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小さな頃、母に連れられて買い物に行くたび、迷子になっていた。時々ではなくて、行くたび。母いわく、『犬のおまわりさん』という歌が私のテーマ曲だった。勿論、迷子の小猫ちゃんが私。店の中だけじゃなくて、外で道に迷うことも頻繁にあった。とにかく私は、目に映るものにいちいち反応し、ふらふらと歩いてしまうらしく、気がついた時には「ここはどこ?」なのだった。いつだって、「あれ?いつのまに?」だった。見たもののことはしっかり覚えている。どんなふうに感じたのかも覚えている。でも、どこをどう歩いて来たのかがさっぱりわからない。成長してからも、たまに、こうした事態に陥っている。たまに、と書いたけど、他の人と比べたら、かなり多いんじゃないかと思う。意識が拡散しやすいんだろうか。でも、逆に、集中し過ぎに陥りやすいとも言える気がする。どっちにしろ、集中力のバランス感覚に欠けているってことなんだろな。 今日の一曲『ココロアンテナ』 少年カミカゼ
2005年10月31日
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子ども時代の私は、虚弱体質なのにもかかわらず通りすがりの人から「健康そうだね!」と声をかけられるほどに年がら年中、肌が小麦色だった。夏には小麦色を通り越してチョコレート色になった。そんな私を、幼い頃に別れた父は、「カラス」と言って、からかっていた。怒っても、泣いても、笑っているばかりで、ちっともやめてくれなかった。それでも私は父のことが好きだった。「本気で腹立つんだけど、でも好き」だった。「好き、だけどこういう所は嫌い」だった。一つや二つの嫌いな部分があったって、本気で腹の立つことがあったって、それでも、好きだってことは、往々にしてあるのです。 今日の一曲『思いがかさなるその前に・・・』平井堅
2005年10月30日
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職場の人が「エスニック料理が食べたいなー」と言うので、「今度の休日にでも行ってくれば」と提案したら、「一人でレストランになんて行けないよ」の返事。そっかー。私は平気なんだけど、そういう人って結構多いよね、うん。でも私、エスニック料理に興味ないし。だから、思いあたる人の名前を出してみた。「○○さん、エスニック料理が好きって言ってたよ。 試しに誘ってみたら?」「そんなに親しいわけじゃないからいいや」「でも、食べたいんでしょう? 困ったねー、誰かいないかなあ・・・」「あーもう。 本気で食べたいわけじゃないの。 っていうか、むしろ、どうでもいいの。 なんとなく言ってみただけなんだから適当に聞き流してよ!」また、やっちまった。適当に聞き流せない性分なんで、つい(笑) 今日の一曲『胸のチャイム』 フライングキッズ
2005年10月28日
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今年、聞いたアルバムの中で、自分が10年経っても聞いてるであろう気がしてるアルバムは、今のところは、スキマスイッチの『空創クリップ』とRiefuの『Riefu』スネオヘアーの『フォーク』レミオロメンの『エーテル』の4枚です。このところ、すごく気に入っているのは椿屋四重奏の『薔薇とダイヤモンド』なんだけど、10年経っても・・・というと、まだ、ちょっとわかんないな。今、気持ち、すごく盛り上がってる最中なだけに、わかんない(笑) 今日の一曲『プロローグ』 椿屋四重奏
2005年10月27日
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学生の頃、誰かが、友達のいない人のことを「仲良くしてあげなくちゃかわいそうだよ」と言うのを聞くと、「それ、口に出すなよーっっ」と思ったものだ。たまに本人に「かわいそうだったから」と言う人もいた。ますます思った。「それ、口に出すなよーっっっ」私自身は、誰かから、「仲良くしてあげないとかわいそう」なんて思われてると知ったら、「仲良くしてくれなくて結構だ」って気持ちになる。でも、まあ、知らなければ、つまり、相手が一人で心の中で思ってる分には、文句つける気はしない。私だって、「友達がいないのってかわいそう、かな?」という疑問を抱きつつも、状況によってはそんなふうに思ったことがないわけじゃないし、その気持ち、悪い感情ではないと思うし。でも、口に出すなよー、なのだ。私は思いに反した言葉を口に出すことをいやなことだなーと思っている。でも、だからといって、思っていることをなんでもかんでも口に出すことを好感持てることだわ、と思っているわけでもない。この二つは、全然、違う。口に出さない方がいい思いもある。伝えない方がいい思いもある。 今日の一曲『天体観測』 BUMP OF CHICKEN
