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三浦綾子の「氷点」のリメイク版・テレビ朝日で放映された木曜ドラマ「氷点2001」(全10話)(http://www.tv-asahi.co.jp/hyoten/)をここ1週間でまとめて一気に見た。日本でビデオが発売されているのかは不明だが、こちらではVCD6枚組で売られていた。この小説、中学生の時に読んで非常に影響を受けた。「人間にとって原罪とは何か?」そんな難しい言葉ではなく、自分の生き方や人に対しての接し方を、この小説を機にいろいろ考えた気がする。作者の三浦綾子さんにも手紙を書いたことがある。当時、病のため、自らはペンが執れないながら、旦那さんの代筆でお返事を2度ほど頂いた。敗戦時、教師だった三浦さんが、子供に教科書に墨を塗らせたことに対する絶望的な思いを綴ったエッセイなどにも考えさせられることが多かった。92年、高校2年の時、東京都洋上セミナーで初めて中国に来る直前、修学旅行で北海道・旭川を訪れた。氷点の舞台であり、三浦さんの故郷でもある。なんだか、とても嬉しかった記憶がある。聖書も読んでみたが、すぐに挫折した。しかし、大学は偶然、ミッション系だった。キリスト教の精神から学んだことは多いかも知れない。昔の思いが一気に湧いてきた。思うことがたくさんあるが、うまく言葉にならない。今度日本に帰ったら、もう一度、「氷点」を読んでみたい。
2004年02月28日
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新学期が始まって2週間。「お試し期間」が終わって授業確定。○月曜日午後 新聞評論研究○火曜日午前 現代出版理論と実務研究午後 新聞編集学研究○水曜日午前 取材と記事化○木曜日午後 当代中国コミュニケーション事業改革と発展○金曜日午前 新聞法制と倫理研究 専門中国語 午後 視覚コミュニケーション理論○日曜日午前 コミュニケーション史研究*午前 8:00-11:30 午後 14:00-17:00各授業とも読まなきゃいけない参考文献がたくさん。先生もやる気いっぱい。今学期も気が抜けない。
2004年02月27日
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朝から何も食べていなかった。大量のコピーに走り、翻訳をし、書類をそろえる。「中国政府奨学金」の申請準備。締めきりは、3月2日16時、東京・江東区にある国際教育協会に必着。一度、日本の自宅に送り、返信用封筒を入れてもらったりしないといけないので、時間的にそろそろタイムリミット。焦る。必要書類は、書くのも面倒。(興味のある方は↓こちらから。)http://www.aiej.or.jp/study_a/scholarships_foreign.html日本語と中国語の書類を正本のほかにコピーを10部づつ作る。EMSで日本に送る時には、書類だけなのに小型の段ボールにこん包されてた。書類を揃えながら、昔の仕事時代を思いだす。貿易実務。インボイス、B/L、パッキングリスト、原産地証明、保険証書……。出荷ごとに書類が増える。整理下手の私のデスクはいつも大変なことになっていて上司にやさしく怒られた。しかし、この時の経験が今も活きているように思う。「出願書類の記入欄に不備がある場合または不足書類がある場合は受理しない」仕事と違ってお客さんに迷惑をかけはしないが、自分にふりかかってくる損失。どちらも緊張感がある。朝から始めたコピー&書類綴じの作業は午後の授業が始まる14時前にやっと終わった。そして授業が終わった16時過ぎ郵便局へ。書類審査の結果が分かるのは3月下旬。もし通れば4月5日か6日に日本で面接試験がある。受かって欲しいな……。でないと、秋からあと最低1年ある留学期間の留学資金のメドがたたない。3年弱日本で働いた時の貯金も丸2年の北京生活でさすがに底をつく。しかし、どうもすでに留学を始めている人には不利という話も聞き、競争率は高そうだ。まあ、書類をすでに出してしまた今は、後は運命を任せるしかない。※26日(木)16時に出したEMSは、28(土)18時ごろ台東区の自宅に到着。ネットで荷物がどこにあるかの検索が可能。到着したら自分宛メールをもらうことも出来る。(仕事時代も工場のラインを止める一歩手前で冷や冷やしながら貨物の行方を追っていたっけ…)http://www.post.japanpost.jp/tsuiseki/ems/index.html
2004年02月26日
