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急に寒くなった。何日か前から雪虫も飛び始めた。冬の始まりか。バス停でくしゃみをしてたら知らない人と目があった。「寒くなりましたね」話しかけられてそうですねって頷いたら「寂しいですね」って小さく笑った。そうですね。台風が来ているらしい。生まれたばかりの雪虫も季節の挟間の淡い感傷も大きな嵐に飲み込まれひっそりと散って行くんだろう。 今日の一曲「黄金の月」スガシカオ
2009年09月30日
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性格悪い人っていうのは心に余裕がないんだと思う。心に余裕がないと性格悪いふうになるというか。私も心に余裕がない時、性格悪くなる(笑)「この人、性格悪いな」と思わずにいられないことって結構あるけどよくよく相手を観察すると「どうやら 心に余裕がなくなってもおかしくない状態っぽいなー」ってことが見えてくる、大抵。そういう状態でも心の余裕を失わず性格悪くならないでいられる人もいるよ。そういう人こそ、真の人格者。尊敬すべき、お手本にすべき存在。でも、普通の人は、心に余裕がないと性格悪くなっちゃったりするものさ。誰かが誰かに性格悪いことをするとその誰かもまた心に余裕をなくして別の誰かに性格悪いことをする・・・なんて感じで、こういうことってのは巡っていく。一人一人が、なるべく、他人の心の余裕を奪わないようにすることが世の中全体の平穏に繋がってくんだと思う、結局。恋とか愛とかで相手の心の余裕を奪う、みたいなのは、ともかくとしてね。 今日の一曲「万華鏡」岩崎宏美 なんだかんだいって とてもきれいな歌だと思うし、好き。
2009年09月29日
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いつだったか、友達(女)の首から長い毛が生えてたことがあった。3センチくらいの白い毛。ゴミかと思って引っ張ったらイテテテテ。うわ、はえてるよ!本人、「いつのまに!」って、びっくりしてた。「こんなの、なかったはずだ」って。ああいうのってとっぴょうしもないスピードで伸びるのかな?ジャックと豆の木みたい。のぼれないけど、勢いだけは。友達、別の友達から「こういう毛は縁起がいいらしい」と言われて抜くのをやめたんだけど、いつのまにか消えてたらしい。いつのまにか現れいつのまにか消えて行った友達の首毛。縁起的にはどうだったのか、知らない。 今日の一曲「とまどい」GLAY
2009年09月28日
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滝を見るとどうしても「仙人」とか「修行」とかを思い出してしまう。イメージ的には中国の山の奥。北海道で滝を眺めながら中国の山の奥で修行する仙人を思い出すっていうのも変だけど思い出しちゃうものはしょうがない。仙人はねー子どもの頃、ほんわか憧れてた。人の最終段階の理想形、みたいに思ってて(笑)修行がきつそうだからなる気は微塵もなかったけど。ドラクエの仙人でちょっと夢が壊れたかな。「フォッフォッフォッ」って笑うしさ。フォッフォッフォッはアウトだね、自分的に。どうでもいいけど、どうしてアニメやマンガの、じいさんは、「~じゃよ」って言うんだろう。私、今まで生きて来て、「~じゃよ」って言う人に一回も会ったことないよ。 今日の一曲「モンキーマジック」ゴダイゴ
2009年09月27日
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東京、オリンピック、駄目だったね。テレビで「敗因は何か?」って、やってたけど、敗因っていうより、リオデジャネイロが強固な勝ち要素を持ってたからだろうよと思ったよ。なんといっても「初」だもの。むしろリオデジャネイロじゃなかったなら不自然だよ。アメリカはシカゴが駄目で国内で大ブーイングだってテレビが言ってたけど本当かな。残念がるならわかるけどブーイングって(笑)本当なら、たくましいな、アメリカ。リオデジャネイロといえばサンバ。サンバといえば私は「クレヨンしんちゃん」を連想する。それで、悲しくなった。 今日の一曲「年中夢中"I want you"」Puppy
