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今、私は、疲れている。長期に渡ってやたら疲れることをしていたからだ。もうやめたけどまだ癒えてない。元気の残高がマイナスになってしまったって感じだ。無理し過ぎた。しかも無駄に。無駄を確信してやめたわけじゃない。体の疲労が耐え難かったからやめた。やめたことで無駄が確定し、無駄が確定したことで心にダメージくらった。ま、過ぎたことは過ぎたことだ。絶対に変えられない。それよか前を見ないとね。でも今は休みたい(笑) 今日の一曲『ALONE AGAIN』ギルバート・オサリヴァン
2009年03月31日
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意識とか心とかってどのへんにある感じがします?私はねえ、顔・・・というか、おでこと目のあたりですね。普通みんな、このへんですよね、きっと。思い切り感動した時とか悲しい時だとか胸の奥が痛くなったりするけれど、あれってなんか変な感覚です。普段は、どう考えても胸に心がある感じってしないんだけど、この時だけ、心が胸の奥へと移動しているような。 今日の一曲『淋しい熱帯魚』WINK
2009年03月30日
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別に普通にケンカすればいいじゃん。と思いながら生きている。ケンカといっても殴り合いのじゃなくて口ゲンカ。殴り合いは駄目。怪我するし。ケンカしたくないから思ってるのと違うことを言うとか、適当にごまかすとかってことをする人って多い。考え自体は私も納得だ。そりゃ、そうだ。ケンカしたくなければケンカにならないようにするのがいい。当たり前の理屈だ。でも、では何故、ケンカしたくないのか?って所で、納得できない。私の場合、ケンカしたくないことの理由は「めんどくさいから」ケンカって、めんどくさい。時間かかるし、頭使うし、疲れるし。下手したら尾を引くし。しかし彼らは「お互い、いやな気持ちになるから」であって、めんどくさいから、ではないと言う。というわけで、彼らにとってケンカは「悪いこと」私は「めんどくさいから」と思ってるのでケンカを悪いことと思わない。お互い、いやな気持ちになる、に関しても、ケンカすることでする前よりわかりあえて結果いやな気持ちは消える場合も多いからそんな気にしなくていいんじゃない?って感じだ。悪いことと思ってないので、別に普通にケンカすればいいじゃん、なのだ。実際はそんなにケンカしないです。めんどくさいから。でも、みんな、本当は、わりとそうなんじゃないの?ケンカがいやなのは、悪いことだと思ってるからではなくてめんどくさいからだって人、決して少なくはないと思うんだけどな。 今日の一曲『風にさようなら』パール兄弟
2009年03月29日
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「あ、知らなかったんだ?」と言ったら、「いやみー」と返された。「知らなかったんだ?」って、どこが、いやみ?と素朴に疑問に感じたので聞いてみた。そうしたら、「どこがいやみ? と聞くところがまたいやみだよ」と言われた。「え、これもいやみなの? じゃあ質問とかできないじゃん」「って言うのも、いやみっぽいよね」そ、そうか。「となると、私は、 骨の髄から、いやみ人間なのかもしれない」「・・・それも、いやみっぽい(笑) ここまで来るとむしろすごいよ、才能だと思うよ」「あ、ありがとう」ほめられた。 今日の一曲『だいすき』岡村靖幸
2009年03月27日