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光一くん、ゆりさん、えみさん。日本語を勉強している中国人の友達たち。みんな日本語名を持っている。今日は彼らと日本食。彼らは日本に行ったこともないのに、言葉だけでなく日本の習慣もかなり習得しているので、一緒にいるとたまにおかしな感覚になることがある。「中国語、上手だなー」、そう思う一瞬があるのだ。不思議。(最近、本当毎日おいしいもの食べて幸せ。でも明日は何もない予定。)今日の午後は、彼らに誘われてと北京外国語大学のなかにある日本研究所へ。日本留学を控えて、研究計画書を書かねばならずその助っ人になったというわけ。いやいや、こんなことで少しでも役に立てるならとても嬉しい。この日本研究所の図書館。想像以上に日本語の本が充実している。言語関係ばかりと思いきや、政治・経済・社会学など専門書も多い。自分の専門のメディア系もかなりあり、時間が出来たら通いたくなった。研究生は貸し出しカードも作れるらしい(いろいろな条件があり詳細は未調査)。閲覧だけなら学生証があればokだ。 *今日の午前中は、「取材と記事化」。学部生の留学生用クラス。単位にはならないのだが、学部と院で専門が異なる場合、学部の基礎科目を2つ補修として受けなければいけない。そのひとつとして選んだ由。さすがに留学生科目、分かりやすい。今日のテーマは「誤報」。その原因分析と対策をするのだが、興味深かったのは、体制上の問題。中国共産党宣伝部による報道規制が正面から取り上げられた。「私の友達はメディアで働いていているけど、彼らは北京でSARSが蔓延していること知りながら、政府の不安をあおるべきではないとの方針ゆえに報道できなかったんです」と、若手の先生。最近、この議論は多い。もちろん問題は多いが率直な議論が依然よりも増えてきたように思う。今学期はまた楽しい授業が多い。 *旅行記を更新する時間なく.......。やばい。
2004年02月25日
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黒板に二つのメールアドレスが書かれた。「これ、メモしておいて!」一つは教授の個人アドレス。もうひとつは授業用アドレスで、パスワードも公開されている。授業で使ったパワーポイントの資料などを先生がここに送り、学生は自由にダウンロード出来る。サイトにUPするような手間もかからず、無料アドレスだからタダ。なかなか頭がいいなーと感心してしまった。(こんなの当たり前か?)「現代出版理論と実務」出版概況に始まり、関連法規、経営管理、出版の基礎、制作実務、税制、版権ビジネスなどに関する講義。他の授業同様、3時間の授業だが、休み時間には、スクリーンに、ディズニーのライオンキングが流される。理由は分からないが、心和み、後半の授業も頑張れる。見た目はタダのおじさんなのだが、なかなか切れ者の匂いがする(なーんて書いて、先生にばれたら怒られるか.....)。 ※今日は、北京師範大学に短期研修で来ている人たちと焼き肉。語言大学近くに出来た日本風焼肉店。値段も良いお値段だが味もなかなか。以前は北京のビジネス街にしかなかった、こういうお店が学生街にもスゴイ勢いで増えつつある。ちなみにこのお店、今月は開店セールで半額らしい(ビラをもらったので一応宣伝)。なお5人で朝日ビールをかなり飲んで半額で約280元。※牛家(82376558)学院路と清華東路の十字路の南西角、弘〓大厦4階(〓は或に似た字。機種依存文字でシステムエラーに..) ※北朝鮮旅行記。今日も更新なし。。。やばい、早く書かないと。。。そろそろ焦りが(^_^;)
2004年02月24日
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遼寧の阜新で生まれ育ち、先週、初めて北京に出てきたばかりの25歳。田舎で専門学校を卒業して、コンピュータ会社で1年。今は北京で仕事探し。そんな彼と夕食を食べた。中国語チャットQQで知り合った友達だ。「なかなかいい仕事が見つからないよ」「給料が安くて」「30歳で結婚したい」そう語る彼は不安を抱えながらも希望に満ちあふれているように見えた。普段つきあっているクラスメートたちとはまたちょっと違う中国を見た気がする。 ※日曜日の朝の授業。先学期、留学生科目と重なってとれなかった必修授業、コミュニケーション史。リレー形式の授業のトップは、中国で新聞教育の大家と呼ばれる先生だった。1926年生まれ。先生はまず研究のイロハを語った。勉強、研究、そして蓄積。学部時代から利用しているというカードを片手に熱く語るその姿は間もなく80歳とはまるで見えない。学んだことを、あとで参照できるよう1項目別ごとにカードに書き込む、この作業を、もう50年以上続けているという。眠い目をこすりながら出た授業だったが、先生の目を見詰めていたら、自分は何と甘えた生活をしているのかと、恥ずかしくなった。 ※北朝鮮旅行記…ごめんなさい、おやすみです。。。
2004年02月23日