2009年09月25日
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私はこの前の選挙で民主党に投票しなかった者なのですが。財源に困ってるなら裁判員制度をやめるとかどうでしょう?って思っていたりする。だって、全然いいと思わないんだもん、裁判員制度。陪審員制度ならまだしも。全然いいと思わないけど、やたらお金かかってそうだよなとは思う。あと、地デジ化。中止してほしい。必要ないと思うので。もし私が知らない絶対に必要な理由があるのなら延期してほしい。日本中の家庭のおおかたのアナログ放送受信テレビが壊れる頃まで。 今日の一曲「テレビの国からキラキラ」松本伊代
2009年09月24日
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北海道では熊といえば、ひぐま。私はずっと全国的にも、熊といえば、ひぐまなのだと思っていた。「体長1・4メートルの熊に襲われかけたが 立ち向かって撃退!」とかいうニュースを聞くと、熊撃退ってすごいなーと思いつつ、「それでも子熊だからなんとか撃退できたのだろうなー」とも思っていた。子熊、大人熊よりは性格的に撃退しやすいだろうから、ということで。しかし、本州にいるのは、「つきのわぐま」だったのだね。大人の、つきのわぐまの体長は1~1・5メートル。1・4メートルなら子熊じゃないね、立派な大人熊だよね。ちなみにひぐまは2~3メートル。大きさ的にあんなのに襲われたら瞬間的にあの世行き決定、って気がする。ひぐまは日本には北海道にしかいないと知った時は、びっくりした。ってことは「金太郎」の熊は、つきのわぐま?と思って。ずっと、ひぐまでイメージしてたから。童謡の「森のくまさん」の熊はどんな熊なのかな。のんきに一緒に歌ったり踊ったりしてるくらいだからひぐまでも、つきのわぐまでもない、もっと小さくて穏やかな種類の熊なのかもね。「くまのプーさん」もね。 今日の一曲「森の人々」戸川純
2009年09月23日
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私の母は「しつけ=体罰」という考え方。ぶん殴る。ぶん殴って言うことを聞かせる。恐怖政治です。なので私は母もそうやって育ったんだろうと思っていました。ところがなんと、母は親から体罰を受けたことが一回もないらしいのです。というか、誰からも暴力をふるわれたことがない。それを知った時、私は、そうか、母は、殴られた時の痛さや気持ちがわからないのか。加減もわからないのか。と思い、目の前が暗くなりました。 今日の一曲「JACK」エコーズ
2009年09月22日
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自信たっぷりに自分のことを常識人だと思ってる人。その人が振りかざしてる常識が全然常識じゃないってこと、たまにある。本当の意味で常識といえるのか?みたいな難しい話じゃなくて、「いや、それ、普通に、 世間の常識じゃないから」っていう勘違いパターンの。そういう時、困った気分になる。私は自分を常識人だと思っていないし、常識的であらねばという考え方でもないのに、話の流れ的、状況的に「それは常識じゃない。常識的にはこうだ」なんてふうに、常識を重要視してる人が言いそうな台詞を口にせざるを得なくて、なんで私がこんなことを言っちゃってるんだ?おいおい私にこんなこと言わせないでくれよーっていうか、常識人を自称するんだったらちゃんと常識を把握しとけよ、頼むよ、ほんと。みたいな困った気分になるのだった。 今日の一曲「リンダリンダ」ブルーハーツ
2009年09月21日
