貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/08/03
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「朱雀、落ち着け」
「そう言うな、三峰」
医療の建物の片隅で、朱雀は初めての我が子の誕生を待っていた。父親の先輩である三峰は、余裕の表情で長椅子にゆったりと腰を下ろしていた。朱雀は目の前の扉の中の様子を伺いながら、その前を行ったり来たりしていた。普段の朱雀からは考えられない、そわそわとした態度である。

朱雀と百合枝の子は、佐原の当主の預言を受けた子である。幸彦と真彦が同じ夢を見たのだ。未来の”村の守護者”になると。村中が赤子の誕生を待っていた。その子が土地の加護を再び取戻すきっかけになるのではないかと、誰もが期待していた。

佐原の村で子供を産みたいと言い出したのは百合枝だった。朱雀は何も言わなかったが、それを周囲の皆が望んでいる事を、百合枝はそれとなく感じていた。予定日が近付き、朱雀は和樹に会社をまかせ、百合枝と共に佐原の村に帰った。幸彦と真彦も一緒だった。吉報と共に、久しぶりの当主の帰還に村は沸きかえった。三峰も二人の守護を兼ねて同行した。竹生が留守を守ると申し出た。”外”の守りを空っぽにするわけにはいかなかった。和樹を守る者も必要だった。竹生にはまだ余り動けぬ朔也を置き去りには出来ない事情もあった。

柚木も朱雀のマンションに残った。朱雀達が村へ戻りたい気持ちは理解出来たが、柚木はまだ村への憎しみが捨てられなかった。進士も柚木の世話と留守番の為に残った。

斤量(きんりょう)も佐原の村に戻って来た。奥座敷の番人が久しぶりに顔を揃えた。斤量と干瀬(ひせ)は真彦の部屋だった屋根裏の小部屋で、酒を酌み交わしていた。
「朱雀も本物の父親になるのか」
干瀬は心底うらやましそうな顔をした。その顔は忍野(おしの)の顔であった。

斤量が言うと、干瀬はにっこりと笑った。
「それは良い考えじゃの」
干瀬は天井を仰ぎ、叫んだ。
「更紗、更紗」
「気安く呼ぶな」
細く高い声が答えた。
「奥座敷の中央の部屋に、極上の絹の褥と金のたらい、それと沢山の湯を用意してくれんか。ワシの集めた水晶の玉、紫のも薔薇色のもやるから」
細く高い声が疑い深げに聞いた。
「ほんとにくれるか?」
「ああ、やるとも。これからもっと良い宝を、ワシは手に入れるのだからな」

斤量は呆れた。

「あれは未来の”村の守護者”だ。我等の御子になった方が良い」
干瀬は立ち上がり、斤量を見た。
「お前の”手”が必要だ」
斤量は少し考え、頷いた。
「良かろう」

「人の言葉で何と言ったかな・・そうだ、”善は急げ”だ」
細く高い声がからかう様に言った。
「急いてはことをしそんじる、と言う言葉もあるぞ」
干瀬が何か言い返す前に、笑い声とさわさわと鳴る羽根の音は遠ざかって行った。

「百合枝が消えた?」
扉から泡を食って転がり出て来た若い医師が、朱雀に百合枝の失踪を告げたのだ。
「突然、消えてしまったのです」
若い医師は泣きそうだった。三峰は天井を見上げた。そして微笑した。
「さすがお前の子だな。産まれる前から守りたいと思う者達がいる」
朱雀も気配に気がついた。
「奥座敷か」
朱雀は若い医師に言った。
「奥座敷で私の子が産まれる」
訳が分からず、若い医師はきょとんとした。
「すまんが、先に行かせてもらうぞ」
そして朱雀と三峰は頷きあい、風に乗り走った。
「こらこら、廊下を走っちゃいかん」
老医師がその背中に呼びかけた。その言葉が届く前に、二人はすでに医療の建物を出て、中庭を通過していた。
「さて、我らも行くとするか」
老医師は奥座敷に向かい、ゆっくりと歩いて行った。



(続く)
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Last updated  2007/08/03 04:22:41 AM
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