貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/08/02
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薔薇の咲き乱れる夕暮れの庭に、華やかなさざめきが広がっていった。屋敷の庭で披露宴が行われていた。白いウエディングドレスの百合枝と礼服の朱雀を皆が取り囲んでいた。屋敷の家族、幸彦と真彦、そして盾達も招かれ、二人を祝福していた。

ベランダから芝生にテーブルが出され、津代の心尽くしのご馳走が並んでいた。津代は百合枝の乳母だった女で、屋敷に百合枝が戻った時、料理番として戻って来たのだ。元々はマサトの手配で来た佐原の女だったから、屋敷の事情もすぐに飲み込めた。竹生も快く向い入れた。福々とした体格と田舎育ちの女の健康さと遠慮のなさで、男どもを叱咤しながら、津代は屋敷の家事を切り盛りしていた。

進士と桐原は銀の盆を手に、人々に飲み物をサービスしていた。伴野は庭の照明や飾付に気を配っていた。千条も黒い礼服をまとい、百合枝の車椅子の側に控え、久しぶりに顔を合わせた元の同僚達と楽しげに言葉を交わしていた。

三峰も今日は黒い礼服であった。すっきりとした長身に、白い髪が黒い絹の襟にかかる姿があまりに麗しいので、彼を見慣れているはずの人々まで、しばし三峰から目を離せなくなってしまうのであった。幸彦は琥珀色の液体の入ったグラスを手にしていた。
「竹生は?」
「兄はまだ寝ております。最近、目覚める時間が遅くなった様で」
そう言いながら、白き守護者は幸彦に微笑んでみせた。
「そうかい、今日の夜は長くなりそうだね」
「我らの夜は元々長いのですが、今日は特にそうなりそうですね」

この屋敷に特別な力が働いている事は、幸彦も三峰も知っていた。ここには敵は入り込めない。幸彦も真彦も安全なのだ。三峰は優雅に頭を下げた。
「ありがとうございます、幸彦様」

ひと通りの乾杯も挨拶も終り、宴はくだけた雰囲気になった。お腹も一杯になった柚木は、大人達の中にいるのも退屈になり、薔薇の間の小道を東屋の方へ歩いていった。東屋にからまる薔薇の蔓に咲きかけた蕾が、白く仄かに闇に浮かんで見えた。東屋の小さなランプに火が入れられていたが、柱の影に隠された光は表までほとんど届かなかった。それでも柚木には、薔薇の蕾を見上げて横顔を見せている少年が誰であるか、たちどころに解った。

柚木は恐る々々呼びかけた。
「真彦」
少年は振り向いた。甘い薔薇の香りが漂う闇を透かし、柚木を認めた顔に微笑が花の様に広がった。その顔は柚木の覚えているよりも大人びて、幸彦の面影が濃くなっていた。
「柚木」
柚木はその微笑に向かい歩き始めた。柚木は真彦の傍らで立ち止まり、手を伸ばして咲きかけた薔薇を摘み、真彦に差し出した。真彦は笑顔でそれを受け取った。
「背が高くなったね。僕は届かなかったのに」
「僕の方が大きい方が良いだろう?僕はお前の盾だもの」
柚木も真彦に笑顔を見せた。

「僕らはもっと強くなるんだ、皆の為に」
「そうだね」
「ああ」
友情は甦り、二人は再び共に歩み始めようとしていた。

少し離れた薔薇の木陰に、白く長い髪が揺れた。青き魔性の眼と夢見る瞳が柚木と真彦に祝福のまなざしを投げかけていたのを、二人は知らなかった。

「何もかも取り戻す時は、近いかも知れぬな・・お前がここを去る日が」
竹生は腕の中の身体のぬくもりを慈しむ様に抱き締めた。
「いいえ・・もう少し、もう少しだけ、私をこのままでいさせて下さい」
白い手が竹生の背中に回された。
「今の私は・・弱過ぎる」
白く長い髪がさらさらと夜風に流れ、月は雲間に隠れた。
「私は・・また壊れてしまう・・哀しみに押し潰されて・・」

茂みの向こうから、陽気なざわめきがやって来た。竹生はそちらを見遣った。
「そうだな・・この幸福に、我らもしばし酔うのも良かろう」
竹生の眼は、遠い百合枝の笑顔すら見る事が出来た。
「深い哀しみから、ようやく立ち直った魂の為にも」




(続く)
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Last updated  2007/08/02 05:21:06 PM
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