2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全23件 (23件中 1-23件目)
1
大学時代の後輩と観光3日目。7時にホテル(新北緯飯店)で合流。土日しか開かれない藩家園の骨董市。天安門の毛沢東記念館。前門のお茶屋さん・張一元で買い物。イスラム教寺院・清真寺へ 牛街を散策、火鍋スーパーでお土産を買う→一度ホテルへ故宮、景山公園西単の本屋さんへ后海の孔乙己(紹興料理)で大学の先輩なども招いてOB会后海のバーで二次会0時過ぎホテルへ充実の一日、お疲れ様!
2004年07月31日
コメント(0)
観光コンダクター二日目。普段見えてこない視点の発見が楽しい。こんな日々がいつまでも続けばいいのに思う。あと二日。早くも別れが惜しい。(メモ)万里の長城、明の十三陵(公共バス、50元)ヨーグルト、王府井散策、地下鉄宮廷料理、モンゴル料理----*新1元札(毛沢東)登場*カメラ付き携帯による盗撮が社会問題化していることを受けて、使用制限の動き(深セン)
2004年07月30日
コメント(2)
朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。大学時代の後輩が二人、日本から遊びに来てくれた。台風の影響を心配したが、飛行機は5分遅れで離陸、到着もほぼ予定通り。午前中降り続いていた雨も彼女らの到着とともに晴天となった。アンティーク街、前門、北京ダック、京劇(湖広会館)、足つぼマッサージ。私も久々の観光を楽しむ。明日は朝から万里の長城だ。明日、天気にな~れ。---午前中は、貴州のネット友達から、ショートメールで恋愛相談。うーん、微笑ましい。でも、人の相談に乗っている場合でもない気もしないでもないけど。まあ、いいかぁ。----在瀋陽日本国総領事館の新事務所が着工したそうだ。日本と中国東北との経済連携本格化元年としての位置付けが協調されている。駆け込み事件を受けてのセキュリティー強化に関しては不明。http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/zaigai/news/shengyang.html※貴州旅行の続きはまだありますが、時間がとれず書けません。お待ちくださいませー。
2004年07月29日
コメント(0)
「日本人は『ありがとう』と言わないから、中国人にとっては時に冷たく感じられる」先日、本屋で立ち読みしていたら、こんなフレーズがあってドッキとした。日本人に対する中国語教育に関する本のなかで、日中文化の比較を論じた一章だった。曰く、日本では商業教育が徹底していて、店員は「ありがとうございました」を非常に丁寧にいう。しかし、「神様」である客は、店員に対して「ありがとう」と言わない。一方、中国では店員と客の関係は平等なので、店員は日本のようにへりくだらない。客は店員にお礼をいう。お礼を述べる中国人と、お礼を言わない日本人。うーん? 疑問半分、納得半分ってなところかな。確かに日本のコンビニで、店員に「ありがとう」ということはほぼない気がする(最近行ってないので確証はなし)。でも、例えば下町の(うちの実家は下町です)個人商店のお店だったら(八百屋さん、魚屋さんなど※1)、雑談をして、帰り際に「じゃあ、どうも~」くらいはいいそうだ。一方、中国の場合。日本のコンビ二のようなバイトさんがレジを売って決まり文句のみで対応してくれる機械的(見方によっては無味乾燥?)なお店はまだ少ない。個人商店はもちろんデパートでも値段交渉が可能だったりする。だから会話が必需である。ありがとうを意味する「謝謝」は中国では日本語よりも重みがある言葉で、中国人は日本人のように連発しない(というのが私の今のところの見方、もちろん個人差あり)。よって、お店でも、「謝謝」というかどうかについては疑問。でも、ニュアンスとして感謝を伝えることは多いと思う。これは民族性の違いではなく、都市化の進展程度による要因のほうが原因としては大きいのではないか、という気がする。ただ、重要なのは、そういう見方をする中国人がいるということ。そして、大方の日本人の見方はそれとは相反するものであるということ。ここに摩擦が生じる。そこには優劣ではないお互いの理があるはずだが、それを理解するのは意外と難しい。-----久しぶりに市場に行ってジーンズ購入。値段交渉を再現。「いくら?」→値段を言わない店主。とにかく買う気にさせる作戦。→高いなら買わない、「いくら?」を繰り返す私。→「160元(約2000円)でどうだ?」と店主→「冗談でしょ?高すぎる!」と私→「じゃあ、いくらなら買う?」→これといって戦略と相場観を仕入れていなかった私。「60元かな」→「冗談じゃない、最大いくら出せるんだ」→やばい、と感づく私。口では冗談いうなと言いながら、まんざら悪くなさそうな感じだ。そして態度豹変、「よく見るとあんまり良くないよね」「やっぱりいらない」と退散する私。→追っかけてくる店主。→やっぱり、店主にとってはおいしかったんだと納得。違う店を覗くことにする。が、ぶらぶらあちこち回っていたらまた同じ店の近くへ戻ってしまった私。→積極的に近寄ってきた店主。「あれ、欲しいだろ。安くするよ。」→なかばどうでもよくなっていたけど、しつこさに負けて「じゃあ、40元でどう?」と私。→「冗談じゃない。最大いくら出せるんだ?」と店主→「40元」、譲らない私。→「冗談じゃない」「40元じゃなきゃいらない」※このやりとりを5回リピート。→「持ってけ、泥棒!」(意訳)→商談成立。結局160元が40元に。しかし、30元くらいから交渉すべきだったかなと、ちょっと後悔。にしてもジーンズの値段交渉に1時間。暇じゃなきゃ出来ない。夜:韓国料理(理工大学の学生)※1 「八百屋、魚屋」がいわゆる放送禁止用語になっていると、これを書いた直後、偶然知りました。「~屋」という言い方に問題があるらしいのです。私個人としては何ら差別意識がないことを表明しつつ、「禁止用語」というだけで使用を自粛する言葉狩りにも違和感があるため、ひとまずこのままにします。ただ仮に不快感を生じさせる言葉だとすれば敢えて使い続けるつもりもありません。時間を見つけて、こうした問題にも突っ込んでみたいとは思っていますが、無知が為すことゆえ、お気づきの点は何なりとご指摘頂けましたら幸いです。※言葉のページを作りました。この点に限らず、記述内容に対する間違いの指摘、疑問、前向きな議論は大歓迎です。どうぞよろしくお願い致します。
2004年07月28日
コメント(8)
