視: AIの出力結果を人間が確認し、誤りがないか監視することも重要です。利用時の注意点現在の生成AIは、ハルシネーションが発生する可能性があることを前提として利用する必要があります。AIの出力には誤りが含まれる可能性があることを理解し、情報の真偽を常に確認することが重要です。』実はAIのこの悪魔性の原点は、唯物的科学にあり、それは闇の子たちが与えた知恵に発するのを、シュタイナーは、人類の進化計画の中で逸脱した月悪魔ルシファーと太陽悪魔アーリマンについて、第八圏として解き明かしている。その動画についてはすでに以下のように紹介した。ハッキングされる人類 / シュタイナーの第八圏 - YouTubeシュタイナーは、現代のAIに通じる唯物的科学の原点が、太陽悪魔アーリマンがつくった666年にできたゴンディシャブールの知恵の学院にあるのを、霊視で人智学として解き明かしている。そして、以前にも紹介したが、地上に786年から809年まで、アジアに偉大なアラビア文明を築いたのがハールンアラシッドという人物だった、と言及している。ハールーン・アッ=ラシード - Wikipediaハールンアラシッドの宮殿から、古代ギリシアのアリストテレスの哲学と自然科学が、東洋的な見方によって研究されて、中近東からインドまで広がったという。この人物が、後にイギリスで転生したのが、フランシスベーコンだったという。このような話は、シュタイナーの輪廻転生譚に出ている。アリストテレスの自然科学が東洋的な観点を受けて、イギリスのベーコンの「知は力なり」として、後のガリレイの弟子たちや、ニュートンへと引き継がれるわけなのである。フランシス・ベーコン (哲学者) - Wikipedia『後世の影響「知識は力なり」(Ipsa scientia potestas est)という言葉とともに知られる。独力では果たせなかったものの学問の壮大な体系化を構想していた。体系化の構想はフランス百科全書派にも引き継がれる。なお、主な著作の『ノヴム・オルガヌム』の影響もあり、イギリスの聾教育が始まっている。聾学校を最初に設立した人物ではなく、聾教育を最初に始めた人物であるとされている。1624年頃に執筆が始まったとされ、死後の1627年に出版された『ニュー・アトランティス』はベーコンが夢見た空想の産物と捉えられ、架空の島ベンサレムにある科学研究機関ソロモン学院をあらゆる分野を研究・発達させ人々の生活向上に役立てる組織として書いている。未完の作品に終わったが、ソロモン学院の構想は次世代の科学者たちに受け継がれ、1660年の王立協会設立に繋がった。またベーコン死去から王立協会設立までの間に起こった清教徒革命(イングランド内戦)で『ニュー・アトランティス』に影響された自然研究者たちがロンドンやオックスフォードで研究サークルをいくつも立ち上げ、うち王立協会の前身であるロンドン理学協会(別名不可視の学院(英語版))がウィリアム・ペティ、ロバート・ボイル、サミュエル・ハートリブ(英語版)などを輩出した。やがて理学協会のメンバーはほとんどがオックスフォード大学へ移りオックスフォード理学協会と改名、ベーコンの帰納法と経験論の理念を受け継いで実験と理論の実践を試行錯誤で繰り返し、王立協会でも創立メンバーとして名を連ねた。同じく『ニュー・アトランティス』に影響されたユートピアを描いた著作も広まり、ハートリブは1641年に書いた『有名なマカリア王国の記述(英語版)』でソロモン学院を始め類似した内容を通して社会改革を提唱、ヒュー・ピーターも1651年に出版した『よき為政者の善政』でベーコンの理論を引用した社会改革を主張した。1660年に王政復古を迎えてからは『ニュー・アトランティス』の続編を称する『続ニュー・アトランティス』とも言うべき著作が違う作者の手でいくつか出版され、これらも理想社会を描く一方で王政を賛美して宗教の急進化を批判する場面が書かれ、『続ニュー・アトランティス』には革命を経験した後に王政による平和が到来した現実が反映され、ピューリタンがもたらした熱狂から理性を重んじる時代への移り変わりを示している。ウィリアム・シェイクスピアと同時代人であり、シェイクスピアはベーコンのペンネームだという説を唱える者もいる(シェイクスピア別人説の項を参照)。ヴォルテールはベーコンについて、『ノヴム・オルガヌム』などの著作を念頭に「経験哲学の祖」として賞賛している。』【シュタイナー】シュタイナーが語る輪廻転生① | とある日座の視点から『シュタイナー輪廻転生譚』|感想・レビュー - 読書メーターこの書のなかで非常に興味深いのは、スウェーデンボルグの前世で、以前紹介した「人智学らぼ」の以下の動画で、ボルグが火星人と交信できなかった理由を、この書のなかでその前世とともに解き明かしている。人智学らぼ. - YouTubeシュタイナーの精神分析の考察 / セクシュアリティと現代の透視、フロイト精神分析、そして予言者としてのスウェーデンボルグ - YouTubeこの書のなかで、シュタイナーは、スウェーデンボルグの前世は、イエズス会を創設したイグナチオロヨラで、ロヨラが火星人の導きにより、イエズス会を創設した経緯から、ロヨラの死後に、ロヨラの霊魂が、エーテル体を捨てきれずに、あまりに深く火星人たちと、いわば火星に住んで交流し、火星から地上のイエズス会を支援し、深く関わりすぎたため、例えば、イエズス会のローマ法王に忠誠を誓い、闘争的なのは、この火星の特質のせいで、今度は、この火星の執着心を捨て去るために、新しい転生として、スウェーデンボルグとして生まれたため、火星人の導きで霊界との交信はできるが、火星人とは交信できなかった、と解き明かしている。イグナチオ・デ・ロヨラ - Wikipediaそして、シュタイナーは、スウェーデンボルグとして転生してから、イエズス会はロヨラのイエズス会ではなくなった、と述べている。ちなみにボルグが生まれた年の1688年にイギリスで名誉革命が起こっている。ちなみに、イエズス会と名誉革命について、AIの回答は以下である。『イエズス会と名誉革命AIアシスタント名誉革命は1688年から1689年にかけてイングランドで起こったクーデター事件で、イングランド国王ジェームズ2世が追放され、メアリー2世とウィリアム3世が即位しました。この革命により「権利の章典」が発布され、立憲君主制と議会制民主主義の基礎が築かれました。🌍 名誉革命の背景カトリックを信仰する国王当時のイギリスではプロテスタントのイングランド国教会が主流でしたが、ジェームズ2世はカトリックに改宗していました。彼は議会の意見を無視してカトリック教徒を公職に任命し、カトリックを優遇する政策を進めました。議会の対立とオランダからの招聘ジェームズ2世には新教徒の娘メアリーがいましたが、1688年に男子が生まれたことで、議会はカトリックの王位継承が続くことを懸念しました。そこで、議会の両党はメアリーとその夫であるオランダ総督ウィレム(ウィリアム3世)を招聘しました。👑 名誉革命の結果ウィレム率いるオランダ軍がイングランドに上陸すると、ジェームズ2世は抵抗できずにフランスへ亡命しました。これにより、流血の惨事を伴わずに国王の交替が実現したため、「名誉革命」または「無血革命」と呼ばれています。ウィリアムとメアリーは「権利の章典」を承認し、イギリスにおける議会政治の基礎が確立されました。🕍 イエズス会と名誉革命イエズス会の創立イエズス会は1534年に創立されたカトリックの修道会です。関連性名誉革命は、イギリスにおけるカトリックの復権の可能性を完全に潰し、イングランド国教会の国教化を確定させた出来事でした。この結果、イギリス国王とその伴侶がカトリック教徒であることも禁止されました(この規定は2013年に廃止)。このようなカトリック排斥の動きの中で、カトリックの組織であるイエズス会も影響を受けたと推測されます。』ロヨラは元々軍人で負傷を負った経緯から、地上での物質的な修行を通じて、意志を鍛え上げて、ついには火星人との交信に達したようである。恐らく火星人の不屈な精神や雄弁さや、闘争本能を受け継いだのかもしれない。これはイエズス会にも引き継がれている。しかし、イギリスで名誉革命が起こったように、ロヨラもボルグとして転生して、ボルグが唯物的な科学思考から、霊界探訪へと霊的思考に転換していったように、地球の物質科学も、宇宙の霊的科学へと変貌を遂げていき、再び、新しい宇宙の哲学により、高次の宇宙人と交信する時代の訪れを予感させるだろう。そのような予感のために、お馴染みの、「人智学らぼ」から新しい動画を紹介して今回は終わる。シュタイナーの秘教レッスン1・高次の意識を建築するためのマニュアル GA266 1 - YouTube外に出ていき、エネルギーを浪費するのではなく、内の感覚を研ぎ澄ますために、エネルギーを充填することである。宇宙の言葉を読む、その哲学の方法の一つが次のオイリュトミーである。オイリュトミーとは何か? / 神のオイリュトミーが人間の姿を創る GA297 - YouTube口からヒトが生まれる姿が、ヒトが到達する宇宙のヒトの姿なのである。以下の仏像はそれを表現したものかもしれない。新しい哲学の波の到来を、感じるか感じないかは貴方次第!
2026年01月29日
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人生は幸福を見つけるために活きるもの巷は選挙一色の気配となり、相変わらずオールドメディアは既得権益支配者層に有利な捏造報道を繰り広げ、かつての大本営発表を思わせるような、犬HKの大河ドラマ仕立てにして、明治維新以来の捏造日本史のように垂れ流して、自身の判断能力さえ疑わない高齢者を中心に洗脳している。中道を中立と仕立て上げる怪しい「欧米化」とタカトシ漫才でツッコんでほしい、即席政党ができて、オールドメディアの宣伝が、かつての右翼の街宣車のように、地上波から連呼で湯水のようにコダマするのが見苦しくて、TVをつけない暮らしが当たり前で電気代節約になっていいかもしれないが、それに代わるネタ探しに、多様な動画をユーチューブでみるにつれて、日本人は、霊魂の上では、果たして、江戸時代から進歩しているのか、怪しく感じてくるから不思議でもある。民主化といわれながらも、TVに飼い馴らされ奴隷化してきたのではないか?とすっかり左傾化したオールドメディアの醜態から感じるからでもある。中道一つとっても、どこのメディアもマトモに解説できるような専門家は皆無で、怪しい宗教団体創価の独裁池田大作が掲げた標語だといって有難がるのも笑止千万である。そんなに宗教を利用した金儲けや権力奪取が大切なのか、高次の宇宙人もテレパシーで送っているのに、宗教を利用すると罰が当たるのが、わからないらしい。ネットフーテンの寅をしていると、大河ドラマ「豊臣兄弟」の影響か、戦国時代の捏造日本史をネタにしている動画をよくみかけるが、八切史観を超えるものがほとんどないのが残念である。ほとんどが江戸時代に書かれた義理人情本の類や、明治維新以後に捏造された日本史に洗脳されているのが多く、そのことすら気づいていないので、なぜいま八切史観が面白いのか、あとで紹介するが、その前に、巷のオールドメディアの騙しの手口が酷過ぎて、もはやなにがなんだかわからない捏造カオス状態になっている。中道改革連合とかいうような党名からして意味不明な衆議院選だけの烏合の衆の私党を、与党の対立政党にし、せっせと支持率アピールに創価を奔走させるのは、いかにも役不足で、財務官僚と経団連が消費税減税を潰したい悪巧みと考えるのが妥当だろう。財務官僚の姑息な手口は、森山石破ラインと、安住野田ラインで度々消費税減税を潰してきた経緯でもわかり、軽減税率で唯一恩恵を受けているオールドメディアの走狗には一国民としても、反吐が出るからでもある。そのような誑かしに容易に騙されるのが、大河ドラマのような日本史にも騙されて、話題の土地に金銭落としの旅に出る高齢者に多いからでもある。特に高齢者が洗脳されやすいのは、振り込め詐欺の被害者になりやすいのでもわかるが、例えば、水戸黄門人情ドラマが流行り過ぎたために、水戸黄門の諸国漫遊を信じて、自分が騙されているのさえ気づかない高齢者も昭和には多かった。捏造されたドラマの日本史を疑わない日本人が昭和には多かったが、現代ドラマならフィクションとわかるのに、時代劇となると、なぜに洗脳されるのか不思議でもある。ちなみにAIに回答を求めると以下のようになる。『水戸黄門に騙される高齢者AIアシスタント承知いたしました。「水戸黄門に騙される高齢者」に関して、お答えします。🧓 高齢者を狙う詐欺と「水戸黄門」最近、高齢者を狙った「スピリチュアル詐欺」などの問題が報じられています。中には、家族が気づいた時には300万円もの被害に遭っていたケースもあるようです。ドラマの『水戸黄門』は、悪事を正す勧善懲悪の物語として広く知られており、多くの人に親しまれています。「この紋所が目に入らぬか!」という決め台詞は、悪人たちが本物の証拠を前にして観念する象徴的なシーンです。しかし、現実の世界では、このような権威ある存在が悪事を正してくれることはなく、むしろ巧妙な手口で高齢者を騙す詐欺が横行しています。水戸黄門に騙される高齢者?「水戸黄門に騙される高齢者」という表現は、直接的に水戸黄門が悪事を働くという意味ではありません。これは、正義の味方であるはずの水戸黄門が悪人に成り代わって高齢者を騙す、という皮肉や冗談の混じった表現と解釈できます。高齢者のドラマ視聴:『水戸黄門』は長寿番組であり、高齢者層に特に人気があります。そのため、テレビ番組の話題やイメージを使って、高齢者層をターゲットにした詐欺の手口を表現している可能性があります。権威の悪用:ドラマの「水戸黄門」のように、社会的地位や権威があるかのように装って高齢者を信用させ、詐欺を働くケースは少なくありません。』このようなAIの回答からもわかるのは、高齢者が社会的地位や権威に弱く、信じやすい傾向を、オールドメディアや詐欺師などが利用していることで、昨今の警察をかたる詐欺などが、水戸黄門の印籠のように高齢者を騙している構図が、AIの回答からも明らかになる。ということは、昨今の高齢者はAI以下の騙されぶりということになる。まぁ、確かに朝のモーニングショーなどはデマばかり流すのでもはや視聴する価値も無いが、あんなデマ番組を見て洗脳される高齢者を、水戸黄門を信じた昭和の老人に当てはめれば、AIの回答からも納得いくかもしれない。しかし、少し自分のアタマで考えて、実際に体験した現実感からすれば、あのような騙しにひっかかることはない。以下は、勝海舟の話なので、割り引いて聞く必要があるが、江戸時代の将軍でさえも、印籠などの権威を使って、土下座の強要が困難だったのが、次の逸話でもわかる。『勝海舟の氷川清話に、将軍が鷹狩りしていたときに、馬子(駄馬や伝馬を引いて荷物や人を運ぶ職業の者)が、将軍の前を横切ったエピソードが語られています。 将軍は、家臣に、あの馬子を懲らしめろと、命令したが、その馬子は、逆に、家臣たちを散々に投げ飛ばして、「鷹狩りがなんだ」といって行ってしまった。将軍は、「馬子でも侮れないよ」といって、後で、その馬子を、お咎めなし、としたという。 また、三代家光が、お忍びで、夜中によく市中巡りをしたエピソードも載っています。家臣たちは、家康も、お忍びで、よく市中に碁等を打ちに出かけた、という話から、家光が、真似して、お忍びで、つまり身分を隠して、市中に出ることを、危ないのでやめてください、と懇願していた。 しかし、いっこうにやめる気配がなく、あるとき、家光たちが城の裏門から出ると、覆面をした男が待ち構えて、家光たちを散々に投げ飛ばして、行ってしまった。次の日、家臣がそれを聞きつけてやってきて、家光に、「だからいわんこっちゃない。これからは厳禁ですよ」と言って出て行った。すると、家光は「さては、あやつめが」といって悟ったという。 このようなエピソードから、ドラマはあくまでフィクション(虚講)なのである。』江戸時代の町民が、将軍の権威などよりも、自分たちの日々の生活を優先していたのに、現代人が、虚構の権威に騙され洗脳されているのがアホらしい。しかも、三代将軍家光でさえも、城外に出るときは、警護や用心棒が必要で、治安も悪かったらしいから、治安のいい現代とは真逆なのである。治安が悪いのに将軍も糞もないだろう。孔子でさえ、礼儀は暮らしが成り立たないと意味がないと言っているわけなんだから。しかし、治安がよいとされる現代だってオウム教団に、警察庁長官が狙撃されているし、統一教会員に、安倍総理も暗殺されたわけで、治安がいい、というのはマスコミの流すデマかもしれない。昨今は殺人事件が毎日のように起こっているし、交通事故も頻繁に起こっているのだから。怪しい宗教の勧誘だって盛り沢山で、政教分離だってほとんど形骸化し、選挙に創価の組織票が公然と動員されているのに選挙管理は野放し状態でいる。かつてサメ脳森総理が「神の国」と言って干されたのに、池田大作の中道を掲げる似非政党を応援するオールドメディアの手のひら返しには呆れ果てる。このような似非宗教団体には、工作員が潜んでいるから始末が悪い。昨今はこれに移民問題も関わってくるから二重に始末が悪い。このような治安は現代も鎖国をしていた江戸時代も同じで、幕末の京都や江戸で暗殺が多発したのは、新選組の創設でもわかるだろう。その新選組でさえも元々は百姓の被差別民で、近藤勇と土方歳三は部落出なのである。だから近藤土方らは、身分制度上の目の上のタンコブの、水戸藩士だった芹沢鴨を暗殺したわけで、新選組は各藩の工作員が入り乱れる用心棒の組織団体だったといえるかもしれない。現代では、言論になって、ある程度欧米化され、民主化された与党と野党の対立も、遡れば、幕末当時の治安上の対立の、長州毛利家と江戸徳川家との、京都の朝廷を巡っての政治権力闘争の構図にほぼ変わりはない。その証拠に、山口県と群馬県が総理大臣を多く輩出している、のでもわかる。なぜ群馬県なのかは、以下のサイトをみてもわかるが、徳川家発祥の地とされているからである。だから、毛利家の高杉晋作の部落民を組織化した奇兵隊に対抗して新選組ができたようなものである。徳川氏発祥の地 云われ | 太田市観光物産協会上のサイトでは世良田の二郎三郎が、三河に移り住んで松平になったと誤って伝えているが、八切史観では、後の家康となる二郎三郎は、駿府に奴隷として買われていって、成長したのが真相らしい。つまり松平元康とは別人なのである。被差別民の奴隷の身から将軍になったのが家康で、同じ境遇から太閤関白の公家最高位にのし上がったのが秀吉なのである。「秀吉」と言う名は、当時尾張の土地では、稗がよく取れたので、稗良し(ひえよし)から来た名で、部落民の名は、他にも、田吉や粟吉などがあったという。ハシバも、当時の火付け木に良い、端柴からきている、そのような小枝を集めて売る乞食のような職業のことである。だから秀吉と家康は下克上を地で行った人物なのである。