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アテネが終わり、いよいよ北京のカウントダウンが始まった。これからの4年間、世界は中国に何を求め、中国はどう変わっていくのだろうか? そして私は4年間、どこで何をしていくだろう? 赤い糸は??---ANAのCMのパンダがかわいい。----夜:北京のお知り合い(清華大学の皆さん)と「北海道」@大崎。笑いが絶えなかった。※月曜と火曜の日記を逆にUPしてしまいました。↑は8/30(月)の日記です。
2004年08月31日
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日本に一時帰国して2週間ちょっと。北京で知り合った知り合いとの再会の機会も多い。同じく一時帰国の人もいるが、多くは「本帰国」(=本当の帰国? 本格的帰国?)。仕事を始めている人もいるし、大学に戻って勉強している人もいる。自分よりも若い人もいるし、年上の人もいる。同い年もいる。職種や専門もいろいろ。中国が好きという人も多いが、嫌いだという人も意外と多い。「嫌いなら来なきゃいいじゃん」そんなふうに思ったこともあった。が、最近は、「嫌い」も人それぞれ、表現方法が違うだけ。それは「好き」の裏返しであることもあるし、期待しているからこその「嫌い」があることも最近、実感として知った。「嫌い」というネガティブな言葉が私は「好きでない」けど、それは個人の考え方の違い。ことに中国である程度の期間暮らしたことのある人がいう「嫌い」は奥が深いと思う。だから、いろんな人と会って話すのは楽しい。----しかし、食べすぎ、飲む過ぎか。今夜は気休めに上野から公園を散歩しながら帰って来た。それでも北京にいるのに比べれば歩いていない。----17時 有楽町高架下 タイ料理 http://www.tabeta.com/※630円均一。アジアの食堂的雰囲気がいい。20時 麻布十番 海南鶏飯食堂 http://www.route9g.com/*シンガポール本場のチキンライス おいしい!----「パンダ”出国史”中国外交の歴史 中国誌が特集」読売31日朝刊9面 「瞭望東方週刊」の記事紹介※月曜と火曜の日記を逆にUPしてしまいました。↑は8/31(火)の日記です。
2004年08月30日
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JRのSuicaでお買い物。上野駅の本屋さん、おそば屋さん。これでキヨスクでも使えたら、なかなか便利。日本でも電子マネー化が進んでいるんだ。中国でも、大学の食堂カードは一般的。今後使える範囲は広がりそう。そういえば、上海ではタクシーに乗ると、現金か? カードか?と聞かれた。それくらい交通カード(?)での精算が当たり前になりつつあるようだ。数年前の夢物語が一気に現実になっていく感じ。新しいものの導入スピードは日本のほうが早いとは限らない。リニアモーターカーはその象徴か?----家族でホテルの鉄板焼き。贅沢だ。
2004年08月29日
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羊肉と書いて、ヤンロウと読む。東京では一般的ではないが、北京ではよく食べるもののひとつだ。臭い、という理由で、日本ではあまり人気がない。だが北京の羊肉はうまい。臭くないとは言わない。けど、少なくとも嫌な臭さがないのだ。私はそう思う。生臭い話だが、それは血抜きのやり方が違うからだとモンゴル族の友人から聞いたことがある。中国に行って、羊肉を好きになる日本人は数知れない。その羊肉を今日、東京で食べた。日本で食べたのは、高校生の修学旅行で北海道に行って食べたジンギスカン以来かもしれない。北京留学生通信の創設者で管理人のしゅんさんの誕生日パーティー。お宅のお庭でのBBQ。あいにくの雨模様だったが、テント張りの屋根の下で、昼から晩まで食べつづけた。今日の羊肉は、北京留学生通信の立ち上げメンバーでもある小龍さんのお手製。非常なる美味。肉は東南アジアからの輸入肉だという。日本でもこんなにお気軽においしい羊肉が食べられるとはびっくり。串さし初体験も出来て大満足。しゅんさん、生日快楽! 来月北京でお待ちしています。----(奨学金のその後<続報>)文部科学省から、やっと書類が届いた。(28日昼)「平成16年中国政府奨学金留学生の最終結果について(通知)」という紙が一枚。文面は、「このたび、中国政府から駐日中国大使館を通じて中国政府奨学金留学生としての受入が決定した旨連絡がありましたので、お知らせします」。それだけ。学校などについては、触れていない。申請時には、すでに留学している人に対しても、第一志望のほか第二、第三志望を書かないと書類不備になるといわれているのだが。しかも、実は忘れていたのだが、送ってきた封筒は、面接時に私が渡した封筒だった。私が自分で用意した封筒、自分で書いた住所。自分で貼った200円切手。その封筒の「行」の上に「様」のスタンプを押して、上記の紙が一枚貼って返ってきた。仮に私が電話で問い合わせをせず、書類を送ってくれと言わなかったらこの封筒はどうしていたのだろう?返信用の封筒を手元に置きながら、「通知しませんでした」というのはどういうことなのか? これはきちんと問い合わせをすべきかと思っている。---携帯に迷惑Eメール2通。Cメール1通。
2004年08月28日
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「一枚の写真が国家を動かす」「世界の戦場から『戦火のイラク』」東京都美術館に写真展を見に行く。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会と、今年3月に創刊された世界を視るフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』の主催。イラク、チェチェン、ハンセン病患者、DV被害者、慰安婦……1枚1枚の写真が、既存のメディアがジャーナリストの本来の役割である権力の監視を怠っていることに対しての辛辣な批判と言えるのかも知れない。多数の写真を前に、その奥にある深い現実を想う。伝えられることと、伝えられないこと。自分の日常とどう結びつけたらよいのか? 何とも言えぬ気持ちになる。『DAYS』は言う。「人々の意志が戦争を止める日が必ず来る」8月30日まで開催。一般500円 学生300円 高校生以下無料------『中国メディアの統制の闇を暴く 中央宣伝部を討伐せよ』(草思社、2004年8月31日)北京大学新聞伝播学院の焦国標・助教授の著。中国人民大学新聞学院博士。今年春ネット上に発表されたものの翻訳。わがクラスでも話題になった。内部からの問題提起として貴重な1冊。----夜:巣鴨の魚民 北京の知り合いと。「反日」論議など。
2004年08月27日
