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チヌマンダイとは 血は万代続くと解してみようか。 島是 である 誠のこころを歌っている 打ちじゃしょうり じゃしょうり 誠うちじゃしより チヌマンダイ ジャーショリ 誠うちじゃしば ぬまたぱじかちゅんが チヌマンダイ カーチュンガ イサソイソーイ イサギヌナーササ 私の心を見せてみたいのだが 見たとたんに 辟易するであろうから 今年は オブラートに包んで言動を慎みたい今年の抱負として チヌマンダイの歌を 蛇皮線で弾いて歌えるようになること NPO うんぱる舎(仮称)を立ち上げること 苗木の自営業を開業することこの三つの夢を掲げることにする。 この焼畑の農地をいかに生産性の高い作物に転換できるかを1年がかりで模索してみたい。田んぼに変るか池になるかもとの雑草地になるか黒ブタの放牧地になるか・・・・来年の正月をお楽しみに元日そうそう夢の叶う夢をみた 札幌から来てくれた ナオミさんが夢をもってきてくれたのだろうか「北の国から」 があったので 「南の島のピービー(日々)の暮らし」が、あってもいいとおもうので 気ままに ブログ日記書きつづることにしたい。 よろしゅーる おつきあいお願いします。
2006.12.31
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山羊を牛小屋に移動したので、雑草防除のため焼畑農業にきりかえてみた。のではなく、雑木を切ったあとの整理の為に焼畑農業を試みてみた ちゃんとした畑をつくるための準備をしているところである。これからは、この空間から生活費をかせがなければならない。 リクエストのあった大晦日の落日は天候のせいで写せなかった。が、伊東さんに会ってチャンカニの木を頂いた。ロックガーデンの記念樹として植え大切にしたい。 伊東家の庭は手入れが行き届いてよく管理されていて、与論島でも指折りの庭である。正月飾りを記念撮影飾りのいわれと呼び名がいまいちわからない。宿題を与えられた。 来年早々記念植樹をしよう。 来年もよろしくお願いします。
2006.12.31
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按司根津栄神社にお参りしてきた。きれいに掃除が行き届いていて気持ち良かった。これからまず一番に門松たてるとしよう。 その前に、一昨日の寺崎海岸の日の出と昨日午後から楽しんだ庭弄りのあとを写真で紹介します。1年経ったら どのようになってるだろうか・・・。 今日は曇り空で夕日は期待できそうにありません。 いり(西)の方角を高台から撮ってみようと思います。
2006.12.31
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断酒してやがて9ケ月がやってくる。マラソンのイベントで瓶ビール2本もらってテーブルに腰掛けていたが取材にかけずりまわっている相棒がいないので独りでビール飲んでいた。隠れて飲んでいる気持ちのせいだろうか美味しくなかった。 後味の悪い夢をみてしまった。現実は昨日のつづきのロックガーデンとはいかないが変な石組みを楽しもうと浮き足だっているが寝坊してしまった。 深夜起きてブログ読んでいたら庭師の仲間が書き込みしてくれた。ますます私の夢がひろがっていく。 あとで変なサンゴ石を写真で紹介します。アドバイスを期待しています。 今日の映像はクリスマスイブのときの従弟の子供の先に来ている子供たちです。 このあと私が早く寝てしまって、全員そろったにぎやかだったそうな写真はとれていません。 元気で笑えるときが一番幸せです。 ここは奄美十景の撮影ポイントです。いつか 百合ケ浜の写真を載せてみたいと思います。
2006.12.31
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あるブログで夢とうつつを読んだ。夢が現実でうつつが夢であるといったのが江戸川乱歩だというのだが。時々、夢が現実になればいいのにと思うこともあるが望まぬ夢をみたりするすることがあるのでやはり、今のままの世界であってもらいたい。 長女が帰郷したので母の味方が二人ふえてご満悦顔。 今日は共同墓地の清掃日。そのあと、お墓にしめ縄と門松たててお墓参り。自宅の門にも門松たて 白砂まいて 正月の準備 したの娘はアッシーしていると今出かけていく1時間前に上の娘のアッシーしてきたばかりなのに。何時に起きて来るのか また、母上は何か小言でもいうか楽しみ。たぶん、僕とおなじであっそー。 自分で責任とってもらうしかないよと教育したつもりでいる。 水平線の写し方で上手下手がわかるというからお手並みがわかりますよね。 与論穴から 夢の世界を覗いてみました。男前さん 与論で撮った写真のお母様と奥さんの顔が海の向こうからは見えていますよね。 大晦日の夕日と元日の朝日が撮れるといいのだけれど。
2006.12.29
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モーツアルトの曲はBGMには適している。私には、みんな同じように聞こえる。名前が付いている交響曲はそれなりの気分できくことはあるが、全楽章をきくことはよっぽど暇のときである。 それに比べて、第九、とか運命は気分の転換や高揚の目的意識を持って聞く場合が多いもちろん、聞き流しが多いけれど。 第九の時期がやってきた。合唱まで落ち着いて聞く時間をもてるだろうか。演奏者やレコーディングによって好みが違うということまではわかっているつもりではいるがその時のおかれた状況で鑑賞の質が違うように思う。 昨日は写真撮影のあと天気が悪くなり寒気が押し寄せてきている。元旦の朝日が拝めるだろうか。昨日の写真の続きを載せてみよう。
2006.12.29
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久しぶりの朝日を拝んできた。午前中は休みをもらって保養地開発の企画者に会って話しをしたいと思っている。住民の希望を聞いてもらえるといいのにと思い立った。 僕の愛車 ドラゴン号愛犬 犬のチレット
2006.12.28
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41年生と31年生の退職祝いが職員互助会の主催で意義深く盛大に行われた。町長・助役・教育長さんはご満悦であった。互助会職員も大いに燃え尽きた感じで送られる大物二方も感激している様子をめにしながらも一緒に酔えない寂しさを感じながら家路についた。 あらためて職員互助会の大切さを実感した忘年会でした。私の職員互助会の入団式は田中満両会長のもと巴里屋で行われた。与論献奉を断ることが出来ず酒は人を知る近道人生 に足を踏み入れたのもここからであった。 「盛と泉」の会と称して(ブルーコメッツの歌と満了先輩の娘の名前から)互助会には積極的に参加したつもりでいる。 あれからやがて30年職員互助会主催の催しのたびに役場職員の企画と演技やその他の隠された能力が発揮される数々の舞台を見てきた。この能力をフルに生かすことが出来き兼ねての仕事も個性豊かに展開し住民サービスが行き届いてきたと思う。 職員の互助のおかげで何も出来なかったが役員の職にも就けさせてもらった2次会はいつもオアシスだったと思う職員の和・輪・話・環・わ・・・・を分かち合って酔いしれた。 歌手 佐々木周治と飲んだことなどが思い出される。 職員互助会の活動を絶やさないで自由な発想と企画でもっともっと活躍していただきたい 町長は職員人事に互助会での活動能力などを評価して欲しいものだと兼ね日ごろから感じている。 お世辞はいらない評価が欲しい。縁のしたの力持ちがいっぱいいることを評価できる上司でありたいものだ。 兎に角、良かった・よかった。めでたしめでたし・・・。チヌマンダイの曲など歌ってくれた「岡山さぶる組」の皆さんありがとうございました。次は飲みまくって踊り狂ってみたい。
2006.12.27
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CDを聞きながら夜明けを待っている。なかでも「みじかくも美しく燃え」の曲が好きである。TVで見たと思うがストーリイよりも画像が印象的だったように思い出すもう一度みてみたいものだ 昨日のパーティは全部で13名ベストドレッサーはサンタに扮したアイバーンに決まった次回は衣装をこらして参加しようこれまでに経験したことのない交流会ができたアルコールはワインが主でビールにブランディもありそれぞれ好きなものを飲みあった。残念ながらワインは香りだけで おーいお茶で我慢したプレゼント交換はモデムが当たったがどう使おうか 教えてもらうことにする