中国の近現代史をおさらい中。「今日の中日関係を考えるとき、その井戸を掘った人たちの苦労を忘れてはならない」(横堀克己「歴史の新たな一ページが開かれた夜ー毛、田中会談を再現する」<『記録と考証 日中国交正常化・日中平和友好条約締結交渉』p.265>)周恩来は1972年9月27日の毛沢東ー田中角栄会談で、「飲水不忘堀井人」と言ったという。改めて胸にどっしりとした重みを感じる言葉だ。「中国と対決するにせよ、協調するにせよ、実際にありもしない中国のイメージを思い浮かべて、それにこぶしを振り上げたり、握手をしても意味はないし、かえって有害だろう」(清水美和『中国はなぜ「反日」になったか』文芸新書、2003年)中国をより深く理解するためには、当然歴史を理解することが欠かせない。またもや部屋中が本でいっぱいだ....。-----昨日は図書館で<毛沢東選集><毛沢東新聞工作文選>を借りる。これまで、トウ小平以降にばかり目が向いていたが、歴史の理解なくして現代を知ることは出来ないとの思いに至る。夜は、5月に行った毛沢東の生まれ故郷の町で買ったVCD(とは言ってもどこでも売っている)<走近毛沢東>を見る。キッシンジャーとの対談シーンはあるのに、田中とのシーンはない。なぜ? にしても、毛沢東の言葉は聞き取れない。周恩来も中国人通訳に対して「毛主席の言葉は難しいので耳をならしておいたほうが良い」(前出・横堀)というほどだから仕方ないけど。しかし、標準語とはまるでかけはなれている。湖南方言を標準語にする動きはなかったのか??---昼:水餃子※宿舎が電気配線工事のため終日停電と予告されていた。が、廊下やエレベーターは止まったが、部屋内のコンセントには影響なかった。だったら、パソコンを使って宿題も出来たのに…。※貴州旅行記を更新中です(第4弾まで)。書き始めはこちらです。
2004年07月27日
コメント(4)
生まれたばかりの赤ん坊を売りに出す。悲しいけれど、こんな現実がまだある。親や仲介人が売りに出す最低価格は40元(約600円)。それが最終的に2000-3000元(約3万ー5万円)で取引されるという。広西省の玉林というころで2003年3月17日、28人の赤ん坊が袋詰にされて車で運ばれているところを摘発された。事件に関与していたとされる52人が逮捕され、裁判の結果、この23日、主犯に対して死刑判決が言い渡されるなどした。今回、貴州に行って、いつものように新聞を買った。すると、貴州都市報(17日付)には、民政庁による捨て子の公告が掲載されていた。全部で10人。写真と推定生年月日、捨てられていた場所が書かれている。父母もしくは親戚に対して60日以内に引き取りに来るように求めている。すべて女の子だ。25日の北京晩報は広西の事件に関して、その原因を農村の貧困と、男尊女卑に求めている。17日の貴州商報は、貴州省の出生男女比率が正常な比率に対して、3-5ポイント男が多くなっており、20年後には結婚できない男性が増えるとの予測記事を掲載している。中国で暮らす一人として、貧困問題と正面から向き合わなくてはならないと痛切に感じる。だが、いったい何から始めたらいいのだろうか。----空港使用料が9月から前払いになる(国際:90元、国内:50元)。これで空港で並ぶ必要がなくなる。当然の変更だが、成田が変わったのは何年前だったけか? ※貴州の友達と戻ってから初チャット。希望工程に関して調べてもらえるよう依頼。
2004年07月26日
コメント(2)

23日13時に貴州から戻りました。戻ってから色々とやりたいことがあって落ち着かないのですが、少しずつ更新していきます!【旅のキーワード(暫定)】網友(ネット友達) 貧困と豊かさ 教育 人口政策 西部大開発 国有企業 愚公移山 雨【旅のメモ】北京西⇔貴陽 2544キロ 硬席(2等椅子席)271元(行き)28時間59分 (帰り)29時間7分 15日 15:36発16日 20:35着 貴陽のホテル泊17日 14時30分 体育館バス停→安順(15元)*約1時間半 安順で友達と合流、タクシー(初乗り3元)、バス(4元?)*1時間弱17-20日 友達の姉夫婦宅泊21日 貴陽・体育館賓館泊(138元)22日 貴陽07:50発23日 北京西12:57着【参考】貴州省 一人当たりGDP 3,140元(379米ドル)(2002年)※全国最低。北京27,746元 上海 40,627元 全国平均 7,997元-----「あなた勇気あるわよ、普通ネット友達を訪ねるのって怖いもん」 中国一貧しい省と言われる貴州省。その省都・貴陽は、北京から快速列車で29時間、走行距離2500キロ余りのところにある。その貴陽からバスに乗って1時間半乗って着いたのは安順という市の中心部。そこでバスを乗り換えて、さらに山道を1時間弱走ったそこは飛行機製造村。ここに彼女の家はあった。彼女とは半年ほど前に中国版チャットQQを通じて知り合った。23歳。この7月に教師養成専門学校を卒業、9月から小学校の算数の先生になることが決まっている。今回の旅は、この彼女とその男友達や家族にお世話になり、得がたい体験をさせて頂くと同時にたくさんの宿題を持ち帰ってきた。 「あなた勇気あるわよ、普通ネット友達を訪ねるのって怖いもん」 彼女は山道を歩きながら私にふとそう言った。そのとき私は「そんなことないよ」くらいしか返せなかった。けれど、本当は、どこの馬の骨とも分からぬ日本人を小さな自分の町に招いて4晩も家に泊めてくれ、あちこちの友達の家に案内してくれた彼女こそが勇気があるのだ。とても純朴で素敵な子だった。この旅の様子を写真も交えて順を追って報告したい。(つづく)※2日目の様子を更新しました。http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/200407160000/
2004年07月23日
コメント(16)
貴州の旅物語第4弾※初めから読まれたい方は、こちら↓からお願い致します。http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/200407230000/※ひとつ前回から読まれたい方は、こちら↓からお願い致します。http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/200407170000/(17日の続き)「もしもし、だーれん、いや童童ですけど……」はじめて暴露するが(というほどのことでもないか 笑)、中国語チャットQQでの私のハンドルネームは「童童」(トントン)。中国人には名前の由来をよく聞かれるけど、日本人ならすぐに思い浮かぶかも? 上野動物園で1986年6月1日に誕生したパンダの名前である。85年6月27日に日本で初めて「初初(チュチュ)」が誕生したがわずか3日で死んでしまった。そのため、童童が日本で生まれ育った実質初めてのパンダと言える。私の実家は東京の上野だということもあってパンダには小さいときから親しみがある。さらに、当時小学生だった私は童童の誕生に、大きな感動を覚えたのだった。名前が公募されたときにももちろん一票を投じた。一生懸命考えた挙句、結局何という名前を応募したのかは覚えてないけど……。当初、私がこの童童をハンドルネームにつけた際には、童童は上野から北京に嫁いで里帰り(1992年11月13日=私の初訪中も同じ年)を果たしたと思っていた。それで、私の日中友好の思いを重ねるつもりで、この名前をつけたのだった。けれど後日、嫁いだのは実際には童童ではなくその後に生まれた悠悠(ゆうゆう)だったことが判明。でも、それでも日中の橋渡しをする「パンダ大使」ということで、この「童童」を使っている次第。