2005年10月27日
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中学に入って、しばらくした頃、まわりの人たちの間で万引きが流行った。流行ったっていうと、おかしいけど。あのくらいの年頃って「悪いこともできちゃう自分」をかっこよく感じちゃう所があると思う。ついでに、そんな自分を周囲にアピールしたがる所も。少なくとも私のまわりでは、そうだった。古い映画に『自転車泥棒』というものがある。簡単に言えば、貧乏な親子が自転車を盗む話。古い小説に『レミゼラブル』というものがある。簡単に言えば、貧乏な男が泥棒になって警察に捕まるのだけど出所後、再び、親切にしてくれた神父さんのものを盗む話。私はどちらの主人公にもやるせない切なさを感じた。(『レミゼラブル』に関しては、 その後の展開に感動もした)「泥棒はいけない。でも私、この人を、 一方的に責めることはできない・・・」って思った。けれど、中学時代のまわりの人たちの万引きは、情状酌量の余地が、全然なかった。「飴を万引き」「消しゴムやペンを万引き」万引きしなければ生きていけないわけじゃないし、買うお金もあるんだし。「悪いこともできちゃう自分」の『悪いこと』が万引き。でも、そもそも万引きって、単純に、かっこ悪くないか?度胸を示したいのなら、他にもっとかっこいい方法が幾らでもあるのにって気がしてた。これ以外の理由で万引きすることに対しては、それぞれ別々の、問題の根があると思う。でも、この場合は、なんというか、価値観が根だと思う。親や先生は、子どもが「万引きってダサい。かっこ悪い」という価値観を持てるような教育をしたらいいんじゃないのかな。「人のものを盗むのはいけないことです」とか、「被害にあう人の気持ちになってみろ」とか言うだけじゃなくて。ちなみに、いじめも、かっこ悪いと思うな。万引き以上に、すっごく、かっこ悪い。もっとも、親や先生自身が見るからにかっこ悪い生き方をしていたら「あんたの感覚、駄目だわ」と思われて言葉に説得力がなくなっちゃうわけだけど。ってことは、つまり、こんなことを書いてる私もひょっとしたら言葉に説得力がないかもしれないんだけど(笑) 今日の一曲『ファイト!』 槇原敬之 カバーアルバム、良かったよ。
2005年10月26日
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稚内で雪が降ったらしい。私の住む札幌では、まだ。いつ見られるのかな、今年の初雪。毎年、初雪の日は、とても嬉しい。大人になった今でも、やっぱりときめいてしまう。特に、眠っている間の初雪。朝起きて、カーテンを開いた瞬間に、目の前にパーッと広がる白い世界。「うわあ」と顔が緩んでしまう。初雪の日には、近い未来にやって来る雪かきの苦行のことなど頭の中からすっぽり抜け落ちているのが、毎年のことながら、不思議。 今日の一曲『木枯らしのダイアリー』 松任谷由実
2005年10月25日
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小さな頃に大好きだった本にカロリーヌシリーズがある。私が子どもの頃、小学館から『世界の童話』という本が出ていた。真ん中に王子と王女のイラストがついたカバーは金色。全何巻だったんだろう。私が持っていたのは20巻までだったのだけど、もしかすると、もっと多かったのかもしれない。後に「本なんか読むな」と言うようになった母だけど、私がまだ幼かった頃には、その逆で、まあ、いわゆる、早期教育。「読み書きを早く身につけさせるため」「一人で遊べるように」との二つの目的から人並み以上に多くの本を娘に与えていたのだった。『世界の童話』も、その中の一つ。イソップ、グリム、アンデルセンなんかの、昔ながらのポピュラーなお話が並ぶ『世界の童話』だったが、そのなかに、現代の女の子のお話が混じっていた。それが、ピエール・プロブスト作の、カロリーヌ。二つにしばった金髪と赤いつなぎのズボンが特徴の女の子、カロリーヌと、友達の動物たちとが遊ぶシリーズだ。女の子と動物たちが遊ぶといっても、野原で質素に遊ぶのではない。月に行ったり、海水浴に行ったり、みんなでサーカスをしたりと、遊び方も現代風。このお話、小さな女の子のカロリーヌが、動物たちの保護者的役割を果たしている所が、他の「子どもと動物もの」とは違っていた。