2006.12.26
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沖縄 那覇港を出航すると三重城と言われ航海安全を祈願する聖地 年内の仕事も後残すところ2日となった。今日は徳之島保健所から野犬の処分に獣医さんがみえる。私が2週間前に拘留した黒のレトルリバーは飼い主にひきとられてなかったら殺されることになるが・・・。 何度か注意した挙句の果てだとしたら仕方ないで済ませよう。犬に罪はないがと思うが・・。 ノロウイルスが蔓延しているというので、宿泊施設を案内し注意を促すのが明日の午前中までの仕事だ 今夕は作家、森瑤子さん宅でクリスマスパーティどんなお客が来るのか楽しみだ夜会服をもたないので雨合羽で仮装してでかけるとしようか農夫だったらそのまま地でいける 明日は退職者送別会教育委員会事務局長と耕地課長互助会職員主催の盛大な送別の宴になるだろう次は 我が身なれど楽しんでくるつもりである。 あれれ、2度寝したので寝坊してしまった。タイトルは退職後の仕事の名称にしようかとあれこれ思案しているなかの一つやま学校 やまぐ学校 やまぐ愚塾などうんぱるとは 「海と畑の学校」初心の気持ちで海を耕したり畑を耕したりする場所カルチベイトする空間を作りたいと思っている。パーマカルチャーを一生かけて追求していきたい。年寄りから子供まで賛同して来てくれる方々の集まれる小屋をつくりたいまずは高校時代勉強部屋に使っていたガボチャグループ倉庫の一室をかたず付けて本棚と机を工面しよう出来るだけ手作りでそれと3Rの工夫をしよう。リサイクル担当の実践講座も兼ねて 娘が朝帰りおはよう。 さわやかな朝である。 那覇港の朝開け与論島に向かって出航
2006.12.26
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自然保護を考える。生き物の再生をめざして。 初 見 日 (あたびく とは 蛙のこと) どんこびっちょ(あたびく) は どこにいるの 観光協会Mさんから,電話くれとのことで紹介された方は京都大・大学院生でヨロン島に生息するカエルについて調べたいとのことであった。特にヒメアマガエルについて確認したいとのことであったので案内することとなる。 折りたたみ式の自転車をライトバンに積んで,水場を探しカエルを見つけることにしたまずは立長の秘定井(ピジョウゴウ),水たまりはあるけれどカエルは見つからない。おたまじゃくしが居るのでどこかにひそんでいるはず。 次いで自宅に案内する。鳴き声の違いで3種類はいるだろうと思っていた。いたいた,学生は右手をエイとさしだしておさえつけとらまえた。ヒメアマガエルに間違いないとのこと。またリュウキュウカジカガエルが数匹つかまった。ハローウエルアマガエルはバショウの葉の中に隠れているだろうが見つからなかった。田圃など水溜まりを数カ所回ったが,成果が上がらない。とうとうまた,立長の湧水地に行くこととなり草むらを探すが見つけられず,草道を上へ上へと歩いていたところ,ホウロクイチゴの葉上でくつろいでいるハローウエルアマガエル見つけた学生君,両手で上と下ではさみこんだ。痛・・・・・イチゴの棘にささったのだ。彼はそれでもめげずにゲット。これで彼が目指していた三種類のカエルを確認することができた。よかったよかった。 私としては記録(与論町誌)に残っているヌマガエルも見つけたかった。 次に,ピャーヌパンタの湧水地に行ってみることにした。いるいる,小さなリュウキュウカジカガエルが,これが大人になったら,カジカガエルの,虫の鳴き声のような大合唱が聞こえることだろう。数匹つかまえたあとは,時間もきているので宿へ送ることにした夜間の調査もするとのことだったので「暇があったら来るかも知れない」と言い残し戻ることとなる。 オリンピックを見ながら夕食を済ませると8時前だった。妻もついていきたいと言うので運転してもらうこととなる。懐中電灯が見つからず(星空観測に使ったあと行方不明)隣の家から借りてきてさあ出発。宿屋をたずねたら彼がでてきたので成果がでそうな昼間の捜索場所を廻ること2時間半,やはり自宅の庭で多くを見つけることができたが,ヌマガエルはとうとう確認できなかった。鳴き声でも聞かせてくれたら良かったのに・・・・ 久しぶりの夜の捜査はちょっぴりの怖さと,見つけたいとの好奇心で妻とともに満足。ビール一杯でもと夜の街へくりだし,彼の進路などを聞き出しながら話しがはずんだ。二件目で,与論献奉を伝授しようと訪ねた行きつけの店は閉店。12時もすぎているのでもうもどろうということになって,今日の一日はおわりとなる。 H。16.8.17 竹 酔 日 初見日 アサギマダラ じたくにて H・16.10.23 オオゴマダラがみつけられない なぜだろうか アサギマダラをまだみていない サシバが鳴いて1週間ぐらいすぎた モンシロチョウだろうか 叶(メーギシ)でみかけた 何にたわむれているのだろう アサギマダラ初見日 高校南坂道にて一頭 H・16.10.21
2006.12.24
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雨降らば雨降る想いに 風吹かば風吹く想いに そぞろ人の世のはかなさを知り ハイソサエティのメッチェンと恋をするのが真の恋であって 下町の娘と恋をするのが真の恋でなかろうと誰が言えようか 花は摘むべし○○○の百合 酒は飲むべし百薬の長 女は抱くべしこれまた人生無常の快楽なり いざや謳わんかな踊らんかな狂わんかな我らが応援唄 アイン・トゥバイ・ドゥライアサー どこの応援歌だったろうか 間違って覚えているところが多々あると思うので誰か正しいのを教えてくださらないだろうか 昨日、沖縄からもどってきた「琉球神開」にであってからいろいろ考えることがあって今に続いている今回の旅行で一応自分なりの答えを出すことが出来た先祖を供養することで自分の精神を高める修行であったと思う おかげ様で断酒を続けることが出来その上自分の行いに自信がついた 公務員の職を辞め新しい人生の旅立ちに喜びを感じ希望を持つことが出来たことを女房とともに確認してきた 十二支廻り(御獄廻り)の最後の勤めは伊平屋島と伊是名島であったが天候が悪く船の欠航で行けなかったので東海岸・北の方角の辺土岬・南・西の海岸を廻ってきたお蔭様で琉球の歴史と地図を知識に加えることができた これから与論の歴史と琉球の係わりについてもっと調べて行きたいとおもっている先祖の神々に感謝し与論神道の教えを探求して行きたい 私の守護神は大舜といわれているので大舜童子と受け止めることにした わらびです これからも よろしく 「琉球神開」については 「琉球神開」のホームページでご覧下さい
2006.12.24
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沖縄から無事に帰りました。娘の若葉マークの車で迎えられ久しぶりの親子の夕食をすませ隣の家族が遊びにくるのを待っています。子供たち6名の予定だがケーキ足りるだろうか。 鳩間節で有名な島民謡酒場「鳩間島」吉川忠寿さんの蛇皮線と歌に酔いしれました。手拍子と指笛・手踊りで目だってきました。与論のことも宣伝してもらいました。コーニーズという名前のグループで東京テレビでも出演するそうです。応援してください写真は次回をお楽しみに。 映像は中城城跡で冬至の行事朝日を拝む行事で踊ったエイサーのメンバーです。写真を撮る時ハイポーズ 泡盛 だとさ 子供たちが来てにぎやかになりました
2006.12.24
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信濃なる 穂屋のすすきも 風吹けば そよそよさこそ いまはほしけれ (読み人と知らず) 霧が峰が御射山祭事の場所として文献に現れたのは平安朝時代の「袖中抄」に御射山祭を詠った歌が初見である。 妹慶子が松本に嫁いだのでヴィーナスラインを走ったことがある霧のすきまから 小諸なるを ながめたことも 松本から信濃の宿場街を抜け 軽井沢を散策し 新幹線で東京に帰ったのはいつのことだったか 長野オリンピックの1年後のような気がする 今日の沖縄行きは 川で子供と溺れ死んだ妹の供養もかねている 本当に人の魂があるのか あるとすれば どんなかたちで存在するのかにも興味がある 神は信ずるが 当てにしない方がいいと思う いつの間にか 時間が過ぎた お茶を持って 井戸に参ろう
2006.12.20
