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アキヲでゴールデンウィーク、美術館へ出かけたら、帰りにアキヲがいた。ね、やっぱりアキヲは待っててくれてる。私が早く連休終わってって思ってるから。アキヲ、いいとこ座ったね(笑)平成の終わりはアキヲで〆ましょう。
2019/04/30
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孤独は心を狭くするわ「言い合いしたのも無駄だったな。戦争中は、無駄な言い合いばかりしているもんさ」「眠れねえんですか?」「うん」「あっしも眠れねえんで」「いっぺんにあまりたくさん運ぼうとしちゃいけない」「やがて持つべきあらゆる知識は準備されていて、それについて知らねばならないすべてのことは、はたから教えなくてもそれぞれに習ってゆくものである」「なんとなれば死ねば万人の違いはなくなり、すべて平等になるからである」「つまり、二つのうち一つしか、なりようがないんだ」「生きとし生けるかぎりは堪えなければならぬ諸々(もろもろ)の災いのこと」「正直にいうけれども、僕は少々ぐらつくこともある。時には希望を持つけれども、時には ー 絶望とまではいかないが、それに近くなることもある。僕は」「時はどんどん経ちます」「すべて別れというものは、いつか必ずやって来る人生最後の別離を、予感させるものがある」「必要以上に気を病んではいけません。それ、進め!」
2019/04/29
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ランドセル来年小学生になるもんたともんじ。そろそろランドセルを探さないとねという話になっているらしく、二人はワクワクだ。先日、妹とランチを食べに行った時、ランドセルのパンフレットだけ欲しいから付いてきてほしいと言われ、その業界では老舗と呼ばれるあるお店へ行った。すると、もう、大賑わい!休日ということもあっただろうけど、人がひしめき合うほどで、まだ4月で入学なんて1年も先なのに早過ぎやしないかと、私は唖然だった。どうやら、消費税増税が実情らしい。みんな、結構値の張る買い物は9月中に済ませたいという考えらしく(安くても6万円弱でした…)、ここのランドセルはセミオーダーなので、仕上がるまで時間がかかるということで今こんなにも混むのである。話を戻して、さて。妹が何色がいい?と聞くと、もんじは黒。うん、おばさんももんじはそう言うと思う。もんたは?しばらく沈黙したのち、しっかとした口調で、…キャラメル色。ぷ。理由はキャラメルが好きだから。ぷぷ。いっちょまえじゃありませんか(笑)私はおかしくって笑いが止まらない。いいね、楽しいね、ランドセルの方が大きいだろうけどね。
2019/04/28
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ついについに始まってしまった10連休。まぁ、美術館ぐらいは行こうかな。あとは喫茶店かな。早く終わってくれないかな。
2019/04/27
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春のお散歩お花が咲き誇っている。色とりどりの可愛らしいお花たちを見ていると、写真を撮らずにはいられない。大ぶりなものより小ぶりのものの方が好き。繊細なもの、そして俯き加減のお花は楚々としてとても愛らしいと思う。次はフジを見に行きたい。葡萄のように下に垂れ下がるものも情緒があってうっとりする。シャガ。大好きなお花。すずらん。これも本当にかわいい。そしておまけ(笑)今年こそ蛙さんを撮りたい!