さて話を戻して。「もしもし、だーれん、いや童童ですけど……」恐る恐るそう言ったら、「あー、今どこにいるの?!」弾んだ声が返ってきて安心した。朝、電話したときにはお母さんが出て不在だったが、電話があったことを伝えてくれたらしく、すぐに話がつながった。それで、貴陽から彼女の住む町・安順にいくバス停(体育館チケット売り場)を教えてもらい、いざレッツゴー。途中、手持ちのお金が500元ほどだったので、念のためと思い2万円を元に両替。それからタクシーでバス停へ。バスはどんなおんぼろかと思っていたら、予想を覆す豪華車両だった。15元の切符を買って乗り込むと既に満席に近い。空いているに席を見つけて座る。と、しばらくして車掌に怒られた。チケットに座席番号が書かれていたのだ。番号を無視して座る「中国式」(という勝手な思い=先入観)が馴染んでいるところに頭をガツンとやられた感じ(以前、観光地でチケットを買う際に、中国人に「ちゃんと並んでもらえますか?」と怒られた際の衝撃に似ている)。さて、バスは都市部を抜けるとひたすら農村を走る。これでもか、これでもかという農村地帯。道も舗装されているのに、でこぼこ道で、お尻が何度も宙に飛んだ。98年に大学の校外実習で、「希望工程」(貧困地帯の子供たちに義務教育を受けさせるための支援プロジェクト)参加のため、江西省の井岡山(毛沢東の革命根拠地として有名)を訪れたときもこんなだったなと思い出す。いずれにしても、目指す先に待っている人がいなければちょっと躊躇してしまうところである。今回の待ち人は、まだ会ったことのないネット上の友人だったのだが、これまでのやりとりから既に不安よりも期待感が強まっていた。ブルルル……。バスがこれまでの田舎町から、ちょっと都会めいた所に出てきたあたりで携帯電話がなった。その彼女からだった。「まだ、着かない?」「まだだよ。もうすぐ.....きっと。」初めて行くところだ。何の根拠もないが、バスに乗って1時間半、町並みからいってもそろそろ着くはずだった。それから15分ほどしてバスはターミナルに滑り込んだ。想像していたほどの田舎ではない。バス停の前には農業銀行の立派なビルディングがそびえ立っていた。ブルルル……。再び電話が鳴った。「どこどこ? 何色の洋服?」すでにバスが到着したことを分かっていたのだった。「緑のTシャツ、農業銀行のほうに向かって歩いているんだけど……、どこどこ、、、、あ! はい、はい!」とうわけで初対面。小学生のように小さな子だった。そういえば身長は148センチだと前に言ってったけ? そして隣にはさわやかな青年が立っていた。「にいはお! にいはお!」二人とも如何にも素朴で、純粋で、やさしい人柄がにじみ出てくる笑顔だった。最近中国でも新聞紙上を賑わせている数々のネット友達間の事件を思えば、もっと警戒すべきことは分かっている。でも、これまでのやりとりに加えて彼らの姿をみて、そんな不安はすっかり吹っ飛んでいた。ここで信頼できなければ、誰も信頼できない。初めて会ったのに、旧友と再会したような気持ちで、誘われるままにタクシーに乗り込む。彼が助手席に、私と彼女は後方部。3分ほどで目的地に着いたようだ。タクシーのお金を用意するまもなく、私が払おうとした時にはすでに彼が払っていた。3元だった(北京では初乗り10元)。着いたところは、またバス停。ここからまたバスに乗って1時間弱、また別の田園地帯へと走っていった。今度のバスは先ほどからはだいぶグレードは落ちて、まあ、これぞ田舎のバス的乗り物だった。窓から見える景色はどこを見回しても山、山、山、山。そして、畑、田んぼが広がっている。だが、その途中大きな工場がいくつか。中医薬の工場と、飛行機工場だった。どちらも、この町を支えている大きな産業だった。私の友達のお姉さんはこの薬工場に勤めていた。そして、お兄さんと迎えに来てくれた彼は、この飛行機工場のひとつで働いていた。ネット友達の彼女はこの飛行機工場の子弟が通う小学校でこの9月から働くことが決まっている。えっ、彼女のうちは一人っ子政策なのに3人兄弟でOKなの? あるいは、飛行機工場って何? という疑問は一先ずおいて、話を先に進める。(普段の日記よりかなり長編で息が切れてきた。ここまで読んで頂いている方には感謝感謝! です)さて、でこぼこ道を大いに含む1時間弱の農村道を走った頃、いわゆる集団団地が見えてきた。そこが彼女たちの住む地域だった。彼女が盛んにいう「わたしの『廠(しょう)』」がそのときは聞き取れなかったのだが、後で分かったのは、『廠(しょう)』は飛行機工場のことを指していたのだった。言わば、日本でいう豊田市の如く(規模はまるで違うが)、飛行機工場の城下町ということである。バスを降りる。はてどんな田舎に着くのかと一時期は期待と不安が入り混じっていたけれど、着いてみると、こざっぱりとしていて意外と普通な田舎の団地だった。「あの山、何ていうの?」「名前? ないよ」かの地には山が多すぎて名前などないのだった。「不便じゃないの?」彼女にはその質問の意図もよく分からなかったようだ。生活者には長年の知恵があるということを4日の滞在の間に徐々に理解していくことになる。はじめに連れて行かれたところは、彼女のお姉さんのお家。「ここに泊まってね!」「えっ? いいの?」前にやりとりしていたときには、彼女の家は「狭いんだー」と言っていたので、「そんなー、いいよ、いいよ。そばの宿に泊まるよ」と言っていたのだが。綺麗な一室を用意して頂いた。後で分かったことだが、このお姉さんというは前述の通り薬工場で働いているのだが、週のうち6日は工場の寮に泊り込んでいるだった。通っても40分ほどの道のりなのだが、夕方6時に仕事が終わったときにはすでに交通の便がないとのことだった。そして、そのお姉さんは今年28歳、すでに結婚しているが旦那さんはシンガポールに駐在しているとのこと。さらに3歳になる子供は親戚のうちで預かってもらっているのだった。そんなわけで、今日から4日間、主がいないそのお宅の一室を幸いにも使わせて頂くことになった。家族生活の始まりである。ということで、今回のお話はここまで。(つづく)
2004年07月18日
コメント(2)