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私は今まで間違っていた。自分はつらいことや苦しいことを我慢する方だと思っていたけれど、全然、普通に、いやむしろ、我慢してない方らしい。ということが最近わかった。でもね、いいわけになるけどね、自分の基準で行くと、「我慢している」だったんだよ。だけど周りの人と比べたら「我慢してない方」だったの(笑)この前、外出先で、急にくしゃみが止まらなくなったので風邪薬を買って飲んだ。そうしたら、空腹時に飲んだのが悪かったんだろうか、鼻水はピタリと止まったけれども、かわりに胸がムカムカ。だんだん、胃も痛くなってきて。すっかり人相悪くなりながら「うー気持ち悪い」「うー痛い」と、うーうー言ってたら、最初は心配してくれてた一緒にいた人がだんだんと不機嫌になってきて、「私だって具合悪いんだよ」とぼそっと言ったのだった。「え、具合悪かったの? 言ってよー、 普通に見えたからわからなかったよー」と言ったら、「我慢してたんだよ・・・」余計な気を遣わせては申し訳ないとか、場を白けさせてはいけないとか思って我慢していたんだって。ああ、そうだよねー、気を遣わせては申し訳ないとか場を白けさせてはいけないとか、わかるー!私も我慢しちゃう!と、同調しそうになったけど、「はっ」「うー気持ち悪い」「うー痛い」と、相手がうんざりするほど言ってたのは、どこの誰?はい、私。我慢してないじゃん。痛みは我慢してたけど口に出すことはまるっきり我慢してなかったね(笑)でも普通は口に出すことも含めての「我慢」なのだね。そりゃ、そうだよねー! 今日の一曲『ヘッドライト・ヘッドテール』奈歩 中島みゆきのカバー。 こっちの方が淡い雰囲気で好き。
2009年03月26日
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春なんだな。虫を見かけるようになってきた。ここ1週間の間に、外を歩いてて2回も目に羽虫みたいなのが入った。自分の目で虫が追突死なんて、最低。冬の間は虫がいないから忘れてたけど、そうだった、私は、こういうことがよくあるんだった。(と毎年春になると思い出す)目がでかいんでね。ホコリだのゴミだの雨だの雪だのもじゃんじゃん入ってくる。なるべく目を細めて歩くようにしてるつもりなんだけど、ボーっとした性格だから、すぐ忘れる。言葉どおり「つもり」で終わってる。やっぱりメガネをするべきか。花粉のこともあるしな。でもメガネって目が疲れる。せっかくそれなりの視力を保ってるのに疲れさせたら落ちちゃいそう・・・。落ちないのかな・・・。落ちないにしても疲れるだけでイヤなんだよな。変なもんが入るよりはましと割り切るべきか。いや、もっと気をひきしめて目を細めて暮らすようにすればいいだけのことか。あ、花粉は目を細めても駄目か。と、くだらないことで悩む今日この頃。 今日の一曲『ああ無情』アン・ルイス
2009年03月25日
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読書も体力使うんだってね。テレビで言ってた。読書は頭使うけど体は使わないから体力いらないと思ってた。だけど、よく考えたら頭も体だし。私は子どもの頃から大の読書好きで、物心ついてからずっと、毎日、必ず、本を読んでいる。多い時は5冊とか読んじゃうけど少ない時は1冊なので平均したら1日に2~3冊って所かな。かなりの量だよね。というわけで、自分って体力ない方だと思ってたけど実はそんなことないのかも・・・と思ったのでした。基礎体力はそれなりにあるけど無茶し過ぎでいまいち健康じゃないのかも。読書の量を減らしたらもっと元気になれるのかもしれないな。だからといって減らすつもりはないけれどでも、ちょっと、体を鍛えたりなんかすると良いかもしれないね。体を鍛えることでよりいっそう読書を楽しめるとか疲れにくくなるとかあるのかも。かも、かも、ばっかりだけどさ。 今日の一曲『群集の中の猫』尾崎豊
2009年03月24日
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1978年。作詞:松本隆/作曲:吉田拓郎/編曲:馬飼野康二。小学校の低学年の頃。夕方の再放送ドラマの、中村雅俊が好きだった。声も好きだった。いそうでいない声だと思う。この曲は「水すましみたいにスイスイと 東京の空を渡る奴もいる だけどぶきっちょに肩寄せて 明日への道を捜すのもいいさ」って所が気に入ってた。自分はスイスイと世の中を渡ってくことができないって思っている子どもだったから。大きくなって・・・18才くらいかな。友達から世渡り上手って言われた。悪い意味ではなくて、いいなーって羨ましがられた。そう見えるんだなーって不思議な気がしながら「水すましみたいにスイスイとー♪」と歌ったら、なぜか、やけにウケた。この歌を知らなかったみたい。それからしばらく世渡り上手と言われるたびに、水すましの身振りをしながらこの歌を歌ったから、さすがに覚えただろう。実際のところ、私は、大きくなって世渡りがうまくなったわけでもなんでもなくて子どもの頃と同じだった。その後も同じ。それでも、その時々で世渡り上手だねーと言われたり不器用だねーと言われたり。つまり両方なんだと思う。あるいは、どっちでもないか。きっとほとんどの人って同じなんだと思う。自然に世渡りのうまい人なんてほとんどいないんじゃないかなって。 今日の一曲『青春試考』中村雅俊