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今学期、唯一の全休となる土曜日。(日曜には朝から授業が入ってしまった……トホホホ)18時語言大学近くの「ひげおやじ」。ネット仲間を中心に6人で集まる。この2月に来たばかりのお二人と初顔合わせ。しかし、そのうちの一人は、思いもかけず、私の小学校(台東区立大正小学校)の近くで以前働いていたことが判明。遠い記憶が急によみ返り、同級生の名前を連発。お米屋さんの○さん、おせんべい屋の△さん、魚屋さんの×さん……と何とも、下町らしい会話に。けど、それにしても、先日の上海のMさんといい、ネットの威力はスゴイ、そして世の中は本当に狭い。20時半亮馬橋の武の助。トコトコの交流会。初めて会う方、久しぶりの方。今回も大いに刺激を受けて帰宅。いろんな分野で頑張っていらっしゃる方の話を聞くのは本当に楽しい。 ※2月10日の日記に「北朝鮮旅行記(初日)【下書き第1稿】」をUPしました。(まだ書き途中ですが)
2004年02月22日
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最近、いろんなコトが頭を回っている。「人見知り」は、「子供などが見慣れない人に対して不安を感じたり、恥ずかしがったりすること」(大辞林)だけど、「国見知り」というのもあるんじゃないかな? と思ってみたり。 私の小さいとき、アメリカは良い国、ソ連は悪い国だった。でも、思えば別にどっちもよく知らなかったなーとか。 92年、私が初めて中国に行くとき、周りの人はとても奇怪な目をしてったけ、とか。 *北朝鮮旅行記を書かなければと思いつつ、なかなか余裕がない。今週は授業が始まったこともあり、久々に会う人が多い。気付けば帰国した先週の日曜日から毎日会食が続いている。その際、必ず話題になる(する)北朝鮮旅行。北朝鮮に行ったと聞いて、第一リアクションは日本人の場合、大体二つに分かれる。「いいな~、行ってみたい!」派と「行けるの? あんな所? 危険だよ」派。(中国人の場合、これに「ふ~ん」、という無関心派が加わる。)前者の場合、「意外と普通だったよ」という私の感想を、「おー、そうなんだぁ」と聞いてくれることが多い。(しかし、じゃあ本当に行ってみたいかというと、二の足を踏む要素は多いようだ)一方、後者の場合には、、「意外と普通だったよ」というと、「洗脳されてるんじゃないの?」という反応が結構ある。私は北京に滞在して丸2年。ここ最近の日本における北朝鮮に対する嫌悪ムードにはちょっと鈍くなっている。「意外と普通だよ」と言えない雰囲気がどうやら日本にはあるらしい。正直、私とて、北朝鮮を専門に勉強している訳でもなく、その知識は微々たるもの。今回の旅行だって、たかが4泊しただけ。朝鮮語も出来ない。こんな私が、一国について、なにか断定的なことを書けるはずがない。実際に最近行ったことがあるひとが極端に少ないので、得てして、一を見て十を語ることをしてしまいがちだが、それは避けねばならない。事実を出来るだけ詳細に語り、他の人の目で見た感想と照合しながら、全体像を捉えていく必要を感じている。だから、「意外と普通だよ」みたいな感想は、本当はあまり言うべきないんだ。そんなことを思って最近は「楽しかったよ」「おいしかったよ」(毎食のご飯は本当に申し訳ないほどに豪華でおいしかった。これには複雑な思い・これもまた改めて)と小学生のような感想を述べたりしている(こんなの情けないけど)。そんな意味からも、旅日記を綴るにはちょっとじっくりと腰を据える必要がある。(なーんて、言い訳か。。。。でも、ゆっくり頑張ります)
2004年02月21日
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授業選択に翻弄された一日。私の所属する新聞学部の修士研究生の留学生は私を含めて3人だけ。基本的にカリキュラムは中国の学生と同じなのだが、政治科目と語学科目が留学生だけ異なる。しかし、その細かな情報を事務室も実は把握していない。受動的に待っていたら、時既に遅しで、気付いたときには単位が取れず卒業できないという事態にもなりかねない。そんなわけで、留学生3人で事務室を訪ね歩いた。まだ全てが解決したわけではないが、何となく先が見えてきてほっとする。疲れたが、まあ韓国留学生2人との交流を深められたので、まあ良しとするか。(彼らと北朝鮮のVCDや写真を部屋で観たりもした)。夜は人民大の日本人留学生歓迎会。宿舎隣のレストランで。普段実は学内ではあまり交流の機会もないので新入生が誰なのかよく分からず。知り合いと話している間に終了となってしまった。くじ引きで、お茶・灰皿・ブリーチなどのセットを頂く。
2004年02月20日