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そりゃあかんよ。アメ横に海賊版DVDの露天。海外用テレカや偽ブランド品と軒を連ねて、中国語が飛び交っている。中国の海賊版はパッケージも綺麗で本物と見分けがつかないものも多いが、ここのは見るからに海賊版。レーベルがない。中国からの輸入版ではなく、日本で自ら焼いているのだろう。種類も少なく外見も見劣りする。価格は1枚1千円。中国の8倍ほど。もちろん、違法である。---「東京裁判」「タイタニック」を観る。いや、これは正規版のレンタルビデオ。1週間で1本500円。
2004年08月26日
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「標記の面接試験の結果、あなたを平成16年中国政府奨学金留学生候補として中国政府に推薦することに決定しましたので、お知らせします。 なお、留学生への採用の最終決定は中国政府が行い、その結果については、文部科学省から別途通知します」「平成16年中国政府奨学金留学生の面接結果について(通知)」というこの通知は4月7日付だった。が、その後、今日まで「別途通知」がない。中国の新学期である9月まであと1週間。すでに6月2日の日記で書いたように、留学生事務室の先生からは「内定」を聞いていた私は、そのうち来るだろうと、安心しきっていた。が、さすがに遅すぎる。昨日やっと、文部科学省に電話を入れた。すると、「ちょうど今、中国大使館で、今年の奨学生の壮行会があって出掛けていて、戻りが18時ごろになってしまうんですよ。お急ぎですよね? 今日中にお知りになりたいですか?」非常に丁寧な対応。だが、担当外で、事情をご存じないのだろう。これだけ待たされていたら、もはや一刻を争うものであるはずがない。しかも、壮行会って。。。。私は招待されなかった。その日の夜は人と会う約束があったので、今日の朝、改めて電話を入れた。名前を言うと、「あっ、すでに中国に留学されている方ですね」とリストを手元に持っているようだった。「最終通知をまだ頂いていないのですが……」、そう切り出すと、衝撃の事実が(笑)。・8月6日付で中国政府より、通知があった。・そのなかに私の名前、及び大学名(中国人民大学新聞学院)がある。・しかし、送付すべき書類は、新規に留学する人が必要なビザ申請書類だけだった。・なので、すでに留学している人には、通知しなかった。・あわせて、中国政府からは、各大学から通知する旨、言われていた。つまり、日本滞在者には8月6日以後、数日の間に通知書を送ったが、私のようにすでに留学をはじめている者に対しては、文科省からはノーアクションだったということである。さらに、「昨日、壮行会があったと聞いたのですが?」というと、「中国にいらっしゃる方には、旅費の支給もないので、通知しませんでした」という。なお、私は8月8日に北京を離れて上海へ出かけてしまった。6日は金曜日であったことから、留学生事務室が翌週、私への連絡を試みたのかどうかは、知るすべがない。文科省の担当官の対応からすると、新任なのか、あまり勝手が分かっていなかったようでもある。途中で、「何か書類が必要なのでしょうか?」と逆に問われた。「いや、要りません」と答えるべきところなのかも知れない。が、商社勤務時代、役所の文書主義で苦しんだ経験もあり、「別途通知する」と通知されている以上、それを求めるのが筋だと思い、「では、作って送ってください」とお願いした。その後、「何を書いたらいいんですか?」「どちらに送ったらいいんですか?」「これから作るのでだいぶ時間が掛かるんですが……」と、投げやりな対応になっているようにも感じられた。結果オーライではあるけれども、何ともすっきりしない幕引けである。ただ文科省に同情すべき点があるとすれば、この奨学金は、中国政府の主管であり、文科省はあくまで中国政府の依頼により動いているという点である。教訓:果報は寝て待つな。でも、まあ、よかった、よかった。---「横浜。新城。幸福。」横浜のコットンハーバーのCM。このきれいな中国の女性は誰?http://www.cotton-towers.com/others/tvcm.html---夜:ワタミ 商品開発力に感心。--東京ガスの下請け会社が来訪。マイツーホーにADSL用のアダプターをつけてくれた。これで我が家のADSL復活。弟のPCが使えるようになった。
2004年08月25日
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中国関係、ちょっと目にとまったニュースの「視点」を3本。「平和の祭典の陰で」日経新聞8月22日朝刊2面、宮本明彦・編集委員による「風見鶏」。4年後の北京五輪を前に、「根強い反日感情が、台湾をめぐる愛国主義、民族主義と渾然一体になりかねない」にも関わらず、「日本国内の関心は驚くほど低い」と嘆いている。昨今の台湾海峡の緊張関係を紹介した後で、「戦争や戦闘が、必ずしも『合理的な判断』によって起こるものではないことは明らか」として、「事例は違うが」と断った上で、89年の天安門事件を例に挙げている。さすが編集委員というべきか、筆は勇ましく、「日中にせよ、米中にせよ、経済の依存関係がこれだけ深まっている時に、あえてこれを根底から覆すような椿事(ちんじ)が起こるはずはない、とする説もある。これが本当であれば、世界の安定に政治の出番はない」と読者を奮い立たせる論説だ。この手の主張は今後たくさん出てきそうだが、筆の主は何を望み、読者に何を求めているのか? そこに思いを致すことが大切だと思う。騒ぎを起こして得するのは誰なのか。--------同じく日経新聞、23日朝刊3面。クレジットなし。対中貿易が今年、「対米」を逆転する「公算が大きくなった」と報じている。対米20兆円(とみられる):対中21兆円(に迫る勢い)「とりわけ日本からの輸出の伸びが著しい」という。「日米中の経済は『三角関係』の形で、相互に影響を及ぼすことになりそうだ」と占っている。日経らしい記事。-----24日TBS はなまるマーケットのなかでのニュース。北京の古い町並み「胡同」を巡る開発と保存の攻防に関するニュース。開発派の後海のバーの経営者や、それに困惑する老人へのインタビューなど。すでにあちこちで言われていることで、目新しい内容はない。何故このタイミングで報道されたのか?………夜は上野で中華。日中折衷とはこのことか。日本の気候には、日本風のさっぱり中華が似合うのかも。
2004年08月24日
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「やっと切符が取れて疎開先の長野に着いたら、そこで日本は負けたんだよ、戦争は終わったんだよと聞いたんです」1920年生まれだというが、とても80歳を過ぎているようには見えなかった。戦後しばらくこの話は笑い話のようで人には話さなかった。でも今は語らねばならないと思う、という。このページを見てくれている大学の大先輩に招待券を頂いて、「日本の戦争」シリーズという映画の上映会に行ってきた。東映が制作した5本もの。(1)日韓併合への道(30分)(2)朝鮮半島 植民地支配の実態(28分)(3)太平洋戦争への道 中国大陸侵略(30分)(4)太平洋戦争と東南アジア(29分)(5)太平洋戦争と沖縄(35分)「今はヨン様ブームの韓国ですが、10年前に撮影に行ったときには、どこに行ってもずうっと監視役がいて、最後まで信頼してもらえなかったんです」「日本人にはつらい映像がたくさんありますが、すべて真実です。目を背けずに見てください」監督のことばである。「日本の1億人は戦争を知らない世代なんです。私のような戦争を知っている世代では最近、『これはいつか来た道』という思いが強く、不安でいっぱいなんです」とは主催者のことば。---アエラの最新号(8/30)「20代の『ガチ』ナショナリズム」8月15日に靖国を参拝にしに来た若者の声を取り上げている。「石原都政を動かすマッチョ」「おれ、テレビで勇ましく言ってきたけれど、やっぱり中国との関係を考えると、この局面を悪くしたら心配だよ」石原知事は野中広務・自民党元幹事長にそう言ったという。----午前中は都庁へ、情報公開制度を利用。----夕飯:鶯谷・哲学堂 にんにくトマトラーメン(850円)