ここに出て来る動物たちはみんな、幼い子どものように、やんちゃだったり、泣き虫だったりと、どうも頼りない。対して、カロリーヌはしっかりしていて明るく元気な女の子。カロリーヌが誰かに甘えようとしているシーンもなければ、カロリーヌを甘えさせてくれる誰かが出て来ることも全然ない。しかも、そのへんを、まったく言及していない。からっと明るいお話なのだ。さすが、フランス。子どもも個人主義なのだね。と大人になった今は思うけれど、子どもの頃の私は、自分自身も甘えのない環境の中で普通に過ごしていたため、特に深く考えることなく、お話を楽しんでいた。カロリーヌシリーズは、絵も良かった。というか、絵が、一番の魅力だったと思う。私的には、ノーマン・ロックウェルにちょっと近いような気がする画風。リアルでありながら、洒落ていて、人や動物たちの表情や動きがとても生き生きと描かれている。そのうえ、ストーリー性のある絵で、一つの絵の中に、添えられた文章以上の物語があるのさ。たとえば、サーカスのお話。宣伝カーに乗っているカロリーヌたちがメインの絵なのだけど、すみっこの方にカロリーヌたちが作ったらしいポスターが壁に貼られている。文中には、ポスター作りのことは一つも書かれていないから、想像が広がる。「誰が書いたのかな? 書いてる途中にも何か騒動が起きたんだろうな」つまり、絵を眺めていると、頭の中に、描かれていない物語が次々と浮かんで来るわけ。勿論、子どもの頃には、こんなことは意識していなかった。意識せず、ただ、飽きもせずに、本を開いていただけ。でも、大人になった今、カロリーヌシリーズって、絵本の絵本としての魅力を最大限まで活かした作品だったのだなーと思う。だから、あんなに好きだったんだな。 今日の一曲『トゥモロウズ・ソング』GOING UNDER GROUND
2005年10月24日
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小学生の頃、お年寄りや体の不自由な人には「席を譲るべき」と思っていて、いつも譲っていた。ある日、いつものように、「どうぞ」と言ったら、怒られた。「私はそんな年寄りじゃないわよ」恥ずかしかった、人前で怒られて。でも、すんなりと、優しさが却って失礼になることもあるんだなとも思った。それに気付かなかったことを恥ずかしいとも思った。とにかく、恥ずかしかった。『譲ってあげてる優しい私』に酔ってる引け目がなんとなくあったから、恥ずかしかったのだと思う。純粋に優しい気持ちだけの行為ではなかったから。それからは、人に席を譲ることをやめた。いや、正確には、譲るのだけど、「どうぞ」と本人に言わないことにした。黙って立って、素知らぬ顔でその場から離れる。もしくは、混んでいる時は、最初から座らない。「失礼にならないように席を譲りたいから」と言えば聞こえが良いけれど、残念ながらそれだけじゃなくて、『譲ってあげてる優しい私』に酔ってません。『困ってる人に席を譲らないような私』でもありません。ということを示しておきたいという部分も大きい。私はこういうタイプの人間だ。だから、私は、自分を優しい人間だと思っていない。だからといって思い悩んでもいないのだけれども、純粋に優しい気持ちだけのような行為の人を見ると、きれいだなあと思う。時には、はたから見ていて「その行為って本当に優しい行為と言えるのかなあ?」と感じる場合もあるのだけれど、それにしたって、気持ちがきれいなことには変わりない、と思う。時々、本当に時々だけど、優しい性格じゃない私にも、純粋に優しい気持ちが生まれることがある。そんな時は、とても嬉しい。 今日の一曲『Life is Like a Boat』 Riefu
2005年10月23日
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寛大な人って素敵と思う。でも、寛大なふりしてる人は別に素敵じゃない。「寛大」を言い訳にして逃げてる人は別に素敵じゃない。 今日の一曲『終わらない歌』 ブルーハーツ
2005年10月21日