この二人が当時の身分制度を超えた下克上を成し遂げたのは、同じ卑賎民の出の、八田家を源流にした織田家の信長と、アジアを植民地にしようとしていたポルトガルのキリスト教宣教師たちの影響が大きかったといえるだろう。このような当時の身分制度と海外植民地政策について、現代の日本史に欠ける視点が、身分制度とキリスト教との仏教の関係についての日本史で、大局的にみるなら、日本史は、拝火教を源流した古神道を基にした、差別撤廃の歴史ともいえる。明治維新で、四民平等となったといっても、まだまだ差別が残っているのは、学閥の官僚主義が残っている、のでもわかるわけなのである。現代の官僚の登用制度が、つまり、国家公務員試験が、中国の科挙制度に由来するのがわかれば、官僚が左翼化する理由もわかるだろうし、学閥による天下りなどの身分制度をつくりたがる理由もわかる。その官僚がつくった歴史での、四民平等は士農工商とされているが、八切史観では、この意味は、源平藤橘の姓で、古代から日本は主に4つの多民族国家だったのである。そこで、明治以来の創作の日本史に騙されないように、以下に八切史観の古代史を少し紹介する。1050 古代史入門 2 第一部近視眼的な教科書騒ぎ 日本では古代史を無視し、みんな昔噺にしてしまう。そして勿体をつけて「神話」とまでする。「古事記」にしても、本居宣長によって「古事記伝」として今日のものができる迄は、つまり江戸時代の大岡忠相が死ぬ迄は「骨事記」とか、ただ「こじき」と、ひとつかみの豆を投げて貰って拾って喰って退散してゆく哀れな乞食みたいなハングリーな存在。大安万侶が書かされたものは、八世紀初頭の権力者の優越感を満足させるためのもので、それを日本原住民の末孫として明和年間から寛政十年までかかって、今日の立派な古事記伝にしあげたのは本居宣長の労作なりといえよう。 なにしろ隠忍[鬼]とされていた原住民は、野や山に自生するものだけが自由にしてよいとされ、木を切って細工したりする大工のような加工業は舶来系の縄張りとされていたのである。 つまり幕末までは、筆は竹、穂は狸の毛だから、もの書きや版行の出版業は原住民限定職。北条政子が夫の頼朝を、馬から落して即死として始末してから、梶原源太を下手人と[して]殺して、次々と和田、三浦と源氏の主だった連中を処分。郎党や女子供をゲットーへ入れたものの、叛乱防止のために、身分保証みたいな限定職を定めたのだが、発布されたとする治承四年[1180]の年号は石橋山で敗れた頼朝を、政子が平氏の本関地千葉へ逃した年。 頼朝御判二十四種は、まさか逃げる途中に細かい布令など出す筈もない。それなのに発表年にされ伝わっている。さて、今日の新聞が土地など賜ってオカミ御用となりだした明治二十に年迄は、「明治密偵史」の宮武外骨の著に詳しい[日本シェル出版より復刻版が出ていた]。 それだから東京新聞の「大波小波」によると、中国では台湾の陳瞬臣より、中国本土の血の濃い司馬遼太郎のほうが人気があると報道されているのも、古代史の権力者は占領軍の中国人だった隠然とした匿された歴史があるからして、血は水よりも濃しで、またむべなるからぬ話。 なにしろ日本とよぶ国は、西暦663年に白村江の戦いでクダラ系の奈良朝を倒し九州より御所入りし、<天の古代史研究>[日本シェル出版]にも、「藤原鎌足」と郭は日本名をつけ、則天文字つまり漢字の強制使用と(北東の風が吹かなくては、日本から中国へは航行できぬから、冬至=唐至の当て字もあるが、文部省学校教育で、イアルサンスウから算数とするのは今でもその侭)、築城用巨石の全国供出令を発布した。 ところが俄に今になって、侵略を進出と教科書にのせるのは怪しからんと、「むちゃくちゃな出鱈目歴史[では]ないか」と、訂正するよう抗議されている可哀想な日本歴史は、この時点では進駐軍司令官郭将軍によって高安城を築き金田城を構築。当時は今のアフガニスタンなみの勇敢な縄文日本人ゲリラから、御国を離れて何百里と昔は彼らが歌っていたから、万一の時は冬までは立てこもらねばならぬから、郭ムソウ将軍が降参した日本原住民を使役し築かせたのである。なに日本では文部省が金田城を昨年たしかに国の重要文化財に指定している。 昔は沢田美喜みたいな豪い人がいなかった。それゆえ、郭将軍部下兵四千軍属のチャン輩(バラ)一万二千が単身で来ていたから、女とみれば片っ端から種付け、一人で九人くらいに孕ませて廻ったからして、原住系の日本人女はカイト、界戸、皆戸、海渡いろんな当て字を今ではつけられる個所で、エリザベス・サンダースホームがなかったから堪え忍んで育てあげた。 わが世とぞと想うと詠じた足利時代の義満でさえ、臣源道義と大陸へは絶対服従。日本が被占領国の中国と対等になれたのは秀吉の対明交戦で初めて解放されたと言ってもよかろう。 その国の立場というものがそれぞれある。侵入や進攻の字句で今になって文句を言うなら、七世紀から産まされっぱなしで、テレビの「ルーツ」で黒人女が白人の旦那に産まされた子でも、奴隷として売買されるみたいな有様で、嫡民ならぬ庶民とされ、賎民の奴隷扱いされていた吾々の先祖のことも、古代史を徹底的に昔の事と言わず検討してから、よく考えてほしい。 「日帝が三十八年にわたって勝手気侭に振舞った怪しからん」と解放記念日には、テレビでも放映して抗議するが、郭を改名した藤原鎌足が渡来する迄の日本列島は、彼らの先祖のナラ王朝。馬韓、辰韓、弁韓の三韓時代から西暦664年の藤原鎌足まで、彼らが日本原住民に加えた残酷非道は、僅か三十八年間だけの日帝の圧政に比べれば、何十倍もの年数の苛酷さであった。 中国の方も郭将軍の部隊が御所を占領した西暦664年五月十七日からは、藤原王朝をたて、南京の大虐殺以上のことを、かためて捕虜を生き埋め踏んづける根蓋(ねぶた)までやってくれている。しかし藤原鎌足の子孫が作った勧学院日本書紀を金科玉条として、古代史を真剣に勉強し、確り取っ組んでいないものだから、日本の歴史屋は哀れ何も言い返しが出来ないのである。 古代史さえよく研究していたら、逆手にとって反対にこちらが被害者の立場から教科書抗議に対せるのだが、まったく不勉強すぎて悲しいことにそれすらも全然できないのである。といって、まぁ過ぎ去った過去のことを言いだしたら、それこそ切りがないかも知れぬ。 それを良い事に、被害者の立場をとる向こうでは、日本人乗車拒否のタクシーまで出現しているという。家永裁判では民主主義でなく、又しても皇国史観の昔へ逆戻りさせた判決を、せっかく勝ちとったばかりの文部省も、歴史屋の不勉強さで何ともならず、まこと気の毒である。 かつて吾が日本列島が馬韓辰韓弁韓の三韓時代に支配されていた時代は、終戦直後よりひどく、ナラ時代、韓国のカントリーの意味だそうだが、金大中の御先祖さま[これは単に百済系をさす意味]が君臨の昔、「クダラにあらざれば人にあらず」とされ、「クダラぬやつ」「クダラん事はするな」とまで、現代でさえ用いられるくらいに、韓国の御先祖さまは日本へきて君臨なさり、好き勝手な事をなさっていた。 新羅人や高麗人も、日本海よりベーリング寒流で入ってきて勢力争いをした。だから日本の古名は越前越中越後とか備前備中備後と、三韓時代に三分割されていたままなのもその例証である。恐れ多くも桓武帝のごときは、「桓武焚書」と今ではよばれるごとく、前からの日本書紀はことごとく集めて焼き、オンモン日本書記まで作成しなさったくらいに、好きなようになされ遊ばした。 韓国の女性の腹から生れた徳川綱吉は、千代田城を朝廷をよばせ閣老を公家とし、王政をしき、よって東下りの公卿は大納言や侍従でも退官して無位無冠で江戸伝奏屋敷へ入り、京へ戻ると前大納言や前侍従がまた復官したのは<赤穂義人纂書>[日本シェル出版]に明記されていて証拠も残っている。 それなのに日本歴史は、好意的に馬韓渡来の方に、神功皇后の御名をつけマタニティードレスの女将とするくらい、本心では韓国に敬意を失っていない。なにしろ、日本の歴史教科書は単なる暗記もので、ドイツ人リース門下作ゆえ責めても、不勉強の歴史屋が悪いのだから仕方がない。 もし日本古代史が乳離れするみたいに記紀離れして、藤原王朝が作ったのから脱却していたら良かった。半世紀もたたぬ最近のことを突き廻す被害者顔の近隣諸国に、せめて五世紀までさかのぼって日本の歴史家が解明していたならば、薮を突っついて蛇を出すような、しっぺ返しができたものを、従来の学校教育に甘んじ、学者だと自認している連中たちは何も知らぬ。 無智ということは罪悪である。いくらナラ朝時代は韓国製の日本史、七世紀からはトウのトウゲン[桃源=藤原]王朝史だと判らぬのか知らぬのか、何も反対意見を出せぬままの現状ゆえ、この侭では、「ご無理ごもっともです」と、教科書検定審議会の答申をうけ、抗議されるままに訂正して、「おっしゃるように、なおしました」という事になるのだろう。世界中どこの国が、他国より干渉されて、その学校歴史を改訂するといった例が、はたして悲しい事だがあったであろうか。「国辱」というものがあるのなら、これ以上の屈辱はないだろう。 長州より招かれて御抱え教師となり、現代日本史の開祖となったアドルフ・リースが、先進国にならって日本でも、「博士号設定」となった際に、彼は歴史屋なのに理学博士や医学博士は認めたけれど、「独・英・仏・伊には歴史学博士の称号はあるが、この国にては、その設定は無理なり。文字を弁じうる程度なれば、文学博士にて間に合わすべきである」と、後にベルリン陸大の歴史教授となって、「ゲルマン民族優秀説」を発表しナチスに利用させたリース歴史学博士は、日本では開明学校が東京大学になると、「史学会雑誌」を刊行させはしたが、歴史学博士号は許さずに帰国した。 だから歴史の専門家が一人も認められていないゆえ、まぁ古代史は無理といってしまえばそれまでの話だが、もし良心があるなら各大学で歴史担任の教授は丸坊主にでもなるべきだろう。 なにしろ日本以外の国では、歴史を愛国心を育てるために重点的に教える。大学入試でも、歴史は必須科目として必ず受けさせられる。しかし日本ではディスカッションし学生たちに研究討議させる重要科目ではなく、中学生の頃から文字通り教科書を暗記させ、年号を覚えさせるだけであって、大学の入学試験にも歴史を必須受験科目にするようなところは全然ないのである。 なにしろ各時代の権力者によって、日本歴史は都合よく美化され創作されているにすぎないのは、各会社が自費出版して得意先や関係会社へ配付している社長伝や社史と同じことである。それゆえ歴史を受けもち講義する者は、恩師に対し弟子として領分からはみ出さぬようにのみを心がけて、昇任昇給だけを望み、隠れたベストセラーともいえる文部省検定歴史教科書をだせるようになって、莫大な印税を得られるようになりたいとの願望だけのみであるらしい。 それゆえ、騎馬民族は日本海を渡ってきて裏日本へ入ってきた潮流学を無視して、日本書紀に合せ鴨緑江をわたってクダラ人みたいな騎馬民族とし、体制に合わせ江上教授も発表した。大伴家持が飼戸の「四つ」の奴隷頭ゆえ、いくら働いても認められず癪にさわって飛び込み憤死したのを、日本書紀に辻つまを合わせてた梅原教授も、今では学長にまで昇任した。みなお利口さんは御用歴史作家であるが、彼らとて歴史の講義をする教授ではなく、他科目の教授である。というのは、いくら体制べったりにそっての、事なかれであっても、歴史畑であれば、恩師が言っていないことを発表するには、立場が拘束されていて、絶対に不可能のせいだろう。 つまり監督官庁の文部省の指導方針にそい、恩師の口ききがなくては立身出世の途がひらけぬからである。他の考古学畑にしても、やはり親方は文部省で、宮内庁の権威が影についているから、少しでも日本書紀からハミ出しては、枠内からの落ちこぼれとみなされてしまう。世界最大の墳墓といわれる仁徳陵の発掘を、絶対に宮内庁が不許可にしているのも、日本書紀に記載されているのとは、どうも違う結果がはっきりしていて、はたして仁徳陵といっても、どなたが埋められているか判らぬといった危惧があるせいらしい。 なにしろ学校歴史では、「民のかまどは賑わいにけり」と高屋から望みみられたもうた御情け深い御方となっている。しかし、民のかまどから炊煙が絶えるくらいに搾取され、暴動を怖れて淡路島へ待避しておられたのが、浪花へ戻られ、また高所から民の有様をご覧になり、そうおっしゃられたというのは、恐らくまた戻ってきて、これなら課役が増やせて良いと、のたもうたのではあるまいか。 広大な仁徳陵と称せられるような大規模なものになると、ブルドーザーもなかった昔ゆえ、何千どころか数万の奴隷が鞭打たれつ何年も働かされて構築されたものゆえ、古代史の中では、奴隷社会の始まりといえよう。もちろん同国人を奴隷にしてまで、ひどく酷使できる筈はない。となると、鉄製武器をもって渡来された方が、原住民である日本縄文人を捕え働かせたものとみるが至当で、珍、讃などと中国からよばれた五王の四世紀初頭の捕虜課役大工事だったろう。 産業革命以来でも、主だった発明や発見は、みな専門分野の者ではなくて素人だったという。現在の天気予報でも、気象衛星まで使っているオカミよりも民間のお天気おじさんの方が確率がはるかに高いみたいに、天文学でも新星を発見するのは日本でも学者と自認する人たちより、素人で見つけている例の方が多い。歴史の分野でも、やはり保守的な日本書紀派より、畑違いの人による解明の方が、昇進とか教科書作成といった夢をもたぬだけに、きわめて大胆である。 私にしても、父方と母方の宗旨違いで、亡兄の入籍に数年かかり、ようやく届出ができた時には、当人は小児急性肺炎で天野病院で亡くなっていたので、またもめるのは厄介だからと亡兄の戸籍をその侭で引き継がされ、名も生年月日も亡兄のもので、私には本当の名も生れた年も知らされていない、さながら透明人間みたいな存在ゆえ、たえずそれに悩み自殺未遂も何度もして、「真実とは、はたして実存するものか」と、過去の具象としての歴史を、まことに本当なのかと生まれてきた時よりの挫折感を、なんとかして打破しようとして取り組んできてしまった‥‥ 初めは当時の日本へきていたイエズス派資料という裏付けのある戦国時代から検討して入ってゆき、「信長殺しは明智光秀」するのも、光秀のライバルだった秀吉、本当の黒幕は家康だが、仏敵と信長光秀をみたて負けた石山本願寺の一向宗の今の本願寺派が説教節できめつけてしまって、日本全国の居付き部落に説教僧を送り込み、面白おかしく説教にして定説化しただけと判りもした。 美化というか天下一の豪傑とされる山中鹿之助も、本当は殺人鬼みたいに毛利方を、片っ端から討ちとったのではなく、相手方がへばっていて「頼まあ(タンマ)」と声をかけ、「後日に銀一貫匁を支払うものなり」と矢立で紙にかきスタンプ印鑑のなかった時代ゆえ掌に墨を塗って押し渡したのが、約束手形の始まりで、首落し前の談合ゆえ「落し前(をつける)」という。 紙がない時には口約束ゆえ、「武士の言葉には二言はない」といった用語も残される。江戸期に入っても外出の侍が「懐紙」といって夏でも白紙を大切に持ち歩き、今でも財布のことを「紙入れ」とよぶのも、万一の際に落し前の約手をかくための大切な用紙だった名残り。 プロとは、今のプロレスみたいに、やたらに致命的な負傷などはせぬもので、山中鹿之助は約手をとっても集金せずだったから、彼を生かしておいては後に毛利の家中の者が迷惑すると、「約手のパクリ屋」なみの毛利方の者によって、上月落城後、備中合の渡しで殺されたのである。だから、その伜が大阪で鴻池の店を開くにあたって、約手の決済をしてなかった連中が銀を集めて送って開店させたのである‥‥といった従来の歴史とは相反する資料が得られたが、発表すると、勇ましい講談を頭から信じこんでいる人々からは、ただ意想天外とされたにすぎぬ。 しかし尼子方は滅亡しているから何も残っていないが毛利方の「吉田篭城記」によれば、「本日の合戦は、先手の者は石つぶてに当り一人傷つきたれば全軍とって返す」と、あまり殺生沙汰はなかった記述が多い。常識で考えても人口の僅かな時代に、とっては投げ突き刺して殺すみたいに派手にしていたのでは、みな死に絶えてしまって両軍とも戦う者がいなくなってしまう。 美化というか勇壮化されて伝承されているものの、プロの武士道は、落し前をつけるだけのものが本当の処。となると中世紀の宗教戦である戦国時代の前は、どうなるかと問題になる。江戸期でさえ、「やつこさんは辛いね」とか「奴女郎」の名称があり、「町奴幡随院長兵衛」は勇ましく水野十郎左に突き殺されるが、奴とは寺の奴隷のことゆえ、寺奴で、仏教側のガードマン。 とすれば後までそうだとなると、古代史とは、縄文日本人が権力者によって鉄製武器で征服された弥生時代が、日本の古代史つまり奴隷社会の始まりということになると、それへ突入し真実とは何かと逆のぼって解明していったのが、この入門書をかきだした私のノートともいえる。何故に歴史を知りたがるか 「一文にもならぬ事は誰がする」といった国民性なのに、向学心ではなくて頗る歴史好きが多い。若い人では中学生ぐらいから、なにか歴史に魅かれだしてしまう人も相当にあるようです。そのうちに高校受験とか色んな口をあけて待っている世の荒浪に呑みこまれ、就職、生活と暮しにおわれて、それっきり歴史願望から離れてしまう人もないではないが、子供が一人前になって手放れしだすと、また歴史探求に取りつかれたように、戻ってくる人も、女性では多い。 それに近頃の現象は、50代になり、ようやく我に返りはしたが、今さら華道や手芸でもないという女性が、何かしら生きざまを求めるみたいに真実をと歴史の中へ突入してくる向きもいる。もっと高年齢層で、死ぬ前に本当のことを知ってから、この世から別れてゆきたいという安心立命型の方も、そう沢山ではないがいらっしゃるのは、十万余枚の年賀状を熱心な読者から頂くが、その内の二百枚余りが、老人ホームの住処だったから、そう明確に、私は言えるのである。 まあ父から祖父母の代まで逆のぼって判る自己の歴史は、せいぜい半世紀がよいところだろう。「あなたの御家系図をお好み通りに作製。古代錦仕上げ、虫くい桐箱入りは十万円にて」などという大阪の何とかの友社からの広告が、今でも歴史雑誌にはよく見受けられる。「死せる子は、みめよかりき」とか、大正から昭和までは身投げした娘は、実際は水ぶくれで、ふた目とはみられぬものなのに新聞記事は、故人に花をもたせて「水死美人」といった熟語を作った。 だから「死んだら天国へゆける」と考えるみたいに、「飛び込めば、水死すれば美人になる。なにしろ新聞にでているくらいだから間違いない」と、生きていては死ぬまで美人と呼んで貰えぬ娘さんが整形美容の流行せぬ時代だったので、美人とよばれたい一心での投身自殺があまりにも数多く、処置に困って「水中美人」なる熟語の使用禁止を各新聞社では申し合わせたことがある。 「過去は‥‥過ぎ去った昔は美しい思い出である」と水中美人なみに歴史もかつては扱われた。中学生を対象とする歴史雑誌の読者欄などでは、まず女史中学生の沖田総司讃美、そして次は、「自分の先祖は、江戸時代には何々大名の城代家老だったそうです。何か御存じの方は御教え下さい」とか「太田姓をもつ方は集まって先祖の話をしましょう」などとあるのがすこぶる多い。 