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強いお酒を飲んだ翌朝は何故か目覚めが良い。ビールや日本酒だと胃をやられて気分が悪いことがあるが、中国の56℃の酒はそこまで飲めないから? 古代中国からの言い伝えである百薬の長とはまさにこのことか。 ★というわけで、睡眠時間4時間足らずながらも、朝4時過ぎから、今日午前の締めきりの論文にアクセル。中国におけるSARS報道の分析。随分多くの論文を読んだがなかなかうまくまとまらない。最後は、班長からの急かしにプレッシャーを感じながら、なんとか終わらせる。とりあえずあと2つ。少し先が見えてきた、か?? ★午前中、知らない番号からの電話。中国のネット友達だった。「今、人民大の門の前なんだけど!」。えっ? 論文締めきりなんだけど…と思いつつ、興味津々。急いで着換えて向かう。初対面。好青年だった。昨日北京にやってきてこれから仕事を探すという。今度暇なときにごはんでも食べようようと言って15分ほどで別れる。こんな出会いも面白い。 ★そのネット友達と別れて部屋に戻ろうとすると、数日前から北京に遊びに来ている元・理工大学の日本人留学生O君とばったり遭遇。一昨日の夜も空港から着いたばかりの夜に偶然道端で会った。なんとも不思議な縁。思えば彼との出会いは、偶然このサイトを見て連絡をくれたのが始まりだった。 ★さらに、ネットつながり。上海のshin7374さんの今日の日記に登場されていたMさん。なんかー知っている人かも? と思っていたら、やはり!その通りだった。仕事時代、夏休みを使って上海の復旦大学に1週間の超短期留学をした際に同じクラスだった方。う~ん、本当なんとも不思議な縁。 ★友人の友人が上海で働ける人を探しているとのことで、今は上海にいらっしゃる語言時代のルームメートだった方にその縁で適任者の紹介をお願い。今日、その方と先方と会って頂くことに。そんな連絡で上海からの電話がたくさん。 ★そうこうしていたら、↑の一人目の友人から電話。今度は彼が北京で人を探したいらしい。教育関係の事務職、女性。日本語の出来る中国人でも可。…と、こんなところでも宣伝してみたりする(笑)。詳細はまだ聞いてませんが興味のある方はご連絡くださいませ。 ★ところで、上海といえば、SARSの時期毎晩のように通った加藤屋の店長がこの店を離れ、上海へ。次は上海で会合か? ★先ほどの語言時代のルームメートと昨日話した際、その友達で北京にいる人の紹介を受ける。簡単な頼まれごと。その方とも電話。今度、ご飯食べましょう~。 ★夜、論文を提出後、元・理工大の彼が人を紹介してくれるとのことで、大学の前のスタバへ。しかし、約束の時間を過ぎていて会えず。電話もつながらず。 ★前後して、北朝鮮に行った仲間の一人が、語言の近くの悟空に行かない? ということで。では! ↑彼とも連絡もつかないことだし、ちょっと現実逃避して、久しぶりの水曜の会へ。 ★でも、その前に腹ごしらえ、と韓国料理屋に行ったら、JiaXiangさんとばったり。さらに座敷に入ったらまたネットつながりで久々に会う友人。そして、悟空では、いつもお世話になっている方々。 ★さて、クエスチョン。今日は何人の人と会い、電話で話したのでしょうか? ピッピッピー! …私にも分かりません(笑)。人のつながりに改めて感謝! あっ、まだ書きわすれていることありそう・・・・。でも、もう今日は寝ます。*そうだ、バイト先の研究室の先生に会う予定をあまりのハードスケジュールに明日へ。*あっ、加藤屋で知り合った中国人の友人から「連用修飾語にはどんな種類がある? 出来るだけ早く教えて」そんな依頼もあったっけ…。まずい、忘れるところだった…。(しかし、今は頭も働かずよくわからん。。。)ってなわけで、まだまだハードスケジュールは続く。あしたも楽しみ。ーーーーー・今週これまでに受けた授業月曜:(午後)新聞評論研究火曜:(午前)現代出版理論と実務(火曜)新聞編集学水曜:4月まで授業なし*水曜の新聞編集学の先生はめちゃめちゃ頭が切れる。私は知らなかったが学生の間でも評判だとか。関係ないが息子は14歳で飛び級で北京大学だとか。へぇー、である。
2004年02月18日
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帰国後めちゃめちゃハードな生活。授業開始、論文執筆、送別会、翻訳、校正、日本からのお客さま、クラスメートとの飲み会(また56度を250CC)などなど。でも、不思議なもので生活がハードなほど頭がさえてくる。寝てるときでさえ夢の中で色々考えている気がする。だからこういう生活は好き。北朝鮮日記も記憶の薄れないうちに早く書かなきゃだ。何しろ情報が少ない国。情報不足は人を不安にする。少ない情報は人の判断を偏らせる。ここ数日、そんなことを考えている。まず自身の体験と感想を記録。その後、さらに出来るだけたくさんの情報を集めて、多くの人の意見を聞く。今週中に最低、目次の提示、そして少しでも書き始める。これが目下の目標。
2004年02月17日
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平壌発北京行き国際列車で今朝、北京に戻りました。とても楽しく貴重な体験でいろいろなことを考えました。まだバタバタしていてゆっくりと言葉に出来ませんが、取り急ぎご報告まで。明日からは新学期です。
2004年02月15日
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【更新】○写真第一弾をUPしました。→ココ(5/7)2月10日(火)○4時 目覚ましで起きる。3時間ほどの睡眠。いつものことながら、計画性のない生活。たまった仕事の整理や旅行前の挨拶などをメールで書く。荷物は特に持って行くもんなんてないやと思っていたが、「暖房がないかもしれない」という情報が頭をよぎり、段々不安に。たんすの中から暖かそうなものを片っ端から放りこんだ。慌てているので、重ね着が可能かなんてことは関係ない。荷物を詰め込みながら、そういえば、新学期開始と同時に出なさなくちゃいけない論文のことも気になり出す。帰りの列車は24時間だったけ、この間に随分読めるな、と資料をプリントアウト。○7時宿舎の共同シャワーが使える時間。いつものように洗面器に着替えを持ってシャワーへ。この朝一番だったようでなかなかお湯が温まらなかった。シャワーを浴びながら、もしかすると、旅行中はシャワーも浴びれないのかな? とふと思う。シャワーを浴びて出てくると、今回の旅の隊長から電話。「待ち合わせ30分遅らせて8時半に変更してもOK?」飛行機は11時半発。空港までは1時間で着くからそれで問題なし。実は昨日、今回の旅のメンバーと夕食した際、隊長は多忙のため欠席、ほかのメンバーで時間を決めたのだが、飛行機は11時ごろということで、じゃあ8時にしましょうってな感じで決めた。全体を通して、ちょっと時間にルーズだった今回の旅らしい。○8時過ぎさて出発。「北朝鮮」に行くんだという実感はいまいち沸かない。いつも旅に出るときと同じく期待と不安が交じった感じ。大学の門を出て、歩道橋を渡る。ちょっと腹ごしらえ。鶏肉を挟んだ中華風ハンバーガーを屋台で買って外で頬張りながら、北朝鮮の鳥インフルエンザはどうなんだろうなー?とふと思う。○8時半過ぎ民族大から出発した今回の旅仲間のうちお二方が乗ったタクシーに拾ってもらっていざ空港へ! タクシーの運ちゃんに「どこに行くんだ?」と言われ、「朝鮮」と答えたら、「なに? 韓国? なんで日本人が韓国行くんだ、俺、韓国嫌いだよ」みたいな話になる。これ以上、面倒なので、敢えて「北朝鮮」とは言わなかった。○9時半頃北京空港着。やたらと人がいる。旧正月が終わって華僑の人々が帰っていくためだろうか? チェックインを前に隊長から、旅行証と航空チケットを受領。高麗航空。ハングルの書かれたチケット。旅行証はいわゆるビザ。私の名前が漢字ではなくハングルで書かれている。国交がないため、パスポートには入国・出国のスタンプが押されない。隊長にまとめて90元の出国税のチケットを買ってもらい、いざチェックインカウンターへ。普段乗る日系のカウンターと違って、一番端っこ。遠い。列に並ぶ。対応しているなかの数人の胸には、赤い金日成バッジ。綺麗なお姉さんが二人。ちょっと年配のおばさん一人。中国人スタッフも交じっている。列に並ぶ搭乗客は明らかに北朝鮮の人という顔つきの人(どう表現すべきか…)もいれば、そうでない人も。意外にその数は多い。そして、みな荷物が多い。引っ越しでもするかのよう。30キロを超えた分については追加料金。太い札束を財布に入れた国籍不明のマダム(たぶん朝鮮系)が値段交渉。それに、金日成バッジの年配係員が笑顔で応じている。さて、われわれの番。6人分まとめてチェックイン。さて、荷物を預けてOK、となるはずが、機械が壊れたとかで、大型荷物預け所に自分たちで持ってけ、と言われる。しかし、底に持って行ったら、一部の荷物はここじゃ預かれないと言われまた元の所へ。壊れていたはずが今度はOK。何だか分からないが、まあこんなこともあるか。。。(中国に住んでいると小さなトラブルはどうでもよくなってくる。まあ人にもよるんだろうけれど。)そして、出国手続き、手荷物検査を無事すませる。その後、搭乗を前に、さっきもらった旅行証が、出国時には回収されてしまうとのことで、その前にコピー。飛行機は予想に反して満席。いろんな国籍の人がいる。スチュワーデスはとびきり美人揃いか。。。と思いきや、そうでもなかった。隊長に『指さし朝鮮語』を貸してもらって眺めていたら眠くなり、そのまま睡眠。 機内食が配られ起きる。意外にも豪華。「中国国際航空よりもずっとと良い」と今回の同行者で、日本からの参加組の方の評。入国カード、携帯品申告カードなどを記入。他の国とは要領が異なり戸惑う。そんなことをしている間にあっという間に飛行機は着陸体勢に。農村のような街並が見えてきた。デジカメで撮影大会が始まった。 * * *(2/29更新)窓越しに農村が見えてきたことで、やっと「北朝鮮」という国に本当にやってきたんだという実感が湧いてきた。しかし、深く何を思う間もなく、綺麗に着陸。「中国の飛行機よりも着陸がうまい」との声が飛ぶ。着陸後、混雑している様子もないのになぜか滑走路を相当な距離移動した。途中、川にかかる橋を渡る。真冬のせいか、外の景色はさびしい。しばらく走り、やっと空港の建物が見えてきた。金日成の肖像が見える。おぉぉー、慌ててみなで写真をとる。