貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/07/20
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場末の酒場に、黒衣の天使が舞い降りた。

店にいた者達は全員茫然とした面持ちで、純白の長髪をなびかせて歩く美影を見詰めていた。天使は店のカウンターで泥酔してうつ伏している男に近づいた。その男もこの店にはふさわしくない品の良い身なりと贅沢な雰囲気を身につけていた。

カウンターの花瓶の赤い薔薇を白く繊細な手が掴んだ。
「安酒に安い娼婦、これほどお前に似合わぬものはないな」
真珠が口から零れ落ちたような声が言った。

男は顔を上げた。朱雀であった。
「竹生様・・」
「お前が苦しむほど、奴は喜ぶ。無駄に悩むのはやめよ」
竹生は朱雀の肩を抱き、顔を覗き込んだ。青く輝く魔性の瞳に朱雀の姿が映りこんだ。

「しかし、私はかつて愛する者を手にかけた。そして”人ではない”のです」
竹生の瞳が更に青く輝いた。
「それがどうしたというのだ?百合枝はお前を愛している」
「本当の私を知ったら・・」
竹生は微笑した。天上の微笑だった。
「なんと、又そんな臆病な言葉をお前から聞くとはな」

竹生の片手が朱雀の頭の後ろに回った。竹生は朱雀を引き寄せた。手にした薔薇も色褪せるほどの美貌が朱雀の目の前にあった。薄赤く柔らかい唇が朱雀の唇に重なった。朱雀は逆らわなかった。さらさらと長く白い髪が揺れて流れ、二人の横顔を隠した。
「悩むのは、百合枝の答えを聞いてからにせよ」
濡れた唇が言った。物憂い夜の響きを含んだ声で。

出掛けの進士の助言も、朱雀の事を思えばこそと解っていた。朱雀は明日マンションに戻ったら、百合枝に愛を告げようと思った。そして自分に関するすべての事も。その時の百合枝の態度次第で今後の事を決めようと思った。たとえ百合枝が自分を嫌っても、百合枝の身の安全と生活については、一生面倒を見ていくつもりだった。自分が百合枝の前から姿を消しても、百合枝を守る方法は幾らでもあるだろう。

朱雀は言った。

竹生はカウンターの中に手を伸ばし、一本の琥珀色の瓶を掴みだした。店の者は誰も止めなかった。ただうっとりとした面持ちでそれを眺めていた。竹生はちらりと流し目でバーテンダーを見た。
「氷を・・くれないか」
若いバーテンダーは竹生と目を合わせた途端、体中の力が抜け、へなへなとカウンターの床に座り込んでしまった。
「やれやれ」
竹生はひらりと身軽にカウンターの中に飛び込むと、そこにあった二つのグラスに氷を入れ、琥珀色の酒を満たし、一つを朱雀の前に置いた。

竹生はグラスを目の高さに持ち上げた。朱雀も同じ様にした。軽くグラスを触れ合わせ、二人は一気にグラスを空にした。竹生は軽くグラスを振った。カラカラと氷が硝子細工の鈴の様に透明な音を立てた。
「ここから先は、遠慮なく馳走になるぞ」

ようやく立ち上がったバーテンダーに、朱雀を指差しながら竹生は言った。
「後の勘定は、あの男に付けておいてくれ」
そしてバーテンダーの胸ポケットに紙幣を差し入れ、にっこりと微笑みかけた。バーテンダーは再び床に尻餅を付き、今度は目を回して動かなくなってしまった。竹生はいつもの無表情を取り戻し、つぶやいた。
「どうやら、今夜はセルフサービスの様だな」
竹生は酒瓶を取り上げると、自分と朱雀のグラスに注いだ。


磐境から朱雀に緊急の連絡が入ったのは、それから半日も経たない雨の降り始めた午後であった。




(続く)
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Last updated  2007/07/20 11:37:25 PM
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