ここまでくると日本の歴史は芝居や講談からのものだけだと、情けない想いにされてしまう。「城代家老」などという呼称は、仮名手本忠臣蔵が、時代設定を足利時代にし、大星由良之助をも架空のこうした肩書きにして、おかみの取締り逃れにしただけのものであって実存ではないもの。「城代」というのは武臣派で、野戦の時に城代りとなって殿を守って戦うため、師団長大隊長聯隊長中隊長といった具合に、組頭が下にあって、それぞれ戦場で生死を倶にする者らが堅に累っていて、浅野家でも岡林杢助が壱千石の城代で直属の部下二百名を擁していた。 「家老」は「お羽織衆」といって、作戦の際には、糧まつ、兵の食糧や馬糧をととのえ、勘定奉行を監督し年貢の取立てをするのが平時。赤穂では、お浜方の塩問屋木津屋などを取締まるだけの仕事。だから直属は若党二人に仲間一人で、士分の者など大石内蔵介にしても一人もついていない。まったく別個の役目のものを二つくっつけてしまっているのだから、赤穂浪士討入りの真相さえも、討入りを美化してしまって、今では判らなくなっている。岡林は旗本松本孫左衛門の弟で岡林家へ養子に入ったのだが、公儀では前京町奉行で当時は江戸南町奉行の松前伊豆守が、後で始末のつけやすい文臣派が本所松坂町周辺に町人に化けて住みつくのは黙認。(坂本勝説) しかし武臣派の者は岡林一人だけは入府を許したが、他は六郷川の先の川崎から江戸へは入れなかった。京へ昔からの大判小判を送り堺の中村内蔵介に胴を倍加させて元禄小判に鋳造し直させ、通貨を倍加させた張本人の柳沢吉保は贋金作りの秘密が露見するのを惧れ、急に隠居すると言い出した総宰領の吉良上野介を挑発し、抜刀させ処分しようと田舎大名の浅野をよんで、みづから当日の朝に言いつけ。失敗すると口封じに田村邸へ唐丸籠でおくりこみ、門内に入り駕をあけ首を出した処を背後から一刀両断。片岡源吾に引き渡された遺体も大紋姿の侭だった。 吉良が上杉よりの弐万両で自費で建てた呉服橋の邸を柳沢は没取して、代りに騒動を起こしてもかまわぬ辺ぴな本所二ツ目の近藤登之助の古屋敷を与えた。剣呑なので吉良上野介は狸穴の上杉中屋敷へ妻三姫に匿われていたが、いよいよ米沢へと別れの茶会を催すのには上杉邸ではまずいからと、初めて本所へ行った。それを大高源吾に急報した四方庵山田宗偏は、京所司代から贋金作りの功で一万を加増されて老中にまでなっていた小笠原備後守の代々の家臣である。 当夜、神戸市刊坂本勝編の「赤穂浪義士事典」によれば、討入りにかけつけた細井広沢にしても、「殿よりの下されものの卵であるぞ、寒いゆえ精をつけて行かれるがよろし」と激励したが柳沢吉保の三百石の儒臣ゆえ、殿とは柳沢吉保のことで、やはり口封じに文臣派を斬りこませ、彼らをまた口封じに柳沢が全員へ賜罪。 それでもって一切が有耶無耶にされたゆえ、明治になると、「私利私欲をはからなかった、まこと清廉な政治家」として、追贈正三位にもなっているのは、「オの字忠臣蔵」「元禄泰平記」[共に八切氏の著書]の本に詳しく出ているが、江戸時代その侭なのが今の学校歴史。 つまり江戸時代の事でさえ、明治に世変りした時に真実がみな明るみへ出てもよかったのに、明治大帝が華族令をしき、「皇室の藩屏なり」と勅を出され、華族会長に徳川公爵がなってしまい、学士会がその下に入ったので、何も解明されず江戸時代の事実も匿され通しで、徳川時代の侭。 明治時代のことすら国民には知らす要はないと隠されている学校歴史しか教わっていないのに、一足とびどころか大飛躍して、古代史を探求したがる人が、きわめて多いのには愕かされる。日本史と対比できる唯一の史書として「魏志倭人伝」が、ひっぱりだされて、白髪三千丈的の誇大化を美化する国のものなのに、これをそれぞれがみな、自己流に解釈して一冊にしたものが、「耶馬台国はどこか」とか「ヒミコは美女だったか」、と興味本意で、ひどいのは知名度を利用して、「ヒミコが天照大神」といった類の本までが、訳けも判らぬままに、歴史まがいで次々と出版。 書店の古代史部門のコーナーへゆけば、こうした類の本の羅列である。いくら頭の良い方でも、こうした本から読んでいったのでは、とても真実への追求など無理な出来っこない話である。日本書紀も古事記も今日われわれが拝しうるものは江戸時代に、焚書に次ぐ焚書で消滅していたものを、屏風や襖の下張り用紙とし残存し関西で発見されたものを下敷きにしたものであるとは、詳しく後述するけれど、西での発見ならば、これは第三次勧学院のものであってトウ[唐]製である。 第四次第五次の日本書紀は鎌倉できだから、東で発見の筆写本の残片でなくては、判る筈はない。が鎌倉が北条九代で終わってしまった後は、足利体制は「白旗党余類」の名で、室町文書に書き残されているよう蘇民の源氏を、みなアミかけで散所奉行によって居付き(五木)部落へ、今いう橋のない川のゲットーへ連行収容。その居宅は家ごと燃されているから写しの残存もない。 「せっかく大同団結して富士王朝、回復をめざしたものの、追われた日本原住民の蜂起(年号では宝亀)は、後の平氏、平民で『八つ』とよばれた太平洋沿岸に這い上がった西南よりの俗にいう古代海人族は、今の田子浦から江尻、大井川まで、アイウエオ(秋田、胆(夷)沢、宇賀、江刺、雄勝)を先登に逆攻」日本海をベーリング親潮寒流で沿海州から六時間、白頭山の羅津からなら四時間で能登半島や新潟につく。 崇神王朝の曾孫ヤマトタケルノミコトが、伊吹山中で、竹内宿弥の廻し者に供された中国産のチン毒にて歿せられてより、騎馬民族ゆえ四つ足とか四ツとよばれた連中は箱根越えに進攻。藤原王朝が身代わりにたてたクダラの桓武帝は天険の長岡へまで待避されたが、やがて富士山の大噴火によって撃退できると、先住民を限定の囲地のセンゲンに封じ込めにした。 今では信州のアサマと同じ浅間の当て字がつけられている。このセンゲンは、出雲節にでてくる安来千軒と同じで、幕末の黒駒の勝蔵が金を掘りに行った千軒とも同じことで、先住民の収容地で先住日本人の隔離収容地のことではあるが、橋のない川の土地ゆえ出入りは不許可だから、「居付き」ともよばれる。 歌手の五木ひろしにしても、徳間音工に入社してから歌が巧くなってレコードが売れだしたのではなく、五木と39回目の芸名を変えたから、かつてイツキに収容されていた人々の子孫がレコードを買いだし、それで大人気歌手になれたし、「厳戒令の夜」をかいた作家も、やはりその苗字で人気がある。昭和初期までは、井口は山手樹一郎。藤野は山岡荘八。清水姓が山本周五郎と大衆に信頼されるヤ印の筆名にし韓国人の立原正秋も日本名でかいた。 しかし全人口の一割や五分が奴隷では、残りの人々の食糧増産など出来ようわけはありえぬ。西暦663年に郭将軍が御所に入って、藤(とう)原鎌足と日本名をつけて、藤原王朝をたて則天文字つまり漢字強制当て字令をだした頃は、彼らの軍隊ははじめは二千に人夫や軍属。それに一旗組として渡海してきた者を含めて二万人だけ。レジスタンスをしていた連中や山や海へ逃げ込んでシノガラのサンカになった人々の他はみな降参させられ、日本原住民は奴婢にさせられた。 七世紀に日本列島には何人いたのかの記録はない。しかし白村江の戦いに連行されていった日本原住民の「四つ」の飼戸の民。つまり戦奴が二万七千とあるから、水軍奴隷として伴われた「八つ」の海人族も別に半分はいただろうから、計四万が総動員数。明治36年の町村役場兵事課に対しての軍部よりの動員計劃では、老幼を含めた人口百に対して壮丁一人の割合だから、その割で逆算してゆくと人口四百万になるが、それを半分と押さえてみても二百万人の者が奴隷として、「クダラぬやつ」「クダラぬことを言うな」と、人間扱いされなかった働き蜂非人だった事になる。 それにクダラが敗戦して日本列島のクダラ人も奴婢にされたから四百数万となるが、新しい主人となったのが二万ゆえ、奴婢の割合は、5パーセントや10パーセントは余りにも過小評価で、二百の奴婢で一人の御主人さまに仕えたのが正しい。のち桓武さまの時より、クダラ人は、貴賎の大宝律令の中で良に格上げされ、戦国時代からは「四つ」の騎馬系の戦国武者がブシン(不信)と蔑まされていたのを「ン」をとって武士とよぶ新興階級にのし上がったから、非人とされる奴婢階級は半減し百対一ぐらいになった。 が大岡忠相の貞亨年間に、現在のアメリカの各州なみに、各大名領ごとに国法が違っていたのを、五街道で一斉に取締まろうと「八つ」の海人族の流し行商や旅芸人の道(堂)の者らに朱鞘の公刀と捕縄をわたしてハイウェイパトロールなみに道中探索の御上御用を命じた。後には街道ごとに縄張りを決め合って、鉄火場を開帳してあがるテラ銭で費用にあて、「御用ッ」「御用ッ」と捕物をやらせ、日没になると、彼らに「お客さん遊んでいらっしゃい」と客引きに使う。つまりテレビや講談で悪くいう二足草鞋が、実は公認の本可打ちで本物なのである。 のち幕末近くになると、抜刀禁止令の法破りしだしたので、うっかり召捕りにゆけば怪我をするからと、分久二年までに各地の親分は朱鞘の公刀を返上し縄張りをして、香具師に総転業。そこで空き巣狙いみたいに、半可打ちとよばれていた素人(ねす)あがりの連中が、その縄張りの奪い合いで、清水次郎長や天保水滸伝になっていったのは、私の<仁義と任侠>の本に詳しい。 つまり、彼らは明治までは非人扱いだったから、殺されても殺され損だと本可打ちは転業した後でも、やくざの喧嘩の殺生沙汰は寺人別には入っていない連中ゆえ、犯罪にはならなかった。つまりテレビや映画では郵便制度がなくても、郵便法で戸口配達のためみたいに、クマさんハッツァンの表札まで長屋の木戸口に掲げてあるような暮しぶりを見せるが、前途亨保年間の大岡忠相の道の者の街道目付ができるまでは、八つぁんの部族は居附部落に入れられて農耕、海浜では漁撈や製塩の課役奴隷だった。しかし同じ「八つ」の「道の者」が街道目付になると、目こぼしで街道へ出してもらえた。つまり、それまでの今の庶民はみな各地のゲットーに入れられていた。 領主や代官にとっては、住民をみな居付き部落に入れて働かせ、逃げ出せば逃散の咎で斬罪にできたから都合がよく、殆どが今いう部落であった。私の祖母の先祖も、この貞亨年間に、尾張の徳川継友が将軍吉宗の御庭番村桓左太夫に毒殺され、弟の奥州梁川三万石の宗春が後をついだが、やはり睨まれ家康の曾孫の彼が、「家康は世良田の次郎三郎だった」と公表したので隠居処分にされた混雑にまぎれて名古屋へ住み着いたのだと口伝えに大正の末に教えてくれた。 なんの生産もない江戸に人々が集まり、天保年間には人口百三十万の世界一の都会になった謎も、祖母の先祖らと同じで、道の者の街道目付の目こぼしで居付き部落から出てきた為らしい。しかし、どっと出てきても身体一つが元手ゆえ、馬方みたいな「四つ」は白褌。馬をつかわぬ駕かきや蓮台の川越人足は赤褌で「八つ」と、一見してる色分けで稼ぎをした。 江戸体制は、「四つ」の騎馬系の弾左衛門の下に「八つ」の車善七を、その下に四谷者。またその下に谷津者と交互に組み込んだ。相互に牽制しあって夷をもって夷を制させるのが治安維持の方法だったが、幕末になって、「八=弥次」「四=北=喜多」、今では簡単に野次馬とよぶが、反目しあう日本原住民どうしの両者の融合を狙ったのが弥次喜多道中記で、東海道膝栗毛の題名で濡れ場もないものなのに、貸本のベストセラーとなり、御一新の大衆動員の起爆剤となったのは今では余り知られていない。 幕末になっても限定地のまだ居付き部落に入れられ、界化の非人と差別されていた庶民が全人口の半分は越えていた。貞亨年間から部落抜けをして町人別や寺人別を銭で購って町人になっていた者を加えれば、総人口の八割以上はヤジとキタの日本原住民の末孫だったと考えられるのである。両親が認知すれば嫡子だが、父親だけしか認めねば庶子。つまり庶民とは、テレビ[ドラマ]の「ルーツ」みたいに、白人の旦那が奴隷女に産ませたのは、やはり奴隷として露骨に売るよりは、日本の方がましみたいに勘違いされるが、日本では徹底して全部がみな奴婢だったのである。 ☆ ☆ ☆江戸時代も現代も差別は隠されてきたが、実情はそんなに変わっていないのが、この話からもよくわかる。自分が子供のときには、日本人離れした容姿で、東南アジアに近かったので、どことなく日本人以下の存在に見られている向きもあった。とにかく、当時の家庭は親戚付き合いから、体裁ばかりを気にかけていて、あの家は百姓出身とか、こちらは武家だとか、皇室に近いとか、そんなことは子供にはどうでもいいのに、明治時代を生きた祖父祖母たちの集まりでは、そんな井戸端会議をしていて、皇室は尊敬されていたが、政治家は嘘つきで豪勢な邸宅を構え、嫉妬もあり嫌われていた。表向きには、最大多数の最大幸福の、公のために、国のために働くといいながら、自分さえ良ければいいという私心があるから、日本史についても、自説を広めて権威を悪用するわけなのである。デマを流す連中の手口は、自分たちだけの欲望の私利私欲でやっているかどうかを見分ける能力が結局は求められるわけである。私利私欲にならないことを、こんなことをしてなんの意味があるのか、わからないのをやるのが、つまり利益を度外視した、行為をするのが、その人しかできない、その人が生まれてきた意味で、その人の幸福となるわけで、それは何の見返りも求めないからこそ、至上の幸福となるわけだろう。巷の中道を掲げるニセモノ政党についての話からはじめたわけだが、本来の、中道とは、至上の幸福を求める態度のことで、ヘーゲルの弁証法の正反合の合のジンテーゼを求める態度で止揚(アウフヘーベン)の考え方のことである。物質的な対立から昇華することなのである。泥のなかに華を咲かせることで、仏教では蓮華というわけである。蓮はカルマで、華はカルマの軛からの解放で、成仏することである。騙す方が悪いのか、騙される方が悪いのか、はともかくも騙す方がいずれ騙される側にまわるのが、カルマの法則で、本来の意味の、仏教の説く、「中道」の悪因悪果なのである。この中道の意味は、有名な禅の話にもあり、旗が風によりたなびくのか、旗がたなびいて風が吹くのか、の禅問答に回答を与えたのが、中道の、その現象を観察している「人の心にある」という、現代でいうなら、量子力学の観測論のことなのである。非風非幡~厄介者の風と心地よい風 – ZENzine / 禅人量子力学の観測論では、量子は、観測するまでは確率波として、エネルギーの一種をもつ波動として存在しているが、観測してはじめて、量子と呼ばれる粒子状態に収束するわけで、人間の観測行為が、地上の物質的な現象に影響を及ぼすわけである。これは三次元の物質界では、四次元を時間として捉え、物質の塊として解釈するのが簡便だからである。人間が物質の認識に余りに馴れてしまったせい、ともいえるかもしれない。だから外界に現れた現象を、心の動きとして捉える、のを忘れているわけなのである。三次元以下の心の動きでは、時間をいわば区切って、便宜上、物質に見たてているが、四次元以上の心の動きは無限なので、時間に限定されずに、無限で、非線形なのである。だから、確率統計で線形するしかないが、それを鵜呑みにすると、間違え、錯誤に陥るわけである。そもそもどんな現象も運動を続けているわけで、静止してみえるのは、そのような立場に固執しているだけである。だから、そのような現象と心を一つにし、共感している、自分にも責任がある、という視点なのである。どんな地上の現象もただ一つで成り立つことはなく、それに関わる配分において、それ相当の報いがある、といういわば宇宙の大局からみた捉え方なのである。本来の自分を度外視した、無私の視点からみた観点を中道というのである。簡単にいうなら、自業自得である。騙す心も騙される心も、同じ人間の心である。なぜそのような邪心が生じたのかは、互いに利己心や虚栄心や承認欲などの悪心に共感したからである。そのような詐欺心や邪心に共鳴せず、より広い慈悲の心が悟りの仏心なのである。そもそも、自分の能力でつくりだせるのなら、騙す必要がない。自分の能力でカネをつくりだせるなら、詐欺をする必要がなく、皆が幸福になるために働いているのなら、カネは自然とまわってきて、経済がよくなって、自分も幸福になるわけで、それがカルマの法則で、中道の仏心の働きなのである。仏というのは知恵が沸くので、知恵を降ろすテレパシーの霊視のことである。このような宇宙の中道の働きを巧く解き明かしたのが、「21世紀 死者の書」で、この本は、これまでの地上のインチキ宗教を解体させるために、本来地球人の誰もが宇宙人で、地球で幸福を見つけて、その幸福を携えて、故郷の宇宙にすんなり帰れるように、地上への依存心を改めるように地球の管理者で、教育者でもあるトートがチャネラーに降ろした話がまとめて書かれている。「21世紀 死者の書」のトートがチャネラーに、この本の内容を降ろしたのは、古代エジプトの死者の書が当時の祭司たちに都合よく捏造されて伝承されてしまったためで、それらの悪い果実を刈り取り、霊魂の成長にとって真の果実となる新しい収穫期を迎え、これまでの間違った宗教やそれに付随する差別や禍の素となる根を断つためであるという。フリーメーソンに伝わる、「つむじ風を起こして風を巻き取る」を行うためである。要するに、あらゆる身分制度や上下関係をなくし、宇宙創造の神が絶えず行っている、万人平等の最大多数の最大幸福を地上に実現するような、かつての高次の宇宙人たちともテレパシーで自由自在に交信できるような人間進化を再発動するために、この本の内容をしたためた、というのである。そのような中道の、ルシファーの権威主義に染まらずに、アーリマンの物質主義を回避するための、キリストの中庸精神を取り戻すために、お馴染みの「人智学らぼ」から動画を紹介する。人智学らぼ. - YouTubeシュタイナーの瞑想と集中・霊視の三段階 思考の死と再生 GA161 - YouTube シュタイナーの三つの霊的世界・頭、胸、腹部から見る霊視ガイド GA161 - YouTubeシュタイナーが説く、物質的感覚器を超える三次元以上の、このような三つの霊的感覚器を獲得するために、霊魂は地上で幸福をみつけ、それをもとに、霊的な心の感覚器をつくりあげる。やがて、地上で肉体は死んで、変容し、霊的な感覚器に成り代わり、霊界へと旅立っていくが、地上で幸福をみつけられずに、未完の執着が残っている霊魂は、執着を完全に捨てるまで、欲界といわれる幽界にとどまる。この幽界で行われるのが、死者の書で有名な死後の審判である。トートによれば、この審判は、閻魔様に頼る受動的なものではなく、自分で自主的に行うものらしい。また、幽界はAIなどのインターネットの世界に徐々に置き換えられ、縮小しているという。だから、現代人は地上でどうにかして幸福をみつけ、幸福の感覚器を完全につくりあげ、幽界にとどまることなく、スムーズに霊界に移行すべきなのである。高次の宇宙人は、そのように宇宙からメッセージをテレパシーなどで送り、地球人が、地球に生まれる前に宇宙人だった故郷の宇宙に帰れるように、古代からサポートし続けている。感じるか感じないかは、あなた次第!