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今週、三日続けて、午前2時半過ぎに布団に入って、怖い感じの夢を見て、午前3時に目が覚める、ということがあった。怖い感じの夢は疲れてるからかな?と思う。午前3時に目が覚めるのは怖い夢のせいだろう。はっとして起きる感じだし。このへんは別にいいとして、私が気になるのは夢を見ている時間の短さ。長い夢なの。毎回、目が覚めて時計を見て、「え、30分もたってないの?」って不思議な気持ちになる。起きている時にあれだけの長さの映像を見ようと思ったら絶対に30分じゃ無理。夢を見てる時の脳の中ってどんなふうになっているんだろうね。異常な速度でデータを放出して、同時に、異常な速度で処理しているのかな。同じことを起きてる時にできたならすごいのになー。でも、これって、新しい情報が入って来ない状態だからできることなのかもしれないね。起きている時の脳ってつねにものすごい量の情報を入力&処理してるらしいから。 今日の一曲「トレイン」ケツメイシ
2009年09月20日
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小学校高学年から中学時代の自分が一番恥ずかしい。自意識過剰でしかもマグマ的にロマンチストで恥ずかしい。暑苦しい乙女っぷりが無駄に花開いている。あの頃書いた濃すぎるポエムはほんと、見たくもない。その延長で書いた卒業文集の自分のページも抹消してしまいたい。笑えればまだましなんだけどそこまで面白くないのが悲しい。卒業文集って、大人になってからも見るものなんでしょ?私は当然見てないけど。どこかの部屋で誰かが私のページを見ながら「うわ、こいつ、イタ過ぎない?」って言ってるのが目に見えるようだ。まったく変なもん、書いちゃったよ。 今日の一曲「卒業写真」荒井由実 写真も相当ひどいもんだったりする←卒業文集。 「うわ、さっきのイタい奴、しかもこの顔?」 って言われているのも目に見えるようだ。
2009年09月18日
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パソコンの近くに猫のポストカードが飾ってある。ブサイクな顔の猫。疲れたら見る。疲れてなくても何気に見る。くーっかわいい。見れば和む。和みながら、無意識に、猫の顔を真似てブサイクな顔をしていたりする。というわけでこの猫には随分と和ませてもらってるんだけど、どこのなんて名前の猫なのか知らない。こんなに世話になってるのに知らないなんてちょっと不思議な気がする。 今日の一曲「FOR MY LIFE」小泉今日子
2009年09月17日
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私は基本的に冷凍保存をしない派。冷凍食品はそれなりに使うけどね(笑)でも、自分で食材を冷凍することは、すごく少ない方だと思う。というのも、トラウマ(?)があって。母がなんでもかんでも冷凍したがる人で、私は、その、冷凍してた食材を食べるたび、クソまずいなーと思っていたからなのさ。匂いがね。冷凍庫&ラップとかのビニールくささが本当、ダメ。小学校の頃、一時期、うちの朝食は毎朝パンだった。食パンにマーガリン。冷凍してた食パンの、まずいこと、まずいこと。朝っぱらから苦行さ。母、おそらく、しっかり密封してなかったんだろうし、今の冷凍庫は昔よかずっと機能的に良くなってることもわかっているんだけど、でも、私、冷凍保存って考えただけで、鼻の奥に、かつてさんざん吸い込んだあの匂いがふわーっと蘇ってしまう。冷凍食品はね、一回開けたらもう冷凍庫に戻さないの。一度に使いきるか、どうしても余ったら冷蔵庫に入れてさっさか食べることにしてる。続けて同じものを食べるのは自分にとって、全然、苦じゃないしね。 今日の一曲「CRAZY GONNA CRAZY」TRF
2009年09月16日
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両親、叔父、祖母と身近な大人たちがみんな大の「お笑い好き」だったので、私は物心ついた頃からお笑い系の番組(&映画)見まくりで育った。現在、私が、いちいちおどけたがるのも、日常の会話ですらボケ、ツッコミ、オチに対して「あって当たり前」という感覚なのも、きっと、そのせいに違いない。ちなみに、それぞれのお気に入り代表は、父 「男はつらいよ」「若大将シリーズ」 「森繁の社長シリーズ」「植木等の無責任男シリーズ」 ハナ肇、三波伸介が出てるテレビ。 