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阿川佐和子さんと医療法人社団慶成会会長・大塚宣夫さんとの対談。 佐和子さんの父・弘之氏が入院していたよみうりランド慶友病院は、 大塚さんが開設した病院であり、その経緯も本著で語られています。 弘之氏が心配になるほど、費用は掛かるところのようですが…… 佐和子さんは、94歳で亡くなられた弘之氏を看取ると共に、 現在も認知症の母親の介護を続けています。 また、大塚さんは、6000人以上の最期を看取ってきた高齢者医療の第一人者で、 「医療より介護、介護より生活」という考えの持ち主です。医療も、介護も、生活も、人それぞれによって状況は随分と異なり、万人に通用するような方策といったものはないのでしょう。それでも、共通することがらは多々あるはずですし、それらを知っているか知らないかで、対応の仕方にも大きな差が出てくると思います。そういった意味で、本著を読んでおくことは、誰にとっても、決して無駄にはならないはず。家族として、夫婦として、そして高齢者本人として、「なるほど!」と思えるところは、上手く生かしていけるといいですね。
2020.05.31
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ポーランドのワルシャワで、5年に一度開かれるショパン国際ピアノコンクール。 今年はその開催年でしたが、新型コロナウイルスの影響で来年に延期されました。 予備予選から参加される方たちはもちろんですが、 予備予選免除の方たちも、どんな気持ちで調整を続けられているのでしょうか。 さて、本著はそのショパンコンクールで優勝した二人のピアニストを描いたもの。 一人は、情熱的演奏スタイルで1965年に優勝したマルタ・アルゲリッチ。 そして、もう一人が高度なテクニックを誇る1960年の優勝者マウリツィオ・ポリーニ。 各エピソードに登場する周辺の面々は、後世に名を遺すような演奏家たちばかり。どの演奏家も、それぞれに個性的で、かなりクセが強い。普通の人が、普通にお付き合いが出来るような人たちでは、とてもなさそうです。しかし、そんな突き抜けた人たちだからこそ、凡人には計り知れない世界観を持ち、凡人では到底成し遂げられないような、突き抜けた演奏が可能なのでしょう。『ピアノの森』を読み返したくなりました。
2020.05.31
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「薬剤師・毒島花織の名推理」シリーズの第2弾。 第1話が「知識と薬は使いよう」、第2話が「薬は嘘をつかない」、 第3話が「薬剤師は未病を治す」、第4話が「毒をもって毒を制す」で、 今回は4話すべてが、本著のための書き下ろし作品です。 神楽坂のホテル・ミネルヴァのホテルマン・水尾爽太の視点でお話が展開し、 彼が思いを抱く、どうめき薬局の薬剤師・毒島花織が大活躍するのは、前巻同様。 高齢の女性が服用している薬のうち、認知症の薬だけが無くなる謎を解明したり、 居酒屋で、先輩社員から飲酒を強要されている後輩社員に助け舟を出したりします。また、爽太の学生時代の友人の手の震えの原因を解明したかと思えば、健康診断の結果が良くなかったにもかかわらず、病院に再検査に行くことを躊躇している人の後押しをするため、麻雀に挑んだり、爽太の後輩を危機から救うため、自らを危険にさらす行動にまで及んだりもします。 「男はガーデニング以外に釣りが趣味でした」(p.208) 「海の魔物にゃ手に負えぬ。山の仲間が殺ってくれ」(p.233) 第4話は、爽太と一緒に、読者も謎解きを楽しむことが出来る構成になっています。あなたも、ぜひ挑戦してみてください。
2020.05.24
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『言ってはいけない』の橘さんの手による一冊。 まず、『PART1「下級国民」の誕生』では、 バブル崩壊後の平成の労働市場が「下級国民」を生み出した経緯を論じ、 その後、令和の日本がどのような社会になるかを展望しています。 平成が「団塊の世代の雇用(正社員の既得権)を守る」ための 30年だったとするならば、 令和の前半は「団塊の世代の年金を守る」ための20年になる以外はありません。(p.73)このことが、実に明快に表現されているのは、次の部分です。 先日、経済官庁の若手官僚と話をする機会がありました。 たまたまこの話題になって、 「働き方改革がようやく始まったが社会保障改革はどうなるのか」と訊いたら、 彼はしばらくきょとんとした顔をしていて、 それから「誰も改革なんかに興味ありませんよ」といいました。 私はすぐにその意味がわからなかったのですが、 その後、2020年の人口ピラミッド(図表8)を見て 彼がいわんとしたことを理解できました。 団塊の世代は政治家にとって最大の票田です。 彼らの死活的な利害が「会社(日本的雇用)」から「年金」に移ったことで 「働き方改革」は進められるようになったものの、 年金と医療・介護保険の「社会保障改革」はますます困難になりました。