貴州の旅~3日目~※初めから読まれたい方は、こちら↓からお願い致します。http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/200407230000/※2日目はこちら。http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/200407160000/●会員制ネットカフェ、「就職博物館」●朝9時過ぎに起床、荷物をまとめてチェックアウト。といっても荷物は普段持ち歩いているリュックサックに着替えと本が数冊くらいのものなので、授業に行くよりも軽いくらい。町をぶらぶら。でも、この様子は写真があったほうがいいと思うので、写真整理後にまとめて。昨日分に書くのを忘れたけど、連日のインターネットカフェへ。今の中国ではかなりの田舎に行ってもネットカフェがあるのでメールチェックくらいならPCを持ち運ぶ必要もなく便利。Windows2000の店が多いので、日本語環境が入ってなくともその場でインストールすればよい(日本語ページに行くと勝手に選択画面がでてくる)。貴州では、ほとんどのネットカフェが登録制で始めに身分証明書を提出して会員カードを作る形式。ICチップ式のカードで、毎回使用開始前後に、カウンターでピッとカードを通すと使用料が分かる。中国は、こういう機器の取り入れは怖いくらいに速い(観光地の指紋登録カードもそのひとつ)。でも私は一日だけなので、お願いしてこのカードは作らず、店のカードを使わせてもらった。大型店では融通が利かないようだが、小さな店2箇所ではこれで問題なし。どちらも1時間1元。続いてブラブラ歩いていたら、バス停の駅名に「博物館」を発見。早速バスに数駅乗って向かう。そうだ、このときはすでに大雨が降っていた。傘を持ってきていなかった(壊れて使い物にならないのしか持っていなかった)ので、購入。15元。「雨」は今回の旅のキーワードのひとつ。それについてはまた改めて。話を戻して博物館。着けば何だか人がウジャウジャいる。しかも明らかに若者が多い。人並みを分け入ってみれば、そこは就職斡旋会場なのだった。私が場所を間違えたわけではない。博物館のメインスペースがイベント会場として開放されているようだ。うーん、これは地元貢献型のよい使われ方かもしれない。私も便乗して面接....、はさすがにしなかったけど張り出されている条件面などをチェック。貧困省・貴州では当然、就職は大きなテーマ。これもまた別項を設けて改めて。で、一度外に出てみると、2階では貴州に関する常設展示および明・清時代の特別展を開催中と分かって入ってみる。学割で半額の5元。貴州の38ほどの少数民族の衣食住や恋愛などに関する展示もあってなかなか良く出来ている。人が入っていなかったので電気がついていなかったのが残念。でも、電力も足りないのかなと勘ぐって付けてくださいとは言わなかった。●いよいよネット友達と●朝も彼女宅に電話を入れたのだが留守中。来る前から連絡をショートメッセージを入れていた携帯は電話してみると、使用停止中だった。来る前は、実は会えなくてもまあいいや、という気持ちで実はいた。でも、こちらに来て町を歩いていると、みな純朴で輝いていうように見えて、そんな彼らのもうちょっと深いところ、生活の中を覗かせてもらいたくなった。それで、やっぱり会いたいな、という気持ちを強めた。不安と期待が入り混じりながら、博物館を出たところで、再び電話。プルルルル、、、あっ、つながった!(つづく)
2004年07月17日
コメント(0)
ネット友達を訪ねた貴州の旅。汽車2日目。●「武警列車」●中国語で「硬座」と書くこの席は、その名の通りハードシート。横3人もしくは2人掛けの椅子席である。広い中国を移動するのに、最も安く、かつ数から言って最も一般的な手段。だが、最近は中国人もお金持ちになってきたせいか、私が片道29時間の硬座に行き帰りとも乗ったなんていうと、怪訝な表情が返ってくることが多い。けれども、私は庶民の生活が垣間見れる「硬座」がやっぱり好きだ。なーんて、寝台チケットが手に入らなかった負け惜しみか。でも、飛行機や寝台では得られない体験が出来るのは確かだ。で、ここで列車のなかでの中国人観察に話題を持っていってしまうとネタは尽きないのだが(何食べて何して何話して....)、本題にたどり着かないので、ひとまず省略。しかし、実は今回の私の周りは、庶民ではなかった。では誰か? それは若き武装警察官たちだったのある。貴州の高校を卒業してすぐに北京で軍関係の研修を終えての帰路だった。北京で暮らしていると武装警察は天安門や大使館、はたまたコンサートなどのイベント会場などあらゆる所で見られるので、決して珍しい存在ではない。だが、民警と呼ばれる普通のおまわりさんに比べてどこか偉そうで近寄りがたいイメージがあった。けれども、いざ席を隣にしてみれば、ウトウトと眠って、私の肩に寄りかかってくるあたり、なんら普通の中国人と変わらなかった。まあ当たり前だろうけど。そして、軍事訓練の成績書を見せ合ったり、車内販売で売りに来る怪しげな靴下を買ったり、ビールを飲んで幸せそうな笑顔を見せたりと、こっちが冷や冷やしてしまうほどのリラックスぶり。なーんて言うと、軍人さんが我が物顔でオホホンってな姿を想像するかもしれないけど、実際には、同性ながら惚れ惚れするようなナイスガイ。規律がしっかりしているんだろうね。また採用では外見も考慮されているのかも知れない。と、まあ29時間の列車生活もこんな彼らを観察したり、雑誌を読み、そしてほとんどの時間はウトウトと昼寝をして過ごしていれば、着けばなーんだあっという間、という感じなのである。眠りは浅くとも、何せ29時間も寝る時間があるので、眠くもない。●貴陽着、ホテル探し、夕食●16日、予定通り20:35に貴陽着。観光地ならば駅の外に出るとホテルの客引きがうじゃうじゃいるものだが、ここには出迎えの人がいるだけ。私はこの時点でネット友達とも連絡がとれていなかったのでただ一人。『地球の歩き方』情報で、駅前にはこれと言ったものがないとのことで、バスに乗って、町の中心部へ(1元)。中国一貧しい省という割には、交通は整備されており、ほどよく発展して落ち着いた町というのが第一印象だった。バスターミナルの路線案内は、駅名だけでなく、地図に路線が示してあって分かりやすい。北京では見かけない道路沿いのタクシー乗り場もあった。私は見知らぬ町に来ると地図もほとんど見ずにとりあえず数時間適当に歩いてみることにしている。そして五感でその町を感じる。(というか横着なので事前調査をしないだけ。)今回はお腹も空いてきたので、1時間ほどブラブラしたところで宿を決めた。100元ほどのところ。もっと安いところもあっただろうが、汽車のチケットで節約しているので(寝台の半額ほど)、多少の贅沢もいいだろう。フロントのお姉さんはとても優しげだった。外国人客の対応をしたことがないらしく、外国人居留証を差し出しでもどの番号を書けばいいのか分からない。これは良くあること。でもその対応がほんわかと優しげだったりするので、私はもうこの時点で貴州が好きになっていた。シャワーを浴びて再び外に出る。屋台を見つけて地元のビールで一人乾杯。焼き鳥と野菜炒め、地元の麺を食べる。どれもうまい。雰囲気もよい。北京にはない庶民の雰囲気だ。これは絶対、明日、ネット友達と連絡をとって、もっと庶民の生活に深く入り込みたい! 1時ごろ就寝。(つづく) ※写真は追って追加します。※3日の様子はこちら↓から。http://plaza.rakuten.co.jp/chinary/diary/200407170000/#2004-07-17
2004年07月16日
コメント(0)
旅行に行ってきます。戻りは24日頃の予定です。ネットカフェで更新出来るといいのですが、農村を回る予定のため難しいかも知れません。その場合には帰ってきたらまた改めて。なお、8月1日-10日頃まで上海付近に出かけた後、8月いっぱい日本に滞在予定です。皆様もお体に気をつけて楽しい夏を!
