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明日から暦は10月に入る。山はいよいよ紅葉の季節である。しかし、この季節のいいときに仕事のために山に行けないのは残念である。 今年は紅葉が早そうである。涸沢小屋からの情報では例年よりも早く紅葉が進んでいるようである。10月は3連休があるが、私はちょうど真ん中の11日が仕事で休めない。この連休は紅葉を求めて登山やクライミングに出かける人も多いであろう。 先日、私はSクラブの2人の女性の燦々としたクライミングに期待し、ブログにてエールを送ったが、臨機応変な対応によって北岳バットレスをトレースした。喜ばしいことである。ただ遅い下山になったことについては、当初からの計画と判断に反省すべきところがあるであろうと思う。 この9月の5連休の時に山の知人が滑落して死亡した。丸山東壁登攀後の下山中の事故であった。原因は予測に過ぎないが、日暮れてからランプを付けての下山中であったこともその一因ではなかったかと推察している。 自戒を込めて安全登山を祈念したい。にほんブログ村
2009.09.30
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年齢とは関係なく、身体と精神のコンビネーションについて、いろんな格言や意見があるが、一般に、日本では精神論にウェートを置く傾向がある。特にスポーツの世界では顕著である。根性論が衰退したとは云え、神頼みや、縁起を担いだり、占いに一喜一憂することは、依然として精神論に支配されていると云えるのではないだろうか。 さらに日本人の高齢化によって健康願望が大きくなり、身体を鍛えることが健全な精神に繋がると考え、無理なことにチャレンジしがちになる。かく言う私もその傾向があるのだが・・・・ さて私の得意技の一つは、山を歩きながら休養を取ることができる点である。どういうことかと云うと、歩きながらリラクセーションを心がけ精神的平衡を保つことによって、過度な緊張や身体的な疲れから来る精神的疲労や緊張を緩和していると云うことである。そして逆に精神的緊張を緩和することによって、身体的疲労が緩和されると云うことである。 私の経験則から、この得意技をクライミングにも当てはめることができる。アルパインクライミングにおいて精神的緊張が身体に及ぼす負担はかなりなものがあるが、この技を身につければずいぶんと楽になれる。 最後に、以上のことを一般化して述べると、身体論と精神論を分けずに、「行住坐臥」という四字熟語があるが、この熟語にある常の日常生活に、自分の生きるべき姿を見いだすことを考えてみては如何であろうかと云うことである。山にあっては山が常の日常であり、仕事にあっては仕事が常の日常であり、身体を使った行為である。「行住坐臥」は身体的活動である身体論を意味しており、この中に自分の生きるべき姿を見いだすことが精神論として必要である。 人間最後は、この四字熟語の最後にある「臥」で終わるのであるが、「どんなときにでも」「ひたすら静かに夢中になる」精神的充実感こそが大切であり、このことが生き甲斐となり精神的なリラクゼーションに繋がると思うのだが・・・にほんブログ村
2009.09.30
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南アルプスの黄蓮谷は、沢登りやアイスクライミングの対象として有名な谷である。誰もが一度は遡行したいと期待させるだけのスケールと魅力を秘めている。 私は、今から27年前の年末年始、Sクラブの冬合宿において右股をアイスクライミングで遡行したことがある。 しかし、冬の遡行では、本来の谷の姿は掴むことができない。夏に一度遡行したいという思いが、今回やっと実現した。 同行したメンバーは4名であるが、他の3名もこの谷にはそれぞれの思い入れがあった。 山のプロセスを大切にしたい私にとって、甲斐駒ケ岳の山頂直下に詰め上がることができる黄蓮谷右股は理想的な条件を備えている一級品の一つである。 今回は特に天候と仲間に恵まれ、素晴らしい遡行の経験をすることができた。ルートファインディングもほぼ正確に行うことができ、ブッシュ漕ぎを強いられることもほとんどなかった。明瞭な踏み跡を外すことなく、順調に遡行を終えることができたと思っている。 さらに、多くの滝を登らせてもらった。これもすべて見通しのよい天候に恵まれたからであると感謝している。遡行記録はこちらから にほんブログ村