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小さな頃には月には本当にウサギがいるのだと思っていた。というのは嘘でそんなことを言い出す人を見たら苦笑いしているような子どもだった。私は現実的な子どもだった。だけど、ほんとは、夢見る子どもでもあった。無邪気に夢みたいなことを口にする人ってちょっと嫌いだった。嫉妬してたんだと思う。夢のない家庭で育ったから。夢みたいなことを口に出すことが許されない家庭で育ったから。私の家にはサンタクロースが来たことがない。コロポックルのアニメが大好きだった。学校帰りの野原、蕗の下をそっと覗き込んでみたりした。不思議な話を集めた本が大好きだった。真冬の雪野原、寝転がってUFOを探してみたりした。だけど、それは、一人の時に限られていて。誰かといる時はリアリスト。それでも、時々、ほんとに時々、うっかり不思議ちゃんを露呈してしまう。そんな時には、急いで、言い添えた。「というのは冗談だよ。もちろん」もちろんって、一体。一人になったら、安心して夢追い虫になる。そんな子どもだった。 今日の一曲『夢追い虫』 スピッツ
2005年10月20日
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喧嘩には2種類ある。言いたいことを言い合う対決型の喧嘩と、貝のように押し黙る、または「表面上は普通、陰から攻撃」の非対決型の喧嘩。私は前者の喧嘩についてはした方がいいと思っているのだけど、後者の喧嘩に対してはしない方がいいと思っている。世の中には「喧嘩は好ましくない、できるだけ避けるべき」という思いから、言いたいことや怒りを飲み込むことをよしとしている人が多い。この手の人は、確かに、その言葉どおりに、対決型の喧嘩は避けている。けれど、非対決型の喧嘩には身を浸して平気のようである。いや、むしろ、非対決型の喧嘩ならば構わない、対決するくらいならこっちの方がいい、などと思っているふうにも見える。ここまでは、個人の自由だと思う。自分とは価値観が違うんだなと思うけれど、個人の自由だから文句を言うつもりはない。ぶつかりあうのが怖いという事情があるのかもしれないし。問題は、この先。というか、この手の人の中の、自分の考えを他人にまで押し付ける一部の人に言いたい。対決型は駄目で非対決型なら構わないという、その考え方は、他人に押し付けるほどの素晴らしい考え方ではないと思います。 今日の一曲『たどり着いたらいつも雨降り』 吉田拓郎
2005年10月19日
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北海道では鮭をシャケと呼ぶ。私もシャケと呼ぶ。子どもの頃には鮭とシャケを別の魚なのかと思っていた。長い旅の果てに産卵のため川に戻って来るパワフルな魚。あいつはシャケじゃなくて鮭なのだと。だからイクラとシャケも無関係なのだと。鮭の刺身が巷に出回り始めたのは大人になってからだった。まぐろは、まぐろ。さばは、さば。ひらめは、ひらめ。なのに、なんで鮭の刺身はサーモンと呼ばれているんだろう。サーモン。デーモン小暮を連想する。左門豊作を連想する。ちなみに私は焼いても生でもシャケと呼んでいる。頑固一徹。 今日の一曲『輝ける星』 小松美歩
2005年10月19日
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しりとりが好きだった。友達が「することないし、しりとりでもするか」と言い出したなら、心の中で小躍りしてた。することあっても、しりとりしたいというのが私の本音だったが、大抵の人にとって、しりとりとは、することがない時の時間つぶしのようだった。小さい子は、わりと、しりとりが好き。喜んで付き合ってくれた。だけど、小さい子は言葉をあまり知らないのでこちらが言う言葉に対して「知らない」を連発する。そう言われると、ずるいことをしているような気がするので難しい言葉は避ける。するとやっぱり、楽しさが半減する。よく、一人しりとりをしていた。「カラス」「スイカ」「かんきり」「りか」というふうに、どちらか一方(と言っても、どっちも自分なんだけど)を追い詰めるのが楽しい。ところで、しりとりは、やっぱり、ら行が、難しい。特に、ル。ルビー、留守番電話、瑠璃、ルンバ、ルーズ、ルックス、ループ・・・でも一番良いのは「ルール」ルのお返しだ。詰まってくると、ルビーの指輪とか、ルビーのネックレスとか、苦しい言葉しか思い浮かばなくなるんだよね。 今日の一曲『尻取りロックンロール』横浜銀蝿
2005年10月18日
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しょぼい気分なのでストリートスライダーズを聞いてた。知らない人も多いでしょうが、80年代後半のバンドです。ブルースなロックです。黒っぽい音です。渋いです。横のりです。すごくすごく好きです。『道化者の憂鬱』という曲があります。胸にしみいる名曲です。 今日の一曲『道化者の憂鬱』 The Street Sliders
2005年10月18日