2026年01月27日
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天国とはあなたのなかに神をみつけること昔懐かしの、ちり紙交換ではないが、毎度お馴染みの21世紀死者の書のトートによれば、いつまでも争いが絶えない地球を救おうとして、かつての自然と共生し、創造的で平和な縄文時代を取り戻そうとして、いまではレムリア伝説と呼ばれている前世の叡智をもつ霊魂たちが、リスク覚悟で、この日本に生まれてきているという。21世紀 死者の書 トート神が伝えるあの世とこの世と多次元の秘密 – 丸善ジュンク堂書店ネットストアしかし巷は、選挙モードに突入で、中国資本に誑かされている経団連と既得権益保持の財務省の犬と化しているオールドメディアの偏向報道の嵐で、ヤラセ塗れのバラエティ番組よりも酷い嘘つきパロディだらけで、呆れ果ててしまうが、馬鹿で嘘つきの考えることはどこも似たり寄ったりの同じ穴の貉なのがわかって笑止千万で、そのような中革連の老人票振り込め詐欺に遭わないために、マクロ経済を学ぶのに良いのがお馴染みの現代の勝海舟ともいえる、高橋洋一チャンネルであるので再度紹介する。髙橋洋一チャンネル - YouTube1433回 選挙になったらみ〜んな消費税減税!信用出来るのは? - YouTube素人丸出しの減税政策を掲げて偏向報道するオールドメディアは放送免許取り消しもので、公約を守るとは限らず、嘘だ、といった嘘つき石バカ総理もいたが、このような悪魔の手下の奴隷となって、良心の呵責すらもない連中は、人間のつくった法は破れるが、神がつくった法を破ると、自分が奈落の底に堕ちる、というオカルトの呪文を知らないらしい。良心を失うと、前回紹介したシュタイナーの説いた第八圏に堕ち、どうやら、二度と人間として生まれて来れなくなるらしい。私は在野の哲学者でトンデモと思われている神秘家で、霊能者ではないので、その事実は定かではないが、プラトンに「狂ったソクラテス」と言われた、哲学の犬のディオゲネスのように生きながら、趣味で新しい物理学を紹介しつつあるが、政局については、一国民として、如何わしい小泉改革から一連の流れで、かつて財務省やオールドメディアに騙され、踊らされてきた経緯があるので、とりあえず今度は騙されないように、現代の福沢諭吉にもみえる、「もぎせかチャンネル」の以下の動画などが参考になるので紹介する。高市を討て!/仕掛け人は誰か? - YouTube前回は、宇宙は円環のようになっていて、果てはない、のを紹介したが、トートによれば、高次元から低次元の波動が、玉ねぎのような形で、無限のフラクタルな層構造になっているらしい。というのも、自由な愛や叡智には限界はなく、無限だからだが、このような、トートの人類への格言ともいえる、「上にあるものは下にもある」という高次元と低次元の関係については、実は、現代物理学も、その関係に気づかずに、なかば無視しながら、前回も少し紹介したが、テクニカルに用いている。このテクニカルを数学的にいえば、複素解析の無限小を用いたテイラー展開などである。物理畑を経験した人なら、テイラー展開が至る所で利用されるのにお馴染みだろう。テイラー展開 - Wikipediaまた、虚数という概念が、物理の思考実験の道具に頻繁に用いられる。オヤジギャグではないが、i(愛)は無限大で、音楽でも歌われているが、観測不能である。物理学では、観測不能の概念を記述する数学として、虚数iを定義し、それを用いて、陰陽論でいうところの、物質界に応じた、静的で安定な陽の数字と、物質界から逸脱した、動的で不安定な陰の数字をあわせて、複素数を用いている。ちなみに複素数についてのAIの回答は以下である。『複素数は思考実験の道具AIアシスタントはい、複素数についてですね。複素数は、まさに思考を広げるための素晴らしい道具であり、現代社会を支える多くの技術にも不可欠な存在なんです!🧪 複素数とは?複素数とは、実数と虚数を組み合わせた「a + bi」の形で表される数のことです。ここでいう「i」は虚数単位と呼ばれ、2乗すると-1になる不思議な数です。高校数学でこの虚数単位「i」を習うときに、「将来使うのかな?」と思った方もいるかもしれませんね。表にまとめると、こんな感じです。要素名 特徴実部 (a) 虚数単位「i」を含まない部分虚部 (b) 虚数単位「i」の係数部分虚数単位 (i) 2乗すると-1になる数実数も、虚部が0の複素数の一種と考えることができます。💡 複素数と「思考実験」複素数は、具体的な問題解決の場面で「実験」のように活用されます。例えば、東京工業大学の入試問題の一部では、ランダムに決まる複素数の積について考察する問題が出題され、様々な実験を通して解決の糸口を見つけるアプローチが紹介されています。このような問題では、複素数の計算に慣れることや、性質を理解することが重要になりますね。🌍 複素数の意外な使われ方複素数は、単なる数学の概念に留まらず、私たちの身の回りの様々な技術に深く関わっています。電気回路: スマートフォンやパソコンに使われている交流(AC)の電気回路の解析には、複素数が不可欠です。信号処理とフーリエ変換: Wi-Fiや音楽、CTスキャンやMRIなどの信号処理技術の根幹には、複素数を用いるフーリエ変換が使われています。これにより、複雑な波の分析が驚くほど簡単になるんですよ。量子力学: ミクロな世界の粒子(原子や電子)の振る舞いを記述する量子力学のシュレーディンガー方程式には、虚数単位「i」が本質的な形で組み込まれています。この「i」がなければ、量子の世界での波の干渉という重要な現象を正しく記述できないため、現代の量子科学は成り立たないと言っても過言ではありません。このように、複素数は一見抽象的な概念に見えますが、実は現代文明を支える基盤となっているんです。』複素数は、有限な物質界を超える無限性に拡張して思考するために、思考実験の道具として、特に不可視のマクロの宇宙の果てやミクロの素粒子などを記述する、のに用いられてきた。それは実はニュートンが編み出した流率法、現代ではライプニッツの表記法が有名になり、微分法と呼ばれる計算法の無限級数の拡張版で頻繁に用いられ、流率法は複素数を想定した計算法といえるものなのである。96.ニュートンの流率法 - 物理備忘録 - 津江研究室別館 - 宇宙見物 ~科学を通して世界を眺める~そもそも、ニュートンがプリンキピアを書いたのは、ケプラーの天体の運動論を説明するためで、友人だったハレーに、ニュートン自身がすでに幾何学的な意味で天体の運動論を知っていたのを示すためだった、といわれている。恐らく、ニュートンには霊視力があったのかもしれない。そのことはスウェーデンボルグが後に霊界に行った時のニュートンの霊魂に遭遇して、彼の叡智が天使となったアリストテレスだったかに由来したものだった、のを確認している。【第1回】ニュートン『プリンキピア』確立された近代科学の方法論刊行当時をたどってわかる偉大さ | 知とのダイアローグ | BackUpちなみに、AIの回答は以下で、物質界では限界の回答となっている。『ニュートンとスウェーデンボルグAIアシスタントニュートンとスウェーデンボルグは、ともに17世紀から18世紀にかけて活躍した偉大な人物です。両者とも科学の分野で超一流の業績を残しましたが、その後の探求の道は異なりました。🍎 ニュートンの功績アイザック・ニュートン(1643年-1727年)は、近代科学の祖として知られ、「万有引力の法則」を発見しました。この法則は科学だけでなく、他分野にも大きな影響を与え、「仁愛」という引力が社会的秩序の根拠であるという思想にもつながりました。🔬 スウェーデンボルグの探求エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688年-1772年)は、ニュートンと同時代の人物で、最初は科学者として多岐にわたる分野で活躍しました。彼の科学的な業績には、航空機の設計図の作成や星雲仮説の提唱、脳の構造に関する研究などが挙げられます。しかし、50代以降の人生の後半では、神秘体験を重ね、心霊研究に専念しました。彼は霊能力によって霊界を観察し、独自の哲学、人間観、宗教思想を築き上げ、数多くの著作を遺しました。その思想は、イマヌエル・カント、ゲーテ、ドストエフスキー、ヘレン・ケラーなど、多くの著名人に影響を与えました。📝 2人の比較表項目 ニュートン スウェーデンボルグ生没年 1643年-1727年 1688年-1772年主要な業績 万有引力の法則の発見、ニュートン力学 科学分野での多岐にわたる研究、霊界思想の提唱影響 科学、哲学、倫理学 哲学、文学、宗教、ニューエイジ思想特徴 近代科学の祖、理性的な探求 科学と神秘主義の融合、霊的な探求』シュタイナーは科学のはじまりは666年のアーリマンによるゴンディシャブールの知恵の学院と霊視していて、中世では、ガリレオの弟子たちから唯物論としてはじまったと述べているが、とりあえず、霊視できない現代人の科学的思考は、ニュートンなどからはじまった古典物理学に端を発している、とされているが、その第一原理は、最小作用の原理を数式で記述するラグランジアン、もしくはエネルギー保存則を記述するハミルトニアンからはじまる。この意味は、前者が光を通した物質界の反射作用を記述した数式で、後者は物質界のエネルギーを記述した数式の違いになる。ラグランジュ力学 - Wikipediaハミルトニアン - Wikipediaしかし、物質界での観測からでも、ダークマターやダークエネルギーが生じるように、どちらも物質界の時空では閉じた体系ではないから、非線形現象の、特に生物に関しては、無限大を用いて、線形化して多体問題として統計化しないと、前回紹介したように、プログラムにバグが生じてしまうわけなのである。そのために思考実験と虚数で示される複素数が、いわばパッチを貼るように、無限大を回避するために使われる。そのために、現代物理ではテクニカルに、無限遠からみた、宇宙の果てを巧く利用して、最小作用の原理をゼロに収束させて、物質界の当面の関心領域の質点とその周囲の場の相互作用だけに絞って、一般化し、二体問題に置き換えて一般解を求めるわけなのである。そうすると、方程式は、質点の作用と、場の作用に置き換わり、エネルギー保存則が成立し、ハミルトニアンでは、質点の運動エネルギーと場のポテンシャルエネルギーの二体問題に置き換えられるのである。というのも、三体問題を解くことはできないからで、三次元空間を超えられないからである。三体以上については多体問題化して、平均場近似と呼ばれる漸近論や統計的な線形化処理をして、計算するアルゴリズムとなっているが、最近は高度なコンピュータなどを利用して、質点と場を格子化して多体処理をするようなアルゴリズムも考えられている。特に非線形の流体問題などを考えるのに、このアルゴリズムが主に工学系でベルヌーイの定理を用いて流体力学として利用されている。ニュートンの流率法を多体問題に拡張した理論といえるかもしれない。3体問題が解けない証明は,可積分系(力学系・一般力学)での第一積分の探索でわかる - 勉強メモ (大学の講義動画や,資格試験の対策)つまり、前回紹介したように、三次元が四次元の一部であるのを、四次元の時間だけを取り出してきて、後は宇宙の果てとして無限遠にして無視し、いま問題としている物質界の周囲の関心領域に焦点をあて、その近傍だけの局所的な線形解析でお茶を濁しているわけなのである。これは神がいるかどうかはわからないが、とりあえず今生きることが重要だという態度を採用しているといえるかもしれない。ぶっちゃけて言うなら、高次元の存在よりも、低次元の身の回り、現在の立場しかわからないという態度ともいえるかもしれない。その無知さを十分に認識できていればいいが、シュタイナーが指摘するように、ルシファーの挑発に乗って、いまが大事で、いまさえ良ければ、自分だけ良ければいい、という虚栄心や功名心の、エゴに埋没し、無知の知に至らないと第八圏に陥る羽目になるわけである。そのような現代人の特徴が、悪魔のような組織票にすがって選挙さえ勝てれば、国民との公約を反故にし忘れてしまうような悪魔崇拝の嘘つきのネガティヴな想念盛り沢山の連中を生んでいくわけなのである。無知の知に至らない現代人とは異なり、古代ギリシアでは、特に霊能力をもっていた哲学者の間では、この無限大の、いまでいう赤外発散や、紫外発散の特異点を回避する方法が論じされていたわけで、そのような面影が、ゼノンのパラドックスで有名なアキレスと亀の競走ともいえるだろう。ゼノンのパラドックス - Wikipedia『多のパラドックスプラトンは、対話編でゼノンに次のように語らせている。そこでわたしのこの書物は、それら存在の多を主張する人たちに対する反論の形をとることになる。そしてかれらにも同じ難点、いや、もっと多くの難点があることを返礼として指摘してやるのです。つまりかれらの考え方の前提となっている、もしも存在が多ならばということは、これにひとが充分な検討を加えるなら、存在を一であるとする前提(仮定)よりも、もっとおかしな事を許容しなければならなくなるだろう、ということを明らかにするのがこの書物のねらいなのです。アキレスと亀走ることの最も遅いものですら最も速いものによって決して追い着かれないであろう。なぜなら、追うものは、追い着く以前に、逃げるものが走りはじめた点に着かなければならず、したがって、より遅いものは常にいくらかずつ先んじていなければならないからである、という議論である。あるところにアキレスと亀がいて、2人は徒競走をすることとなった。しかしアキレスの方が足が速いのは明らかなので亀がハンディキャップをもらって、いくらか進んだ地点(地点Aとする)からスタートすることとなった。スタート後、アキレスが地点Aに達した時には、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいる(地点B)。アキレスが今度は地点Bに達したときには、亀はまたその時間分だけ先へ進む(地点C)。同様にアキレスが地点Cの時には、亀はさらにその先にいることになる。この考えはいくらでも続けることができ、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけない。飛んでいる矢は止まっているもしどんなものもそれ自身と等しいものに対応しているときには常に静止しており、移動するものは今において常にそれ自身と等しいものに対応しているならば、移動する矢は動かない、とかれは言うのである。』この話については、物理学でいう慣性の法則を議論したもので、要するに時間の推移を論じたものなのである。前回のシュタイナーの講義の動画でも解説されていたが、現代人は三次元の物質界を想定して考えているので、物質的な運動と考え、速いアキレスが遅い亀を追いぬくのが当たり前と考えているが、それこそが四次元を一方通行の時間軸と捉え、思い込んでいる現代人のネガティヴ思考を端的に現わしている。仮にもし亀がアキレスよりも賢い知能の持ち主だとすれば、四次元が進めば進むほど戻ってくる世界なのがわかり、例えば、アキレスを宇宙人に誘拐させるかして、宇宙船に乗せて宇宙旅行に誘えばどうだろうか? 宇宙船のような光速度で進むと、時間がゆっくり進むので、アキレスがいかに速くても、むしろ速く進んでしまうが故に、地上の時間の亀をみつけられずに、追い抜けないことになる。この喩えは有名な相対論の浦島効果の話だが、そもそも、肉体の運動ではなく、古代ギリシアの哲学者がよく議論した霊魂の運動と考えて、知恵と考えるのが妥当だろう。古代ギリシアの、四次元以上の時空を超えた競争の喩え話と考えれば辻褄があうだろう。ある意味、この話は、お釈迦さんと孫悟空の有名なお釈迦さんの掌のなかでの競走にも似ている。『西遊記』で、悟空はお釈迦様の手のひらから出られなかった。どんな手だ!?|空想科学研究所速い!阿弥陀仏 | 読むお坊さんのお話 | 浄土真宗本願寺派(西本願寺)お釈迦様の手の上の孫悟空 | ウィズコーポレーションだからして、三次元空間の競走ではなく、四次元以上の競走と考えれば、亀の進歩が遅いからといって、四次元以上でハンディキャップを設けた時点で、アキレスがいかに速くても、追い付かないのである。つまり、四次元以上での知恵比べの、いわば観測の話で、霊能力を持たない人間が、神や宇宙人とテレパシーで交信できる霊能者には、四次元以上では追い付かないという観測の問題なのである。実はこのパラドックスの源流は、オカルトの「太古の一者」と呼ばれる形態霊の愛の創造の光の子らと、光の子とは似て似なる者で、光から逸脱した多なる闇の子らの、天空の戦いの神話伝説から生まれている。闇の子らは破れて、光の子らは、光の一部を闇の領域に与えたのだが、闇のなかから、光を見つけるのが、ネガティヴな地獄のなかから、ポジティヴな天国の光をみつけるのが、人間の使命なのである。そのことを解説したシュタイナーの講義の動画が以下の「人智学らぼ」なので紹介する。人智学らぼ. - YouTubeシュタイナーの宇宙進化論 / マクロコスモスと自我の起源 GA90a-1 - YouTubeこのようにシュタイナーの動画から新しい物理学のラグランジアンを定式化するなら、質点の作用が、自我の作用になり、場のポテンシャルの作用が、マクロコスモスの作用となるだろう。それをシュヴィンガーのジェネレイターから、ファインマンの経路積分などで解くのが、次の動画の、四次元以上の、シュタイナーによる魂を進化させるロードマップとなるだろう。シュウィンガー効果 - Wikipedia ファインマン・ダイアグラム - Wikipedia シュタイナーの魂の訓練 / 魂を進化させるロードマップ GA267 - YouTubeあなたの人生のなかに宝が埋まっている、あなたの能力で、意識的に、あなたの天国への光をみつけるべきなのだ! 自由な愛の叡智の方程式をつくるのは貴方次第で、感じるか、感じないかは、あなた次第!!
2026年01月22日
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ダークマターの正体は霊界で思考の世界だった宇宙には沢山の星があると、いまAIに質問すると、「宇宙には約1000億個の銀河があり、それぞれに約1000億から1兆個の星がある。例えば、天の川銀河には約3000億個の星があり、アンドロメダ銀河には約1兆個の星がある。」という回答が得られる。こんなに沢山の星があるのに、ほとんど地上しか知らない現代人は、地球にしか生命が見つからないといって、地球に住む動物や生命の知性なども含めて、ほとんど無視しているのが現状である。そのようなほぼ地上人だけからみた観点で判断しているが、例えば、幽霊は生命体なのか、宇宙人なのか、地上人が考えている脳の幻影なのか? もし、幻影だとしたら、どうしてそのような現象が生じるのか、解明しないと、少なくとも信頼に足る知識の持ち主とはいえないだろう。前回紹介した映画「コンタクト」の主人公と父との会話のなかに、「広い宇宙に生きているのが人類だけだったら空間がもったいない。私たちは孤独じゃ無い」というセリフがあった。この映画の代表的なセリフで、ヴェガ星人とのコンタクトが、このセリフのなかに隠されている。このセリフを通して、主人公の父子家庭の父と娘の関係が、クライマックスで、ヴェガ星人と地球人の関係に置きかわり、地球に戻った後で主人公が教育者となり、教師と生徒の関係に置きかわり、このセリフを、次世代の地上の子供たちに引き継ぎ、映画の最後では、カールセーガンに送る、というテロップでエンディングになる、のが非常に印象的だった。コンタクト (映画) - Wikipedia映画のセリフ『コンタクト』 | アラカンからのチャレンジ第398回:“It seems like an awful waste of space.”―「広い宇宙がもったいない」(映画『コンタクト』より): ジム佐伯のEnglish Maxims宇宙人目線で読み解くと、このセリフのなかに、宇宙人のメッセージが隠されている、のがわかる。それは自由な愛と叡智であり、それらで空間を埋めるのが、人類の使命なのである。そして、このセリフが、地上人を高次のパラレルワールドに導き、この自由な愛と叡智を融合させる美的感覚が、高次のパラレルワールドとのコンタクトなのがわかる。だから、非常にリアリティのある宇宙人映画と思った次第なのである。しかし、日本人と北海道のある場所の描き方は、欧米の考える日本のイメージで、リアリティの無さが目立ち、少し残念だった。その点だけを除いて、当時の宇宙人モノの映画としては、私のなかでは、「メンインブラック」と双璧ツートップの映画評なのである。メン・イン・ブラック (映画) - Wikipediaこの映画の宇宙人のメッセージから、現代の地上人は、自由な愛と叡智を融合する使命を帯びているのがわかる。その初歩的な問題が、現在の三次元物質空間プラス過去から未来への一方向の時間軸による時空を基にした人類の個人的な知性による、いわば「勿体ない空間の使い方」の物理学を書き換えることなのである。この映画の主人公のセリフのように、宇宙人からみれば、現代人は非常に勿体ない空間の物理学を志向しているので、時空を超える事ができないで、時空の檻に囚われている、といえるだろう。だから、この映画にも登場したワームホールを利用したヴェガ星人によるコンタクトシステム(輸送機関)が、現に地上に存在しているのに、気づかないでいるわけなのである。このブログで毎度お馴染みの「21世紀 死者の書」のトートによれば、この映画のヴェガ星人のモデルが、トートなのである。トートのチャネラーで、この書の作者の灯鳥ママリさんが、天文物理の科学者ではないが、この主人公のモデルといえるかもしれない。そして、このワームホールを利用したパラレルワールド輸送を、この書では次元ポータルと呼んでいるが、それを利用する輸送機関がエジプトのピラミッドなのである。地球人が開発しなくても、エジプトなどに、既にあるわけだが、例えば、マチュピチュなどもこのポータル移動で、他の星に村ごと移住したわけだが、神智学ではすでに解き明かされていて、トートが昔書いたエメラルドタブレットの書を、トートの命を受けた神智学者が、インカ帝国をつくった祭司者から引き継いで、エジプトのピラミッドのなかに戻したそうである。いま地上人は、この機関装置を、どのように利用すべきなのか、いわば宇宙人から地球人卒業のテストを受けている最中といえるかもしれない。いわばその試験監督官がトートなのである。例えば、以下の動画をみればよくわかる。アトランティス人が現代人に残したメッセージ :光田秀 先生インタビュー 総集編 - YouTubeこのような宇宙船のような輸送システムはすでにあるのだが、地上人は馬鹿になったため、その利用法を忘れてしまったわけなのである。というのも、現代人をみればわかるが、地上人があまりにも利己主義的な誘惑に負けて、そのようなシステムを利己的に利用して、宇宙を支配しようとしたから、地球の宇宙へのバランスを失って、地球が水の液体と土の固体に分かれて相転移し、急激に冷やされて、水没してしまったからである。簡単にいえば、地上人のあまりの支配欲に、その支配欲を権威化したため、その権力に依存し、最後は、自分を支配し、自分をして自分を檻に閉じ込めてしまい、結果的に宇宙から締め出されてしまったわけなのである。この現象は、現代の独裁者に顕著にみられるが、またオールドメディアの他者の意見を受け入れずに、聞く耳をもたない、自説に固執し、自分の意見に支配される独善的なコメンテーターにもみることができる。そのような連中はルシファーに魂を売っている自覚がないから厄介でもある。特にお馴染みの小さなおじさんが語る異世界人の特徴でもあり、自分の思考実験で、時空をつくってその時空に他者を閉じ込めようとしている現代物理学の研究者こそ、自分のその馬鹿の壁の思考に閉じ込められているのに気づいていないわけなのである。時間が、過去から未来に一方通行に進む、と言う思考実験を捨てさらないと時空を脱することはできないだろう。時空という概念は、現代人の脳による地上からみた物質界を基盤にした3次元プラス一方向の時間経過で、あくまで地動説にすぎない。相対論で、時間の推移を光速度に置き換え、質量を時空の歪みで記述しても、地上人の思考実験の限界の壁に阻まれるだけなのである。それは宇宙に果てはあるのだろうか?という質問にこそ、その思考実験の無意味さを端的に現わしている。その質問こそが、3次元上に生活する人が、4次元に出られないのを意味している。4次元の一部が3次元だからである。4次元には、3次元から見れるような、果てはなく、左に行けば、右から戻ってくるので、物質的な境界は無きに等しい。だから、宇宙の果てに向かって進めば進むほど、高次元の存在を通じて、自分の存在の原点に戻ってくるわけなのである。それは先祖を辿れば辿るほど、現在の自分の存在に回帰するのと同じといってよいかもしれない。先祖の人類の愛と自由を、叡智により生活文明として引き継いできた人類の証なのである。だから、時間というのは過去から未来へと一方通行ではなく、現在を基点として、自分のなかのエネルギーをどう解釈し、意識するかの問題なのである。面白いことに、現代物理学でも、物性論では、秩序パラメーターとして、温度の逆数をテクニカルに利用するが、時間やエントロピーにはほとんど言及せずに、物質界での観測可能な物性論で、理論破綻を起こさずに多体問題として安定状態に導き、線形化して、統計解釈で理論補填している。素粒子論でも、繰り込み定数を用いて、相転移となる宇宙の果てと似たような紫外と赤外の理論破綻を特異点として、虚数の複素数学を用いて摂動論で回避し、観測論と辻褄合わせて理論補填しているのが実情なのである。例えば、AIの回答に求めてみると、以下のようになる。「秩序パラメーターとして、温度の逆数をテクニカルに利用する」AIアシスタントはい、承知いたしました。秩序パラメーターとして温度の逆数を利用する点についてご説明します。『🌡️ 秩序パラメーターと温度の逆数秩序パラメーターは、相が持つ秩序の状態を表すマクロな変数です。例えば、結晶の原子配列のように一定の秩序がある状態を示すものです。この秩序パラメーターは、温度や圧力といった外部の変数の関数として振る舞います。相転移が起こる際など、転移温度以下の低温相(秩序相)では有限の値を持ち、高温相(無秩序相)ではゼロになる特徴があります。📉 温度の逆数の利用例ファントホッフプロットにおける利用特定の化学反応の平衡定数Kの自然対数を、絶対温度Tの逆数に対してプロットしたグラフを「ファントホッフプロット」と呼びます。このファントホッフプロットの直線の傾きは、標準反応エンタルピーの変化(−ΔH0 / 気体定数R)を示します。ここでは、温度の逆数が熱力学的なパラメーター、つまりエンタルピー変化を導き出すために利用されています。物理的な系における類似点メカニカルフィルターのように、電気信号と機械的振動が数学的に同じ機能に従う場合、電気回路の解析手法を機械的な系に応用することができます。この考え方は、様々な物理現象において、ある変数の逆数が別の現象を説明するのに役立つ可能性を示唆しています。』「繰り込み理論と秩序パラメータ―」AIアシスタント『🌌 繰り込み理論とは繰り込み理論は、場の量子論において計算結果が無限大に発散する問題を解決するための数学的な手法です。場の量子論では、粒子間の相互作用を記述する際に、真空の揺らぎや粒子の自己相互作用などによって計算結果が無限大になってしまうことがあります。この無限大を有限な値に「繰り込む」ことで、理論が現実の物理現象を正確に記述できるようになります。歴史と応用量子電磁力学 (QED): 朝永振一郎、ジュリアン・シュウィンガー、リチャード・ファインマンらが量子電磁力学に繰り込み理論を適用し、その完成に貢献しました。彼らはこの功績によりノーベル物理学賞を受賞しています。素粒子物理学の標準理論: 繰り込み理論は、量子色力学やワインバーグ=サラム理論といった素粒子相互作用の標準理論を構築する上で規範となり、原理的な地位を確立しました。物性理論: 相転移の理論においても重要な役割を果たしており、物理法則が測定状況に依存するという哲学的な側面も持っています。繰り込み理論は、無限大を処理する「カンニング」のようなものだと揶揄されることもありましたが、現在では自然界の階層性や普遍的な性質と深く関係している、非常に重要な概念として認識されています。🌡️ 秩序変数とは秩序変数(オーダーパラメータ)は、相転移現象において異なる相を区別するためのマクロな変数です。相転移が起こる前は0の値を取り、相転移が起こると0でない有限の値を持つという特徴があります。相転移と対称性の破れ相の秩序を表す: 秩序変数は、物質の相が持つ秩序の度合いを表します。例えば、気体・液体・固体の間で相転移が起こる際に、秩序変数を測定することで相転移が起きていることを明確に判断できます。対称性の自発的破れ: 相転移は、系の本来持つ対称性が低温状態などで自発的に破れる現象と深く関連しています。例えば、高温状態ではスピンがランダムで回転対称性を持つ強磁性体も、温度が下がるとスピンが特定の方向に揃い、回転対称性が破れます。この「自発磁化」が秩序変数となり、対称性の破れの証拠となります。液体の例: 水蒸気が凝縮して氷になる過程では、水分子の配置の対称性が変化し、秩序変数が0でない値をとることで相転移が示されます。液晶のネマチック相では、分子の方向が揃うことで秩序が形成され、秩序変数がその度合いを表します。秩序変数は、相転移を定量的に理解するための重要な「物差し」として機能します。』このようなAIの回答のように、それは思考実験からつくられるプログラミングで生じるバグに対するパッチ処理のようなもので、地上人は、理論破綻を起こさないように、観測論を秩序パラメータ―として利用し、ダークマターを時空内でのパッチ処理として利用している。それは、宇宙人や幽霊を、都合の悪い脳の知的プログラミング作業で生じる誤作動として、適当な観測データからパッチ処理をして、誤作動には言及せずに、ほとんど無視する態度と同じといえるかもしれない。このような現代人の支配的で、詐欺的で、洗脳的な態度を、シュタイナーは第8領域(第8圏)として、人智学で警告しているが、毎度お馴染みの人智学らぼで、シンクロニシティ動画を更新しているので以下に紹介する。人智学らぼ. - YouTubeハッキングされる人類 / シュタイナーの第八圏 - YouTubeシュタイナーはかつて(恐らく古代アトランティス時代)ルシファーが中国大陸に受肉したのを明らかにしている。それは現代の黒龍ドラゴンの中華思想の象徴でも表わされている。第八圏は、この古い月紀のルシファーと、古い太陽紀のアーリマンの物質的な叡智により支配された領域を表わし、これは現在の日本にも、最近の巷のパロディにもみえる、ミニ中国共産党支部の立憲と公明が悪巧みを弄して中革連をつくり、あれだけ批難し悪口を言ってきた日本人ファーストを生活者ファーストに挿げ替え、財務官僚と共謀し、増税してきた連中が、手のひら返しで今更の減税を掲げ、他党の政策をパクって嘘八百の公約を並べたてて、特に高齢者票の振り込め詐欺をしていることでもわかる。このような人間本来の自由な意志を奪う、詐欺に洗脳されないように、賢くなるために、以下にシュタイナーの動画を紹介する。シュタイナーの純粋思考の訓練 / 未実現の思考エネルギーと 死後の方向性・脳科学的現実観念の批判 - YouTubeこの動画から学ぶことは、現代人は霊魂の成長のために、自由な愛と叡智の演奏者になるべきで、そのためには、これまでのニュートン以来の即物的な力学による物理学を捨て、いわば時空を超える必要があるということで、そのためには、時間を熱(火)として再解釈する必要がある。そのために、以下にシュタイナーの動画から、時空を火(ピラミッド)空に昇華させたピラミッドの運航法でもある、宇宙人のメッセージとなる新しい物理学を紹介する。シュタイナーの熱学講義 / 熱・宇宙・意志:物理学のグリッチ(不具合)を解析する - YouTubeそして、その運航法の霊魂の航海士となるために、以下にシュタイナーの動画を紹介するが、その説明は画像の枚数の制約から次回に譲りたい。この新しい物理学により、宇宙と人間の霊魂はアカシックレコードにおいて、自由の愛と叡智の融合として記録されるだろう。シュタイナーの宇宙進化論 / マクロコスモスと自我の起源 GA90a-1 - YouTubeシュタイナーの魂の訓練 / 魂を進化させるロードマップ GA267 - YouTube人智学によれば、4次元時空ではなく、時間を、エネルギーの波動に置き換えた熱(火=エネルギー)として、少なくとも4次元火(熱)空とすべきなのである。真空のエネルギーには、宇宙人のメッセージの、自由な愛と叡智の融合が隠されている。感じるか感じないかはあなた次第!
