貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2006/05/03
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日が暮れて来た。磐境(いわさか)は遠慮がちに白露に言った。

「そうだな、夜になれば竹生(たけお)様も探して下さるだろう」
白露は撤収の合図の狼煙を打上げるように指示した。

寒露は久遠(くおん)を連れていた。寒露より少し下だが同じ霧の家の者だった。身軽で寒露に次ぐ速さを持っていた。白露が久遠を連れて行くように言ったのだ。久遠なら寒露の足に着いて行かれるだろうと。寒露が間人の事を”特別な子”と思う気持ちが強すぎる事を白露は心配していた。
「撤収の合図です」
久遠が言った。
「ああ」
寒露は振り向きもせず、奥へ進んで行く。

久遠は繰り返した。この若者も寒露の様子がおかしい事にとっくに気が付いていた。寒露は先程から何かに呼ばれているような気がした。それは馴染みのある感覚だった。他人とは思えぬ呼び声が心の奥に響くような。間人かもしれないと思い、すぐに否定した。あいつの心は三峰様で一杯なはずだ。今は俺を呼ぶわけはない。もっと身近な・・

「寒露様!」
久遠が追い縋り、なおも叫んだ。寒露は振り向いて叫び返した。
「お前は先に戻れ!」
「そうは行きません!」
久遠は叫び返した。ざざっと熊笹を走る気配がした。
「誰かいるのか!」
寒露は呼びかけた。答えはない。また走る気配がした。
「間人か?返事をしろ!」
ざざっ、ざざっと熊笹を掻き分け、それは走っていく。
「兎かもしれませんよ」

「あんな大きな兎がいるか」
「熊ですか」
この若者は身軽だが頭は切れるとは言い難いらしい。
「お前、変だと思わないか?ずっと生き物の気配を感じなかっただろ」
「ああ、確かに」

久遠は或る時偶然見てしまった三峰の首の傷を思い出した。牙が喰い込んだような・・竹生が人でなくなり、そして何になったのか、久遠は思い出した。久遠は怖くなった。
「戻りましょう、寒露様」
その時、声が聞こえた。
「おーい、こっちだ!」
白露の声だった。そうか、白露が俺を呼んでいたのか。
「今、行く!」
寒露はそちらに向かった。

崖だった。覗き込むと人影が見えた。間人だ。寒露は腰に巻いていた縄を解き、手頃な木に結びつけた。
「俺が降りる」
「はい」
寒露は縄の端を握った。そろそろと寒露は降りた。不意に足場にしていた岩が崩れた。寒露は右腕を崖にこすりつけて落下した。縄が張り切った。寒露は何とか岩肌にしがみついて止まった。服は破れ、腕には裂傷が広がっていた。久遠は崖っぷちに膝を付き、慌てて下を覗き込んだ。
「ご無事ですか!」
「ああ」
痛む右腕をかばいつつ寒露はゆっくりと降りた。下にたどり着くと横たわる間人の姿を見下ろした。
(お前は本当に三峰様と離れ難く、ここまで来たのだな)
その傍らに屈み込み、手をのばし間人の頬に触れた。温かい。鼻の下に掌をやると息が感じられた。
(生きている・・)
寒露の胸に喜びが広がった。上に向かい叫んだ。
「間人は生きてる。俺も怪我をした。二人では登れそうにない」
久遠が上から覗き込み、叫び返した。
「人を呼んで来ます」
「頼む」
寒露はその場に座り込んだ。腕の痛みが酷くなっていく。けれども心の痛みよりはまだ耐えられる気がした。



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Last updated  2006/05/03 12:45:01 PM


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龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
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