(p.77)結局、政治家は「社会にとって必要なことをする」のではなく、「自分を議員にしてくれる人たちの欲することをする」ということです。そして、そういう政治を、多くの人たちも望んでいる。このような状況は、民主政治という仕組みをとり続ける限り続くのでしょう。そして、『PART2「モテ」と「非モテ」の分断』では、現代日本社会における「下流」の大半は高卒・高校中退の「軽学歴」層であり、ポジティブ感情(幸福度)は、この非大卒において低くなっているとしたうえで、大卒の若い男性で、なぜそれが低くなっているのかについて論じていきます。また、『PART3 世界を揺るがす「上級/下級」の分断』では、現在の世界各国の状況について概観していきます。 1960年代以降の「後期近代」の中核に位置する価値観は 「自分の人生を自由に選択する」、すなわち「自己実現」です。 そしてこれが「平等」と結びつきます。 なぜそのようになるかはとてもシンプルで、 「他者の自由を認めなければ自分の自由もない」からです。(中略) リベラルな社会では、ひとびとは「私が自由に生きているのだから。 私の利益を侵さないかぎり、あなたにも同じように自由に生きる権利がある」 と考えるようになります。 これは「他者の自己実現には干渉しない」ということであり、 わかりやすくいえば「あなたの勝手にすればいいでしょ」になります。(p.155)このような「リベラル化」が世界中で進んだことから、個人の自由を拒む者は即座に「悪」のレッテルを貼られ、共同体の解体が進み、人間関係は即興的なものに変わっていきました。そして、自由と引き換えに、究極の自己責任が求められるようになったのです。また、「知識社会」「リベラル化」「グローバル化」は三位一体の現象であり、「グローバル化」によって、数億人が貧困から脱出することが出来ました。しかし、このことによって世界全体における不平等は急速に縮小したものの、先進国においては、中間層が崩壊してしまうという事態が生じてしまいました。米国において、中間階級から脱落しかけている白人ブルーワーカーたちは、東部や西海岸のエリートである白人リベラルからバカにされるだけでなく、アファーマティブアクションにより黒人などからも抜け駆けされていると感じており、誰からも同情されない「見捨てられた人々」になっている状況です。仕事も家族も友人も失った彼らは、「プアホワイト」と呼ばれ、自分が「白人」であることしか誇れるものがなく、「白人至上主義」へと傾倒していきました。一方、ヴァーチャル空間でグローバルな仮想共同体を形成したリベラルは、自分たちの社会に興味を失い、現実世界から撤退し始めるだろうと著者は述べています。そして、ポピュリズムとは「下級国民による知識社会への抵抗運動」だとしたうえで、やがて「技術」と「魔術」の区別がつかなくなると「知能」はその意味を失ってしまい、「知識社会」は終焉を迎えることになるだろうと述べています。著者が指し示した未来の姿は、決して明るいものではありませんでした。
2020.05.23
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結衣は、目黒区の芳窪高校2年A組の生徒の一人として沖縄へ修学旅行。 しかし、ある動画の配信をきっかけにして、 ここでも周囲から軽蔑と嘲笑の対象となっていた。 同じ班のメンバーとなった5人は、黒磯を中心に露骨な嫌がらせを繰り返す。 そんな5人を部屋で一蹴すると、級友・綿谷の協力を得てホテルを脱出、 旅行の道中、バスの中で見かけて気になっていた少女のもとを一人訪ねる。 そこでは、在日米軍による銃機器の横流しを取り仕切る暴力団・権晟会が、 貧困家庭を食い物にする囲い屋として、住民たちを苦しめていた。結衣は、自ら権晟会内部に入り込んで、構成員たちを各所で次々に殲滅すると、権晟会の下働きをしていた庄市と共に、権晟会幹部たちの後を追う。辿り着いたのは、民間軍事会社・ラングフォード社の兵器試験場。そこで出会った海軍犯罪捜査局員・クレアと共に、この組織の闇を暴き出していく。 ***お話の途中では、結衣の妹・凜香も登場し、姉妹で協力して危機を切り抜けます。また、今回のお話の本当のクライマックスは、ラングフォード社を壊滅させた後、修学旅行の帰途・航空機上で発生するので、最後まで気を許さずに読みましょう。数ある松岡さんの作品の中でも、最上級に位置しそうな白熱の場面が展開します。
2020.05.23