2019/04/26
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続・もんじの問題前途多難…とでも言いましょうか。もんじの問題はかなり深刻な状況に陥っています。もんじはアトピーで、赤ちゃんの頃は以前の私自身を見ているかのようにひどいものでした。アレルギー体質は受け継ぐだろうことはわかっていましたが、ここまでひどいとは思いもよらず、全身ボッロボロ、小さな手でひたすらにかきむしる様は見ていられないほどでした。でも、入院して集中的に治療し、今も医者に通って塗り薬は毎日塗り続け、まぁ抑えているだけですがもんじはとっても元気になりました。が、今年に入ってもんじの問題が発生。4月からは平常に戻れると期待していたのにもかかわらず、望みはあっけなく砕け散り、来年の3月の卒園までそれは続くこととなりました。最近では、外食をしたり、惣菜など外で買ってきた物を食べると発疹が出るそうです。もんじは体は小粒だけれど、食べることは大好きで、今までそんな話は聞いたこともありません。おそらく免疫力が落ちているのでしょう。妹はまた医者に相談に行くと言いますが、それは根本的解決にはなりません。もんじの心の原因を取り除いてあげないと。それは要するに「怖い先生」なのです。妹自身も調子が悪いそうです。確か10年ほど前だったか顎が外れたことがあったのですが、それ以来マウスピースをはめて寝ています。それが最近になってまた外れ、なんとかはめてもらったもののどうも調子が優れず歯科へ行ってみると、なんと両方の軟骨が外れたままになっているとか。まず左だけをはめてもらい、次に右もはめようとしたらまた左が外れそうなので、右は一旦見送りとなり、しばらく通院するそうです。そんなことってあるのですね。私は原因はストレスだとしか思えないのですが、なんだかじわじわと嫌な方向へ進んでいっているような気がするのは私だけでしょうか。連休は何やら楽しい予定を立てているようです。もんじも妹も思う存分パァッと遊んで元気になってほしいと思います。因みにもんたは元気です。もんたの方が生まれつき強いのだと思います。私たち姉妹と置き換えると、もんたは妹自身、もんじは私。妹は、親という立場からもんじを通して姉である私という一人の人間を垣間見ているようでした。
2019/04/25
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男の子庭園のある美術館へ行った。私の好む美術館はあまり人は来ない、とこれは決まりきったことなので、庭園も独り占めし、ボーッとベンチに腰掛けて春の陽射しを感じていた。すると、脇目も振らずに小学生の男の子が一人こちらへ来る。躊躇うことなく私の横にちょこんと座り、「こんにちは」と言う。少し驚いたが、笑顔で「こんにちは」。そこからはまるで気のおけない友達のような会話をしてしまった。どうやらその男の子はすぐ近所に住んでいるようで、度々訪れているらしい。庭園には無料で入れるのかよくわからないが、勝手知ったる他人の庭、という感じだった。その日は土曜日だったので、家にいても両親はスマホばかりで退屈、一人ふらりとここへやって来ると暇つぶしにはもってこいの私という鴨がいた、という具合らしかった。おかっぱ頭の、お世辞にも決して男っぷりがいいとは言えなかったが、口調や纏う雰囲気はまるで大人で、妙に悟った様にはハッと驚かされる。私なんかより物事を遥かに次元の違うところから見ていて、その日家に帰ってからも「あの子は幻だったんじゃ…?「今」という変化の時を迎えている私に何か伝えたいことがあって現れたんじゃ…」と思ってしまうほどだった。30分ほど二人きりで語り合った。そろそろおうちの人が心配するから帰った方がいいよと言うと、そこは素直に聞き入れて、子ども特有の何度も手を振り振り去って行ったのだが、うーん、やっぱり不思議な体験だった。だって、「人生は心臓の鼓動と一緒だね、上がったり下がったり」とか、鳥は空を飛べていいねと言う私に対して「翼をくださいってこと?」と言うのですよ!一緒に見上げた空。またどこかで会えるかな?
2019/04/24
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「かわいいね」って急に妹から連絡があり、ランチを食べに行った。なんでも、約束していた友達の子どもが風邪を引いたとかでキャンセルになったので、万年暇人の私に白羽の矢が立ったのだった。何やら買い物がしたかったらしく、お付き合いさせていただいた。と、思った以上に買い物していた。化粧品にアクセサリーに手土産に晩ご飯に、あれやこれや両手に抱え切れないほどのとんでもない大荷物で帰っていった。連休には大勢で遊びに行く予定があるようで、新しいものを纏って友達に自慢して「かわいいね」って言ってもらいたいらしかった。まぁ、目的が達せられたようでよかった。私は疲れたけど。
2019/04/23