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夜中に起きてパソコンいじっているところに妻も起きてきた。モーツアルトのCDもってきてくれたので聞き流しながら昨日の続きの古い日記の続きを書こう 雲ひとつなく青空が広がった。冬は季節がら何となく淋しい。夕空に白サギが2羽、東の方へ飛んで行った。ツルゲーネフ、「父と子」を読み終わって、処々の会話が頭に浮かんで消えていくあの感動の一瞬であった。西の空にはジェット機が音もなくゆっくりと動いている。ビルの上に見る西空は紫がかった茜色に染まり、一日が暮れるのが早い。書いている窓の外に金星が見えている昨晩、風呂上りの空に木星も大きく輝いていた冷たさと街灯のため戸外で立ち尽くして星を眺める気にもならないオリオンなど冬の星座もはなばなしいが、小さな星たちの数が少ない田舎の冬空だったら・・・と仰ぎながらいつも思うカシオペア・アンドロメダ・ペルセウスを語ることもなくなってしまった田舎に帰れば再び星の美しさに魅かれることもあるだろうか? 定期が今日で切れてしまう。その定期を使い技能検定講習会を受講しつで、火曜日の予約を取り消してきた。学科講習が終わらないと3段階の見極めができにのだ金曜日まで技能はお預けになるその間、読書に精をだそう。 新田次郎「霧の子孫たち」は霧が峰の自然を守るため立ち上がった 地元の文化団体の人々を書いた小説である自然破壊につながる有料自動車道、ヴィーナスラインの延長阻止運動を小説化してあるが、つまらない物語だ。自然保護、観光公害など興味ある問題はあったけれど、どことなく納得できない点もあるようだ。自然保護・保全、観光開発などについてその道に素人の小説家がどれだけの真理を書けるというのか、、?この命題はとても難しいものだ根本問題、方法論がさまざまに出てくるべきである。もっともっと議論し突っ込んで欲しかった科学は小説にしてもつまらないものであるかも知れないそしてこの小説も、つまらないものでしかなかった小説を離れて自分の意見「観光公害」「自然保護」などについて書くべきかもしれない いずれ、卒論でも触れなければならない・・・が人間はあくまでも自然の一因でならなければならないのか納得しきれないところがある又、開発か保護かという点でどっちとも言えない場合もあるだろう価値の判断はとても難しい事だと信ずるさて昨日、今日と約10時間かけて「父と子」を読んだ父と子の断絶を書いているわけで身近にも起こりえる興味ある題である。 アルカジーに魅かれながら読んでいた。小説の面白さってなんだろう知的な文章いいまわし自分の想像するような主人公像素晴らしい恋そういったところであろうか。僕は魂をえぐるような会話が好きだ議論するところ愛をささやきあうところ木の葉のざわめき自然を唱っているなど・・・日本文学にはない感覚の叫びが外国文学には多く見受けられるようだどうして外国の小説をより好きなのか今だはっきりしないがやっぱり違うんだ憧れている事象が外国作品に多くみられるせいだろうか人間の心理を深く追求しているんだな・・当分小説とともに暮らそう 解説では主人公をバザーロフとしている彼のことを始終批判しながら読んでいたあの性格を好きになれないニヒリズムにも反発するアルカージー父子のたちが好きだ人生について死について少なからず考えさせてくれるいい作品というものはさまざまな想念を読者におこさせるものである 悩みは数知れず 喜びもまたしかりふと思い出すことあれば小説読んだ幸いなり 昭和51年12月19日.日(晴れ)より転記
2006.12.19
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自然の地形を利用したと見られる井戸であった。埋められる前にと思い撮った写真である。一応、教育委員会の文化財担当には連絡をいれたがしらべてくれたかどうか関心がないみたいな対応であった。せっかく、学芸員の資格を持った職員もいるはずなのに おねがいしますよ教育長 吉田学校が泣いています昨日の佐藤さんのお祝いは盛大になされたであろうか。奨励会の幅広い活用を期待しています。
2006.12.19
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ひょうきんで昨夜、 会いたいと思っていた竹内さんのお話がきけてよかった。「発想」の面白さを新たに感じさせられたダメだといわれたらどうしてダメかと切り込んでいく勇気と実行力が必要 マスコミが騒ぎたてたら知名度も上がるマスコミを呼ぶのではなく話題をつくれば人はやってくるトウモロコシはどこにでもあるがとうもろこしの ひげ だけについて1時間しゃべれる人は少ない これでもか これでもかと追求する探究心が 特許につながるのだろう彼らの与論談義は延々と続いたであろう 今日の、面白科学実験は光の屈折 東京理科大学の先生が講師小学6年生が対象のようである。万華鏡あたりがでるのであろうか。 プリズム実験などを思い出す。今日の受講者のなかから 未来のノーベル賞科学者が出るかもしれないあるいは、特許により与論の財政を救う大富豪が出るかもしれない 夢を膨らませよう
2006.12.19
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「父と子」ツルゲーネフを読みはじめた。ペトローヴィッチ・・などの呼び名にも今は慣れたトルストイの「アンナカレーニナ」「戦争と平和」などで読み慣れたせいであろうトルストイの作品はもっと読んでみたい「復活」など未だ読んでいない神田の古本屋で例のトルストイ全集を目にしたがとても高くて手に入らない・・・30,000円だったと思う。「罪と罰」を買ったドフトエフスキー、ツルゲーネフは難しい部類にはいるということらしいロシア文学が分るようになれるといいロシア文学全集より(ドストエフスキー・プーシキン・ツルゲーネフ・ゴーゴリ・トルストイ・・ショーロホフ) 小説をそんなに読んで何になるのかと思うこともあるただ「あの本は読んだことがある」というためにまた、「本を並べておくため」に読むのかもしれないこれまで読んだ本で全く内容を忘れたものもある有名な小説なのだけれど二度と手にすることのない本もある・・・が、何度も拾い読みする大事な本もあるそんな本があることはとてもうれしいし、誇りがあるもう一度読み返したい本は会いたくて会えずにいる恋人のようなものであるでもどうしたことか今はそれを手にすることはないその暇があったら、他のいい小説にめぐり合いたいと望むまだまだ読まなければ読みたい本はいっぱいある 日本文学(小説・詩集)現代小説(五木・新田・大江・その他)世界文学全集、自然科学書・・・いつになったら、今読みたいと思っている本がみんな読めているだろうか?テレビやラジオをやめて少しでも多く本に親しみたい。 12.18(晴れ) 桜のころの熊本城を歩くと また 違う情緒を味わえることだろう 6時になった 未だ外は暗い
2006.12.19
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寒いので寝床から出るのがつらい・・、もう少し・・、などと布団にしがみついているとトロトロと眠りに陥り夢をみてしまう・・、夢は一瞬に多くをみるものらしい。田舎で同級生のYと長田(地名)を歩いているとカボチャが水害にあって生育が良くなかったキビも小さい・・、失望してそこを抜けると早苗さん宅前にきているビワの花が咲いていた。(昨日、新聞のビワの花の記事を切り抜きをしたせいか?)そのそばにライラックの花が咲いている。与論にライラックが育つのが不思議だと思いながら確かにそれがライラックなのがうれしかった。・・・などなど、まだつづくが夢は身近に感じていることをしばしば見ることがある夢には矛盾が多い例えば、今はカボチャの時季でそろそろ収穫できる頃なのにキビはまだ植えたばかりだった(サトウキビは春か夏である)そして次はビワの花(冬)が咲いているのにライラックの花(春)が咲いている イミヌプリムヌ(夢のいい加減さ)と祖父が言ってた夢はおもしろいし、楽しい。 自動車教習所を出て、溝ノ口駅まで歩いて経堂にいくつもりで途中古本屋に寄ったチャタレイ夫人の恋人など気になる文学全集を目にしたが、経堂の古本屋で求めるつもりで快速に乗り12時半ごろ着いた昼食を注文したが食が進まず(とてもまずかった)ごはんを掻きこんで本探しに向かった。父と子(450)人間の絆(850)怒りの葡萄(1000)セェークスピア(450)罪と罰(350)を購入。ファーブル昆虫記・全10冊 10,000円は見ただけ No 103 12月18日 土(晴れ)
2006.12.18