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小川さんが作家としてブレークした作品。 『ツバキ文具店』や『キラキラ共和国』に比べると、 まだまだ初々しく、たどたどしいところもあるけれど、 その世界観は、もうすでに垣間見ることが出来ます。 ***同棲していたインド人の恋人が、全ての家財類や蓄えと共に姿を消した。祖母の形見であるぬか床以外の全てを失い、声まで出なくなった25歳の倫子は、15歳で家を出てから、一度も帰っていなかったふるさとへ。山あいの静かな村にある実家で、スナックを営む母と十年ぶりの再会。実家の物置小屋を借り、食堂を営むことにした倫子は、おかんが飼っていた豚・エルメスの世話をしながら、周辺の恵まれた食材を使って、1日1組のお客様のための料理を作る。メニューは、前日までに面接やファックス・メールでやりとり。 ***倫子はおかんとのあいだに、途轍もなく大きな壁を感じていたようですが、十年ぶりに帰ってきた娘からの借金申し入れこそ断ったものの、家に戻って、物置小屋で食堂をすることを認め、筆談では「途中であきらめずに最後までやりなさい。」と書いています。もう、この時点で、決して娘のことを疎かにしていないことは分かります。でも、親子の間とはこんなものなのでしょう。双方とも、なかなか素直になり切れない。親子ではないけれど、『ツバキ文具店』の鳩子と先代もそうでしたね。
2020.05.17
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副題は『経営における「アート」と「サイエンス」』。 帯には『日本の人事部「HRアワード2018」(書籍部門)最優秀賞受賞!』、 「ビジネス書大賞2018準大賞受賞!」、そして「続々重版!」とあります。 私が手にしたのは、2018年12月15日15刷発行のもの。 *** 現在、企業活動の「良さ」は、様々な評価指標=KPIによって計量されています。 典型的にそれは、「資本回転率」であったり「生産性」であったりするわけですが、 このような指標で計ることができるのは、当然のことながら 企業活動の中でもごく一部の「計測可能な側面」に限定されることになります。 しかし、企業活動というのは極めて多岐にわたる複雑な要素によって構成される 全体的システムであり、従って経営の健全性は、必ずしもこのような 「計測可能な指標」によって計れるわけではありませんし、 そもそも、計られるべきではないでしょう。 しかし、残念ながら現在の日本企業の多くは、 経営に関わる人たちの美意識がほとんど問われず、 計測可能な指標だけをひたすら伸ばしていく一種のゲームのような状態に陥っていて、 それが続発する「コンプライアンス違反の元凶になっています。(p.23)あまりにも「数値」偏重で、それに振り回され続けている現状。誰もが気が付いていながらスルーしてきたことを、著者はズバッと指摘しています。そして、誰もが皆、「論理」と「理性」に頼った意思決定をしようとしたために、袋小路に入り込んでビジネスが停滞し、他者との差別化も喪失してしまったと。そして、健全な経営のためには、アート・サイエンス・クラフトのバランスが重要であるにもかかわらず、アカウンタビリティが強く求められる現在のビジネスでは、その点でサイエンスやクラフトに劣後するアートは、ないがしろにされている。しかし、不確実性の高い意思決定においては、論理的確度は割り切って、「ミッション」や「パッション」に基づいた意思決定、「直感」や「感性」といった「美意識」に基づいた意思決定が必要になり、今後、ビジネスパーソンにとって「美意識」は非常に重要なコンピテンシーになるとも。 私は「デザイン」と「経営」には、本質的な共通点があると思っています。(中略) では両者に共通する「本質」とは何か? 一言で言えば「エッセンスをすくいとって、後は切り捨てる」ということです。 そのエッセンスを視覚的に表現すればデザインとなり、 そのエッセンスを文章で表現すればコピーになり、 そのエッセンスを経営の文脈で表現すればビジョンや戦略ということになります。(p.78)その他、グーグルの社是「邪悪にならない」についての記述(p.134)や、原研哉さんの『デザインのデザイン』についての記述(p.192)等も、とても興味深く、頷ける内容でした。良く売れたのももっともだと思わされた一冊でした。
2020.05.17
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著者は、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授の斎藤環さん。 ひきこもりの問題に、長く関わり続けられている方です。 そして、本著で扱われている「ひきこもり」の定義は、 次の2つがベースとなっています。 (1)6か月以上、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続すること (2)ほかの精神障害がその第1の原因とは考えにくいこと15~39歳の若者だけを対象とした2016年の内閣府調査では、全国に54万人のひきこもり状態の人がいると推計されました。そして、40~64歳を対象とした2019年の内閣府調査では、全国に61万人ものひきこもり状態の人がいると推計されたのです。前回の調査と合わせると、その総数は115万人となりますが、著者は、地方における調査結果からすると、中高年のひきこもりは少なくとも100万人、全体では200万人になると指摘。80代の親が50台の子を世話せざるを得ない「8050問題」が発生していると言います。 *** しかし不思議なことに、自宅の近所には外出できないのに、 家族と一緒に海外旅行に出かけるのは平気な人もいます。 なぜかというと、彼らは「自宅の外」の世界そのものが怖いわけではなく、 外にある「世間」が怖いからです。 たとえば近隣住民の視線は怖いけれど、 日本人のいない海外にはそういう「世間」がないので怖くない。 だから、同じ海外旅行でも日本人と一緒のパックツアーを嫌う人は多いのです。 そこで初めて出会ったとしても、日本人のグループはすぐに 「世間」のような雰囲気が生じてしまうからです。(p.61)これは分かる気がします。確かに、自分の存在や行動を何かにつけジャッジしようとする目、即ち「世間」が気になって、外に出ることが出来ないのでしょう。そして、自分に自信がないから、そのジャッジはネガティブなものとしか考えられない。 言葉というのは「誰が言うか」によって意味合いが違ってくるのでしょう。 親や医師が同じことを言ってもうんざりするだけなのに、 同世代にそう言われるとモチベーションが上がることがあるのです。(p.134)これも、とてもよく分かります。誰が、どんなタイミングで、どんな風に語り掛けるかで、同じ言葉でも、伝わり方は全く違ってしまいます。どのようにすれば相手に響く言葉になるか、それを考えることが大切ですね。 ひきこもりの人は自分の人生を失敗だと思い込んでいますが、 それを「自分のせい」とばかりは考えません。 この辛い現状は、多少は自分のせいでもあるにせよ、 おもな原因は親にあると考えがちです。 そういう視点で親がやってきたことを思い返せば、 その中から「原因」を探すのは難しいことではありません。(中略) 過去の不本意な出来事を、すべて現状の原因だと決めつけてしまうわけです。 そんな事実はないのに、 親から虐待されていたかのように思い込んでしまう人もいますから、 親にしてみれば理不尽な話でしょう。(p.147)これは、双方にとって、とても辛い現実です。だれもが、苦しい現状から逃れようと、その原因を探そうとするのですが、そのことばかりとらわれ過ぎると、こういった状況に陥りかねないことを、私たちは、しっかりと心に留めておく必要があります。 成熟とは一般に、何かを失い、諦めていく過程でもあります。 それゆえ成熟を忌避する人も少なからず存在します。 成熟しないことが許される社会で、 未成熟さにとどまる人が増加するのは自然なことです。(p.203)これも、よく分かります。成長する過程で、現実と自分自身をより正確に把握、理解出来るようになり、その中で、現実に即して、自分自身をよりベターな方向へと推し進めていく。そのことを躊躇すれば、そこから先へは進んでいけません。
2020.05.16
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麹町中学校校長だった工藤勇一さんが、親向けに書いた子育て論。 現在は、横浜創英中学・高等学校で校長を務めておられます。 本著では、学びの本質、しつけの本質、多様性の本質、そして自立について、 ご自身の考えを、これまでの実体験を交えながら述べておられます。 例えば、『第1章 勉強の「正解」を疑う 学びの本質とは』では、 「宿題はいらない」「机に向かう習慣は、本当に重要ですか?」 「わかっていることはやらなくていい」「大量の宿題は先生の都合」等、 刺激的な小見出しを連発しながら、持論を展開されていきます。また、『第2章 「心の教育」を疑う しつけの本質とは?』では、『「服装の乱れは、心の乱れ」って本当?』『「ルールを守らせる」に必死な大人』『「あの子と距離を置きなさい」はダメ』等々述べられた後、『「心の教育」が席を譲らない社会をつくった?』と続けられます。そして、『第3章 「協調性・みんな仲良く」を疑う 多様性の本質とは?』では、「違いを認める姿勢」「合意形成」の重要性を、『第4章 「子どものために」を疑う 自律のために親ができること』では、「後ろで支えて、徹底的に待つ」姿勢の重要性を説かれています。『学校の「当たり前」をやめた。』同様、「その通り!」と思えるところもあれば、「それは、ちょっと違うのでは……」というところもありました。それぞれの場所で、それぞれのタイミングで、何がよりベターなのかを常に考え続け、実行していくことが大切なのだと思います。もちろん、あまりに急激な変化、大き過ぎる変化には、細心の注意が必要です。 「昔はヤンチャをしていました」 そう自慢げに語る芸能人と、 それを見て「恰好いい!」と評価してしまう世間に私は違和感を覚えます。 公の場に出る人であれば、 「自分の過去を後悔しているし、迷惑をかけた人たちに謝りたい」と はっきり言い切るべきです。 ましてや「当時の経験がいまの自分に役立っている」と大の大人が言ってはいけない。 自分の経験を深めるために、他人の自由を侵すことがあってはいけないと しっかり教えるのが大人の役割ではないでしょうか。(p.79)芸能人だけでなく、自治体の長にもそんな人がいましたね。そんな人たちの言葉を聞いて「恰好いい!」と評価してしまう方向に、世間をミスリードしてしまったのは、いったい誰?
