貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2010/09/03
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運転をしながら朱雀は言った。
「百合枝の事を、話しておかねばならない」
夜の街の灯りが車内に飛び込み、朱雀の整った横顔をくっきりと浮かび上がらせた。
「百合枝は、しばらく前に事故で身体が不自由になってしまったのだ。自分では歩く事も起き上がる事も出来ない」
「まあ、百合枝お姉様が?!」
思わず昔の呼び方で詩織は叫んだ。
「通夜の席で言って、キミに余計な心配をさせたくなかったのでね」
「お気遣いありがとうございます、社長」

「キミは我が社の社員じゃない、朱雀と呼んでくれたまえ」
「はい、朱雀さん」
「キミの事を詩織と呼んでいいかね?」
「ええ」

「では、詩織」
「はい」
「百合枝は、足が動かないのだ。両腕も失ってしまった」
「そんな」
「しかし彼女自身は変わらない。素晴らしい女性だ。私は百合枝を愛してる」
朱雀の言葉に、詩織は百合枝の現在の幸福な人生を感じた。
「百合枝さんが羨ましいわ、朱雀さんの様な素敵な方がいて」


しばらく沈黙が続いた。車は渋滞に巻き込まれる事もなく、滑らかに走り続けていた。
「キミは、ずっと一人で?」
「母と二人で」
朱雀は詩織の頭の良さを感じた。話していて退屈しない女性は少ない。百合枝を知った後、朱雀はそれを痛感する様になっていた。詩織はそんな所も百合枝に似ていた。朱雀はおどけて言った。
「我が社には良い男が沢山いるのだ。キミが気に入る者が居るといいな」

詩織は笑い出した。ここ数日で初めての笑いだった。
「そんな心配もして下さるの?」
「そうだな、キミが百合枝を姉と呼ぶなら、私はキミの兄だ。相手が出来たら、必ず私に知らせるのだよ」
「試験でもなさるの?」
「勿論さ。キミには幸せになって欲しいからね」

先程逢ったばかりなのに、詩織は朱雀という男とずっと知り合いだった気がしていた。たちまちのうちに人と打ち解けてしまうのも、社長業で必要な社交術かも知れない。けれどもそんな事は今の詩織にはどうでも良かった。母が死んで天涯孤独と思っていたのに、そうではないと感じ始めていたから。

(つづく)





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Last updated  2010/10/05 03:39:37 PM
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