間もなく飛行機は移動を止めた。そそくさと荷物を確認。タラップを降りる。目の前には先ほど、窓から写真をとった金日成の肖像画のかかった建物。タラップの下にはバスが待機。女性係官は若くて非常に綺麗だ。タラップの上でまたもや写真撮影大会。タラップを降りても、また写真をとりまくる。そして、やっとバスに乗車。しかし、そのバスの乗車時間は、1分ほど。今まで写真をとっていた、目の間に見える建物に移動しただけだった。「こんな距離歩けるよ....」、知らぬ乗客の間に、笑いが起きた。その建物に入ると、目の前がすぐに入国審査の列。気づけば、さっきの綺麗な女性係官が後方にいた。あれっ? バスには乗っていなかったはずなのに。彼女は歩いてきたらしかった。入国審査の列に並びながら、また写真撮影(入国審査の様子を写真に撮っていても咎められることもなし)。トイレの見学(小さいが割りに清潔)。そして、入国審査の順番に。受付がやけに高い。パスポートと旅行証を渡す。質問は特になし。呆気なく終わり。バーが開き、ついに入国。目の前には荷物受け取りターン。その前方は税関。そして、出口。数百メートルに一直線、必要なものがすべて凝縮している。非常に効率的だ。しかし、首都空港がこの規模とは....とも考えさせられる。明かりもほとんどが消され、薄暗い雰囲気だった。(続く)
2004年02月10日
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股引(25元)とスキー用手袋(15元)を購入。北京来てから友達とよく「股引論争」をした。履くべきか否か? 私はカッコつけでも、あるいは小学生時代風の日も雪の日も半ズボンを履きつづけ、近所のおばさんたちに「スゴイワネー」と言われた記憶が今も深く残っているから、というわけでは決してないのだが、履かない派。東京とは違う「耳がとれる」北京の寒さに、何度も「買おうかな?」という誘惑にかられたことか? しかし、「毛糸のズボンある?」その一言を発することに躊躇い、これまで買うことが出来なかった。しかし、明日(10日)からの北朝鮮旅行。前情報によると、部屋に暖房が効かない可能性も高いとか。外はマイナス20度。冬も半そで・半ズボンOKの我が部屋で、その様子を想像する。結論、無理だ。履かない派のこだわりは崩れ去る。さっそく買ってきて、この日記を書きながら、初試着。わぁ~、あったかい。こりゃいいわ! 来冬からは毎日お世話になりますっ。さて、まもなく出発。「気をつけて」というたくさんのメッセージをたくさん頂き、とても感謝です。本当に気をつけて行ってきます。写真も出来る限りとって15日朝の帰国後、ご報告したいと思っています。それでは、行ってきます!【日程表】2月10日 14:00 JS152便にて平壌着 専用バスにへ市内へ 都心にある蒼光院(ヘルスセンター)参観、清流レストラン(カレー)2月11日 午前:万景台、路面電車乗車体験、万寿台大記念碑、被服工場 午後:オープンセット、6月9日中学校など市内観光、ホテルへ 昼食:蓮池館食(朝鮮風クッパブ) 開城へ 開城泊2月12日 午前:軍事境界線上にある板門店参観、高麗博物館、王建王陵 午後:平壌へ、チュチェ思想塔、党創建記念塔、ハンバーガーショップ 昼食:統一館にて高麗の宮廷料理(飯床器料理) 夕食:安山館の平壌冷麺 平壌泊2月13日 午前:妙香山へ 国際親善展覧館、普賢寺、周辺散策 午後:万寿台創作社(生産工程見学)、インタネットカフェ 夕食(?):鶩(あひるか?)焼肉 平壌泊2月14日 午前:地下鉄 10:10国際列車にて帰路へ宿泊:平壌-高麗ホテル 開城-民俗旅館ガイド:金 春益、尹 斗英
2004年02月09日
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11日間伸ばし続けた髭をそりました。そろそろ新学期。クラスメートたちも田舎から続々戻りつつあるよう。私は10-15日まで平壌旅行。曇りのない目で見てきたいと思っているのですが、暖房が効かないかもということで、その寒さだけが心配...。そして北朝鮮から戻れば、翌日16日からは新学期。来年度中国政府奨学金の募集要項も明らかになり、この準備もしなければ。今日は、語言大学のJiaXiangさんが人民大を訪ねてきてくれました。語言の校内の様子をこと細かく説明する説明のページを作成。仕事のマメさと速さにいやはや脱帽! いや、私もこんなページ作りたいと思っていたものの、腰が重くて...なんて言い訳。何はともあれ、自分は何もしていませんが、JiaXiangさんの素晴らしいページが出来て私も感激です。今日のお昼は近くで餃子。美味でした。
2004年02月08日