2004年08月23日
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自分で焼かせてくれないお好み焼き屋なんて邪道だ。東京の下町で育った私にはそれが常識だった。が、ある関西人の知り合いは、「店に行って、なんで自分で焼かなきゃいけないんだ」と怒った。店の立場で言えば、焼かないで済めば手間が掛からず楽だが、鉄板を焦がして傷められては元も子もない。上野のお好み焼き屋でも、店員がつきっきりだったり、あれこれうるさい店も多い。狭い日本でも食文化は様々だ。....昼は上野のお好み焼き屋。高校野球決勝を見ながら。やはり、中国の仕事の話。その後、久々の「みはし」のあんみつ。ソフトが美味。-------夜は、大学の一学年下のゼミの同窓会にお邪魔する。みんなそれぞれの道を頑張っている。9月4日は同学年のゼミ同窓会も企画中。楽しみだ。
2004年08月22日
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カンボジアの元気な3人組を担当。横浜の郊外にあるボランティアの日本語教室で。タイタニックに関する文章を一緒に勉強する。みんな日本に来て1年ちょっと。なのに、日本がすでにぺらぺら。自分の不勉強ぶりが恥ずかしい。授業終了後、ボランティアグループ(多文化まちづくり工房)の事務所の下にあるベトナム料理屋さんへ。久しぶりのベトナム料理に舌鼓。レモンをかけて食べる涼しげなフォーがたまらない。この日本語教室も開設からもうすぐ10年。私が初めて参加してから9年。日本のなかの多文化、多国籍。学生時代、ここで学んだことは数知れない。来日当初は少しも日本語を話せなかった子供たちが、数年を経てすでに先生役になっている。その笑顔に元気をもらう。自分も頑張んなきゃ。----我が家のADSLがつながらない。弟のパソコンを期待して帰国したのに...。で、いろいろ調べたところ、東京ガスのマイツーホー(地震時に自分で「通報」?)というサービスを始めたのがいけないらしい。ラインを共有しているのかな? 干渉するらしいのだ。電話で問い合わせたところ、水曜日に来てアダプターを設置してくれることになった。これで使えるようになるかな? ネットカフェ代もそろそろ重荷になってきた。
2004年08月21日
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男3人上野のガード下風居酒屋で酒を飲む。高校時代の友人。1年ぶりの再会。この雰囲気は北京とあまり変わらない。3人もあまり変わってない。三軒をハシゴ、最後は鮭茶漬け(250円)で締める。二軒目の店員さんが中国の人だった。-----古本屋で買った、若宮啓文『戦後保守のアジア観』(朝日選書、1995年)を読んでいる。
2004年08月20日
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○免許証を前倒し更新私の誕生日は10月28日なので、更新は9月28日からなのだが、その時期は中国に戻っているため、前倒し更新へ出掛けてきた。初の優良ドライバー更新。とは言っても、もう長年のペーパードライバー。この5年でおそらく一度も運転していない。「優良」の二文字が気恥ずかしい。ただ、更新が楽チンなのはいい。場所は、我が家から歩いていける最寄の下谷警察署。持参するものは通常は、免許証と更新ハガキだけ(写真も不要になった)。私の場合、誕生日よりも2月早い更新なので、「海外在住」という特別事情を証明するためにパスポートを持参した。でも確認されたのはパスポートの名前のみ。要はパスポートを持っていけば誰でも事前更新が可能。書類は、古い免許証をもとに作ってくれるので、名前と誕生日などを書くだけでいい。1分で記入終了。続いて2950円の収入印紙を購入。目の検査。写真撮影。ここまで終わると講義室へ。たった二人の講習。「じゃあ、ちょっと説明させて頂いて、それからビデオみて頂きます。30分なのでね....」。講義のポイント1)免許の有効期間が変更になり誕生日の一ヵ月後になった(たとえば10月28日が誕生日の私の場合、免許証には「平成20年11月28日まで有効」と書かれる。)2)住民票が東京にない人でも神田や新宿の更新センターで更新ができる、3)新道路交通法により携帯電話や酒帯運転に対する規定が厳しくなった。以上で、10分ちょっと。「では終わります。免許、間違いないですねー。気をつけてお帰りください。」あれっ? ビデオを見ないの? と思ったけど、ここは阿吽の呼吸。次の人たちが講義を外で待っているため、早く終わりたかったようである。もちろん私たちも早く帰れるに越したことはない。こんなことでいいのか? とも思いつつ(講習料も払っているような...)、初のゴールド免許証を手に警察署を後にした。次回の更新は、「平成20年」。って、西暦何年よ? と頭のなかで計算。忘れそうで怖い。西暦表記に統一して欲しい。○仕事の成果祖母の部屋のテレビの調子が悪いというので見に行く。そこには介護保険の適用で無料で使えるのだという介護用ベッド。そこでふと目にした見覚えのある電源コード。それは、私が商社勤務時代に手がけたものだった。国内から台湾メーカーへの切り替えを打診され、先輩が探したメーカーと何度も図面やサンプルのやり取りをした。その後、広東省東莞へ工場監査に出かけ、やっと先方のOKをもらう。しかし、輸入が始まったところで、私は退社。後に一時帰国をした飲み会の席で仕事はうまく言っていることを後任の方から聞いていた。そんな経緯のある電源コードだった。当時は何度も現地に足を運び苦労したが、こうやって使われていると思うと嬉しい。しかも、こんな身近なところにあったとは。○楽天&Gree中国つながりでのなかさんとりん じゅずさんさんと上野でお食事。のなかさんの夢は上海で広告ビジネス。りんじゅずさんの旦那さんは大連人。中国話に花が咲きました。
2004年08月19日
