貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/06/24
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気がつくと黎二郎はあの部屋に戻って来ていた。『火消し』とその仲間達が戦いに赴く為の部屋、時のはざまにある部屋に。黎二郎はソファに横たわっていた。”戦いの領域”から帰還したものの、黎二郎の血は『奴等』を倒す為に費やされ、もはや彼を生かす量を残してはいなかった。

黎二郎は死を待っていた。誰もが去った部屋に黎二郎は一人が残されていた。戻れない事を艶子に済まないと思っていた。だが彼女は許してくれるだろうと思った。”お役目”なのだ。私達の逃れられぬ宿命なのだ。そうは思っても彼女と離れて一人死んでゆくのは辛かった。黎二郎は薄れていく意識の中で、艶子の顔を思い浮かべていた。

誰かが黎二郎に触れた。最期の力を振り絞って黎二郎は目を開けた。目の前に艶子の笑顔があった。何故来たと言いたかったが声が出なかった。艶子は白く長いドレスをまとっていた。天使の様に優しく慈悲深く、そして美しかった。艶子は黎二郎の手を取った。暖かい命が黎二郎の中に流れ込んで来た。それが彼女の力だった。だがそれは黎二郎を癒すと同時に彼女の命を削っていく。黎二郎は拒みたかったが、動く事は出来なかった。
「愛しているわ・・貴方を」
艶子の頬に一筋の涙がつうっと流れた。艶子は目を閉じ、黎二郎の上に崩れる様に重なった。

「カヅキもカナも消えたわ。マサトも長い眠りに着いた・・」
どこからともなく女の声がした。
「貴方の望む所へ、送ってあげるわ」
『道標』のサギリの声だった。黎二郎は心の中で願った。

「分かったわ」

(私達は帰って来た。二人の居場所へ、二人の帰るべき家へ)
艶子を寝台に寝かせると、呼び鈴を押して前園を呼び、かかりつけの医者に連絡する様に指示した。前園は直ちに平吉を叩き起こすと、馬車で医師を迎えにやらせた。「奥様の容態が急変した」と屋敷の者達に知らせた。その間に黎二郎は血まみれの服を脱ぎ、寝巻と濃紺のガウンを羽織った。艶子の部屋へ戻ると女中頭の喜代がいた。
「子供達を起こさない様に、騒ぎ立てるなと皆に言ってくれ」
喜代は頭を下げて出て行った。

再び二人きりになると、黎二郎は寝台に身を伏せ、艶子を抱きしめた。
細い身体は温かくいつもの香りがした。仄かな花の香り、水薬の甘苦い香り、そして艶子自身の柔らかな肌の香り。
「キミを愛している、今も昔も、これからも・・」
黎二郎は意識のない妻にささやいた。

医師が到着し、慌しい気配が室内から屋敷中に広がった。未明に艶子の心臓は止まり、医師は臨終を告げ、去っていった。それから通夜、葬儀と時間は瞬く間に過ぎていった。

そして今、黎二郎は一人自室でうなだれ、哀しみに沈んでいた。


「どうした」
今年三つになる子は、不安げに大きく目を見開いていた。
「お母様がお部屋にいない。どこに行ったの?」
黎二郎は立ち上がると息子の側へ行った。そして息子の前にかがみ込むと、子供の小さな肩をそっと大きな手で包む様にした。
「お母様は遠くへ行かれたのだ」

子供の真っ直ぐな声が黎二郎の胸を打った。黎二郎は息子を抱き締めた。
「今夜はお父様と一緒に寝よう」
そして子供を抱き上げると、自分の寝台へ連れて行き寝かせた。布団の中から父を見上げ、子供は再び問いかけた。
「明日、お帰りになる?」
黎二郎は頷いてみせた。
「そうだな」
黎二郎は子供に初めて嘘をついた。今宵のこの子の安らかな眠りの為なら、自分は嘘つきになってもかまわないと、黎二郎は思った。



(続く)
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Last updated  2007/06/25 03:07:46 AM
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