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往復1時間もあれば戻って来られるだろう。無明橋を目指して、張り切って登り始めた親分・子分。我々がこの日最初の登山者なのでしょう。次々とクモの巣の洗礼に。実はクモが苦手な親分、棒切れを振り回しながら進みます。それにしても先日の雨のせいなのかよく滑ります。早くもハアハア、ゼイゼイ・・。後に着いてくる子分に、ライディングシューズは溝がないからとか汗で革パンが太ももに張り付いて脚が上がらないとか、まあ我ながらみっともない言い訳がつい口から。けもの道のような道筋に、多少彷徨いながら最初の鎖場に。ちょっとビビりながら上がります。“おぉ~、やったなあ”とちょっとはしゃぐ親分・子分。今思うと、これはまだまだほんの序の口なのでした。それから、どちらに進むか迷う分かれ道に幾度となく遭遇。『この岩峰は転落の恐れのある危険な箇所があります。事故等が発生した場合でも責任は一切負えません』という立て看板はよく目にするのですが、道順の案内板は見かけません。行く道は自ら選べ・・ということなのですね。それからというもの親分・子分の迷走が始まります。それでも途中でそれなりに高度を上げていることを実感。断崖の上の灯篭のある所へ行ったり、来た道を戻ったり。やがて稜線部分に出たところで、目の前に立ちはだかる鎖場。“これを登るの・・・?!”いや、迂回する道があるはず・・と、ここから更に迷走。それからしばらくの間、おそらく周辺の道らしき道はすべて歩きましたが、無明橋には近づかず、持ってきたお茶もなくなったきて・・。今から下山をして食事をしてもフェリーにぎりぎり間に合うのか・・、そんな弱気なことが一瞬よぎる親分。“とうさん、やっぱりここを登しかないよ!”と、いきなりスイッチが入った様に子分のひと声。“よっしゃあーっ!”・・・、とまあ勢いはありますが、そこは慎重に。ほどなくというかやっと到着です。それまでの強烈な鎖場のせいか、幅1メートルはありそうな橋に恐怖心はほとんど。達成感で気分も高揚。残っていた最後のお茶を2人で分けて乾杯です。さあ下山です。時間に余裕もないし、帰りは違う道を下りてみよう。近道の様な気もするし・・。ふたりして滑り降りるように(実際に何回か滑りこけながら)下って行きます。ふと・・どうもおかしい。高度は確実に下がっているのになかなか麓に出ないな・・。やっと舗装された道路に出ましたが、登り口付近の景色と違う。ちょうど通りかかった郵便配達のカブの青年に尋ねると、ちょっと困った様な申し訳なさそうな表情。どうやら山の反対側に降りたようなのです。元の場所に戻るにはぐるりと山の周囲を歩いて戻るしかない、5、6キロはあると・・。すでに水分を汗で出し尽くした親分、絶望感でクラクラ。・・ですが、子分の手前、ありがとうございますと歩き出します。まあこの時点でフェリーの時間には間に合わないことが判明したので、とにかく歩きます。サッカー少年の子分は比較的元気な様子。疲労困憊の親分は足を引きずるようにトボトボ。日頃運動不足だからこんなことになるのかな・・。もし自分が、ひと気の無い田舎道を歩く親子連れを見かけたらどうするだろう・・。それにしても喉が渇いたな・・。これが修行なのか・・。などといろいろなことをぼんやり思いながら。少し歩いては道端で休むを繰り返します。周囲は稲穂が垂れ始めた田んぼ、それがいつしか山の中へ。その間、なぜかチビがしきりと話しかけてくるのです。正直なところ返事をするのもおっくうだったのですが、あれは今思うと疲れ切っていたワタシを何とか励まそうとしていたのですね・・。多分、本人も相当きつかったはず。う~む、偉いぞ少年。そして歩いて小一時間位たったでしようか、ブワ~ンとカブのエンジン音が。さっきの郵便青年です。『この先ずっと山で自販機がありませんから~』と手には2人分のペットボトルのお茶が。地獄に仏とはこういうことなのでしょうか。我々親子のことを心配して、わざわざ買ってきてくれたようなのです。ありがたいです。お茶もですが、その心優しき青年の気持ちが胸にしみます。それからというもの息を吹き返した親分子分、会話も弾みながら元の登り口へ。11時半ごろに出発して、もう15時前です。お昼をと約束していた食堂のご婦人も、駐車場にバイクが1台ずっと残ったまま下山してこないのを心配しておられました。歩いて戻ってきたことに驚きながら、『まあ無事で良かった。ボクもがんばったね~』と、おむすびまでサービスしていただきました。チビが小学校1年生の時から始めた親分・子分のバイク旅。今回も、いろいろな方に助けられお世話になりました。人の親切や優しさが・・・、ほんとうに感謝です。それから息子のココロの成長も感じられて、父はちょっとうれしいです。
2013.09.24
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チビが小学校1年生の時から始めた親分・子分のバイク旅。毎年夏休み終わりのイベント、いつも行先は阿蘇です。今回は前線の影響で雨の中の出発になりました。前日からの大雨で大分県内のどの河川も泥色で恐ろしい流れ。普段は快適な道も霧で視界がきかず。そんな中、淡々と走ります。気温が低いので、カッパを着ていてもそんなに暑くないのが救いです。午後には雨も上がるも、まあ初日はあまり欲張らずに早めに宿へと。久々の温泉でまったり。この日泊まった山間の宿には何故かボーリング場やビリヤードがあり、子分にせがまれ、親分何十年振りかに。男同士の勝負に手加減はありません。・・・ですが、日頃使わない筋肉を酷使したせいか即、筋肉痛・・。子分の手前、少々ハリキリ過ぎました。翌朝は一転快晴です。少し肌寒いながら阿蘇山へ。ぐんぐん標高を上げ、いつもの撮影場所へ。小さい小さいと思っていたチビも今やすっかり少年。月日が経つのは早いものです。旅をしながら、子分はおとなへ背伸び。親分は少年にかえります。そしてこの後、走り始めてすぐに、“とうさん、そろそろなるよっ!”にハッと。おお、メーターがゾロ目です。いつもはもうすぐだなあと思いつつ、毎回ゾロ目を見逃していました。この旅の途中になるかもなあ・・という予感はあったのですが、今回は子分の目が光っていました。去年も泊まったこの日の宿で、“お父さんのことが大好きでしょ”“でも恐いのも一番よねぇ”と、ここの奥様から。確か同じことをご主人から去年も。ご夫婦で思考回路も似てくるのか・・、などとちょっとチビと苦笑い。リーズナブルで敷地の木立の中にレストランのある素敵な宿。また来年もお世話になりたいですね。最終日のこの日は14時台のフェリーまで時間があるので、国東半島にある無明橋へと。昔から修験者たちの修行の場であったこの山。ここは2年前に訪れた時、天気が良くなかったため地元の方に“今日登るのはおやめなさい”と止められた山なのです。その山の麓にある食堂の方に訊くと、往復50分くらいでしょうと。じゃあ、降りてきたらここでお昼をお願いしますと出発。さて親分・子分張りきってリベンジです。その時は、これからの行程がこの旅の中でも一番の苦行になろうとは知るよしもなかったのです・・。
2013.09.18
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