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一昨日の28日、富士山に登った帰りに、時間に余裕があったので、Iさん宅に寄った。Iさんは、退職後、他府県に転居されたので、昨年の9月までの約6年間程は音信だけであった。私自身も仕事が忙しくなり、山から離れていた。しかし、再度時間的余裕が出てきたので、昨年クラブ再編を行った。そのときの立ち上げ会に出席していただき、久しぶりに再会し親交を深めた。 再会したとき、退職後、クライミングボードを自宅に自家製でつくり、お酒も節制するなど、現役時代以上に、身体が締まり、おじさんクライマーに変身していたので、驚かされた。是非訪問しますと約束しておきながら、それから約10ヶ月も経ってしまった。 そのような訳で、今回の訪問で、約束を果たすと共に、クライミングボードで腕前を披露してもらった。これからまた一緒に登れそうである。
2009.06.30
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映画「剣岳・点の記」を鑑賞したせいか、私の剣岳の思い出が蘇ってきた。初めて剣岳に登ったのは、1974年9月のときであった。この時は初冠雪があり驚いたことを覚えている。次に登ったのは、1975年、Sクラブの夏合宿の時であった。参加者12名、私はチーフリーダーであった。合宿の前半は天気に恵まれ、著名な岩場を登りまくった。ダウラギリ遠征の話が具体化しており、ひたすら突走ったことが思い出された。参加者の最年長者は26歳、いまSクラブの会長をしているI君は18歳であった。みんな若かったが、それだけに一所懸命、山の研究をしたり熱い議論をした。いまは懐かしいが、そんな思い出を、「私のアーカイブ」として綴っていこうと思う。
2009.06.24
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5月末から、約6ケ月振りに、沢と岩に復帰したが、4週連続で、沢と岩のトレーニングに通い、ようやく調整力が付いてきた。前回は身体の力の内部感覚にポイントを置いたが、昨日のトレーニングでは、力のリズム感を大切にした。今回、久しぶりにHさんとお会いし、初めてロープを組んだ。Hさんは、5月4日に沢の体験講習に参加されていたようであるが、この身体感覚の面白さと、5.10a~10b辺りの面白さをお伝えした。
2009.06.21
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映画「劒岳 点の記」が、本日いよいよ公開されたので、早速鑑賞しました。この作品は1977年、新田次郎により著作された小説の映画化です。単なる登頂記ではなく、日本地図をつくるというパイオニアワークの記録であることがテーマとなっています。 ストーリーは、原作があり、忠実に再現されているので、このことには立ち入らず、映画の制作そのものに、いくつかの疑問や違和感を感じたので、そのことを記しておきます。 まず、今なぜこの映画が撮影されたのか。その時代性はまったくないということです。この映画は、日本を代表するカメラマンと言われる木村大作氏が、最初で最後の監督作品として発表したとの記事を読んで解ったことは、カメラマンとしての発表の題材として、たまたま、新田次郎のこの作品が叶っていたということでしかないようなのです。あるとすれば、今の中高年登山ブームには乗りそうです。 次に、現実感を持たせるため。空撮やCG処理に頼らず、体感温度が氷点下40度にも達する立山連峰や剱岳で山小屋やテントに泊まりこみながら、明治の測量官が登った山に実際に登って当時の足跡を再現するなど、長期間をかけ丁寧に撮影を行った(下線部は映画解説からの引用)。とのことですが、それでもどこか現実感に欠けているのです。理由は、俳優が美しくスマート過ぎるようです。特に長治郎を始め、山ガイド役は役不足であると感じました。もっと土着民的に役作りする必要があると思った次第です。軽々と荷物を運ぶシーンを始め、全体に、21世紀の今の時代に、明治の服装をまとった現代人が、今の剣に立っている風景でしかなかったし、登場する女性たちは特に美し過ぎます。 三つ目は、効果音楽というか、バック音楽のクラシック曲の選択の誤りから来る違和感です。鑑賞中、この不快感は何だろうと感じ続けていましたが、『それは、ビバルディの「四季」を使っているからでしょう』と教えられて、私もそうなんだと合点がいきました。この曲は、剣岳の風景、明治時代のパイオニアの人間ドラマの記録に合っていないとの感想を強く持った次第です。 あえて、この映画の見所を言えば、剣岳の撮影の美しさと、山岳信仰から、剱岳を死の山であると畏怖する地元民の気持ち、すでに行者が剣頂上に修験の足跡を残していたという、ストーリー性の面白さです。 以上のようなことは、この映画を見た多くの人が感じると言うのではなく、あくまで、私の私的感想ですので、みなさん自身の鑑賞をお薦めします。ちなみに、映画館内は中高年者で溢れていました。