2009年03月22日
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「タングロン」というジュースが子どもの頃、大好きだった。昆布エキス+リンゴ果汁+何か(忘れた)で、色は透明、10センチくらいの四角いパックに入っている。ちなみにパックのデザインは白地に緑の揺らめく昆布。とにかく昆布がポイントの飲み物なのさ。昆布なだけに変なくせがある。でも、くせになる。タングロンはどこにでも売ってるものではなかった。というより、私は、祖母の家の近くの生協でしか見たことがなかった。祖母の家に行くたび、今しか飲めないんだから!って勢いでぐいぐい飲んでいた。大きくなって祖母の家に行かなくなってからは飲む機会がなくなった。友達に「知ってる?」と聞いても誰も知らなかった。何人か「コンブロンなら知ってる」って人はいた。「おいしかったよ。 でもあんまり売ってなかったし今では消えちゃった」私のタングロンと同じだ。ひょっとして、コンブロン=タングロン・・・?昆布だし。名前、似てるし。もしかしたら私は名前を間違って覚えていたのか?自分ならありえる。そうか、そうなのか、あいつの名前はコンブロンだったのか。と思い続けて長い時間が過ぎた。ある時、ふとインターネットで検索してみた。コンブロン。・・・パッケージが違う!試しに、タングロン。・・・あった!白地に緑の昆布のパック、これだ!!というわけで、私が愛した飲み物はやっぱりタングロンだったんだけど、この二つ、成分的にそっくりなので、たぶん、似た味なんだろうな。コンブロンは全国的に販売されてたみたい。タングロンは北海道だけ。しかも北海道の中でも一部の地域でしか売ってなかったみたい。でもね、コンブロンは今はなさげだけど、タングロンは現在も生産してるんだよ。しかもネットで買えちゃう。興味ある人はどうぞ。それにしてもコンブロンにしてもタングロンにしてもどっちにしろ、変な名前だよね。ロンって、なんなんだ。 今日の一曲『ハリウッドスキャンダル』郷ひろみ
2009年03月20日
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男が人前で泣くのはあんまり好きじゃない。子どもの頃に聞いたガンダムの歌の影響か。「男はー涙を見せぬものー見せぬものー♪」なわけ、ないか。ガンダム、そんな見てなかったし。男だからって威張るんだったら涙はこらえろよって思う。どうしてもこらえられないのは仕方ないけど、普通に泣くなよ、って感じ。他にも、男だからって威張るんだったら強くなれよ、頼れる存在になれよ、みたいなことも思う。もっとも、最近は、男の人は、男だからって威張らなくなってきた。威張らない男の人は、人前で泣いても、弱いままでも、頼られる存在になろうとしなくてもいいと思う。そういう意味で、男女平等は、男の人にとっても助かることなのかもね。気が楽になったでしょ。 今日の一曲『時代おくれ』河島英五 私は時代おくれの女さ。
2009年03月19日
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あんまり人に相談しない方だな、自分は。誰かと共同でやるとか、他の人に迷惑がかかるとかって場合は相談するけど、そうじゃないことは相談しない。別に相談しないぞって決めてるわけじゃないから気が向いたらするけどね。そうじゃないことで相談しないのは、本人の勝手だと思う。本人の好きなようにすればいい類のことというか。でも、たまに、「駄目だよ」って言われるんだよね。相談してくれないのは寂しいとか、感情的な意味で駄目だってことならわかるんだけど、常識的な意味で駄目だって言われることもあって、それだと、ピンとこない。本人の好きなようにすればいい類のことではない、とは思えなくて。 今日の一曲『コットン気分』杏里