2004年07月15日
コメント(6)
ここで問題です。「博客」と「黒客」はどちらも中国語ですが、それぞれどんな意味でしょうか? ヒントはどちらもPC関係です。....そんなクイズを出してみたくなった。日本人だけでなく、一般の中国人にも。というのも昨日、「黒客」に関する本を買いに本屋に行ったのだ。予め書名とISBNコードを調べて。最近は中国でも大型書店では在庫をPC管理しているので総合カウンターへ行くとすぐに在庫の有無と書棚を調べてくれる。で、その結果、「博客」に関する本があった場所が、「黒客」と同じ棚だったのだ。はっ??? という感じである。しかも、「博客」は圧倒的多数の「黒客」に取り囲まれて、1冊だけちょこんと置かれていたのだ。だって、「博客」はブログ、「黒客」はハッカーだよ。全然違うじゃん。中国語にしたら一字違いだけど(笑)。この中国語訳は、英語の音訳で、中国語のピンイン(発音記号)で書くと、「博客」はbo2ke4、「黒客」はhei1ke4。英語でblogとhackerは全然違う発音だが、中国語にしてもみると意外とそれなりに近い音にも聞こえてしまうので不思議である。ちなみに、「黒客」の本も、防御編と攻撃編に分かれてたくさん本があった。...攻撃編って?? そんなの堂々と...。(※)まあ、てなことで、ただいま中国のブログについても勉強中。大手の「中国博客」では、12日から「1分で誰でもblogを開設できる」として一般向けに広く開放した。中国でもブログブームがさらに広がりそうである。私もブログについて知るには自分で開設するのが一番と作ってみた。つたない中国語でページを作るのは時間がかかるが、中国の友達から反応があるのは楽しい。はまりそうだ。そんな体験記も含めて、夏が終わる前くらいには、また報告したい。------昼:もやし、茄子、魚フライ 4.5元夜:ネット友達と建国門のカオヤー店へ(国営出版社の人と知り合う。)※もっとも、「ハッカー」の元々の意味は、「コンピューターに熱中している人。創造的なプログラムを組むのを喜びとする人」であって、最近よく使われている「不法に他のコンピューター-システムに侵入してデータを改変したり,無断でコピーしたりする人」だけを指す訳ではないという。それに対してクラッカーは「利用する資格を持たないコンピューター-システムに無許可で侵入し,データやプログラムを改変させるなどの犯罪行為を行う人」だそうだ。(三省堂提供「デイリー 新語辞典」より )クラッカーの中国語訳は未確認。
2004年07月14日
コメント(0)
修士論文のテーマを11月には提出しなければいけないとのことで今更ながら焦りだしている。奨学金申請時に作成したぼやっとした方向性はあるが(というよりそれしかないと言うべき)、先行研究を調べて、具体的な研究計画書に仕上げなければならない。ということで、ここ最近は部屋に閉じこもって、関連文献を漁っている。しかし、一昔前なら図書館なり、研究所に足を運ばねばならなかったのだろうが、今は部屋でインターネットで調べたほうがよほど便利である。しかも、中国では著作権の観念に乏しいお陰で、主要な論文はあちこちのサイトに転載されているので簡単に全文を入手できる。私は5,6冊のジャーナルを定期購読しているがそれがバカバカしくもなる(でも便利なのはやはり良い)。ところで、最近の中国メディア研究における主要論文を見ていたら、「美女経済」という言葉が目を引いた。「美女経済とメディアの経営販売」みたいなテーマで最近シンポジウムが開かれているのである(6月19日)。その案内文を読んでみると、この消費社会のなかで好き嫌いに関わらず「美女」が社会の大きな力であることは明らかで、メディアとしてもそこにもっと注目しなくてはならない、といった感じなのだ。深く読み込みたいながら、意外と難しい語彙で構成された文書で一読では完全に意味は掴めなかったので、もしかしたら若干誤解があるやも知れぬ(間違っていても責めないでください。必ずしも私の主張ではありません 笑)。しかし、ドイツの医者によると、DNA研究によって、毎日「美女」を見ていると寿命が延びる研究結果があるなんてことも書いてあった。改めてメディア研究の守備範囲の広さを実感した次第である。でも、もしかして、日中美女経済比較とでもしたら、論文が書けるかもしれないな....ふーむ。※ちなみに英語では The Economy of Beauty ??日本語の訳語(関連研究)をご存知の方がいらっしゃったら教えてください!※「美男経済」の有無についても不明。--------昼:トマト&卵定食 6元 味いまいち夜:水餃子
2004年07月13日
コメント(2)
知り合いに頼まれて傘の修理に行ったついでに、校内で古本を売っている屋台を何気なく覗いたら、≪我的生活 克林頓回憶録≫という本があった。えっ? これって、米国で最近出た本じゃないの? と思って調べてみたら、米国では6月22日に発売されたばかりのクリントンの回想録だった。米国アマゾンでMy Lifeというタイトルで、 35ドルが21ドルに値引きされて売られている。ちなみに、日本語版は9月に朝日新聞社から発売予定。上下2冊で計3900円。http://www3.asahi.com/opendoors/これが中国語版は定価が26.8元、実際にはたったの12元だった(1元=約13円)。第一版は04年8月になっている。ただ(というか当然というか)、これは明らかなる偽者だ。その理由。1)中国の大型書店のホームページを見ても、この本の発売について書かれていない。つまり発売されていない(はず)。2)出版元になっている「yi林出版社」のサイトを見ても、どこにもこの本について書かれていない。3)写真がどれも不鮮明、印刷も粗雑で傾いているページもある。4)値段が裏表紙には26.8元とあるのに奥付は36.8元。5)クリントンの誕生日が間違っている。本当は1946年8月19日なのに中国版では8月9日。<4)5)は仮に本物でも単に校正が甘かったとも言える?→甘すぎか...>まだざっとしか見ていないが、まだまだ面白い間違いは出てきそう。しかし、そもそもこれは本物を訳しているのか? という疑惑も拭えない(笑)。英語版は1008ページあるのに中国語版は438ページしかないし。しかし、先日の「華氏911」といいこれも、中国の世界ネットワークの広さと商魂たくましさに由来するのかも知れない。それによって、日本にいるよりも情報が早いかも知れない。中国語パワー。すごいとしか言えない。正規版の発売を待って、読み比べるのが今から楽しみだ。-----昼:豆腐、緑の野菜炒め 3.5元夜:ある打ち合わせで加藤屋へ サーモン丼 30元※15日(木)の貴陽行き汽車のチケットを買った。特別快速だが確か29時間ほど。硬座(椅子席)。ベッドが良かったけど売り切れ。耐えられるかな? 271元。15:36発。※人民大で発行しているジャーナル≪新聞与伝播≫が、書報資料中心で買えば、定期購読でなくとも、学内割引で半額になると今日初めて知った。5.8元が2.9元に。今まで損してた。※そういえば先日手に入れた「華氏911」の英語字幕は、スパイダーマンのものかも知れない。意味不明な字幕だなーと思っていたのだけど、そういえばスパイダーマンと何度も繰り返していたような。