2020.05.16
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元アイドルタレント・丘えりかの唯一のレギュラー番組は『ちょびっ旅』。 それを、番組中の自らのコメントでスポンサーの機嫌を損ね、失ってしまう。 そんな失意のどん底にあった彼女に、思わぬ依頼が舞い込んでくる。 それは、病床にある娘の代わりに、旅をしてきてほしいというもの。 そして、その依頼を見事やり遂げた「おかえり」こと丘えりかは、 所属事務所社長・萬鉄壁のアイデアで、旅代理人「旅屋おかえり」を開業。 そして、そこに『ちょびっ旅』のスポンサーだった企業の会長から声がかかる。 番組復活をかけた依頼は、萬社長とも深く関わる人・場所への旅となった。 ***お話は、前半と後半に大きく二つに分かれますが、私は、何と言っても前半が好き。これまで読んだマハさんの作品の中でも、一番と言ってイイほど。それに比べると、後半はやや弱いかな……。全体としての完成度は、やはり近年の作品の方がうんとレベルアップしてますね。
2020.05.12
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『ツバキ文具店』と『キラキラ共和国』に登場した 神社仏閣や様々なお店等、鎌倉の街を紹介する一冊。 鶴岡八幡宮、鎌倉宮、由井若宮、甘縄神明神社に、建長寺、光明寺、浄智寺、 鎌倉市農協連即売所や増田屋豆腐店、つるや、ザ・バンク、鎌倉文学館等々。 こんなにもたくさんの場所が登場していたんだと、改めて気付かされます。 添えられているコメントもほのぼのとしていて、二つの作品に馴染んでいます。 鳩子や先代、QPちゃんにミツローさん、そしてバーバラ婦人やパンティーに男爵。 そんな登場人物たちに、思いを馳せながら読み進めていきましょう。
2020.05.12
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本須麗乃(もとすうらの)は、生活に支障が出るほどの本好き女子。 大学卒業後は、大学図書館への就職が決まっていました。 ところが、ある日、自宅の父親の書庫にいる時に地震が発生。 たくさんの本棚にぎっしりの本、それらが次々に麗乃に襲い掛かり…… 気が付くと、そこは住み慣れた生活環境からは、大きくかけ離れた別世界。 病弱で小さな幼女・マインに転生した麗乃は、周囲に本がないことに愕然。 本に囲まれた環境を取り戻すには、自らの力で本を作るしかありません。 家族や友人たちを巻き込んでの、試行錯誤の日々が始まったのです。 ***読んでいて、まるでRPGをしているような感覚に陥る作品。リラックスして、サクサクと読み進めながら、主人公が、日々レベルアップしていくのを実感することが出来ます。現時点では、大きな壁にぶつかることはほぼないまま、前進中。この作品は、もともと「小説家になろう」という投稿サイトに掲載されていたもの。そこでの連載はすでに終了しており、全話無料で読むことができます。ただし、書籍化するに当たっては、かなり手を加えた様子。原文を読むまで、私は麗乃が本当に死んでしまったとは、思っていませんでした。
2020.05.10
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「カフー」とは「果報」。 沖縄の離島・与那喜島の方言で、「いい報せ」「幸せ」のこと。 そして、この作品の主人公・友寄明青(あきお)の飼っている犬の名前。 この設定がなされた経緯は『フーテンのマハ』に詳しい。 明青は、友寄商店という戦前から続く「よろずや」を一人で営んでいる。 裏には巫女のおばあが住んでおり、そこで毎夜食事を共にする。 おばあが話す言葉は、まさに沖縄の方言。 作者の訳注無しには、とても理解できるものではない。「ウシラシ(お知らせ)、あったかね」夕食後、明青が茶碗を片づけていると、おばあからそう尋ねられた。家に戻ると、郵便受けに一通の封筒が。差出人は『幸』、明青には心当たりがない。 遠久島の飛泡神社で、あなたの絵馬を拝見しました。 あなたの絵馬に書いてあったあなたの言葉が本当ならば、 私をあなたのお嫁さんにしてくださいますか。 あなたにお目にかかりたく、近々お訪ねしようと決心しています。