2009.09.25
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明日から5連休が始まる。登山やクライミングに出かける人も多いであろう。私は仲間と黄蓮谷を遡行することにしている。Sクラブの仲間もクライミングに出かける。特に女性2人のパーティが北岳バットレスを目指す。この7月に一度雨で引き返しているだけに今回の成功に期待したい。 差別ではないが女性の場合、男性に連れて行ってもらうという姿勢が強い。今回は自立的であることにおいて、本人から見ればこの登攀は自己責任として創造的行為であると思う。緊張感も高まっていることであろう。この緊張感こそが大切だ。そして前回の悩みを吹き飛ばして欲しい。 先日、私は錫杖岳の烏帽子岩を登ったが、夕闇迫る中を2人の女性パーティが降りてきた。声を掛けると「見張り塔からずっと」を登ってきたと言う。ルートを間違えたりして大変しんどかったとも。しかし、その表情は充実感と満足感に溢れていた。私は賞賛の言葉をかけずにはいられなかった。このルートは先月の9月27日に私も登攀したルートであった。 2人の女性の燦々としたクライミングに期待し応援したい。にほんブログ村
2009.09.18
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ずいぶんと昔のことになるが、登山仲間の間でこんな議論があった。「如何に軽量化を図るかが問題だ」私は訴えた。すると相手が答えた「どれだけ担げるかが問題だ」。 クライミングギアーの選択をどうするか? 登るルートによって異なってくるが、過不足なく準備することは難しい。しかし最近はネットの発達によりご丁寧にルート解説の中に必要なギアーを解説してくれていることがある。ありがたいことである。しかし「どれだけ担げるかが問題だ」という相手の反問は正しいような気がしたことを覚えている。 この土曜日から5連休となる。天気も良さそうである。クライマー達は何処へ行くのであろうか?脱ゲレンデを図りパイオニア精神で臨んで貰いたいものである。クライミングは泥臭いものである。にほんブログ村
2009.09.16
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クライミングでは同じ山(岩場)を登る場合が多い。ルートを変えることもあるが意識的にならないとその日の変化に気づきにくい。コンディションを知ることは自分を分析する作業である。以前は登れたルートが登れないことがある。このとき何でと思うが、メンタル面が影響していることも多い。しかし自分でその中身を正しく把握することはかなり難しい。 しかしある時、ぱっと開けることがある。山を発見する喜びとして、この前のブログに「知らないことや疑問に思っていたことが、新たな発見によってなるほどと分かったときは、視界が開けたような感動をもたらしてくれる」と書いた。このことはメンタル面にもあてはまる。 唐突な言い方であるが、「われわれは何者か」を知ることはいつまでたっても難しいことである。しかし、日常のたわいもないメンタルの変化にその解答の一端があると思うようになってきた。 いま私が書いているブログにしろ小説にしろ、それは言葉ではあるがメンタルなものを反映したものであり、このメンタルなものに言葉を与えようとしている作業である。 常にわれわれはメンタルの中にしか自分を築くことができない。そしてそれを言語化している。しかし言葉という活字だけでは不十分である。私自身、言葉だけの説明では納得できそうもない。伝えきることができない。詰まるところ言葉ではなく私の声が届くことが必要だ。にほんブログ村
2009.09.15
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昨日は明け方まで天気が悪かったので遠出するのは止め近場の槇尾に出かけた。すっかり秋の気配、汗をかくこともなく爽やかなクライミングとなった。 訪問者は6人程いたが、前回出会った年配者と話をする機会を持った。こちらからG・D・Pの方ですかと話しかけた。置かれたザックに会名が書かれていた。この会名はよく知っており、かっては知り合いもいた会であったので懐かしかった。 そして話をしている内に、最近復帰して2年になるが登り方も様変わりして付いていけないとこぼしていた。会の方も今は自分一人だけになってしまったとのことであった。 他にも二人話しかけてきた。彼らも中高年者であっ た。やっぱり最近復帰したとのこと。一人は単独で時 代遅れな登り方をしていたが、何か忘れられない山 への思いがあるんだと知らされた。今はそのような 時代なんだと思った次第である。にほんブログ村