2009.06.20
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昨日の帰りの通勤電車の中で、山岳遭難のことを考えながら、今度は、東京登歩渓流会の松濤明が遺した登山の記録「風雪のビバーク」を元に、『「風雪のビバーク」の謎を解く』というタイトルでエッセイをまとめようと計画していた。 理由は、あまりに壮絶な死に方に美談が加わり、ほんとうの遭難原因が葬られているのではという疑問からであった。私はかねてより、山の遭難事故は、「常に人間の側に原因がある」ということを言い続けてきた。・・・・今だからこそ、松濤明の死に隠された、人間の側の問題の謎に迫る必要があるのではと、私は考えている。 さて、そんなことを考えながら帰宅して、ネットニュースを見ていると、次のようなニュースが目に付いた。このブログの全文はこちらから・・・
2009.06.18
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「あなたの母校(ボ・コ・ウ)は」と問われたとき、人は何と答えるのだろうか。中卒、高卒、大卒では条件が違うが、大卒の場合でも高校名を答えることが多いのではないだろうか。同じように、あなたの青春時代は、と問われたとき、一般には高校時代を思い出すのではないだろうか。要は一番未熟で悩み多く進路に不安感を抱き、さらに蒼い性に逡巡していた頃と言える。同窓会の誘いも高校からのものが一番多い。卒業何周年という案内が来ると、懐かしさがこみあげてくる。私の場合、今年は40周年になるので、今回は出席しようと思っている。ただ長い間ご無沙汰しており、久しぶりに旧友と顔を合わせても、恐らく思い出せないであろう。 今回、出席を決めたのは、20周年でもなく、30周年でもなく、40周年に、一つの節目を感じさせるからである。私は、その後間もなくやってくる60歳の還暦を迎える準備をしておかなければならないということに関係している。確かに、日本人の平均寿命が延び、高齢層が増えてくると、60歳はまだまだ若く、制度的に年金生活にも入れない。私の年齢では65歳にならないと満額支給とはならない。そう考えると、一昔前の還暦は今の年齢では65歳なのかも知れない。しかし、60歳が大きな一つの節目となるという意識はある。まず、再就職するのかどうか、これから先の人生をどのように歩んでいくのか。そのような生活設計を考える時期である。人生80年として、残り20年、人生の4分の一のラストランである。多少1~2年の前後はあるかも知れないが、通過点と考えず節目の年とすることが必要なことと思う。人生の多くの先輩は、この時期の様々な経験を持っている。先人の生き方に学ぶことも必要であろう。昨年読んだ「一個人主義」は面白かった。 さらに私の場合、定年と共に結婚30周年がやってくる。仕事も大きなウェートであるが、夫婦の有り様も重要である。映画「60歳のラブレター」ではないが、結婚30年の意味は大きい。今のところ準備ができていることと言えば、妻に向けて「30年間ありがとう」の言葉を掛けてあげようということぐらいである。後は何の準備もしていない。映画のように定年離婚が待っているかも知れない。今年の秋に開かれる、高校卒業40周年パーティに集う、同窓生の意見を聞いてからでも間に合うであろう。今はまだまだ呑気にしていたい。人生設計がそんなにうまくいかないことぐらいは重々わかっている。それだけのことを悟ることのできる年齢に達したのだから。 母校も様変わりしたが、先日手に入れたデジカメで母校の今をスナップに納めた。
2009.06.17
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スキーをやっていると結構、技術の体系や身体能力、筋力の使い方と調整 トレーニングということを考える。今更とは言うものの、いくつになっても身体の調整、技術の調整は必要である。むしろ年を取れば取るほどこれを怠るとダメージを受けやすい。5月末でスキー板を納め、6月から沢や岩のシーズンに入ったが、スキーで感じた身体感覚を同じように大切にしていこうと思っている。この日、今シーズン二回目の岩の調整を槇尾山で行った。 今回はWさんと一緒に登ったがWさんの徹底した身体調整に関する話には 忘れていたものを教えられることがある。Wさんは先のスキーシーズンにおいて、最後の大会で昨年に比べ8秒のタイム短縮を達成したそうである。これには微妙なスキー操作の開眼があったとのことである。私も今回のスノーシーンにおいて体感した技術があったので、やっぱりスキーは面白いのだと、Wさんの話に共感できた。 さて、Wさんと身体の調整をしながら自分の感覚に問うてみたことは、力の使い方を認識しながら登ることの重要性である。言葉で書くと簡単だが、登攀中には、目の前の岩のホールドなどに意識が集中しがちであるが、目の前ではなく、体の中に目をむけることの重要性である。 季節は梅雨入りをしたが、空梅雨模様で、紫外線は強いが、風は爽やかで気持ちの良い天気に恵まれた。