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先週、父の誕生日だった。私の父は、毎年、カレンダーを買った時点でみんなの誕生日やら記念日やらを書き込むような人である。つまり、イベントを大事にする人なわけだ。というわけで、毎年、父の誕生日には、家族で食事会をしている。今年は父の体調の問題があるため、直前まで、行うかどうかを決めかねていた。そのため、いつもの年よりグレードがグッと下がり、近場の蕎麦屋に行くことになった。蕎麦屋といっても専門店じゃなく、刺身定食やら、とんかつ定食があるような、なんでもありの、その分、どれもたいしたことない味の蕎麦屋だ。母は、刺身定食を注文した。すぐさま、店員の、「すみませんねー、 今日はもう生ものはないんですよー」の声。「あら、そうなの。 それじゃあ、鉄火巻にしようかな」そこで、父、怒鳴り声をあげた。「おまえ、鉄火巻って、バカじゃないのか。 鉄火巻って何を巻いてんのか考えてみろ」いきなりバカ呼ばわりされた母は不機嫌な目つきになった。「それくらいわかってるよ。 ちょっと間違えただけじゃないの・・・」注文が無事に終わり、飲み物がやって来たので、私たちは乾杯することにした。「かんぱーい。お誕生日おめでとう!!」陽気に祝う私。「おう、ありがとうな。はい、かんぱい」はにかみ笑いを浮かべる父。無言でコップを中央に伸ばす母。その後も、父の方を見ない、話し掛けない。話し掛けられても「ああ」「そう」「うん」しか言わない。ただ、私が話し掛けた時にだけ寂しそうに微笑みながらボソボソと返事する母だった。ヒュールリー、ヒュールリーララー。場の空気は、森昌子の『越冬つばめ』だ。私も、つばめな気分だ。早く、冬を越してしまいたい。ここは私が盛り上げるべきだと思った。そうだ、越冬つばめから、幸福の王子のつばめになろう。私は、脳みそ、からから回転させて、話題を出しては、ボケとツッコミを一人でかまし、一人で笑っていた。だけど、いつのまにか、父、母の冷ややかな態度に気付いていたらしい。はっと気付いた時には、むさい表情で無言のまま、一点を見つめていた。うっかり、「あれ?パパ。何、見てるの?」とバカみたいな質問をしたのが良くなかったのかもしれない。何も答えず、深い深いため息をついた父は、「食いたくなくなった」と低く呟いたかと思うと、箸を置いてしまった。母はそんな父をちらりと見たけれど、やはり一言も喋らず、黙々と食べ続けた。あまりに寒い空気だ。自前の冬だ。私たちはホームメイド家族。作るものは、冬。ただでさえ、店内に、客は、私たちだけ。しん。これで黒い服を着ていたら通夜の帰りと間違われそうだ。せっかくの誕生日なのにな。なんだか、悲しくなってしまった。でも、もう、どっちが悪いのかわからない。とりあえず、自分にできることをするしかない。そこで、再び、陽気にふるまってみたけれど、結局、最後まで、二人とも暗いままだった。家まで車で送ってもらって、最後に、「じゃあね!! お誕生日おめでとー」と、大きい声で言いながら、車のドアをバタンと閉めた。開放感に、くらりとなった。 今日の一曲『越冬つばめ』 森昌子
2005年10月17日
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「良い・悪い」とか「正しい・間違っている」だとか、あと、「得か・損か」とかってことと、あんまり関係ないみたい。私の「好き・嫌い」無関係ではないけれど直結してないのは確かだな。でも、大抵の人は、私同様、あんまり関係ないんじゃないかって気もする。予想だけど。いるのだとすればだけど、直結している人は、「良いものが好き」「悪いものは嫌い」「正しいことが好き」「間違ったことは嫌い」「得なことが好き」「損なことは嫌い」な人なんだと思う。それが、きれいに指針になっているというかね。そういう人は、いろんな面で、あんまり思い悩んだりしないのかもしれないなって気がする。私なんか、「良い・悪い」「正しい・間違ってる」「得か・損か」の判断ですら、いちいち思い悩んだりしているよ。その点、「好き・嫌い」は、勝手に沸き起こる感情だからわかりやすくて、いいや。 今日の一曲『ドーナツショップ』 尾崎豊
2005年10月16日