2009.09.14
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私は1996年夏にマッターホルン北壁を登ったが、悪天により壁の状態が悪く登攀に3日、下山に1日を要した。 振り返れば、私にとってこの時期(1987年~1996年:30代後半~40歳半ば)は、中年を迎え心技体共に人生における第二の充実期にあり、その流れにそって登山だけでなく仕事もアグレッシブにやってきた。そして最近まで懐古的に物事を考えることはあまりしてこなかった。 そのような訳で私はこのマッターホルン北壁登攀の記録もあまり重要視していなかったし大切に保管もしてこなかった。記録は自分の記憶の中だけにあればよいと考えていた。 しかし、年月の流れがそれを許してはくれなかった。捨て置かれた記録の捜索に時間を要したがこの度その時の記録を発見することができた。 これも60歳という人生の節目を一年余り後に迎えること から来る懐古的な思いなのかも知れない。 それとも遅ればせにやって来た思秋期であるのかも・・ 左の写真はこれから3人でマッターホルンに向かうところ である。 この日の天気は申し分のない快晴であったのだが・・・ 記録はこちらから・・・ にほんブログ村
2009.09.12
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私は、7月21日付けのブログで、山の登り方(山のプロセス)の大切さについて書き、さらに、9月4日付けのブログで山を発見する楽しさについて書いた。 昨日再び錫杖岳を訪問した。10回目の訪問であった。今回は、烏帽子岩前衛壁から岩塔として聳え立つ烏帽子岩頂上に抜けるルートを登攀した。烏帽子岩の頂上に立ちたいという思いが以前からあった。今までは前衛壁だけの登攀が多かった。 今回は前回と打って変わり快晴の天候に恵まれ、Wさんと二人パーティであったので、左方カンテ取り付きから烏帽子岩頂上まで、4時間50分で抜けることができた。今回も新たな発見と感動を味わうことができた。Wさんに感謝。Wさんも輝いている隣人の一人である。登攀記録はこちらから・・・
2009.09.07
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知らないことや疑問に思っていたことが、新たな発見によってなるほどと分かったときは、視界が開けたような感動をもたらしてくれる。 先日訪れた錫杖岳では、頂上に抜けるルートを登攀したが、この山の全容がよくわかり、これまでとは違う感動を味わった。ルートを完登した喜びもあった。 最近はできるだけ山全体の構成を把握し、その山の持つ良さを見つけ出すように心がけている。錫杖岳は先日8月30日の訪問で9回目を数えた。四季折々の顔を見ながら、訪問する度に違う良さに触れてきた。特に地形の持つ独特さが気に入っている。 さて、明日から再び錫杖岳を訪問する予定にしている。10回目である。はてさてどのような新たな発見があるか楽しみである。
2009.09.04
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私は、7月21日付けのブログ日記で、山の登り方(山のプロセス)の大切さについて書いたが、その中で、私の好みは、山の頂に向かうルートの取り方の面白さと創造的な工夫の楽しみであると書いた。 実はこの記事を書いたときに、すでに一つの登攀したいルートを秘めていた。錫杖岳の「見張り塔からずっと」というルートである。このルートは錫杖岳の頂上に抜ける変化に富んだバリエーションであり、私の好みに叶うものであると認識していた。 そんな折り、私のブログを読んだSクラブのHさんから、賛同のメールが届き、私と同じルートに目を付けていることが分かった。そこで意気投合し、一昨日の30日(日)に登攀することになった。 当日は曇り空でガスの巻く天候であったが雨は降らず、快心の登攀を楽しむことができた。Hさんに感謝したい。彼は輝いている隣人の一人である。登攀記録はこちらから・・・
2009.09.01
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