2004年07月12日
コメント(4)
北京に東京豚骨ラーメンの店が出来たとの複数情報を頂き、晩御飯に出かけた。うまい。麺にこしがあり、スープも良い。店内にも清潔感がある。メニューはたくさんあったが私が頼んだのは味噌味、20元。安くはないが、うまいので満足。近ければ絶対通ってしまう店。(ただ、生ビール15元はちと高いかな...。)○来来軒:新源西里中街8号(漁陽飯店近く)中国人は高いお金を出してラーメンなんて食べないかと思っていたが、以前にも書いたようにチェーン店「面愛面」は休日の昼時などはいつも混雑している。これから北京でもうまい日本ラーメンは流行るはず。ぜひ、日本から色んな店に進出してもらいたい。----ラーメン屋のすぐそばに北朝鮮レストランを見つけた。北京に4軒あるといううちの1軒か? 2軒には行ったことがあるが、ここは初めて。店の前にチョゴリを着た綺麗な店員さんが3人。入ってみたくなったが、ラーメンで腹が膨れて限界。仕方ないので、名刺だけもらって帰ることに。結局切れてしまっているとのことでライターをもらった。が、その対応がとてもソフト。春に平壌に旅行に行ったと言ったら喜んで、いろいろ話しかけてきた。ただ中国語はあまりうまくないのが残念。こちらが普通に話すと「もっとゆっくり話してください」。朝鮮語を勉強したいな思うのはまさにこういうときである。一生のうちに絶対身につけたいが、今はその条件と余裕がない。○平壌牡丹館 新源西里中街10号 ---食べ物ネタついでにもう一丁。吉野家をぱくった吉田屋は北京では知る人ぞ知るちょっとした有名店。だけど、西単のデパートの中にも本格的パクリ店があるのは知らなかった。雨宿りに駆け込んで発見。うな丼など吉野家にはない一見魅力的メニューも。一度は行って食べておきたい店である。
2004年07月11日
コメント(6)
「世界社会学大会」(※1)という国際学会出席のために北京を訪れている知り合いと、夕食の約束をして、夕方5時にホテルに迎えに行く。...はずが4時過ぎからバケツをひっくり返したかの豪雨。普段は溢れているタクシーも雨と週末という条件が合わさればもうつかまらない。30分以上待って、天の恵みのように自分に向かって来たタクシーから降りてこられたお客様が天使に見えた。ところが乗ったタクシーの運ちゃんは、「俺、7時には中関村で車を渡さなきゃいけないんだよ」(※2)とやる気がない。「なに? おっちゃん、だってまだ5時過ぎだよ、行って、行って」と私。こんな私は日本語を話すときとは人格が違うとは良く言われる話。が、息を荒げてみても、強まる雨脚に車の速度は上がらない。助手席からは前の車がまるで見えない。さすがに私も不安になって、サイドミラーもちゃんと見てよ! と、窓を拭き吹き。だが限界。「とりあえず地下鉄まで送っていくからそこから乗ってよ。ほら、どの車も行きたくないのさ。危険だから。」言われるままに従っておいて良かった。翌日の報道によれば、午後4時から2時間での降水量は50ミリを超え、場所によっては70ミリに達していた。10数年ぶりのことだという。地下鉄の入り口には身動きが取れなくなった人たちが塊をなしていて、警察官が大声を上げていた。長椿街という駅で降りて、誰一人駅から出ようとしない中、勇敢な戦士の心持で飛び出した第一歩目は大きな水溜りにどぼっと浸かった。5分ほど歩いて何とか到着。知り合いの労いの言葉とタオルに心和む。しかし、やむ気配のない雨を眺めながら、予定を変更、隣の足つぼマッサージで時間をつぶすことにする。足と肩、手足を合わせて90分、68元。終わる頃には雨も止んでいるはず。台湾出張に行った際に始めて体験してはまってしまった足つぼ。やはり気持ちいい。そして、地方から出てきたマッサージ師さんと話をするのが醍醐味だ。今日は一人が重慶、もう一人が山東・済南出身だった。どちらも北京に来てまだ数ヶ月。北京の様子もまだよく分からない風だった。そこで聞いた興味深い話をひとつ。済南出身の子は以前、大連の店で働いていて、そこのお客さんはほとんどが日本人だったという。団体ツアー客がオプションで来るケースが多かったようである。なので、「こんにちは」「熱い?」「痛い?」くらいの簡単な日本語は出来るものの、それ以上は無理で、後はツアコン任せ。それで、彼女はツアコンとはよく話していたようで、「彼らは羽振りがいいのよー」と笑って話してくれた。「だって、値段はここと同じ90分68元。団体客なら50元くらいになるの。なのにお客さんは20米ドルとか、日本円で1万円払っているのよー」。68元は日本にすると約1000円だ(後の計算はお任せします)。確かに私も大手旅行会社のパンフレットで1万円の数字を見たことがある。まあ、お互い納得していれば問題はない。けれど、今日の彼女の1か月の給料は700元ほどだと言っていた。(出来ればその辺の事情も旅行を通して理解して帰って頂けると嬉しいなーと思うのは、中国びいきの勝手な願いかな?)まあ、ともあれ気持ちいい足つぼマッサージを終えて外へ。が、10数年ぶりの豪雨は甘くなかった。7時半には天安門の総降水量は87ミリに達していたという。が、ここで諦めるわけにもいかないので、傘(壊れて半分くらいしか役に立っていない)を差して外へ。でも雨脚もさっきの半分くらいになっていた。また来ないタクシーをしばらく待って、繁華街・王府井へ。ここから先は、今月末に遊びに来てくれる知り合いと楽しんだ後にでもまた書くことにしよう。最近はなかなか自分から街に繰り出さなくなってきてしまっているので、こういうのは本当にいい機会。来学期は授業も減ることだし、もっと北京の町をじっくりと探索しよう。※1 8日付け人民日報(4面)によると、世界50数カ国から1000人以上が参加。中国での開催は初めて。※2 北京のタクシーはほとんどが会社所有。2人でコンビを組み、それぞれ12時間労働が一般的らしい。※3 今回の雨。これは人工増雨なのか?この前日9日の新華社電で、北京の人工増雨の成果を褒め称える記事が配信されていたが、10日は豪雨の被害を伝えることになった。この記事のなかには、人工増雨の記述を見つけることが出来なかった。※4 しかし、豪雨といえば、一昨年の出来事を思い出す。○想像を絶する突然の暴雨、その時私はバスの中にいました... (2002年7月20日)○前夜の突然の暴雨を北京3紙はどう報じたか? (2002年7月21日)