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年と9ヶ月。頭。顔。首。耳。手。背中。腕。股。一向に項目は減らない…。湿疹は目に見えて良くなっているけど、どうしても焦りが出てしまう。一つでも項目が減ってくれればこんなにうれしいことはないのにな。でもね、自分でもがんばってるってわかってる。完全にステロイド辞められたもん。医者通いも断ったもん。gwが近付いてきた。私の苦手な世間が浮かれに浮かれる非現実。長過ぎる、10日間なんて。どうやって過ごしたもんか…。もう少し近くなると、もっと悶々とするんだろうな。そして、いろいろなものがじわりじわりと値上がりしている。えっと10月だっけ、消費税10%は。急に暑くなった。体がだるい。頭が痛い。日傘を差している人もちらほら見かけるようになり、一気に夏という季節が見えてきた。久しぶりに妹とご飯を食べに行った。蛙さんが鳴いた♪
2019/04/22
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気長に待つことだ。今に分るよ。「僕はこのとおり、物事が起るままに、子供みたいに全部受け入れて、満足しているんです、」「そういう時が来たら、『おれはお母さんの髪の毛一本、白くさせたことはなかった ー おれはお母さんの顔に、悲しみの皺一筋、つけたことはなかった!』と思うことができるようにするんだ」「このきりのない階段は ー どこまでも、どこまでも続いて、天までとどいているのよ、きっと!」「二人が別れ別れの道を歩んだとしても、その道の終点にたどりついた時には、お会いできることでしょう」「この世にはわざわいと幸福がまじり合っているんですねえ」「どんなに貧しくつつましくとも、自分の選んだ道を歩み、自分の義務を果して」「うなだれた頭、かみ切った爪、いつも下ばかり見ている目、重い足、あてもなく夢を見ているような態度の人間にとっては、人生は苦汁にみち、その善性はじりじりとむしばまれてゆくのだ」「死ぬのって、苦しいの、パパ」「いや、そんなに苦しくはないと思うよ」「怒りと恐怖と恥辱。この三つが互いに先を争っている」「世の中っていうものは、とかく不公平に出来ているもんですから、愚痴はこぼしっこなしですよ」
2019/04/21
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こういうものぞ!前回読んだ小説があまりに駄作で、いえ、これを小説と呼べるのかも疑わしき代物だったのだが、今読んでいる小説はすこぶるおもしろい。家で読んでいる長編も、外出時に持ち歩いている短編も、どちらも、そう、これなのよこれ!あゝ、私の愛する小説とはこういうものぞ!ど〜こだ?
2019/04/20
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電動ノコギリつづき。なるほど、電動ノコギリで家具を解体か…。要するに小さくすればいいのだな。当たり前のことだろうが、私には目から鱗だった。ん?ネジやらで組み立ててあるのならそれを外せばいいのでは?いやいや、それなら引っ越してきた時にバラバラにした状態で運び入れていたはずだ。一気に気持ちが動き、初心者でも女性でも使えそうな電動ノコギリを手に入れようと決心する。そんなもの買おうなんて考えたことなどなかったから、相場も何もちんぷんかんぷんだったが、意外と高いらしいことだけはわかった。中古で買って、使い終わったらすぐ売ろう。一人考え、こういう結論に至る。すぐに手に入った。うーん、いつ決行か。根の生えた尻を上げねばならぬ。最大の勇気と勢いが必要らしかった。さ、いよいよ明日やるぞ!母は一日中外出だ!心決めて就寝し、大げさだけど、こんなことしたこともないもんだから、なんだか緊張する。音がかなり大きいらしいから、午前中の内にサッサと終わらせたい。何に一番時間を割いたかって、机をどういう方向に置いてどういう向きにどう切るかっていうこと。両手を腰に当て、じっと学習机とにらめっこしながら、頭の中でああでもないこうでもないと唸り唸り考える。なんとかかんとか、最小限の時間と労力であろうベスト方法を編み出し、軍手をはめて慣れない手付きで刃を装着。できるのかしら?今もし地震が来たら?ケガでもしたら一生ピアノ弾けないんじゃ?ピアノなんてもう弾いていないのに、なぜかそんな心配が過る。ふふ。電源を入れてみた。めちゃくちゃ音が大きい。日頃無音の中で生きている私にとっては、この上ない爆音だった。取扱説明書だけは熟読済みだったので、イメージで動かし方は把握していた。騒音の中、いざ始めてみる。是が非でもやらなくては。今日というタイミングを逃してはたぶんもうできまい。机を一つ、そしてもう一つ。作業すること15分ほどか。解体というか、真っ二つにぶった斬る!まだ肌寒い季節なのに、汗が噴き出す。濡れ雑巾のようになってなんとか解体終了。心臓がドキドキする。両腕は震える。後は何度も往復して玄関から外へ放り出した。爽快!!できるじゃない!私にだって!やってみればなんてことはない。さっきまでの私なぞどこにもいなかったかのように、スーッと平常に戻った。ありがとう、学習机。あゝ疲れた。もう二度としない。慣れないことはするもんじゃないわ。電動ノコギリは次に必要としている方に譲ろう。
2019/04/19