2009年03月18日
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スーパーで「袋ください(といっても買うんだけど)」と言った時に冷たい目で見られちゃったりする今日この頃。「エコ意識が足りないわね、 ちゃんとエコバッグを持ってきなさいよね」って思っての、冷たい目なのかな。そもそもスーパーのレジ袋を使わないことが本当に環境のために役立つのかどうかってことに私は疑問感じてるんだけど、それはそれとしても、正しいことを人に押し付けてくる感じ、っていうのが、どうも苦手でね。「正しいオーラ」みたいなのがね。なんか疲れる。ところで私はもともとそんなにレジ袋をもらってなかった。いっぱい買った時は普通にもらってたけど、少しの時とか、袋を持ってる時とかは断ってた。必要ないし無駄だし。ずっと前からそうやって生きてきた自分が今こういう世の中になって今まで必要もないのに袋をもらってた人から冷たい目を向けられるのは、なんだかなーと思う。「今まで必要もないのに袋をもらってた人」だという証拠は何もないんで、なんだかなー程度の気持ちなんだけど。 今日の一曲『RADIO MAGIC』アースシェイカー
2009年03月17日
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CDとかをくるんでる、透明なフィルム。ぴたぴたのやつ。あれが昔から嫌い。はがしやすいようにぴーっと引っ張るやつ(名前不明)がついてはいるけれど、途中で切れちゃったり、そもそも引っ張れなかったりしてイライラすることが結構ある。品質保持のためなんだろうけどもっと便利にできないのかな。技術的には可能だと思うんだけどなー。コスト的な問題なのかなー。でも、それは工夫次第でなんとかできそうな気が。せめてぴたぴたにくっつけないでくれたらカッターやハサミを使いやすいんだけど。私が特にせっかちなのかな。みんなは別にイラつかないのかな。 今日の一曲『数えたりない夜の足音』UA
2009年03月16日
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もしも魔法とか超能力とかが使える人がいたとしても、私は別にすごいと思わない。それよか魔法も超能力も使えない人が素晴らしいことをした時の方がすごい!と思う。新興宗教が超能力的なコトを売りにして信者を集めるみたいなことが今も昔もあるけれど、なんでそんなことに引きずられるんだー?と思う。仮に本当に何センチか宙に浮いたとしてもそんなこと別に役に立たないし普通にジャンプする方が簡単だし早いし。 今日の一曲『恋のダンスサイト』モーニング娘。
2009年03月15日
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テレビとか世間とかからバッシングされてるような人たち。大抵、私は嫌いじゃないんだよね(笑)みんなから嫌われてる人に肩入れしちゃうって所が自分にはあるんだけど、でも、そうなる前からいいと思ってたり、バッシング内容に疑問感じたりってことも多々あるので、自分って感覚的にズレてるのかもなって思う。それはともかくとして。私は、それまでさんざんもてはやしてたのが急に手のひら返したみたいにバッシング。ってことに、すごく抵抗を感じるんだけど、他の人は、こういうの、わりと平気なんだろうか。 今日の一曲『セロリ』山崎まさよし
2009年03月13日
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1993年。作詞:井上陽水/作曲・編曲:佐藤準。変な歌詞で意味わかんないのに、やけに気持ちが盛り上がってくる不思議加減が大好きです。というか意味不明の歌詞だからこそのスピード感なんですよね。妙に印象的な言葉が走る車の窓から見える景色のように現れては流れてく。「憧れは鮮やかなロンリーサマーシャドウに 夢見ているだけ 笑って」って所が好きです。文字にすると、なんだこりゃって感じなんですけど、好きを通り越して胸がきゅんと切なくなるくらいだったりします(笑) 今日の一曲『Make-up Shadow』井上陽水