(p.23)しばらくして、長い髪、白い帽子とワンピースの女性が、明青の目の前に現れる。「はじめまして、幸です」島のリゾート開発問題や、明青を残して島を離れた母親のその後、そして、おばあの入院などが絡み合いながら、お話は進んでいく。 ***お話が始まってしばらくは、その文章に初々しさを感じていたのですが、しばらくすると、もうページを捲る手が止まらない。やはりその筆力は、デビュー時から圧倒的なものがありました。さすが、第1回『日本ラブストーリー大賞』大賞受賞作品です。ただし、登場するキャラクターの行動については、「?」と、首を捻らざるを得ないものも見受けられます。なので、最後は少々モヤっと感を残したまま読了。まぁ、これは『でーれーガールズ』でも、ありましたが……。
2020.05.10
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不勉強にも、私は筆者の先崎さんについてどんな方か全く知らぬまま、 タイトルに興味をひかれて、本著を手にしました。 そのような事情から、本著を読み始めたとき、 自分が勝手に抱いていたイメージと、随分異なる一冊だと感じました。 先崎さんは、日本大学危機管理学部教授で、近代日本思想史を専門とする方。 本著「まえがき」には、2017年は明治維新の勉強に没頭したと記されています。 また、本著では「辞書的基底」をキーワードに、現在の社会現象を斬ってみるとともに、 明治から戦前の日本思想を総動員して、時代を立体的に見てみるとも。 *** 各人が経済活動を自在に行うことで競争がおこり、 新規の発想によって市場が活性化され、もうける者と損する者とがでてくる。 これが自由主義的な発想です。 たいする民主主義的な発想では、 できる限り多くの者が平等であるべきだという方向性を持っている。 自由主義と民主主義は本来、対立的な発想なのであって、 どちらかに過度に傾斜すると、 反対方向にこれまた過剰に揺り戻しがおこるばあいがあるのです。(p.31)著者は、大正時代と現代は似ていると述べています。行き過ぎた自由主義的政策の結果、犠牲者が出てしまったと。 本来、政治とはあくまでも「悪魔との取引」にすぎないはずだ。 政治とは善悪が混在し、清濁併せ呑む世界であり、 純粋でも美しくもない行為なのであって、 美の論理と政治の論理は区別する必要があるのだ、と。(p.37)これは、「美と政治は切っても切れない関係にある」とした三島由紀夫に対し、政治思想史家の橋川文三が「美の論理と政治の論理」という論文で、両者の区別を強調したことについて、著者が述べた部分です。強烈なインパクトと共に、頷ける内容だと感じました。 人は、態度のよくない隣人や怒鳴り散らす会社の上司、家族とのあいだの対立、 嫉妬や葛藤などを日々処理しながら生きているのであって、 周囲の人間関係の複雑な機微のなかで、人生の糸を紡いでいる。 日常性とは、呆れはてるような不断の調整の積み重ねなのです。 生きることに絶対の解決方法、万能薬などありません。 人は、反権力にも、正義にも、世界平和にも、酔い痴れることができます。 そこに「政治」が生まれてしまう。 でも政治的熱狂だけでは、人間の幸福は実現しない。 「人間」はもっと複雑な生き物、あるいは慎み深い生き物だからです。(p.165)「深いなぁ」と思いました。まさに、日常性とは「不断の調整の積み重ね」です。今、私たちは、コロナの影響でとても厳しい状況の真只中ですが、コロナ以前も、コロナ以後も、常に「不断の調整の積み重ね」に変わりはありません。
2020.05.09
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副題は「すごい人ほどダメだった!」 夏目漱石、ノーベル、ベートーヴェン、スティーブ・ジョブズ等々、 後世に名を遺した偉人たちにも、実は様々な失敗があった! そんな24のエピソードをまとめた一冊。 色んな失敗を乗り越えた後、これらの人たちは名声を勝ち得たのです。 しかしながら、トータルしてみると相当悲惨な人生を歩んだ人もいますし、 生きている間は、全く世間に受け入れてもらえなかった人もいます。 良い時期が長ぁ~く続いたという人は、そうそういない感じ。 