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12時 中華街で焼きそばと餃子。亀ゼリー&マンゴ&ソフトクリームのデザート。9月から北京に留学される方と初対面、お食事。わくわく。15時関内でアイスコーヒー。大学の大先輩と。戦争関連の映画の券を頂く。17時戸塚でカレー丼。やっぱり食べてしまった吉野家のカレー丼。どこか懐かしい味。19時いちょう団地の日本語教室。学生時代から参加している古巣。みんな頑張っている。いい感じ。1時帰宅。あまりにお腹すいてカップヌードルカレー味。おいおいダイエット大丈夫か?---『朝日新聞社記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』(講談社+α新書)面白そう。最近、中米比較にちょっと興味あり。
2004年08月18日
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スーパーマンに変身するように、日本人や中国人に変身できたら便利である。たかが2年半日本にいないだけなのに、弟に「中国に魂を売ったのかと思った」と言われた私。私は体も頭もすべての構造が簡単にできているだろうなとつくづく思う。何でも食べられるし、お腹も壊さない。風邪もひかない。どこでも寝られる。実は結構人見知りなのに、異文化適応は早いらしい。中国における日本人留学生の文化適応を研究されていた方からも誉められた(?)ことがある。しかし、一時帰国して1週間。25年以上暮らしていた日本に戻ってきたのに、まだ日本に適応できない私は情けない。値段は人民元に換算し、「安くなる?」と言いたくなる。車が来ないのに待つ赤信号がとても苦痛。切符売り場で前の人がのろのろしていると、後ろからお金を突っ込んで割り込みたくなる。地下鉄3駅分くらいは平気で歩く。一方、タクシーに乗りたくなる。ちょっと怪しい感じの人も怖くない。日本語を話しているのに、舌が中国語的になる。まるで、日本に留学している気分。こんなんじゃ、日中を颯爽に駆け回るカッコいいエリートビジネスマンにはなれなさそうだ。---小森陽一『天皇の玉音放送』(五月書房、2003年)を読む。
2004年08月17日
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今回の一時帰国の一大使命:それは吉野家の豚丼を食べること。北京に来たある出張者は「えっ、中国では牛丼食べられるんですか? じゃあ、お昼は牛丼にしましょう!」と言った。だが、北京にいる私にとって牛丼なんてどうでもよかった。「豚丼は意外においしい」「牛丼に勝るかも」と日本にいる友人たちに聞かされていた私は、牛丼よりも豚丼が食べたかったのだ。今回の帰国の一番の目的は、いつの間にか、豚丼を食べることくらいの勢い(注:あくまで「勢い」であって本当にそうなわけではない)になっていた。そして、今日やっとその念願がかなった。上野のABABの脇にある小さな店舗。オーダーを取ってくれたのは可愛い女性店員。「ありがとっーした」、ちょっとだけ舌がまわってないかも。名札を見たら、中国人的姓。お、こんな所でも頑張っているのかー。私は中国の吉野家でこんな風に働く自信はない。声を掛けたかったが、忙しく働いて、明らかに無駄話なんてしている暇なんてないよーと分かる状況だった。諦めた。「豚丼、並で」初めて口にした「豚丼」という言葉。緊張した。「豚丼」なんて言わずに、「並一丁」だけのほうがツウなのか?? なんてどうでもいいことを思いながら。「豚丼の並です、お待たっしましたー」来た来た! お~、本当だ。見た目も牛丼とあまり変わらない。ご飯から口に含む。うんうん。続いて豚。うん、うん.....う? おおこれが豚かぁー。うーん..........。しかし、感動はあまり長くは続かなかった。まあ、そうねぇー、美味しいといえば美味しいかなぁ。期待があまりに大きすぎたようである。豚丼はあくまでも豚丼だった。あまりにミラクルなものを期待してはだめである。320円を払って店を出た。なお、宣伝する義理は別にないけれど、豚丼の他にも全部で4種類の定番メニューのキャンペーンを実施中だそうだ。http://www.yoshinoya-dc.com/brand/campaign.htmlちなみに、中国・北京では牛丼は牛丼並とコーラ(または味噌汁)と漬物のセットが大体300円くらい。でも、中国に戻る前にカレー丼は食べておくべきかな?やっぱり新しいもの好き。宣伝に踊らされれいることを知っていながら、振り切れないこの誘惑。-----~靖国こぼれ話~靖国で出会った中国人。・博物館で中国で会話していたカップル。・境内ですれ違った家族連れ。やはり中国語で会話。・感想ノートへの書き込み。中国語、英語ともにあり。....ということからかなりたくさんの中国人も見学なり参拝(?)に来ているようだ。
2004年08月16日
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「終戦」記念日の今日、靖国神社を初めて訪れた。都営地下鉄の九段下の駅のホームには一目で参拝に向かうと分かるお年寄りの姿が目立った。駅のエスカレーターの前では、「英霊に敬意を表し、東京裁判の真相を問う」と書かれた封筒を渡された。3万円もする本の広告だった(「英霊に敬意を表して」通常4万5000円のところを特別価格だそうだ)。右翼の街宣車もあったが、午後3時頃という時間帯のためか、想像していたほど騒がしくはなかった。境内に入ると、目立つのは遺族と思われるお年寄りの姿。それに混じって若者の姿も少なくなかった。デジカメを手にしている者も多い。歩きながら耳に入ってくる会話を聞いていると、いわゆる参拝ではなく、「どんなものか自分の目で見てみよう」という私と同じ考えの人が多かったようだ。拝殿の手前にはNHKがカメラ1台を据え付けて、数人の記者が待機していた。私は、参拝は遠慮して、遊就館(ゆうしゅうかん)という記念館へ。入場料800円(学生500円)。無料で配られているパンフレットには、「靖国神社の神さまのことを永く世に伝えるために、明治15年に創立された日本初の軍事博物館です」とある。玄関を抜けるとすぐに目に入る大きなゼロ戦がこの博物館の立場を象徴しているように感じた。この博物館の目的は、「一つは殉国の英霊を慰霊顕彰すること」とある。そして、もう一つの目的は、「近代史の真実を明らかにすること」だそうだ。「わが国の自存自衛のための戦い」を主張する多くの展示が並べられており、思わず「戦争ってカッコいいな」と思わされてしまう「英霊」の立場から見た歴史がそこにはあった。しかし、空襲や食糧難、家族を失った庶民の苦労や悲しみはここにはない。ましてや、中国・韓国をはじめとした被害者への思いやりは微塵も感じ取れない。博物館内で上映されていた「ドキュメント映画」「私たちは忘れないー感謝と祈りと誇りをー」(企画・制作:「日本会議・英霊にこたえる会」、後援:靖国神社)を見ていて、私は何ともいえない気持ちになった。映画のメッセージは「国難に殉じた英霊たちへの感謝と祈り」である。これは私も理解出来る。だが、「英霊にこたえる」ことは、彼らの行為を無条件に正当化するなのだろうか? 彼らが守ろうとした国内外の一般庶民の気持ちにはどうこたえるのか?彼らに思いやりを寄せることこそが彼らの気持ちにこたえることになるのではなかろうか?これだけ豊かになり、民主主義国家を誇り、中国の言論統制を批判する日本の「靖国」で、ここまでの一方的な主張をしていることの悲しさ、情けなさ。