「スタードッキリまる秘報告」「ラブアタック」 「プロ野球好プレー珍プレー」「テレビジョッキー」母 「笑って笑って60分」「見ごろ食べごろ笑いごろ」 「カックラキン大放送」「8時だよ全員集合」 「ドリフの大爆笑」「欽ドン!」「欽どこ」 「お笑いスター誕生」「ムー一族」「時間ですよ」叔父 「笑点」大の落語好き。 和田アキ子、せんだみつおの出てるテレビ。祖母 藤山寛美の大ファン。 その他、漫才&演芸番組。 私が、大人とは別に一人でお笑い番組を見るようになったのは小学校高学年の時に来た漫才ブームの頃から。「俺たちひょうきん族」とか見てた。という子ども時代(中学以前)を送った私。この間、ふと、結局、誰のどの番組が一番、自分のツボにはまってたかな?と思った。「全員集合」「ひょうきん族」はもちろん面白かったけど爆笑はそんなにしてなかった気がする。爆笑してたのは・・・萩本欽一、欽ちゃん。そうなのだ、当時の私のツボは、欽ちゃんの笑いだったのだ。今、私は、「欽ちゃんの仮装大賞」が大嫌いなんだけどね(笑) 今日の一曲「もしも明日が」わらべ この曲がヒットしたのは中学の頃なのですが。
2009年09月15日
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うちの両親、そろいもそろってものすごく気難しい性格で。いつも誰かを責めています。腹を立てて責めることも多いですが、ただ単に責めてることも多いです。人の間違いとかね。そのせいで迷惑をかけられたのならともかく、そうじゃなくても責めます。「バカ」「考えなし」「気がきかない」など人としてのレベル路線で。たとえば、私が道で転んだとします。誰にも迷惑かけてません。私が痛いだけです。それを見て、うちの親は、人としてのレベル路線で責めてくるわけです。おちおち転んでもいられません。揚げ足をとるのも好きです。つねに揚げ足とれそうなネタを見つけようと聞き耳立ててるような感じです。普通なら誰も揚げ足とらないような発言に対しても「お前が言ったその言葉、 どういう意味の言葉か、言ってみろ」とつっこみます。「聞かれて説明できないような言葉を しゃあしゃあと使うなんて・・・ まったく呆れてしまう」と言いたいからです。ちなみに、ちゃんと説明できた場合は、説明する際の言葉使い、表情や態度などに責めの範囲を広げます。「生意気」「反抗的」とかなんとかね。目の前にいる相手に対してだけではありません。車の中から通りすがりの人のことを、自宅のお茶の間からブラウン管の向こう側の人のことを責めています。私が「うちの親って、人を、 やむを得ず責めているのではなく 責めたくて責めているのでは?」と思うようになったのは、小学生の時です。しかし、そんなふうに思ったからといって平気になるというものではありません。気分が悪いことには変わりないしからまれているようなものなだけに受け答えすることに面倒くささを感じる。気が重い。ま、とにかく、人を責めてばかりの人間と一緒にいるとくたびれます。彼らはどうして人を責めてばかりなのか。被害者気分に浸るのが好き、優越感に浸るのが好きって所でしょうか。「自分は悪くない」「自分は正しい」って思っていたくてたまらないとか。裏を返せば、認めてもらえていないってことなのかもしれません。認めてくれる人に恵まれない人生を送ってきた、または現在も送っている。そのことに大きな不満を感じている。というのが「人を責める」ということに繋がっている。だとすれば、認めることで事態が好転するのでは?認めるべきところは、ちゃんと言葉にして認めるよう、心がけるようになってから、うちの両親は、私に対しては責める回数が激減しました。転んだら「怪我はないか?」と言ってくれるようになりました(笑) 今日の一曲「いつか冷たい雨が」イルカ
2009年09月14日
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本気で求めた願いは叶う。神様からのプレゼントだ。残念なことに大抵は忘れた頃に贈られて来る。1月のクリスマスプレゼント、3月のバレンタインチョコレート。そのくらいのタイムラグなら可愛いものだ。10年も20年も遅れて届くことだって珍しくない。仕方ない、神様の時間は人間と違う速度で流れているんだもの。 今日の一曲「スカートの砂」UA
2009年09月13日