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電動ノコギリ趣味嗜好とかって、いくら歳を重ねても根底にあるものは変わらないけど、それでもやっぱり、年齢や環境や何かそういう諸々の諸事情によって刻々と変わるものだと思う。それは、急に、来る。ふと、何かが違う、と感じる。今まで心地良くてほんに過ごしやすかった部屋でさえも。ある日突然それは訪れた。私の部屋は、もともと妹との二人部屋で、学習机を仲良く隣に並べ、タンスやクローゼットもすべて共有、布団も並べて敷いていた。プライベートなんてものは一切なし。服も貸したり借りたり。さて、妹が結婚した。妹の物だけが部屋から持ち去られた。ちょうど病気を発病したすぐ後のことだったので、何かこう、身辺整理をしたくなって、便乗して私も一気に片付けた。私には時間は掃いて捨てるほどあった。まぁ見事に処分した。捨てに捨てた。当時の持ち物の8割は減ったと思う。が、妹の学習机だけはどうしても処分できず、というのも、この家に引っ越して来た時に、大き過ぎて玄関からは入れることができずベランダから入れたのであった。まったく同じ私自身の学習机もあり、私一人の部屋に机なんて二つもいらないし、第一使わない。妹はいつでも処分していいと言う。いや、そうは言ってもできないのだよ。そうやって7、8年が過ぎた。大掃除する度に、覚束ない足元になって少しずつズリズリと引きずってから床掃除をする。そしてまたズリズリ戻す。いい加減どうにかしたいものだという気持ちが年々募っていたが、でもどうすることもできないし、妹自身は丸投げなので、他人事甚だしき。もしかして父がいたら、一緒に片付けられたかもしれない。そう、それはついに来たのである。どうしても、これを、処分、し、た、い。しかも、あまりに時代にそぐわない現実的でない重さの私の分までも。さすがにもういいんじゃないかしら、この歳になって「学習机」は。条件は、何が何でも私一人で処分すること。これしかないし、これをできるのは今しかないような気さえするようになっていった(平成も終わるしさ)。ということで、今はDIYが流行っているらしいのでネットで調べてみることにする。女性でもみなさん逞しくいろいろと作っていらっしゃって、いやはやすごい。強い、明らかに女性の方が。と、そんな時、電動ノコギリというものを発見する。そして、大きな家具を解体して粗大ゴミとして出したという記事に行き着く。つづく。
2019/04/18
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〜から。ある小説を読了。この小説から学べたことは一つもなかった。ただただ長かった。退屈だった。結局内容はさっぱりわからなかった。そもそもこの物語に筋はあったのか?ある意味記憶に残る。まぁ、こういう小説もあるということだ。時間の無駄だったとは思いたくないから。
2019/04/17
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立ちどまってはいかん「物事にはすべて時機というものがあり、君の時機はまだ去っていない ー むしろ、今こそ機が満ちたのだ」「なにしろ他人の肚(はら)の中へ入りこんで、考えていることを残らず探り出すなどということはできない相談である」「彼の主義方式の根柢は主として厳格という点にあった」「なんて期待はずれの人生なんでしょう!」「実際、不条理というものはどこにもあり勝ちなことだから ー 」「何事も永続きのしないのが世の習いで、どんな喜びもつぎの瞬間にはもうそれほどではなくなり、更にそのつぎにはいっそう気がぬけて、やがて何時とはなしに平常(ふだん)の心持に還元してしまう」「テラスの上の日時計は何世紀ものあいだ、黙々として「時」を記録しつづけて来て、この「時」自体が屋敷や土地とまったく同じように、代々の◯家の主人の ー 生きているかぎり ー 持ち物なのである」「僕には、なにかをしようという意志がない ー 『しないつもり』もない ー ただ『できない』があるばかりだ」「人の一生が実に短いものであること、心の中で考えればほんの小さな空間になってしまうこと、」
2019/04/16
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執着自分の部屋が大好きである。何年もかけて心地いい空間を作りあげた。以前は物で溢れかえっていたけど、今は殺風景。爽やかな風が通り、夏は暑いけどちゃんと燦々と陽が入る。滞りなく空気が循環していることが感じられ、息詰まることもない。今ようやく思えることは、執着していた物ほど処分した後は妙に快感を感じるし、そもそもなんでそれにそこまで執着していたのか甚だ疑問だし、そういう物ほど一旦処分してみればもう思い返すこともない、ということらしい。ちょこちょこ模様替えしたり、掃除をすることも楽しい。今の環境は天と地がひっくり返っても変えられないのだから。
2019/04/15
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感慨深いびっくりするほど背中がぶり返していて、まるで燃えたぎるようだったけど、なぜか少し落ち着きました。なんだったんだろう、あれは。そして、えー、ようやく左腕が9割方治りました。右腕はまだもう少しかかりそうですが、なんだか感慨深いです。素直にうれしいの一語に尽きます。40歳までの完治を目標にしていますが、叶うかな?ちょっと葉桜だけど、記念に今年の桜を残しておきましょう♪みなさん、gwどう過ごすの?
