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慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名においてアッサラーム アライクムアッラーのみ使いであるムハンマドさま(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)は、ある夜、天使ジブリール(カブリアエル)に起こされ、翼のある動物(ブラーク)の背にまたがり、イェルサレムへ天使ジブリールの導かれて夜の旅に出ます。(「夜の旅」章の第1節目でそうアッラーご自身が仰せられています)またハディース(預言者さまの言行録)では、ムハンマドさま(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)はそこで天国と宇宙のすべてを一望し、全ての預言者、たとえばイブラーヒーム(アブラハム)、ムーサー(モーゼ)、’イーサー(イエス)などに会い、彼らと共に礼拝を行われたと言っています。その時、ムスリム(イスラームの信者)は日にアッラーへ礼拝する回数が5回に定められたとも言われています。当時でも「えーー、その話、本当かな」と思う信者たちもいたようですが、一番の親友で、後の初代「カリーファ」(アッラーのみ使いの代理人・・・俗に「カリフ」と言われています)になったアブー・バクルさま(ラディヤッラーフ ’アンフ)は、寸分疑わなかったと言います。(彼はかつて、イェルサレムに行ったこともあったので、アッラーのみ使いさま(サッララーフ アライヒ ワ サッラム)のお話が真実であったとわかったのでしょう。)この一件から彼は「スィッディーク(信じるて疑わない者)」という尊称でアッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)から呼ばれるようになりました。またまた前置きが長くなりました。さて今日のアーヤ(節)は第17章の23節目のはじめの方にある言葉です。「ワ ビ=ル==ワーリダイニ アフサーナン」(また両親に孝行しなさい)「ワ」は「そして、また」「ビ」は「~で」という前置詞です。前置詞の後ろですから「ワーラダーン(両親)」が「ワーラダイニ」と格変化しています。「アフサーナン」は「アハサン(より良い)」の双数形「アハサーニ」が「accusative endings(この文法用語日本語ではどういうのかなあ)」(その様態・状態を表します)なので、マンスーブ(普通は「ア」とか「アン」発音で終わります)アッラーが一番好まれるのが時間通りの礼拝です。その次が親孝行です。親孝行は任意(義務以外)の礼拝に勝ると言われます。ムスリムの崇拝行為では「ザカート(喜捨)」やラマダーン(イスラーム暦の第9番めの月)のサウム(断食)などが、よく知られていますが、それよりも「親孝行」の方が先にくることは知られていないのではないでしょうか。「時間通りの礼拝」はアッラーとの直接に関係している強さを表します。「親孝行」とは人間関係です。アッラーとの関係が確立された信者にとって、次に大切なのは、人間と人間との関係を確立すること、つまりモラルです。「最も大きな罪が何であるか教えようか」「アッラーと並べて他の神を崇めること、両親に逆らうことだ」「それから偽りの言葉、偽りの証言、偽りの言葉、偽りの証言」と繰り返された。(一番有名なハディースであるサヒーフ・ブハーリーより)アッラーのご加護と祝福がありますようにワッサラーム
2004年03月30日
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名においてアッサラーム アライクム「聖クルーアンの心」と言われ、毎日読誦するように推奨されている章です。また死に瀕している者にヤー・スィーン章を聞かせることになっています。これはアッラーから言葉を預かる預言者ムハンマド様(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)が言ったことやしたことなどを書き留めた「ハディース」(言行録)というものの中で「これは信頼できるものであろう。」と思われているものがいくつかあり、(「満月通信」本館に具体的なハディースの名前がありますので、ご興味があれば、そちらで)そのひとつである「アブー・ダーウード」にこう書かれているからです。「お前たちの死者にヤースィーンを唱えよ」前置きが長くなりましたがそのヤースィーン章の82節の最後に「クン ファ・ヤクーン(「有れ」(と御命じになれば、)即ちある」「クン」は「カーナ(である・・「be」に相当するかな)」の命令形です。「ファ」は接続詞です。「ワ(そして)」も同じ様な意味を持つ接続詞ですが、「ファ」は「すると、そしたらすぐに、すかさず」という反応が早い印象があります。「ヤクーン」は「カーナ」の未完了形の3人称複数形です。アラビア語の動詞には「完了形」と「未完了形」があります。英語で言うと「完了形」は「過去形、現在完了形」「未完了形」は「現在形、現在進行形、未来形」と考えるといいでしょうか。アッラーが「有れ」とお命じになったらそういわれたもの(複数)はすかさずそう「有る」ということです。ムスリム(イスラームの信者)は日に5回の礼拝をするのが義務だということはご存知だと思います。何時何分にぴったり始めるというわけではなく、定められた時間内に、もっと言えば次の礼拝の始める少し前でもセーフなわけです。