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酒井法子の騒ぎをテレビで見ながら一番たくさん思ったことは「世間のイメージでは 酒井法子って『まじめな清純派』だったのか」ってことだった。私はそういうイメージ持ってなかった。だからって逆のイメージもなかったけど。まじめかどうかっていったら普通、清純派かどうかっていったら普通、って感じで、それよか、不思議感が目についていたというか。そもそものりP語みたいなバカっぽい喋り方をしてる時のやけに冷めた目つきが不思議だったんだけど、のりP語をあんまり使わなくなってからもやってること言ってることと、その時の表情とが合ってないなと思うことがよくあったから、どういう人なのかつかめないなー不思議な人だなーって思ってた。他意はなく、ただ、不思議な人だなーって。だけど世間では「まじめな清純派」のイメージだったんだね。自分ってやっぱりズレてるのかも・・・と思った。それはともかく、イメージがいいっていうのもたいへんだよね。勝手に良いイメージ抱いておいてイメージ崩されたら怒るんだよな。悪いことして叩かれるのは当然だけどね。 今日の一曲「ALL RIGHT」酒井法子 タイミング的に不謹慎なタイトルだけど、私は、 酒井法子の歌の中で、この歌が一番好きなのさ。
2009年09月11日
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普段の自分。趣味とか好き嫌いとか行動とかの誰にも迷惑かけない類の個人的なことで批判や否定っぽいことを言われたりした時の対応。笑顔で頷きながら「あー」「ねー」「はー」「まー」などと相槌を打ちながら、ただ、聞く。自己主張しないな。意味ある言葉自体、言わない感じ。せいぜい、相手が言ったことを繰り返すくらい。「変だよ」って言われたら「変だよねー、ねー」「なんでそうなの?」って言われたら「なんでだろうねー、ほんとにねー」「わけわかんない」って言われたら「そうだよねー、わけわかんないよねー」逆らったりくってかかったりもしないな。自己主張もだけど、我慢してるんじゃなくて、自然に、その気がない。どうする気もない。面白い会話になりそうだったら面白い会話目的でいろいろ喋るけど、相手にそういうつもりがないなら、自分としてはどうする気もないんだから特に話すこともないっていうか。合わないなら合わないで平行線で構わないでしょって思う。趣味だのなんだのの誰に迷惑をかけるわけでもない個人のことは。 今日の一曲「ロデオ」スネオヘアー
2009年09月10日
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自分のために読んだ本を記録しておくといいわね、と思って書き始めてみたものの、読む量が半端じゃないので重荷になっちゃった。誰か代わりに書いてくれればいいのに。不可能か。私って、ほんと、マメじゃない。よく思う、なにごとも制するのはマメな人よねって。恋愛とか友情とかなんだかんだの人間関係でも、うまくいくのはマメな人じゃない?マメじゃない人がうまくいくのは相手がマメを求めてない時しかない気がする。私はマメを求めてない人が好きだからそんなに不都合感じてないけど。人間関係以外の所では不都合感じてる。すごく感じてる(笑)でも、マメっていうのも、才能だよね。才能、生まれ持った能力。私には全然ないよ、この才能。できれば欲しかった。 今日の一曲「星屑のステージ」チェッカーズ
2009年09月09日
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テレビで「9月の『老人の日』」って言ってた。9月は敬老の日じゃなかったっけ。私は敬老の日は敬老の日って名前のまま、ハッピーマンデーで、日にちだけズレたんだよねーと思ってたんだけど、名前自体、変わったのかー?それとも、アナウンサーが間違っただけかな。それならいいんだけど。どう考えても老人の日より敬老の日の方が良い名前だと思う。意味、変わっちゃってるし。ハッピーマンデーもなー。この言い方、なんか違和感。しあわせな月曜日って・・・。 今日の一曲「月曜日はシックシック」三井比佐子
2009年09月08日