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昨晩は家でゆっくり、と思っていたら、香港系不動産会社で働く中国の友人から「飲まない~?」との電話。と言われたら、断れない私、「もちろん行く!」。彼は年末に「優秀社員」に選ばれ、近く上海旅行に連れて行ってもらうとウハウハ。さらに4月には研修でタイへ行くかもしれないという。財布には数え切れないほどの100元札(1300円くらいに相当するが私の実生活上では1万円に近い感覚…。ちなみに私は普段10枚なんて財布に入れていることはまずない)。食事は済ませていったので、それほど食べることもなく、日本の居酒屋でも二人で100元。「新年に人におごると、その年は儲かるんだよ」との言葉に甘えて奢ってもらう。彼は今日11時半からデートだと言っていた。いいな~。 ★>実は、ネットで知り合った2歳の女の子のお母さんとその旦那さんを訪ねてみよう! というのがこの旅のそもそもの趣旨。(1月22日の日記)そう、前回の旅(1/22-27)は、QQという中国語チャットで知り合った「網友」(ネット友達)の家に行こう! という趣旨だったのだが……。結果は、会えずじまい。そして、偶然その網友と同じ街に住む友達にお世話になったという次第。なに、そのネット友達と恋したの? 危険なんじゃ? 会えなかったってフラレタ? 騙された? ……このことを別の中国の友達にネットで話したところそう聞かれた。で、そういえばこの日記でもフォローしていなかったことが気になった。そうか、なかには気にしている方もいるかも…、となると何も書かないのは不誠実だ。がっ、書きだすと、実は結構複雑になりそうなことに改めて気付く。論文とは言わずとも、小論文並かな...。ということでしばらく「宿題」にさせてくださいませ。時間を見つけて、中国語版チャットQQの解説とともにまとめたいなと思っています。いやはや、このチャット、かなりはまっているのです。会話のいい勉強にもなります。
2004年02月07日
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バンバンッッバンッバンッバン北京の学生街・五道口のとあるマンション群。その狭い路地でおじさんが一人爆竹を鳴らしていた。毎年死者が出ることから大都市では禁止されているはずの爆竹だが、さえない表情のそのおじさんは別に悪びれる風でもなく、一人直立不動で鳴り響く爆竹を眺めていた。まるでそれが仕事かのように。「あなた、早く鳴らしてきなさいよ。やらなきゃ福の神も来ないわよ! あんた給料安いんだから」、そう奥さんに言われ義務を果たしているのか? そんな馬鹿な想像をしてしまった。元宵節。旧正月1月22日から数えて15日目。日本で言う小正月。中国版バレンタインデーとも言われるが、今年は西洋版がもう間もなくということもあり、若者の間ではあまり重視されていない様子。今もまだ上海附近の郊外の実家にいる友達に、チャットで、「今日、なんか特別なことあるの?」と聞いたが、「別に…。小さい頃は灯ろう流しをしたけど」との返事。それでも、電車(最近自動改札が導入されたばかりの13号線)のホームでは、花束を持っている男性も見掛けた。元宵節に食べる「元宵」は、胡麻・ピーナッツなどの餡の入っているもち米のだんご。真ん丸なので家族団らんの象徴だとか。家族そろっって楽しく爆竹を鳴らせるそんな日はやってくるのかな。....ん? そんな妄想はさておいて、新学期開始までもう少し、勉強も本格化しなければ、である。 ★「えっ? PS2(プレイステーション2)って中国じゃ昨年末の発売じゃないの?」「ん?ずっと前からあるよ」「正規版は北京にはないけどね」「でも、これは?」「もちろん海賊版よ」古ぼけた店の外には「PS2」の看板。「いつから売り出したかなんて覚えてないさ」との店員の言葉がその「歴史」を思わせる。どうやら海賊版で有名な台湾ルートらしい。しかも海賊版なのに1年間の保証付き。正式版PS2の発売にあたっては、中国政府との許認可権の問題が複雑で発売延期になったと報道されているが、その裏には既得権益の保護があるのか? と勘繰ってしまう。。。中国ではオンラインゲームが主流で、ただでさえ日本のゲームは売れないとされるのに。果たして日本のゲームメーカーは今後どんな戦略にでるのだろうか? 海賊版本体価格約1600元、ソフト5元~20元、攻略本15元(1元は約13円) ★昨日の「新京報」に北京ダック専門店「全聚徳」でダックを食べる女の子の大きな写真。「北京ダック依然として人気」。キャプションによると、「全聚徳」のアヒルはすべて北京産で、合格証明書付。また、ケンタッキーは全国1000店あまりの全店で営業しているが、鳥インフルエンザの広がりとともに、一部地域では、客が減っているとある。続いて今日の「新京報」。農業大学の中国食品科学の専門家と北京ケンタッキーの社長が前門のケンタッキーでチキンを食べている写真。菅直人のカイワレダイコンを思いだす。昨日乗ったタクシーの運転手。「一番南は上海だろ? 中国は広いんだ、大丈夫。SARSは人が運んできたが、ニワトリは飛んでこないよ」。
2004年02月06日