2026年01月20日
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地球は扱いにくい宇宙人の坩堝宇宙人が出てくる映画は沢山つくられているが、よりリアリティがあるのは映画「コンタクト」だろう。宇宙人の存在を否定していた、番組「コスモス」で有名なカールセーガンが、この映画になる小説を書いていたのに驚かされるが、もしかすると、宇宙人の隠蔽工作に関わっていたのかもしれない。当時は映画の内容よりも、ジョディフォスターの美しさにすっかり魅了され、魂を奪われるようなコンタクトを、この北欧系の宇宙人かのようなジョディフォスターにされてしまい、思わずDVDまで買ってしまった記憶が残っている。この映画の、ヴェガ星人が語るように、美しい夢をみることもできる、多様な宇宙人の遺伝子が交配した地球人の一人を自覚したものである。コンタクト (映画) - Wikipediaコスモス (テレビ番組) - Wikipedia地球人に宇宙人と呼ばれている自称星系インテリジェンスの小さなおじさんにいわせれば、地球人も宇宙人で、しかも低レベルな宇宙人なんで、一緒にされたくないので、星系インテリジェンスと呼ばせているのかもしれないが、地球人が宇宙の田舎者であるのを、おじさん曰く地底人のほうがまだ遥かにレベルが高いらしく、地上人はどうしようもなく好戦的で、ぶっちゃけ学級崩壊を起こす問題児の不良ばかりであるらしい。そのような幼稚でどうしようもない地上人が、宇宙人がいるかいないかと、自分たちの都合ばかりを優先して、地上人同士で差別し合っている現実をできるだけ映画にしたのが、上の映画「コンタクト」なのである。宗教と科学という壮大なテーマを題材にしてはいるが、どちらも、地上人の知能レベルを考慮していない点で、同じ穴の貉のおバカ並なのである。地上人の知性でも、確率が非常に低い環境で人間が存在し暮らせている現状を考えれば、そのような確率が非常に低い環境を創造しているのが、人間ではないことはわかるはずである。人間ではないのだから、人間以外の存在が、現状を創造しているのになぜ思い至らないのか? 全く世襲制の親の心、子知らずの、馬鹿息子というよりほかはないだろう。つまり、はっきりいえば、地上人は出来損ないの宇宙人なのである。出来損ないのエゴ漫々の地上人たちが、そのエゴで地上を分割し、境界線を引いて、所有を主張し対立しあって、権力の椅子取りゲームをしているのが現状なのである。地球はただ指を咥えてその上に乗っている地上人のものではなく、地球をつくった宇宙人のものなのである。地球をつくれずに破壊ばかりする地上人は、かつて火星と木星の間にあった惑星を破壊しつくした記憶や、古代アトランティス時代でも何度も破局に陥っている記憶を忘れているから、エジプトの大ピラミッドの意味がわからないのである。その意味は、「21世紀 死者の書」のトートが述べているが、エドガーケーシーのリーディングとして、以下の動画でも紹介されている。アトランティス人が現代人に残したメッセージ :光田秀 先生インタビュー 総集編 - YouTubeまた、そのような話は、前回紹介した以下の宇宙コメディアンとも思われる動画でもわかるはずである。宇宙から見た地球は牢獄な理由【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTubeネットフーテンの寅をしていると、宇宙人の話だけでなく、様々な日本の歴史についての仮説動画に遭遇するが、被差別部落民の立場からみた八切史観を知ってから、どの仮説も、フィクションの大河ドラマの延長上か、そのパクリのようで、物足りなく感じてしまう、のが否めないのだが、NHK大河ドラマで豊臣兄弟がはじまって、今度こそ、秀吉の出自と思われる、八の民と呼ばれた古代ペルシャの海洋渡来系民族に脚光が浴びるか、と密かに期待していたのだが、やはり左翼化しているNHKではフィクションとはいえ、従来の農民説で、しかも、秀吉の名の由来となった当時の尾張の名産「ひえよし」の稗や粟でなく、米農家で、やはり限界を感じる。豊臣兄弟! - Wikipediaそのようななかで、秀吉の出自については、以下の動画が最後にサンカとして少し触れているが、やはり明治以降の捏造日本史に教育洗脳されているので、従来の江戸時代の講談などによる脚色に沿ってしまっている。実際は、羽柴の「はしば」についても、火付木のハシバからきているらしいから、ハシバ稗ヨシという名は、卑賎民の名で、農民ではないという。【豊臣秀吉は日輪の子ではなかった?】史料で検証!誕生日・出自のウソとホント 大河ドラマ臣兄弟!放送前予備知識 - YouTube【豊臣秀吉の人生はどこまで作り話か その➁】ウソとホント若き日の真相を史料で検証 松下加兵衛出奔と蜂須賀小六伝説の真相 大河ドラマ臣兄弟!放送前予備知識 - YouTube【豊臣秀吉の出世物語は嘘だった?】シリーズその③藁草履と墨俣一夜城を史料で徹底検証!作られた歴史?豊臣秀吉伝説の真実 学校で習った秀吉の話、信じていい? 大河ドラマ豊臣兄弟!事前解説 - YouTube注目すべきなのは、秀吉の手には6本の指があった、という逸話がある。この逸話から、先に紹介し、以前も紹介した、以下のエドガーケーシーリーディングによる動画「アトランティス人が現代人に残したメッセージ」のなかで、レムリア人の特徴が、6本の指をもっていた、と紹介されているので、秀吉が、レムリア人の隔世遺伝での子孫なのがわかる。アトランティス人が現代人に残したメッセージ :光田秀 先生インタビュー 総集編 - YouTubeなお6本指の人は多指症と呼ばれているが、ちなみにAIの回答は以下である。『「六本指の人」のAI回答「六本指の人」とは、先天的に指の数が6本以上ある「多指症」の人を指します。多指症は手足の先天性異常の一つで、指が分離形成される段階で1本の指が2本以上に分かれて形成される疾患です。多指症の概要多指症は、手足の指の数が6本以上になる先天性の奇形です。世界的に見ると、500人に1人の割合で生まれるとされており、遺伝性があると言われています。日本では、手の指では親指に、足の指では小指に多く見られます。多指症の著名人歴史上や現代において、多指症であったとされる人物が複数存在します。• 豊臣秀吉: ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスの著書や前田利家の記録に、右手に6本の指があったと記されています。• アントニオ・アルフォンセカ: メジャーリーグのピッチャーで、両手両足が全て6本指であり、「six fingers」というニックネームがありました。• ジュゼッペ・タルティーニ: 作曲家・ヴァイオリニストで、左手が6本指だったと言われています。• ジェマ・アータートン: イギリスの女優で、生まれつき両手の指が6本ありましたが、手術で切断しました。多指症と能力2019年の研究では、6本指を持つ多指症の人が、5本指の人よりも器用に指を操れる可能性が示されました。• 6本目の指は他の指と同様に物を掴む動作が可能で、親指と人差し指とともに頻繁に活用されます。• 脳の運動野においても、6本目の指は他の指から独立した神経の働きを持っていることが判明しています。• 片手で靴ひもを結ぶような複雑なタスクも、片手だけで行える例が報告されています。現代の多指症への対応現代、特に先進国では、多指症の場合、機能が確立される1歳頃までに余分な指を切断する手術を行うのが一般的です。切除後の予後も良好なことが多いとされています。第6の指(人工指)の研究多指症の研究は、人間の能力を拡張する「第6の指」と呼ばれる人工指の開発にも役立つと期待されています。• 電気通信大学とフランス国立科学研究センターが共同で研究を進めています。• 筋肉の電気信号(筋電位)を利用して、既存の5本の指とは独立して人工指を動かすことが可能です。• 被験者は1時間ほどの習熟で、人工指を自分の身体の一部のように感じられるようになることが示されています。』秀吉が古代レムリア人の子孫であることから、八の民の「八」がどこからきたのかといえば、古代日本が八の長(おさ)からなる王国だったことに起因するようである。八は「ヤ」と呼ばれて、いまのジャパンという英語の原語のヤパンで、漢字では、アジアの海を漂流した当時海賊の八幡船の八幡からきたようである。ちなみに、AIの回答は以下である。『古代日本は八の王国だったAIアシスタント😊 日本の成り立ちと「八」という数字日本の古代について、「八の王国だった」という表現は、『古事記』や『日本書紀』に見られる「大八島国(おおやしまぐに)」という言葉が関連していると考えられます。これは、日本列島が8つの主要な島々から成り立っていることを指す言葉です。「大八島国」とは?• 『古事記』では、国生みの神話において、最初に生み出された8つの島々を「大八島国」と呼んでいます。これらの島々には、淡路島、四国、隠岐諸島、九州、壱岐島、対馬、佐渡ヶ島、本州が含まれます。• 『日本書紀』でも、同様に8つの主要な島々が「大八洲国」として記されています。「八」という数字の特別な意味• 古代日本では、「八」という数字は単なる数ではなく、「たくさん」「幾重にも」「広い」「神聖なもの」「無限」といった意味合いで使われてきました。• たとえば、「八百万(やおよろず)の神々」という言葉は、数えきれないほどの神がいることを表しています。• スサノオノミコトの歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」では、「八」が「たくさん」「幾重にも」という意味で繰り返し使われています。• 八岐大蛇や八咫烏など、古代の事柄に「八」が付くものが多く見られます。古代日本の国と時代区分• 古代の中国の歴史書には、弥生時代から飛鳥時代にかけての日本列島にあったとされる政治勢力が「倭国(わこく)」として登場します。• 日本の歴史の時代区分としては、一般的に原始、古代、中世、近世、近代、現代という区分が広く受け入れられています。古代日本が「八の王国」と表現される場合、それは「大八島国」という国の成り立ちと、「八」という数字に込められた特別な意味を指しているのかもしれませんね。』このように八は、古代日本では無限大を表わす字だったようで、いまの数字の8を横にした∞と同じ意味をもっていたのがわかる。だから、八というのは八百でもわかるが、無限大を意味し、八の民は、無限大の民で、つまり素性がわからないという意味で、百姓と呼ばれたようで、昔は恐らく八をつけて、八百姓と呼ばれたものと思われる。江戸時代に後付けで、百姓を農民にして、八百屋を、農作物を売る屋号にしたものと思われる。屋も「や」であるから、八の民を意味する。ちなみに、日ユ同祖論では、ヤはヤハヴェのヤで、YHVHのYを意味するようである。ちなみに、興味深いのは以下のサイトなどは、日ユ同祖論から、イスラエルの北の十部族と結びつけて調査しているところである。君が代の代(ヨ)はYに読めて、八の民の歌ともとれる。大八島国の領域とイスラエルの関係 – 日本とユダヤのハーモニー&古代史の研究『また、国家が崩壊する直前まで国家を導き、国王に助言を与えていた預言者イザヤに、「東の海の島々で神を崇めよ」という言葉が与えられたことも、指導者らに東方へ向かうことの重要性が知らしめられた要因のひとつと考えられます。』日ユ同祖論については、YAP遺伝子から調査されている。ちなみにAIの回答は以下である。『日ユ同祖論 YAP遺伝子AIアシスタント日ユ同祖論とYAP遺伝子についてですね。日本人とユダヤ人の遺伝的なつながりについてご説明します。🇯🇵 日本人とYAP遺伝子日本人の男性の約40%近くが、YAP(ヤップ)と呼ばれる特殊な遺伝子配列をY染色体DNAに持っています。このYAP遺伝子は、中国人や韓国人にはほとんど見られない、アジアでは非常に珍しい特徴です。Y染色体を形成するDNAは、父親から息子へと男系で受け継がれるため、YAP遺伝子も代々男系の家系に継承されてきたと考えられています。🧬 YAP遺伝子の系統と分布YAP遺伝子を持つY染色体ハプログループは主にD系統とE系統の二つです。D系統• 日本:日本人の30〜40%にD系統がみられ、特にアイヌや沖縄ではさらに頻度が高いです。• チベット:チベットでは約30〜50%にD系統がみられます。中国四川省に住むチベット系のチャン族には約23%のD系統が見られ、彼らはイスラエルの失われた10部族の末裔とも言われています。• その他:アンダマン諸島。• 縄文人との関係:Y染色体ハプログループD1a2aは縄文人由来と考えられており、現代の日本人、琉球民族、アイヌ民族に多く見られます。E系統• アフリカ大陸:Eグループが相当な頻度で存在します。北アフリカではEグループの存在率が約75%です。• 地中海沿いの地域:中東からイタリア南端にかけて低頻度で見られます。• ユダヤ人:エチオピアのユダヤ人とされる集団ではEグループの存在率が約50%とされています。また、全世界のユダヤ人の20〜30%がE系統であり、彼らもYAP遺伝子配列を持っています。特にE1b1bは、ヘブライ語やアラビア語などのアフロ・アジア語族に関連すると言われています。D系統とE系統は、約6万年前にハプログループDEから分化した近縁のグループとされています。🤝 日ユ同祖論とYAP遺伝子日ユ同祖論は、日本人の祖先が約2700年前にアッシリア人に追放されたイスラエルの失われた10支族の一つであるとする説です。YAP遺伝子は、この日ユ同祖論を裏付ける証拠の一つとして注目されてきました。日本人のD系統とユダヤ人に特徴的なE系統は、共通の祖先(DE系統)を持ち、遺伝的に親戚関係にあると考えられているためです。』八切史観によれば、八の民は海洋渡来なので、ペルシャを起源にしたので、ペーの平氏の起源となったという。平氏の色はペルシャの赤で、先に紹介したアトランティスの動画によって、古代エジプトの赤人種を表し、後のモーセは赤人種で、出エジプトで、スキタイの共同体に加わり、後のスキタイ人の赤髪に反映し、スキタイがブリテン島に渡って、スコット人になり、スキタイの土地という意味で、スコットランドの地名の源流となった、という説もある。八の民が海洋を渡って、東の日本列島に辿りついて平氏となったようで、信長の織田家も元々は古神道の神主の八田家を源流にしたらしく、八の民の出なので、信長が平氏を名乗って尾張の独立を目指し、平広常に肖って上総介を自称していたわけで、秀吉については、毛利家の外交僧の安国寺恵瓊が、織田家を調査報告した手紙に、「秀吉は八の者」という記述がある。ちなみに、それについて、以下のサイトが、八切氏の研究を載せている。藤吉郎の素性 木下藤吉郎は「八」の部族の出身 | 『日本史編纂所』・学校では教えてくれない、古代から現代までの日本史を見直します。上総広常 - Wikipedia八切氏は、西の八の民に対して、源氏の由来となる、大陸から陸地伝いで、騎馬で到来した、東の馬賊を起源にする四の民にも言及している。同じ卑賎民でも、家康は、白を旗色にする馬賊の四の民の源氏の出らしい。秀吉の子孫が滅亡したためか、八の民についての記録は残っているようだが、徳川家の名誉のために、四の民についての記録は、江戸時代にほとんど焚書されたのか、わずかに源氏としてしか残っていないようである。家康の出自が世良田二郎三郎であるのも、史学会が徳川家の子孫で占有されたためか、いまではトンデモ説として退けられる始末なのである。しかし、前回、マニ教の寡婦の子マニを紹介したが、マニの生涯をみると、八切氏に解明された、世良田二郎三郎の、家康の幼少期にも似ているのに気が付く。マニはペルシャの未亡人寡婦に育てられるが、二郎三郎も、親戚の叔母に奴隷の子として駿河で育てられる。マニのように、書物と自由を受け継いだのかどうかは定かではないが、上に紹介した以下のサイトの、関ヶ原の戦いについてのサンカ同士の内ゲバをみると、家康が原住民の内からくる団結力を利用したのがわかる。マニ教というのは悪を除くのではなく、清濁併せ吞んで、悪を発酵させる善導だからである。なにより家康の厭離穢土欣求浄土の旗印にも表れている。闇の中に入って内から光を灯す、というマニ教の意味ももつ。藤吉郎の素性 木下藤吉郎は「八」の部族の出身 | 『日本史編纂所』・学校では教えてくれない、古代から現代までの日本史を見直します。『徳川家康は純血日本民族の内、サンカ葵族の出身で、秀吉もやはり、サンカ木の陰族出身説を提唱したのは鹿島昇氏である。従って、天下取りは、同じ純血日本原住民系の内ゲバだったことになるが、秀吉は天下平定後に、外来勢力仏教と手を結び、原住民を弾圧した。一方の家康は、原住系を団結させ手厚く保護して、関東に江戸幕府を建てた。だから関ケ原合戦というのは、西軍は外来系大名と、東は原住系大名の対決という図式が成り立つ。』なお、厭離穢土欣求浄土のAIの回答は以下である。「厭離穢土欣求浄土」のAI回答『「厭離穢土欣求浄土(えんりえどごんぐじょうど)」とは、現実の穢れた世界を厭い離れ、清らかな仏の国土である浄土に生まれることを願い求める浄土教の思想です。この言葉は、平安時代の僧である源信が著した『往生要集』に由来し、浄土信仰の基本とされています。意味と読み方「厭離穢土欣求浄土」は、「厭離穢土(えんりえど)」と「欣求浄土(ごんぐじょうど)」の二つの部分から成り立っています。• 厭離穢土: 苦悩に満ちたこの世(穢土)を厭い、離れることを意味します。• 欣求浄土: 清らかな仏の国土(浄土)に生まれることを心から願い求めることを意味します。読み方については、「えんりえど」が一般的ですが、宗派によっては「おんりえど」と読むこともありました。現在、浄土宗では「えんりえど」に統一されています。思想の起源この思想は、平安時代の高僧である源信が『往生要集』の中で詳しく説明し、浄土信仰の基本としました。『往生要集』では、穢土を地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道と規定し、浄土には十種の楽があることを説いています。徳川家康との関連徳川家康は、桶狭間の戦いで窮地に陥った際に、大樹寺の登誉天室(とうよてんしつ)からこの教えを諭されたとされています。家康は以後、戦国の世を穢土とし、平和な世を浄土とする願いを込めて「厭離穢土欣求浄土」を旗印としました。この旗印は、岐阜関ケ原古戦場記念館や岡崎市の商店街などで見ることができます。浄土宗における位置づけ浄土宗では、この「厭離穢土欣求浄土」の心を「総安心(そうあんじん)」とし、浄土信仰の根底にある思想としています。』このAIの回答の、「『往生要集』では、穢土を地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道と規定し、浄土には十種の楽があることを説いています。」とは、これまで紹介してきた宇宙のパラレルワールドのことである。自称星系インテリジェンスの小さなおじさんにいわせれば、上中下のレベルの更にそのなかの上中下で、当時の戦国時代は下の上レベルだったと考えられる。ちなみにいまは中の下レベルである。だから、家康の思想の源流は、この世を、できるだけ信頼のある世界にしようという運動である。信長は天下布武で身分制度を打破し、古神道を復活させようとしたが、それが行き過ぎてキリスト教などの外国に狙われたので、秀吉は従来の原住民勢力とキリスト教などの外来勢力を融合して、原住民弾圧の文化を継承したが、家康はその文化を斬新して、再び身分を改めようと江戸幕府を建てたわけである。早い話、家康は、日本人の精神文化革命を行ったといえるかもしれない。秀吉は海外貿易での経済力で、日本の身分制度を豊臣家中心に再編したが、家康は、家臣団などの原住民の職能に応じた団結力や政略結婚の公武合体で、徳川家中心の身分制度を再編した。しかし、その身分制度から外れた外様大名は改易などの資産取り潰しにあい、その鬱憤が幕末の毛利家と島津家から起こり、再び外圧の影響を受けて倒幕に向かい長州ファイブを中心としたフリーメーソンの明治維新となる。いわば歴史は繰り返す、というべきかもしれない。このように、関ヶ原の戦いを、外来系と原住系との対立と捉えると、現代の日本人ファーストにも被ってくるのがわかる。そして、それを大局的に広げるなら、地球人と宇宙人との対立とも捉えられるのがわかる。だから、コンタクトの対立から、融合に向かうには、従来の価値観を手放し、新しい精神的な創造性を獲得する必要がある。そのためには、「人智学らぼ」のシュタイナーの講義録をわかりやすく解説した以下の動画が大変参考になるので紹介する。人智学らぼ. - YouTubeシュタイナーの地球内部と火山噴火/ なぜ地震は起こるのか? 生ける地球の9層構造とカルマ - YouTubeシュタイナーの感覚器官と美的経験芸術は魂の栄養 ・私たちの感覚は二つの世界に属している。 - YouTube死について /シュタイナーの生涯の仕事としての精神科学 - YouTube宇宙的存在であること・呼吸プロセスにおける魂の生命 /シュタイナーの健康と病気 - YouTubeマニ教とフリーメイソン /陰謀論に隠された霊的な源流 - YouTubeハッキングされる人類 / シュタイナーの第八圏 - YouTubeシュタイナーの純粋思考の訓練 / 未実現の思考エネルギーと 死後の方向性・脳科学的現実観念の批判 - YouTubeとりあえずは、従来の唯物的な科学観を捨て去らないといけない。その為、以下の動画が大変参考になるので紹介する。シュタイナーの感覚器官と美的経験芸術は魂の栄養 ・私たちの感覚は二つの世界に属している。 - YouTubeつまり、三次元での時空だけで閉じた、目にみえる耳に聴こえるだけの、いわば檻のなかの五感だけでなく、そこに四次元以上の時空を超えた、いわばテレパシーによりつながる美的感覚が、人生のなかに活きた生命力の循環を見出す指標となるらしい。科学的にいえば素粒子だけでなく、素粒子を結び付ける共鳴エネルギーの波動を感じる必要があり、時間軸で切り取った静的なイメージではなく、時間を超越した動的なイメージが、人間を高次のパラレルワールドに導くという。つまり、美的感覚こそが、高次のパラレルワールドとのコンタクトなのである。俯瞰でみれば、戦いや対立は自分のエゴを捨て、高次の世界に導く成長への糧なのである。戦いや対立というエゴに発する苦悩から自らを解放することが、ワームホールを超えたコンタクトとなり、高次元意識へとアクセスするテレパシーとなるのである。現代人は自らの知のなかに無を感じないといけない。小賢しい知性を捨て去るべきなのだ!まさしく武士道とは死ぬ(肉体のエゴを捨てる)ことにみたりである。それは宇宙との呼吸における奥義でもある。そのことをわかりやすく解説したのが、次のシュタイナーの講義の動画である。宇宙的存在であること・呼吸プロセスにおける魂の生命 /シュタイナーの健康と病気 - YouTube地上人は、境界を敷き、所有を支配し、地上を閉じた世界にするのではなく、宇宙に開かれた世界にすべきなのである。宇宙を感じるか感じないかは貴方次第!