私はここ数週間で、北京の盧溝橋、南京の虐殺記念館、そして靖国神社を立て続けに回ってきた。中国の展示は、中国から見た視点である。そこには日本人として同意できないものもある。だがどちらの記念館も、未来の友好と平和がメッセージとして強調されている。一方、靖国のほうは、願わくばアジアの解放戦争を捲土重来といった勢いである。ここに空しさと悲しさを感じずにはいられない。お互いがお互いを理解して分かり合うことは何と難しいことか? 新しい未来を作っていくために、日本と中国・韓国などが共同で歴史記念館を作ることは出来ないだろうか?日本が目指そうとしている未来は、靖国のいう未来なのだろうか?私は今日、靖国のあまりに庶民観を無視した展示を見て、ここに政府関係者が公に参拝することについて、恐怖を感じた。----朝、フジテレビの政治討論番組『報道-2001-』で、石原都知事と桜井よしこ氏が、中国の反日問題と日本の歴史教育について語っていた。曰く、中国は江沢民の歴史教育の成果によって、若者の間には、反日による愛国心が根付いた。曰く、日本の歴史教育は戦後50年以上、東京裁判史観によって歪められたことで、愛国教育がなされてこなかった。私の理解が間違っているのかもしれないが、彼らは、要するに、中国のような愛国教育を日本ですべきという主張をしているように聞こえた。竹村健一氏曰く、「こういう番組がこれまで日本には少なすぎた」「桜井さんはテレビ向きだ。繰り返しこういうことをテレビを通じて教育すべきだ」。----靖国の博物館の最後に置かれていた感想ノート。「感動した!」系コメントに混じって、偏った展示に対する辛辣な批判、皮肉も目立った。そうしたコメントには「そんなこと言うなら、ここに来るな」という書き込みがあったが、そうではないはずだ。両者の対話が何より大切なのだ。お互いの主張を一方的にぶつけ合う「ケンカ」ではなしに、未来を見つめた対話。その重要性を改めて思う。----昼は新宿で北京で知り合った方々とランチ。ご馳走になってしまいました。ご馳走様でした!夜は、学生時代からの友人たちとの飲み会。楽しかったー。
2004年08月15日
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帰国3日目。昨年は北京に留学、今は日本で就職している友人たちと新宿の中華レストランでランチ。店主は中国人、メニューも中国そのままだけど、値段だけが10倍。中国から帰ってきたばかりだから、めちゃめちゃ高いと思ってしまうけど、友人曰くこれでも良心的なんだとか。そういえば、北京の日本料理屋にも最近は中国人が多い。昨年のSARSの時にそこで知り合ったエリートサラリーマンの中国人とはその後も仲良くしていて、たまに連絡を取り合って飲んでいる。新宿のこの店にも、そんな世界があるのかな?----帰国した夜(一昨日)、ふとテレビを見ていたら、永作博美が上海で奮闘しているテレビドラマをやっていた(TBSだったかな??)。上海のリアルな生活の中に、中国をまったく知らない日本人の女の子が突然飛び込んでしまった時のリアルな様子がうまく表現されていたと思う。
2004年08月14日
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サッカーの熱烈ファンの我が母と弟がすっかり「嫌中」です。神保町の東方書店、内山書店には、中国の「反日」に関する書籍が平積み。前回4月に帰国した時の「経済的いけいけどんどん」とは、また違った中国観の出来上がり、といった感じ。中国も住んでみれば意外と普通。なかにはムカツクおばちゃんもいるけど、友達の劉さんも鐘さんも王さんもみんないい人なんだけどな。でも日本からはそれが見えてこないのも仕方ないかなとも思う。中国にいると普通の日本はやはり見えてこない。しかし、日本に戻ってきて、日本のよさを実感・再認識しているだけに、どこかメディアに踊らされ気味、外に対して妙に厳しい日本の空気はちと残念に思う。とは言っても、これらの本にはそれなりの理があるものももちろんある。数冊を立ち読みしながら、買う価値がありそうなものを吟味中。...ただ間違っても日本にいる中国の人たちにその矛先が向くようなことだけはありませんように。---本は毎回帰国時にはダンボール1箱になるんだけど、今日はひとまず狙っていた『中国のインターネットにおける対日言論分析』(日本僑報社)と東方書店の中国語辞書のみ購入。(ちなみにこの辞書の「信箱」の写真は以前の我が家のもの 笑)
2004年08月13日
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上海から日本に帰国しました!上野の「二木の菓子」近くのネットカフェ(漫画喫茶?)におります...。なぜって、当てにしていた弟のパソコンの調子が悪いそうで……、中国にいるときよりなんで不便なんだ~? という感じですが、居候生活ですから致し方ありません(泣)でも、さすが!ですね日本。ネットカフェにも落ち着きがあります。クラッシックが流れています。店に入ったときには静かーなので誰もいないの? と思いきや、ここにもあそこにも人、人、人。わぁ、結構流行っているんじゃん(笑)。けど、壁の高い机によって、隣が気にならない個人空間! こんなネットカフェは中国では見たことがありません。もっとも、お値段も1時間380円と中国の12倍以上ですが。ところで、今回は早速携帯電話も購入!さすが!?、1円です(レジで本当に1円を払うときってちょっと恥ずかしい。しかもポイントカードで1ポイントつくのって一体??)。成田から京成電鉄に乗って上野に到着、そのままヨドバシカメラに直行。「1か月しか使わないですが、どれがお得ですか?」と店員さんに相談。すると、プリペイドよりもAUの方がお得なカラクリを懇切丁寧に教えてくれました。年割の違約金が3千円ちょっとかかりますが、電話が手元に残ることを考えれば決して高くはなさそうです。カメラ&ムービー&FMラジオ付です。さすが日本!北京から上海に着いたときにはその成熟度ぶりに目を見張りましたが、やはり東京はその先を行っています。日本人頑張っているなーとつくづく実感。成田に着くまでは、リニア初乗車について書く気満々だったのですが、その後日本の感動のほうがそれを上回ってしまいました。というわけで、これから1ヶ月弱ほど日本に滞在です。積極的にあちこち動きたいですね! いろんな方にもお会いしたいです。
2004年08月12日
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昨日午前10過ぎ上海着。当たり前だが飛行機は早い。期待していなかったが、上海航空は機体も奇麗で対応も良かった。語言大学時代のルームメートが上海にいるので、ホテルの予約などをお願いした。1泊140元、一人部屋でなかなか快適。お昼からサントリービール(7元)で思い出話に花を咲かせる。その後、南京路をぶらぶら。夜は、新天地近くで楽天仲間ののむてつさんとよしばたいきさんとお食事。メディア話など楽しく熱い日中関係論議?!日が変わって今日のお昼は、仕事時代台北に駐在されていて、出張などでお世話になっていた上司が、今は上海に駐在でいるので訪ねてお昼をごちそうになった。優秀な日本人スタッフに脱帽。おいしい日本料理に感謝。その後、歩いていた見つけた上海博物館に。豪華絢爛。学割で5元。日本人観光客が多い。町をぶらぶら、知っているところへ行こうと地下鉄で上海駅へ。急な思い付きで、明日朝の南京行きチケットをゲット。そして今は、南京東路のネットカフェ。何だか怪しい感じのビルだ。ネットカフェでWin-Meははじめてかも。98か2000が多い気がする。夜はこれから、北京の知り合いが上海にいるので、一緒に食事の予定。豫園近くのショウコウ酒のおいしい店らしい。楽しみ。明日は8時の汽車で南京へ、その後、友達のいる常州へ行く予定。さきほどショーとメールで連絡をとったばかり。明後日夜には上海へ戻り、12日のお昼にはもう日本だ。こう書くとなんだか慌ただしいな。。。。けど充実楽しい。疲れを感じない。しかし、2年半ぶりの上海。北京とは豊かさの成熟度がまるで違うなと実感。田舎から上京してきた貧乏人の気分。以前来たときは、まだみんな「お金、お金」という空気を発していたけど、昨日今日と町を歩いてみると、すでで「余裕」を感じた。タクシーの運転手に「携帯電話をとってもいいでしょうか?」と聞かれた時にはたまげた。北京にもこういう奇特な人もいるんだろうけど。このセリフが北京と比べた、上海のイメージにうまくマッチ。そもそもみんな、ネクタイにワイシャツでこれは規則で決まっているのだとか、Tシャツに半ズボンでもいい北京とはだいぶ違う。にしても暑い。汗がダラダラの上海生活。けど、日本も暑いんでしょ? 心配。
2004年08月09日
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そろそろ、決勝観戦に出発です。チケットはありませんが。よくよく考えたら、明日朝6時には家を出て、それから上海、ひと月ほど北京に戻らないので、やることが多くてバタバタです(レポートもぎりぎりで提出済み)。あとは荷詰やら、メール整理やら。そして、日本で調べるべきリストもまだだ。今夜は徹夜だな...。濃紺のTシャツを着ていたのですが、濃緑に着替えました。安全には注意して行って来ます。いい試合になるといいですね。----------午前4時、帰宅。あと2時間半で空港へ向かわなくてはいけない。勝利の美酒に、酔いつつやることはやらねば状態。何から書くべきか、何を書くべきか?・会場まで一緒に行き、チケット購入を手伝ってくれたクラスメートは、会場が日本人と中国人が分けられてしまっているために会場には入らずに帰宅。実習先の新聞社での観戦。・買ったチケットは偽物。前半戦は会場に入れず。・偽チケットを見抜く技術。・会場外で、機動隊の出入り、中国応援団の盛り上がりを観察。「外国人が偽チケットを如何に見分けるのだ」と抗議。・後半戦、ウルトラ裏技で、会場入り。応援に燃える。・「武装警察、意外とすくないじゃん」と思ったら、日本人専用ブロックの脇に座っている若者はすべて私服警官。彼らは、試合終了後も最後までずっと座りぱなし。日本人応援団から「お疲れ様」の言葉。・中国のブーイングを消す効果音。・3点目が入り、飛ぶ団扇、帰る中国の観客。・表彰式で中国に対しても拍手を送る日本サポーター。ごみ拾いも。・表彰式でもブーイングの中国サポーター。・日本サポーターは試合終了後も安全上の問題から2時間、そのまま待機させられる。・その中、お腹を出して、中国人にまぎれて抜け出した日本人。・携帯電話で伝えられる、三里屯バーストリートでの反日行動。・クラスメートから届く日本勝利をたたえるショートメッセージ。・外に出れば、特殊警察(SWAT)、機動隊など、普段は見かけないさまざまな警官たち。・会場外まで、20台のバスで、マイナーな門を抜けて、建国門・海淀まで送ってくれる。・選手の乗っているバスを見る。彼らも会場に待機していた。・選手の泊まっているホテル付近は機動隊による特別警備で異様な雰囲気。・高級日本料理屋も安全対策のため店を閉めたという。・2008年もこの調子でいくのか?・日本からの観戦ツアーは18万円。・取材にとびまわる友人たち。・我々は日本料理屋で打ち上げ。日中テレビをあわせて観戦していた話。ハンドに対する批判はそこで初めて知る。会場では、気付かず。・台湾のテレビ局の取材。・飲みながら日中友好に関する議論。立場の違いと見方の違い。・4時、帰宅。まだまだ書くべきことはありそうだが、とりあえずここまで。眠いけど、出発まであと1時間半。
2004年08月07日
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◎決勝前夜の会場付近を散策夕方になって明日の会場となる工人体育場に足を運んだ。地下鉄を降りるとホームにはすでにいわゆる「ダフ屋」がいた。チケットの値段は敢えて聞かなかったが、数枚のそれと思しきチケットを掲げ、値段交渉する姿があった。外に出ると、さらに多くのダフ屋。だが、会場までの道のりで見かけるチケットの数はさほど多くなく、余ったチケットを買い取るための札束の数のほうが多かった。高級車で乗り付けてチケットを売りに来ている姿も複数目にした。会場は工人体育「館」と体育「場」が隣接してあって、明日の会場は後者だが、先に通りかかった「館」にもチケット売り場があり、そこには「2000元チケットだけあります」と張り紙があった。日本円にして3万円。買おうとする人の姿はなく、売り場の周りにはダフ屋が群がっていた。 実は私ははじめて行く体育場(「館」には日中友好30周年コンサートで行った)。会場敷地内には中には入れないのかと思っていたら、いとも簡単に入れた。公安の車が目立つ。警備員のミーティング風景もあった。これも明日のためか、と思っていたら、今日これからイラン対バーレーン戦があることに後から気付いた。何と言うか「自意識過剰」である。体育場のチケット売り場付近をうろつきながら、ダフ屋と客のやりとりを一時間ほど眺めていた。一番多いチケットは400元。200元はたまに耳にしたが数が少ないようだった。800元チケットもかなり見かけた。それがいくらで売られるのか、買う気がないのに冷やかすのは恐いので、あまり聞き出せなかったが倍近い値段になっているようだ。どこからともなくテレビ朝日の取材クルー数人も現れた。しばらくするとカメラの周りは人だかりになった。寄って行ってみると日本人が取材に応じていた。会場付近で初めて私がそれと認識した日本人だった。カメラの周りには人が集まるので、レンズの向こうは実際よりも「熱い」世界になる、ここに映像の恐さがあるななどとふと思ってみたりもした。結局チケットを買うのは諦めた。会場付近を散歩(5元で路上で売られているDVD屋を見つけ、女子十二楽坊を衝動買い)。------◎思いがけないお誘い留学生楼に着くと、明日帰国午後に帰国するという日本人留学生と遭遇。とんかつのばんりさんへ。食べ終わった頃、携帯を見ると一通のショートメール。見れば、登録していない番号だったが、クラスメートの中国人女子学生からだった。「昨日は掲示板に誕生日のお祝いありがとうね。明日はサッカーの試合どこで見るの?」普段あまり話したことのない子だったので驚いたが嬉しかった。それで「改めて誕生日おめでとう!でもまだどこで見るか決めていないんだ」と返事した。すると、「もし行くところが決まったら、良かったら私も仲間に加えて。いっぱいの人で見たら盛り上がるでしょ。」思わぬ誘いに嬉しかった。「もちろん!歓迎、歓迎!でも、日本人の友達の多くが帰国しちゃっているんだけど、聞いてみるよ」それから数人の知り合いに電話をかけた。みんなチケットが手に入らず明日の行動を決めかねていた。それでその様子を彼女に伝えると「分かったわ。私、今回の試合は『特殊』だと思うの。出来れば日本人の友達と一緒に試合をみてみんなの思いを理解してそれを後で観戦記にまとめたいんだ」こういう申し出は簡単そうで、実はすごく勇気のいることだ思う。こういう仲間に出会えて私はとても幸せだ。私は知り合いに頼んで合流させてもらうことにした。チケットは手に入るか分からないがまずは一緒に会場に行ってみることにした。彼女はもう一人友達を連れてくるという。明日の待ち合わせの時間と場所をさっそく決めた。明日が「お互いの好き嫌いを超えた新しい何かを生み出すいい機会」になればよいと願っている。そして、周りの中国の友人たちもそれを支えてくれているように思う。日本チーム頑張れ! 中国チーム頑張れ! --------◎大使館から知り合いに電話しているなかで、日本大使館から注意勧告のようなものが出ていることを知った。要は出来る限り目立たないように家でおとなしくしてください、ということだ。言うことは理解できるし、無用な騒ぎを起こさないということは私も同感だ。だが、何かが違うとも思わずにはいられない。http://www.cn.emb-japan.go.jp/jp/ryojibu/eoj040805.htm------◎「よりよい未来へ」最近楽しみに拝見しているメルマガ 「開発区之森」提供<チャイナ・ウォッチング>で、上海在住の有留さんが書いていらっしゃることに非常に感銘を覚えたので、許可を得て以下に引用させて頂きます。中国の歴史教育を問題視する前に、ちゃんとわが身を振り返ってみてはどうだろう。重慶の人たちがいっているように、重慶爆撃のことも含めて、ちゃんと日本人を教育する必要があるのであり、それを自主的にできないところが私には歯がゆくてならない。人にいわれる前に、やるべきことをやる。それがちゃんとした大人の国のやることだと思うのだが・・・いずれにせよ、今回の騒動も含めて、摩擦が起きることは国が生き物である以上仕方のないこと。大事なのは、そうした摩擦を恐れずに、冷静に対処し、またそこから未来に向けての教訓を学び取ることだと思う。明日の決勝戦で何事も起きないことを念じつつ、試合後両国が何らかの貴重な教訓を得て、それが両国関係のよりよい未来につながることを心から祈りたい。詳細は、www.kaihatsuku.com/Extra/shreport/index.htmをご覧ください。また長くなるので、これ以上の引用は避けますが、有留さんは「日本と中国の関係改善・強化を真剣に考える人たちには、はたして何ができるのだろうか」という問いを投げかけ、それに対して「墓地か慰霊塔に選手一同(あるいは代表)が献花してはどうだろうか」という提案をされています。これは非常に具体的で実現可能な、そして効果のあるひとつの方法であると感じました。お互いをお互いを貶すのではなく、未来に向けた建設的な一歩を踏み出したい、その責任は日本にあると思います。*なお、メルマガの最新版はホームページ上では、読めないようです。しばらくしてからお読みいただければ幸いです。
2004年08月06日
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万一のためにこれからの予定をメモ。8/8 08:15 FM110 570元(50%)8/12 10:10 CA929 9/10 15:05 CA930 往復2200元(税抜き)*3ヵ月オープンチケットはすべて北京で取得。上海にも電話したけど、かえって高いところも。にしても北京ー東京に比べて、上海ー東京は安い。近いし便が多いからなんだろうね。上海で最初お願いしたチケット店。日本語フリーペーパーに乗っていたところで、日本語OKだった。予約は中国語でしたけど、数日後、「明日までに発券しないと無効になってしまうと航空会社から言われている」と日本人が電話してきた。私が事前に聞いていた発券締め切りよりも数日早い勝手な言い分。にも関わらず態度が非常に横柄。頭にきたので、キャンセルした。結果的には北京でいつも頼んでいるところのほうが安かった。上海のほうが安いのではという先入観、日本人の応対は丁寧だという思い込みが崩れた。残念だけど、日系会社の電話応対が、現地採用の日本人よりも中国人のほうが丁寧かつ的確な例をこれまで繰り返し見てきている。自戒を込めて、日本人頑張れ!
2004年08月05日
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スポーツと政治、日本と中国、中国の国内事情……。アジアカップの日本戦を巡る今回の騒動は、様々な要素が事態を複雑にしている。けれど、史上初の日中対戦をスポーツとして、大いに楽しむことで、そこからお互いの好き嫌いを超えた新しい何かを生み出すいい機会に是非したいと願っている。現段階で何より大切なのは「決勝戦で最優先されるべきは現地の平和」(南京どんぶりさん)であり、また「中国側はホスト国として紳士的態度であるべきだ」(りん じゅず さん )と私も思う。そもそも、私はこのアジアカップの存在を、重慶に住むネット友達の高校生から聞いて初めて知った。「日本選があるから見にくればいいのに。みんな楽しみにしているよ」。そう言われて貴州に行く前によるつもりが、日程が合わずに断念。今となっては惜しいことをしたなと思っている。私一人の力でどうなるものでもないけれど、日本人と直に接したことのある中国人が増えれば、事態は変わるのではないかという思いがある。ちょうど今も見ず知らずの中国人からチャットで呼びかけがあった。「日本人は中国を蔑視している。だから中国人は日本人が嫌いだ」会話の内容から、イメージで語っているだけで、何の知識も持ち合わせていないことが明白だった。「あなたにとって、愛国と反日は同じことなの?」と尋ねたら、返事が返ってこなくなってしまった。でも、彼は私が日本人だと知っていて、語りかけてきたのであり、日本人と話すことに興味を持っているのだ。私はこういう中国人と真摯に会話を交わしたい。親中派、嫌中派という言い方が私は好きではない。「お隣の中国」ではなく、「お隣の中島さん」だったら、好きでも嫌いでも、近所付き合いをしなくちゃいけない(最近はそうとも限らないか...笑)。そろそろ好き嫌いを超えた大人の付き合いがしてみたい。たまには喧嘩もするけど、信頼し合えるいい関係。それを築くためにビジネス交流に加えて、今回のスポーツ交流は絶好の機会のはず....だと思うんだけど。----「反日」と歴史について考えたいと思って、盧溝橋に行った。一昨年の7月7日以来、4,5度目かな? 前回と変わらず人の数は少なく、静か。10人ほどの高校生と思しき日本人の団体のほかは5人くらいの中国人だけだった。歴史について、抗日博物館についてなど思うところは項を改めて。-----パソコン不調。画面がこんな感じ。 突然、画面が乱れて、再起動してもしてもしばらくは直らない。その後、気まぐれのように復活。これを今日は3度ほど繰り返している。以前にも何度かあったが、今日は回数が多い。原因は何なのだろう?---8日朝の上海行き飛行機(半額)を予約。12日に上海から日本へ。9/10まで滞在予定。