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鳥インフルエンザに対する北京の一般市民の意識は如何に? 夜、出かけたついでにタクシーの運ちゃんに聞いてみた。「鶏肉食べるの怖くない?」最近タクシーの運転手をはじめたばかりで有名大学への行き方もまだ分からない28歳。北京の郊外生まれ。妻と3歳の子供の3人家族。おっ、昨日と同じ「子供のことを考えて食べない」パターンか? と思いきや、返ってきた答えは、「俺、もともと肉食わないんだ、脂っこいもんだめなんだよ...」えっ?? あんた中国人じゃん。脂っこいもんだめって、んじゃ普段なに食べてるの? 曰く、「野菜」。「ほらっ、俺こんなに痩せてるだろ」「それにお金もないんだ、だから外で食事はしないよ」中国人といえば、脂っこい中華料理ばかり食べて....、そうかぁ、これは自分の思考パターンに当てはめているだけなんだ...。予想外の展開ながらちょっと反省した。ならばリベンジ、というわけでもないが、近くのケンタッキーを2軒覗いてみた。結果、異常なし。普段と比べて客の入りがどうかは分からないが、それなりに混んでいる。では安全対策はどうなんだろう?と思い、中国の公式サイト(http://www.kfc.com.cn/ )をのぞいてみる。しかし、何も書いていない様子。う~ん。日本のサイト(http://www.kfc.co.jp/ )を見ると、トップページに「鳥インフルエンザ」に関するお知らせというリンクが大きく貼られ、そのページを開くと「当社の商品は安心してお召し上がり頂けます」として、鶏肉の原産地に関する詳細や、調理法に関する説明がある。米国サイト(http://www.kfc.com/ )にも、日本に比べると小さい扱いながら、Avian Flu virusというリンクがある。中国のケンタッキーはメディアの取材には「安全」としているようだが、ならば自前のメディアであるサイトを使ってきちんと広報するべきだ。果たして、鳥インフルエンザは今後北京をどう変えるのか?目が離せない。【写真】海淀区五道口の駅前に昨年オープンしたケンタッキー。系列のピザハットも北京で繁殖中。ちなみにこの中には、日本風居酒屋「魚太郎」もある。日本の甘太郎が懐かしくなる雰囲気。
2004年02月03日
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「わが家は、もう鶏なんか食べないわよ。2歳の『小公主』(※)がいるんだから」(※皇女の意味。男の子の場合の「小皇帝」は日本でも聞いたことがある方も多いかもしれない。共に寵愛されて育つ主に一人っ子の子供を指す。)これ、遼寧省・阜新市に住むネット友達(20代前半、女性)の1日夕方のコメント、正直少し驚いた。えっ、そんな危機意識もってるの?確かに、SARSの初期報道が徹底的に抑えられていたのに対して、鶏インフルエンザは、当初中国では発見されていないとされていたためか、早くから報道されている。各地域を記者歩いてのレポ記事もある(鶏料理を頼んだがどこにもおいてなかったなど……)。危機意識を抱くに足りる材料はある。だが北京にいる限り、あまりその深刻さは伝わってこないでいた。ところが、それよりもが発生地域から遠い東北の地の若夫婦の家庭で、鶏肉を自主的にシャットアウトしているとは……。SARSの時とは違う危機意識の表れなのかな? それともやはり「小皇帝、小公主」の力強し、ということか?ただ一方で、「なんてことないよ」(河北省承徳・医大生)、「怖くない」(北京の大学生)という声も根強い。んじゃ、もし世論調査をやったらどうなんだと思って、もっと広い声をネットで探してみた。中国の3大ポータルサイトの一つ新浪 (Sina.com)。鳥インフルエンザの特集ページ。そこに投票システムがふたつあった(2/2夜)。「鳥インフルエンザに直面して、あなたは近い将来鶏肉を食べ続けますか?」いいえ 32306票(65.52%)はい 16998票(34.48%)「あなたは鳥インフルエンザの発生は今のところあなたの正常な生活に影響を与えると思いますか?」ない 21614票(56.34%)ある 1127票(29.00%)なんとも言えない 5622票(14.65%)こうした調査は意図的な操作もあり得るので評価が難しいが(そもそもこのページを見て投票する人は問題意識がある人が多いのだろうし。)、それでも、65%が鶏肉を食べないといっていることは一応覚えておく必要がありそうだ。ちなみに私は27日、旅行から帰った夜、団結湖で北京ダックを食べながら、広西で鳥インフルエンザが発見されたということを人づてに聞いた。広州の友人からも大変だと聞かされながら、危機意識はあまり高まってはいない。危険を冒すつもりはないけれど、中国に来て、牛よりもむじろ鶏をおいしく感じるようになった今、鶏が食べられなくなるのは、かなり痛いな……。早い解決を祈るばかりである。
2004年02月01日
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