2009年03月10日
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人と人との会話ってわりと一方通行で成り立ってるよなって思う。一方通行だから成り立つ、がっちり向かい合ったら成り立たない、みたいな所があるよなって。誠実さが少ない方がうまくいくなんて皮肉なものね。 今日の一曲『フォーク』スネオヘアー
2009年03月09日
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変わりたい所はなかなか変われないのに変わりたくなかったはずの所がいつのまにか変わっていたりする。なんなんだろう。 今日の一曲『春景色』レミオロメン
2009年03月08日
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私が今までで一番好きだったアニメはテレビの『銀河鉄道999』です。主人公の鉄郎と同じ10才の時に初めて見て、最高レベルで夢中になりました。マンガも読んだし、イラスト集だとか999百科なんて本も買っちゃったりと、かなり情熱を燃やしたけれど、鉄郎に恋・・・は、してなかったです。恋ではなくて鉄郎になった気分で見てました。『銀河鉄道999』は鉄郎が永遠の命の機械の体を手に入れるために謎の美女メーテルと一緒に終着駅のアンドロメダまで銀河鉄道で旅するお話。旅物語なので、当然、大きな流れ的には連続してますが、一つの星で一つの話、一話完結型の作りになっています。大体、到着した星の住人(大抵、問題を抱えている)との出会いを通して鉄郎がヒューマニズム的な何かを学んで、最後に哲学的なナレーションが入っておしまい、というパターン。今思えば、私にとって、この作りや世界観こそが、『銀河鉄道999』の大きな魅力だったのだと思います。ゴダイゴが主題歌を歌った映画版にいまいち入り込めなかったのはテレビ版のいつもの作り、世界観と違っていたから。当時、そのことに気づいていなくて単純に鉄郎の顔が違いすぎるからだと思い込んでいた私は、テレビ放映が終わってしばらく経ってからの映画第二作目『さよなら銀河鉄道999』の製作を知って、大喜びしました。首を長くして待って映画館に飛んで行きました。で、あれ?と思ったのでした。あれ?なんかいまいちピンと来ない。主題歌はすごく気に入ったんだけど・・・。そして『さよなら銀河鉄道999』は私にとっても、さよなら銀河鉄道999となりました。ちょうど子ども時代の終わり、大人の階段を上り始める年頃になっていました。もうアニメに夢中になるような年じゃないって気がしていました。そんなこんなで、この映画をきっかけに、私は、『銀河鉄道999』は私の少年の日の幻影・・・みたいな感じで、大好きだった、大切な思い出として、心の引き出しにしまいこんだのでした。さて、主題歌。外国人が英語で歌ってるのに、なぜか日本語のサヨナラという言葉が入ってる歌です。なんで日本語?と思いつつも、とてもきれいで、すごく好きな歌。どういうわけか私はずっと、どっかの売れない外国人歌手なんだろうなーと勝手に思い込んでいたのですが、随分後になって、有名な人だったと知りました。間抜けですね。 今日の一曲『SAYONARA』メアリー・マッグレガー
2009年03月05日
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1997年。作詞・作曲/斉藤和義。なまけもので、ゆるゆるテンションの私は、熱いエールにはいまいち乗ってけない。乗ってけないのであって嫌いなわけではないので、心がへろへろに弱ってる時だと感動することもあるんだけど通常の精神状態の時は「あいやあ」と変な声と変な笑いが出てしまう。バカにしてるわけじゃない。照れてるのだ。ちなみに極度に熱いエールは、意外と大丈夫だったりする。力技か。とにもかくにもこんな私の心にいついかなる時でもすーっとしみこんでくるのは、ぐだぐだしつつも前を向いているような歌。私は絶望したり諦めたりしがちなタイプじゃない。ガッツ方向にいまいち乗ってけない私は逆の方向にも乗ってけないのだ。それはそれで「そんなぁ・・・・・・ねえ?」みたいに、ひいてしまう。『進め なまけもの』は温度がちょうどいい。この曲を聴くと「よーし」と思う。ちょっくら枝から降りてみようかな、って気持ちにもなる。私みたいな人って実は結構いるんじゃないかと思う。この曲って『進研ゼミ」のコマーシャルに使われていたんだけど・・・うまいトコついてるよね(笑) 今日の一曲『進め なまけものよ』斉藤和義