2019/04/14
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例えば、例えば、新しい下着を買って使い始める時。いろいろと忙しい。まず、タグをきれいに切り取る。そして、隅々まで縫製を見て、糸が飛び出ていたりしたら、そこも切り取る。肌が弱いので、そういう事前準備は必須なのである。実際に着てみて、縫い目がチクチク痛いとか、ちょっとかゆいとか、いじいじするとか、どこか違和感を感じたら、とりあえずは一度水通しをしてみる。それでも改善されなければ、裏返して着ることにする。これは買う段階ではわからないことなので、仕方ないと諦めて、もう次は買わないことにする。となると、なかなか自分に合うものというのは限られるので、一度買って良いと思ったら、それを着続ける。が、私自身も変わる。これまでほんに着心地の良かったものでも、なぜかふいに着心地が悪くなったりする。そうなると、また下着も選び直さなければならず、それが延々と繰り返される。
2019/04/13
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満開の桜両の足、我が人生、もう歩けぬと何度思ったことか。満開の桜は、そんな私にも勇気を与えてくれる。もうちょっとがんばってみよっかなって。
2019/04/12
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悩み事相談図書館で小説を借りたら、前回借りた人のレシートが挟まったままだった。日付けは2013年だった。飲み物がなくなっても、延々とズルズル音を立ててストローを吸っている人っているけど、あれもタバコと同じで口寂しいのかしら。花粉症がようやく落ち着いてきた。それと共に体調も回復。一年の中で一番要注意の季節が終わりつつある。完全に終わったらコンタクト再開するんだ。春、だね。桜のシャワーを浴びていると、ふとどこかへ消えてしまいたくなる。警戒心のないのらねこちゃんたち。楽しそう。この黒ねこちゃんには悩み事を相談しました(笑)
2019/04/11
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「今」38歳になりちょうど5ヶ月。私にとって、38歳という年齢が一つの区切り、節目であるように、今感じている。26歳で発病し、その12年後の38歳で変化を感じ、そのまた12年後は生きていればちょうど50歳。うん、おそらく私の次の変化は50歳頃なのではなかろうか。数年前から、なんとなく変化の時を迎えつつあることをじわじわと感じていて、ブログにもそう綴ってきたと思う。私は、日々ないがしろに生きてはいない。とくと我が心と体と向き合っているつもりだ。今自分がこういう状態だということや、単純に体調がどうかとか、そういうことは自分なりに把握しているし、自分治療に励んでいる今の私にはそれが仕事でもあると思っている。だから、やっぱり、それは「今」だと思う。38歳を迎えたと共に。
2019/04/10
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私には夜が長く感じられてね、「<神の助けを祈る前に、まず自分の力で車輪を押す努力をせよ> ヘラクレス」「いかによく生きるかって問題を学ぶこと、およそこれほどの実施的な話はないんじゃないかな?」「どのみち、人生なんて地獄だわねぇ。でも、もしそんな人生にでも、なにか楽しいものがあるとすればよ、やっぱりそれは味わわなきゃ、とんだ大馬鹿だと思うの」「えらい人間というのは、すべて側近に、誰か耳ざとい人物を使っているものである」「しかし、だれかが分ってくれるだろう、」「こんな年(104歳)に達してしまい、残念でならない。私は幸せではない。死にたい、特別悲しくもない。悲しいのは死なせてもらえない場合だ」「だが、君、大多数の人間が信じていることが、必ずしも真理とはかぎらないからね」「すべて芸術というものは、いわゆる伝統を、それ自身の目的を達成する一手段として活用しえたとき、それこそ勝利といえるのだ」「ドストエフスキイは、あの癇癪病などなくとも、やはりドストエフスキイだったんだろうか?」「今日は昨日に似すぎているし、明日は今日に似すぎている」
2019/04/09