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職域バレー大会には顔出ししたが選手の面々を見ると往年の名選手そろいでやっぱりいでたちや迫力がちがうと居ずらくなり、惜しむらく有効な時間を使うためNPOチャンプルー今井代表を捜して島内視察に加わった。先生はギリシャ村「カフェ海」で、ギリシャ村主催者阿由葉さんと漁協・岩下さんの案内で視察場所を検討しているところだった。丁度、私が話題に上って、噂をすれば難とやら・・・自宅の庭や西区にある歴史にまつわるサンゴ岩の群れや城地域の集落形態などの案内をしてお昼にわかれた。 今回の現地案内をしながら、今回の講演会で得た物の大きさを確認することができ、益々希望を燃やしている。 人との交流をとおして、人的な財産がいかに大事なことを教えられた。幸い、今週伊平屋島に渡るので「海の学校」の校長・漁業協同組合長に会ってきたい。石垣島で「宮良殿地」の庭をみたときサンゴの石組みの庭をつくろうとおもい描いてから20年以上が経つ。まだ実になっていなが 珊瑚ちゃんぷるーの石がごろごろ庭に集まってきているどうかしてよと言いたげな表情の石が微笑みかける。 昨日は午後からサンゴ石と浜砂利で畑の境界線を形どった平行して元牛小屋、今倉庫を片付けて山羊をつなぐことにした野放し山羊が囲い山羊に扱われるがヤギさんにとってどちらが幸福だろうか ウメー物食わせさえしたら雨風しのげる小屋のほうがいいに決まっている 山羊りの私チョット洒落になりません。
2006.12.17
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古い屋敷から引き継いでいる庭石 今の屋敷は古い屋敷をそのまま使い80センチ埋め立てて方位も同じにして建てた 昔の面影をのこすのがこの手水鉢置き石である今は神事の時の 送り石として大切に扱っている この岩を主軸にして雑木の庭を手がけて25年たった25年前はこの岩だけが赤土むき出しのなかで何かを待っていたはずである不恰好で石組みとは縁のない姿にいつか手を加えたいとおもっているが周りとなかなか調和がとれないので今の今となっている。 断酒の転機にと少しサンゴ石を添えてみたが未だ 構想が浮かばない 東の庭からそろそろ手がけていくつもりですこしづつ整理しているが庭師のアドバイスが欲しいところである本意は枯山水の石組みにしたいのだが手法がわからないのでどうしようもない あと10年がかりで完成させたいと思っているので相談相手を紹介していただきたい 農大の先輩後輩ご同輩飲み食いただで遊びに来ませんか こら食えんとおっしゃらないでついでに 観葉植物など 苗木商売のかたなどただ同然のものを価値あるものに見出してくれる島救い人 救世主をさがしています。 あっせー なぐりゃーやー もりくぼ と てぃーぴちたばーり たんでぃ にげーしゅんどーやかたー あんにゃーたー わいたんでぃ はっしゅるびちゅやー びちゅぱぜーちゃー ねんがねーし うっとぅりゃー ばちはぶらんがねーしたばり 雨もやんだようなので そろそろ活動しよう おはようございます。きょうもよろしく
2006.12.17
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おけいちゃん「松山恵子」さんのステージを中学校の体育館でみたのが歌手の生出演の初めての体験(中学生)であった。尾崎清彦さんの「また会う日まで」を聞いたのは又も、中学校の新装体育館だった。二人とも小柄なひとだったこと、それに似合わぬ声量に驚いた 時をへて 文武両使いのホール(砂美地ら館)ができたお蔭様で今は、多目的体育館でいろんなステージ・講演がきけて利用度の高い施設になっている。 今日は職域バレーボール大会久しぶりにスポーツ競技に参加する。 くれぐれもケガや事故がないように真剣な心構えで参加したい。 なにもいわず そのままそっと 汽車に乗ろおとおもったものの 駅の喫茶のプラアットホーム いつかかけていた ばかね ばかだは わたしのみれん さようなら さようなら お別れ電話の 切ない言葉 好きでないなら・・・・ 講演会の帰りに久しぶりに「酒処・いっか」に寄った。客がいないのを みはからっていつものごとく四方山ばなし妻と和解してスッキリしたと歌った歌は お座敷小唄に 橋幸雄 わけははきくなと大利根川へ 水にながして 歌う花 だってあの子かわしもよ 潮来傘 歌の練習しているのに忘年会の誘いが一件もない今日の打ち上げ会では 献奉のかわりアカペラで歌でも歌おうか
2006.12.16
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夢なら覚めないでおくれ 現実なら消さないでくれ 沖縄研修で洋上から伊江島を望む (デジカメ練習撮影) 月下の講釈 犬のチレットと朝散歩 7時前だから明るくなっていた 台風27号といえば どこにいるやら 雲と風の流れが違う ちりちりばらばらではないと 電話が届いたゆうべ (地理知里薔薇腹) 眠れなくて 隣の新築の工事現場で酔い 酔いつぶれでした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 朝・スッキリ 上空は 上弦の月 私が酔えば 月も酔う 月が酔えば 私の影も酔う 時すぎれば 月も酔い 花も酔い 歌うならまさしく酔う 父・母をたずね なみだながら 酔いしれる 妻を大切にしようか そうあるべきと 友のいう まーあま それでもいいかな H。16.12.5 竹 酔 日 千里千里1,000里通信 様 2005年5月 出版予定 与論島(琉球の原風景の残る島) 関西大学教授 高橋 誠一 共著 市井のひと 竹 酔人 中西様与論島 おこしのさいには たくさんごちそうになり よいしれました。 ありがとう ございました。 このたびは こうきゅうなおかし いただき おいしく つまとわけあっていただきました。 あまりにも おいしくて ともだちにも わけました。 飛行場の ほんが うりきれましたので 50冊ほど おくってください。 ぼつぼつ なのでしょうか。 づっこけ3人組 のさっか なす せんせいともおあいすることができ よのなかが すこし ひろがりつつあります。 沖縄タイムスの コラム唐獅子 に 隔週の金曜で登場することになりましたこれも 高橋先生と ナカニシヤ出版のおかげさまです。これからも どうぞよろしくおねがいします。 竹 盛 窪
2006.12.16
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「沈黙の春」と「狂ったサル」は私にいき方を教えてくれた著書であり今でも時々てにふれてみる。 セント・ジェルジ博士の語る「未来とは何か」はもう一度じっくりと読み返してみたい 国弘正雄訳 「狂ったサル」より いったい憲法のどこに、どの条文に両親とその子供を引きはなし、彼らをして政府の愚かしさと邪悪さとがもたらす戦争に参加することを強要しうると書いてあるでしょうか。個人の自由という、われわれにとってもっとも慕わしい権利を奪う、巨大な、うとましい力はいまようやくその正体を明らかにしつつありますが、それを覆いかくしていたものは、はたしてなんだったのでしょうか。 憲法のどこに、この世のすべての貴重なもの、時には生命自身をも放てきし、野心に満ち悪しき政府の目的に応じるのが、アメリカ人の義務であるなどとかかれてあるでしょうか。 無制限な徴兵権をもつ自由な政府というのは、かつて人間の心に浮かんだ思いのなかで、もっとも滑稽な、いとうべき矛盾であり、愚挙であるといわなければなりません。 (ダニエル・ウェブスターの演説の一部) 小浜の海岸 父が母にプロポーズした場所私がこの浜に10年がかりで海岸植生を試みるつもりでてがけています。そのための写真です季節や日時を変えてたびたび紹介します。お付き合いのほど よろしく
2006.12.15
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ちゃんぷるーは沖縄語チャンドラーは英吾 雑貨や夢窓国士は 造園語 禅語 沖縄チャンドラーさんのおかげでリサイクルセンターの業務が計画してたとおりに始動している。ごみの再生利用が私の役場勤務の仕上げの仕事になるであろう。のこすところあと3ケ月あまりになった。 リサイクルセンターの担当のMさんのおかげで小組合説明会も順調に進められているようで周りの協力に感謝している。 昨日の 観光産業振興に伴う人材育成講座の講師はNPOチャンプルーツーリズム協会 会長、海の学校 代表 今井 輝光先生「全国で実践されている地域おこし~その失敗と原因」為に成った。 宮崎緑さんよりは はるかにと 私にとっては思った 自分に自信を持つこと やるなら日本一をめざせなるほど びりになるにしても 日本一になるためには10年すれば良しに付け 悪くにつけ 結果がでる いいはなしでした。私の目指す 日本一の庭作りを見せて指導をあおぎたいものだ難茶って思い 夢想国士の夢をみた 又も夢の話かと飽きられてしまいそう。
