貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2007/08/04
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奥座敷の重い扉は開かれていた。中に幸彦と真彦が立っていた。朱雀と三峰の姿を見ると、幸彦は微笑んだ。朱雀と三峰は二人の前にひざまずいた。
「奥座敷の番人の仕業、許してやってくれ」
佐原の家の家令の郷滋(ごうじ)もやって来た。幸彦は郷滋に言った。
「他の者達は”前座敷”で待ってもらってくれ」
前座敷とは奥座敷の一番手前側、当主が村人と謁見する間である。郷滋は頭を下げた。
「承知致しました」
「さあ、立って。奥へ行こう」
幸彦と真彦に導かれ、二人は奥へ進んだ。女の悲鳴が聞こえた。朱雀の顔が険しくなった。三峰がささやいた。
「心配はいらん」

朱雀は眉間の皺をゆるめた。

金泥を施した襖の前で、幸彦は立ち止まった。
「百合枝さんはこの奥にいる。心配ないよ、間宮(まみや)も一緒だから」
間宮は佐原の家の厨(くりや)を預かる女である。良く気のつく陽気な老女だった。幸彦はすとんと腰を下ろし、胡坐をかいた。
「僕らはここで待とう。二人共、楽にしていいよ」
二人は素直に従い、畳に腰を下ろした。真彦は引き締まった表情をしていた。子供ながら不思議な威厳のある顔であった。
「お父さん・・」
幸彦は頷いた。
「ああ、行っておいで」
真彦は襖を細く開けると中へ滑り込んだ。朱雀の目にちらりと中の様子が見えた。うずたかく積まれた白い布団や白い布が見えた。

「寒いと思ったら、雪だ」

「幸彦様、真彦様まで徹夜をさせてしまい、誠に申し訳ありません」
「いいんだよ、大事な子じゃないか。この村が土地の加護を失って以来、初めて村で産まれる子なんだ。皆の希望・・」
幸彦の目に不思議な光が宿った。
「ああ・・そうだ・・希望、希望の星を持つ子、その名に・・」
(夢が来ている・・)


鋭い赤子の産声が聞こえた。朱雀がぱっと立ち上がった。三峰も幸彦も立ち上がった。襖が左右に開かれた。こらえきれず朱雀は踏み込んだ。部屋は縦に長く、朱雀はどんどんと奥へ歩いていった。白い褥の手前で朱雀は立ち止まった。朱雀を見て間宮がうれしそうに言った。
「男の子ですよ」
白い褥の中央に百合枝が半身を起こし、白い布にくるまれた赤子を胸に抱いていた。その赤子を百合枝の腕の替わりに支えているのは異界の翼持つ者だった。左右に斤量と干瀬がいた。常人には見えないが、朱雀はその三人の異界の者を見る事が出来た。幸彦と三峰も朱雀の傍らに立った。

真彦が赤子の顔を覗き込んでいた。
「さあ、佐原の当主として、この子の名を・・」
幸彦が真彦に促した。真彦の目にも光が宿っていた。真彦は細いがはっきりとした声で言った。
「しおん・・紫苑・・その名に希望の星を持つ者・・未来・・我らの村の守護者たる者・・・」
ふわりと風が百合枝の髪を舞い上げた。三峰がつぶやいた。
「おお・・まさしくこれは、風の力」
朱雀は見えない力に導かれる様に、百合枝に近寄って行った。朱雀が百合枝の傍らにひざまずくと百合枝は朱雀を見て微笑んだ。朱雀は何と言って良いのか分からなかった。
「良くやった、ありがとう」
それが朱雀の口から出た言葉だった。

異界の者の手が朱雀に、たった今紫苑と言う呼び名をもらった息子を手渡した。白い布に包まれた命は余りにも軽く、朱雀は戸惑った。
「貴方に似ていると皆が言うのよ。きっとハンサムになるわね」
美しい赤子だった。まだ見えぬはずの目で、父親を見上げていた。干瀬が言った。
「朱雀よ、紫苑は我らの御子だ。我らの守護を受ける身だ。大事に育てよ」
斤量が言った。
「朱雀殿、我らは紫苑の力になる。柚木と真彦、そして紫苑・・この村の未来の為の大切な子供達なれば」
朱雀は三人の異界の者達に頭を下げた。
「心して、奥座敷の番人よ。貴方がたの恩寵に感謝致します」

風が吹いた。奥座敷の襖が次々とひとりでに左右に開かれ、前座敷まで一直線に開けた。さわさわと鳴る羽根の音と共に細く高い声が言った。
「朱雀殿、お披露目を」
朱雀は百合枝の顔を見た。羽根のある異界の女に支えられた百合枝の顔は、疲労の色は濃いが喜びに輝いていた。微笑を浮かべ、百合枝は頷いた。朱雀は息子を抱き、皆の待つ前座敷へと進んだ。後ろから幸彦と三峰が続いた。真彦は意識を失い、干瀬の腕に抱かれていた。



(続く)
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Last updated  2007/08/04 03:19:50 AM
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