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彼らと私って同い年だったりする。そのこともちょっとは関係してるのかな。よくわかんないけど、まあとにかく、私の周りでは、初期の頃から、ミスチル人気が盛り上がってた。『君がいた夏』とか『抱きしめたい』とか、あのへんの頃ね。『クロスロード』とか『イノセントワールド』でどかんと人気出たでしょ。みんな、すごい喜んでた。ほらね!って感じで。でも、私は、あんまり好きじゃなかったんだわ。嫌いじゃないし、いい曲なんじゃない?って感じなんだけども、ぐっとは来なかったというか。どうでもいいことだけど、名前もピンと来なかったし。でも、これ、ほんとにどうでもいいね(笑)だけど、その後、『名もなき詩』で、歌詞に引っ掛かったのよね。「ん?なんか、この歌詞、深くないか」と。この曲って早口だしテンポ速いからさらっと聞き逃してしまいそうになるのだけど、個性的で気になるフレーズが幾つも入ってる。友達に「歌詞がいいと思う」って言ったら、「今頃、気付いたの?」って呆れられたけど(笑)で、『Everything(It’s you)』この曲の歌いだし部分、すごく好きなタイプのメロディー。ちなみに、歌詞もすごく好き。「あーわかるなー」って感じ。よく考えたら、私がミスチルの歌で最初に共感したのは、この歌だな。そしてそして、『ニシエヒガシエ』この曲は1998年の曲です。ドラマ『きらきらひかる』の主題歌でした。もうねー、めちゃくちゃ好き、この曲。はじめて聞いた時、うわ、かっこいい!!ってビリビリ来た。ちなみに、友達に「ミスチルってかっこいいってイメージなかったけど すごいかっこいいんだね」と言ったら、「あんた、失礼だね」と怒られた、ごめんなさい。『終わりなき旅』はね、感涙。何度、この歌に励まされたことか!って感じ。この曲の歌詞、すごくいいですよ。って、そんなこと、みんな知ってるか。なんていうか・・・「自分らしく」とか「前向きに」とかって使い古された言葉でしょ?こっちももう慣れっこで、さらりんとしたポジティブソングなんかだと、「軽々しくそういうこと言われるのって いいかげんな感じがするし、うさんくさいんだよ」って白けちゃったりするの。だけど、この歌は、そうじゃない。だから、すごくいい。その後も『蘇生』に力づけられ、『くるみ』に、切なさのボタンを押されて涙ぐみ・・・って感じかな。というわけで、ミスチルには、かなり、心グラグラ揺すぶられてるんだけど、のわりに、「ファン」って気分ではないのよね、いまだに。デビュー時からの大ファンがまわりにゴロゴロいる、い過ぎる、っていうのが、今一歩、深く踏み込んでけないことの理由の一つなのかもしれない。くっだらない理由だけどね、そういう変な所があるんだ、私には。こういう所、我ながら、ダサいと思う。 今日の一曲『ニシエヒガシエ』 Mr.Children
2005年10月14日
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安全地帯が出た頃、私は中学生だった。「大人の雰囲気」と思った。そして、その大人の雰囲気は、私が素敵と感じる種類のものと違っていた。『ワインレッドの心』『真夜中過ぎの恋』私の中で彼らのこのへんの曲は高橋真梨子の『桃色吐息』井上陽水『リバーサイドホテル』などと同じラインにあった。どれも、苦手な世界だ。アーバンで肩パット入りの服で都会の砂漠でシャンパンで男と女、って感じの匂いがする。見た目的にも、好きなタイプじゃなかった。私が安全地帯、というか、玉置浩二に興味を抱き始めたのは、高校時代、チェッカーズ(これまた懐かしい名前だね)の映画を観に行った際に同時上映でやっていたホラー映画、『プルシアンブルーの肖像』を観たのがきっかけだった。この映画で玉置浩二は、とても不気味な役を演じていた。「ちょっとはイメージってもんを 考えた方がいいよ・・・」と言いたくなるほどの、ぶっ飛んだ演技だった。そもそも、人じゃなかった。バックで流れてる歌が『離さない、離さない♪』なだけに本格的に怖かった。それ以来、私の中で玉置浩二は、「都会のいい男ぶってるふうに見える人」から、「とらえどころのない人、なんか変な人」という印象になった。私は「とらえどころのない人、なんか変な人」が好きである。恋愛感情の好きとは、ちょっと違うんだけどさ。それから、随分と時が経ち、今は、「とらえどころのない人、なんか変な人」の印象にさらに、「かっこいい人」というのが加わった。玉置浩二は、かっこいい人だと思う。と、まあ、私のマニアックな趣味に関しては、ここまでにして、歌。玉置浩二の歌は、うまい。ほんと、すごくうまい。って今更言うまでもないことなんだけども。なんていうか、私は、玉置浩二の歌を聞くと、「この人ってほんと 歌を歌うために生まれて来たような人だよなー」と、しみじみしてしまうのだ。そんな感じがする人って、私の場合、意外とそんなにいない。『悲しみにさよなら』は1985年のヒット曲。リアルタイムでは好きじゃなかった。最初の方で書いたように嫌い方向の先入観があったから。(先入観っていうのは困ったもんだ)失恋して帰って来た部屋でラジオをつけたらこの歌が流れて来た。『泣かないで一人で』って歌詞なのに、泣けて来た。歌声があんまりにも優しくて。この歌のように想ってくれる人は自分にはもういないんだなと思ったら、もっと泣けて来た。 今日の一曲『悲しみにさよなら』 安全地帯