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夜桜夜桜が実に美しい。いつまでも眺めていられる。寝る前のひととき、ベランダから部屋に入れず(笑)日本人に生まれたことを誇りに思う瞬間ですね。お気に入りの一枚を。気持ちよさそうにぷかぷか浮かぶ桜と、水面に映る満開の桜♪
2019/04/08
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年と8ヶ月と半月。4月へ。「令和」へ。新生活ね。私は何も変わらないけどね。それにしても今年の冬は気持ち悪いほど暖かかった。一番分厚いコートを着たのはわずか数日だけだった。今年の夏は…暑いのかし…ら…?(苦笑)頭部の湿疹で髪の毛がごっそり抜けていたが、おかげさまで順調に生えてきた。が、いかんせん頭頂部なので、いささかふわふわと漂い、まるでトサカのようである。花粉が落ち着いてきたから、それと共に少し湿疹は楽に。ぶり返したり楽になったりと湿疹だけは忙しい。あとはこれと言って特になし。何度目かの「断捨離」を実行中。また持ち物が整理されてスッキリしそう。こちら関西は、そろそろ桜が満開になりそう。お散歩が楽しみで仕方ない♪髪の毛切りたくなってきた。もちろん自分で切るよ!
2019/04/07
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バレエとオペラバレエを見に行った。石鹸の泡のようなチュチュをふわふわさせて、次から次へとぞろぞろ出てくる。と、一人のバレリーナがトンと尻餅をついた。どうやら滑ったらしい。あ、と思った次の瞬間にはもう立て直して踊っていたが、妙にかわいらしいなと思ってしまい、気が付いたら目で追っていた。オペラを見に行った。幕が開き、みなの期待を一身に受け、豊満な肉体の主役が歌い始めたが、これはどう考えても失敗だなという歌い出しだった。もしこれがリハーサルなら、「ストップ、ストップ、今日はどうしたんだい?朝食を食べなかったのかい?もう一度やり直そうか」と間違いなく仕切り直すだろう場面がありありと想像される。それでも何でももう本番は始まってしまったのだから、先へ進むしかない。第一幕は、あまり、良くは、なかった。観客もある程度耳は肥えている。「ブラボー」の歓声はなく、拍手もまばら。だが、第二幕、さすがプロである。今までの不調は何だったの?と思わせるほど上手い。名誉挽回し、誰よりも魅力があるし役になりきっていた。あっぱれ驚いた。引きずらず、心と体の切り替えが素早くできることもプロの仕事の一つである。カーテンコールでは拍手喝采だった。
2019/04/06
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3月初め3月初めは、本当に花粉症がひどかった。くしゃみと鼻水が止まらず、体もボーッとするし、まるで風邪のようだった。外出先でトイレに行った。個室が5こほどの大きくも小さくもない一般的なトイレ。私は一番奥のトイレに入った。というのも、鼻を存分にかみたかったからである。何度もかみ、ティッシュを丸めては鼻に突っ込み、またかみ、しばらくそうしていた。どうやらトイレが混んできて、人が並んでいるような気もしなくもなかったが、こちとらそれどころではない。垂れ流し状態なのである。まぁまぁ治まったところで出る。すると、見事にマンガのように、一斉にみなこちらを見た。ザッと効果音がするほどの勢いで見事に一斉に。どうやらみなさん私が泣いているものと勘違いされたらしい。一人のおばさんなぞは、化粧直しなんかしないのに、あたかも鏡の前で化粧直ししている体で明らかに私が出てくるのを待っていた。鏡越しにチラと私をうかがった目がそう語っていた。私は一人心の中でにやりほくそ笑んだ。そして女の野次馬根性をまざまざと垣間見た。みんな暇ね。さすが関西人ね。ふふ、泣いていなくて申し訳ないわね。
2019/04/05
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続・もんじの問題えー、もんじの問題。新学年クラス替えがあったのだが、担任の先生はこれまでと変わらずに「怖い先生」のままなのだそう。つまりは保育所側の忖度はなかったということだ。後1年で卒園とは言え、もんじにとってはそこはかとなく長い月日だろうと思う。もんじ、1年間がんばれる?妹はあまり深刻には考えていないようだけど(いえ、心とは裏腹に深刻ではない風を装っている)、私はとても心配です。
2019/04/04