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汚くはなかったけれどプレハブみたいな粗末な作りの家の、物が少なくて、がらんとした部屋に住んでいた。その部屋で傷の手当をしてもらった記憶がある。幼い頃の記憶だ。記憶のキーワードは「赤チンキ」昔、赤チンキという薬があった。傷につける薬だったから消毒薬だったんだと思う。私はこの薬が大嫌いだった。血のような赤い色が怖かったのだ。母によると、私は、赤チンキをつけたことがないらしい。どういうわけか母はこのエピソードが気に入っているらしく、いまだに、あんたときたら赤チンキを見ただけで猛烈に暴れて逃げ回るから使えなかったのだと笑いながら言う。だけど私には赤チンキをつけられた記憶が、一回だけ、あるのだ。プレハブみたいな家の物が少なくて、がらんとした部屋で。その時に限って拒みきれなかったのは怪我が特にひどかったからだ。暴れて逃げ回る元気を失っていた。「唯一の赤チンキ体験」ということで残っている記憶。子ども時代から何度となく思い出してきた記憶。数日前にも思いだした。家を出るなり砂利道で転んでよろよろと引き返した自分、木製の救急箱、赤チンキ、母の顔、がらんとした部屋、小さめのテレビと冷蔵庫、窓から見えた景色。いつものように数珠つなぎで瞼の裏に浮かんでくる映像に浸っていた私の心に、ふと、これまで感じたことなかった疑問が生まれた。そういえば、あの家は、どこなんだ?今までずっと、深く考えずに、あの家に住んでいたと思っていたけれど、よく考えてみたら、それはおかしいのだ。物心ついてから親が離婚するまで同じ家に住んでいた。次に住んだのは母の職場の職員寮。どう考えても、私の子ども時代には、あの家で生活していた時間が入る隙間がない。母に尋ねてみたら、そんな家には住んだことがないと断言された。それなら、誰か、母の知り合いの家に滞在していたのを誤って記憶していたのかも。しかし、母は、それについても心あたりがまったくないと言う。母は極端に友人が少ない。そんなことがあったら忘れているわけがない。じゃあ、あの家は・・・?ちょっと待てよ。そもそも、母は、「あんたは赤チンキをつけたことがない」と覚えているわけで。ってことは私の記憶が間違っている・・・?あの家に住んでいないし入ったこともない、家自体、存在していない、赤チンキもつけたことがないというのが真実なのか?こんなにもくっきりと覚えているのに?こんなにも繰り返し思い出してきた記憶なのに?そんなバカな。ひょっとして、私は、幼い頃に見た夢を、現実のものとして記憶しているのだろうか。それとも、すべて幻か。 今日の一曲「すみれSeptember Love」一風堂
2009年09月07日
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怒った時に、「出てけ」とか「やめちまえ」とか言う人って、よくいますね。言葉通りのことを望んでるんじゃなくて「そんなこと言わないで」と、すがって来られることを、望んでいる。私、こういう時、つい、「わかった」って言ってしまうんです。怒られてあわわわって感じになってるので、素の自分になってしまうというか。素の自分・・・言葉をそのまま受け取る自分。そもそも、あわわわってなってなくても困惑しちゃう自分なのですが、冷静な時は困惑が何も返事できないって反応になるんです。しかし、あわわわって時はあせってるだけに、即答。「わかった」何も返事できない方がまだましな結果に繋がります・・・。「そんなこと言わないで」って言えないんですよね、私。ただでさえ怒らせちゃったのにそのうえお願いなんてとんでもないって意識が強くてそういう発想ができないというか。「わかった」っていうのはね、自分としては、怒らせちゃったんだからせめてもの償いとして相手の言うとおりにしようって気持ちがあって出てくる台詞なんですよ。でも、相手は、そういうふうに受け取りません。反抗的と受け取って怒り倍増です。反抗心なんて、ないのに。私の場合、反抗心がある時には、「いやだ」って言います。「わかった」なんて言わないんです。「わかんない」だったら言うけどね。こういう時にね、心が目に見えたらいいのにって思うんですよ。自分の心を見せることができたなら、誤解で怒らせなくて済むのになーって。 今日の一曲「魔法の鏡」荒井由実