2006.12.15
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こまめに用足しに起きたが、そのたびに夢をみている。自宅の火事で、ボヤを消す妻と長女と自分とそしてたづねてきたので手伝いを頼んだ長女の女友達 水道のホースがうまくつなげず火事は燃え広がりもせず消えもせずでやきもきしながら目が覚めた 海岸の護岸工事現場にでくわした海中公園特別区域内である仕方ないから残された区域の保護に力を入れようと反対運動者に呼びかける 旅行中行きつけの宿泊所が満員で代わりの宿を思案しているところ与論のグループの宴会にでくわしたいつの間にか手にはアルコールのコップが手渡されている 口に含んだがここで飲んでしまったらこれまでの断酒が水の泡 川辺によって吐き出した水中では与論の親方が使っている外国人労働者が護岸工事のため必死で働いている いみぬぷりむぬ(夢の不思議さ)と方言で表現するが夢は 自分の心理状態を映し出す鏡である 岩波新書は数冊しかよんでないが宮城音弥さんだったかの 心理学の本を読んだ覚えがある。フロイトには関心はあったがあまり共感しなかった。 「眠りと夢」には関心があったのでみた夢を記録するなどして 夢の自己分析を楽しんでいる日常生活をしている。楽しくて快感が伴うのが 自由に空を飛ぶ夢であるここのところご無沙汰しているが今が一番空を飛んでいるような生活をしているからであろう 祖父の夢占いでは坂を上る夢がいいという登りつめる前の段階で目が覚めること登りつめたあとの夢はよくない 昨夜の火事の夢は消し止めなくて 正解 と いい方向に解釈するのがセール星人 さてさて週末を迎える。今夕は 雇用促進事業研修会 明朝は寺崎拝み場所の清掃(神どころなので数名で)日曜日は職員バレー大会 役場職員互助会チームに名前をのせてもらった(退職記念に)めだたなかったけど昔は上手かったと影で自分が言ったのを聞いていたのかもしれない誰も言ってくれなかったのでスポーツ音痴ではないといいたかっただけでも名がのるだけでも あとわずかの職員互助会名簿に選手として参加できるのは正直にうれしい互助会長としてあまり任務を果たせなかった反省もこめて参加させてもらうそろそろよがあける。今日の天気はどうだろうか。潮風がよんでいる
2006.12.15
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長い夢をみた。山羊2頭に草をやる夢で、食べさせた飼料畑が他人の所有であることに気が付いてあわてている自分姿である。 海洋壮年の写真にでてくる役場OBの山羊の堆肥使用農業に心動かされたことと昨日杭棒を引き抜いてにげていた自分の山羊が植えたばかりのキャベツ苗を1本食べられたことが夢の元になっている。夢のなかで農協のおえらいさんから肥料無しでは野菜は出来ないといわれて 無肥料・無農薬・無管理農法 すなわち放任栽培が気になっているので 夢はじつによく 心理状態をうつしているとおもう。 私の見た夢がきっかけで今、大喧嘩中である。離婚しようということまで発展しているが人の夢にまで介入してくれることに腹がたつ。 新規一転するのはちょうどいいと あまり深く考えないので 私はセール星人なのか。 お茶がおいしい。そろそろ井戸にお参りして 潮風にあたってこよう。今日もいい日でありますように。 外は小雨だった出かけるか迷っている 離婚協議のまえに ブログでケンカの内容を公表し公開討論をしたらおもしろいかも・・ あとで後悔するだろうから やーめた 夫婦ゲンカは犬も食わないというが犬の散歩は彼女がするのだろうか・・。 犬が仲をとってケンカ両成敗 目出度し めでたし
2006.12.14
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かぎりなくさびしけれども われは すぎこしみちをすてて まことにこよなきちからのみちをすてて いまだしらざるつちをふみ かなしくも すすむなり ・・・・そは わがこころのおきてにして また わがこころのよろこびのいづみなれば 高村光太郎 (さびしきみち より) ポカポカ日曜日・・・、また独り暮らしにもどった。寝すぎたせいで頭がぼんやりしているそれでも何か書かずにはいられない。 Rさんのこと。Yさん、弟の話など・・。今日は一日じゅう机に向かっていたい。 昨日は、弟が横浜より鹿児島に発つので見送りのつもりで昼前にアパートを出た。梶山君と3人で東横線で・・、彼らはラグビー部の写真撮影のため白楽で降りる。僕は横浜まで出て、スーツケースをロッカーにいれて人ごみをかきわけて駅にはいる。再び白楽にもどり、神大グランドに弟と待ち合わせパチンコなどで暇をつぶしたあと横浜にでる地下街を通って三越へ・・、すごーい人混みどこからこんな人が集まってくるのだろう・・・7階オーディオコーナーで時間をつぶしたテクニック社の黒ノシリーズに魅かれた。弟がステレオに凝るとしたら黒のシリーズに挑戦するだろう・・ 人混みに疲れた彼を連れて、ステーションビルに行き喫茶でレスカを注文・・どこかしこも満員だ。 Eさんへのお土産を物色しているうちに時間がたって危うく汽車に乗り遅れるところだった。急いでロッカーの荷物を引き出し改札に向かうと混雑していて僕はホームに入れず彼だけが改札をぬけ急いでかけだした。 間に合ったかどうか心配しながら、東横線に疲れた体をあずけた。どうしてあんな失敗をしたのだろうか?時計のせい?それとも、不注意? 眠りがながかったせいでたくさん夢をみた身近なひとが出てくる夢は多い・・・Tが恋人になってボートに揺られていた・・、ハッピーな長い夢だったがほとんど思い出すことが出来ない。 「夢の中へ 夢の中へ・・行ってみたいとおもいませんか・・・」Rさんから手紙がきた。来年早々T学園を辞め、オペレーター学校に通う決心をしたこと彼女の父の病気のこと当分結婚なんかできそうにないことなど悩んでいる様子・・力になれるといいけど・・。 今夕忘れ物を取りに来るはずだったけれど手紙の様子では期待できないだろう。友達として付き合っていこうと話したのは今月の5日Yさんたちから逃れ、ふたりきりりで日暮れの道を歩いて送ったときこれからの夢、これまでのこと、静かな落ち着いた心の状態で話が出来る自分がとてもうれしかった。 それから一週間がすぎた。多忙にまぎれて、彼女のことを考えることもあまりなかった言いたいことのほとんどを話したから、 これから新しい生活が待っているあと数ヶ月しかない学生生活において、人生の主たるもの信念を育てなければならない。 12.13.月(晴れ)
2006.12.13
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人の世のはかなさを感じる日。 最近であったブログのなかにゲイル星とセイル星人という話を見つけた。2重人格の私にそっくりなので女房にもみせた。いまのところ私はセイル星のほうに少しかたよっていると思うが彼女がどう判断するか・・・。 衝動 なんといったらいいのだろうか 私の存在を意識させようとする行為 そう 自分の好きな♀に子供をはらませるための 一連の行為など 一度では止められなくて次々とわき上がる連鎖的な行動 それこそが人類を滅亡から救う 神秘的な行為なのであろうか 竹 酔 日 H.16.3.29 人権侵害と 妻に怒られました
2006.12.13
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をとめのすがた しばしとどめん あきかぜの 季節をすぎるあたりから カルタの句が時々浮かぶ 意味もなく 句の意味もかんがえなくも ひびきがすきであるからくちずさむ 今朝は晴れらしい 南の空に カラスが飛んでいるから そういえば 与論のカラス退治はどうなっただろうか。 林務担当でカラス退治に30万の予算を投入したことが懐かしくおもいだされるあの時の猟友会の方々元気でいられるだろうか。久保会長さんご存命でしたら90歳こしてるとおもうが・・・。何度かお会いしたがここのところ ご無沙汰してます。お世話になりました。 昨夜は8時すぎから寝たので睡眠のとりすぎだ。風邪に注意したつもりで眠れるだけ眠ったという感じ。今年は忘年会の声もかからないのでいまのところ平常なくらしをしている。 昨日は帰宅すると妻がマンゴー園の下草を払っていたので、枝の整枝を10分で程度した。研修したのと違うと のたまうので小学生と中学生とは指導の仕方が違うと同じで云々、果樹剪定論をぶちかまして自己流の手入れをした。今年の花芽の出方を期待している。今年こそ 放任栽培で実がつくかどうかのお楽しみ。 いい写真がないので与論の葬儀の模様を載せてみよう。 いつか、葬儀に関する作法等について書き残しておこうと撮ったものである。 これは ガンブタとよばれるもので埋葬した棺の上に乗せられるもので雨風をしのぐ社であろう。棺の埋めてある場所(位地)を示してて改葬(掘り起こす)する時に4角が分るように、 また、この社の痛み具合をみて改葬の時期をきめたりしている。もちろん社としての意味合いをもつので神棚と同じく 祭りのひには水の初・線香・お花・お神酒は欠かせない。改葬するまでは 家族と一緒の生活をしているのである。 ガンブタの前に 線香が絶えないのが望ましいがせめて自宅の神棚に手をあわせて欲しいと願ったうたがある 私があなたにしてほしいのは 色々あるが なにより欲しいのは 水のはつ初と花のみゆだ(三枝) この写真は 若い者にしきたりを伝承したいと思っていたところ彼は都合で 奉公人のやくがらを辞退したかわり この役を買ってでてくれた。奉公人の役目はいろいろ 忌み嫌いごとが多いので解釈は勉強したのちに書くことにする。 この彼の気持ちを汲み取ってかしらないが彼には 豊年祭典の相撲大会で ご利益がおりたらしい。 いにしえの おしえをきいても となえても わがおこないにせずば かいなし 泡さん よくわかりましたか。 おう とおとぅがなし