2005年10月13日
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職場の人がハワイに遊びに行くような大きいサングラスをしてたのでどうしたのかと思ったら「雪虫対策」だった。本州にもいるんだろうか、雪虫。毎年、今頃の季節になると出て来る、白いふわふわのついた小さな羽虫なんだけど。雪に似ている。雪が降る前触れみたいに出て来る。というわけで、雪虫。雪虫は可愛い。なんてったって、白いふわふわがついてるし。季節感あるし、ちょっとロマンチックでもある。だから、わりとみんな、虫が嫌いな人でも、雪虫にだけは、好感を持ってたりする。とても儚くて弱い虫なのでなんとなくかわいそうな感じがして憎めない、って感じもあるようだ。しかし、雪虫は、かなり迷惑な虫でもある。ポイントは、儚く、どんくさく、白い、ということ。普通、虫というのは、自分の身を守ろうとするものなのに、雪虫は、そろいもそろって、どんくさい。「生きる気あるのかね?」と首を傾げたくなるほどだ。簡単につぶれてしまうような儚い体をしてるのに、のろのろ飛んでるし、はらっても逃げないし。っていうか、みずから、人間にくっついて来る。まあとにかく、すぐ死ぬ。殺したくないと、いくら思っていても、この季節、必ず、死なせるはめになる。体や髪につく分には、我慢できないこともないけれど、(白い粉をつけてくから、服、よごれちゃうんだけどね)目の中、鼻の中、口の中にまで入って来るんだもん。でもって、勝手に、死んだりもするんだもん。私を自殺現場にしないでよーって感じだ。そんなわけで、北海道の人間は、雪虫には複雑な思いを抱いている。たぶん。「可愛いね。きれいだね。・・・でも・・・」好きなんだけどね、でもね。 今日の一曲『BOYS & GIRLS』 大江千里 だいすきな歌。
2005年10月12日
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お金持ちのふりしたりとか上品ぶってみせたりとか、そういうのって好きじゃないし。だから、私、自分って見栄っ張りな方じゃないと思ってた。だけど、疲れてるのに「平気だよ」悲しいのに傷ついてるのに「なんともないよ」こういうのも、見栄に入るのかもしれない。だとしたら、私は、すごい見栄っ張りだ。弱いのに、弱くないふり。弱いことが駄目なことだなんて思っていないけど、しっかり強がっていないと心の中の背骨みたいなものがぽきんと折れてしまいそうな気がしてて。 今日の一曲『好きだなんて言えない』 Fayray
2005年10月11日
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かりんとうや、煎餅なんかの、昔風のお菓子が、あまり好きじゃない。たまに誰かにもらったりしたなら食べるし、「おいしい」と感じることもあるにはあるけど、自分で買おうなんてふうには全然思わない。そんな私を見て、友人が、「こういう系のお菓子のない環境で育ったの?」と言った。「いや、うちの親は、こういうお菓子が大好きだし、 祖母の家に行ってもこういうお菓子しかなかったよ。 でも、私、あんまり食べたことないんだよ」私の答に、友人は、「え!おばあちゃんに勧められたりしても すっぱり断っていたの?いっつも?」と目を丸くした。「うん、すっぱり断ってた。嫌いだから」「おばあちゃん、かわいそう・・・。 ココナツって我が儘な子どもだったんだねー」なんだか話が変な方向に行ってる気がしたけれど、それより、なにより、我が儘な子どもという言葉に戸惑った。私が?この私が我が儘な子ども?私は自分のことを我が儘の言えない、言わない子どもだったと、思っている。実際、我が儘なんか言ったことがないのだ。自分本位の欲求をぶつけたことが、親に対してですら、ない。言えなかったし、自分としても言いたくなかった。そういう子どもだったのだ。でも、よく考えてみたら、私は、その代わりに、自分の望まないこと、嫌いなことを、押し付けられた時には頑ななまでに拒む子どもだった。というか、今でも、そういう人間だったりして(笑)こういう人間のことを世間では我が儘と呼ぶのかもしれないなと思った。自分としては、これまでも時々、「私ほど我が儘言わない人って少ないと思うんだけどねえ、 なのになんで、時々、人から我が儘と言われるんだ?」と首を傾げていたのだけど、そういうことなのね。なんか、納得した。 今日の一曲『全力少年』 スキマスイッチ