2004年07月10日
コメント(2)
いつもお世話になっている方の誕生日でGokooへ。毎日多忙な毎日をお過ごしなのに、会うたびに日記に対するコメントを頂く。(至極恐縮です!)また、その席に誘っていただいた、これまたいつもお世話になっているある方から「だーれんさん、マメですよね。商売でもないのに」とのコメントを頂く。(これまた非常に恐縮です。)でも、自分では自分はマメだとは思っていない。本当はかなり面倒くさがり屋のいい加減男である。でも、じゃあ日記を続けているのか? 2002年2月1日にライコスでこの日記をはじめてから、これまでの2年ちょっと。ちょこちょこサボりながらも、一応「ほぼ毎日」を表明して日記を続けて来られたのか、自分でも不思議である。しかし、自分のことはさておき、中国でメディアを勉強している自分にとって、自分が乗っかってきたこのネット上の日記なるものが持っている可能性と影響力、そして今後の方向性について、今、非常に関心を抱いている。そもそも私がこの日記を始めたきっかけになったのは、「日記なるものをウエブで公開する人々」という01年09月17日のアエラに掲載された記事だった。スクラップして今も手元に持っている。そのサブタイトルは「不特定多数に自分さらす快感」。リード文は次のように続く。「ウエブで日記を暴露する人々がいる。インターネットに馴染み深い20代から30代だ。 誰にも言えないことを誰かに聞いてほしい。 共通の趣味の人と情報を共有したい―― 動機は様々だが、公開することが魅力らしい。 (編集部・石塚知子)」約3年前の記事だが、これを読むと、この3年間でずいぶんとネットが変わったことが分かる。当時は日記をネットで書くことに対して違和感を持つ人が多かったから、アエラのこの記事が成り立ったわけだ。それが今は、日記風ホームページ・ウェブログが07年までにニューヨークタイムズのような大手新聞社よりも大きな影響力をもつようになる、という議論まで登場している。(国際社会経済研究所監修、青木日照+湯川鶴章著『ネットは新聞を殺すのか 変貌するマスメディア』NTT出版、2003年)我が(?)楽天も開発者の田中氏によると、5月からは「Blog完全対応」を進めていくとして、「今年の後半を乗り切れなかったBlogサービスは、サービスとして存在意義を失い、サービス終了に向けてゆっくりとした歩みを進めるようになることは必定なので、今年の後半のBlog業界(?)に注目」と自身のBlogに書いている。(http://www.tanakayoshikazu.com/)楽天日記執筆者は、知らず知らずのうちに、既存のメディアに戦いを挑んでいるのである(とは言っても勝ち負けではなく、相互補完関係になればいいと私は思っているけれど)。....って、本当は中国のBlogについて書きたいのに、ずいぶん長くなってしまった。本当は、ここで別枠で書き始めたいのだけど、楽天は1日1日記しか書けない。自らカテゴリーを作ることも出来ない。最近、次々に登場しているブログを見ると、この辺がとても便利そうなので、ちょっと浮気心が出ている。が、「Blog完全対応」による進化にひそかに期待を寄せてもいる。ところで、この話題については、論文とは言わぬまでも、本当は夏の課題レポートくらいにはまとめたいのだけど、とすると中国語で書かないといけないのでハードルが高い。これは語学力のない私にとって大きな悩みだ。が、アカデミックな研究を進めるというよりは、「中国」という場所にこだわりがある私にとっては、日本や米国では魅力が半減してしまうので(とは言ってもこれにも最近非常に興味を持っているけど)、仕方ない。と、話がずいぶん錯綜してきたところで、今日はここでお開き。また、折に触れて、書くつもり。(本当か? 笑)-----夜:水餃子【訂正】2001年2月1日にライコスでこの日記をはじめてから、→2002年2月1日の誤りでした。何で間違ったんだろ....、数字の弱さを露呈。不好意味(=恥ずかしい)!
2004年07月09日
コメント(8)

中国の海賊版DVDの売り子を主人公にした「蔓延」というタイトルの映画が、最近街中のDVD屋さんに並んでいる。摘発の様子などがリアルに描かれていて興味深い。もっともストーリーは海賊版そのもののではなく、もうちょっと複雑にさまざまな要素が絡まっているのだが、とりあえずここでは(面倒なので)触れない。写真の通り、性的描写もあるため、「禁止未成年」の文字が一応はある。しかし、店頭で未成年者への販売が禁止されている気配を感じたことはないし、ネット上でダウンロードすることも出来る。最近、ネット上でも、街中のDVD屋でもこの手の「色情」(=日中共通語)「黄色」(=日本語でいうところの「ピンク」)ものが増えてきた。もしやこの分野でも「開放」が進んできたのか? と思っていたら、やはり取り締まりの動きもこのところ目立ち始めてきた。主に青少年への配慮という視点で語られている。主な流れは以下のとおり。○5月31日胡錦涛主席:児童節を前にした談話の中で、「未成年の思想道徳建設」について言及。http://www.cctv.com.cn/news/china/20040531/102340.shtml○6月10日 中国互聯網(インターネット)協会互聯網新聞信息服務工作委員会が「違法和不良信息挙報中心」サイト開設 http://net.china.cn/chinese/index.htm*市民はこのサイトを通じて違法性のあるサイトを通報できる。*閉鎖されたサイト名が日々公表されている。○7月6日 CCTVの人気番組「焦点訪談」で、インターネット上の「黄色」(ポルノ)汚染について特集。http://www.cctv.com.cn/news/china/20040706/102235.shtml<動画および全文閲覧可>*ネット上の普通のサイトの中にもポルノが氾濫しており、子供でも簡単に見られてしまう状況を紹介。専門家、子供、保護者に取材。*上記「違法和不良信息挙報中心」への取材。「6月10日から取材前日までに1万6500の通報があり、ほとんどがポルノ関係」。*大手ポータブルサイト「新浪網」「TOM」の対応を取材。「新浪網」では24時間15人体勢で監視している。*社会が「共同努力」が必要とのコメントで番組終了。このほかにも新聞など各種テーマでこの話題を目にする。本当は、もうちょっとじっくり研究したいのだけど、ここ数日余裕がないので、以上簡単なメモ書きまで。【追記】中国の俗語でポルノビデオを「毛片」というが、「蔓延」のなかでも、公安が容疑者に対して「毛片の販売は罪が重いのを知っているだろう!」と糾すシーンがある。---昼:マクドナルド(ビッグマックセット)夜:お好み焼き*今日で語学教室終了