2006.12.12
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鹿児島県環境保護課より「奄美群島を世界自然遺産へ」のパンフレットをいただき、今後の活動について考えることがある。個人(故人)遺産として登録して自然を守れないだろうかとか・・。自然公園法までに及ばぬ小さな区域を、個人の意志により提供してもらい愛護団体で守り育てる仕組みである。すでに活動している団体もあるだろうからそのノウハウをしりたい。誰か情報を提供していただきたいものだ。 産業祭の園芸部会の展示の一角にオオゴマダラの蛹を3頭ぶらさげて置いた。 そのうちの1頭が羽化してくれた。その変身の姿にみなビックリして集まってみてくれた。希少動物保護推進員の役目柄、ちょと説明をしながら自然再生をよびかけてみた。 幾人か関心をもってくれて協力してくれるという。小学校などで説明する機会があれば 昆虫同好会の仲間に呼びかけることもできるのにとの下心から田中教育長にも見てもらった。 以前、小学校でさせてもらったが子供たちから今でも先生と呼ばれて照れくさいが、効果があること間違いないと思うが学校現場の対応はいかがなものか。 コースタルリゾートの造成が着々と進み今年度中に完成する。公共用緑地帯には植栽がなされ海岸の緑化も進んでいる。 潮風と台風に強い樹が植栽されて緑がましてきた。提案。 緑化樹が落ち着いてきたら蝶の食草を配植してもらいたい。特にオオゴマダラの食草 ホウライカガミを下草に植え、つるを枝にからませたらいいと思う。サルカケミカン(サーラキ)は侵入禁止区域としてネットにからませアゲハチョウをよびよせる。 ギョボク(パークジラ)を根付かせることができたらツマベニチョウの乱舞は間違いなく見ることが出来る。ハイビスカスの原色の花とツマベニチョウのツマベニの色は観光客のシャッターチャンスにいかされるだろう。 地被植物としてリュウキュウテイカカズラを植えるとツマムラサキマダラが見られること間違いない。 紫いろの高貴な色は都会に住む女性の目に止まること請け合いである。このチョウチョは近年、与論島に土着したことが確認された。その蛹の色はオオゴマダラの金色に対して銀色に輝くから 金さん銀さんとして 話題性がある。 ツマムラサキマダラは土着種として徳之島まで北上している。地球温暖化とチョウの北上の関連性を調べるのも面白い。 一昔前土着が確認されおなじみのウスキシロチョウはチョウの採取屋にとっては絶好のターゲットになる。固体差が激しく、羽の色がそれこそ千差万別である。食草の樹ゴールデンシャワーの花がこれまたオオゴンの雨が降るような美しさである。 メイチョウとして親しまれているリュウキュウムラサキやベニモンアゲハは私の観察しているところによると土着していると思われるが今のところ生息場所は秘密にしたい。 害虫にも虫の好きなひとは寄ってくる。タイワンカブトムシ・バナナセセリ・クロボシセセリ・キョウチクトウスズメガなどなど・・・。 チョウのほかトンボなど南方から迷い込んだものなど虫の気違い(虫キチ)にとっては予期せぬ出会いに胸ときめくたびの思い出になること請け合いである。 サンゴと花の島与論島で飾りたい花にゴクラクチョウ(ストレッチア)がある。ちょうはチョウでも花のちょう。 ホウオウボク・ゴクラクチョウカ・ハンギングヘリコニアなど原色の鮮やかな花を意識した緑化樹を植栽して欲しい。公共緑地についてこれまで色々考えていたことがあるが言い出せないでいたのでこのついでに。 保安林のモクマオウが複層林に変ったことを大いに評価したい。ついでに小鳥や虫・蝶などを意識した植栽に保安林改良を続けていくよう国や県に働けてもらいたい。おかげさまで、大金久の保安林改良がいい形で年次計画で実施されている。これは私たち林務関係者や自然愛好家が望んでいるかたちになりつつあるが、これは始まりでしかないと私は思っている。日本一の保安林にして 美しい百合が浜を眺めるための健康保安林に高めるためにはもっと工夫が必要である。 自然環境を考慮した保安林の管理が今後最も重要な林務行政であると思う。 世界遺産の登録も大切なことだけれど身近にある 保安林の管理 自然公園区域の管理など住民が一丸となってやることは多い。土地基盤整備や港湾などハード事業は終わったわけではない。その維持管理に意地と頭を使い 与論島まるごと博物館を目指して首長が舵を取ってくれたら応援隊は世界中からあつまり 与論遺産をができあがる。そんな夢物語を描いて 眠れぬ朝を迎える。 誰かこんな私の夢を売ってくれませんか。まず手始めに 皆田離れに海洋動植物住みやすい自然を生かした生態系を造作して個人遺産のモデルをつくれたらいいのに と思うこの頃。 もうひとつ。観光客誘致におもうこと。 あの人に会いたいから。 とおもわれるような 与論献奉に酒席の文化(施行方法)を高めよう。
2006.12.10
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師走の大きな行事になって久しいかつて担当だったせいで天気や人の集まりがきにかかる。 奄美パークの園長 宮崎 緑さんの公演を期待している。 「ちょう蝶の島づくり」には賛同するかたからコメントをいただきうれしく思っている。 方言で蝶や蛾のことを総称してパピルとよぶ「パピル・あいらんど」つくりを自然愛好会の方々と広めて行きたいと思っていたのでオオゴマダラの放蝶を契機に自宅の雑木の庭から始めよう。 しばらく鹿児島県昆虫同好会とも接触していないので、そろそろ機関紙「SATUMA]に投稿してみたい。内容は未だ読んでないが、馴染みの顔ぶれに新しい方々が加わっている。編集後記よんで、私のちいさな記録も大切だと思いもっと報告しなければと思う。 何よりもまず、断りなくオオゴマダラを移入した経緯を報告しなければならない。事後報告に意味があるので申し訳ない。 アサギマダラは来島しているが今年はまだ1頭もマークしていません。妻と休日が一緒でないとマーキングやはり一人では 恥ずかしいので 道楽ものとレッテルをはられるのが怖いから。
2006.12.10
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やっとこさ、オオギバショウを手に入れて植栽した。オオギバショウモドキをオオギバショウと間違えて買わされたときは腹がたった。念をおして注文した2回目だったから。植木屋としては失格だと思ったが、造園屋の看板がでたままそれらしき仕事を見たことがない。同業者(?)としていい仕事して欲しいと思っているが・・・? 写真は おきえらぶで旅人の木を分けてくれた末山さんと山羊です。ありがとうございました。 山羊だけ写りました。鮮やかな色の鳥居でした。高台から朝日をおがみました、いいことありますようにと。
2006.12.09
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昨夜から書き込みができなくてやきもきしていた。男前さんありがとう。写真は熊本市動植物公園内の温室です。先に載せたサボテンの写真はここで撮ったものです。今朝、サボテンを9本庭に植えた。生長がたのしみである。 オオゴマダラの羽化後の姿です。自然の状態で飛んでいる姿がうつくしいですが・・・。今朝も2頭 羽化してまだ羽をかわかすためぶら下がっています。
2006.12.09