2005年10月10日
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怖い話が好きなくせして怖がりな私は、普段はなるべく考えないようにしているのだけど、ふっと気が緩んだ時に、「何かいるんじゃないか」「何か見えちゃうんじゃないか」とついつい、余計なことが思い浮かんでしまう。窓ガラス、カーテン、物陰、暗闇・・・いろんなものを対してなんにもないのに、自分で勝手に余計なことを考えて、背筋が寒くなる。こういうことって気の持ちようって所があって、「怖い」と思ったら、もう駄目なの。なんにもなくても、バカな想像と自覚していても、「怖い」と感じることが、怖い状況っていうかね。金縛りの時にも、別に恐怖体験じゃなくて体と脳のなんたらかんたらが原因で起きる現象なんだろうさと頭ではわかってるんだけど、やっぱり、怖いの。金縛りの時って半分起きてる感じで夢を見るでしょ。そういうのもね、夢だって思いながらも、夢じゃないかもしれないとも思っちゃうから、ますます、怖いの(笑)そんな時、私は、怖い状況から脱するために、この言葉を唱えるのさ。「愛してる、愛してる、愛してる・・・」「愛してる」なんて言葉、こんな時くらいしか使わないくらいに言い慣れてない言葉なんだけど。「愛してる、愛してる、愛してる・・・」と唱えながら、大好きな人や物たちのことを次から次と思い浮かべるの。頭の中を愛でいっぱいにするの。たぶん、私は、愛という感情がこの世で一番強いと思ってるんだろうね。だから、苦しい時の神頼み、じゃなくて、愛頼みなんだろうね。頭の中を愛でいっぱいにしていると、だんだん、気持ちが落ち着いて来る。怖い気持ちが消えて行く。 今日の一曲『ベル』 BUMP OF CHICKEN
2005年10月09日
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待望の村上春樹の新作、短編集です。タイトルを見た瞬間、小野不由美か?と思いました。内容は、奇譚って感じではないような気がしましたが、どこまで本気なのかわからないような語り口、ちょっと変てこな雰囲気、いつものハルキワールドです。傑作!とは思いませんでしたが、ハルキワールド大好きな自分としてはどの作品も充分に面白かったです。私が一番気に入ったのは、最後のお話、『品川猿』です。猿と人間の会話が可笑しいです。なんとなく、『海辺のカフカ』のナカタさんを思い出しました。まあ、ナカタさんには及びませんが・・・短編だしね、猿だしね。
2005年10月08日
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死にたいなんて言うのは罪だと記憶にないほど随分前から私の理性が言っている。私の感情はそれが明るくなければないほどにきれいでなければないほどに理性に負ける。死にたいなんて言わない。言ったこともない。ひとりぼっちの日記帳に書いたことすらもない。そうしていつのまにか思ったことすらないような気がしていたけれど果てして本当にそうなのか。存在を消せる消しゴムがあればいいと願ったことは生まれて来なければ良かったのかもしれないと後悔したことはあれはもしかしたら理性の目をごまかすために感情が企んだ婉曲表現だったのかもしれない。それでも私はこうして生きてきてこれからも生きて行く。だから、いいんだと思う。重要なのは、思いや言葉以上に、行動なのだもの。 今日の一曲『Castle imitation』 鬼束ちひろ
2005年10月07日
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自分の好きな人のことを悪く言われるのは嫌いだ。だから、恋の悩み相談はしないんだ。流れ的に、どうしても『彼の欠席裁判』みたいになっちゃうから。人の恋の悩みを聞いて「そんな男とは別れちゃいな」とか「最悪ー」とか言えない、私は(笑) 今日の一曲『幸福論』 椎名林檎
2005年10月06日
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フリーページの『coconuts8753』ページの自己紹介を書き足しました。どうでもいいことばっかりなので暇な人だけ、見てくださいね。 今日の一曲『私について』 epo
2005年10月05日
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