2009年03月04日
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何かをしたり決めたりする際に「~って言われたくないから」「~って思われたくないから」って言う人って多い。私も人の反応は気になるけれど思われくないからこうするって意識は薄い。人の反応には興味あるし、変なふうに反応されてしまって、あちゃーと思うことはあるけれど、「こう思われたくないからこうしよう」という意味では、気にしていない。それでどうして自分は気にしないのかな?と考えてみたんだけど、たぶん、親が、何かっていうと「人からこう思われるよ」って言い方をする人たちだったからだと思う。あまりにも言われ過ぎたものだから、気にしてもしょうがないや、って感じになっちゃったというか。行き過ぎは逆効果になるってことの一例だね(笑)うちの親はいろんな部分で行き過ぎな所があったので、逆効果だったねーってことが他にもいろいろある。結果的にはそれはそれでまあいいんじゃない?って感じのことたちだったりするので深刻ではなくて、ただ、面白いもんだよなーと思う。親はまったく面白くないと思うけど。 今日の一曲『MOON』レベッカ
2009年03月03日
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1986年発売のアルバム『オーエスオーエス』収録。細野晴臣作詞・作曲・編曲です。このアルバムは私にとっての矢野顕子最高アルバムで全体的にとても素敵なアルバムなのですが、なかでも一番好きなのがこの曲『終りの季節』淡々と流れて行く感じの曲です。「朝焼けが燃えているので窓から招き入れると 笑いながら入り込んできて暗い顔を赤く染める それで救われる気持ち」心をかき乱すようなことがいっぱいで上手に眠れなかった日の朝って体中の感覚が、ぼんやりとよそよそしくて、機械仕掛けの人形になったみたいな心地です。けれど、ぎくしゃくしながらも開いたカーテンの向こう側から差し込む光を浴びて、思わず、目を細めた瞬間に、ふわりと戻るんです、生命力みたいなものがね。そんな時に私の頭の中に流れるのがこの曲。「それで救われる気持ち」ほんとだな、って思いながら、頭の中の歌声に、しばし身を委ねるのです。 今日の一曲『終りの季節』矢野顕子
2009年03月02日
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1985年。作詞:竹花いち子/作曲:亀井登志夫 /編曲:国吉良一/編曲:吉田建。この時期の山下久美子、すごく好きだったー。『こっちをお向きよソフィア』の頃は夏の色っぽい雰囲気でそれもまた好きではあったんだけどこの曲の頃には秋の色みたいな雰囲気になっててその方がもっと自分の好きな感じだったから。この曲の、歌い出しの「昨夜、私の恋が死んだよ」って歌詞が大好きだった。恋が死んだ、って感覚がね、いいなーと思ってて。死んでしまった恋がね、見抜いてもらえなかった嘘たちと一緒に空にのぼって星になるんだよ。そうして、その星が夜空に溶けていくのさ。ロマンチックじゃない?自縛霊みたいになってドロドロ漂ってるんじゃなくてすこーんと星になっちゃう。この歌の主人公はふられたことを受け入れてるんだよね。それは嘘をついたことの罰が当たった気でいるから、ではなくて(それも少しはあるだろうけど)嘘を見抜いてもらえなかったから、なんだと思う。他愛もない嘘を見抜くことができないくらい、私に興味がなかったんだね・・・っていう。主人公、心のどこかで試してたのかもしれない。「私のことを好きなら嘘を見抜けるはず」って。おねがい、見抜いて、って気持ちを抱きしめながら。 今日の一曲『星になった嘘』山下久美子
2009年03月01日
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