貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2010/09/02
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朱雀が入っていくと、人々の視線は彼に集まった。驚きと好奇の混じった表情と共に、この長身の美丈夫の為に、人々は自然と道を開けた。朱雀を見た女の目元が百合枝に良く似ていると朱雀は思った。百合枝より七歳下と聞いたが、姉妹と言っても可笑しくない。何処か百合枝と共通の雰囲気があった。

焼香をすませ、女が頭を下げるより早く朱雀は会釈をし、そして女の眼を覗き込んだ。
「詩織さんですね。私は百合枝の連れ合いです」
詩織の顔に、親しみのこもった笑顔が浮かんだ。
「百合枝さんの?」
詩織の問いたい事を、朱雀は先回りした。
「百合枝は身体の具合を少し悪くしましてね。今日は一緒に来られずに申し訳ない」
朱雀は会場を見渡した。

詩織の顔に困惑の色が浮かんだ。
「母の身寄りは殆どいなくて」
「では、私だけかな?」
詩織は恥じて頷いた。
「はい」

朱雀は詩織に微笑みかけた。やや砕けた口調で朱雀は言った。
「では、親族としてお手伝いさせてもらえるかな?」
詩織は驚いた顔をした。
「それでは申し訳ありませんわ」
「仕事柄、こういう席には慣れているのでね」
朱雀が眼くばせすると、新明(しんめい)が入って来て、詩織に頭を下げた。

形式通りの挨拶をすると、新明は言った。
「私どもも、お手伝いさせて頂きます」
新明は警備部の者を数名連れていた。彼らも詩織に頭を下げた。

新明が詩織と話している間、朱雀は部屋の隅で中年の葬儀屋の男と言葉を交わしていた。自分の名刺を渡し、男に素早く金を握らせた。朱雀の会社はそれと名の知れた会社である。陰気な顔の小男はいきなり愛想良くなり、ペコペコと頭を下げた。戻って来た朱雀は新明に言った。
「後はまかせた」

新明は葬儀屋と打ち合わせを始めた。朱雀はそのまま詩織の隣に並び、訪れた人々に挨拶をしていた。喪服であっても只者ではないと一目で解る、威厳と同時に人を惹きつける魅力を持つ朱雀がいるだけで、場内の空気が変わった。詩織は朱雀の存在を心強く感じていた。写真の母の顔も、心なしか少し安堵した様に詩織には思えた。

人々が去り、会場には詩織と朱雀だけが残っていた。詩織は神妙に朱雀に頭を下げた。
「本日はありがとうございました」
朱雀は笑って言った。
「他人行儀はやめよう、堅苦しいのは苦手でね」
「でも」
朱雀は長身を折り曲げ、詩織の顔を覗き込んだ。
「私達は他人ではないのだよ。キミは百合枝の従姉妹だ、私は百合枝の夫だ」
詩織の目の前に端正な顔があった。青く甘い香りがした。詩織の頬に朱が走った。うろたえた自分を隠す様に詩織は言った。朱雀の眼から眼をそらす事は出来ないままで。
「親しき仲にも礼儀あり、と言いますわ」
朱雀は詩織の眼を覗き込んだまま、そっと詩織の肩に手を置いた。
「私は、礼儀にはずれた事をしたかね?」
夜気に冷えた肩に、朱雀の大きな手の温もりは心地良かった。
「いえ」
詩織は小さく答えた。
「今夜は、この近くのホテルに泊まるそうだね」
「はい、明日は早いですから」
「屋敷へ来ないか?知らない部屋で一人でいるよりは良いだろう。百合枝も逢いたがっている」
「御影のお屋敷に?」
「ああ、知っているかね」
「子供の頃に、お伺いした事があります」
「剛三氏は、キミを可愛がっていたそうだね」
「ええ、でも」

玲子は剛三に気兼ねして、あまり屋敷を尋ねようとしなかった。心無い身内に「金目当て」だと露骨に嫌がらせをされたせいもある。玲子はその事は剛三に言わずにいた。だが気付かぬ剛三ではなかった。百合枝に二人の様子を見に行かせる事もあったのだ。
「百合枝さんは、いつも優しくして下さいました」
「では百合枝に逢いに来てくれるね。心配ない、あの屋敷には部屋なら沢山ある。キミの部屋もすぐ用意させる」
詩織の脳裏に、緑の窓の屋敷が浮かび上がった。
「ホテルの方は新明に処理させておく。私の車で行こう、着替えは?」
「ここの受付に預けてあります」
「よし、受け取ったら行こう」
詩織はすでに屋敷に泊まる事になっている事態に気が付いた。だがそれを断る気持ちにならない自分に驚いていた。詩織は朱雀にいつのまにか深い信頼を寄せていたのだ。

(つづく)





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Last updated  2010/10/05 03:35:43 PM
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