さて、これらの偉人たちは、数々の名言を残していますが、その中で、私の印象に最も残ったのは、アインシュタインの次の言葉。「常識とは、18才までに身につけた偏見(かたよった見方)のコレクションである」スゴイと思いません?しかし、それ以上に印象深いのが、数々の偉人たちの失敗談の後に記されている本著の著者・大野さんのコメント。これが、本当にイイんです。例えば、二宮尊徳のエピソード「にげ出す」の後に書き添えれた次の言葉。 たしかに、どんなにツラくてもにげずにがんばるというのは、 とても美しいことです。 でも、本当に「自分の力ではどうしようもできない!」と感じたときは、 その気持ちにまかせて、にげちゃいましょう。(p.15)どうです?イケてるでしょ?オードリー・ヘップバーンの「コンプレックスをかかえる」の後のコメントも良いですよ。 地道な努力で手に入れたものがふえると、自分の好きな部分もふえていきます。 そして、ある日、これまで自分をなやませていたコンプレックスに対して、 こう思うようになります。「ま、いっか。それも自分」(p.93)子供向けに書かれた本のようですが、大人が読んでも胸に響くものが多々あります。そこらへんの自己啓発書より、きっとあなたの成長を促してくれる一冊です。
2020.05.07
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史上初の女性総理、しかも最年少の42歳でその座についた相馬凛子。 その夫・日和は、日本を代表する大財閥相馬一族の次男で、38歳の鳥類学者。 美男美女である二人の馴れ初めや、政治改革に向け奮闘する日々を、 総理の夫・日和が日記に記していくという形で、お話は進んでいきます。 お話の中には、あの久遠久美も登場! 総理大臣に指名された翌日に、凛子は早速、所信表明演説の草案作りのため動き始めた。 内閣参与にも招いた「伝説の」スピーチライター・久遠久美という女性を我が家に呼んで、 政策秘書となった島崎君、その他内閣のブレーンを次々に呼び、 客間の一室にろう城して草案を練った。(p.92)こんな感じで、所信表明演説の段階から関りを持ち、その後は、施政方針演説でもその力を発揮しています。 まず、あの感動的な施政方針演説後のこと。(中略) だから、まず、国民にじっくり聴いてもらい、かつ、じっくり考えさせたという点で、 凛子のスピーチは評価されてもよい。 これは、凛子のブレーンである「伝説の」スピーチライター・久遠久美の、 縁の下の力によるところも大きかっただろう。(p.343)さらに、勝負の解散総選挙でも、もちろん大活躍。この時には、夫の日和にも例のアドヴァイスをしていました。 が、凛子のお抱えスピーチライターであり、 選挙演説のコンサルタントを務めた久遠久美さんに、 「最後まで、決して泣かないこと」と、厳しく言われていた。 「日和さんが泣き出したら、総理だって泣きたくなっちゃうでしょ」と。 総理のためにも、決して泣くなとのお達し。 「それに、いくらイケメンでかわいい旦那さまだからって、 さすがに四十男が男泣きしたら聴衆はドン引きよ」とも。 さすが久美さん、勘が冴えている。(中略) で、「最後まで絶対に泣きません」と久美さんとは確約して (この約束、幼稚園レヴェルな気がするが……)、 応援に駆けつけることとなった。(p.378)政界の様々な人物や政党名、さらには政局等々、その設定は『本日は、お日柄もよく』とは全くの別物です。でも、久遠久美というキャラクターに関しては、まさに久遠久美そのもの。こういう登場の仕方というのは、読者にとっては嬉しいものですね。そして本著において特筆すべきは、安倍昭恵さんによる巻末の「解説」。この作品の文庫版が刊行されたのは、2016年12月のこと。そして、朝日新聞が森友学園の売却価格について報じたのが、2017年2月のこと。少し時期がずれていれば、この「解説」は、誰か他の方が書いていたかもしれません。 日和はさっそく騒動に巻き込まれます。 出勤しようと自宅を出た途端、報道陣に取り囲まれてしまうのです。 そこにかけこんできたのが、 凛子が党首を務める直進党の広報担当者富士宮あやかでした。 彼女は、日和専属の広報担当。 日和は、彼女から日々の言動についても指示されます。 これは、私とは大きく違うところで興味深く読みました。 私には広報担当者がおらず、総理の外交行事の時以外は、 基本的に自分が会いたい人に会い、行きたいところに行っています。(p.449)「富士宮さんのような人がいたら……」今頃、晋三さんはそう思っているかもしれません。