しかし、このアーヤでは「クン ファ=ヤクーン」と言っています。「礼拝の時間がきたら、だらだらと他の事で時間を無駄にすごすことなく、礼拝に向かう」ことこそがアッラーに従うことだという解釈もできます。「あれ?旧約聖書に似たようなのなかったっけ」と思いませんか。私は日本語版を持っていないので英語版を勝手に訳してここに紹介しますと「ジェネシス(天地創造))」の1-3そして神は「光あれ!」と仰せられると、そこに光ができました。And The God sad,"Let there be light," and there was light.実はユダヤ教徒が崇める神(ヤハウェ)もキリスト教徒が崇める神(ザ・ゴッド)もムスリム(イスラームの信者)が崇める神(アッラー)も同じ神なのです。だから同じような記述があってもおかしくないのです。アッラーフ アアラム(アッラー自身が一番ご存知でしょうけど)「アラーの神」とよく日本人の方が言いますが、「アッラー」とは「アル」が英語の定冠詞「the」に相当し、「イラーハ」は「God」のことですから「アッラー」は「The God」のことで、日本語にすると「神の神」(神は唯一なので、多くの神の中の神というニュアンスもおかしいですね。)たとえが、あまりよくないかもしれませんが、「小泉の小泉」て置き換えたらおかしいことが歴然ですよね。最近は北朝鮮や韓国の要人たちの名前も現地読みを採用しています。ここに訪れた人だけでも今日から「アラーの神」ではなく「アッラー」「イスラム教」ではなく「イスラーム」と使って欲しいなあと思います。「ゆめ(夢)」と「ゆうめい(有名)」「へや(部屋)」と「へいや(平野)」は日本語だと意味違ってきますよね。アッラーのご加護と祝福がありますようにワッサラーム
2004年03月29日
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において聖クルーアンは114の章からなっています。その中で、大切だと思われる節(アーヤ)私の好きな節(アーヤ)を紹介していきます。今日は第112章純正章(スーラト=ル=イフラース)の第1節目です。クル フワ=ッ=ラーフ アハド(言いなさい。彼は唯一なる御方アッラーである。)「クル」は「カーラ」(彼は言いました)の命令形です。アラビア語の場合、3人称単数完了形が原形です。命令形は男性単数には「クル」女性単数には「クリ」複数には「クルー」となります。これは至高なるアッラーが、言葉を預ける相手、預言者さまム八ンマド(アッラーの祝福と平安が彼の上にありますように)に対して仰せられています。「(彼らに)言ってやりなさい」アッラーは普通の人々に直接お話しになることはなく、預言者を介して、メッセージをお与えになります。だから「(彼らが)こういうことをあなたに聞いてきたら○○と言いなさい」と言うアーヤ(節)もよく出てきます。「クル」の後は、預言者(アッラーの祝福と平安が彼に上にありますように)の立場で言いますから、アッラーはご自身のことを「フワ(彼は)」とおっしゃっている訳です。「フワ=ッ=ラー(彼はアッラーである)」アッラーは前に何か言葉がくると「ア」が発音されなくなります。「ワ=ッ=ラー(ヒ)(アッラーに誓って)」「スブハーナ=ッ=ラー(アッラーに讃えあれ)」など前に「ワ」や「スブハーナ」という言葉がくるので、「ア」が発音されていません。でもアラビア語で書くときは、「ア」に相当する文字は表記されます。「アハド(ひとつ)」は、アッラーとバドル(同格)の言葉です。「28日の日曜日」と言い方は「今日は28日であり、日曜日でもあります。」これが同格です。「アッラー」は実は最後に「ハー」という文字があり、後ろに言葉が来ないときは発音はしないで空気だけ「ハー」と出ます。しかし後ろに言葉がくると「アッラーフ」とか「アッラーハ」とか「アッラーヒ」とその格変化によって「フ」とか「ハ」とか「ヒ」を発音します。たとえば「アッラーフ アクバル(アッラーは偉大なり)」ですから「フワ=ッ=ラー(彼はアッラーである)」に「アハド(ひとつ)」が来ると「フワ=ッ=ラーフ アハド」になります。「アッラー」は前の言葉の母音が「ア」「ウ」子音の場合は「ラー」の発音が重く(暗い)発音になりますが、前の言葉の母音が「イ」の場合は、「アッラー」の「ラー」は軽い(明るい)発音になります。「フワ=ッ=ラーフ アハド」は「フワ」の「ワ」が母音「ア」ですので、「アッラー」の「ラー」は重く発音します。定冠詞「アル」(英語の「the」に相当します)がない「アハド」のような無定冠詞の語の場合は「アハドゥン」「アハダン」「アハディン」など格変化によって「ウン」「アン」「イン」がつきます。しかし、アーヤ(節)をここで休止して読む場合は、「ウン」「アン」「イン」を読まず「ド」の子音の形で終えてしまいます。子音になると「ド」は強く発音しなければなりません。これを「カルカラ」と言います。「子音」になると強く発音しなければならないものは他に「j」「b」「q」「T」などがあります。カルカラほど強くないが、子音になると強く読むのに「t」「k」があります。子音+母音のセットで発音する日本語に慣れている私達には、子音だけの発音は難しいと思います。あきらめず練習しましょう。アッラーのご加護と祝福がありますようにワッサラーム
2004年03月28日
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