2026年01月15日
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寡婦の息子日本人が親を知る年となるか?毎週末は競馬を満喫するためにブログは休止しているが、先週末ネットフーテンの寅をしていて、面白い人物に遭遇したので、思わずこのブログで紹介したのだが、その内容は、以前から紹介している「21世紀 死者の書」のトートや自称星系インテリジェンスの小さなおじさんや、中村天風や倭姫命の霊が説く世界の話とほぼ同じなので、宇宙人による地球救済プロジェクトが進行中なのが身近に感じられてくる。宇宙の真実 - YouTube宇宙人が地球人へ伝えたいメッセージ【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTube1万2000年の大転換期!日本人が目覚めなければいけない理由【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTubeすべては1つに繋がる宇宙の集合意識【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTube21世紀 死者の書 トート神が伝えるあの世とこの世と多次元の秘密 – 丸善ジュンク堂書店ネットストア【となりの小さいおじさん】瀬知洋司 先生インタビュー【総集編②】【総集編】地球の状態を正すために高次元の存在がしてきた提案- YouTubeこのような話を聞くと、善が善である由縁は創造力にあるのが馬鹿で愚かな地上人でもわかる。神が神である由縁は創造力にあり、悪魔は創造力を失ったから、悪魔も神の創造力により生まれたので、神の創造力を奪おうとするのがわかる。もし、悪魔が神の創造力をもっていたなら、神と敵対する必要がない。だから悪魔というのは創造力がないのが特徴といえる。だから、神の仕事は創造で、悪魔の仕事はその略奪なのがわかる。これがポジティヴとネガティヴの違いといえるだろう。上にあるものは下にもあるわけで、金儲けや物欲などは、悪魔の仕事なのがわかる。カネがなくても、モノを所有しなくても、満足できる生きかたが真の創造力なのである。つまり、元々の創造力があるかないかで、本当は善も悪もないのだから、創造力を奪おうとするのは、創造力がないことを認めることになるわけで、創造力の否定になるから、ネガティヴを自分でつくりだしていることになる。この様な論理がわかれば、悪が善から生まれた由縁がわかる。結局のところ、自分の幸福は自分の創造力にあるのがわかる。だから、地上で幸福に暮らすには、地球の居住環境を自分好みに創造して生きるに越したことはない。だから、自分を不幸にするのは、自分の創造力の否定にあり、自分の能力を信じていないせいなのである。自分が幸福でないから他人にちょっかいを出すのである。このような論理で考えて、以下に紹介する動画を再考してみてみれば、地上人の自己否定から地球の破壊がはじまっているのがわかる。宇宙から見た地球は牢獄な理由【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTube恐らく、神智学でいわれてきた聖白色同胞団のことを、銀河連合と呼んでいるようである。神智学でいわれてきたエックスジアン(第10番惑星人)の蛇人については、オリオン系爬虫類型宇宙人の通称レプテリアンと呼んでいるようである。このレプテリアンについては、「21世紀 死者の書」のトートが言う、日本人の先祖の、シリウス系の龍蛇族のことなのか定かではないが、恐らく、日本人にも善人と悪人がいるように、その高次元と低次元の区別が困難なのだろう。なお、プレアデス、シリウス、オリオンの大まかな違いは以下のヌーソロジーのサイトに載っているので紹介しておく。はっきりいって私のアタマでは、地球も卒業できていないので、時空の先すらわからないので、宇宙人の種類などは、まだよくわかりません。episode5 プレアデス・シリウス・オリオンはこの宇宙の3つの柱|アキタロウそれは神が、悪魔も宇宙の役割を担う点で、神の一部とみなしているのと同じで、上の動画のチャネラーの話から、低次元の動物性をもつ、多様な宇宙人の遺伝子が混ざった、地球人に興味を持っている点で、善も悪もないからである。彼らからすれば、地球人をモルモットのように動物実験しているわけで、人間がサルを実験室という檻に入れて、その生態を観察している、のと同じである。つまり、レプテリアンのなかにも、人間の科学者のようなのがいて、動物実験しているように、人間実験しているわけで、英国や米国やロシアなどはそれら宇宙人の科学者と共同で、人間を実験動物として提供してきたと考えられるわけなのである。UFOなどによる誘拐がバレてきて、現代人には隠しきれなくなってきたから、情報公開に傾きつつあると考えられる。トートの話によれば、また、そのような地球人にとっては、モルモットの実験動物にされた点で、高次の宇宙人も迷惑をかけてすまないと思っているので、何とか地球環境を元の状態に少しでも近づけられるように、核の放射能汚染状態から解放してあげようと思っているようなのである。だから、少しは霊能力に目覚めたチャネラーを通して、上のような話を降ろしてきているわけなのである。このような展開は、まさしく宇宙戦艦ヤマトに描かれた地球の姿ともいえるかもしれない。宇宙戦艦ヤマト - Wikipediaこのような話に夢中になっていたら、人智学らぼの更新が立て続けにされていたので、一応以下にあわせて紹介しておく。そのうちに少しづつ解説していきたいと思う。シュタイナーの地球内部と火山噴火/ なぜ地震は起こるのか? 生ける地球の9層構造とカルマ - YouTubeシュタイナーの感覚器官と美的経験芸術は魂の栄養 ・私たちの感覚は二つの世界に属している。 -YouTube死について /シュタイナーの生涯の仕事としての精神科学 -YouTube宇宙的存在であること・呼吸プロセスにおける魂の生命 /シュタイナーの健康と病気 - YouTubeマニ教とフリーメイソン /陰謀論に隠された霊的な源流 - YouTube土地は誰のものか? / 土地は商品ではない:シュタイナーの社会三分節 -YouTubeハッキングされる人類 / シュタイナーの第八圏 - YouTube特に最近更新された「土地は誰のものか?」の動画などは、上のチャネラーが、宇宙人の視点から見た地球の話と似たような「不動産は意味がない」を述べているので、まさしくシンクロニシティを感じる。その話を簡単に要約しながら以下に紹介する。土地を買うとか売るとかは地球人が低レベルな証拠で、それを人間の所有物にする発想が間違いで、本来は地球のモノであり、人間は肉体を失えば、そのことがわかる。死により土地が無になることがわかっていながら、そんな無駄なことのために節約したり金儲けをしたり、無駄なことを続けて人生を台無しにする現代人はおバカ過ぎるので、高次の宇宙人からみれば、無駄なことをなぜするのか、の研究のための、実験動物の対象になる、といえるかもしれない。その愚かな無駄なことをする根拠は、現代人の所有の概念にあり、無の現実を知らず、時間がいましかないのを知らないせいなのである。時間はいましかないから、いま利用できるかどうかの話で、利用できなければ、つくればいい。常にいま利用できるような環境を創造するように、共有の概念、つまり叡智こそ重要である。だから、地球を所有するのではなく、誰もが使い勝手のよいような環境に整備し、創造していくべきなのである。人類全体で地球環境をよくしていけば、核兵器など必要ない。それが以下の動画に解説されているシュタイナーの社会三分節論である。また、地上で現代人が争うから、環境が悪くなって、人体の病気のように、悪化したその環境を元に戻そうとして地球が天変地異を起こすのである。その要約が、シュタイナーの「地球内部と火山噴火」の動画であわせて紹介する。現代人が地球の地表で行うこと土地は誰のものか? / 土地は商品ではない:シュタイナーの社会三分節 -YouTube現代人が地表で行うことに対応して地球内部で生じることシュタイナーの地球内部と火山噴火/ なぜ地震は起こるのか? 生ける地球の9層構造とカルマ - YouTubeこのシュタイナーの地球の話によれば、太古の地球人は、いわば地球と宇宙の交信の中継をなしていたという。地球人は、宇宙を感じるための、地球の感覚器となっていた。しかし、地球人が個人的な肉体のエゴをもつようになって、おそらく悪しきレプテリアンなどの蛇人によるルシファーの影響により、宇宙と繋がる感覚器の霊能力を失うにつれて、創造性をも失い、現代人のように地上の土地をモノ化して売り買いし、投機の対象になってしまった、というわけなのである。そして、個人的なエゴが高まるほど、闘争心に火がついて、その火が地球内部に影響し反映させ、地震や火山噴火を起こさせる要因となる。つまり、地上を支配しとどまりたいと思うほど、地球の内部からは、そのような支配欲が反射されて、物質化を破壊し、分解しようとする反作用を引き出すから、引力と共に斥力が働くというわけなのである。つまり現代科学で考えれば、地球の内部にいけばいくほど分裂し、破壊されて、地球は一種のブラックホールとなっているわけなのである。地上人が地表面を人工的にあれこれと投機的な衝動に走るほど、このような地球内部と乖離していき、地表面の地上人の欲望を打ち消すように、地球内部から地震や火山噴火などの天災が起こり、内部からの火が吹き荒れ狂うようになる。だから、地上人が再び霊能力を取り戻して、地球内部と調和を図るように、自然と融和して、安定な循環を取り戻さないといけない。人間は、宇宙と地球内部とのバランスをとる存在なのである。だから、人間は自らのエゴを捨てないといけない。個人のエゴを地球への愛のために捨てられるかが、現代人の課題である。しかし、現代人は、宇宙人と交信するための、霊能力を失ってしまったので、このような現代人の特徴を、シュタイナーは、マニ教のマニの寡婦の息子として表現しているが、先日シンクロニシティというか、このような現代人とエゴとの関係の話と似たような話を、日本人の空気を読む性格について、巨大災害をテーマに、NHKでお馴染みの「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥!?巨大噴火が“日本人”を生んだ!?」をやっていた。「日本人らしさ」は、どのようにして生まれた?|タモリ・山中伸弥の!? - リリース情報 - 知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!? - NHKこの番組の要点は、巨大噴火などの巨大災害が日本人の遺伝子DNAに影響を与え、その代表が、遺伝子D-M55として現れているのではないか、という仮説が紹介されていた。この遺伝子をもつ人は「友達が多い」傾向にある、といわれているらしい。この遺伝子を縄文時代から日本人がもっていた、のがわかっている。また、他にも日本人の8割がもつ遺伝子に、セロトニントランスポーターS型と呼ばれる遺伝子があり、これは、幸福を感じさせるセロトニンの放出を再利用するために回収するトランスポーターの発現が少ないので、別名「不安遺伝子」といわれているらしい。D-M55遺伝子とS型遺伝子のつながりについては特に解説されていなかった。日本人に特有といえば、有名なYAP遺伝子がある。そこで、AIで調べてみれば、D-M55との関連が以下のような回答から得られる。『遺伝子D‐M55とヤップ遺伝子の違いAIアシスタント遺伝子D-M55とYAP遺伝子の違いについて、分かりやすく説明しますね。🧬 D-M55とYAP遺伝子の違いまず、YAP遺伝子は特定の遺伝子変異のタイプを指します。一方、D-M55はYAP変異を含むハプログループDの下位系統の一つです。特徴 YAP遺伝子 D-M55定義 Y染色体に約300塩基のAlu配列が挿入された変異 ハプログループDの下位系統(D1a2a)範囲 ハプログループDE全体を含む 日本列島で高頻度に見られる系統親系統 ハプログループCDEFの一部 ハプログループD1a2の分岐発生時期 約6.5万年前 約5.3万年前の古い分岐主要分布地域 世界に広がる 日本列島YAP遺伝子とはYAP(Y-chromosome Alu Polymorphism)遺伝子は、Y染色体のある特定の位置に約300塩基のAlu配列が挿入されるという突然変異です。この変異は、ハプログループDEという大きな系統の共通の祖先で発生しました。つまり、YAP変異を持つY染色体を持つ男性は、ハプログループDかE系統のいずれかに属することになります。遺伝子D-M55とはD-M55は、ハプログループDの下位系統の一つで、正式にはD1a2a-M55と呼ばれます。この系統は特に日本列島で高い頻度で見られ、本土の日本人、琉球民族、アイヌの人々に多く見られます。D1a2a-M55は、約5.3万年前にD1a2から分岐した非常に古い系統です。簡単に言うと、YAP遺伝子はハプログループDとEの特徴的な目印であり、D-M55はその目印を持つグループの中の日本に特に多い特定の種類、という関係性になります。』そして、番組では言及していなかったので、ついでに調べると、セロトニントランスポーターS型との違いについては以下のAIの回答である。『YAP遺伝子とセロトニントランスポーターS型の違いAIアシスタントYAP遺伝子とセロトニントランスポーターS型の違いについて、分かりやすく説明します。💡 Y染色体YAP遺伝子とセロトニントランスポーターS型の主な違いYAP遺伝子とセロトニントランスポーターS型は、どちらも遺伝子型ですが、その内容と役割は大きく異なります。YAP遺伝子: Y染色体上に存在する遺伝子型で、主に集団の起源や移動といった人類学的な研究に用いられます。具体的な性質や行動との関連は、セロトニントランスポーターS型ほど直接的ではありません。セロトニントランスポーターS型 (不安遺伝子): 精神の安定に関わる神経伝達物質「セロトニン」のリサイクルを調整する遺伝子の一種です。S型はセロトニンのリサイクルが少ないため、不安を感じやすい傾向があると言われています。🧬 セロトニントランスポーターS型とはセロトニンとセロトニントランスポーターの役割セロトニンは、精神の安定や気分の調整に関わる神経伝達物質です。このセロトニンは、一度放出されると一部が再回収(リサイクル)され、再び利用されます。この回収を担っているのが「セロトニントランスポーター」です。遺伝子の種類と特徴セロトニントランスポーターの遺伝子には、主に以下の2種類があり、その組み合わせで3つの遺伝子型が存在します。L型(ロング型): セロトニンを多く作り、リサイクルする能力が高い型です。楽観的な傾向に関連すると言われています。S型(ショート型): セロトニンを作る量が少なく、リサイクル能力もL型に比べて低い型です。このS型は「不安遺伝子」とも呼ばれ、セロトニンが不足しやすく、不安を感じやすい傾向があるとされています。これらの遺伝子の組み合わせは、「SS型(S型を2つ持つ)」「SL型(S型とL型を1つずつ持つ)」「LL型(L型を2つ持つ)」の3つのタイプがあります。人種によるS型遺伝子の保有率セロトニントランスポーターS型の保有率は人種によって異なり、特に日本人においてはSS型が約68.2%と世界で最も多いとされています。これは、セロトニンが不足しやすく、不安を感じやすい人が多い要因の一つと考えられています。📊 「YAP遺伝子」と「セロトニントランスポーターS型」の比較特徴 YAP遺伝子 セロトニントランスポーターS型存在場所 Y染色体 17番染色体役割 人類学的な起源・移動 セロトニン濃度の調節特徴 集団の特性を示す 不安を感じやすい傾向』番組ではYAP遺伝子との関係は特に言及していなかったが、不安遺伝子を持つために、D-M55の仲間や友達をつくりやすい遺伝子の発現に関係したのではないかと仮説から仮説を導き紹介していた。そのほかにも以下のようなサイトでは遺伝子などから日本人の特徴を挙げている。第4回【前編】 日本人、いつになったら変われるのか? ~脳科学から考える日本人の特性と働き方~ | サーチ型ヘッドハンティング sagasuセロトニントランスポターS型(不安遺伝子)を持つ比率は民族により異なります。日本人は世界で最も不安感を持つ民族です。 | 立川で抜かない矯正なら | 山下矯正歯科(立川駅近く)なぜ「お化け屋敷が怖い」のか遺伝子から考える(石田雅彦) - エキスパート - Yahoo!ニュースいずれにしろ、シュタイナーが説くように、地上人の個人的なエゴが、地球内部の噴火などに影響を与えているのなら、そのような過去の体験の教訓から、そのような巨大災害の不安を抑えるために、日本人ができるだけ個人的なエゴを避け、友達をつくり、仲間意識を育ててきた経緯がわかるかもしれない。それが詫び寂びの文化として残されてきた可能性は高い。このブログでお馴染みの、八切史観によれば、詫び寂びの文化とは、先祖の苦労を思いやる意味の、詫びる寂びるにあり、いわば陰の見えない努力を、霊視することで、ぶっちゃけると、霊能力のことといえる。本当なら、仏教徒は詫び寂びの文化を体現しないといけないのだが、生臭坊主が蔓延ったために、末法の世になったわけである。このような現世御利益主義金儲け主義のせいで、仏教から上下関係のカースト身分制度が生まれて、権威主義制度社会になってしまい、先祖をお墓などの金儲けの道具に封じ込めたのが、現代の親の心子知らずの、親知らずの仏教で、その仏教を再生させるのが、いわばシュタイナーが寡婦の子で喩えたマニ教なのである。このマニ教の精神を、フリーメーソンの友愛の結束で、シュタイナーが解説したのが、以下の動画の解説なのである。マニ教とフリーメイソン /陰謀論に隠された霊的な源流 - YouTube以上からもわかるが、シュタイナーはアウグスティヌスの前世はイエスに最後の晩餐で裏切りを指名されたユダだったとその正体を明かしている。アウグスティヌスは、古代ローマをキリスト教で終わらせた人物で、古代ローマの権威を乗っ取ったルシファーでもある。そのルシファーの悪の象徴のイエズス会の闇に対して、元の光へと配されたのがローゼンクロイツの薔薇十字のフリーメーソンなのである。メーソンは悪名高いカリオストロ伯爵で有名だが、永遠の生命を手に入れた別名サンジェルマン伯爵でもある。サンジェルマン伯爵は、つむじ風を起こして風を巻き取る、とイエスにいわせた人物なのである。これは闇に光を混ぜ込んで、闇の内から光を輝かせる、つまり悪を内から善に発酵する、という意味である。悪は人類に自由を与えたが、その自由を愛にかえるのが人類の使命なのである。この流れは、この国の歴史にも当てはまることで、室町時代に、イエズス会が来て、自由な下克上の戦国時代へと突入し、部落民出の信長、秀吉、家康が出てきて、ついには公武合体で身分統治されて、外敵の権威は退けられ、キリスト教禁令で、貿易の自由が封じられた封建制度の江戸時代になるが、今度はフリーメーソンが建国した米国のペリーが来航し、従来の身分制度から外れた薩摩や長州により、明治維新が行われた潮流のなかにある。悪しき権威のイエズス会が、それを退けた幕府の胎内に、自由の寡婦の子を身籠ったわけで、その子が幕末に、フルベッキなどのフリーメーソンリーにより明治維新の自由な民主主義として成長したわけなのである。しかしまだこの自由は未完の大器と言わざるを得ない。というのも、フリーメーソンの本来の目的は人種を超えた人類の友愛共同体の形成にあるからである。形骸化してしまったフリーメーソンに再び霊的な友愛の薔薇の花を咲かせるのが現代人の課題なのである。感じるか感じないかは、あなた次第!
