貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/06/22
XML



黒い枠で縁取られた艶子の笑顔は慈愛に満ちており、見る人々は自然と敬虔な気持ちになった。

門から屋敷の横手を抜け、訪れた人々は庭に回った。ベランダに面した仏蘭西窓をすべて開け放ち、その奥に祭壇が作られていた。喪主席の黎二郎の背中には、隠し切れない落胆と哀しみがあった。黎二郎と艶子の夫婦仲が睦まじい事はつとに有名であった。人々は痛ましげにその背中を見た。長らくの病身であったとは言え、穏やかで誰にでも慕われた艶子の死は周囲に深い哀しみをもたらした。

驕る事なく気さくな性格だった艶子は、使用人達にも好かれていた。執事の前園始め誰もが、悲しみを押し隠し静かに葬儀の手伝いに勤しんでいた。先代からこの家に仕えて来た前園は、黎二郎の艶子への愛の深さを良く知っていた。そして黎二郎の”お役目”について、屋敷の中で唯一すべてを知らされている人間であった。それだけに黎二郎の辛い心中を思いやり、黎二郎の負担を減らすべく、葬儀の最中何くれとなく心を砕いていた。

黎二郎の隣にはまだ年端も行かぬ娘と息子がいた。姉は幼いながらも弟を気遣う素振りを見せ、母を亡くした事に気丈に耐えていた。弟は母の死を理解していない様子だった。黎二郎はかばう様に二人の子供の肩を抱いたり、手を握ってやったりしていた。子煩悩でも知られた黎二郎であった。

黎二郎の会社は業績も良く成長していたから、弔問客も多かった。黎二郎は務めて冷静な態度で受け答えをしていた。柩の周囲には沢山の花が飾られていた。贈り物の豪華な花々も多かったが、庭から摘み取られた可憐な花もあった。艶子の側に仕えていた者達が艶子の好きだった花を飾ったのだ。それが艶子の人柄を偲ばせた。読経の中、焼香が始まり、人々は祭壇の前にやって来ては去っていった。

葬儀の途中から子供達は女中にまかせ、子供部屋へ引き上げさせていた。この様な場所に子供達を長く置きたくなかったのだ。そしてさすがの黎二郎も疲労の色が濃く、口を聞くのも億劫になっていた。執事の前園は黎二郎の喪服の下の傷が癒えていない事を知っていた。前園はさりげなくささやいた。
「後は私どもが、旦那様はお休みを」
「ありがとう、だがそうも行くまい」
それでも前園の勧めるままに黎二郎は椅子に腰を下ろし、前園の気遣いに感謝した。


艶子は小さな箱になった。

夜も更ける頃には屋敷も静かになった。黎二郎も自室へ引きあげた。安楽椅子へどっかりと崩れる様に黎二郎は腰を下ろした。張り詰めていた気がゆるむと、哀しみが押し寄せて来た。
(私は戻って来たのに、キミがいない・・)
黎二郎は両手で顔を覆った。

黎二郎の血は『奴等』には毒になる。それが黎二郎の武器なのだ。それは黎二郎に命を削る戦い方を強いる事になる。だから艶子の”癒しの力”が黎二郎には不可欠だった。”癒しの力”は艶子の命を削る。病身の艶子には負担になり過ぎる。芳しくない艶子の容態を見て、黎二郎は艶子を今回の戦いに同伴しなかった。(深手を負うなよ)とマサトが言ったのはこの事だった。

(『奴等』との戦いは、あれが最後と龍彦様も預言された。『火消し』の仲間も次々に倒れ、残ったのはマサト様とカヅキ様、そして私だけだった・・)
『奴等』を倒す為に黎二郎の血も多く流された。だが無駄死はするつもりはなかった。最後の一匹を黎二郎の剣が切り裂いた。彼の血を浴び『奴等』は生き絶えた。

戦いは終わった。



(続く)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

にほんブログ村 小説ブログへ

『窓の記憶』主な登場人物
『火消し』シリーズの主な登場人物
『火消し』シリーズの世界の解説

貴方の仮面を身に着けて
掲載された小説等はこちらでまとめてご覧になれます

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007/06/23 02:22:06 AM
[窓の記憶(改訂版・完結)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Profile

menesia

menesia

Archives

2024/11
2024/10
2024/09
2024/08
2024/07

Comments

龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
menesia @ Re[1]:白衣の盾・叫ぶ瞳(1)(03/20) 風とケーナさん コメントありがとうござい…
menesia @ Re[1]:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) 龍5777さん 「戯れに折りし一枝の沈丁の香…
龍5777 @ Re:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) おはようございます。「春一番 風に耐え…
menesia @ Re[1]:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) 龍5777さん 「花冷えの夜穏やかに深まりて…

Favorite Blog

織田群雄伝・別館 ブルータス・平井さん
ころころ通信 パンダなめくじさん
コンドルの系譜 ~… 風とケーナさん
なまけいぬの、お茶… なまけいぬさん
俳ジャッ句      耀梨(ようり)さん

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: