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4月最後の金曜日はひきこもり。理由は、1)29日からメーデーの連休(*1)に突入していて授業がない2)特に外に出る用がない。3)何となくやる気がおきない。まぁ、要するにただにだらけているだけなのだけど.....、そういえば、と思うことがある。1)昨年も一昨年もちょうどこの時期、「やる気なし」の時期があった。2)自分だけでなく、周囲でも同じ話を聞く。そして、以前に誰からだか聞いた話を思い出す。「この時期の中国は気圧が低いので、これが心理に影響する」そしてまた、ちょうどこの時期中国の北方で盛んに行われる「人工雨」(正確には「人工増雨」)が日本人には馴染みがないもので、 人工雨がやる気をなくさせているんじゃないか?~なんて、科学的根拠に基づかない、勝手な「五月病」の言い訳をしていたのですが、中国気象局のサイトを眺めていたら発見!いや、人工雨との因果関係ではありませんが、「なぜ、『春眠暁を覚えず』なのか。4/26付けでアップされた「気象科学知識」の中のコラムです。http://www.cma.gov.cn/news/newsread.php?recid=33712訳が面倒なので、簡単に言うと、冬の間寒さのため収縮していた血管が温度上昇によって活動が活発になることで、大脳へ回る血液が減って、酸素不足の状態に。結果、注意力が散漫になり、疲労感を感じる。また、ビタミンB1が春になると不足するからという説や、生物時計が狂うからという説もあるとのこと。(気圧が下がるというのも原因の一つにあげられている。)言われてみれば、小学校の頃にも保健の先生がそんなこと言ってたっけ?? みたいな話だけど、まあ納得。特に、「春がない」と俗に言われる北京の場合、気候が冬から夏に一気に変わることに、春の長い日本から来た私たちは余計についていけないということもあるのかも知れない。ちなみに、人工雨に関して、気象局のサイトには、以下のような記事がありました。○北京で27日、人工増雨を実施。都市部で5-7mm、南部で11-16mmなどの降雨があった。また、気象局と水利部は、北京では水不足が深刻なことから今年は人工増雨を行う時期を4月-10月に延長する(例年は5月-9月)ことを決めた。http://www.cma.gov.cn/news/newsread.php?recid=33831○山東省浜州市で25―26日、無人飛行機による人工増雨の実験に成功した。http://www.cma.gov.cn/news/newsread.php?recid=33978また、2002年4月21日の日記(歴史ある中国の人工雨の降らし方/なぜこの時期に靖国参拝? )に書いた、≪人工雨影響天気管理条例≫の原文が、http://www.cma.gov.cn/constant/rengyxtq.htmにありました。....まあ、てな訳で、今日は、チャット(QQ)でクラスメートと共同研究(紙面比較)について打ち合わせたほかは、闇雲に読書したり、DVDを見たりのダラダラ生活なのでありました。7日までの連休をどう過ごすか....? ちゃんと計画しなきゃ。*1 メーデーの休みは、本来は1-5日なのだが、人民大では、6(木)と7(金)の振り替え授業を8(土)と9(日)に行うことで前倒し休暇となっている。教育部からの通達によるらしい。交通機関のラッシュをずらす意図かな?【訂正】「人口雨」を連発していましたが、もちろん「人工雨」でした。
2004年04月30日
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湖南から昨夜戻りました。「農民調査」のはずが、結果的には、かなり観光色の強い旅行になってしまったのですが、全般的には得るところの多い7泊8日でした。まとまりがありませんが、忘れないうちにキーワードをいくつか覚え書き。○公安生活今回最初に家に泊めてもらったクラスメートの前職は、公安学校の先生。奥さんはその同僚で今も現役。ということで、招かれたその家は、公安養成学校のその敷地内にあったのでした。着くなり、「ひさしぶり~、おかえり~!」とクラスメートと挨拶する人はみな警官。朝の食事は制服警官たちがリラックスしながら麺をすすっている職場の食堂。ついでに湖南省の党学校のなかも散歩....。不思議な経験でした。○毛沢東と劉少奇の故居二人の生まれ故郷を現地ツアーに混じって見学。滅多に降ることのないといわれる雹(ひょう)に見舞われ、ガイドさんに「毛主席から試練を与えられている」のだといわれました。○山水画の世界ー中国の山ー旅行中、たくさんの中国人に「日本の桜と富士山は素晴らしいねー」といわれましたが、私にとっては、仙人が出てきそうな中国の山々はとても新鮮で感動的でした。今回の旅行中、ほとんど毎日、山登りをしていたと言っても過言ではありません。(ちょっとは痩せたか....?)○中国の北と南中国は長江を境に北と南でまったく違うといわれますが、今回はそれを改めて実感。一番のキーワードは、「水」。そういえば、長江を越えたのは、一昨年の春に成都を訪れて以来ということになります。○旅行業と農村最後に訪れた「張家界」という地は、中国内でも有名な観光地です。街全体が「ホスト」、そんな印象を受けました。韓国からの投資と旅行客の勢いを非常に感じました。農村を発展させるための旅行業。これまであまり注目したことはありませんでしたが、今回非常に関心を持ちました。○遅れる列車最近中国の列車は遅れがなくなったなぁーと思っていたら、今回は長沙ー張家界で6時間の予定が、7時間半ほどかかってしまいました。主要都市をはずれるとまだまだということでしょうか? でも、これもまた旅の醍醐味か。○ツアーの構成メンバー張家界のツアーは、はちきれんばかりの上海女子3人組+上下関係のすごい山西省の企業組5人+西安から来た定年退職優雅な旅3人組みといったメンバー。同室を共にしたのは、初日は土家族の20歳のガイド、残りの3日は60歳のおじいちゃんでした。彼らとの交流、これもまた今回の旅の目玉。○給料と幸せ張家界の町のなかで目にした求人広告。そこには具体的な給与が書かれていました。その額は少ないけれど、街中は非常に落ち着いた感じ。北京、東京、平壌などとの比較してどうか?非常に複雑な思いがしました。ちなみに中国政府は26日、1-3月期の都市部の失業率が昨年末と同じ4.3%になったと発表。同時に雇用状況と政策に関する白書を発表。「雇用問題の解決は極めて困難で、差し迫った任務だ」と危機感を表明しています。○規則正しい生活は肥満知らず?中国の老人たちと数日暮らしてみて思ったこと。だって、みんな食べる、食べる。なのに痩せている。なんで.....??○おいしい空気が綺麗な肌を作るこれ、本当に実感。○汚いお札テープで張り合わせたお札。北京でなら、「これ換えて!」と受け取り拒否するところだが、地方に行くと多すぎて手に負えない。たくさんの汚いお札、どうしよう....。○カライ湖南といえば辛い料理。日本人におなじみの四川料理も「カライ」が、こちらはしびれる辛さ。質が違う。でも、カライものウマイ。率先して、「唐辛子」を食べた旅でもあった。○藤田田とマック帰り間際に寄ったインターネットカフェでその逝去を知る。学生時代バイトしていたときに、「社長が来る」との情報にあたふたしたことを思い出す。○「猫」ホテルで見たテレビで、北京に「猫」が来たと知る。行きたかったなぁ~。あっ、「猫」はブロードウエイ ミュージカル 「CATS」のこと。念のため。写真と、旅の詳細は、気分次第でまた追って。なんだか曇り空で薄さ寒い北京ですが、SARS再発の影響は今のところなさそうです。
2004年04月29日
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あれから1年。今や、もう面影はないけれど、昨年の4月20日を境に北京は、一度「ゴーストタウン」になった――。北京をその後のパニックに巻き込んだ、あの中国衛生部の記者会見を、私は、当時手伝っていた会社に一人日曜日出勤、ネット中継でみた。それ以前から、噂はたくさんあったが(※2)、信憑性のないものも多く、それほど心配していなかった。それが、この会見で感染者数の大幅な訂正。40人が一挙に339人になった。死者も4人が18人。翌日以降も、日々増えていった。それに伴って減っていく外国人。中国人も移動が禁止されながらも、田舎に戻る人が多かった。私も初めのうちは「早く戻ってきたほうがいいんじゃないの?」と日本から連絡をもらったが、仕事もあったし、生活基盤を今後こっちに置く覚悟だったから、そうそう簡単には帰りたくないという思いがあった。また、実際にこちら暮らしていると、日本での報道が如何にセンセーショナルに煽りまくっているかが分かった。気をつけて生活していれば、大丈夫、SARSの実態が徐々に分かるにつれ、そうした思いも強まった。ただ、最近議論されている「自己責任論」ということから言えば、外務省からは安全情報が出され、特別な用がない者は帰国するよう勧める勧告が出ていた。そして、万一、SARSの感染が疑われる場合には、飛行機に乗れないので(チャーターも含めて)、中国で治療を受ける旨、伝えられていた。もちろん本当に危ないと思えば帰国するつもりでいたが、報道を通じて、実態以上の「お化け」になっていることを感じた。また、日本での方がその報道が、激しかったため、5月に入るといまさら帰りづらい雰囲気もあった。実際、一部では、かなり差別的な扱いもあったと聞く。一方、その間、北京で残っている日本人の情報交換を目的にした飲み会も増えて、連帯感も強まった。ただ、今改めて思うと、「気をつけていれば大丈夫」とみな分かっていながらも、当時は、私も含めて、相当のストレスがあったと思う。私も何度か、熱にうなされる夢を見た。マスクをして町を歩いていると息が苦しくなって、呼吸困難かと疑ったりもした。体重も10キロくらい太った(これは飲みすぎ、食べ過ぎもあるけれど)。しかし、振り返ってみて、私はやはり、この時期北京にいられてよかったなと思う。変化を肌で感じられTことは私には大きな経験となった。でも、やはりあの日はもうやってきて欲しくない。――昨年は、人の移動を減らすため、急遽取り消されてしまったメーデーの休み。2年ぶりのこの休みを使って、これから湖南の農村を訪ねます。戻りはまだ決まっていませんが、遅くとも8日には戻ってきます。○昨年の日記4月20日http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/2003-04-20/※1 この日記で初めて「肺炎」が登場したのは、「中国のバレンタインデー、「怪病」蔓延の広州で。」(2/15) http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/2003-02-15/※2「怒涛の一週間、肺炎騒ぎをよそに、足の裏から広がる幸せ」(4/4)http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/2003-04-04/ ※3 私の気持ちにちょっと変化のあった日。「頑張れ、北京!! ー冷奴に棒棒鶏サラダ、ざるそばー 」(5/6)http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/2003-05-06/【お知らせ】最近、求人やセミナーのお知らせなどの広報をよく頼まれます。頂いた情報はこちらに載せておきます。興味のある方はご覧ください。http://www83.sakura.ne.jp/~chinary/cbbs/cbbs/cbbs.cgi
2004年04月20日
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「日本で特殊な時期、特殊な人が、特殊に求めていた、こういう食事の仕方が、なぜ今、昆明(雲南省)に登場したのでしょう?」「女体盛り」の話だ。http://news.sina.com.cn/z/ntshyan/index.shtml私が始めてこのニュースを知ったのは、5日の夜。日本から北京に戻って、テレビをつけたら、鳳凰チャンネルで、時を置かずして、「昆明の日本料理屋に『日本の伝統料理』女体盛りが登場し、議論を巻き起こしています....」と始まった。なんじゃこれ? である。まずなぜ唐突に、こんなニュースが流れているのか分からなかった。そして、「日本の伝統料理」が強調されていることに違和感を覚えた。いやいや、俺、今、日本から戻ったばかりだけど、こんなの見たことないよ....。そして、次に、明日クラスメートにどう説明すべきかと考える。昨年の西北大学の寸劇事件の件も頭をよぎる。これで反日にまた火がつかなければよいけれど。しかし、その後、バタバタしていたこともあって、このニュースにあまり深く突っ込まずにいた。そして、今日、「新聞評論研究」の授業で8日の「央視論壇」http://www.cctv.com/news/china/20040407/102371.shtmlで放送された、女体盛りに関する評論を見た。そのキャスターのコメントが冒頭のものだ。日本でも特殊な倶楽部や会員制の高級娯楽場以外では見かけなくなってきているものが、昆明で姿を現したという認識のもとでの原因分析、そして対応を考えるものだった。5日の報道に比べて、日本人の立場が加味され、客観的になっている。もしかすると、日本サイドの働きかけがあったのでは? とも思う動きもある。いずれにしても、私にとっては、ホッ、である。が、先の分析によれば、これは商売上の利益を求める動き、つまりは市場の需要があったから登場したものだ。昨年、シアトルでも同様の事件があったと聞く。となると、今後はどうなることやら.....。どうせやるにしても、お刺身は使わないで欲しいなと個人的には思っている。「日本は男尊女卑」――中国人の共通認識のようにあるこの観念が、また高まることは、中国で暮らす日本人の一人としてはやはり嬉しくない。
2004年04月19日
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兄弟の契りを正式に交わしたわけではないけれど、私は「兄」と呼び、私を「兄弟」と呼ぶ、そんなクラスメートがいる。その「兄」と水曜日から、湖南省の農村へ行く。どこに行って、いつ帰ってくるのかなど、計画はすべて彼任せ。「ちゃんとネットで調べておけよ」と言われたが、まだやっていない。まぁ、一人旅だとしても、いつもそんなもんだから、まあこんなもんだ。実は、正月にも「遊びに来い」、と言われ、行く気満々だったのだが、直前になって、「やっぱり寒すぎるから夏にしようと」といって延期。しかし、少し前に、「夏は暑すぎるから、メーデーの休みにしよう」と連絡があり、それでもやっぱりまた延期になるかなと思っていたら、どうやら今回は実行されそうである。しかし、メーデー(労働節)の休みは、正式には、28日からなのだが、22-23日が運動会のため、26-27日の二日をさぼるだけでいいということで、早い出発になった。「気が弱いから、本当は嫌なんだけど」と、別の学校の中国人の友達に行ったら、「みんなさぼるから大丈夫」とのことだった。それなら、私もちょっと安心....(おいっ!)。しかし、一応(?)大義名分もある。というのも、折りしも、ビジュアルコミュニケーションの講義で、「農村研究」が課題となっているのだ。そこで、今回の旅行で、研究旅行にしてしまおうという思惑。ちなみにこの課題は、今春の人民代表大会で農村問題に力を入れていくことが改めて強調されたことから、学生たるものきちんと自分の目で農村を見て来い、ということらしい。ならば、先生も一日くらい休んでも怒らないだろうということで、いつもなら無断欠席のところ、今回はきちんと「欠席届」をメールで送るように「兄」に促された。ところで、「兄」は以前、公安関係の学校でロジックを教えていた。今はキャリアアップのため、今は大学院にいる。3歳の子供もいる。飲みの席で聞いたのろけ話によると、奥さんも同じ学校の先生だったらしい。そんな家に泊まるのは、今からとても楽しみだ。こんな話を、夏に訪ねる約束をしている、貴州というこれまた農村のネット友達に言ったら、「飲み物を勧められたら断らずに飲むように」と忠告された。そんなの分かってるよ、小さい子じゃないんだからと思ったけど、なんだかこんな心遣いも嬉しくて、「うん、分かった」と素直に返事した。そんなわけで、日曜日、朝から切符を一緒に買いにいった。鈍行はすでに売り切れだったので、特別快速にした。でも、寝台は高いので、一番安い椅子席だ。15時発で、到着は翌朝8時ごろかな。さて、どんな生活が待っているのか? 今から楽しみだ。これからちょっとはネットで予習をしておこう。お子ちゃまにもぬいぐるみでも持っていこうか?
2004年04月18日
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北京外国語大学の日本語のクラスで教壇に立った。なーんて言うと偉そうだけど、たったの15分だけ。振り替え授業に当てられていた土曜日の午後を使って、日本人4人をゲストで呼び、それぞれから専門の話をしてもらおうという企画。私も友人からお誘いを頂いて、参加させて頂いた。私が話したのは、視聴率について。本当はテレビはあまり専門ではないが、15分で日本語のレベルも違う学生に話すにはとっかかりが良いかな? と思っての選択。中国でも、視聴率の概念はあるが、日本ほどにまだ発達してはいない。しかし、流れはやはり同じ道をたどろうとしているのだと思う。一方、日本では視聴率信仰による番組の低俗化が進み、昨年の日本テレビの事件もある。というわけで、日本の実情を紹介しながら、中国のメディアにもつなげたいと思ったのだけど...。まあ、とても15分で語れるものではなかったけれど、私にとっても日中比較をきっかけに今後を展望するよい機会になった。ちなみに、2003年の視聴率のNO.1って何だと思いますか?あれだと思うでしょ? でも違うんです。答えは、CMのあとで、いや....一番最後に(笑)なお、他の方の講義は、窃盗をネタにした法律の話や、地元である北海道の紹介、それに仕事経験を生かしての日本の自動車業界の話など。私にとっても新鮮な話が多くてとても楽しく勉強になった。今回の学生さんは10人。将来日本企業で働きたいという人、ガイドさんになりたいという人、富士山を見に日本に行きたいという人などさまざま。学習暦も1年くらいの人から数年勉強している人までいたが、さすが最上級クラス、優秀な学生ばかりだった。授業終了後、別の日本語の先生も交えて、6人で会食。食べ放題の日本食を頂いて、大満足の1日だった。日本語の先生の仕事の大切さを改めて感じた一日でもありました。大変な仕事だと思いますが、頑張って欲しいと思います。私もまたこんな機会があったら、いいなと思います。★お待たせしました! 答えは次のとおりでした。NO.1は私には意外でした!2003年 年間高視聴率番組30(関東地区) 1 日本テレビ開局50年金曜特別ロードショー・千と千尋の神隠し 2003年1月24日(金) 20:30 159 日本テレビ 46.9 2 第54回NHK紅白歌合戦 2003年12月31日(水) 21:30 135 NHK総合 45.9 3 日曜劇場・GOOD LUCK!!・最終回 2003年3月23日(日) 21:03 66 TBS 37.6 4 第54回NHK紅白歌合戦 2003年12月31日(水) 19:30 110 NHK総合 35.5 5 新春スポーツスペシャル・第79回東京箱根間往復大学駅伝競走・復路 2003年1月3日(金) 7:45 395 日本テレビ 31.5
2004年04月17日
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大学もトータルコーディネートの時代だ。校章を昨年新たにした我が中国人民大学。手紙を送るときはこう、看板はこう、名刺はこう...と、そのレイアウトが、分厚い1冊のマニュアルにまとめられている。金曜日午後のビジュアルコミュニケーションの授業では、そのマニュアル作成担当者を招いて話を聞いた。ネット検索をしてみると、他の大学や企業でもVIS(Visual Identity System)を公開しているところがいくつかある。中国でも今後、イメージや見栄えにこだわる広報戦略が重視されていることは間違いない。----代わって、中国語版TOFEL(漢語水平考試=HSK)。金曜日に突如、緊急通知が発表され、初中級の7月の試験が1週間延期になった(7月11日→7月18日)。理由は「酷暑の時期なのに加えて、各大学で期末試験の時期にあたり、会場を借りる際に時期が重なってしまうため」。なんとも釈然としない言い訳だ。HSKは何も今年始まった訳ではない。「60日間、ブランクを置かないと試験を受けられない。だから、5月16日のHSKを受けたら、7月11日のHSKは受けられない」こんな噂がしばらく前から語言大学を中心に流れていた。情報元は「先生が言っていた」「HSK事務室に問い合わせたらやぱぱりそうだった」など。しかし、公式サイトには書かれていなかった。どうも、「噂」によると、「60日間、ブランクを置かないと試験を受けられない」と決めたものの反対が多く、結果、7月の試験を1週間延期したらしい。なるほど、そうすると、5月の試験から7月の試験までちょうど60日間ちょっとになる。さらに、「語言大学の学生に限り、1500人まで、試験当日の午後、別の試験問題でもう1度試験を受けられる。成績はよいほうを選べる」。これも公式サイトにはない、口コミ情報。語言の学生にとってはラッキーな情報かも知れないが、HSK試験への信頼度を貶めていることは否めない。TOEIC試験などでも、試験結果を内部資料にするため、格安価格で通常の試験日程以外に受験できる制度が私の大学でもあった。しかし、この試験結果は、証明機能はあるものの、正規のものとは格差があった。前にも書いたが、人民大学では、HSKの偽造証書を使って入学を試みて処分者が出ている。大学の前では、偽証書の売り子が後を絶たない。しかし、これでは、正直者が馬鹿を見る典型だ。HSKは32カ国以上で実施されている国際試験だ。ルールをしっかり管理し、そのブランドイメージを高める努力をして欲しい。----ところで、HSKの高級試験は、年1回(新彊のみ年2回)。一昨年は人数制限があって、早朝から並んでいたが、今年は、人民大の事務室でも代理受付が出来るようなった。今後もこれが続くならよい改善だ。私も受けるけれど準備は何も出来ていない。。。。。う~ん。まずは自分の努力だな....。
2004年04月16日
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木曜日の午後は「当代中国ジャーナリズム事業改革と発展研究」、毎回現場からゲストを招いての授業だ。今回は、中国メディアの総元締めとも言える、新聞出版署の元・副署長で、現在中国出版集団の代表取締役を務めている人物の講義だった。所謂、「偉い人」なので、我が学院の「偉い人」も臨席。新入生歓迎会でしか見たことのないような(その後、年末の餃子会にもいたけど...)、学院の共産党書記の顔もあった。クラスメートもまじめにノートをとっていた。初めのうちは....。ところが、聞けば聞くほどに話がつまらない。というか、ありきたり。建前論ばかり。次々にペンの動きが止まり、体は後方に反れ、机の下に読みかけの本が見え隠れした。中国の話なんてみんなそうなんちゃう?そんな批判もとんで来そうだ。そして、それは確かに一面ではそのとおりだ。だが、大学の授業などでは、比較的自由な発言が目立つ。例えば、数回前にゲストでやって来た、中国のニュースウィーク的雑誌「新聞週刊」の元副社長は、以前、発行後に政府から回収命令が出て止む無くそれに従った裏話などを話して、学生の関心を引いた。違う授業で招いた、中央電視台の人気キャスター、白岩松も最初にホスト役の先生から、「今日は個人的な意見を感想を率直に述べてもらいますので、発言内容の取り扱いには注意してください」という前置きはありながらも、実際、立場を超えた意見が聞けて、教室も最後まで立ち見であふれていた。が、今回の授業は、終始、建前論。日韓米の事例紹介などをしながら、中国の出版界の立ち遅れに対する批判などもあるのだが、どうも話がありきたり。結果、中休みをはさんで後半には、学生の3分の1は退席していた。我が学院の「偉い人」も、理由は分からないけれど、その姿を見つけることは出来なかった。ただ、私からすると、これもまた経験。学生の反応の観察も実は結構楽しかったりする。---必要があって、中国工商銀行で新たに口座を作った。マルチマネー(多幣)タイプ。円やドルの預金も可能。パスポート持参。キャッシュカードもその場で受け取り可能。日本のように名前は彫っていない。裏にサイン欄あり。暗証番号は通帳、カードにそれぞれあり、どちらも6桁。カード発行手数料5元。印鑑は必要ない。
2004年04月15日
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水曜日。午前の授業が終わってすぐ、友誼賓館前からリムジンバスに飛び乗り空港へ(16元)。日本の知り合いから前日に突然の電話。青島経由で、北京にも1泊するという。では、是非是非! というわけで空港へお出迎え。約40分で到着。国内線到着ロビーながら、日系大手メーカーの名前を掲げた出迎え人が多い。友人を待つ中国人ももちろん多いが、汽車の北京駅とはいる人種が違う。ここにも、単純に中国を語れない多様性があるなーなどと、訳のわからないことを考えながら、学校の周りでは目にしない自動販売機でダイエットコーラを買って飲む。お釣りは、これまた北京ではあまり目にしない1元コインだ(使い慣れないのでジャラジャラ邪魔)。青島からの飛行機は20分ほどの遅れで無事到着。闇タクシーの客引きを避けてタクシーに。車内で、契約している代理店に電話して当日のホテル予約。「4年前に比べて、道が綺麗になりましたね」オリンピックを前に、空港から市中心部への所謂「迎賓通り」の改修にはもちろん力が入っている。「あれ、なんですか?」高速を走る車の窓越しいっぱいに広がる白いもの。綿毛、それは柳絮(りゅうじょ)であった。日本ではなじみがないが、大辞林第二版(http://dictionary.goo.ne.jp/index.html)を引くと、(1)白い綿毛をもった柳の種子。また、それが雪のように散るさま。[季]春。(2)雪の形容。とある。さらに、りゅうじょ-のさい りう― 1-1 【柳▼絮の才】 〔晋の謝安が雪を何に似るかときいた時、姪(めい)の謝道(どううん)が「未レ若柳絮因レ風起」と答えたところから〕非凡な才女のこと。だそうだ。黄沙と柳絮は北京の春の「2大うざったい名物」となっている(SARSがこれに加わらないことを切に祈るのみ)しかし、北京日報の4月12日付によると、http://www.bjd.com.cn/BJRB/20040412/GB/BJRB^18581^5^12R502.htm今春100万株の柳を他の木に植え替えるのを皮切りに、柳絮を飛ばす柳を、「下崗」(レイオフ)にするのだという。記事によると、北京の平地部分の樹木1億2000万本以上のうち、柳が約70%。1960年代以降に多くが植えられたようだが、柳の雌株、特に樹齢20年以上のものが老齢化してこの綿毛を飛ばすらしい。そのため、今後植え替え時には、柳を植える際にには、雄株限定にするようだ。男性としては、雄ばっかりと聞くと、何となく嬉しくない気もするが(?)、呼吸器系の疾患の原因にもなっている柳絮。これも致し方ないのかもしれない。それにしても植林というのは難しい....。日本の杉の木による花粉症といい、人工的な植林は、神様の機嫌をちょっこと損ねてしまっているんだろか....。....、お客さんとはこんな柳絮の話や仕事の話を聞いて、北京の下町、前門を散歩。おやつに老舗・都一処のシュウマイを食べて、数時間でお別れ。一人、天安門を散歩して家路に着く。天安門では、農村からきた老人たちが10人ほど中央に座り込んで、公安と警察が「困った顔」で、対応していた。
2004年04月14日
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ベッドの右側には中国全土の地図、左側には世界地図と、北京市内の地図。南窓からこぼれてくる朝日を浴びながら、デカデカとした3枚の地図を何となく眺めていた。日本って小さいちゃいな。中国全土の地図にも日本も北海道の頭部がちょっぴり欠けてはいるがほぼすっぽり入っている。韓国も。しかし、綺麗に色分けされた中国全土とは対照的に真っ白。まあ、当たりまえか。色が塗られていたらむしろおかしいか....? でも、だから余計に日本と韓国が小さく見える。中国脅威論。これには素直に賛同できないが、しかし地図を見ながら、小さな子犬がキャンキャン鳴いている様子がふと思い浮かび、脅威に思う気持ちも少し理解できるなと思う。日本に一時帰国中、内容を見ることもなくとりあえず買った経済誌。日経ビジネス(4月5日号)を開くと、「『中国生産に』勝てると中小企業が食指』」。720時間連続稼動の無人工作機で人海戦術の中国に立ち向かう。書評には、「『反日』で生きのびる中国」(鳥居民著、草思社)。東洋経済(4/10増大号)は、特集が「中国人民に売り込め!」。度派手な赤を基調にした表紙には黄色の星が5つ。そして「上海の街を歩く若者たちに、古き中国のイメージはない」(表紙キャプション)という綺麗に着飾った14人の若者たちの写真。週刊エコノミスト(4/13特大号)は、やさしい世界経済入門特集。副題には、「中国が変えた世界地図」とある。ベッドの右と左を交互に見る。世界って、こんなに大きくて、国もたくさんあるのに(*)、日本と中国の関係って....??うーん、おもしろい。*191(2002年5月20日現在)(日本が承認している国+日本の数)<外務省のサイトから>p.s.普段一番よく使うのはもちろん、もう1枚の北京市内地図。
2004年04月13日
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やっぱり詰まるところ、語学は大切だ。午後の授業が終わり、曇り空の下、教室棟から留学生宿舎に向かって歩きながら、ふとそんなことを考えていた。理由とか、きっかけは特にない。ふっと、本当にふっと、頭に浮かんだ思い。まるで夢物語のように。きっと潜在意識って奴なんだと思う。中国と出会って12年、中国語を初めて大学の第二外国語で勉強してからかれこれ7年、北京で暮らし始めて2年ちょっと。...。それをいまさら、言葉が大切だなんて...、恥ずかししく。そんなの分かりきっていること、出来て当たり前なのに。でも、事実を認めなきゃ新たな世界は開けてこない。自己弁護すれば、まぁそれなりには、頑張ってきたと思う(と、開き直ってみたりする....)。会社を退職して北京に渡り、まず半年を語言大学の速成班で。びっちり缶詰になって、スパルタで中国語を伸ばそうという計画。それまで、第2外国語と我流の勉強していていない状態で、1番上のクラスに入り、1番の落ちこぼれながら、何とか頑張った。その後、人民大学の新聞学部に移り、学部聴講生となる。いまいち目標と対策が定まらない中、中国の学生に混じって授業を受け、翌年の大学院試験を目指す。そして、SARSの直前に試験を受けて、SARS勃発後の合格発表。SARSの時期もそのまま北京で過ごし、9月からは修士課程に。その後、クラスメートにも助けてもらいながら、なんとか授業をこなし、来年書く予定の論文のテーマを見え出してきた。大きな懸念だった9月からの学費も、奨学金の面接に通過したことで(4/10結果受領!)、何とかなりそうな気配(最終的には中国政府が決定することになっていてその結果は8月に出る予定)。っが、やはり地道な努力が足りない。根本的な言葉の能力が足りなすぎる。うぅぅぅ...。紹介しようと思いながら、遅くなってしまったのだけど、「中国語ジャーナル」(アルク)という雑誌の4月号で、インタビューをしていただき、「中国のエリートと机を並べ中国メディア論を学ぶ」というタイトルでまとめて頂いた。そのなかで、夢として、このサイトで、中国で日本人の考えを発信し、議論の場としたい、正しい報道を通じて、市民レベルの相互理解を深めるお手伝いをしたいと述べた。このインタビューを受けたのはもう数ヶ月前のことになるけれど、その後、この思いはさらに深まっている。この方向を論文にもつなげたいし、卒業後にもつなげていきたいと思っている。しかし、やはり今のままではダメだ。語学力が欠如している。そして、実は、語学力がないというのは、これまた言い訳に過ぎないことも分かっている。もっと根本的な努力が必要なのだ。うーん。こんな思いは年末からあって、その思いは深まるのに、その対策が具体化しないな。これはいかん。いかん、いかん。が、気づいた時からまたスタートするしかない。気づかなきゃ始まらない。始めなきゃ始まらない。やる気のあるうちにまず計画を具体化。そして、小さなことからコツコツと、だな。そう、今年の目標は、もっと地道にもっと深く中国。
2004年04月12日
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海外にお土産を持っていく人、海外で暮らしている必見!空港の免税店以外でも、消費税を払わずに済む免税の制度があるのをご存知でしょうか?たとえば、留学用に持っていくで20万円のノートパソコンを秋葉原で買う場合、秋葉原価格からさらに1万円のお徳になります。留学生なら、一時帰国を利用して、電子辞書やICレコーダーを買ったり、友達からデジカメやMP3を買ってきて! と頼まれることもよくある話。そんなときには、この手を使わない手はありません!というのも、消費税とは、「国内において行う資産の譲渡、貸し付け及び役務の提供並びに保税地域からの外国貨物の引き取りに際して払うもの」と規定されているため。なので、海外で使うことを目的にした買い物では、消費税が免除されるという訳です。この免税が適用される大まかな条件は、(1)海外に住んでいる(非居留者=定義は末尾参照)、もしくは、海外へ持っていくお土産であること、(2)免税を許可された店で買うこと(空港内とは限りません!繁華街にも実はたくさんあります。より安い店を見つけることがポイントです、(3)合計金額が1万円を超えることーーです。私はこの制度を、昨年パソコン購入時に初めて知ったのですが、その詳細は分からずにいました。というわけで、今回、一時帰国したのを機に、地元の上野税務署で伺ってきましたので、下記にまとめます。なお、記述は正確性を心がけていますが、詳細についてはお近くの税務署または販売店までご確認願います。★【免税の対象となるもの】○通常生活の用に供するもので、合計額が1万を超えるもの(例外:食料品、飲食類、たばこ、薬品及び化粧品並びにフィルム、電池その他の消耗品。これらは対象外。)○但し、同じ日に同じ店で買えば合計額が1万円を超えればOK。○買ってから国外に持ち出すまでに使っても最終的に海外に持ち帰ればOK。○贈答品でもOK「海外旅行等のために出国する居住者が、渡航先において贈答用に供する物品等を輸出物品販売場においてその居住者に譲渡した場合には、その事業者自らが輸出するものではありませんが、実質的には輸出と同じ結果になることから、前述の非居留者に対して物品を譲渡する場合の免除に準じて、輸出免税の適用を受けることが出来ます」★【免税品をゲットする方法】1.免税品を取り扱っている店を探す。どこの店でも良いわけではなく、税務署から許可をもらっている店で買わないとこの制度は使えません。外国人旅行客の多くくる繁華街に行くと、「免税品」と書いた看板があります。こういう店ならOK。例えば、東京・秋葉原のラオックス、石丸電気などです。但し、免税許可は店舗ごとなので、支店によってことなる点に注意(例えば、仮に、新宿のビックカメラが対象店でも、上野店は違うかもしれない)。なお、具体的な店の名前は税務署では公開していない(情報公開制度の対象にもならない)とのことです。2.お店に行く際には、必ずパスポートを持参すること。(コピーは不可)3.買うものが決まったら、お店の人に、「海外旅行で持っていく贈答品なので」あるいは「海外で2年以上使うものなので」と言って、免税扱いにしてもらうよう依頼してください。4.するとお店の人が、購入記録表を作成し、それをパスポートに貼ってくれます。5.次に購入者誓約書にサインするよう求められます。誓約の内容は、「贈答先に贈答し、帰国の際に携帯しない。もしくは渡航先において2年以上使用(または消費)すること」。なお、この誓約書は店側が、7年間保管することが、税務署から義務付けられています。6.以上が、済んだらお会計。ここで間違って、消費税を払わないように注意。レシートをちゃんと確認しましょう!7.商品を受け取ります。8.海外に行く際には、買ったものは手荷物で。実際には確認されないことが多いようですが、原則では税関で確認されることになっています。9.空港に出国検査のカウンターの手間脇にある税関カウンターへ。パスポートを提出して、お店で貼ってもらった購入記録表をちぎってもらいます。これですべて終了です!(なお、自動車を輸出する場合には、現地の税関で確認の捺印をもらう必要があります。)★【非居留者とは?】(1)2年以上外国に滞在する目的で出国し外国に滞在する者。(2)外国にある事務所(本邦邦人の海外支店等、現地法人、駐在員事務所及び国際機関を含む)に勤務する目的で出国し外国に滞在する者(3)(1)及び(2)に掲げる者のほか、本邦出国後外国に2年以上滞在するに至った者(4)(1)から(3)に掲げる者で、事務連絡、休暇等のため一時帰国し、その滞在期間が6か月未満の者※なお、在外公館に勤務する目的で出国し外国に滞在する者は、居住者として取り扱われます。★ただ、非居留者でなくとも、「贈答品」であれば、免税が適用されます!
2004年04月08日
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中国政府奨学金(*1)の第二次選考・面接試験の覚え書きです。今後の方の参考になればと思い、若干詳しく書きました。最終的に合格をいただければ、研究計画書などを含めて、その後の研究内容も公開していきたいと思っています。個別に質問があれば、メール(daren@zak.att.ne.jp)などでお寄せください。(4/11午前加筆)■~書類選考の結果通知~日本の自宅に3月25日、「平成16年度中国政府奨学金留学生の選考結果について(通知)」(発信者:文部科学省高等教育局留学生課長、3月23日付)という書類が届く。内容は以下の通り:このことについて、あなたは書類選考の結果合格しましたので通知します。ついては、下記のとおり面接試験を行いますので、指定の時間までに面接会場へお越しください。なお、面接時間、提出書類等については、下記事項を参照してください。1.受験番号 B-○2.日時 平成16年4月5日(月) 面接時間 10:14~3. (財)日本国際協会 東京国際交流館 プラザ平成4階 東京都江東区青梅2-794.面接時持参書類 (1)中国政府奨学金申請書(所定用紙) 1部 (2)外国人体格検査表(所定用紙)正本1部、コピー3部(平成16年3月15日以降に受診、発行されたもの)5.面接時間(1)面接時間は多少前後するので、指定されて時間の10分前までに面接試験会場内の受験者控室前で受付を済ませること。(2)2~4名程度のグループで面接を行う。(3)指定の時間に受験しない場合は、不合格とする。以下、略(本件連絡先など)■~書類の準備~(1)中国政府奨学金申請書(所定用紙) 1部出願時と同じ内容で記入し、同じ写真を添付する。また、申請書の右上に受験番号を記載する。(2)外国人体格検査表(所定用紙)正本1部、コピー3部ビザ取得に際して必要な検査内容に準じる。但し、すでに留学中で、9月以降居留証が有効な場合、簡易検査で可。私は人民大内の校医2階で所定用紙の表だけ書いてもらった(血液、X線検査なし)。所要時間30分ほど、15元。■~面接試験当日~ ○受付ゆりかもめの「船の科学館」下車。地図に沿って歩いていくと、「中国政府奨学金等面接会場」の張り紙。矢印に沿って歩く。5分ほど。エレベータで4階へ。降りると廊下に机が置かれており、女性が3名。そこで名前を伝えて、提出書類を渡す。すると、「面接選考会注意事項」というA4紙を一枚渡され、控室に通される。○控室大きな会議室のような部屋。前のホワイトボードには、渡されたのと同内容の注意事項。部屋には4名ほどがいた。大きな部屋にぽつぽつと座っているのでお互いは話にくい雰囲気。10時14分からの予定だったが10時頃には順番が回ってきた。3名の名前を呼ばれる。受験番号の若い順に並んで入室し、その順番で奥から着席するよう指示される。わたしは、3番目で一番最後。○面接室・審査員 計9名 入り口で会釈して、面接室に入ると正面に8名、入り口がわに垂直に置かれた机に1名の審査官。(1名は恐らく文科省の担当者ではないかと思われる。) ・質問内容まず、中央に座っている審査官が3名の名前確認。その後、「では、まず中国語で質問をしてもらいますので」。続いて、向かって一番左側の紅一点の女性審査官が日本語で名前を確認後、中国語で質問。「中国語で自己紹介をしてください。1分以内でお願いします」。3人に対して同じ質問。ただ、はじめの人には、続いて「あなたが申請した学部はどこですか?」との追加質問あり。その後の二人に対してはなかった。私は、事前に「自己紹介を言わされるよ」と以前の受験者から聞いていたにも関わらず、原稿を暗記するなどの準備はしていなかった。自己紹介などいつもしているし、どうにもでもなるかと。それより、専門の内容について突っ込まれた時のために専門用語の中国語をチェック、研究計画書の中国語版が口頭で説明できるように準備していった。しかし、いざ「自己紹介してください」と言われ、たくさんの審査員を目の前にするといささか緊張するものである。よくよく考えてみれば、私の普段の自己紹介は、授業のなかや飲み会の席でのものが多い。こういうときは、「だーれんっていう名前は珍しくてね....ハハハ」で済むが、そうか、審査員は名前なんて興味ないか....と気が付いたのは、審査員に質問をされてから。時すでに遅し。仕方ないので、「尊敬する先生方、こんにちは! わたしは○○と申します。大学を卒業後、商社で仕事をして、辞めてから中国に渡りました。まず語言大学で中国語を勉強した後、人民大学に移り、いまは新聞学部の修士課程に在籍しています。専門は、改革開放後の中国のメディア改革と日中関係に与える影響です」と答えた。ここまで、話したところで、「まだ話しましょうか?」と審査員に目で訴えたところ、「はいっ」と打ち切られた。途中、「えっ~と」を連発。追加質問もなく、「はいっ」の一言だったので、こんなんで良かったのか、悪かったのか分からず、あんまり心地よい終わり方ではなかった。しかし、面接はまだ続く。今度は右方向にいる先生からの各受験者への個別質問。これ以降はすべて日本語での質問。すでに提出済みの分厚い資料をパラパラ捲りながら。私への質問は、「あなたはメディアやインターネットを研究しているが、西欧と中国におけるインターネットを巡る状況の違いはなんですか?」また、「党の機関紙と都市報の違いについて研究するとあるが、それはどういうものか?」この回答は、研究計画書の内容と併せて書かないと分かりづらいと思うので、ここでは割愛。ただ私にとっては、非常に表面的な質問で、難しいものではなかった。むしろもっと突っ込まれると思っていたし、中国語での質問かと思っていたので、いささか拍子抜けの感があった。他の受験者への質問はここでは詳しく書かない。これが終わると最後は、また別の審査官からそれぞれに質問。これが事前に「圧迫面接」と聞かされていたもので、「嫌味な」質問をぶつける役割を与えられているようだった。口早に、ちょっとムカッとするような質問が飛ぶ。ちなみに、私には、「あんたは今までに勝手にいろいろやってきているが、何で今、奨学金を申し込んだの?」私の回答は、「いや、昨年も申し込もうと思ったのですが、研究テーマが定まらなかったのと、書類の準備が整わなかったもので」。なお、ほかの受験者には、「推薦状にサインが入ってない。あんたが不注意なのか推薦者なのか分からないが言っておくように。」「あんたの書いてあることは、多くの日本人が思っていることなんだが...。研究に関する本で印象深い日本の本を1冊あげて」など。一通り終わると、「では、結果は追って連絡します」と言われ、終了。面接会場を後にした。最後に時計に目をやるのを忘れてしまったが、10分少々くらいだったのではないかと思う。○帰り面接会場を出ると、受付の方から「おつかれさまでした」と声を掛けられ、エレベータに通された。控室に戻ることは出来ない。私は、たまたま受験者の一人が、このサイトを通じて事前に連絡を下さっていたので、そこで挨拶をして、東京駅までご一緒させて頂いた。○感想など・書類審査が通ればほぼ合格間違いなしという情報がある一方、採用予定者よりも多くを書類合格させているので、確実に何人かは落ちるとの情報もある。・面接は、書類申請書に書いた専門別に順番に行われいるようだ(審査員の後ろに、E政治と書かれた書類の束があったことから、あくまでも推測だが、出願書に書かれた「専攻分野」に従っているものと思われる。A語学 B文学 C教育・哲学・社会学 D歴史 E政治経済・法学 F医学 G工学 H芸術)。審査官は専門別に8人が選ばれ、担当の審査員が2番目の質問をしているものと推測。新聞学は、「文学系」なので、私の審査員は恐らく文学の専門。よって、研究テーマが審査員の守備範囲に入ると、質問内容はより鋭いものになるものと思われる。一方、私の場合には、専門外だったので、あまり突っ込まれなかったのでは?*1詳細はこちらへ。http://www2.jasso.go.jp/study_a/scholarships_foreign06.html
2004年04月07日
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月曜日の夜、日本から帰ってきました、滞在時間は約125時間(最初101時間と書いたが計算間違いに気づき訂正! ついでにちょっと加筆)。今回のメインの目的は、「中国政府奨学金」の第2時選考の面接試験。けれど、往復約2800元の航空券はもちろん自腹、ならば元を取らねばと、精力的に動いて参りました。■31日(水)○6時タクシーで北京空港へ。渋滞もなく30分ほどで到着。○8時10分北京発 JL780 JALの赤い鶴マークがこの日最後だった(4月1日のJASとの統合のため)と後で知り、写真を撮るべきだったと後でちょっぴり後悔。最近サービス悪いなと感じていたJALだったが、今回は「痒いところに手が届く」サービス復活の印象。○12時過ぎ成田着、京成スカイライナーで上野へ。駅を出たところで、ショルダーバックの中身がすべて飛び出るハプニング。二つのファスナーがついているタイプの鞄。中に詰め込みすぎたため、小さな隙間が一気に開ききったよう。面接用の書類やら、元・ドル札までもが、花見客で賑わう上野の道路に散乱。風は若干あったが、幸い微風。飛んでいった人民元を拾ってきてくれる方、3人ほど。みなさんのお陰で、大事に至らず。帰国後の気の緩みを反省。○ヨドバシカメラ上野店へプリペイド携帯電話の説明を聞きに。ツーカーとAUの電話を2種だけ置いていた(量販店ではあまり扱っていないことが後に判明)。それでも、「通話料はボーダフォンが一番、お徳(1分60円。他社だと100円)」と丁寧な説明。しかし、「使わない状態が長く続くと(会社によって異なるが長くても180日)、その後は料金補充も出来なくなる」との説明に驚く。中国のプリペイド携帯と違って、電話機自体に番号が記憶されているので、その電話が使えなければそれはただの箱というわけだ。電話機は、ツーカーのものが3000円ちょっと。AUの折畳式が8000円くらい。通話カードは3000円から。しかし、決断出来ずにパンフレットを持ち帰る。○14時頃 自宅着愛犬ポテトの出迎え。うなぎご飯。浴槽につかる。○15時半 上野税務署以前から気になっていた非居住者の消費税の免除に関してレクチャーをお願いした。(詳細は追ってご報告)○上野の携帯ショップへプリペイド式は売れないと見えて、「実は実習中なんです」と説明の途中で打ち明けた販売員は、何度も先輩社員に尋ねにいく。4度ほどそれを繰り返した後、「私が承ります」と出てきたのは、「陳」という名札をつけた中国からの留学生だった。実習中の女性は、「留守電サービスをつけて頂ければ、電話機はただになります」と言っていたが、基本料金のないプリペイドにそんなおいしい話があるはずもなく、陳さん曰く「それは普通契約の場合だけなんです。電話機はプリペイドも共通ですので」とのことだった。「タダ」といわれた電話は、実は1万8千円。陳さんに「ありがとうございます」とお礼を言って店を出た。○東海道線で戸塚→西口からバスに30分乗り、県営いちょう団地へ。大学時代から参加している多文化まちづくり工房の日本語教室へ。大学生が春休みのためスタッフが足りない。ベトナムとラオスの生徒さんと雑談をして過ごす。日本の滞在期間は2年ほど、仕事も建設現場や、クリーニング屋と、重労働で苦労している。しかし、日本語は日常生活には支障ない程度。私の中国語を反省。教室終了後、事務所に立ち寄り、最近の事情を聞き、スタッフの車で戸塚駅へ。○鶯谷の哲学堂のラーメン。ネギバカセットhttp://gourmet.yahoo.co.jp/gourmet/restaurant/Kanto/Tokyo/guide/0304/P014001.html12時前に自宅着。■4月1日営団地下鉄が東京メトロに。消費税の総額表示が義務付けられる。○10時前に家を出て、上野公園を散歩。学割で、国立博物館へ。東洋館に入り、中国の仏像を眺めながら、「彼らはどうやってここまで来たの?」と問い掛ける。その答えを求めて、ショップの資料などを眺めたが、よく分からず。外に出たところで、同じく散歩に来ていた祖母と遭遇。老人パスで無料なので博物館内の庭園によく来るらしい。○山手線に乗り、秋葉原へ。目的は、プリペイド携帯とソニーのエアボード。しかし。プリペイド携帯は、「当店では扱っていません。ショップへどうぞ」(ヤマギシ)というように量販店は力を入れていないことが判明。「プリペイドより、学割携帯を貸してあげようか」という弟の提案もあり、携帯購入は結局、次回への持ち越しとした。一方のエアボード。「当店では扱っていません」(石丸電気)。昨年発売の古い型しか置いてなく、「3月半ばに発売との新聞報道があったとのですが」との問いには、だんまりとなってしまった某大型量販店。どうも現時点での注目度は低いらしい。海外駐在者にとっては画期的な製品だと思うのだけど。。。(日経トレンディー5月号 PP.94-96に「"テレビ局を持ち歩く"映像端末ソニー・エアボード」の記事)○神保町へ東方書店、内山書店、アジア文庫、古本屋10数点、最後に三省堂へ。最後は買った本を持ちきれず、郵送を頼む。三省堂は1万5000円以上の購入で佐川急便による宅送が無料に。それ以下だと380円。お昼はクリームコロッケカレー。■2(金)○アジア経済研究所の図書館へ(海浜幕張)(途中、長いこと行っていないディズニーランドを通過。)http://www.ide.go.jp/Japanese/Library/index.html○シティバンク銀座支店へ○銀座でなぜか長崎ちゃんぽんちゃんぽん1杯が確か380円。意外と安い。中国との格差が縮まっているかも。○夕方、中国留学アドバイザーのHさんとお茶奨学金の面接の話、大学院受験などについて情報交換。○夜、留学仲間の友人と上野で食事おいしい焼酎に和む。■3(土)○日本新聞博物館、図書館へ(みなとみらい線「日本大通り駅」情文センター口直結)http://www.pressnet.or.jp/newspark/○駅でてんぷらそば+カレーセットアジサイだっけ? 立ち食いならぬ座りそば。安くはないが、早くておいしい。そして清潔。このノウハウは中国でも活きるかなー?○日中友好会館でのシンポジウムに向かうも間に合わず。巨人戦間際の東京ドームの近くを散歩。○夜、留学仲間の友人と赤坂見附で食事おいしい和食。幸せ。■4(日)○八重洲ブックセンター(東京駅)ビジネス書はやはりココ。加えて、今回は社会学系でも収穫あり。○上野で買い物知り合いに頼まれていた「任務」を果たす。チケット屋さんで、京成電鉄の「株主優待券」をゲット。1000円の乗車券が800円で買える(以前は700円だったんだけど...)。特急ならこれで上野ー成田ok。スカイライナーはこれにプラス1000円。○夜は、家で食事洋食屋さんから出前。■5(月)新橋から、ゆりかもめで船の科学館前で下車。○10時14分のはずが10時から面接(詳細は追って報告)○東京三菱銀行上野支店へ口座開設。○献血センターへ○上野の本屋へ最後の本探し。○家で食事、荷詰いつも慌てる最後の荷詰。○15:25発スカイライナー31号→16:17 成田第二ターミナル着預ける荷物は家ですでに体重計を使って軽量済み。手荷物との荷物調整の末、32.3キロに。20キロ規定だが30キロまではおまけしてくれるとの経験則に基づく。2.3キロオーバーはどうかな? と思ったが、結局やはりダメ。その上、「5キロオーバーの25キロまでなら」などと言い出し、「今のままだと1万数千円になります」という(払う気はないので細かい数字は聞いていない)。仕方ないので、少し荷物を出して28.7キロに。毎回本を大量に持ち帰るので、どうしても荷物が重くなってしまう。今回も急がないものはSAL便で別送に。○17:50成田発→20:30北京着スチュワーデス(客室アテンダント)の制服が新たに。週刊文春のグラビアもJALのスチュワーデス特集、それを読みながら。上海のスチュワーデス二人。最近は日本人よりも中国人スチュワーデスのサービスのほうが質が高いのでは? などと思っていたが、今回の担当の方は、非常にキビキビ働いていた。○21:50分頃 宿舎着帰りの車のなか、ショートメールで「帰国」の挨拶。 ...年度またぎとなった今回の日本滞在。今回は友人と会う時間は少なかったが、研究資料を数多く手に入れることが出来たのは大きな収穫。桜も満喫でリフレッシュ。でも、「報道ステーション」と新しくなった「NHKテレビ中国語講座」の放映中に帰路について、見られなかったのはちょっと悔しい。が、火曜日は8時から授業、致し方ない。次は8月にノースウェストのマイルを使ってタダで帰る予定。
2004年04月05日
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