2026年01月13日
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週末は競馬に専念するためにブログは休止なのですが、面白い人物を、ネットフーテンの寅をしていてみつけたので、とりあえず、以下に紹介します。グータラな自分は、その感想については来週にでも考えてみたいと思います。宇宙の真実 - YouTube宇宙人が地球人へ伝えたいメッセージ【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTube奴隷から脱却し目覚める方法【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTube金融資産は手放しましょう【石井数俊 宇宙 アセンション】 - YouTube2026年は宇宙人との交流の年となるようで、以下に紹介します。【必見の未公開シーン】3I/ATLASの正体と松果体の覚醒「日本人の魂が世界を救う」|矢作直樹×小名木善行 - YouTube【世界の新しい姿】2026年から人類文明は大転換期を迎える!断言する「脳はただの〇〇に過ぎない」|矢作直樹×小名木善行 - YouTube3I/ATLASとは何だったのか?|宇宙人は人類の発展のために現れる?【未来予報士】 - YouTubeとりあえず、今回はこんなところで、競馬を楽しみたいので。
2026年01月11日
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地上での経験のなかに命の脈動を感じ取れるか井の中の蛙のことを、いなかっぺ、というらしいが、いなかっぺといえば、「いなかっぺ大将」の風大左衛門を思い出す、そのようなニャンコ先生を知る世代なので、「いなかっぺ」に、あまりマイナスのイメージを感じないのだが、思えば大左衛門から、野沢雅子氏の声にお世話になっているわけで、ドラゴンボールの孫悟空の声のなかに懐かしさを覚えたのも、なかば半世紀を越えたいまを思えば、どこか大左衛門のキャラを髣髴とさせていたのかもしれない。いなかっぺ大将 - Wikipediaドラゴンボールの登場人物 - Wikipedia「いなかっぺ」という言葉を挙げたのは、前回紹介した以下の動画の、自称「星系インテリジェンス」の小さなおじさんの話では、我々の地球を含む太陽系が、宇宙の中心からみれば、辺境辺鄙の、まるで、「いなかっぺ」な地域にあり、まるで大海を知らないから、中の下レベルなのに、自分たちがさも中心にいるように気取って自己満悦に浸っている現状を警告するためでもある。地上人は肉体という時空の井のなかの蛙なのである。【神回】高次元生命体が教えてくれた宇宙の真理。99%が知らない人生が“ラクになる”「生き方」とは?【となりの小さいおじさん/瀬知洋司さん】上の動画の、小さなおじさんのチャネラー瀬知洋司氏の話によれば、地球人が感知し得る「大海」の階層は、九次元あり、上の上、上の中、上の下、中の上、中の中、中の下、下の上、下の中、下の下で、地球はいま「中の下」らしいので、上を九次元とすれば、四次元で、このままいくと、三次元以下に降格してしまう、というわけなのである。例えば、「中の下」らしき出来事は、以下のお馴染みの動画「スパイチャンネル」でも頻繁に紹介されている。スパイチャンネル 〜山田敏弘〜 - YouTube#915 中国人が代理出産を悪用! - YouTube#917 中国人が菌を他国へ持ち込みそして、「下の上」の世界はどういうところかといえば、例えば、日本の戦国時代を参照にすればよいそうである。戦国時代はまさに騙し合い殺し合いの世界で、オールドメディアの大河ドラマでは戦国時代が美化されてまるでファンタジーのように描かれているが、実際は、血で血を洗う戦国版アウトレイジの、前回紹介した、北野武氏が描いた映画「首」のような狂気の醜悪な世界を考えるべきなのである。首 (北野武) - Wikipedia上に紹介した代理出産などは、戦国時代の政略結婚と同じで、戦国大名が守護大名家の国を乗っ取るのに使われた手法である。政略結婚といえば、織田信長の妹お市で有名だが、有名なマムシの斎藤道三が、土岐氏の美濃を乗っ取ったり、八切史観によれば、信長の父信秀が家臣を増やすために、お家のために、不細工な姫を妾の側室にして、せっせと種付けに励んで、他国に侵攻できるようなほど家臣団が大きくなる頃には、すっかり女嫌いになってしまった、というオチも知られている。代理母出産 - Wikipedia代理母出産の場合は遺伝子テクノロジーがあるから、女嫌いにならずに済むかもしれないが、その子供が忠実な部下ならぬ家臣になるというよりも戦国大名のように家督継承の際の相続問題を複雑にするだけだろう。そもそも戦国時代となる応仁の乱も将軍家の跡継ぎ問題に端を発しているわけなのだから。血は争えぬもので、子の信長も女嫌いで有名で、男色に耽ってしまうのだから、不細工な女性よりも、綺麗な男性のほうが、戦国時代の美的感覚では重宝されたようである。八切氏によれば、荒木村重の謀反は、当時絶世の美男といわれた男性の取り合いという噂もあったらしい。そもそも信長自身も、斎藤道三の政略結婚で、娘の奇蝶と結びつけられて、斎藤家の禄を食む立場だったから、同じ穴の貉ならぬマムシだったわけで、かえって信長はその立場を逆に利用し、後ろ盾に道三の権威の奇蝶濃姫の御威光で、安藤伊賀を出陣させ、弟信行との家督争いを制した後で、今度は美濃で、斎藤義龍が道三の子でなく、土岐氏の子という噂を流させて、義龍を疑心暗鬼に掻りたて、謀反を起こさせて、道三の援軍の依頼に、美濃の領地を信長に譲る、という遺言書を書かせて、粘りに粘って間に合わないような形で嫌々出兵した、という話もある。そのことで奇蝶は信長を怪しんだため、かかあ天下で夫婦仲は最悪で、信長は連日連夜父と同じように側室に入り浸り、土岐氏の伝統を受け継ぐ美濃勢力には敵対的なものだったらしく、美濃衆からは陰口で、ウツケやら、タワケ(田分け;本家ではなく、傍流という意味で外様)やらと呼ばれたという噂なのである。そして、その因縁が、織田家の晩年の、尾張家臣団と美濃家臣団との派閥争いに発展し、佐久間信盛親子の追放と、奇蝶を長年支えてきた安藤伊賀守就の追放となって、ついには本能寺の変を起こしてしまうわけなのである。現代のオールドメディアに出てくる不勉強な史料バカの歴史家は想像力に乏しいから、秀吉が本能寺の変を予測できたのに驚嘆しているが、現代でも、会社組織の派閥争いを知らない重役がいるだろうか? ちなみに、秀吉は尾張家臣団に名目は所属しているが、配下には美濃の竹中半兵衛やら、長浜城を拠点に、近江家臣団で組織し、柴田勝家筆頭の尾張家臣団と、奇蝶筆頭の斎藤家美濃家臣団の間の中立的立場といえるだろう。織田家が戦国大名として急速に発展してきた弊害で、信長の尾張家臣団のほとんどが、父信秀の遺産で、美濃に岐阜城を築いたのも、美濃家臣団を統率するためで、主役は信長というよりも、奇蝶ら美濃家臣団の勢力といえる。岐阜城に改築したのは、美濃衆への信長の威光の誇示なのである。信長なりの人心掌握術なのだが、度々やりすぎて、折角、政略結婚で家臣に組みこんだのに、浅井家の離反や、松永久秀、荒木村重の謀反を起こしている。謀反人の女子供を容赦なく死罪にするのは政略結婚などをされて挽回されてしまうのを断つためなのはいうまでもなく、当時の身分制度上では、仏門に入る場合は赦されるのだが、元々が被差別部落出の信長は仏教徒には怨み骨髄で、反仏だったので、比叡山の焼き討ちでも有名だが、奴隷人として人身売買するか、容赦なく死罪にしたようである。八切氏によれば、信長の天下布武は、当時仏教徒が取り仕切っていた身分制度と奴隷人身売買から、織田家もその出自である被差別部落民奴隷を解放し、身分制度を武力実力制にすることだったので、信長はどこどこを攻めろ、と命令するだけで、攻めた地域の制度などの領地の切り取りは、家臣次第だったらしい。だから、織田家の家臣は自前で軍資金などを用意しないといけないわけで、本能寺の変の前の光秀は毛利攻めの援軍のために、当時、歌会というのは名目で、愛宕山で金貸し業をしていた吉田神道に軍資金を借りにいっていたらしい。例えば、山内一豊の有名な内助の功は、この軍資金が自前の話を代表している。まじかよ…山内一豊の妻は馬なんか買ってない?「内助の功」の真相に迫る | 和樂web 美の国ニッポンをもっと知る!基本的人権が確立し、人身売買がほとんどなくなり、比較的平等の精神が行き届いた現代から考えれば、信長の人心掌握術は、当時に身分差別があり、人身売買があったから、有効に機能したわけで、それらがなくなれば、絵に描いた餅なのがわかるが、それでも、政略結婚で利害関係を一致させたとしても、度々離反、謀反されたわけだから、キリスト教宣教師の手紙などをみれば、信長がいかに、おのれおのれだけのパワハラ領主だったのがわかる。そのような領主をキリシタン大名としてポルトガルの植民政策で、先兵に利用していたイエズス会のほうが食えない連中というべきかもしれない。何しろ信長の外交城の本能寺の隣にセミナリオを建てて、内偵に弥助を配する姑息ぶりで、信長の海外進出の野望を見抜くと利用価値無しと見限って、全てを光秀になすりつけて、秀吉に走ったのも毒には毒をもって制するを地で行っている。八切氏は、イエズス会の手はずで光秀が海外に渡った可能性にも言及している。家臣にとって、神輿として担ぐのにいかにも魅力的だったのは、信長のスローガンの奴隷解放が革命的だったわけで、家臣はそのスローガンについていく他はなかったほど当時の身分制度が厳格に機能していたわけでもある。ちなみに、秀吉の人心掌握術は、この信長の欠点を逆に生かして、どこどこを攻めよといって口も出すが、軍資金もタンマリ出したというから、秀吉の家臣はカネ勘定の金銭感覚に敏感になり、石田三成や大谷吉継のような経済感覚をあわせもつ兵站に強い武将が出てくるわけだが、何事も経済感覚で動くので、関ヶ原の戦いで、どちらにつけば、報酬が大きいか、武力も経済力の戦いという値踏みを生んでしまったわけなのである。後の大坂の冬夏の陣で、浪人たちが集ったのも、大坂城に隠された巨額な金塊の大判金銭が目当てだったわけなのである。関ヶ原の戦いでも、石田三成が諸大名に盛んにいくら報酬だすと手紙などで交渉するが、大坂城の秀頼が出陣しなければ、報酬が確約できないわけで、秀頼を守ると言う名目で大坂城に入城した毛利輝元の目当ては大坂城の金塊であって、その報酬であり、石田三成などの経済官僚が中心となる豊臣家などどうでもよかったのである。だから金塊目当ての三成たちが豊臣政権を乗っ取ろうとしていると思い、金塊が豊臣家安泰の布石だと信じて疑わない淀君は秀頼を出陣させなかったのである。その内情を知っているために隠居していた黒田如水などは、それまで倹約ししこたま貯めていた財産を投げ打って、関ヶ原が長期戦になると踏んで、加藤清正の重い腰などをあげさせて、少しでも領地を拡げて有利にしようと九州攻略をはじめるが、家康が伊達家と結んで、秀忠を派遣させ、上杉との連携の要となっていた真田家を抑えて、懐柔させ、ついには本多平八郎忠勝を前線に送って、福島正則らに、いくらかの軍資金を与えて、領地は切り取り次第で豊臣政権とは無関係の、家臣のものとして、前線の敵城を落とさせたようである。豊臣家というよりも、その財力をどちらが奪うかの戦いだったわけである。そんなことは表沙汰にはできない不名誉なことで、公然の秘密なので、史料には載っていないわけである。証文などは見つかり次第焚書であろう。その前後で、諸将が家康と政略結婚をする理由がこれである。家康が怖かったのは大坂城の金塊などの豊臣家の財力で、だから財力を削ぐために、浪人を雇わせて、使わせ浪費させるために、大坂城の外堀を埋めて、浪人が遊べるように仕向けたわけで、案の定、浪人たちは蓄えを浪費していくわけなのである。その手口などは、以下の動画に詳しいので紹介する。恐らく家康は武経七書は兵法として読んでいただろう。#916 SPYのバイブル!兵法書〜武力を使わず敵を制圧〜 - YouTube戦国時代だからこそ、アメが必要なわけで、ムチだけで、利害関係にさといヒトが動くわけない。豪華の城にはタンマリと金塊が隠されているのが当時の暗黙の了解なのである。明智光秀が本能寺の後で、安土城を目指したのはまさに軍資金の確保だったわけなのである。光秀が安土城の金塊を独り占めしたと聞けば、他の武将、特に織田家親戚の、連枝衆は嫉妬して、反光秀につくのは自明の理で、それを利用したのが秀吉なのである。御連枝 - Wikipediaこの人心掌握術の経緯をみれば、美濃家臣団は、信長にとってみれば、外様で、本能寺の変絡みで、稲葉一鉄と明智光秀の斎藤利三を巡っての、引き抜きの逸話が残るほど、信長にとっては舅道三の忘れ形見で、奇蝶を中心に目の上のタンコブだったのかもしれない。だからこそ、新参者の秀吉と足利義昭の幕府再興家臣団組の細川藤孝や明智光秀の働きが大きく、織田家臣団の出世頭となったわけである。だから、美濃家臣団のほとんどは与力という形で、独立させずに、竹中半兵衛は秀吉に、斎藤利三は光秀に、尾張家臣団と対立しないように、バランス良く重臣の配下に加えられていることから、尾張派閥と美濃派閥があったのがわかる。このように織田家臣団の勢力図をみれば、秀吉が本能寺の変を予測できないほうがおかしい、という結論に至るだろう。ちなみに家康の人心掌握術はどうかというと、八切氏の研究によれば、家臣にどこどこを攻めよと言って、軍資金などは自前なのは、信長と同じだが、そのために借金が生じる場合は、家康が金貸し業も兼務して、貸したらしい。つまり、現在の銀行を兼務したわけで、家康の領内では、日銀のような役割を担っていたようである。だから、家康はケチといわれ、石川数正などは、借金に嫌気がさして、報酬制度の豊臣秀吉政権に靡いたわけなのである。このように八切史観から戦国時代を考察してみたが、そもそも、戦国時代といっても、現代から考える戦国時代なので、時空の上では、現代なのである。現代の視点からああだこうだと考察しているわけで、現代人の脳内での作り事に過ぎない。だから、本当に戦国時代を知りたければ、タイムマシンに乗って、時空を超えて、パラレルワールドの旅にでないといけないわけで、アインシュタインの相対論でもわかるが、質量をもつ限りは光速に近づけないので、物質性を捨て去らないと、時空の歪みから抜け出せない。だから、少なくとも、現在の基点となっている肉体を捨てて、幽体離脱しないといけないわけで、それも、現代人は、現代物理学で、時間の推移を過去から未来に矢のように流れる、という先入観を持ち、かつ未来だけに複数の選択があると思い込んでいるから、この点については、アインシュタインも光速により、時間の流れが違うだけで、同じように考えているが、「21世紀 死者の書」のトートによれば、実際は、パラレルワールドのように、現在を基点にして、過去も複数あり、未来も複数あるらしい。つまり、人間はすでに幽体離脱というタイムマシンを潜在意識のなかで手に入れているわけで、覚醒意識がそれに気づいていないだけの話なのである。この話は、幽体離脱した以下の動画の話でよくわかる。三度臨死体験をした木内鶴彦さんと対談! - YouTubeなお木内鶴彦氏が行った戦国時代とは、現在を基点にした、いくつかある過去の戦国時代のうちの、現在の進化レベルでの過去なので、行った過去に干渉すると、戻ってくる現在が以前とは異なる進化レベルの現在に戻るので、錯誤や幻覚が生まれやすくなる。このことは、前回紹介したシュタイナーのスウェーデンボルグの霊視した錯誤や幻覚と同じである。スウェーデンボルグ:霊界に入ることの困難 / 霊的世界への道 GA253-3 - YouTube木内氏は織田信長と言っているが、あくまで木内氏が、現在の知的レベルで織田信長と考えている、過去の信長に憑依しているので、現在の知的レベルで、過去の信長と共振共鳴しているので、現代人が考えられる、知的レベルでの信長の一部をみているにすぎない。というのも、人間は多次元複合体なので、信長の自我をみるには、幽体離脱だけではみえないからである。これについて、シュタイナーは霊能力をもたない現代人の感覚では錯誤や幻覚が生まれやすい、と警告しているが、それは、ポジティヴエネルギーとネガティヴエネルギーの区別がつかないからである。ポジティヴは周囲からみられる感覚で、ネガティヴは周囲をみている感覚で、真逆である。人間は、肉体を洞窟の鏡にして、ネガティヴなエネルギーで、周囲からくるポジティヴなエネルギーの波動を感知しているわけである。だから、肉体を幽体離脱すると、洞窟から出て、逆になるから、ポジティヴなエネルギーを直接感じないといけないわけで、ネガティヴなままだと、ネガティヴな周囲をみることになる。この感覚はなかなか難しく、四次元の左に行けば、右から返ってくるわけで、時間を遡れば、戻ってくるわけなのである。つまり、端的にいえば、自分の現在の知識のなかの、信長などの過去の人物をみているわけなのである。審神者なしの安易な霊媒が、信長と偽って憑依してくる詐欺的な幽霊に騙されるのと同じである。審神者は、巫女などの霊媒者に降ろした霊のエネルギーレベルを審査する霊能者のことである。欲深で、心が穢れた霊媒者だと、フィッシング詐欺メールなどに騙されるのと同じように、穢れた悪霊などがやってくるわけである。コックリさんが危ない、といわれるのは、キツネやタヌキと呼ばれる、動物霊などに間違って憑依されてしまうからである。だから優秀な審神者が必要なのである。だから、安易な幽体離脱は、危険なので、「21世紀 死者の書」のトートによれば、必ず、人間にはガイド霊(指導霊)がいて、その人の霊魂の成長に必要ならば、タイムマシンに乗せてくれるし、乗らなくても、インスピレーションなどで指導し、教えてくれるので、それはその人の霊魂の進化レベルによるわけで、前回紹介した以下の動画のように、どの人の自我のなかにも、アカシックレコードがあるので、六次元の自我意識とアクセスできるようになればいい。この事については前回以下の動画で紹介した。シュタイナーの空間の次元について 意識の次元構造モデル / 5次元,6次元はそこにあるのか? - YouTubeテクノロジーと神々の関係! シュタイナーが明かす霊的ヒエラルキーむしろ、現代の大河ドラマのようなお花畑美談で、戦国時代を美化しすぎて、行ってみたいと願ってしまうと、今生の人生を早く終わり、霊魂の成長のために、自分が転生したい戦国時代に生まれる事も十分にありえると、トートは、21世紀の死者の書で述べている。しかし、そもそも現在の霊魂の成長のために、戦国時代を知りたいのなら、現在でも知れるように、指導霊が指導し、教えてくれるので、とにかく、現在の基点から、戦国時代でも変わらない人間の心の不変性の真実に迫り、探求する経験を蓄積することである。21世紀 死者の書 トート神が伝えるあの世とこの世と多次元の秘密 – 丸善ジュンク堂書店ネットストア元来、自分は道楽者なので、勤勉な「人智学らぼ」のように日々更新できないので、できたら、以下の「人智学らぼ」にアクセスして、自分のアタマでああだこうだと勉強の経験を蓄積してほしい。自分のアタマで積極的に能動的に意志、感情、思考、自我と、次元を消去しながら、時空を超えて、高次元意識にアクセスできるようになるべきなのである。とにかく時空を超えるべきなのだ!人智学らぼ. - YouTubeシュタイナー医学の革新 / 人智学医学理論と人間の知識・腎臓病と花粉症シュタイナーの自然における精神の働き / 思考は雪の結晶から生まれる GA351 - YouTubeシュタイナーの地球内部と火山噴火/ なぜ地震は起こるのか? 生ける地球の9層構造とカルマ - YouTube タイムマシンはパラレルワールドのなかにあり転生は神への信仰で叶うさて、前回先の動画で紹介したように、現代人はテクノロジーを重んじすぎるあまり、神への信仰を捨てているが、そのことは、小さなおじさんのチャネラーも、「神社や寺に行ってお参りするが、本当に神を信仰しているのではなく、いわば御利益主義の、ある意味パワースポット的なテクノロジーとして、神々を利用して、金儲けや物欲を追求しているにすぎない。」と警告している。神を信じていないのに、神社や寺に行ってお賽銭を投げて、願いを要求している。もし、神を信じているのなら、お賽銭だけを社会に寄付して、自分の願いは自分の努力で叶えるべきである。自分の幸福は自分でみつけるものだからで、自分でみつけられる能力をすでに神は与えているはずだからである。与えられている神の能力を育てるのが人生なのである。そのような現代人の自己都合的で無責任な姿勢について、前回紹介したように、シュタイナーは、テクノロジーの信仰のために、神への信仰を捨ててしまい、その報いは、神の法を破ったために、以下の図のように、人間の肉体への破壊として現れるのを警告している。テクノロジーと神々の関係! シュタイナーが明かす霊的ヒエラルキーこの動画の要点は、人間の法は破れるが、神の法を破ると、自分が破れる、ということなのである。神の法により宇宙はつくられているので、人間の自我にある、「主のみを信じよ」、を破ると、病などの肉体の破壊や死として現れる、のである。そのことを端的に示している以下の動画を紹介する。シュタイナー医学の革新 / 人智学医学理論と人間の知識・腎臓病と花粉症この動画の要点は、人間は主に4つの体(進化度合によりそれ以上にもなる)のバランスから成り立っていて、そのバランスをとっているのが、自我のなかの思考で、その自我は、思考により、大自然と大宇宙とバランスをとっているから、大自然と大自然の振る舞いが、人間の4つのバランスに反映される、のである。この思考が錯誤や誤謬に陥り、バランスを失うと、悪魔などのネガティヴなエネルギーの悪霊たちに憑依され、病気などの肉体の障害に派生し、酷いと早死してしまう。だから、宇宙の思考を取り入れるべきで、その説明が以下の動画に載っているので、紹介する。シュタイナーの自然における精神の働き / 思考は雪の結晶から生まれる GA351 - YouTubeこのように、時空を超えて、宇宙の思考を、自分の思考として取り入れれば、タイムマシンに乗らなくても、理論的にアカシックレコードにアクセスできるわけなのである。アーメン
