車の中で朱雀に聞かされた話を、拓人はその場ですべて理解したわけではなかった。太古から続く『奴等』との戦い、母親は悪鬼と呼ばれる化物になってしまった事、朱雀達はあの化物と戦う者達である事。解っているのは、自分が天涯孤独になってしまったという事だけであった。
不安な気持ちがそのまま口に出た。
「俺は、どうすればいい?」
朱雀の深く豊かな声が、拓人の耳元で聞こえた。
「私の息子になればいい」
拓人は驚いて隣の朱雀を見た。その端正な顔には、先程の戦闘の跡はみじんもなかった。初めて見た時と同じ穏やかな笑みがそこにあった。
「その為に来たのだろう?」
すがりたくなる思いをこらえ、拓人は言った。
「でも貴方は俺の親父じゃない」
あの時、かつて母親だった化物は言ったのだ。拓人の知っている声とは似ても似つかぬひび割れた声で。
「あいつがお前の父親であるものか。この女が出まかせに言ったたわごとよ。都合良くこの男は我らが敵。連れて来てくれて助かったよ、お前は親思いの良い子だね」
わざと母の顔に戻り、化物は高笑いした。
朱雀は鷹揚に頷いた。
「そうだな、今までは。これからなればいい、私の息子に」
拓人は目を丸くした。
「本気?」
朱雀は微笑した。
「和樹も柚木も、実の父は私ではない。だが今は私の息子だ」
朱雀は拓人の頭越しに柚木を見て言った。
「そうだろう、柚木」
「はい」
柚木は答えた。朱雀は拓人に視線を戻した。
「血の繋がりはなくとも、情が通えば親子になれる。キミにはまだ保護者が必要だ」
青く甘い香りがした。
「俺で、いいの?」
「私が望んでいるのだ」
柚木は二人を見ていた。
(情が通えば親子になれる)
柚木は心の中で繰り返した。それはかつて柚木と義理の父・忍野を斤量が評した言葉だった。
車は瀟洒な鉄の門の前に停まった。とっぷりと暮れた中であっても、大きな屋敷であるのが拓人にもおぼろげに感じられた。車を降りた途端、拓人の足がもつれた。柚木が素早く手を貸した。夢の中にいるかのように、拓人は足元が覚束なかった。朱雀が拓人を抱き上げた。
「さっそく父親らしい事をする機会をくれてありがとう」
朱雀は拓人を軽々と玄関まで運んで行った。
(つづく)
(終)社長の息子(16) 2012/10/15
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