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映像アップの練習。 タイトルを「サンゴ石とビルマの竪琴」とするつもりだったのに映像とタイトルが一致できず熊本旅行の写真を載せてみた。漱石の住んだ家も娘のアパート近くにあったが時間がとれなかったので次回まわし 海岸で珊瑚のかけらをひろいながら「水島いっしょに日本にかえろう・・・」とくりかえすオウムの姿を思い出す。 灼熱の太陽に照らされた大地一人で骨を拾う水島上等兵 子供のころ 教育映画というのがあった。那間小学校の校庭で上映された映画の思い出は多くビルマの竪琴のほか、東京物語のような、親孝行の映画(題名はわからない)だったと思う、など・・・。 当時は白黒だったので、灼熱の太陽と赤い大地の印象は大人になってから見た映画であろう。埴生の宿の曲と日本に帰りたくて帰れない 水島上等兵の葛藤が年をとるととともに深みをまして思い出される。 灼熱の大地で戦友の骨を拾う姿と海岸で珊瑚の石を拾う姿とをダブらせてみると何との 大違い。 反省もこめながらせめて打ち上げられたゴミをひろうことにしたい。 昨日は 知名町の民生委員の方が自宅を訪ねてくれた以前孫3人連れてオオゴマダラ見に来てくれたと話す 丁度蛹があったので2頭を分けてあげた兄弟島だから飛び交うといいねなどと話しながら 孫の活躍していることを楽しそうに話してくれた。 夜明けが近い、いつもの海岸に朝日を拝みに出かけよう。
2006.12.08
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奇しくも、十五夜の日にオオゴマダラが孵化した。32頭のうちの2頭。家のなかと庭で、2羽。オオゴマダラの移住計画が始まったばかりだがこれら32の小さな生命が与論の島の環境をより美しく再生させるきっかけになることをのぞんでいる。 佐渡が島の朱鷺を守る運動を子供時分にみたがそんな大げさなことでなくとも身近なところでできる小さな動きとして始めたい。 虫の仲間では、自然に任せたほうがいいとの考えもあろうが私としては待てませんでした。 オオゴマダラの再生を契機に私も自分の人生を新たに踏み出そうと思っている。「私のパーマカルチャー」の第3弾目である。 まずは自宅の庭から、次は皆田海岸の周辺で食草・ホウライカガミの自生するところをねらって始める。そのうち、賛同する方がのちからをかりて食草を植えてもらう。 ツマムラサキマダラ・ツマベニチョウ・リュウキュウムラサキなど蝶の好きなかたが喜ぶちょうな島を目指して。 熊本の公園の温室でサボテンをみた。これは私の庭では自然のままで出来ると思った。サンゴの砂とサンゴの石を使って ああそうかいそんな名前のサボテン見たときひらめいた 長男の好きだったサボテンを庭に植えいつか 帰ってくるのを気長にまつとしよう まつとしきかば いまかえりこん えー りこん いやいや 早く 結婚 聞かせてよね。
2006.12.07
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今年最後の十五夜踊りに参加するつもりで沖永良部の出張から帰った。家では「さんぐん」のお供えが用意されていた。月始め(旧暦11日)に忘れていた先祖の「水の初」と一緒に、さんぐん豊年祈願と感謝・無病息災・家中の安全を祈った。 役場に行く途中、按司根津栄神社にお賽銭とお酒を供えたあと琴平神社に立ち寄ったら奉納相撲の真っ最中だった。長崎夫婦を捜し、用意してあった与論十五夜踊りの解説書を渡しサークラに座している「ズッコケ三人組」の那須先生に挨拶してたら教育長によばれ教育委員会で用意していた十五夜踊りの解説書を取ってくるよう言われた。来客が多数いらしゃっている様子 豊賛会のメンバーは地主神社のお供えの片付けをしていた。おこぼれの御餅をいただき、豊年祈願したあと役場に急いだ。 仕事終了後は町民福祉課の座敷(3番組)加わり境内での飲み食い祭りはにぎやかに始まったが、本来の拝むべき氏子の集まる根津栄神社に急いだ。お祈りが終わり宴会に入るところだった。 祭り主のトキさんの健康がよくないので長男がとりおこなっていたが、いまいちお祈りに威厳が感じられなかった。 小雨が降ったので早めに「うーくい」をして一端、家に帰り、先祖に報告をしたあとお供えものを下げてお祭り行事が無事終了。 琴平が気になったのでも一度十五夜踊り会場に行ったがこれといって気が合う仲間には出会えず帰りに氏子(川畑)の家に立ち寄って相撲10年連続出場祝いと準優勝祝いの顔出しをした。 古里公民館からの優勝祝いの客たちと入れ違いに家に帰り一眠りしてたところに婦人団体の会合から帰った妻がテニスなかまの誕生会があるというのでのこのことついていった。集まった「スタジオ」のメンバーにはすぐ打ち解けることができ楽しく過ごすことができた午前様で帰宅した。 忙しい一日でした。お稲荷さんは与論にはありません。野田町で撮った写真です。薩摩の殿様のお嫁入りに立ち寄った場所とか・・・。 写真取り込み練習です。
2006.12.06
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2006.12.04
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なぜか方角を意識する。自然に親しんでいるせいだろうかそれとも、体の中に磁器が埋め込まれているのだろうか。昨日ハキビナ海岸で見た「茶泊り」の景色が頭に浮かぶ。明日は恒例の与論島十五夜祭りがある。今日から知名に出張で明日帰る。地主神社に拝むか迷いがあるが、今回までは役場のお勤めとして参加しよう。 よそでみる もみじなかれき クロトンの 若葉しげれり 与論の島は 他所で見る 桜なかれき しだらぎの 若葉しげれり 与論の島は (玉盛作) 春になると桜が咲いた知らせを多く聞くが 与論には桜の木がない その代わりに ヤブニッケイの若葉が茂り まるで桜の花を見ているようだ 祖父が詠んだ句である。昨日の生涯学習フェアで与論カルタが発表され 生徒の作品に 素晴らしい 絵と筆がそえられて展示されていた。清野さんのブログでカルタが出来上がるのを楽しみにしていた一人である。私も、祖父の句を提出してみた。テーマをきめたり、韻をふむなどの統一が示されたら何句かなんちゃっておもっていたが、大人の応募が少なかったのだろうか。方言に親しむための手段ではあるがもう一工夫がほしいと思った。関係者の方々に感謝。 アトリエ 「ノアノア」より 資光(玉盛) 語録 1960 余年頃のはなし 竹内T吉先生は 「老人は 感謝と お詫びの言葉 以外の話しをしてはならぬ」 選挙について・・・・ちゅうちゅうと なげきかなしむこえきけば 鼠のじごく 猫のごくらく しーしちゃみゃーのどん いくむいうち のむすめと パラジになった ろのうえも はにゅうのこやも 住む人の心にこそは たかきいやしき はかなくも あすのいのちを たのむかな 今日も今日もと まなびおおせぞ 楽も苦も 時すぎぬれば 跡もなし 世にのこる名を ただおもうべし 小判金の金や 宝金えしが 我が子のあていからどう うりん宝 明日ながみりば わすらりゅら思いば 思いどまさらしゅる 忘りならじ ゆだんなく かせぐそのみの汗水は 金のなる木の 肥やしとなるらん ムカシグトエシガ ワシリタンムイウレエヤ ワヌヤ イママデン ウムイドシュル 会者定離 恒産なき者は 恒心なし 年寄りは 仕事あるこそ 楽しけれ 米寿めざして きょうもあしたも 暮らさらじえらば 書物読んで暮らせ 書物読みなりぼ ニヤがでなすんが 親を思う心にまさる親心 今日のおとずれ なんときくらん H・16.11.1 竹 酔 日
2006.12.03
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鹿児島の田舎に知人がアトリエを作ったとのことで見に行った。古い農家を改造して造ったものでりっぱな家であった。ここからいつか有名になる作品が出るかもしれない。 この仮面の絵は描きかけであるがこのシリーズの作品に南日本美術展入選作がある。
2006.12.03
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朝日のあたる家がある村で一番古ぼけた家さ。
2006.12.03
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変なおじさん変な娘さんが竜巻に乗ってやってきた。まるでオズの魔法使いみたい。
2006.12.03