2020.05.05
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『ツバキ文具店』の続編。 QPちゃんのお父さん・ミツローさんと入籍して守景家の一員となった鳩子。 QPちゃんは小学校に入学し、鳩子から習字の指導を受けるようになりました。 そして、鳩子の母親だと名乗るレディ・ババが、突然お金の無心をしに現れます。 その他にも、お盆休みにミツローさんの実家に帰省したり、 ミツローさんと、亡くなった前妻・美雪さんのことでケンカしたり、 癌を患った男爵が、死んだら妻・パンティーに手紙を書いてほしいと頼みに来たり、 ミツローさんが、新たな場所にオープンするお店で試食会を開いたり、等々。様々な変化が起こり続けますが、そこに漂う空気は穏やか。レディ・ババとの一件も、QPちゃんやミツローさんの言葉によって、ザワザワしていた鳩子の気持ちが、す~っと落ち着いていったのでした。またの続編もありそうですね。最後に、この作品の中で、私の心に残ったところをご紹介。まず一つ目は、ここ。 並んで歩いていたら、バーバラ婦人が教えてくれたキラキラの法則を思い出した。 大晦日の晩、除夜の鐘をつきに行く途中の道で教えてくれたのだ。 目を閉じて、キラキラ、キラキラ、と心の中で唱えるだけで、 心の暗闇に星が現れて明るくなると。 あれから私も、そのおまじないを実践するようになった。(p.136)私も唱えてみたいと思いました。続いて、二つ目はここ。 海からの帰り道、ミツローさんがぽつりと言う。 「ずっと、恨んできたんだよ。犯人を。 お前も、同じ目にあって苦しんで死ねばいい、って、ずっと思ってた」(中略) 「でもさ」 ミツローさんは続けた。 「どんなに相手の不幸を望んだって、 それで自分が幸せになれるわけではないんだ、って気づいたんだ。 手紙を書きながら。」(中略) 「生きていくしか、ないんだよね。 でもって、犯人に仕返しできるとしたら、 それは自分が幸せになることなんだって、気づいたんだ。 僕らが泣いてたら、相手の思う壺なんだよ」(p.325)通り魔の凶行により、突然最愛の妻を奪われたミツローの言葉です。深いです。
2020.05.03
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『でーれーガールズ』の岡山弁は、難なく読みこなしたものの、 『リーチ先生』の大分弁には、少々苦労した私でしたが、 本著はバッチリ。 何と言っても、普段使いの言葉ですから。 ***1995年1月17日早朝、神戸市長田区に住んでいた丹華(ニケ)は、突如大きな地震に襲われます。がれきに右足を挟まれ、身動きが出来なかった彼女を救ったのはゼロ先生。しかし、彼女の母親は、がれきに埋もれたまま炎に飲み込まれてしまいました。震災で父親も失った丹華は、兄の逸騎(イツキ)、妹の燦空(サンク)と共に、最初は避難所で、その後は仮設住宅で、ゼロ先生と一緒に4人暮らしを始めます。ゼロ先生は、心療内科の院長だった人で、震災後も診察を続けていたのですが、やがて、心臓の病に倒れ……。 ***ゼロ先生や心療内科研修医の由衣、そして仮設住宅に住む人々に囲まれ、たくましく成長していく丹華や逸騎、燦空を描いたお話ですが、その根底には、ゼロ先生とその息子である心臓外科医との葛藤が据えられています。先日読んだ、『猫を棄てる』に相通ずるものがあると感じました。また、本著タイトルにある「翔ぶ」の意味するところは、読み進めるうちに明らかに。ファンタジーの要素が、リアルの中に紛れ込んでいることに、少々の驚きと戸惑い。そして、私が本著で最も気に入ったのが、次の風景描写。マハさん、素敵です! 少しだけ開いた窓から、かすかに風が忍び込んでくる。 淡いベージュのカーテンが、ふわりと丸みを帯びて、 風のかたちに揺れている。(p.233)
2020.05.03
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