2009.06.14
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新しい防水カメラを手に入れた。今まで使っていたペンタックスのデジカメは、昨年の沢登り中にうっかり水に浸けてしまい、回復したものの調子が良くなかった。そこで今度は防水カメラで沢登りなどに対応できる、オリンパスμ1050Swを購入した。製品は昨年9月の販売であるため、今の市場価格は半値以下に下がっていた。デジタル製品の進化はすごいが、新しいモデルが発売されると、旧モデルは一気に価格を下げる。 私などは、どんなものも結構長く使い続けるタイプで、一旦製品の自己化を図るとなかなか手放せなくなる。私の登山用のザックなど、使い始めて三十四年になる。放置の時期も4年程あったので、実質使用年数は三十年である。自分で修繕しながら今も現役で使っている。このザックだと忘れ物をしないのだ。ザックに収めるべきものが自然と決まっているため、何をどこにどのように入れるのか無駄なく解決してしまう。しかし、デジタル製品になるとそうはいかない。携帯電話、デジカメ、パソコンなどは、メモリなどの面で、古いものは使い物にならない。テレビも間もなくデジタル化する。登山にGPSを使う人も増えている。私はまだ使っていないが、ガスの中での山スキーなどで、岳友からGPSの有り難さを教えられている。機械に指図されたくない気持ちはあるが、カーナビも便利である。 私が学生であった四十年近く前、ブラックボックスという言葉が登場した。機械の中身やしくみは解らなくとも、インプットすれば結果がアウトプットされる。処理過程は未知であっても、操作性だけをマスターすれば済んでしまうという新技術の考え方であった。このようなことは今は当たり前、すべてブラックボックスである。しかし、人の気持ちまでブラックボックス化されては堪らない。 と、そんなことを言っていること自体、この考えも、すでにおじさんの抵抗でしかないのかも知れない。この土曜日からターミネーター4が公開される。果たしてロボットに意思はあるのか?。ロボットは人間にどこまで近づくことができるのか。ターミネーターは人類を救えるのか? 映画では、ターミネーターを人間(前作まではシュワルツネッカー)が演じているところが、ブラックボックスに人間的暖かみと正義感・親近感を感じさせている。ロボットに人間的な装飾を施せば、それは人間となり、動物の装飾を施せば動物となる。ソフトバンクのお父さん(犬)も大人気である。人間が犬をお父さんに変えてしまった。
2009.06.11
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そろそろ6月の声を聞く頃になり、梅雨入り前の田植えが始まった。4月に見たれんげ畑(4月13日のブログ)は今はなく水田が広がっている。5月16日のブログに、おんだ祭(お田植え祭)の写真展を見に行ったことを書いたが、広瀬神社(北葛城郡河合町川合)では、お田植え祭として「砂かけ祭」が行われていることを知った。地理的には法隆寺が近くにあり、曽我川、飛鳥川、富雄川などの河川が大和川に合流し水の要衝ともなっている。そのような訳で広瀬神社は水神として奉祀されていたとのことである。広瀬神社の説明書きによれば、ここのおんだ祭(お田植え祭)は、毎年2月11日に行なわれ、「砂」を「水」にみたて、多雨祈願を行う行事として行われている。豊饒を願い、祈ることの大切さを教えてくれる。来年は忘れずに見に行くことにしよう。
2009.06.09
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そろそろ沢の季節になり、今シーズンの手始めに、揖斐川の源流である奥美濃粕川西谷を遡行した。小さな谷で、少しもの足りなさを感じたが、山の空気はすがすがしさに満ち、タニウツギの花が、私たちをかわいらしく迎えてくれた。水に洗われたコケの緑色も鮮やかであった。全体に緑の濃い花崗岩質の明るい谷であった。頂上には三角点があり、そこが射能山(ブンゲン)頂上であった。山頂はブッシュが刈り取られ、眺望が開け、貝月山へ続く稜線、国見山に繋がる稜線を見渡たすことができた。梅雨入り前の晴天に恵まれ、すがすがしい思いに満たされた沢登りの一日であった。
2009.06.07
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