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Iターンの人の住む家探しの手伝いをしていて不思議な話を聞いた。幽霊が住んでいるので気持ち悪くて住めないと言われる家が何軒かあるようだ。 今日はその家を物色に行く計画をたてている。9時過ぎに海洋少年が自宅にきてデジカメからパソコンへの写真の取り込み方法とWB変換の仕方を再度教えてもらうがそのあとに噂のある「ミコノスアイランド」を訪ねる予定にしている。 昨日は久しぶりに農作業をした。機械がないのでスコップで畑を耕していると話声がして女性が3名やってきて果樹畑を見てかえられた。ボツボツ噂が広がり、酔狂で造った庭を見に変人がやってくるだろう。マンゴーの木下のビールの空き缶をかたずけなければならない。 さて、噂の幽霊の棲家は、与論島の南の海岸、ハキビナにある。観光パンフレットには、ハケビナと書いてあるがハキビナが正しい。パンフレットを印刷する時キをケと間違えたらしい。そのハキビナ海岸はかつて琉球と交易してた時のマーラン舟の寄港地であった。 ゴルフ場の西側端茶泊りがそこである。茶泊りの海神を祭ってある岩を知っている人はすくないようだ。ウンジャン祭りはこの場所、茶泊りから赤碕ウガンまでの道のりで執り行われると聞くが詳しいことはこれからの調査が待たれる。 この話は長くなるので、とっといて・・・。ところで、幽霊の出る噂はハキビナ海岸の西側の大理石群の海に突き出た景色のいい場所にある。 以前から、イザリを楽しむ人たちから語り伝えられてきた場所であるが島外の業者がその地を選んで ミコノスアイランドを建てた。白い建造物で琴平神社の境内から見る景色は蒼い海とマッチした誰でもが住みたくなるようなそんな建物である。 海岸と海をまるで自分の物であるかのように暮らせるギリシャ風の建物の住人は 一体だれだろうと思っていたいたところ意外。いきつけの酒処「いっか」だった。お断り、今は住んでいません。 彼女らによると、海から上がってきたばかりの男の人が(濡れ姿)窓辺にでるという・・・。あまり怖くはないが 幽霊には違いないという。 又、 入り口にある建物は確実にでると太鼓判おしていた。一月もった人はいなく、案内で建物に入っただけで寒気がするという。またどうしてそんなところを借りる人がいるものだと不思議ではあるが世の中にはいろんな物好きもいるもんだ。 そういう私の知人も、まー、変人の部類ではあるが。兎に角、見たいというので案内するとしよう。 今日、デジカメの写真アップの仕方を教えてもらうのでいずれ紹介できるかもしれない。 ウンジャン祭り 海の神様の祭りで十五夜祭りとならんで行われた行事であったようである が現在は伝承されていない。 祭り道具として ガラガラと音がする 鈴や祭りにつける衣装などが残されている。 先に書いたことある 馬の蔵屋敷にもその装束があったらしいが 始末したと聞いている。 郷土研究会の調査研究に期待したい。
2006.12.02
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眠れないので朝のお勤め(神棚)をすませ、お茶を飲みながら書くとしよう。高校創立40周年の記念の感動が忘れられない。記念行事にあまり係わったわけでもないが2期生として集まった同志が喜びと歩んだ足跡を確認した余韻が尾をひいている。 役場に入って色々担当して考えていたことに「ビジョン」がある。短期・中期・長期ビジョン、あるいは構想など・・、鹿児島県の構想のなかに描かれている奄美群島および与論島の位地ずけはどうなのだろうかと。 近年、次々と与論島の「・・・・計画」がコンサルタントの委託事業として作成されている。出来るだけ目をとおすことにしている。 中でも「環境の町宣言」には大いに賛同し協力をしたいと思い何度か読み直している。 描いただけでは良くはならないが、描いてくれたことについて何かできることがあればと思う。 自分の人生においても、構想は必要だと思い孔子の 我十有五にして学に志・・・・を座右の銘にしている。 一昨日、ネットで調べてみてその生き方を確認した。おもしろゼミナールの鈴木アナの「男が30代にすべきこと」も人生の道しるべとして役にたった。 今、50歳半ば。朝に道をきかば 夕べに死すとも可也 には程遠く 50にして立つの 心境である。就職・結婚が第二の人生の始まりであったならば定年退職は第三の人生の始まりと捉えたい。 思い切って自己中心にいきてみよう。これまでの夢のつづきがより現実的になるように祈り、幾度のなく読み返した 与論高校の「与論・第三号」随想より 与論町長 龍野通雄氏を紹介しよう。 あれまー失礼 途中 CDかけなおしで書き込み(転記)が消えてしまった。いずれの日にか、紹介します。 スキャナーで取り込んだほうが早いのですが・・・、誰かに頼みましょうかね。
2006.12.01
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懇親会会場に妻と連れ立っていくと座敷は満杯であった。みんなはモツ鍋囲んで昼の現地指導のことで講師の先生と意見交換。遅れて川畑夫妻も加わり、座敷はつめられるだけつめての果樹振興会の忘年会。現地研修会も参加者が多く成果があったと聞いた。 招聘講師の平さんは沖縄名護市にお住まいで、やんばるの山奥で果樹園を息子と経営していらしゃる。 現地に一度お邪魔したとき果樹に対する情熱をわけていただいた。試験場などいろんな方から講話をいただいたが、 平さんの果樹に対する気持ちに一番心動かされた。以前、私のマンゴーの木をみて「私の苗木がかわいそう。子供のように育てて送り出しているのに・・」と言われた時のことが忘れられない。 先生とは私の仕立て方が根本的に違うのであるが・・・。今日は女房が現地で勉強してくるだろう。 果樹振興会の活動にこれから積極的に参加するつもりでいる。 なるかん を思い出しつづる よろんの島でこころにしみた 人のなさけが 真心が かぼちゃ花さきゃよろんが恋しい あんまあ,あんにゃあは 機織りか 川畑Iさんの詩に名護校長先生の娘さんが曲をつけたと聞いた。 かぼちゃが与論に新規作物として導入されたのは,昭和29年・・・・物産会社の出先員,小祝耕一先生のおかげである。先生は伊波の堀田藤太郎さん宅に下宿され,かぼちゃ作を農家に普及させんとして展示圃などを設けたりしながら周囲の人たちとうちとけてカボチャの試作をされた。 私の父もその門下生として作付けを始めたが,最初は失敗の繰り返しだと聞いている。私の家にも指導に来てくれて,子供の頃,縁側に座って,目玉焼きを食べていた先生のことを今でもはっきりと思い出すことができる。その後の試作のなかで,与論カボチャという銘柄が確立され,東京の市場や関西の大市場で確固たる地位を築いたのである。 与論カボチャは宮崎の日向14号と小笠原産,小笠原3号の品種間交雑,すなわちF1である。 私が昭和52年Uターンした頃は与論カボチャの全盛期であって,人によっては,カボチャ御殿を建てるほどであった。私たち兄弟も与論カボチャのおかげで,なんとか東京暮らしをきりぬけることができた。 昭和57年に産業課に配置換えになってなおさら,与論カボチャと深くかかわりあうようになった。その頃は,ウリミバエという特殊病害虫がいるため島外に出荷するためには植物防疫所の検査が必要であった。私はその検査の補助員を務めることとなった。 島内には7つのカボチャ生産グループがあり,その1つに伊波グループがあった。堀田氏が所有する,旧製糖工場跡,又精米所も兼ねていたと思う。 グループ員は,基(岸),藤太郎マチやか,上谷(偵)・・・・氏らであった。検査がはねると,毎回宴会になって,植物防疫員とともに座にすわり、焼酎がふるまわれ,たびたび山羊汁もいただくはめになった。 その頃のわたしといえば,焼酎はもちろんのこと,山羊汁などとんでもない食べ物であって,酔ってかえってくる息子の様をあきれかえり,私の母は,友達している基チューおばさんに「私の息子には酒を飲まさんでくれと言ったそうな・・・・」 それにすかさず答えてチューおばさん言うことには「誰が人の口こじあけて酒を飲ませるものか・・・どぅ~しどぅ飲みゆぅたる」と明快に答えたという。 藤太郎おじさんには農業のことをよく尋ねたものだった。ハキビナの保安林を整備した時の担当者,支庁農林課OBが,お世話になったと,藤太郎さんを訪ねた時も私があんないすることとなった。あのときの藤太郎じさんとおばあさんのことが今でも目に浮かぶ。 今は与論カボチャもほそぼそとなったが,与論農業の歴史に書き残して置きたい作物である。赤レンガの煙突を目にするたびに,私の産業課勤務は伊波からはじまったと懐かしく思い出すことである。 H.16.2.18 いつか果樹振興会の歩みを記したいと思い メモから転記する
2006.12.01
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