2009年09月06日
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この夏、地元北海道の高校が甲子園で野球の試合をしていた時、私はタクシーに乗っていた。試合中継のラジオが流れる車内。一喜一憂する運転手さん。「野球はいいねえ」と話しかけられたので「そうですねえ」と答えたら、「俺ね、ただの素人じゃないの、 高校まで野球やってたからさー」「そうなんですかー」「うん。でもね、俺、 柔道の才能があってね・・・」「へえ」「かけもちしてたんだけど 結局、野球やめて柔道に専念したわけ。 オリンピックの強化訓練にも参加したんだよ」「すごいですねー」「あ、知ってる? 人って首しめたら意識とぶんだよ、気絶すんの。 そのままほっといたら死ぬんだよ。 ま、無理やり起こすんだけどねー」「・・・」「俺、首しめるのが大好きでさ、 試合のたんびに相手を気絶させてたんだよね」「試合のたんびに・・・」「コーチからは、 いいかげんにしろって言われてたけど、 人、半殺しにするのが面白くってさー 知らん顔して、首、しめまくってたわ」こういう感覚の人がふつうの人として世の中にいるってことにぞぞっとしました。 今日の一曲「それから」爆風スランプ
2009年09月04日
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成型肉ってありますよね。普通の肉じゃなくて固めて作った加工肉。私は、この、「成型肉」という文字を見ると、犬を連想してしまいます。成犬の「成」大型犬、小型犬の「型」犬関係の言葉で使われてる漢字二つがくっついてるからです。秋田犬みたいな感じの犬がぶんぶん尻尾を振ってる姿がちらついてしまいます。なので食欲なくします。犬を食べる食文化を否定する気はないけど(豚や牛を食べるのは良くて 犬を食べるのは悪いっていうのは 理屈としておかしいし、そもそも、 否定していいような資格が自分にはない)単純に、感情的な問題として、自分は食べたくないので。なんで私は豚や牛なら平気で食べられるのに犬は食べられないのか。日常的に接してるかどうかの違いです。もしか毎日のように生きてる豚や牛を見ていたら、豚や牛も食べられなくなるだろうと思います。(ヒヨコを飼って 鶏肉を食べられなくなった経験があります。 克服するのに何年か、かかりました)こういうところ、自分は、弱くてずるいなーと思うんですけどね。 今日の一曲「FOR YOU」宇多田ヒカル
2009年09月03日
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小さい頃、いじめられっ子だったんです。小学校2年の春に自分を変えました。運も悪くなかったんだと思います。それからはいじめられたってほどの目にはあっていません。いじめられっ子だった頃、私は、いじめという行為そのものを憎んでいました。「私は絶対いじめという行為と仲良くしないんだ」そして自分を攻撃してくる人たちに対して「私はこういう人間にならない」「こういう人間を好きにならない」 って思っていました。完全否定することが自分なりの仕返しだったのです。「こういう人がいてくれたら・・・」ということもよく考えました。やがて自分がそういう人になろうと思うようになりました。これらの気持ちはいじめられない側に行ってからも、そして、大人になった今でも、消えていません。消えそうになると、あの頃の私が「私を裏切らないで」って言う声が聞こえて来るのです。 今日の一曲「アオイソラ」スネオヘアー
2009年09月02日
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自分が話す時は「相手が理解しやすいように」聞く時は「理解しようと努める」立場も上下も関係なく、お互いが、相手の足りない分を補うべきものだと思う。会話って。一人が心がけててもうまくいかないんだよね。お互いじゃなくちゃ。 今日の一曲「ユビサキから世界を」アンダーグラフ
2009年09月01日
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