2004年08月04日
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アジアカップの開幕式は、貴州の友達の家で見た。彼らの家に泊めてもらっていた4日間、毎日のようにテレビ中継を見ていた。日本戦が行われているはずの時間には中継がなかったが、そのときには、特に気にもしなかった。だが、北京に戻り、日本の友人と食事をしていたところ、「今日また日本戦の生中継がなくなった」と聞いた。あわせて、それは中国政府による反日姿勢の現れだという見方を聞いたが、私はそうではないとすぐに思った。西安の寸劇事件に象徴的なように、一部の過激な反日行動に対して、政府は警戒心を強めている。それはメディア政策にも見て取れる。正直、私はサッカーに対しての関心はあまり高くなかったので、他の多くの方がいろいろなところで書いていらっしゃるなかで、私が書くことの意味を感じていなかった。だが、日中が決勝に勝ち進んだことで、今後の日中関係を考える上で、無視できない問題となった。ただ、西安の事件の時にもそうだったが、テレビの中の世界と、北京の自分の周りの世界がまるで違うため、より現場に近いところにいながら、その解釈には戸惑うところがある。私は出来るだけ幅広い層の中国人と率直に話がしたいと思っている。元々、嘘がへたくそなので、タクシーの運転手と話すときなども、何人だと聞かれれば、日本人だと答える。今日も日本戦を前にして、仕事で、タクシーで、マッサージで、少なくとも3人の中国人とサッカーの話題を交わした。が、過度な反日の感情を見て取ることはできなかった。ただ、ひとつ。クラスの掲示板に同級生の女の子が、一言「バーレーン」と書き、涙マークを二つ書き添えていた。夏休み中の今、クラスメートとの接触はあまりないので反応が掴みきれないが、このコメントを報道内容に沿った解釈で深読みすることは出来る。私はクラスのなかで、中国人学生のなかにだいぶ入り込んでいて、西安事件や靖国参拝の時などには自ら、この話題について自分の考えを述べた上で、クラスメートの意見を募った。だが、彼らは公の場では、そういう意見交換をあまり好まない。その後、掲示板に書き込まれたのは、私の真摯な姿勢に対する評価だけだった(私のクラスの学生は卒業後、中国のメディアでエリートとして働くジャーナリストの卵である。彼らのこの態度に私としてはがっかりだったが、個人的にもっと深く付き合えばまた違う反応があることも知っている)。私は最近、日中お互いに、腹のなかにあるものを出し切らずに、表面的に「日中友好」を唱えているだけの姿勢に煮えきれないものを感じている(私の周りには非常に紳士的に「我々は未来志向でいくべき」として過去に触れない友人がたくさんいる。これは非常にありがたい事で彼らには感謝している。けれど、私は一日本人として、「そうですね」とだけ言ってよいのだろうか? という疑問)。私は中国に来る前、愛国心が強いと思ったことはなかったけれど、むしろ中国に来てからは、「日本人」を意識している。きっと、これは中国に限らず、在外日本人に共通して言えることだろうと思う。そして、中国に魅せられて仕事を辞めて中国にやって来た私ではあるが、私に今後出来ること(あるいは為すべきこと)は、日本人として、いかに日本を良い国(その定義は難しいけれど)にしていくかということなのだと思う。日本という基本軸なくして中国を語っても仕方ない。戦争問題に関して、戦後世代である我々とは関係のないことだという考え方があるが、私はそうは思わない。責任問題は別にして、「俺とは関係のない話だから、そのことには一切触れてくれるな」、という姿勢はおかしいと思う。日本人として日本を愛するのであれば、負の遺産をも一挙に背負い、その上で未来を語るべきだと思う。日本でもよく報道されているように、中国では「反日」を利用した愛国教育が行われてきたことも事実だし、我々から見て不当と思われることも多い。日本の悪ばかりに目がいき、ODAを始めとした経済貢献や、日本の心有る人の行動がほとんど報道されず、知られていないことも事実だ。今回のサッカーに関して言えば、スポーツと政治を混同した礼儀のない立ち振る舞いは非難されて当然である。だが、私は一人の日本人として、この反日行動を単に中国政府の陰謀だとか、教育が悪いという見方だけで片付けるべきではないと思う。つい先日も、中国の東北部の河原で遊んでいた子供たちが、日本軍の遺棄した化学兵器に触って、手足や腿に潰瘍の症状をきたす事故が起きたことをどれほどの日本人が知っているだろうか?(*1)戦争を知らない若い日本人にとっては過去のことでも、ここ中国ではその過去をまだひきずっているのである。間もなく来る原爆記念日を前に、今も原爆の後遺症に悩む被害者の話などは多く報道されるはずだ。日本は戦争被害について誰よりもよく知っているはずなのである。ならば隣の国の被害者の思いにもう少し想像力を働かせてもよいのではないか。私自身、中国に来る前にはさほどそんなことは思わなかったので、自省を多いに込めてそう思う。小泉首相がいう「スポーツは友好の祭典ですから、温かく日本の選手も外国の選手も迎えていただきたい」という言葉はその通りだし、中国政府も同意するだろうと思う。だが、靖国参拝を始めとして、被害者の感情を踏みにじった行動を繰り返し、そのことに対して「分かってくれるはず」と説明責任を果たさないでおいて、ここぞとばかりに中国の教育を批判するのは、どこか違うと思うのである。....以上、書くつもりのないことまで、勢いで書きました。が、まだ自分自身に考え尽くせていない点も多くあります。間違っている点などご指摘いただければ幸いです。また、決勝戦のある7日は本当は上海方面に行く予定でしたが、せっかくの機会なので、北京に残り会場に足を運んでみようと思います。*1 吉林省敦化市で7月下旬に発生した毒ガス事故について、外務省は3日、現地に派遣した調査団による調査の結果、旧日本軍が遺棄した化学兵器による事故だったことを明らかにした。外務省のプレスリリース
2004年08月03日
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北京観光4日目(最終日)7時半 チェックアウト、荷物を預けて天壇公園へ。天安門を散策、写真撮影、お土産購入西単の天津百餃子園北京店で、水餃子のブランチ12時半ホテルに荷物を取りに戻って、タクシーで空港へ13時10分空港着、14:40の飛行機だから余裕あり。かなりハードスケジュールだったけど、気が置けない旧友との北京観光。楽しかったなー。再訪をお待ちしています!そして、もっとたくさんの人に遊びに来てもらいたいですね。私で良ければ喜んでお付き合いします。慣れ親しみ過ぎて忘れてしまっていることの再発見が楽しい。
2004年08月01日
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