2004年07月08日
コメント(0)
先月25日に全米で封切りされたマイケル・ムーア監督の映画「華氏911」が、早くも北京に登場。8元でDVDをゲット。政治色の高い作品であることもあり入手経路が気になるところ。映画館でのいわゆる盗撮版かと思いきや、映像は綺麗。中国語の字幕は意外としっかりしている一方、英語字幕はめちゃくちゃ(音声が英語だから需要も少ないと考えてのことか?)。なおハングルも選べるが読めないので評価不能。...果たして米国ではこのDVDは出回っているのだろうか?ところで実は、この映画の中国での上映はまだ正式に決まっていない。ただ、6月29日の報道によると、すでに関連部門での審査に入っている。上映認可に前向きな担当者のコメントが紹介されてもいた。けれど、許可された場合でも、暴力シーンや遺体が登場するシーンはカットされる可能性が高いようだ。が、認可が下りれば、外国の「記録映画」としては初の例になるとのこと。また、面白いのは、インターネット上で、この映画を中国で上映するべきかの議論があること。なかでも、中国との「国情」の違いに注目した書き込みには注目。米国の「民主」や「「自由」に言及したものもある。中国で同じ映画がとれるか? との指摘(皮肉)もあった。ともあれ、上映に関して「審査中」と言いながら、質のよい海賊版が普通に売られ、ネット上でもすでに作品を見たことを前提に議論がなされている。。。この辺の事情はおそらく、外からは見えにくい中国の現実である。今後もしばらくこの話題には注目したい。【日系新聞が表現する「華氏911」】「ブッシュ米政権を徹底的にこき下ろし、配給をめぐって一時紛糾したことでも注目を浴びたマイケル・ムーア監督の映画」(日経新聞)「ブッシュ米政権を痛烈に批判したマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画」(朝日新聞)「カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを獲得した米映画監督マイケル・ムーア氏の新作」「ブッシュ米大統領を痛烈に批判して米国で人気の映画」(共同)「米同時多発テロ(01年9月11日)前後のブッシュ大統領の対応を批判するなどした米ドキュメンタリー映画」(毎日)【日本の公式サイト】http://www.herald.co.jp/official/kashi911/index.shtml【華氏は日中共通】「華氏」は、考案者である18世紀ドイツのファーレンハイトに基づく。中国語でファーレンハイトは「華倫海」と書く。それで「華氏」....。今回初めて知った。
2004年07月07日
コメント(10)
北京では大学の入学試験の通知がEMSで各家庭に届けられた今日....(*)。私は......5時半起床目覚ましなしでこの時間に起きるのはすでに年寄りだから?8-12時 語学教室今日も頭ボコボコ。12:30-14:30ケンタッキーでクラスメートと日本語の勉強今日始めて勉強したのにひらがなはほぼマスター。覚えがめちゃくちゃ早い。ハングルを何度も挫折している自分を嘆く...。15:20-17:30来年、人民大新聞の研究生を受験予定の方が訪ねてくる。一緒に事務所へ。お茶を飲みながらお話。こちらもやる気をもらう。18-21時今学期、こちらの大学を卒業した日本人留学生を囲んで焼肉。食べ放題、ビール飲み放題で68元はお徳でしょう!でも食べ過ぎ、飲み過ぎ!21時40分学会のため北京を訪れた知り合いを迎えに空港へ。ホテルに着き、近所で軽く一杯。1時過ぎ帰宅おつかれさまでした。おやすみなさい!*大学の合格通知は近年不着が問題化。郵便屋さんが空家の牛乳箱に合格通知を入れたために、1年間そのまま放置されて、入学のチャンスを失ったなんていう話も最近報道された。今年は、速達書留のEMSを採用するよう指示が徹底されている模様。昨日の新聞には、受験生に対して、今日は受験票や身分証明書を用意して家で待機するなどのアドバイスが掲載された。
2004年07月06日
コメント(4)
先週から2週間限定で通っている語学教室(地球村)。「習慣用語」という会話クラスと、ニュースのリスニングのクラスを合わせて連続4時間。帰ってくると頭をボコボコに殴られた如く、体も心もヘタヘタ。以前、語言大学にいたときにはこれに午後のクラスにも出ていたのに....。怠け癖が板についてしまった。.....部屋の大掃除中。論文執筆中に取り出した本が床に散乱。それに1年分の新聞が混乱をさらに増している。寝る場所がない...。.....クラスメートのひとりが夏休みを使って日本語を勉強したいという。今日、中関村の書店に一緒に教科書を買いに行く。嬉しい。全面的バックアップの予定。.....今日の北京晩報に北京市の最低賃金UPの記事(7/1-)*<>内は改正前 *1元=約13-15円・最低時給3.26<2.96>元(毎月545<495>元) ・失業保険 347-446元<326-419元>昼:マーボー豆腐丼夜:新疆麺*以前の日記の更新が遅れています。ごめんなさい...。
2004年07月05日
コメント(0)

今日の北京は夕方から荒れ模様。大雨と落雷に怯えること数時間。で、雨が落ち着いてきた頃、窓の外がおかしな色だなーと思ってのぞいたら、この虹の橋!今週はいいことあるかな?
2004年07月04日
コメント(6)
6月30日締め切りだった論文ーー。1本目は29日中に終えて、30日の午後には収集担当のクラスメートに託しました。が、2本目は結局、締め切り日の夜を越して7月1日の明け方にメールで先生に提出。少し遅れましたが、先生からは早くも数時間後には簡単な添削がされて戻ってきました。ショートメールでの受信確認も(なんとマメな...)。何はともあれ、これで、急ぎの課題がやっと手を離れました。ほっ。で、本当は昨日のうちに、のんびりと日記を更新をと思っていたのですが.....。夕方大雨が降り、どこかに雷が落ちたかと思うとそのままネットが不通になってしましました。1晩明けて朝試してもやはりダメ。で、語学学校から戻って午後一でもダメ。で、3時過ぎにやっと回復したところです。いろいろ書きたいことがあるような。しかし、のんびりモードをもうちょっと味わおうかとDVD鑑賞中。もうちょっと落ち着いたら、振り返って更新予定です。...そんなこんなしているうちに今年ももう半分終わってしまいました。
2004年07月02日
コメント(2)
全23件 (23件中 1-23件目)
1