2026年01月08日
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宇宙人到来の年となるか?前回年末に紹介したように、今年の干支は丙午(ひのえうま)であり、巷では騒動になっていた、「国民の感情をコントロール」発言で、自分の感情もコントロールできない、相変わらず低レベルな、この国の政治家の現状をみていて、自分のことは棚に上げる無責任ぶりには閉口するのだが、とにかくいよいよ益々自分の感情をコントロールできないと、死後の世界だけでなく、現世の生活も、金銭やら、物欲やら、宗教やら、昨今では科学教やらに依存して、彷徨わざるを得なくなってくるような、時代の波の強欲な承認欲やら、虚栄心やら、利益追従の傲慢の荒馬に乗って手綱を手放し、落馬して、放馬してしまっては元も子もない、漂流の時代の到来なのである。そこで、干支に頼らずも、そのような年になる、のを早くも霊視している、お馴染みの未来予報士の麻埜美氏を、以下の動画ではじめに紹介する。【今年は何が起きる?】2026年に起きること|1年間の未来予報 - YouTube未来予報士 麻埜美 - YouTube霊視できない人は、とりあえずは、干支などで理解するしかない。また霊視者の霊視も完全とはいえず、またその霊視者がもつエネルギー状態に固有な立場で、異なったイメージで現れるので、これは例えば、左翼思想の持主が、中道を右翼に見たり、逆に右翼思想の持主が、中道を左翼に見るのと同じである。上にあるものは下にもあるわけで、霊能者も好き嫌いにより見方が異なる。換言すれば、悪魔からみれば、神が悪魔にみえるわけで、神からみれば、悪魔も、宇宙の進化の役割を担う意味で、神の働きにみえるわけなのである。だから、霊視者の予測が絶対というのではなく、霊視者はただ霊視という自らの人生の役割を果たして、多くの人に貢献している。その霊視を個人的にどう受容するかは、個人の意思の自由なのである。だから、自分の人生は自分で切り開く覚悟をもって、霊視者の助言は助言として、それに頼らずに、とにかく自分の人生に当てはめるのは、自己責任なので、信じる信じないではなく、感じるか感じないか、のほうが正確といえるかもしれない。例えば、お馴染みの、「小さなおじさん」の、以下の動画は、そのことを端的に表現しているので、再度紹介する。【神回】高次元生命体が教えてくれた宇宙の真理。99%が知らない人生が“ラクになる”「生き方」とは?【となりの小さいおじさん/瀬知洋司さん】この動画が説くように、地上人はこの地上に楽しく生きるために生まれてきたわけで、他人と人生を比べたり、他人の自由を奪ったり、競争したり、戦ったりするためではない。地上人は、ただ地上しか見えていないだけで、本来は次元を超えて、宇宙と一つにつながっているわけで、本当は、地上という表面的な境界など存在せず、ただ自分の知識の限界で、解剖学者が馬鹿の壁と呼んだ境界を、自分のエゴを通すために、自分の思い通りにいかせたい領域を漠然と自分の感覚でつくりあげているだけなのである。個人という制御の限界の、境界をつくっている。それを上手く表現しているのが、再度紹介するが、以下のお馴染みの「小さなおじさん」の動画である。次元とは〝箱の自由度〟だった!?この世界の構造を解き明かすこの動画の説くように、宇宙には多様な波動エネルギーがあり、いわば波動のパラレルワールドになっているわけで、それを感覚的に捉えている観測共鳴エネルギー体が、個人というヒトなのである。肉体を、いわゆる箱にして、物語をつくっているのが、ヒトで、このような地上人の状態を、プラトンは、「洞窟のなかの人間」で表現したわけなのである。DNAは、その物語をみるフィルムで、映写機がエーテル体と考えてもいいだろう。そのような話を巧く解説しているのが、前回紹介した「人智学らぼ」で、日々新たに更新しているので、以下に紹介しておく。人智学らぼ. - YouTubeシュタイナーの空間の次元について 意識の次元構造モデル / 5次元,6次元はそこにあるのか? - YouTube地上人が高次の世界をみると、地上人の立場ゆえに異なるイメージをもつのを、これは霊視者も同じなのを以下の動画は巧く解説している。シュタイナーの精神分析の考察 / セクシュアリティと現代の透視、フロイト精神分析、そして予言者としてのスウェーデンボルグ - YouTubeスウェーデンボルグの霊視については以下の動画で詳しく解説している。スウェーデンボルグ:霊界に入ることの困難 / 霊的世界への道 GA253-3 - YouTubeスウェーデンボルグは、霊界が鏡像対称になっているのを理解できず、因果律が逆になっているのが理解できなかった。物質界ではイメージはモノとして受動的に与えられ、みるものだが、霊界ではイメージを能動的努力で掴んで、みられるように発信していかないと、つまり与えられたモノ的なイメージを手放していかないと、生きた活力あるイメージにならないので、だからボルグが火星人と呼んだアンゲロイの天使たちと交信できなかったわけなのである。因果律が逆になるので、結果を手放さないと原因に辿り着かないわけなのである。物質界で喩えるなら、貯蓄を投資に回さないと貯蓄が消えてしまうわけなのである。だから、霊界では寄付や喜捨が大切なのである。というのは物質界での蓄えは、逆の世界では、消滅で死を意味するからである。だから仏教では執着心を捨てなさい、と説くわけなのである。執着心が依存心になって、能力を失い自虐的に、自我が滅ぼされるからである。先に紹介した動画の「小さなおじさん」が説くように、この世の害悪の素になっている宗教と戦争への依存心を捨てないと、あの世ではその執着により滅んでしまうわけなのである。宗教は、この世のもので、あの世をこの世からみるためで、あの世では不要なのである。あの世ではかえって目隠しをするような邪魔なものなのである。霊能力を獲得するには、このように物質界へのエゴを捨て去り、いわゆる仏教の般若心経のように、色即是空のゼロ次元の意識を獲得しないといけないわけで、仏教では喜捨とも呼んでいる。そのような修行は地上の経験から自ずと自発的に見出されていくが当面は、思考により獲得するしかない。そのために現代人には時刻を数字で表記した年号などがあり、日本には、恐らくいまは形骸化しているが、古くは天皇がかつての霊能力で日本の神々に伺い、天意を降ろした暦があり、民間には伝統的な干支などの慣習法があるわけなのだ。さて、干支(えと)は、「兄弟(えと)」とも当て字されるが、丙午(ひのえうま)とは、火の兄(ひのえ)で、火のエネルギーが頂点に上り、これから下降する状態を表すので、油断や隙が生まれやすい、という「丙」の文字で表わすらしい。その詳細は、以下に紹介する陽明学者の安岡正篤氏の「干支の活学」に載っているので、参照してほしい。安岡正篤 干支の活学の商品一覧 - Yahoo!検索そして、「午(うま)」は、上部は、地表を表し、その下の十は、横棒が陽気で、縦棒が陰気の十字になっているが、大地のなかからエネルギーがつきあげる様子を意味しているらしい。簡単にいえば、新旧の対立を表わす字体で、それを動物のウマで表現したのは、ウマは、騎手がよいと、おとなしいが、ひとたび人間を馬鹿にすると、蹴ったり、噛みついたりして、言うことを聞かない荒ウマになる習性を意味したものらしい。漢字「午」の部首・画数・読み方・筆順・意味など このことは、長年競馬ファンを続けていると、ウマが騎手で変わるので、よくわかる。ヒトがウマを選ぶように、ウマも乗り手を選んでいる。「ウマがあう」という言葉でもよくわかる。この国に、この言葉があるのは、恐らく、騎馬民族の源氏由来のものだろう。これは自論だが、競馬が好きな人は先祖が騎馬民族で、ボートレースが好きな人は先祖が海洋民族なのではないかと思っている。現代人は、物質界の物体の推移や変化量などから、時間を基に、脳で数字などに置き換えて、論理的に力学体系で推測するが、干支でわかるように、古代人は時間の奥にあるエネルギーの変化を、直観的な幾何学で、字体で表現し、推測していたのがわかる。端的に言えば時空を超えていたわけである。古代ギリシアでは、アリストテレスで有名な自然霊という言葉で、エネルギー体を、霊として表現していたわけで、霊から運動を哲学的に推測していた。自然霊 - Wikipediaカリユガの時代に転生したせいで、エネルギー体を、直接霊感で感得できなくなって、中世から、唯物論が興って、数式などで論理的に、エネルギーを観測する機械的な力学が生まれたのが、時空の概念からわかる。そのような話を巧く解説しているのが、前回紹介した「人智学らぼ」で、日々新たに更新しているので、以下に紹介しておく。テクノロジーと神々の関係! シュタイナーが明かす霊的ヒエラルキーこのような解説から、唯物的技術を通じて共同体の友愛の核をつくるのが、キリストの中庸精神なのがわかる。特に電気についての現代人の誤解については以下の動画が参考になる。シュタイナーの解釈 / 電気について GA220-12 - YouTube霊能力を失ってしまった地上人は無意識に電気のようなアーリマンの機械的な物質界を生きるための道具の奴隷となっているが、その奴隷状態から目覚めないといけない。現代人は、機械化された会社組織では一個の歯車と化している。その機械化の歯車を自らで解放するのは、個人の意識改革なのである。だからこそ、霊能力獲得が、現代人の深い催眠を解き放つ切欠となる。少なくとも、自動的に数字で割り当てられた時空の奴隷となっている現状を超える必要がある。時空を超え、波動エネルギーを自発的に捉える感覚を育成し、獲得すべきなのである。高次の意識生命体として、宇宙に漲る、境界のない波動エネルギー体を、観測できない現代人は、干支である程度予測するしかないが、干支や易経などを学ぶのが億劫という、私のような道楽者は、どうすればいいかといえば、干支の循環によって60年前の歴史事項を参照していくほかはない。先に紹介した安岡正篤氏「干支の活学」では、文治二年の源平の時代まで遡って以下のように時評している。文治二年(1186年)には、平家が滅んで源氏が勝ったが、頼朝と義経がその後の勢力争いでいがみ合って、頼朝が勝って、義経は奥州に逃れ、結局、頼朝の鎌倉幕府は北条氏に取って代わられてしまう。慶長十一年(1606年)には、秀吉が死んで、秀頼が右大臣となっているが、秀忠も内大臣になっていて、豊臣政権と徳川政権の反目がはじまっている。そして、豊臣家は家康により滅ぼされる。ついでにいうと、八切史観によれば、その徳川幕府も、斎藤利三の娘のお福が春日局になり、実は家光の母で、父は明智十兵衛光慶で天海だったらしく、つまり鎌倉幕府と同じく、跡継ぎの国松(のちの忠長)が織田の血が入っているから跡目に相応しくないとされて、家光に決まり、三代で、斎藤家に乗っ取られているわけなのである。ここから余談だが、大奥ができたのは、織田政権下の斎藤氏ら美濃衆の専横によるもの。このことから、八切氏は、本能寺の変の黒幕に家康が関わっていた説を挙げている。信長の信忠家督継承で、家康が邪魔になったので、暗殺するつもりだったようである。家康は織田政権の美濃衆に働きかけて、家康が軍資金を出すことで、斎藤利三と本能寺の密約を交わしたようである。斎藤利三は四国攻めに反対していたし、渡りに船だった。利三が本能寺に光秀を巻き込んだようだ。光秀には、細川藤孝‐足利義昭らの幕府や近衛前久ら正親町帝からの働きかけがあったのだろう。それらのつながりは以下のサイトなどの話からもわかる。本能寺の変1582 重要 ◎第146話③ 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界|『光秀記』織田信長は、正親町天皇と譲位を巡って対立していた!ホント? – 歴史好きのつぶやきまた、関ヶ原の戦いが美濃で起きたのもなんらかの関わりがあるものと推測される。これは、信長と今川義元の桶狭間の戦いが、当時の家康の勢力地で起こったのと同じである。いずれにしても、戦国時代が下の下の裏切りの世界だったのがわかり、昨今のお花畑の戦国美化ドラマには嫌気がさすが、元を正せば、友愛のない利害関係の政略結婚にはじまるわけなのである。政略結婚などするから、親戚関係に利害関係をもちこんで友愛で成り立つべき親族の血を穢し、血を血で争う戦いになってしまう。端的にいえば、本能寺の変とは相続問題のもつれで、そもそも応仁の乱からして、幕府の相続問題のもつれなのである。当時は金銭だけでなく、そこに身分や差別が加わるから話がややこしくなり、相続に武力介入までして下克上が生まれてしまうわけである。現代でいうM&Aの企業乗っ取りと同じである。低俗な人間のやることなど古今東西どこでも馬鹿の一つ覚えでしかない。戦国大名などは悪党のような連中で、北野武氏監督の映画「首」がよく描けていたようにみえる。とにかく、二度とあんな世界にしてはいけない。映画『首』公式サイト余談で話が長くなってしまったが、戦国時代の豊臣政権没落後の江戸時代となって、60×4=240年後には、弘化三年(1846年)で、この年に、仁孝帝が崩御して、孝明帝が即位している。この年を境にして、幕府と外様諸藩が対立するようになり、外国勢力が押し寄せてきて、有名なペリーが浦賀に来航するのが1853年である。そして、ついには文明開化という名の下に、明治維新となる。このように丙午の年を決起として新旧交代の運動が起こるのがわかる。江戸時代の時刻や方位は、干支を基にしていたので、午は南で、丁度西洋風の時刻では、午前11時から午後1時までの2時間で、正午の12時を表わす。正午の「午」で、午前、午後の「午」でもあり、子午線の、子と午の北と南で、境界を表わすのがわかる。このように丙午の年は、価値観が移り変わるのがわかる。例えば、前回は、丙午の前年の、乙巳で、『645年:中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺し、蘇我氏を滅ぼす「乙巳の変」が起こりました。』のを紹介したが、丙午を含めた前後において、新旧の対立が起こりやすいのがわかる。丙午に生まれた嫁は夫と対立しやすい、という民間の悪しき誤った伝承も、この陰陽のエネルギーの相克に源流がある。この対立を上手く和解していくかどうかで、次の年の、丁未(ひのとひつじ)の動向が定まり、未のように、おとなしく平和になるか、一方が他方を退けて、陰湿になれば、蒙昧になり、次の年の戊申(つちのえさる)で、紛糾するようになってしまう。つまり、丙午の年に起こる新旧の対立をうまく融合していけるかどうか、ヘーゲルの弁証法のように、正反合していけるか、が重要というわけなのである。弁証法 - Wikipediaこのように、干支は陰陽の、つまりポジティブとネガティブのエネルギーを、十干十二支で表現した、時空を超えた生命エネルギー論なのである。「エネルギー」を「霊」と呼べば、霊魂の成長と衰退を表現したものといえるかもしれない。西洋の数字では表現できない、目にみえない、心の動きを、つまり高次元の運動を、感得し、表現した霊魂の運動論なのである。つまり、干支は、アインシュタインの相対論で有名な、物質界を規定する時空を超えた生命の運動論なのである。相対論は、光の運動とその時空での歪みにより、物質界の運動を表現した力学体系だが、干支は、光と闇の相克と融合により、生命が織りなす波動の共鳴運動を表現した生命体系なのである。それは信じる信じないではなく、感じるか感じないか、ブルースリーで有名な、「ドントシンク(考えるな)、フィール(感じろ)」なのである。Don’t think. Feel.の真意が誤解されていることと、言葉の誤った伝承について|刃ではなくペンを握るブルースリーが、武道で表現したかったのは、相手と戦うな、武道を通じて、ヘーゲルの正反合のように、相手と認め合い、和解するのだ、ということで、相手の動きではなく、相手の心の動きと連動するのである。これを実践的に、武道で表現したのが、植草盛平の合気道である。人智学でいえば、肉体ではなく、時空を超えた、その上のエーテル体とアストラル体の運動で、相手と一体化しなさい、ということなのである。武術というよりも、禅のようで、とどのつまり、恐れや怒りなどの感情のコントロール法というべきかもしれない。植芝盛平 - Wikipedia端的にいえば、幽体離脱法というべきかもしれない。生と死を乗り越える武道といえるかもしれない。相手の闘争心を奪う方法ともいえる。そもそも人間は何のために戦うのか? 地上の物質界では、物質的所有は個人的なモノにならざるを得なく、唯物論でも、フェルミ統計で、電子の粒子性は、スピン1/2で限定され、物質元素からなる肉体が有限だからでもある。有限はどこまでいっても、無限にはならない。器には限界がある。個人という存在は、固有振動数でつながっているからである。地上で人間は個人で生きることにより、自由を手に入れた。自由に生きるために、人間は地上に生まれてきたともいえる。では、人間が地上で生きる目的はなんなのか? それがわかる動画が以下の、お馴染みの「人智学らぼ」によるシュタイナーのミツバチを喩えにした話である。シュタイナーが解く死後の世界と蜜蜂 / カマロカとデバチャン GA90-c - YouTubeこのような動画から、人間が神々へと進化するために、現世を生きる目的があるのがわかる。自分という宇宙にとってかけがえのない霊魂を、宇宙の究極の姿である真善美へと導くために、地上に生まれて、その希望を生の循環により、自我をリレーのバトンのように、繋げていくのが、我々地上人の運命なのである。地上での一つ一つの体験が永遠の新しい生命の循環を生み出すのだから今回はここまでにする。前回と同じような終わりとなった。感じるか感じないかは、あなた次第!!
2026年01月06日
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