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きれいな歯半年に一度、歯科の定期検診を受けている。歯石やらをきれいに取ってもらって、歯磨き指導も受ける。で、この歯磨き指導、侮れない。私の通う歯科は、日々の歯磨きをきちんとして、虫歯などは未然に防ごうという方針で、結構しっかりと指導を受けるのである。おかげさまでこの歯科へ通うようになってから虫歯はなし。さて、奥歯の歯ブラシの当て方や、糸ようじの使い方、ここに歯石が溜まる傾向にあるから意識すること、などを毎回注意され、うんと頷いてきれいになった歯と共に機嫌良く帰る。半年後、自分では完璧のつもりで意気揚々と向かうが、前回注意されたこととはまた違う注意を受けることになる!ということを繰り返し、毎回どこか至らない部分が必ずあって、また半年間がんばろうと思えるところが、実にいい。宿題、のような感じなのかもしれない。歯磨きすることも糸ようじを使うことも嫌いじゃない。歯は自分では限界があるので、これからも歯科にだけは通おうと思っている。
2019/04/03
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もう二度とくることはあるまいと思える、楽しいこの束の間の歓びを、「人心というものは、それほど新しいものに惹かれる移り気なものだ」「心身をすりへらした発狂者がいたるところの精神病院にいるし、」「われわれはなにも知らない、真理は深いところにあるのだから」「困憊(こんぱい)のはての落着き、疲れきった静けさ、疲労のあまり興味や満足感によって乱されることのない平静さ、これが戦勝の記念品であった」「まず第一にご自分のお宅の務めをなさるべきだと思います。それを忘れ、おろそかにしているかぎり、たぶん、ほかのどんなお仕事をなさってもだめなのではないでしょうか」「諸君それぞれの道を安らかに歩みたまえ!」「過ぎ去ったことをあれこれ考えずに、明るい気持と感謝の心をいだいて働かなければいけないのでした」「夜明けが来て、朝が来て、昼が来るだけで充分である」「倦怠(けんたい)は背後ばかりか前途にもある ー 」「世の中は、そこへ乗り出してゆく君の態度に応じた迎えかたをするものだ」「真心をこめて物事にとりかからなければ、なにごとも立派になし遂げることはできないだろう」
2019/04/02
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母と書道母方の祖父は少しピアノが弾けた。だから、家にはピアノがあった。祖父は一人っ子である母にピアノをさせたかった。だが、残念ながら母にはそちらの才能はなかった。その代わり、母は書道ができた。やがて書道教室を開くことができるとかいう資格まで取る。書道の先生は、近くに住むわずか数歳しか歳の変わらない女の先生だった。母は一度も先生を変えたことはなく、この自分とさほど年の離れていない先生を慕ってひたすらに通い続けた。自分で教室を開くことにはまったく興味がなかったらしく、ただただ書くことだけが好きなようだった。鉛筆を使うかのように家には硯と墨と筆があった。だから、私は幼い頃から墨の香りに包まれて育った。私と妹が少し大きくなった頃、それを生かして内職を始めた。賞状の名書き、封筒の宛名書きなど、見たこともない『取締役』とかお偉方の役名の練習を繰り返すようになった。企業から依頼されることが多いらしく(80年代、今とは違いこういう類の需要はいくらでもあった)、びっくりするほど大きくて重いダンボールがひっきりなしに届いた。母はせっせと書いた。朝から晩まで、筆が止まることはなかった。いずれ、肩が凝る、それが口癖になった。それが数年続いたある日(こういう宛名書きはきっちりと楷書でトメハネはもちろんのこと、縦線が歪むなんてことをすれば書き直しになるので)、「疲れるわ」と言って辞めた。母はまた楽しそうに書くようになった。相変わらず先生の元へ習いに通い、二度と名書きの内職をすることはなかった。この度、その先生が教室を閉めることとなった。70代、そろそろ引退し、体を休めたいということらしかった。母からはどこか物悲しいような感じを受けた。だが、母は我が道を貫き最後までやり遂げた。一心に書道に捧げた人生だった。どこか清々しい空気だった。
2019/04/01
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